図:欧州周縁国の cds 第2 図:ユーロ圏の pmi(購買担当者指数) ·...

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平成 23 年(2011 年)10 17 1 ~債務問題は依然難局、景気の先行き不透明感強まる~ 1.ユーロ圏 1概要 ユーロ圏経済は、欧州債務問題の影響を色濃く受け、減速傾向を強めて いる。信用リスクの代表的指標である CDS(クレジットデフォルトスワ ップ)は、ギリシャでは 9 月半ばから 5,000bp 超で推移しており、つれて 他の欧州周縁国でも概ね高止まりしている(第 1 図)。そうしたなか、ユ ーロ圏の 9 月の総合 PMI (購買担当者指数)は 49.2 と、経済活動の拡大・ 縮小の境目である 50 を約 2 年ぶりに割り込んだ。ドイツやフランスの製 造業 PMI も足元で一段と落ち込んでいる(第 2 図)。 欧州債務問題については、 EU/IMF のギリシャ向け第 6 弾融資の実施が ほぼ固まるなど一部に明るい話題もあるが、全体として依然難局が続いて いる。銀行への公的資本注入や欧州金融安定ファシリティー(EFSF)の 実質的な規模拡大、そしてギリシャ向け金融支援の抜本的見直しが焦点で あるが、これらは議論が始まったばかりである。 こうしたなか、欧州中央銀行(ECB)は 10 6 日の定例理事会におい て、政策金利を据え置く一方、長期の資金供給オペの実施やカバードボン ドの買い取り再開を決定し、債務問題への対応を強化した。 1 図:欧州周縁国の CDS ギリシャ CCアイルランド Ba1ポルトガル Ba2イタリア Aスペイン AA-0 200 400 600 800 1,000 1,200 1,400 1,600 1,800 2,000 2,200 2,400 2,600 2,800 3,000 10/01 10/04 10/07 10/10 11/01 11/04 11/07 11/10 (bps) ギリシャ ポルトガル アイルランド イタリア スペイン (注) 格付けは大手3社の中で最も低いもの。矢印はネガティブ見通し。 (資料) Bloombergより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 (年/月) 格付け ギリシャ向け第1次 支援に合意 5,000ギリシャ向け第2 次支援に合意 2 図:ユーロ圏の PMI(購買担当者指数) 30 35 40 45 50 55 60 65 07 08 09 10 11 ユーロ圏 総合 ドイツ 製造業 フランス 製造業 (資料)Bloombergより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成 (年) Indexユーロ圏経済は減 速傾向を強める 債務問題は依然難 局が続く ECB は債務問題へ の対応を強化

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Page 1: 図:欧州周縁国の CDS 第2 図:ユーロ圏の PMI(購買担当者指数) · (2)欧州債務問題 ギリシャでは、財政再建の難しさが浮き彫りになっている。10

平成 23 年(2011 年)10 月 17 日

1

~債務問題は依然難局、景気の先行き不透明感強まる~

1.ユーロ圏

(1)概要 ユーロ圏経済は、欧州債務問題の影響を色濃く受け、減速傾向を強めて

いる。信用リスクの代表的指標である CDS(クレジットデフォルトスワ

ップ)は、ギリシャでは 9 月半ばから 5,000bp 超で推移しており、つれて

他の欧州周縁国でも概ね高止まりしている(第 1 図)。そうしたなか、ユ

ーロ圏の 9 月の総合 PMI(購買担当者指数)は 49.2 と、経済活動の拡大・

縮小の境目である 50 を約 2 年ぶりに割り込んだ。ドイツやフランスの製

造業 PMI も足元で一段と落ち込んでいる(第 2 図)。 欧州債務問題については、EU/IMF のギリシャ向け第 6 弾融資の実施が

ほぼ固まるなど一部に明るい話題もあるが、全体として依然難局が続いて

いる。銀行への公的資本注入や欧州金融安定ファシリティー(EFSF)の

実質的な規模拡大、そしてギリシャ向け金融支援の抜本的見直しが焦点で

あるが、これらは議論が始まったばかりである。 こうしたなか、欧州中央銀行(ECB)は 10 月 6 日の定例理事会におい

て、政策金利を据え置く一方、長期の資金供給オペの実施やカバードボン

ドの買い取り再開を決定し、債務問題への対応を強化した。

第 1 図:欧州周縁国の CDS

ギリシャCC↓

アイルランドBa1↓

ポルトガルBa2↓

イタリアA↓

スペインAA-↓0

200400600800

1,0001,2001,4001,6001,8002,0002,2002,4002,6002,8003,000

10/01 10/04 10/07 10/10 11/01 11/04 11/07 11/10

(bps)

ギリシャ

ポルトガル

アイルランド

イタリア

スペイン

(注) 格付けは大手3社の中で最も低いもの。矢印はネガティブ見通し。

(資料) Bloombergより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成(年/月)

格付け

ギリシャ向け第1次支援に合意

5,000超

ギリシャ向け第2次支援に合意

第 2 図:ユーロ圏の PMI(購買担当者指数)

30

35

40

45

50

55

60

65

07 08 09 10 11

ユーロ圏 総合

ドイツ 製造業

フランス 製造業

(資料)Bloombergより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成(年)

(Index)

←拡大  縮小→

ユーロ圏経済は減

速傾向を強める 債務問題は依然難

局が続く ECB は債務問題へ

の対応を強化

Page 2: 図:欧州周縁国の CDS 第2 図:ユーロ圏の PMI(購買担当者指数) · (2)欧州債務問題 ギリシャでは、財政再建の難しさが浮き彫りになっている。10

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(2)欧州債務問題 ギリシャでは、財政再建の難しさが浮き彫りになっている。10 月 2 日

に発表された 2012 年予算案では、2011 年の実質 GDP 成長率の見通しが

従来の▲3.8%から▲5.5%へ下方修正された。つれて財政収支の対 GDP 比

率の見通しも従来の2011年▲7.6%、2012年▲6.5%から、それぞれ▲8.5%、

▲6.8%に修正された。月次で発表されている中央政府ベースの財政収支

をみても、2011 年 1-9 月期は 192 億ユーロ(前年比+15%)の赤字となり

(第 3 図)、通年の目標値 198 億ユーロ(同▲3.9%)の達成はほぼ不可能

となった1。 一方、資金繰り上 11 月半ばまでに必要であった EU/IMF によるギリシ

ャ向け第 6 弾融資(80 億ユーロ)については、10 月 11 日に、11 月初め

にも実行される目途がほぼ立った。これは、ギリシャ政府が追加財政緊縮

策(不動産税の導入、公務員リストラ、等)を閣議決定したことを、四半

期毎に財政状況をレビューしている EU/ECB/IMF の調査団が前向きに評

価したからである。 ただし、目先の資金繰り懸念は後退したものの、ギリシャの財政再建の

道程は引き続き極めて険しい。EU/ECB/IMF の調査団は、ギリシャが 2012年も 4 年連続でマイナス成長に陥ることや、財政再建プログラムの達成に

は 2013-14 年に追加緊縮策が必要であることを指摘している。また、ギリ

シャの財政赤字拡大を受けて、国債の元本削減率を 7 月 21 日発表の 21%から 50-60%まで引き上げる案が水面下で検討されているが、民間側の負

担が増すことから、その実現性には疑問が残る。そうしたなか、10 月 19日には大規模ストライキが再び計画されているなど、乗り越えるべきハー

ドルは依然として数多い。

第 3 図:ギリシャ財政収支

-35

-30

-25

-20

-15

-10

-5

0

51 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

(月)

(10億ユーロ)

2009 2010 2011

(資料)ギリシャ財務省より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

第 4 図:ギリシャ国債償還スケジュール

0

20

40

60

80

100

120

140

160

180

7 8 9 10 11 12 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12

(注)データはT-bill含む。

(資料)Bloombergより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

(億ユーロ)

(月)2011年 2012年

第5弾融資により

償還資金確保

第6弾融資

が必要

1 ギリシャ政府は 10 月 12 日、中央政府の財政赤字の 2011 年見込み値を 226 億ユーロ(前年比+9.4%)と発表した。

ギリシャの 2011年の財政赤字は当

初の目標を超過へ ギリシャ向け第 6弾融資は実行へ 財政再建の道程は

引き続き険しい

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ユーロ圏各国による債務問題の安定化に向けた取り組みは、これからが

正念場である。7 月 21 日に発表された欧州金融安定ファシリティー

(EFSF)の機能拡充策(流通市場での国債購入、銀行への資本注入を目

的とした政府向け融資、等を認めるもの)については、10 月 13 日のスロ

バキア議会での批准をもち、ユーロ圏全 17 カ国での承認がようやく完了

した。 現在課題となっているのは、①EFSF の実質的な規模拡大、②域内の銀

行の資本増強、である。①はイタリアとスペインの政府債務(合計約 2.2兆ユーロ)をカバーすることを目的に、現行の融資枠(4,400 億ユーロ)

にレバレッジをかけ、実質的に 2 兆ドル程度に拡大するものである。目下、

レバレッジをかける方法が種々検討されている。②は、周縁国国債から生

じる損失に備えることを目的としており、10月 12日には欧州委員会から、

銀行の保有国債を保守的に再評価すると共に、自己資本比率の目標を引き

上げる方針が発表された。23 日に予定される EU 首脳会談に向けて詳細

が詰められ、11 月 3-4 日の G20 サミット(フランス)にて報告される見

込みである(第 1 表)。

第 1 表:欧州債務問題に係る今後の主要日程 日程 予定 ポイント

10/21 ユーロ圏財務大臣会議金融システム安定化策の具体案(欧州銀行の資本増強など)を詰める。

10/23 EU首脳会議当初予定の10月17-18日から延期。欧州銀行の資本増強の詳細に合意。

11/3 ECB理事会 イタリア出身のドラギ新総裁の下での最初の理事会

11/3-4 G20サミット(フランス・カンヌ)EU首脳会議等で合意される欧州金融システム安定化策を報告。

11/20 スペイン総選挙 政権交代(中道左派→中道右派)の可能性大

12月上旬EU/IMF/ECB調査団、ギリシャ政府との協議を開始

ギリシャ向け第7弾融資(50億ユーロ)の実行可否を判断

12月中ギリシャ、月内に計117億ユーロの国債償還

T-Billを除くと81億ユーロの償還

2012年1月 ギリシャ、第2次金融支援が必須に第1次金融支援の資金繰り表では、2012年1-3月期に

ギリシャが109億ユーロを市場調達(長期国債を発行再開)する予定であった

債務問題安定化に

向けた取り組みは

正念場 課題は ①EFSF の実質的

な規模拡大、 ②銀行の資本増強

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(3)債務問題の景気への影響 債務問題の深刻化は、企業センチメントの悪化(前掲第 2 図)や株価

の下落を通じてユーロ圏の景気に悪影響を及ぼしているが、加えて懸念

されるのが、銀行の貸出抑制が生じる可能性である。実際、ユーロ圏の

銀行セクターの株価をみると、イタリアやスペインのソブリンリスクが

強く意識され始めた 7 月末頃から急落している(第 5 図)。 民間向け銀行貸出の前年比伸び率は、直近 8 月までの統計をみる限り、

ユーロ圏全体では横這いで推移している。イタリアやスペインの伸び鈍

化を、ドイツとフランスが打ち消しているためだ(第 6 図)。しかし、

9 月 5~27 日に実施された ECB の銀行貸出調査(銀行の貸出担当者に対

するアンケート調査)によると、過去 1 年半ほぼ横這いだった銀行の貸

出基準が、大企業向け・中小企業向けともに厳格化に転じている(第 7図)。その背景として、「景気見通し」や「産業・企業の見通し」の悪

化と並んで、銀行の「資金調達へのアクセス」と「流動性ポジション」

が厳しくなったことが挙げられている(第 8 図)。

第 5 図:欧州株価

20

40

60

80

100

120

140

160

08/09 09/03 09/09 10/03 10/09 11/03 11/09(年/月)(資料)Bloombergより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

Euro Stoxx 銀行セクター指数

Euro Stoxx

(2011年3月1日=100)

第 6 図:民間向け銀行貸出

-5

0

5

10

15

20

08 09 10 11

フランス

イタリア

ユーロ圏

ドイツ

スペイン

(資料)ECBより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

(前年比、%)

(年)

第 7 図:企業向け貸出基準

-40

-20

0

20

40

60

80

100

03 04 05 06 07 08 09 10 11

(年)

中小企業向け

大企業向け

(「厳格化」-「緩和」、%)

(資料)ECB銀行貸出調査より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

厳格化

緩和

第 8 図:企業向け貸出基準厳格化の要因

-10

0

10

20

30

調

ョン

調

2010年10月 2011年1月 4月 7月 10月

(「厳格化」-「緩和」、%)

(資料)ECB銀行貸出調査より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

厳格化

緩和

銀行の貸出抑制の

可能性が懸念材料 銀行の貸出基準は

厳格化に転じる

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このように 9 月から銀行の貸出行動に変調が窺われるなかで、その傾

向に拍車をかける可能性があるのが、前述のように欧州委員会が、域内

銀行の保有国債を保守的に再評価すると共に、自己資本比率(コア Tier1比率)の目標値を引き上げる方針を発表したことである。詳細は未定な

がら、報道によると目標値は現行の 5%から 7~9%への引き上げが検討

されている。その場合、域内大手 90 行の自己資本不足額は合計で 1,000億~3,000 億ユーロに上るとみられるが、これだけの規模の資本調達を自

力で行うことは難しい。そのため各行は公的資金の注入を受けるか、資

産圧縮を進めるか、を選択せざるを得なくなろう。後者が選択された場

合、貸出が抑制され、さらなる株価下落や景気減速をもたらすという悪

循環につながるおそれがある。

なお、足元の生産動向をみると、直近 8月の鉱工業生産は前年比+5.3%(←

7 月同+4.2%)と堅調だったが(第 9 図、チャートは 3 ヵ月移動平均)、これはイ

タリアやフランスが労働日数要因などから上振れしたため。製造業の生産期待

DI は直近 9 月に 0.2(←8 月 5.9)と、2009 年 10 月以来の水準まで下落し、今

後の生産減速を示唆している。これは、債務問題の深刻化によるセンチメント

悪化を反映したものと思われる。 また、ユーロ圏経済を牽引してきたドイツの輸出をみると、伸び率は年初の

前年比+20%台から足元では同+10%割れまで鈍化しており、先行指標(輸出

先行き期待 DI、海外向け製造業受注)もそうした傾向が続くことを示唆している

(第 10 図)。これも、今後の生産減速につながると思われる。

第 9 図:鉱工業生産、製造業生産期待

-20

-15

-10

-5

0

5

10

08 09 10 11

(前年比、%)

-40

-30

-20

-10

0

10

20(生産期待、DI)

その他

スペイン

イタリア

フランス

ドイツ

ユーロ圏

生産期待(右軸)

(注)鉱工業生産のデータは3ヵ月移動平均。生産期待はユーロ圏。

(資料)欧州委員会より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

(年)

第 10 図:ドイツの輸出動向

-40

-30

-20

-10

0

10

20

30

40

07 08 09 10 11(年)

(前年比、%)

-40

-30

-20

-10

0

10

20

30

40(DI)

輸出

製造業受注(海外向け)

輸出先行き期待(右目盛)

(注)輸出と受注は3ヵ月後方移動平均。

(資料)ドイツ連銀、ドイツ連邦統計局、Ifo研究所より経済調査室作成

自己資本比率の目

標引き上げに伴い、

銀行が資産圧縮を

進めるおそれも 8 月の生産は堅調

だったが、今後は減

速へ

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(4) ECB の危機対応 上述のようにユーロ圏景気の減速傾向が強まっているが、ECB は 10 月

6 日の定例理事会では利下げに踏み切らず、政策金利を 1.50%に据え置い

た(第 11 図)。9 月末に発表された 8 月のユーロ圏マネーサプライ(M3)伸

び率が前年比 2.8%と前月(同 2.1%)から加速したほか、9 月の消費者物価上

昇率(HICP)が同 3.0%に上昇し、ECB の目標である同 2%未満を大幅に上回

ったことが大きかったとみられる(第 12 図)。物価安定を最大の責務と掲げる

ECB としては、現時点での利下げの決断は難しかった模様だ。

第 11 図:主要金利の推移

0.0

1.0

2.0

3.0

4.0

5.0

6.0

05 06 07 08 09 10 11

政策金利

3ヵ月物金利

(EURIBOR)

翌日物金利(EONIA)

(%)

(年)

(資料)Bloombergより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

限界貸出金利

中銀預金金利

第 12 図:ユーロ圏消費者物価指数

-2.0

-1.0

0.0

1.0

2.0

3.0

4.0

5.0

07 08 09 10 11 (年)

エネルギー

食料品・タバコ

コア

コアインフレ率

HICP総合

(前年比寄与度、%)

(資料)Eurostatより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

政策金利を据え置いた一方で、ECB は 10 月に期間 12 ヵ月、12 月に同 13

ヵ月の資金供給オペを実施することを決定し、流動性を 2013 年初まで潤沢に

供給する姿勢を明らかにした。また、400 億ユーロのカバードボンドの買い取り

再開を決定して、債務問題の対応を強化した。カバードボンドについては、

ECB はグローバル金融危機後の 2009 年 6 月から 1 年間、600 億ユーロ規模

の買い入れを行った経緯がある。 ECB はこれまでも、8 月に期間 6 ヵ月の資金供給オペを再開したり、イタリア

とスペインの国債購入を開始したりするなど、様々な危機対応策を実施してき

た(第 2 表)。ただし、9 月には、国債購入の是非を巡る ECB 内での対立から、

ドイツ出身のシュタルク専務理事が任期途中での辞任を発表している。今般発

表された危機対応策についても、その決議は全会一致ではなく「コンセンサス」

と発表されており、一部に反対者がいたことが明らかになっている。 また、トリシェ総裁は、ECB が何らかの形で資金供与することで欧州金融安

定ファシリティー(EFSF)の実質的な規模を拡大する(=レバレッジをかける)こ

とに反対する姿勢を示した。そして、各国政府に既存の決定事項を実行し、そ

れぞれが金融安定に最大限努めることを要請した。これは、危機対応において

ECB、10 月 6 日は

利下げに踏み切ら

ECB は期間 1 年の

資金供給オペ、カ

バードボンド購入

再開など危機対応

に注力 ただし、ECB 内に

は危機対応を巡る

対立も トリシェ総裁は

ECB 依存を牽制

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7

ECB に依存しようとする昨今の論調を牽制する狙いがあると思われる。 トリシェ総裁は 10 月末に 8 年の任期を終えて退任し、11 月からはイタリア中

銀総裁のドラギ氏が ECB 総裁に就任する。新総裁の政策手腕は不明であるが、

今回の決定でもみられるように、ECB としては、今後も物価動向と周縁国情勢の

双方に目配りする金融政策を踏襲しよう。ただし、欧州経済の先行きが極めて

不透明であるなかで、新総裁が年内にも利下げに踏み切る可能性は否定でき

なくなってきたと思われる。

第 2 表:ECB の危機対応

2010年5月 ギリシャ国債につき、資金供給オペの適格担保として受け入れる際の格付け基準を撤廃

ギリシャ、ポルトガル、アイルランドの国債購入を開始

2011年3月アイルランド国債につき、格付け基準を撤廃

7月ポルトガル国債につき、格付け基準を撤廃

期間6ヵ月の資金供給オペを再開

イタリア、スペインの国債購入を開始

9月 欧州銀に対し、FRBと協働して、年末越えのドル資金供給を行う方針を発表

期間12ヵ月、13ヵ月の資金供給オペを再開

カバードボンドの購入を再開

(資料)ECBより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

8月

10月

(5)ユーロ為替相場

ユーロの対ドル相場はソブリン問題の深刻化とともに急落した。9 月

上旬に 1 ユーロ=1.42 ドル台にあったユーロ相場は、一時 1.31 ドル台と

今年 1 月以来、約 9 ヵ月ぶりの水準まで下落した(第 13 図)。また、対

円では一時 100 円台に入り、2001 年 7 月以来、約 10 年ぶりの水準を記

録した。ただし、足元では ECB による長期資金供給オペの再開など危機

対応の強化や、債務問題の包括的解決策に向けた期待などがユーロの買

い戻し材料となり、対ドルでは 1.38 ドル、対円では 107 円台に上昇して

いる。

年内利下げの可能

性は否定できなく

なってきた

ユーロ相場は急落

後、危機対応の強化

により足元反発

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8

第 13 図:ユーロ為替相場(日次終値ベース)

1.00

1.05

1.10

1.15

1.20

1.25

1.30

1.35

1.40

1.45

1.50

1.55

1.60

10/1 10/4 10/7 10/10 11/1 11/4 11/7 11/10100

105

110

115

120

125

130

135

140

145

150

155

160

(年/月)

対円相場(右目盛)

対ドル相場

←ユー

(資料)Bloombergより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

(ドル/ユーロ) (円/ユーロ)

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9

0.4

0.6

0.8

1.0

1.2

1.4

1.6

1.8

00 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 110.4

0.6

0.8

1.0

1.2

1.4

1.6

1.8英国

ドイツ

スペイン

米国

(倍)

(注)家計債務残高÷家計可処分所得

(資料)各国統計局より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

(年、四半期)

(倍)

2.英国

(1)景気動向

英国経済は引き続き回復局面にあるものの、回復のスピードは減速しつ

つあり、先行き不透明感が増している。 今年 4-6 月期の実質 GDP 成長率の確定値が発表されたが、改定値から

0.1%ポイント低下し、前期比 0.1%にとどまった(第 14 図)。ユーロ圏の

景気が周縁国債務問題の拡大などにより減速するなか、財サービス輸出が

前期比▲1.3%とマイナスの伸びに転じた結果、前期には最も成長に寄与し

た純輸出がマイナスの寄与となり、全体の成長率を押し下げた。また、個

人消費が 4 期連続のマイナスの伸びとなった。一方、総固定資本形成は 4-6月期にプラスの伸びを示したものの、1-3 月期の大きな落ち込みの反動と

いう面が強い。政府最終消費支出は加速したが、これは財政緊縮が本格的

に実施される前の前期中に駆け込み的に契約した分の支払いがずれ込ん

だ影響等が出たものとみられる。 家計部門についてみると低迷が続いている。家計の可処分所得は前年水

準を下回る状況にある(第 15 図)。高水準にあるインフレ率が家計の購

第 14 図:実質 GDP 成長率 第 15 図:家計の実質可処分所得の推移

第 16 図:家計債務残高の可処分所得比率 第 17 図:失業率と実質小売売上の動向

景気の先行き不透

明感が増す 2Q の実質 GDP 成

長率は下方修正 純輸出はマイナス

の寄与

家計可処分所得は

低迷

-4

-3

-2

-1

0

1

2

08 09 10 11

個人消費 総固定資本形成 政府最終消費

在庫 純輸出 実質GDP(年、四半期)

(前期比、%)

(資料)ONSより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

-4-3-2-10123456

07 08 09 10 11

2.0

2.5

3.0

3.5

4.0

4.5

5.0

5.5

6.0

実質小売売上 失業率(右目盛)

(前年比、%)

(資料)National Statisticsより三菱東京UFJ銀行経済調査室   作成

(年、月次)

(%)

-3

-2

-1

0

1

2

3

2006 07 08 09 10 11

(前年比、%)

(資料)Factsetより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

(年、四半期)

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買力を低下させている。また、家計部門においては、2008 年初め頃までの

住宅価格の上昇に合わせ、債務残高を過剰に増加させたため、バランスシ

ート調整の途上にあり、消費を増やすことが難しい(第 16 図)。雇用情勢

も悪化傾向が鮮明になってきた。9 月の失業率は 5.0%と前月から 0.1%ポ

イント上昇した(第 17 図)。家計にとっては厳しい状況が続いており、個

人消費の本格回復には時間がかかりそうである。 住宅価格は横ばい圏内の動きを続けている。9 月のハリファックス住宅

価格指数は前月比▲0.5%と 8 月に続き前月水準を下回った(第 18 図)。

ただし、7 月までは 3 ヵ月連続でプラスの伸びを示していた。低金利が住

宅需要の追い風になっている一方、高インフレ率等による実質可処分所得

の減少は住宅需要を抑制している。住宅価格は当面上昇、低下を繰り返し

つつ横ばい圏内の動きを続けるであろう。 企業部門では、製造業及び輸出受注が悪化し始めた(第 19 図)。2009年の後半からいずれも回復傾向にあり、景気の牽引役を担ってきたが、足

元では弱含みの展開となっている。鉱工業生産は全ての財について伸び悩

んでいるほか、輸出についても横ばいから減少傾向を見せ始めている(第

20、21 図)。

第 18 図:住宅価格の動向 第 19 図:製造業及び輸出受注の動向

第 20 図:鉱工業生産指数の動向 第 21 図:輸出数量指数の動向

家計のバランスシ

ート調整は続く 住宅価格は横ばい

圏内の動きを続け

る 製造業及び輸出受

注が悪化

450

500

550

600

650

700

06 07 08 09 10 11

-5

-4

-3

-2

-1

0

1

2

3

4

5(1983年=100) (前月比、%)

(資料)ロイズBG資料より三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

(年、月次)

住宅価格指数(左目盛)

前月比伸び率(右目盛)

-70

-60

-50

-40

-30

-20

-10

0

10

20

30

06 07 08 09 10 11

製造業受注 輸出受注

(%ポイント)

(年、月次)

(資料)EC、OECDより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

75

80

85

90

95

100

105

110

08 09 10 11

鉱工業生産 資本財 耐久消費財

非耐久消費財 中間財

(年、月次)

(資料)ONSより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

(2005年=100)

40

50

60

70

80

90

100

110

120

08 09 10 11

輸出数量 資本財 消費財 中間財

(2006年=100)

(年、月次)

(資料)ONSより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

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第 22 図:企業倒産件数の動向 第 23 図:インフレ率の動向

英国の企業倒産件数は 2008 年秋のグローバル金融危機直後から急増し

たが、2009 年第 3 四半期より減少し始め、2010 年に入り 4 千件前後の水

準で推移してきた(第 22 図)。そして、今年第 1 四半期には 4,121 件と

2009 年第 4 四半期以来の水準に増加した。現在の倒産件数はピークから

減少したとはいえ、2000 年以降でみれば、高水準にある。景気が減速傾

向を示すなか、今後、倒産件数は増加していく可能性が高いと考えられる。

(2)インフレ率及び金融政策 英国のインフレ率は、依然、高水準にある。7 月には 4.5%と前月より

0.1%ポイント上昇した(第 23 図)。衣類・靴のほか、料金引き上げが実

施された電気ガス代が上昇し、インフレ率全体を押し上げた。電気ガス料

金引き上げの影響は 8 月以降、本格化してくるとみられ、インフレ率は当

面高い水準で推移するであろう。 イングランド銀行(BOE)は 10 月 6 日の金融政策委員会(MPC)にお

いて、政策金利を 0.5%に据え置く一方で、国債買取枠を 2,000 億ポンドか

ら 2,750 億ポンドへと拡大した。4 ヵ月で増加枠を使い切るであろうとし

ている。景気の回復速度が緩慢になり、中期的には余剰生産力が残り、イ

ンフレ率がターゲットとする 2%を下回るリスクが出来てきたことを国債

買取枠拡大の理由としてあげている。 景気減速に対して、政府は財政緊縮を実施しており、財政面からの景気

梃入れを期待できない中、量的緩和政策の拡大に向かったわけであるが、

その効果については疑問が残る。金融機関に対して十分な流動性を供給す

ることで、貸出を増やし、経済活動を活発にすることを狙ったものである

が、足元の状況では、そのメカニズムが働きにくくなっている。実際、銀

行貸出は減少している。家計はバランスシート調整の途上にあるほか、 低成長が続いていることから、企業が積極的に投資を行う環境になく、企

インフレ率は高水

準を維持 BOE は国債買取

枠を拡大 国債買取枠拡大の

効果は疑問

2.0

2.5

3.0

3.5

4.0

4.5

5.0

5.5

2000 01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11

(千件)

(資料)ONSより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

(年、四半期)

企業倒産件数は足

元増加

-15

-10

-5

0

5

10

15

09 10 11

-10

0

10

20

30

40

総合 食料品・非アルコール飲料

輸送費 衣類・靴電気・ガス等(右目盛)

(前年比、%)

(年、月次)

(資料)ONSより三菱東京UFJ銀行経済調査室作成

Page 12: 図:欧州周縁国の CDS 第2 図:ユーロ圏の PMI(購買担当者指数) · (2)欧州債務問題 ギリシャでは、財政再建の難しさが浮き彫りになっている。10

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業の資金需要も弱い。 今回の国債買取枠拡大の効果を十分に見極める必要があるが、実際に

効果が現れなければ、BOE ひいては英国政府は難しい局面を迎えるであ

ろう。

照会先:経済調査室 大幸 雅代(ユーロ圏)[email protected] 本多 克幸(英国)[email protected]

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