ica-rus - 国立環境研究所...ica-rus report 2014 気候変動リスク管理...

20
ICA-RUS REPORT 2014 気候変動リスク管理 戦略の作成に向けて ICA-RUS Integrated Climate Assessment - Risks, Uncertainties and Society 環境省環境研究総合推進費 戦略的研究プロジェクト S-10 地球規模の気候変動リスク管理戦略の構築に関する総合的研究 2014年3月

Upload: others

Post on 31-Dec-2019

3 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: ICA-RUS - 国立環境研究所...ICA-RUS REPORT 2014 気候変動リスク管理 戦略の作成に向けて ICA-RUS Integrated Climate Assessment - Risks, Uncertainties and Society

ICA-RUS REPORT

2014気候変動リスク管理戦略の作成に向けて

ICA-RUSIntegrated Climate Assessment - Risks, Uncertainties and Society

環境省環境研究総合推進費 戦略的研究プロジェクト S-10地球規模の気候変動リスク管理戦略の構築に関する総合的研究

2014年3月

Page 2: ICA-RUS - 国立環境研究所...ICA-RUS REPORT 2014 気候変動リスク管理 戦略の作成に向けて ICA-RUS Integrated Climate Assessment - Risks, Uncertainties and Society

ICA-RUSのアウトプット ………………………………………………………………………… 2

はじめに……………………………………………………………………………………………… 1

Ⅰ - 1 ICA-RUSにおける気候変動リスク管理の「戦略」 …………………………………………………………3Ⅰ - 2 分析ケース ………………………………………………………………………………………………………5Ⅰ - 3 ICA-RUSの最終アウトプット ………………………………………………………………………………7Ⅰ - 4 各研究活動の個別アウトプット ………………………………………………………………………………9

Ⅱ - 1 リスクインベントリの改善 ………………………………………………………………………………… 13Ⅱ - 2 洪水被害の予測(定量的なリスク評価の例) …………………………………………………………… 14Ⅱ - 3 ネガティブ・エミッション ………………………………………………………………………………… 15Ⅱ - 4 土地・水・生態系等の相互作用 …………………………………………………………………………… 16Ⅱ - 5 気候変動に対する市民の考え方 …………………………………………………………………………… 17

個別研究成果の紹介 ………………………………………………………………………………12

目 次CONTENTS

第Ⅰ部

第Ⅱ部

はじめに

ⅰ ICA-RUS�REPORT�2013 を振り返って このレポートは、環境省環境研究総合推進費課題「地球規模の気候変動リスク管理戦略に関する総合的研究」

(2012-2016 年度、代表:国立環境研究所 江守正多)の成果を関心ある皆さんにお伝えするためのものである。タイトルの「ICA-RUS」は課題名の英語愛称「Integrated Climate Assessment-Risks, Uncertainties and Society」の略称である。ギリシア神話のイカロスが高く飛びすぎても低く飛びすぎても墜落してしまうというリスクトレードオフの状態にあったことにちなみ、人類が気候変動に関わる複雑なリスクトレードオフに対処するための研究を行うという意味を込めている。 ICA-RUS の基本方針と研究初年度の成果をまとめた昨年度のレポート ICA-RUS REPORT 2013 に対しては、関連分野の専門家、行政、企業、NGO、メディアなどの皆さんから貴重なフィードバックを頂いた。特に、ICA-RUS の基本方針である地球規模の気候変動問題の検討においてリスク管理の視点を導入すること、気候変動に関するリスクトレードオフの関係を踏まえた社会の価値判断を検討に含めることなどの重要性について、多くの皆さんから賛同を頂いた。また、皆さんから関心の表明があったリスク項目をリスクインベントリに追加させて頂くなど、フィードバックの研究への反映を心掛けた。

ⅱ ICA-RUS�REPORT�2014 の位置付け ICA-RUS では、研究 3 年度目である 2014 年度末に「ICA-RUS リスク管理戦略 第 1 版」を、最終年度(5 年度目)である 2016 年度末に同じく「最終版」を作成する計画である。 本レポートの第Ⅰ部「ICA-RUS のアウトプット」では、これらの作成にあたって ICA-RUS 各テーマの成果を一つのアウトプットにまとめ上げていく方針を、できる限り具体的に説明した。また、その構成要素となる、各テーマから個別に得られるアウトプット項目をリストアップした。 第Ⅱ部「個別研究成果の紹介」では、ICA-RUS 各テーマで個別に得られている成果のハイライトを 5 件紹介した。これらはいずれも ICA-RUS の「リスク管理戦略」をまとめる際に重要な構成要素となる。 なお、ICA-RUS REPORT 2013 は、一般読者が読み切るには専門的で分量も多いというご意見も多く頂いた。これを受けて、ICA-RUS REPORT 2014 では、研究成果などの専門性が高い部分は別途「詳細版」をウェブページ上

(http://www.nies.go.jp/ica-rus/report/ica-rus_report_2014_detail.html)で読んで頂けるように用意し、一般読者に読んで頂きたい内容をその「概要版」として本レポートに簡潔にまとめた。ご興味のある方は、ぜひ詳細版も併せてご覧頂きたい。

1  ICA-RUS REPORT 2014 気候変動リスク管理戦略の作成に向けて

ICA-RUS�REPORT�2014 気候変動リスク管理戦略の作成に向けて

Integrated Climate Assessment-Risks,Uncertainties and Society

Page 3: ICA-RUS - 国立環境研究所...ICA-RUS REPORT 2014 気候変動リスク管理 戦略の作成に向けて ICA-RUS Integrated Climate Assessment - Risks, Uncertainties and Society

昨年度レポート(ICA-RUS REPORT 2013)にて、「ICA-RUS の全体像」として ICA-RUS 立ち上げの背景や守備範囲について述べたが、研究初年度ということもあり、ICA-RUS が具体的にどのようなアウトプットを提供するか、という点については十分に言及していなかった。そのため、今年度レポートではまず、ICA-RUS が提供するアウトプットについて、できる限り具体的に整理したい。最初に、リスク管理のために社会が採りうる選択肢である「戦略」の考え方を提示し、次に各戦略の帰結を描くための材料となる「分析ケース」について紹介し、さらにその両者をつなげ、全体のアウトプットを作成するプロセスについて述べる。

2Integrated Climate Assessment-Risks, Uncertainties and Society

ICA︱RUSのアウトプット

ICA-RUSのアウトプット第Ⅰ部

Page 4: ICA-RUS - 国立環境研究所...ICA-RUS REPORT 2014 気候変動リスク管理 戦略の作成に向けて ICA-RUS Integrated Climate Assessment - Risks, Uncertainties and Society

Ⅰ-1 ICA-RUSにおける気候変動リスク管理の「戦略」

 Ⅰ- 1- i  気候変動リスク管理の主体

 ICA-RUS では、地球規模の気候変動リスク管理を人類全体を主体とした問題として捉える。現実には、この問題に対する

単一のリスク管理主体は存在していないが、国連などを通じた国家間の調整や多様な非国家アクターの働きにより結果的に

発生しているガバナンスを集合的なリスク管理主体とみなすことができるだろう。たとえば、国連気候変動枠組条約では

2010 年の COP16 で「産業化以前からの世界平均気温の上昇を 2℃以内に収める観点から温室効果ガス排出量の大幅削減の

必要性を認識する」こと(「2℃」目標)に合意しており、現在は「1.5℃」目標も視野に入れた長期目標のレビューが進行

している。このような国家間の合意に基づく目標の設定や、その目標の達成に向けた進捗確認やルール作りが、地球規模の

気候変動リスクのガバナンスの実体と考えられる。ICA-RUS では、このようなガバナンスをリスク管理の仮想的な主体とみ

なして問題を扱い、個別の国家を主体としたリスク管理問題は原則として扱わない。なお、このようなガバナンスは、たと

えば企業等の単一組織内のリスク管理と比較した場合、責任の主体が明確ではなく、必ずしも強固なガバナンスではないこ

とを認識しておく必要がある。

 Ⅰ- 1- ii ICA-RUS における気候変動リスク管理の「戦略」

 ICA-RUS では、次の手順で「戦略」を設定する。

  Step 1 : 緩和目標の設定  Step 2 : 不確実性の下での緩和目標ごとの帰結の幅の導出  Step 3 : 必要な適応強度の検討(+気候工学の必要性の検討) 以下に、項目ごとに説明する。

Step 1 : 緩和目標の設定 緩和目標として、長期(2100 年もしくは 2200 年まで)の世界の温室効果ガス排出量の経路(時系列)を設定し、現実

の排出量がこれに沿うことを目指すものとする。緩和目標は a. 「目標温度レベル」、b. 「リスク回避性向」、c. 「経路に関する

仮定」の 3 つの選択によって特徴づけられる。

 目標温度レベルは、産業化以前からの世界平均気温上昇量のピークを何℃以内に抑えるべきかについての選択である。こ

の選択は、気候変動によって生じるさまざまなリスクのうち、どのリスクをどの程度に抑えたいかというエンドポイントの

リスク判断におおまかに対応する。ただし、温度レベルとリスクの間の関係には科学的な不確実性があるほか、発現するリ

スクの時間・空間的な不均一性、社会における価値観の多様性などにより、エンドポイントのリスク判断と目標温度レベル

の関係はある程度あいまいにならざるをえないと認識する必要がある。

 リスク回避性向は、科学的な不確実性の下で、どの程度高い可能性で目標温度レベルを超えないようにしたいかという選

択である。同じ目標温度レベルを掲げても、より高いリスク回避性向を選択すれば、排出量の経路をより低く設定する必要

がある。

 経路に関する仮定では、将来に世界全体でゼロ排出もしくはマイナス排出(正確には、自然の吸収量と比べて十分小さな

排出量)が実現して、大気中温室効果ガス濃度を減少(濃度が一度増加した後に減少する「オーバーシュート」)させるこ

とができるという見通しを採用するか否かの選択が重要となる。オーバーシュートの実現を前提とすれば、当面は大きめの

排出量が許容される。

Step 2 : 不確実性の下での緩和目標ごとの帰結の幅の導出 設定した緩和目標ごとに、気温上昇量の時系列、気候変動のさまざまな影響、緩和の経済的コストや波及リスク等の帰結

を導出することができる。ただし、この際に、さまざまな不確実性があることを考慮して、帰結に幅を持たせることが本質

的である。この際に考慮すべき不確実性には、a. 気候(+影響)不確実性、b. 緩和不確実性、c. 社会経済不確実性などがあ

げられる。

 気候不確実性は、地球の気温の上がりやすさに関係する「気候感度」や「気候 - 炭素循環フィードバック」などの科学的

な見積もりに不確実性があるために生じる。たとえば、想定していた気候感度よりも現実の気候感度の方が大きければ気温

上昇は予定よりも大きくなるし、逆であれば予定よりも小さくなる。緩和目標の設定において、高いリスク回避性向を選択

3  ICA-RUS REPORT 2014 気候変動リスク管理戦略の作成に向けて

ICA︱RUSのアウトプット

Page 5: ICA-RUS - 国立環境研究所...ICA-RUS REPORT 2014 気候変動リスク管理 戦略の作成に向けて ICA-RUS Integrated Climate Assessment - Risks, Uncertainties and Society

していれば、気温上昇が目標を超えてしまうリスクを低く抑えることができる。気候変動によって生じる影響の見積もりに

不確実性があることもこの延長上に位置づけることができる。

 緩和不確実性は、目標達成に必要と認識された緩和行動が実際には部分的にしか実行されない可能性や、実行したが想定

していたほど効果が無い可能性などにより生じ、気温上昇が予定よりも大きくなるリスクをもたらすと考えられる。すでに

指摘したように、地球規模の気候変動リスク評価においては強固なガバナンスが存在するとはいえないため、この不確実性

を考慮に入れることは特に重要である。また、緩和策における対策(技術)オプションの組み合わせにはさまざまな可能性

があり、これは能動的に選択できる側面があると同時に、技術革新や社会的受容可能性などの不確実要素によっても左右さ

れる。これによって緩和のコストや波及リスクに変化が生じる点も考慮する必要がある。

 社会経済不確実性は、世界の人口、経済発展、社会格差などの将来の見通しに不確実性があるために生じる。ICA-RUS で

は、社会経済の見通しを後述する 5 つのシナリオ(SSP シナリオ)に沿って考える。シナリオの違いにより、同じ緩和目標

を達成するためのコストに不確実性が生じる。もしくは、特定の(たとえば中庸な)シナリオを想定して緩和行動を実行し

た場合に現実の社会経済が別のシナリオに近づいたために気温上昇が予定よりも大きくなるリスクなどを考慮することもで

きる。

Step 3 : 必要な適応強度の検討(+気候工学の必要性の検討) 緩和目標ごとに必要となる適応策の強度を検討し、可能であればそのコストを見積もる。この際、各種の不確実性により

緩和目標ごとの帰結には幅があり、特に気温上昇が目標を超えてしまうリスクがあるため、それを考慮に入れながら適応策

の検討を行うことが重要となる。さらに、緩和目標ごとに、大きな気温上昇の可能性が排除できない場合には、気候工学、

特に太陽放射管理(エアロゾル散布などにより日射の一部を遮り気温を制御する)の発動、あるいはその準備の必要性につ

いて検討する。この際、気候工学を発動した場合の波及リスクや倫理的側面にも注目する。

 緩和目標ごとに Step 1 ~ 3 までの検討を行った結果導かれる、緩和目標とその帰結の幅、適応(+気候工学)の検討ま

でをセットにしたものを ICA-RUS では「戦略」とよび(図Ⅰ -1)、社会が採りうるリスク管理の選択肢(図Ⅰ -2)として扱

う。さまざまな緩和目標ごとに「戦略」が導出されたとすると、そのいずれかを選択する意思決定は、緩和目標を選びなお

しながら Step 1 ~ 3 を反復的に眺めることによってなされるだろう。その結果、「2℃」などの目標温度レベルを、不確実

性の幅を持った帰結を考慮しながら選択することが可能になる。また、実際に生じた気温上昇や影響、実際に実行された対

策とその効果などを観察しながら、たとえば 20 年程度ごとに「戦略」を選びなおす多段階意思決定として問題を考えるこ

ともできる。

Step 1. 緩和目標a. 目標温度レベル (何℃に抑えるか)b. リスク回避性向 (どの程度確実に抑えるか)c. 経路に関する仮定 (ゼロ排出が実現するか等)

Step 2. 帰結及びその幅気温上昇、各種影響リスク緩和コスト、波及リスク

幅をもたらす不確実性要因:a. 気候、b. 緩和、c. 社会経済

Step 3. 適応検討   (+気候工学検討)必要性、効果、コスト波及リスク、倫理的側面

(気候工学必要性 ?)適応強度

排出量

気温上昇

各種影響

2000  2050  2100 2000  2050  2100

気温上昇

各種影響

2000  2050  2100

戦略の選択

帰結等を評価しながら緩和目標の選択を反復

戦略 A・緩和目標・帰結及びその幅・適応(+気候工学)検討

戦略 B・緩和目標・帰結及びその幅・適応(+気候工学)検討

戦略 C・緩和目標・帰結及びその幅・適応(+気候工学)検討

...

図Ⅰ -1 ICA-RUS における「戦略」

図Ⅰ -2 「戦略」の選択

4Integrated Climate Assessment-Risks, Uncertainties and Society

ICA︱RUSのアウトプット

Page 6: ICA-RUS - 国立環境研究所...ICA-RUS REPORT 2014 気候変動リスク管理 戦略の作成に向けて ICA-RUS Integrated Climate Assessment - Risks, Uncertainties and Society

Ⅰ- 2 分析ケース

 Ⅰ- 2 - i  ICA-RUS が分析するケースの設定

 ICA-RUS では「戦略」を評価するための材料として、複数の「分析ケース」を設定し、参画する各研究チームが作業分担し、

分析ケースごとに表Ⅰ -2(p.7)に示した項目をとりまとめる。各分析ケースは、温室効果ガス排出シナリオ(排出量の時

系列データ、加えて温室効果ガス濃度や放射強制力 1 を含む場合もある;具体的には後述の RCP シナリオ)、気候モデル(気

温や降水の将来予測シミュレーションに用いられる;後述の CMIP5 気候モデル)、社会経済シナリオ(人口・経済・土地利

用等の時系列データ;後述の SSP シナリオ)の組み合わせによって定義され、各研究チームが実施する影響評価・対策評

価の共通の前提条件として用いられる。以下の表は、「リスク管理戦略第1版」(2014 年度末発表予定)までの影響評価・

対策評価で共通に用いられる分析ケース、ならびに「リスク管理戦略最終版」(2016 年度末発表予定)に向けた分析ケース

の拡張方針について整理したものである。

 Ⅰ- 2 - ii ケース設定の背景・考え方

 リスク管理戦略の細やかな検討のためには、多様な気候変化・社会経済変化の組合せについて分析ケースを想定し、影響

評価・対策評価を実施することが望ましい。一方で、計算機資源や人的資源の制約の下では戦略検討の細やかさをいくらか

犠牲にして、実施可能な分析ケース数に絞ることも必要である。

 気候変動に係るシナリオ開発に関しては、「新シナリオプロセス」と呼ばれる国際協調プロセスが実施されている。ICA-

RUS では、この国際協調プロセスに整合的な形で、分析ケースを設定する。ここで新シナリオプロセスへの整合とは、(i)

影響評価のための気候シナリオとして RCP シナリオ(次頁)前提の CMIP5 気候モデル出力を活用、(ii) 影響評価のための

社会経済シナリオとして SSP シナリオ(次頁)を活用、(iii) 対策評価(緩和政策評価)のベースライン(対策無し想定)

の社会経済シナリオとして SSP シナリオを活用、(iv) 対策評価での緩和政策目標(緩和の水準)として RCP シナリオが想

定する放射強制力水準への安定化について分析、することを指す。以上の分析ケース設定を行うことで、影響リスクと対策

実施コストの同一条件での比較を可能にすることを目指す。

 リスク管理戦略第1版では分析ケース数を小さくして、リスク管理戦略最終版に向け研究期間後期に分析ケース数を拡張

する。影響評価に関しては、気候変化とともに社会経済条件の変化にも強く依存するため、社会経済発展の不確実性幅を考

慮した影響評価へのニーズが高まっている。そのため、リスク管理戦略第1版においても、分析ケースとして、気候変化に

加えて社会経済変化の不確実性幅もおさえる組み合わせ(SSP1・SSP2・SSP3 の 3 種の社会経済シナリオ)を設定した。一

方で緩和分析については、ベースラインの社会経済シナリオの選び方が分析結果に及ぼす影響の把握は重要であるが、バイ

1:何らかの要因(例:二酸化炭素濃度変化)により気候システムに変化が生じた場合の、その要因が引き起こす放射エネルギー収支の変化量

表Ⅰ -1 ICA-RUS の分析ケース

リスク管理戦略第1版までの分析ケース

リスク管理戦略最終版に向けた分析ケース拡張方針 備考

影響評価

計 60 種:以下の気候シナリオと社会経済シナリオの組合せを扱う。◦ 気候シナリオ 20 種(=排出

シナリオ RCP: 4 種×気候モデル CMIP5: 5 種)

◦社会経済シナリオ SSP: 3 種

◦ 2 種の SSP 社会経済シナリオを追加

◦ 対策評価との整合性を高めるために、緩和政策の実施により変化した社会経済条件での影響評価も実施。

◦ 各 RCP シナリオについて、少なくとも 5 つの共通の気候モデル出力で評価を実施する。

◦ 評価時期については、現在(1981~2000 年)、近未来(2020 年代)、中期(2050 年代)、長期(2080 年代)を基本とする。

対策評価

計 4 種:ベースライン(後述)の社会経済シナリオとして SSP2を想定。SSP2 から以下の排出シナリオが想定する緩和目標(放射強制力水準)に至るケースを扱う。→ RCP6.0→ RCP4.5→ RCP2.6 (バイオマス CCS 大)→ RCP2.6 (バイオマス CCS 小)

◦ SSP2 以 外 の SSP か ら 各 RCPの緩和目標(放射強制力水準)に至るケースの対策評価も追加実施。

◦ バイオマス CCS 以外の緩和策の導入量制約も考慮。

◦ どのベースライン社会経済シナリオと緩和目標の組合せにも、それを実現しうる緩和策の組合せは多数存在する。そこで、特定の緩和策の導入量に上限制約を加えたケースの分析も加えている。

◦ リスク管理戦略第1版に向けては、SSP2 →  RCP2.6 の分析について、バイオマス CCS の

導入量に上限を与えるケースと与えないケースを扱う。

5  ICA-RUS REPORT 2014 気候変動リスク管理戦略の作成に向けて

ICA︱RUSのアウトプット

Page 7: ICA-RUS - 国立環境研究所...ICA-RUS REPORT 2014 気候変動リスク管理 戦略の作成に向けて ICA-RUS Integrated Climate Assessment - Risks, Uncertainties and Society

2:van Vuuren et al ., 2011, Climatic Change, 109, 5-31 3:O'Neill B et al ., 2013, Climatic Change, 122, 387-400

オマス CCS 利用の有無をはじめとした対策選択の制約について検討することの重要性も大きく、リスク管理戦略第1版に

向けた分析ケースでは、ベースラインの社会経済シナリオについては中庸な性質を持つ SSP2 のみに絞ることとした。

 影響評価での気候シナリオ選択については、同一の RCP 放射強制力シナリオを想定しても気候モデルより気候シナリオ

に大きな差が表れるため、複数気候モデルによる気候シナリオを活用した予測幅の把握が重要になる。ICA-RUS では、な

るべく多くの CMIP5 気候モデルの活用を推奨するが、研究資源の制約を考慮して、影響評価を担当する全研究チームが

実施する分析ケースとしては、国際的な活用実績をふまえて選定した 5 気候モデル(GFDL-ESM2M・HadGEM2-ES・IPSL-

CM5A-LR・MIROC-ESM-CHEM・NorESM1-M)による気候シナリオを利用することとした。

※ RCP(Representative Concentration Pathways: 代表的濃度経路)

 気候モデルを用いた将来予測シミュレーション実験の入力情報として

の活用目的に統合評価モデルを用いて開発・配信された排出シナリオで

ある。それぞれの RCP シナリオは、2100 年までの温室効果ガスの各年

の濃度と人為起源排出量、およびそれに付随する土地利用変化と大気汚

染物質の部門別排出量の空間分布のデータを提供するものである。これ

まで開発・公表された将来の温室効果ガス排出経路の幅を十分に広く

抑えることに留意し、4 つの RCP シナリオ(RCP2.6、RCP4.5、RCP6.0、

RCP8.5)が提示された。各 RCP に続く数字は 2100 年の全球平均の放射

強制力(単位:W/m2)を示している(図Ⅰ -3)。そのうち RCP2.6 シナ

リオのみ、2100 年までに放射強制力がピークを迎えた後に減少するが、

これは世界全体でゼロ排出もしくはマイナス排出(自然の吸収量と比べ

て十分小さな排出量)を実現するオーバーシュートシナリオ(Ⅰ - 1- ⅱ

を参照)に相当する。  

※ SSP(Shared Socio-Economic Pathways; 共有社会経済経路)

 SSP は、人口、ガバナンス、公平性、社会経済開発、技術、環境などの諸条件を示す定量・定性的な要素からなり、気候

変動影響評価と緩和・適応政策分析の前提条件として利用できる。各 SSP の差異は、緩和の困難度と適応の困難度の大き

さにより特徴づけられている(図Ⅰ -4)。SSP の利活用にあたっては、SSP は気候変化問題に対する政策介入がなんら行わ

れないとする(理論的・仮想的な)ベースラインケースだということを理解しておく必要がある。ベースラインケースとし

て SSP を用意することで、追加的に実施される対策の費用や効果の評価がやりやすくなる。

10

8

6

4

2

0

-2

2000 2025 2050 2075 2010

RCP8.5

RCP6.0

RCP4.5

RCP2.6放射強制力(W/m

2 )

年薄灰色/濃灰色の領域は、それぞれ既存シナリオの98%/90%のシナリオの幅を示す。

図Ⅰ -3  「戦略」の選択 RCP シナリオの放射強制力(W/m2)

    (van Vuuren et al . (2011)2 を参考に     作成)

SSP5(在来型発展)

緩和の困難度

適応の困難度

気候政策の無い状態では、エネルギー需要は高く、またその需要の多くは炭素系燃料で満たされる。代替エネルギー技術への投資は低く、緩和のために利用可能な選択肢も限られる。それにも拘わらず経済発展は比較的早く、またその経済発展は人的資本への大きな投資によって推進力を得る。人的資本の改善は同時に、資源のより公平な分配、頑健な制度、緩やかな人口増加をもたらし、結果的に気候影響により良く適応可能な脆弱性の低い世界となる。

SSP3(分断)緩やかな経済発展、急増する人口、遅いエネルギー部門の技術進歩に起因して、温室効果ガス排出量は大きく、結果的に緩和が困難な状況になる。人的資本への投資は低く、不平等は大きく、地域化された世界で貿易フローは減少、制度面の発展は望ましくない方向に向かう。結果的に、多くの人々が気候変化への脆弱性の高いまま、また世界の多くの地域が適応能力の低いまま、取り残される。

SSP1(持続可能)持続可能な発展が適度に早いペースで進む。不平等は減少。技術進歩は速く、かつ低炭素エネルギー源や土地生産性向上などの環境配慮の方向を向く。

SSP4(格差)入り混じった世界。主要な排出地域で低炭素エネルギー源の比較的急速な技術進歩があり、高い排出削減能力が期待できる。一方で、発展が緩やかにしか進まない地域も存在。それらの地域では、不平等は高いままで、経済は相対的に孤立したものとなり、結果的に低い適応能力のために気候変化への脆弱性が高いままとなる。

SSP2(中間的シナリオ)SSP1とSSP3の中間的なケース。

図Ⅰ -4 各 SSP のストーリー概要(OʼNeill et al . (2013)3 を参考に作成)

6Integrated Climate Assessment-Risks, Uncertainties and Society

ICA︱RUSのアウトプット

6

Page 8: ICA-RUS - 国立環境研究所...ICA-RUS REPORT 2014 気候変動リスク管理 戦略の作成に向けて ICA-RUS Integrated Climate Assessment - Risks, Uncertainties and Society

Ⅰ- 3 ICA-RUSの最終アウトプット

 ここでは、現在想定している ICA-RUS の最終アウトプットの概要とその提示までの分析の流れを紹介する。

 ICA-RUS が提示する最終アウトプットを一言でいえば、Ⅰ - 1 - ii で説明した戦略ごとに、「その戦略を選択することが、

どのようなリスクを回避することを意味し、同時に、どのようなリスクを受容することを意味するのか」を包括的に評価し

たものである。

 ただし、ICA-RUS の個別の研究活動の成果は、戦略ごとに直接まとめられるのではなく、まず、Ⅰ - 2 で説明した分析ケー

スを軸に統合される。すなわち、分析ケースごとに、表Ⅰ -2 に示す項目について分析・評価を実施する。この分析ケース

ごとの分析・評価結果が、戦略ごとの評価を行うための構成要素となる。なお、分析ケースごとに提示するアウトプットに

は各種のモデル等を用いた定量的な評価結果だけでなく、文献サーベイ等も含め、可能な限り包括的・網羅的な分析・評価

を目指す。

 同時に、戦略の評価を行うために、戦略と分析ケースとの対応関係の整理を行う。Ⅰ - 1- ⅱで説明したように、戦略は

緩和目標で特徴づけられるが、さまざまな不確実性により、その帰結(たとえば気候変動影響の大きさ)は幅を持つ。この

幅を、複数の分析ケースの結果を用いて表現する。しかし、たとえば幅の上限(もしくは下限)における気候変動影響の大

きさの変化を見積もりたい場合に、それにちょうど対応する分析ケースが利用可能であることは一般に期待できないため、

それに近い上下の分析ケースから按分するなどして見積もることになる。また、社会経済シナリオについては、戦略と分析

ケースはどちらも SSP シナリオを用いるので、一対一の対応関係が得られる。このようにして、戦略ごとに、それを表現

するために必要な複数の分析ケースとの対応関係が整理される。

 上記の取組みを経て得られた分析ケースごとの分析・評価結果および戦略と分析ケースの対応関係をもとに、戦略ごとの

評価を行う。より具体的には、戦略ごとに「気候変動影響の評価」、「気候変動対策および対策実施により生じる波及リスク

の評価」、「土地・水・生態系等の重要分野に係る気候変動影響・対策等の相互作用の評価」等の結果を提示し、それらの評

価結果を統合して、「ある戦略を選択することが、どのようなリスクを回避することを意味し、またどのようなリスクを受

容することを意味するのか」についての包括的な評価を提示する。さらに、個々の戦略の評価だけでなく、さまざまな戦略

の横断的な考察を通じた各戦略の特徴の整理も視野に入れる。また、戦略横断的な考察においては、社会の意識形成や価値

判断等に関する示唆や社会的合理性を担保した意思決定手続き等に関する知見も併せて提示したいと考えている。

 この最終アウトプットを提示するまでの研究の流れを図Ⅰ -5 に示す。なお、図Ⅰ -5 において、ICA-RUS の最終アウトプッ

トの各項目に色付けをしているが、これは後述する ICA-RUS の研究活動の全体像(図Ⅰ -6)や研究活動ごとに提示する個

別のアウトプット一覧(表Ⅰ -3(p.9))における色づけと対応している。

 ICA-RUS では、ここまで説明した ICA-RUS の最終アウトプットの概要および研究の流れを効率的かつ効果的に実施する

ための体制を構築しており、その研究活動の全体像を図表Ⅰ -6 に整理する。この図から分かる通り、大きく、自然システ

ム及び人間社会システムへの影響リスクの評価(青色)、緩和策・適応策および気候工学といった対策の効果、コストおよ

び対策実施に伴う波及リスクの評価(黄色)、土地・水・生態系の相互作用(トレードオフ、フィードバック等)の評価(紫

色)という活動を基本に、社会との相互作用の検討および研究成果を用いた社会とのコミュニケーションといった社会との

接合部分を担当する研究活動(緑色)および各活動から得られた研究成果・個別アウトプットを統合して戦略ごとの包括的

表Ⅰ -2 分析ケースごとに分析・評価する項目

◦気候変動影響の評価

 ▶包括的な影響の大きさ(被害金額等)

 ▶個々の影響の発生時期、範囲および被害規模

◦対策の評価

 ▶ケース達成のために必要な対策

 ▶対策の内容およびそのコスト

◦対策実施により生じる波及リスク

◦水・食料・エネルギーという重要分野に係る影響・対策等の相互作用

 (リスクトレードオフ、フィードバック等)

7  ICA-RUS REPORT 2014 気候変動リスク管理戦略の作成に向けて

ICA︱RUSのアウトプット

7

Page 9: ICA-RUS - 国立環境研究所...ICA-RUS REPORT 2014 気候変動リスク管理 戦略の作成に向けて ICA-RUS Integrated Climate Assessment - Risks, Uncertainties and Society

な評価(桃色)を行う。これらの研究活動を通じて、ICA-RUS 全体の目標である戦略ごとの評価結果だけでなく、各活動の

個別研究成果も多数得られる。それらの個別成果も本レポートの読者にとって有用な情報になり得るため、積極的に提示し

ていきたいと考えている。

 本レポートでは、Ⅰ - 4 にて各研究活動が提示する個別アウトプットを整理するとともに、第Ⅱ部においていくつかの

個別研究成果を紹介している。

図Ⅰ -5 ICA-RUS が提示する最終アウトプットと研究の流れ

図Ⅰ -6 ICA-RUS の研究活動の全体像

8Integrated Climate Assessment-Risks, Uncertainties and Society

ICA︱RUSのアウトプット

8

Page 10: ICA-RUS - 国立環境研究所...ICA-RUS REPORT 2014 気候変動リスク管理 戦略の作成に向けて ICA-RUS Integrated Climate Assessment - Risks, Uncertainties and Society

Ⅰ- 4 各研究活動の個別アウトプット

 Ⅰ - 3 で ICA-RUS 全体でのアウトプットの概要を示したが、ICA-RUS の各研究活動はこの全体アウトプットの構成要素

となると同時に、それぞれを個別に有用な研究知見として参照して頂くことができる。これらの個別アウトプットについて

も、リスク管理戦略第 1 版および最終版において提供したいと考えている。現状で想定している各研究活動の具体的なア

ウトプットを表Ⅰ -3 に示す。

 本レポートの「第Ⅱ部 個別研究成果の紹介」では、下表に示す個別アウトプットについて現状で得られている成果の一

部を紹介している。具体的には、自然システム・人間システムへの影響リスクの評価に関して、「リスクインベントリの改

善(Ⅱ - 1)」および「洪水被害の予測(定量的なリスク評価の例)(Ⅱ - 2)」、気候変動対策の評価に関して「ネガティブ・

エミッション(Ⅱ - 3)」、土地・水・生態系等の相互作用の評価に関して「土地・水・生態系等の相互作用(Ⅱ - 4)」お

よび社会との相互作用の検討に関して、「気候変動に対する市民の考え方(Ⅱ - 5)」を掲載しているので、是非それらの成

果をご覧いただきたい。

 なお、昨年度のレポートでも述べた通り、ICA-RUS ではステークホルダー等の意見を踏まえながら研究内容を検討してい

きたいと考えている。そのため、ここで示す具体項目はあくまで現状の案であり、今後ステークホルダーの方々から頂いた

意見等を踏まえて、アウトプットとして提供する個別項目の変更・追加を適宜行う。

表Ⅰ -3 各研究活動が提供するアウトプット一覧

研究活動 ICA-RUS リスク管理戦略 第 1 版 ICA-RUS リスク管理戦略 最終版

統合評価 緩和・適応の費用便益の予備的分析結果 簡易手法による分野別影響のリスク評価

 緩和・適応の費用便益の分析結果  簡易手法による分野別影響のリスク評価

(対象分野拡充)

   自然システム・人間システムへの影響リスクの評価

食料分野への影響

 温度上昇レベルごとの影響の予備的評価  ◦主要作物の生産性  ◦食料生産、食料価格および食料消費  ◦栄養不足人口・飢餓人口

  温度上昇レベルごとの影響の評価(適応策評価含む)

  ◦主要作物の生産性  ◦食料生産、食料価格および食料消費  ◦栄養不足人口・飢餓人口

健康分野への影響 温度上昇レベルごとの影響の予備的評価

  ◦熱ストレスによる死者・負傷者  ◦感染症による死者・罹患者等

  温度上昇レベルごとの影響の評価(評価対象疾病の拡充)

  ◦ 熱ストレスによる死者・負傷者、労働生産性変化

  ◦感染症による死者・罹患者等

水分野への影響

 温度上昇レベルごとの影響の予備的評価  ◦洪水の被害人口  ◦ 21 世紀中の全球水循環・水需給の   見通し

  温度上昇レベルごとの影響の評価(適応策評価含む)

  ◦洪水の被害人口・被害額  ◦ 適応を考慮した全球水循環・水需給   の見通し

生態系分野への影響 温度上昇レベルごとの影響の予備的評価

  ◦陸域生態系の状況および機能  ◦生態系サービスの持続可能性評価

 温度上昇レベルごとの影響の評価  ◦陸域生態系の状況および機能  ◦海洋生態系および水産資源

ティッピングエレメントの発生に伴う影響

  寒冷圏および海洋圏でのティッピングエレメントの発生メカニズム、閾値、規模および不確実性

  ティッピングエレメントの発生が自然・人間システムに及ぼす影響

 氷床の長期的変化  メタンハイドレート崩壊とその自然シス

テムへの影響

9  ICA-RUS REPORT 2014 気候変動リスク管理戦略の作成に向けて

ICA︱RUSのアウトプット

9

Page 11: ICA-RUS - 国立環境研究所...ICA-RUS REPORT 2014 気候変動リスク管理 戦略の作成に向けて ICA-RUS Integrated Climate Assessment - Risks, Uncertainties and Society

研究活動 ICA-RUS リスク管理戦略 第 1 版 ICA-RUS リスク管理戦略 最終版

   気候変動対策の評価

統合評価モデルを用いた気候変動政策の分析

  各種安定化目標の達成に必要な排出経路の分析(複数モデルによる分析)

  ◦炭素価格  ◦各温室効果ガス排出  ◦対策実施費用・経済損失

  ネガティブ・エミッション(Ⅱ -3)の可否、適応策や気候工学の効果等を踏まえた各種安定化目標の達成に必要な排出経路の分析結果

  各対策の導入の促進・制約・限界に関する諸条件の整理

不確実下の意思決定

  温暖化影響や技術進歩等の関連因子の不確実性を考慮した排出・対策経路の予備的分析

  最適制御理論等の、不確実性下の意思決定に関わる経済評価手法の整理・類型化

  関連因子の不確実性を前提とした排出・対策経路に関する多段階意思決定(各時点で利用可能な判断材料を活かした逐次的な意思決定)の分析

主 体( 地 域・ 国 家 ) 間の相互作用を考慮した気候変動政策の分析

  地域・国家間の協力や交渉を考慮した世界経済モデルによる、各国・地域の排出・対策経路の予備的な分析(協力が成立しない場合の非効率さの評価を含む)

  地域・国家間の協力や交渉を考慮した世界経済モデルによる、各国・地域の排出・対策経路の分析

土地・水・生態系等の相互作用の評価

  土地・水・生態系の相互作用(トレードオフ・フィードバック関係等)の分析

  土地・水・生態系の最適利用戦略の検討結果

   社会との相互作用の検討

意思決定・リスク認知

  日米の社会調査をもとにした意思決定の特徴の分析

  ◦リスク認知  ◦政策選好

  情報発信者に受信者が寄せる信頼や受信者の政治的思考等の社会的要素が受信者のリスク認知に与える影響の分析

  日米欧および新興国の社会調査をもとにした意思決定の特徴に関する情報

  ◦リスク認知  ◦政策選好

  情報の与え方がリスク認知に及ぼす影響の定量的分析

社会的合理性(科学的な不確実さが残る中で公共の判断を可能にするための、意思決定手順や透明性確保等に関する公共の合意)

  (他リスク事象と比較した)気候変動リスク管理の特徴の整理とその特徴に合わせた政策決定の民主的方法論の整理

  地球規模の気候変動リスク管理における社会的合理性の役割・あり方の提示

研究成果の伝達  気候変動リスク管理戦略へのステークホ

ルダーからのニーズの整理  気候変動リスク管理戦略に対するステー

クホルダーの理解の把握

10Integrated Climate Assessment-Risks, Uncertainties and Society

ICA︱RUSのアウトプット

Page 12: ICA-RUS - 国立環境研究所...ICA-RUS REPORT 2014 気候変動リスク管理 戦略の作成に向けて ICA-RUS Integrated Climate Assessment - Risks, Uncertainties and Society
Page 13: ICA-RUS - 国立環境研究所...ICA-RUS REPORT 2014 気候変動リスク管理 戦略の作成に向けて ICA-RUS Integrated Climate Assessment - Risks, Uncertainties and Society

プロジェクト開始から約 2 年経過し、ICA-RUS 各テーマから個別の研究成果が示されてきている。第Ⅱ部では、それらの研究成果のうち 5 件を選び、研究成果のエッセンスを紹介する。これらはいずれも ICA-RUS の「リスク管理戦略」をまとめる際に重要な構成要素となる。

個別研究成果の紹介第Ⅱ部

12Integrated Climate Assessment-Risks,Uncertainties and Society

個別研究成果の紹介

Page 14: ICA-RUS - 国立環境研究所...ICA-RUS REPORT 2014 気候変動リスク管理 戦略の作成に向けて ICA-RUS Integrated Climate Assessment - Risks, Uncertainties and Society

Ⅱ-1 リスクインベントリの改善

 Ⅱ -1- i  リスクインベントリとは

 ICA-RUS では、気候変動が引き起こすリスク(被害、利益)を網羅的に整理し、地球規模の気候変動リスク管理戦略の構

築に貢献することが重要な目標の一つである。このための活動が「リスクインベントリ」の作成であり、昨年度は人によっ

て異なる価値観を踏まえ、「被害を避けたい」と考える人がいるであろう対象をできる限り広く捉え、その対象ごとに気候

変動リスク(被害のみ)を整理した。この詳細については、ICA-RUS REPORT 2013(http://www.nies.go.jp/ica-rus/report/

ica-rus_report_2013.pdf)およびリスクインベントリ詳細版(http://www.nies.go.jp/ica-rus/inventory.html)を参照されたい。

 昨年度の取組みにより、気候変動により影響を受ける部門と個別の被害に関する全体像を明らかにできた一方、さまざま

な気候変動リスク間の因果関係については、一部しか表現できておらず、気候変動リスクの全体像を把握しずらいという課

題があった。この点を改善するため、今年度は気候変動リスクの「ネットワーク図」を作成し、気候変動リスク間の因果関

係を視覚的に明快に表現した。

 Ⅱ -1- ii  リスク連鎖の評価

 Ⅱ -1- iii  今後の取組み

 次年度以降は、気候変動リスク管理戦略への更なる貢献を目指し、現状のリスクインベントリで考慮しているリスクにつ

いて、影響の大きさ、発生時期、持続性あるいは確信度等の特徴を把握する。さらに、気候変動対策を行う場合にもさまざ

まなリスクが生じると考えられるため、今後は、ICA-RUS で作成を進めている「対策インベントリ」と融合させる等により、

気候変動対策のリスクも踏まえた情報の提示方法を検討する。

■�ネットワーク図での表現により気候変動リスクの全体像把握が容易に  今年度は気候変動対策を講じなかっ

た場合に生じうる気候変動リスクを

対象とし、昨年度のリスクインベン

トリを整理した。専門家による文献

調査に基づき、気候変動によって生

じるリスク項目(130 程度)と、リ

スク項目の間の因果関係(300 程度)

を抽出した。抽出されたリスク項目

と因果関係(データは詳細版に掲載)

を利用して、健康・災害・社会・水

資源・エネルギー・産業・食料・生

態系・地球科学的臨界現象に関連す

るリスク連鎖の「ネットワーク図」

を作成した。1 例として、食料分野

に関わるリスクのネットワーク図を

示す(図Ⅱ -1)。図ではリスク項目

の間の因果関係が、矢印でつながれている。気候変動などの影響により、作物生産性が減少し、食料供給の不安定化と食

料安全保障の悪化などが生じる可能性がある。また、食料安全保障の悪化はさまざまな健康への影響につながる。この一

方で、場所によっては気候変動によって作物生産性が増加するなどの好影響もある。

■因果関係(矢印)ごとに生起確率や確信度が異なるという点に注意  前述のように、因果関係が生じる規模や地域、生起確率、確信度は異なる。現状のネットワーク図は、リスク項目が同じ

矢印で結ばれているため、すべての因果関係が同じ確からしさで起こるという印象を与えるが、必ずしもそうではない点

に注意が必要である。これは改善すべき課題の一つであり、ネットワーク図を有用なものにするために、図中で因果関係

の性質・特徴等の情報も表現していく必要がある。

作物生産量の減少

食料海洋表層栄養塩の増加藻類などの繁茂 湖沼水質の悪化

生態系生産量の減少生物多様性の低下

河川水質の悪化肥料利用の増加 窒素酸化物放出の増加

温室効果ガス濃度の増加

作物生産量の増加

降水量の増加

水資源の増加

強風の激化

森林火災の増加

農地の被害豪雨の増加

洪水の増加

病虫害の増加

害虫の増加 気温の上昇

降水量の減少

猛暑の増加牧草生産量の減少 家畜生産量の減少

土壌有機物の減少PTSD などの精神疾患の増悪

居住地の移動

食料貿易の変化 インフラ被害の増加

食料供給の不安定化食料流通の変化

飼料価格の上昇水資源の減少

食料価格の上昇漁獲量の減少

食文化の変容

食料安全保障の悪化 下痢の増加

低栄養の増加紛争の激化

水媒介感染症の増加 食料媒介感染症の増加

図Ⅱ -1 食料分野におけるリスク連鎖のネットワーク図

13  ICA-RUS REPORT 2014 気候変動リスク管理戦略の作成に向けて

個別研究成果の紹介

Page 15: ICA-RUS - 国立環境研究所...ICA-RUS REPORT 2014 気候変動リスク管理 戦略の作成に向けて ICA-RUS Integrated Climate Assessment - Risks, Uncertainties and Society

Ⅱ- 2 洪水被害の予測(定量的なリスク評価の例)

 Ⅱ - 2 - i これまでの知見

 洪水は気候に関連した、最も主要な災害のひとつである。毎年の洪水による損失は数百億ドルに達し、死者数は数千人と

言われている。洪水による経済的損失及び死傷者の数は、地球温暖化などの気候変化によって将来増加する可能性がある。

しかし、2012 年出版された極端現象に関する IPCC 特別報告書 (IPCC SREX)4 の中では、「全体として、河川洪水の変化予測

は信頼性が低い。証拠は限られており、地域的な変化の要因は複雑なため、信頼性が低い。」と記されている。これは、そ

の当時、地球温暖化時の洪水の変化とそのリスクを世界全体で解析した研究がごくわずかであったことが理由である。しか

し IPCC 第 4 次評価報告書が作成された後に、全球規模の洪水予測のためのデータがポータルサイトから入手可能になった

ことで、ICA-RUS では以下の研究を行うことができるようになった。

 Ⅱ - 2 - iii 今後 ICA-RUS が明らかにすること

 上記研究では、洪水暴露人口を指標として洪水リスクを推定した。しかしその一方で、たとえば 2012 年における洪水に

よる全世界の経済損失は 1,900 億ドルに上るといわれており、洪水による経済損失も甚大なものがある。今後は、洪水によ

る将来の経済損失を明らかにすることも重要である。

 また今回は 100 年に 1 度以上の流量のみを基準として洪水リスクを推定したが、今後は先進国と途上国の違い等、各国

の河川整備の実情を考慮した洪水流量の基準に基づくリスク推計も重要である。

 さらに、将来の降水予測に加えて海面上昇や地盤沈下の影響も取り込みつつ沿岸域の洪水リスクを評価することは、今後

の重要課題である。

 Ⅱ - 2 - ii ICA-RUS により明らかにされた知見

 本レポートでは、将来の気候下における洪水暴露人口(洪水の氾濫域に住む人の数)の推計を行った研究(Hirabayashi

et al . (2013)5) について述べる。この研究では、11 個の気候モデルから推定された将来気候それぞれに対して、洪水暴露人

口の将来変化を推計しその変化の一致度を調べた。複数の気候モデルを解析することで、気候モデルに起因する将来の洪水

変化の不確実性を考慮した。また、洪水リスク変化の計算には最先端の河川・氾濫モデルを用いた。

■洪水リスクは欧州北部や東部で減少、アジアの大部分・アフリカの低緯度域で増加の見通し  複数のモデルの傾向から、ヨーロッパ地域などでは洪水リスクが減少する(図Ⅱ -2 で黄色~赤色の地域が多い)一方で、

アフリカやアジアの多くの地域で洪水リスクが増加し(同図で紺色~水色の地域が多い)、世界全体では洪水リスクが増

加する可能性があることが分かった。この傾向は大多数の気候モデルで一致していた。図Ⅱ -2 は最も温暖化が進行する

シナリオ(RCP8.5)を用いた結果である(※ RCP の詳細はⅠ - 2 を参照されたい)。

■洪水リスクに対する早期の適応策推進の必要性を示唆  現在から将来(2100 年)までの洪水暴露人口の年々変動も推計した所、洪水リスクは大きな年々変動を示していた。洪

水の増加トレンドが顕著になる前でも大規模な洪水が発生する可能性が考えられ、洪水の増加トレンドが顕著になる前の

段階から適切な適応策を推進する必要があることが示唆された。

図Ⅱ -2 「現在気候における 100 年に 1 回の洪水」が    将来何年に 1 度生じるか(再起年数)(年)

海上と乾燥地域(過去再現実験における 1979-2010 の平均年流量が 0.01mm/ 日未満)は白抜きされている

図Ⅱ -3  「現在気候における 100 年に 1 回の洪水」の暴露人口の時系列変化

太線が気候モデルの平均、網掛けは気候モデル間の標準偏差

4:http://ipcc-wg2.gov/SREX/report/5:Hirabayashi Y et al ., 2013, Nature Climate Change, 3, 816-821.

14Integrated Climate Assessment-Risks,Uncertainties and Society

個別研究成果の紹介

Page 16: ICA-RUS - 国立環境研究所...ICA-RUS REPORT 2014 気候変動リスク管理 戦略の作成に向けて ICA-RUS Integrated Climate Assessment - Risks, Uncertainties and Society

Ⅱ- 3 ネガティブ・エミッション

 Ⅱ - 3 - i これまでの知見

 大気中から直接的または間接的に CO2 を除去し、積算の CO2 排出量を抑制し温度上昇を抑える技術をネガティブ・エミッ

ション技術、あるいは二酸化炭素除去技術(CDR; carbon dioxide removal)と呼ぶ。具体的な技術は、CO2 回収貯留を伴う

バイオエネルギー利用(バイオマス CCS)、植林・土地利用改善、バイオ炭(炭に炭素を吸着させ固定)、バイオマス地中埋設、

大気中 CO2 直接回収など比較的検討が進んでいる対策に加え、鉄・リン・窒素による海洋肥沃化(光合成によるプランク

トン発生増加)、湧昇流(深海からのプランクトンの栄養素わき上がり)・沈降流(CO2 を吸収した海水の沈降)促進、風化

反応促進等である。

 Ⅱ - 3 - ii ICA-RUS により明らかにされた知見

■2℃目標達成のためには一層の低コスト・高CO2 回収率のBECCS技術革新が不可欠  統合評価モデルによって国際的に検討されているシナリオの中で、気温上昇を 2℃以内に抑えることに対応するシナリオ

(RCP2.6 等)では、大規模 BECCS の実施が想定されている。ICA-RUS では、土地利用の制約下で実現可能な BECCS 量の

推定を行った。

  その結果、第 1 世代バイオエネルギー作物に大量の肥料を投入した高肥料シナリオで必要量の半分未満、第 2 世代バイ

オエネルギー作物による代替天然ガス生産過程での BECCS で必要量の約半分しか達成できないことが分かった。代替天

然ガス燃焼後の回収技術も仮定した CCS では必要量の 95%が達成できることが分かったが、現状技術ではこの実現には

コストとエネルギーが多くかかるため、技術革新やライフサイクルでみた CO2 回収率の高い技術の利用が重要となるこ

とも分かった。

■技術革新が進まない中でBECCSの拡大を進めると逆に炭素排出量は増加  第 2 世代バイオエネルギー作物の広域生産や CO2 回収技術の高度化が進まない場合には、2℃目標達成のためにバイオエ

ネルギー作物栽培の土地を想定の倍以上に拡大する必要があり、食用作物農地との競合が生じたり、さらなる森林伐採に

よって BECCS で達成した吸収量を相殺するだけの炭素排出増が生じてしまうことが分かった。

■現状レベルでのCO2 直接回収技術の実規模導入には膨大なコストとエネルギーが必要  これまでの研究では、CO2 の直接回収については、技術やコストについて体系的な整理は不十分という状況であった。

ICA-RUS では文献を幅広く調査することにより、CDR のコスト評価の現状を整理した。その結果、おおよそ 100 ~ 1,000

ドル /t-CO2 と、文献により数値が大きく異なり、また不確実性が非常に大きいことが明らかになった。

  この状況を踏まえつつ、先行研究が比較的多い NaOH と Ca(OH)2 を用いた CO2 直接空気回収技術について簡易モデルを

作成し実施コストの試算を行った結果、現状の技術レベルで世界の CO2 排出量削減に寄与できる規模として 1Gt の CO2

回収に必要なコストは約 60 兆円 / 年、燃料は約 200Mtoe/ 年、電力は約 500TWh/ 年であると試算された。

 Ⅱ - 3 - iii 今後 ICA-RUS が明らかにすること

 今後は BECCS 等の影響評価を行い、対策実施に関わる課題やリスクの把握を行う。また、CCS プロジェクトは計画段階

で中止となったものが数多くみられる。今後は政策や経済、社会的受容可能性等の観点から CCS 実施が順調に進まない原

因を分析する必要がある。

■BECCS(バイオマスCCS)は高い潜在能力を持ち一部の国で実証が実施中  BECCS とは、バイオマスエネルギー利用と CO2 回収貯留(CCS)を組み合わせることで、エネルギー生成をしながらネガティ

ブ・エミッションを行うことができる技術である。これは、近い将来の利用において、コスト・技術的な面で最も潜在能

力がある技術とされる。

  バイオマスはさまざまなものが利用可能である:食用作物による第 1 世代バイオエネルギー作物(サトウキビ、トウモロ

コシ、ナタネなど)、第 2 世代バイオエネルギー作物(多年生草本、ナンヨウアブラギリ、短期伐採のヤナギやポプラなど)、

木材及び林業での残渣、バイオ燃料向け藻類など。CCS は、CO2 を分離・回収し、地中や海洋等に長期間安定的に貯留・

隔離する技術である。

 Global CCS Institute (GCCSI) がまとめた 2010 年時点の世界の BECCS プロジェクトは 15 件である。

15  ICA-RUS REPORT 2014 気候変動リスク管理戦略の作成に向けて

個別研究成果の紹介

Page 17: ICA-RUS - 国立環境研究所...ICA-RUS REPORT 2014 気候変動リスク管理 戦略の作成に向けて ICA-RUS Integrated Climate Assessment - Risks, Uncertainties and Society

Ⅱ- 4 土地・水・生態系等の相互作用

 Ⅱ - 4 - i これまでの知見

 過去 50 年人類は急速に開発を進め、純一次生産のおよそ 4 分の 1 を、主として食料生産のために利用している。しかし、

世界ではそれらの食料などの資源へ十分にアクセスできない人が多く、今後も、自然資源に対する圧力は強まることが予想

される。需要の急増・都市化・グローバル化・気候変化は、人間社会や生態系システム全体に大きな影響を与え、人間にとっ

て必要不可欠な水・食料・エネルギーの安全保障が脅かされる可能性がある。そして、人間活動による土地・水・生態系の

利用は、温室効果ガスの排出や炭素循環を変えることにより、気候変化をさらに促進する。

 これまでの研究では、土地利用、水資源、生態系、農業など、それぞれの部門において生じる気候変化リスクの評価は行

われてきたが、さまざまな部門の間の現象の結びつき、それによって生じるリスクや対策の評価は、まだまだ不十分である。

 Ⅱ - 4 - ii ICA-RUS により明らかにされた知見

 これまで ICA-RUS では、将来の気候変化リスクを評価するために必要不可欠な、土地・水・生態系の相互作用に関する

さまざまな研究を行ってきた。そのうち、将来の社会経済や気候変化のもと、我々は十分な水資源が得られるかどうかの評

価についての研究成果(Hanasaki et al . (2013a,b)6,7)を紹介する。

 Ⅱ - 4 - iii 今後 ICA-RUS が明らかにすること

 ICA-RUS では、気候・土地利用・水資源・生態系・農作物を記述する全球規模のモデルを開発し、研究を進めてきた。こ

れらのモデルは非常に複雑な現象を扱うため、モデルの中には数々の不確実性がある。この問題を克服するため、引き続き、

モデルの高度化を行う。私たちが開発したさまざまなモデルを利用し、土地・水・生態系の相互作用の理解を深めることで、

将来の気候変化に対するリスク管理戦略の構築と、水・エネルギー・食料の安全保障の向上、持続可能な社会の発展に貢献

することが大きな目標である。 

■世界全体の水逼迫の可能性が高まり、水資源の安定的な確保のための対応が必要  将来に人間が使える水の量(水資源量)は、温暖化によって将来の降水・蒸発・流出がどれくらい変わるかという気候シ

ナリオに大きな影響を受け、将来に使う水の量(水利用量)は、将来の人口や経済活動、技術がどれくらい変わるかとい

う社会経済シナリオに大きく影響を受ける。ICA-RUS では 5 つの社会経済シナリオ(SSP)(※ SSP の詳細はⅠ - 2 を参照

されたい)に沿って水利用量の推定を行い、気候シナリオ(CMIP5)に基づき推計された世界の水資源量と組み合わせる

ことにより、「必要な時に必要な量の水が得られるか」について詳しく調べた。

  高い環境意識や低所得国との格差縮小など持続可能な社会経済シナリオ(SSP1)以外のシナリオでは、世界全体で水逼

迫が今よりも大きくなるという結果が示され、水逼迫への対応が重要だということが分かった(図Ⅱ -4)。

  ただし、アフリカにおいては、温暖化の影響に加え、人口や経済活動の伸びにより、現在は非常に少ない水利用量が急に

伸びることが避けがたいことなどが原因で、持続可能な社会経済シナリオにおいても指標が悪化する。

図Ⅱ -4 「必要時に必要な量の水が得られるか」の指標※赤が濃い(値が小さい)ほど、水逼迫が大きいことを示す。

6:Hanasaki N et al ., 2013, Hydrol. Earth Syst. Sci .,17, 2375-2391.7:Hanasaki N et al ., 2013, Hydrol. Earth Syst. Sci .,17, 2393-2413.

16Integrated Climate Assessment-Risks,Uncertainties and Society

個別研究成果の紹介

Page 18: ICA-RUS - 国立環境研究所...ICA-RUS REPORT 2014 気候変動リスク管理 戦略の作成に向けて ICA-RUS Integrated Climate Assessment - Risks, Uncertainties and Society

Ⅱ- 5 気候変動に対する市民の考え方

 Ⅱ - 5 - i これまでの知見

 科学的不確実性を伴う複雑な社会問題について市民が討議する方法は数多く試行されて来たが、そこには「市民は結局『十

分に』理解できていないのではないか」という懸念が常に付きまとってきた。科学的「理解」が気候変動を巡る主張形成に

どう影響するのかに関する調査研究は多数見られるが、その中には必ずしも、正確な科学的理解や知識の量が、気候変動問

題への関心を高めるものではないことを示唆するものがある。

 Slovic (1987)8, Slovic et al . (2004)9 は、人がリスク対策をとるかどうかの判断には、科学知識等の事実を分析し論理的結論

を導くフレームと、物事を自身の経験と結びつけて総合的に判断するフレーム(メンタルモデル)の 2 種類がある、と主

張した。Weber (2006)10 は「人々にリスク対策の重要性を喚起させる最良方法は、長期に渡りそのハザードを体感させ続け

るというものであり」;「逆に最も効果がない方法は、その分野の専門家が、事実に基づいて説明し、聞き手それぞれの想像

を促すというもの」と主張した。Kahan et al .(2011)11 は、科学理解力、計算能力が高いほど、温暖化に対するリスク認知が

強いとは限らず、それらが高いほど社会観に強く影響されリスク認知が両極化することを明らかにした。

 Ⅱ - 5 - ii ICA-RUS により明らかにされた知見

■人々は温暖化及び対策実施による好影響・悪影響を考慮した上で緩和策の実施を選ぶ傾向  ICA-RUS では、アンケート回答の選択肢に応じて気候変動の物理的、社会的、経済的な影響を提示する簡易政策シミュレー

タを作成した。このシミュレータでは、回答者は自身の選択した緩和策のコストやトレードオフを考慮しつつ、気温上昇に

関する目標のあり方や国内外でのコスト負担の考え方について、整合的に検討することが可能である。これを用いて日本国

民を対象とした 10,000 名規模の社会調査を実施した結果、被験者は、温暖化による自然・生態系への影響と、対策コスト

及び経済活動への悪影響とのトレードオフを考慮した上で、緩和策の実施を選ぶ傾向が見られた。この傾向は今回の調査に

より得られた重要な示唆であるが、この傾向を結論づけるためには今後の更なる調査研究を通じた検討が必要である。

  また、いくつかの個別の回答内容についてより詳細に紹介すると、対策目標の位置づけに関する問に対しては、選択肢

のなかで最も強く対策を推進することを意味する「法的拘束力を持つ国際目標値が必要である」が 58.3%の支持を得た。

その他の選択肢についても、対策推進の意味の強い順に高い支持を得た。目標水準に関する設問では、最も高い目標であ

る「1.5℃未満に留める」という選択肢への支持が最も高くなり、次に高い支持を得たのは「2.0℃程度」であった。また、

全ての緩和策について、先進国での対策支持率が、途上国での対策支持率を上回った。個別の対策への評価を見ると、優

れている点としては GHGs 削減可能量(が多い)という点を評価する回答が多数を占めた。また「わからない」という回

答も全ての対策について上位に登場した。対策費用の負担については、先進国内では対策を実施する企業とその就業者が

主に負担すべきだという意見が、税や補助金を通じて国民全体で均等に負担すべきだ、という意見を上回った。また途上

国による対策については、途上国が自己負担すべきだという意見が、先進国が負担すべきだという意見を僅かに上回った。

■人は関心の低い分野では社会的意思決定を他者へ委ねる傾向が示唆された  社会調査において異なる回答傾向を示した 4 名を対象にしたグループインタビューを 4 回開催した。参加者は自らと異

なる意見に耳を傾ける様子は伺えたものの、他者の意見で自論を変える様子は確認できなかった。また、自分の関心の高

い分野については社会的意思決定に強い参画を希望するが、気候変動のように関心の低い分野については他者への委任を

許す傾向があることが示唆された。

 Ⅱ - 5 - iii 今後 ICA-RUS が明らかにすること

 社会調査に関しては、今後、調査内容及び分析手法を精査しつつ、国際比較に取り組む。また、グループインタビューに

より示唆された「関心の高い分野については社会的意思決定に強い参画を希望するが、気候変動のように関心の低い分野に

ついては他者への委任を許す」という姿勢について、メンタルモデル・分析モデルの使い分けを含め体系的な整理を進める

とともに、関心の低い分野(無関心層)に対するアプローチ方法の検討を行う。

8:Slovic P, 1987, Science, 236, 280-285. 9: Slovic P et al ., 2004, Risk Analysis , 24, 311-322.10: Weber EU, 2006, Climatic Change, 77, 103-120.11:Kahan DM et al ., 2011, Cultural Cognition Project Working Paper No.89

17  ICA-RUS REPORT 2014 気候変動リスク管理戦略の作成に向けて

個別研究成果の紹介

Page 19: ICA-RUS - 国立環境研究所...ICA-RUS REPORT 2014 気候変動リスク管理 戦略の作成に向けて ICA-RUS Integrated Climate Assessment - Risks, Uncertainties and Society

参考 URL◦ ICA-RUS WEB ページ http://www.nies.go.jp/ica-rus/index.html◦ ICA-RUS REPORT 2014 詳細版 http://www.nies.go.jp/ica-rus/report/ica-rus_report_2014_detail.html◦ ICA-RUS REPORT 2013 http://www.nies.go.jp/ica-rus/report/ica-rus_report_2013.pdf◦各種インベントリ http://www.nies.go.jp/ica-rus/inventory.html

■フィードバックのお願い  ICA-RUS REPORT 2014 をご覧頂き有難うございました。ICA-RUS では、本レポートについてのあらゆるフィード

バックを歓迎します。次年度以降のレポートへの要望や今年度のレポートに対する感想あるいはご批判等、短いものでも結構ですので、是非以下のアドレスまで e-mail でお送りください。

                        [email protected]

18Integrated Climate Assessment-Risks,Uncertainties and Society

Page 20: ICA-RUS - 国立環境研究所...ICA-RUS REPORT 2014 気候変動リスク管理 戦略の作成に向けて ICA-RUS Integrated Climate Assessment - Risks, Uncertainties and Society

独立行政法人 国立環境研究所地球環境研究センター 気候変動リスク評価研究室Email:[email protected]

http://www.nies.go.jp/ica-rus/index.html

2014.3

   本研究プロジェクトに関する問い合わせ先

ICA-RUSIntegrated Climate Assessment - Risks, Uncertainties and Society