icu看護のトレンド 遠隔集中治療支援システム...

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Tele-ICUという言葉を皆さんは聞いたことがあ るでしょうか? 集中治療領域では徐々に認知され つつあるTele-ICUですが,具体的には何をやって いるのか分からないという人もいるのではないで しょうか。 本稿では,Tele-ICUをサービスとして実際に提供 している立場から,海外や本邦におけるTele-ICU 関連の取り組みなどを紹介します。 遠隔医療とは 遠隔医療とは,「通信技術を活用した健康増進, 医療,介護に資する行為」と定義されています 1) その遠隔医療は大きく2つに分けられます。1つ は専門医がほかの「医師」の診療を支援するDoctor to Doctor(D to D)であり,もう1つは医師が遠 隔地の「患者」を診療するDoctor to Patient(D to P)です。D to Dとしては遠隔画像診断や遠隔病理 診断などがあり,D to Pは現在オンライン診療と呼 ばれ,医師が情報通信機器を用いて患者と離れた場 所から診療を行うものや,心臓ペースメーカーなど の遠隔モニタリングが含まれます 2) 表1)。Tele- ICUは,D to Dの遠隔医療に含まれます。 また,本邦においては集中ケア認定看護師や救急 看護認定看護師などが,ほかの「看護師」のケアの 方法などを支援するNurse to Nurse(N to N)も 行っています。遠隔医療においても診療の支援だけ ではなく,看護の支援を行うことも重要ではないか と感じています。 遠隔集中治療(Tele-ICU) Tele-ICUとは,ビデオ会議システムなどを使っ て,複数施設のICUの電子カルテやPACS(Picture Archiving and Communication Systems: 医 療 用画像管理システム),生体情報モニタなどの患者 情報を遠隔の医師や看護師と共有した上で,診療方 針や看護ケアを相談するシステムです。Tele-ICU では,日本で言う集中治療専門医や認定看護師/専 門看護師などのスペシャリストが待機する場所を 「サポートセンター」と呼んでいます(写真)。米国 では1人の専門医と4人の看護師が1チームとなっ て,約200床のICUを管理しています。 Tele-ICUには,表2に示した3つのmodelがあ ります 3) 。Reactive care modelは,警告や必要時 に院内から連絡があり介入するmodelであるため, Tele-ICUからの積極的な働きかけ,治療介入が必 要であると考えます。 集中治療の対象となる患者は,敗血症の初期治療 のように数十分から数時間単位での対応が必要な (もりぐち しんご)2003年看護師免許取得。2012年集中ケア認定看護師資格取得。 公立甲賀病院,京都大学医学部附属病院CCU・ICU,京都医療センター救命救急セン ターなどを経て現在に至る。 森口真吾 株式会社 T-ICU 集中治療部門最高責任者(Chief Critical Care Officer:CCCO) 滋賀医科大学 社会医学講座法医学部門 集中ケア認定看護師 特集 これだけは知っておきたい! ICU看護のトレンド 2020 医療環境システムのトレンド① 遠隔集中治療支援システム (Tele-ICU) 8 重症集中ケア Volume.19 Number.1

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Page 1: ICU看護のトレンド 遠隔集中治療支援システム …て,複数施設のICUの電子カルテやPACS(Picture Archiving and Communication Systems:医療 用画像管理システム),生体情報モニタなどの患者

 Tele-ICUという言葉を皆さんは聞いたことがあ

るでしょうか? 集中治療領域では徐々に認知され

つつあるTele-ICUですが,具体的には何をやって

いるのか分からないという人もいるのではないで

しょうか。

 本稿では,Tele-ICUをサービスとして実際に提供

している立場から,海外や本邦におけるTele-ICU

関連の取り組みなどを紹介します。

遠隔医療とは 遠隔医療とは,「通信技術を活用した健康増進,

医療,介護に資する行為」と定義されています1)。

 その遠隔医療は大きく2つに分けられます。1つ

は専門医がほかの「医師」の診療を支援するDoctor

to Doctor(D to D)であり,もう1つは医師が遠

隔地の「患者」を診療するDoctor to Patient(D to

P)です。D to Dとしては遠隔画像診断や遠隔病理

診断などがあり,D to Pは現在オンライン診療と呼

ばれ,医師が情報通信機器を用いて患者と離れた場

所から診療を行うものや,心臓ペースメーカーなど

の遠隔モニタリングが含まれます2)(表1)。Tele-

ICUは,D to Dの遠隔医療に含まれます。

 また,本邦においては集中ケア認定看護師や救急

看護認定看護師などが,ほかの「看護師」のケアの

方法などを支援するNurse to Nurse(N to N)も

行っています。遠隔医療においても診療の支援だけ

ではなく,看護の支援を行うことも重要ではないか

と感じています。

遠隔集中治療(Tele-ICU) Tele-ICUとは,ビデオ会議システムなどを使っ

て,複数施設のICUの電子カルテやPACS(Picture

Archiving and Communication Systems:医療

用画像管理システム),生体情報モニタなどの患者

情報を遠隔の医師や看護師と共有した上で,診療方

針や看護ケアを相談するシステムです。Tele-ICU

では,日本で言う集中治療専門医や認定看護師/専

門看護師などのスペシャリストが待機する場所を

「サポートセンター」と呼んでいます(写真)。米国

では1人の専門医と4人の看護師が1チームとなっ

て,約200床のICUを管理しています。

 Tele-ICUには,表2に示した3つのmodelがあ

ります3)。Reactive care modelは,警告や必要時

に院内から連絡があり介入するmodelであるため,

Tele-ICUからの積極的な働きかけ,治療介入が必

要であると考えます。

 集中治療の対象となる患者は,敗血症の初期治療

のように数十分から数時間単位での対応が必要な

(もりぐち しんご)2003年看護師免許取得。2012年集中ケア認定看護師資格取得。公立甲賀病院,京都大学医学部附属病院CCU・ICU,京都医療センター救命救急センターなどを経て現在に至る。

森口真吾 株式会社T-ICU 集中治療部門最高責任者(Chief Critical Care Officer:CCCO)

滋賀医科大学 社会医学講座法医学部門 集中ケア認定看護師

特集

これだけは知っておきたい!ICU看護のトレンド2020

医療環境システムのトレンド①

遠隔集中治療支援システム (Tele-ICU)

8 重症集中ケア Vo l um e .19 N um b e r .1

Page 2: ICU看護のトレンド 遠隔集中治療支援システム …て,複数施設のICUの電子カルテやPACS(Picture Archiving and Communication Systems:医療 用画像管理システム),生体情報モニタなどの患者

ケースが少なくありません。その

ため,昼夜を問わず専門医の知識

が必要である一方で,集中治療医

しかできない手技がほとんどない

ことから,遠隔医療と相性が良い

とも言えるのではないでしょう

か。そのTele-ICUには,表3に

示したような期待と課題が考えら

れています。

情報通信機器を用いて画像等の送受信を行い,特定領域の専門的な知識を持っている医師と連携して診療を行うもの

情報通信機器を用いた診療

情報通信機器を用いた遠隔モニタリング

【遠隔画像診断】•画像を他医療機関の専門的な知識を持っている医師に送信し,その読影・診断結果を受信した場合

【遠隔病理診断】•術中迅速病理検査において,標本画像等を他医療機関の専門的な知識を持っている医師に送信し,診断結果を受信した場合(その後,顕微鏡による観察を行う)

•生検検体等については,連絡先の病理医が標本画像の観察のみによって病理診断を行った場合も病理診断料等を算定可能

【オンライン診断】•オンライン診療料•オンライン医学管理料•オンライン在宅管理料・精神科オンライン在宅管理料対面診療の原則の上で,有効性や安全性等への配慮を含む一定の要件を満たすことを前提に,情報通信機器を用いた診療や,外来・在宅での医学管理を行った場合

•電話等による再診患者等から電話等によって治療上の意見を求められて指示をした場合に算定が可能であるとの取り扱いが,より明確になるよう要件の見直し(定期的な医学管理料を前提とした遠隔での診療は,オンライン診療料に整理)

【遠隔モニタリング】•心臓ペースメーカー指導管理料(遠隔モニタリング加算)体内植込式心臓ペースメーカー等を使用している患者に対して,医師が遠隔モニタリングを用いて療養上必要な指導を行った場合

•在宅患者酸素療法指導料(遠隔モニタリング加算)•在宅患者持続陽圧呼吸療法(遠隔モニタリング加算)在宅酸素療法,在宅CPAP療法を行っている患者に対して,情報通信機器を備えた機器を活用したモニタリングを行い,療養上必要な指導管理を行った場合

医師が情報通信機器を用いて患者と離れた場所から診療を行うもの

情報通信機能を備えた機器を用いて患者情報の遠隔モニタリングを行うもの

診療形態 診療報酬での対応

医師対医師(D

to

D)

医師対患者(D

to

P)

表1 診療報酬における遠隔診療(情報通信機器を用いた診療)への対応

厚生労働省:オンライン診療の推進,平成30年3月9日.より引用,改変

写真 株式会社T-ICUのサポートセンター

9重症集中ケア Vo l um e .19 N um b e r .1

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急性期における呼吸管理の最近の動向 2012年に現在の急性呼吸窮迫症候群(acute res­

pir a to ry distress syndrome:以下,ARDS)の定

義(ベルリン定義)が提唱されてからも,ARDSに

関して現時点で有効性が確立された薬物療法はあり

ません。また,人工呼吸管理において有用性が証明

された換気モードの報告もありません。ベルリン定

義提唱以後も,治療の原則は大きく変わっていない

のが現状です。急性期における人工呼吸管理の考え

方としては,不適切な人工呼吸管理を避け,人工呼

吸期間を可能な限り短縮することがポイントになり

ます。

 不適切な人工呼吸管理は,それ自体が肺損傷(人

工呼吸器関連肺損傷〈ventilator associated lung

injury:以下,VALI〉)を招き,炎症性サイトカイ

ン産生の亢進などの機序により,ARDSのさらなる

悪化と多臓器不全の発症に大きく影響してしまう可

能性があります。そのため急性期における人工呼吸

管理は,VALI予防を目的とした肺保護換気戦略が

中心となっています。

 人工呼吸期間を可能な限り短縮するためには,自

発覚醒トライアル(spontaneous awakening trial:

SAT)や自発呼吸トライアル(spontaneous breath­

ing trial:SBT)の考え方に基づいた人工呼吸器離

脱プロトコル1)が,人工呼吸器の早期離脱を目指す

ための管理方法として推奨されています。また,脳

死患者を対象とした研究では,横隔膜を動かさない

強制換気において筋線維が半減し,最終的に筋萎縮

に至る人工呼吸器誘発性横隔膜機能不全(ventilator­

induced diaphragmatic dysfunction:以下,VIDD)

の発生機序が報告2)されるなど,VIDDを予防す

る観点からも,自発呼吸を温存した人工呼吸管理が

重要視されています。

 しかしながら,不適切な人工呼吸管理下では,患

者-人工呼吸器間の非同調(以下,非同調)が発生

し,それにより呼吸困難感や呼吸仕事量を増加させ,

人工呼吸器の離脱を遷延させる原因の一つとしてク

ローズアップされています。そのため,急性期の人

工呼吸管理においては,非同調の有無をきちんと評

価することが求められます。

 本稿では,呼吸管理のトレンドとして,非同調の

考え方について整理し,非同調を考慮したclosed

loop systemを用いた人工呼吸器の新しいモードや

機能について紹介します。

患者-人工呼吸器間の非同調の考え方 非同調とは,患者の呼吸努力と人工呼吸器の反応

の間に起こるミスマッチのこと3)を意味しますが,

臨床現場で特に周知されているのはファイティング

という状態です。ファイティングとは,人工呼吸器

の吸気と患者の呼気がぶつかり,回路内圧の上昇を

(よねくら しゅうじ)1990年に看護師免許取得。救命救急センターなどの看護師勤務経験後,医療機器メーカーで勤務。2014年より大阪府三島救命救急センターに勤務,2017年より現職。1993年救急救命士免許取得,1997年3学会合同呼吸療法認定士,2014年集中ケア認定看護師の資格取得。

米倉修司 大阪府三島救命救急センター 看護部 科長/集中ケア認定看護師

特集

これだけは知っておきたい!ICU看護のトレンド2020

呼吸管理のトレンド

22 重症集中ケア Vo l um e .19 N um b e r .1

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来す状態を意味し,非同調を示す代表的な徴候とし

て知られています。

 しかし非同調は,ファイティングのような,単に

「患者の自発呼吸のタイミング」と「人工呼吸器の

作動のタイミング」のずれから生じているものだけ

ではありません。患者の呼吸努力に対して,人工呼

吸器からのサポートが不足あるいは過剰となってい

る場合も,非同調として認識する必要があります。

 非同調についての報告は増加傾向にあり,非同調

が呼吸困難感や呼吸仕事量の増大をもたらすという

報告4)や,死亡率との関連を示唆する報告5)をは

じめ,予後に関する報告もされています。非同調は,

ガス交換障害,肺過膨張,呼吸仕事量の増大により,

人工呼吸期間やICU滞在期間の延長を来し,患者予

後への影響も指摘されていますが,その認識は高い

とは言えないとも解説されています6)。そのため,

ベッドサイドの看護師においても,非同調を意識し

た呼吸様式の観察がより求められると考えます。

非同調の種類と一般的な対処法 非同調(asynchrony)の分類としては,①不適

切なトリガー(trigger asynchrony),②吸気流量

の過不足(flow asynchrony),③吸気から呼気へ

転じるタイミングのずれ(cycling asynchrony),

の3つに分類するのが一般的です6,7)(図1)。表1

に,非同調の分類と種類ごとの特徴,一般的な対処

法をまとめています。非同調の中でも,ミストリガー

とダブルトリガーの発生頻度が高いことが分かって

います。COPD(慢性閉塞性肺疾患)症例の人工呼

吸管理では,auto PEEP(図2-A)が発生しやす

く,ミストリガーを招きやすいので注意が必要です。

また,グラフィックモニタの流量波形に細かな揺れ

が生じている場合(図2-B),オートトリガーを

誘発する可能性があります。

 非同調については,患者の呼吸状態を評価しなが

ら,表1に記載した対処法を取ることが基本となっ

ています。最近の人工呼吸器では,自発呼吸を温存

した人工呼吸管理を行う上で,closed loop system

を利用した同調性を高めたモードが登場しています。

closed loop systemによる 人工呼吸管理 closed loop systemとは,患者自身の呼吸に基づ

いて人工呼吸器の作動が変化するフィードバックシ

ステムを用いた人工呼吸管理のことを意味します7)。

広義のclosed loop systemには,患者の呼吸器系

時間

吸気 呼気

吸気流量の過不足(flow asynchrony)

•サギング

不適切なトリガー(trigger asynchrony)•ミストリガー•ダブルトリガー•リバーストリガー•オートトリガー

吸気から呼気へ転じるタイミングのずれcycling

asynchrony•送気終了•終了遅延

図1 非同調の3つの分類

23重症集中ケア Vo l um e .19 N um b e r .1

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 クリティカルケア,特に集中治療が必要となる重症

患者の体液管理・輸液療法のトレンドを一言で表す

と,「“More is More”の段階から“Less is More”

の段階への移行を見極め,段階に応じて必要な量の

輸液を行う」ことと言えるかもしれません。冒頭か

ら耳慣れないことばが並び,とまどっている人もい

るかもしれませんね。“More is More”とは,「足

りていないうちは,積極的な輸液を行う」という考

え方で,“Less is More”とは,「必要がないので

あれば,積極的な輸液は控える」という考え方です。

 体液管理・輸液療法に関する臨床研究は日進月歩

で積み上げられており,現時点では「これだけ押さ

えておけばよい!」という明確なエビデンスまでに

は到達していません。Trendという単語は,「流行」

とも訳されます。つまり,現時点での主流であり,

今後大きく変化する可能性があるということです。

 このような大前提を踏まえ,本稿では,体液管

理・輸液療法のトレンドである“More is More”

と“Less is More”を形づくってきた著名な研究

論文を基に,重症患者をケアする看護師として何が

求められているのかを考えていきます。

かくして“More is More”の 必要性が裏づけられた “More is More”が重要だというトレンドを形づ

くってきたのは,敗血症性ショックに対する治療戦

略に関する研究だと言えるでしょう。

 敗血症性ショックに対する治療戦略を語る上で最

も有名と言える研究は,Riversらが2001年に発表

した早期目標指向型治療法(EGDT:Early Goal

Directed Therapy)に関するものです1)。この治

療法は,進行性の病態である敗血症性ショック(血

液分布異常性ショック)に対して行う時間経過に合

わせた循環管理として,発症から6時間以内の治療

目標を定めてプロトコル化し,それに合わせて輸液

を行っていくものです。いわば,“More is More”

の考え方に則った治療と言えるでしょう。

 EGDTを行うことで,46.5%から30.5%という

院内死亡率の大幅な低下を認めただけでなく,6人

に1人の成果を表したという驚異的な効果1)を踏

まえ,当時の国際的ガイドライン2)に採用される

など,敗血症治療の主流となりました。

 しかし,EGDTの有効性を検証した3本の大規模

研究(ProCESS trial3),ARISE trial4),ProMISE

trial5))が2010年代に相次いで発表され,EGDT

の有効性は否定されました。その主な根拠は次の3

つです。

①EGDTを遵守した場合としなかった場合で,予

後が変わらなかったこと

②EGDTを遵守することで,総輸液量が増多した

だけでなく,急性腎不全などの臓器障害の発症率

が増加したこと

(ひらい りょう)2005年国立循環器病研究センターへ入職。心臓血管外科病棟,ICUでの勤務を経て,大学病院,循環器系病院でEICUや心臓血管外科病棟に勤務。その後,現在に至る。看護学修士(クリティカルケア看護学専攻)。

平井 亮 京都橘大学 看護学部 看護学科 助手

特集

これだけは知っておきたい!ICU看護のトレンド2020

体液管理・輸液療法のトレンド

36 重症集中ケア Vo l um e .19 N um b e r .1

Page 6: ICU看護のトレンド 遠隔集中治療支援システム …て,複数施設のICUの電子カルテやPACS(Picture Archiving and Communication Systems:医療 用画像管理システム),生体情報モニタなどの患者

③EGDTを遵守することで,ICU滞在日数が有意

に増加していたこと

 ただし,この3つの大規模研究ではいずれも,敗

血症の初期段階で晶質液30mL/kg以上が投与され

ていました6)。つまり,相対的に循環血漿量が不足

する敗血症初期段階で大量の輸液を投与することは,

もはや標準的な治療になっていたということです。

 これらの結果を踏まえ,現在の敗血症治療の国際

的ガイドライン7)からEGDT自体の推奨は削除さ

れたものの,「敗血症に伴う低灌流がある場合,最

初の3時間以内に,晶質液を最低30mL/kg投与す

る(強い推奨/低い質)」という“More is More”

の考え方に従う推奨は残っています。「足りていな

いうちは,積極的な輸液を行う」ことは,依然とし

て主流であると言えます。

重症患者の輸液療法のトレンドは, “More is More”から “Less is More”への切り替え

 では,“More is More”の考え方に則っているは

ずのEGDTは,なぜ有効性が否定されたのでしょ

うか。この疑問に対するヒントを与えてくれる研究

がいくつかあります。

 まず,Boydらが敗血症患者778人を対象に行っ

た研究8)では,水分バランスが過剰であると死亡

率が高くなることが明らかになっており,敗血症初

期12時間で10Lを超えると予後はより悪くなるこ

とが示されました。Kelmらの研究でも,輸液過剰

であった患者の死亡率が有意に上昇していたことを

明らかにしており,輸液過剰であった患者のうち約

半数は,第3病日まで輸液過剰が遷延していたこと

を報告しています9)。

 続いて,ARDS患者を対象とした研究(FACTT

study)からは,輸液制限した患者と制限しなかった

患者の間で60日死亡率に有意差はなかったものの,

7日間の水分出納が,制限群:-136±491mL /

非制限群:+6992±502mLとなっていました。そ

して,輸液を制限した患者では,酸素飽和度,肺損

傷スコア,人工呼吸器装着期間,ICU在室期間にお

いて有意に良好な結果が示されました10)。

 さらに,急性腎不全患者に目を向けてみると,生

存した患者に比べて,死亡した患者において明らか

な体液過剰があったことをPayenらが明らかにし

ており,24時間当たり1L増えるごとに死亡リス

クが1.21倍になると報告しています11)。

 これらの研究から分かってきたことは,「足りて

いないと思って,漫然と積極的な輸液を行っている

と,結果的に患者の予後を悪化させることになる」

かもしれないということでした。つまり,相対的に

減少した循環血漿量を補い,組織の酸素需給バラン

スをできるだけ早い段階で適正化するために行う初

期の大量輸液は有効であるものの,その後は可能な

限りマイナスバランスで管理することが,予後に良

好な結果をもたらす可能性があるということです。

要するに,“More is More”から“Less is More”

への切り替えが重要だということです。

どこから切り替えるか? 必要でない輸液を漫然と投与することには意味が

ない(むしろ害がある)ことは容易に理解できます

が,ここに「いつから消極的輸液に切り替えたらよ

いのか?」という問いを追加されたら,急に難しい

問題になります。とはいえ,この切り替えのポイン

トを探り出すのが,24時間ベッドサイドで患者の

状態をモニタリングしている我々クリティカルケア

看護師の役割の一つと言えるのかもしれません。

 Acute Dialysis Quality Initiativeは,第12回学

術会議で,輸液療法を4つのフェーズでとらえる考

え方を紹介しました12)。救命の段階(Rescue),最

適化の段階(Optimization),安定化の段階(Sta­

bi li za tion),段階的縮小の段階(de­Escalation)

で分けられたこの考え方は,各段階の頭文字をとっ

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ICUのゴールとは何か 今日ではICUで患者のゴールを考える際,その

患者に合わせたさまざまな意見が出ると思います。

しかし,ICUができた当時のゴールは,短期の死

亡率を減らすということでした。重症患者を一つの

ユニットに集約するという画期的な方法は,死亡率

の減少に貢献しました。一方で,ICUを生還した後

の患者や家族の問題に対する意識は高くありません

でした。短期の死亡率が下がり,生存する患者が増

えたことで,「ICUの生存者の長期的なアウトカム

は?」「そのアウトカムにICUでのケアは影響する

の?」「もし,ICU退室後のアウトカムについてよ

り知ることができれば,私たちのケアは変わるの?」

など,いろいろな疑問が出てきました。

 そこで,2002年にベルギーのブリュッセルで国

際会議が開かれました1)。そして,次の4つの方向

性が打ち出されました。

①�長期的なアウトカムについての観察研究

②�ICUでやる介入に関しては,少なくても6カ月は

生存のフォローアップ

③�今まで行われていない長期的アウトカムの改善を

視野に入れた介入研究

④�QOLや神経認知障害を測定するよいツールの開発

 それから10年くらい経過すると,研究が蓄積さ

れてきました。長期に見ていくと,ICU退室後の

最初の1年間の累積死亡率は26〜63%2)であり,

死亡率はICUに入室してない集団と比較して2〜5

倍高い3,4)ことが分かりました。これらのことから,

ICUを生存退室できてめでたしめでたし,というこ

とではないことが分かります。そして,身体・精神

機能に対する危険因子との関連も明らかになってき

たことで,QOLの低下につながることも分かってき

ました(図1)。

 このような経緯から,28日死亡率など短期的な死

亡率を減らすことをゴールにするのではなく,ICU

退室後のQOLの向上をゴールとすることが強調さ

れるようになりました。

PICSとは何か 長期的な合併症の結果,QOLが低くなっている

ということが分かってきたため,2010年にアメリ

カの集中治療医学会で,集中治療と退室後のケアに

かかわる専門家による会議が開催されました5)。会

議の中で,合併症に対する意識を高め,教育を普及

させるためには名前をつけることが必要となり,つ

いた名前がPost Intensive Care Syndrome(以下,

PICS)です(図2)。PICSは,「重症疾患後の患者

に退院後も持続する,身体機能,認知機能,精神機

能における新規または悪化した障害」と定義されて

います。このように,用語を作成することで,専門

家の認識を促進し,外来の医師による迅速なスクリー

(さかき こうすけ)2008年東京慈恵会医科大学附属病院に入職,ICUに配属。2016年から急性・重症患者看護専門看護師資格取得。2019年からCCU主任,2020年4月東京慈恵会医科大学看護学専攻博士後期課程入学,現在に至る。

坂木孝輔 東京慈恵会医科大学附属病院 CCU 急性・重症患者看護専門看護師

特集

これだけは知っておきたい!ICU看護のトレンド2020

PICS予防・その周辺に関する�トレンド

55重症集中ケア Vo l um e .19 N um b e r .1

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ニングを促し,疫学,病態生理,治療,予後診断を

さらに深めることが期待されました。

 PICSという名前ができてから,ICU患者におけ

る長期的な運動機能・認知機能・精神機能の障害と

してさまざまな報告があり(表1),私たちの取り

組むべき課題として注目を集めています。

PICSの予防 PICSの予防に対する対策は,大きく2つの方向

性があります。一つは,危険因子を予防ま

たは最小化すること,もう一つは患者の高

次の欲求を充足することです。

■危険因子の予防または最小化 PICSの危険因子は,治療介入因子と環

境・精神的因子に分けることができます6)。

治療のために入れている点滴や投与してい

る薬,手術さえも患者にとっては害になり

得ます。また,モニタのアラーム音や閉鎖

空間,面会の制限など,集中的に治療する

ための環境がPICSの危険因子になり得ま

す(図3)。変更できないものもあります

が,介入できるものは患者に合わせて変更します。

 さまざまな介入が提案されていますが,バンドル

介入で最も有名なものがABCDEFGHバンドルです。

ABCDEFGHバンドルは,2010年にVasilevskisら

が提唱したABCDEバンドル7)が進化したものです。

「バンドル」とは「束」という意味で,複数の行為

を同時に行うということです。人工呼吸器や鎮静,

せん妄や不動などの医原性リスクにより生じる病態

から負のサイクルが形成され,結果としてPICSに

PICS:Post Intensive Care Syndrome重症疾患後の患者に退院後も持続する,身体機能,認知機能,精神機能における新規または悪化した障害

精神機能障害

精神機能障害

PICS

認知機能障害

生存者(PICS)

家族(PICS-F)

身体機能障害

図2 PICSとは

Needham DM, et al. Improving long-term outcomes after discharge from intensive care unit:report from a stakeholders' conference. Crit Care Med. 2012 Feb;40(2):502-509.を基に作成

人工呼吸器装着日数

既存の性格特性(不安・悲観的)精神疾患罹患率(うつ)

ステロイド/筋弛緩薬

重症疾患神経筋障害

不動

神経筋障害 QOLの低下

高血糖ICU在室/在院日数SIRS敗血症

多臓器障害

低酸素

低血糖

せん妄/妄想的記憶

鎮静 不安/痛み身体機能障害

肺機能障害

認知機能障害

PTSD

うつ

患者の要因(年齢・性別・ICU入室前の知性)

図1 長期の身体・精神合併症における危険因子

Desai SV, et al. Long-term complications of critical care. Crit Care Med. 2011 Feb;39(2):371-379.を基に作成

身体 精神

56 重症集中ケア Vo l um e .19 N um b e r .1

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続きは本誌を