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2009 年 3 月 27 日発行 グリーン・ニューディール政策の効果と課題 ~「米国再生・再投資法」の評価から得られる示唆~

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Page 1: ~「米国再生・再投資法」の評価から得られる示唆~...この“New Energy for America”に示された長期に目指すべき目標を達成する第一歩とし

2009 年 3 月 27 日発行

グリーン・ニューディール政策の効果と課題

~「米国再生・再投資法」の評価から得られる示唆~

Page 2: ~「米国再生・再投資法」の評価から得られる示唆~...この“New Energy for America”に示された長期に目指すべき目標を達成する第一歩とし

* 当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではあ

りません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに基づき作成されておりますが、その 正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更さ れることもあります。

本誌に関する問い合わせ先

みずほ総合研究所㈱ 調査本部

政策調査部 山本 美紀子

電話(03)3591-1329

E-mail [email protected]

Page 3: ~「米国再生・再投資法」の評価から得られる示唆~...この“New Energy for America”に示された長期に目指すべき目標を達成する第一歩とし

要 旨

米国のオバマ政権の下、2009 年 2 月 17 日に成立した「米国再生・再投資法」

〔The American Recovery and Reinvestment Act of 2009〕では、総額

7,872 億ドル(72.8 兆円)の景気対策のうち、約 580 億ドル(歳出 380 億

ドル、減税措置 200 億ドル)が環境・エネルギー分野に割り当てられた。この

ように、環境・エネルギー分野へ集中的な投資を行って、経済再生と、環境・

エネルギー分野の新規需要・雇用の創出を同時に達成する「グリーン・ニュー

ディール」政策が注目されている。

グリーン・ニューディール政策で実施される主な対策は、太陽光発電などに代

表される再生可能エネルギーの導入促進や、連邦政府の建物や住宅における省

エネ対策の推進、次世代型の環境配慮自動車の開発・普及、またそれらを実現

するための送電網の整備や技術開発への支援策などである。これらの対策は、

その実施時期を始め、どの程度の費用がかかるのか、どの程度の経済に対する

影響や雇用創出効果があるのか、また将来の環境・エネルギー政策と適合性が

あるのかなどは、それぞれに大きく異なっている。

政権の試算によると、「米国再生・再投資法」のエネルギー分野の対策による

2010 年末までの雇用創出効果は約 45 万 9,000 人と見込まれている。また、

民間のシンクタンクの分析によると、連邦政府の施設や住宅などの建物のエネ

ルギー効率向上への直接の財政支出は、短期的な経済・雇用創出効果において

も、環境面の効果においても確実性が高いとみられている。

各国が共通して抱える「経済と環境の両立」といった課題への対応策として期待

度が大きいグリーン・ニューディール政策だが、実際に、短期の景気浮揚だけ

でなく、中長期的に自国の環境・エネルギー産業の振興や雇用創出、ひいては

環境配慮型の社会へ向けた変革につなげられるかは、政策の選び方や進め方に

大きく左右される。政策の効果を高めるには、短期の経済効果と中長期的な環

境政策面の便益とのバランスが考慮された総合戦略と、目指すべき長期ビジョ

ンの明確化が重要となる。

〔政策調査部 山本美紀子〕

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目次

1. はじめに ···································································································· 1 2. 米国のグリーン・ニューディール政策の概要 ···················································· 1 (1) エネルギー・温暖化対策の包括的かつ長期的計画 ··········································· 1 (2) 「米国再生・再投資法」の環境・エネルギー分野の対策 ·································· 2

3. 米国の環境・エネルギー分野の対策の効果と評価 ·············································· 4 (1) 政権による雇用効果に関する試算 ································································ 4 (2) 米国シンクタンクによる環境・エネルギー政策の効果に関する試算··················· 4

4. グリーン・ニューディール政策を進める意義および課題 ····································· 9 (1) 世界的課題である温暖化対策が中心 ····························································· 9 (2) 様々な政策目標の同時達成が可能 ·······························································10 (3) 日本版グリーン・ニューディール政策への示唆 ············································· 11

5. おわりに~経済・環境面の効果の同時達成に向けて~ ······································ 13

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1. はじめに 米国のオバマ政権が打ち出した景気対策の一部で、環境・エネルギー分野へ集中的な投資

を行って、経済再生と、環境・エネルギー分野の新規需要・雇用の創出を同時に達成する「グ

リーン・ニューディール」政策1が注目されている。その背景には、グリーン・ニューディー

ル政策は、従来型の公共投資による景気浮揚効果に加えて、地球温暖化問題やエネルギー源

の脱石油化、輸入石油への依存度の低下といった中長期的課題への対応につながる対策とし

て有望視されていることがある。今後この政策に沿って、太陽光や風力などの再生可能エネ

ルギーの利用を促進したり、公共施設や家庭における省エネによるエネルギー効率化を推進

したり、電気自動車を普及させたりといった対策が実施される。

世界的な同時不況が続くなか、今後の成長が期待できる環境・エネルギー分野を景気対策

の柱と位置づける政策は世界の潮流となっている。日本政府も 2009 年 3 月末をメドに日本版

グリーン・ニューディール構想「緑の経済と社会の変革」をまとめ、諸外国に先駆けて不況

を克服し、低炭素社会のモデルを築くことを目指している。さらに、日本以外にも、英国、

ドイツ、フランス、韓国、中国など多くの国で環境分野の重点投資が計画されている。

このように、各国が共通して抱える「経済と環境の両立」といった課題への対応策として期

待度が大きいグリーン・ニューディール政策だが、実際に、短期の景気浮揚だけでなく、中

長期的に自国の環境・エネルギー産業の振興や雇用創出、ひいては環境配慮型の社会へ向け

た変革につなげられるかは、政策の選び方や進め方に大きく左右されるだろう。

そこで本稿では、米国で導入されることが決まった環境・エネルギー分野の景気浮揚策が、

どのような効果を持ち得るのかを海外の文献等より明らかにし、日本で同様の政策を打ち出

す際に、政策の実効性を高めるために留意すべき点について考察する。 2. 米国のグリーン・ニューディール政策の概要 (1) エネルギー・温暖化対策の包括的かつ長期的計画 オバマ大統領は、選挙活動中より“New Energy for America”という温暖化防止や輸入石

油への依存度の低下に関する長期計画を打ち出していた。その中で、今後10年間にクリーン・

エネルギーの開発に 1,500 億ドル(13.9 兆円2)投資し、500 万人の雇用を創出することを公

約した。また、再生可能エネルギーの供給量を 3 年で倍増し、発電に占める割合を 2012 年ま

でに 10%、25 年には 25%に高めることも目標に掲げた。運輸部門の対策としては、ガソリン1ガロン3当たりの走行距離が 150 マイル(約 240km)以上の燃費の国産プラグイン・ハイブ

リッド自動車4を、2015 年までに 100 万台導入することを提言した。

1 世界大恐慌後の 1930 年代に、ルーズベルト米大統領が提唱した一連の経済再生計画であるニューディール

(新規巻き返しの意味)政策にちなんでそう呼ばれている。 2 1 ドル=92.45 円換算(みずほコーポレート銀行外国為替公示相場 09 年 2 月の月中平均データ)、以下同じ。 3 ガロンとは、ヤード・ポンド法の容積の単位で、米国の液量ガロンは約 3.8 リットルである。 4 従来のハイブリット自動車は、走行中の運動エネルギーをバッテリーに充電しているが、プラグイン・ハイ

ブリット自動車は、より大容量のバッテリーを搭載してモーターだけで走る距離を増やすために作られた自

動車で、利用者が家庭用電源からも充電できる。市街地のような短距離走行の際は、ガソリンを消費せず、 モーターだけでの走行が可能となり、CO2 排出量の削減や化石燃料の消費抑制につながる。

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さらに、同計画には、それらの再生可能エネルギーや環境配慮型自動車の導入促進策と併

せて、全米レベルのキャップ&トレード型の排出量取引制度5を導入することにより、温室効

果ガスの排出量を 2020 年までに 90 年レベルに(2005 年比では 14%)削減するという温暖

化対策の目標も記載されている。

(2) 「米国再生・再投資法」の環境・エネルギー分野の対策 この“New Energy for America”に示された長期に目指すべき目標を達成する第一歩とし

て、2009 年 2 月 17 日に成立した「米国再生・再投資法」〔The American Recovery and Reinvestment Act of 2009 (ARRA)〕には、環境・エネルギー分野の対策が盛り込まれた。総

額 7,872 億ドル(72.8 兆円)の景気対策のうち、約 580 億ドル(歳出 380 億ドル、減税措置

200 億ドル)が環境・エネルギー分野に割り当てられた。図表 1 に主な対策を示した。

(図表 1)米国景気対策における環境・エネルギー分野の主な対策 対 策 規 模

送電網の近代化、スマート・グリッドの整備 110 億ドル

州政府等のエネルギー効率化・省エネプログラムへの補助 63 億ドル 再生可能エネルギー事業(風力、太陽光など)への融資保証 60 億ドル 中低所得者向け住宅の断熱化等への補助 50 億ドル 連邦政府の建物におけるエネルギー効率化のための改修 45 億ドル 化石燃料の利用技術(クリーン石炭技術、CCS 技術など)の研究開発 34 億ドル

米国内で生産される次世代型電池の製造への助成 20 億ドル 再生可能エネルギー事業への生産税控除の延長 131 億ドル

家庭の省エネ投資に対する減税額を拡大(一世帯あたり上限 1,500 ドル) 20 億ドル 減

税 プラグイン・ハイブリッド自動車等への購入者向け減税 20 億ドル

(資料)米議会誌 CQ Weekly“Feb,9-13Weekly Report”、米国ホワイトハウスの公式ウェブサイトなどを基に作成

a. 歳出 歳出項目の中で も大きな割合を占めているのが、送電網の近代化やスマート・グリッド6

の整備である。その目的は、老朽化した送電網を強化することに加え、将来の再生可能エネ

ルギー源の大量導入に耐えうる電力網に刷新しようというもので、風力発電などが盛んな地

域に送電網を伸ばす事業などが計画されている。長期的には、スマート・グリッドの整備に

より各地の電力需要をきめ細かく予測し、電力が余分にある地域から不足している地域へ融

通し、全体として効率的なエネルギー利用をすることによる省エネの達成も目指されている。

5 キャップ&トレード型の排出量取引制度とは、個々の企業に、一定期間における温室効果ガスの排出上限枠

を設定したうえで、企業間の排出枠の取引を認める制度。 6 スマート・グリッドとは、従来の電力会社から消費者への一方向の送電だけでなく、先端技術を活用した制

御機器やソフトウエアを組み込むことにより、消費者との双方向の電力のやり取りや電力の需給調節が可能

となる次世代型の送電網のこと。これにより、再生可能エネルギーの導入量が増えることによる出力の不安

定化問題に対処できるとともに、太陽電池パネルを設置した企業や家庭などで発電された電力を電力会社に

売ることができる。将来、プラグイン・ハイブリッド車や電気自動車を電力網から充電するようになった場

合にも、スマート・グリッドが整備されていれば負荷を平準化できる。

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次に大きな規模の歳出が予定されているのは、様々な部門のエネルギー効率化、省エネ対

策への助成である。具体的には、州政府等のエネルギー効率化・省エネプログラムへの支援

や、中低所得者向け住宅の断熱化への助成、連邦政府の建物におけるエネルギー利用効率を

改善するための改修など、広く公共施設、企業および家庭でのエネルギー効率利用、省エネ

を促す対策が盛り込まれた。 また、再生可能エネルギー発電システムや水素燃料電池技術などの早期商用化を後押しす

るため、それらの事業への融資に対し、政府保証をつける対策も含まれている。 さらに、中長期的に CO2排出削減に資する技術を開発するため、クリーン石炭技術7や炭素

隔離・貯留(CCS8)技術などの研究開発や、次世代型電池の米国内での製造・開発に対して

の助成が行われる。 そのほか、エネルギー効率化や再生可能エネルギー事業分野の人材育成のために、2010 年

6 月まで使用可能な 5 億ドルの予算も配分されている。 b. 減税措置 減税措置の中身は、再生可能エネルギーに関する既存の税優遇措置の延長や拡大が中心と

なっている。 まず、2010 年が期限となっている再生可能エネルギー事業者に対する生産税控除

(Production Tax Credit :PTC)が 3 年間延長される。PTC は、発電所の稼動開始から 10年間、発電量に応じて適用されるものである。これにより、風力発電所は 2012 年末まで、地

熱および水力発電所、廃棄物発電所は 2013 年末まで優遇が受けられることになる。事業者は、

PTC の代わりに、設備を設置した年(風力発電は 2012 年まで、その他の再生可能エネルギ

ーの場合は 2013 年まで)に 30%の投資減税(Investment Tax Credit :ITC)9を受ける方を

選択することも可能となっている。再生可能エネルギー事業の促進策には、PTC の延長等に

加え、太陽光発電、風力発電、燃料電池などの再生可能エネルギー施設の設備投資に対する

助成金の上限枠を廃止したり、それらの建設費用を調達するための債券発行にかかる減税幅

を拡大したりする対策も含まれている。 そのほか、住宅や自動車でのエネルギーの効率的利用のための投資に対する減税も拡大さ

れる。住宅向けには断熱性向上などの投資に対する税額控除が投資額の 10%から 30%に拡大

される(2009~2010 年に実施されるすべての対策に対して 1 世帯あたり 1,500 ドルの上限)

ほか、太陽光パネルや太陽熱利用、燃料電池システム、小規模風力発電機等の再生可能エネ

ルギー施設の設置に対し、総費用の 30%という現行の税額控除の上限が撤廃される。自動車

向けには、特にプラグイン・ハイブリッド車の普及を促進するため、2010 年から購入者に対

し、バッテリーの容量に応じて 大 7,500 ドルの減税が実施される。

7 石炭のガス化、高効率燃焼プロセスなどの CO2排出量を低減させるためのクリーンな石炭利用技術。 8 CCS とは Carbon dioxide Capture and Storage の略で、火力発電所等から排出される CO2を分離・ 回収し、地中に隔離・貯留することにより CO2排出量を削減する対策。

9 太陽光発電については、投資減税が既に導入されている。

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3. 米国の環境・エネルギー分野の対策の効果と評価 (1) 政権による雇用効果に関する試算 オバマ政権が 2009 年の 1 月に公表した報告書”The job impact of the American recovery

and reinvestment plan” (Council of Economic Advisers) によると、「米国再生・再投資法」

のエネルギー分野の対策による 2010 年末までの雇用創出効果は、直接的な効果と間接的な効

果の両方を合わせると約 45 万 9000 人と試算されている(図表 2)。「直接効果」とは、今

回打ち出される対策により直接雇用される雇用者数で、「間接効果」とは、直接効果により

新規に雇用された雇用者の支出増加や他の産業へ波及した効果による雇用創出を含めたもの

である。この 45 万 9,000 人という規模は、景気対策全体が持つ雇用創出効果に対して 1 割強

と決して大きいものではない。しかし、雇用創出効果のうち、今回の対策により直接雇用さ

れる雇用者数が多くなっていることから、雇用創出の確実性が高いと言える。 また同報告書では、雇用が創出されるタイミングについても分析されており、エネルギー

分野の対策は、雇用創出効果全体の 46%が 2009 年末までに、41%が 2011 年末までに現れる

とされている。したがって、エネルギー分野の対策により、 初の 1 年間で、20 万人超の雇

用者数の増加が見込まれていることになる。

(図表 2)米国景気対策における環境・エネルギー分野の雇用創出効果 分野 直接効果 間接効果 全体の効果

エネルギー 305,000 153,000 459,000インフラ整備 142,000 142,000 377,000ヘルスケア 166,000 78,000 244,000教育 166,000 83,000 250,000弱者保護 140,000 409,000 549,000州政府支援 442,000 379,000 821,000勤労者向け税額控除 (Making Work Pay Tax Cut)

0 505,000 505,000

企業向けの減税 (Business Tax Incentive)

0 470,000 470,000

合計 1,456,000 2,219,000 3,675,000(出所)Christina Romer ”The job impact of the American recovery and reinvestment plan” (Council

of Economic Advisers)2009 年 1 月 10 日 (2) 米国シンクタンクによる環境・エネルギー政策の効果に関する試算 次に、米国のシンクタンク、ピーターソン国際経済研究所(IIE)の Trevor Houser 氏が、

2009 年 1 月 15 日に下院のエネルギー・温暖化問題に関する特別委員会(Select Committee on Energy Independence and Global Warming)で、環境・エネルギー政策の効果について

証言した内容を紹介する。 a. 分析手法

IIE は、環境分野の景気刺激プログラムの効果を分析したリポート”Structuring a Green Recovery: Evaluating Policy Options for an Economic Stimulus Package”を 2009 年 1 月に

公表した。同リポートでは、図表 3に示した 12の環境・エネルギー分野の景気対策を仮定し、

(人)

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5

それらの経済効果・環境効果についてモデル10を使って評価・試算している。これらの 12 の

プロジェクトは、上記の「米国再生・再投資法」に盛り込まれた環境・エネルギー分野の対

策と規模の差などはあるものの、内容はほぼ似通っており、「米国再生・再投資法」の効果

を考えるうえで参考になる。 これらの 12 のプロジェクトは、その実施時期を始め、どの程度の費用がかかるのか、どの

程度の経済に対する影響や雇用創出効果があるのか、将来の環境・エネルギー政策と適合性

があるのかなどは、それぞれに大きく異なる。この前提を踏まえたうえで、効果が試算でき

る対策について、今回の景気刺激策の目的として重視されている雇用創出や輸入石油への依

存度の低下、CO2排出削減の効果に着目して分析がなされた。

(図表 3)想定される 12 の環境・エネルギー分野の景気刺激策の内容と規模

1.住宅の断熱性能向上 750 万世帯の住宅(ニューイングランド州および中西部)の断熱性能

を向上する(100 億ドル) 2.連邦政府の建物のエネルギー 効率向上

省エネ改修工事により連邦政府の施設で 20%のエネルギー需要の削

減を行う(100 億ドル) 3.学校のエネルギー効率向上 すべての新築の学校および大きな修復を行う学校で、エネルギー効率

の高い施設を導入する(10 億ドル) 4.再生可能エネルギー事業向け

生産税控除(PTC)の延長 再生可能エネルギー事業への生産税控除(PTC: Production Tax Credit)を現状のまま 2014 年まで延長する(110 億ドル)

5.再生可能エネルギー向け投資 減税(ITC)の拡大

住宅・商業施設用の再生可能エネルギー向け投資の減税(Investment Tax Credit)を 50%に引き上げる(現行 10-30%)(580 億ドル)

6.炭素隔離・貯留(CCS)の実 証プロジェクト

全米で実施される 10 の CCS 実証プロジェクト(500 MW〔メガワッ

ト=100 万 kW〕規模)への投資を行う(100 億ドル) 7.古い車の買い替え促進 2009~2011 年の間に、車齢 13 年以上の車を新車に買い替えた購入者

に 2,500 ドルの税金を還付する(50 億ドル) 8.ハイブリッド車への購入補助 2009~2011 年の間に、ハイブリッド車を買った購入者に 2500 ドルの

税金を控除する(60 億ドル) 9.公共交通機関整備 すぐに着手可能な公共交通機関整備事業を実施する(100 億ドル) 10.自動車用電池の研究開発 環境配慮自動車用電池の研究開発に関する戦略的投資(10 億ドル) 11.スマート・グリッド開発 向け資金補助

送電網を高度化するための技術開発向けの減税、ファンド設置、研究

開発投資を行う 12.送電線の整備 再生可能エネルギーの大幅な導入を可能にする 12,000 マイルの高圧

送電網を整備する (出所)IIE ”Structuring a Green Recovery: Evaluating Policy Options for an Economic Stimulus

Package”2009 年 1 月 15 日

10 分析には、米国エネルギー情報局(EIA)が毎年米国のエネルギー需要の見通し(Annual Energy Outlook:

AEO)を作成する際に用いる National Energy Modeling System(NEMS)が使用されている。具体的に

は、直近の AEO2009 版の NEMS が使われた。

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図表 3 の1~10 のプロジェクトについて、雇用、エネルギー輸入量、CO2排出量に対する

影響を分析した結果が、図表 4 のグラフの通りである。比較の対象として、従来型の公共事

業として道路建設プロジェクト(1,000 億ドル規模)についてもグラフに掲載されている。グ

ラフの縦軸は一次エネルギー製品(石油、天然ガス、石炭)の年間輸入量の変化(平均値)

を、横軸は 2012~2020 年までの年間の CO2排出量の変化(平均値)を示している。●の大

きさは、2009~2011 年までの雇用創出数(間接効果も含む)を示している。

(図表 4)環境・エネルギー分野の景気刺激策の効果 (雇用創出(注 1)、一次エネルギー輸入量(注 2)、CO2排出量に対する影響)

年間 CO2排出量の変化(平均値)〔百万トン、2012~2020 年〕

(注1) 図中の●の大きさは、2009~2011 年までの雇用創出規模(間接効果も含む)を表している。

数値は項目の後の( )内に示した。 (注 2)一次エネルギには、石油、天然ガス、石炭が含まれる。 (出所)IIE ”Structuring a Green Recovery: Evaluating Policy Options for an Economic Stimulus

Package”2009 年 1 月 15 日

b. 分析結果 分析結果をみると、上記のプロジェクトのなかで、一次エネルギー輸入量と CO2 排出量が

共に も削減されるのは、「4.再生可能エネルギー事業者向け生産税控除(PTC)の延長」で

ある。この対策により、現時点から 2014 年までの間に特に追加対策を打たない BAU(Business as usual)ケースに対して、風力発電の設備容量がほぼ倍増されることにより、

一次エネルギー輸入量は年間約 900 万バレル、CO2排出量は年間約 800 万トン削減されると

4.再生可能エネルギー事業者向け 生産税控除(PTC)の延長(93,000)

2.連邦政府の建物のエネルギー効率向上(100,000)

9.公共交通機関整備 (115,000)

1.住宅の断熱性能の向上(102,000)

6.CCS の実証プロ

ジェクト(12,000)

5.再生可能エネルギー向け投資 減税(ITC)の拡大(104,000)

3.学校のエネルギー効率向上(9,400)

7.古い車の買い替え促進(104,000)

8.ハイブリッド車への 購入補助(16,000)

道路の建設事業(831,000)

一次エネルギー製品の年間輸入量の変化(平均値)

〔百万石油換算バレル、2012~2020

年〕

10.自動車用電池の研究開発 (3,200)

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見込まれている。この対策による雇用創出規模も 9 万 3,000 人と比較的大きい。次に、CO2

排出量の削減効果が大きい対策は、支出規模が 580 億ドルと大きく想定されていることもあ

り、「5.再生可能エネルギー向け投資減税(ITC)の拡大」となっている。この対策により減

税幅を 30%~50%に増やせば、家庭や企業での太陽光パネルの導入率は約 3 倍になるなどと

し、対策全体で一次エネルギー輸入量は年間 450 万バレル、CO2排出量は年間 650 万トン削

減すると試算されている。この対策も 10 万人を超える雇用創出効果が見込まれている。 続いて、一次エネルギー輸入量と CO2 排出量が比較的大きい対策としては、「2.連邦政府

の建物のエネルギー効率向上」と、「1.住宅の断熱性能の向上」と、いずれも建物の省エネ対

策が有望であることが分かる。例えば、住宅の断熱性の向上に 100 億ドルの財政支出が行わ

れると、年間 390 万バレルの一次エネルギーの節約と、年間 550 万トンの CO2排出削減につ

ながる。連邦政府の建物のエネルギー効率化により、年間 550 万バレルの一次エネルギーの

節約と、年間 280 万トンの CO2排出削減につながる。この二つの対策は、雇用規模もいずれ

も 10 万人規模となっている。建物の省エネ対策という点では、規模は 10 分の 1 だが「3.学校のエネルギー効率向上」もその次に CO2排出削減効果が高くなっている。 雇用創出規模は小さいが、高い CO2排出削減効果が見込める対策が「6.CCS の実証プロジ

ェクト」である。「10.自動車用電池の研究開発」や、「7.古い車の買い替え促進」、「8.ハイブリッド車への購入補助」、「9.公共交通機関整備」といった運輸部門の対策は、一次エネ

ルギー輸入量と CO2 排出量の削減に関して中長期にあまり高い効果が期待できないばかりか、

特に一次エネルギー輸入量はむしろ増える可能性もあるとされている。これは、対策により

場合によっては、自動車の絶対数が増えたり、燃費の向上により走行距離が増えたりするた

めであると考えられる。「9.公共交通機関整備」の対策は、大規模な土木工事が伴うことから

雇用創出効果は高くなっている。 従来型の公共事業として挙げられている「道路の建設事業」は、雇用創出の点では 83 万人

超の非常に高い効果があるものの、一次エネルギー輸入量と CO2 排出量も大幅に増えること

が見込まれている。 c. 評価 このように、環境・エネルギー分野の対策は、どのような対策を選択するかにより、雇用

創出効果や環境・エネルギー面の便益がかなり異なっていることが分かる。IIE の評価をまと

めると下記の 3 点に集約できる。 ◆ 建物のエネルギー効率向上策が、経済効果、環境効果において確実性が高い。

◆ 再生可能エネルギー促進のための減税措置も、高い経済効果・環境効果が期待で

きるものの、現状の経済環境下において効果があがるか不確実性が高い。

◆ 将来にわたって必要となる温暖化規制を念頭に、今回の景気刺激策を捉える必要 がある。

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(a) 建物のエネルギー効率向上策の効果は確実性が高い まず、連邦政府の施設や住宅などの建物のエネルギー効率向上への直接の財政支出は、短

期的な経済・雇用創出効果においても、環境面の効果においても確実性が高いとされている。

この政策は、短期的な経済・雇用創出効果ばかりでなく、2012 年から 2020 年までに年間約

14~31 億ドルの政府のエネルギー関連支出の節約効果がある。仮に、その節約できた支出分

が、消費者に減税という形で還元されれば、年間 26,000 人の雇用創出が 2012~2020 年に亘

って継続することが見込まれている。また、同様の対策がおよそ 10 分の 1 の費用で、学校に

も拡張できるため、その分野での効果も期待できる。 (b) 再生可能エネルギーへの減税措置の効果には不確実性が伴う 他方、再生可能エネルギーへの支援や減税措置も、建物のエネルギー効率向上策と比べた

場合、同程度のエネルギー消費削減や、より大きな CO2 排出削減につながる可能性があると

評価されている。また、生産税控除(PTC)と投資減税(ITC)の両減税措置は、いずれも

2009 年~2011 年までの間に約 10 万人の雇用(直接、間接を含む)を創出するうえ、2011年以降、減税措置が失効するまでにもかなりの雇用を創出することが見込まれる。例えば、

ITC の場合、エネルギー消費量の節減効果により創出される雇用を含むと、2012 年から 2020年までに 25 万 5,000 人の雇用が生み出されると試算されている。

しかし、IIE はその実現には不確実性が伴うとしている。現在のような経済情勢の下で、企

業に対して減税がなされても、それが再生可能エネルギー開発への高いインセンティブを与

える有効な手段となり得るか疑問が呈されている。減税措置は、企業が投資に対する税負担

を減らしたい時に有効となることから、現状のように、投資自体が控えられるような経済環

境下では、PTC と ITC が今後 2 年間で企業行動を変えられるかを考えると、通常の経済情勢

下で打ち出す場合よりも効果が低くなることが想定されるためである。また、たとえ収益を

あげている企業でも、巨額の投資資金の調達は容易ではない。このような状況下では、再生

可能エネルギーへの連邦融資保証制度は、税制によるインセンティブを補完するうえで重要

な対策となる。減税が高い投資インセンティブとなるかについては、個人向けの減税措置で

も同じ問題が提起される。つまり、現在の消費性向を考慮すると、古い車から燃費の良い新

車への買い替えに対する補助や、ハイブリッド車への減税による効果も、下方修正すべきで

あろうと IIE の報告書は結論付けている。 (c) 将来の温暖化規制を念頭に景気対策を捉える必要性 3 つ目の指摘は、将来必要となる温暖化規制を念頭において、今回の景気刺激策を捉えるべ

きであるという点である。今回、分析にあたり仮定された 10の景気刺激策全体で、2012~2020年に年間平均 320 万トンの CO2削減につながるが、これは米国全体の排出量のわずか 0.5%の削減にすぎず、中長期に必要な温暖化対策の効果からは程遠いものである。他方で、米国

エネルギー情報局(EIA)の試算によると、全米レベルのキャップ&トレード型の排出権取引

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制度11が導入された場合、同じ期間に 4 億 8,400 万トンの排出削減につながる12。したがって、

今回の景気刺激パッケージの環境関連の政策は、あくまでも排出量取引制度や環境税といっ

た本格的な温暖化対策に至る一部であり、これを代替するものではないということである。 また、今回の景気刺激策と、将来の温暖化対策とが、どのように関連するかも考慮する必

要がある。例えば、PTC の延長といった対策は、排出量取引制度や環境税といった排出量に

対して費用が発生する制度が導入されれば、それらの制度より高コストな対策となり、温暖

化対策としての価値が低下することが想定される。 また、CCS 実証プロジェクトの実施や、自動車用電池の開発といった対策は、短期的には

大きな効果は見込めないが、技術が広範に普及すれば爆発的な CO2 排出削減につながる対策

であり、温暖化防止という目標を達成するためには必要不可欠であり、技術が開発された後

も長期にわたってそれらの普及策を打ち出す必要がある。 4. グリーン・ニューディール政策を進める意義および課題 以上みてきたように、一口にグリーン・ニューディール政策といっても、対策によって達

成される効果やその大きさが異なることから、各国で採用される際には、それぞれの国に適

した対策メニュー、配分する資金規模等の選択を行うことが重要となる。そこで 後に、グ

リーン・ニューディール政策の特徴と意義を踏まえたうえで、日本版グリーン・ニューディ

ール政策を遂行するうえでの課題について考察する。 (1) 世界的課題である温暖化対策が中心 環境対策には、温暖化対策のほか、公害対策に代表されるような汚染物質対策や、廃棄物

対策、リサイクル対策など様々なものがある。しかし、現在注目されているグリーン・ニュ

ーディール政策は、再生可能エネルギーの導入促進や、省エネ対策の推進、次世代型の環境

配慮自動車の開発・普及、またそれらを実現するための技術開発への支援、といった温暖化

対策が中心となっている。その背景には、温暖化防止や低炭素社会の構築が、世界的な課題

となっていることから、温暖化防止に資する産業が中長期的に成長分野になることへの期待

がある。実際、図表 5 に示した通り、2008 年から 2009 年にかけて、米国以外の多くの国で

も環境・エネルギー分野の対策を景気対策の柱と位置付ける動きがみられる。 2008 年 10 月に国連環境計画(UNEP)が開始した「世界グリーンニューディール・グリ

ーン経済イニシアティブ」も、環境関連技術への投資、環境関連雇用の創出、低炭素型の経

済発展によって、経済危機と地球温暖化問題に対処しようとするもので、各国が協調して取

り組む必要性を訴えている。さらに、2009 年 4 月に開催される主要 20 か国・地域の首脳が

金融危機対策などについて話し合う金融サミット(G20 会合)でも、低炭素経済が主要な議

題の一つとなっており、今後、環境・エネルギー分野への集中投資が国際的潮流となると考

11 脚注 4 に同じ。 12 2007 年にリーバーマン・ウォーナー両議院により提案された気候安全保障法案で示された排出量取引制

度を基に試算された。

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えられる13。

(図表 5)各国で導入されつつあるグリーン・ニューディール政策の概要 国 名 対策・計画の概要

米国 今後 10 年間で 1,500 億ドルを再生可能エネルギーの開発や送電網の整備などに投

入し、環境産業分野で新たに 500 万人の雇用を創造する計画。

英国 2020 年までに 1,000 億ドルを投じて風力発電 7,000 基を建設し、16 万人の雇用創

出を目指す。

ドイツ 現在 2,400 億ドル規模、25 万人の雇用の再生可能エネルギー関連産業(3 年で 55%成長)を、2020 年には自動車産業を上回る規模に拡大する。

フランス 環境分野の雇用創出計画を盛り込んだ法律を制定し、50 万人の雇用創出を目指す。

韓国 2012 年までに約 380 億ドルを投じて低公害車の普及や自転車道路の拡大、太陽光

発電の普及助成策等を進め、96 万人の雇用創出を目指す。

中国 景気対策として 2010 年までに 5,860 億ドルを投資。環境・エネルギー分野に 1 割

強を投入する予定。

(2) 様々な政策目標の同時達成が可能 グリーン・ニューディール政策の中心が温暖化対策となる理由は、一つの対策で様々な政

策目標の同時達成が可能だからである(図表 6)。 再生可能エネルギーの導入促進策や、環境配慮型自動車の開発・普及は、地球温暖化対策

としての CO2 排出削減効果のみならず、輸入石油への依存度の低下やエネルギーの安定供給

の確保を通じた、エネルギー安全保障という課題への解決策にもなる。さらに、それらのた

めの技術開発や産業振興は、新規の国内需要・雇用の創出につながり、将来の経済成長を牽

引する産業分野となることが期待される。高度な技術を開発した企業は、国際的にも競争力

を高められる。また、再生可能エネルギー源として、風力やバイオマス14などの地元の自然エ

ネルギー資源を活用する場合は、地域経済の活性化といった効果も併せ持つ。このように、

環境・エネルギー分野の対策は、一石二鳥以上の効果を潜在的に持っており、長期的には、

化石燃料に頼らない、低炭素型の社会・産業構造への変革への足掛かりを作る重要な対策と

なる。 特に、エネルギー安全保障の確保に資するという効果は、一国内の効果にとどまるもので

はない。今後、新興国では、中長期的に高いエネルギー需要の伸びが見込まれる。このよう

な状況下、各国が化石燃料からの脱却を図ることは、世界のエネルギー需給の逼迫や、エネ

13 金融サミットで提示されるUNEPの報告書によると、環境対策で世界経済を活性化させるグリーン・

ニューディールの実現には、世界の国内総生産(GDP)の1%もしくは約 7,500 億ドルの投資が必要

とされている。 14 バイオマスとは、家畜排せつ物や生ゴミ、木くずなどの動植物から生まれた再生可能な有機性資源の

こと。

(資料)各種資料より作成

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ルギー価格の高騰の防止にもつながるという意味で、こうした対策は、多くの国で進められ

ることが望ましい。

(図表 6)グリーン・ニューディール政策により実現が期待される効果

【主な対策】 【効 果】

(資料)みずほ総合研究所作成

(3) 日本版グリーン・ニューディール政策への示唆 a. 短期的効果と長期的効果のバランスを考慮した総合戦略が重要

(2)でみた効果が発揮されるためには、政策は、短期的視点のみならず、中長期的視点から

体系的・総合的に進められることが重要である。 足元の急激な景気悪化を下支えするためには、まず景気浮揚のための迅速な対応が不可欠

となる。即効性のある対策を打ち出すには、効果が出るスピードが重要であり、米国の「米

国再生・再投資法」の環境・エネルギー分野の対策の条件にも、すぐに工事に着手できるプ

ロジェクトであること(”shovel ready”)や、半年以内に雇用が創出できることなどが挙がっ

ている。確かに、太陽光発電を公的施設に設置するといった対策を打てば、太陽電池パネル

を建物の屋根等に貼るといった土木的な作業も一時的に大量に発生するだろう。しかし、そ

のような対策だけでは、一時的な雇用創出だけで、その効果が持続しないうえ、将来の低炭

素社会への変革にもつながらない。中長期的な効果を追求するのであれば、再生可能エネル

ギーの関連技術の蓄積、人材育成につながる対策も必要となる。その点、米国の「米国再生・

再投資法」には、再生可能エネルギー事業分野の人材育成のための予算が、規模は小さいが

配分されており、長期にこの分野の雇用拡大を目指していることが分かる。 他の例としては、環境配慮型自動車の普及策がある。電気自動車の購入者に対して一定規

模の補助を行い、短期的な需要を喚起しようとする場合、電気自動車が走行するために不可

太陽光・風力発電などの再生

可能エネルギーの導入促進

環境配慮自動車の開発・普及

再生可能エネルギー普及のた

めのインフラ整備・技術開発

公共施設、企業、店舗、家庭等

での省エネの推進

エネルギー源の多様化、国産化による

化石燃料(輸入)依存からの脱却

省エネ対策によるエネルギー資源の節

約、エネルギー・コストの削減

新規産業の創出、新規需要・雇用の創

出による景気回復・経済活性化

企業の国際競争力の強化

日本・世界の温暖化対策推進への寄与

経済面の効果

環境面の効果

(

低炭素社会構築)

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欠なインフラである急速充電設備や電気自動車の修理を行う技術者を育てる政策も同時に進

めなければ、政策の効果は十分発揮されない。 このように、グリーン・ニューディール政策には、短期の経済効果と中長期的な環境面の

便益との二兎を追わなければならないというジレンマが伴う。短期的に目に見える効果を優

先してしまえば、中長期的にみて重要な政策が後回しとなり、中長期の環境面の効果が実現

する保証がなくなってしまう。IIE の政策評価の 3 点目の指摘のように、中長期的な環境面の

効果を達成するためには、一回の対策だけでは足りず、その後も追加的・継続的に対策を打

ち出していく必要がある訳だが、初めに対策を打つ際にも、中長期的に目指すべきビジョン

を明確にし、それを達成するために将来必要となる財源などについても十分考慮することが

重要となる。米国のグリーン・ニューディール政策に関して、厳しい財政状況の中、今後ど

れだけ中長期の目標を達成できるのかといった批判がなされることがある。こうした批判に

応えるように、オバマ大統領は、「米国再生・再投資法」を打ち出したほぼ 10 日後の 2009年 2 月 26 日に公表した 2010 会計年度(2009 年 10 月~2010 年 9 月)の予算案で、今後 10年間にクリーン・エネルギーの開発に投じる 1,500 億ドルの資金を、排出量取引制度の導入

により捻出する構想を明らかにしている15。具体的には、各企業に排出権をオークションで割

り当てた際に政府に入る収入(毎年 800 億ドル規模と推定)を活用することとなっている。

このように、予算措置も含めた長期的な政策遂行の構想、道筋が立てられていることは、そ

の後の政策の着実な実施につながるという意味で重要である。

b. 目指すべき目標・長期ビジョンの明確化と国民との共有 日本でも、現在、政府が日本版グリーン・ニューディール政策を策定中であり、2009 年 4

月に経済財政諮問会議が示す成長戦略の中で重点分野の対策の一つとして打ち出す予定であ

る。これまでに公表されている資料16から推測すると、将来目指すべきビジョンとして、「太

陽光・省エネ世界一獲得プラン」や、「未来型エネルギー社会システム」、「低炭素物流革

命」といった言葉が使われており、産業・社会構造そのものを大きく転換することが目指さ

れている。しかし、これらの政策で今後どのような社会を目指すのかといった長期ビジョン

について、国民の理解を得る努力がこれまでは十分になされていない。経済産業省が 2009 年

2 月 24 日に発表した太陽光発電の導入を支援するための新たな買取制度についても、買い取

り料金は一義的には電力会社が負担するものの、 終的には電力の需要者に転嫁され、その

負担額は一般家庭で一月あたり数 10 円~100 円程度と試算されている17。このように、国民

の生活にも影響を与える政策については、国民への説明を事前に行い、ある程度の負担増な

どに関して合意を得たうえで進めなければならない。再生可能エネルギーや、環境配慮自動

車などは、 終的には多くの国民が自らの意志によって消費の意思決定をする際にそれらを

15 Remarks by the President on the Fiscal Year 2010 Budget, 26 February 2009 16 経済財政諮問会議・二階大臣提出資料「成長戦略(低炭素革命)について」2009 年 3 月 18 日 17 詳細は、2009 年 3 月 9 日開催の総合資源エネルギー調査会 新エネルギー部会での資料 1「「太陽光発電

の新たな買取制度」について(案)」を参照。

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選択することで普及するものである。したがって、政策を打ち出す際に、対策により目指す

べき長期ビジョンを国民と共有するとともに、その目標の達成に向かって国民の協力を促す

仕組みも同時に導入できるかが政策の効果を高めるカギを握っている。 また、これまでみてきたように、対策の内容は必然的に、再生可能エネルギーや省エネ、

自動車産業といった特定の業種の取り組みを後押しするものにならざるを得ない。さらに、

限られた財源の中で、再生可能エネルギーのうち、太陽光発電だけを特に推進するべきなの

か、あるいは他の再生可能エネルギーも同時に推進するべきなのかという議論が必要になっ

てくる。したがって、政策の検討にあたって、他産業、あるいは他のエネルギー源との不公

平が生じることに対して配慮することが求められる。具体的には、政府が、その政策が将来

目指すべき社会の構築に不可欠であり、他の政策では代替できないことや、個々の政策によ

り生じるメリット・デメリットに関して、企業や国民の理解を得たり、制度設計において企

業や国民の意見を反映するための協議の場を設けたりといったことも必要となるだろう。 そして、一度政策の方向性が定まったら、中長期にわたり一貫した政策を打ち出すべきで

ある。日本の太陽光発電が補助金制度の終了とともに普及の伸びがとまったように、政策の

一貫性、長期ビジョンの欠如は、政策の有効性に極めて大きな影響を与えかねない。

5. おわりに~経済・環境面の効果の同時達成に向けて~

2007 年のサブプライム問題に端を発した金融危機やその後の経済停滞により、温室効果ガ

スの発生量は減り、皮肉にもこのまま景気回復が遅れれば、日本は京都議定書の排出削減目

標は比較的容易に達成できるようになるかもしれない。しかし、経済の停滞により、目標が

容易に守れるようになるのは決して望ましいことではないうえ、中長期的な排出削減目標を

達成できる保証にはならない。今行うべきことは、産業・社会構造そのものを低炭素化し、

わが国が将来にわたって持続的成長を果たすためにも、環境に配慮したエネルギー消費社会

の構築のための基盤づくりである。そのためには、制度的枠組みもさることながら、その制

度の下で活動する人材の育成、国民の意識改革に早急に着手することも重要である。

米国ハーバード大学のマイケル・ポーター教授が 91 年に唱えた「適切に設計された環境規

制は、技術革新を促し、その結果国内企業は国際競争上の優位を獲得する可能性がある」と

いう「ポーター仮説」のように、適正に設計された環境分野の景気対策は、経済を活性化し、

新規雇用を生み出すとともに、低炭素化産業を強化することができる。グリーン・ニューデ

ィール政策は、これから世界各国で展開される政策であることから、日本が諸外国に先駆け

て不況を克服し、低炭素社会のモデルを築くためにも、日本企業の強みを長期的に生かすこ

とを視野に戦略的に組み立てられることが求められる。

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[参考文献]

米国ホワイトハウスの「米国再生・再投資法」(American Recovery and Reinvestment Act)関連

ウ ェ ブ サ イ ト ( http://www.whitehouse.gov/agenda/energy_and_environment/, http://www.recovery.gov)

米国議会誌CQ Weekly“Feb,9-13Weekly Report” Trevor Houser, Peterson Institute for International Economics ”Structuring a Green

Recovery: Evaluating Policy Options for an Economic Stimulus Package”、2009年 1 月 15 日

Urban-Brookings Tax Policy Center ”Tax Stimulus Report Card, Conference Bill as of February 13, 2009” 、2009 年 2 月

White & Case ”Climate Change, Renewable Energy and Clean Technology”、2009年3月 環境省「緑の経済と社会の変革について」のウェブサイト(http://www.env.go.jp/guide/info/gnd/) 低炭素社会構築に向けた再生可能エネルギー普及方策検討会「低炭素社会構築に向けた再生

可能エネルギー普及方策について(提言)」、2009 年 2 月 経済財政諮問会議・二階大臣提出資料「成長戦略(低炭素革命)について」、2009年3月18日 総合資源エネルギー調査会新エネルギー部会資料 1「「太陽光発電の新たな買取制度」につい

て(案)」、2009 年 3 月 9 日