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1991年12月のソ連解体以降、ロシアを取り巻く 政治・経済環境は劇的に変化している。崩壊直後、 急進的な経済改革が実施された結果、旧ソ連諸国 と比べても大きく生産が落ち込み、ハイパーイン フレーションや財政収支、経常収支の悪化に見舞 われてマクロ経済は大きく不安定化した(図表1、 2)。また1998年にはアジア通貨危機の余波を受 けた結果、それまでのクローリングペッグ制が維 持できなくなり、対ドルのルーブル為替レートが 大幅に切り下げられ、短期国債の事実上のデフォ ルトが生じた(図表3)。この結果、1997年にプ ラス成長となった経済も再びマイナス成長に陥 り、物価・為替の安定性も喪失された。 しかし、このような90年代前半から中盤にかけ ての混乱の後、豊富な天然資源を有する同国は、 1999年以降油価上昇等の対外環境改善の恩恵を受 けて目覚しい成長を遂げている。実質GDP成長 率は4~10%と高成長で推移し、所得水準は崩壊 直前の水準まで回復した(図表4)。財政黒字の 持続、経常収支の大幅黒字による外貨準備の累積 により、公的対外債務は2004年末時点でGDP比 18.4%まで低下した。このような経済環境の改善 を受け、全ての格付機関が投資適格の格付を付与 している。政治面においても、2000年にプーチン 政権が誕生して以降、市場経済化とともに、大統 領への中央集権体制が強化され、現状は政治的な 安定性が維持されている。2006年7月に開催予定 のG8サミットでは議長国となることが決定する 198 開発金融研究所報 *1 本稿は、筆者の個人的な見解であり、国際審査部及び国際協力銀行の公式見解ではない。 要 旨 1991年12月のソ連解体以降、ロシアを取り巻く政治・経済環境は劇的に変化している。解体直後、 他の旧ソ連諸国と比べ大きくマクロ経済が不安定化した同国は、1998年には通貨危機も経験した。90 年代を通じて公的対外債務は高水準で推移し、パリクラブからは5回に渡りリスケジュールを受けた。 しかし、石油、ガス、金属等の豊富な天然資源を有する同国は、油価上昇等の対外環境の改善もあ り、1999年以降目覚しい発展を遂げている。過去6年間、実質GDP成長率は4~10%と高成長で推移 し、財政や国際収支も良好である。政治面でも、2000年にプーチン大統領となって以降、市場経済化 とともに、大統領への中央集権体制が強化され、現状は政治も安定化傾向にある。このような政治・ 経済動向を背景とし、エネルギー関連を中心として、海外からの注目を集めている。 一方、2005年に入って実質GDP成長に陰りが見え始め、インフレ率も政府目標を上回り、構造改革 にも遅延が見られるなど、経済構造面では課題も多い。大統領が掲げる国民所得倍増計画を達成する ためには、投資環境整備や銀行セクター改革等を通じて更に投資水準を高めることや、非石油部門や 民間部門の育成が鍵となる。短期的には、財政規律が徐々に緩みつつあるため、適切なマクロ政策を 維持することが重要である。 このように、現在のロシアはマクロ経済は良好であるが、一方でミクロ経済の後進性も併せ持って いるというのが実情で、資本主義経済として先進国への仲間入りをする過渡期にある。今後更なる成 長を遂げるためには、経済改革を加速させる政府の強力なイニシアティブが必要である。 第1章 はじめに ロシア連邦:体制移行の現状と今後の課題 *1 国際審査部第2班 能勢  学 小田島 健

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Page 1: JBJP28 198 212V - JICA安定性が維持されている。2006年7月に開催予定 のG8サミットでは議長国となることが決定する 198 開発金融研究所報 *1

1991年12月のソ連解体以降、ロシアを取り巻く

政治・経済環境は劇的に変化している。崩壊直後、

急進的な経済改革が実施された結果、旧ソ連諸国

と比べても大きく生産が落ち込み、ハイパーイン

フレーションや財政収支、経常収支の悪化に見舞

われてマクロ経済は大きく不安定化した(図表1、

2)。また1998年にはアジア通貨危機の余波を受

けた結果、それまでのクローリングペッグ制が維

持できなくなり、対ドルのルーブル為替レートが

大幅に切り下げられ、短期国債の事実上のデフォ

ルトが生じた(図表3)。この結果、1997年にプ

ラス成長となった経済も再びマイナス成長に陥

り、物価・為替の安定性も喪失された。

しかし、このような90年代前半から中盤にかけ

ての混乱の後、豊富な天然資源を有する同国は、

1999年以降油価上昇等の対外環境改善の恩恵を受

けて目覚しい成長を遂げている。実質GDP成長

率は4~10%と高成長で推移し、所得水準は崩壊

直前の水準まで回復した(図表4)。財政黒字の

持続、経常収支の大幅黒字による外貨準備の累積

により、公的対外債務は2004年末時点でGDP比

18.4%まで低下した。このような経済環境の改善

を受け、全ての格付機関が投資適格の格付を付与

している。政治面においても、2000年にプーチン

政権が誕生して以降、市場経済化とともに、大統

領への中央集権体制が強化され、現状は政治的な

安定性が維持されている。2006年7月に開催予定

のG8サミットでは議長国となることが決定する

198 開発金融研究所報

*1 本稿は、筆者の個人的な見解であり、国際審査部及び国際協力銀行の公式見解ではない。

要 旨1991年12月のソ連解体以降、ロシアを取り巻く政治・経済環境は劇的に変化している。解体直後、

他の旧ソ連諸国と比べ大きくマクロ経済が不安定化した同国は、1998年には通貨危機も経験した。90

年代を通じて公的対外債務は高水準で推移し、パリクラブからは5回に渡りリスケジュールを受けた。

しかし、石油、ガス、金属等の豊富な天然資源を有する同国は、油価上昇等の対外環境の改善もあ

り、1999年以降目覚しい発展を遂げている。過去6年間、実質GDP成長率は4~10%と高成長で推移

し、財政や国際収支も良好である。政治面でも、2000年にプーチン大統領となって以降、市場経済化

とともに、大統領への中央集権体制が強化され、現状は政治も安定化傾向にある。このような政治・

経済動向を背景とし、エネルギー関連を中心として、海外からの注目を集めている。

一方、2005年に入って実質GDP成長に陰りが見え始め、インフレ率も政府目標を上回り、構造改革

にも遅延が見られるなど、経済構造面では課題も多い。大統領が掲げる国民所得倍増計画を達成する

ためには、投資環境整備や銀行セクター改革等を通じて更に投資水準を高めることや、非石油部門や

民間部門の育成が鍵となる。短期的には、財政規律が徐々に緩みつつあるため、適切なマクロ政策を

維持することが重要である。

このように、現在のロシアはマクロ経済は良好であるが、一方でミクロ経済の後進性も併せ持って

いるというのが実情で、資本主義経済として先進国への仲間入りをする過渡期にある。今後更なる成

長を遂げるためには、経済改革を加速させる政府の強力なイニシアティブが必要である。

第1章 はじめに

ロシア連邦:体制移行の現状と今後の課題*1

国際審査部第2班 能勢  学小田島 健

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等、政治面でもロシアの国際的地位は回復しつつ

ある。このような政治・経済の改善を背景に、昨

今はBRICsの一角として、エネルギー関連を中心

に海外からの注目を集めている。学界でのロシア

経済に対する評価も変わりつつあり、Shleifer

(2005)は約10年間の体制移行を経て、ロシアは

「Normal Country」の仲間入りをしたと評価して

いる。

しかし、所得水準を見ると、ロシアは依然とし

て日本の9分の1程度、近隣の東欧諸国と比べて

も低水準であり、世界銀行の所得分類では下位中

所得国に位置づけられる。投資環境が不透明な中、

投資水準は近隣諸国と比較して低水準であり、投

資の伸び率低下等を背景に、2005年に入って実質

GDP成長率の低迷も見られる。また財政規律が

徐々に緩みつつある中、インフレ率の上昇も問題

となっている。国民所得倍増計画の達成のために

は、投資環境の整備や銀行セクター改革等を通じ

て、国内投資の活性化や更なる直接投資の誘致に

取り組まねばならないが、構造改革の遅延も指摘

されている。また、資源産業への高い依存度、政

治的先行きの不透明性等の懸念も存在する。

Roland(2005)は、制度環境や汚職の問題、人口

の減少等の問題を抱える中、長期的な先行きには

依然として不安があり、先進国の仲間入りをした

とは言えないと評価している。

このようにロシア経済を巡る見解が分かれてい

る中、ロシアの政治・経済の実態、先行きはどの

ように評価できるだろうか。ロシアは資本主義へ

の移行に成功し、先進国の仲間入りをしたと言え

るのだろうか。

本稿ではこのような問題意識の下、ロシアの最

近の政治、マクロ経済動向を整理し、今後の政策

課題について分析を加えることとしたい。以下、

第2章で政治状況を、第3章ではマクロ経済状況

について概観し、第4章、第5章では、それぞれ

投資、銀行部門の現状について分析を加え、第6

章では、マクロ政策運営と民間部門育成に関する

課題を分析する。最終章では今後の見通しを述べ、

まとめとする。

2006年2月 第28号 199

-20

-15

-10

-5

0

5

10

15(%) (ドル/バレル)

0

5

10

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20

25

30

35

40

実質GDP成長率(ロシア)(左軸) 実質GDP成長率(中東欧・バルト諸国)(左軸) 実質GDP成長率(体制移行国全体)(左軸) 原油価格(右軸)

1992年 1993年 1994年 1995年 1996年 1997年 1998年 1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年

図表1 実質GDP成長率と原油価格の推移

出所)EBRD(2004、2005)、ブルームバーグ1993年 1994年 1995年 1996年 1997年 1998年 1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年

(%)

ロシア 中東欧・バルト諸国 体制移行国全体

-12

-10

-8

-6

-4

-2

0

2

4

6

図表2 一般政府財政収支(対GDP比)

出所)EBRD(2004、2005)

0

5

10

15

20

25

30

35(%) (ルーブル/ドル)

-50

0

50

100

150

200

250

300

350

為替減価率(左軸) 名目為替レート(右軸)

1996年 1月

1996年 7月

1997年 1月

1997年 7月

1998年 1月

1998年 7月

1999年 1月

1999年 7月

2000年 1月

2000年 7月

2001年 1月

2001年 7月

2002年 1月

2002年 7月

2003年 1月

2003年 7月

2004年 1月

2004年 7月

2005年 1月

2005年 7月

図表3 為替レートの推移

出所)IMF(2005).International Financial Statistics

0

40

80

120(1989年=100)

ロシア 中東欧・バルト諸国 体制移行国全体

1992年 1993年 1994年 1995年 1996年 1997年 1998年 1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年

図表4 実質GDPの推移

出所)EBRD(2004、2005)

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1.プーチン政権は表向き安定、チェチェン動向やCIS関係が懸念材料

プーチン大統領は第1期(2000-04年)を通じ

て、国際機関の指導のもと、税制改革や年金改革、

行政改革を推進する一方、チェチェン問題を抱え

る中で治安体制を強化してきた。国民は構造改革

の進展と「強い国家」の確立へ向けた大統領の政

策を支持し、2004年3月の大統領選挙ではプーチ

ン大統領が7割以上の得票率を得て再選した。第

2期プーチン政権では、2004年10月の司法統制強

化、2004年12月の地方政府首長の大統領指名制の

導入、2005年7月の下院選挙の比例代表制への移

行*2に見られるとおり、行政面での更なる中央集

権化を進めている。2005年1月に年金受給者に対

する社会的特典が現金支給へと切り替わり実質的

な所得水準が低下したことを受け、年金生活者を

中心とするデモが起こったがその後安定化し、

2005年7月の世論調査では国民支持率が7割に回

復している。2003年12月の下院選挙で統一ロシア

を含む与党系が圧勝したため、総議席(450)の

3分の2以上を与党が占める中、大統領の意向に

沿った形で議会運営も可能な環境にある。

一方、2004年9月に北オセチア共和国で起きた

学校占拠事件以降、2005年10月にはカバルジノ・

バルカル共和国で治安当局への襲撃事件が起きる

等、北カフカス地域では独立派、イスラム過激派

のテロが発生しており、治安情勢は引き続き不安

定となっている。2005年11月にはチェチェン共和

国で8年ぶりに議会選挙が行われ、新ロシアの与

党・統一ロシアが上院(定数18)で半数の9議席、

下院(同40)で過半数の24議席を獲得し第一党と

なったが、選挙結果に対する独立派の反発は強く、

今後も同地域での治安面の不安定性は継続すると

見られる。

外交面では、ウクライナやバルト諸国が親欧米

路線を強めており、CIS諸国のロシア離れが鮮明

化している。ロシアはこれらの親欧米国に対して、

2005年11月末に優遇価格による天然ガス輸出を廃

止し輸出価格を欧州並みに引き上げることを発表

するなど、エネルギー資源を外交手段とした圧力

をかけてこれらの国の離反を防いでいる*3。しか

し、東欧・旧ソ連11カ国*4は12月に民主化促進を

掲げる「民主選択共同体」の発足を宣言して対ロ

シア姿勢を明確にしており、旧ソ連圏におけるロ

シアの求心力低下は鮮明化している。これに対し

てロシアは、2005年7月のグレンイーグルズサミ

ットや11月の日露首脳会談において、エネルギー

を中心に中国や日本との経済関係強化を目指す方

向にあり、CISからアジアやEUへ外交政策の軸足

を転換する姿勢が見られている。

2.下院選挙・大統領選挙へ向けた動き

2007年末の下院選挙、2008年3月の大統領選挙

が予定される中、2005年11月に政府・大統領府の

人事異動があり、メドヴェージェフ大統領府長官

が第一副首相、イワノフ国防相が副首相兼任とさ

れた。これは次期大統領候補者を政府要職へ登用

する動きと見られている。現地調査機関

(ROMIR)による世論調査によると、次期大統領

選挙後もプーチン大統領が政界のリーダーとして

留まることを支持する声が約6割を占めており、

改憲によるプーチン大統領の三選やカシヤノフ元

首相の出馬等も注目される。しかし、現時点では

メドヴェージェフ、イワノフ両氏が有力候補と言

われている。両氏は大統領の側近であり、大統領

200 開発金融研究所報

*2 従来、下院選挙は小選挙区と比例代表区から各225議席ずつ選出していたが、選挙法改正により、小選挙区が廃止され、比例代表

制へ一本化されることとなった。小選挙区にはリベラル派の野党議員が僅かに存在しており、小選挙区制の廃止は与党に有利に働

くと見られている。

*3 国営企業ガスプロムはこれまで旧ソ連諸国に対して優遇価格(国際価格の1/10~1/5程度)で天然ガスを輸出してきた。天然ガス

価格値上げにより、親欧米諸国へのガス価格は大幅に引き上げられる形となる(例 ウクライナ:千立方メートルあたり50ドル→

230ドル、グルジア:77ドル→110ドル、モルドバ:80ドル→110ドル、バルト三国:80ドル→120ドル、アルメニア:56ドル→110

ドル、アゼルバイジャン:60ドル→110ドルなど)。一方、親露派のベラルーシに対しては現行の優遇価格(千立方メートルあたり

47ドル)で輸出価格が据え置かれる方向となっている。

*4 バルト三国、ウクライナ、ポーランド、ルーマニア、モルドバ、ブルガリア、マケドニア、スロベニア、グルジア。

第2章 政治動向

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2006年2月 第28号 201

が交代した場合にも、基本的な政策方針に大きな

変化はないと見られる。

下院選挙については、比例代表制への全面移行

に伴って、与党・統一ロシアに有利に働くと言わ

れている。2005年12月に行われたモスクワ市議会

選挙でも同党が総議席(35)のうち28議席の得票

を得て圧倒的な勝利を収めており、地方選挙での

支持を基盤に2007年の連邦議会選挙においても同

党が有利との見方が多い。同党は寄り合い所帯で

あるなど党基盤の脆弱性も指摘されており、今後

派閥形成や党からの離脱、新党立ち上げによる弱

体化の可能性もあるが、野党勢力が結集した場合

においても同党優位の状況に変化はないと見られ

ている。

3.戦略産業への統制強化、その他産業は自由化政策が進展

戦略産業*5では、2005年9月のガスプロムによ

るシブネフチ買収に象徴されるとおり、国家関与

が次第に強化されている。現在下院では地下資源

法*6の改正案が議論されており、石油、ガス、銅

や金の鉱床における外国企業の参加が制限される

ことが懸念されている。石油ガス部門は、2005年

5月にガスプロムとロスネフチの合併構想におけ

るシロビキ派とリベラル派*7の間の派閥争いにみ

られるとおり、政治的要因に左右されやすい。プ

ーチン大統領の意向を受け、今後も旧ソ連国家保

安委員会(KGB)派閥による経済介入の強化が

予想される。一方、戦略部門以外では2005年7月

に経済特区法*8を制定し、ITやハイテク産業、製

造業(自動車部品、家電)を対象に経済特区が設

立されるなど、リベラルな産業政策がとられてい

る。外資誘致の強化と石油ガス依存体質からの脱

却を目指す政策が背景にある。

1.経済成長はやや減速傾向、物価はインフレ目標を超過するも徐々に安定化

1998年の通貨危機以降、内需の伸びやルーブル

切り下げによる鉱工業生産の成長もあり、実質

GDP成長率は安定的にプラス成長を維持してき

ている。2004年の実質GDP成長率も対前年比

7.1%と、前年(同7.3%)に続いて高成長を維持

した。項目別の実質成長率を見ると、需要面では

民間消費(同10.7%)、投資(同13.6%)、生産面

では建設(同10.2%)、卸売・小売業(同10.1%)

が高い伸びを示した。2004年下半期以降、固定資

本形成や鉱工業生産の成長が鈍化し、2005年上半

期の成長率(前年同期比)は2004年上半期の

7.6%から5.7%に低下したが、2005年第3四半期

には卸売・小売業の高成長や製造業の持ち直しが

あり、前年同期比で7%に回復している。2005年

通年でも6.4%程度の高成長が見込まれている

(図表5)。

消費者物価は低下傾向にあったが、個人消費の

急速な拡大と為替介入に伴う通貨供給量の拡大等

を背景に、2004年7月以降上昇に転じ、2004年末

には対前年比で11.7%と2004年のインフレ目標

(10%)を超過した。2005年に入り、食料品価格や油

価高騰によるガソリン価格の上昇に加え、住宅や

*5 石油・天然ガス、軍需産業、金融、運輸・通信等の自然独占分野が戦略的分野と位置づけられている。

*6 同法では、希少鉱物の鉱区、一定以上の埋蔵量を持つ大型鉱区、戦略的鉱区の開発入札への参加を、ロシア企業が50%以上の出資

比率を持つ企業に限定する内容となっている。2005年10月時点では、Titov油田、Krebs油田、Chayandinskoeガス田、Udokan銅

鉱床、Sukhoi Log金鉱床の五箇所が戦略的鉱区リストに含まれているが、サハリン油田は含まれない等、当初の予想と比べると

規制の内容は限定的となっている模様である。2006年中には法改正が実施される予定となっている。

*7 シロビキ派とは、連邦保安局、内務省、国防省などの治安機関関係者からなる派閥であり、「強い国家」としてのロシアの復興を

目指している勢力。一方、リベラル派とは、エコノミストや法律家を中心とする派閥であり、経済や法制度の改革を目指している

勢力。

*8 経済特区法に基づき、工業生産区2箇所(エラブガ市、リペツク州)、技術導入区4箇所(サンクトペテルブルグ市、モスクワ市

ゼレノグラード区、モスクワ州ドゥブナ市、トムスク市)が特区として選定された。特区への進出企業には、設備の加速償却や輸

入関税の一部免除、資産税の5年間免除、損失一部次年度繰越しなどの特典がある。技術導入区では、従業員の統一社会税の減免

やR&D支出の認定簡素化を受けられる。また、行政の許認可手続きの簡素化やインフラ整備も行われる。今回対象から外れた東

シベリア、極東地域等も含め、今後も工業特区の対象地域は拡大される見通しである。

第3章 マクロ経済状況

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ユーティリティー関連の公共料金の値上げや輸入

関税の引上げといった要因も加わり、2005年5月

には対前年同月比13.6%まで上昇したが、その後

はインフレも上げ止まりを見せている(図表6)。

生産者物価は、一次産品の国際価格高騰によっ

て国内のエネルギー、鉄鋼価格が大幅上昇したこ

とを背景に、2004年末には対前年比で28.3%まで

上昇した。2005年5月に前年同月比24.7%に達し

たが、その後は同様に低下傾向をみせている。

2.金融・為替

(1)金融政策をインフレ抑制へ軸足シフト

中銀は通年のインフレ目標を設定しインフレ抑

制に取り組む一方、輸出の増加によりドルが流入

する中、急激な為替増価を回避する必要があり、

両者のバランスをとることを政策目標としてき

た。中銀は2005年の年初時点で8.5%をインフレ

目標としていた。しかし、インフレ率が上昇する

一方、為替介入が積極的に行われたため、貨幣供

給量が増大し、同目標達成が困難となったために

10%へ目標を修正している。しかし、修正された

目標値も達成困難となっており、経済発展貿易省

等からインフレ対策に注力すべきとの意見もあっ

たため、中銀は2006年の金融政策ガイドラインで

は、為替増価を一定程度容認し、インフレ目標

(8.5%)の達成に軸足を置く姿勢を明らかにして

いる。2006年には、財政支出が拡張される予定で、

インフレが継続する懸念もあることがその背景に

ある。

202 開発金融研究所報

2003年 2004年 2005年第1四半期 第2四半期 第3四半期

実質GDP成長率(%、以下同様) 7.3 7.1 5.2 6.1 7.0(供給部門別)資源採掘業 10.8 7.1 3.0 1.2 1.0製造業 9.5 8.0 -0.4 2.8 4.9卸売・小売業 13.2 10.1 9.4 10.8 12.0

(需要部門別)消費 6.2 8.4 7.0 9.8 …うち民間消費 7.5 10.7 8.1 13.0 …投資 13.2 13.6 8.4 6.0 …うち固定資本形成 12.8 10.8 8.9 9.1 …輸出 12.5 12.3 6.8 7.5 …輸入 17.7 23.5 15.2 18.0 …

図表5 実質成長率の動向

出所)ロシア連邦統計局

2001年1月 2001年7月 2002年1月 2002年7月 2003年1月 2003年7月 2004年1月 2004年7月 2005年1月 2005年7月

CPI全体 食料品 非食料品 サービス

0

5

10

15

20

25

30

35

40

45(%)

図表6 消費者物価上昇率の動向

注)食料品:飲食物非食料品:衣類、家具、医薬品、教育・文化等サービス:家賃、公共サービス、エネルギー

出所)ロシア連邦統計局

(百億ルーブル)

-200

-100

0

100

200

300

400

500

600

リザーブマネー

対外純資産

国内純資産

1998年 1月

1998年 7月

1999年 1月

1999年 7月

2000年 1月

2000年 7月

2001年 1月

2001年 7月

2002年 1月

2002年 7月

2003年 1月

2003年 7月

2004年 1月

2004年 7月

2005年 1月

2005年 7月

図表7 リザーブマネーの動向

出所)ロシア中央銀行

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(2)対民間与信は増加、為替・金利は安定化

貨幣供給量は、財政黒字を背景に、政府の中銀

預金が増加、対政府与信も大幅なマイナスとなっ

たため国内純資産は減少しているが、好調な対外

部門を反映し対外純資産が増加しているため、リ

ザーブマネーの伸び率はプラスで推移している

(図表7)。また銀行部門の安定化を受けて対民間

与信が高い伸び率となっているため、ブロードマ

ネー伸び率も高い伸び率となっている(図表8)。

為替は、中銀による積極的なドル買い介入の結

果、急激なルーブル増価が抑えられ、対ドル名目

為替レートは2005年に入って、減価基調で推移し

ている。しかし、実質実効為替レートでは、増価

基調にあり、2005年1月~10月では9.3%の増価と、

中銀目標(8%)を僅かではあるが上回っている。

金利は、2004年5月の銀行の営業免許取り消し

に端を発し、預金取り付けが起こった際、各銀行

が手持ち資金確保に動いたことから、インターバ

ンク市場金利が急上昇した。しかし、その際中銀

は公定歩合の引き下げや預金準備率の引き下げと

いった金融緩和措置をとり適切に対処したため、

その後インターバンク金利は安定的に推移してい

る。インフレ率が上昇する中、2005年5、6月に

かけて公開市場操作による流動性調節によってイ

ンターバンク金利を高め誘導し、インフレ抑制も

図られている(図表9)。

(3)債券・株式市場は好調

2004年は4月にユーコスへの追徴課税通告が出

された際、国内企業の株価が大幅に下落し、国債

のスプレッドも大幅に上昇した。また、11月にユ

ーコスへの追徴課税金の未払いを徴収するために

同社の子会社・ユガンスクネフチガスの株式が競

売にかけられた際や、12月に外資系通信会社に対

して追徴課税通告が実施された際にも株式市場は

上下した。2005年に入り、ユーコス事件に端を発

2006年2月 第28号 203

(百億ルーブル)

-100

0

100

200

300

400

500

600

700マネーサプライ 対外純資産 国内純資産 対民間与信

1998年 1月

1998年 7月

1999年 1月

1999年 7月

2000年 1月

2000年 7月

2001年 1月

2001年 7月

2002年 1月

2002年 7月

2003年 1月

2003年 7月

2004年 1月

2004年 7月

2005年 1月

2005年 7月

図表8 マネーサプライの動向

出所)ロシア中央銀行

(%)

0

5

10

15

20

25インターバンク金利 政策金利

預金金利 貸出金利

2003年 1月

2003年 4月

2004年 4月

2003年 7月

2003年 10月

2004年 10月

2004年 1月

2004年 7月

2005年 4月

2005年 10月

2005年 1月

2005年 7月

図表9 金利動向

出所)ロシア中央銀行

(bps)

ロシア EMBI+(全体)

100

200

300

400

500

600

700

800

02003年 1月

2003年 7月

2003年 10月

2003年 4月

2004年 1月

2004年 7月

2004年 10月

2004年 4月

2005年 1月

2005年 7月

2005年 10月

2005年 4月

図表10 国債スプレッド(EMBI+)の推移

出所)JPモルガン

0

200

400

600

800

1,000

1,200

1999年 1月

1999年 7月

2000年 1月

2000年 7月

2001年 1月

2001年 7月

2002年 1月

2002年 7月

2003年 1月

2003年 7月

2004年 1月

2004年 7月

2005年 1月

2005年 7月

図表11 株価(RTS指数)の推移

出所)ブルームバーグ

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する一連の混乱は収束しつつあるとの見方が市場

関係者の間で強まり、国債スプレッドは12月末時

点で約100bpsに低下している(図表10)。株式市

場については、エネルギーや通信関連に加え最近

は消費関連企業による新規株式公開(IPO)も相

次いでおり、欧米投資家による活発な投資も背景

に、株価指数は2005年8月に2004年4月以来初め

て800を突破し、現時点では1,200に迫っている。

2005年12月に行われたガスプロム株の取引自由化

を背景に、一段と株価が上昇すると期待されてい

る(図表11)。

3.財政

(1)連邦政府財政の黒字幅拡大、歳出は拡大傾向

ロシアの連邦財政収支は独立後一貫して赤字基

調であったが、99年後半からの景気回復や石油価

格の上昇による関税収入の増加等により税収が増

加したため、2000年以降黒字に転じている。現政

権は、産業政策の一環として、非石油部門への減

税を進めているが、一方で石油部門に対する課税

負担を高め、また個人所得税率の一本化、売上税

の減税、統一社会保障税の導入等の税制改革を進

めた結果として徴税率が改善したこともあり、歳

入は対GDP比で増加している。歳出面では、石

油収入の一部を石油安定化基金*9で管理し、その

資金を対外債務の繰上げ返済等に充当する形で慎

重な財政運営を維持している。

2004年は、石油収入の増加が主因となり、歳入

が増加する一方で歳出が抑制されたため、財政黒

字幅が対GDP比4.2%に拡大した。2005年は、油

価高騰による石油歳入の増加に加え、ユガンスク

ネフチガスの競売収入(1,515億ルーブル)が税

外収入として歳入計上されたこともあり、1月~

10月時点で財政黒字は1兆4,297億ルーブル(対

GDP比8.3%)に達しており、通年では同7.5%の

黒字が見込まれている。2005年7月には補正予算

が承認され、公務員給与払いや社会保障関連支出

の増額が承認されており、2005年下半期は歳出が

拡張的となった。

2005年12月に議会で承認された2006年度予算

は、実質GDP成長率5.8%、インフレ率7%~

8.5%、対ドル名目為替レート(平均)1ドル=

28.6ルーブル、石油価格1バレル=40ドル等の前

提のもとで作成され、歳入5兆461億ルーブル

(対GDP比20.7%)、歳出4兆2,701億ルーブル(同

17.5%)、財政黒字7,760億ルーブル(同3.2%)が

見込まれている。同予算は歳出が前年度予算に比

べ40%増加する内容となっており、財政規律の緩

みによるインフレへの影響が懸念される。

(2)石油安定化基金の累積、投資基金の新設

石油安定化基金は2004年1月に設立され、2004

年12月には4,626億ルーブル(対GDP比2.8%)に

累積した。2005年1月にIMF債務(35億ドル)を

全額期限前返済し、7月にはパリクラブ債務の一

部を同じく期限前返済(150億ドル)したものの、

油価高騰の恩恵を受け、2005年12月には1兆2,360

億ルーブルに累積している。2006年からは従来の

使途を社会保障関連支出等へ拡大し、また投資基

金*10を新設してインフラ投資やハイテク関連投資

204 開発金融研究所報

*9 ウラル原油価格が1バレル当たり20ドルを超える分の石油輸出税、天然資源採掘税収の一部を積み立てる。現法律では、残高のう

ち5,000億ルーブルを超えた部分を対外債務返済、年金基金の赤字補填に限定して支出することが認められている。2006年からは、

繰入基準油価が27ドル/バレルに引き上げられることになっている。このため、繰入金額が圧縮され、同基金残高の拡大ペースは

鈍化すると見込まれる。

*10 石油安定化基金へ繰入基準油価の引上げに伴う繰入金額の圧縮分や対外債務の期限前返済による支払利息の節約分を原資とし、輸

送インフラ近代化、東部石油パイプライン建設、ハイテク産業(宇宙航空、エレクトロニクス)へ投資する予定となっている。

2006年は700億ルーブルが計上されている。

(億ルーブル)

1,000

2,000

3,000

4,000

5,000

6,000

7,000

8,000

9,000

10,000

11,000

12,000

13,000

0

IMF債務の期限前返済で 935億ルーブルを利用。

パリクラブ債務の期限 前返済で4,300億ルーブ ルを利用。

2004年 3月

2004年 4月

2004年 5月

2004年 6月

2004年 7月

2004年 8月

2004年 9月

2004年 10月

2004年 11月

2004年 12月

2005年 1月

2005年 1月

2005年 3月

2005年 4月

2005年 5月

2005年 6月

2005年 7月

2005年 8月

2005年 9月

2005年 10月

2005年 11月

2005年 12月

図表12 石油安定化基金の残高推移

出所)ロシア財務省、Interfax

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に運用していくこととなっている(図表12)。

4.国際収支・対外債務

(1)大幅な経常収支黒字を維持、資本逃避は減

少傾向

ロシアでは輸出に占めるエネルギー産品の割合

が大きいため、エネルギー価格の変化に大きく影

響を受けてきた。1997年から1998年にかけ、原油

価格の下落やアジア通貨危機に伴う交易条件の悪

化等により輸出が大きく落ち込んだ結果、経常収

支は赤字となったが、その後は、石油価格の上昇

に伴って輸出が輸入を上回るペースで増加してお

り、大幅な黒字基調となっている。2004年は原油

価格の高騰を背景に引き続き石油関連輸出額が前

年比46.4%と大きな伸びを見せたことから、輸出

額は対前年比で35.0%増加した。高い経済成長に

伴う旺盛な個人消費等の影響で輸入額も増加した

が、その増加率は同26.5%に留まったため、貿易

黒字(対GDP比)は、2003年の13.9%から2004年

には15.0%に拡大した。海外旅行者の増加により

旅行支払いが増加したためサービス収支の赤字幅

が拡大したが、大幅な貿易黒字に吸収され、経常

収支の黒字幅も2003年の同8.2%から同10.3%に拡

大した。2005年に入り、原油価格が更に上昇して

おり、貿易黒字額の伸びが加速している。2005年

1~9月の貿易黒字は前年同期比で43.4%の増

加、経常収支黒字が同51.3%の増加となる見通し

である。

資本収支では、1998年以降民間資本が流出基調

となったが、2001年頃から流出額は減少傾向にあ

る。2004年は景気が好調な中、民間部門への直接

投資が増加し、ルーブル高を背景として銀行や企

業向けの活発な投資が行われた。しかし、ユーコ

ス騒動や預金取り付け等によって、現預金を中心

に、第1~3四半期に大幅な資本流出超過となっ

たため、資本収支は対GDP比2.1%の赤字となっ

た。2005年は、公的対外債務の期限前返済によっ

て政府部門が大幅な資本流出超過となっている。

民間部門に関しては、製造業や小売業を中心に直

接投資の流入額が増加し、民間企業による国際資

本市場からの資金調達も拡大しているが、依然と

2006年2月 第28号 205

1998年(10億ドル)

1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年

経常収支 -2.1 22.3 44.6 33.1 31.0 35.4 59.9(GDP比、%) -0.8 11.4 17.2 10.8 9.0 8.2 10.3貿易収支 16.4 36.1 60.1 48.6 47.1 59.8 87.2(GDP比) 6.1 18.4 23.1 15.8 13.6 13.9 15.0輸出 74.4 75.6 105.0 102.4 108.1 135.9 183.5うち非エネルギー輸出 46.5 44.6 52.2 50.2 51.8 62.2 83.0うちエネルギー輸出 27.9 31.0 52.8 52.2 56.3 73.7 100.5輸入 -58.0 -39.5 -44.9 -53.8 -61.0 -76.1 -96.3

サービス収支 -18.2 -14.4 -15.6 -14.6 -15.8 -24.0 -26.4移転収支 -0.3 0.6 0.1 -0.8 -0.3 -0.4 -0.8

資本収支 -5.2 -14.6 -21.9 -13.9 -11.0 1.0 -2.5うち直接投資(ネット) 1.2 0.6 -0.4 -0.2 -1.2 -1.7 2.1

誤差・脱漏 -9.8 -8.6 -9.2 -10.2 -7.5 -5.7 -9.9総合収支 -17.1 -0.9 13.5 9.0 12.5 30.7 47.5

外貨準備高の増減(-:積み増し) 5.6 -1.7 -15.8 -8.8 -9.4 -29.1 -47.6外貨準備高(グロス) 10.9 12.4 27.9 34.5 47.8 76.9 124.5(輸入月数比) 2.5 2.4 4.6 5.0 5.6 7.1 8.9

備考:ウラル原油価格の増減率(%) -35.1 44.3 55.7 -14.7 3.2 14.6 25.6民間資本流出額(ネット) -21.7 -20.8 -24.8 -15.0 -8.1 -2.3 -9.3

図表13 国際収支表

出所)IMF、ロシア中央銀行、ブルームバーグ

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して27億ドルの赤字となっており、結果として

2005年1~9月の資本収支は56億ドルの赤字とな

っている。依然として資本流出は見られるが、マ

クロ経済の安定化を背景に、民間資本の流出額は

減少傾向にある。

好調な経常収支を背景に、総合収支では黒字基

調となっている。この結果、外貨準備高は2003年

末の769億ドル(財・サービス輸入比7.1ヶ月分)

から、2004年末には1,245億ドル(同8.9ヶ月分)、

2005年12月末時点では1,740億ドルまで拡大してい

る。外貨準備高が公的対外債務残高を上回る純資

産ポジションを確保しており、対外的脆弱性は大

幅に低下している(図表13)。

(2)期限前返済の実施、対外債務はGDP比で減少

対外債務の対GDP比は、2003年末の43.3%から

2004年末には37.2%に減少し、うち公的対外債務

は2004年末に18.4%にまで減少している。政府は

旧ソ連債務の返済を優先的に進めており、2005年

にはIMF、パリクラブ債務の期限前返済が行われ、

公的対外債務残高は2005年9月時点で813億ドル

(対GDP比14.9%)に減少している。このような

良好な債務返済実績を背景に、ユーロ債発行によ

る資金調達やその返済も円滑に行える環境となっ

た中、政府は国際機関等からの対外借入を抑制す

る方針を明確にしている。民間対外債務について

は、2000年2月にロンドンクラブ債務の繰延べ*11

が行われた結果、旧ソ連債務の残高が減少する一

方、危機以降の経済回復に伴い、民間企業が国際

市場から積極的に資金調達を行うようになった結

果、総民間対外債務は2004年末に対GDP比18.8%

まで増加している。公的対外債務残高の縮小を受

け、公的対外債務のデット・サービス・レシオは、

2003年末の9.8%から2004年末には4.1%まで減少

している。

第3章で述べたとおりマクロ経済は好調で推移

しているが、2004年後半からは、原油価格が高水

準で推移しているにも関わらず成長が鈍化すると

いう新しい傾向が見られている。この理由として、

JETRO(2005)は固定資本投資の伸び率の鈍化

や鉱工業生産の成長率の低迷を指摘している。本

章では、国内・外国投資の双方について現状を整

理し、投資環境の課題について分析する。

1.国内投資の動向

ロシアでは、ソ連解体以降1998年まで、国内投

資がマイナス成長で推移した結果、製造業の設備

老朽化や不十分な設備更新投資が問題となってい

206 開発金融研究所報

*11 約318億ドルの民間対外債務の一部(約106億ドル)の削減と残り212億ドルの債務のユーロ債へのスワップ(元本30年、据置7年)

を内容とする。

第4章 投資水準低迷の実体

0 5,000 10,000 15,000 20,000

中国

エストニア スロバキア

チェコ

ハンガリー

ラトビア カザフスタン

リトアニア ポーランド

ロシア ルーマニア

ブルガリア ウクライナ 固

定資本形成(対GDP比)(%)

15

20

25

30

35

40

45

一人当たり所得(購買力平価ベース)(ドル)

図表14 固定資本形成の国際比較

出所)世界銀行 World Bank Atlas、World DevelopmentIndicators

(%)

-5

0

5

10

15

20

25固定資本投資伸び率 製造業生産量伸び率 天然資源採掘産業生産量伸び率

2002年 1月

2002年 7月

2003年 1月

2003年 7月

2004年 1月

2004年 7月

2005年 1月

2005年 7月

図表15 固定資本投資及び生産量の伸びの推移

出所)ブルームバーグ

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る。ロシアの固定資本形成(対GDP比)は近隣

諸国と比較しても低水準であり、今後新規投資や

更新投資を増やす必要に迫られている(図表14)。

マクロ経済の回復に伴って1999年以降は投資の

伸びが増加に転じ、2005年1月~9月には、非石

油部門を中心に前年同期比で9.9%と高い伸び率

を示している。一方、天然資源採掘産業では、特

に石油部門においてユーコス事件や政府による石

油部門の統制強化、石油関連税率の引上げを背景

に投資が落ち込んでいる。この結果、機械産業等

の製造業の生産量が比較的高い伸び率を示す一

方、天然資源採掘産業の生産量の伸び率は落ち込

んでいる(図表15)。

ロシアの投資水準が低迷している背景として

は、上述のように産業界へ国家が過度に関与して

いるロシア特有の事情もあるが、ロジオノフ

(2005年)は、高い金利水準、法の不備、国営銀

行の独占構造等の銀行セクターの問題が、企業の

資金調達を疎外し、投資意欲を減退させていると

指摘している。つまり、今後国内投資を活性化さ

せる上では、銀行改革の更なる進展が重要と言え

る。この点については、第5章で分析する。

2.外国投資の動向

プーチン大統領のもとで、関税改革、各種税制

改革、金融制度改革、土地改革、行政改革等の制

度改革が実施された結果、ロシアの投資環境は改

善を見せている。2005年3月の年次教書演説にお

いて大統領は、税務当局の恣意性の一掃等、経済

環境の改善に向けた姿勢を表明し、2005年7月に

は経済特区法を施行する等、更に改革が進められ

ている。これらに加えて目覚しい経済成長も背景

に、自動車、金融を中心に日系企業によるロシア

投資が活発化している。また政府内では、現在付

加価値税の税率引き下げ*12も検討されている。弊

行の2005年度海外直接投資アンケート調査におい

ても、「現地市場の成長性」を主な理由として有

望事業展開先の6位に位置づけられている。

一方、同アンケートにおいても指摘されている

通り、法整備や法の運用面の不透明性、治安・社

会情勢の不安定性、高い汚職率、税務当局による

厳格な追徴課税請求*13、戦略産業をターゲットと

した国家統制の強化等が直接投資にあたってのハ

ードルとなっている。特に汚職率の高さは深刻で

あり、Transparency International社の2005年年次

報告でも汚職認知指数が世界159カ国の中で126

位、南・東欧及び中央アジアの国々の中では21カ

国中14位と下位に位置づけられている。昨年は90

位であった同国だが、メディア規制やNGO活動

への取り締まり強化によって政府部門の不透明性

が増し、官僚腐敗が繁殖する中で、カザフスタン

やウクライナに追い抜かれており、汚職は年々悪

化しているというのが実態と見られる。このため、

近隣諸国と比較して依然直接投資の水準は低い現

状にある(図表16)。

このような現状において、WTO加盟*14を契機

2006年2月 第28号 207

*12 政府内では現在18%の税率を13%に引き下げる案と15~16%に引き下げる案、付加価値税を売上税に変更する案が議論されている。

但し、財務省は2008年まで減税は実施せず、引き下げる場合も16%までに留めたい意向である。

*13 2005年7月に議会において税務当局の権限を規制する法令が可決されたが、同法令は例外規定の存在する不完全なものに留まって

いると言われている。

*14 1993年に加盟を申請。当初政府は2005年12月のWTO閣僚会議における加盟承認を目標に取り組み、2004年5月にEU、2005年11月

の日露首脳会談にて日本との交渉は合意に達したが、米国、カナダ、オーストラリア等8カ国との交渉が遅延している。主な対立

分野は、①航空機の輸入関税、②知的財産権の保護、③金融市場への外資参入や支店の設置許可、④農業製品の衛生管理の4つと

見られている。残りの二国間交渉が円滑に進んだ場合には2006年秋の加盟が見込まれるが、米国等との交渉が難航した場合には

2006年の加盟実現が不透明な状況となることが予想される。

0 5,000 10,000 15,000 20,000

カザフスタン

ルーマニア

中国

ウクライナ

ブルガリア ラトビア リトアニア

ポーランド

エストニア

ハンガリー

スロバキア

チェコ

直接投資(対GDP比)(%)

0

2

4

6

8

10

12

14

16

18

一人当たり所得(購買力平価ベース)(ドル)

ロシア

図表16 直接投資の国際比較

出所)世界銀行 World Bank Atlas、World DevelopmentIndicators

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に経済構造の近代化と競争力向上が進展すること

が期待されるが、政府の改革意欲も低迷しつつあ

る中で、抜本的な改善は見込みにくい状況にある。

好調なマクロ経済に牽引され、ロシアの銀行部

門も急速に発展しているが、依然として金融に対

する個人・企業からの信用度は低い。家計や企業

の余剰金はタンス預金や企業内留保に回る他、海

外流出する傾向にもあり、2004年末時点のブロー

ドマネーの対GDP比は34.3%と近隣諸国と比べ低

水準となっている。このため、近隣諸国と比べて

ロシアの銀行セクターの規模は小さい。前述のと

おり、銀行セクターの問題が国内投資の低迷をも

たらしているとの指摘もある。本章では、ロシア

の銀行部門の現状と課題を整理する。

1.保有資産の拡大、資産の質・収益性・安全

性の改善

1998年の金融危機以降、民間部門向け貸出や個

人預金は伸びており、銀行部門の規模は一貫して

拡大している。2004年には総資産が前年比27.4%、

民間部門向け貸出額が46.7%、個人向け貸出額は

107%の伸びを見せた。貸出額の拡大を背景とし

て不良債権比率や収益率も大きく改善している。

2004年7月に小規模な預金取り付け騒ぎが起こっ

た際は、中堅銀行の倒産など一時不安定化したが、

金融緩和等の措置が取られた結果、その後安定化

した。2003年12月の預金保護法成立により、個人

預金業務を行う銀行の預金保険システムへの加入

が義務付けられ加入審査が実施されたことに伴

い、保有資産や経営の質、内部統制の実態等の把

握も可能となりつつある。またルーブルへの信認

改善を背景にルーブル建ての資産が拡大を続ける

中、外貨オープン・ポジションも低下している。

倒産法の改正により不良銀行の解体へ向けたフレ

ームワークが整い、中期的に競争力の向上、透明

性の向上に資することが期待されている。

2.課題

以上のように銀行部門の規模や財務体質の健全

性は改善を見せているが、規模は依然として小さ

く、他国と比較すると金融仲介機能は脆弱なまま

である。

特に近年は企業向けの貸出が伸び悩みを見せて

おり、ロシア企業の生産活動の発展を阻害してい

る。その理由としては、金融市場の構造が依然と

して未発達である点が挙げられる。上述の預金保

護法成立に加え、2004年には国際会計基準も導入

208 開発金融研究所報

預金全体

ルーブル建 外貨建 ルーブル建 外貨建 ルーブル建 外貨建 ルーブル建 外貨建 ルーブル建 外貨建 ルーブル建 外貨建 ルーブル建 外貨建 ルーブル建 外貨建

個人 企業 銀行 貸出全体 個人向け 企業向け 銀行向け

(10億ルーブル)

596.8 27.6 445.2 89.7

292.7 304.1 15.9 11.7 244.3 200.9 31.7 58.0

956.3 44.7 763.3 104.7

588.3 368.0 34.6 10.2 507.4 256.0 44.8 60.0

1,467.5 94.7 1,191.4 129.9

972.6 494.8 78.4 16.2 822.1 369.3 68.2 61.8

2,028.9 142.2 1,612.7 212.7

1,283.9 745.0 115.9 26.3 1,056.9 555.8 107.7 105.0

2,910.2 299.7 2,299.9 195.9

1,927.3 982.9 246.2 53.5 1,542.0 757.9 112.7 83.2

4,228.0 618.9 3,189.3 303.4

3,012.2 1,215.8 525.4 93.5 2,308.0 881.3 160.2 143.2

3,841.0 517.1 2,893.3 300.2

2,634.4 1,206.6 432.8 84.3 2,025.7 867.7 156.5 143.7

5,393.6 974.5 3,839.3 453.0

3,832.8 1,560.7 826.5 148.0 2,781.8 1,057.4 205.3 247.6

461.6 300.4 118.4 42.8

236.6 225.1 202.8 97.7 24.8 93.5 9.0 33.9

695.8 453.2 212.0 30.6

358.4 337.4 304.7 148.5 51.3 160.7 2.5 28.1

971.6 690.1 252.4 29.1

516.3 455.2 446.4 243.6 68.1 184.3 1.8 27.3

1,362.3 1,046.6 276.7 39.0

753.8 608.5 649.1 397.5 101.3 175.4 3.4 35.6

1,924.1 1,539.9 312.5 71.6

1,234.9 689.2 1,075.1 464.8 156.6 155.9 3.2 68.4

2,653.4 2,003.4 564.0 85.9

1,789.3 864.1 1,484.7 518.7 289.4 274.6 15.1 70.8

2,308.7 1,804.7 444.0 60.0

1,504.0 804.7 1,295.2 509.5 202.6 241.4 6.2 53.7

3,365.2 2,460.2 820.3 84.6

2,286.7 1,078.5 1,849.1 611.2 429.4 390.9 8.2 76.4

1999年

2000年

2001年

2002年

2003年

2004年

2004年9月

2005年9月

図表17 銀行預金・貸出残高の推移

出所)ロシア中央銀行

第5章 銀行部門の実態

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されて金融市場の構造は改善を見せているもの

の、一方で、①国営銀行(ズベルバンク、ヴネシ

ュトルクバンク等)への資産・預金の集中、②銀

行部門のバランスシートにおける短期負債への依

存度の高さ(個人預金等に依存するため長期貸出

が困難)、③貸出金利が高い中での大きな預貸金

利差、④銀行の財務・経営透明性の欠如等の問題

を抱えている。また、借り手である企業側を見て

も、安全な融資先が少ない点が問題となっている。

安全な貸出先が少ない状況で企業向けの融資を拡

大する場合には、貸出金利を引き下げてクレジッ

ト・リスクの高い融資先を開拓することが必要と

なるが、これは銀行側にとって貸出利益率の低下

につながるため、民間銀行は、企業特に中小企業

向けの融資には消極的になっている。この結果、

銀行は企業向け融資から消費者向け融資へのシフ

トを鮮明化している。

このような中、IMFは国際会計基準に基づく財

務諸表作成の徹底*15、コーポレート・ガバナンス

の改善、銀行監督の強化、国営銀行の独占構造の

改善等によって銀行部門の更なる効率化を求めて

いる。また、WTO加盟交渉においては、外資系

銀行の支店設置許可、外資出資比率上限の引上げ

による外資参入の自由化によって、金融市場の競

争を促し、金融仲介機能を強化することが求めら

れている。

3.今後の見通し

このような課題がある中、2005年4月にフラト

コフ首相とイグナティエフ中銀総裁の間で「2008

年までのロシア連邦銀行部門発展戦略」が調印さ

れた。この中では、リテール部門の発展促進(預

金契約における期限前解約の禁止、抵当ローン拡

充に向けた法整備等)、政府・中銀の監督機能の

強化、現在約1,300行存在する銀行部門の集約化、

金融機関の経営透明性の向上、政府出資の削減に

よる銀行部門への関与縮小等が盛り込まれた。同

戦略では、併せて2007年1月から自己資本比率規

制を10%に引上げ、自己資本の最低額を500万ユ

ーロとし、銀行再編を促す内容も盛り込まれてい

る。しかし、政府系銀行の存続を認め、外資参入

規制を維持するなど、2001年にロシア産業家企業

家同盟の銀行改革グループによって作成された銀

行制度改革案(マムート案)*16と比較して、改革

の内容は限定的なものに留まっていると言われて

いる。改革の実行によって、徐々に金融セクター

における競争促進、監督体制の強化が促され民間

銀行の競争力も強化されると予想されるが、国営

銀行の主導的な立場に大きな変化はないと思われ

る。

第4章、第5章ではロシアが持続的成長を達成

する上での最重要課題である投資と銀行部門に焦

点を充てて分析をし、課題が明らかとなった。そ

の他にも短期的な課題として、インフレの抑制や

為替増価の回避、財政規律の確保といったマクロ

政策の適切性も問題とされている。また、非石油

部門や中小企業の育成を通じて、石油・ガス部門

へ依存した体質を変革することも重要である。本

章では、これらの点につき最後に分析を加えるこ

ととする。

1.適切なマクロ政策

油価が高値で推移する中、石油輸出に伴う資金

流入とルーブルの増価圧力は継続すると考えられ

る。中銀はインフレ抑制と急激な為替増価の回避

の両立を図ってきたが、IMFや国内からの要請に

応じて、前述の通り2006年からは一定の為替増価

を容認しインフレ抑制の方に主眼を置く方針が取

られる見込みである。Troika Dialog(2005)や

Roland(2005)は、実質為替レートの増価が国内

産業の競争力へ与える影響(オランダ病)は、労

働生産性の上昇によって相殺され限定的なものと

なっており、製造業や鉄鋼業を中心に輸出額は伸

びていると指摘している。このことからも、今後、

インフレ抑制へ軸足をシフトすることは適当な政

2006年2月 第28号 209

*15 2004年には国際会計基準導入が義務化されたものの、国際基準に沿った会計報告を行っている銀行は僅かであり、現時点でその効

果は限定的なものに留まっていると言われている。

*16 同案は、①最低資本金や自己資本比率などの規制を大幅に強化し、行政的に銀行の吸収・合併、ライセンス停止を促進、②国営銀

行や専門商業銀行の活動範囲を制限することで、銀行部門を強化する内容の改革構想だった。

第6章 その他の課題

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策措置であると思われる。とは言え、中銀がイン

フレと為替の両方のバランスにある程度配慮せざ

るを得ない中、今後は財政規律の維持、石油収入

の慎重な管理が重要と考える。2003年の大統領選

挙時にはポピュリスト的財政拡張策が取られ、財

政収支が大きく悪化した過去があり、また2007年

の議会選挙、2008年の大統領選挙に向けて、今日

においても同様に、投資基金を通じたインフラ投

資の増加や政府内での歳出拡大への政治的圧力が

強くなっている。財政規律の緩みが拡大すること

によって金融政策運営が困難となる惧れがあり、

節度ない歳出拡大は防止する必要がある。政府内

では、世銀等の支援を受けた歳出管理の改善、

2006年からの中期財政計画の導入、投資基金の支

出対象プロジェクト選定のルール作り等の措置が

講じられている模様であり、急激な財政規律の緩

みを防止する効果が期待される。

2.民間部門育成

また、中長期的に自立的な経済成長を達成する

ためには、大企業による寡占構造を是正する必要

がある。World Bank(2004)やGuriev and

Rachinsky(2005)が指摘している通り、体制移

行の過程で少数の財閥(オリガルヒ)が国有資産

を独占した結果、現在、産業全般に渡って産業の

集中度が高くなっている。これらの財閥は前述の

ような劣悪なビジネス環境の中でも成長を遂げ

1990年代のロシア産業の再生において重要な役割

を果たしたと評価する意見もあるが、一方で、

Hellman, Jones and Kaufmann(2000)が指摘し

ているとおり、少数財閥が汚職等の形で政府に働

きかけて新規企業の参入や中小企業の成長、生産

効率的な新技術の導入を阻止した結果、生産性の

低迷を招いたという意見もある(State captureの

問題)。Parente and Rios-Rull(2004)は、ロシア

が体制移行の過程において、中国と比べて独占的

な市場構造となった結果、中国よりも技術進歩が

遅れ、経済成長が低迷したと分析している。産業

競争力の向上や中小企業の発展が経済成長の牽引

役となることは多くの文献でも明らかになってい

ることであり、ロシアが今後市場経済として更な

る成長を遂げるためには、ビジネス環境の改善を

通じて中小企業の成長機会を増やし、同時に外国

投資を誘致して、民間企業の新技術導入を促し、

競争力を高めていくことが求められる。

第3章で述べたとおり、現在、ロシア経済は原

油価格高騰の恩恵を受けて、高成長、大幅な財政

黒字、外貨準備高の累積を達成している。また、

非石油部門の成長、政府貯蓄の増加、潤沢な外貨

資金等、1990年末からの経済復興によって経済基

盤も強固なものとなっている。中期的には石油価

格が上げ止まり、経常収支や財政の黒字幅が徐々

に縮小すると見込まれるが、国際収支面では直接

投資や民間部門からの借入の増加等、資本収支の

改善が期待されており、また財政面でも1998年の

危機時とは異なり大幅な黒字基調にある中で、マ

クロ経済が短期的に大きく不安定化する懸念はな

いと言える。石油生産量の頭打ちや構造改革の遅

延も懸念されるが、民間消費の増加やサービス業

等の非石油部門の成長が牽引し、中期的に実質

GDP成長率は5%程度の高成長が維持されると

見込まれる。政治面においても、2006年には、

WTO加盟の達成が見込まれることに加えて、G

8サミットでの議長国の役割が任されるまでに至

っており、大きな発展を遂げている。91年のソ連

解体後、ロシアは体制移行の過程を経て、かつて

の大国としての地位を回復しつつあると言って良

いと思われる。

しかしながら、第4、5、6章で明らかになっ

たように、好調なマクロ経済とは裏腹に、政治の

先行きや経済の構造面では大きな課題を抱えてい

る。特に、金融仲介が発展途上である点や汚職、

法の未整備等の投資環境の問題は産業の成長機会

を阻害している。また、戦略産業が見られるとお

り、経済活動が政治に影響を受けやすい体質にあ

る中、政治の先行き不透明感はロシアビジネスを

考える企業の投資行動を制約している。今後ロシ

アが真の意味で先進国の仲間入りをするために

は、これらのミクロ経済面での構造改革を着実に

実施する実行力が問われる。

以上のとおり、ロシアはマクロ経済の先進性と

ミクロ経済の後進性の両面を併せ持っているとい

う評価が妥当である。今後、ロシアが石油大国と

210 開発金融研究所報

第7章 経済見通しとまとめ

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2006年2月 第28号 211

しての地位を越えて、資本主義社会において先進

国の仲間入りをするためには、経済改革を加速さ

せる政府の強力なイニシアティブが必要であり、

今はそのための重要な過渡期にあると言える。

最後に、BRICsの一角として今後も注目が集ま

る同国だが、今後のロシア経済の先行きやカント

リーリスクに関する分析を深めていく上では、更

に現地の産業動向や投資環境に関する詳細な実態

調査を進め、分析を発展させていくことが求めら

れる。

1998年

(対前年比:%)

(対前年比:%)

(対GDP比:%)

(対前年比:%)

(対GDP比:%)

(10億ドル)

1999年 2000年 2001年 2002年 2003年 2004年

実体部門実質GDP成長率 -5.3 6.3 10.0 5.1 4.7 7.3 7.1名目GDP(10億ルーブル) 2,630 4,823 7,306 8,944 10,818 13,243 16,752一人当たり名目所得(ルーブル、月平均) 1,013 1,664 2,290 3,078 3,947 5,171 6,337一人当たり実質所得伸び率 -16.0 -11.9 13.4 10.0 10.7 13.6 9.8

物価・為替・雇用CPI上昇率(期末) 84.4 36.5 20.2 18.6 15.1 12.0 11.7名目為替レート(ルーブル/ドル、期末) 20.6 27.0 28.2 30.1 31.8 29.5 27.7名目為替レート(ルーブル/ドル、平均) 9.8 24.6 28.1 29.2 31.4 30.7 28.8実質実効為替レート(2000=100) 128.5 90.5 100.0 118.7 122.7 127.0 136.5失業率(%) 11.9 12.9 10.5 9.0 8.1 8.6 8.2

公的部門財政連邦政府歳入 11.3 12.6 15.4 17.8 17.2 16.7 17.7うち税収 9.6 10.5 13.2 16.3 15.7 15.3 16.2歳出 17.4 16.8 14.6 15.1 15.9 15.2 13.5うち利払い 4.6 6.0 4.3 2.7 2.1 1.7 1.2連邦政府収支 -6.0 -4.2 0.9 2.7 1.3 1.6 4.2地方政府・予算外基金収支 -2.2 1.1 2.3 0.0 -0.7 -0.5 0.6一般政府収支 -8.2 -3.1 3.1 2.7 0.6 1.1 4.8国内ファイナンス 2.1 0.2 -1.2 -1.9 -1.3 -1.7 -0.5対外ファイナンス 3.5 0.6 -2.9 -0.9 0.7 0.6 -4.5延滞/リスケジュール 2.5 2.3 1.0 0 0 0.1 0.0石油安定化基金残高 … … … … … … 2.8

公的債務 78.5 88.7 57.8 43.5 36.9 29.9 23.1

金融部門リザーブマネー伸び率 27.9 54.0 60.0 38.1 30.2 49.6 24.8ブロードマネー伸び率 40.4 55.5 57.2 35.7 33.9 39.5 33.7うち対民間与信伸び率 33.4 50.1 64.4 56.1 36.0 46.5 46.7貨幣乗数 1/ 2.1 2.2 2.2 2.2 2.3 2.3 2.5財務指標(%) 2/自己資本比率 11.5 18.1 19.0 20.3 19.1 19.1 17.0不良債権比率 17.3 13.4 7.7 6.2 5.6 5.0 3.8総資産利益率(ROA) -3.5 -0.3 0.9 2.4 2.6 2.6 2.9自己資本利益率(ROE) -28.6 -4.0 8.0 19.4 18.0 17.8 20.3流動比率 70.0 82.4 82.9 87.4 90.6 90.4 78.0外貨オープン・ポジション … … 42.9 22.6 18.5 8.4 5.8

対外部門経常収支 -0.8 11.4 17.2 10.8 9.0 8.2 10.3輸出額伸び率(前年比、%) -14.4 1.6 38.9 -2.5 5.6 25.8 35.0石油関連輸出シェア(%) 19.5 25.9 34.5 33.6 37.4 39.5 42.8天然ガス輸出シェア(%) 18.0 15.1 15.8 17.4 14.7 14.7 11.9輸入額伸び率(前年比、%) -19.4 -31.9 13.7 19.8 13.4 24.8 26.5資本収支(含む誤差・脱漏) -5.6 -11.8 -12.0 -7.9 -5.4 -1.1 -2.1うち直接投資(ネット) 0.4 0.3 -0.2 -0.1 -0.3 -0.4 0.4

外貨準備高 10.9 12.4 27.9 34.5 47.8 76.9 124.5財・サービス輸入月数(ヶ月) 2.5 2.4 4.6 5.0 5.6 7.1 8.9

対外債務対外債務 190.2 179.6 161.7 150.0 153.3 186.9 216.6(対GDP比:%) 70.9 91.6 62.3 48.9 44.4 43.3 37.2うち公的対外債務 160.2 150.4 130.4 114.9 105.5 106.9 107.1(対GDP比:%) 59.7 76.7 50.2 37.5 30.6 24.8 18.4

公的対外債務支払額 19.9 16.6 14.9 17.0 11.4 15.0 8.5デット・サービス・レシオ(%) 22.9 19.6 13.0 15.1 9.5 9.8 4.1

備考原油生産量(万バレル/日) 617 618 636 706 770 854 929ウラル原油価格(ドル/バレル) 10.3 24.4 21.3 18.9 29.9 28.0 34.6天然ガス生産量(10億立方メートル) 551 551 545 542 555 579 589

図表18 ロシア連邦:主要経済指標

出所)IMF、ロシア中央銀行、連邦統計局、BP統計、ブルームバーグ、JCIF、筆者推計1/ 貨幣乗数=ルーブル建てブロードマネー/リザーブマネー2/ 自己資本比率=自己資本/総資産、不良債権比率=不良債権/貸出債権、総資産利益率=純利益/総資産、自己資本利益率=純利益/自己資本、流動比率=流動資産/流動負債、外貨オープン・ポジション=外貨建て負債/自己資本

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