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日本は先進国の中では、最も胃がんの多い国として 知られています。これには様々な原因が考えられます が、ピロリ菌の感染者が多いことと食事中の塩分量が 多いことが最も大きな要因であろうと推測されていま す。この胃がんを撲滅するために、多くの努力がなさ れてきました。住民健診や職場健診として行なわれて いる、無症状者に対する胃がん検診は、世界に例を見 ないユニークなもので、大きな成果を挙げてきました。 以前はバリウムを飲むX線検査が胃がん検診の主流で したが、最近では採血の際に血清ペプシノゲン値やピ ロリ菌に対する抗体価を測ることにより胃がんができ やすいハイリスク群を絞り込み、その方々に集中的に 内視鏡精密検査を行なうという、より効率の良い方法 が広まりつつあります。この新しい検診方法では、よ り早期の胃がんを拾い上げることができるという特徴 があります。仮に胃がんと診断されても、早い段階で 見つかれば、お腹を切らずに内視鏡を使って癌の部分 のみを切り取る方法で治せる可能性が高くなります。 胃がんは、胃壁の最 も内側にある粘膜から 発生して、徐々に拡が って行きます。癌にな っても粘膜の中に留ま っている限りは、たち の悪い癌(未分化型癌) でなければリンパ節転 移することはほとんど ないため、その部分の みを内視鏡で切除すれ ば治すことができま す。以前は、大きな病変を内視鏡で切除するのは技術 的に難しかったため、2cm以内の小さな癌のみが内視 鏡治療の対象となっていました。しかし、最近では内 視鏡の機器や技術が進歩したため、10cmを超える大 きな癌や潰瘍により硬くなった癌でも内視鏡で切除で きるようになりました。これにより、内視鏡治療の対 象が大きくひろがり、以前では考えられなかったよう な病変まで治療できるようになりました。もちろん、 リンパ節転移をおこす可能性のある病変は対象外です ので、進行癌は従来通り外科的な治療が必要になりま す。 慶應義塾大学医学部 腫瘍センター 低侵襲療法研究開発部門

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Page 1: K X g w X13 ± ¿ ç - gastro-health-now.org€¦ · 日本 がん検診・診断学会誌2010 ; 17(3) : 197-203 謝花典子, 他: 胃内視鏡検診の現状と有効性 評価に向けた取り組み

日本は先進国の中では、最も胃がんの多い国として

知られています。これには様々な原因が考えられます

が、ピロリ菌の感染者が多いことと食事中の塩分量が

多いことが最も大きな要因であろうと推測されていま

す。この胃がんを撲滅するために、多くの努力がなさ

れてきました。住民健診や職場健診として行なわれて

いる、無症状者に対する胃がん検診は、世界に例を見

ないユニークなもので、大きな成果を挙げてきました。

以前はバリウムを飲むX線検査が胃がん検診の主流で

したが、最近では採血の際に血清ペプシノゲン値やピ

ロリ菌に対する抗体価を測ることにより胃がんができ

やすいハイリスク群を絞り込み、その方々に集中的に

内視鏡精密検査を行なうという、より効率の良い方法

が広まりつつあります。この新しい検診方法では、よ

り早期の胃がんを拾い上げることができるという特徴

があります。仮に胃がんと診断されても、早い段階で

見つかれば、お腹を切らずに内視鏡を使って癌の部分

のみを切り取る方法で治せる可能性が高くなります。

胃がんは、胃壁の最

も内側にある粘膜から

発生して、徐々に拡が

って行きます。癌にな

っても粘膜の中に留ま

っている限りは、たち

の悪い癌(未分化型癌)

でなければリンパ節転

移することはほとんど

ないため、その部分の

みを内視鏡で切除すれ

ば治すことができま

す。以前は、大きな病変を内視鏡で切除するのは技術

的に難しかったため、2cm以内の小さな癌のみが内視

鏡治療の対象となっていました。しかし、最近では内

視鏡の機器や技術が進歩したため、10cmを超える大

きな癌や潰瘍により硬くなった癌でも内視鏡で切除で

きるようになりました。これにより、内視鏡治療の対

象が大きくひろがり、以前では考えられなかったよう

な病変まで治療できるようになりました。もちろん、

リンパ節転移をおこす可能性のある病変は対象外です

ので、進行癌は従来通り外科的な治療が必要になりま

す。

03-3752-3391

慶應義塾大学医学部 腫瘍センター低侵襲療法研究開発部門

矢 作 直 久

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内視鏡で病変を切除する際には、専用の細い電気メ

スを使います。まずメスの先端で、病変の周囲に目印

になるマークを付けます。その後に、病変のある粘膜

と筋肉の層の間(粘膜下層)に液体を注入して切る部

分を持ち上げます。こうすることにより、病変の下に

厚みができ、電気メスで粘膜と粘膜下層のみを切れる

ようになります。マークの外側の十分に隆起した部分

にメスを当て、粘膜を切開した後に、胃壁に孔を開け

ないように注意しながらメスで粘膜下層を剥離してい

きます。丹念に剥離を繰り返すことにより、大きな病

変でも根こそぎ切除することが可能です。もちろん病

変を切除した後には、大きな人工の潰瘍ができますが、

そのほとんどは2ヶ月程度で完全に治りますので、そ

れ以降は以前とまったく同じ日常生活に戻ることがで

きます。この方法はESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)

と呼ばれていますが、ESDは2006年に早期胃がんの内

視鏡的治療法として認可されましたので、現在では全

国の主要な病院でこの治療を受けられるようになって

います。

ESDは、大型の病変でもほぼ確実切除できる画期的な

方法です。現在、年間3万人を超える早期胃がんの患

者さんが、この治療を受けておられます。しかしこの

方法で治療が可能なのは、あくまでもリンパ節転移す

る危険性のない早期の胃がんに限られます。したがっ

て、きちんと胃がん検診を受けより早い段階で胃がん

を発見することが重要です。

胃がん検診の内視鏡検査にて、食道・胃接合部から胃角にかけ

て拡がる大型の表在癌が指摘された。

11cmを超える大型の早期胃がんであったが、ESDにより完全

切除が可能であった。

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胃がんリスク検診に、Hp 除菌療法を受けた受診者が増えている現状に対し、リスク分類における「除菌後表記法」ついて、事前アンケートの結果をふまえ、第1回会議として以下の合意を得ました。① 原則除菌既往例はE群と表記する。② E群に対し「胃がん検診」「内視鏡検査」を勧奨する。③ E

群の細分類について現時点では各施設に委ねる。④ ABC分類報告書には、PG値やHp 抗体価(値)も明記する。以下に会議で用いた参考資料を掲載します。なお、本案については、参加できなかったワーキンググループメンバーを含め、10月9日(金)京都で開

催される第3回学術講演会の際再検討し、JDDW2010(横浜)会期中に第2回ワーキンググループ会議を開催し、結論を出す予定です。

メンバー:加藤元嗣(北海道大学光学医療診療部)、間部克裕(KKR札幌医療センター)、大泉晴史(山形市医師会)、齋藤洋子(茨城県メディカルセンター)、乾 純和(高崎市医師会)、笹島雅彦(高崎市医師会)、伊藤慎芳(四谷メディカルキューブ)、河合 隆(東京医科大学内視鏡センター)、山道信毅(東京大学医学部消化器内科)、中島滋美(社会保険滋賀病院)、柳岡公彦(和歌山県立医科大学第2内科)、吉原正治(広島大学保健管理センター)、安田 貢(香川県立検診センター)、三原修一(日本赤十字社熊本健康管理センター)*座長井上和彦(川崎医科大学) [太字は出席者]

① ②

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MB Cook, et al : Serum pepsinogen andHelicobacter pylori in relation to the risk ofesophageal squamous cell carcinoma in thealpha-tocopherol, beta-carotene cancerprevention study. Cancer Epidem. Biom. Prev2010 Jul 20, in press.

MS Kwak, et al : Predictive power of serumpepsinogen tests for the development ofgastric cancer in comparison to the histologicrisk index. Dig Dis Sci. 2010 ; 55(8) : 2275-82.

LT Nguyen, et al : Clinical relevance ofcagPAI intactness in Helicobacter pyloriisolates from Vietnam. Eur J Clin MicrobiolInf Dis 2010 ; 29 : 651-660

MP Dore, DY Graham : Ulcers and gastritis.Endoscopy 2010 ; 42 : 38-41

渡辺 泱 : これからのがん検診 日本がん検診・診断学会誌 2010 ; 18(3) : 印刷中

垣添忠生 : わが国のがん対策―個人として、地域として、国として―. 日本がん検診・診断学会誌 2010 ; 18(3) : 印刷中

松本健二 : 大阪市における肝炎ウイルス検診の評価. 日本がん検診・診断学会誌 2010 ;18(3) : 印刷中

渡辺 泱: がんはついに減りはじめた!―これからのがん検診はどうあるべきか―.日本がん検診・診断学会誌 2010 ; 17(3): 155-158

山岡吉生 : Helicobacter pylori の病原性―どこまで解明されたか? 日消誌 2010 ; 107 :1262-1272

畠山昌則 : H. pylori CagA癌蛋白質の胃上皮細胞侵入メカニズム. Pharma Medica 2010 ;28(8) : 13-17

千葉 勉, 他 : ピロリ菌感染による胃発癌機序;炎症発癌の分子機構. Pharma Medica2010 ; 28(8) : 19-22

牛島俊和, 他 : H. pylori 感染によるエピジェネティック異常誘発と胃発癌. PharmaMedica 2010 ; 28(8) : 23-27

前田 愼 : H. pylori 感染と胃癌発生のメカニズム 総括的な観点から. Pharma Medica

③ ④

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2010 ; 28(8) : 29-34

野崎浩二 : 動物実験モデルからみたH.pylori感染と胃癌. Pharma Medica 2010 ; 28(8) :35-40

山岡吉生 : H. pylori 感染の分子疫学 .Pharma Medica 2010 ; 28(8) : 41-51

高橋信一, 他 : 日本ヘリコバクター学会ガイドライン改訂版. Pharma Medica 2010 ;28(8) : 47-50

上村直実 : H. pylori 除菌による胃癌予防.Pharma Medica 2010 ; 28(8) : 51-54

加藤元嗣, 他 : 除菌後胃癌の特徴. PharmaMedica 2010 ; 28(8) : 55-60

三木一正 : わが国から胃癌死をなくすために何をすべきか. Pharma Medica 2010 ; 28(8): 61-65

北川晋二 : 福岡市医師会胃癌個別検診の現状と問題点. 日本がん検診・診断学会誌 2010; 17(3) : 172-180

日山 亨, 他 : 胃内視鏡検診のリスク管理―新聞記事および訴訟事例の検討から―. 日本がん検診・診断学会誌 2010 ; 17(3) : 197-203

謝花典子, 他 : 胃内視鏡検診の現状と有効性評価に向けた取り組み. 日本がん検診・診

断学会誌 2010 ; 17(3) : 229-235

一瀬雅夫, 他 : 胃癌発生リスク評価に基づく胃癌検診対象集約の可能性. 日本がん検診・診断学会誌 2010 ; 17(3) : 239-245

松元吏弘 : X線検診、検診未受診と対比した胃内視鏡検診による死亡率減少効果. 日消がん検診誌 2010 ; 48(4) : 436-441

細川 治,他 : 研修を通じた胃がん内視鏡観察診断能の向上の試み.人間ドック 2010 ;24(5) : 35-39

井上和彦 : 胃がん検診の過去・現在・未来.人間ドック 2010(Suppl.)34-38

三木一正,他 : ペプシノゲンⅠおよびペプシノゲンⅡ,PGⅠ/PGⅡ比.日本臨牀 2010 ;68(増刊号) : 778-781

細川 治,他 : 人間ドックにおける胃内視鏡検査の評価.人間ドック 2009 ; 24(4) : 66-70

三木一正,他 : Helicobactor pylori 除菌後の検診のあり方― “H. pylori 除菌時代”における胃がん検診の新展開.HelicobacterResearch 2009 ; 13 : 638-673

三木一正 : 胃癌撲滅に向けた胃癌検診のあり方. THE GI FORFRONT 2009 ; 5 : 221-224

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アボットジャパン㈱、石田 博、エーザイ

㈱、岡本 昌也、㈱カイゲン、㈱シマ研究

所、成澤 林太郎、平澤 俊明、藤田 安幸、

松原 健朗、(医)和楽仁 芳珠記念病院

多くの方々からご寄付をいただきまして

誠にありがとうございました。

厚く御礼申し上げます。

今後とも宜しくお願いいたします。

■本年度(平成22年4月~平成23年3月)も皆様のご支援をお願い申し上げます。(会費1口3,000円、1口以上)

■転居・所属変更・会員種別変更希望・退会希望等は、お早めに電話・FAX・メールにてお知らせ下さい。

胃がん死亡を減らす目的で始まったわが国の胃がん検診ですが、現在、その目

標は、内視鏡治療可能な早期がんを発見することになっているといえます。今回、

治療内視鏡の最先端にいらっしゃる慶應義塾大学医学部腫瘍センター教授 矢作直

久先生に、胃がん内視鏡治療の進歩の状況をわかりやすくご解説いただきました。

開腹手術ではなく、内視鏡治療によって胃がんを治療できれば、治療直後から治

療前とほとんど変わらない食生活を維持できます。長寿社会においては、がんで

命を落とさないだけでなく、がんの治療で生活の質を落とさないことも大きな目標となります。そのため

には、胃がん検診は内視鏡が中心になる必要があります。さらに胃がんにならないための方策として、今

後ピロリ菌除菌がさらに普及していくと思われますが、適切な除菌療法の実施、そして除菌後のフォロー

アップが重要になっていきます。8月21日には川崎医科大学総合臨床医学准教授 井上和彦先生を中心に、

胃がんリスク検診におけるHp 除菌後の扱いを検討するワークショップを、9月10日には東京大学大学院医学系研究科病因・病理学研究科医学部微生物学講座教授畠山昌則先生による、ピロリ菌感染と胃がん発生

のメカニズムについての勉強会(第1回白金カンファレンス)を、白金タワー棟1階フォーラム17会議室に

て当NPO主催で開催いたしました(参加者38名)。ワークショップに関しては、読者の皆さまからも広く

ご意見を伺ってコンセンサスを得ていきたいと考えており、中間報告を掲載いたしました。畠山先生のご

講演内容の詳細は、後日、本機関紙にてご紹介する予定です。 (三木)