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Kobe University Repository : Kernel タイトル Title スクールカウンセリングにおける問題行動生徒への対応 : 生誕物語を 語り聴かせることの意義について(A study on interventions of school counselor on school delinquency students of junior high school : meaning of telling students of their birth stories) 著者 Author(s) 吉田, 圭吾 掲載誌・巻号・ページ Citation 神戸大学大学院人間発達環境学研究科研究紀要,5(2):1-7 刊行日 Issue date 2012-03 資源タイプ Resource Type Departmental Bulletin Paper / 紀要論文 版区分 Resource Version publisher 権利 Rights DOI JaLCDOI 10.24546/81003898 URL http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81003898 PDF issue: 2021-04-04

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  • Kobe University Repository : Kernel

    タイトルTit le

    スクールカウンセリングにおける問題行動生徒への対応 : 生誕物語を語り聴かせることの意義について(A study on intervent ions of schoolcounselor on school delinquency students of junior high school :meaning of telling students of their birth stories)

    著者Author(s) 吉田, 圭吾

    掲載誌・巻号・ページCitat ion 神戸大学大学院人間発達環境学研究科研究紀要,5(2):1-7

    刊行日Issue date 2012-03

    資源タイプResource Type Departmental Bullet in Paper / 紀要論文

    版区分Resource Version publisher

    権利Rights

    DOI

    JaLCDOI 10.24546/81003898

    URL http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81003898

    PDF issue: 2021-04-04

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    1. 中学校における問題行動生徒への対処 中学校において問題行動や非行への対処は喫緊の課題である。不

    登校や対人不安、パニック障害などの神経症的な問題がどちらかと

    いうと「他人の前に出るのが怖い」「人間関係をうまくやる自信がな

    い」などの心の内面の悩みを含み、内向的な問題であるのに対して、

    非行は、対教師・対生徒などの暴言・暴力、万引きなどの窃盗、無

    免許でバイクを乗り回すなどの道路交通法違反、怠学型不登校、深

    夜徘徊、無断外泊、家出などの反社会的行動を呈し、激しい行動化

    を伴う外向的な問題であると言える。 そのような問題行動の生徒は、ただいらいらし衝動的に行動に表

    すだけで、心の悩みなどを自覚して意識したりすることが困難であ

    ったり、ある程度意識していてもそれを言葉で表現することが困難

    であったりするので、教師やスクールカウンセラーに悩みを相談す

    ることができず、教育相談やスクールカウンセリングの対象にはな

    りにくい。 おそらくは、佐藤(2006)の述べるように、家族背景から想定される抑うつ的な心の痛みを、非行少年は持ちこたえることができず

    に、罪悪感を感じるとか自己抑制しようとする自己の部分を外部に

    排除して行動化を繰り返してしまっているのであろう。しかしその

    ような心の内面を普段の学校生活や家庭生活で引き出すことは大変

    困難であり、鑑別所に身柄を拘束されるといったきわめて非日常的

    で強い危機感を抱かざるをえない特殊な状況下で行われる、調査面

    接において出来る可能性があるという。 このように、問題行動の生徒は、校内分掌としても、スクールカ

    ウンセラーの対象となる教育相談委員会に含まれず、生徒指導主事

    が担当する生徒指導委員会の対応の対象となり、スクールカウンセ

    ラーが対応しないようになっている中学校も多い。だからこそ、非

    行生徒の研究は、上記の佐藤(2006)を含め、非行少年に風景構成法を施行し、描画の変化と適応上の変化を比較した菅藤(2007)、非行少年のインテーク時の夢の特徴と臨床的応用を検討した近藤

    (2006)、非行少年に見られる自傷行為の理解について調べた門本(2006)などのいずれの研究も、家庭裁判所の調査官や鑑別所の法務技官によるものである。 そもそも問題行動の生徒は、週1回の面接という普通の心理臨床

    の枠組みに納まることが困難である。相談があると申し出て相談室

    を訪れることがほとんどなく、相談室を訪れる理由が、授業をさぼ

    神戸大学大学院人間発達環境学研究科研究紀要 研究論文

    第5巻第2号 2011

    スクールカウンセリングにおける問題行動生徒への対応 ―生誕物語を語り聴かせることの意義について―

    A study on interventions of school counselor on school delinquency students

    of junior high school―meaning of telling students of their birth stories―

    吉田 圭吾*

    Keigo YOSHIDA*

    Abstract:Purpose of study is to develop interventions of school counselor on school delinquency students of junior high school on the basis of the theory of Françoise Dolto. Dolto(1987) is a psychoanalyst who worked at child care institutions and treated many children who was brought up at failed families. They could not have enough self-esteem to develop foward-looking constructive self because they thought they were come from couple on bad terms. Dolto proposes that if mother or father tell their child his roots with words humanly, child encounters in that story naive parent(s) and he can feel for the first time his parent(s) on equal terms. When he hears that father’s sperm and mother’s ovum meets and fertilize, he feels himself a fruit of love and at the same time he realizes he feels himself a subject who wants to be born. Three cases of male school delinquency students show that if school counselor intervenes ,at the timing of problem behavior appearing, to persuade mother to tell son’s birth story or school counselor himself tell student his birth story on be half of his parents, students begin to rely on people around them and their delinquencies improve gradually. But mothers tend to feel difficulty to remember the former husbands because of the unpleasant memories and feelings of hatred around the period of devorce. Keywords :school counseling, school delinquency, birth story, parent-infant relationship

    * 神戸大学大学院人間発達環境学研究科准教授

    2011年9月30日 受付2011年月 日 受理*  神戸大学大学院人間発達環境学研究科准教授

    2011年9月30日 受付 2012年1月16日 受理( )

    神戸大学大学院人間発達環境学研究科 研究紀要第5巻第2号 2012                

    Bulletin of Graduate School of Human Development and Environment Kobe University, Vol.5 No.2 2012

    スクールカウンセリングにおける問題行動生徒への対応―生誕物語を語り聴かせることの意義について―

    A study on interventions of school counselor on school delinquency studentsof junior high school

    ―meaning of telling students of their birth stories―

    吉田 圭吾*

    Keigo YOSHIDA *

    研究論文

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    って相談室にいたいなど、教師や中学側が怠惰な理由とするような

    動機で相談を受けようとすることが多く、たとえ面接をしても遊ん

    だりカウンセラーをからかったりして時間を過ごしやすい。また、

    問題行動の生徒はその日の気分で雰囲気が異なり、ある週に家庭の

    悩みを相談できたとしても、次の週は友だちと夜遊びしたことを面

    白おかしく話すだけに終始したり、あるいは相談をすっぽかしたり

    することも多い。あるいは1週間の間に暴力事件などの行動化を起

    こし、生徒指導の対象となったり警察にいたり鑑別所に入ったりな

    ど、心理面接が中断されることも起こりやすい。そもそもこのよう

    なことが起こりやすい問題行動の生徒に対して、学校側もスクール

    カウンセラーの対応は手ぬるく映りやすく、スクールカウンセラー

    に任せても生徒を甘やかすだけで生徒のためにならないと判断しや

    すい。 このように、心理相談に適応しにくいとされる問題行動や非行の

    生徒に対して、スクールカウンセラーが介入する方法を研究する必

    要性が高まっている。このような状況の中で、筆者は、フランスの

    精神療法家であるフランソワーズ・ドルトの理論に基づいて問題行

    動の生徒に対処する方法を見出した。 2. フランソワーズ・ドルトの理論 フランソワーズ・ドルトはフランスの精神分析家・精神療法家で、

    主に児童養護施設での精神療法に携わる中で、様々な破たんした家

    庭で育った児童の精神病的な問題に取り組んできた。その研究の中

    で、親が子どもに、子どもの存在の起源についての話を人間的に言

    葉で語ることの重要性を指摘した(Dolto.F,1987)。母親が子どもを産んだ後に、様々な理由で子どもを手放さざるをえない状況になる

    ことが多いが、子どもにとっては、今自分をきちんと育ててくれな

    い母親が、なぜ自分を産んだのかということについていろいろな想

    像をしてしまう。その想像は、「自分を産みたくなかったのではない

    か」などのネガティブなものになりやすく、子どもの1次的ナルシ

    シズムが傷ついてしまう危険性があるのである。そこで母親が、し

    っかりと言葉で、自分が父親に当たる男性と出会い、その人との関

    係の中で性的に結合し、ふたつの細胞の出会いの中で、赤ちゃんが

    生きた母親の体の中に宿ったことを説明することで、子どもは自分

    の1次的ナルシシズムが満たされるというのである。 『子どもの無意識』の中でDolto,F が挙げているケースは、ある外科医と女子医学生との間に産まれた息子で、バカンスの間に戦争

    が勃発し、両親はフランスに残り、子どもは母親の家族に引き取ら

    れた。父親は戦争に招集され、母親はインターンとしてパリに取り

    残された。この離別により父母の婚姻関係は破綻し、離婚した。外

    科医は戦地から戻ってきて、別の女性と出会い、父母の間に憎しみ

    はなかった。子どもは6年間の別離の後、パリの両親のもとに引き

    取られ、一度親子3人で食事をした後、父親は別の女性の元に帰っ

    ていき、翌日戻ってきて両親の離婚について子どもに語った。母親

    は恨みを持たずに離婚したことをはっきり子どもに伝えた。また父

    親とはいつでも会いたい時に会えることを伝えた。子どもは母親と

    暮らし学校に通い勉強をするようになるが、どこか母親に対しては

    冷淡で、父親が訪ねてくるとおしゃべりになることが続き、母親は

    悩んでいた。 ある日母親が子どもに、どうして私になつかないのか尋ねると、

    子どもは、「僕にはお父さんもお母さんもいたのにどうしてここにい

    るのかわからない」と言った。子どもは母親の叔母や従姉妹たちを

    母親と思い、母親の祖父を父親と理解していた。母親は子どもにと

    って自分が無に等しいことに打ちひしがれていた。Doltoは母親に、≪自分が子どもの母親であること≫の意義を言葉で説明した方がい

    いとアドバイスした。「私のお腹の中から産まれたと、あの子に言わ

    なければならないのですか?」「もちろんそうです。しかし彼はうす

    うす気づいているに違いありません。彼に言ってやってください。

    あなたと彼の父親が仲がよかったということ、彼はあなた方ふたり

    から、つまりあなた方ふたりの性的結合から産まれたということを。

    そしてこれが、彼があなたの息子となり、彼が父親の息子となった

    理由であることを。そう言ってやらなければ、あなたが彼を育てて

    もらったあなたの親族から引き離したわけを、彼は決して理解しな

    いでしょう。」 ある日、母親は息子に言った。「あなたがあそこに戻りたがってい

    るのはわかっている。私もよく考えてみた。でも、その前に、なぜ

    私が、私だけがあなたの母親なのか、あなたに知ってもらいたいの

    よ。」それで彼女は性的結合について彼に説明し、二つの細胞の出会

    いの中で、彼が生きた彼女の中に宿ったことを話した。この理由の

    ために、彼女は彼の父親ともども、彼に対して責任があると感じた、

    と説明した。しかし彼の自由を拘束したくないので、彼が本当に戻

    りたければ、止めはしないとはっきり言った。こういう話を彼にし

    ている間、息子は母親を見ずに、ただ機械的に雑誌をめくっていた

    が、突然雑誌を放りだして、彼女にわっと抱きつき、「じゃあ、あな

    たは僕のお母さんだ。小さな、小さな、かわいそうなお母さんだ。

    あの人は僕の小さな、小さな、かわいそうなお父さん。僕はお父さ

    んとお母さんが好きだ。あそこへは戻らないよ。」 このように、子どもに自分の起源のことを、絵に描いたり体に触

    れたりせずに、人間的に言葉だけで示してみせると、突如、≪とて

    も小さな、小さなかわいそうな両親≫が出現するとDolto は述べている。彼にとっての生物的な両親とは、情動的な育ての両親と異な

    るものなのである。子どもは、親に次いで今度は自分が父親になり

    母親になっていくためには、思春期の頃からは自ら主体としてこの

    ように、両親と同等であると感じることができなければならない。

    そしてこのような同等さは、原光景にゆだねられて、すなわち単に

    自分が両親の欲望の結果ということではなく、両親の子どもとなっ

    た主体の欲望にもゆだねられる。子どもには肉体関係ではなく、性

    的結合を、すなわち母親の細胞と父親の細胞の結合の中で、子ども

    が準備され、それがあなただったと説明しなければならない。そこ

    で両親の欲望は、産まれたがっている子どもの欲望と結びつくので

    ある。 息子は、産みの母親よりもうまくやりたいと母親と競争関係にな

    ったのだが、自分の誕生の起源について母親からしっかりと言葉で

    説明を受けたことで、産みの母親が、自分が産まれた時にまだ子ど

    もにすぎなかったことを知り、母親を対等に感じることができて、

    母親を深く愛することができるようになったのである。すなわち、

    自分が産まれるためにその母親を選んだことを直感的に理解したの

    である。 このように、ドルトは、子どもが母親や父親に、自分が産まれる

    ことになった起源について、人間的に言葉できちんと説明してもら

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    うことで、話の中でまだ子どもが初々しい両親と出会い、両親と初

    めて対等であると感じる経験を持つことができる。その時に、「ああ、

    お母さんも喜怒哀楽のあるいたいけな一人の小さな可哀想な(poor)健気な人だったんだ!」と気づき深い愛情を感じるようになるので

    ある。生誕の物語を聴かせてもらうことで、両親の欲望の結果、男

    女の愛の結晶としての自分と、自分=己の産まれたいという主体の

    欲望が結びつくのである。 3. 思春期の子どもにとって両親から生誕物語を語り聴

    かせてもらうことの意義 両親となるということは、ふたりの男女が性的結合をして子ども

    が産まれるという事実から発生する。しかし、親となる準備ができ

    て親となる人などまれで、子どもを妊娠し産むことで、生物学的に

    親になってから、心理的・社会的に親になるための経験を積み重ね

    て、努力して親になっていくのである。しかし、両親も一人の人間

    として未熟な心も抱えており、親の育児能力が未熟であったり、母

    性や父性も未発達の中で子育てを強行しなければならなかったり、

    人間としての未熟さや性格の不一致などで、両親が残念ながら離婚

    することも多い。 特に問題行動を呈する生徒の多くは、誕生後の家庭の安定感に乏

    しく、夫婦関係が破たんし、離婚を経過して、現在は父親と母親と

    が憎しみ合っているというような事態になっていることも多い。そ

    のような場合に、子どもは、自分が両親の憎しみの中から産まれて

    きたと誤解しているとか、自分の生誕物語について負のイメージを

    抱いていることが多い。 そのような不安定な家庭の現状の中で、重要なことは、①子ども

    が、一時的ではあっても、父親と母親が身も心も愛し合った結果自

    分が卵子と精子との結合から受精し、そして母親は自分を子宮=お

    腹で十月十日包み込み、養分を与え続けて自分を育て、出産したと

    いうことを語ってもらうこと、②両親も若いながらも悩みつつ人生

    を歩んでいる一人の自分と対等な人間であると気づくこと、③自分

    もその受精の中で世の中に主体の欲望として産まれ出ようとしたと

    いう感覚を持つこと、ということから、人生を未来に向かって生き

    ていく根本的な力を得るということである。 よって、本研究は、保護者が子どもの生誕物語を子どもに語り聴

    かせること、あるいはスクールカウンセラーが代理でその問題を語

    り聴かせることの意義を事例により検討することを目的とする。本

    研究において生誕物語とは、子どもが受胎する頃に父親と母親が仲

    がよかったこと、父親と母親が性的に結合することで、精子と卵子

    という二つの細胞が結合して、子どもが受胎し誕生したこと、子ど

    もが誕生したことを両親が心から喜んだことの三つの要素からなる

    とする。 4. 事例 まず学校との最初の契約の話し合いの中で、スクールカウンセラ

    ーの業務として問題行動の生徒も対象に入ること、スクールカウン

    セラーが関わったからといってすぐに問題行動が収まるというわけ

    ではないこと、しかし面接の結果問題行動や非行の原因の一部がわ

    かり、生徒や保護者、家庭の状況がわかることがあること、問題行

    動は、非行少年同士がつるんで集団化すると手に負えなくなるので、

    その前に個人の問題行動という初期段階で早めに対応することで重

    篤化を防げる可能性があること、何回かの面接を通して問題行動の

    個人のレベルの悪化をある程度防ぐ効果が期待されることなどを学

    校側に伝えておく。 スクールカウンセラーは問題行動生徒も対応できるという認識を、

    学校側にもってもらい、担任や学年主任、生徒指導主事に、問題行

    動生徒や保護者との面接をセッティングしてもらえないかぎり、そ

    もそも問題行動生徒に対するスクールカウンセラーの対応自体が始

    まらないのである。 事例に関してはプライバシーの保護のため、今回のテーマに関係

    のない部分については記載しないか、変更を加えて、個人が特定さ

    れない配慮をしている。 【事例1】 中学2年男子:10人弱のきょうだいのいる大家族の真中あたり。

    父親は今まで複数おり、彼は何番目かの父親の子ども。上の兄や姉

    はすでに成人しており、働いている。洗濯は上の兄、料理は姉たち

    など、家事は子どもたちで分担して行っている。 まず当該生徒が、友だちと揉めてかっとなり暴力をふるいやすい

    こと、怠学型不登校で学校に来ないこと、家が怠学型不登校の生徒

    のたまり場になりつつあるという問題行動の生徒として学年の会議

    で名前が挙がり、生徒指導の教員及び担任から本人の面接の依頼が

    あった。 スクールカウンセラー(以下SC と記載)が本生徒と会うと、彼は悪びれた様子もなく、「母親と上の兄が、お前は学校に通っている

    男の中で一番上なのだから、下に見本になるようにしっかり勉強し

    ろ」と言ってくるのがうるさいという訴えをする。本人の意向を聴

    くと、「自分は今のままで卒業してすぐ仕事に就いて好きに生きてい

    きたい」ということであった。学校は“たまに楽しい”けど、「嫌で

    たまらない、すべてが嫌」と取り付く島がない。とにかくやる気を

    出しなさいとか、頑張れとか、教師や他の生徒に言われると途端に

    嫌な気持ちになり、学校に行くのが嫌になるという。勉強は小学校

    低学年の頃から嫌いになりやる気が起こらない。末っ子が産まれる

    前から最後の父親はいなくなり、それ以来母子家庭である。自分の

    父親について SC から尋ねると、「どうも A 県にいるらしいが、詳しいことは知らない」と多少投げやりに言い放つ。その投げやりさ

    が、逆に本人の心のどこかでずっと気になっていることを伝えてい

    るように SC には思われた。彼はとにかく上の兄たちが口うるさいことがたまらなく嫌で、あれやれ、これやれと言われるとげんなり

    すると言い、家族との葛藤状態にあること、特に男としてちゃんと

    生きること、しっかり頑張ることから退いてしまっている状態が推

    測された。<ほっとできる時は?>と聞くと、「寝ている時、でも1

    週間に1度は眠れない」と言い、兄や母、同級生、教師がうるさい

    ことを言わなくなれば、自分は勉強も嫌いだから中学を卒業して仕

    事を好きにやりたいという訴えを最後にして面接は終了した。 SC としての見立ては、まっとうに生きるということに対して抵抗が存在していること、特に父親違いの上の兄と母親にいろいろ言

    われることに抵抗している節があること、自分の父親についてほと

    んど何も聞かされていない様子であること、この家庭には父親がな

    かなかいつけない父性の問題があること、などを総合して、彼が自

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    分の父親に対して自然な同一化と尊敬の気持ちを持ったことがない

    こと、そのことが男性として彼が自尊心を持ちにくいことと関連し

    ている可能性があること、彼が将来に対する前向きな見通しを持つ

    ためには、目指す目標にするにしろ、反抗して反面教師にするにし

    ろ、父親の情報を彼に与えることが必要であること、母親に対して

    ネガティブなイメージが強すぎるので、母親が生誕物語を本生徒に

    語ることで、彼が母親を対等な人間として感じる必要があることな

    どを考えた。そこで、母親と面接することで今までの経過と彼の父

    親の情報を聞き出し、可能なら母親から本生徒に、彼の父親との馴

    れ初めから、父親と母親とが結ばれ、本人を妊娠し、産み、育てて

    きたことを語り聴かせてもらえるよう依頼する方針を立てた。 担任に以上の見立てを話し母親との面接の設定を依頼し、実際に

    母親と面接すると、母親は娘のような若々しい人であった。本生徒

    との面接を報告し、彼の父親について尋ねると、本生徒と離婚する

    時に、父親への憎しみのあまり、すべての写真を焼却処分にしたと

    語った。SC は本生徒のことを思うと胸が痛くなった。<では息子さんはお父さんの顔を知らないのですね>「見せていませんから知

    らないと思います」と述べる母親の表情は元夫への憤りと憎しみに

    満ちていた。SC から、男の子には父親のイメージが大切なこと、夫婦は破たんしたら他人に戻れるが、離婚しても子どもにとって父

    親は生みの父親のままであること、男の子は自分の父親をある程度

    肯定的に感じられないと、男性としての自分を肯定的に評価するこ

    とに困難を感じて自分の未来に対して肯定的に向き合えないことな

    どを説明した。すると母親はしぶしぶではあるが、父親との馴れ初

    めからデートの仕方、結婚に至るまでの道のり、本生徒を妊娠・出

    産するまでのプロセスを思い出してくれた。SC は母親に、その一連の事実の流れを本生徒に語り聴かせてもらえないか依頼するが、

    本生徒がそのような事実に関心があるはずはないと抵抗を示した。

    しかし、SC の説得に応じて本生徒に語ってくれたところ、息子は母親の意に反して大変熱心に母親の話に耳を傾けて聞き入っていた

    らしい。 その報告を受けた SC は、年配の男性である本生徒の担任と面接し、本生徒が父親との問題を抱えていること、本人が男性としての

    プライドをどう持てるかということが大事であることなどを説明す

    ると、彼に自信を持たせるような指導をすることを約束してくれた。

    担任の熱心な働きかけによって、家でゲームばかりをしていた本生

    徒は、別室ながらも学校に登校できるようになっていき、その年の

    体育大会に参加してある種目で校内一位の記録を出して優勝したこ

    とで、クラスにも入れるようになり、怠学型不登校から脱していっ

    た。 【事例2】 中学2年男子:学校内でイライラすると同級生を殴ったり、物を

    壊したり、粗暴な行為が目立つ。教師の指導も入りにくく、ある日

    ちょっとしたことで教師を殴ってしまい、生徒指導担当と学年主任

    の判断でSCとの面接を設定。 本生徒は SC との面接に連れて行こうとするとかたくなに拒否。「うるせえ、なんでカウンセラーに俺が会わなあかんねん!なんも

    話すことないし!触るな!入らんし!離せ!」と、教育相談室の前

    で生徒指導の教師と揉み合って大騒ぎをしている。ようやくドアか

    ら無理やり相談室に引きずり込むと、SC には目もくれず、ふてくされて壁を見詰めている。教員が何か言おうとするのをSC が制止し出て行ってもらう。 <あの先生嫌いか?>「あいつ、鬱陶しい!むかつく!」とりあ

    えず、こちらから<教師を殴ったって聞いたけどどうした?>と話

    を向けると、怒りをむき出しにして何があったか話してくれる。ど

    うも他の生徒が彼を誤解していたのでそれに腹を立てて追いかけて

    いたら、通りがかった教師が追いかけられている生徒に話しかけ、

    その生徒が、何もしてないのに本生徒が追いかけてくると訴えたの

    で、教師が本生徒に『またお前か!』と言ったので、「俺は悪くない

    のに」とかっとなり教師を殴ったという。とりあえず彼の言い分を

    そのまま認めると、少し落ち着いた様子になる。 そこですぐに家族の話に入る。彼から積極的に話すことはないの

    で、ほとんど僕からの閉じられた質問に答えてもらう中で構成した

    話を総合すると、本生徒の両親は彼が幼少時に離婚しており、彼に

    は父親の記憶はない。また小学校低学年に母親を病気で亡くしてい

    る。<お母さんが何の病気で亡くなったか知っている?>(首を横

    に振る)父親の顔は一度だけ写真で見たことがあるという。父親と

    の離別、母親との死別、そして今彼の保護者である母親の両親とは

    ほとんど会話のない状態という彼の状況から考えて、SC が代理で父親と母親との出会いから結婚、彼の妊娠から出産の喜びに至る生

    誕物語を仮という形ではあるが語って聴かせた。父母は運悪く早く

    離婚という不幸に見舞われ、さらに母親の病死という苦難にも出会

    うが、父親はまだどこかに生きていること、二人の愛の結晶である

    本生徒が今ここに生きていることの大切さを話して聴かせた。 <君は幼い頃に父親と離れなければならず、それだけでも淋しか

    っただろうに、小学校に入ってから母親も亡くなってしまい、途方

    に暮れただろう。今となってはお母さんに君が産まれるまでの経緯

    を話してもらえる可能性はなくなり、お父さんに再会しなければ、

    お父さんから自分が産まれるまでの経緯を話してもらうこともでき

    ない。でも、君のお父さんとお母さんは、きっと若い頃に出会い、

    惹かれ合って愛し合い、お互い大好きな気持ちで結婚して、君を妊

    娠して、心から君の誕生を願い、お母さんが君を産んだ時には二人

    で感激の涙を流し、赤ちゃんである君を抱いて喜び、おっぱいを与

    えて君を大切に育て、君の成長を心から嬉しく思ったと思うよ。大

    人というのは幸せな時もあるけど、その幸せをなくしてしまうこと

    もあるのが現実で、悲しくも君が幼い時にお父さんとお母さんは仲

    が悪くなり離婚してしまったけど、君はお父さんとお母さんに心か

    ら祝福されて産まれたことは間違いがないと思う。本当はそれを亡

    くなったお母さんか、離れ離れのお父さんから直接聴くことが大切

    だと思うけど、今それがかなわない今、僕がそれを君に語って聞か

    せたかったので話したよ。でもいつかお父さんと再会してお父さん

    から直接本心を聞けたらいいよね。> 彼は黙って耳を傾け、時間が終了したところで部屋を後にした。

    その日の昼休みに、突然教育相談室のドアを叩く音がしたので開け

    ると、本生徒が友人4人を連れて来ており、そのうちの一人の肩を

    抱いて、「こいつも悩みがあるってさ!聴いてやってえな!」と冗談

    半分に SC に語りかけてきた様子から、関係づくりに成功した感触を得た。 それ以降何回かの面接を重ね、学校内での暴力事件が見られない

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    ことを確認して面接を終了した。 【事例3】 中1男子:落ち着きがなく、授業妨害(飛行機飛ばし)、掲示物破

    損、学校からのエスケープ、ショッピングセンター等で消火器無断

    使用などの激しい問題行動が見られ、学校も対応に困難を感じてい

    た。 まず母親が本生徒の対応に困り SC を予約する。本生徒が幼少時に両親は離婚した。母親は仕事が忙しく、祖母が母親代わりをして

    おり、母親は父親代わりで本生徒も母親には反抗しない。母親から

    見るとなぜ本生徒が暴言を吐くのか理由がわからない。祖母には「な

    んでやねん!」と偉そう。母親には学校であったことを面白おかし

    く話してくれて、おんぶにだっこをせがんできたり、まだ子どもっ

    ぽくて幼稚で可愛らしく、母親としては本生徒のことで困っている

    ことはないという。 生誕物語について聴いてみると、できちゃった結婚で、両親とも

    若くして妊娠が発覚し、父親の両親が大反対で堕ろしてほしいと懇

    願された。彼も両親が反対しているからと及び腰で、母親も押され

    て堕ろそうとするが、産婦人科の医師に『本当に堕ろしたいのか?』

    と聞かれて初めて「産みたい」という気持ちが湧き起こり、父親の

    両親にも「一人で育てる決意もあるから」と説得し、そこで結婚し

    て産むことになった。子どもを産んだことは幸せだが、結局父親は

    赤ちゃんに関心を示すことなく、母親自身にも無関心な態度に傷つ

    き、離婚を決意した。SC が、父親について子どもに面会の可能性を問うと、「(子どもが)会いたいのはわかるけど、今は会わんとい

    て、お母さん、淋しいやん。大人になったら会ってもいいからと伝

    えてある。」という。SCから見て母親はとても若々しく母親というよりは娘という印象がしたので、<今付き合っている人は?>と聞

    くと、「います」という答えであった。父親との経緯の話の内容から

    も、今彼氏がいることからも、母親に父親の肯定的な話を聞き出す

    ことは大変困難であると思われた。 そこで次に本人に面接すると、今母親が付き合っている男性に関

    する悩みがたくさん語られた。母親のことは大好きだという一方で、

    母親の付き合っている男性が気になるようで、悩んでいるわけでは

    なく、恋愛は自由だと思うけど、変に気遣いしてしまうところがあ

    るという。自分としては放っておいてほしいのだけど、遊びに誘っ

    てくれる。でも遊びにいっても気を遣うのでしんどいという話をし

    ているうちに暗くなる。そこで、自分のお父さんの話をすると、さ

    らに態度が硬くなり、憶えていないし、会いたくもないと取り付く

    島もない。何回か面接する中で、マンガやアニメの話をしたり、ト

    ランプゲームをしたりしながらも、彼の父親の話を少しずつしてい

    き、だいぶ話し慣れてきたところで、突然母親から担任に連絡が入

    り、本生徒について SC の面接を止めさせてほしいという連絡が入った。どうも本生徒が帰宅してSC との面接内容を話したところ、母親と祖母が、父親のことについて話しているらしいということが

    わかり、その話を今息子にされるのは困るという判断でそのような

    申し出をしてきたらしく、面接は中断に至った。 その後も昼休みとかに遊びに来ることはできたが、授業中の面接

    は母親と祖母の拒否ですることができず、父親の話はしないままで

    終わった。

    5. 考察 1)事例1について 本生徒は明らかな怠学傾向の生徒で、週1回の面接に乗りにくい

    側面を持っていた。担任の勧めで一度 SC の面接を受けに来たが、それ以降は自宅で友人とゲームにいそしむ楽しみを捨ててまで学校

    でSCの面接を受ける意欲に乏しかった。 しかし、母親との面接の結果、彼が生誕物語を母親から語り聴か

    されていないこと、母親による父親のイメージが大変悪く、彼もそ

    の話を聴くことで悪い父親のイメージを持ってしまっていること、

    自分の体内に流れる父親の血が“悪い血”であると意識的・無意識

    的に感じることで、本生徒が自尊心に重篤な傷を負っていること、

    そのことが自己イメージの過去・現在・未来に渡る否定の原因にな

    っていることが想定された。 そこで、SC は、母親による父親のイメージの悪さは、夫婦関係の中での夫による妻の心の傷の反映であり、その妻の立場と、息子

    の立場から見た父親のイメージは本質的には異なるであろうことを

    説明していった。夫婦は他人であり、離婚したらもう一度他人に戻

    ることはあり得るとしても、子どもと親との関係は最初から親子で

    あり、たとえ夫婦が離婚したとしても決して切れない関係なのだと

    いうことを、母親あるいは父親が理解することが、子どもの原基的

    ナルシシズムを守ることになるのである。たとえ夫婦関係は破たん

    したとしても、その夫婦関係がまだ良好な時の愛の結晶として子ど

    もを授かり、お腹の中で育て、出産し祝福されて誕生したという子

    どもの原基的ナルシシズムは、その破たんした夫婦によって守られ

    なければならないのである。これが、一度は愛し合って結ばれた男

    女二人の責任なのではないかと思われる。 事例1では、母親がその説明にある程度納得してくれたので、疑

    心暗鬼ながらも本生徒に生誕物語を語り聴かせてくれた結果、本生

    徒も自分に対して肯定的な評価もできるようになり、男性として、

    人として頑張ってみようという基本的な自己肯定感を復活させるこ

    とができて、体育大会での活躍につながった。ここには、父親役割

    としての担任の役割も大きかったと思われる。 2)事例2について 事例2では、不幸にも生みの父親とは意識がないうちに生き別れ、

    生みの母親とは病気で死別するという関係にあった。このような早

    期の離婚ケースでは、特に母親の祖父母による父親のイメージはか

    なり悪いことが多い。自分の大切な娘を、どこの馬の骨かわからな

    い男の手にゆだねざるをえない気持ち、そしてその結果子どもが出

    来てしばらくして娘がその男に裏切られて離婚せざるを得なかった

    ことを考えると、その祖父母の気持ちがわからないでもない。しか

    し、子どもの立場から考えると、たとえどんな父親であっても、自

    分の生みの親であることは変わらないのである。祖父母の立場から

    見れば最悪の義理の息子かもしれないが、子どもから見れば唯一の

    生みの父親であり、子どもからすれば、父親が自分なりの価値観で

    生きており、欠点もあるが長所もあり、尊敬できるところをひとつ

    でも持っているということが、自分の原基的ナルシシズムを構成す

    るのである。 そのような視点を祖父母が持っていれば問題ないのであるが、祖

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  • − 6− − 7−

    - 6 -

    父母があまりに娘=母親(子どもの立場から見た)に肩入れし過ぎ

    ると、孫の立場に立つことが出来ず、孫の生みの親である父親をけ

    なすことで、孫の原基的ナルシシズムを汚してしまうことがあるの

    である。そのような時に、本生徒の SC のような立場の人が、たとえ代理的な立場であっても、生徒の父親の名誉回復のために、生徒

    の生誕物語を仮にではあるが再構成することが、生徒の原基的ナル

    シシズムに部分的にでも影響を与える可能性があるのではないかと

    思う。 本事例において、どのような効果があったのかについて議論の余

    地があるが、このような代理の介入によって、本生徒の自尊心が一

    次的にでも回復したことはあるのではないか。少なくとも友だち関

    係の中では、自分の受けた相談を否定的にではなく、ある程度肯定

    的に表明することが出来たと思われる。その後もその友だちグルー

    プとも SC はある程度良好な関係を保てたのも、本生徒との最初の面接による信頼関係があったからであり、このグループがグループ

    として非行化の道を転げ落ちることを食い止められた一因にはなっ

    たのではないだろうか。 3)事例3について 本生徒も、母親の父親へのイメージが悪く、祖母の父親イメージ

    も悪かったので、そのような特徴は他の2事例と共通するが、本事

    例の特徴は、父親が、本生徒の妊娠を歓迎しなかったという、より

    根本的な早期の問題を孕んでいることである。あるいは、父親自身

    というよりは、父親の両親が世間体に過度にこだわる人たちであり、

    そのような父方祖父母に父親が反発できないような親子の関係性で

    あったことが推察される。 もし父方祖父母が妊娠に反対するとか、若すぎる二人の妊娠を快

    く思わなかったとしても、父親が父方祖父母に対して独立した人格

    をしっかり持っており、父方祖父母の妊娠に対するマイナス評価に

    ついて、父親がしっかりと異議申し立てをして、母親の妊娠を父親

    として単独で心から喜び、母親をしっかりと支えたとしたら、母親

    はここまで孤立感を感じ、自分ひとりで産み育てる決心をしなくて

    も済んだのではないかと考えられるからである。 このような、母親の妊娠を父親が快く迎えないという事態は、母

    親を深く傷つけ、父親に対する深い不信感を作り出してしまう。そ

    のような不信感は、もちろん子どもにとっても原基的ナルシシズム

    の傷を与えることになる。 そのような原基的ナルシシズムの傷を乗り越えるには、母親や母

    方祖父母にとって父親的存在がしっかり存在していることにより、

    子どもにとっての父親役割が存在することである。しかし、母親は、

    本生徒の母親として存在するというよりも、あまりにも若く、まだ

    娘としての人生を生きることが重要である時期であった。また、SCもそのような母親の気持ちに寄り添うことができなかった。その結

    果、母親は、SC が本生徒に父親の話題を持ちかけていると知った時に、父親に対する怒りや憎しみ、嫌悪感を SC にわかってもらっていないという思いが強くなり、息子に SC に関わってほしくないという気持ちを強めることで、面接は中断に至った。

    SC がもう少し焦らずに、母親の気持にも十分に焦点を当てて、本生徒との面接においても父親の話題をもう少し慎重に扱うという

    配慮をすれば、これほどの抵抗に会うこともなかったと思われる。

    4)生誕物語を母親が子どもに語ることの意義 子どもの立場では、自分が幸せな愛に溢れた親から産まれたと思

    いたい。そのような思いは、たいていの場合両親のある程度の信頼

    関係の中で、母親あるいは父親から語り聴かされる自分が産まれた

    経緯や、父母が出会って結婚に至るまでの話によって満たされる。

    これがドルトの言う原基的ナルシシズムである。原基的ナルシシズ

    ムは、実際に産まれる時の両親の歓喜を、聴覚や触覚などの原始的

    な知覚様式によって体験したものの名残のようなものである。 ところが、その後夫婦関係の変化から関係が破たんすることによ

    って、そのような原基的ナルシシズムの感覚が失われ、そのもっと

    も原初の根本的で基本的なナルシシズムの上に築かれるべき自己意

    識や性意識、自己感覚、未来に向かって前向きに歩むことに必要な

    自尊心などが、傷つけられてしまうことがある。 そのような時に、母親が息子に、「あなたは父親と仲が良かった頃

    に結ばれて、あなたが受胎したのよ。あなたが産まれた時にふたり

    でとても喜んで、必死で名前を考えたものよ。その時にふたりで付

    けた名前が今のあなたの名前よ。」と語り聴かせることによって、息

    子は無意識に原基的ナルシシズムを賦活させ、その原基的ナルシシ

    ズムの上に、自尊心や父親への尊敬の気持ち、尊敬する父に負けな

    いくらいに立派な男性になろうという前向きな気持ちを築いていけ

    る可能性に開かれるのである。 このように、問題行動生徒の場合は、離婚や不仲、死別など様々

    な要因で家庭が部分的に破たんしており、原基的ナルシシズムを一

    次的に見失っていることが明らかなことが多いので、このような介

    入が効果を発揮するのだと思う。逆に神経症的な生徒の場合、表向

    き家庭が破たんしているように見えないのに、実際は本人にもわか

    らない裏側で、夫婦関係にひずみが生じていたり、そのようなひず

    みに夫婦自身も気づいていなかったりしているような場合もある。

    そのような場合に生誕物語を語り聴かせる話をしても、逆に抵抗が

    強まったり、本心ではない偽りの語り聴かせにつながったりする場

    合もあるので、このような介入が一般的に有効かどうかは今後の研

    究にゆだねられる部分が大きい。一般的には、このような激烈な変

    化を引き起こすような介入ではなく、時間をかけて生徒や保護者の

    悩みに耳を傾けていく中で、自然に現れてきた生誕物語のテーマに

    沿って語り聞かせが自発的に生じることが望ましいであろう。

    5)生誕物語を語り聴かせることの難しさ 事例3に見られるように、夫婦関係の破綻が、妊娠発覚直後や、

    出産前に生じたような場合、強引に生誕物語の語り聴かせに誘導す

    ると、母親のトラウマとなっている心の傷をえぐるようなことにな

    りかねない。そのような場合は、父親を想起させる手筈を省き、母

    親が心から認めることのできる妊娠の喜び、産婦人科医のおかげで

    息子を産む決心をすることができた喜び(この行為こそが息子をこ

    の世にもたらした一番の功績者である)、そして息子を産んだ感動と

    歓喜の気持ちを語り聴かせることでとどめておけば、母親をトラウ

    マのフラッシュバックで苦しめてしまうようなことにならなかった

    と思われる。そのような場合は特別な注意を要すると言えるだろう。 特に、妊娠中の夫の態度による夫婦関係の悪化は、十分ありうる

    事態と言える。妊娠中の浮気などの不貞行為、夫はセックスを求め、

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    - 7 -

    妻はセックスに生理的不快を感じる不一致などの性を巡る問題、妊

    娠中の悪阻の辛さを夫が理解してくれないなどのサポートの問題な

    ど、妊娠中の揉め事の種は後を絶たない。そのような揉め事が、妊

    娠後期に改善されるのか、出産の喜びを傷つけてしまうのかは、そ

    の後の婚姻関係に大きな影響を及ぼすばかりでなく、子どもの原基

    的ナルシシズムに多大な影響を与える可能性がある。そのような場

    合は、生誕物語の語り聴かせに関しても、慎重に扱う必要がある。 6)スクールカウンセラーによる問題行動生徒への介入 問題行動生徒と1回~数回の面接で信頼関係を結ぶ方法として、生涯物語を語り聴かせることは大きな可能性がある介入だと言える。

    そもそも、問題行動(非行)生徒はスクールカウンセラーの対応の

    対象となりにくい部分がある。鑑別所や家庭裁判所、自立支援施設

    に入ってからの対応が発展することも大切なことであるが、そのよ

    うな施設に入る前に、予防的見地として、問題行動生徒の非行の悪

    化を食い止める方策が発展していくことこそが、望まれているとい

    えるのではないか。 本人や家族の了解を得て行う教育相談ではなく、とりあえず教育

    相談室のスクールカウンセラーのところに連れて行けば、どんなに

    抵抗を呈する非行生徒であっても、ある程度の成果が期待できると

    いうことであれば、中学校側にとっても、問題行動生徒をSC に対応してもらおうという動機になると思われる。そのような介入のひ

    とつの方法として、会ってすぐに家族の話に導入すること、本生徒

    の家庭の破綻の程度から生誕物語を予測すること、仮に生誕物語そ

    のものが傷つけられているわけではなくとも、幼少期の子どもの見

    捨てられ体験、大切な対象(母親や父親)を一次的にでも喪失した

    体験、あるいは死別した経験、脱サラや祖父母の死などによる家庭

    の大きな変化の体験などにより、生徒が一度は十分に愛され認めて

    もらっていた時代から、愛情が制限され認められなくなった時代へ

    の変化を承認し、その時の生徒の寂しさや怒り、欲求不満、憤りを

    言葉にしてあげることで、非行の悪化を防ぐことができるかもしれ

    ない。 6. 今後の研究展望 問題行動を呈する中学生の生徒と、数回の面接で信頼関係を結ぶ

    介入方法を検討した結果、生誕物語を実際の母親が子どもに語り聴

    かせることの可能性は示唆された。また、スクールカウンセラーが

    代理で生誕物語を語ることが、信頼関係を結ぶ介入方法としてある

    程度の効果があることも示唆された。もちろん、これは今回の事例

    に限ったことである可能性もあり、今後このような問題行動を呈す

    る事例に対して、生誕物語を語り聴かせる介入をさらに積み重ねて、

    この介入方法の効果を立証していかなければならない。 ただし、カウンセリングの原則としては、こちらから不安を喚起

    する問題を提示すると、かえって抵抗を強める危険性も示唆された。

    離婚家庭の場合は、元配偶者への否定的イメージが強すぎると、生

    誕物語を想起することへの抵抗があまりにも大きすぎることがある。

    さらに、今後対象を問題行動生徒から広げていくことを考えるなら、

    その抵抗を強める危険性は十分配慮する必要があるだろう。 生徒の生誕物語とは、SC が情報をあらかじめ持っていない大変個人的な情報を用いるため、保護者の協力が必要不可欠である。し

    かし、問題行動生徒の場合、そもそも生徒と保護者との関係が破た

    んしているとか、問題を孕んでいることが多く、協力を得ることが

    難しいこともある。事例2のように、SC 自身が、限界があるにも関わらず、代理で生誕物語と思われるものを提示する必要に迫られ

    るかもしれない。そのような場合、保護者が語り聴かせる場合と、

    SC が語り聴かせる場合とで、どのような違いがあるのかについて研究をする必要があるだろう。 事例3のように、生誕物語そのものが問題を孕んでいる場合は、

    そのまま保護者に語り聴かせを依頼するのではなく、ある程度の修

    正が必要となるだろう。父親との破たんが、妊娠直後であったり、

    出産前であったりする場合は、生誕物語の語り聴かせは母親に過度

    の負担を強いる可能性がある。また、母親がすでに別の男性と付き

    合っていたり、再婚したりしている場合も、過去のマイナス体験で

    ある、元夫とのよい体験を想起させることが、現在の彼氏あるいは

    夫との関係を損ねる可能性があるということで高まる抵抗もある。

    そのような抵抗がある場合は、SC は決して焦らず、まず保護者としっかり信頼関係を作りつつ、本人との面接を進めていく必要があ

    る。 問題行動の生徒への介入は喫緊の問題であるがゆえに、その問題

    点も踏まえながら、課題を克服していくことが重要である。 <付記>第 30 回日本心理臨床学会での発表を論文にしたものである。 引用文献 Dolto,F(1987)Dialogues Québécois. Éditions du Seuil.(小川豊昭・山中哲夫訳(1994):『子どもの無意識』 青土社.) 門本 泉(2006):非行少年に見られる自傷行為の理解 心理臨床学研究 24巻1号 pp.34-43. 菅藤 健一(2007):非行少年の描画上の変化と適応上の変化との関連について 心理臨床学研究 25巻2号 pp.197-205. 近藤 隆夫(2006):非行少年のインテーク面接時の夢の特徴とその臨床的応用につて 心理臨床学研究 23巻3号 pp.283-293. 佐藤克(2006):非行少年の対象関係をめぐる一考察 心理臨床学研究 24巻1号 pp.12-21.

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