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Kobe University Repository : Kernel
タイトルTit le
「現代のアメリカ社会におけるクイア・ポリティクスとその問題 : Hedwig and the Angry Inch の考察を通して」のその後(『21 世紀倫理創成研究』アクセス数上位論文の執筆者によるAfterthought)
著者Author(s) 沖野, 真理香
掲載誌・巻号・ページCitat ion 21世紀倫理創成研究,10:117-118
刊行日Issue date 2017-03
資源タイプResource Type Departmental Bullet in Paper / 紀要論文
版区分Resource Version publisher
権利Rights
DOI
URL http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81009824
Create Date: 2017-12-18
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拙稿「現代のアメリカ社会におけるクイア・ポリティクスとその問題―Hedwig
and the Angry Inch の考察を通して」(『21 世紀倫理創成研究』第2号 : 115-132, 2009 年)の要旨は次の通りである。「クィア(クイア)」(1)という語が異性愛規範に沿わないセクシュアリティの
人々を助けるために政治的に使用されてきた一方で、その語は、異性愛/クィアという二項対立を強固にしてきた。Hedwig and the Angry Inch (1998)で描かれる主人公 Hedwig のアイデンティティ探しのプロセスは、アメリカにおけるクィア・ポリティクスのこの問題に対し解決策を提示している。Hedwig は、冷戦期に東ドイツからアメリカに渡ってきたトランスセクシュアルのロック歌手である。Hedwig の越境的な身体は、男/女と西側諸国/東側諸国の境界を攪乱する。しかしながら、実際には、Hedwig 自身は不正義を生み出してきた社会規範に強く捉われている。Hedwig と同じ役者によって演じられる Tommy は Hedwig の分身だと考えられる。彼の Hedwig に対する拒絶は、Hedwig 自身がその両性具有的な身体を受け入れることができないことを意味している。そして、ユダヤ人のYitzhak を抑圧する Hedwig の姿は、ドイツ人でありアメリカ人でもあるHedwig の民族的優位性に基づく支配欲を暴露している。劇の終盤、Tommy を許し、Yitzhak を解放することで、Hedwig は因習的な社会規範から逃れ、自分とは何者なのかを考える必要があると悟る。Hedwig のように、現在のアメリカ社会において、自らが何者であるのかを問い、人々の間のさまざまなセクシュアリティの差異を考慮することができなければ、異性愛/クィアの二元論は打破できないままなのである。
今読み返してみると、論の凡庸さや扱っている作品への単純な誤解が目立つ実に拙い論文である。それにも関わらずこの論文が「神戸大学学術成果リポジトリ」
「現代のアメリカ社会におけるクイア・ポリティクスとその問題―Hedwig�and�the�Angry�Inch の
考察を通して」のその後
沖野真理香
21 世紀倫理創成研究 第 10 号
-118--118-
で比較的多くのアクセス数を持っているということは、Hedwig and the Angry Inch
という作品への人々の関心が反映されている証拠である。1990 年代後半にオフ・ブロードウェイで人気を博したこのミュージカル作品
は、2014 年にリヴァイヴァル作品としてオンへと進出し、約1年半に渡って上演された。現在(2017 年1月)、このリヴァイヴァル版はアメリカ各地を巡回公演している。リヴァイヴァル版では Spring Awakening (2006)や American Idiot
(2010)等の人気作品を手掛けた Michael Mayer を演出に迎えた。Hedwig 役には TV ドラマ How I Met Your Mother 等で活躍する人気俳優 Neil Patrick Harris を起用し、彼は 2014 年のトニー賞でミュージカル部門主演男優賞を受賞した。Yitzhak を演じた Lena Hall は助演女優賞を、また作品自体もリヴァイヴァル賞を受賞する快挙となった。(2)
未だオフ・ブロードウェイ版とリヴァイヴァル版を細かく比較できてはいないが、初演時から変わらず、アメリカの愛国歌“America the Beautiful”(3)を流しながら登場する Hedwig は、個人や集団の多様化・複雑化の進行するアメリカ社会を体現する存在である。そして、Hedwig はベルリンの壁に対する越境的な存在であると同時に、その壁のように境界を示す存在であると自分自身について主張した。2017 年に就任した大統領によって新たな「壁」が築かれようとしている今、その「壁」は再びあらゆる社会的二項対立に我々の目を向けさせるであろう。社会と自分の関係を問い直す大きな節目を迎えたアメリカは、Hedwig and
the Angry Inch が教訓的に示した自分探しをなぞることでよりよい社会を目指せるであろうか。それとも、我々は新しいポリティクスの登場と実践を目撃することになるのであろうか。
註(1) “queer”の日本語表記は「クイア」か「クィア」となるが、一般的には「クィ
ア」とするものが多いため、拙稿のタイトル「現代のアメリカ社会におけるクイア・ポリティクスとその問題―Hedwig and the Angry Inch の考察を通して」以外では「クィア」と表記する。
(2) 日本でも人気を博し、定期的に上演されてきた Hedwig and the Angry Inch は、最近では 2012 年の大根仁演出・森山未來主演版が話題となった。
(3)拙稿中で「アメリカ国歌」と記述しているのは、もちろん誤り。
Afterthought