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東レリサーチセンター The TRC News No.116(Mar.2013) 41 ●LC-MS/MSによる核酸医薬品の定量−アンチセンスDNAを用いた検討事例− 1.はじめに 核酸医薬品とは、核酸(DNA,RNA)が十数個~数 十個つながった鎖状の構造を持ち、遺伝子と異なりタン パク質をコードせず、核酸そのものが機能を持つ医薬品 の総称である。核酸医薬品は、「分子標的薬」であり、 疾患に関係する特定のmRNAmiRNA、タンパク質を標 的として、遺伝子発現を抑制したり、タンパク質の機能 を阻害する。 核酸医薬品は、アンチセンス、siRNA、リボザイム、 アプタマー、デコイ核酸という5つのジャンルに分類さ れ、それぞれ作用機序に特徴を有し、最先端のバイオ医 薬品として、がんやウイルス感染症を始め、様々な治療 薬の開発が行われている。なお、アンチセンス及びアプ タマーに関しては既に上市されている。 ところで、核酸医薬品の作用を知るうえで、従来の医 薬品同様、その体内動態(吸収、分布、代謝、排泄)を 把握することは重要である。その分析手法としては、汎 用性の高いLC/MS/MS法が有効である。また、確立さ れた方法は、各種の合成核酸化合物の純度分析にも展開 することが可能である。 本稿では、癌原遺伝子であるC-mycの修飾アンチセン ス(AS C-myc、分子量4857)を核酸医薬品のモデルと し て、FDA BMVBioanalytical method validation)ガ イダンスに従い、ヒト血漿中定量法の検討を行った事例 を紹介する。 2.分析条件 2.1 AS C-mycの特徴及び内標準物質について AS C-mycは、生体内に存在する各RNA分解酵素に対 する抵抗性を高める目的で、3'位のリン酸基の1つの水 酸基(-OH)を、イオウ基(-S)で置換した、15 merオリゴヌクレオチドである(図1参照)。したがって、 AS C-mycは未修飾のオリゴヌクレオチドと比較して脂 溶性が高いことから、内標準物質には、AS C-mycより 塩基長が長く、未修飾の29 merオリゴヌクレオドを用い た。 2.2 前処理条件 フェノール-クロロホルムによる古典的な液-液抽出 法の検討を実施した。前処理工程を下記に示す。 2.3 MS/MS条件 AS C-mycの標準溶液を負イオン検出ターボイオンス プレー法によりMS測定した結果を図2に示す。検出され た多価イオンの中から、最も安定して検出された8価の イオン([M-8H] 8︲ m/z 606)をプレカーサーイオンと し、プロダクトイオンスキャンを実施した。 図2 AS C-mycのプレカーサーイオンスキャン 2.4 LC条件 イオンペア―逆相クロマトグラフィー(以下IP- LC-MS/MSによる核酸医薬品 の定量−アンチセンスDNA を用いた検討事例− 薬物動態研究部 安田 周平 図1 AS C-mycの構造

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Page 1: LC-MS/MSによる核酸医薬品 の定量−アンチセンスDNA を用 …...42・東レリサーチセンター The TRC News No.116(Mar.2013) LC-MS/MSによる核酸医薬品の定量−アンチセンスDNAを用いた検討事例−

東レリサーチセンター The TRC News No.116(Mar.2013)・41

●LC-MS/MSによる核酸医薬品の定量−アンチセンスDNAを用いた検討事例−

1.はじめに

 核酸医薬品とは、核酸(DNA,RNA)が十数個~数十個つながった鎖状の構造を持ち、遺伝子と異なりタンパク質をコードせず、核酸そのものが機能を持つ医薬品の総称である。核酸医薬品は、「分子標的薬」であり、疾患に関係する特定のmRNAやmiRNA、タンパク質を標的として、遺伝子発現を抑制したり、タンパク質の機能を阻害する。 核酸医薬品は、アンチセンス、siRNA、リボザイム、アプタマー、デコイ核酸という5つのジャンルに分類され、それぞれ作用機序に特徴を有し、最先端のバイオ医薬品として、がんやウイルス感染症を始め、様々な治療薬の開発が行われている。なお、アンチセンス及びアプタマーに関しては既に上市されている。 ところで、核酸医薬品の作用を知るうえで、従来の医薬品同様、その体内動態(吸収、分布、代謝、排泄)を把握することは重要である。その分析手法としては、汎用性の高いLC/MS/MS法が有効である。また、確立された方法は、各種の合成核酸化合物の純度分析にも展開することが可能である。 本稿では、癌原遺伝子であるC-mycの修飾アンチセンス(AS C-myc、分子量4857)を核酸医薬品のモデルとして、FDA BMV(Bioanalytical method validation)ガイダンスに従い、ヒト血漿中定量法の検討を行った事例を紹介する。

2.分析条件

2.1 AS C-mycの特徴及び内標準物質について AS C-mycは、生体内に存在する各RNA分解酵素に対する抵抗性を高める目的で、3'位のリン酸基の1つの水酸基(-OH)を、イオウ基(-S)で置換した、15 merのオリゴヌクレオチドである(図1参照)。したがって、AS C-mycは未修飾のオリゴヌクレオチドと比較して脂溶性が高いことから、内標準物質には、AS C-mycより塩基長が長く、未修飾の29 merオリゴヌクレオドを用いた。

2.2 前処理条件 フェノール-クロロホルムによる古典的な液-液抽出法の検討を実施した。前処理工程を下記に示す。

2.3 MS/MS条件 AS C-mycの標準溶液を負イオン検出ターボイオンスプレー法によりMS測定した結果を図2に示す。検出された多価イオンの中から、最も安定して検出された8価のイオン([M-8H]8︲、m/z 606)をプレカーサーイオンとし、プロダクトイオンスキャンを実施した。

図2 AS C-mycのプレカーサーイオンスキャン

2.4 LC条件 イオンペア―逆相クロマトグラフィー(以下IP-

LC-MS/MSによる核酸医薬品の定量−アンチセンスDNA

を用いた検討事例−薬物動態研究部 安田 周平

図1 AS C-mycの構造

Page 2: LC-MS/MSによる核酸医薬品 の定量−アンチセンスDNA を用 …...42・東レリサーチセンター The TRC News No.116(Mar.2013) LC-MS/MSによる核酸医薬品の定量−アンチセンスDNAを用いた検討事例−

42・東レリサーチセンター The TRC News No.116(Mar.2013)

●LC-MS/MSによる核酸医薬品の定量−アンチセンスDNAを用いた検討事例−

RPC)によるLC条件検討を実施した。核酸分析におけるIP-RPCの特徴は、リン酸基が解離して生じる陰イオンに対して、カウンターイオンを提供する試薬(アミン系等)を移動相に添加することでイオンペアを形成させ、疎水性相互作用による逆相分配を利用し保持・分離することが挙げられる1︶。

2.5 評価項目

 2.1から2.4に記載した方法を用いて、ヒト血漿中のAS C-myc濃度測定を実施した。評価項目及びLC/MS/MS条件を下記に示す。

︵1︶ 検量線の直線性 ヒト血漿に標準溶液を添加して4.00~2000 ng/mLの検量線用試料を調製し、直線性を確認した。 ︵2︶ 日内再現性 3濃度水準のヒト血漿QCサンプル(LQC:10.0 ng/mL、MQC:100 ng/mL、HQC:1600 ng/mL)を調製し、真度(% Nominal)及び精度(% CV)を確認した。

LC/MS/MS分析条件HPLC:LC1100 seriesTM(Agilent)  Column:ProtecolTM-PC18 HPH125

   5 µm, 2.1 mm I.D.×150 mm

  Mobile phase A:2.85 mM TEA and 100 mM HFIP*

*1,1,1,3,3,3-Hexafluoro-2-propanol

  Mobile phase B:methanol

  Flow rate:0.15 mL/min

LC Time program:  Gradient method

Mass spectrometer:4000QTRAP(AB Sciex)  Ionization mode:Turbo ion spray︵Negative︶

  Ionization voltage:-4.0 kV

  Turbo probe temp.:600℃

  Monitor ion:

   AS C-myc m/z 606 → m/z 95

   IS︵29 mer oligonucleotide︶ m/z 892 → m/z 79

3.測定結果

 4.00~2000 ng/mLの範囲において、濃度とピーク面積の間に直線関係が認められた。また、3濃度水準のヒト血漿QCサンプルを用いて、日内再現性を確認した結果、真度(% Nominal)は±15%以内、精度(% CV)は15%以内と良好であった。% Nominal及び% CVは以下の式から計算した。血漿QCサンプルの日内再現性の結果を表1に示す。代表的なクロマトグラムを図3に示す。

% Nominal= 実測値の平均値

基準値 ×100

  % CV=   標準偏差   実測値の平均値

×100

表1 日内再現性の結果

図3  MQC(100 ng/mL)クロマトグラム

4.まとめ

 LC-MS/MSによるヒト血漿中AS C-mycの定量法について紹介した。既にsiRNAやmiRNAの分析法開発にも着手しており、本手法が汎用性の高い方法であることが明らかになりつつある。miRNAは、臓器によって発現プロファイルが大きく異なり、正常時と疾患時において発現が異なっている。近年、血中においてmiRNAが安定して存在することが報告されている2︶ことからも、バイオマーカーとしての期待が高まっている。今後、核酸系化合物をバイオマーカーとして評価する系の構築が求められることが予想される。

5.参考文献

1) P. Deng et al.:J. pharm. biomed. Anal, 52, 571, (2010)

2)Gilad, S. et al.:PLoS One, 3, e3148(2008).

■ 安田 周平(やすだ しゅうへい) 薬物動態研究部 薬物動態研究室

趣味:バレーボール