lte向けベースバンドlsi express card端末開発への取組み

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FUJITSU. 62, 4, p. 420-424 07, 2011420 あらまし 富士通は,次世代の高速通信方式であるLTE Long Term Evolution)に対応する Express Card端末を開発した。 本端末はNTTドコモ様の提供するLTEサービス「Xi」(クロッシィ)に供される。最大で 75 Mbpsのダウンロード速度を実現しており,従来の第3世代移動端末性能と比較して 10倍以上の通信速度を提供する。飛躍的な通信性能向上をカード状の端末として実現す るために,端末の消費電流増加や内部温度上昇への対応,複数のアンテナや複数のLSI搭載といった課題を克服した。本端末に搭載したLTEベースバンドLSIは,今後開発され る様々な機種に対してもLTE通信の基本機能を提供するLTE通信プラットフォームとし て開発したものである。 本稿では,LTEベースバンドLSIの特徴とExpress Card端末の主要開発技術と今後の 方向性について紹介する。 Abstract Fujitsu has developed Express Card, a device for Long Term Evolution (LTE) systems. This device is provided for NTT DOCOMOs LTE system (called Xi), and it achieves a downlink speed of up to about 75 Mbps, which is more than ten times faster than the existing systems. In order to achieve a high data transmission rate with a device that is in the form of a card, state-of-the-art technologies have been applied such as current consumption reduction with thermal release technologies or breakthroughs in techniques for installing multiple antennas and LSIs onto a small and thin circuit board. This device uses an LSI developed as a communication platform which provides a fundamental communication function for future mobile devices for LTE systems. This paper also touches on several aspects of this communication platform and its future direction. 丸尾延秀   五月女 誠 LTE 向けベースバンド LSI Express Card 端末開発への取組み Development of LTE Baseband LSI and Express Card for Mobile Devices

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FUJITSU. 62, 4, p. 420-424 (07, 2011)420

あ ら ま し

富士通は,次世代の高速通信方式であるLTE(Long Term Evolution)に対応するExpress Card端末を開発した。本端末はNTTドコモ様の提供するLTEサービス「Xi」(クロッシィ)に供される。最大で

約75 Mbpsのダウンロード速度を実現しており,従来の第3世代移動端末性能と比較して10倍以上の通信速度を提供する。飛躍的な通信性能向上をカード状の端末として実現するために,端末の消費電流増加や内部温度上昇への対応,複数のアンテナや複数のLSIの搭載といった課題を克服した。本端末に搭載したLTEベースバンドLSIは,今後開発される様々な機種に対してもLTE通信の基本機能を提供するLTE通信プラットフォームとして開発したものである。

本稿では,LTEベースバンドLSIの特徴とExpress Card端末の主要開発技術と今後の方向性について紹介する。

Abstract

Fujitsu has developed Express Card, a device for Long Term Evolution (LTE) systems. This device is provided for NTT DOCOMO’s LTE system (called Xi), and it achieves a downlink speed of up to about 75 Mbps, which is more than ten times faster than the existing systems. In order to achieve a high data transmission rate with a device that is in the form of a card, state-of-the-art technologies have been applied such as current consumption reduction with thermal release technologies or breakthroughs in techniques for installing multiple antennas and LSIs onto a small and thin circuit board. This device uses an LSI developed as a communication platform which provides a fundamental communication function for future mobile devices for LTE systems. This paper also touches on several aspects of this communication platform and its future direction.

● 丸尾延秀   ● 五月女 誠

LTE向けベースバンドLSIと Express Card端末開発への取組み

Development of LTE Baseband LSI and Express Card for Mobile Devices

FUJITSU. 62, 4 (07, 2011) 421

LTE向けベースバンドLSIとExpress Card端末開発への取組み

Express Card端末の開発に際して適用した先端技術の一端を紹介するとともに,今後の技術開発の方向性について述べる。

LTE通信プラットフォーム

日々進化する通信性能に対応しながらタイムリに端末装置を市場に投入するためには,通信プラットフォーム戦略が重要となる。今回開発したLTE通信プラットフォームは,

LTEに加え,すでに国内外の商用サービス網で提供されているW-CDMA(Wideband Code Division Multiple Access) 方 式 とGSM(Global System for Mobile Communications)の合わせて三つの通信方式に対応している。本開発では開発スケジュール,開発効率を重視し,新規開発となるLTE専用のベースバンドLSIと既存のW-CDMA/GSM対応のベースバンドLSI(以下,3G/2G用LSI)を組み合わせるコンパニオン構成を採った。また,組み合わせて使用するRF-LSIとして富士通セミコンダクタが開発した,MB86L10Aを採用している。

LTE通信プラットフォームの構成を図-1に示す。

LTEベースバンドLSI

LTEベースバンドLSIは,LTE通信プラットフォームを実現するための中心部であり,以下の

LTE通信プラットフォーム

LTEベースバンドLSI

ま え が き

携帯電話のサービスは,音声通信から,メール,写真伝送,動画配信などへと発展し,パケット通信の使用量は飛躍的に増大の一途をたどっている。2010年末からは,100 Mbpsの高速データ通信も可能にするLTE(Long Term Evolution)規格を採用し,最大75 Mbpsでの高速通信サービスなどを提供するサービスがNTTドコモ様(以下,NTTドコモ)より「Xi」(クロッシィ)(注)の名称で始まっている。また最近になって爆発的な広がりを見せるスマートフォンにおいては,常時接続が当たり前の利用シーンとなっている。このような本格的なブロードバンド時代に向けて,富士通はLTEに対応したExpress Card端末F-06Cを開発し,2011年4月よりNTTドコモへの納入を開始した。F-06Cには,NTTドコモ,NECカシオモバイルコミュニケーションズ,パナソニック モバイルコミュニケーションズと富士通が共同開発したLTE通信プラットフォームを搭載している。本稿では,LTE通信プラットフォームの心臓部であるLTEベースバンドLSIの仕様,および

ま え が き

(注) 「Xi」,「Xi/クロッシィ」は,株式会社NTTドコモの商標または登録商標です。

3G/2Gベースバンド

CCPU周辺回路

SDR/FLASHメモリ

SDRメモリ

電源回路

アンテナ

メモリBus

メモリBus

Dig-RF V3Dig-RF V4

汎用Bus-IF

アンテナ

LTEベースバンド

周辺回路UPP

LTE通信プラットフォーム

PC

AC-IFアプリケーションCPU

USB2.0

LTEベースバンドLSI(コンパニオン)

3G/2G用LSI(既存)

RF-LSI

図-1 LTE通信プラットフォームFig.1-LTE platform.

FUJITSU. 62, 4 (07, 2011)422

LTE向けベースバンドLSIとExpress Card端末開発への取組み

(3) キャリア周波数本LSIはキャリア周波数として,最大五つの周波数帯をサポート可能であり,適切な高周波LSI(RF-LSI)と組み合わせることで世界の主な市場に対応することが可能となっている。(4) システム帯域標準規格に準拠した1.4 MHz~ 20 MHz幅に対応しており,各通信事業者のサービス運用に合わせて柔軟に対応が可能である。(5) MIMO受信性能を向上するための手法として2×2,お よ び4×2のMIMO(Multiple Input Multiple Output)に対応した受信機能を搭載し,MIMO処理アルゴリズムを最適化することで回路規模を増大させることなく,性能を確保している。(6) RF-LSIインタフェース

MIPI Dig-RF(ver.4)に準拠したRF-LSIインタフェースを採用している。RF-LSIとベースバンドLSI間を高速シリアルインタフェースで接続することで,信号線本数の削減とノイズ耐性を向上している。標準規格を採用したことで,複数のベンダが提供するRF-LSIとの接続も可能である。(7) Inter-RATハンドオーバ対応既存の3G/2G用LSIとの組合せによりLTEと従来の二つの通信方式(3G/2G)の間のハンドオーバをサポートしている。ユーザに通信方式の切替わりを意識させないスムーズな動作が可能である。(8) CS-Fall Back対応従来の音声サービス(CS呼)とLTE網が混在している環境下で,LTE通信時の音声サービスの実現のためLTE通信を中断し,CS呼に切り替える機能をサポートしている(CS-Fall Back方式)。本LSIはCS-Fall Back機能をサポートしている。

(9) 汎用バスインタフェース(Bus-IF)本LSIは,既存の3G/2G用LSIにアドオンする形のコンパニオンLSIの構成を採る。既存ベースバンドLSIとのBus-IFとしては32ビット汎用メモリインタフェースを採用しており,各種の3G/2G用LSIと接続することが可能である。(10)消費電流回路規模,内蔵メモリが増大するにつれ,LSI内部のリーク電流は増加する。本プラットフォームでは電源グループを細分化してきめ細かく制御す

特徴を持つ。LTEベースバンドLSIの主要諸元を表-1に示す。

(1) 伝送性能本LSIは,端末用としてLTE-Category3に準拠しており,最大伝送速度は下り回線:100 Mbps,上り回線:50 Mbpsの能力を有する。プラットフォーム全体としてのスループットは,下り回線:93 Mbps,上り回線:42 Mbps(実際の利用環境を加味した接続状態下)での動作を確認している。

PCとの接続は既存の3G/2G用LSIを経由してUSBインタフェースで接続している。既存LSIの最大伝送能力は,下り回線:7.2 Mbps,上り回線:5.7 Mbps用に設計されており,性能のボトルネックが懸念されたが,LTEベースバンドLSIでの処理負荷の最適化を行うことで,目標のスループット性能を実現している。(2) 無線アクセス方式

LTEでは従来の3Gで採用していたW-CDMAとは異なる無線アクセス方式を採用している。下り回線にはOFDM(Orthogonal Frequency Division Multiplexing)を採用することにより,高速伝送と周波数の利用効率の向上を実現している。

表-1 LTEベースバンドLSIの主要諸元項 目 下り回線 上り回線

最大伝送速度 100 Mbps 50 Mbps無線アクセス方式 OFDM SC-FDMA変調方式 64QAM 16QAMDuplex FDDキャリア周波数帯 最大5バンドをサポート

システム帯域幅 1.4 MHz,3 MHz,5 MHz,10 MHz,15 MHz,20 MHz

基地局送信アンテナ 1,2,4受信アンテナ 1,2

MIMO 2×2,4×2対応 SU-MIMO Precodingあり

code word 1または2受信ダイバシティ 2ブランチアンテナダイバシティACPU-IF 汎用メモリインタフェース

RF-IF MIPI Dig-RFv4 準拠

Inter-RAT対応

LTE⇔3G:Reselection/Redirection,PS H.O.LTE→2G:Reselection/RedirectionLTE←2G:Reselection/Redirection(CS)

音声対応 CS-Fall Backサポート LTE→3G,LTE→2G

* Express Card端末の主要緒元とは一部異なる。

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LTE向けベースバンドLSIとExpress Card端末開発への取組み

ることで,リーク電流低減を実現している。(11)パッケージサイズ

12 mm×12 mmのBGAパッケージに搭載し,ピン数削減のために,機能の多重化に加えて,電源・グランド線の端子配置最適化を行い,320ピンとしている。

Express Card端末の開発

LTEデータ端末の開発に際して,PCインタフェースの選定,端末の小型・薄型化,消費電流の低減と装置温度上昇の抑制などの課題を解決する必要があった。開発のキーとなった技術的課題と解決策を以下に述べる。(1) PCインタフェースの選定

PC接続型のデータ端末を開発する上で,PCに標準搭載されているインタフェースに接続可能な構成を採る必要がある。消費電流低減や小型化に課題のある無線LANなどの無線型インタフェースや,通信速度の高速化を考慮した場合に電流供給面(最大500 mA@5 V)で課題の残るUSB規格ではなく,PC拡張カードインタフェースの最新動向を踏まえて,Express Card型を採用した。なお,PCカードスロットのみを搭載する既存PCにも対応できるよう,PCカード変換アダプタもオプションとして製品化している。(2) 端末の小型・薄型化

LTEでは,高速データ通信を実現するためにMIMO通信方式を採用している。このため,通常のメインアンテナに加えてサブアンテナの搭載が必要となる。2本のアンテナを空間効率良く配置するとともに,MIMOの特性を担保するためにメインアンテナとサブアンテナ間の特性の相関を低く抑える必要があり,筐体電流を最適にコントロールするための新技術を採用して良好な通信特性と,両アンテナ間隔の短縮による装置小型化の両立を実現した。F-06Cの外観を図-2に,主要諸元を表-2に示す。また,採用したLTE通信プラットフォームには,従来の3G/2G用LSIに加え,コンパニオンチップとしてLTEベースバンドLSIを追加搭載する必要があるため,近年モバイル製品に採用しているBGAパッケージの両面実装を適用し,さらにプリント板反りによる端子浮きを予防するアートワーク技術を

Express Card端末の開発

適用することで,高密度・低背高の実装を実現した。さらに,本カード端末では,外部アンテナを用いなくても十分な通信性能が得られるように内蔵アンテナの特性確保を行った。具体的には,・内蔵アンテナの利得向上・カード端末本体から輻

ふく

射され,アンテナ経由で混入する雑音(ノイズ)成分の抑止

・PC本体から輻射され,アンテナ経由で混入する雑音(ノイズ)成分の抑止などの対策を施している。これらの対策により,OTA(Over The Air:アンテナ特性を合わせた総合無線性能)で,所要の性能を満足するとともに,外部アンテナ接続用のコネクタを不要とすることで,カード形状での実装を実現している。(3) 消費電流の低減

Express Card規格で供給できる電流容量で動作可能とするため,主電源(1.0 A@3.3 V)と副電源(500 mA@1.5 V)の2系統の電源の内,昇圧処理

表-2 F-06Cの主要諸元形 状 Express Card型/34型

高さ×幅×厚さ115.0×34.0×5.0 mm※最厚部10 mm

質 量 約35 g最大通信速度 受信:75 Mbps/送信:25 Mbps国際ローミング 3G,GSM

図-2 F-06CFig.2-F-06C.

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LTE向けベースバンドLSIとExpress Card端末開発への取組み

合には,アプリケーションプロセッサを接続し,LTEベースバンドLSIと3G/2G用LSI,各種周辺デバイスを搭載することで実現することができる。さらに端末の小型・薄型化に対し,多数のLSIをより効率的に実装する必要があり,複数LSIを高密度にパッケージ化する技術の開発も進めている。今後のLSIプロセステクノロジは,より微細化が進みLSIの更なる高密度化が可能となる。最先端の半導体技術を適用することで,LTEおよび3G/2Gの機能を1チップ化し,さらなる低コスト化・小型化・低消費電力化を進めることが重要になる。また,LTEの後継システムであるLTE-Advancedシステムでは1 Gbpsの超高速通信が提供される。飛躍的な性能向上を実現するために,要求される処理能力にスケーラブルに対応できるアーキテクチャの検討などを進めていく予定である。

む  す  び

本稿では,100 Mbpsの高速データ通信を提供するLTE通信方式に対応した通信プラットフォームと,それを適用したExpress Card端末について紹介した。今後は,超高速通信の本命となるLTE-Advanced方式対応の通信技術を実現するため,今回の開発において得られた成果と課題を生かし,通信プラットフォームの開発と移動端末製品の開発を進めていく。

む  す  び

の不要な主電源からの電力供給を採用することとした。以下の電流低減策を施すことで,規格内の950 mA以下に消費電流を抑え込むことに成功した。・各動作ブロックの消費電流に合わせた最適電源の割当て(電源系統の最適化)

・通信中に最も電流を消費する高周波電力増幅器(Power Amplifi er)の電源電圧を通信モードに応じて動的に制御することで電力効率を改善

(4) 装置温度上昇の抑制カード端末の温度上昇を抑えるために,詳細な熱解析シミュレーションを実施し,試作設計の前段階での部品配置の最適化,局所高温部への熱拡散シートの採用などを行うことで,カード端末表面での温度上昇の抑制を実現した。

今後の方向性

今回の開発では,LTE通信プラットフォームを従来の3G/2G用LSIとLTEベースバンドLSIを組み合わせて使うコンパニオンチップ構成で実現した。当面は,LTEをサポートする端末とLTEをサポートしない端末が混在すると考えられることから,コンパニオンチップの有無によって柔軟にサポートする方式を変更できる構成が有効であると考えられる。また,今回紹介したLTE対応のカード端末は,いわゆるアプリケーションプロセッサを搭載する必要はないが,ハンドセット端末を構成する場

今後の方向性

丸尾延秀(まるお のぶひで)

アクセスネットワーク事業本部次世代プラットフォーム開発統括部 所属現在,携帯電話の次期プラットフォーム開発に従事。

五月女 誠(さおとめ まこと)

モバイルフォン事業本部先行開発統括部 所属現在,データ通信端末の開発および先行要素技術開発に従事。

著 者 紹 介