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No.07-5 日本機械学会熱工学コンファレンス 2007 講演論文集〔2007.11.23-24, 京都〕 Copyright©2007 社団法人 日本機械学会 Fig. 1 Miniature gas chromatography developed by Terry et al. 2) . マイクロ熱流体システム ~熱工学と MEMS の接点~ Micro Thermo-fluids System – Contact between Thermal Engineering and MEMS Technology – 正 鈴木 雄二(東大) Yuji Suzuki, The University of Tokyo, Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo, Japan In the present paper, overview of micro thermo-fluids system is presented as a contact between thermal engineering and MEMS. Strategy for reducing scale is discussed toward significant improvement of existing macro-scale devices or development of devices with new functions; use of scaling effect such as reduction in volume-to-surface ratio, use of atomistic effect, and taking advantage of mass production using semiconductor process. Power MEMS, which is micro/nano technology for energy conversion, is introduced with recent activities in the area. As a high-power-density fuel-based micro power system that can work without peripherals, micro thermophotovoltaic (TPV) power generation system is presented. A micro catalytic combustor using high-precision ceramic tape-casting technology for micro TPV system has been developed. Pd/Nano-porous alumina is employed for the catalyst layer in order to achieve high temperature operation. Catalyst arrangement that gives much smaller temperature gradient has been proposed based on a series of CFD analysis. Key Words: MEMS, micro thermo-fluids system, Power MEMS, ejector, micro combustion 1.はじめに Microelectromechanical Systems(MEMS)と熱工学の出会い は,MEMS という言葉が未だなかった 1970 年代に遡る. Tuckerman-Pease 1) は,CPU からの除熱のために,シリコン 基板の裏側に直接幅 50 μm,深さ 302 μm の流路を形成し, 水を作動流体として 790 W/cm 2 の除熱が可能であることを 示した.また,Terry 2) は,宇宙でのガス分析などへの応 用を目指して,超小型ガスクロマトグラフィを製作した. 図1に示すように,彼らのデバイスでは,2 インチ Si ウェ ハ上に,幅 200 μm,深さ 30 μm,長さ 1.5 m のカラム,ガ ス検知のための熱式センサ,サンプル注入のためのマイク ロバルブを作り込んでおり,まさにマイクロ熱流体システ ムと呼ぶべきものであった. その後,MEMS 技術は,主として,ロボティクス,オプ ティクス,電子工学などの分野の研究者によって押し進め られて発展し,光スイッチ,光スキャナなどに関連する Optical MEMS,高周波部品,無線通信に関連する RF MEMS などの言葉が生まれた.さらに近年では,MEMS 技術のエ ネルギー分野(Power MEMS),バイオ・生化学分野(Bio MEMS/μTAS )への展開を目指して盛んに研究が行われて おり,デバイスの設計や測定結果の分析などにおいて熱流 体あるいは熱工学の知識が必要となる場面が多い 3,4) 本稿では,まず,マイクロ熱流体システムについて概説 し,次に,高付加価値のエネルギー源として注目されてい Power MEMS について,著者らの取り組みを含めて解説 したい. 2.マイクロ熱流体システム ここでは,流れ,伝熱,混合,相変化,化学反応などを 伴う,少なくとも一方向の寸法が 1mm 程度以下のデバイ スを「マイクロ熱流体システム」と呼ぶことにする.マイ クロ熱流体システムでは,系の代表寸法を小さくすること によって,①相対的に体積力より表面力の影響が増すこと を利用したスケール効果,②分子効果の利用,さらには, ③半導体プロセスなどを用いた大量生産,によって,既存 の機器の劇的な性能改善,従来スケールではなし得なかっ た機能発現を目指すことが目標である. スケール効果を利用した典型的な例として,単相流熱交 換器が挙げられる.流れが層流状態を保つ場合,ヌセルト 数は一定なので,系のスケールを小さくすると熱伝達率は 向上し,高い除熱能力を持つヒートシンク 1,5) ,小容積の熱 交換器 6) を構築することができる.マイクロスケールにお いて異なる伝熱特性が得られたという報告も見られるが, 表面粗さの影響が大きくなければ,古典的な熱伝達の解析 解で整理される 7) と考えて良い. 一方,相変化を伴う場合,流路の等価直径を小さくする と,表面張力,粘性の影響が強く現れると同時に,核生成 をもたらすキャビティの減少による液相の過熱状態の発現, 擬周期的な流動様式の発生など,特異な現象が生じ 8-10) 従来の相関式では精度良い予測が不可能となる.現象の解 明と,新しい相関式の構築を目指して,可視化,熱伝達計 測,数値解析など,現在精力的に研究が続けられている 11) 分子効果としては,常圧であるにもかかわらず流路寸法 が小さいためにクヌッセン数が大きくなり,希薄気体効果 が現れる 12,13) .しかし,現実のマイクロデバイスにおいて, ハードディスクドライブのヘッドとディスク間の流れなど を除いては,クヌッセン数は最大 0.2 程度であり,ある程 度の誤差を許容すればスリップ流れの仮定のもと連続体と して扱える場合が多い(図2) 14) .むしろ,等価直径に対 して流路長さが極めて長いことによる圧縮性の影響が大き い.しかし,最近,ナノチャネル内のサーマルクリープを 用いたマイクロ真空ポンプ 15) ,超撥水面での液体流れのス リップ 16) など,製作技術の進歩とともに分子効果が重要と なるマイクロシステムも増える傾向にある. また,マイクロスケールにおいて顕在化する動作原理を 用いて,流体や粒子を駆動し,ポンプや分離・混合デバイ スを開発しようとする試みが盛んに行われている.電気2 重層の拡散層でのイオン移動を利用した電気浸透流 17,18)

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  • No.07-5 日本機械学会熱工学コンファレンス 2007講演論文集〔2007.11.23-24, 京都〕

    Copyright©2007 社団法人 日本機械学会

    Fig. 1 Miniature gas chromatography developed by Terry et al.2).

    マイクロ熱流体システム ~熱工学と MEMSの接点~ Micro Thermo-fluids System – Contact between Thermal Engineering and MEMS Technology –

    正 鈴木 雄二(東大)

    Yuji Suzuki, The University of Tokyo, Hongo, Bunkyo-ku, Tokyo, Japan

    In the present paper, overview of micro thermo-fluids system is presented as a contact between thermal engineering and MEMS. Strategy for reducing scale is discussed toward significant improvement of existing macro-scale devices or development of devices with new functions; use of scaling effect such as reduction in volume-to-surface ratio, use of atomistic effect, and taking advantage of mass production using semiconductor process. Power MEMS, which is micro/nano technology for energy conversion, is introduced with recent activities in the area. As a high-power-density fuel-based micro power system that can work without peripherals, micro thermophotovoltaic (TPV) power generation system is presented. A micro catalytic combustor using high-precision ceramic tape-casting technology for micro TPV system has been developed. Pd/Nano-porous alumina is employed for the catalyst layer in order to achieve high temperature operation. Catalyst arrangement that gives much smaller temperature gradient has been proposed based on a series of CFD analysis.

    Key Words: MEMS, micro thermo-fluids system, Power MEMS, ejector, micro combustion

    1.はじめに

    Microelectromechanical Systems(MEMS)と熱工学の出会いは,MEMS という言葉が未だなかった 1970 年代に遡る.Tuckerman-Pease1)は,CPU からの除熱のために,シリコン基板の裏側に直接幅 50 µm,深さ 302 µm の流路を形成し,水を作動流体として 790 W/cm2の除熱が可能であることを示した.また,Terry ら 2)は,宇宙でのガス分析などへの応用を目指して,超小型ガスクロマトグラフィを製作した.

    図1に示すように,彼らのデバイスでは,2 インチ Siウェハ上に,幅 200 µm,深さ 30 µm,長さ 1.5 m のカラム,ガス検知のための熱式センサ,サンプル注入のためのマイク

    ロバルブを作り込んでおり,まさにマイクロ熱流体システ

    ムと呼ぶべきものであった. その後,MEMS 技術は,主として,ロボティクス,オプティクス,電子工学などの分野の研究者によって押し進め

    られて発展し,光スイッチ,光スキャナなどに関連する

    Optical MEMS,高周波部品,無線通信に関連する RF MEMSなどの言葉が生まれた.さらに近年では,MEMS 技術のエネルギー分野(Power MEMS),バイオ・生化学分野(Bio MEMS/µTAS)への展開を目指して盛んに研究が行われており,デバイスの設計や測定結果の分析などにおいて熱流

    体あるいは熱工学の知識が必要となる場面が多い 3,4). 本稿では,まず,マイクロ熱流体システムについて概説

    し,次に,高付加価値のエネルギー源として注目されてい

    る Power MEMS について,著者らの取り組みを含めて解説したい. 2.マイクロ熱流体システム ここでは,流れ,伝熱,混合,相変化,化学反応などを

    伴う,少なくとも一方向の寸法が 1mm 程度以下のデバイスを「マイクロ熱流体システム」と呼ぶことにする.マイ

    クロ熱流体システムでは,系の代表寸法を小さくすること

    によって,①相対的に体積力より表面力の影響が増すこと

    を利用したスケール効果,②分子効果の利用,さらには,

    ③半導体プロセスなどを用いた大量生産,によって,既存

    の機器の劇的な性能改善,従来スケールではなし得なかっ

    た機能発現を目指すことが目標である. スケール効果を利用した典型的な例として,単相流熱交

    換器が挙げられる.流れが層流状態を保つ場合,ヌセルト

    数は一定なので,系のスケールを小さくすると熱伝達率は

    向上し,高い除熱能力を持つヒートシンク 1,5),小容積の熱

    交換器 6)を構築することができる.マイクロスケールにお

    いて異なる伝熱特性が得られたという報告も見られるが,

    表面粗さの影響が大きくなければ,古典的な熱伝達の解析

    解で整理される 7)と考えて良い. 一方,相変化を伴う場合,流路の等価直径を小さくする

    と,表面張力,粘性の影響が強く現れると同時に,核生成

    をもたらすキャビティの減少による液相の過熱状態の発現,

    擬周期的な流動様式の発生など,特異な現象が生じ 8-10),

    従来の相関式では精度良い予測が不可能となる.現象の解

    明と,新しい相関式の構築を目指して,可視化,熱伝達計

    測,数値解析など,現在精力的に研究が続けられている 11). 分子効果としては,常圧であるにもかかわらず流路寸法

    が小さいためにクヌッセン数が大きくなり,希薄気体効果

    が現れる 12,13).しかし,現実のマイクロデバイスにおいて,

    ハードディスクドライブのヘッドとディスク間の流れなど

    を除いては,クヌッセン数は最大 0.2 程度であり,ある程度の誤差を許容すればスリップ流れの仮定のもと連続体と

    して扱える場合が多い(図2)14).むしろ,等価直径に対

    して流路長さが極めて長いことによる圧縮性の影響が大き

    い.しかし,最近,ナノチャネル内のサーマルクリープを

    用いたマイクロ真空ポンプ 15),超撥水面での液体流れのス

    リップ 16)など,製作技術の進歩とともに分子効果が重要と

    なるマイクロシステムも増える傾向にある. また,マイクロスケールにおいて顕在化する動作原理を

    用いて,流体や粒子を駆動し,ポンプや分離・混合デバイ

    スを開発しようとする試みが盛んに行われている.電気2

    重層の拡散層でのイオン移動を利用した電気浸透流 17,18),

  • Fig. 2 Knudsen number in typical MEMS and nanotechnology applications in atmospheric pressure14).

    Fig. 3 DNA purification chip using PDMS30).

    Fig. 4 MEMS gas turbine engine in MIT36).

    Fig. 5 Peak power versus specific power for various power source51).

    電場による表面エネルギーの変化を利用したエレクトロ・

    ウェッティング 19,20),非一様電場における流体と固体の誘

    電特性の差を利用する誘電泳動 21,22)など, 圧力駆動よりも制御性の高い電場駆動の研究例も多い. さらに,最近では,µTAS(Micro Total Analysis System)と呼ばれるマイクロ生化学システムにも注目が集まってい

    る.形態としては,マイクロ流路内の流れをバルブにより

    制御し,移送・合流・再分離などにより目的の操作を行う

    もの 23,24)と,平板上の液滴を表面張力により駆動し,電極

    パターン上でデジタル的に移動させ合体・分離を行うもの19,25)に大別される.流体を駆動・制御させるためのポンプ・

    バルブ 26,27),低レイノルズ数において効率よく混合させる

    ためのマイクロミキサ 28,29),細胞,DNA を扱うシステム30-32)などについても多くの研究が進められている. 図3は,細胞内の DNA を取り出し濃縮するマイクロチップ 30)であり,PDMS のチップ上に複雑な流路,多数のバルブ,ぜん動型ポンプが形成されている.

    3.Power MEMS

    携帯電話やノートパソコンを例に挙げるまでもなく,

    我々は,様々な機器の性能を高性能化しつつ,小型化,可

    搬化したいという基本的な欲求を持っている.このため,

    種々の機器で消費されるエネルギー密度は増加の一途をた

    どっており,小型の機器にどのようにエネルギーを供給す

    るか,発生する熱をどのように除去するかは大きな技術的

    課題となっている.Power MEMS は,マイクロ熱流体システムの中で,動力源・推進,エネルギー変換・伝送,冷凍・

    冷却,熱交換などを行うデバイスを指し,エネルギーに関

    するマイクロシステムの総称である. 周知のように,可搬用の電源には,従来化学電池,なか

    でも2次電池が用いられている.2006 年における電池の国内生産高のうち,リチウムイオン2次電池(LIB)は 42%を占める 33)が,LIB のエネルギー密度は必ずしも十分とは言えず,今後の大幅な向上も期待できない.一方,ブロー

    ドバンドの通信可能な携帯電話,高クロック CPU・大画面を持つノート PC,ウェアラブル端末などの情報通信機器だけでなく,電動義手,人工心臓,電動車椅子,人型ロボッ

    トなど,医療・福祉分野でも可搬機器が発達していくと考

    えられ,LIB に替わるエネルギー源の重要性がさらに高まると予想される. このような背景から,燃料の持つ化学エネルギーの密度

    が2次電池の2桁程度大きいことを利用して,携帯機器の

    内部で発電するマイクロエネルギー源が注目されている.

    エネルギー密度は,メタノールで LIB の約 30 倍,ブタンで約 80 倍であり,発電効率が低くても,なお,数~10 倍の持続時間が期待できる. マサチューセッツ工科大学(MIT)では,1994 年頃からマイクロマシン技術を用いた直径 1cm程度のガスタービンを製作する試みが始まった(図4).その後,米国を中心

    として,燃料を用いるマイクロエネルギー源の研究が盛ん

    に行われた 34, 35).エネルギー変換方法は,マクロスケール

    同様,ガスタービン 36,37),ロータリーエンジン 38),固体高

    分子型燃料電池(PEFC)39),メタノール直接型燃料電池(DMFC)40),固体酸化物型燃料電池(SOFC)41),熱電発電(TE)42),熱光発電(TPV)43)など,非常に多岐に渡る.また,PEFC 用の改質器,TE,TPV 用のマイクロ燃焼器,液体燃料の蒸発器など,熱流動現象が直接性能に影響する

    DMFC

  • Fig. 6 Concept of micro TPV system.

    Fig. 7 Micro supersonic nozzle for ejector57).

    Fig. 8 Comparison of volume-flow-rate ratio between computational results and the experimental data57). Primary flow is butane.

    デバイスの研究 44-50)も活発に行われている. この中で,DMFC が最も実用化に近いとされ,我が国の産業界でも実用化を目指した開発が進められ,既に幾つか

    のメーカーからプロトタイプも発表されている.これに対

    し,マイクロエンジン,熱光発電などの燃焼型発電器は,

    燃料の種類を選ばない,図5に示すように,単位面積(体

    積)あたりの発電量が DMFC に比べて1桁程度大きい 51),などの利点を有する. また,ごく最近,Power MEMS の中で環境発電(Energy Harvesting)にも注目が集まっている.環境発電は,環境の中に薄く広く存在するエネルギー,つまり,太陽光,電波,

    人体の体温,振動などから,微弱ではあるが有用な電力を

    取り出すものである 52-56).なかでも環境の振動が最も広く

    存在することから, RFID タグ,車載用センサ,体内埋め込み型の医療デバイスなど,ボタン電池では長期的に電力

    を供給できないアプリケーションの電源として,振動発電

    に関する多くの研究が行われている.

    以下では,燃料を用いて発電するマイクロシステムの1

    つとして,燃料電池に比べて発電密度が高く,補機のほと

    んど不要な,マイクロ TPV システムについての著者らの取

    り組みを紹介する.

    4.マイクロ熱光発電システム

    図6に,マイクロ熱光発電システムの概念図を示す.熱

    光発電とは,燃焼器からの放射光を光電素子により電気に

    変換する発電方式であり,構成要素は,空気供給系,マイ

    クロ燃焼器,放射体,低バンドギャップの光電セルである.

    ここでは,燃料として,液体として保存が容易であり,毒

    性のないブタンを想定している. 燃料電池では,電池内部の圧力損失が大きいため,多く

    の場合,コンプレッサーなどによる加圧が必要である.一

    方,熱光発電においては,燃焼器内部の圧損だけに打ち勝

    てば良いので,イジェクタ 57)を用いて燃料の圧力を利用し

    て反応に必要な空気を供給することが可能となる.Fan et al.58)は,超精密放電加工によりスロート径 42 ミクロンのマイクロ・ラバールノズルを試作した(図7).そして,こ

    れを用いた超音速イジェクタによる系統的な実験から,図

    8に示すように,背圧が小さいときには,ブタンの完全燃

    焼に必要な空気量より大きい,ブタン流量の最大 43 倍の空気を吸引できることを明らかにした.このとき,クヌッセ

    ン数は小さく,希薄気体効果は無視できるが,のど部,イ

    ジェクタ出口部のレイノルズ数は,それぞれ,およそ 3000,1000 であり,乱流遷移,再層流化が生じる圧縮性流れとなる.表面粗さの影響も大きいと考えられ,試行的に行った

    標準 k-ε モデルによる流量比の数値解析結果は,実験データの2倍程度となって,十分な予測精度が得られていない.

    一方,直径 60µm のノズル出口から噴出する超音速流の速度分布を定量的に計測する手法がなく,マイクロイジェク

    タの最適な設計を行うためにはさらなる検討が必要である.

    熱光発電の最大の課題は,発電効率が低いことである.

    これは,GaSb などの低バンドギャップ光電素子を用いても,1.7-2.3µm 以下の短波長光しか電力に変換できず,燃焼器からの放射のほとんどが熱として失われるためである.そこ

    で,発電効率を向上させるための解決策として,選択的放

    射体として用いることが提案され,フォトニック結晶 59),

    マイクロキャビティ 60,61)などの適用が検討されている.理

    想的な条件では変換効率が2倍以上増大し,1200℃の選択的放射体,InGaAsSb セルを仮定すると,発電効率は 30%に向上する.著者らも,図9に示すような,カーボン被膜

    を有するマイクロキャビティ群を作成する MEMS プロセスを開発した 62).Si基板のサブミクロン・リソグラフィを行うことにより,比較的容易に数 cm 角オーダーのデバイ

    スの試作を可能とし,放射スペクトルにマイクロキャビテ

    ィの共鳴モードに相当するピークが現れることを示した. 5.マイクロ触媒燃焼器 48,66)

    本節では,マイクロ TPV システムのもう1つの主要な構成要素である,マイクロ燃焼器について,モデル化と設計,

    試作,実験による評価結果について述べる. マイクロ燃焼器の流路寸法は,一般に消炎距離よりも小

    さいため,触媒燃焼 44,45),Swiss Roll などの超過エンタルピー燃焼 47,63),壁面コーティングによる化学的消炎の抑制46)などが試みられてきた.熱光発電では,単位面積当たり

    の発電量が 1W/cm2オーダーであるため,数 W/cm2オーダーの比較的小さな燃焼密度で高温を保つことが求められる.

    また,輻射エネルギーを光電セルにより電力に変換するた

    め,燃焼器表面温度は均一であることが望ましい.そこで

    本研究では,幅広い動作状態で安定燃焼可能な触媒燃焼に

    注目し,マイクロ触媒燃焼器の開発を行った 48).

  • Fig. 9 SEM images of the selective emitter prototype developed with nanolithography and pyrolyzed carbon62). a) Oblique view, b)Cross-sectional view.

    Fig. 10 SEM image of nano-porous alumina fabricated with anodic oxidation of aluminum48).

    Fig. 11 Exploded view of a radial-flow-type combustor.

    マイクロ燃焼器のチャンバの製作には,LSI パッケージに用いられる積層セラミック技術を用いた.本技術の特長

    は,耐熱温度が高いセラミックの積層により,高精度な準

    三次元構造を製作できること,基板内に点火用ヒータ等の

    電極を埋め込み可能なこと,である.触媒担体としては,

    アルミの陽極酸化により形成したナノーポーラスアルミナ64,65)を用いた.図10に示すように,陽極酸化により直径

    20nm 程度の孔を密に形成することが可能であり,極めて表面積の大きなアルミナ触媒担体が得られることがわかる.

    これに Pd 触媒を含浸し,Pd/陽極酸化アルミナ触媒層を形成した.Pd 触媒は 650℃以上で Pt 触媒よりも活性が高く,900℃まで用いることができる セラミック流路壁面上に Pd 触媒層を形成した燃焼器を試作し,ブタン燃料に対して特性評価を行った.その結果,

    390 ℃において 100 MW/m3 の高い発熱密度を持つことがわかった.また,430 ℃で安定燃焼・熱自立を達成したが,流れ方向の発熱密度分布のため大きな温度分布が生じ,熱

    応力のために約 530 ℃で燃焼器が破損した 48). そこで,より高い温度において熱応力と熱輻射の非一様

    性を低減するために,CFD 解析を用いて触媒配置の検討を行った 66).ここでは,燃焼器の構造として,図11に示す

    半径流型を検討した.混合気は中心から燃焼チャンバに導

    入され,半径方向に流下し,下部基板上の触媒層において

    燃焼反応を生じる.ブタンの表面反応には一段階総括反応

    を仮定し,また,反応速度は酸素濃度に関係なくブタン濃

    度のみに比例する 67)と仮定すると,反応速度 RBは, 担持触媒量・触媒厚さに依存する反応速度定数 A,および活性化エネルギーE を用いて,

    RB= C

    B, s (x) ! A ! exp "E

    RTc

    #

    $%&

    '( (1)

    と表せる.本研究で用いる触媒層については, A = 6.181 x 108 (m/s),E = 1.163 x 108 (J/kmol)であり 48),極めて活性が高く,約 400 ℃以上の温度では反応速度が拡散速度よりも速い.そのため,バルク濃度が高い燃焼チャンバ入口付近

    での燃焼速度が大きく,大きな温度勾配の要因となる. 従って,触媒配置の最適化により温度分布を平均化する

    ことが必要であるが,燃焼器各部の温度には,表面反応,

    熱輻射,混合気・壁面間の熱伝達,燃焼器固体内の熱伝導

    が関連し,例えば,理論的に最適な触媒配置を求めること

    は困難である.そこで本研究では,特定の触媒配置での温

    度分布を数値解析により求め,温度分布の低減を図った. 流動場,伝熱解析には Fluent 6.2 を用い,式(1)の表面反応を組み込んだ.流れ場に関しては,密度,比熱,物質拡

    散係数の温度依存性を考慮した.燃焼チャンバ内径,外径

    をそれぞれ 10 mm,15 mm とし,流路高さを 0.3 mm とした.投入燃料は 20 Wの発熱に相当する 10 sccm,等量比を1.0 とした.この時,燃焼空間内部での Re 数は 10~120 であり,層流状態が保たれる.また,排熱回収熱交換器によ

    り吸気を予熱することを考え,混合気の入口温度は 630 ℃とした.一方,壁面は,外側が選択的放射体である場合を

    仮定して底面に放射率 0.3 の熱輻射条件を課し,真空断熱チャンバ内での動作を仮定して,その他の壁面は断熱とし

    た.セラミック壁の熱伝導率は 14 W/(mK)である. 図12に触媒温度の半径方向分布,図13に均一発熱の

    場合の値で除した無次元発熱密度分布を示す.均一に触媒

    を配置した場合(0 < r < 10 mm),混合気が触媒面に吹付ける中心付近で物質伝達係数が高くなるために発熱密度が

    極めて大きく,一方,出口付近では燃料が希薄になるため

    に発熱密度が小さい.結果として中心と外縁部では約

    260 ℃の温度差が生じてしまい,熱応力が過大になると考えられる.触媒の反応速度を全体的に低下させることによ

    って中心付近での反応量を下げることも考えられるが,そ

    の場合,反応律速となるため,温度上昇時・低下時でヒス

    テリシスが生じ,安定な動作は難しい(図省略). そこで,中心での反応を抑え温度分布を平均化するため,

    触媒を燃焼器外側の 2 < r < 10 mm,7 < r < 10 mm のみに配

  • Fig. 12 Radial temperature distribution of the catalyst surface.

    Fig. 13 Heat generation density along the radial direction.

    Fig. 14 Cut-away drawing of the radial-flow combustor.

    Fig. 15 Surface temperature distribution for QB=13 sccm.

    Fig. 16 Micro catalytic combustor prototype fabricated with ceramic tape-casting.

    Fig. 17 Radial temperature distribution for combustors with uniform and partial catalyst distribution.

    置した場合について検討した.その結果,図12,13中

    に示すように,7 < r < 10 mm に触媒を配置した場合,発熱密度は不均一であるが温度差を約 60 ℃まで低減できることが判った.この時,触媒面積は均一に触媒を配置した場

    合と比べて約半分になるが,均一に触媒を配置した場合と

    同様,反応率は 99 %以上が保たれる.外側での燃焼熱は,セラミック基板内の熱伝導により中心付近に伝わり,輻射

    により放出される. 図14に上記の結果より設計した半径流型セラミック燃

    焼器の詳細図を示す.触媒は 7 < r < 10 mm に配置した.中

    心から流入した混合気は,半径方向に反応しながら流下し

    た後,燃焼チャンバ上部の流路により出口ポートへと集め

    られる.ポート間の距離を離す必要から,出口は中心から

    5 mm ずらして配置した.図15は,流量が 13 sccm での外壁温度分布の解析結果である.構造の非対称性により,温

    度分布もやや非対称になるが,最高温度約 800 ℃に対して温度差が 65 ℃以内に収まっていることがわかる.この時,底面からの熱輻射分布は 20 %以内であり,熱光発電用途に適することが判る. 図16に試作した燃焼器の写真を示す.外径 φ30 mm のセラミック基板に,外径 φ40 mm のコバールリングをロウ付けした.上下のセラミック基板は,触媒を担持したのち,

    コバールリング同士をレーザー溶接することで接合してい

    る.また,上部のセラミック板にロウ付けされた流体継手

    のうち,片側から混合気が流入し,流路基板中に形成され

    た流路により中心に導かれ,燃焼チャンバには中心から導

    入される.外縁に達した燃焼排ガスは,再び流路基板中の

    流路により中心近傍に集められ,もう片方の流体継手から

    流出する. 図17に燃焼実験の結果を示す.解析時の仮定よりも放

    射率が高いために,解析条件よりも多いブタン流量に対し

    ても得られた壁温が低い.しかし,定性的には,実験デー

    タと解析結果は良く一致しており,触媒分布を外側のみに

    配置することによって,半径方向温度分布を劇的に低減可

    能であることが明らかになった. 以上のことから,積層セラミック技術を用いてマイクロ

    セラミック触媒燃焼器の設計・試作を行い,900℃においても動作可能であり,かつ,熱輻射エネルギーの分布を 20 %以内に抑えることができることがわかった. 6.まとめ

    本稿では,MEMS と熱工学の接点としてのマイクロ熱流体システム,特に PowerMEMS に関して著者らの取り組みも含めて解説した.未だ世の中に存在しないこれらのデバ

    イスを作り上げる過程では,新しい材料や製作技術を貪欲

  • に取り入れてシステムを構成していく統合的アプローチに

    加えて,現象を詳細に調べ解析を行う分析的アプローチが

    必要であり,他分野の研究者はそれらを結びつける人材を

    強く欲しているように感ぜられる.機械工学,特に熱工学

    の研究者のこの分野へのさらなる貢献を期待したい. 謝辞

    マイクロ燃焼器,マイクロ TPV システムの開発にあたっては,東京大学笠木伸英教授,Gwang-goo Lee 博士,大学院生 Yong Fan 氏,上條隆史氏,元大学院生岡政敬之氏らの協力を得た.また,研究の一部は,文科省科研費基盤研究

    (B)(No. 17360092 および No. 19360094),NEDO 産業技術研究助成の支援を受けた.記して感謝の意を表する.

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