直メタ法mma金属間化合物触媒の 発見から工業化まで - … · 2013-09-30 ·...

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Vo1.43 No.7 2001 直メタ法MMA金属開化合物触媒の発見から工業化まで 企業にあける触媒研究のフレーワス)i/- 直メタ法MMA金属間化合物触媒の 発見から工業化まで 男* 直メタ法MMA新製法の酸化エステル化反応に開発したPd3Pbl金属問化合物触媒 は95%を超える高いMMA選択率を示す.高性能を発揮させるには触媒の構造を精密に 制御することが必要で,触媒の精密合成技術,最適反応場技術,及び精緻に制御されたス キン構造触媒技術に特徴がある.フL/-クス)L'-の要であった. 1.開発の背景と経緯 メタクリル酸メチルエステル(以下, MMAと略記す る)は近年は塗料用途が大きく伸びており,生産能力は世 界で200万tを超える.世界市場は米州,欧州,アジアに 三極化しており,特にアジア市場の需要の伸びが大きい. 1998年のアジア経済の調整過程では一時的な停滞も見ら れたものの,潜在的な成長傾向には変化無く旺盛な需要の 期待されるアジア市場に対し日本と西欧からの新増設がア ジアに集中している. その製法はアセトンシアンヒドリン法(以下, ACH法 と略記する)が1937年ICIによって商業化されて以来半 世紀以上を経た今も,高い生産性の完成されたプロセスと して欧米では依然として主流である.しかしながら原料で ある青酸の調達難と,副生する垂硫安の処理コストの問題 が顕在化してきており, MMA事業の生き残りを賭けた グローバル戦略の中で,各メーカーはACH法に替わる新 製造法の開発にしのぎを削ってきた.提案された新プロセ スは特許文献を含め開発レベルのものを入れると実に数多 くあり,他の汎用石化プロセスの場合とは様相を異にして いる.これは,それぞれ生産国の原料事情,あるいは所有 するプロセス技術に基づいて新プロセスの開発が進められ てきたことによるが, MMA合成のケミストリーとして の魅力を喚起する,原料の多様性によるところもあったか もしれない.特に日本ではエチレンクラッカーの余剰C4 留分の活用とt,う特殊な事情もあり,イソブテン(あるい *sETSUO YAMAMATSU 旭化成エポキシ(蛛)取締役技術部長 〔最終学歴〕1975年東京大学修士課程工 学系合成化学科修了. 〔専門〕触媒化学, プロセス化学. 〔趣味〕 pDA端末収集. 〔連絡先〕 712-8633倉敷市潮通3丁目 13番地 Fax: 086-458-2275 E-mail: [email protected] 549 はターシヤリー・プチルアルコール(以下, TBAと略記 する))を二段酸化し,ついでエステル化する直接酸化法 (以下,直酸法と略記する)が1982年初めて工業化され三 菱レイヨン,日本メタクリルモノマー(日本触媒,住友化 学),共同モノマー(クラレ,三井化学)の三プロセスが 稼働している.一方,三菱ガス化学は1997年に硫酸を使 用せず,中間体のアミドをギ酸メチルによってエステル化 する極めて絶妙な新ACH法を工業化している. 当社も1970年代から,幾つかのMMAプロセスの研究 開発に着手し, 1977年からはイソブテンを原料とする直 メタ法と呼ばれる新製法の研究を開始したが,直酸法が工 業化されたほぼ同時期の1984年に当社が工業化したのは MAN法と呼ぶ製法であった. TBAをアンモ酸化するこ の製法は, AN(アクリロニトリル)の反応器および ACHの既存設備の転用が可能で設備投資が大きく低減で きた. MAN法工業化決定により直メタ法の開発は10年 近く凍結することになった.その間,我々は気持ちを新た に直メタ法をも凌駕するMMA次世代新製法に挑戦しイ ソブタンを原料とするアルカン酸化法の研究に着手した. その経緯については他1)を参照されたい. 1990年代に入りMMA事業の海外展開を進める上で, 「最も競争力のあるMMAプロセスは何か」との社内議論 が湧き起こった.既存プロセスを含め,諸プロセス技術の 検討を行った.直酸法,イソブタン法等を含めて約1年の 評価比較検討の結果,直メタ法が最もポテンシャルが高い ものと判断し,ほぽ10年の研究凍結に終止符を打ち1991 年から直メタ法の研究を幸いにも再開できた. 1994年に はパイロット研究に移行し1999年に6万t規模の直メタ 法新製法プラントが旭化成(樵)川崎支社で商業運転を開始 した.以来2年以上にわたって安定操業を続けている. 2.直メタ法MMA製造フロセスの概要と特徴2) 本プロセスは式(1),式(2)に示したように,イソブテ

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Vo1.43 No.7 2001

特 集

直メタ法MMA金属開化合物触媒の発見から工業化まで

企業にあける触媒研究のフレーワス)i/-

直メタ法MMA金属間化合物触媒の

発見から工業化まで

山 松 節 男*

直メタ法MMA新製法の酸化エステル化反応に開発したPd3Pbl金属問化合物触媒

は95%を超える高いMMA選択率を示す.高性能を発揮させるには触媒の構造を精密に

制御することが必要で,触媒の精密合成技術,最適反応場技術,及び精緻に制御されたス

キン構造触媒技術に特徴がある.フL/-クス)L'-の要であった.

1.開発の背景と経緯

メタクリル酸メチルエステル(以下, MMAと略記す

る)は近年は塗料用途が大きく伸びており,生産能力は世

界で200万tを超える.世界市場は米州,欧州,アジアに

三極化しており,特にアジア市場の需要の伸びが大きい.

1998年のアジア経済の調整過程では一時的な停滞も見ら

れたものの,潜在的な成長傾向には変化無く旺盛な需要の

期待されるアジア市場に対し日本と西欧からの新増設がア

ジアに集中している.

その製法はアセトンシアンヒドリン法(以下, ACH法

と略記する)が1937年ICIによって商業化されて以来半

世紀以上を経た今も,高い生産性の完成されたプロセスと

して欧米では依然として主流である.しかしながら原料で

ある青酸の調達難と,副生する垂硫安の処理コストの問題

が顕在化してきており, MMA事業の生き残りを賭けた

グローバル戦略の中で,各メーカーはACH法に替わる新

製造法の開発にしのぎを削ってきた.提案された新プロセ

スは特許文献を含め開発レベルのものを入れると実に数多

くあり,他の汎用石化プロセスの場合とは様相を異にして

いる.これは,それぞれ生産国の原料事情,あるいは所有

するプロセス技術に基づいて新プロセスの開発が進められ

てきたことによるが, MMA合成のケミストリーとして

の魅力を喚起する,原料の多様性によるところもあったか

もしれない.特に日本ではエチレンクラッカーの余剰C4

留分の活用とt,う特殊な事情もあり,イソブテン(あるい

*sETSUO YAMAMATSU

旭化成エポキシ(蛛)取締役技術部長

〔最終学歴〕1975年東京大学修士課程工

学系合成化学科修了. 〔専門〕触媒化学,

プロセス化学. 〔趣味〕pDA端末収集.

〔連絡先〕〒 712-8633倉敷市潮通3丁目

13番地 Fax: 086-458-2275 E-mail:

[email protected]

549

はターシヤリー・プチルアルコール(以下, TBAと略記

する))を二段酸化し,ついでエステル化する直接酸化法

(以下,直酸法と略記する)が1982年初めて工業化され三

菱レイヨン,日本メタクリルモノマー(日本触媒,住友化

学),共同モノマー(クラレ,三井化学)の三プロセスが

稼働している.一方,三菱ガス化学は1997年に硫酸を使

用せず,中間体のアミドをギ酸メチルによってエステル化

する極めて絶妙な新ACH法を工業化している.

当社も1970年代から,幾つかのMMAプロセスの研究

開発に着手し, 1977年からはイソブテンを原料とする直

メタ法と呼ばれる新製法の研究を開始したが,直酸法が工

業化されたほぼ同時期の1984年に当社が工業化したのは

MAN法と呼ぶ製法であった. TBAをアンモ酸化するこ

の製法は, AN(アクリロニトリル)の反応器および

ACHの既存設備の転用が可能で設備投資が大きく低減で

きた. MAN法工業化決定により直メタ法の開発は10年

近く凍結することになった.その間,我々は気持ちを新た

に直メタ法をも凌駕するMMA次世代新製法に挑戦しイ

ソブタンを原料とするアルカン酸化法の研究に着手した.

その経緯については他1)を参照されたい.

1990年代に入りMMA事業の海外展開を進める上で,

「最も競争力のあるMMAプロセスは何か」との社内議論

が湧き起こった.既存プロセスを含め,諸プロセス技術の

検討を行った.直酸法,イソブタン法等を含めて約1年の

評価比較検討の結果,直メタ法が最もポテンシャルが高い

ものと判断し,ほぽ10年の研究凍結に終止符を打ち1991

年から直メタ法の研究を幸いにも再開できた. 1994年に

はパイロット研究に移行し1999年に6万t規模の直メタ

法新製法プラントが旭化成(樵)川崎支社で商業運転を開始

した.以来2年以上にわたって安定操業を続けている.

2.直メタ法MMA製造フロセスの概要と特徴2)

本プロセスは式(1),式(2)に示したように,イソブテ

550

?H3

cH3‾?‾CH30H

TBA

?H3CH2=C-CHO +

o2 30i910℃?H3

CH2=C-CHO +H20

Macr

?H3cH30H.

1/20250iHccH2=C-COOCH3.H20

Mac√ MMA

山 松 節 男

(1)

(2)

ン(あるいはTBA)を酸化してメタクロレイン(以下,

Macrと略記する)を合成する工程,次いでMacrをメタ

ノール存在下で酸化エステル化して直接MMAを合成す

る工程からなる.

( 1 )の反応工程は350~450oCの気相酸化反応であり,

現行直酸法の前段酸化工程と基本的に同一である. (2)の

反応工程は気相一液相一固体(触媒)の3相からなる液相

酸化反応であり, 50~100oCの温和な条件で進行する.直

メタ法の最大の特徴は,現行の直酸法に対し,メタクリル

醍(以下, MAAと略記する)を経由せずにMacrの酸化

エステル化反応により直接MMAを合成することであり,

重合性のMAAを経由せずに直接MMAを得ることがで

きるため, MAAの分離・回収に関わる工程の簡略化から

ち,優位性のあるプロセスである.直メタ法プロセスのキ

ーテクノロジーは, Macrの酸化エステル化反応工程にあ

る.

現行直酸法のMacr酸化触媒であるヘテロポリ酸が高

温反応条件下で熱的に不安定であること,また反応収率に

改良の余地があることなど, Macrの酸化触媒に技術的課

題が残されているとの報告があり3),直酸法ルートとは異

なる反応で,この課題をブレークスルーできないかが,当

初,直接酸化エステル化触媒の開発のそもそもの動機であ

った.これを可能にしたのがPd-Pb金属開化合物触媒だ

った.

3.直メタ法MMA金属問化合物触媒の発見から

工業化に至るまで

本稿では,酸化エステル化触媒に的を絞って, 「ブレー

クスルー」をキーワードに,本研究におV)て「なにが問題

であったのか.そしてそれを如何に克服したのか」に焦点

を合わせて紹介してみたい.

本研究は1977年の研究開始から1982年の研究凍結まで

の第一期, 1991年の研究再開から1999年の工業化までの

第二期に分けられる.

ブレークスルーの第一は, 「Macr酸化エステル化反応

触媒の発見」であり,第二は「本触媒系が金属開化合物触

媒であることを発見できたこと」である.固体触媒であり

ながら活性種を原子レベルで議論でき,触媒の基礎化学的

解明が大きく進展した.以上が,第一期の主要なブレーク

スルーとして位置づけられる.

そして,第二期ではさらなるブレークスルーが必要だっ

た. 10年間の研究凍結を境に触媒の姿は大きく変貌した.

即ち,第三のブレークスルーは「金属開化合物触媒の精密

合成」である.最終的には「還元的酸化反応場の概念を提

案」し高度に制御された状態の安定化を実現すると同時

に, 「還元的酸化反応場に最適の触媒設計を行った」こと

で,長期寿命を保証できる工業触媒として完成させたこと

である.第二期のブレークスルーをー言で言いあらわすな

らば第一期の金属開化合物触媒の基礎化学の解明をベース

に工業触媒として高い完成度を持たせた点である.以下,

これらブレークスルーの詳細について説明する.

3.1直メタ触媒の発見

アルデヒドを分子状酸素(空気)を酸化剤として金属

Pdで酸化エステル化すると高収率で相当エステルが得ら

れることは,以前から知られてはいたものの, Macrのよ

うなα, β不飽和アルデヒドに適用しようとすると,パラ

ジウム(以下, Pdと略記する)金属触媒あるいは,これ

に種々の添加剤が試みられていたがMMAの選択率は

30%を越えることはできなかった4).脱CO反応が進行し

やすく,プロペンとCO2に分解してしまい(式(3)),莱

?H3 ?H3cH2=C-CHO +1/202

- CH2=CH +CO2 (3)

用化にはほど遠かった.ー方で,触媒は金属Pdでも酸素

酸化から酸化剤を過酸化水素に代えるだけで,この反応は

定量的に進行するとの報告もあった. 「酸素酸化での収率

は低い.しかしながら目的生成物への反応パスはー応つな

がっている.しかも酸化剤を過酸化水素に代えるだけで劇

的に収率が改善されるのであるから,酸素酸化でも触媒を

改善すれば,必ず反応性を改善できる」と触媒研究の世界

に足を踏み入れたばかりであり,強く確信した.

触媒は,研究を開始して半年くらいたったところで意外

と簡単に見つかった.研究室の触媒棚にあったPd/炭酸

カルシウム触媒を単に炭酸カルシウム担体の効果を評価す

る程度の軽い気持ちで反応に使用してみた.すると,目の

前のガスクロのペンがものすごい勢いで上がっていくのに

ピックリした.終業時刻はとっくに過ぎて,暑い夏の夜の

実験室だった.いまでもあの時の感激が忘れられない.め

とで,この触媒の成分をよく調べると,一般にはリンドラ

ー触媒と呼はれる鉛被毒されたアセチレンの部分水添触媒

として有名な触媒であった5).

過酸化水素酸化の際の反応メカニズムはへミアセタール

経由との指摘もあり酸素酸化の際のメカニズムとは異なる

可能性も当時はあり,今振り返ると触媒研究の全くの素人

故,そして若さ故の勢tlが,新触媒発見という侯倖にめぐ

りあわせてくれたのだと考えることにしている.

3.E!金属問化合物触媒5)

Fig.1にPbの添加効果を示した.鉛(以下, Pbと略

記する)を添加する前にはMMA選択率が30%程度だっ

γol.43 No.7 2001

100

●■8

C)

●こ 50

<

≡≡

0

直メタ法MMA金属間化合物触媒の発見から工業化まで

I

+

100

80 g

>◆_)

60 1S'ニU

V

40 繋<

20 喜

0

0 0.2 0.4 0.6 0.8

Atomic ratio of Pb/Pd

Fig. 1 Effect of lead (Pb) on palladium (Pd) cata-

lyst.

Conditions : 40oC, 2h, 02 51/h, Macr3.3g, MeOH70.1g,

5% Pd/CaCO3

たものがPdに対して0.1原子比程度添加するだけでプロ

ペン生成が抑止されMMA選択率は95%を越える高い値

を示す.さらに探索を続けると, PdとPbの組み合わせ

の他に,周期律表の第6周期のPbと構並びの四元素,即

ちHg, Tl, Pb, Biが同様の効果を示すことが容易にみ

つかった.

この時点でも活性種はPd金属でこれら四元素の作用機

作は助触媒的な被毒効果だとの認識に止まっていた.この

認識が大きく転換するとともに,本触媒の本質に迫り,そ

の結果として工業触媒としてのパフォーマンスを大きく改

善し研究の流れが変わる転機は,被毒触媒として本触媒を

とらえる限り,先願の選択発明という位置づけから抜け出

せないことに改めて思い知らされた時であった.即ち,金

属Pdを触媒として酸素(空気)酸化でMacrを酸化エス

テル化する反応は既に他社から特許が出願されていた4).

Pb添加効果の発見により,触媒性能が実用的なレベルに

高まったのは事実であるが, Pb被毒されたPd金属触媒

では先願の選択発明に過ぎない. 「これだけの劇的な効果

があるのだから,新しい化学種でもできてるのでは」とい

うことになり,触媒を詳細に解析してみると,おもしろい

事実が見つかった.

触媒のⅩRDを測定するとPd金属の回折パターンとは

一致せず,低角側にピークが規則正しくシフトしているの

が観察されPd3Pblという新しt)化学種,金属問化合物を

形成していることの発見につながった.決め手はFig.2

に示したDTA分析で, Pd金属の融点は1552oCである

が,本触媒種は1210oCに融点を示し,これはPdとPbの

金属開化合物のー種であるPd。Pblの融点(1219oC)と良

くー致する.即ち,新たな活性種としてPd3Pblが生成し

ていることが明らかとなった.この発見に基づき, Pd-

Pb金属開化合物触媒による酸化エステル化反応という基

本特許を出願し,先願と全く権利関係のない独自の発明と

認められた. Pbと同じく,触媒性能が劇的に改善される

Hg, Tl, Biの系も類似の金属開化合物を形成しており,

これらが活性種として働いていることも分かっている.

触媒活性種がPd3Pblであることが明らかとなり,以

後,固体触媒でありながら触媒の基礎化学を「原子」レベ

0℃ 400℃ 800℃ 1,200℃

PdRl。ck

PdH

Pd3Pbl

Fig.2 DTA analysis of Pd-Pb catalyst.

Pd

O 戟Q

C)

H

∫Pb

J

551

<-→ <-・→ <→

0.389nm 0.402nm 0.402nm

Pd β-PdH Pd3Pbl

Fig. 3 Presumed mechanism for synthesis of Pd3Pbl.

ルで理酵できるようになった.研究は大幅に進展した.

金属開化合物いわゆる合金を合成するには通常,相図に

従い粉末冶金の手法で合成できる.しかしながら,酸化エ

ステル化反応中のPd金属触媒に鉛塩化合物を添加するだ

け,あるいはPd塩とPb塩を3/1の原子比で溶解してお

きホルマリン等の液相還元という極めて穏やかな貴金属触

媒調製の際の常套手段で,しかも, Pd3Pblが選択的に生

成してくる.これが不思議であった.

Fig.3にPd。Pblの推定生成機構を示した. Pdは水素

を吸蔵して, βPdHを生成しやすい.このβPdHの生成

がPd3Pblの選択的生成を助けるのであろう. Pd金属の

面心立方格子がまず水素原子を吸蔵して格子間隔の広いβ

PdHが生成し,ついでPb原子がβPdHのPdの一部を

置換してPd3Pblが生成する. βPdHとPd3Pblの格子間

隔が等しいことがPbの侵入置換をより容易にしているも

のと考えられる.粉末冶金法よりも格段に穏和な条件で金

属開化合物を生成させる,この方法を化学的冶金法と呼ぶ

ことにした.

3.3 直メタ触媒の二律背反的働き6ー8)

3.3.1副 反 応

Pd-Pb金属開化合物触媒の発見により950/o以上の高い

選択率でMMAを合成できるようになった.しかしなが

ら,メタノール共存下に一段でMMAを合成できるのと

引き換えに,共存するメタノールが酸化されギ酸メチル

(以下, MFと略記する)を副生してしまう.これが直メ

タ法の弱点である. MFの副生を如何に抑制するかが直メ

タ法を工業化するに際しての重要な課題となった.

MFの副性を抑制するには触媒のさらなるブレークスル

ーが必要であり,これには直メタ触媒のー連の副反応を理

解しておく必要がある.既に紹介した副反応も交えて整理

すると主たる副反応は3つあり(Fig.4),第一は既に紹

介したプロペンとCO2が副生する反応で,アルデヒド基

552

qH3 CH31 o2

CH2=C-CHO

l

CH2=CH + CO2

2CH30H一旦-一---

HCOOCH3. 2H20

?H3 u ?H3CH2=C-CHO CH3-CH-CHO

山 松 節 男

CHl

lCH,=C-CHO

(Macr〉

1LCH3

1

CH2=C-CIPdH

IIO

CHJOH

7LCHコ0-PdH

HCHO

ILHC-PdH

ll

O

HJO

7LHO-PdH

Fig.4 Side reactionsindirect methyl esterification

reaction (DM reaction).

の脱COに由来する.これはPbにより抑制できることは

既に述べた.第二の副反応が問題のメタノールからのギ酸

メチルの副生である.一方,第三の副反応はMacrの二

重結合が水素添加されイソプチルアルデヒド(以下, IBA

と略記する)が生成する還元反応である.このものが引き

続き酸化エステル化されて生成するイソ酪酸メチルエステ

ルはMMAと沸点差が小さく蒸留分離が極めて困難とな

るため,中間副生物であるIBAは副生させたくない.

直メタ反応の制御のしにくさの一つは,酸化反応であり

ながら,ごく少量ではあるが還元副生物が同時に生成する

ところにある.

3.3.2 反応機構

式(4),及び式(5)にMMA生成反応速度式及び,

kMMA Ka Kb 【Macr】【MeOHl

MMA (1+Ka【Macr】+Kb【MeOH】)2

kMF Kb 【MeOH】 1/2

MF 1 + Ka 【Macr】+ Kb 【MeOH】Po2

(4)

(5)

MF生成反応速度式をそれぞれ示した.これらは

Langmuir-Hinshelwood型の吸着速度式で整理したもの

である.両者は明らかに酸素分圧依存性という点で好対照

をなしている.即ち, MMAが生成する主反応は酸素分

圧に依存しない.ー方, MFが生成する副反応は酸素分圧

に依存する点が主反応と大きく異なる. Fig.5に,速度解

析結果から推定される反応機構を示した.反応機構上から

は直メタ反応は酸化的脱水素反応と考えると理解しやす

い.触媒上に残った水素は酸素と反応して水としてはず

れ, Pdが再生されて触媒として回る.酸素が不足すると

Macrの二重結合が水素と反応して,還元副性物が生成す

る.

以上,速度論からはMF生成を抑制するには低酸素分

圧とすることが有効である.しかしながら,還元副生物で

あるIBAの生成を同時に抑えねばならないところに,本

反応の難しさがあり酸素分圧を絞るには限界がある. MF

の副生をー段と低減したいという要請には別なアプローチ

が必要であった.より低酸素分圧でも還元副生物を生成さ

せないための工夫が求められた.

MMA

Fig.5 Reaction

MF MAA

CH3

1CH31CH-CHO

CH3】

CH31CHICOOCH3

MIBA

Ma⊂r

IBA

network in oxidative

?ll

ll

l

●l

ll

ll

ll

ll

l

l

i

esterification

reaction of methacrolein (Macr) (presumed)

q)

LE3

<P3

PbO2 Addition

PdO Addition

0 2 4 6 8

Time[h〕

Fig. 6 0xidative esterification reaction of iso buthylic

acid (IBA).

…without Supplying Oxygen (02) ‥・

Conditions : 45oC, 2h, N2 51/h, IBA2g, MeOH50g, Pd215

Mg2/siO2 2 g.

3.3.3 Pbの役割

Pbの働きを正しく理解することで,それまでの触媒は

本来のPd3Pbl触媒の性能以上にMFを多く生成してい

ることに気が付いた.即ち, Pbはプロペンの生成を抑え

る好ましい働きの他に, MFの副生を著しく促す好ましく

ない働きをすることが分かってきた.直メタ法の特徴であ

るプロペンの生成が抑えられるのは, PbからPdへ電子

が逆供与されPdとアルデヒドの結合を安定化するためで

ある.ー方, MFの生成を大きく加速するのはPbが酸素

の取り込み口として働くためで,これは酸化pbが酸化エ

ステル化反応を大きく加速する(Fig.6)ことから示唆さ

れる.

Pbのこの好ましくない働きを最小に抑えるには触媒上

にPd3Pbl以外のPb種,例えば酸化PbあるいはPb塩

を含まぬ触媒とすればよいことに気がついた.

3.3.4 直メタ触媒の二律背反性の克服へ

直メタ法反応の制御のしにくさは説明してきた如く,第

ーに酸化反応でありながら,還元副生物を少量ではあるが

一部副生すること,第二にプロペン低減に有効な働きをす

るPbが不都合なことに酸化生成物であるⅣIF生成を加

γol.43 No.7 2001

Macr

MeOH

直メタ法MMA金属間化合物触媒の発見から工業化まで

talyst DeactNat10n)

Products from Oxidation

(MF etc.)

By Products from Reduction

Fig. 7 Reductive oxidation reaction field.

適するという,二重の二律背反性を示すが故にMFの副

生を抑制するのが一筋縄でいかなかったことであり,ブレ

ークスルーが要求された所以である.

これらの二律背反性の克服には, 10年間の研究凍結を

経て, 1991年に研究を再開して以降,本格的に取り組む

ことになった.工業触媒として,より完成度を高めるため

に,これらの課題に真正面から取り組んだが,解決には非

常な困難が伴った.

次節でそのアウトラインを紹介するが第一の課題に対し

ては,より低酸素分圧,即ち「還元的酸化反応場」 (Fig.

7)でも還元副生物を生成させなt)ための工夫を触媒設計

に取りいれることでMFを低減させることに成功した.

この「還元的酸化反応場」では触媒の安定性が増すことも

分かり, MFの低減と同時に触媒の安定化が可能になる副

次的効果も得られた.また,第二の課題に対しては「Pd3

pbl金属開化合物触媒の精密合成」技術を開発すること

で,今一つの二律背反性の矛盾を克服することができた.

3.4 工業触媒6~9)

3.4.1金属間化合物触媒の精密合成

pbがプロペン副生を抑制する,その一方で,ギ酸メチ

ルの生成を促進することは既に説明した.触媒構造とこれ

ら副反応との因果関係を詳細に調べると,プロペンが生成

しやすいのはPb欠損の残る構造完成度の低いPd3Pbl触

煤(Fig.8)であった. Jjf,ギ酸メチルが生成しやすい

のは触媒上にPd3Pbl以外のPb種,例えば酸化Pbある

いはPb塩を含む触媒であることが分かった.従って,ギ

酸メチルとプロペンの副生を同時に抑えるにはPb欠損が

なく,しかも過剰のPbも存在しない構造完成度の高い

pd3Pbl金属開化合物を精密に合成すればよかった.

しかしながら,これは容易なことではなかった.試行錯

誤の末,担体上のPdにPbを選択的に結合させる工夫を

することで過剰Pbを使用することなくPb欠損のない構

造完成度の高いPd3Pblを精密合成する方法を確立した.

しかも工業的規模でこのような触媒を製造することは至難

のわざであった.精密合成したこの触媒を高い構造完成度

を持ち,また過剰Pbを含まなtlという意味で高品位・高

conventionalCatalyst

Lack of Pb

unreplacedPd

● ●

Pb

553

Hlgh Purity and Hlgh Quality Catalyst

Pb

●Pd

Fig. 8 High purity and high quality catalyst.

Fig.9 Skin type catalyst.

Pb

Pd

純度触媒(Fig.8)と呼んだ.

3.4.2 最適反応場の設定

精密合成されたPd3Pbl触媒は高度に制御された状態で

ある.この状態を反応条件下で安定に維持するのは容易で

はなく高度に制御された状態からのずれが発生するのを避

けられなかった.反応中の触媒状態の変化を詳細に調べ触

媒構造と反応条件との因果関係を探った.その結果,反応

器に供給する酸素量を絞って可及的最少量の酸素で反応さ

せる「還元的酸化反応場」 (Fig.7)に触媒をキープする

ことで,触媒を安定化できることを見いだした.引き続

き,この「還元的酸化反応場」に最適な触媒構造について

研究を進め, Pd3Pbl触媒種を担体表層より数〃mに担持

探さを精密に制御したスキン構造触媒(Fig.9)とするこ

とにした.担体内部にPd成分を存在せないことにより触

媒表層の酸素濃度を下げることができるため,さらに酸素

量を絞ることが可能で,より過酷な「還元的酸化反応場」

での反応が可能になった.このことの意義は触媒を安定化

させるだけでなく,還元副生物を増やすことなくMFの

副生を下げるという命題に応えることでもあった.

3.4.3 触媒長寿命化

触媒の化学的安定性は「還元的酸化反応場」に触媒をキ

ープすることで可能となったが,液相スラリー状態で利用

する本反応条件下では磨耗,剥離による活性成分のロスが

ごく僅かではあるが起こり,高価なPd成分の損失につな

がる.スキン構造触媒は表面にPd成分が濃縮担持されて

いる分,その危険性が高い.担体上のPd成分の分布を精

554 山 松 節 男

密に制御する技術をさらに進化させ,高価なPdのロスを

実質的に無くすためにPd3Pblスキン層を担体表層から正

確にサブ〃m内部に移動させた.その結果, Pdの反応液

中へのロスは二桁低下することとなり, Pdロスとt)う点

では全く心配のない触媒となった.

以上の技術を総合して完成させた高性能触媒は,精密に

制御されたPd3Pblを高精度に担持探さを制御したスキン

構造触媒である.この触媒を「還元的酸化反応場」で反応

させることで,最終的に得られるMMAの選択率は95%

を超え,しかも蟻酸メチルの副生も抑制できる.ー方で,

Pd。Pbl金属開化合物の高度に制御された状態を維持で

き,しかもPdロスのJLt配がない.長期寿命を保証できる

工業触媒技術をここに確立することができた.

4.お わ り に

本稿では紙面の関係もあり,あえて話を避けた話題が二

つある.ーつは,担体の話,そしてMacr濃度を高める

話である.担体についても大きなブレークスルーがある

が,ノウハウ部分も多く,今回は割愛した.また,プロセ

ス開発上のブレークスルーにつt)ては別の機会に紹介した

いと考え, Macr濃度を高める話題も割愛させてもらっ

た.

本研究は触媒研究者そして,企業人としての自分を育て

導いてくれた.特に印象深く思うのは,研究を凍結する前

に,当時の上司が1年間だけアングラ研究を続ける猶予を

くれた.当時の触媒は今から見れば完成度が低かった.そ

こで1年間,当時の新触媒の寿命試験を少数のメンバーで

6000時間実施した.お陰で触媒寿命につt)ては当時から

確信ともt)える強い自信をもった.その上で研究を凍結し

た.自分ではどうにもならぬ時期がある.できることをす

べて成した上でありのままに受け入れて機を待つ.逆境へ

の処し方を学んだ.

最後に,本研究を始めてから工業化に至るまで20年強

の時間を要した.その間,本技術が陳腐化することなく,

より完成度を高めて工業化にまでこぎつけることができた

ことに対し,本研究に携わられた多くの方に感謝する次第

である.

文 献

1) S. Yamamatsu, Abstract for 24th Catalyst Summer

2

3

4

5

Seminar (1993)

K. Nagai,触媒学会編(触媒技術の動向と展望) 82 (1996)

M. Chono, Kagaku Keizai, 7, 48 (1998)

Japanese Patent Application Publication 45-34368

S. Yamamatsu, T. Yamaguchi, Y, Suzuki, A. Ao-

shima, Shokubai, 33, 460 (1991)

6) S. Yamamatsu, Shokubai, 41, 71 (1999)

7) S. Yamamatsu, Abstract for 31st Catalyst Summer

Seminar (2000)

8) S. Yamamatsu, Shokubai, 43, 65 (2001)

9) Japanese Laid-Open Patent 8-332383, 9-029096, 9-

52044, 10-216515

Intermetallic Compound Catalysts for MMA vl'a

Direct Methyl Esterification. Setsuo YAMAMATI

SU (Asahi-KASEI Epoxy Co., Ltd., 3-13, Ushioldori,

Kurashiki, Okayama 712-8633, Japan)

Asahi-KASEI started the commercial operation of

the new process for producing methyl methacrylate

(MMA) via direct methyl esterification reaction (DM

reaction)in 1999. This route is characterized with its

direct synthesis of MMA from methacrolein (Macr)

without going through methacrylic acid (MAA) and

with its high selectivity of higher than 95% for MMA.

Newly developed Pd。Pbl intermetallic compound cat-

alyst realized these advantages. It would have been

impossible to industrialize this new process without

"break through''of the precise synthesis of intermetal-

1ic compound catalyst, the design of highly optimized

reactionfield, and so on.

Key-words : Direct methyl esterification reaction,

Intermetallic compound catalyst, MMA, 0Ⅹy-

esteri丘cation reaction, Pd3Pbl

(㊨2001 Catalysis Society of Japan)