低温作動型 sofc にも、量子トンネル効果が見出さ...
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平成25年10月1日
概要
大阪大学大学院工学研究科の笠井秀明教授らの研究グループは、原子核に古典論を用いた従来の第一原理計
算の限界を突破するために、固体表面での世界初の水素反応量子ダイナミクス理論※1(笠井理論)を提唱し、数々
の成果を上げてきました。 本年2月には、固体高分子形燃料電池(PEFC)の燃料極における水素反応が量子トンネル効果であることを報道
発表しました。今回、発電効率で最も優れている固体酸化物形燃料電池※2(SOFC)の電解質内部における酸素イ
オン(O2-)伝導の本質が量子トンネル効果であることを突き止め、300℃という低温作動を実現する新材料とデバイ
ス構造の解明に成功しました(関連特許:出願 8 件、うち国内登録が 1 件、米国登録が 1 件)。 本成果は、13th International Symposium on Solid Oxide Fuel Cells (SOFC-XIII、沖縄開催) の研究発表(10
月 8 日)及び真空 10 月号(Journal of the Vacuum Society of Japan Vol. 56, No. 10)にて発表されます。
研究の背景
現在、世界が直面する環境・エネルギー問題の解決と低炭素社会の実現に向けて、化石燃料に代わるクリーンな
燃料電池の普及が期待されています。中でも、空気中の酸素(O2)と都市ガスから作った水素(H2)を利用して発電
する固体酸化物形燃料電池(Solid Oxide Fuel Cell, SOFC)は、触媒材料に貴金属※3を使用しないため「高効率」
「低コスト」「省スペース」という特長を有するので大きな注目を集めております。 SOFC の発電メカニズムは次のように進行します。先ず、空気極(正極)に供給された空気中の酸素(O2)が電子
を受け取り酸素イオン(O2-)となります。次にセラミックス(固体酸化物)の電解質膜中を酸素イオンが空気極から燃
料極に移動します。燃料極(負極)では、水素(H2)や一酸化炭素(CO)と酸素イオン(O2-)が反応し、水(H2O)と二
酸化炭素(CO2)が生成します。その際に放出された電子によって発電され、発電を終えた電子は空気極に移動しま
す。 一般に 750℃以上の高温作動型 SOFC では、マクロスケールからナノスケール領域に及ぶ電解質の損傷・劣化
挙動が問題となっており、作動温度の低温化が望まれています。ところが、作動温度が低くなると、電解質の抵抗増
大や電極近傍の化学反応が不活発になるため発電性能が低下します。これは、化学エネルギーから電気エネルギ
ーに変換できる理論効率の最大値は温度低下と共に増大しますが、その一方で、電解質の抵抗や電極境界領域で
の反応抵抗が大きくなり、発電効率が低下するためです。よって、低温でも十分低い電気抵抗を示す電解質の研究
開発が必要となります。 PEFCとSOFCは発電機能に変わりはありませんが、SOFCはPEFCに比べて発電効率が高く、原燃料からより
多くの電気エネルギーを取り出せることが特徴です。また SOFC はシステム構成がシンプルなので、現行のエネファ
ームと比べて大きさで約 5 割程度、重さで 3 分の 2 程度とコンパクトにできます。
今回の成果
本研究では、世界に先駆けて確立した「量子ダイナミクス理論(Hyper-Naniwa※4)」を、固体酸化物形燃
料電池(SOFC)に適用した知的設計手法「CMD※5(Computational Materials Design)」を構築し、以下
の新規材料と反応メカニズム解明により、作動温度 300℃という低温作動型 SOFC の知的設計に成功しまし
た。
低温作動型 SOFC にも、量子トンネル効果が見出された! SOFC の室温動作に向けた大きな一歩
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1) 低温作動型 SOFC 用電解質の新材料の知的設計 : 電解質の新材料は、化学式が Ce1−xSmxO2−δで与え
られ、SDC(Samarium-Doped Ceria)と呼ばれるセリア系の材料です。この材料には、酸素イオンの伝導
パスが容易に形成されるという特徴があります。 2) 低温作動型 SOFC 用電解質の新構造の知的設計 : 電解質の新構造は、化学式が Ce1−xSmxO2−δで与え
られる SDC に対して一軸応力を印加すると、セル体積を僅かに変形させる二軸応力歪が発生します。この
構造により、電解質内部における酸素イオン(O2-)の移動が容易になり、伝導率も向上するため 300℃という作
動温度が実現しました。 3) 低温作動型 SOFC 用電解質の新材料の動作メカニズムの解明 : CeO2の Ce の一部を Sm で置換するこ
とにより、Sm 近傍では熱励起型の酸素イオン(O2-)伝導よりも量子トンネル型の酸素イオン(O2-)伝導が起こ
りやすくなります。こうしたメカニズムが解明できたので、量子トンネル効果を生起しやすい材料を知的設計するこ
とで室温動作に近づけた SOFC の実現も可能であると考えています。
本研究が社会に与える影響(本研究成果の意義)
本研究により、固体酸化物形燃料電池の反応メカニズムはトンネル効果が本質的に寄与するものであり、固
体高分子形燃料電池と共に最先端の量子反応デバイスであることが明らかになりました。富士経済の燃料電池
市場予測は、2025 年の世界市場は 5 兆円、国内市場は 1 兆 6 千億円です。その時点における SOFC は PEFCの 1/5 という規模ですが、IEA(International Energy Agency)と(財)日本エネルギー経済研究所の予測資
料によれば、図に示すように、2040 年以降は SOFC が PEFC を凌駕すると考えています。今回の成果はこう
した予測を加速するものであり、燃料の選択肢が広く、高性能・ローコストな究極のエコ電池が実現可能に
なり、省エネルギー・低炭素社会の実現に大きく貢献すると思われます。
用語集
※1 量子ダイナミクス理論 量子ダイナミクス理論とは、固体表面および固体内部の動的反応を記述する我々が独自に創り上げた世界初の理論であり、電子系と原子核の両方の量子運動状態を取り扱う量子第一原理計算を生み出した。一方、従来の第一原理計算は、原子核を静止させた古典力学で扱い、電子系の量子運動状態のみを計算していた。
※2 固体酸化物形燃料電池〔SOFC=Solid Oxide Fuel Cell〕 固体酸化物を電解質として用いた燃料電池。燃料電池は水素と酸素を利用した次世代の発電システムであり、水の電気分解と逆の原理によって高効率の発電を行う。燃料電池の電解質におけるイオン伝導度(伝達のしやすさ)とその動作温度が開発の重要な鍵となる。
※3 貴金属 一般には、金(Au)、銀(Ag)、白金(Pt)、ルテニウム(Ru)等の元素を指す。存在が希少なものが多く、反応活性を高め、同時に CO被毒を軽減するために、白金とルテニウムは燃料電池の反応を促進する触媒として利用される。
※4 Hyper-Naniwa 固体表面の水素の量子運動状態に限定された初期の量子第一原理計算を Naniwa と呼び、固体表面と固体内部の各種元素の量子運動状態を扱う量子第一原理計算を Hyper-Naniwaと呼ぶ。
※5 CMD(Computational Materials Design) CMD は、最初に所望の物性を持つ候補物質を決め、その構造に基づいた量子シミュレーションを行う。計算結果の定量的に評価して、所望の物性に近づく条件を判断する。この処理を再帰的に行うことによって、所望物質を設計するシステムである。
特記事項
本研究は、平成 22年度先端的低炭素化技術開発事業(ALCA)【蓄電デバイス】の研究プロジェクトである「高酸素イオン伝導体ナノ薄膜を用いる革新的金属 ― 空気2次電池」<九州大学(プロジェクトリーダー:石原達己)、大阪大学(テーマ責任者:笠井秀明)、コニカミノルタ株式会社>の研究に関連して見出されたものです。
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関連図面
■固体酸化物形燃料電池の構造と動作メカニズム
■CeO2の構造
セパレータ
2H2O2
2H2O
O2-
2e-2e-
セパレータ
水素 空気
燃料極固体酸化物膜(セラミックス膜)
空気極生成水
O2-
O2
セパレータ
2H2O2
2H2O
O2-
2e-2e-
セパレータ
水素 空気
燃料極固体酸化物膜(セラミックス膜)
空気極生成水
O2-
O2
4
■CeO2の Ce の一部(約 4%)を Sm と置換
■Sm 近傍の酸素イオン伝導の様子
5
■酸素イオンに対するポテンシャルエネルギー
■酸素イオン伝導の量子トンネル効果
6
■酸素イオン伝導の波動関数
■SOFC と PEFC の市場推移予測