日本国憲法第 9 条の成立過程と 日本国憲法改正草案第 9 条 · り第9...

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1 日本国憲法第 9 条の成立過程と 日本国憲法改正草案第 9 憲法第 9 条に対する認識の変遷 新井 万輪 (岩谷研究会 3 年) 序 論 Ⅰ 近時の日本国憲法第 9 条の解釈 1 日本国憲法改正草案第 9 2 安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会と安倍首相の理念 Ⅱ これまでの日本国憲法第 9 条に対する見解 1 日本国憲法第 9 条成立の歴史的過程 2 現在の日本国憲法第 9 条認識 結 論 序 論 20147 1 日の集団的自衛権行使容認から約一年後、20159 19日に安全 保障関連法案(以下、安保法案と略す。)の強行採択がなされた。この採択までに、 国会議員や学者だけでなく多くの国民が反対デモ活動に参加した。また参加した 国民の層も幅広く、地方議会において、また学生や主婦、母親も加わり、それに 僧坊などが安保法案成立に反対の意思を示した。かつて日本の政治的無関心を批 判していた海外メディアも関心を寄せていた。毎日新聞によると、イギリスの BBC ニュースは日本の安保法案への反対デモ活動に関心を示し「日本の若者は 目覚めた 1」と報道した。しかし結果として、国民の意思は反映されず国会では 与党による安保法案の強行採択が行われた。これに対して未だに反対の声が上 がっているが、今や政府と国民の間では平和主義に対する認識は大きくずれてい

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日本国憲法第 9 条の成立過程と 日本国憲法改正草案第 9 条

―憲法第 9 条に対する認識の変遷―

新井 万輪 (岩谷研究会 3 年)

序 論Ⅰ 近時の日本国憲法第 9条の解釈  1 日本国憲法改正草案第 9条  2 安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会と安倍首相の理念Ⅱ これまでの日本国憲法第 9条に対する見解  1 日本国憲法第 9条成立の歴史的過程  2 現在の日本国憲法第 9条認識結 論

序 論

2014年 7月 1日の集団的自衛権行使容認から約一年後、2015年 9月19日に安全

保障関連法案(以下、安保法案と略す。)の強行採択がなされた。この採択までに、

国会議員や学者だけでなく多くの国民が反対デモ活動に参加した。また参加した

国民の層も幅広く、地方議会において、また学生や主婦、母親も加わり、それに

僧坊などが安保法案成立に反対の意思を示した。かつて日本の政治的無関心を批

判していた海外メディアも関心を寄せていた。毎日新聞によると、イギリスの

BBCニュースは日本の安保法案への反対デモ活動に関心を示し「日本の若者は

目覚めた1)」と報道した。しかし結果として、国民の意思は反映されず国会では

与党による安保法案の強行採択が行われた。これに対して未だに反対の声が上

がっているが、今や政府と国民の間では平和主義に対する認識は大きくずれてい

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2 法律学研究55号(2016)

ると思われる。

そこで本稿は平和主義の認識の変化について、日本の平和主義の象徴である、

日本国憲法第 9条を基に考察することとする。Ⅰ- 1では、2012年 4月に発表さ

れた日本国憲法改正草案を素材に、憲法第 9条に対する近時の憲法改革の動きと

その内容を整理する。また、同- 2では2014年 5月の「安全保障の法的基盤の再

構築に関する懇談会」と懇親会の報告に対する安倍首相の発言を基に、近時の憲

法第 9条に対する新しい解釈を整理する。Ⅱ- 1では、憲法の成立過程に立ち返

り第 9条平和主義の条文の制定意図等を明らかにする。同- 2では、芦田修正を

経て、現行憲法の運用下で、立法面、司法面、学説の三つの側面から同条の解釈

を整理して、 9条に対する共通認識を考察していく。

Ⅰ 近時の日本国憲法第 9条の解釈

1 日本国憲法改正草案第 9条

近時の日本国憲法に対する解釈を表した一例として、ここでは、2012年 4月に

発表された自民党の『日本国憲法改正草案』を見ることとする。2012年 4月27日、

当時、自民党の総裁であった谷垣禎一が、総裁記者会見にて当該改正草案を発表

し、発表時に今後は国会提出に向けて活動する旨を表明した。以下の条文は同改

正草案第 9条の内容である。

第二章 安全保障

第 9条(平和主義)

1 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の

発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を

解決する手段としては用いない。

2 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。

第 9条の 2(国防軍)

1 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理

大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。

2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところ

により、国会の承認その他の統制に服する。

3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の

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定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調

して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守

るための活動を行うことができる。

4 前 2項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制および機密の保持に関

する事項は、法律で定める。

5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防

軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところに

より、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴

する権利は、保障されなければならない。

第 9条の 3(領土等の保全等)

国は、主権と独立を守るため、国民と協力して、領土、領海及び領空を保全

し、その資源を確保しなければならない2)。

ここでまず、各条文の趣旨について、当該の日本国憲法改正草案と同時に発表

された『日本国憲法改正草案 Q&A』に書かれている説明を交えて考察していこう。

本案では、第 9条(平和主義)では第 1項はともかく、第 2項の文言が大きく

変更されており、国の交戦権や戦力放棄を規定する文言を大胆に削除して、自衛

権の発動を明文化している。この意図について自民党は、「武力の行使」や「武

力による威嚇」という文言から、第 1項で制限されているのは侵略戦争のみであ

ると考えている。すなわち、この改正第 9条案では制裁戦争や自衛戦争は妨げら

れず、禁止されていないと考えている。また、第 9条第 2項の修正について、そ

の意図は主権国家の自衛権は当然にしてある自然権であり、それを改正草案第 9

条第 2項で明示したと説明している。また、同草案第 9条第 2項における『自衛

権』に該当する範囲について、自民党は「「自衛権」には、国連憲章が認めてい

る個別的自衛権や集団的自衛権が含まれていることは、言うまでもありませ

ん。3)」と説明している。この条文を基に憲法は集団的自衛権を含む広い範囲に

おいて自衛権を認めるものとして理解していると思われる。

第 9条の 2(国防軍)についてだが、国防軍を設置することで国家の独立を維

持する意図があると Q&A では説明している。ところで、国防軍は自衛隊の同義

の存在だろうか。Q&Aでは、「独立国家が、その独立と平和を保ち、国民の安全

を確保するため軍隊を保有することは、現代の世界では常識です4)。」と説明して、

国防軍の設置を正当化している。つまり自民党は、国防軍は軍隊だと考えている。

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4 法律学研究55号(2016)

また、国防軍の活動に関して Q&Aでは、集団安全保障における制裁行為や法律

に基づいた武力行使が可能であると説明している。一方で従来の政府見解におい

て、自衛隊は「必要最小限度の自衛力をもつ組織」とされていて、憲法がその保

持を禁止する戦力には該当せず、違憲ではないと解されてきた。そのため、集団

安全保障における制裁行為など、必要最小限度の自衛力の行使とは言えない行為

は認められていなかった。このことから、国防軍と自衛隊は同義の存在ではない

と考えられる。国防軍の活動範囲について政府は大きく三点に分けている。第一

は「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するための活動5)」であ

り、これは国防軍の本来の目的である国家の平和維持に係る活動に当てはまる。

第二は「国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活

動6)」であり、これは国際平和維持活動や国際紛争における制裁活動に当てはま

るのだと説明している。第三に「公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自

由を守るための活動7)」であり、これは治安維持や災害派遣などが該当する。国

防軍はただ国家の存立をまもるだけでなく、国際平和への貢献のためにも積極的

に活動が支持されているように思われる。また、審判所設置については軍事機密

の保護性重視のため、審判の関係者も軍人から選出することを Q&Aで説明して

いる。

第 9条の 3(領土等の保全等)について、この条文には「国民と協力して、領土、

領海及び領空を保全し、その資源を確保しなければならない。」と国民に領土、

領海、領空の保全に関して協力を要請している。この根拠として自民党は前文の

規定を基にして、前文にて抽象的に国を自ら守っていくと示し、その具体的な方

策として第 9条の 3を規定していると説明している。また領土等を守ることは国

の主権の独立を守り、それは国民一人一人の生命や財産の保護にもつながるとも

説明している。そしてその協力の内容ついて Q&Aでは、土地の調査や、安全保

障にかかわる公共施設の整備などにおいて協力を要請すると例示しているが、実

際にどこまでの協力が求められるかは明示されていない。しかし、Q&Aでは「も

ちろん、この規定は、軍事的な行動を規定しているのではありません。8)」と断

言しており、また、改正草案で第 9条の 3を作る際に、徴兵制を規定した条文に

ならないように作成したと説明している。つまり、改正草案の第 9条の 3では、

国民が軍事的なことに協力することまでは要請していないと考えられる。

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2 安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会と安倍首相の理念

以上が自民党による第 9条の改正案の趣旨である。国防軍など軍事的機関の設

置や国防への協力など、今までの日本国憲法第 9条にはなかったものが日本国憲

法改正草案では新たに含まれていて、一方で現行の日本国憲法第 9条第 2項の国

の交戦権が削除されている。日本国憲法改正草案第 9条では草案内の章題にもあ

るように「安全保障」が重視されているが、安全保障について、安倍晋三首相は

以下のようにコメントしている。

もはやどの国も一国のみで平和を守ることはできない、これは世界の共通

認識であります。だからこそ私は積極的平和主義の旗を掲げて、国際社会と

協調しながら世界の平和と安定、航空、航海の自由といった基本的価値を守

るために、これまで以上に貢献するとの立場を明確にし、取り組んできまし

た。(中略)あらゆる事態に対処できるからこそ、そして、対処できる法整

備によってこそ抑止力が高まり、紛争が回避され、我が国が戦争に巻き込ま

れることがなくなると考えます9)。

これは「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」の(以下、安保法制懇

と略す。)報告書を受けた政府の「基本方向性」に対する安倍首相のコメントで

ある。安保法制懇とは2007年から設置された安倍首相の私的諮問機関である。国

連憲章第51条や日米安全保障条約において国家は集団的自衛権を有しているにも

関わらず、日本国憲法の解釈の制約上から行使できない事態に対し、その事態を

打開するために設置されたとされている。このコメントは2014年 5月15日の安保

法制懇を受けて、翌日16日に記者会見で発表されたコメントの冒頭発言である。

このコメントの前に安倍首相はカンボジアで平和活動中に武装集団に襲われた

日本人の例や北朝鮮のミサイルのことなどを基に、世界情勢が緊張していること

を説明し、だから非武装主義だけでは一国の平和や独立は維持できないと述べて

いた。首相は、積極的平和主義を採り他国と協力することで日本の平和維持をす

る方針を示した。また、有事に対処できる制度を予め作っておくことで、どのよ

うなときでも迅速に対処できることを示し、それにより紛争を回避できるとして

いた。しかし、2014年 5月15日の安保法制懇の報告書では、軍事的措置を伴う国

連の集団安全保障措置への参加、武力攻撃に至らない侵害への対応、在外日本国

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6 法律学研究55号(2016)

民の保護及び救出、国連 PKOの一員としての武器使用などを憲法上認められる

べきだと述べられている。こうなると、武力行使の範囲が地理的にも行使の内容

としても幅広く容認され、より本格的な軍事機構、軍事制度をもつ恐れがあると

考える。

一方で以下のような内容も安保法制懇を受けた基本方向性に関する冒頭発言で

述べている。

(前略)個別的か、集団的かを問わず自衛のための武力行使は禁じられてい

ない、また、国連の集団安全保障措置への参加といった国際法上、合法的な

活動には憲法上の制約はないとするものです。しかし、これまでの政府の憲

法解釈とは論理的に整合しない。私は憲法のこうした活動の全てを許してい

るとは考えません。したがって、この考え方、いわゆる芦田修正論は政府と

して採用できません。自衛隊が武力行使を目的として湾岸戦争やイラク戦争

での戦闘に参加するようなことは、これからも決してありません10)。

安倍首相は、『芦田修正論』とは違う、と述べている。本稿でも触れるが、芦

田修正論とは、日本国憲法の草案を審議する第九十帝国議会にて芦田が修正した

ものに関する解釈だが、この文脈では、日本国憲法第 9条は集団的自衛権行使容

認を認めるだけでなく、国連平和維持活動や国連の多国籍軍に参加可能であると

解釈する説と、理解しておこう。そしてこの芦田修正論と安倍首相の考える安全

保障の内容は違うとある。上述した発言で国連の集団安全保障への参加といった

国際法上、合法的な活動でも憲法上許さない活動もあると否定していることから、

芦田修正論と安倍首相の考えの違いは、おそらく憲法第 9条が容認している海外

での武力行使の範囲についてであろう。その例示として安倍首相は「自衛隊が武

力行使を目的として湾岸戦争やイラク戦争での戦闘に参加するようなこと」を挙

げ、この行為を否定している。

Ⅱ これまでの日本国憲法第 9条に対する見解

1 日本国憲法第 9条成立の歴史的過程

( 1) 第 9条の源流

日本国憲法第 9条の過去の見解を検討する前に、戦後どのようにして日本国憲

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法が成立したか、その成立過程を当時の資料も交えて説明しておこう。

1945年 8月15日、日本がポツダム宣言を受諾し第二次世界大戦が終結した後、

大日本帝国憲法の改正に着手したのは同年10月25日からであると考えられる。こ

の日に日本政府は憲法調査問題委員会を設置して、大日本帝国憲法の法的問題を

調査するところから改正は始まった。連合国最高司令官総司令部(以下、GHQと

略す。)は大日本帝国憲法について詳細に当時の現行憲法の法的作草問題を検討

した。1945年12月 6日のラウエル少佐が GHQに宛てた、「日本の憲法について

の準備的研究と提案」というレポートでは、大日本帝国憲法を「An analysis of

the actual operation of government discloses many abuses of authority which

permitted militarists to obtain control of the government and subvert it to their

ends during the past two decades.(統治作用の実際を分析した結果、数多くの権限の

濫用があったことが判明した。過去20年間、軍国主義者たちが政治を支配し、これを彼

等の目的遂行に奉仕せしめることができたのは、このような権限の濫用によってであ

る。)11)」と指摘している。その約二カ月後、同年12月26日に憲法研究会は憲法草

案要綱を日本政府と GHQに提出する。憲法草案要綱は民間団体で作られた憲法

草案であり、日本政府の正式な憲法草案ではないが、この案は特に GHQ側に影

響をもたらし、当時の GHQにおいて「The provisions included in the proposed

constitution are democratic and acceptable.(この憲法素案中に盛られている諸条項

は、民主主義的で、賛成できるものである。)12)」と好評を得た。一方、日本政府では、

松本烝治国務長官が同年12月31日、鎌倉の別荘にて憲法改正試案の起草を始める。

これが所謂「松本案」の始まりといえるだろう。

1946年になると、憲法草案作成も佳境を迎える。同年 2月 4日にはホイット

ニー民政局長を通じてマッカーサー三原則が民政局の憲法草案チームに提示され

た。一方で松本国務相の憲法改正要綱は同年 2月 8日に提出された。しかし、当

時の所見において松本案は酷評を受けており、明治憲法と大差がないという分析

が全体的になされている。同年 2月10日には GHQ民政局が憲法草案をマッカー

サーに提出した。そして13日にはその GHQ案が松本国務相と吉田外務大臣に手

交された。日本側は簡単には受け入れられず、回答期限を 2月19日から 2月22日

まで延長することを GHQに申請していた。そして同年 2月22日に、受け入れを

決定して、日本国憲法の原型を GHQ案にすることとした。同年 2月27日から

GHQ案を参考に日本案が正式に作られはじめ、 3月 4日の GHQ側と日本政府

の憲法草案に関する審議を行い、 3月 5日に日本案を憲法改正草案要綱として決

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8 法律学研究55号(2016)

定した。 3月 4日の会議で憲法の大まかな内容が決定され、この先は細かい修正

を行っていくことになる。政府は 3月 7日に憲法改正草案要綱を新聞で報道し、

同年 4月17日には帝国憲法改正案全文を発表した。その後 6月28日には憲法草案

が衆議院の特別委員会に付託される。このとき、一カ月後の 7月25日に芦田憲法

改正特別委員会委員長が憲法草案修正のために、小委員会を組織する。この組織

はのちに芦田修正が行われた組織である。同年 8月24日には憲法草案が衆議院に

て修正可決され、貴族院でも衆議院と同様の流れのもと同年10月 6日に可決され

た。そして10月 7日には日本国憲法草案が帝国議会を通過し、同年11月 3日に国

民に日本国憲法が公布された。

このようにして日本国憲法は作られたが、ではその過程で第 9条はいつ作られ

たのだろうか。戦争放棄の条項を入れることが提案されたのが、1946年 1月24日

のマッカーサーと当時の首相であった幣原喜重郎との対談のときである。1964年

に出版された『マッカーサー回顧録』によると「新憲法を書上げる際にいわゆる

『戦争放棄』条項を含め、その条項では同時に日本は軍事機構はいっさいにもた

ないことを決めたい、と提案した。13)」とあり、幣原が提案して、マッカーサー

がその提案に合意して、戦争放棄を謳う条項が作られることとなった。その対談

後、同年 2月 3日、マッカーサーは GHQ民政局長であるホイットニーにマッ

カーサー三原則を提示し、それを基に憲法草案の作成を命じたが、憲法草案作成

の基本方針であったマッカーサー三原則には、三つの原則がある。それは「天皇

は国の元首であること」、「戦争放棄」、「封建制度の廃止」である14)。以下はマッ

カーサー三原則の一つである「戦争放棄」の条項である。

War as a sovereign right of the nation is abolished. Japan renounces it as an

instrumentality for settling its disputes and even for preserving its own

security. It relies upon the higher ideals which are now stirring the world for

its defense and its protection.

No Japanese Army, Navy or Air Force will ever be authorized and no rights of

belligerency will ever be conferred upon any Japanese force. 15)

ここで注目したい点は二点ある。第一に、上記の条項の第二段落目である。日

本語に訳すと「日本は、紛争解決のための手段としての戦争、さらに自己の安全

を保持するための手段としての戦争も放棄する。16)」と読むことができる。現在

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の日本国憲法では「国際紛争を解決する手段として」という芦田修正による文言

があるため、自衛戦争に関して解釈の余地があるのだが、初期の段階では自衛戦

争さえも否定されている。よって上記の第二段落目は、自衛戦争等が完全に否定

されていない現在の憲法第 9条とは大きく異なる箇所だといえる。第二に、文章

全体に「平和(peace)」の文言がないことである。日本国憲法 9条といえば憲法

の三原則の一つである「平和主義」の象徴ともいえるが、それのベースの発想で

あるマッカーサー三原則には戦争放棄しか謳われていないのである。つまり、 9

条の根本的な発想ともいえるマッカーサー三原則において、戦争放棄が何より重

要であり、平和主義的観念は成文化されていないのである。

( 2) 平和主義の発想

では、第 9条に平和主義の趣旨が明文をもって盛り込まれたのはいつだろうか。

日本国憲法第 9条に平和主義を入れるかどうか議論になったのは第九十帝国議会

のときであった。この議会は1946年 5月16日に召集され、事実上、日本国憲法の

内容を決定する議会であった。同年 6月22日、その議会において社会党議員の片

山哲が以下のような意見を発したのがきっかけである。

民主憲法は積極的に、日本国は平和国として出発するものであることを明示

する、世界に向っての平和宣言を必要とすると私は考えるのであります。例

えば第二章の戦争放棄の前に別条設けることも宜しいと思いまするが、日本

国および日本国民は平和愛好者たることを世界に向って宣言する、世界恒久

平和の為に努力する、且つ国際信義を尊重する建前であることを声明するこ

とが必要なりと私は考えて居るのであります17)。

ここで日本案のベースとなった GHQの憲法草案を確認する。

War as a sovereign of the nation is abolished. The threat or use of force is

forever renounced as a means for settling disputes with any other nation.

No army, navy, air force, or other war potential will ever be authorized and no

rights of belligerency will ever be conferred upon the State. 18)

ここでは先に挙げたマッカーサー三原則「戦争放棄」の条項とは少し変化して、

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10 法律学研究55号(2016)

even for preserving its own securityにあたる内容が削除されている。つまり、自

衛戦争を明らかに否定した内容が消えてしまい、私はこれがのちに自衛戦争は合

憲かどうかの論争に発展する、そもそもの発端なのかもしれないと考える。自衛

戦争に関する見解は後ほど述べるとして、ここでもやはり、平和(peace)に関

する言及がない。そこで、1946年 6月22日の第九十帝国議会の中で、片山哲から

平和主義に関する内容を入れたらどうか、という提案が出てきたが、これに対し

て日本政府内でも意見が分かれた。たとえば時の首相であった吉田茂はこの議会

の片山の発言に対し、「憲法に戦争放棄を明記したことに付きましては、(中略)

其の趣意を以て世界に既に呼び掛けている訳であります。19)」と消極的な態度を

示し、当時の憲法担当大臣金森徳次郎もこれに賛同している。この一方で、鈴木

義男議員や森戸辰夫議員、均憲法改正特別委員会委員長芦田均は吉田らの意見と

は反対に、平和主義の理念を積極的に明文で盛り込む姿勢を示していた。特に芦

田はこの帝国議会の本会議にて、「改正憲法の最大の特徴は、大胆率直に戦争の

放棄を宣言したことであります。是こそ数千万の人命を犠牲とした大戦争を体験

して、万人の齊しく懇望する所であり、世界平和への大道であります。我々は此

の理想の旗を掲げて全世界に呼掛けんとするものであります。20)」と発言してい

る。その後、金森も1946年 7月 1日の第九十帝国議会帝国憲法改正案特別委員会

で「条文としては僅か一箇条、項目として二つに過ぎないのでありますが(中略)、

全世界の平和愛好諸国の先頭に立たんとする趣旨明らかにいたしまして、恒久平

和を希求するわが大理想を力強く宣言したのであります。蓋し、これは軽い意味

を以て考うべきものでなく、(中略)はっきり世界に向って根本の精神の存する

所を以て、謂はば呼び掛けると云う態度であります。21)」と述べ、平和主義を盛

り込むことに消極的な意見を変えて、日本国憲法第 9条は戦争放棄の条項でなく

平和主義法制を謳う条項として解釈される素地ができた。

ところで GHQ側は日本国憲法九条に平和主義の要素を取り入れたことを、ど

う捉えていたか。ここでは GHQも反対していなかったことを確認しておきた

い22)。その論拠を二つ示しておくこととする。

まず一つ目は日本国憲法草案の前文である。GHQの日本国憲法前文案は以下

のとおりである。

Desiring peace for all time and fully conscious of the high ideals controlling

human relationship now stirring mankind, we have determined to rely for our

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security and survival upon the justice and good faith of the peace-loving

peoples of the world. We desire to occupy an honored place in an international

society designed and dedicated to the preservation of the peace, and the

banishment of tyranny and slavery, oppression and intolerance, for all time

from the earth. We recognize and acknowledge that all peoples have the right

to live in peace, free from fear and want.23)

この GHQの前文案において、上指文二文目(We desire to...)のように国際平

和への貢献を中心に明らかな形で平和主義を宣言している。このように GHQ案

の前文は現在の日本国憲法の前文にもかなり近い形になっているが、訳した憲法

の前文の存在は当時の日本では実に異例のことであった。日本国憲法の前身であ

る大日本帝国憲法には前文にあたる箇所がない。それは松本案でも同様であり、

松本案では前文はなくいきなり第一条から始まっている。GHQ案について松本

自身も「前文は、憲法の一部でしょうか24)」とホイットニーに質問している。こ

のことから、今日の日本国憲法にある前文は、日本人が自ら作り出すことに期待

を寄せられず、GHQが独自に作り上げたものだといえるだろう。GHQがこの国

際平和に関する言及を書いたのだとすると、日本側の議論として現れてきた。憲

法第 9条の平和主義的理解にも、格別反対する理由が見当たらないもなかったと

考えられる。

二つ目は1946年 4月 5日の連合国第一回対日理事会におけるマッカーサーの発

言である。そこでマッカーサーは以下のように連合国に対して発言している。

国策の手段としての戦争が完全に間違いであったことを身にしみて知った国

民の上に立つ日本政府がなしたこの提案(第 9条の内容)は、実際に戦争を

相互に防止するには国際的な社会・政治道徳のより高次の法を発展させるこ

とによって人類をさらに一歩前進させる必要性を認めるものです。

したがって私は戦争放棄に対する日本の提案を、全世界の人々が深く考慮す

ることを提唱するものです。道はこれしかありません。国際連合の目標は賞

賛すべきもの偉大で気高いものですけれども、その目標も日本がこの憲法に

よって一方的に行うことを提案した戦争する権利の放棄を、まさにすべての

国が行った時に初めて実現されるのです。戦争放棄は同時かつ全般的でなけ

ればなりません。それはオール・オア・ナッシングなのです。それは言葉だ

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けでなく行動によって効果を上げなければなりません。平和を求めるすべて

の人々の信頼を勝ち得られるような明確な行動によってです25)。

マッカーサーは上掲した発言の中で、日本国憲法第 9条が国際連合の目標であ

る世界平和を達成するために必要であり、全世界が第 9条の内容を実行すること

でその目標が達成されると述べている。さらに、世界平和という目標を達成する

には第 9条のような方法しかないと断言している。この他にもマッカーサーは

1955年のアメリカ上院軍事外交合同委員会や同年のロサンゼルスでの演説など、

さまざまな場面で日本国憲法第 9条を対外的に高く評価していて、こういった態

度からも格別反対するような姿勢が見当たらなかったと考える。

ともあれ、日本国憲法第 9条は、GHQが提示した戦争放棄の明文を原初的な

形として、そこに日本政府によって徐々に平和主義の理念と見出されるものとし

て作成されていったと考えられるだろう。

( 3) 芦田均の理念とねじれ

現行の日本国憲法第 9条第 1項には「日本国民は、正義と秩序を基調とする国

際平和を誠実に希求し」と規定され、また同条第 2項の冒頭には「前項の目的を

達するため」との文言がみられる。この部分を追加修正したのが芦田均である。

以下、「芦田修正」と称するが、その修正の意義を探るため、修正前後の第 9条

案を比較してみることとする。

(修正前の条文)

国の主権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、他国との間

の紛争の解決の手段としては、永久にこれを抛棄する。

陸海空軍その他の戦力は、これを保持してはならない。国の交戦権はこれを

認めない。

(修正後の条文)

日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動

たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段と

しては、永久にこれを放棄する。

前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国

の交戦権はこれを認めない26)。

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修正によって、例えば「~保持してはならない」が「保持しない」のように、

解釈の余地を残すような曖昧な表現に変化した。この修正後の解釈について芦田

自身は以下のように示している。

「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない」

とある。前項の目的とは何をいうか。この場合には国策遂行としての具とし

ての戦争、または国際紛争解決の手段としての戦争を行うことの目的を指す

ものである。自衛のための武力行使を禁じたものと解釈することはできな

い27)。

他にも芦田は、自衛権についても「平和維持のために自衛力をもつことは、天

賦の権利として認められているのである。28)」とも述べている。

一方で芦田は第九十帝国議会にて「改正憲法の最大の特徴は、大胆率直に戦争

の放棄を宣言したことであります。29)」と委員会で発言している。つまり制定当

初は九条の戦争放棄を大いに評価し、この趣旨を以て世界に平和を発信させたい、

といった旨の発言をしている。その前提から考えると、自衛のためとはいえ、戦

力をもってもいい、と修正案を解釈したことは、それまで芦田は戦力保持全面放

棄を採っていると思っていた人々にとって衝撃的なことであっただろう。つまり

芦田は第 9条に平和主義の理念を盛り込む提案が出された際には、戦争放棄を今

日の憲法の「最大の特徴」とまで言っていたにも関わらず、修正の際には自衛力

は国家が持つべきものであるとその考えを変更している。ここには立法趣旨の変

更が見えるのではないだろうか。このことによって条文の表現は曖昧になり、自

衛隊が発足する1955年には自衛隊の合憲性が問題となってゆく。つまり芦田修正

によって第 9条の解釈の対立が起こり、同時に憲法 9条の解釈も戦争の全面否定

から限定否定へと変化を見せ始めてゆくのである。

そこで、憲法 9条に対する芦田の最終的な見解は結局どうだっただろうか。

芦田均が書いた日本国憲法の解説書『新憲法解釈』(1946年)には、当時の政府

解釈を踏まえつつ 9条の自衛戦争に関する解釈が以下のように綴られている。

第九条の規定が戦争と武力行使と武力による威嚇を放棄したことは、国際紛

争の解決手段たる場合であって、これを実際の場合に適用すれば、侵略戦争

ということになる。したがって自衛のための戦争と武力行使はこの条項に

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従って放棄されたのではない30)。

彼は修正時の解釈に従って、自衛戦争は放棄されていない、と断言した。さら

に芦田自身は自衛戦争どころか、「又侵略に対して制裁を加える場合の戦争もこ

の条文の適用以外である。31)」と他国への制裁戦争も第 9条によって放棄されて

いない、とこの文章の後に説明している。自衛戦争の問題について芦田は最終的

に、日本国憲法第 9条は侵略戦争のみを放棄したという風に解釈したと考えられ

る。また、芦田は第 9条の意味について、以下のようにも書いている。

第九条の規定する精神は、人類進歩の過程において明らかに一新時期を画す

るものであって、吾等がこれを中外に宣言するに当り、日本国民が他の列強

に魁けて、正義と秩序を基調とする平和の世界を創造する熱意あることを的

確に表明せんとする趣意に外ならぬのである32)。

放棄される戦争の範囲はともかくとして、戦争を放棄し、戦力不保持を明文化

することで、日本の平和主義の在り方を説明し、国際平和にも貢献する旨も示す

と芦田は考えたと思われる。同時に芦田は「全面的に軍備を撤去しつつ戦争の否

認を規定した憲法は、恐らく世界においてこれを嚆矢するであろう。」と 9条を

評価している。芦田は一貫して第 9条の内容を誇りに思っていることは間違いな

いだろう。

また、当時の憲法担当大臣として政府を代表して憲法改正案の質疑を主に担当

していた金森は日本国憲法第 9条をどう考えていただろう。彼が書いた『憲法遺

言』(1949年)では以下のように述べている。

(日本国憲法第9条)第一項において何が放棄せられたかといえば、規定の文

字に明らかにであるように三つである。一つは、国権の発動たる戦争であり、

二つは武力による威嚇であり、三つは武力の行使である。いかなる範囲にお

いてこれを放棄するのかといえば、第一項の文字で明らかであるように、国

際紛争を解決する手段としては永久にこれを放棄するのであり、国際紛争を

解決する手段以外の意味においては、別段放棄していないのである33)。

ここには国際紛争を解決する手段としての戦争とは何か、という具体的な定義

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は書かれていない34)。だが金森は、戦争を国際紛争を解決する手段としての戦争

と、そうではない戦争に大別して、後者は憲法上否定されていないと考えている。

しかし、自衛戦争について金森はこの一文の後、公式に表明された英文表記の日

本国憲法の体裁と昭和25年 1月に出されたマッカーサー声明の内容を根拠に、日

本に自衛権すらないと解するには、明確な根拠がないと述べた。金森も結局、自

衛戦争を否定することはなかった。また、自衛権や自衛戦争の必要性について、

金森は以下のように述べている。

(前略)また合理的に平和の真実性を論ずれば、世界の人間がすべて合理的

に動くものであるという仮定をとれば、わざわざ戦力を保持する必要はない

のであるが、これら宗教的な考え方、理想的な考え方は、今日の現実を説明

する役には立たないのであって、もし自衛力を否定するならば、その人は外

部よりの侵害は絶対にありえないことを論証するか、又は危難の場合に喜ん

で自己の滅亡を甘んじて受けるということを主張しなければならないだろ

う35)。

金森にとって日本国憲法における平和とは、戦力をもつことで初めて実現され

ると考えているのだろう。実際に他に「戦力をもてばこそ現実の世界においては

平和が保たれうるともいえる。36)」とも述べている。さらに、独立国であるため

には、自国を守る最後の手段を備えることは当然であり、それができないのであ

れば真の独立した国家とはいえない、とも金森は考えていた。金森にとって戦力

の保持というのは、文言の解釈を越えて、今後日本が国家として国際社会の中に

いかに独立を存続でき、発展していくために必要かどうか、という観点で考える

べきものだということが『憲法遺言』から読み取れるのである。

2 現在の日本国憲法第 9条認識

( 1) 現在の有事法制

前節では日本国憲法の成立時に的を絞り考察を踏まえてきたが、この節では立

法の側面から現在の 9条について考えることとする。第 9条に関連の深い法制と

いえば有事法制であろう。有事法制とは「『有事』とは、〝緊急事態" や非常事態

とほぼ同義で、戦争・内乱や天災地変等の国家的事変を指し、そのような平時の

法制をもってしては対処できないと考えられる事態に備えるための法制をい

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う。37)」と定義されている。現在、その「有事法制」とされているその具体的な

法律名とそれぞれの法律の目的は以下の通りである38)。

右表に掲げた各有事法制の目的を比較すると、相似点がある。それはほぼすべ

ての条文に「わが国の平和と独立、国民の安全保障」といった趣旨の文言が入っ

ているということである。その方法として例えば、周辺事態法のように他国との

協力を自国の平和維持に反映させようとする法律もある。自衛隊法第 3条の自衛

隊の任務には直接的つまり立法の側面において何より優先されることは「国内の

平和や国家の独立」であり、そのための措置を積極的にしていく姿勢が見える。

有事法制に分類される法律の目的は「有事に備え、国民や国家の平和、独立を守

ること」が主だと思われる。この一方で PKO協力法やテロ対策特別措置法のよ

うに、直接的にまたは間接的にでも国際平和に貢献する旨が書かれている。有事

法制以外の法律や特別法では、国際社会への貢献、といった趣旨の目的もあるよ

うである。

また、日本の防衛政策の基本方針は、2014年12月17日の防衛政策に関する閣議

決定では、「平成26年度以降に係る防衛計画の大綱について」を通じて以下のよ

うに定められている。

我が国は、国家安全保障戦略を踏まえ、国際協調主義に基づく積極的平和主

義の観点から、我が国自身の外交力、防衛力等を強化し、自らが果たし得る

役割の拡大を図るとともに、日米同盟を基軸として、各国との協力関係を拡

大・深化させ、我が国の安全及びアジア太平洋地域の平和と安定を追求しつ

つ、世界の平和と安定及び繁栄の確保に、これまで以上に積極的に寄与して

いく。

かかる基本理念の下、総合的な防衛体制を構築し、各種事態の抑止・対処の

ための体制を強化するとともに、外交政策と密接な連携を図りながら、日米

同盟を強化しつつ、諸外国との二国間・多国間の安全保障協力を積極的に推

進するほか、防衛力の能力発揮のための基盤の確立を図る。

この際、我が国は、日本国憲法の下、専守防衛に徹し、他国に脅威を与える

ような軍事大国にならないとの基本方針に従い、文民統制を確保し、非核三

原則を守りつつ、実効性の高い統合的な防衛力を効率的に整備する39)。

上掲の内容によると、防錆政策の基本方針は、専守防衛には徹し、他国に脅威

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表 各有事法制の目的を記した条文

法律名称

条文

番号

条文

見出し

条文内容

武力攻撃事態

対処法

1目的

この法律は、武力攻撃事態等(武力攻撃事態及び武力攻撃予測事態をいう。以下同じ。)への対処について、基本理念、

国、地方公共団体等の責務、国民の協力その他の基本となる事項を定めることにより、武力攻撃事態等への対処のため

の態勢を整備し、併せて武力攻撃事態等への対処に関して必要となる法制の整備に関する事項を定め、もって我が国の

平和と独立並びに国及び国民の安全の確保に資することを目的とする。

自衛隊法

1目的

この法律は、自衛隊の任務、自衛隊の部隊の組織及び編成、自衛隊の行動及び権限、隊員の身分取扱等を定めることを

目的とする。

3自衛隊の

任務

自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主

たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たるものとする。

国家安全保障

会議設置法

1設置

我が国の安全保障(以下「国家安全保障」という。)に関する重要事項を審議する機関として、内閣に、国家安全保障

会議(以下「会議」という。)を置く。

国民保護法

1目的

この法律は、武力攻撃事態等において武力攻撃から国民の生命、身体及び財産を保護し、並びに武力攻撃の国民生活及

び国民経済に及ぼす影響が最小となるようにすることの重要性にかんがみ、これらの事項に関し、国、地方公共団体等

の責務、国民の協力、住民の避難に関する措置、避難住民等の救援に関する措置、武力攻撃災害への対処に関する措置

その他の必要な事項を定めることにより、武力攻撃事態等における我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全の確保

に関する法律(平成十五年法律第七十九号。以下「事態対処法」という。)と相まって、国全体として万全の態勢を整

備し、もって武力攻撃事態等における国民の保護のための措置を的確かつ迅速に実施することを目的とする。

PKO協力法

1目的

この法律は、国際連合平和維持活動、人道的な国際救援活動及び国際的な選挙監視活動に対し適切かつ迅速な協力を行

うため、国際平和協力業務実施計画及び国際平和協力業務実施要領の策定手続、国際平和協力隊の設置等について定め

ることにより、国際平和協力業務の実施体制を整備するとともに、これらの活動に対する物資協力のための措置等を講

じ、もって我が国が国際連合を中心とした国際平和のための努力に積極的に寄与することを目的とする。

テロ対策特別

措置法

1目的

この法律は、平成十三年九月十一日にアメリカ合衆国において発生したテロリストによる攻撃(以下「テロ攻撃」とい

う。)が国際連合安全保障理事会決議第千三百六十八号において国際の平和及び安全に対する脅威と認められたことを

踏まえ、あわせて、同理事会決議第千二百六十七号、第千二百六十九号、第千三百三十三号その他の同理事会決議が、

国際的なテロリズムの行為を非難し、国際連合のすべての加盟国に対しその防止等のために適切な措置をとることを求

めていることにかんがみ、我が国が国際的なテロリズムの防止及び根絶のための国際社会の取組に積極的かつ主体的に

寄与するため、次に掲げる事項を定め、もって我が国を含む国際社会の平和及び安全の確保に資することを目的とする。

周辺事態法

1目的

この法律は、そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等我が国周辺の地域における

我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態(以下「周辺事態」という。)に対応して我が国が実施する措置、そ

の実施の手続その他の必要な事項を定め、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(以下「日米安

保条約」という。)の効果的な運用に寄与し、我が国の平和及び安全の確保に資することを目的とする。

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を与えるほどに軍事力を持つ国家にはならないが、日米同盟を基軸に、他国と安

全保障協力関係を築き、積極的に国際平和に貢献していくということだと考えら

れる。この方向性は国際平和の貢献だけでなく、上掲の文章の第二段落目文末に

「防衛力の能力発揮」とあるように、他国と協力して戦争の脅威から日本を防衛

できる体制をつくり、日本国内の平和をより確実に保証できるようにする意図も

考えられる。

( 2) 司法判断と憲法第 9条

さて司法は第 9条をどう解釈しているだろうか。憲法第 9条が争点となった最

初の最高裁判決は昭和34年12月16日の大法廷判決である。いわゆる砂川事件であ

る。事件概要は以下の通りである。1955年、国は米軍立川飛行場の拡張計画を非

公式に示した。だが、その拡張によって米軍飛行場が町の区域内に張り出してし

まう砂川町では町議会が全員一致で反対を決議し、この決議から全国の労組・学

生・市民など幅広い支援を基に反対運動を展開していった。そして1957年 7月 8

日、拡張のための測量を国が強行したことに対して、1000名以上にも及ぶ規模で

集団抗議行動を飛行場周辺でおこなった。そのデモ行動の最中、集団の一部が飛

行場境界柵を引き抜き、その破壊個所から約300名のデモ隊が境界内に数メート

ルの深さで約 1時間にわたり立ち入ったのだが、その行為が、刑事特別法第 2条

違反行為かどうか問われた事件である。

第一審では駐日米軍の合憲性について、憲法第 9条第 2項の「陸海空軍その他

の戦力」に駐日米軍がこれに該当するとして、刑事特別法の適用を憲法第31条か

ら無効とし、被告人であった一部のデモ隊に無罪を言い渡した。この判決に対し

て検察側は第二審を飛ばして地跳躍上告を行い、最高裁の審議が行われた。その

際、最高裁は以下の判決を下した。

憲法 9条……によりわが国が主権国として持つ固有の自衛権は何ら否定され

たものではなく、わが憲法の平和主義は決して無防備、無抵抗を定めたもの

ではないのである。憲法前文にも明らかなように、われら日本国民は、平和

を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようとつとめて

いる国際社会において、名誉ある地位を占めることを願い、全世界の国民と

共にひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有するこ

とを確認するのである。しからば、わが国が、自国の平和と安全を維持しそ

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の存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固

有の権能の行使として当然のことといわなければならない。すなわち、われ

ら日本国民は、憲法 9条 2項により、同条項にいわゆる戦力は保持しないけ

れども、これによって生ずるわが国の防衛力の不足は、これを憲法前文にい

わゆる平和を愛好する諸国民の公正と信義に信頼することによって補い、

もってわれらの安全と生存を保持しようと決意したのである。そしてそれは、

必ずしも原判決のいうように、国際連合の機関である安全保障理事会等の執

る軍事的安全措置等に限定されたものではなく、わが国の平和と安全を維持

するための安全保障であれば、その目的を達するにふさわしい方式又は手段

である限り、国際情勢の実情に即応して適当と認められるものを選ぶことが

できることはもとよりであって、憲法 9条は、わが国がその平和と安全を維

持するために他国に安全保障を求めることを、何ら禁ずるものではないので

ある40)。

この判決文にある「わが国が、自国の平和と安全を維持しその存立を全うする

ために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として

当然のことといわなければならない」という一文から、自衛措置をとることは国

家機能の権能として行われてもよいと判断している。また、第一審では、米軍を

戦力と判断していたが、最高裁では具体的な判断を避け、明確に違憲判決をだし

ていない。これは違憲審査権の行使を回避しているのが原因であるが、「われら

日本国民は、憲法第 9条第 2項により、同条項にいわゆる戦力は保持しないけれ

ども、これによって生ずるわが国の防衛力の不足は、これを憲法前文にいわゆる

平和を愛好する諸国民の公正と信義に信頼することによって補い、もってわれら

の安全と生存を保持しようと決意したのである。」という文言から、憲法第 9条

第 2項の戦力不保持による制限によって生じる防衛力の不足分は前文によって補

われるべきものである、と解されており、したがって自衛力を持つことは否定さ

れるべきでないと考えられる。

しかし、これは今から50年以上前の判決である。では、最近の憲法第 9条に関

連した判決はどういった内容なのか。例えば平成20年 4月17日の名古屋高裁の判

決がある。この判決で取り扱われた事案概要は、原告がイラク特別措置法による

イラクへの自衛隊派遣は違憲であると主張して、「戦争や武力行使をしない日本

に生存する権利」を侵害されたとして国家賠償法 1条 1項に基づき、損害賠償請

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20 法律学研究55号(2016)

求、イラクへの自衛隊派差し止め、違憲確認をを求めた事案である。その際の判

決が以下の通りである41)。

航空自衛隊の空輸活動は、それが主としてイラク特措法上の安全確保支援活

動の名目で行われているものであり、それ自体は武力の行使に該当しないも

のであるとしても、多国籍軍との密接な連携の下で、多国籍軍と武装勢力と

の間で戦闘行為がなされている地域と地理的に近接した場所において、対武

装勢力の戦闘要員を含むと推認される多国籍軍の武装兵員を定期的かつ確実

に輸送しているものであるということができ、現代戦において輸送等の補給

活動もまた戦闘行為の重要な要素であるといえることを考慮すれば……、多

国籍軍の戦闘行為にとって必要不可欠な軍事上の後方支援を行っているもの

ということができる。したがって、このような航空自衛隊の空輸活動のうち、

少なくとも多国籍軍の武装兵員をバグダッドへ空輸するものについては、

……内閣法制局長官の答弁に照らし、他国による武力行使と一体化した行動

であって、自らも武力の行使を行ったと評価を受けざるを得ない行動である

ということができる。よって、現在イラクにおいて行われている航空自衛隊

の空輸活動は、政府と同じ憲法解釈に立ち、イラク特措法を合憲とした場合

であっても、武力行使を禁止したイラク特措法 2条 2項、活動地域を非戦闘

地域に限定した同条 3 項に違反し、かつ、憲法 9条 1項に違反する活動を

含んでいることが認められる42)。

この判決においても自衛隊の存在について違憲性の判断は回避しているが、本

件のイラク特措法に基づいた派遣活動は違憲だと判断している。本件の派遣活動

はつまり「戦闘行為の後方支援」ということであるが、このように、戦闘に直接

関わっていなくても戦争を助長させるような非戦闘行為も違憲だと解されている。

また、判決文はこれだけに終わらず、以下のように続いている。

憲法前文に『平和のうちに生存する権利』と表現される平和的生存権は、例

えば、『戦争と軍備及び戦争準備によって破壊されたり侵害ないし抑制され

ることなく、恐怖と欠乏を免れて平和のうちに生存し、また、そのように平

和な国と世界をつくり出していくことのできる核時代の自然権的本質をもつ

基本的人権である。』などと定義され、……極めて多様で幅の広い権利であ

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るということができる。このような平和的生存権は、現代において憲法の保

障する基本的人権が平和の基盤なしには存立し得ないことからして、全ての

基本的人権の基礎にあってその享有を可能ならしめる基底的権利であるとい

うことができ、単に憲法の基本的精神や理念を表明したに留まるものではな

い。法規範性を有するというべき憲法前文が上記のとおり『平和のうちに生

存する権利』を明言している上に、憲法 9条が国の行為の側から客観的制度

として戦争放棄や戦力不保持を規定し、さらに、人格権を規定する憲法13条

をはじめ、憲法第 3章が個別的な基本的人権を規定していることからすれば、

平和的生存権は、憲法上の法的な権利として認められるべきである。そして、

この平和的生存権は、局面に応じて自由権的、社会権的又は参政権的な態様

をもって表れる複合的な権利ということができ、裁判所に対してその保護・

救済を求め法的強制措置の発動を請求し得るという意味における具体的権利

性が肯定される場合があるということができる43)。

平和のうちに生存する権利は主に前文(われらは、全世界の国民が、ひとしく恐

怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。)に関する

ことであるが、これを具体的に執行可能な権利として認めているのが本判決の意

義であろう。平和のうちに生存する権利に該当する権利とは、「戦争と軍備及び

戦争準備によって破壊されたり侵害ないし抑制されることなく、恐怖と欠乏を免

れて平和のうちに生存し、また、そのように平和な国と世界をつくり出していく

ことのできる核時代の自然権的本質をもつ基本的人権」と上掲の判決文では述べ

られている。つまり、第 9条と併せてすべての国民には「戦争や戦争の準備に

よってもたらされる恐怖や侵害から逃れ、平和な世界に生きる権利」というもの

が保障されているのではないか、という見解をこの判決は示していると考えられ

る44)。

この 2つの判決から、司法面での第 9条の解釈において、自衛力や自衛戦争が

明確に否定されていない。これは違憲審査権行使の回避のためでもあろうだが、

判決を見る限り、少なくとも自衛力保持を積極的に否定しよう、といった印象は

ないように見える。一方、平成20年 4月17日の判決では、自衛隊の特定の派遣活

動に違憲判決を下したり、平和的生存権を具体的に執行可能な権利とみなしたり

と、戦争の放棄を目指しての積極的な判断が下されていると思われる。

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22 法律学研究55号(2016)

( 3) 現在の学説および共通認識

最後に学説の見解を整理しておく。ここでは芦田修正に関する学説を整理して

おくこととする。日本国憲法第9条に関する学説の研究を行った鈴木は、以下の

ように整理している45)。

まず第 9条第 1項の「国際紛争を解決する手段としては」の解釈だが、この解

釈から放棄される戦争の種類、範囲に関して学説が二つ存在する。

一つは括弧内の手段に該当する戦争はすべての戦争であり、だから一切の戦争

が放棄されるという説である(一般に全面放棄説と称され、清宮四郎、伊藤正己、辻

村みよ子が提唱者である)。この説の根拠は三点ある。

一点目は、侵略戦争とそれ以外の戦争というのは明確な区別がないことである。

過去の歴史においても、他国からの侵略から自国を守るため、と表向きでは説明

しつつも、戦争の内容は防衛のための戦争の程度から逸脱している戦争も存在す

る46)。

二点目は、もともと日本国憲法は戦争を想定したつくりにはなっていないとい

うことである。例えば第 9条第 2項では戦力不保持を掲げていて、前文でも「平

和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと

決意した」と謳われている。つまり、第 1項だけで自衛戦争を除外するのは解釈

としていささか無理がある、と主張できるとこの説では考えられている。

三点目は、自衛戦争を除外することができるということにしては、戦争放棄の

書き方が非常に厳格であり、一切の戦争を放棄する、と解釈しないと憲法全体の

理念に反するということである。

この全面放棄説に対して、第 9条第 1項では侵略戦争のみを放棄した、と解釈

する説がある(一般に限定放棄説と称され、竹花光範、大石義雄、杉原泰雄が提唱者

である)。この説では侵略戦争のみを放棄しているから、自衛戦争は放棄されて

いないとしている。その根拠としては、三点ある。一点目は、国際法を基に侵略

戦争とそうではない戦争が区別できることである。つまりパリ不戦条約以来、国

際法上認められている戦争は合法、認められていない戦争が違法としている。二

点目は、第 9条の土台となったマッカーサー三原則には自衛戦争さえも放棄する

という文言が、そののちに消されたことである。確かに前節の説明で提示した

マッカーサー原則には自衛戦争さえも否定するような文言が存在していたが、そ

の後にはその部分が消された。三点目は、もし第 9条第 1項が戦争を区別するこ

となくすべて放棄するのだとしたら、「国際紛争を解決する手段として」という

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文言が無用の長物となってしまい、意味を失うということである。無意味なもの

が書かれていることは、構造上不自然だとする見解である。

次に第 9条第 2項の「前項の目的を達するため」に該当する箇所についても学

説が二つほど分かれている。

第一に、この文言は第 9条第 1項を指しているという説である。(提唱者は佐藤

功、佐々木惣一、竹花光範である。)これによって第 2項は戦力不保持という第 1

項を達成するための具体的な方法を示している、とこの説は考えている。ただ、

第 1項の目的を達成するために戦力をどこまで放棄するかは、さらに学説が分か

れている。(この説から枝分かれする学説はともかく、第 9条第 1項の内容が同条第 2

項の冒頭「前項の目的」に該当するという説が通説であり、政府見解である。)

第二に、この文言は憲法の前文「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、

われらの安全と生存を保持しようと決意した」という部分を指しているという説

である。(提唱者は清宮四郎、蘆部信喜である。)そのため、前項の目的とは平和保

持であり、第 2項はその目的の動機を示すものであるとこの説では考えられてい

る。

以上述べたこれらの学説の状況と、先に述べた立法、司法の現状を含めて、ど

のような共通見解をそこに見い出せるのか。私は二点ほどあると考える。

一点目は侵略戦争を認めないことである。学説においては自衛戦争が認められ

るか否かにおいて争いはあるが、どの説においても侵略戦争を認められる見解を

示していない。司法でも侵略戦争を特別認めるような判決は見えないし、有事法

制と呼ばれる法律にもそのような目的はない。つまり、国際紛争において自衛の

ための措置をとるかどうかは意見が分かれるが、自衛以外の理由で国際紛争に関

わるということは認められていない、という点では見解が一致しているように思

われる。

二点目は戦争放棄という方法によって、第 9条や前文に書かれた平和を達成さ

せようとしているところである。有事法制というものは文字通り有事に対応した

法律であり、当然だが目的も有事の事態から国を守るものである。しかし、平和

を確保するために脅威の事前の排除といった予防的措置を目的とする法律はなく、

あくまで積極的に戦争に関わらないための配慮があると思われる。司法の面では、

平成20年の判決にもあったように、たとえ後方支援だとしても、実際に武力行使

をしていなくても、戦争に関わる行為を違憲と判断している。この判断から、戦

争に関わること自体が、日本国憲法の平和主義の理念に反すると最近の司法は判

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断していると思われる。学説では、「前項の目的を達するため」という部分で、

この部分が示している文言について意見が分かれている。しかし、どの説におい

ても戦力不保持、交戦権否認という第 2項に掲げられた動機または方法から、戦

争の原因となりうるものを保持しないようにして、憲法第 9条第 1項、ないし、

憲法の前文の平和主義を達成するという見解は同じであるといえよう。つまり、

戦争に関わるような要素をもたず、また戦争に関わる事象に触れないことで、日

本国憲法の平和を達成しようとしていることが現在の共通の理解と思われる。

結 論

現行の日本国憲法 9条のベースを示したマッカーサー三原則では、自衛戦争を

含む一切の戦争が放棄されていて、現在の日本国憲法第 9条にあたる条文案の趣

旨は「戦争の放棄」に置かれた。やがて憲法草案の審議が議会で本格化されてい

くにつれて、憲法第 9条は「平和主義」を宣言する規定として解釈されるように

なった。当時の政府見解では第 9条には二つの効果があり、日本の好戦的なイ

メージを払拭するという消極的効果と戦争放棄を基に平和主義を宣言した国とし

て、今後の国際社会で平和に貢献するという積極的効果があるとしているが、平

和主義的解釈がなされたころから、「放棄された」戦争の範囲から、自衛戦争が

除外されていった。

芦田修正が施され現在の第 9条の正文が完成したが、芦田は修正を通して、戦

争放棄を世界に宣言することで「正義と秩序を基調とする平和の世界を創造する

熱意」を表明し、日本を国際社会において他国をリードする国家としての存在価

値を見出そうとしていた。このことから第 9条で放棄される戦争の範囲というの

は侵略戦争のみを指していて、彼の見解では、自衛戦争も制裁戦争も放棄の対象

外とされていた。芦田と同じく憲法制定に携わっていた金森は、第 9条によって

日本国の平和を実現させることを中心に考えており、その方法論として自衛力を

持つことは正当だと考えていた。彼の考えでは戦力を以て初めて平和が達成され

る。日本国憲法の制定に携わった人たちの意図はこのように読み取られるが、芦

田修正前後で芦田自身が第 9条の平和主義について戦争の全面否定から限定否定

へと論調を変え、また修正によって文言の意味が曖昧になったことから、修正し

た箇所の意味について人々の考え方が大きく分かれた。芦田修正は現在の学説対

立の原因の一つになったと思われる。

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現在の学説や司法、立法の側面において、日本国憲法において侵略戦争は認め

られないと考えられ、また、日本国憲法が掲げる平和主義を戦争放棄という不作

為行為で達成しようとしている。最近は、第 9条に関連して、日本国憲法前文を

基に平和的生存権を具体的に執行可能な権利として認めるようになり、国民はこ

れらをもとに「戦争をしない国で戦争の脅威にさらされずに生活する権利」が保

障されるようになった。とはいえ、現在の通説、判例において第 9条は国家が持

つ自衛力を完全に否定していることはなく、したがって放棄する戦争の範囲でも、

自衛戦争は除外されている。

そして、自民党の憲法改正案は現在の上記のような考え方に異を唱えている。

自民党が作った憲法改正案において、現行の日本国憲法第 9条の規定に国防軍や

軍法会議の設置を含めたり、自衛権の保障を明文化したり、積極的な安全保障を

第 9条によって実現しようとした。改正案で放棄される戦争の範囲というのは侵

略戦争のみであり、国防軍は海外での平和活動に協力できることから、国際平和

への貢献も両立していくことも考えられている。

こうして第 9条において、放棄された戦争の範囲は徐々に狭まっていき、当初

は放棄の対象と解釈されていた自衛戦争も、今や自衛戦争は放棄の対象外として

みなされるのは当然に近い状態になっている。また、第 9条の認識も、戦争放棄

を謳うだけに過ぎない条文から、平和主義を掲げる条文へと変化した。現在は第

9条や前文が掲げる平和主義を戦争に関わらないようにすることで達成するとい

う共通認識があると思われる。しかし、近時の第 9条に対する新しい認識による

と、戦争に関わらないことだけでは国家の平和や独立は守れず、よって日本国憲

法の平和主義の内容を国際平和に積極的に貢献することと考え、平和主義を達成

するために必要な戦力保持を認め、外国と連携して国内の安全保障と国際社会の

平和を実現しようとしていると考えられる。

序論で述べた通り、こうした第 9条に対する認識の変遷について、本稿では傾

向の是非を明言することはしないが、こうした認識の変化に国民は対応しきれて

いない。NHK放送文化研究所の調査より、政府が 9条の憲法解釈を変更し、集

団的自衛権の行使容認をしたことについて、国民の約 6割が集団的自衛権の行使

容認について説明が十分に尽されていないと考えている47)。第 9条に対する政府

の最新の見解について、十分に理解できていない国民は多く、政府はより一層、

第 9条に対する認識を国民に理解させる必要があるだろう。もちろん、国の主権

者である日本国民も、自ら理解する努力も必要であると思われる。朝日新聞に、

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ある大学院生が「(前略)安保法案は国の在り方を左右する重大な法案だ。だか

らこそ理性的かつ冷静な議論が必要である。(中略)必要なことは、感情論を振

りかざすだけのデモではない。法案に反対する理由を筋道を立てて訴え、冷静な

議論が行われるための土壌づくりではないのか。48)」と投稿していたが、私もこ

の意見に共感する。例えば、NHK放送文化研究所の調査では、国民の約 8割が

憲法第 9条の戦争放棄、戦力不保持の規定を評価している。また、同調査の結果、

憲法第 9条を改正することに反対する理由で一番多かったのが、「平和憲法とし

ての最も大事な条文だから49)」であり、憲法第 9条の改正に反対した国民の約 7

割がこの意見をもつ。これらの調査結果から、多くの国民が戦争放棄という方法

で平和を実現させる今の第 9条が日本に必要であると考えている。この認識は日

本国憲法制定の際の立法趣旨に近く、今後「平和主義をどう実現させていくべき

か」を考える上で必要な認識であるだろう。今後の日本の平和主義について考え

るためにも、感情論だけにとらわれず、論理的に反対することが大事かと思われ

る。

1) 毎日新聞2015年 8月31日付夕刊、 1頁政治面。2) 自民党『日本国憲法改正草案』(2012年 4月)、 4 - 5頁。https://www.jimin.jp/

policy/pamphlet/pdf/kenpou_qa.pdf

3) 自民党『日本国憲法改正草案 Q&A』(2012年 4月)、10頁。https://www.jimin.

jp/policy/pamphlet/pdf/kenpou_qa.pdf

4) 同上、同頁。5) 同上、11頁。6) 同上、同頁。7) 同上、同頁。8) 同上、12頁。9) 松竹伸幸『集団的自衛権の焦点「限定容認」をめぐる50の論点』(かもがわ出版、

2014年)142頁。10) 同上、同頁。11) 高柳健三郎、大友一郎、田中英夫『日本国憲法制定の歴史と過程Ⅰ 原文と解説』(有斐閣、1972年) 2 - 3頁。

12) 同上 36頁、37頁。13) 河上暁弘『日本国憲法第 9条成立の思想的淵源の研究 : 「戦争非合法化」論と日本国憲法の平和主義』(専修大学出版局、2006年)、115頁。

14)「戦争放棄」の原則が現在の日本国憲法第 9条の土台になったように、ほかの原則も現在の憲法に反映されていると思われる。「天皇は国の元首であること」と

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いう原則は、最終的に天皇制を維持することにつながったと考えられ、また、「封建制度の廃止」は貴族制度を撤廃したと考えられる。

15) 高柳前掲書注11)98頁、100頁。16) 同上、99頁。17) 古関彰一『平和憲法の深層』(筑摩書房、2015年)92頁。18) 高柳前掲書注11)、273頁。19) 古関前掲書注17)、93頁。20) 同上、99頁。21) 同上、95頁。22) 確認しておきたい理由は、日本国憲法第 9条に平和主義を盛り込むことについて GHQからも異論がなく、正式に第 9条が平和主義の条文として変化し、確立したことを示すためである。

23) 高柳前掲書注11)、266頁。24) 同上、387頁。25) 河上前掲書注13)、116頁。26) 古関彰一『日本国憲法の誕生』(岩波書店、2009年)、292頁。27) 同上、293頁。28) 同上、294頁。29) 古関前掲書注17)、99頁。30) 芦田均『制定の立場で省みる日本国憲法入門 第一集』(書肆心水、2013年)、

102頁。31) 同上、同頁。32) 同上、同頁。33) 金森徳次郎『制定の立場で省みる日本国憲法入門 第二集』(書肆心水、2013年)、

137頁。34) ちなみに、国の交戦権について金森前掲書注33)の書物において、金森は交戦権を right of belligerencyに該当する言葉として理解し、戦争をする場合に国際法上、交戦者が持つ権利として定義している。

35) 金森前掲書注33)、143頁。36) 同上、142頁。37) 金子宏、新堂幸司、平井宜雄『法律学小辞典』〔第 4版補訂版〕(有斐閣、2011年)、

1218頁。38) PKO協力法は有事法制に分類されないが、PKO活動という一種の国際平和に関係した活動について定めており、日本国憲法第 9条との関連も深い法律なので表中に取り上げた。

39) 防衛省『平成26年度以降に係る防衛計画の大綱について』(2014年12月17日)、4 - 5頁。http://www.mod.go. jp/j/approach/agenda/guidel ine/2014/

pdf/20131217.pdf

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40) 最大判昭34年12月16日刑集13巻13号3225頁。41) なお、本件の争いは裁判法第 3条第 1項にある「法律上の争訟」に当てはまらない紛争であり、原告の権利侵害を認めなかった。

42) 名古屋高判平20年 4月17日判時2056号74頁。43) 同上。44) ちなみに最高裁は平和的生存権の裁判的規範性を確立していない。45) 鈴木陽子「日本国憲法 9条をめぐる学説及び問題点」(武蔵野短期大学研究紀要

18巻、103-110頁、2004年)。http://ci.nii.ac.jp.kras1.lib.keio.ac.jp/naid/ 10004694131

46) この説を唱えた清宮四郎はこの例として太平洋戦争の日本の宣戦の詔勅、日清戦争、日露戦争を取り上げている。

47) 荒牧央、政木みき「賛否が拮抗する憲法改正 : 「憲法に関する意識調査」から」(NHK放送文化研究所、放送研究と調査65巻 7号、45頁、2015年)。http://ci.nii.

ac.jp.kras1.lib.keio.ac.jp/naid/110009926243

48) 朝日新聞2015年 8月10日付朝刊、オピニオン 2。49) 荒牧、政木前掲論文注46)、42頁

参考文献(間接引用を含む)・毛利透、小泉良幸、淺野博宣、松本哲治『憲法Ⅰ 統治』(有斐閣、2011年)・山内敏弘『「安全保障」法制と改憲を問う』(法律文化社、2015年)・山内敏弘『有事法制を検証する』(法律文化社、2002年)・藤井正希「平和主義の法解釈論:集団歴自衛権を中心にして」(群馬大学社会情報学 部 研 究 論 集 21巻、13-32頁、2014年 )http://ci.nii.ac.jp.kras1.lib.keio.ac.jp/

naid/120005372579

・奥野恒久「憲法学における平和主義論の現在:内閣による 9条解釈の変更を契機として」(龍谷政策学論集 4巻 2号、53-64頁、2015年)http://ci.nii.ac.jp.kras1.lib.

keio.ac.jp/naid/110009893236

・鈴木陽子「日本国憲法 9条をめぐる学説及び問題点」(武蔵野短期大学研究紀要 18

巻、103-110頁、2004年)http://ci.nii.ac.jp.kras1.lib.keio.ac.jp/naid/110004694131