「動的欝倍対照表論の基礎」における...

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「動的欝倍対照表論の基礎」における シュマーレンバッハの 技術論的私経済学 笠 原 俊 彦 Ⅰ序 「’技術論としての私経済学」(,,Die Privatwirtschaftslehre al Ⅰeパ,Zお£ねcゐγげ≠ノ■ぉγ助乃(ねJざ紺gざざβ乃∫Cゐq/’紺わ加,ダ〃・ぶCゐ〝〝g,6.Jah柑., 1912)を発表してから数年を経て,シュマ-レンバッハは,私経済学の諸問題 に関するいくつかのまとまった研究を刊行しはじめることに.なる。その最初の ものは.,それまでかれが自ら編集する1‾商学研究誌」(ZβZねcゐγ・げf./■おγ月α〝- (おJ∫紺査■ざ∫β形ざCゐα./■鉦摘βダ”・ざCゐ〟乃g)に発表した企業財務に関する諸論文を集 め,これに加筆するとともに,新しい論文をも付け加えて,1915年紅刊行した 「’財務論_】(ダZ紹α邦ggβグー〝乃gβ形,Leipzig)である。 だが,かれが!‾技術論としての私経済学」において示した私経済学の構想を 明確に.意識してまとめた最初の研究として-は,われわれほ,やはり,かれが 1919年に.発表した2つの大きな論文,「動的貸借対照表論の基礎」(,,GI■und- 1agen dynamischer Bilanzlehreパ,Zeiischr・if 1irche Forschung,13.Jahrgり1919)および「原価計算Ⅰ_l(”Selb Ⅰ′eCbnungI〃,Z巌ねCゐr友二/’才./’め∴軌跡ゐね山一ざ∫β形ぶCゐq/一方Jよぐゐβダ〃γぶ亡兄〟乃g,13. (1) Jab柑.,1919)をあげなけれぼならない。われわれは,この2つの論文におい (1)このことについては,次をも参照せよ。中村常次郎稿「共同経済的経済性の基準 -シュマ-・レンバッハ的「経営経済学」の成立-¶」『■福島大学商学論魚』20巻3 号,1951年,3-8ぺ一汐。田島仕事着『ドイツ経営学の成立.』,森山寄店,1973年, 129ぺ-ジ。 OLIVE 香川大学学術情報リポジトリ

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「動的欝倍対照表論の基礎」における

シュマーレンバッハの

技術論的私経済学

笠 原 俊 彦

Ⅰ序

「’技術論としての私経済学」(,,Die Privatwirtschaftslehre als Kunstleh-

Ⅰeパ,Zお£ねcゐγげ≠ノ■ぉγ助乃(ねJざ紺gざざβ乃∫Cゐq/’紺わ加,ダ〃・ぶCゐ〝〝g,6.Jah柑.,

1912)を発表してから数年を経て,シュマ-レンバッハは,私経済学の諸問題

に関するいくつかのまとまった研究を刊行しはじめることに.なる。その最初の

ものは.,それまでかれが自ら編集する1‾商学研究誌」(ZβZねcゐγ・げf./■おγ月α〝-

(おJ∫紺査■ざ∫β形ざCゐα./■鉦摘βダ”・ざCゐ〟乃g)に発表した企業財務に関する諸論文を集

め,これに加筆するとともに,新しい論文をも付け加えて,1915年紅刊行した

「’財務論_】(ダZ紹α邦ggβグー〝乃gβ形,Leipzig)である。

だが,かれが!‾技術論としての私経済学」において示した私経済学の構想を

明確に.意識してまとめた最初の研究として-は,われわれほ,やはり,かれが

1919年に.発表した2つの大きな論文,「動的貸借対照表論の基礎」(,,GI■und-

1agen dynamischer Bilanzlehreパ,Zeiischr・ififur HandcIswissenschqf’i-

1irche Forschung,13.Jahrgり1919)および「原価計算Ⅰ_l(”Selbstkosten-

Ⅰ′eCbnungI〃,Z巌ねCゐr友二/’才./’め∴軌跡ゐね山一ざ∫β形ぶCゐq/一方Jよぐゐβダ〃γぶ亡兄〟乃g,13. (1)

Jab柑.,1919)をあげなけれぼならない。われわれは,この2つの論文におい

(1)このことについては,次をも参照せよ。中村常次郎稿「共同経済的経済性の基準

-シュマ-・レンバッハ的「経営経済学」の成立-¶」『■福島大学商学論魚』20巻3

号,1951年,3-8ぺ一汐。田島仕事着『ドイツ経営学の成立.』,森山寄店,1973年,

129ぺ-ジ。

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579「動的貸借対照表論の基礎」におけるシュマーレン/くッハの技術論的私経済学-47-

て,かれの私経済技術論の構想の一層の明確化を看取しうるとともに,また,

そ・こにおいてこの構想が私経済学の具体的諸問題に意識的紅適用されることに

より,かえってその問題点が明らかになる事態をも知るととができる。

本稿において,われわれほ.,1919年の!‾動的貸借対照表論の基礎」を中心と

して,シュマーレンバッハに.おける技術論的私経済学の学問的性格を明らか紅 (2)

することとしたい。

ⅠⅠ私経済学の規定と貸借対照表論の課題

レユマーレンバッハは,そのl‾動的貸借対照表論の基礎」において,かれの

商事私経済学(diekaufmannischePrivatwirtschaftslehre)の問題の1つを

なす貸借対照表問題を行動しようとする商人の観点から研究すること,ある

いは,商人の目的のために理論的研究によって一袋借対照表に.関する手続き規則 (3)

を得ること,を意図する9だが,ここに問題とされる商人の目的とは・,私経済

に.おいて現われるすべての目/的を意味するわけではない。医者が医学の研究成

果によって所得を得ているという事実に・拘わりなく,医学が治療法を科学的に

形成するとちょうど同じように・,シュ.マ・-レ∵/バッハの理解する商事私経済学

は,如何にして-金を儲けるかを研究するのでほなく,「全体の必要(8ed枇f可岳Se

der Gesamtheit)から生じる,商事経営の職分(dieAufgaben)を科 (4)

学的に研究_卜する占

シュマ-レンバッハに.よれば,「全体の枠内における商人の職分は,全体が

要求する経済的活動を最良のやり方すなわち弟材および諸カの最小の費消で実 (5)

施すること」を意味する。この場合,全体ほ商人に対して所得を与えるのであ

るが,この所得は.,商人に,全体が要求する職分を遂行させるための手段であ

(2)以下,本稿紅おいで,われわれが「動的貸借対照表論の基礎」というとき紅は, 1919年のこの論文を指す。

(3)本節におけるシュマーーレンバッハの所論は,主として,次紅よる。 E.Schmalenbach,”Grundlagen dynamischer Bilanzlehre“,ZeiischrififilY

ガα〝dβJざひ査・S・5♂〝5Cカ年/才J≠cカβダ〃′・ぶCゐα〝g,13..TabIg.,1919,SS∴2-6.

(4)E。Schmalenbach,a.a.0・,S”2. (5)E.Schmalenbach,a.a.0・,S.2.

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貨51巻 第5号 580 -4β-

る。商人自身にとっては,人間の治療によって金を儲けることが一般に・医者の

自己目的をなすと同じく,所得を得ることが自己目的であるかも知れない。だ

が,私経済学に.とっては,商人がその活動によって∴儲けるか否かほ,重要なこ

とでほない。私経済学にとっでは,「商人に課せられた仕事が全体の意味にお

ける経済的最適性の原理(Grundsatz des wirtschaftlichen Optimumsim

Sinne der Gesamtheit)に従っ{:行われることのみが問題である。このため

に,まさにこのためにのみ,この専門科学は,科学的研究によって:寄与しなけ

し6) ればならない。」 以上において,シュマーレンバッハは,商人の目的のために手続き規則を独

得することを私経済学の課題とする。換言すれば,かれは,商人の目的を技術

論としての私経済学の選択原理ないし政策目的とする。そして,そこ紅取り上

げる商人の目的を,利潤性追求とは無関係に規定する。この限りにおいて,「動

的貸借対照表論の基礎」紅.おけるシェ.マ-レンバッハの私経済技術論に・ついて

の考え方は,「技術論としての私経済学_lにおけるそれと同一・であるかに見え

る。事実,レユ.マー・レ∵/バッノ\は,「動的貸借対照表論の基礎」紅おける私経済

学についてのかれの基本的立場が,】‾技術論としての私経済学」において詳細 (7)

に基礎づけられていると主張しているのtである。

だが,・それにも拘わらず,われわれは,この2?の論文紅おけるシュマ-・レ \

ンバッノ、の考え方に.微妙な差異が存在することを看過してはならない。「働的 (さ)

貸借対照表論の基礎」における全体の強調がこれである。ここにおいては,私

経済技術論の政策目的とされる商人の目的は,全体の必要から生じる商事経営

の職分として規定される。しかも重要なことは,このような職分が全体の意味

における経済的最適性の原理に従うことを意味するということ,これである。

(6)E.Schmalenbach,a.a.Ol・,S.3.伸し,傍点は笠原。 (7)Vgl.E.Schmalenbach,a・a・0・,S・2,FuBnotel・

(8)このことは,中村常次郎教授によっでも指摘されている。(中村常次郎前掲稿,12 ぺ一汐を参照。)これ紅対して,田島社章教授は,「技術論としての私経済学」におけ る政策目的と「動的貸借対照表論の基礎」におけるそれとを同一嘱する。(田島壮事 前掲寧,134,2q8-9ぺ-・㌢参照。)

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581「動的黛侶対照表論の基経」におけるシュマ-レンバッハの技術論的私経済学-49-

ここでほ,私経済技術論の政策目的は,端的紅全体の立場ないし総合経済的立

場を表明する。さきに「技術論としての私経済学」に.おいて商人の目的として

の利潤追求を私経済技術論の政策目的とすることを拒否し尭バ/ユマーレンバッ

ハほ.,「動的貸借対照表論の基礎_】に.おいて■-・歩を進め,総合経済的目的の追

求を商人紅課し,この意味において商人の目的となる総合経済的目的を,私経

済技術論の政策目的として措定するものと解される。この限りにおいて,「■技術

論としての私経済学_=紅おいて存在した,私経済技術論の政策目的の性格に関

する曖昧性は,「動的貸借対照表論の基礎_=忙おいては払拭された。だが,後に

明らかにするように,それは同時に,シュマ-・レンバッハの私経済学が規範論

の世界における明確な第一・歩を踏み出したことを意味するのである。

さて,私経済技術論の政策目的は,「全体が要求する経済的活動を……・素材お

よび諸カの最小の費消で実施すること」と規定された。さきに.,われわれは,「技

術論としての私経済学」における私経済技術論の政策目的が経済体の健康の維

持および回復に求められ,これが需要と供給との目的合理的調和と最小費消の (9)

原理による生産とから構成されることを明らかにしたのであるが,このうち,

需要と供給との目的合理的調和は,上記の規定におけるl‾全体が要求すや経済

的活動を実施すること」に.よって表現され,最小麹消の原理に.よる生産は,「素

材および諸カの最小の費消で実施すること」紅よって表現されていると解する

ことができる 。ただ,ここでは,「技術論としての私経済学.」に・おけると異な

り,需要と供給との目的合理的調和と最小費消の原理に・よる生産とほ,とも紅,

私経済の意味に.おける経済的最適性の原理ではなく,全体の意味把おける経済

的最適性の原理に.従いこれを実現するぺきものとして,したがって,私経済体

の健康の維持および回復セはなく,まさに総合経済体の健康の維持および回復

を構成するものとして,理解されなければならないのである。

l‾動的貸借対照表論の基礎」において,シュマーーレンバッハは,商事賃借対

(9)笠原俊彦稿「初期シュマ・-レンバッハにおける「技術論的私経済学」の構想」『香

川大学経済論哉』欝50巻欝5・6号,1978年,91,93-94ぺ-・ジを参照せよ。

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策51巻 第5号 582 ー5クー

周表を,経済的経営(wirtschaftliche Betriebe)の内部における動的詩経過

(dynamische Vorgange)を計算的に把握するための手段ないし利潤計算 (10)

(Gewinnberechnung)の手段として理解する。だが,私経済学の政

策目的を商人の所得追求に.でほなく,いわば総合経済的最適性の追求に求める

シュマ-L/ンバッハに∴ねいて.ほ.,ここにいう利潤ほ,儲けの尺度(das Maβ

des Verdienens)としての利潤でほない。かれによれば,それほ,経済経営

(wirtschaftsbetrieb).の動的現象としてノの,経営費消(BetrIiebsaufwand)

に対する経営給付(Betriebsleistung)の余剰(das Mehr)ないし企業の成

果(Lもistungder Unter・nehmung)であり,経済性の尺度(das MaB der

Wirtschaftlichkeit)である。その際,シュマ-レンバッハによれば,全体は,

その経済的経営ないし企業が自ら生産する給付よりも多くの諸素材および諸

カを消費しないこと,むしろそれが経営費消に対する経営給付の余剰(der

UbeISChu8)をあげることを期待しているがゆえに,この企業の成果としての

利潤は,全体利害の1表現(eine Erscheinung des Gesamtinteresses)を

なすのである。

もっとも,こ.こで,シュマーレ∵/バッハほ.,資本主義経済体制においてほ,

上記の余剰が企業者に.儲け(Verdienst)として与えられるため,経済性の尺度

が一・般紅儲けの尺度に等しくなることを認める。さらに,かれに・よれば,特殊な

場合には,科学的私経済学(die wissenschaftlichePrivatwirtschaftslehre)

において:も,所得としての利潤が考察される。なぜなら,全体にとって必要な

いし有用な経済職分のため紅資本を集めるという問題ほ.,現存する自由経済体

制(die freieWirtschaftsor_dnung)においてほ,主として,資本家Kl所得の

見込みを与え,企業設立後にほその要求する所得を保障するという問題になる

からである。そして,この場合の貸借対照表論の目標は,経済性の尺度として

の利潤のみならず,さらに,所得の見込みとしての利潤の見込み,所得額とし

(10)このような貸借対照表観が,貸借対照表を財産計算の手段として理解する「静的貸

借対照表観」に対して「動的貸借対照表顧」 とについては,例えば,次を参照せよ。岩田巌著『利潤計算原理戯 同文館,1956年,

171-172ぺこジ。

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583「動的貸借対照表論の基礎」に.おけるジュマ-↓/ンバッハの技術論的私経済学-5J-一

ての利潤額を研究することに求められざるをえない。ただ,この場合において

も,所得は,それ自体の意義にトおいて研究の対象とされるわけではなく,総合

経済に.とって重要で,その成果(Erfolg)を規定する現象としてのみ,研究の

対象とされるのである。

このようにり 資本主義経済体制に.おいては,経済性の尺度が一・般に儲けの尺

度に等しいとと,および,場合に.よっては所得計儲としての利潤計算が私経済

学的考察の対象となることを認めながらも,シュマ-レンバッハほ,経済性の

尺度としての利潤と儲けの尺度としての利潤との間に.差異が存在することを強

調し,「動的貸借対照表論の基臥lにおいてほ∴経済性を規定するための琵術

(eine Technik zurIBestimmung der Wirtschaflichkeit)としての利潤計

算のみを研究しようとする。

さて,経済性の尺度として-の利潤を計算するための手段として貸借対照表を

考察する際,シュマ-レンバッハほ,実際の企業生活において’商事貸借対照表

が一・般に.このような目的のための手段とされているか,およびそれが法律紅お

いて「許容されているか禁止されているかを問わない。かれほ,ただ,「このよう

な利潤の計算に奉仕するべきであるとき,貸借対照表技術に対して-如何なる 〈11)

要求がなされることになるか」ということのみを研究する。この意味におい

て-,この研究ほ,かれに.よれば,hlつの純粋に.経済科学的な研究(eine rein

Wirtschaftswissenschaftliche Untersuchung)をなすのである。

シュマ-レンバッハによれば,このような研究の意義ほ,それがわれわれの

全体経済生活(ganzes wirtschaftliches Leben)を豊かK.する点に.ある。か

れによれば,経済計算制度(dasILwirtschaftlidheRechnungswesen)は,有

機体の神経体系の機能に匹敵する機能を,全体の経済体(Wirtschaitsk8rper

der Gesamtheit)において零すのであるが,} らのような経済計算制度の1部

をなす利潤計算は,商事企業(kaufm畠nnischeUnternehmung)の経済性を

精確に測定することによって,労働と素材とが不経済的用途に使用されること

(11)E.Schmalenbach,a.a.On,SS.4-5.

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発51巻 貨5号 -∂2- 584

(12) を防ぎ,資本が流れ込むぺきでなも、場所(Stelle)に流れ込むことを防ぐので ある。かれほいう。「商人が公共の福祉(Gemeinwohl)の意味におけるその業

務を果すことが公共の問題(Sache der Allgemeinheit)であると同じく,商

人がその業務の経済性の尺度,利潤,を誤って計算しないことは,公共の問虚 (18)

である。」

ⅠⅠⅠ経済性の尺度としての利潤とその計算原則

シュマ-・レンバッハによれば,経済性の尺度としての利潤ほ,第1に.,ある

(14) 年度において達成されたもの(das Er・zielte)でなければならない。この点に 嚢沌■、て,それは,株式法紅いう利潤から区別される。株式法に=おいては,前年

度からの繰越損益と当該年度の損益との合計が利潤と呼ばれるのであるが,こ

れほ,当該年度に.おいて達成されたものでは.なく,当該年度把‥おいて分配可能

なもの(das Verteilbare)だからである。

第2に.,それは,企業の経済性の尺度であるから,企業の経済的活動に.関わ

るすべての費用(Kosten)を差し引いた純利潤(Reingewinn)でなけれは

らない。この点において,それほ,株式会社常.おいて実際に釘静されている利

潤から区別される。なぜなら,株式会社の実践においてほ,例えば,会社の機

関である取締役および監査役に対する報酬(Tantieme)が利潤のうちに.含め

られているのであり,このような利潤は,粗利潤(Rohgewinn),具体的にほ,

会社とその機関の構成員との混合利潤(ein gemeinschaftlicherGewinn)を

(12)この後者の機能は,総合経済的観点から見て資本が流れ込むぺきであると思われる

場所を確定する機能であり,したがって,われわれほ,それを,先に述べた儲けの尺 度としての利潤の計算に与えられる機能から区別しなければならない。なぜなら,儲

けの尺度としての利潤の計算の機能は,資本が流れ込むぺきであることが確定された 場所に,如何にレて資本を集めるかという、問題紀聞適する機能をなすものだからであ

る。 (13)E.Schmalenbach,a.a.0・,S.5.この場合,Vコ.マ-・Vンバッハは,利滴の

計算のみならず,計算された利潤が公衆に対して公、関表示されることが,経済生活の 発展にとって重要であることをも強調している。

(14)本筋に.おけるシュマ→レンバッハの所論は,主として,次による。

E.Schmalenbach,a.a.0り,SS.6p16.

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585「動的貸借対照表論の基礎」に.おけるレユマ-・レ∵/ノくッハの技術論的私経済学-∂β-

なすからである。

シュ.マ-レンバッハによる以上2つの利潤規定は.,企業によって.形成ないし

獲得される給伺ないし収益(Ef・trag)の如何なる部分が経済性の尺度としての

利潤とみなされるぺきかという,いわば利潤の範囲を示すものである。この規

定は,経済性の尺度としての利潤が,儲けの尺度としての利潤と異なり,企業

者の利潤,より正確に.ほその所得としての利潤,でほなく企業の利潤であり,

したがって-,この計舞紅おいて-ほ,企業者紅対する報酬を含め,その達成紀要 (18)

したすべての費消が差し引かれなければならないこと,しかも,.このような利

潤が特定期間の業臍を表わすものとして封興されなければならないことを示し (1の

ている。

ところで,ミ/ユマ-レンバッハほ,この利潤が如何に.して.-形成されるもので

あるかを,次のよう紅述べて.いる。かれによれば,企業の経済性の尺度として

の利潤ほ,企業外部の影轡ないし市場影響(Markteinfliisse)と企業内部の

影響ないし経営影響(Betriebseinfliisse)とによって形成される。このうち;

市場影響紅ほ,2稼がある。第1に,企業ほ,そ・の有用性(BI・auCbbarkeit)

と稀少性(Seltenheit)の程度に応じて総合経済に,おいて必要とされ,また

収益を得るのであるが,総合経済払おける企業のこの必要性は持続的に変化

し,この持続的変化が,収益したがって利潤を変化せしめる。第2に・,企業の

収益は,振子運動としての景気変動の影響を受ける。以上の2硬からなる市

場影響紅対して,経営影響とほ,企業それ自体から生じる作用であり,節約

(Sparsamkeit)と慎重(Vorsicht),勤勉(FleiB)と技能(Geschick)の作

用,一言にしていえば経営活動(Betriebsgebarung)の作用である。利潤ほ以

上すべての影響を受け,その共同作用の尺度をなす。

このようなシュマ′-レンバッノ、の論述について,あれわれほ,経済性の尺度

(15)Vgl.auchE.Schmalenbaれa.a.0りS.4.このような費消には,′自己資 本利子が含まれる。このこと紅ついてほ,本稿67ぺ-汐を参照せよ。

(16)シュマ-レ∵/バッハに.よる以上2つの利潤規定に関する田島仕事教授の要約(田島

壮事前掲杏,135・ぺJ・-・ジ)は,われわれの納得しうるものでほない。

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第51巻 貨5号 山一βゼー・ 586

としての利潤を形成する市場影響と経営影響とがともに,利潤の構成要素であ

る給付と費消とのそれぞれを形成することに注意しなければならない。なぜな

ら,第1に・,給付ほ,全体がその要求を市場において持続的変化と景気変動

とにおいて示し,企業がこれに.対して経済戦略的(wirtschaftsstrategisch)

および戦術的(taktisch)に.適応することによって,生産され,第2に.,費消

ほ,諸材および諸カが市場のその時々の情況において与えられ,企業がこれを

調達し費消することによって,形成される,と解されるからである。

さて,シュマーーレンバッハほ,経済性の尺度としての利潤を,費消に対する

給付の余剰ないし給付と費消との差として表現した。かれのいう給付と費消と

は,多種多様な物財および用役によって構成されるいわば物的概念をなすもの

とも解されうる。だが,このような物的概念としての給付および費消ほ,まさ

にその構成要素の質的多様性のゆえに,そのままでは,相互に比較,計算され

えない。それらが相互紅比較され,このことによって1つの成果が計静されう

るためにほ,それらは,1つの統一・的な単位に.よって表わされることを要する。

そこで,シュマ-レンバッハが経済性の尺度として-の利潤を給付と費消との差

として表現するとき,ここにいう給付および費消ほ,物的存在そ・のものとして

でほなく,むしろ1つの統一・的な単位によって表わされる値ないし価値として

の存在として理解されざるをえ.ない。

この価値は,給付と費消との,正確には給付と費消とを構成する物財および

用役の,全体的ないし総合経済的価値を表わすものでなければならない。なぜ

なら,この場合にのみ,給付と費消との差としての利潤は,全体に対する企業

の経済性の尺度となるからである。すなわち,それは,全体の要求する物的存

在として-の給付の生産を引き受け,しかもこの生産を全体の財である物財およ

び用役の最小の費消によって実施するという2点において全体に.奉仕するべき

企業の奉仕の程度ないし経済性を,この2点に対応する企業の行動によって生

じ卑,価値的存在としての給付と費消とゐ結合に.おいて示すのである。

このように.給付,費消および利潤が表わす全体的価値は,シュマ・⊥レンバッ

ハが利潤形成における市場影響を認める限り,市場紅よる評価値をなすと解さ

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587「動的貸借対照表論の基礎」におけるレコ.マー・レンバッハの技術論的私経済学-55一

れざるをえない。それは,給付については,給付単位当りの市場評価値と給付

嵐との積をなし,費消については,費消単位当りの市場評価値と費消盈との硫

をなすであろう。そして,利潤は,この2つの積の差額として計算されること

に.なる。

以上のような解釈に.関連して,われわれは,企業の給付と費消とが原則とし

て収入と支出とを伴い,このことによって収入と支出とが給付と費消との尺度

に.なるという,レユマーレ∵/バッハの主張に注意するべきである。この主張に

おいて,かれは,市場が企業の給付と費消とを貨幣単位紅よって評価し,この

それぞれに対して,原則として収入と支出とを生ぜしめるという事態を承認す

る。この場合には,給付単位当りの市場評価値および費消単位当りの市場評価

値ほ.,それぞれの市場価格によって表現されると解されうることになる。

このよう紅,市場に.よる給付と費消との貨幣的評価,およぴさらに,これに

対応する収入と支出との発生を認める瘍合にほ,レユマ♪-・・・・レンバタノ、のいわゆ

る全体に対する企業の経済性なるものは,企業が市場において獲得する貨幣成

果によって測定されるこ.とにならざるをえないであろう。そして,かれにおい

ては,このことが,後に見るよう紅,そ・の貸借対照表理解の基礎とされるので

ある。しかしながら,このことに関して,われわれは,とこで,2つのことに

注意しておかなければならない。

策1ほ,収入,支出と給付,費消との期間的なずれに関連する。ミ/ユマー・レ

ンバッハに.よれは,給付と収入,費消と支出とは,それぞれ,必ずしも同一・の

期間に生じるわけではない。そして,給付と収入,費消と支出との間に期間的

なずれが存在する場合にほ,特定の期間において,給付と費消とについてなさ

れる利潤計算と収入と支出とについてなされる利潤計算とでほ,その与える利

潤が異なることとなる。後述するように,経済性の尺度としての利潤を期間利

潤として把握し,企業の経済活動の経済性をらの活動が行なわれる個別期間に

ついて測定しようとするシュマ・-レ∵/バッハにとってほ,このような活動と直

接に対応する給付と費消とによる利潤計穿こそが,かれの意図に沿うものであ

る。このような理由から,かれは,給付および費消と収入および支出とを厳密

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ー56- 寛51巻 簿5号 588

紅区別し,給付と費消とについてなされる利潤計算を主張する。しかし,この

場合紅収入,支出から区別される給付,費消は,ともかくも,それぞれ収入,

支出を伴うのであり,しかも,この収入,支出と同値の貨幣的評価額をもって

計算されるのである。

これに対して,籍2に注意されるべきことほ,シュマ-レンバッハのいわゆ

る企業の給付と費消のうち紅は.,市場に.よる何らかの貨幣的評価を許容し,し

たがって貨幣的評価額を有しながらも収入,支出を伴わないもの,一・さらには貨

幣的把.評価されえないものが存在することである。だが,われわれほ,ここセ

ほ,このような給付,費消の存在を指摘する紅止めることとしよう。

シュマ⊥レンバッハは,利潤が全体に対する企業の経済性を示すぺきもので

あるとき,それは,とりわけ,このような経済性の上昇と下降,しかもそのは

じまりを明確に示さなければならないと考える。なぜなら,経済性の尺度とし

ての利潤は行勒の指針として形成されるべきものであり,このような尺度が経

済性の変化を早期脛.認識せしめるとき,ひとはこれに矧して,迅速紅措置を取

りうるからである。このような理由から,シュマ-レンバッノ\は,利潤の絶

対額の正しさよりも,利潤が期間相対的に経済性の変化を正しく示すことを

(17) 重視し,利潤計算紅対して利潤の期間的比較可能性を要求する。比較可能性 (Ver・gleichbarkeit)の原則と呼ばれるものがこれである。

かれのこのような主張紅ついて,われわれほノ,2つのことに注意しなければ

ならない。第1に.,このような主張は,かれの表現紅も拘わらず,ある期間の経

済性を絶対額として正確化表わす利潤が,経済性の期間相対的な変化を示す利

潤と対立することをいうものでほありえ.ない。各期について絶対額紅おいて正

(17)かれは,次のように述べている。「ある期間について計算された利潤ほ,この期間

の経済性の,しかも相対的経済性の最良の尺度でなけれはならない。問題なのは,利

潤の絶対額が正しいことよりも,より高い経済性がより高い利潤紅よって,より低い

経済性がより低い利潤によって,示されることである。しかも,上昇あるいは下降運

動が休止し変転する転換点をその期間に示すことこそが,まさに問題である0」(軋 Schmalenbach,a.a。0小,S.10.、)

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589「動的貸借対照表論の基礎」におけるシュマーレンバッハの技術論的私経済学-57-

しい利潤が計算されるならば,そ・こに.おべいて,自ずから,経済性の期間相対的

変化が最も正しく把握されることほ,明らかであろう。それ紅も拘わらず,シュ

マーレンバッハが,わざわざ利潤の絶対額の正しさと対比しつつ比較可能性の

原則を強調する理由は,かれが,利潤の絶対額の正しい計算が何らかの事情に

より保たれ難い,あるいは保つことがさ程の利益をもたらさなV、場合の存在を

念頭に置いているがためであると解される。このような場合紅,経済性の正

確な絶対額したがって経済性の期間相対的変化の正確な度合の把握が多少犠牲

にされるとしても,少くとも経済性の期間相対的変化についてその方向は誤り

なく把握されなければならないとするのが,かれの比較可能性の原則の意味す

るところでなければならない。この意味において,われわれほ.,この原則を,

利潤の絶対額の正確性が犠牲に.されうる限界を示す原則と規定することができ (18)

るであろう。 (19)

われわれが注意するべきことの第2ほ,比較の対象に閑適する。シュマーレ

ンバッノ、ほ,利潤の比較について,同・-・企業の異なる期間における利潤の比較

の他に,同一・期間における異なる企業の利潤の比較が存在することを意識しな

がらも,後者を斥け,前者のみを取り上げる。かれに.よれば,その理由ほ,通

(18)中村常次郎教授は,「利益が経済性の-の良き尺度であるといふことよりも,利益 が相対的に.良く機能することの方がより重要である」とする比較可能性の原則に関し て,次のよう紅述べている。「斯かる論理の退行は,厳格に分析しようとする限り,

却って容易紅理解し難いものの-つであると言はねばならない。といふのは,最大限 冒たる共同経済的経済性の尺度たることから離れ去った比較可能性の原則が,如何な る関連に於いて基の重要性を要求しうるかが,甚しく曖昧なものとなるからである○ 凡そ真正であるといふことは,繚て計算といふものに附著した要請と見なければなら ず,また計算にんて黄正であれば,其処に自ら比較可儲悼も又保持し得られるのでは ないか,といふ反論が当然期待される訳である。従って:,彼に・よって共同経済的経済 性の尺度から引離された比較可能性の原則ほ,極言すれば,何等の理論的基盤乃至脈 絡なしに何処からともなく何時の間紅か引出されて来た原則であり,ただ夫れが,現 実の損益計算一欄・期間的損益計算-の技術上からして,実践的紅極めて有帝義であ るといふ点に於いて特徴を有するといふこと紅なる。」(中村常次郎稿,「シュマ・‾レ ンバッハ批判一共同経済的経済性の基準〔二〕-」『福島大学商学論剰20巻4号, ……■●●● 211ぺ-ジ。)シュマ-・レンバッハの比較可能性の原則を文字通り受け取る限り,この ような中村教授の批判は,妥当であるといわれなければならない○

(19)このことに関してほ,次を参闇せよ。田島壮事前掲寄,137-8ぺ‾ジ。

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算51巻 第5号 ーぶβ- 590

常,複数企業の事情ほ,その最も類似したものでさえ,あまりにも違い過ぎる

がゆえに,企業間比較が有効に・なされえないところにある。

だが,このようなシュマ-レンバッハの主張は,われわれの納得しうるもの

でほ.ない。なぜなら,第1に.,かれが経済性測定の意義を,これによって,素

材と労働とが不経済的用途紅使用されることおよび資本が流れ込むべきでない

場所紅流れ込むことを防ぎ,全体の経済生活を豊か軋することに求める限り,

経済的な企業と不経済的な企業とを見分けるぺき企業間比較こそほ,利潤計算

払おいて何よりも重視されなければならないはずだからであり,第2に,企業

間に経済性の相違をもたらす事情の相違は,通常,企業間比較を妨げるもので

はないからである。この場合,もしもシュマ、-レンバッハが,複数企業間の事

情の相違という表現紅よって,複数企業間紅おける利潤計算の仕方の相違を意

味してし、るとすれば,これに.対してほ.,総合経済的目的の追求を商人に課すシ

ュマーレンバッノ\に.おいて,この目的に.適う企業間比較を可能にする同一・の利

潤計算方液が,何故にすべての企業に対して要請されえないのかが,問われな

ければならないであろう。

ところで,利潤の期間比較は,期間利潤計静(periodische Gewinnrech-

nurlg)払おいて問題となる。短期的企業と異なり,継続企業(Dauerunternehp

mu喝en)においては,事業の全体が終結したとき紅初めてなされうる,企業

の-・生匿わたる成果の計算である全体利潤計静(Totalgewinnrechnung)とほ

別個紅,不経済的なものを中止し経済的なものを展開しうるために,経営経過

(Betriebsverlauf)の途中で利潤を計算するぺき必要性が生じるのであるが,

このような計算が,そこに.計算された利潤を此較しうるように均等の時間につ

いて繰り返されるとき,かとは,これを期間利潤計穿と呼ぶのである。

シュマーレ∵/バッハによれば,このような期間利潤計算紅関してほ.,期間利

潤と全体利潤との関係に.ついて,2つの考え方が存在しうる。1つは,期間利

潤を独立の事実と見,期間利潤すべての合計と全体利潤とが一・致する必要はな

いとする考え方であり,この考え方にしたがって個別期間の利潤計算が前後の

諸期間を気にすることなく行なわれるとき,ここに尺度性(Ma鳥stAblichkeit)

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591「動的貸借対廃表論の基礎」に.おけるシュマ-レン.バッハの技術論的私経済学-59-

の原則が成立する。これに対して,もう1つは,期間利潤を全体利潤の1部分

と見,期間利潤すべての合計が全体利潤という1つの有機的全体を形成すると

いう考え方であり,この考え方に.したがって,期間利潤の合計が全体利潤と・-

致することとなるように,ある期間計算を他の期間計算に結㌧合せしめるとき,

ここに.継続性の原則(das Prinzip der Kontinuitat)が成立する。

かれによれば,尺度性の原則にしたがって計算された利潤ほ,継続性の原則

にしたがって一計算された利潤に比べて,ある期間に達成された経済性をより正

しく表わす。例えば,それは,当該期間に先立つ諸期間における計算の誤りを

当該期間以降の諸期間において平準化するという形で修正せざるをえないこと

によって生じる,継続計静に必然的な不正確性を,有しないのである。それに

も拘わらず,シュマーレンバッノ、によれば,商事計算制度の発展においてほ,

尺度慢よりも継続性に重きがおかれてきている。かれによれば,その理由ほ,

継続計算が計算確実性(Rechnungssicherheit)を有するところ紅ある。ここ

においては,利潤を構成する諸部分のすべてが完全に.把握されるのであり,何

らかの項目を忘却または重複する危険は著しく少ない。シュマーレンバッハ

は,この理由を重視し,かくして,継続性の原則に基づく期間利潤計算のみを

考察しようとする。

シュマーレ∵/バッハのこのような考え方について,われわれほ,継続性の原

則が,利潤の期間相対的変化を曖昧にすることに.注意しておかなければならな

い。継続性の原則把したがえば,当該期間に先立つ諸期間に.おける計算の誤

りほ,当該期間以降に‥おいて平準化され,かくして期間利潤の合計と全体利潤

との一・致が保たれなければならないのであるが,この操作によって,当該期間

以降における期間利潤は,そのそれぞれの期間の経済性とは関わりのない,こ

れに・先立つ諸期間の経済性を規定する要因の影響を受けることに.なり,この限 (20)

り紅おいて,経済性の期間相対的変化が不明確なものとなるのである。このよ

う紅ある期間の経済性の測定を不正確にする継続性の原則の採用ほ,経済性の

(20)このことは,飯野利夫教授によって,比較可能性の原則と合致の原則との矛盾とし

て指摘されている。(飯野利夫稿「シ′ユマ-レンバッハ計算原則の理論的構造一合

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第51巻 寛5登 592 ーβ0-

尺度としての利潤を計算しようとするシ.ユマ-・レンバッハの当初の意図に・反し

ないであろうか。

ⅠⅤ 利潤計算における貸鹿対腰表の意味

経済性の尺度としての利潤を計算しようとするシュ.マ-レ∵/バッハは,収入

と支出とが期間的なずれを伴いつつも原則として給付と費消との尺度に・なると

考え,この考え紅基づいて,貸借対照表に対して1つの役割を与えることに・な (21)

る。・-・方紅おける支出と費消との間の,および他方に.おける収入と給付との間

の,いわば調整器(Ausgleichspuffer)としての役割がこ:れである。これを,

シユセーレンバッハは,以下のように説明する。

ある期間に=おける支出ほ,1.同・-・期間の費消(例えば職眉給料),2.未

来の期間の費消(例えば未経過保険料),3,過去の期間の費消(例えば固定

資産税)のV・、ずれか軋対応し,同じく,ある期間把おける収入も,1.河一期

間の給付,2.未来の期間の給付(例えば前受金),3.過去の期間の給付(例

えば売掛金の回収)のいずれかに.対応する。V、ま,現在における支出および収

入のみならず,現在に.おける費消および給付に.ついても記帳をなすとすれば,

以上の6つに.4つを加えた次の10の場合が区別されなければならない。

1.費消現在・支出現在

2.費消現在・支出未来

3.費消現痙・支出過去

4.支出現在・費消未来

5.支出現在・費消過去

6.給付現在・収入現在

7.給付現在・収入未来

8..給付現在・収入過去

致の原則と比較可能性の原則との相弘一」『シュマ・-レンバシハ研究皿 神戸大学

会計学研究会編,中央経済社,1954年,を参照せよ。)

(21)本節紅おけるジュサーレンバッノ、の所論は,主として,次紅よる。 E.Schmalenbach,a。a.0.,SS.16-30

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593「動的貸イ苫対照表論の基礎」におけるシュマーレンバッノ\の技術論的私経済学--βユー

9.収入現在・給付未来

10.収入現在・給付過去

貸借対照表は,このような諸々の′場合のうち,支出と費消,収入と給付との間

紅期間のずれを有するもの紅ついて,支出と費消,収入と給付とを1期間を超

えて結合する滞として.必要とされ,そのため把.,1.支出来賓消,2.費消末文

(2男) 出,3.収入未給付,4.給付未収入とV、う4つの項目をもつことになる。 以上に.おいては,支出と費消,収入と給付とが,期間的なずれこそあれ,そ

れぞれ対応することが前提とされている。ところが,このような対応でなく,

給付と費消との,および収入と支出との対応が生じる場合が存在する。このよ

うな場合について,シュマーレンバッハは,貸借対照表に関して次の4つを示 (28)

している。

1.給付現在。費消未来

2.費消現在・給付未来

3.収入現在・支出未来

(22)ここに.あげられた貸借対照表の4つの項目紅関連する計算の場合として,われわれ

は,直ちに,先の10の場合のうちの4.2.9.7.を,そ・れぞれあげることができるで

あろう。しかしながら,貸借対照表の4つの項目は,この4つの場合紅のみ閑適する

わけではない。われわれは,さら紅,それが,それぞれ,計算の場合3.5.8.10. 紅も関連することに注意しなければならない。貸借対照表との関連を有しない計算の 場合ほ,1.と6.すなわち,費消と支出,給付と収入との閤に期間のずれが存在しな

いもののみである。

(23)したがって,ここでは,貸借対照表に関係しない次の2つの場合,

1.給付現在・費消現在

2.収入現在・支出現在

すなわち,給付と費消,収入と支出との間紅期間的ずれがないものは,取り上げ、られ

ない。 ところが,シュマ-レンバッノ「は,ここで,給付と費消,収入と支出とが対応する

場合について,なお次の4つを明示していない。

1.給付現在・費消過去

2.費消現在・給付過去

3.収入現在・支出過去

4.支出現在・収入過去 この4つの場合は,本稿罪3表においてほ,それぞれ,計穿の場合16.14.12.10.と

して明示されている。それらは,前注に示した3.5.8.10.とともに,いずれも,貸

借対照表項目の消威をもたらす計算の場合である。

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第51巻 第5号 -62-・ 594

4.支出現在・収入未来

このうち,1.ほ,例えば機械製造企業がある期間に生産した機械を未来の期

間において自家消費する場合,2.ほ,例えば,ある期間に.建物の修繕の必要

が生じた(費消の発生)が,修繕は将来紅なされる場合,3.ほ,例えば,当

該企業に.対する資本の払い込みや当該企業紅よる借り入れがなされる場合,4.

は,例えば,経営紅おいて-消費されることなく,購入価格そのままの価格で売 (24)

却されることとなる土地甲購入のための支出がなされる場合である。貸借対

照表は,この4種の場合において,給付と費消,収入と支出とをそれぞれ結合

する帯としても必要とされ,そのために.,1.給付未費消,2.費消未給付,

(25) 3.収入末文出,4.支出未収入っ の4項目をもつ。 以上,支出と費消,収入と給付/とを結合するための4項目と,給付と費消,

収入と支出とを結合するための4項目とを加えた合計8項目に,さらに.貨幣項

(2の 目を加えて,シュマ-レンバッハほ,貸借対照表の構成を表1のように示す。

表 1

椒 極 消 極

(別)シュマ、-レンバッハは,費消に・よって解消されない支出の例として,資本の払い戻

しや借り入れの返済をあげている。(Vgl.,E..Schmalenbach,a.a.0・,S.21。)

だが,これらの支出ほ未来紅おいて収入をもたらすわけではなく,したがって,4

場合の例となりえないことは,明らかであろう。4.の場合の代表的な例は,当該企

業によろ他企業への出資または貸し付けであると思われるが,このような例は,レコ マ-レンバッハのあげるところではない。

(お)この4項目には,かれが明示した4つの場合と,われわれが注(23)の後半に記し

た4つの場合,すなわち収入と支出,給付と費消とが期間のずれをもつ8つの場合が

関連する。 (26)シュマ-レンバッノ\によれば,項幣は,基本的には他の経済手段と同じだが,購入

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595「動的貸借対照表論の基礎」におけるシュマーレンバッハの技術論的私経済学w、6’β一

億方,本来の利潤計算である損益討算(Gewinn-und Verlustrechnung)

(27〉 の構成は,表2のように示され,損益計算に対する貸借対照表の関係は,表3 のように示される。

表 2

貸 方 借 方

7.給付現在・収入現在

8.給付現在・収入過去

9..給付現在・収入未来

10.給付現在・費消現在

11.給付現在・費消過去

12.給付現在・費消未来

1.費消現在・支出現在

2.費消現在・支出過去

3.費消現在・支出未来

4.費消現在・給付現在

5.費消現在・給付過去

6..費消現在・給付未来

表 3

貸借対照表 損益勘定

貸方項目 発生 借方項目

借方項目 消滅 借方項目

借方項目 発生

貸方項目 消滅

借方項目 発生 貸方項目

貸方項目 消滅 貸方項目

貸方項目 発生

借方項目 消滅

積極 発生

しかし,ここ.で,かれは,それをあたかも購入された

計算の場合

1.費消現在・支出未来

2.費消現在・支出過去

3.支出現在・費消未来

4∴支出現在・費消過去

5.給付現在・収入未来

6… 給付現在て収入過去

7.収入現在・給付未来

8.収入現在・給付過去

9.支出現在・収入未来

されたものでない点が異なる。 ものであるかのように考えようとする。(Vgl・E.Schmalenbach,a.a.0・,S・23・)

このような貸幣項目の理解に対しては,すで紅多くの批判がなされている。例えば,

次を参照せよ。岩田厳稿「動的対照表の現金項目」,『会計』算59巻第5号。

(27)したがって,ここでは,貸侶対照表に関連のない場合,すなわち,収入,支出,給

付,費消の間の対応が同一潮間に生じる場合は,それが損益計算匿・影響するものであ

っても,取り上げられない。

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ー64-

10.支出現在・収入過去

11.収入現在・支出未来

12.収入現在・支出過去

13.費消現在・給付未来

14.費消現在・給付過去

15.給付現在・費消未来

16.給付現在・費消過去

第51巻 第5号 596

癌 施 極 極 極 施 槌 消 消 積 消 稽 積 消

滅 生 滅 生 滅 生 滅

消 発 消 発 消 発 消

借方項目

借方項目

貸方項目

貸方項目

以上において,貸借対照表は.,期末隼おいていまだ解消されざる収入,支出,

給付,費消のすべてを表示し,これをその解消される期間・まで移転する機能

(UbertragungSfunktion)を果している。このこと紅よって,それは,支出と

費消,収入と給付との間の期間のずれを調整し,支出と費消,収入と給付とを

それぞれ相互に対応せしめる。それのみならず,それは,費消と給付,支出と

収入との間の期間のずれをも調整するのである。

この場合,われわれほ.,収入,支出を伴わない給付,費消が,収入,支出を

伴う給付,費消ととも紅,貸借対照表および損益計算書紅記載され封静されう

るためにほ,それらが,収入,支出を伴う給付,費消に準じて貨幣単位で評価

された価値をもたなければならないことに注意しでおくぺきである。

シコ.マ-レ∵/バッハによれば,貸借対照表を以上のようなものとして理解す

るとき,ここに.おける資本勘定は,企業の財産(VeI皿6gen)の価値を示すも

のでほない。企黄の財産とほ,企業の価値以上のものでほない。そして企業の

価値とは,企業の収益徒得能力(Fahigkeit,Ertrage zubr’ingen)によって決

定される収益価値(Ertragswert)である。したがって,それほ,企業がもた

らしうる収益を把握することによってのみ計算されうる。だが,貸借対照表ほ

企業のもたらしうる収益の計算をなすわけではなく,したがってその資本勘定

は,企業の価値をも,企業の財産をも示さない。資本勘定が示すものは,資本

の払い込み,払い戻しと利潤の留保,この限りにおける財産の状態のみである0

もちろん,シュマ-レンバッハ紅よれば,貸借対照表は,正しい利潤計昇紅必

要な限りで企業の個別財を時価評価し,このことによって,この個別財の価値

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597「動的貸侶対照表論の基礎」におけるシュマ-レ∵//くッハの技術論的私経済学-・6∂-

変動を表現する。しかしながら,こ.のような個別財の価値の合計ほ,結合され

た個別諸財の全体的価値としての企業の収益価値をなすわけでは決してないの (28)

である。

ところで,レユマノーレンバッノ、紅よれば,費消・給付計算(Aufwand-und

Lei$tungSreChnung)としての利潤計算は,貸借対照表なくしても行なわれう

る。それ紅も拘わらず,かれが貸借対照表を利潤計算の補助手段として用いよ

うとする理由は,何よりも,それが費消と給付とを支出と収入とに関わらしめ,

このことによって,利潤引算を確実なものとするところに.求められる。かれに

よれば,収入と支出との把握は,給付と費消との把握よりも遥か紅確実に.なさ

(29) れうるのであり,このような収入と支出とに.対応させることによって:給付と費

消との把捉を確実なものに.する貸借対照表濾,利潤計算にとってはとんど不可 (aO)

欠であるとさえいわれうる。このようにして,われわれほ,シュマー・レ∵/バッ

ハが利潤計算に.対する貸借対照表の意味を,利潤計算における儲続性の原則の

意味と同じく,計算の確実性に求めて.いることを知ることができる。

ここで,われわれは,かれが継続性の原則を説明したところで次のよう紅述

べていることに.注意しなければならない。「継続性の原則は,・……未解消項目の

すぺてがその属する計算期間の利潤計静において顧慮されうるよう把,その一

樺の継続記帳(Weiter-Oder’FortschIeibung)を要求する。未解消項目rの午

の継続記帳は,貸借対照表に.よって行なわれる。貸借対照表と利潤計算の継続

(公)田島仕事教授に.よれば,以上のような「企業財魔の価値に関する考え方が損益計算

の補助手段としての貸借対照表という考え方の袈側にあって,この考え方を徹底さ

せ」,われわれが後述する「評価論の中心を財産評価から虫消・給付の評価に転化さ

せることになっている」。(田島仕事前掲番,145ぺ一汐。但し,引用文のうち,明ら

か紅誤植と思われる文字を1字訂正した。)

(29)γユマーレンバッハによれば,このことほ,費消ないし給付が支出ないし収入に先

立つ場合に,しばしば,費消,給付の把握が忘れられるという事実から,明らかであ る。(Vgl・E・Schmalenbach,a・a・0・,S・軍2・)

(30)ジュマ」-レンバッハは,貸借対照表のこのような長所が,諸々の計算の場合のうち

でも,支出が費消に先立つ場合が著しく多いことを考慮するとき,雷要であると主張 している。(Vgl・,E小Schmalenbach,a.a,0・,S.22L) このこと紅ついては,

本稿注(36)をも参照せよ。

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滞51巻 第5号 598 ー66-

(31)

性とは対をなしており,運命を共にする。」以上から,われわれは,シュマ-・レ

ンバッハが,給付および費消を収入および支出に関わらしめるという点に・おい

て-のみならず,未解消項目の継続記帳を行なうという点においても,貸借対照

表を,利潤計算の確実性を保障するための手段として理解することを確認しう

るのである。

Ⅴ 利廟の構成要素としての費消とその計算的把握

経済性の尺度として-の利潤ほ.,給付と費消との差として計算される。そこで,

この利潤の内容ほ,給付および費消の内容に.よ.って∴規定されること紅ならざる

をえない。ここに給付および費消は,原則として収入および支出を伴い,この

収入,支出と同値の貨幣的評価額を有するものと解されえた。だが,シュマ-

レンバッハは,他方で,正しい利潤計静のためにほ貸借対照表項目の時価辞価

が必要となること,したがって,給付,費消の貨幣的評価額がこの限りでその

収入,支出の額から帝離する可能性をも認めてル、たのである。このようなシュ

マ-レ∵/バッハの論述は,そこに.おいてかれが給付および費消をどのように考

えていたかという問題を,喚起せざるをえなし、であろう。シュマ-レンバッハ

ほ,「動的貸借対照表論の基礎」

している。そ・こで,われわれは,本節および次節において,かれのこのような

論述を取り上げ,そこにおいてかれが把握しようとする給付と賀消とが如何な

るものであるかを,シュマ」-レ∵/バッハの論述にしたがって費消,給付の順に, (亭2)

尋ねることとしたい。

シュマ・-レンバッハにおいては,費消とは,経済性の尺度としての利潤を計 (83)

算するという見地からして「費消たらざるをえないもの」を意味する。これを,

かれは,まず,生産(Betrieb)によると否との理由を問わず,ともかくも企業に

(31)E・Scbmalenbach,a・a・0・,S・13・

(32)本節におけるVユ.マ-Vソバッハの所論は,主として,次による。E.’Schmalen-

bach,a.a小0.,SS.30-・98.

(33)E.Schmalenbach,a.a.0.,S.32.

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599「動的貸借対照表論の基礎」に.おけるレコマー・レンバッハの技術論的私経済学一一6-7-

よって費消されたもの,企業の何らかの財の損失と規定し,その取り扱いにお

いて問題が生じうる3つのものについて,次のように説明を加えている。

第1に,その期間的帰属が偶然的である費消,すなわち偶発費消は,期間的

に平準化しなくとも忘れられえない程に.大きく,平準化すれば利潤の比較可能

性が失われるもの,および大患に発生し大数の法則に・より自ずから平準化され

るものを除けほ,これを1期間に負担させると利潤の比較可能性が損なわれる

ため,その発生要因を考慮して,毎期,引当金を設定し,その平準化をなすこ

とが必要である。

第2に,経済性の尺度としての利潤は,すべての鄭肖を差し引いた純利潤で

なければならないことから,企業者の出資に対する対価としての自己資本利子

は,費消とされるべきである。だが,自己資本利子が費消計算から省かれうる

場合が2つある。第1に.,利潤額の相対性すなわち期間的比較可能性を重視す

る立場からすれば,費消が絶対的および相対的に変動しない,またほ緩やかにし

か変動しない場合には,これを利潤計算から除外してもさ程の害はない。この

除外に.よって,このマイナスを上廻る労働の節約と,自己資本利子率が慈恵的

に選ばれることから生じる不確実性の排除とがなされるならば,利潤計算にぉ

いて自己資本利子を無視す・るぺきであるという技術規則(KunstI■egel)が成立

(34) しうる。第2のものほ,より重要な根拠をなす。すべての利潤計算は,そ■こに 計算された利潤を関係づける対象(Beziehungsgegenstand)を必要とする。

この対象としては,企業において最も欠乏しているものが選ばれるべきセあり,

特定の企業および時期紅応じ,さまざまのものがこの対象となりうる。だが,

(34)

偶発費消平準化のための引当金の設定は,継続性の原則の考慮から,また,白 利子の除外は,労働の節約および不確実性排除の観点から,正確な利潤の計算がある 程度犠牲に.される場合に,少くとも利潤の期間相対的変化の把握は,これを保持しよ うとするシュ.マ-レンバッハの考えを表現している。もっとも,この場合,以上の考 慮ないし観点のすぺてが,経済性の尺度としての利潤の計算というシコ′.マ・-レンバッ ハの課題から見て,正確な利潤の計静が保たれ難い,あるいは保つことが利益をもた らさない場合を形成する要因たりうるか,たりうるとしてもどの程度紅正確な利潤の 計算を犠牲に.しうるのかは,1つの問題といわれなければならない。

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第51巻 努5号 -6β■- 600

利潤の有用性が比較可能性によって著しく規定される期間利潤計算において

ほ,関係づけの対象が期間的紅変更されることは許されず,このことから,こ

のような対象として,企業におV、て持続的紅欠乏しており,優先的に需要され

ているものが選ばれなければならない。このようなものほ,第1には企業資本

であり,時紅は企業者労働である。関係づけの対象が資本である場合に.は,資

本についてどれだけの利潤が得られたかが計算される′のであり,利子を費消と

して計算することは,余計であるばかりか混乱をもたらしさえする。

発3に,贈与された財の消費についていえ.ば,贈与されることは,企業に.収

益をもたらすがゆえにすなわち給付であり,贈与された財の消費は費消であ

る。この給付と費消とは相殺されるため,多くの場合2つとも紅計静されない

のであるが,期間計算においてほ,贈与と贈与された財の消費が同・一・期間に生

じるとほ限らないため,両者を計昇することによって,そこに瀞出される利潤

が企業の経済性を示しうるよう紅するべきである。

以上払おけるジュマ」-・レンバッハの論述において,われわれほ,第1に,か

れが経済性の尺度としての利潤の構成費尭である費消を,企業によって費消さ

れたもの,しかも理由の如何紅拘わりなくその一切のものと規定するとき,そ

こに費消される対象が経済性の観点から見て如何なる特質を有し,この特質が

費消対象の価値およびこの費消紅如何なる作用を及ぼすかを特紅明示していな

いこと紅注意しなければならない。むしろ,かれにおいては,費消対象は,′市

瘍における貨幣的評価額としての価格そのままの値において,直ちに総合経済

的価値を示すものとして理解され,したがって-また,費消対象の貨幣的市場評

価値の損失は,患ちに.総合経済的紅価値あるものの損失すなわち費消として理

解されているように思われる。

しかしながら,このことは,シュマーーレンバッハにおいて-,このような損失

のすべてが如何卑る場合にも費消として給付から差し引かれなければならない

ことを意味しない。このことに関して,われわれは,第2に.,シュマ-レンバ

ッハにおいては,経済性の尺度としての利潤を関係づけるべき対象に対応する

特定の項目が費消から除外きれることに注意しなければならない。したがっ

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601「-動的貸借対照表論の基礎」におけるシユマー・レンバッハの技術論的私経済学-6■9-

て.,かれにおいては,関係づけの対象は,計算されるべき利潤の内容を規定サ (35)

る。それほ.,「利潤計算把∴おいて最終的計静目標を規定する。」

関係づけの対象がこのようなものであるとすれば,それを何紅求めるかほ,

利潤がその尺度たるぺき経済性との関連において決定されざるをえないであろ

う。かれに.お沌、′ては,このような関係づけの対象は,企業において最も欠乏し

ているものとされた。それほ,企業が総合経済乾よって要請されたその課題を

達成する際に最も欠乏し,したがってその達成を阻害することとなっているも

のである。ところが,シュマ-レ∵/バッハほ,ここで,諸対象の欠乏の程度を

比較し,最も欠乏してル、るものを決定するぺき基準について何ら明言するとこ

ろがない。かれほ,このような基準を明らかに.しないままに.比較可儲性を考

慮して,関係づけの対象として企業資本ないし自己資本を選択するのである。

このような選択の結果として,経済性の尺度としての利潤ほ.,儲けの尺度とし

ての利潤に近づくことになる。なぜなら,靂済性の尺度としての企業の利潤と 異なり,企業者の儲けの尺度としての利潤ほ,企業者の投下した資本に.関係づ

けられ,この資本紅.対する余剰として一計穿されるのであり,ここに.おいては,

当該投下資本に.対応する費消項目としての自己資本利子ほ,とく紅計上される

ことを要しないと解されるからである。

さて,シ.ユマ・-レンバッハ紅よれば,費消を計簸しようとするとき,ひとは.,

東消と支出との関係からして,1.当該期間において費消された対琴,2・この

対象のための支出,3.考慮されるぺき価値変動,を確定しなければならない。

シュ.マ-レンバッノ、ほ,以上3つのうち,まず,1.と2.たっいて費消の把

握を論じ,その後,3.紅ついて価値変動が費消計算紅及ばす影智を論じてい

る。

かれに.よれば,費消封静ほ.,小通常,費消の事実からでは.なく,支出から出発

する。その理由は,第1に.,ひとが何らかのものを消費しようとするとき,ま

(35)E.Schmalenbach,a.a.0・・,S.39.

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-7()- 第51巻 第5弓 602

(36) ず,これを買わなければならないことが普通であることから,通常は支出が費 消に.先行すること,舞2に,費消の把握よりも支出の把握の方が,尊記技術上,

より容易かつ確実になされうること,にJ求められる。ところが,費消計算が支

出から出発するのほ,支出が費消に.先行する場合に.限られるわけでほない。シ′

ユマ・-レンバッハ紅よれば,費消が先行する場合にも,当該経営活動が将来に

おいて何らかの支出を生ぜしめるか,および,この支出は如何程に.なるか,が

調査され,これに基づいて費消が計算される。

支出が把握されると,次に,支出によって得られる対象の期間的費消の把捉

がなされなければならない。この方法として,シュマー・レン.バッノ、は,1.出

入計算(Skontration,Fortschreibung),2.実地棚卸し計算(Befundrech-

nung),3.耐用年数に基づく計算(Lebensd?uerreChnung)ないし減価償却,

4.不規則に行なわれる把握,をあげ,このうち,とくに,減価償却が,費消計

算を有高計簸に先行せしめ,費消を控除した封算的残余としての有高を貸借対

照表紅記載せしめる点において,静的貸借対照表観でほなく動的貸借対照表観

に合致することを指摘し,耐用年数内の諸期間に対する減価償却費の配分手続

きを詳論する。

費消の把握に.関するシュ.マーレンバッハの以上の論述は,明らかに,早晩支

出を伴う限りに.おける何らかの経営活動に関するものである。ここでは,費消

は,このような経営活動のもたらす支出額に基づいて計算される。だが,この

ような費消計算の考え方ほ.,支出を伴うことのない費消,例えば贈与された財

の費消の把握紅も,適用されうることが注意されなければならない。この費消

の把擾ほ,当該費消対象が支出によって得られなければならなかったとすれば

その金額ほ如何程であったかを見積り,これ紅基づいてなされうるのである。

次に,価値変動が費消計算に.及ばす影響については,シュマーレンバッハは,

まず,価値変動が費消計算の技術に及ばす影響を考察し,これを次pように例

(36)シュマ-レンバッハによれば,このことは,今日の資本集約的経済の必然的帰路で

ある。この経済ほ,未来の計欝期間に費消となる支出を伴う投資に.よって特質づけら れるものだからである。(Vgl小IL Schmalenbach,a.a.0.,S.18.)

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603「動的貸借対照表論の基礎」払おけるシュマーレンバッハの技術論的私経済学--アブ--

(37)

示している。

1910年に1,000マルクを支払って得られた材料について,この価格が1911年

に900マルクに下落し,1912年に消費されたとする。1911年に.は価格下落額100

マルクが,1912年にほ900マルクのみが,それぞれ費消として負担せしめられ

るぺきであるとすれば,次のような計算が行なわれる。

計静の壕合 貸侶対照表 損益項目

1910年 支出1,Odoマルク 積極1,000マルク発生

1911年 価格下落(費消)100マルク 積極100マルク 消滅 借方項目 100マルク

1912年 消費(費消) 900マルク 窮極 900マルク 消滅 借方項目 900マルク

逆に,1910年に.1,000マルクを支払って得られた材料について,この価格が19

11年に1,200マルクに上昇し,1912年に消費されたときには,次のような計算

が行なわれる。

計静の場合 貸借対照表 損益項目

1910年 支出1,000マルク 積極1,000マルク発生

1911年 価格上昇(給付)200マルク 積極 200マルク発生 貸方項目 200マルク

1912年 消費(費消)1,200マルク 積極1,200マルク消滅 借方項眉1,200マルク

上記第1例において,シュマー・レンバッハは,材料の価格下落を費消とし,

これを価格が下落した年度に負担させ,この材料が消費された年度の費消をそ

の分だけ減じることに.よって,当該材料の支出と費消とを・・-・致させている。そ

して,欝2例においては,第1例紅おいて価格下落を費消としたこと紅対応し

て,価格上昇を給付とし,消費がなされた年度の貿消をその分だけ増加させる

ことによって,当該材料のための支出額と価格上昇額との合計値を費消の値と

一・致させている。以上のような計算手続きによって,価格変動の影響は,全体計

静においては相殺され,費消・給付計算によって得られる期間利潤の合計は,

企業の・一・生に∴わたる収入・支出計算によって得られる全体利潤と・-・致する。

(37)Vgl.E.Schmalenbach,a./a..0”,SS.30-32.

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寛51巻 発5号 --72- 604

この意味に.おいて,かれほ.,「期間を顧慮せず,全体としで見れば,費用額

(88) (Kostenbetrag)(=支出額鵬N笠原)は,依然として,費消の尺度である」 というのである。

だが,上例において,価格変動は,経済性の尺度たるべき期間利潤自体に対

しては,著しい影響を与えている。それは,収入またほ.支出なくして-給付また

は費消を計算させ,かくして期間利潤の値を規定する。価格変動のこのような

影替を考慮するとき,「如何なる価値変動が期間計算紅.影響を及ぼしうるか,そ

(89) して,如何なる状況紅おいでそれほそ・の影響を及ばすか_卜という問題が重要な 意味をもたざるをえないであろう。シ/ユマ-レ∵/バッハによれは,これは,評

価規則(BewertungSregeln)の問題をなす。そして,貸借対照表を経済性の

尺度として:の利潤を計静するための用具と解し,貸借対照表に記載される諸価

値をこのような利潤の計算のための調整価億(Ausg1eichswerte)と解するか

れに.とっては,この問題ほ,「利潤計算が経済性の最良の尺度であるためには, (40)

保持されて■いる費消対象の価値変動は如何紅取り扱われなければならないか」 (41)

という問題を意味する。

レ.ユマーーレンバッハは,評価規則を論じるに.際して,まず,評価の基準とな

るべき価嘩の種類を問題とし,このようなものとして,原価(Kostenwert),

時価(Zeitwert),取り換え価値(Ersatzwert,Ersatzkostenwert),利潤額

をできる限り安定させるため私用いられる諸価値,の4つをあげる。

このうち,とく紅第4のもの紅ついて,かれほ次のような説明を加える。利潤

の安定化は,一・般紅は積極項目の低評価によって利酒を隠匿し,のちに.これを吐

き出すという計算操作紅よって行なわれる。このような利潤操作ほ,籍1紅,

実際には利潤が増大レて:いない紅も拘わらず表向きほ利潤が増大しているよう

に.見せることに.よって,不良な企業に.資本を流入させ,第2に,企業管理者

(38)E.Schmalenbach,a.a.0・,S.32. (39)E.Schmalenbach,a.a.Oh,Sル80. (40)E.Schmalenbach,a.a.0・,S.80 (41) このように.して,ジュマーレンバッハに.おいては,評価規則の問題ないし評価問題

とは,費消および給付の評価の問題をなす。このこと紅ついては,次を参照せよ。岩

田巌前掲寄,300-301ぺ-汐。

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605「ル動的貸侶対照表論の基礎」に‥おけるシュマー・レンバッハの技術論的私経済学-73-

(-Geschaftsfiihrer)紅精確な利潤計算の義務を放棄させることに.よって,入

念(Sorgsamkeit),慎重および勤勉を失わせ,第3紅.,企業管理者,監査役

会構成員等が株主の犠牲において投機をなすことを可能粧する,という欠点を (42)

もつ。要するに,それは,利潤計算を個別利害という狭小な・観点から見ること

によって企業の経済性の像を歪曲し,かくして,全体紅対する企業の経済性に.

恵影響を及ぼすのである。いわゆる r保守的J利潤計算の原則(das Prinzip

der sogenannten”VOrSichtigen‘‘Gewinnrechnung)は,このようなものに

他ならなも\。

経済性の尺度としての利潤を計算しようとするシュマーレンバッノ、ほ.,利潤

額をできる限り安定させるために・用いられる諸価値紅嚢沌、て,以上のよう紅.経

済性の展開を曖昧紅する積極項目の低評価ではなく,それを明らか紅.する低評

価こそが,問題とされるべきであると解する。この後者の低評価ほ,例えば,

使用後に売却される土地のありうる売却損の処理紅ついて行なわれる。このあ

りうる売却損は,経済性表示の観点からして,この土地の使用全期間に配分さ

れなければならないのであるが,土地の売却価格が予知されえないことから,

その配分ほ,売却価格より低いとしてもこれより決して高くないと思われる値

にまで,土地を償却すること紅よって行なわれる。このこと紅よって,土地

を保有している諸期間の利潤ほ.低く表示されるが,このような低評価が漸次,

しかも利潤隠匿の意図なく行なわれるならば,相対的利潤額紅対するその琴響

(42)シュマ」-レンバッハに.よれば,実務がこのような利潤操作をなす理由としては,3

つかあげられる。第1に,配当紅飢えた株主紅よる過度の企業掠奪を防止すること,

第2に,配当を安定さ逼ること,第3に,株主を次第紅休眠させ無関心に.して,企業

管理者および監査役会構成員の手紅権力を集中すること,がこれである。

ところが,かれによれは,このうちの第1の目的ほ,利潤操作によってほ達成され

えない。なぜなら,利潤操作め濫用こそ,株主の過度の配当要求を生み出した,ある

いは,少くとも本質的に増大させたものだからであり,このような配当要求は,むし

ろ利潤操作を止めることによって鎮静させられうるからである。また,第2の目的 は,利潤操作紅よらずとも,配当調整積立金(Dividendeniusglpichfonds)によっ

て達成されうる。このようにして,シュマ・-レンバッハ紅おい そは,算3のもののみ が,実務の利潤操作の真の目的として残ることになる。(Vgl.E..Schmalenbach,

a.aけ0りSS.84-5.)

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第51巻 籍5号 仙74-・

ほ.軽微である。その際,土地の売却年度に.生じうる特別収益ほ.,正規の利潤と

混同しないように朋示されうる。同じことは,過大減価償却に.も妥当する。

ところで,土地の売却については,売却損ばかりでなく,売却益が生じる場

合がある。シュマー・レ∵/バッハ紅よれば,この売却益も土地を使用する諸期間

に割り当てられなければならない。ところが,問題なのは,土地が果して取得

価格より安い価格で売れるか,または高V■、価格で売れるかが,あらかじめわか

らなV、ことである。このような場合紅取られうる行き方として,われわれほ,

土地を使用する諸期間へのありうる売却損益の配分を・一切考慮せず,実際に土

地を売却した期間においでのみ,、その売却損益を,正規の費消,給付から区別

される特別費消または特別収益として.計上する方法を想起しうるであろう。と

の方法の存在は,シュ.マーレンバッノ、自身が十分紅意識している。しかも,上

例のありうる売却損益の配分手続きについて,シュマL-レンバッハが特別収益

の計上を認めていることからすれば,われわれは,かれがこぁ行き方を承認す

ることを期待してもよいほずである。しかしながら,かれは,このような行き

方を承認せず,売却価格が不明である土地紅ついて,専らその価格下落のみ.を

配慮し,上例私見られるような低評価の手続きを提唱するのである。

かれがこのような手続きを提唱する主たる理由ほ,悲観的見通しから保守的

計簸紅.走り易い実務家に対し,保守的利潤計算の代り紅.,これよりも良く,し

かも実務家紅.受け入れられうる手続きを提示することにあると解される。すな

わち,ここで,シュ.マ-レンバッハは,保守的利潤計算を阻止するために,実

務配扁、て一腰的な,かれのいわゆる個別利害の観点に・・-・歩を譲り,-・面的に

土地の低評価のみをなそ・うとするのである。このよう降して,われわれは.,シ

ュマー・レンバッハが評価の基準となりうる価値として第4紅あげるものが,経

済性の尺度としての利潤の計算そのもののため紅必要とされる価値ではなく,

このような要諦と個別利害との妥協の産物紅他ならないととを知ることができ

る。この意味紅おいて,そ・れは,経済性計算のための手続き規則のみを取り上

げるはずのかれの論述から外れるものと解されざるをえないのである。

さて,シュマーレンバッハによれば,評価の基準となるペき上記価値種類の

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607「動的貸借対照表論の基礎」払おけるシュマ-レ∵//くッハの技術論的私経済学-75-

いずれが最良の利潤計算を保障するという動的貸借対照表の課題を最も良く果

すかに.ついて,・一・般原則ほ設定されえない。それは,評価対象の種類と事情と

によって異なるのである。このことを明らかにするために,かれは,まず,評価

対象を経営対象(BetriebsgegenStande)と転換対象(Umsatzgegenst畠nde)

とに.区別して評価問題を論ずる。この2つの評価対象のうち,前者は商人の経

済的職分の手段であり,後者ほその目的をなすのであるが,この2つは.,後者

が,市場から受け取られ,加工されあるいほ加工されず匠値ざやを取って市場

紅提供されるものであるがゆえ紅,この値ざやに膚接影轡を与える価格変動紅

よっでその評価が著しく左右されるのに.対し,前者が,通常は長期にわたって

経営紅存在し市場紅対して緩やかな関係を有するに.過ぎないがゆえに.,価格変

動の影響をそれ程受けないというそれぞれの特質において,ここ紅区別される

のである。

転換対象について.■は,これを原価紅よって評価するべしとする見解と時価

によって評価するべしとする見解とが対立する。ここで,われわれは.,シュ

マー・レンバッノ、が,時価紅.ついて購買時価と販売時価とを区別し,規則的に

(regelmaBig)転換の対象となるものを時価で評価する際に」は,動的計算(die

dynamische Rechnung)がこの対象をのちに.費消となるべき対象としてのみ

見るという理由から,購買時価,必要とあれば購買および製造の費用(Kosten)

を増した購買時価,が用いられると解していること紅注意しておかなけれはな

らない。これ軋対して-,規則的な転換の対象でないものに・ついては,実現され

うるものの尺度(Maβstab des voraussichtlichzu Erzielenden)としての

販売時価が,例外的紅用いられうる。かれに.よれば,ここにおいては,未実現

利潤が計静されるのである。

さて,シュマ-レンバッノ、は,㌧・まず,証券投機業者,土地会社(Terrain-

gesellschaft)などの投機的性蕗の強い企業と商業企業とを念頭紅.おき,この

それぞれ紅対応させて転換対象の評価を論じる。かれに.よれば,転換対象のう

ち,証券投機業者などに見受けられるような,投機目的をもって調達された対

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貨51巻 第5号 ー76- 608

象については,時価評価がなされるぺきである。なぜなら,この場合,時価は,

期待されている価格上昇が当該期間にどの程度の成果をあげたか牢示すからで

ある。ただ,このような転換対象であっても,例え.ば土地のよう紅時価が確実

に.算定されえないものについて-は,慈恵を排するために,原価評価がなされな

(43) けれはならない。 このようなシュマーーレンバッハの論述について,われわれは,まず,ここに

いう転換対象の時価評価が,価格上昇による未実現の投機利潤の計昇を目的と

していることに.注意、しなければならない。したがって,そ・れほ,費消の把握の

問題というより,むしろ給付の把握の問題である。それほ,ただ,時価評価さ

れた転換対象が,この評価の結果としてこの時価において次期の費消となると

いう点で,費消の把握と関連する紅過ぎない。

さら紅,われわれは,ここに用いられる時価が購買時価であるか販売時価で

あるかを問うて・おかなければならない。ここでの時価評価が当該期間紅帰すべ

き未実現の投機成果を計算するために行なわれることからすれば,この時価

ほ,このような成果を示しうる販売時価でなければならないであろう。

われわれのこのような解釈紅関して-は,規則的な転換の対象の時価評価につ

いては,これを未費消の対象としてのみ見るという理由から購買時価が用いら

れ,規則的な転換の対象でないものの時価評価紅ついてほ,例外的紅販売時痛が

用V・、られるというシュ.マ-レンバッハのさきの主張が問題となる。この場合,

規則的な転換という言葉払おV、て1/コ.マ-レンバッハが何を意味しようとして

いるかは,必ずしも明確でほない。だが,規則的な転換の対象を未費消対象と

してのみ見るというかれの主張からすれば,宋費消対象としてよりも,未来に

おいて実現されうる給付の具現者として評価される投織目的のための転換対象

(43)と.のことについて,シュマ-レンバッハは,次のように述べている。「たとえ理論

的には時価が用いられるべき場合でも,当該対象または当該市場の性質カ;らして,こ

の市価の確実な利用ができないとき紅は,夷践的成果計静軋 このことから生じる障

害を放置痘ず,確実な結果をもたらす根本的に別痙の計算をなす,ということが一・般

的紅いわれうる。それは,実現したものの魂をもって決算をなすのであり,兼実現利

潤を考慮しない。叫‥これほ,もちろん欠点ではあるが,この欠点ほ.,ふつうには,

理論的にはより正しくとも多くの見積りの誤りを伴う計算(のそれ・一笠原)よりも

小である。」(E.Schmalenbach,畠.a.0.,S.89.)

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609「動的貸借対照表論の基礎」におけるシュマ・-レンバッハの技術論的私経済学-77一-

は,規則的な転換の対象でほないと解されざるをえないであろう。

商業企業に.おいて,投機のためでほなく,顧客紅対する品揃えのため紅・維持

される在庫について,レユ.マー・レンバッハは,これが絶えず補充されるため,

その構成要素が入れ替わるに.も拘おらず,その全体的性質においてほ,これを

建物や設備と同じ販売目的外資産(unver・auBerlicheAktive)と解し,この

正常在高(normaler Bestand)ないし恒常在高(eiserner Bestand)を,経

営対象と同様に・評価することを提唱する。かれは,この恒常在高の評価に

対しては期間的に不変の価値(ein unveranderlicher Wert)ないし固定

価格(fe如e Preise)を用い,そ・して,この在高を超えるいわゆる超過在高

(Mehrvorr.ate)の評価軋対しては時価を用いようとする。その際,固定価格

として.何が選ばれるかほ,かれに.よ.れば,それ程重要でない。なぜなら,この

こと紅よって,利潤計算は,この価値の設定時および企業の解散時紅のみ,影

啓を受けるに過ぎな・いからである。

だが,固定価格による評価ほ,多種多様かつ大嵐の商品を有する企業担おい

ては.,著しい実務的困難に直面する。ここでほ,例え.ば,これまで取り扱われ

てヽ、なかった新しい商品が導入されたり,さまざまな商品の問に不均等な価格

変動が生じたりするからである。

品揃えのための在庫を有する経営がその恒常在高を固定価格で評価しないと

き,原価と時価とのいずれを用いるべきかという問題紅対して-は,・一・般的紅ほ

答えられないのであるが,在庫通が激しく変動する場合にほ′概して時価が,あ

まり変動しない場合粧は原価が用いられるぺきである。ただ,この選択に.おい

ても,いずれの価値がその評イ由対象紅ついて確実紅求められるかが,大て小の

場合,決定的である。

以上のようなシュマ」-レ∵/バッハの主張について,われわれは,恒常在高を

固定価格で評価するかれの手続きが,この在高の実質維持を前提としつつ,費

(44) 消を時価に.よって評価すると同じ効果をもたらすこと紅.留意するべきであろ

(44)このこ・とについては,故岩田巌教授の明快な説明がある。次を参照せよ。一着田鹿前

紆乱310,312ぺ-ジ。

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貨51巻 貨5胃 ー7β- 610

う。ここにいう時価ほ,購買時価でなければならない。なぜなら,購買時価は,

転換対象の費消の時価評価のために.,かれがとく紅選ぶ価値をなすと解される

からである。他方,恒常在高を超える超過在高の評価,および恒常在高を固定価

格で評価するという手続きを採らない経営の品揃えのための在庫の評価も,そ

の費消の評価を意図するものと解され,そのため,ここ私用いられる時価も購

買時価を意味すると解されなければならない。

次に,工業経営に.おける転換対象の評価について,シュマ-レンバッハほ,

原材料の評価を中心として論じてル、る。かれ紅・よれば,策1に・,偶然またほ投

機の意図をもって購入され,正常需要を超える原材料の在高は,時価に・よって

評価されるぺきである。なぜなら,原価に・よって評価されるならば,新しい期

間の初め紅.経営を引受ける管理者は,原材料価格が低下するときには,自らの

責任に.よらずしてご不利益を蒙り,逆紅原材料価格が上昇するときに・は,自らの

貢献によらずして利益を受けることになるからである。

これ紅対して,第2紅.,経営が間断なき生産遂行のため紅品揃えし,恒常在

高となっている原材料の在高ほ,半製品および品揃えのための製品の在庫の中

に隠れて㌧いるものをも含めて,固定価格に.よってこ評価されるぺきである。

算3紅.,引き受けられはしたものの,いまだ遂行されてV、ない注文のために

購入された原材料は,原価紅よって評価されるぺきである。なぜなら,注文の

価格は,その時の原材料価格紅基づいており,一・般紅・その高低は,原材料価格

の高低に.対応する。そこで,未遂行の注文ほ,注文の価格が上昇しているとき

に.は,それを遂行するペき新しい期間紅・とって不利益となり,注文の価格が下

落しているとき・に腰利益となる。そのため,前者の場合紅・は,原材料を時価よ

り安い原価に.よって-評価し,後者の場合に・ほノ,それを時価より高い原価紅・よっ

て評価し,かくして一層の平衡を保つことが正当だからである。

未遂行の注文のために購入され・た原材料の評価匿関するこのような論述につ

いて,われわれは,原材料の原価評価が,未遂行注文の高い実際価格に・対して

は原材料の高い原価を,未遂行注文の安い実際価格に・対しては原材料の安い原

価を対応させるという見地から主張されていることに注意しなければならな

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611「動的貸借対照表論の基礎」におけるシュマ-レンバッハの技術論的私経済学一79-

い。ここでは,受注価格としてほ.実際の受注価格を用いることが前提とされ,

これ紅対応させられるぺき鹿材料の価格として,その実際の取得価格すなわち

原価が選ばれているのである。このよう紅受注価格として実際価格を前提する

理由はシュマ一-・レンバッハの明示するところではないが,おそらく,給付が原

則として収入を伴うというかれの思考がこの理由に関連する,と見て大過な

いであろう。だが,そ・のような思考を離れ,注文の価格と原材料の価格とを対

応させで一・種の平衡を保つという見地のみから見るならば,注文の時価と原材

料の時価とを対応させる行き方を取ることも可能である。そして,この場合,

われわれは,シュマーレンバッハが,未遂行の注文のための原材料の評価につ.い

ても,時価を用いた特別計算(Sonderverrechnung)をなすことが理論的に

はより良いやり方であることを認めていること紅注意しなければならない。こ

のやり方ほ,原材料の時価評価とともに・,未遂行注文自体の時価評価を要請す

るがゆえに.,給付の把捏の問題匿.も関連するほずである。

エ業経営紅おける転換対象の評価についてほ,半製品および製品の中紅含ま

れる質金の評価が問題となる。シ′・ユマーレンバッハによれば,この評価には,

原材料の評価に・おけると同-・の原則が妥当する。

工業経営に.おける転換対象の評価に.関するシュマL-レンバッハの以上の主張

紅ついて,われわれは,それが少くとも理論的に.は,費消の時価評価をなそう

とするものであることを察知しうるであろう。ここ紅・用いられる時価が購買時

価であることは,もはやいうまでもない。このことは,投機の意図をもって購

入された原材料の在高の評価に.ついても妥当する。この在高の評価匿おけるシ

ュマ-レンバッノ\の観点ほ,証券投機業者や土地会社め投機商品の評価の場合

と異なり,費消の評価紅.ある。ここに.おV、てほ.,原材料を原価評価すれば,原

材料在庫を受け継ぎこれを消費する計算期間ほ,原材料価格の下落時払おいて

は,過去の高い価格に・よって費消を計辞しなければならず,また,原材料価格

の上昇時においては,過去の低い価格紅よって費消を計静すれば良いこととな

り,当該期間の経済性がこれ紅先立つ期間の経済性要因紅よって影響を受ける

ことから,このような影響を排し,当該期間の経済性を明らか狂するため紅,

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貨51巻 第5号 612 ーβ0--

原材料の時価評価がなされるのである。

このような原材料の費消ほ,具体的に妬 この費消が計算される直前の期間

の末日の時価に.よって評価される。この時価は,当該原材料が実際に消費され

る期間の期首の時価紅近似し,したがって当該原材料をこ.の時軋調達したと仮

定したとき,この原材料について欄▲算二される費消を示しうる。さきにわれわれ

が述べた,商業企業に.おける恒常在高を超える超過在商および恒常在高を固定

価格で評価しない経営の品揃えのための在庫紅関する費消の時価評価も,正確

紅いえば,こ.のような近似値に.よる費消の評価を意味する。

ところで,この場合,価値変動が費消計算の技術に・及ぼす影響を説明するた

めの例においてシュマーレ∵/バッハが示していたことからも理解されうるよう

に.,転換対象の在庫を購買時価で評価すれば,この期間に・おいては,評価損益

が費消またほ給付として計算される。この評価損益ほ,当該在庫を決算日紅調

達したと仮定したときに.支払われなければならないはすである金額と実際の調

達に要した金額との差額であり,いわば澗望行為の未実現式果をなすであろ

う。このように,工業経営および商業企業の転換対象の1部紅ついて,その調達

軋関する未実現成果を給付または費消として計算することとなる評価ほ,軒券

投機業者紅おけるような投機目的のための転換対象の評価から,明確紅区別さ

れなければならない。なぜなら,前者匿おいて:は,後者紅おけると異なり,米

英現成果は,シュマ-レ∵/バッハが費消を時価評価する場合の副産物として計

算されるものだからである。

この場合払われわれが指摘しておくぺきこ・とは.,費消の時価評価自体ほ費消

対象の評価益を必然的紅計辞せしめるわけではない,ということである。この

ことほ,われわれが,シュマーーレンバッノ\のいわゆる尺度性の原則に基づきつ

っ費消の時価評価をなすとき,明らかである。費消の時価評価が費消対象の

評価益の計算を伴うのは,それが継続性の原則に基づきつつなされるときであ

る。このときに・は,期間利潤の合計を全体利潤紅十傲させるために・,費消の時

価評価額と原価評価額との差額に対する相殺勘定として,費消対象の評価扱益

が計算されることになる。この評価損益が,証券投機業者檻應けるような投機

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613「動的貸借対照表論の基礎」に.おけるシュマーレンバッハの技術論的私経済学-βユー

目的のための転換対象の評価税益と異なり,単に調達行為のみの未実現成果を

示すに.過ぎないのも,それが,以上の意味に.おいて費消の時価評価の副産物を

なすから紅他ならないであろう。

経営対象の評価に時価を用いれば,企業が経営対象の売却を考えてル、ないに

も拘わらず,その価格の上昇または下落に応じて,給付またほ費消が計算され

ることになる。シ/ユ.マーーレンバッハによれば,このような計算紅よって得られ

た利潤額は,企業の経済性を示すものでは決してない。なぜなら,経営対象な

いし設備対象(Anlagegegenstande)の価格ほ,ひとがこの設備対象から将

来に.おいてより高い効用価値(Nutzwert)を期待するがゆえ紅上昇し,した

がってこの価格上昇は未来利潤(Zukunftsgewinne)を表現するものであるか

ら,設備対象を時価評価すれば,現在利潤(Gegenwartsgewinn)として:のみ理

解されうる経済性の尺度としての利潤の中に,未来利潤が混入されることとな

るからである。この場合,われわれほ,ここ.に・シュ.マ--レンバッハのいう未来

利潤が当該設備から市場紅おいで・-∵般紅・期待挙れている未来の利潤をなすの紅

対し,ここ紅いわゆる現在利潤が,当該企業の現在利潤をなすこと紅・も注意し

ておくべきであろう。いずれにせよ,上記のような理由から,シュマ・-レンバ

ッハは,経営対象の噂価評価を否定し,それを原価評価するべきことを主張

する。

だが,かれに.よれば,このことは,純理論的紅見セ,時価の放棄が如何なる

場合に.も,非難の余地を有しないことを意味するものではない。経営対象の価

格変動も,利潤計算に.対して-,やはり影響を与える。例えば,ある機械の価格

が取得価格の2倍紅上昇し,この2倍紅上昇した価格でこの鶴城が取り換えら

れなければならないとき,この機械の10分の1を消耗するある計算期間は,正

しくは,原価の10分の1でほなく,取り換え価値の10分の1を負担しなければ

ならない。そして,それ自体未知である取り換え価値は,多くめ場合,原価で

ほなく,時価に.よってより良く測定されうる。すなわち,ここで,シュマーレ

ンバッノ、は,取り換え価値が不確実であることから,この尺度として,より確

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舞51巻 第5号 -β2- 614

実な時価を用いようとするのである。ここ紅時価が購買時価を意味すること

ほ.,いうまでもないであろう。この行き方碇・おいて,シュマーレンバッノ、は.,

経営対象そのものについては原価評価を維持する。そこで,この行き方を用い

れば,機械の価格が上昇した期間は,利益ではなぐ不利益を受けることになる。

このようにして,レユ・マ-レ∵/バッハは,経営対象の取り換えのために,その

費消のみを時価で評価することを,理論的紅正しいとする。

ところが経営対象をその原価すなわちその購入に.要した支出額で評価し,そ

の費消のみを時価で評価するこのような手続きにほ,費用ないし支出額と費消

との関連に由来する1つの困難が存在する。経営対象を原価で評価する場合に

は,この原価のみが償却されうる。それ紅も拘わらず,この経営対象について,

原価より高い時価で減価償却をなせば,経営対象の寿命が尽きる前に.減価償却

が済んでしまうことに.なるからである。そして,この場合,減価償却が済んで

から経営対象の寿命が尽きるまでの諸期間紅.おいて,如何なる計算的処理をな

すかが問題となる。

この場合に取りうる行き方として,シュ.マ-レ∵/バッハは, 2つをあげる。

1つは,′上記諸期間において減価償却を行なわず,これら諸期間をその分だけ

有利にする行き方である。この行き方についてほ,シュマーーレンバ㌢ノ、ほ何も

論評していない。しかしながら,この行き方は,これが機械の原価しか回収せ

ず,取り換えという見地から見て極めて不十分であるという理由からだけでな

く,・機械が実際酷使用される諸期間のうち上記特定期間払おいてはその費消を

まったく計算せず,このことによって経済性の期間相対的把換をさえ危うくす

るという理由からしても,とうてい認められえないところであろう。シ′ユマー

レンバッノ\がこの行き方紅ついて何ら論評していないのは,かれがこの行き方

の欠陥をあまりに.も明白であると解しているためであると思われる。

もう1つの行き方は,減価償却が済んでしまっても,機械の寿命が尽きるまで

時価紅よる償却計簸を続け,減価償却が済んでから機械の寿命が尽きるまで紅

なされた時価減価償却額に相当する利潤を計算しこれを積立金とする行き方で

ある。これを,シュマ--・レンバッノ、は,次のよう軋例示する。1,000マルクで調

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615「動的貸借対照表論の基礎」におけるシュマ-レン′ミッノ、の技術論的私経済学一一ββ∴一

連されたある機械の寿命が10年であり,4年冒までは年額100マルクの減価償

却計算がなされてし、たが,5年目にこの機械の購買時価が1,500マルクとなり,

この年度以降ほ,年額150マルクの減価償却計算がなされるとする。この行き

方碇よれば,当該機械の取り換え.まで紅は.,機械が1,000マルクで償却される

のみならず,300マルクの利潤が計算され,積立金として表わされる。この

利潤は,これがそもそも計算されなければならないとすれば,この価値余剰

(Mehrwert)が発生した期間の利潤として計算されるべきである。このように

して,シュマ-レ∵/バッハに-よれば,この行き方ほ,かれが党紀否定した時価

計簸に,再びかれを到達させることに/なる。

シ.ユ.マーーレ∵/バッハが説明するとの後者の行き方ほ,経営対象の取り換えの

ための費消の時価評価という観点から出発しながら,′結局は,費消を原価で計

算するととも紅・,費消の時価評鱒額と原価評価額との差額紅相当する金額を経

営対象に関する・一種の評価益として計算し,これを積立金とする行き方を意味

するものと解される。この行き方が,先に否定された時価計算に.再びシュマ-

レンバッハを到達させるといわれるのほ,それが,経営対象そのものの時価評

価手続きと同様紅,経営対象について,その時価に基づく評価益を計算するか

ら紅他ならない。しかしながら,われわれは,この行き方紅/おいて計算される

評価益が,シュマ-レンバッハの上記例示からすで紅明らかなように.,経営対

象の価格上昇額の-・部をなす紅・過ぎず,この点において,この行き方が,価格

上昇の全部を直ち紅収益として計許する,経営対象そのものの時価評価車瞬き

とは,異なることに注意しなければならない。さらに.,われわれほ.,この行き

方に‥おいて計算される費消の時価評価額と原価評価額との差額紅.相当する金額

としての利潤が,これ阻対応する如何なる収入をも伴うものでないこと紅.も,

注意しておかなければならない。

ところで,この行き方は,転換対象の時価評価の場合と異なり,経営対象の

評価益を計算しながらもこれ紅見合う金額を垂消額に加算しないため,利潤計

算を収入,支出に・結びつけ期間利潤の合計を全体利潤と-・致さやる継続性の原

則を破ることとなる。シ’ユマ-レンバッハはこのことを考慮して,この行き方

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第51巻 滞5号 616 ーβ4・一

における機械の価値余剰を機械勘定と資本勘定とに記入し,かくして,それが

損益計算に影響を与えないようにすることによぺ〉て,継続性の原則を維持しよ

うとする。す尭わち,かれほ,こ.こで利潤の増加と資本の増加とを区別し,機

械の価値余剰を利潤の増加ではなく資本の増加として計算しようとするのであ (48)

る。だが,シ㌧マ-レンバッハに・よれは,このような計穿の仕方ほ,商人の堅

固な慣行軋反する。そ・して,この場合,シュマ-レンバッ/、ほ.,このような商

人の慣行を重視し,経営対象についてほ.,--・般紅,時価ではなく原価が用いら

れるべきであるとする。なお,かれに.よれば,取り換え価値も,ひとが継続性

の原則を保持しようとする限り,用いられえない。

以上の考案碇.おいて-,われわれほ,シュマ-・レ∵/バッハが経済性の尺度とし

ての利潤を構成する費消紅ついて,まず,転換対象紅ついては,主として時価

軋よる費消の把握を意図していることを知ることができる。そこに.把捉される

費消は.,当期に消費される財が当期紀綱速されたとすれば,その費消ほ如何程

に.なるかを示すこと軋なる。このような費消の把握は,シュマ一-・レンバッノ\が

経済性の尺度としての利潤を現在利潤として:理解することに.対応する。これに

対して,経営対象紅ついては,シュマーレンバッノ、は,この取り換えのための

費消の把捉を意図する。ここにおいて.-ほ,経営対象が維持されうるため紅は,

現在において如何なる額が費消とならざるをえないかの解明が意図されるので

ある。この財を維持するという考慮はノ,かれ払おいては,転換対象の恒常在高

についても見受けられたことが注意されなければならない。

もっとも,かれは,費消の把捉に.おける以上のような意図を,そのまま貿徹

(4年)以上の点に関して,田島仕事教授は,われわれと異なる解釈を取る。「この関連 に.おいてレユ.マー・レンバタノ、ほ,価値計算においてわれわれを収支計算紅結びつけ

る継椀性の原則が,より点い原則に代えられるべきか否かを自問し,機械余剰価値

(Machinenmehrwert)を機械勘定と資本勘定紅記入し,その手続きK,よってそれを

損益勘定から除外する方法を提唱する○すなわち,利潤増加と資本増加とカ5区別され,

したがって本来継続性の原則を基礎づけていた『全体計算の結果と期間計算の結果の 合計との一・致』という考え方が取られるわけである。」(田島壮事前掲苔,157-8ぺ・-

ジ。)

わたくし紅は,利潤増加と資本増加との区別が,何故に「全体計算の結果と期間計

算の結果の合計との一・致」という考え方を破ることに・なるのかが理解できない。

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鋸7・、「動的賃借対照表論の基礎」におけるシュマ-レ∵//くッハの技術論的私経済学~ββ-

するわけではない。このことほ,かれが,転換対象の費消の評価に嚢沌、て,場

合によっては,時価評価そのものを放棄サーることのうちに・明らかであり,さら

に.,経営対象の費消の評価に・おいて二,結局ほ,費消を原価紅よって評価してし

まうことのうちに,・一層明らかである。しかし,費消の把握紅おけるシュマー

レンバッハの上述のような意図が,何らかの程度紅・おいで実現され,費消の時

価評価が考慮されるとき,われわれほ,そど紅,支出を伴わない費消が計上さ

れることとなる事態を確認しうるのである。

ⅤⅠ利潤の繹成要素としての給付とその計算的把握

(46)

シュマーー・レンバッハによれは,給付の計算的把握は,著しく困難である。企

業の給付は,例えば;発明,新しい営業関係の形成,製造計画め拡張その他の,

将来に良好な作用を及ばす経済的行為のすべ.てを含むのであるが,これらの価

値ほ静定不能だからである。それにも拘わらず,これらの価値を評価しようと

するとき,ひとほ著しい不確実性に入り込むこと紅なり,そこ紅計算ぶれる利

潤ほ,経済性の像を正確紅.表わしえなレ、こととなる。まさにこのような不確実

性を理由として,シュマL-・レンバッハほ,給付の算定不能な価値の把痙を断念

し,給付の価値を,収入紅よって測定されうるものに限って把握しようとする

ことになる。

シュマL-レンバッハに.よれば,このような把撞紅おいてノ,利潤ほこれがある

程度実現されたときに.のみ計算的紅把捜されるという原則が認められるとき,

利潤の計算的把撞を許すこの実現の程度をどこ紅求めるかは,部分的紅は慣行

の問題である。そレて,この慣行ほ,それ自体,1つの重要な原則をなす。な

ぜなら,かれほ.利潤計静払おいてとりわけ比較可能性を重視するのであるが,

商事計昇紅おける慣行は,それが-・賞しで行なわれるという,まさにこのこと

紅よって,比較可能性を高める′からである。

さて,ミ/ユマ-レンバッハ紅・よれば,商事計算制度に.おいてほ,2つの原則

(46)木節紅おけるジュマーレンバッノ、の所論ほ,主として,次による。E.Scllmalen- bach,一a.a.0.,SS..98-101.

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-g6-・ 第51巻 第5号 618

が,かなり・-・般的にー形成されてきている。その第1ほ,すべての給付は,その

完了前においては,その原価(Selbstkosten)のみで計算され,完了後にはじ

めて,それに・帰属する利潤が計算されるという原則であり,その第2は,他人

紅対する給付について,その正常な完了時点は,計算書発行の時点であるとい

う原則である。

かれによれば,第1の原則は,明らかに,l-L方では便宜性(Bequemlichkeit)

の原則であり,他方でほ確実性の原則である。実務の計算は,より大きな理論

的正しさが著しく不確実な見積りをなすことによってのみ得られる場合にほ,

むしろ理論的に・・-・賞した計算手続きを斥ける。そして,未完了給付に属する利

潤を計算しないという誤りを,利潤額の他に.,しばしば,受注残,仕掛り品な

らびに未発送完成品の値を確認することによって,思惟的に修.正する。

次に・,第2の原則についていえば,給付め完了が一一億期日に・おいて計琴され

るぺきである場合,計算書発行の日が給付の最良の計簸期日である。かれ軋よ

れば,その理由は,第1紅,給付の引き渡しに際してほ必ず計算が行なわれる

ので,この日を給付の完了日とみなせは,給付の記帳が確実かつ正確になされ

うること,第2に・,給付を受け取る者ほ,計算の時点およぴそ・の直後に.価格,

支払い条件および給付そ・のものを確認する義務を負うて-串り,給付遂行を脅か

す危険ほ,給付の引き渡しに.よって本質的軋克服されるので,この日が給付遂

行の最も決定的な日であること,に求められる。

給付の計算的把担に関するシュ、マー・レンバッハの以上のような論述紅つい

て,われわれは・,かれのV■、う給付が現在のみならず将来匿おいて良好な作用を及

略す経済的行為のすべてを意味することを確認しうるであろう。ここに良好な

作用とほ,もちろん,全体ないし総合経済にとっで良好な作用,正確には.,全

体のための企業の生産にとっで良好な作用を意味すると解されざるをえない。

ところで,この場合,かれは,給付の意味についてこれ以上の説明をせず,

その把握せんとする給付を,計算可能性を理由として,収入によつて測定され

る価値を有する給付紅限定した。ここにいわゆる収入紅よって測定される価値

を有する給付とほ,われわれの理解によれば,早晩収入として実現されること

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619「動的貸借対照表論の基礎」におけるシュマ一・レンバッハの技術論的私経済学--∂7-

となる給付のみをいうわけではなく,収入を伴わない給付をも含む。この給付

の例として:,われわれは,例えば,企業自らによる修繕などをあげることがで

きるであろう。だが,いずれに.せよ,シュマ-レ∵/バッハが給付そのものの把

握を放棄し,その把顕しようとする給付を特定のもの紅限定することによっ

て:,かれの計算する利潤ほ,それだけ,経済性の尺度としての意味を失うこと

に.ならざるをえない。

さて,以上のように限定された給何のうち,他人に.対する給付紅ついて,シ

ュマ、-レンバッハは,慣行紅したかい,計簸書発行の時点をもって,この給付

に.帰属する利潤を計算す・る時点とした。この行き方がかれの所論払おいて有す

る意味は,著しく大きい。このことに/ついて,われわれは,ここでほ,この行

き方が,投機目的をもって-調達された転換対象を時価評価し未実現の投機成果

を計算することに対してのみならず,そもそも他人に・対する給付紅ついて何ら

かの評価益を計算させることとなる費消計算の手続きにも,対立することを指

摘しでおくに止めよう。

ⅤⅠⅠシュマーレ∵/バッノ、の所論の吟味

「■動的貸借対照表論の基礎」におけるシュマ--レ∵/バッノ\の私経済技術論の

学問的性格を吟味しようとするとき,われわれほ.,かれがそ・こに築こうとした 学説と実際紅築きえた学説とを区別し,まず,前者に.ついて,それが如何なる

学問的性格を有するか,を明らかに.しなければならない。

「技術論としての私経済学_1において私経済学が技術論として形成されるべ

きことを主張し尭バ/ユマ-レンバッハは,「動的貸借対照表論の基礎」に・おい

て,私経済技術論の政策目的を総合経済的目的に求め,私経済技術論をヶ 総合

経済的目的達成のために企業に應沌■、て採られるぺき手続き規則の研究として理

解する。ここに総合経済的目的は,需要と供給との目的合理的調和および最小

費消の原理による生産とから成るのであるが,これを統一・的紅表わす概念こそ,

全体の意味紅おける最適性の原理ないし経済性原理に他ならない。

このような構想をもつ私経済学の1分野としてのノ動的貸借対照表論に.おい

/ 一

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寛51巻 貨5弓 -ββ- 620

て,シ.ユマ-レンバッハは,経済性計算のための,ないし経済性の尺度として

の利潤の計昇のための,手続き塊則の研究という課題を設定し,この事続き規

則を究明しようとする。この場合,企業が達成するべきものとされる経済性は,

現実に企業に.おいて追求されてt、る目的ではなく,また,貸借対照表も,現実

に経済性計静の手段としで用いられているわけでほ.ない。そこで,「動的貸借対

照表論の基礎_lにおいて-,レコマ-レンバッハは,次のように問題を設定す

る。貸借対照表が経済性の尺度としての「利潤の計算に奉仕するべきであると

き,貸借対照表技術に如何なる要求がなされることになるか」と。

この間題の研究を,シュマ-レンバッハほ,「1つの純粋に経済科学的な研

究」と称していた。かれによれば,それほ,貸借対照表紅関する手続き規則の

獲得を意図する理論的研究をなすのである。シ′ユ.マ-レγバッハがいわゆる科

学ないし理論としての私経済学から区別される技術論としての私経済学の主張

者であることを考慮するとき,かれが形成を意図する学説の学問的性格を明ら

か一にしようとするわれわれは,上記の純粋に経済科学的な研究ないし理論的研

究という表現によってかれが何を意味しようとしたかを尋ねなければならな

い。

シュマ」-レンバッノ、ほ.,「技術論としての私経済学」に.おいていわゆる科学な

いし理論に対する技術論の優位性を述べた際,冒に見える結果ないし有用性を

度外視した問題設定をなすことによりかえってより大きな有用性をもたらしう

る点に.,いわゆる科学の長所を見い出すとともに,私経済技術論といえども,近

視眼的実利主義に属するものでほなく,しばしば直接的な有用性を度外視し,

大幅な廻り道を辿ることによって,やはり,より大きな有用性をもたらしうる,

と主張していた。このようなかれの主張は,「動的貸借対照表論の基礎」におい (47)

ても受け継がれている。

(47)レユマ-レンバッハは,次のよう紅述べている。「われわれの研究は,その目標を,

利用可能性におくのであるけれども,それは,この目標を直接紅直線的に追求する必

要はない。経済活動が,まさに大きな廻り道を取ることによって,われわれの時代に

おいては,著しく大きな成果,ひとが主として直線的に.その日繚を追求した時代より

も遠か紅大きな成果,を収めているように,科学の発展においても直線距離からの罪

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621「動的貸借対照表論の基礎」におけるシュマーレンバッハの技術論的私経済学-β9--

このような主張からすれは,「動的貸借対照表論の基礎」においてかれがいう

純粋に.経済科学的な研究ないし理論的研究とほ.,私経済技術論のこの迂回的な

研究側面を意味するようにも思われる。かれの貸借対照表論が,現実の企業生

活における利潤計算および貸借対照表の研究とほ別個のものとして構想され,

したがって現実の企業生活に役立つ技術を直ち匿呈示しうるはずのものでない

ことほ,このような解釈を塞づけるかに.見えるであろう。われわれの見るとこ

ろでは,かれが,「’1つの純粋に経済科学的な研究_lという表現によって,私

経済技術論の迂回的研究側面を意味しようと意図していた,と解することを妨

げる要因は存在しない。

しかしながら,この場合,われわれほ,次のことを看過して.はならない。こ

こにシュマ-レンバッハのいう純粋紅経済科学的な研究が,現実の企業生活に

役立つ技術を直ちに呈示しえないのほ,かれがこの研究において仁企業の現実

の目的と無関係な目的である,経済性の尺度としての利潤を計算するという課

題を設定するためである,ということがこれである。このような課題を有する

研究ほ,現実の企業生活に役立つ技術を直ちに呈示しえないばかりでなく,そ

もそもそのような技術を与えるための迂回的研究でさえありえない。それほ,

むしろ,シュマ-レ∵/バッハが企業に.この目的として設定サーる経済性の計舞に

役立つべき技術を直接に与えようとする研究である。

このような意図をもつレ.ユマーレンバッノ\の研究に、ついてほ,直ちに,これが

果して経験科学たりうるかという疑問が生じるであろう。このこと紅関して,

われわれがまず取り上げるぺきほ,ここにかれのいう純粋に経済科学的な研究

が,「技術論としでの私経済学-=軋述べられていた,私経

特質と整合性をもちうるか,という問題である。「技術論としての私経済学.」に.

おいてすかれは,いわゆる科学に対する技術論の特質を,これが手続き規則を

離が予期せぬ成果をもたらすことは,まれではないのである。」なお,かれは,これ

紅綬いて次のよう紅述べている。「しかし,だからといって,ひとは,科学が研究硬 果の利用可能性の放棄と同義であると考える必要ほない。廻り道がしばしば目標に到 達するにより良い道であるとしても,莫直ぐな道を行くことを間違いだと主張する必 要はない。」(E.Schmalenbach,a.a.0.,S.3.)

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鰭51巻 第5号 622 ・・-・9∂-

与えようとするところ把.求めたのであるが,技術論のこの特質は,かれ払おい

ては,そのもう1つの特質としての検証可能性と密接な関係を有するものであ

った。すなわち,技術論は,それが利用のための技術ないし手続き規則を与え

ようとすることから,そ・の学説の正しさが常に実験紅よって一枚証されうるとい

う経験科学的特質を香したのである。

貸借対照表の経済科学的研究ほ,経済性の尺度としての利潤を計静するため

の手続き規則を呈示しようとするものであるから,それが上記のよ.うな経験科

学的特質を有するか否かの問題は,ここでほ,何よりも,そ・のような手続き規

則の正しさが実験に.よって検証されうるか,という問題に.なるであろう。

この問題を考察しようとするとき,われわれは,経済性の尺度としての利潤

を計算するための手続き規則について,2つを区別しなければならない。その

算1は,シュマーレシバッハの経済性の観念を計算可能な形態に.おいて定義す

るべき・一・連の言明としての手続き規則である。これは,かれの経済性の観念か

らの演繹把よって形成されるはずのものであり,したがって,その正しさは,

それが経済性の観念から正しく演繹されているか否かとも、う形払おいてのみ問

題となりうる。ここでは,論理的無矛属性の検討のみがなされるのであり,実

験による検証の入り込む余地はない。

その第2は,計静可能な形態におV、て定義された経済性の計昇に.役立てるた

めに.開発される,いわば計算機構として-の手続き規則である。このような計算

機構紅は複数のものが存在しうるのであり、,より目的合理的なものを革めて常

に新しい機構が開発されうる。経済性の尺度としての利潤を計算するための手

段としてシュマ・-レンバッハが呈示しようとする貸借対照表鱒,このような計

算機構の1つ紅他ならないであろう。思うに., このような計算機構の正しさ紅

ついてほ,′2つが問題になりうる。1つぼ,この機構がまさ紅.経済性計算の手

段たりうるか否かであり,この検討ほ,論理的無矛属性の検討以外の何もので

もない。もう1つは,特定の計算機構の,他の計算機構紅対する優位性が主張

されるとき,この優位性の主義が正しいか否かである。この後討は,例えば,

いずれがより確実な計算せ可能に.するか,または,いずれが同一・の計算をより

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623「動的貸借対照表論の基礎」におけるシュマ」-レンバッハの技術論的私経済学-′9J一

容易にするかといったものの1つ,またほこのよう・なものの1紅から成る優位

性の判断基準紅基づいてのみ行なわれうる。このような判断基準として何を選

ぶかほ,私経済学におけ-る経済性計算の課題を考慮して決定されなければなら

ないほずなのであるが,こ・のような基準が与えられるとき,これに基づく諸々

の計算機構の優劣の判断は,これらを実嘩紅用い,その効果を諸々の条件下に

おいて経験的紅確認する作業を必要としうる。この点紅おいて,貸借対照表の

(48) 経済科学的研究は,そのうちに実験による検証を含みうるのである。

ところで,以上の手続き規則のうち,とりわけ第1のものに関連して,われ

われほ,次のことに注意しなければならない。経済性の観念が計算可能な形態

において定義されうるために・は,このための演繹が正しく行なわれることとは

別個に,そもそも経済性の観念自体が計算可能な形態において定義されうる内

容をもった観念でなければならないことがこれである。この条件についてほ,

どの程度厳密に・定義された場合紅・この条件が満たされたといわれうるかが間 (49)

題となりうる。これに対してほ,シュマーレンバッハの私経済学に.おいて.経

済性計算の課題が有するべき意味を考慮してのみ答えられうるのであるが,

しかし,いずれにせよ,この条件が満たされない場合紅.は;演繹が如何に正

しく行なわれようとも,経済性を計簸可能なものとする言明ほ獲得されえな

い0 そして,このような言明を得よう与する如何なる演繹的試みも失敗する

とすれば,この失敗ほ,やがては,ひとに,経済性の観念が計算可能な内容

をもたないことを気付かせ,かくして,このような経済性の計算という課題が

無意味であることを自覚させうるであろう。この過程は,手続き規則の正し

さを検討する過程を意味するものではなし、が,手続き規則を与えようとするこ

と紅・よって学説の正しさが検討される過程の1例をなすといわれうる。この場

合紀聞題となる正しさの検討は,経済性観念を計昇可能性という特定の質をも

った言明体系で表わすことの論理的可能性の検討であって,実験紅.よる検証で

(48)以上におけるわれわ外の見解は,田島壮幸教授のそれと異なる。田島教授の見解紅

ついては,次を参照せよ。田島仕事前掲審,212ぺ」一汐。

(49)われわれの理解によれば,比較可能性の原則は,このような問題に関連する。

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館51巻 籍5弓 “92-- 624

ほない。

以上紅おいて,シュマーーレンバッハに.おける貸借対照表の純粋紅経済科学的

研究は,その特定部分紅おいてのみ,実験に.よる検証と関わる可能性をもつこ

とが明らかとなった。だが,このような確認紅√よっては,われわれは,貸借対

周表の純粋紅経済科学的な研究そのものが経験科学であるとも,またほ経験科

学と無縁であるとも,断定することができない。なぜなら,以上に、おける経済

性の定義の問題および計静機構の問題ほ,いずれも,貸借対照表の純粋紅・経済

料学的な研究の中に組み込まれるその部分をなすのであり,この部分の換証と

の関わり如何は,いまだ,貸借対照表の純粋に.経済科学的な研究そのものの学

問的性格を規定しうるものではないからである。それらの問題ほ,経験科学紅

も,または,これから区別される規範科学紅も,組み込まれうる。そして貸借

対周表の純粋紅経済科学的な研究がこのいずれに属するかを決定するものこ

そ軋,それらの問題を観み入れこれを方向づけるぺく設定される特定の指導理

念ないし観点の設定根拠に.他ならない。貸借対偲表の純粋紅.経済科学的な研究

は,シュ.マL-レ∵/バッハが形成しようとする私経済学の1部分として-,この私

経済学の政策目的である経済性の追求という観点から,上述の諸問題を取り扱

うことを意図する。そこで,シュマ-レンバッノ、のこのような研究が経験科学

たりうるか否かを明らかにするためには,われわれは,その政策目的が如何な

る根拠紅よって設定されたかを,問わなけれぼならない。

われわれの理解紅.よれば,「動的貸借対照表論の基礎.」紅.おいては,シュマ-レ

ンバッノ、は,経済性という目的を,全体の立場ないし総合経済的立場から,商

人に蘭1ノて課そうとするものであった。このような目的が現実の企業の目的で

ないことは,かれが自ら意識す竃ところである。それゆえ紅こそ,かれは,商

人が追求するその所得としての利潤を,商人に・経済性を追求させるための刺激

として利用しようとするのである。われわれは,シュマ′-・レンバッハのこのよ

うな研究を,総合経済的政策論の一環をなす対企業政策論として理解せざるを

えないであろう。シ′ユマ」-・レ∵/バッハの立論をこのよう紅.解するとき,経済性

という政策目的が設定される根拠匿.関して,いまさら,それが企業の現実の目

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625「動的貸借対照表論の基礎」に.おけるシ。マーレンバッノ\の技術論的私経済学∬93-

的であるか否かを問うことは意味がない。われわれが問題とするべきは,シ

ュマーレンバッノ、が経済性を,如何なる根拠によって総合経済的目的として主

張したか,これである。

シュマーレンバッハが経済性を総合経済的目的として主張しようとする場合

に取りうる妥当な行き方として,われわれは,2つをあげることができる。1

つぼ.,経済性が総合経済的目的であることを経験的に証明する行き方であり,

他の1つほ,経済性が総合経済的目的であることを明白に仮定する行き方であ

る。このいずれかの行き方を取る限り払おいて,かれの貸借対照表研究は,経

験科学としての道を歩む可能性を与えられることとなるであろう。だが,かれ

は,このいずれの行き方をも取らない。むしろ,かれは,そのいわゆる経済性

を自らの直観紅よって観念し,しかも,このよう紅観念された経済性が総合経 (60)

済の目的であることはこれを自明である,と信じているよう軋見える。

このような経済性を政策目的とする私経済学は,これが合理性をもって形成

されるとき,シュマ-・レンバッハが客観的と信じ,そ一の実は主観的な価値を実

現するぺき規範論的私経済学をなすであろう。そして:このとき,貸借対照表の

純粋に経済科学的な研究は,このような規範論的私経済学の1部として,その

実現されるぺき価値を計算可能な形態に.おいて定義し,かつこれを計静するた

めの機構を開発するという役割を果すべきものとなるはずだったのである。

以上に.明らかなように.,シュマ-レンバッノ、は,かれ自らの意図紅したがえ

ば,「動的貸借対照表論の基礎_lにおいて,規範論的私経済学の研究の一環とし

て,経済性の尺度としての利潤の計簸のための手続き規則の研究をなすほすで

あった。だが,かれほ,そこに.おいて,このような意図を忠実に貰いたわけで

ほない。むしろ,かれの研究は,その意図に.も拘わらず,儲けの尺度としての

利潤の計算のための手続き規則の研究に.大きく踏み込んでいる。われわれは,

シユマ・-レンバッハの所論を論理的に.再構成することに.よって,このことを段

(50)田島壮幸教授ほ,このことに閲して,次のように述べている。「それ(=経済性一

笠原)は直観的に.把捉された倫理的な要請であると考えざるをえない。」(田島仕事前 掲啓,209ぺ一-ジ。)

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一-9リー 貨51巻 滞5号 626

階的に明らかに・しよう。

私経済技術論の政策目的とされた総合経済的目的は,需要と供給との目的合

理的調和および最小費消の原理に・よる生産から成るものであった。このような

構成要素のうち,前者ほ,全体がその要求するところを・一・定の質および還せも

つ財貨海よび用役の需要として-示し,企業がこの需要に.対応した財貨および用

役の生産をなすことを意味する。そして-;後者は.,企業が,このような生産活

動を,全体の生産要素である諸材および諸力の最小の費消をもって:遂行するこ

とを意味する。このような総合経済的目的を統一的に.表わす概念である経済性

を測るぺき利潤は,全体の要求紅応じた財貨および用役の生産に.おける企業の

貢献を価値的紅示す給付と,このような貢献のため紅彗やされた財貨および用

役の価値を示す費消との差として,計簸されなければならない。ここ紅給付お

よび費消に.よって示される価値がいずれも総合痙済的価値を意味することほ,

いうまでもない。それゆえ紅こそ・, 給付と費消との差としての利潤は,企業紅 (Sl)

よって付加された総合経済的価値を表わしうることとなるのである。

(51)中村常次郎教授は,シュマー・レンバッハの経済性に.ついで,われわれと異なる理解

を示している。すなわら,教授は,シュマ-・レンバッハの経済性が-・義的な内容を有

するものではないと主張し,その論拠として,それが次の3つの異なる意味に用いら

れていることをあげる。 1.利益を共同経済的観点から評価し,これを全体の意味における経済的オプティ

マムの原則を実現している利益と寄生的な性格をもつ利益と紅分ける基準として の規範的性格をもつ経済性

2.個別的な経営の内部に.おける作業紅関して,財貨の浪費を防ぐ基準としての経

済性 3.国民経済に.おける個々の生産部門の釣合関係もしくは需要と供給との均衡に腐

達するものとしての経済性 がそれである。(中村常次郎前掲書,218-221ぺ-・ジを参照せよ。)

このうち,第2のものは,教授に.おいて-経営の経済性として-,第3(9ものは,経営

の国民経済的役割として,それぞれ理解されるものに.はかならないであろう。(この

こと紅ついては,笠原前掲稿,95ぺ」一汐,注13を参照せよ。)

だが,われわれは,教授のこのような理解を承認することができない。なぜなら,

われわれの理解によれば,中村教授があげる以上3つのうら,第3のもりと第2のも

のは,給付と費消紅結実して経済性の尺度として:の1つの利潤を構成するぺきもので

あり,また,このような経済性から区別される第1の意味の経済性なるものは,少く

とも1919年の「動的貸借対照表論の基礎」の関する限り,シ㌧マ-レンバッハに.おい

て存在しないからである。

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627「動的貸僧対照表論の基礎」におけるシュマーレンバッハの技術論的私経済学-95-

さて,シュマーレンバッノ\は,給付および費消が示す総合経済的価値を,そ

こに生産され,消費される財貨および用役の市場に.よる貨幣的評価値ないし

市場価格をもって把握することにより,経済性の尺度としての利潤を計算しよ

うとする。だが,このような方法紅よって,かれは,経済性の尺度としての利

潤の計簸に成功しえたわけでほない。むしろ,かれにおいては,この方法は,

経済性の尺度であるはずの利潤の性格を変質させ,そこにおける利潤計算を,

市場価格に基づいて実際に.形成されている儲けの尺度としての利潤の計算に転

(馳) 化させ-る作用をもつこととなる。 このことを明らかにしようとするとき,われわれが注意するべきことほ,総

合経済的価値と市場価格とは必ずしも・-激するものでほなく,したがって,前

者は,後者に.よってそのまま表現されうるわけではないことである。この2つ

の価値が一・致しないことは,シュ.マ-レ∵/バッノ、も自覚していないわけで鱒な

い。このことは,とりわけ,給付の把握に・関するかれの論述紅明らかであった。

すなわち,かれによれば,給付ほ,全体のための企業の生産紅とっで良好な作

用をもつ経済的行為のすぺてを意味したのであるが,このような給付の価値

は,そもそも,そのすべでが計静可能なものでほ.なく,価格によって表わされ

うるものではなかったのである。

ところで,この場合,シュマ-・レンバッハは,このような認識によって,経

済性の計穿という自ら設定した課題を放棄するわけでも,またほ,経済性の観

念を明示的に変更するわけでもない。かれは,経済性の観念およびその測定の

課題を温存したまま,経済性の構成要素として-の給付を,これが収入によって

測定される価値を有する限りに・おいてのみ,把挺しようとする。しかもその際,

われわれも,シュマ-

ないと考えるのであるが,しかし,その論拠は,中村教授のそれとは異なる。シュマ

-レ∵/バッハの経済性が-・義的内容を欠くと解するわれわれの論拠は,とりわけ本稿 97ぺ一汐以下に明らかであろう。

(52)故岩田巌教授は,シュマ-レンバッノ、の利潤計算論が,財貨計算ないし財貨の価値

の計算としての給付費消計算と貨幣計算としての収支計算との異質的な2つのものを

含み,このことがディナミか-を2派紅分裂させる原因となったことを明らかに.して いる。(岩田巌前掲寄,269-324ぺ一汐を参照せよ。)

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第51巻 第5号 ー9す- 628

給付の如何なる部分が如何なる程度に収入によって表現されうるのか,そして

収入による給付の表現のこの不正確性は,経済性計穿という課題の意味から

見て許容されうる範囲にあるのか,‘という看過されるべからざる問題ほ,-

切,かれの取り上げるところでほ.ない。価格によって表わされえない価値の把

握は,かれ紅よって単純に放棄され,いまや,市場価格が,かれの経済性計算

論の前面把.躍り出ることとなる。

ひとたび総合経済的価値を市場価格によって■把鍵しようと決心したシュマ1-

レンバッノ、ほ,後者に注目するあまり,両者の不一・致に.閑†ノて.,前者のすべて

がそのまま後者によってノ潮定されるわけでほないという事実から区別される

もう1つの事実を,看過してこしまう。価格によって評価された値のすべてが

そのまま総合経済的価値を表わすわけでほない,という事実がこれである。㌢

ユマーーレ∵/バッノ\がこの事実を認識していないことは,かれが,企業に.対する

贈与を企業の給付と解することのうちに,明らかである。企業に対する贈与は,

企業に.とっては.総合経済的に価値あるものの増加を意味しうる。だが,それは,

当該企業濫.よる総合経済的価値の増加を,したがってこの企業の給付を恵味す

るものでほ決してない。それに.も拘わらず,シュマ-レンバッハが,贈与され

ることは企業に収益をもたらすがゆえに.給付であると主張するとき,われわれ

は,かれのいわゆる給付の意味変化を看取せざるをえない。全体紅.対する企業

の貢献ないし価値の形成としての給付から,企業に.よる価値の取得ないし受儀

としての給付への変化がこれである。給付のこのような意味変化は,われわれ

の理解に.よれば,かれが,給付を価格に.よって測定しようとする紅際して,貨

幣的市場評価値の増加をもって前者の発生と安易紅.観念すること紅・よってのみ

生じる。贈与によってもたらされる収益とは,贈与対象の貨幣的市場評価値で

あり,この値を企業に付加するがゆえに・,贈与ほ,給付

このような給付の意味変化は,投機対象の価格上昇を給付とするかれの見解

紅も看取されうる。投機ほ.,投機対象の単なる市場価格の差の増大を狙うもの

であり,その成果ほ,企業に・とって貨幣の増加を意味しうるものではあっても,

全体紅対する企業の貢献をなすとはいわれ難い。

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629「動的貸僧対照表森の基鍵」におけるシュマーレンバッハの技術論的私経済学一97--

このこと紅関連して,われわれは,ここで,転換対象の在庫を購買時価で評

価すること紅よって生じる評価益に言及しなければならない。すでに明らかな

よう紅.,シュマー・レンバッハに.おいては,この評価益ほ,費消の時価評価が継

続性の原則紅基づきつつなされるとき,費消の時価評価額と原価評価額との差

額に対する相殺勘定として計算されるものであつた。それほ,費消の時価評価

の副産物をなすと解されたのであるが,しかし,それがともかくも給付として

語められるものである以上,経済性の尺度と.しての利潤紅対するその意味合い

が問題とならざるをえない。この評価益は,調達行為の未実現成果であり,当

該転換対象の貨幣的確場評価値の増を意味する。だが,・それも,やはり,全体

陀.対する企業の貢献をなすものとはいわれ難いのである。

費消に.関しては,シュマ」-レンバッノ、ほ,原則として朗の総合経済的価値を

その価格と同・・-・祝し,費消を財の貨幣的市場評価値の損失として計算しようと

しているように.思われる。このような費消計算に対する例外をなすものは,経

営対象の取り換えのための費消計算である。ここでは,費消ほ,企業が用いる

個別的費消対象そのものを維持するという見地から計算される。費消対象の市

場価格がその総合経済的価値を表わすものとすれば,費消ば.,この市場価格に

基づく価値の損失として計静されざるをえない。それ紅も拘わらずシュマ-レ

ンバッハが,費消対象そのものの維持のための費消計算を考慮するとき,われわ

れは,かれが総合経済的価値を貨幣的市場評価値と同一・祝する,または,少く

とも後者をもって前者を近似する尺度とする考え方と別個の考え方を有してい

たと考えざるをえない。その考え方とは,費消対象を物的存在そ・のものとして

総合経済的紅価値ありとする考え方である。この考え方紅ついてわれわれが注

意するべきことは,こ.れが,費消対象を固定的に.常紅…ハ定不変の総合経済的価

値の保持者とみなす考え方を前提紅せざるをえないことである。これに.対し

て,総合経済的価値を貨幣的市場評価値と同一・祝する,または,少くとも後者

をもって前者を近似する尺度とする費消計算の場合紅イま,費消対象の総合経済

的価値は,この費消対象のその時々の有用性と稀少性と紅.応じて変化するとと

が前提とされている。この点匿おいて,取り換えのための費消計算とこの費消

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琴51巻 第5号 - 9β-- 630

計算とは,総合経済的価値したがって経済性に関する考え方を異にしているの

である。われわれは,総合経済的価値したがって経済性に関するシュマL-レン

バッハの考え方のうちに,この2つのものが混在しているこを看過してはなら

ない。

もっとも,われわれがすでに見たように.,シュマ-レンバッハは,経営対象

の取り換えのための費消計算の試みを,結局は放棄した。このことは,かれが,

経済性私闘する2つの考え方のうちの1つのものの追求を,この限り紅おいて

放棄したことを意味する。だが,このことは,かれがこのような考え方そのも

のを意識的に.放棄したことを意味するものでほもちろんない。

さて,経営対象の費消の計算においてレユマーレンバッハが取り換えの見地

を放棄することとなった1つの重要な理由は,この見地の配慮が批続性の原則

紅抵触することにあった。そこ紅おいて,継続性の原則は.,かれ紅取り換え価

値の使用を諦めさせ,またこの代用として-の時価の使用を断念させること紅よ

って,経済性の尺度たるべき利潤の計簸を儲けの尺度としての利潤の計簸紅転

化させる役割を果している。さら紅,そ・れほ,転換対象の費消の計算紅おい

て,費消の時価評価の副産物として-,全体紅対する企業の貢献とは無関係紅,

貨幣的市場評価値の増として-の評価益を計静させ,こめ点紅.おいても,経済性

の尺度たるぺき利潤の計算を儲けの尺度としての利潤の計静に庵化させる役割

を果していることが注意されなければならない。

継続性の原則は,期間利潤の合計を全体利潤に一・致させるために.,ある期間

を他の期間に.結合させ,このこと紅よって,ある期間に.固有の成果の計算を不

正確に・するという効果をもつ。そこで,経済性の計算に・適用されるとき,それ

は,ある期間の経済性の計算を不正確紅しうるのである。このような欠陥を意

識しつつも,シュ.マ・-レンバッノ、が継続性の原則を重視する理由は,それが計

算確実性を与えること紅.あった。ある期間の経済性を計算しようとするかれの

意図からすれば,このような計算の正確性を阻害する継続性の原則の採用ほ,

たとえこれが何らかの項目の記載漏れおよび重複記載を防ぎ,この意味で計算

確実性を高めるとはいえ,問題といわれざるをえないであろう。・それにも拘わ

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631「動的貸借対照表論の基鍵」におけるシュマーレンバッハの技術論的私経済学-99・-

らず,かれが計算確実性を-・方的に.重視して継続性の原則を採用するとき,わ

れわれは,そこに・,かれが計算しようとする利潤の無意識の変更が行なわれ,

それ把.伴って,計算確実性が特殊な性格を与え.られていることを看過しては.な

らない。

かれ紅おいては,全体利潤とほ,企業の-・生紅わたる収入,支出軋よって計

算される貨幣成果を意味する。触続性の原則は,その合計に‥おいてこの全体利

潤と一致する期間利潤の計算を目的とし,そのために期間利滴の調整をなそう

とする。このこと紅よって1それは,全体利潤の計算のため紅必要とされる項

目の記載を確実ならしめるのである。この場合の計算確実性紅ついて恩恵され

るべきほ,それが経済性計算という制約を離れていることである。だが,経済

性計算というかれの当初の意図からすれば,計算確実性ほ経済性計算の確実性

としてのみ意味をもちうるはずである。このような計算確実性を,われわれは,

給付と費消とを収入と支出とに関わらせて把握しようとするかれの思考紅看取

することができるであろう。少くともそこに.おいてほ,かれのいわゆる計算確

実性ほ.,経済性の尺度としての利潤をできる限り確実紅計算するべきことを意

味したと解されうる。ところが,継続性の原則を問題とするとき,ミ/ユマーーレ

ンバッハは,確実性のこのような意味を忘れてしまう。ここでほ,かれは,専

ら,貨幣成果としての全体利潤をもたらしうる期間利潤の計算のみを考慮し,

期間利潤の計算紅おいて,全体利潤を確実紅計算するための配慮をなす。そし

て,このような確実性を,経済性計算の正確性よりも優位紅層くことに.よって, (53)

商人の実践において用いられている継続性の原則を弁護したのである。

経済性計算の制約からの計算確実性の1‾解放」は.,継続性の原則紅のみ見ら

れるわけでほない。シュマーレンバッノ、が,転換対象の費消把関して,時価評

価することが理論的紅正しい場合にも確実性を配慮して原価評価がなされるべ

き場合があることを主張するとき,われわれは,そこに,そのようなl‾解放_t

(53)計算確実性がシュマ-レンバッノ\の利淘を経済性の尺度としての利潤から儲けの尺

度としての利潤へと変質させるうえ.で重要な役割を果すことは,すで紅,故岩田厳教

授に.よって看取されたところである。次を参照せよ。岩田巌前掲昏,318ぺ一一汐。

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寛51巻 貸5号 632 ーJOO-

を看取しうるであろう。この場合,このような費消の原価評価ほ,実現主義紅

よる給付計昇と対応する。そして,この給付と費消との計算は,経済性の尺度

としての利潤の計算から儲けの尺度としての利潤の計算への転化を,決定的な

ものとする。われわれほ,次に,このことを明らかに・しよう。

シュマ」-・レンバッハが総合経済的価値を市場価格紅よって置き換え.,あるい

姓継続性の原則を用いるとき,われわれは,そ・こ軋,経済性の尺度としての利

潤の計算から儲けの尺度としての利潤の計簸への転化の方向せ確認しうるので

あるが,しかし,われわれほ,そ・こにおいてニ,いまだ,経済性計勢の要語に.基

づく1つの重要な思考が生きていることを看過しては.ならない。転換対象につ

いて評価益を計算するかれの手続きの基礎に存在する思考がそれである。この

評価益は,全体が,その要求サーるものをより少い費消をもって生産する企業把.

対して,物的,人的な生産要素および資本を配分するための基準,かつまた,

企業が全体の要求するものをより少い費消をもって生産するための基準として

企業の経済性の現在の姿を適確に示すべき利潤,すなわち現在利潤,を計舞

しようとする思考との関わりにおいで一・定の意味をもちうる。現在利潤の構成

費素としての給付ほ,その実現,未実現に.拘わらず,当該期間に帰すぺき給付

のすべて,しかもその現在における価値でなければならないからである。そし

て,このような給付に対応して現在利潤を構成するべきもう1つの要素として-

の費消は,当該期間に腰消された対象が当該期間に・調適されたとすればという く54)(55)

仮定のもとで計算される費消,時価評価された費消である。

(54)まさ乾このような費消の時価評価のために・,経営対象の費消の時価評価が問題とな りうるであろう。しかし,シュマ一-・レ∵/バッハは,1919年の「動的貸借対照表論の基 礎」に.おいては,このことに,まったく触れていない。

(55)故岩田巌教授は,ジュマ-レンバッハの璧消,給付の評価における時価主義を,「費 消給付の計静対象が財貨の価値であることの不可避的な帰結」と見る。(岩層巌前掲 沓,嘉9ぺ-ジを参照せよ。)さらに.,中村常次郎教授ほ,レユ.マ-レンバッハが費消,

給付を時価評価する根拠を,費消,給付が,本来,収,支でほなく,財貨の価値,す なわちその国民経済的価格から区別される国民経済的価値紅関わる点に/求める。(中 村常次郎前掲稿,237,259-260ぺ一汐を参照せよ。)

しかしながら,われわれの理解に.よれは,シュマ」-レンバッハの給付,費消が財貨 の価値ないしその国民経済的価値に関わるということは,経常対象の賀消計界の問題

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633r‾動的昏侶対照表論の基礎」におけるシュマーレンバッノ、の技術論的私経済学-JOJ一

給付の把握に関する論述において.かれが認める実現主義は,このような現在

利潤を否定する。それは,未実現利潤の計静を否定し,したがってまた,この

ような利潤を計算せしめうるがゆえに.時価費消計静を否定するはかりでなく,

そもそも時価費消計算そのものをも否定せざるをえない。なぜなら,実現主義

を認める給付に.よっで計算されるべき利潤とは.,貨幣ならざるものの贈与,給

付の自家費消などの少数の例外を除いて,収入および支出として実現した,ま

たは実現することが確実視されうる給付および費消に.よって計静される利潤で

あり,したがって,この利潤を構成する消極的要素としてこの費消は,原価評価

された費消以外のものでほありえないからである。

こ.の場合,われわれは,シュマ-レ∵/バッノ\のいわゆる計算確実性が,ここ

でほ,収入,支出としての給付,費消(ないし貨幣および貨幣等価物の入,出

≒しての給付,費消)によって構成される利潤の確実な計算の意味を与えられ

てV、ることに注意しなければならない。

ところで,計簸確実性に.このような意味を与えるとき,これに.最も適合した

給付計静の時点ほ,それが現実紅収入として実現される時点であろう。だが,シ

ュマ-レ∵/バッノ\ほ,給付計算の時点を,このような時点に求めず,計算書発

行の時点に求めた。われわれの理解に・よれば,かれにこのような速択の基準を

与えるものこそは.,現実に商人が行なっている利潤計算紅他ならない。この利

潤計算は,経済性の尺度としての利潤の計算というシュマ-レンバッハの本来

の課題を絶えず侵蝕し,かれをして,そ・の論述の随所に,現実の商人の利潤計

静手続きを導入させることとなった。利潤計算のこのような摩り替えほ,われ

われが推測するに,まさに,総合経済的価値を市場価格によって把捏しよう

を別とすれば,時価評価の根拠とはなりえない。なぜなら,時価も原価も,財貨の国

民経済的価格であり,両者は,ただその現われる時点を異紅する。したがって,時価 に.よる給付,費消の評価は,給付,費消を国民経済的価値に.関わらせるものでほな く,それを,単に,現在時点における国民経済的価格に関わらせるものに過ぎないか

らである。思うに.,ミ/ユマーレンバッハにおける給付,費消の時価評価は,国民経済

的価値が国民経済的価格に.よって表現されるという前提のもとで,企業の経済性の現 在の姿を把捉しようとするときに,はじめて問題となりうるものといわれなければな

らない。

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鱒51巻 発5号 ■-封ほ」 634

とするシュマー・レンバッハの試みに,その端を発するのである。

最後に.,われわれは.,継続性の原則と「対をなしており,運命を共にする_墓

とされた,利潤計算の機構としてのシュマーレンバッハの貸借対照表吟つい

てニ,.以下のことを指摘しておくべきであろう。かれにおいてこは,その貸借対照

表は,給付,費消計算を収入,支出計算に鷹合することに.よって-,はじめて成

立しえた。それほ,給付と費消とが期間的なずれをもちつつも収入と支出とに

対応するという原則を基礎とし,収入,支出を伴わない給付,費消をも;あた

かもこれが収入,支出を伴うかのように,貨幣をもって計算すること紅よって,

成立しえたのである。このような鱒借対席表は,貨幣および貨幣等価物の得,

失としての給付と費消との差である利潤を計算するに適し,このような利潤計

算の手段として用いられるときには,有効な計算機構たりうるであろう。だが,

それが経済性の尺度としての利潤を計静するための手段として用い

き,その有効性を期待することほ.,著しく困難であるようぬ思われる。

以上に.おいて-,われわれほ,レユ.マ-レ∵/バッハが,経済性の尺度としての

利潤の計算のための手続き規則の研究を意図しながらも,この意図を貫くこと

ができず,むしろ,このような利潤から区別される儲けの尺度としての利潤の

計算に妥当しうる手続き規則の研究紅,移行する結果となっていることを知り (5の

えたであろう。そのことによって,かれの論述は,規範論と経験論との・一層奇

妙な,矛層に.満ちた混合物となっている。

ⅤⅠⅠⅠ結

シュマて-レンバッハは,「動的貸借対照表論の基礎」紅おいて,私経済技術論

の政策目的を商人の目的に.求める。だが,ここに商人の目的とは,商人の個別

利害ではなく,全体利害に関わる目的,総合経済的目的をなすことが注意さ

れなければならない。シ′ユマ-レンバッノ、ほ,総合経済的目的を商人に.追求す

(56)この意味に.おいて,故岩田巌教授は,次のように.述べている。「シ′ユマ・-レンバッ

ハは,はじめは新しいものを導入しようとしたのであるが,いろいろの条件に禍いさ

れて,結局伝統的会計に.留らざるを得なかった-…。」(岩田巌前掲書,318ぺ-・汐。)

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635「■動的賃借対購衷論の基礎」におけるレユマ」-レンバッハの技術論的私経済学-ヱ∂∂-

るぺきものとして課すことによって,これを商人の目的に庵化せしめるのであ

る。このように.商人の目的に転化された総合経済的目的とは,シュ.マ-レンバ

ッハに・よって直観的にこのようなものとして■把握され信じられた経済性軋他な

らない。このような鱒策目的をもつ「私経済技術乱=は,これがかれの意図に

したがって合理的に形成されるとき,規範論たらざるをえ.ない。かれは,「動的

貸借対照表論の基礎_】に.おいて,このような規範論的研究の一・環として,経済

性の計算のための手準き規則を与えるほずだったのである0

だが,実際に.は,かれは,このような課題を達成しえたわけではない。かれ

の論述は,むしろ,そqやゝなりの部分が,企業に・おいて現実になされている儲

けの尺度としての利潤の計算のための手続き規則を呈示することとなったので

ある。

シュマーレンバッノ、の貸借対照表論がこのような展開を示すとととなった原

因と′して,われわれほ,2つをあげることができる。第1の原因は,かれがそ

の経済性に朋確な内容を与ええなかったこと,とりわけ,それ紅計算可能な周

容を与ええなかったことである。それ紅も拘わらず経済性を計算しようとする

シュマーレンバッハは,総合経済的価値を市場価格によって置き換え,このこ

と紅よ・つて経済性の計算を可能ならしめようとした。このこ.とほ.,かれが経済

性の尺度としての利潤の計算から儲けの尺度として-の利潤計算へと移行する契

機となったのである。

第2の原因ほ,かれが,その「技術論としての私経済学」において明示した

経験志向性を,「動的貸借対照表論の基礎」においても,自らの思考の中に根強

く残存せしめていることである。この経験志向性ほ,かれが総合経済的価値を

市場価格に.よって置き換えることとなったその心理的要因をなすとともに,か

れに,現実

を,採用させる要因ともなったと解される。

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