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医療におけるクラウド利用の 現状と展望 医療クラウド導入・活用ガイダンス 日本マイクロソフト株式会社

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医療におけるクラウド利用の 現状と展望 医療クラウド導入・活用ガイダンス

日本マイクロソフト株式会社

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は じ め に

医療は、情報処理がほとんどの世界です。患者の訴え、検査結果、刺激による反応などの情報を蓄積

し、情報量が増大し、根拠に基づいた行動および評価を繰り返してきました。19世紀、20世紀、21世紀と、

情報量は圧倒的に増加し、増え続けています。情報量が少ない時代は人の頭脳で情報を把握し、紙に

書き、フィルムの画像を見て、頭の中で処理できました。しかし、最近の医学・医療の進歩は、物理媒体に

固定できる範囲、人の頭脳で処理できる範囲を超えています。したがって、情報処理を助ける仕組みが

不可欠となり、医療の IT 化が進められてきました。医療の IT 化のもう 1 つの理由がコミュニケーションで

す。1 人の医師が 1 人の患者の診療を完結できる時代が終わり、現在は多職種が協力・連携しなければ

医療が成り立ちません。口頭の情報伝達は不確実で、紙媒体は手間がかかり、遅く、情報量も限られま

す。その解消のために ITが必要となり、20世紀終盤から医療の IT化が進められてきました。

高度化した ITリソースの管理は、もはや医療にとって重荷となっています。情報量が増大し、ストレージ

が肥大化し、高性能 CPU も必要です。IT リソースに依存するほど、システム停止時の被害も膨らみます。

日本の社会保障制度は経済的な限界が近づいています。人手を増やす余力に乏しく、事務処理を合理

化し、診療以外の労力も節約したいところです。しかし、オンプレミスの労力が増えて、このままではいず

れ破綻します。情報セキュリティとプライバイシーも、紙やフィルムの時代と決定的に違います。デジタル

情報は無制限に複製でき、複数が同時に利用できることで情報処理速度が上がりました。反面、セキュリ

ティやプライバシーに特別な知識を要求され、情報管理は慎重にならざるを得ません。私は厚生労働省

『医療情報システムの安全管理に関するガイドライン』の策定に第 1 版から深く関わってきましたが、情報

システムの高度化にともなって厚くなり、内容も難しくなりました。これを多忙な医療従事者が全て読み、

理解するのは容易ではありません。だからといって分かりやすくし、セーフティマージンを大きく取ってリス

クを避ければ、システムのパフォーマンスが落ちます。オンプレミスで始まった日本の医療 IT は、もはや

限界です。

ならば、どうするのか。医療者はコンピューターの筐体保有を望むのではなく、情報処理、ストレージな

どの機能を利用したいのです。そこで、分離という結論に至ります。自前でシステムを管理せず、ストレー

ジ容量も心配せず、使いたい分を使う、これをサービスとして提供する仕組みがパブリッククラウドです。

パブリッククラウドが実用的になり、医療への応用を真剣に考える時期にあります。これによってセキュリ

ティの鍵を任せることができます。医療従事者はポリシーを管理すれば済み、実現方法はあまり気にせず

に済みます。ようやく、医療従事者はコンピューターの管理から解放され、サービスとして情報処理能力を

自由に活用できる時代が見えてきました。現時点で、クラウド導入を誘導する情報発信も、非常に意味が

あることだと考えています。

東京大学大学院 医学系研究科

医療経営政策学講座 特任准教授

山本 隆一

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医療におけるクラウド利用の現状と展望

医療クラウド導入・活用ガイダンス

はじめに ........................................................................................................................................................................................... 1

山本 隆一

【Interview】 (※氏名・五十音順)

1.クラウドストレージと仮想化技術によって実現する次世代医療情報システム ............................................. 4

木村 映善

2.IoTで病院機能が社会に広がる ―データを活用する未来に向けて― ........................................................ 8

黒田 知宏

3.多様化する医療データを解析技術で活かす ........................................................................................................... 12

澤 智博

4.地域の未来を創る亀田メディカルセンターの AoLaniプロジェクト .................................................................. 16

中後 淳

5.クラウド型ラーニングシステムの語学・画像診断分野への展開 ..................................................................... 20

樋口 順也

6.地域医療連携のクラウド基盤と人材育成、課題、現場のニーズ ................................................................... 24

宮原 勅治

7.医療情報システムの研究開発と、クラウドで変わる医療の未来 ...................................................................... 28

美代 賢吾

8.在宅ケアを支えるクラウド基盤と医療・介護・生活サービスの融合 ............................................................... 32

武藤 真祐

9.医療情報システムの仮想化・クラウド化とパブリッククラウドへの展望 ........................................................ 36

山下 芳範

目 次

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クラウドストレージを活用した

医療の安全と BCP

――経歴や現在のお仕事をご紹介頂けますか。

木村: 2000 年頃から医療情報学の研究に携わり、

2006 年に愛媛大学医学部附属病院の医療情報部

副部長に就任しました。医療情報部には、医療情報

システム係、包括対策室、がん登録、医療クラーク、

病歴室などがあります。チーム医療を支援し、診療

データを取り扱う業務の他、個人情報の管理、防災、

医療安全リスクマネジメントなど、医療情報を軸に院

内の様々な業務を支援します。

情報処理技術は医療を間接的に支えていますが、

データ分析次第では、患者の安全や医療の質に貢

献する可能性があります。今後、クラウド技術やビッグ

データの活用が医療にとって重要になってくると思い

ます。医療情報学、つまり Medical Informatics は、

Information Technology、いわゆる IT とよく混同され

ますが、異なるものです。Information Technology は

あくまでツールにすぎません。Informatics は人・物・

情報を必要な場所に最善の状態で届けることを追

求する学問であり、そのビジョンを実現するために

Information Technology が非常に重要なのですが、

順番を間違えてはいけません。医療情報学が取り組

んでいるものの 1つに、医療の安全を守るツールとし

て IT を使うという視点があります。患者の安全に貢

献するために、IT をどう使って実現するかを考えて

います。

例えば、過去に MRI 撮影に関するインシデントが

ありました。MRI 検査を受ける患者が金属インプラン

トを使っていて、その情報が紙に手書きされていまし

たが、電子カルテには入力されていませんでした。

撮影の直前に手書き情報に気づきましたが、インシ

デントの一歩手前です。予算の都合で「ここまでは

紙、ここは電子化」という、中途半端な紙媒体と電子

情報の混合になりがちなのですが、このような状態

は事故を招きかねず危険です。医療安全の観点か

らも電子化の範囲を見据えていく必要があると考え

ています。

――病院の情報システムの特徴を教えてください。

木村: 2014年5月に院内システムを更新し、過去か

らの全データを、いつでもどこでも参照できるように

する取り組みを行いました。電子カルテの運用は

Interview

1

クラウドストレージと仮想化技術によって

実現する次世代医療情報システム

木村 映善 愛媛大学大学院 医学系研究科

医学専攻 社会・健康領域 医療情報学講座 准教授

愛媛大学医学部附属病院 中央診療施設 医療情報部 副部長

木村 映善先生

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クラウドストレージと仮想化技術によって実現する次世代医療情報システム

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2003 年頃からまだ 10 年程度です。例えば、薬害エ

イズ問題のような訴訟が起きた時は、紙カルテを保

管さえしていれば、20 年前の情報でも提出できてい

ました。しかし、同じ事態が起きた時に、これまでの

電子カルテシステムで果たして 20 年前に遡って説

明責任を果たせるのか疑問を感じていました。

そこで、システムを変更しても、例えば電子カルテ

のベンダーを変更しても、すぐに 20 年前のデータを

出せるようなシステムを目指しました。まず、過去 20

年以上にわたる全カルテデータの保管を前提として、

クラウドサービスを導入し、物理容量で1.5ペタバイト

のクラウドストレージを調達しました。

BCP(Business Continuity Planning)や医療情報・

画像データの半永久的な保存は、私の研究テーマ

でもあります。以前はシステムダウンに備えて 1 日 1

回、データをバックアップしていましたが、もはや不

十分です。過去、電子カルテが全面停止した事象

が発生したことがありました。失われたデータは日々

のバックアップの間の半日程度の情報ですが、過去

の入力や未来のオーダー予定など、前後 1ヵ月のデ

ータに影響が波及していました。事故前の状態に復

旧するために、それらのデータを収集して、最終的

に整合性を取るのに 1 ヵ月近くかかりました。その教

訓から、バックアップはリアルタイムに取るべきだとい

う信念を持つようになりました。現在はリアルタイムに

オブジェクトストレージへバックアップを行っています。

オブジェクトストレージはサーバールームと遠隔の病

棟の 2 ヵ所にあり、リアルタイムで遠隔コピーします。

システムがダウンする瞬間の直前までのデータが残

り、被害を最小限にできます。地理的・天候的リスク

も踏まえ、免震構造の建物にバックアップすることで

災害に強いシステムを実現しています。

ストレージに保存する画像について、PACS の画

像データや病理解剖の写真など、あらゆる画像デー

タを調査すると、ファイルベースで最大年間 50~60

テラバイト必要だと分かりました。バックアップ体制は

全ての画像を調達したストレージに保管できるように

しています。これで自分達の手が届く場所にデータ

を管理できます。以前はシステムごとにサーバーを

設置し、ベンダー側にデータ管理の主導権があって、

ファイル形式も思い通りにできませんでした。現在は

全画像ファイルが標準規格に準拠し、新しいデータ

ベースへの移行も簡単です。

クラウド環境と仮想化技術による

システム開発・構築・運用の進化

――仮想化技術のメリットを教えてください。

木村: 仮想化は、システムの安定稼働にとって重要

な技術になりました。以前はベンダーごとに異なるク

ラスタリングソフトウェアを使っていました。また、サー

バーが落ちてもクラスタが切り替わらない事態を何

度も経験しました。クラスタソフトウェアごとに特有の

設定や癖があり、エンジニアも技量を要求される分

野で、ベンダー間の技術力にも差がある状況です。

仮想化されたシステム環境では、仮想マシンのマ

イグレーションが可能になります。従来はクラスタごと

に個別の専門性を要求されましたが、仮想化環境を

導入するとサーバーの冗長構成や安定運用に必要

な専門スキルを共通化できる点がメリットです。また、

ハードウェアへの投資も節約できます。例えば、ある

部門システムのクラスタリングのために 2台のサーバ

ーが必要な場合、部門システムごとに 2 台ずつサー

バーが必要ですが、仮想マシンの場合はトラブル発

生時に備えて全体で 1 台の予備のサーバーを追加

するだけで済みます。

仮想化によって、システムの開発・構築スピードも

上がります。診療に使うシステムの変更は、不具合

が発生した場合、患者の命を左右するインシデント

につながることもあり、慎重に進めます。病院には約

1,400 台の端末があり、間違ったプログラムを配信す

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医療クラウド導入・活用ガイダンス

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れば、1 台ずつ改修するのに多大な時間を浪費しま

す。一方、仮想サーバーとシンクライアント端末の構

成にすると、ストレージ内の過去のある瞬間のデータ

を保存したスナップショットを使うことで、間違いが判

明した時点で、その直前の状態を復元できます。

この仕組みを活用すると、トライアンドエラーを繰り返

すアジャイル型の開発手法を導入でき、開発・構築を

効率よくマネジメントできます。医療の世界ではベンダ

ーの対応が遅いという不満がよく聞こえてきますが、

開発環境の問題も大きいと思います。全国に約

8,000 もの病院があり、個別対応を要求され、全てを

完璧にサポートするのは困難です。その状況も仮想

環境を導入すれば、システムをカスタマイズする場合も

実装前の状態に簡単に復元できることを担保した状

態で取り組むことができます。ベンダーにとっても精

神的・人的負担が削減されることが期待されます。

この特性は BCP においても大きなメリットがあり、

サーバーの仮想イメージがあれば、必要な時にシス

テムを移動して起動できます。万が一、本番系と参

照系システムが同時にダウンしても、リモートのサイト

に参照系を稼働させることで、最悪の事態を回避す

ることができます。また、病院は電気設備の法定点

検などで、サーバーの電源を落とさなければならな

い時があります。仮想環境で本番系と参照系の仮想

イメージを用意しておけば、本番系マシンの法定点

検が必要な場合も、リモートサイトで立ち上げた本番

系あるいは参照系で必要最低限の仮想マシンを稼

働させることで業務を止めずに済みます。24 時間

365 日、稼働し続けるシステムは、仮想化なしではも

はや不可能といえます。

Service Bus によるデータ分析と

臨床判断支援環境の向上

――安全管理の工夫や導入した技術を教えてください。

木村: 医療情報システムはオーダリングシステムと医事

会計や院内物流システムなど多彩な部門システムとの

間でメッセージを交換しています。従来のシステム間

でのメッセージの連携手法はベンダーごとに独自であ

り、ファイルやソケットなどで伝達するため、流れるメッセ

ージをリアルタイムで補足することが不可能です。分

析はメッセージがオーダリングシステムに取り込まれ、さ

らに日々のバッチ処理によってデータウェアハウスに入

ってからとなります。リアルタイムで把握するには、毎

回データベースにアクセスすることになり、データベ

ースに負荷がかかりました。これを Service Bus と呼

ぶ仕組みで解決しています。Service Bus は複数シ

ステムを連携させてサービス化するミドルウェアです。

Service Busによって、電子カルテとあらゆるシステム

の間のメッセージをリアルタイムで補足できます。

医療の質を上げたい時は、改善する方向と、抑止

する方向の 2つのベクトルがあります。インシデントを

防止する、すなわち抑止ベクトルの取り組みは、細

かくチェックして警告を出すことになりがちです。そう

なると、やがて面倒になって警告を無視するようにな

るという逆効果を生むことが研究でも報告されていま

す。安全のために人間を締め付けると、人はそこか

ら逃げ出し、安全性が低下するパラドックスに陥るわ

けです。そこで、Service Bus を活用し、現時点に注

目すべき内容についてだけ警告することにしました。

リアルタイムで患者が診察室に来た時に、例えば、

処方の継続などについて介入します。

現在、再来受付機、検体検査、細菌検査、薬剤

部門の 4システムが電子カルテと Service Busでつな

がり、リアルタイムで全メッセージを補足できます。こ

れから、この Service Busを活用して、下記のようなシ

ステムを構築したいと考えております。

患者が来院すると、再来受付機の患者来院という

イベントが、そのまま電子カルテへのメッセージになりま

す。この時、システム側は過去の処方履歴などから患

者に対して実施していない診療内容を判断し、電子

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クラウドストレージと仮想化技術によって実現する次世代医療情報システム

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カルテに通知します。病院の電子カルテはメール機能

が組み込まれており、患者が診察室に来た時、医師

はカルテ画面で患者に紐付けされたメールを確認で

きます。これで処方・投薬のタイミングで漏れがなく

なります。会計終了後もシステムがチェックし、担当

医が処方を入力していなかった場合に確認します。

即時性が要求されるため、医師の PHSに「本当に処

方しなくてよいですか? Yes/No」などのメッセージ

を送信して確認する、といったような介入ができるシ

ステム構築に取り組んでいるところです。

今後の医療分野における

クラウドの可能性

――今後はどんなことに取り組みますか。

木村: 院内のサーバーをデータセンターに切り替え

る検討を進めています。可能な限り、外部に出し、仮

想化したいと考えています。

Service Bus については、導入事例を積み重ね、

インシデントや医療事故減少などの成果につなげた

いと考えています。データセンターでのホスティング

の課題は、病院とデータセンターの間のネットワーク

の信頼性です。24時間 365日、安定した通信インフ

ラが必須ですが、ランニングコストと安定性のバラン

スがまだ難しいと思います。幸い、この地域は独自

に回線を保有する通信事業者が複数あり、2 回線で

冗長構成を確保できる環境がありますので、前向き

に検討を進めています。

――クラウドは医療にどんな発展をもたらすでしょうか。

木村: クラウドコンピューティングや仮想化技術は、医

療に新たな安定性や機能性をもたらすものです。新

しい技術を積極的に活用することで、システム開発環

境が進化します。IT業界のシステム開発も、トップダウ

ン・一方通行な開発スタイルではなく、開発チームに

顧客を巻き込み、反復しながら進めるアジャイル開

発に移行することを望みます。アジャイル型の開発

手法により、ベンダーは顧客の要望を迅速に反映し、

継続的に保守しながら開発を進めることができます。

社会は個人情報やセキュリティに関して、ベースと

なる最低限のルールを明確化していく必要がありま

す。ガイドラインも、まだ曖昧な部分が残っています。

日本は診療情報の物理的な保管場所を国内に限

定しています。国の法律が及ぶ範囲を考えれば妥

当な判断かもしれませんが、よりクラウド時代に合わ

せた形に向かうべきだと思います。

診療情報をクラウド基盤に載せることを心配する

人もまだ多いと思いますが、適切に管理さえすれば、

USB メモリや紙媒体よりもはるかに安全です。しっか

りとリスクコミュニケーションを取り、積極的に活用し

ていくべきです。責任範囲を明確にした上で、それ

ぞれの医療機関の裁量を尊重し、システム・ネットワ

ークが発展するように自由度を高めるべきだと思い

ます。現在は情報漏洩やプライバシーの侵害を過

剰に恐れる傾向があります。効率的な技術を積極的

に導入する姿勢をもっと応援する雰囲気があっても

よいと思います。かつて、電子カルテ導入を政策や

補助で推進したように、医療の IT 化・クラウド化推進

のインセンティブが欲しいところです。病院もシステ

ムベンダーも奮起すると思います。そして、国民に必

要な医療データが決まれば、データを蓄積し、活用

する社会に発展できると思います。

クラウド基盤で常に医療情報にアクセスできるよう

になると、医療がますます 24時間 365日の業種にな

り、医療従事者が疲弊するという意見もあります。そ

れも、考え方次第です。うまくシフトを組み、例えば

いったん帰宅して家族との時間を過ごしてから、落

ち着いて書斎で執務できればいかがでしょうか。クラ

ウドは医療従事者のワークライフバランスにも役立ち、

セキュリティも働き方も、医療者によりよい環境を提

示する技術だと思います。

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情報システムのクラウド化と、

センサーネットワークの構築

――現在のお仕事や経歴をご紹介頂けますか。

黒田: 京大病院の情報システムを統括しています。

もともとは、福祉工学やヒューマンインターフェイスを

研究していました。目指していたのは、よく言われる、

「人に優しいインターフェイス」ではなくて、人が優し

くなれるような情報支援をコンピューターが与えてく

れる「人を優しくするインターフェイス」の実現です。

病院の情報システム部門に着任した頃は、医療

情報システムや診療実務の知識は全くありませんで

した。最初は学術情報ネットワークの切り替えを担当

し、2003 年から電子カルテ導入プロジェクトを担当し

ました。京大病院にとって初の電子カルテ導入です。

情報システムの導入は、組織の情報の流れを決める

こと、つまり、組織を変えることを意味します。医療に

関する知識が乏しいままプロジェクトに臨みましたの

で、多難を覚悟しましたが、関係者のご指導・ご尽力

のおかげで、何とか 2005年に無事導入を果たすこと

ができました。

――病院のシステム・ネットワークの特徴を教えてください。

黒田: 2005 年に看護師がベッドサイドで使うモバイ

ル端末を導入しました。ベッドサイドでの三点認証1

1 薬・患者・作業者(看護師)の三点の組み合わせが、事前の指

示通りであるかどうかを確認する作業

を主な目的に、高価な PDA 端末を導入しましたが、

台数が足りず、端末がないために看護師が自由に

作業できない状況が発生しました。また、PDA は操

作性がよくありませんでした。端末にはそれぞれ向き

不向きがあって役割を分ける必要がありますし、業

務で運用する以上は全員分の台数が必要だったわ

けです。その反省を踏まえて、現在は認証専用の単

機能端末を看護師の人数分導入しています。

2011 年のシステムリプレース時に、本格的に VDI

(Virtual Desktop Infrastructure)環境を導入しました。

VDI を用いれば、端末に診療データが残りませんの

で、患者情報の漏洩を防止できます。また、院内に

センサーネットワークも構築し、データ送受信や外来

患者の位置計測なども実現しています。

IoT で診療の場が

家庭へ広がる

――医療分野の IoT の活用についてお伺いします。まず、

IoTは医療にどう貢献できるでしょうか。

黒田: IoT(Internet of Things)は最近の注目キーワ

ードですが、全く新しい話ではありません。コンピュ

ーターが人とコミュニケーションし、サービスを提供

するには、センサーやディスプレイが必要です。そ

れらと人の距離を縮める考え方が IoTだと思います。

2011 年に構築したセンサーネットワークは、無線で

データを送受信し、センサーの位置を計測します。電

Interview

2

IoT で病院機能が社会に広がる

― データを活用する未来に向けて―

黒田 知宏 京都大学医学部付属病院 医療情報企画部長/病院長補佐

京都大学大学院 医学研究科/情報学研究科 教授

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IoTで病院機能が社会に広がる ― データを活用する未来に向けて ―

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子カルテシステムのある病院自体が 1 つの巨大なコ

ンピューターで、デバイスをネットワーク経由でそれに接

続すると様々なサービスが実現します。京大病院で

はバーコードリーダー、デジタルカメラなどを接続し

ています。外来で患者用端末の位置を計測し、案

内・誘導にも使っています。通信対応の体温計や体

重計をネットワークに接続している部門もあります。

センサーがネットワークにつながると、作業が自動化

され、仕事が楽になります。データの信頼性が高まり、

サービスの質も上がります。医療機器ももっと小さく便

利になります。例えば超音波診断装置のプローブ2

に無線通信機能を組み込めば、筐体やディスプレイ

が不要になります。検査機器が手のひらサイズにな

ってどこのベッドでも検査が可能になるでしょう。この

時、プローブの場所、どのベッドの側にあるかが分か

れば、検査している患者を特定できますし、結果を

表示するディスプレイも自動的に選ぶことができるで

しょう。セッティングが自動化されて仕事が楽になる

だけでなく、仕事の流れまでもが変わるはずです。

京大病院ではデータを蓄積する環境が整いまし

た。今後はセンサーからの自動入力を通じた電子カ

ルテの入力負荷軽減に取り組みます。これは仕事を

楽にする目的以外に、データの性質を切り分ける意

味もあります。現在のカルテは主観的記述と客観的

データが混在して記録されています。それらを切り

分けなければ、蓄積データがゴミの山になりかねま

せん。将来の分析を考えると、判断根拠となる客観

的データと、判断プロセスの記述を分けておくことに

大きな意味があります。ちょうど、航空機でデータを

記録するフライトデータレコーダーと判断状況を記

録するコックピットボイスレコーダーが分かれている

のと同じようにしておく必要があると思います。

2 超音波を発信しその反射波を計測する超音波診断装置の計測

センサー

――IoTやセンサーのデータで医療はどう変化しますか。

黒田: センサーがデータの入口となり、センサーの小

型化によって取得できる客観的データが増加します。

そして、センサーがクラウドにつながることで、計測の

場は病院から家庭や日常生活に広がると思います。

病院が患者の状態を把握できるのは、患者が病

院に来た時だけです。サンプリング定理3に基づいて

考えると、来院が月に 1回ならば、2 ヵ月間分の変化

が分かるだけです。本当に何が起こっているかを知

るには、日常生活での計測データを使ってその隙間

を埋めていく必要があります。急性期疾患治療後の

予後や慢性疾患の管理など、長期の経過観察には

家庭での計測が向いています。確かに医療者が指

摘するように家庭などで計測されたデータの信頼度

は高くない部分もありますが、全体的な傾向を知る

には十分でしょう。家庭などで計測されたデータの

信頼度が高くないのは、病院のように計測環境を制

御できないからですが、食事や気温などの前後の状

況を示すデータがクラウドを介して連携可能なデー

タベースから得られれば、外因による乱れを補正す

ることができます。

得られたデータをインデックスなどにまとめておけ

ば、1~2 ヵ月に 1 回の患者の来院時に医師はその

間の傾向を知ることができるでしょう。そうすることで、

3 計測対象が変化する頻度(周波数)の倍以上の頻度で計測せ

ねば、変化を捉えられないという原理

黒田 知宏先生

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医療クラウド導入・活用ガイダンス

10

月に 1回病院で計測するよりも明確に全体傾向を確

認できます。対面の診察も重要ですが、少ない頻度

では分からない変化があります。高頻度に計測した

データで診療可能ならば、患者は来院せずに済み、

医師も患者との関係を維持しながら診療を継続でき

ます。訪問看護師などが週に 1 回確認し、医師に報

告すれば効率も上がります。IoTとクラウドによって医

療サービスが家庭に近づき、医療が社会全体に広

がる方向に進むと考えています。

――病院と家庭が廊下続きのような世界でしょうか。

黒田: その表現は注意も必要です。常に医師が見

守る仕組みは高コストです。医師にコンタクトできる

仕組みは必要ですが、データをある程度サマライズ

し、医師とデータでつながるコミュニケーションが適

切です。1 人の医師が大勢の患者を診療することを

考慮したネットワークの形が求められます。よくある

遠隔医療の構想は、実現すると誰も幸せにならない

罠が潜んでおり、テレビ電話のような機器だけで診

療システムを組み立てるのは危険だと思います。

役割の分散・最適化と、

ネットワークのデザイン

――未来に向けた課題はありますか。

黒田: 日本の医療は、医師に仕事が集中し過ぎて

います。看護師や介護士などの役割をもっと広げる

べきでしょう。一時期、救急救命士が挿管できない状

況が問題視され、医師の指示を前提に認められまし

た。しかし、指示のためだけに医師と 1 対 1 でテレビ

電話をつなげるような状況は高コストです。看護師な

どにもそれぞれ専門性がありますから、もっと権限を

委譲するほうがよいと思います。様々な専門職から

なるチームが提供する医療サービスの後方に、それを

見守る医師がいる状況を受け入れる社会に変わる

べきでしょう。そうしないと永久にコストがかさみ、専門

職もモチベーションが上がりません。クラウド時代に向

けて、医師に集中する役割を分散・最適化し、情報

ネットワークとの整合性を確保する必要があります。

また、診療情報はシビアな個人情報ですが、その

取り扱うルールを決める際にはリスクとリターンのバラン

スを考える必要があります。日本社会は「リターンは欲

しいがリスクは負わない」という風潮が強いですが、ネ

ットワークに診療データを流通させることで得られるリタ

ーンにも目を向けるべきでしょう。「絶対に~を起こさ

せない」という日本的発想では物事が進みません。リ

スクとリターンのバランスを考え、保障の枠組みで最悪

の事態に備えつつサービスを享受する文化を醸成し

なければ、医療も他の分野も破綻してしまいます。

――今後はどんなことに取り組みますか。

黒田: 京大病院は 2016 年に電子カルテをリプレー

スします。予算が許す限りセンサーネットワークに投資

し、クラウド基盤に接続するデバイスを増やします。

データのバックアップ体制も強化し、病院が物理

的に消滅してもデータが守られる状況を目指します。

院内のサーバーもコスト、リスク、リターンを考えなが

らクラウド化を進めます。自前でサーバーを持つリス

クもあり、病院が水没・倒壊すればデータを失います。

また、全ての国立大学病院は共通のデータセンター

にバックアップを保存する仕組みを持っていますが、

そこが突破されれば全データが流出します。現在、

数学的に解読できない暗号技術を利用する研究を

進めており、暗号化コストの検討状況などの研究成

果を共有しながら実用化を目指します。

外部医療機関とのデータ連携の枠組みも検討し

ています。外部機関から提供されたデータの自院デ

ータベースへの受け入れ手順など、情報の流れの

設計を進めています。遠隔医療や在宅モニタリング

などの実証実験も進めており、現場の医療従事者、

患者のリターンやリスクの許容範囲を探っています。

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IoTで病院機能が社会に広がる ― データを活用する未来に向けて ―

11

IoT で変わる社会、

データが流通する未来に向けて

――医療や社会は IoTでどう変化するでしょうか。

黒田: 今後、社会的な実験が重要になると思いま

す。パイロットスタディを積み重ねて問いかけることで、

社会全体がどこかで変わると思います。

海外では先行している事例がいくつかあります。

例えば、エストニアは全ての公共機関がネットワーク

でつながり、国家の制御のもとでデータが一元管

理・共有されています。運転免許証の発行には、一

定年数、てんかん発作が起きていないなどの条件が

ありますが、診療データが免許証発行と連携してい

ることで、その判断が自動化されています。同じ制度

を日本にそのまま導入するのは、国家の規模も異な

りますから、難しいでしょう。日本の社会や制度は遅

れているという論調もありますが、既存制度を変える

のは莫大なパワーとコストがかかりますし、社会的な

合意が必要です。リスク、コスト、リターンを三角関係

で捉え、日本社会が受け入れられる、日本社会に合

った形を実践しながら問い続ける必要があります。

電子カルテの導入は、病院の業務を再設計する

ようなものでした。医療の再設計は、社会の再設計

の一部です。社会の変革には時間とコストがかかり

ます。実証実験を重ねながら、社会構造を変えた結

果としての情報システムの形、クラウドのリソースを活

用する医療の姿を、私も考えていきたいと思います。

――未来に向けた明るい兆しはありますか。

黒田: 今後、診療ソフトウェアが薬事法の対象にな

ります。ソフトウェアが医療機器と認められて初めて

成立するサービスが山ほどあります。海外では既に

スマート端末に接続するセンサーだけの医療機器

や、ソフトウェアだけの医療機器が使われ始めてい

ます。日本企業にとっては厳しい局面かもしれませ

んが、海外のソフトウェアやクラウドサービス、デバイ

スなどが流入し、一部の民生機器が医療機器として

機能し始めるでしょう。それらのデバイスやクラウドサ

ービスの普及によって、医療機器が生活空間に広

がり、診療の場が家庭に広がり、社会全体が変わっ

ていくのではないかと期待しています。

私も 1 人のエンジニアとして、デバイスを開発して

います。例えば、西陣織で織った衣服型 12 誘導心

電センサーを発表しました。このデバイスは伝統織

物の技術でしか実現し得ないものです。1 本の銀糸

で電極と導線を織り出していますので、ノイズが少な

い心電波形を計測でき、市販の演算・通信回路につ

なぐだけで使えます。計測機器のウェアラブル化が

進めば、技術者の活躍の場が広がります。農業クラ

ウド分野などの環境センサーとウェアラブル医療・健

康センサーが連携すれば、IoT の世界はさらに広が

ります。例えば、血圧と運動情報とが、計測位置の

情報などを介して温度変化などの情報と結びついた

情報が大量に蓄積されれば、新しい診断基準にな

る知見が得られるかもしれません。センサー空間か

ら価値あるデータが集まり、そのデータを分析・利用

した新しいクラウドサービスが実現するでしょう。

クラウドを介してデータが流通する未来の実現は、

「オープンデータ戦略」がポイントになります。また、

パーソナルデータの活用に向けて、個人情報の匿

名化、本人によるデータにアクセスできる人のコント

ロール、忘れられる権利など、法制度の整備や社会

の合意形成の進展を望みます。

現在のクラウドや IoT はまだ第一段階です。今後、

環境に様々なセンサーが散りばめられ、それを使っ

て可能なことが増えて、センシング技術や IT 技術も

進化します。将来は解釈も自動化され、解釈エンジ

ンのプロセスも記録され、それを見て解釈する人の

判断も切り分けられるでしょう。私も未来のクラウドコ

ンピューティングとデータの活用を見据えて、データ

の構造化などに取り組んでいきたいと思います。

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12

i EHR による

院内情報の統合管理

――経歴やご専門についてご紹介頂けますか。

澤: 帝京大学医学部附属病院の ITシステムを統括

し、麻酔専門医として臨床に従事しています。

世界で通用する医師を目指し、麻酔医を志しまし

た。麻酔は医療の中でまだ歴史が新しく、発祥も技

術進歩の中心も米国です。大学卒業後、米国の医

師免許を取るために渡米し、マサチューセッツ総合

病院で臨床研修を受けました。レジデントの 3年目、

麻酔科の中でさらに専門を選ぶ時に、私は研究者と

してのプログラムを選択し、人間に関する数理モデ

ルを研究しました。数理モデルの解析・活用はデー

タやコンピューターが不可欠です。MIT(マサチュー

セッツ工科大学)の研究者に相談したところ、まだ新

設されたばかりの医療 IT のプログラムを紹介され、

1999年、受験勉強の末、MITの大学院に合格しまし

た。入学した時点でプログラミング経験は皆無でした

が、プログラミングの基礎、原理、歴史などを徹底的

に学び、高度な課題で鍛えられました。

帰国後、麻酔医として臨床に従事しながら、留学

経験を活かす道を考えていた時、ちょうど厚生労働

省が電子カルテの普及施策を推進しており、その一

環の助成事業に応募するなど、医療 IT の実務や研

究にも携わるようになりました。

――帝京大学で開発した iEHRについて教えてください。

澤: 2006 年に大学に戻ると、既に新病院の建設が

決定しており、私は新病院のシステム構築を担当す

ることになりました。そこで、従来のオーダリング中心

のシステムではなく、新しいコンセプトの病院システ

ムを考えました。

日本の医療情報システムは、現在も医事会計シス

テムとオーダリングシステムの組み合わせで、電子カ

ルテもオーダリング情報を主体とする存在です。グロ

ーバルな視点では違和感があり、価格も高額です。

自分達で開発すれば、もっと低コストで優れたシステ

ムが実現すると考えました。院内にはオーダリング情

報以外にも様々なドキュメントがあり、特に各部門シ

ステムから発生する大量のドキュメントを統合管理す

る必要を感じていました。

Interview

3

多様化する医療データを

解析技術で活かす

澤 智博 帝京大学 医療情報システム研究センター 教授

帝京大学 医学部 麻酔科学講座

澤 智博先生

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多様化する医療データを解析技術で活かす

13

2009年に稼働した iEHRは、電子カルテと院内の

様々な部門システムをミドルウェアで接続し、部門間

の情報連携を従来よりも小さなコストで実現しました。

院内を大量に飛び交う多種多様な情報の一元管理

にも成功しています。

iEHR によって、端末から紙媒体を含むあらゆる院

内データにアクセスできるようになり、時間の節約効

果が出ています。例えば麻酔医は、翌日に麻酔する

患者が入院した時、患者説明のために患者のデー

タが必要です。検査結果などをオーダー履歴から探

し、なければ連絡してデータを依頼します。催促して

もデータが来なかったり、行き違いも頻繁に起こりま

す。こうした状況は一般的な病院も同様で、医師や

医療者のアイドリングタイムが無駄となり、患者が多

い大病院ほどロスの合計が膨らみます。そうした無

駄も iEHR で解消しました。今後は、医師が治療方

針を決定する際にも役立つシステムに発展させる予

定です。

ネットワーク対応機器の活用と

PHR による疾病管理の可能性

――機器や PHRを使った取り組みを教えてください。

澤: 血圧計、体温計、体重計などは、医療でも日常

の健康管理でも使われており、医療機器と健康機器

の境界が一部、融合し、通信対応の計測機器も増

加しています。2010 年頃、これらの通信対応機器を

病院で運用する実証実験に取り組みました。機器や

システムの通信・データ連携はコンティニュア規格を

活用し、従来、計測後に数値を目で見て記入してい

たプロセスを自動化したり、ベッドサイドで計測した

血圧や、手術室で撮影したカメラ画像を自動的に送

信・蓄積する仕組みを検証しました。

通信対応の計測機器を活用し、家庭の計測デー

タをクラウドに蓄積する商用 PHRも増加しています。

私達も実証実験の経験を活かし、現在、病院の患者

向けPHRのプロジェクトに参加しています。病院によ

る PHR は、病院の診療範囲を患者の在宅・日常生

活に拡大するものです。病院が診察室で診断結果

や服薬指示などを説明する行為は、厳密には治療

というよりも、治療の指示を伝える行為です。入院生

活を除けば、実際の治療の場は家庭や日常生活空

間となり、日常生活における治療指示の順守や実行

有無の記録は本来、非常に重要です。したがって、

医師は、患者の日常生活の状況をデータで共有す

る必要があると考えています。

そこで、病院と患者の日常生活をつなぐ新しい

PHRの実現に取り組んでいます。

――PHRやクラウドで医療はどう変わりますか。

澤: 従来の医療は、「反応的・対症的」「疾病中心」

「断片的」だったといえます。患者は症状や不安を抱

えて病院を訪れ、診療が始まります。隅々まで検査

し、検査結果の統計的な異常値を発見すれば、医

師はターゲット(疾病)を集中的に治療します。それ

で患者の問題が解消されればよいのですが、検査

データから異常値が消えても患者の困りごとが全て

解消されるとは限りません。不満を感じれば来なくな

り、病院との関係が終わります。治療が終わって満

足した場合も関係がいったん終わります。従来、病

院と患者のつながりは断片的でした。

PHR やクラウドを活用する今後の医療は、「先行

的・予見的」「生活スタイル中心」「連続的・継続的」

なものにパラダイムが変わります。退院後も患者の

日々の状況を共有することで新しい関係が生まれま

す。データから運動不足や食事の問題点をアドバイ

スしたり、異変があれば来院を促すなど、病院と患者

がつながることで必要な介入を継続できます。すると、

従来は見過ごされ、重症化し、手遅れになるケース

にも先手が打てます。PHR は保険診療にはなりませ

んが、病院による CRM と見ることもできます。IT シス

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医療クラウド導入・活用ガイダンス

14

テムで介入が必要な対象者を効率的に管理できれ

ば、人手による見守りとは違う状況も実現します。

患者が実践を継続するために、モチベーションを

維持する工夫も大切です。具体的な戦略として、病

院が診療の延長で PHR を提供し、入院中に教育す

る方法を考えています。病院は退院後の生活につ

いて必ず説明するので、その一環で入院時から

PHR に慣れてもらい、退院後の生活に移行するとよ

いでしょう。入院生活に PHR を組み込み、入院中に

スキルを教育し、治療の一部としてモチベーションを

高めると効果的だと思います。

ビッグデータの解析と応用、

業務効率化や個別化医療への展開

――データ活用についての取り組みを教えてください。

澤: ゲノム解析を医療に応用する Translational

Bioinformatics に取り組んでいます。Bioinformatics

は、ゲノム生物学を数理学的に解明する学問です。

ゲノムデータをコンピューターで処理し、その結果か

ら新しい知見を得ます。それを臨床に応用する動き

が Translational Bioinformaticsです。2009年に MIT

時代の知人でもある米国の研究者が提唱し、2011

年から国際コンソーシアムを組織しています。

ゲノム情報は例えば、がん治療薬の探索や予後

の分類・系統化に役立ちます。同じ種類のがんでも

余命は様々で、その違いをゲノムデータから解明で

きる可能性があります。疾病には生まれつきの体質

に起因し、ゲノム配列で予後が決まっているものもあ

りそうです。それらの遺伝的な背景をゲノムデータか

ら解明しようとしています。現在の医療はまだ、ほと

んどゲノムを考慮していませんが、今後はゲノム情

報を応用し、治療技術の開発や疾病メカニズムの解

明に貢献すると期待されます。

ゲノム解析は ITが不可欠な分野です。ゲノムデー

タを処理して人間が理解できる形に変換するアルゴ

リズムやソフトウェア、インターフェイスの設計なども

研究対象になり得ます。

――データは病院業務の効率化にも寄与しますか。

澤: iEHRで院内データを一元管理する環境を整備

しました。次に考えることは集まったデータを解析し、

臨床や社会に役立てることです。

現在、院内のデータを解析し、病院業務のマネジ

メントに応用しようとしています。具体的には、院内シ

ステムの稼働状況をデータ化し、データマイニング

や Hadoop で院内活動を可視化しました。経験的に、

病院は月曜日や連休明けは多忙で、大晦日や連休

の谷間は静かです。そして、システムの動きが激し

い日は職員も多忙で、動きが少なければそうではな

いと想像できます。それを忙しさの度合いとして解析

しました。

実際の指標は電子カルテへのアクセス数、入力

文字数、オーダー数を用いました。帝京大学病院の

電子カルテは、1日あたり 46~60万アクセスがありま

す。オーダーは医師が医療者に伝える依頼内容で、

看護師などはオーダーに従って業務を進めます。こ

れらの指標から忙しさを可視化し、1年 365日を分析

すると、平日と休日の違いや、外来の有無による傾

向差が明確に分かります。解析結果を部門や場所

ごとに見れば、院内で局所的に業務が集中するホッ

トスポットを発見でき、対策の手がかりにできます。部

門トップは会議やデスクワークが多い状況ですが、

将来的には端末に状況を通知し、業務が集中する

現場に指示するような対処が可能です。スマートフォ

ンやタブレット端末で状況を確認しながら、現場に足

を運んでもよいでしょう。

医師や職員、患者などの関係もデータマイニング

や Hadoop でネットワーク解析を行いました。診療の

流れを、医師、医療者、患者の接点を結びつけたネ

ットワークの状態として可視化し、患者 1 人に対する

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多様化する医療データを解析技術で活かす

15

チーム編成や、各チームが担当する患者数などが

詳細に把握できました。これは業務負荷の分散や適

正配置などに応用できそうです。

日本麻酔科学会が保有するデータの解析にも取

り組んでいます。日本の手術件数は年間約 200 万

件と言われており、うち 150 万件以上は麻酔科専門

医が行っています。例えば、一般的に術後 7日以内

の死亡率は 1万人あたり 3人程度と言われています

が、心臓の緊急手術や眼科の白内障の手術など、

患者や手術の特性による差を考慮したデータの提

示が必要になります。データ解析を進めることで、個

別化医療に迫る知見を提示したいと考えています。

最近は分析リソースをクラウドで導入でき、操作も

簡便になるなど、データ分析の環境が整ってきまし

た。Hadoop は準備やパラメータ管理などが大変で、

同じ解析を繰り返す時も苦労しますが、Microsoft

HDInsightを導入すれば、クラウドでHadoopのリソー

スを利用できて、思い立った時にすぐ展開できます。

データ解析は恒常的な解析の他に、閃きやアイデア

を検証したい時もあり、そんな時はHDInsightが威力

を発揮します。

IoT・ビッグデータ時代の

クラウド基盤活用に向けて

――機器・システム業界に対しての要望はありますか。

澤: 日本の医療機器メーカーは、IT 活用が遅れて

いると感じています。エレクトロニクスには強くても、

ネットワーク、ソフトウェアは手薄で、データ活用のデ

ザインが十分ではありません。PC に計測データを取

り込むところで発想が止まっています。ここから次の

段階に進むことができれば、競争力を高めることが

できるでしょう。海外ではウェアラブルなネットワーク

デバイスなど、全く発想が異なる製品が登場してい

ます。デバイスから発想するのではなく、ユーザーへ

の見せ方、ネットワークとクラウドの活用を巧みに組

み立てています。日本のメーカーはデバイス偏重の

傾向があり、もっとデータ連携を意識するとよいので

はないでしょうか。

電子カルテも多くの病院に普及し、コモディティ化

しており、買って完了、という構図になってきていま

す。医療に携わる私達も、IT の活用は自分達のアイ

デアや工夫次第だという点をもっと意識するべきだと

思います。パッケージ製品を導入して不満を我慢す

るのではなく、自由な発想で小さくモデリングし、そ

れをスケールさせながら構築・展開するような姿勢が

大切です。

国民・生活者は主体的に動き、自分たちでよい製

品やサービスを積極的に見つけています。むしろ、

供給不足かもしれません。日本人は優れたものを見

つけ、活用を工夫するのが得意ですが、供給側は

生活者・患者を夢中にする製品・サービスが足りて

いないと思います。スマートデバイス、多様なセンサー

機器、そしてウェアラブルが注目され、多くの人が次の

ステージに進もうとしています。医療の世界も、もっと

そんな動きが増えてよいと感じます。私も供給を考え

る側の 1人として、生活が変わるような仕組みやサー

ビスを頑張って実現させていきたいと思います。

病院内における医療者・患者の関係をネットワーク解析した図

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亀田メディカルセンターを取り巻く

環境と、地域医療を担う挑戦の歴史

――現在のお仕事と経歴をご紹介頂けますか。

中後: 2013 年 4 月に医療法人鉄蕉会亀田メディカ

ルセンター1に入職し、同年 7 月に IT部門責任者に

着任しました。現在、グループの情報システムを刷

新する「AoLani(アオラニ)プロジェクト」を統括してい

ます。他に、IT 環境全般の整備・改善や、中国進出

プロジェクト、陽子線治療装置の輸出プロジェクトな

どに携わっています。

大学・大学院時代は機械工学を専攻し、就職後

はプラントエンジニアになりました。1999 年に独立し、

千葉県富津市でデータベースの構築や、Web サイト

制作、その他 DTP 関連の仕事をしていました。当時、

ADSL の普及が始まりましたが、富津市は一向に

ADSL が届く気配がなく、市の有線放送施設に

ADSL 基地局をつくるプロジェクトを仕掛けました。し

かし、富津市は財政非常事態宣言を発令した直後

で余裕がなく、それがきっかけで、市議に立候補す

ることになりました。以後、市議を経て衆議院議員と

なり、政治の世界に身を投じました。

――医療の世界に入ったきっかけを教えてください。

中後: 千葉県は、人口あたりの医師数・看護師数・

1 亀田メディカルセンター: 亀田総合病院を中心とした医療サー

ビス施設の総称

病床数などが全国平均よりかなり低く、南房総地域

では看護学校が閉鎖されるなど、2010 年の人口あ

たり看護師数は全国ワースト2位でした。亀田メディカ

ルセンターには約 1,200名の看護師・看護助手がいま

すが、地元の看護師育成が停滞すれば、地域医療

にも打撃となります。そこで当時、亀田グループで計

画していた看護大学の創設に議員として国会質問し

たことがきっかけで懇意になりました。その後、政治

活動の節目でお声掛けを頂き現在に至ります。

――亀田メディカルセンターの特徴を教えてください。

中後: まず、人口約 34,000人の鴨川市に職員数約

3,000名の規模の病院があるのは、奇跡的なことで、

経営の視点では、かなりのリスクです。経営層も昔か

らリスクを熟知し、危機感がありました。だからこそ、

先進的な挑戦を実行し、先陣を走り続けることで魅

力を高め、人を集めてきた病院です。

長年、地域医療の在り方を追求し、挑戦を続けて

きました。日本の病院にまだ電子カルテがない時代、

1995 年に電子カルテを稼働させています。厚生省

(当時)が『診療録等の電子媒体による保存につい

て』を通達し、電子カルテの使用を認めたのは 1999

年なので、その 4 年前になります。正しいこと、社会

がその方向に向かうと信じたことを損得抜きに実行し

てきました。救急、周産期など、採算が厳しい医療か

らも決して逃げません。私達が逃げれば地域の住民

Interview

4

地域の未来を創る亀田メディカルセンターの

AoLani プロジェクト

中後 淳 医療法人鉄蕉会 亀田メディカルセンター CIO

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地域の未来を創る亀田メディカルセンターの AoLaniプロジェクト

17

が本当に困るからです。そして、経営努力の継続に

より、財政的にも非常に苦しいですが、健全です。

地域医療から“街づくり”へ

AoLani プロジェクトの推進

―― AoLaniプロジェクトについて教えてください。

中後: 亀田メディカルセンターには独自に開発した

基幹システムがあり、私達がソフトの所有権を持って

います。現在の電子カルテ「KAI」(ハワイの言葉で

「海」という意味)は、院内のシステム部門が常に改

良・改善を続け、15 年も使っています。しかし、骨格

はネット時代以前のものです。当時の技術や通信環

境を前提に紙カルテを電子化・共有する思想で開

発したため、医療環境の変化による限界も見えてき

ました。そこで、数年間練ったコンセプトをもとに、新

しい電子カルテの開発プロジェクトを進めています。

名称は「AoLani(アオラニ)」です。

「AoLani」とは、ハワイの言葉で「青空を心地よく漂

う雲」という意味です。新システムはいつでもどこでも

情報を共有できるクラウド基盤を目指しています。情

報共有範囲は現在の医療の枠を超え、将来の変化

を織り込み、今後 15~20 年は進化を続けます。デ

ータは分散して保管・運用し、セキュリティと個人認

証、アクセス権限の制御により、必要な人が必要な

時に必要な情報を利用できるようにします。これは亀

田メディカルセンターの約 500名の医師が地域の病

院・診療所をバックアップするためのインフラです。

連携医療機関では同じレベルの診療が可能になり、

地域医療を底上げします。そして、国が掲げる地域

連携や地域包括ケア体制を、現場から形にします。

並行して、医療から、介護、行政、健康・生活サービ

スなどが連携する将来像を真剣に考えています。

「AoLani」のコンセプトは、EHRではなく、PHRをも

っと拡大したものになります。亀田メディカルセンタ

ーでは、2002年から患者さまが自分の電子カルテに

アクセスできる「PLANET」というシステムを運用して

います。私達は診療記録を医療機関と患者さまの共

同所有物と考え、患者さまが望めば当然の権利とし

て情報を開放します。その考え方を、さらに広い範

囲に広げるのです。

その根底には、地域の将来に対する強い危機意

識があります。南房総は少子高齢化・人口減少が激

しく、実際に限界自治体も出るかもしれません。人口

と患者数が激減すれば、亀田メディカルセンターの

規模は維持できません。それを食い止めるには、地

域の魅力を高める必要があります。医療を超えて、

人口と雇用の問題を考えなければ生き残れません。

――ほとんど“街づくり”の世界ですね。

中後: そうです。“街づくり”そのものです。亀田グル

ープでは議論の多くが“街づくり”に関係しています。

医療インフラの整備にとどまらず、地域に産業を興し、

地元の女子サッカーチーム(オルカ鴨川 FC)立ち上

げ、パラリンピックのトレーニング施設誘致、医療者

向けサーフィン大会(Kameda Cup)などにも真剣に

取り組んでいます。グループの社会福祉法人と看護

学生が独居高齢者を支援するアイデアや、進学・進

路を見据えた 0歳児からの 24時間 365日の子育て

環境整備など、既に医療の枠を超えた取り組みがた

くさん進められています。

中後 淳 CIO

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医療クラウド導入・活用ガイダンス

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AoLani プロジェクトの課題と

今後の展望

―― AoLaniプロジェクトの課題は何かありますか。

中後: 現場運用も含め試行錯誤しながら開発を進

めています。リリース後も、問題点を洗い出し継続的

に改善を続けます。最大の課題は多種多様な医療

機関や連携先に地域連携の仲間になって頂き、共

通の仕組みを使ってもらうことです。現実は連携先ご

とに様々なシステムを使う状況があり、調整しながら

協定を交わし、ネットワークを構築していくプロセス

は大変な仕事になると考えています。

――プロジェクトの今後の構想を教えてください。

中後: まず、今年度に新しい電子カルテを稼働させ、

来年度以降は介護施設、調剤薬局や新しい患者さ

ま用のアプリケーションと接続可能にしていきます。

日本は深刻な少子高齢化に直面しています。こ

れだけ衛生環境が整った社会における人口減少は、

歴史的に見ても特異なことです。この難局を乗り越

えなければ、国も地域も衰退します。おそらく、未来

を真剣に考えた地域が生き残ることになります。この

危機感を共有し、50 年後も南房総が先進的な地で

あり続けるために、今やるべきことを考えています。

当面は医療資源の有効活用がテーマです。トライ

アルを重ねながら、地域の診療所が病院の高度診

断機器・設備を共有し、病院の読影医が遠隔をサポ

ートすることなどで、どこでも最善・最適な診療を提

供できる「AoLaniネットワーク」を構築したいです。

クラウドに蓄積する情報は、診療記録から健康情

報や生活情報に広がり、データが価値を生み出す

方向に進むでしょう。情報が資産となり、社会に役立

ち、様々な発展につながります。過去の事業モデル

と全く異なり、集積する健康情報の価値を基盤とした

様々な新しいサービスが生まれると思います。

医療分野におけるクラウドの活用と

国・社会・地域の未来

――クラウドは医療にどう貢献できるでしょうか。

中後: 社会の情報基盤がクラウド化し、医療も同じ

方向に進むと確信しています。過去、お金は金庫で

保管するのが安全と考えられていましたが、現在は

銀行に預けるほうが安全です。データも同じで、自

前のサーバーよりも、データセンターのほうが安全に

なってきました。診療情報のクラウド化も必然的な流

れです。病院が自前で情報を管理するよりも、クラウ

ドのほうが安全という認識が浸透しつつあります。

マイクロソフト社の Office はオンプレミス版とクラウド版

があり、コストメリットとは関係なく、私達はクラウド版を選

択しました。最近、古いサーバーのHDDが故障し、デ

ータを失った事故がありました。自前サーバーでは珍

しくない話ですが、クラウドサービスがバックアップを怠り、

ハードの故障で顧客のデータを紛失したという弁明は

許されないでしょう。病院も自前でサーバーを管理す

るようなリスクを取る時代は終わりつつあります。

――プライベートクラウドとパブリッククラウドのコストや

メリットをどう考えますか。

中後: 先ほどの金庫と銀行の例え話と同じ価値観

の変化があり、「パブリッククラウド=危険」と認識す

る時代ではなくなってきました。銀行ならお金を失う

ようでは潰れます。クラウドサービスではお金が情報

に変わるだけで、どちらも大切な財産です。当然、セ

キュリティレベルを満たさないパブリッククラウドは淘

汰されるでしょう。データセンターの大規模化にとも亀田メディカルセンター(千葉県鴨川市)

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地域の未来を創る亀田メディカルセンターの AoLaniプロジェクト

19

なう価格競争力も強力な武器になります。

医療機関同士が連携する際、パブリッククラウドと

プライベートクラウドの違いを議論する以前に、いま

だに個人情報が含まれるデータを紙に印刷したり、

記録メディアに保存することのほうが問題だと思いま

す。USB メモリなどにコピーした瞬間にセキュリティレ

ベルが一気に下がります。銀行の送金も、現金を運

搬するほうが明らかに危険です。個人情報漏洩・紛

失などは、ほとんどが紙媒体や USB などに保存した

状況で発生し、ハッカーがデータを盗むような話は

全体では稀だと思います。簡単にハッキングされる

ようなクラウドサービスも淘汰されるでしょう。

――他の地域医療連携を推進する情報システムと

AoLani とのいちばんの違いは何ですか。

中後: 例えば、昔は様々なワープロソフトが乱立し、

標準規格も互換性もありませんでした。しかし、

Microsoft Word が登場し、最初は操作性に問題が

ありましたが、すぐに既存のワープロソフトに追いつ

き、Windows の普及と共に誰もが Word を使うように

なりました。圧倒的シェアで他のワープロソフトは淘

汰され、もう Word ファイル以外で文書を送られても

困りますよね。結局、統一されたことで便利になり、

様々な効率化、生産性の向上効果が出ています。

現在の電子カルテは昔のワープロ市場と同じ様相で

すが、今後、価格や販売方法などのブレークスルー

が起こるかもしれません。

一方、地域の医療連携において、データセンター

に情報基盤を構築し、SS-MIX2 で情報共有・連携し

ようとする動きも増えましたが、現場ではまだ利用が

少ない状況です。背景はWordファイルとPDFファイ

ルの関係に似ています。PDF はビューアで閲覧でき

ますが、Acrobatで Wordのような編集作業をする人

はいないでしょう。診療情報の共有・活用も同じです。

共通規格の SS-MIX2が PDFだとすれば、「AoLani」

は Word を目指します。もちろん、共通規格は重要

ですが、現場で使われるアプリケーションが共通化

されることによる利便性向上は、地域連携を考える

上でとても重要です。「AoLani」は電子カルテですが、

亀田メディカルセンターが医療連携を進めるための

ツールであり、他の電子カルテのように商品ではあり

ません。医療連携のためにアプリケーションを配布

できるのがいちばんの強みです。

――医療界や医療行政へのメッセージはありますか。

中後: 医療関係外から入った私から見ると、医療界

はやはり特殊な世界です。しかし、その点にこだわり

過ぎると日本の医療は世界から取り残されるでしょう。

行政も医療界も保守的な傾向があり、意識改革が

必要な部分もあります。IT の活用についても、もっと

将来を先読みした動きが必要です。リスクを過剰に

回避しているうちに少子高齢化が進み、気づけば手

遅れという顛末を危惧します。この国に石橋を叩い

ている時間はもうありません。まずは効率的に医療

連携を進めるために、医療界こそ、一日も早い統一

ID、マイナンバー制度の導入が必要です。

―― 「AoLani」にどんな気持ちを込めていますか。

中後: システム名称の「KAI」や「AoLani」はハワイの

言葉です。亀田メディカルセンターは様々な名称に

ハワイの言葉を使っています。戦後、亀田メディカル

センターを発展させたリーダーはハワイが好きで、病

院がある鴨川も太平洋に面したリゾートの雰囲気が

心地よい街です。過去、亀田メディカルセンターは

病院の魅力を高めて、医療従事者を育成し、患者さ

まを集めてきました。次は、南房総地域全体の魅力

を高め、地域の産業を振興し、人材を育成して地域

の未来を創りたいです。「AoLani」プロジェクトは“街

づくり”の仕事です。地域の未来を守り、この街を未

来に残すために全力を尽くします。

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20

プログラマー歴 45年、

語学の学習と、医療の仕事の効率化

――現在のお仕事をご紹介頂けますか。

樋口: 放射線科の画像診断が専門です。CT、MRI、

PET などの診断装置で撮影した画像を、臨床現場

で読影し、診断する仕事に従事しています。

―― ITに興味を持ったきっかけを教えてください。

樋口: 中学 1 年生の頃、大型計算機を使う機会が

あり、Fortran やアセンブラを覚えました。以来、プログ

ラマー歴はかれこれ 45年ほどになるでしょうか。高校

生の時にパソコンが発明されましたが、それ以前から

プログラムをつくっていたことになります。私のプログラ

ミングの歴史は大きく 2つの流れがあり、まず、IT とい

う言葉がなかった時代から、自分の勉強のために学

習用ソフトウェアを開発して使っていました。今で言う

E ラーニングです。もう 1つは医療の仕事の効率化で

す。納得できる市販製品がないため、現在、RIS と呼

ばれるシステムに相当するネットワークシステムを自

分で開発し、勤務する病院で使用していました。大

学病院でも業務 RIS として 10年ほど運用しました。

E ラーニングシステムの開発・運用と、

クラウド基盤としての Azure

―― E ラーニングシステムの特徴を教えてください。

樋口: 30年以上前のことですが、大学卒業後、英語

の勉強をやり直そうと思いました。昔から英単語を覚

えるのが好きで、手書きの単語帳から始まり、やがて

ワープロを使い、データ量が増えてからはデータベース

ソフトウェアを使うようになりました。それから PCサーバ

ーとシンクロするハンドヘルドコンピューターによるラーニ

ングソフトをつくり、通勤電車の中で単語を覚えていま

した。1995 年頃のことです。インターネットの普及とクラ

ウドコンピューティングの登場により、私のソフトもオンライ

ン・ユビキタス化して、2010 年から Microsoft の Azure

を個人で契約して使用しています。

日中は仕事に追われて、勉強する時間がありませ

ん。そこで、時間や場所に関係なく、通勤や隙間時

間でも勉強できる方法が必要になりました。学習の

興味を維持させつつ、学習者の根性や超人間的な

努力なしに楽に効率的に学習ができるようなシステム

を目指し、エキスパートな出題ができるサーバーシステ

ムと片手でも操作できる端末アプリを開発しました。

Interview

5

クラウド型ラーニングシステムの

語学・画像診断分野への展開

樋口 順也 国立病院機構 東京医療センター 放射線科 医長

樋口 順也先生

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クラウド型ラーニングシステムの語学・画像診断分野への展開

21

英単語学習を例に挙げますと、まず、学習はクイズ

形式で行います。単語が羅列された表を覚えるのは

苦痛でも「この単語、知ってる?」と聞かれると、つい

つい次々とやってしまうものです。また、もう 1 つの大

きな特徴は、一方的な出題だけでなく、解答成績を

サーバー側にフィードバックし、そのデータに基づいて、

それぞれの学習者に特化した最適な出題がされるこ

とです。超短期記憶、短期記憶、長期記憶のサイク

ルを意識した上で、それぞれのサイクルで解答成績

に基づいて必要であれば再出題されていきますの

で、学習者は何も考えずに「Next」ボタンを押し続け

て聞かれる単語クイズをやっていくと自然に多くの単

語を覚え、また、その語彙を維持していくことができま

す。具体的な出題アルゴリズムは非常に複雑です。単

なるクライアントサーバーでは不可能で、インテリジェント

なアプリケーションサーバーシステムをつくる必要があり

ます。自分自身の 20 年以上にわたる経験から現在

のアルゴリズムに到達していますが、各個人で細かい

パラメータを設定できますので、それぞれの人にあっ

た出題ができると思います。以前は PDAと PCサーバ

ーを使っていましたが、最近は Azure と Windows

Phone の組み合わせです。リアルタイムな双方向通信

が可能なため、世界中どこにいてもスマホで親指だけ

で単語学習ができます。僭越ですが、英単語は十分

に覚えてしまったので、今はフランス語やドイツ語の単

語をお遊びで覚えています。文字としての単語の他、

画像や単語や会話の音声を問題にすることもできる

ので、視聴覚をフルに利用して学習しています。

――語学以外の応用分野はありますか。

樋口: このEラーニングシステムを進化させる過程で、

コンテンツについての透過性を獲得しました。現在は

基幹部分については学習対象のコンテンツによらな

いでこの自動学習システムが動くようになっています。

画像診断医である私の場合、画像診断のスキルアッ

プに応用することは必然でした。コンテンツが英単語

から診断画像に変わっただけです。使い方も同じで、

画像が次々表示され、診断名を頭の中で思い浮か

べてからボタンをタップすると、正解の病理診断名が

表示されますので、正解/不正解を○×ボタンを押し

て記録し次の問題へと進んでいきます。こうするだけ

で画像診断能力を発展・維持することができます。

カンファレンスや研究会、学会などで症例を学ぶこ

とがありますが、大多数の場合、一期一会的な症例

との出会いで、画像の詳細の記憶は数週間しか持

続しないと思います。その意味では私の E ラーニング

システムは必要に応じて繰り返し出題されますので、

膨大な知識の獲得・維持という点ではより効果的で

はないかと思います。もちろん、カンファレンスや研究

会は「人に会う」など、他の面で優れた教育効果があ

りますので、これを否定するものではありません。念

のため誤解のないように申し添えておきます。

――なぜ Azureや Windows Phone を選びましたか。

樋口: 私は OS や開発環境など、自分が使うツール

への要求度が高いので、以前の一般的なホスティン

グサービスには魅力を感じませんでした。また、個人

で使うには高額だったこともあり、インターネットの利

用に躊躇していました。クレジットカードがあればす

ぐにWindowsサーバーが利用できるAzureが登場し

て事情が一変しました。以前は C++を主に使用して

いましたが、ここ十数年は Microsoft のアーキテクチ

ャ上でプログラミングしており、現在の開発環境は

Microsoft .NET Frameworkです。システム開発は本

業ではないため、開発効率が悪いものに手が出せ

ません。長年の経験に照らしても .NET の設計思想

や開発環境は非常に合理的で納得できます。病院

システムとしてもWindowsサーバーを使用していまし

たので、Azureは .NET環境で構築した資産をクラウ

ドで活かせる点も魅力です。また、Azure はデータス

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医療クラウド導入・活用ガイダンス

22

トレージの面でも、高機能なコンピューターホスティ

ングの面でも、クラウド基盤として信頼しています。

Windows Phone も同様に .NET 系の資産が活用

できます。スマートフォンとしては後発ですが、やはり

設計思想が合理的で、高機能なアプリをサクサクと

作成できます。タイルスタイルのデザインやインター

フェイスも好みだし、アプリの管理体制も安全です。

――今後、どんな発展を考えていますか。

樋口: この E ラーニングシステムは個人用としては

完成ですが、利用を希望する人が増えたため、現在

は多人数で使うための周辺環境開発を行っていま

す。簡単にコンテンツを登録できる機能のほか、iOS

や Android端末にも対応予定です。

Eラーニング用途の他、臨床では画像診断を支援

するツールに発展する可能性があります。クラウドに

蓄積されたいろいろな意味で価値の高い匿名化さ

れた症例を、臨床での画像診断時の支援ツールとし

て利用する用途です。画像診断のプロセスは簡単

に言うと、画像特徴を放射線診断医のヒューマンイ

ンターフェイスを利用して抽出し、鑑別診断と呼ばれ

る候補疾患名の数を段階的に絞っていく、ということ

になるかと思います。比較的稀な疾患になると、疾

患の鑑別の際、過去の特徴的な症例画像と対比す

ることが有益ですが、現状は教科書の写真と見比べ

るくらいしか方法がないと思います。E ラーニング用に

クラウドに蓄積された症例コンテンツの中から、瞬時

に適当な症例を手元のタブレットなりスマホに表示で

きると、外勤先の病院にいても読影支援が受けられ

ることになります。この支援ツールについては現在開

発中で、近々臨床現場でのテストを考えています。

Azure のよいところは、クラサバ時代のリレーショナル

データベースによる単純なサーバーではなく、真にスケ

ーラブルな非リレーショナル・ストレージと、頭脳にあたる

コンピューティングのホスティングがシームレスにクラウド上

に構築でき、それをベビーシットしなくてよい点です。

医療の多様なニーズと

システムをデザインする力

――システム業界への要望やメッセージはありますか。

樋口: 長年痛感することですが、医療情報システム

の導入時、やはり病院側は IT の知識が乏しいのが

現状です。自分達の課題を IT技術でどう解決できる

のかが分かりません。システムベンダー側は「仕様を

ください、仕様通りに開発します」とか、ひどいと「うち

のシステムの仕様に合うように業務のほうを変えると、

自動的にベストプラクティスになります」などという姿

勢です。IT のプロ以外は、ユースケースから仕様に

落とし込むノウハウがないんです。仕様がないと始ま

らないため、他の病院の仕様書を参考に何とか作成

しますが、実際の納入物が使いにくかったり、使い

物にならなかったり…。改修を依頼すると「仕様通り

に開発しました。改修はこの場合、何百万円追加で

す…」のような状況が多いのです。

システム業界は、古い開発スタイルから変わって

ないと感じます。特定の病院の要望で製品を開発す

る場合、まずプロトタイプを開発・提供し、修正や変

更をかけていくと思います。病院ごとに要望も少しず

つ違って、A 病院の要望に沿って直球勝負でシステ

ムを開発すると、次の B 病院に提供する時にツギハ

ギになり、C 病院への対応でさらにツギハギになり、

新規 D 病院のオーダーで「もうカスタマイズできませ

ん、このまま使ってください」…となります。

問題点として、最初のシステムデザインの悪さを私と

しては指摘したいと思います。A、B、C、それぞれ病

院の要望が少しずつ違うことを最初から想定するべ

きです。病院側は ITの知識に乏しいし、5~10年後、

医療を取り巻く環境や制度も変わります。健康や介

護も一体的に運用できるシステムが必要かもしれま

せん。最初のデザインに拡張性や変更の余地を織り

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クラウド型ラーニングシステムの語学・画像診断分野への展開

23

込み、変更が生じても最少コストで済むものをもとも

とつくっておくという発想が必要です。そうすれば修

正の労力やダメージを最小化できます。もちろん、

出来上がったシステムに柔軟性を求めると当然コー

ドは複雑化しますが、その労を惜しんで直球コード

を無理につなぐと、最後はスパゲティ状態です。

日本の IT 業界はそうしたシステムデザインレベル

でのノウハウが弱いと思います。「有名病院のフロー

をもとに開発しました。システムに合わせて業務フロ

ーを変えたほうが経営を効率化できます」と言われ

て、鵜呑みにする病院トップも多い状況ですが、

個々の顧客ベネフィットに最適化されていません。

寡占状態の医療 ITベンダーの都合で最適化されて

いるだけです。医療側にも、それを見抜く IT の専門

家が不足しています。

今後の医療分野における

クラウドの可能性

――今後、医療分野でどんなクラウドサービスが実現す

ると便利だと思いますか。

樋口: 例えば、患者が自動車で都心の病院に行く

時、到着間近のタイミングで病院駐車場の空き状況

を確認できれば便利ですよね。また、初診の際、ど

の診療科がよいのか分からない人も多いと思います。

受診後、検査し、診断してから治療方法を決めます

が、初診日に検査を予約し、検査日に再来し、後日

結果を聞きに来るようでは時間と手間がかかりすぎ

です。特殊な疾患を除けば、インターネットとクラウド

上のエキスパートシステムを利用して来院前に、例

えばどうせやることになる検査を先に予約し、事前に

検査を受けてその結果が揃った状態で初診の診察

に臨めばすぐに診断と治療ができるでしょう。現在の

IT技術ならば実現可能だと思います。

さらに飛躍すると、自分がどの病院に行くべきか、

住所と近隣の医療機関情報、症状タイプから IT 技

術でナビゲーションすることも可能だと思います。ク

ラウドはそんな仕組みの実現に貢献できます。病院

の中だけを見ても、膨大・複雑にヒト、モノ、情報が動

く特殊な世界です。医療は合理化の余地が大きく、

それを実現するのが ITの役割です。

――クラウドは、今後の医療にどう貢献するでしょうか。

樋口: 医療分野でクラウド化を推進するメリットは大

きいと思います。院内の連携や施設間連携で、従来

のシステムは施設内にサーバーを置き、電子カルテ

や各部門システムを何とか頑張って接続してきまし

た。システムの維持コストやメンテナンス性はクラウド

のほうが断然有利です。端末選定の自由度やアクセ

スの利便性も高まります。震災時のデータ保護の視

点でも、クラウドは威力を発揮します。もう自前でサ

ーバーを調達してオンプレミスで管理する理由がな

くなりつつあります。現在のオンプレミスのサーバー

を仮想化してクラウドに移行するだけでも意味があり

ます。クラウド化を進めるべきでしょう。

セキュリティや個人情報の問題が指摘されますが、

技術的には解決可能です。むしろ、技術よりも社会

的な認知の問題です。患者の診療データを商用サ

ービスの情報と同列に扱ってよいわけではありませ

んが、運用の工夫次第だと思います。少し前は社会

全体がもっと保守的でしたが、今は誰もがスマホを

持ち歩き、便利で魅力的なクラウドサービスが生活

に浸透しています。もう、それ以前の時代に戻れな

いでしょう。リスクとベネフィットを考えれば、今後も社

会全体の認識がさらに前進していくと思います。

Windows Phone と Azure

による画像診断セルフラーニングシステム

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医療 IT 分野の人材育成と

システム導入のプロジェクトマネジメント

――現在のお仕事や経歴をご紹介ください。

宮原: もともと外科医ですが、現在の仕事は教育と

研究が中心で、川崎医科大学附属病院の情報シス

テムの実務も担当しています。

インターネットが商用化される前から、京都大学に

Web 環境があり、サーバー用システムを開発しまし

た。その後、インターネットが商用化され、1995 年、

医学部の大学院生の時に起業しています。音楽配

信ビジネスやコンサートホールのチケット予約システム

などを手がけました。京大病院の外科医になった時、

会社を家族に譲り、現在も事業は継続しています。

外科医として臨床に従事しながら、IT 分野の経験

を買われて、病院のシステム関係の仕事を多数引き

受けました。神戸市立医療センター中央市民病院に

勤務していた時、新病院建設にともなうシステム構築

を任されました。院内 45 部門のシステム構築を含む

大型プロジェクトです。プロジェクトは 2005 年から始まり、

最初に着手したことが、医療 ITの人材育成です。

――なぜ、人材育成から開始したのでしょうか。

宮原: 医療 ITに精通する人が現場で不足していた

からです。そこで、院内の薬剤師や事務職員などに

勉強してもらい、日本医療情報学会の医療情報技

師の試験を受験してもらいました。院内に約 40 名の

合格者が誕生し、彼らに各部門システムを構築する

サブリーダーになってもらい、開発・構築を進めまし

た。その後、医療 ITの人材教育やシステム導入のプ

ロジェクトマネジメントが私の研究テーマの 1 つにな

っています。

現在も医療情報分野は人材不足です。医療情報

技師の合格者は約 1万 4千人、約 6割は IT業界の

合格者で、残りの約 4割が医療従事者です。資格を

持っていても全員が実務に耐えるわけではありませ

ん。現場の従事者は、現場の業務フローを知ってい

ますが、それをシステム要件として仕様書に落とし込

むスキルが必要です。

最近は電子カルテもパッケージ化され、ベンダー

側の提示メニューから機能を選択する導入方式が

多いと思います。現場では放射線技師などがシステ

ム担当を兼任することもあり、専任担当者がいない

病院もあると思います。病院は部門ごとに業務フロ

ーが異なり、システムへの要望も様々です。システム

導入時、自分達の業務フローにこだわり、コンフリクト

が起こりますが、その調整もプロジェクトマネージャ

ーの役割です。

――現在の職場では、どんな取り組みがありましたか。

宮原: 川崎医科大学では、院内システムが停止し

ないための運用サービスを整理しました。インシデン

ト管理だけでも明確にする必要があり、ITILに基づく

Interview

6

地域医療連携のクラウド基盤と

人材育成、課題、現場のニーズ

宮原 勅治 川崎医科大学 医療資料学 准教授

川崎医療福祉大学 医療福祉マネジメント学部 教授

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地域医療連携のクラウド基盤と人材育成、課題、現場のニーズ

25

障害対応マニュアルを整備しました。また、ベンダー

が稼働中のシステムに修正やバージョンアップをか

けた後にシステム障害が起こりやすく、それを回避

するため、事前に正確な手順書を準備することでシ

ステム障害は激減しました。多くの病院は、こうした

実務を経験的に何とかこなしています。SLA(Service

Level Agreement)を明確に定め、体系化・文書化す

る病院もまだ小数です。システムのクラウド化を進め

る際も、ベンダー側とサービスレベルを調整したり、

提示されたサービスレベルを正確に読み取れる人

材が病院には不足しています。

地域医療におけるクラウド活用の

現状・課題とセキュリティ

――地域医療のクラウド活用状況を教えてください。

宮原: 医療分野のクラウド活用は、病院内、病診連

携、薬局や介護も含む地域連携など、いくつかの段

階があります。既に中小病院向けに、クラウド型の電

子カルテや PACSが登場しています。

2013年度までに、多数の地域医療連携ネットワー

クが全国に構築されました。岡山県は約 50 の中核

病院が参加する「晴れやかネット」が立ち上がり、現

在は病診連携中心ですが、今後、薬局も参加予定

です。これらもクラウド基盤で、各病院にレポジトリが

あり、ゲートウェイ経由で診療所がアクセスするネット

ワークを形成しています。

地域医療連携ネットワークは、今後、二次医療圏

を超えてネットワーク同士を接続する構想があります。

それを 2011年から内閣官房のタスクフォースで議論

してきました。現在は病院と診療所をつなぐインフラ

が動き出した段階で、まだアクセス数も実際の使用

頻度も少ない状況です。川崎医科大学附属病院も

「晴れやかネット」に参加していますが、診療所が病

院のデータにアクセスする頻度はまだ 1 ヵ月に 20~

30件程度です。

今後は中核病院同士のネットワーク連携も進み、

診療所や薬局、介護施設が連携先の中核病院を経

由して、他の中核病院のカルテにもアクセスするよう

になるでしょう。認証方法やアクセス権限の制御、

個々の病院のセキュリティレベルの差を埋める方策、

情報提供の範囲・レベルなどを決める必要がありま

す。他の病院と連携する診療所が、病院同士の接

続を経由してアクセスしてくるため、顔を知らない診

療所との信頼関係をどう築くのかも議論が必要です。

内閣官房『二次医療圏を超えた地域連携における

標準的なアーキテクチャ』の報告書でスキームを提

示し、その方向に進むと思いますが、具体的なスケ

ジュールなどはまだ明示されていません。

――医療連携ネットワークの参考事例はありますか。

宮原: シンガポールは国家レベルの医療情報ネット

ワークをわずか 2 年で構築しました。国立病院 8 施

設、民間病院 4施設、計 12病院が高速回線でつな

がっています。

日本の医療連携ネットワークは、多くの場合、病

院は専用回線で常時接続し、診療所は IP-VPN で

接続しています。一方、シンガポールはネットワーク

を MPLS(Multi-Protocol Label Switching)で構築し

ました。MPLS はラベルスイッチング方式のパケット

転送技術です。データ転送の際、ネットワーク上の

宮原 勅治先生

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医療クラウド導入・活用ガイダンス

26

住所に該当する情報をタグ付けできます。通信イン

フラにタグ情報を付与することで、例えば病院のネッ

トワーク、病院の特定の診療科目のネットワーク、薬

局のネットワークなど、非常に高い自由度で VPN ネ

ットワークを簡単に構築できます。今後、ネットワーク

に診療所や、薬局、介護施設など、あらゆる施設が

つながり、自由自在に範囲・階層を区分けしながら

ネットワークが進化します。

また、シンガポールは国民ナンバーを利用して患

者 ID を運用しています。1 人の国民に対して、病院

IDや診療科 IDとの組み合わせで、本人が過去受診

した病院、診療科、日時、担当医師など、様々な情

報をたぐり寄せできます。患者 ID自体が複合的な構

造なので、トレースも容易です。このプロジェクトのマ

ネジメントも素晴らしかったように聞いています。日本

は人口規模も歴史も制度も異なり、単純に比較でき

ませんが、現状は国民 IDが存在しないため、シンガ

ポールの模倣は不可能です。病院が個別に診察券

を発行し、個人認証や名寄せも困難です。インフラ

整備だけでは足りないのですが、これまで、医療の

統一 ID はいつも話が出ては消えてきました。そろそ

ろ医療にも統一 IDを導入してもらいたいものです。

――セキュリティはどんな注意が必要ですか。

宮原: 日本の医療は ITネットワークのセキュリティに

厳しい条件を設定しています。米国は HTTPS でも

OK ですが、日本は SSL-VPN レベルは認めず、

IPSec-VPN以上としています。

医療分野でもスマートフォンやタブレット端末の運

用が増えていますが、注意が必要です。これらの端

末は月額 2,500円程度でVPNを設定できます。しか

し、公衆回線や Wi-Fi スポットで医療情報を送受信

しても疑問を持たない従事者が多いと思います。こ

れはガイドラインの基準を満たしませんが、盲点にな

っていると思います。

地域の在宅医療・看取りと

チーム医療を支えるクラウド基盤

――今後、医療クラウドはどんな方向に進みますか。

宮原: 今後、医療は在宅にシフトし、在宅の現場を

支えるクラウド基盤が重要になります。日本の死亡者

は年々増加し、2060 年頃に年間約 160 万人が亡く

なります。一方、病院の病床数は減少し、その結果

あふれた約 47万人を在宅で看取ることになると推定

されています。

在宅の看取りを支えるのは診療所の開業医(かか

りつけ医)です。かかりつけ医は昼夜を問わず往診

に奔走し、深夜でも看取りに駆けつけます。かかりつ

け医が 1 人で在宅の診療にあたるのは無理があり、

かかりつけ医によるチーム医療に移行します。そこ

で、診療所同士が患者情報を共有できる簡単・迅速

なクラウド基盤が必要になります。

全国に構築されている地域連携システムがその

役割を果たせるかは疑問もあります。多くの地域連

携システムは、ハイスペックで大がかりです。診療所

は病院の画像データや電子カルテのデータなどに

アクセスできますが、看取りにそこまで必要な状況は

限定的です。そこで、小回りの利くクラウドサービス

やスマート端末を活用すれば、現場が動くと思いま

す。かかりつけ医が在宅医療で必要とする情報は、

主に病名、服用する薬剤名、血圧や脈などの推移、

状態です。開業医同士が過不足ない範囲の適切な

データを簡単・迅速に共有できれば、在宅の看取り川崎医科大学付属病院(岡山県倉敷市)

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地域医療連携のクラウド基盤と人材育成、課題、現場のニーズ

27

が可能だと思います。

日本で医療圏を越えて移動する高齢者患者はさ

ほど多くなく、激しい流動化は考えにくいと思います。

地域の実情に合うクラウド基盤を立ち上げることで、

在宅医療をサポートできます。病院との情報共有・連

携も、簡単で使いやすい仕組みにニーズがあると思

います。病院の患者は 8割以上が車で 30分以内の

距離に暮らしています。診療所の医療圏はもっとコン

パクトで、システムもその範囲で考えればよいでしょう。

つまり、エリアごとにニーズに合ったクラウドサービスの

棲み分けが可能です。それを地元企業が構築し、保

守し、地場産業として根付けば安定すると思います。

巨大な予算で大がかりなシステムを構築して満足す

るのではなく、現場の視点で考えていくべきです。

高齢化が進み、徘徊する認知症高齢者の問題が

深刻化しています。病院で認知症患者が行方不明

になると、看護師や事務職員を動員して探し、深夜

の場合は警察に連絡して大変な騒ぎになります。家

庭でも 30分目を離しただけで行方不明になるなど、

家族も大変です。この状況に対して、例えば簡易な

ウェアラブルデバイスの GPS 情報とクラウドサービス

が連携できれば、認知症高齢者や家族の支援に役

立つと思います。地域の在宅医療・看取り・訪問介

護・見守りサービスなどがクラウドを介して連携できる

と思います。

クラウドサービスのヒントは

現場の中にある

――医療界や IT 業界は、未来を担うクラウドサービスの

ヒントをどうやって探していけばよいでしょうか。

宮原: 医療現場の課題やニーズは、IT 業界の商機

に満ちています。もっと現場を見て欲しいと思います。

現場の要望は、すぐ開発できる簡単なシステムかもし

れません。それでもデバイスの開発・販売で終わるの

ではなく、業務フローや運用方法に踏み込むことで、

関係者が幸福になるシステムにつながると思います。

社会の高齢化、そして認知症高齢者の増加によ

って、医療分野は診療以外の仕事が大変になります。

独居高齢者が増えると、手術の説明も自治体職員

や民生委員の同席をお願いすることがあります。治

療すれば終わりではなく、患者を在宅に戻して、生

活のサポートまでを考えていかなければなりません。

これは時間と労力がかかり、医師や看護師、ケアマ

ネジャーらが全て背負うのは無理でしょう。この難局

を乗り越えるための体制、人材、ITインフラの構築が

地域包括医療としての課題の 1つです。

高齢、独居になると、深夜に病気や症状の不安が

増し、少しの発熱や軽症でも救急車を呼ぶ人が増え

ています。ここも IT 技術やクラウド基盤で解決できる

ことがあるはずです。例えば、画面を手で触れただ

けで指紋などで認証され、自治体の見守りネットワー

クや訪問介護・看護などのネットワークにつながり、

当番医師や看護師が相談にのるアイデアも、救急

出動を減らす効果があると思います。高齢者が特に

操作しなくても個人を認証し、関係者が瞬時に必要

な情報をクラウドで共有できるような仕組みも考えら

れます。ネットワーク対応のセンサーやスマート端末

が活躍する分野だと思います。IT 技術をフル活用し

ながら、IT に弱い高齢者が馴染める工夫が重要で

す。国の予算は大規模で高度なシステムに予算を

投じがちですが、現場が切望するのはもっと簡単で

軽いシステムだと考えています。その業務フローに

踏み込み、仕事とインセンティブが流れるようなクラ

ウドサービスに価値があると思います。

救急外来や病棟の現場は様々な課題を抱えてい

ます。現場の課題やニーズと IT 技術・システムが出

会うことで、新しいクラウドサービスの世界が発展しま

す。さらに、運用に踏み込むことで、それが人を動か

す力になると思います。私もそんな未来を現場の視

線で一緒に考えていきたいと思います。

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28

電子医学書の Web 展開、

病棟用オーダエントリシステムの開発

――現在のお仕事や経歴をご紹介頂けますか。

美代: 2013年 4月に東大病院・企画情報運営部の

部長に就任し、病院の情報システムを統括していま

す。システムの開発や運用は、それ自体が私の研究

でもあり、日々、新しい機能を開発しながら、全体の

中長期ビジョンも策定しています。

もともとコンピューターが好きで、機械語でゲーム

をつくるような小学校時代を過ごしました。東大の医

学部保健学科を卒業し、大学院生の時、1997 年に

『ハイパー臨床内科』(中山書店)という電子医学書

の制作に携わりました。当時、EPWING 形式の電子

辞書はありましたが、PC用の独自アプリケーションに

よる医学書は珍しかったと思います。著名な執筆陣

による膨大なコンテンツを CD-ROM に収録し、その

閲覧ソフトウェアをプログラミングしました。その後、

そのコンテンツを利用したWeb版を企画しました。当

時の出版業界はコンテンツをサービスとして提供す

る形に及び腰でしたが、最終的に大手の医師向け

情報サイトで提供しました。これからの教科書は何年

もかけて制作し紙の上に固定化するのではなく、イ

ンターネット上の信頼のおけるコンテンツと連携する

ことで最新情報を動的に提供するのが未来の姿だと

予感し、私の修士論文のテーマにもなりました。

その後、2001年の新病棟建設に向けたプロジェクト

に参加し、新病棟のオーダエントリシステムの開発に

携わりました。日本のオーダエントリシステムは、処

方をオーダーすると倉庫から病棟に薬が届くように、

院内物流と密接に連携しているのが特徴です。しか

し、処置に使う、カテーテルや消耗器材、鋼製小物

など医療器材までも連携しているシステムはなく、こ

れら物品を適切に管理できないために病棟倉庫の

在庫が増大することが問題化していました。そこで、

新システムでは処置の指示を入力すれば、処置に

使う物品もそのオーダーと連携して病棟に届く仕組

みにしました。病棟に大きな倉庫を設ける必要がなく

なり、現在も最低限の病棟在庫で運営しています。

また、このシステムは、病床の稼働率の向上にも

貢献しています。東大病院では病床の約4割を共有

Interview

7

医療情報システムの研究開発と、

クラウドで変わる医療の未来

美代 賢吾 東京大学大学院 医学系研究科 准教授

東京大学医学部附属病院 企画情報運営部 部長

美代 賢吾先生

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医療情報システムの研究開発と、クラウドで変わる医療の未来

29

床とし、空きがあれば診療科を問わず患者を受け入

れています。通常であれば、全ての病棟に全ての診

療科で使用する物品の在庫が必要になりますが、こ

の処置オーダシステムを用いることで、個々の患者

に必要な物品が毎日供給され、病棟在庫の縮減と

共有床の運用という相反する課題を解決し、高い病

床稼働率を維持しています。

先駆者としてのシステム開発と、

データ活用や企業との共同研究

――東大病院のシステムの特徴を教えてください。

美代: 東大病院は、まだ病院情報システムがメイン

フレーム中心の時代だった 1994 年に、大江和彦教

授が中心となってクライアントサーバー構成のシステ

ムに移行しました。当初は UNIX で開発し、現在は

Windows を中心とした構成です。院内ネットワークは、

Cisco も含めて ATM(Asynchronous Transfer Mode)

一色だった 1998年に、私達は将来を見越してギガビ

ットイーサで院内の高速ネットワークを構築しました。

電子カルテ、オーダエントリシステムなどは企画情

報運営部を中心に開発しています。現在、データベ

ースはパッケージ製品を導入していますが、上位の

ユーザーインターフェイスは独自に開発し、病院運

営に合わせて自由度を高めています。最近では、法

制度や診療報酬の変化に素早く対応するために、

パッケージ製品の導入も検討しています。

――最近はどんな研究開発テーマがありますか。

美代: システムの使い勝手、データ活用方法、デー

タの保存方法・形式、安全性の研究などに注力して

います。同じ用途のシステムでも、ベンダーによって

操作感が全く異なります。例えば、処方オーダーの

場合、処方箋発行までに必要なクリック数は9~14ク

リック、マウス移動距離は 2,300~4,900 ピクセルもの

違いがあります。1 つの操作としては数秒の差です

が、1日積み重なれば大きな時間の差になります。こ

れまでは多機能化を目指してきましたが、今後は使

いやすさにもっと重点を置くべきと考えています。

一方で、ただ単に速く入力できればよいわけでは

ありません。処方プロセスの途中で立ち止まり、確認

に必要なクリックもあります。医療現場では情報シス

テムによる事故防止が期待され、それを目指して開

発されてきましたが、最近では、逆に情報システムが

原因で起こる事故も注目されています。医療事故の

種類・内容、システムによる防止方法などは今後も

引き続き注目される研究テーマと考えています。

また、蓄積された医療データの活用の環境整備

にも取り組んでいます。データを活用しやすい形で

保存・蓄積し、診療科からのデータ抽出の依頼に対

応しています。今後は、医学研究のさらなる発展の

ために、医師や研究者が自分でデータを抽出・取得

できる仕組みを整備したいと考えています。一方で、

著名な方の入院も多い東大病院では、単に ID のマ

スキングなどの一般的な対策だけでは、セキュリティ

やプライバシーの面では十分とは考えていません。

ユーザーへの検索・抽出機能の提供には、細かい

仕組みや設定をもっと詰める必要があります。

東大病院は、企業と共同の研究開発にも取り組ん

でいます。一例を挙げると、現在、ある企業と次世代

処方用量警告システムを共同開発しています。処方

箋発行時の病名と処方薬剤の適用病名の不一致の

警告システムは既に運用していますが、処方用量の

チェックの部分に課題があります。医師は添付文書

に記載されている用量を目安に病態によって増減さ

せます。添付文書の数値を厳格に基準とする現状

のロジックでは警告が出過ぎてしまい、臨床的に意

味のある警告となりません。過去の処方データを統

計処理し、適宜増減の幅を推定し、その範囲からの

逸脱を警告するロジックを共同で開発しています。

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医療クラウド導入・活用ガイダンス

30

情報システム、クラウドの課題と、

セキュリティ、インフラ整備

――システム製品やクラウド技術の課題はありますか。

美代: 使いやすさの進化が必要だと思います。シス

テム業界の SEは論理的で、ツリー構造のような見せ

方を好みますが、開かないと中が分からず、便利と

は言えません。論理的に構築した大きな階層を順に

選択させるのではなく、医療従事者の思考や、現場

の業務の流れに応じた画面展開や情報の提示を検

討して頂きたいと思っています。例えば、蓄積された

患者情報を用いれば、かなり的確に絞り込んだオー

ダー支援が行えると思います。

医療者の負担を抑える視点も重要です。クラウド

を活用して、自宅でも患者情報を見ながら指示でき

る機能は、医師にとって便利で、患者にとっても有益

かもしれません。しかし一方で、医師を常に拘束する

ということにもつながりかねません。全体的な視点で

医療従事者の負担と、患者メリットのバランスを考え

ていく必要があると思います。技術的な未来のビジョ

ンだけでなく、情報共有が進んだ時の医療の在り方

も一緒に議論する必要があるでしょう。

セキュリティについて、一般論とは別に課題だと感

じることは、医療従事者が個人で購入し使用する PC

です。患者の症例を自分で入力し保存することを、

物理的には防ぐことはできせん。結局は教育というこ

とになりますが、このような情報リテラシー教育が学

部カリキュラムや入職時研修でもっと必要だと考えま

す。個人PCは病院の管理対象外ですので、管理者

というよりは、教育者としての課題だと思っています。

医療の情報化の推進という観点からは、国や自治

体の支援も重要と考えています。これまでは、特定

の事業そのものに補助金を出すことが多く、補助が

終わると事業が停止する事例も散見されました。日

本全体の視点では、個別の取り組みではなく、共通

インフラに投資して欲しいと感じます。栃木県のある

市民病院では、山間地にある 5 ヵ所の僻地診療所と

連携するシステムを構築しています。構築にあたり、

数年前に市が共通インフラとして市内各所に敷設し

た光ファイバー網が非常に役立ちました。以前は検

査依頼から報告書の到着まで 2 日かかりましたが、

現在は検査終了後すぐにネットワークで伝送できます。

こういった物理的な共通インフラの整備に加えて、規

格の標準化や医療用語・コード集を含めた医療情

報活用のためのインフラ整備にも期待しています。

情報システム導入の効果と、

クラウド活用のメリット

――ITやクラウドは医療にどう貢献するでしょうか。

美代: 将来はクラウド基盤の中でシステムが稼働し、

院内システムはネットワークがつながらない時のバッ

クアップになるかもしれません。昔は医師の手元に

紙のカルテがありましたが、現在は物理的なデータ

の保存場所を知らなくても診療できます。データを

安全に管理し、必要な時にアクセスでき、データのコ

ントロール権限があれば問題ないわけです。ネットワ

ークの信頼性が確保されれば、ネットワーク越しにサ

ービスを提供することが、医療の分野でも当たり前の

時代になると思います。

私は、地方の複数の病院の IT 化にも携わってい

ます。先述した栃木県の病院は、医療崩壊により

2007 年に常勤医師が全員辞職しました。当初は院

長 1 人が奮闘されていましたが、徐々に院長の友人

や知人の医師が集まり、病院を存続することができ

ました。高齢の医師が多い病院になりましたが、院

長の要請で、何もなかったところからオーダエントリ

システムと電子カルテを導入しました。システム導入

は、業務効率化や医療サービスの向上の他に、導

入プロジェクトによって職員が団結し、組織を変える

効果があります。組織の一体感が高まり、現在、その

病院は見事に復活しています。近隣にコンビニや飲

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医療情報システムの研究開発と、クラウドで変わる医療の未来

31

食店もでき、周囲に住宅街が広がっています。地方

の病院は地元の大きな産業です。雇用の受け皿とし

ても大きく、地元の女性の活躍の場が増えます。

このような中小規模の病院には情報担当の専属

部門がなく、医事課や総務課の職員が兼任していま

す。最近ではパッケージ製品の完成度が上がり、維

持管理の手間は減りました。それでもハードの管理

は残ります。院内に電算室を設置すれば、管理担当

者を決めて電源、空調、防火・防災対策、セキュリテ

ィなど、一気に仕事が増えます。システムがクラウド化

されれば、サーバー管理から開放されますので、中

小規模の病院には大きなメリットがあると考えます。

――クラウドにつながる端末は、どう発展するでしょうか。

美代: 無線化が進むことと多様化が進むことだと思

います。病院に無線 LAN が普及し、看護師の業務

風景はずいぶん変わりました。ベッドサイドで無線接

続の端末を使ってバーコードを読み取るのは今では

普通の風景です。今後は無線充電にも期待してい

ます。また、東大病院では、デスクトップ PC とノート

PCの 2種類を使っていますが、将来は、使用する端

末は、個々の作業環境や医療従事者の嗜好によっ

ても多様化していくでしょう。

先日、台湾の企業から医療現場で使うタブレット

端末のサンプルを受け取りました。OSはWindows 8

です。端末を手に保持する際、落ちにくい専用のア

クセサリを開発するなど、かなり医療現場を研究して

開発しています。端末のサイズや機器の機能面での

ディスカッションをしています。我々の意見を取り入

れ、改良をすぐに検討するなど、軽快なフットワーク

の対応が印象に残っています。ハードウェアのカス

タマイズの自由度が高いのがWindows 8搭載タブレ

ットの魅力ですので、日本のメーカーもニーズに素早

く対応して開発していく姿勢が重要だと思います。

――医療分野で、クラウド普及をどう進めればよいでしょ

うか。将来、医療はクラウドをどう活用しているでしょうか。

美代: 専門家が「クラウド」と声高に語っているうち

は、まだまだハードルが高いということです。多くの

病院管理者はクラウド自体を十分に理解できないた

めに、導入に躊躇する状況もあると思います。大学

病院はそのリスクとベネフィットを自身で評価できま

すが、一般の病院ではまだまだ難しいのではないで

しょうか。医療用クラウドサービスの安全性や品質を

認証する制度をつくり、認証取得したサービスの中

から選ぶというような、病院管理者が安心して導入で

きるような仕組みや制度が必要だと思います。

汎用機の時代、ホストコンピューターにつながる端

末は画面表示とキーボード入力だけの存在でした。

現在はクライアントサーバーシステムになり、未来は

再びホストと端末の関係に回帰すると思います。つ

まり、端末機能は表示と入力だけで、システムやデ

ータはクラウドにある、という世界です。診療でも、端

末は目的や好みに応じて自由に選択でき、病院は

タブレット端末やスマートフォンをシンクライアント端

末のように運用できると思います。端末の機能は表

示・入力とセキュリティ機能に集約され、個人の端末

でアクセスできれば、研究者にとっても利便性が非

常に高まります。そして、端末の多様化に対応して、

技術や端末を問わない、より汎用的でまた直感的な

使いやすいユーザーインターフェイスが発展してい

くことを望みます。

医療現場用 Windows タブレットの試作品

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循環器内科医、戦略コンサルタントから

在宅医療の道へ

――在宅医療に進んだ経緯を教えてください。

武藤: 循環器内科医になり、カテーテル治療で患

者の命を救う仕事に没頭しながら、大学院で基礎研

究にも取り組みました。しかし、医師になって 10年経

つと、医師としてのキャリアパスも見えてきます。私は、

元気になった患者や家族が喜ぶ姿を見ることにより

やりがいを感じました。いつしか、人を幸せにし、社

会全体を望ましい方向に変える仕事を求めていたの

です。社会全体を変えるための全体観、戦略思考

や問題解決力をつけるため、知人から「実務経験を

積むほうがよい」とアドバイスされ、マッキンゼーの門

戸を叩きました。そして、医療業界を俯瞰しながら仕

事に打ち込む中、次の道が見えてきたのです。

「超高齢社会」という、最大の課題が念頭にありま

した。次に、ゼロから最初の 1 を生み出す挑戦を望

みました。戦略コンサルティングで学びを得ましたが、

戦略を立案しても顧客が計画通りに実行できるとは

限らず歯がゆく感じることがありました。また、プロジ

ェクトでの期間が限られた関係よりも、受ける人(顧

客・患者)に寄り添うことができる事業をつくりたいと

思いました。そして、在宅医療という結論に至り、

2010年 1月に祐ホームクリニックを開設しました。

在宅医療に身を投じて、患者さんのお宅に訪問

すると厳しい環境に住む高齢者の多さや介護生活

の深刻さに驚きました。急性期病院では、意識して

いなかった光景です。高齢化が進めば、同じ境遇の

人達がさらに増加します。医療だけでなく、介護や

生活面も支援するサービスプラットフォームが必要

です。そこで、民間企業や様々な関係者と連携体制

を築くために、2011年 1月に『高齢先進国モデル構

想会議』という組織を設立しました。東日本大震災後

は、被災地が 10 年後の日本の姿を示している様子

を目の当たりにし、2011年 9月に宮城県石巻市にも

診療所を開設しました。現在、東京都文京区と宮城

県石巻市の 2拠点で在宅医療に取り組んでいます。

在宅医療と多職種連携、

それを実現するクラウド基盤

――クリニックの体制や特徴を教えてください。

武藤: 祐ホームクリニックは東京都文京区千石にあ

り、文京区、北区、荒川区、豊島区などを中心に在

宅医療を展開しています。医師が常勤・非常勤合わ

せて約 30名、看護師は約 10名、ケアマネジャー/

ソーシャルワーカーなどの専門資格職が数名、他に

事務スタッフで構成されます。患者数は常時約 750

人。これまで2,000人以上の患者を診療し、350人以

上を在宅で看取りました。

2014 年 9 月に組織を刷新し、経営本部、診療本

部、教育本部、研究本部の 4 本部体制としました。

診療本部には、看護師が常駐する在宅医療連携部

Interview

8

在宅ケアを支えるクラウド基盤と

医療・介護・生活サービスの融合

武藤 真祐 医療法人鉄祐会 祐ホームクリニック 理事長

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在宅ケアを支えるクラウド基盤と医療・介護・生活サービスの融合

33

があり、患者の問い合わせに対応しながら訪問看護

師やケアマネジャーなどと連絡・調整し、医師に報

告を取り次ぐ情報のハブとして機能します。また、診

療にともなう様々な書類も事務部がドラフトを作成し、

医師は確認・修正するだけで済みます。

――在宅医療でどんな ITシステムを使っていますか。

武藤: 「在宅医療クラウド」と呼ぶシステムを独自に

開発して運用しています。患者が東京だけで 550人

もいると、複数の医師が同時に訪問診療を行うことと

なり、オペレーションは非常に複雑化します。

そこで、まず訪問ルートの最適化を行えるようにし

ました。患者情報を入力すると必要な情報がシステム

の地図上にバルーンで表示されます。バルーンをクリッ

クでつなぐと自動的にルートを作成し、モバイル端末

やカーナビに同期して最適なルートで訪問できます。

次に、タスク管理機能があります。仕事を管理し、

訪問時にカレンダー、患者リスト、タスクリストを確認

しながら、訪問診療を遂行できます。これは診療の

質を担保し、不必要な再確認をなくし効率的に遂行

するための機能です。PC やモバイル端末とクラウド

基盤がリアルタイムで同期し、情報を共有できます。

例えば、記入した処方箋のドラフトをカメラで撮影・

送信すると、院内スタッフが処方箋を完成させます。

訪問先の診療チームと同時に院内のアシスト業務が

動きます。電子カルテも VPN を活用したクラウド型を

採用し、診療所から遠隔の環境でもカルテ入力が可

能となっています。

2014 年 7 月、石巻にメディカルクラークセンター

(MCC)を設置しました。MCC は法人全体の事務支

援を担当し、月初レセプトのチェック、会計事務業務、

郵送業務、医師のカルテ入力(ディクテーション)な

どをアシストします。ディクテーションとは、医師が移

動中に電話でカルテに記入する内容を録音し、ほ

ぼ同時に MCC が電子カルテに入力補助する仕組

みです。これにより、医師はカルテのドラフトを確認・

修正するだけで済み、医師の電子カルテ入力時間

削減につながります。事務作業を MCC に集約した

ことで、今後グループの診療所が増えても事務作業

を一元化・効率化することが期待できます。

院外との連携は「多職種連携クラウド」と呼ぶグル

ープウェアのようなシステムを運用しています。クリニ

ックの情報の一部を共有し、メッセージ機能で訪問

看護師、ケアマネジャー、介護士、施設職員などが

コミュニケーションできます。カレンダー、バイタルデ

ータ、写真なども共有できます。各事業者が使いこ

なせるように、連携先と対面で相談しながらインター

フェイスや操作性、共有内容を詰めてきました。ヘル

プデスクも設置し、徐々に広がりつつあります。

在宅医療・介護と

生活支援サービスの融合

――今後、どんな展望を考えていますか。

武藤: 「多職種連携クラウド」は、石巻医療圏で使わ

れています。2014年7月に石巻で協議会を立ち上げ、

地域の医師会、薬剤師会、歯科医師会、自治体、基

幹病院、訪問看護事業者、介護事業者などが集まり

ました。さらに、東京大学の辻 哲夫先生が携わって

武藤 真祐先生

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医療クラウド導入・活用ガイダンス

34

いらっしゃる千葉県柏市の取り組みとも共同し、情報

共有・連携モデルを全国展開していきたいと考えて

います。こういった試みを普及・発展させるにあたっ

ては、省庁の規制緩和やルール整備を含めて、国

家としての基盤整備が期待されるところでもあります。

そこで昨年より、厚生労働省が在宅医療・介護の情

報連携に関するガイドライン(情報共有項目の範囲、

個人情報の同意の取り方)の作成に着手しています。

私も検討部会に加わり、検証フィールドを提供しな

がら、これまでの知見や将来展望を見据えて、これ

らの策定に取り組んでいます。

また、ルールのみならず、実運用に当たってはベ

ンダーごとのシステム連携や標準化などハード面で

の課題を解消すべく、必要なデータを共通基盤上に

て共有できる「情報連携基盤」の構築に総務省が着

手しました。こちらに関しても、フィールドの提供や実

証を含めて、私たちも共に取り組んでいます。

これらは全て、わが国が目指す公的地域包括ケ

アシステムに向かう動きであり、私はこの普及を見据

えて、さらに民間サービスと連携し、官民の力を総合

した「超高齢社会の地域コミュニティモデル」を目指

したいと考えています。

具体的には、医療・介護と生活サービスが連携す

るネットワークを構想し、スーパー、コンビニ、宅配事業

者などが連携する実証事業を進めていきます。健常

な高齢者層の情報も蓄積・共有し、買い物支援や配

食サービスなど、医療・介護と生活支援サービスが融

合する新しいコミュニティとプラットフォームを築きます。

――保険制度の外側の生活支援サービスが融合する

時、基盤維持の財源をどう確保しますか。

武藤: 重要なポイントです。生活支援サービスが融

合した時、まず受益者負担が考えられます。この場

合は高齢者本人です。次に、ネットワークに参加す

るサービス事業者に負担をお願いします。ネットワー

クにサービスを供給して対価を得る仕組みとして、広

く薄くインフラ利用料を募ります。そして、高齢者の

家族にも費用負担をお願いします。ネットワークが親

を見守ることで、子供世代は対価を払う動機になるし、

子供世代の職場でも福利厚生の一環で提供する方

向が考えられます。そんな“広く薄く”の合わせ技で

軌道に乗れば、個々の負担は下がるはずです。

――クラウドは在宅分野でどんなメリットがありますか。

武藤: 私達の在宅医療や多職種連携の IT 基盤は、

クラウドだからこそ実現した内容ばかりです。医師の

行動を院内スタッフがほぼ同時にアシストするスピー

ド感がきわめて重要です。多職種連携については、

当初、医療・介護従事者が ITを使いこなせるかは未

知数でしたが、対面接点を通した手厚いサポートに

よって徐々に使いこなしています。

従来、直接つながることができなかった状況も、ク

ラウドの活用でネットワークが変化します。都心と異

なり、地方は比較的医師を頂点とするピラミッド構造

があり、階層間の情報共有は難しいということが調査

で分かってきました。平成 24 年度の総務省事業に

て、医療・介護連携の情報の流れを調査したところ、

都内はケアマネジャーを中心に関係者が情報を共

有しますが、石巻では訪問看護師を介して医療と介

護が情報を共有していました。つまり、医療と介護が

直接にはあまりつながっていませんでしたが、そこに

クラウド基盤を導入すると、メッセージ共有で情報の

流れが変化しました。このクラウド基盤では、家族へ

も訪問記録や写真のアップロードを通して、在宅の

ケアの状況を共有できます。高齢者の判断能力など

が衰えた時、診療方針・費用負担を決める人は家族

になってきます。ネットワークに家族が加わり、家族

を医療・介護により巻き込んでいきます。

――クラウド運用の課題はありますか。

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在宅ケアを支えるクラウド基盤と医療・介護・生活サービスの融合

35

武藤: 大きく 4つあると考えています。まず、入力負

荷が問題です。どの施設もそれぞれ自分達のシステ

ムを持ち、そこに私達のクラウド基盤を導入すると、

二重入力の手間が発生します。現在、システムの相

互接続やデータ連携機能を開発しています。

2 つ目は、連携先がクラウドのセキュリティに不安

を感じるということです。この点は社会的に安全とい

えるレベルを満たしていることを地道に説明し、理解

してもらっています。

3 つ目は費用負担の問題です。医療・介護領域

は、末端の患者・利用者が直接インフラ費用を払うわ

けではありません。生活支援サービスで受益者負担

をお願いする時も、月額 500~1,000円が限界です。

最後に、集まったデータの活用方法です。データ

活用までをデザインして提示できなければ、結局、

誰もデータを入力しません。データ活用を本業でメリ

ットがあるまでの運用に昇華する道筋をつけなけれ

ば、結局は絵に描いた餅で終わります。現在、この

課題をワーキンググループで議論しています。

現場から新産業を生み出し、

高齢先進国モデルを世界へ

――未来に向けた展望やメッセージをお願いします。

武藤: 私は新産業創出に向けてポジティブに取り

組んでいます。目指す未来は私達だけでは実現で

きず、企業や行政との連携も重要です。例えば、私

が注目している柏市のプロジェクトは ITを活用し、地

域包括ケアのモデル確立や就業支援など、高齢者が

いきいきと暮らす街づくりを目指しています。財政的

なインパクトを考えると、高齢者が元気な段階から予

防する取り組みも重要です。生活支援や健康管理、

それを支える ITインフラやプラットフォームも必要です。

現場の視点を足場に、大きなビジョンをつくり、私

もそのビジョンのパズルを埋める 1 つのピースにもな

りたいと考えてます。1 人の医師として東京・石巻で

の地域の訪問診療を実践しながら、内閣官房、厚労

省、経産省、総務省など、行政の検討会や委員会

の場で提言しています。在宅医療や生活支援を現

場目線で議論できる人はまだ少数です。だから、私

は現場から得られた経験をもとに提言しています。

――10年後のビジョンや将来イメージはありますか。

武藤: 日本は“2025 年問題”に直面します。この難

局を乗り越えるには、5 年以内に成功例を確立しな

ければ間に合わないでしょう。最初の 5 年間は産業

界と連携して日本中でモデルを築き、新サービスの

商用化に到達したいです。

次の 5 年で、海外展開にも挑戦したいです。高齢

化する日本を世界が注目しています。IT 技術は世

界でほぼ同時に広がりますが、IT インフラに載せるサ

ービスの中身は地域差があり、立上げに時間がかか

ります。例えば、医療の IT 化はシンガポールのほうが

日本よりも進んでいますが、シンガポールはケアマネジ

ャーに該当する職種がなく、家族が医療と介護のマ

ネジメントをしなければなりません。日本のケアマネジャ

ーの仕組み自体がシンガポールでは斬新なのです。

医療・介護分野の従事者は、自分達ができること

を限定的に考えがちです。また、日本人は改良・改

善するのが得意ですが、ゼロからの斬新なイノベー

ションを生む力は弱いといえます。果敢に挑戦する

動きが必要です。医療・介護分野で、日本の仕組

み・ノウハウを IT ネットワークとクラウドに載せれば、

高齢化社会の先進技術・サービスとして、世界に届

ける価値が出ると思います。私はそのデザインと拡

大に挑戦したいです。さらに先の未来では、アフリカ・

南米などの発展途上地域にも貢献できるでしょう。

新しい市場の創出は、仲間を集めて共同事業を

プロデュースするところに発展の余地があります。よ

い出会いに恵まれており、この仕事にポジティブに

取り組んでいきたいと思います。

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プライベートクラウドによる

基幹システムの仮想化

――経歴や現在のお仕事をご紹介頂けますか。

山下: 私はもともと工学分野の研究者です。コンピュ

ーターを駆使したシミュレーションなどで医療分野の研

究に協力することもあり、縁あって、当時まだあまり盛

んではなかった医療情報分野に取り組むようになり

ました。1987 年に世界初の電子カルテ開発の研究

を開始し、1989年に国際学会MEDINFOで発表しま

した。現在は福井大学医学部附属病院の情報シス

テムを担当し、開発・構築・運用などを行っています。

――院内システムを仮想化・クラウド化した経緯、得られ

たメリットなどを教えてください。

山下: 病院のシステムやデータをクラウド化すると、

端末にデータが残らないようにできる点が大きなメリ

ットです。クライアントサーバー構成のシステムは、ロ

ーカルでアプリケーションが動き、どうしてもデータを

端末に残すため、好ましくありません。この問題点は

昔から明らかでしたが、長い間、現在のクラウドコン

ピューティングのような環境実現は困難でした。今は

システム管理・運用が本当に楽になっています。

福井大病院は、2007 年にプライベートクラウドの

環境を構築しました。最初から電子カルテシステム

をクラウド化しようと考えて、まず、リモートデスクトッ

プ環境を構築しました。サーバー20台を調達し、400

台の端末を接続する構成でデスクトップの仮想化を

検証しました。その時、様々なベンダー製品を試し

ています。電子カルテは Windows ベースの製品が

多数だったため、マイクロソフトの RDS(Remote

Desktop Services)や Hyper-Vの前身の Virtual PC

や Virtual Serverも使いました。古い PCをシンクライ

アント端末に仕立ててコストを下げるなど、コスト面で

も現実的なメリットが出ています。

当時を振り返ると、かなりゲリラ的な開発だったか

もしれません。当時、医療情報システムの世界は仮

想化の話題がほとんどなく、シンクライアントのメリット

もあまり知られていなかったと思います。日本では、

シンクライアントの技術よりも、モバイル端末の世界

が突然、発展しました。やはり最大のインパクトはタ

ブレット端末の登場です。万人に「これは使える!」

と思わせることに成功し、IT 業界も社会も変わり、ク

ラウドサービスの発展が加速したと思います。

福井大病院のシステムは、2011 年にプライベート

クラウドに移行し、基幹システムはサーバーも端末も

全面的に仮想化しています。サーバーは約 30 台に

集約されたため、システム管理・運用の負荷から解

放されました。そして何よりも、院内のサーバースペ

ースが不要になった点が大きいです。消費電力も圧

倒的に節約でき、空調管理も楽です。システムをクラ

ウド化したことで、管理業務も場所を問わず、リモー

トで実行できます。以前のようにサーバー室に駆け

Interview

9

医療情報システムの仮想化・

クラウド化とパブリッククラウドへの展望

山下 芳範

福井大学 医学附属病院 医療情報部 副部長

福井大学 総合情報基盤センター 副センター長/准教授

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医療情報システムの仮想化・クラウド化とパブリッククラウドへの展望

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込んで再起動するような場面もなくなりました。

シンクライアント化による

端末運用と BYOD

――クラウドで端末管理はどう変わりましたか。

山下: システムをクラウド化すると、端末の選択は飛

躍的に自由度が上がります。シンクライアント端末に

よって、全体の管理コストを大幅に削減できました。

データが残る心配がなければ、ユーザーが個人の

端末をシステムに接続してもリスクは小さくなります。

当院はタブレット端末など、自分の好きな端末を使う

BYOD(Bring Your Own Device)を認めています。

BYOD は、コスト面のメリットが出ます。端末はどの

メーカーでも使えます。個人所有の機器を業務に使

うことで、端末購入コストはもちろんのこと、端末管理

の負荷も削減できました。医療分野で BYODは反対

意見が多いと思いますが、院内の従事者は好きな端

末で仕事ができ、非常に喜ばれています。端末管理

はユーザーの自己責任を徹底することで、管理者側

の責任範囲も軽減されます。

BYOD のセキュリティとしては、端末を外部に持ち

出しても院内ネットワークに接続できないことや、端

末にはデータが残らないことから、実はほとんどが問

題ありません。万が一、業務用端末を紛失したとして

も、「中にデータはありません」と言い切ることができ

ます。医療のBYODは反対意見も多いと思いますが、

これまでより安全で、私は積極的に推進しています。

本院では、院内の従事者・職員のセキュリティ管

理を信頼し、USB メモリの使用も許可しています。昔

の病院は受付の後ろで、鍵がかからない棚に紙のカ

ルテを並べていました。職員を信用しているから、受

付の後ろの棚に鍵をかけていなかったと思います。

それと同じだと思います。USB メモリを禁止するよりも、

データの取り扱いを全てクラウド内に限定するべきと

考えています。USB メモリを禁止するためには、代わ

りにいつでもどこでもクラウドでシステムやデータを

利用できる必要があります。クラウド内で厳重に管理

できればよいわけです。

パブリッククラウドのメリットと安全性、

セーフ・ディスタンス

――パブリッククラウドのメリットや安全性をどう考えてい

ますか。

山下: パブリッククラウドのリソースを使えば、容量が

不足してもすぐ追加でき、過剰な場合も簡単に削減

できます。これは過去、システム管理の世界で不可

能だったことです。昔は容量が足りなければ物理的

にサーバーを追加するしかなく、もちろんサーバー

は簡単に交換できません。

極論かもしれませんが、パブリッククラウドは医療

情報システムの全てにおいて、使用に耐える安全性

があると考えています。最近は安全性を担保できる

技術や方法論が進化し、もうプライベートクラウドを

選択する必然性はなくなりつつあります。医療情報

システムはパブリッククラウドで問題ないと思います。

院内にサーバーを置くよりも、パブリッククラウドのほう

がはるかに安心です。外部に出して危険な理由が分

かりません。病院内に置くほうが安全という認識は、

現状の安全性や運用がきちんと評価されていないた

めだと思います。病院の建物は誰でも入れますし、

深夜も救急外来が稼働し、厳重な入退室管理をして

山下 芳範先生

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医療クラウド導入・活用ガイダンス

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いるわけではありません。しかし、悪意を持ってしても、

データセンターの建物は簡単に侵入できないはずで

す。クラウド上のシステムやデータも、不正アクセスから

防御され、全てのアクセスログが残ります。

データのバックアップも、パブリッククラウドを使う

ほうが確実です。手元にサーバーを置くのを否定し

ませんが、セーフ・ディスタンスの考えが必要です。

敷地内のサーバーとクラウドサービスを組み合わせ

るなど、地理的に離れた場所にバックアップを置くこ

とが重要です。セーフ・ディスタンスは、本来は海外

のサービスを使うほうが合理的です。法的な観点か

ら日本のセーフ・ディスタンスは東京と大阪、北海道、

九州などの距離になりがちですが、大地震などを想

定すると、同じ地殻プレートの境界の近くにバックア

ップを置くよりは、地球の裏側に置けるサービスが認

知され、普及してもらいたいところです。

セキュリティに不安があっても、解決できる技術を

使えば済むことです。国外のクラウドサービスの情報

漏洩や法的問題が心配ならば、秘密分散バックアッ

プ技術を使う方法もあります。1 つの保管が断片デ

ータにとどまり、1 ヵ所では復号不可能です。そうな

れば、バックアップの設置場所を国内に限定する理

由はないはずです。また、電力コストが高く、データ

センターの住所も公開される状態のところにサーバ

ーを置くことも疑問です。日本では、コストも安全性

もまだまだ不十分ではないでしょうか。しかしながら、

これからは状況も大きく変化することが期待されるこ

とから、私は医療もパブリッククラウドを利用できるほ

うがよいと考えています。誰でも入れる病院の中より

も、雲の彼方の確実に管理された場所に置くほうが、

私は安全であると考えます。

日本の場合、通信回線の信頼性も課題です。クラ

ウドの活用は、複数回線を使って信頼性を担保する

ことが不可欠です。しかし、日本のネットワークはツリ

ー型で、本来、メッシュ構造でも運用できる IP のメリ

ットを活かしていません。通信インフラはもっと冗長

構成にする必要があります。

今後の医療のクラウド化と、

パブリッククラウドの活用

――今後の医療クラウドの展望をどう考えますか。

山下: 医療分野は、クラウド普及が不可欠です。全て

の病院が院内でサーバーを管理するのは限界があ

り、極力、システムもデータも外部に出すべきです。

そもそも、病院も医師も、医療情報システムが欲し

いわけではありません。電子カルテの機能を使いた

いのであり、コンピューターを所有したいわけではない

のです。でも、データはしっかり残して欲しい。だか

ら、電子カルテの機能を利用できるサービスが必要

なのです。そんな柔軟性が医療に必要です。サー

バーを買いたいわけではなく、サービスが買いたい

のです。現実として、エンジニアが 1人もいない病院

がたくさんあり、院内のクライアントサーバーシステム

を全ての病院が構築・維持できるわけがありません。

その溝を埋めるのがクラウドサービスだと思います。

大学病院のカルテは原則、永久保管に近いです。

開院から全てのカルテを保管している大学病院もあ

ります。使用頻度の低いデータは安くて遅いサービ

スに移す選択肢も欲しいです。将来、医療情報は個

人が持つことになるかもしれません。個人のデータを

誰がどこで預かるのか。 …クラウドしかないと思いま

す。これからは、クラウドサービスの時代です。

――実際にパブリッククラウドの利用はありますか。

山下: 私は、個人的に Microsoft Azure を利用して

います。研究費でサーバーを購入する余裕がないた

め、個人で Azure を契約し、ソフト開発やクラウドシステ

ムのテストに活用しています。Azure 導入以前は、“は

じめにコストありき”で、まずサーバーなどのハードを揃

えなければ何も始まりませんでした。クラウド環境は、

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医療情報システムの仮想化・クラウド化とパブリッククラウドへの展望

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プライベートクラウドサーバーを格納したコンテナとその内部

「とりあえず今やってみよう」を実行できるため、とても

重宝します。物理的に手元にサーバーがない状況で、

短期間だけクラウドで検証する用途としては画期的で

す。出張先でもテストできます。フレキシビリティがあ

り、思いついたアイデアを開発する時にぴったりで

す。必要な時に必要なリソースを使えることに感激し

ます。これからの世の中、システム販売はサービスに

移行します。そこは重要なポイントだと思います。

私はアプリ開発に Microsoft Visual Studio も使っ

ています。昔は今のようなパッケージ製品の世界で

はなかったので、統計やシミュレーションも計算式か

ら手作りでした。現在はクラウドサービスの環境で簡

単に設計し、すぐに使えます。回路の基盤も設計図

さえ作成すれば、1 週間後に完成品が送られてくる

時代になりました。時代の流れを実感します。

――今後、医療はクラウド化をどう進めるべきでしょうか。

山下: これからの時代、システムベンダーはサービ

スの中身で勝負することが求められます。もうハード

を売ってる場合じゃないです。従来はシステムの中

身をハードの中に隠せましたが、クラウド環境では品

質が丸見えで、設計が悪いシステムはすぐ分かりま

す。クラウドに対応できないベンダーは、製品の品質

に自信が持てないと判断されても仕方がないと思い

ます。逆に、クラウド化が進めば、システムの品質は

向上します。実際に、クラウド対応で製品の雰囲気

が変わったベンダーもあります。

医療界もクラウドを、例えばセキュリティなどの視点

で正しく比較し、きちんと評価して欲しいです。噂に

惑わされるのではなく、冷静な判断が必要です。行

政も、IT 技術の適正な使い方、効果的な導入・運用

を主導するべきでしょう。震災も踏まえた本当に安全

で効果的なシステム導入・運用が求められます。医

療データは長期保存が前提となり、そのデータを保

管するサーバーの場所を、電力や運用コストが高い

国内に限定するのは非現実的だと思います。

――先ほど、病院敷地内のコンテナに格納したプライベ

ートクラウドのサーバーを見学させて頂きました。

山下: 港で買ってきたコンテナを設置し、中に病院

システムのサーバーを納めています。特別なもので

はなく、汎用品を使う姿勢も大切です。災害など、い

ざという時はトレーラーで移動できます。このアイデ

アは東日本大震災の前に設計しました。当初は「い

つ何が起きてもすぐに動かせるように、コンテナに格

納する」と言っても、なかなか理解が得られなかった

のですが、震災後は社会の意識が変化し、今では

「なぜこんな近くにサーバーを置くのか?」と言われ

てしまいます。もちろん、私も本当は病院の外にサ

ーバーを出したいのです。

クラウド以前の時代はシステムベンダーごとにサーバ

ーを用意するのが当たり前で、このコンテナ空間の何

倍ものスペースをサーバー類が占拠していました。現

在はプライベートクラウドに一元化し、ご覧の通りコンパ

クトに収まっています。2 つの筐体のブレードサーバー

で病院の全てのシステムをまかなうことも可能です。

最近は、国内外からこのコンテナを見学に来る人

が増えており、クラウド化に向けた関心の高さを肌で

感じます。クラウドは、医療が求める機能性、効率性、

安全性、柔軟性、コストメリットを実現します。これか

らは、医療も医療以外の分野も、クラウドサービスの

時代だと思います。

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医療におけるクラウド利用の現状と展望

医療クラウド導入・活用ガイダンス

発 行: 日本マイクロソフト株式会社

編 集: 医療クラウド導入・活用ガイダンス編集委員会

日本マイクロソフト株式会社 遠山仁啓(統括)

日本マイクロソフト株式会社 神田宗宏

日本マイクロソフト株式会社 熊野和久

日本マイクロソフト株式会社 福島道昭

日本マイクロソフト株式会社 山本明広

株式会社シード・プランニング 西須裕一

株式会社シード・プランニング 加藤鈴佳

制 作: 株式会社シード・プランニング

発行日: 2014年 11月 6日

無断での転載・複写・電子データへの入力等はご遠慮ください。

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日本マイクロソフト株式会社 パブリックセクター統括本部 〒108-0075 東京都港区港南 2-16-3 品川グランドセントラルタワー 本書に関するご相談、お問い合わせはこちらへ [email protected]