「自己評価カード」による授業改善の効果 生徒と教師の二人...

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英-1-1 「自己評価カード」による授業改善の効果 生徒と教師の二人三脚授業を目指して千葉県立 ○○○○ 高等学校 ○○ ○○ (外国語) 1 研究の背景と目的 英語教師という道を選んでからずっと抱いていた疑問。それは学校における英語教育のあり 方だ。中学,高校を通じて英語は習ったけれど使えないといった日本の英語教育に対する世間 の批判は強まるばかりだ。私自身,中学から大学まで日本の英語教育を受けてきたうちの一人 だが,海外の大学に挑戦したときにはそのメイド・イン・ジャパンの英語教育に随分と助けら れた。ただ,持っている知識を実際使えるようになるまでには時間と努力を要したことは否め ない。従来の知識重視から実用重視の英語教育へと大きく変化を遂げようとしている流れの中 で,英語教師としての役割を自問しながら教室に向かう。 個人的なことであるが,数年前から水泳を始め,あることに気がついた。それは,言葉で教 えてもらったことを頭で理解しても,実際にそれができるようになるためには,試行錯誤の中 何度も繰り返し,それに対する助言をもらい,さらにまた練習を重ねるといった努力が不可欠 だということだ。そのような経験から,英語教師は体育や音楽などといった実技科目を指導す るように生徒が練習しているのを監督すべき(安河内 2011)という発想に興味を持つようにな った。そこで,まず,実技科目の先生方の授業を参考にしながら,1人対 40 人という形態より もペアやグループによる活動を増やすよう心がけた。これにより,生徒たちの言語活動量が増 し,さらには私自身が生徒を観察する時間が持てるようになった。しかし,生徒一人一人の声 に耳を傾け対話をすることでもっときめ細やかなアドバイスができるのではないか,そうする ことで,それぞれの生徒に対して適切なフォローができ,各自の英語学習に対する意欲を高め る一助になるのではないかと考えるようになった。そのような考えのもと取り組み始めたのが 「自己評価カード」の利用である。生徒に授業内外における自己評価,その日のひとことを寄 せてもらい,教師がそれにコメントを返すことで,果たして前述したような効果が得られるの か。今回の研究を通してそれらを検証していきたい。 2 研究仮説 「自己評価カード」の利用で,生徒は各自の取組をふり返ることができ,教師は生徒の現状 をふまえた授業改善を進めることができるだろう。また,生徒のひとことに対して適切な助言 を与えることは生徒の学習意欲の向上につながるだろう。 3 研究内容・方法 3.1 文献研究 Csizer Dornyei(1998)は,学習者を動機づけるための 10 のルールを示し,その中で, 教師が学習者と良い関係を築くことや学習者の自立を促すことを主張している。そして, Brown (2001)は,教師と学習者の良好な関係確立のためには,生徒一人一人にそれぞれの 進歩をフィードバックすることや,生徒の考え,主張に価値を見いだし尊重することが必要だ と唱える。また,Little(2012)は,学習者の自立に関して,教師がそれを可能にする学習環

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「自己評価カード」による授業改善の効果

-生徒と教師の二人三脚授業を目指して-

千葉県立 ○○○○ 高等学校 ○○ ○○ (外国語)

1 研究の背景と目的

英語教師という道を選んでからずっと抱いていた疑問。それは学校における英語教育のあり

方だ。中学,高校を通じて英語は習ったけれど使えないといった日本の英語教育に対する世間

の批判は強まるばかりだ。私自身,中学から大学まで日本の英語教育を受けてきたうちの一人

だが,海外の大学に挑戦したときにはそのメイド・イン・ジャパンの英語教育に随分と助けら

れた。ただ,持っている知識を実際使えるようになるまでには時間と努力を要したことは否め

ない。従来の知識重視から実用重視の英語教育へと大きく変化を遂げようとしている流れの中

で,英語教師としての役割を自問しながら教室に向かう。

個人的なことであるが,数年前から水泳を始め,あることに気がついた。それは,言葉で教

えてもらったことを頭で理解しても,実際にそれができるようになるためには,試行錯誤の中

何度も繰り返し,それに対する助言をもらい,さらにまた練習を重ねるといった努力が不可欠

だということだ。そのような経験から,英語教師は体育や音楽などといった実技科目を指導す

るように生徒が練習しているのを監督すべき(安河内 2011)という発想に興味を持つようにな

った。そこで,まず,実技科目の先生方の授業を参考にしながら,1人対 40人という形態より

もペアやグループによる活動を増やすよう心がけた。これにより,生徒たちの言語活動量が増

し,さらには私自身が生徒を観察する時間が持てるようになった。しかし,生徒一人一人の声

に耳を傾け対話をすることでもっときめ細やかなアドバイスができるのではないか,そうする

ことで,それぞれの生徒に対して適切なフォローができ,各自の英語学習に対する意欲を高め

る一助になるのではないかと考えるようになった。そのような考えのもと取り組み始めたのが

「自己評価カード」の利用である。生徒に授業内外における自己評価,その日のひとことを寄

せてもらい,教師がそれにコメントを返すことで,果たして前述したような効果が得られるの

か。今回の研究を通してそれらを検証していきたい。

2 研究仮説

「自己評価カード」の利用で,生徒は各自の取組をふり返ることができ,教師は生徒の現状

をふまえた授業改善を進めることができるだろう。また,生徒のひとことに対して適切な助言

を与えることは生徒の学習意欲の向上につながるだろう。

3 研究内容・方法

3.1 文献研究

Csizer と Dornyei(1998)は,学習者を動機づけるための 10 のルールを示し,その中で,

教師が学習者と良い関係を築くことや学習者の自立を促すことを主張している。そして,

Brown (2001)は,教師と学習者の良好な関係確立のためには,生徒一人一人にそれぞれの

進歩をフィードバックすることや,生徒の考え,主張に価値を見いだし尊重することが必要だ

と唱える。また,Little(2012)は,学習者の自立に関して,教師がそれを可能にする学習環

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境を提供することの重要性を述べている。これらのことは,私自身,言語を学び教える者とし

て,長年にわたって心がけ目標としてきたことである。そして今回の研究では,「自己評価カ

ード」を利用することによって,そういった一連の効果が期待できるのではないかという仮説

をたててみた。その後押しをしてくれたのは,実は,コーチング理論に関する文献であった。

菅原(2003)は,著書『コーチングの技術』の中で,「一方的にああしろこうしろと教え込むの

ではなく,相手の眠っている能力を引き出し,それを高めていくことが本当の指導である」と

述べている。この姿勢こそが,本研究実践にあたっての目標となった。

3.2 検証方法

試行段階では,担当するクラスにおいて「自己評価カード」を利用し,その後,それを発展

させた形として個別ミーティングも実施してみた。それらの結果をふまえながら,研究実践に

おいては,「自己評価カード」利用の効果のみを調査することに決定した。その調査方法は,ま

ず,「自己評価カード」における生徒の記載内容と「自己評価カード」点検時の教師のメモを詳

しく調べ,さらに,「自己評価カード」利用前(5月 23日),利用1ヶ月後(7月 17日),利用

2ヶ月後(10 月 25 日)の3回にわたりアンケートを実施し,集計分析するといったものだっ

た。これらの結果をもとに「自己評価カード」利用によるふり返りの効果を検証した。

4 研究計画

平成 23年 6月 ~ 9月 「研究内容の検討,参考文献の収集」

平成 23年 10月 ~ 平成 24年3月 「試行段階,研究内容決定」

平成 24年 4月 ~ 10月 「研究実践,調査・分析」

平成 24年 8月 ~ 11月 「論文執筆・校正」

5 研究実践

5.1 試行段階1

実 施 期 間 平成 23年 10月 ~ 12月

対 象 生 徒 1年G組:男子 21名,女子 20名,計 41名

科目・使用教科書 英語I(3単位) Prominence English Course I (東京書籍)

実 施 内 容 授業の終わり3分間を使って「自己評価カード」を記入。「自己評

価カード」では予習・復習の有無,授業での態度・理解度の評価,

今日のひとことを書いてもらう。なお,ひとことについては,記載

内容や使用言語に制約を与えない。このカードへは毎回教師のコメ

ントが記入され,次の授業開始直前に生徒へ返却される。

予習・復習の有無,授業態度・理解度の評価は個々の生徒の学習状況を知る貴重な情報源と

なった。また生徒が寄せたひとことは,自主学習・授業時の自己評価に対する反省・感想,次

回への抱負・目標,英語についての質問(文法事項など),授業内容・形態に関する要望,最近

興味を持っていることなどだった。そして,それらは次の授業を計画するための様々なヒント

を提供してくれ授業の改善につながった。

生徒への返信メッセージでは,質問への解答解説,心理的応援,励ましなどが中心となった

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が,やりとりを重ねるにつれ,生徒との心理的な距離が近くなり,授業が活発かつスムーズに

進められるようになった。さらには,私自身が,授業中における生徒の変化に対しても強い関

心を持つようになり,以前よりも生徒の動作や発言をじっくりと観察するようになった。

ただし,41名中4名(いずれも男子)はひとこと欄に,感情を一語で,または,絵文字での

み表現するといったように自己評価カードに消極的だったが(未記入ということはなかった),

根気強くメッセージを発信し続けることで,授業中の様子にプラスの変化が見られた。

例 1 自己評価カード

5.2 試行段階2

試行段階1において,特に生徒とのメッセージのやり取りに手ごたえを感じたため,もっと

踏み込んだ形で意見の交換を行えばより大きな効果が期待できるのではないかと考え,希望者

を募り,定期的にミーティングを行うことにした。

実 施 期 間 平成 24年1月 ~ 3月

対 象 生 徒 1年G組:男子2名,女子3名,計5名 いずれも希望者

科目・使用教科書 英語I(3単位) Prominence English Course I (東京書籍)

実 施 内 容 各自に学年末考査の目標点とそのプロジェクト達成のための目標

設定(活動)を決めてもらう。毎日の活動の記録を残してもらい,

それをもとに週1回のミーティングを実施する。

対象となった5名の生徒は,具体的な助言,精神面でのサポート(励まし)が得られたこと

を評価した。その一方で,5名のうちの1名から週1回のミーティングを負担に感じたという

回答があった。試行段階1の「自己評価カード」利用時に比べると,予想していた成果を上げ

ることができなかった。理由としては,週1回のミーティングにおいて,進捗状況の確認・激

励の言葉が中心となり,生徒自身の質問や助言を要求する声は意外と少なかったこと,目標設

定(活動)が授業中の生徒の取組とは必ずしも関係しておらず,ミーティング後の効果や変化

を授業内で直接確認することが難しかったこと,さらには,昼休みや放課後の約束が互いの都

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合で変更せざるを得ないなどミーティングが不規則になってしまったことがあげられる。

5.3 実践

試行段階1・2の結果をふまえ,本実践では,試行段階1の「自己評価カード」を一部改訂

したものを利用し,その効果を検証・分析することにした。

実 施 期 間 平成 24年4月 ~ 10月

対 象 生 徒 1年F組:男子 17名,女子 23名,計 40名

科目・使用教科書 英語I(3単位) Unicorn English Course I (文英堂)

実 施 内 容 授業の終わりの3分間を使って「自己評価カード」を記入する。「自

己評価カード」では授業内外での取組の総合評価,今日のひとこと

を書いてもらう。ひとことについては,前回同様,内容や使用言語

に制約を与えない。このカードへは毎回教師のコメントが記入され,

次の授業開始直前に生徒へ返却される。

調査方法は,まず,「自己評価カード」の生徒の記載内容と「自己

評価カード」点検時の教師のメモを分析。さらに,「自己評価カード」

利用前(5月 23日),利用1ヶ月後(7月 17日),利用2ヶ月後(10

月 25日)の3回にわたってアンケートを実施し,集計分析をする。

これらの結果をもとに「自己評価カード」利用によるふり返りの効

果を検証する。

5.3.1 「自己評価カード」記録内容の分析

「自己評価カード」は,1学期中間考査(5月 21日)後から期末考査(7月5日)前の約1

ケ月間の 10 回,2学期最初の授業(9月 10 日)から中間考査(10 月 19 日)前の約1ヶ月間

の 11回にわたって使用された。カードへの記入は授業の終わりの3分間で,返却は次の授業開

始直前に行った。様式は授業内外の取組の5段階評価と Tweet! 欄に記入されるコメントであ

る。事前に,このカードは成績には関係しないこと,また,コメントについては何をどのよう

に書いてもかまわないと説明した。

まず,「自己評価カード」の中で,生徒自身が5段階で評価する「授業内外における取組

(Appendix-1)」をまとめた(図1)。回を重ねるごとに,授業内外の取組に対する生徒自

身の自己評価が上昇していくのが分かる。

また,同じ内容を,1学期中間・期末考査の差をもとに並べ替えた 40名を上位から4グルー

プに分割し,比較をしてみた(図2)。これらの値は,期間中の全評価の平均値をグループごと

にまとめたものである。上のグループほど,授業内外の取組の自己評価が高くなっている。興

味深いのは,授業内の自己評価について,31~40位のグループが1~10位のグループとほぼ同

じであるということである。これは現段階では下のグループであっても授業に対する姿勢は前

向きなので,授業外の取組次第では成績が伸びていく可能性が十分にあるととらえることもで

きる。そして,いずれのグループとも,図1の結果と同じように,回を重ねるごとに自己評価

の値が上昇していくことが分かる(Appendix-1)。

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図 2 授業内外の取組(成績別の比較)

次に,「自己評価カード」の Tweet! 欄に書かれた生徒たちのコメントの内容を調査した

(Appendix-2)。特に,それぞれのコメントを積極性と授業との関連度といった2つの側面

からとらえ,それらを数字に置きかえてみた。前者は「1= positive, -1= negative, 0 = どち

らでもない」,後者は「A: 反省・感想, B: 質問・要望, C: 英語以外のこと」に分類した後,

「A / B / A, B = 1 A, C / B, C = 0 C = -1」といったように数値化した。図3は,それら

をまとめたものである。積極性も授業関連度も変化は上下し安定しないが,回を重ねるごとに,

そのプラスへの方向性が強まっているのが分かる。なお,第7回が高い値を示す理由として,

授業で取り上げられた人物の生き方に多くの生徒が共鳴したということがその一因として考え

られる。

1

1.5

2

2.5

3

3.5

4

4.5

5

図 1 授業内外の取組 (クラス全体の変化)

授業内

授業外

1

2

3

4

5

1-10位 11-20位 21-30位 31-40位

授業内外の取組み (成績別の比較)

授業内

授業外

-0.2

-0.1

0

0.1

0.2

0.3

0.4

0.5

0.6

0.7

図3 コメント内容(クラス全体の変化)

積極性

授業関連度

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5.3.2 「自己評価カード」利用による教師の変化

自己評価カードの利用は教師に大きな影響を及ぼした。まず,生徒との心理的距離が縮まり,

「教える」から「ともに学ぶ」という関係が育まれた。生徒のコメントから,授業だけでは到

底知ることのない生徒の内面に触れることができ,それらが次の授業への大きなヒントになる

ことも多かった。前節で触れた自己評価カードの生徒によるコメント分析では,授業関連度と

いう観点からあえて「英語以外のこと」をマイナスとして数値化したが,実は,そのような内

容から生徒の心身の状態や興味関心,生活状況に関する最新情報が得られ,それぞれの生徒に

見合った的確な助言や授業スタイルの改善を可能にした(例2)。また,カードは生徒を見つめ

る機会を提供してくれるばかりか,自分自身を見直す鏡ともなった。生徒たちは,分からない

ことへの質問や授業への要望も積極的に書いてくれたので(例3),質問に対するフィードバッ

クは各生徒個人だけではなく,クラス全体に向けて発信することもあった。要望への対応はで

きるだけ次の授業の中で反映されるよう新たなアイデアの創出に努めた。すると,それに対し

てまたコメントを発信してくれ,中には激励や感謝の気持ちであることもあった。そのような

繰り返しの中で,生徒と教師が授業を「ともに作る」という雰囲気が生み出されていくのを実

感した(例4)。

例 2 自己評価カード

例 3 自己評価カード

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例 4 「自己評価カード」点検時の教師によるメモ

メモの内容 点検時間

5 月 28 日 生徒の要望 / 次の授業に向けてのアイデア 50 分

5 月 29 日 授業中,成功しなかった事例 35 分

5 月 30 日 授業中,成功しなかった事例

→ 改善案 / 自己評価カードへの記入 → 生徒との貴重なコミュニケーションが楽しい

40 分

6 月 4 日 明日の授業への抱負・目標 40 分

6 月 5 日 1日2時間の授業 → 構成に工夫、生徒からまずまずの評価 30 分

6 月 8 日 授業の反省 → もっと生徒の心を探りたい → 授業中生徒を観察しよう 50 分

6 月 12 日 次の授業へのアイデア/カード記入に対する感謝/班別学習に手ごたえあり/授業中,成功しなかった事例 40 分

6 月 25 日 生徒の要望 40 分

6 月 27 日 生徒の要望 新しい試み成功 40 分

7 月 2 日 生徒の意気込み 40 分

5.3.3 「自己評価カード」利用に対する意見

「自己評価カード」利用開始1ヶ月後(7月 17 日),2ヶ月後(10 月 25 日)の2回にわた

り,対象生徒 40名に対して「自己評価カード」に対する意見を聞いた。その結果は以下の通り

である(図4)。

図 4 「自己評価カード」について (上段:7 月 17 日実施, 下段:10 月 25 日実施)

1 授業中よく取り組むようになったか

2 授業外でよく取り組むようになったか

3 今まで気づかなかった自分を発見したか

4 教師との心理的距離が近くなったか

5 「自己評価カード」は役立つか

6 「自己評価カード」記入は負担か

5に見られるように「自己評価カード」に対する総合的な評価は若干下がっているが,1~

4といった各項目においてはプラスの変化が表れた。また,1~4の質問について,1 つ以上

「思う,少し思う」を選んだ生徒は 18人(45%)から 25人(62.5%)に上昇したことも分か

った。そして,「自己評価カード」を役立つと考える生徒はその具体的な理由を以下のように答

えていた(例5)。

0% 50% 100%

思う少し思うどちらでもないあまり思わない思わない

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例 5 「自己評価カード」が役立った理由

《7月17日実施》

・しっかり予習をするようになった。(2人) ・かなり勉強をさぼっていることに気づいた。(1人) ・自分の不足

部分や弱点を客観的に考えるようになった。(1人) ・1対1で先生とコミュニケーションが取れた。(3人)

・コミュニケーションが取れて楽しかった。(1人) ・先生の考えが分かった。(2人) ・家庭学習の内容を先

生に伝えられた。(1人) ・自分について知ってもらえた。(1人) ・コメントがうれしかった。(1人)

《10月25日実施》

・質問・要望等が気軽にできる。(6人) ・質問が確実に返ってくる。(1 人) ・今までは曖昧にしていた部分を質

問することで意欲が出てきた。(1 人) ・アドバイスが役立つ。(2人) ・アドバイスがきっかけで復習するよ

うになった。(1人) ・先生とコミュニケーションが取れる。(1人) ・書くことでやる気が強まる。(1人)

・書くことで自分がどこに注目したか,分からないかがはっきりする。(1人)

・先生に自分の意見を伝えることで,自分に言い聞かせることになるのが良い。(1人)

5.3.4 「自己評価カード」利用前後の英語学習に対する意識調査

「自己評価カード」利用前(5月 23日),利用開始1ヶ月後(7月 17日),2ヶ月後(10月

25 日)の3回にわたり,対象生徒 40 名に英語学習に対する意識調査を行った。その結果は以

下の通りである(図5~7)。

図 5 英語学習について (上段:5 月 23 日, 中段:7 月 17 日, 下段:10 月 25 日実施)

1 英語は好きか

2 英語は得意か

3 英語力を伸ばしたいか

4 授業は好きか

5 授業は楽しいか

6 授業では積極的か

7 授業を理解しているか

0% 20% 40% 60% 80% 100%

思う少し思うどちらでもないあまり思わない思わない無回答

0% 20% 40% 60% 80% 100%

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8 予習をするか

9 復習をするか

図5の1~3を見ると,英語学習に対する意識には大きな変化は見られない。しかしながら,

その一方で,4~7については,英語の授業に関する考えにはっきりとした変化が見られる。

それらは授業に対する積極性や満足度が上昇傾向にあることを示している。ただし,8,9の

結果から,授業外での取組に関してはプラスの変化が表れていないことが分かる。

次に,図5の8,9についてさらに詳しく調査した結果が下記の図6,7である。やはり,

家庭学習時間は減少傾向にあるが,図7の結果を見ると,定期考査前の家庭での取組は7月 17

日を境に回復の兆しが見られる。

図 6 通常 1週間あたりの英語の家庭学習時間

5 月 23 日

7 月 17 日

10 月 25 日

図 7 定期考査前 1週間の英語の家庭学習時間

5 月 23 日

7 月 17 日

10 月 25 日

0% 20% 40% 60% 80% 100%

0% 20% 40% 60% 80% 100%

7h ~5 ~ 7h 未満3 ~ 5h 未満1 ~ 3h 未満1h 未満無回答

0% 20% 40% 60% 80% 100%

3h ~

2 ~ 3h 未満

1 ~ 2h 未満

1h 未満

無回答

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6 研究評価

「自己評価カード」の記載事項の分析を通して分かったことは,「回を重ねるにつれ,生徒が

良い方向に伸びていっている」ということである。前述したとおり,授業内外における自己評

価,コメントの内容のいずれにおいてもプラスの変化が見られることが分かった。実際,カー

ドに記された生徒のコメントを読むたびに,生徒たちが自分自身の取組をふり返り,次はこう

したいという熱意を伝えてくる数が増えていくのを感じていたので,もしかしたら良い結果が

得られるのではないかという期待の気持ちはあった。そして,生徒のふり返りは,実は,教師

のふり返りをも促す結果となった。生徒の要望や質問により,教師自身では計り知れなかった

学習者の悩みを把握することができ,授業の改善がなされていったことは言うまでもない。正

直なところ,生徒たちが自分の授業をどうとらえているのかを真正面から受け止めるためには

多少の勇気と時間が必要だった。最初の頃は,生徒から率直な意見をぶつけられ落ち込むこと

もあったが,次第に,それらを素直に受け止めて授業に工夫を凝らしていく過程が楽しみにな

っていった。生徒たちのアンケートにおいて,授業への積極性や満足度に対する評価が上昇傾

向にあるのは,そういったことが深く関係しているのではないかと思う。

また,自己評価カードを通しての言葉のやりとりは授業だけでは実現が不可能であろう,教

師と生徒のコミュニケーションを成立させてくれた。たとえ直接には英語の授業に関係しない

コメントであっても,逆にそうであるからこそ貴重な情報を提供してくれることが多かった。

実は,たかが数語のキャッチボールに対して果たしてどれだけの効果が得られるのかと半信半

疑な部分もあったのだが,このひとことのやりとりに手ごたえを感じ始めたときはとてもうれ

しく思った。そして,生徒の心の機微を聞かせてもらうことで,ひとりひとり,そのときその

ときに合わせて声をかけていくことの繰り返しは生徒との信頼関係の構築につながっていくと

実感した。アンケートでは,私との心理的距離が縮まったと感じている生徒はカード利用開始

から1ヶ月では 37.5%だったのに対し,2ヶ月後は 50%という結果が得られた。そして何より

も,私自身に大きな変化が表れた。今まで,授業中一度に 40人すべてを見渡すことは不可能だ

と感じていたのだが,教壇から全員を目でとらえることができるようになったのだ。これは心

理的な要因が大きいのではないかと思う。

「自己評価カード」は授業の終わり3分間の生徒による記入に対して教師によるフィードバ

ックは 40分程度必要となる。しかし,その効果を考えれば大した労力ではないと思う。また,

カード記入といった方法でなくとも小テストの片隅にひとこと書いてもらいそれにメッセージ

を返すこともできるだろうし,毎回の授業でなく週に1回であっても効果はあると思う。さら

には,ひとことを記入してもらう際,その内容や使用言語に制限を与えることで別の効果も期

待できるだろう。今回についてはコメントのフィードバックは「聞く」「ほめる」「励ます」と

いった姿勢で臨んだが,この応対の方法もさらに専門的な知識や技術を取り入れることで生徒

の英語学習に対する意欲をよりいっそう高めていくことができるのではないかと考えている。

「自己評価カード」を利用し始めて2ヶ月。1枚のカードの上でのやり取りは生徒の英語学

習全般に対する意識や授業外における取組にまでは大きな変化をもたらさなかった。しかしな

がら,長期にわたり継続していく中で,そのようなところにまでプラスの効果が生み出される

ことを期待して,今後も生徒とのやりとりを続けていきたい。そして,生徒と教師の二人三脚

授業を目指して今後も努力を重ねていきたいと思う。

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7 引用文献・参考文献

7.1 引用文献

Brown, H. D. Teaching by principles: An interactive approach to language pedagogy second

edition. (2001) White Plains: Pearson Education.

Csizer, K., & Dornyei, Z. Ten commandments for motivating language learners:

Results of an empirical study. Language Teaching Research 2: 203-29. (1998)

Little, D. Learner autonomy and second / foreign language learning. Retrieved March

29, 2012, from www.llas.ac.uk/resources/gpg/1409. (2012)

菅原裕子 『コーチングの技術』 (2003) 講談社

安河内哲也 「安河内哲也の英語指導法強化塾」 『STEP 英語情報 2011 7・8』 pp.48 - 51

(2011) 英語検定協会

7.2 参考文献

Barfield, A. Autonomy you ask! (2003) 中央大学地球環境研究ユニット

Richards, J. C., & Schmidt, R. Longman dictionary of language teaching and applied

linguistics. (2002) Harlow: Pearson Education.

大喜多喜夫 『英語教員のための応用言語学-ことばはどのように学習されるか』 (2000)

昭和堂

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