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2017_1_10_001 中国「一帯一路」構想の展開と日本 『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会 2018 3 独立行政法人日本貿易振興機構 アジア経済研究所

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2017_1_10_001

中国「一帯一路」構想の展開と日本

『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会

2018 年 3 月

独立行政法人日本貿易振興機構

アジア経済研究所

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研究報告書 新領域研究センター 2017_1_10_001 [「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価]

研究会

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研究報告書 新領域研究センター 2017_1_10_001

[「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価]研究会

2017 年 3 月 31 日発行 発行所 独立行政法人日本貿易振興機構

アジア経済研究所 〒261-8545 千葉県千葉市美浜区若葉 3-2-2 電話 043-299-9500

無断複写・複製・転載などを禁じます。

©日本貿易振興機構アジア経済研究所、上海社会科学院

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目 次

第 1章 「一帯一路」構想の展開と日本の対応・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 1

第 2章 「一帯一路」構想と沿線諸国における自由貿易区建設・・・・・・・・・・・15

第 3章 「一帯一路」構想を背景とした融資協力モデル・・・・・・・・・・・・・・44

第 4章 「一帯一路」中小企業の海外進出に対する金融支援策・・・・・・・・・・・58

第 5章 「一帯一路」沿線ノード都市の特徴と発展・・・・・・・・・・・・・・・・70

第 6章 「一帯一路」における日中連携の現状と展望・・・・・・・・・・・・・・・88

第 7章 スリランカと「一帯一路」― ハンバントタ総合開発事業の進展状況・・・・・103

第 8章 バングラデシュ・中国関係と「一帯一路」・・・・・・・・・・・・・・・・119

執筆者一覧(執筆順)

大西 康雄 (新領域研究センター 上席主任調査研究員)

沈 玉良 (上海社会科学院 世界経済研究所 研究員)

孫 立行 (上海社会科学院 国際金融研究中心 常務副主任)

劉 亮 (上海社会科学院 産業経済研究所 副研究員)

蘇 寧 (上海社会科学院 世界経済研究所 副研究員)

楊 伝開 (上海社会科学院 都市・人口発展研究所 研究助手)

丁 可 (開発研究センター 企業・産業研究グループ 研究員)

荒井 悦代 (地域研究センター 動向分析研究グループ長)

村山 真弓 (研究支援部 部長)

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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第1章

「一帯一路」構想の展開と日本の対応

大西 康雄

はじめに

2017 年 5 月に北京で開催された「一帯一路国際協力サミットフォーラム」には、130 ヵ

国以上が参加し、うち 29 ヵ国は首脳を送り込んだ。これ以後、一帯一路「構想」は世界に

その存在を周知させるとともに、建設段階に入ったとみなすことが出来る。また、17 年後

半になると、日本政府の「構想」に対するスタンスにも変化が見られるようになっている。

いよいよ、「構想」を日本の立ち位置を含めて分析しておくべき時期になったと考える。本

稿では、上記の経緯を踏まえて、「構想」の具体的展開をフォローし、そのプロセスの中で

明らかになってきた課題について整理するとともに、日本が「構想」にどう関わっていく

べきなのかについて検討してみたい。なお、一帯一路に関わる発展プランは、中国では「倡

议」(イニシアチブ)と表記されるが、本書では「構想」を用いることとしたい 1。

なお、本報告書では、共同研究のパートナーである上海社会科学院から改めて 4 編の論

文が提供された。また、アジア経済研究所からは本章を含め 4 編の論文を寄せている。「構

想」が建設段階に入っていることを反映して、中国側の論文は中国が「構想」を展開する

にあたってのより具体的な動きを分析している。自由貿易協定の締結状況や金融協力の枠

組みが論じられ、「構想」域内の諸都市の役割に焦点が当てられる。アジ研側の論文でも、

「構想」の展開に即した日本企業の関わり方の問題や、受け手国(バングラデシュとスリ

ランカ)側からみた「構想」の影響と問題点が示されている。

本章では、第 1 節で、頭記サミットフォーラムで示された中国の「構想」実施方針とそ

の意図するところについて整理し、第 2 節では、「構想」実施によって中国、関係国(中国

語「沿線国」)にもたらされるだろう変化について分析する。変化はすなわち「構想」が持

つポテンシャリティを意味する。第 3 節では、「構想」が直面している課題と、「構想」が

1 最近、中国側の論文で「構想」が言及される際には「一帯一路建設」という表現が一般

化してきている。ここには、「構想」が本格的な実施段階に入ったことが示されている。

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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日中関係に対して有する示唆を探ってみたい。本章の行論の中では、諸章が示した論点に

も言及しつつ、報告書全体の導入部となることを目指したい。

第1節 国際サミット後の「構想」建設方針

「一帯一路国際協力サミットフォーラム」(17 年 5 月 14~15 日)での演説において、習

近平国家主席は、従来から示されてきた「構想」の基本的枠組み(表 1-1)を再確認する

とともに、シルクロード基金の積み増し(約 153 億ドル)を明言した。フォーラム期間中

に締結された各種協定の調印リスト(表 1-2)をみると、全般的な協力覚書(12 ヵ国)や

経済貿易協力取り決め(30 ヵ国)が主体を占める。その他は個別のプロジェクトに関する

取り決めである。

表 1-1 「ビジョンと行動」における重点協力分野と協力メカニズム

重点協力分野

①政策の調整

②インフラの接続(交

通、エネルギー、光フ

ァイバーケーブル)

③貿易手続きの利便化

④情報交換の強化 ⑤貿易分野の開拓 ⑥投資の利便化

⑦進行産業分野での協力 ⑧産業チェーンの合

理化

⑨対象国企業の対中投資、中国企業

の対象国投資の奨励

⑩資金協力 ⑪金融監督・管理の協

力 ⑫国民レベルの相互理解促進

⑬相互の留学生規模拡大 ⑭観光協力 ⑮伝染病情報の共有

⑯科学技術協力の強化 ⑰若年層の就業・起業

支援

⑱交流における政党・議会の役割強

⑲民間組織の交流協力の強化

協力メカニズム

① 二国間協力

② 多国間協力

上海協力機構(SCO)、中国ASEAN10+1、アジア太

平洋経済協力(APEC)、アジア欧州会合(ASEM)、

アジア協力対話(ACD)、アジア信頼醸成会議(CICA)、

大メコン・サブリージョン経済協力(GMS)、中国アジア

地域経済協力(CAREC)など

出所:国家発展改革委員会、外交部、商務部 2015 より筆者作成

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習演説を含め全体的に見て、サミット後の「構想」建設方針の第 1 のポイントは、今後

の経済協力の基礎として新たな FTA(自由貿易協定)締結が重視されていることである。

こうした FTA 網建設の動きは、第2章で詳細に紹介されているように急速に進んでおり、

今後、中国が主唱する RCEP(東アジア地域包括的経済連携)などの多国間 FTA にもつな

がるものである。

表 1-2 各種協定リスト

一帯一路協力覚書 経済貿易協力取り決め その他

モンゴル、パキスタン、

ネパール、クロアチア、

モンテネグロ、ボスニア・

ヘルツェゴビナ、アルバ

ニア、東ティモール、シ

ンガポール、ミャンマー、

マレーシア

パキスタン、ベトナム、カ

ンボジア、ラオス、フィリ

ピン、インドネシア、ウズ

ベキスタン、ベラルー

シ、モンゴル、ケニア、エ

チオピア、フィジー、バン

グラデシュ、スリランカ、

ミャンマー、モルディブ、

アゼルバイジャンン、ジ

ョージア、アルメニア、ア

フガニスタン、アルバニ

ア、イラク、パレスチナ、

レバノン、ボスニア・ヘル

ツェゴビナ、モンテネグ

ロ、シリア、タジキスタ

ン、ネパール、セルビア

<中国鉄路総局の協力取り決め>

ベラルーシ、ドイツ、カザフスタン、モ

ンゴル、ポーランド、ロシア

<ジャカルタ=バンドン高速鉄道>

インドネシア

<港湾、電力、工業園区等のインフラ

融資取り決め>

スリランカ、パキスタン、ラオス、エジ

プト

出所:同フォーラムリストより筆者抜粋

第 2 のポイントは、中国が従来から展開してきた経済協力の枠組みを保持しつつ「構想」

を推進しようとしていることである。中国の経済協力を OECD 諸国の ODA 基準だけで見

ると実態を見誤ると思われる。中国の提供する資金において国家財政から支出される援助

資金カテゴリーの部分は小さく、「対外経済合作」(プロジェクトの建設請負、労務提供、

設計コンサルティングを主内容とする)カテゴリーが大部分を占める。その大きさを(図

1-1)に示した。この部分は、OECD の定義する経済援助に比すると返済条件は厳しいが、

一般のビジネス案件とは異なり、中国政府が提供する優遇借款などを利用しながら実施さ

れる。OECD のいう「政府援助枠組」と「市場取引の領域」双方にまたがる内容を有して

いる(図 1-2)。中国自身はこれを「南南合作」(発展途上国間協力)の方式と位置付けて

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きており、受け手国から見ても経済協力の一形態と見なされている。

図 1-1 中国の対外援助と対外経済合作(単位:億ドル)

出所:『中国統計年鑑』各年版より筆者作成

図 1-2 中国の対外援助・対外経済合作スキーム

出所:筆者作成

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第 3 のポイントは、AIIB(アジアインフラ投資銀行)など、新規の融資ルートが果たす

役割である。当初、同銀行は、WB(世界銀行)、ADB(アジア開発銀行)等従来の国際金

融機関と対抗しつつ、中国の外交を側面から支える動きをとるのではないか、という懸念

んもあったが、実際の融資案件を見ると、これら金融機関との協調融資が多く、そうした

懸念は当たらなかったようだ。(表 1-3)に示すように、これまでに AIIB が実施した 24 案

件のうち独自融資は 7 件にとどまっている。

表 1-3 アジアインフラ投資銀行の融資実績一覧

協調融資相手 プロジェクト名 国名 備考

1 AIIB 単独 北京大気質量改善・石炭天然

ガス転換 中国

2 AIIB 単独 ブロードバンドインフラ オマーン

3 AIIB 単独 Duqm 港商業埠頭・作業区整備 オマーン

4 AIIB 単独 鉄道システム準備 オマーン

5 AIIB 単独 グジャラート州道路 インド

6 AIIB 単独 インド・インフラファンド インド 投資金融仲介

7 AIIB 単独 送電線レベルアップ バングラデシュ

8 世界銀行 アンドラプラデシュ州電力供給 インド

9 世界銀行 タベラ第 5 水力発電所拡張 パキスタン

10 世界銀行 全国貧民窟改造 インドネシア

11 世界銀行 メトロマニラ洪水管理 フィリピン

12 世界銀行ほか Nurek 水力発電所改造 タジキスタン

13 世界銀行 区域インフラ開発ファンド インドネシア 投資金融仲介

14 世界銀行ほか アナトリア天然ガスパイプライ

アゼルバイジャ

15 世界銀行 ダム操業改善・安全 インドネシア

16 IFC IFC 振興アジアファンド アジア全域 投資金融仲介

17 IFC 太陽光発電固定価格買取 エジプト

18 IFC、アジア開発

銀行 Myingyan 発電所 ミャンマー

19 アジア開発銀行 送電システム強化 インド

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6

20 アジア開発銀行 バトウミ環状道路 ジョージア

21 アジア開発銀行 天然ガスインフラ・生産効率改

善 バングラデシュ

22 アジア開発銀行 M-4 国家ハイウェー パキスタン

23 欧州復興開発銀

ドウシャンベ・ウズベキスタン辺

境道路改善 タジキスタン

24 欧州復興開発銀

行 バンガロール地下鉄 6 号線 インド

出所:同行公式サイトより筆者作成

第 4 のポイントは、上記したように政府が関わる領域以外では、通常の商行為が展開さ

れていることである。本研究プロジェクトでは、メンバーによる現地調査や日本貿易振興

機構海外事務所に指示しての「構想」関連プロジェクトの実態調査を行ってきたが、それ

らの報告で得られた中国の民間企業の見解の代表例は、「海外進出に対して政府が支援を提

供してくれることはない」というものである。この領域では、純粋にビジネス基準で企業

活動が進められているとみて間違いない。

以上の方針を総括的に整理すると、中国が「構想」に込めている意図は、対外的には、

中国主導の経済圏を構築することである。そのための手段は、①域内インフラの連結性向

上、②国際金融機関を通じた資金調達、であり、こうした手段を通じて人民元圏を形成し

ていくことだ。他方、国内的には、折から迫られている経済構造転換を上から主導する形

で実現することである。そのための手段は、①「構想」に依拠した海外市場開拓、②中国

企業の海外展開支援である。

第2節 「構想」実施がもたらす効果

公開済みの本プロジェクト中間報告書 2で指摘したように、筆者のみるところ、「構想」

は、対外経済ポジションの変化に対応し、内陸部経済の振興を目標とした新しい対外経済

政策の一環と理解できる。主な変化は、対外貿易の多角化(図 1-3)や中国自身の対外投

資の急増(図 1-4)である。対応策としては多国間でかつ投資分野をも包含する FTA(自

由貿易協定)が推進されているが、それだけでは対応できない内陸地域経済振興を目指す

施策として「構想」が登場したと考えられる。すなわち、「構想」は、「対外開放政策 2.0」

であると同時に「西部大開発 2.0」である。

2 『「一帯一路」構想と中国経済』http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Download/Seisaku/2016_a03.html

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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図 1-3 相手国・地域別貿易の推移(1990~2016 年:シェア%)

出所:『中国統計年鑑』各年版より筆者作成

図 1-4 中国の外資受け入れ、対外直接投資の推移(2000~2016 年)

出所:『中国統計年鑑』各年版、各種報道より筆者作成

それでは、「構想」関連の施策実施に伴ってどのような効果が期待できるのかを整理し

てみよう。第 1 に指摘できるのは、輸送インフラの整備に伴って中国と関係国間の輸送効

19.2

14.4 14.6

15.316.1

14.3 14.8

10.2

14.515.7

14.913.0 14.1

14.115.8

20.6

18.0

13.310.0

7.07.55.8

6.68.3

9.29.8

11.9 12.3

0

5

10

15

20

25

1990 1995 2000 2005 2010 2015 2016

EUシェア% USAシェア%

日本シェア% ASEANシェア%

407.2468.8

527.4 535.1

606.3

603.3

630.2 747.7

924900.3

1057.3

1160.1

1117.2

1175.91196

1262.7 1260

10

6927 28.5 55

122.7211.6

265.1

559.1 565.3590

746.5878

1078

1231

1180.2

1701.1

0100200300400500600700800900

10001100120013001400150016001700

2000 2001 2002 2003 2004 2005 2006 2007 2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016

外資受入

対外投資

億ドル

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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率が向上することだ。代表として中国・欧州直通貨物列車を例にとると、発着回数の急増

や輸送時間の短縮によって輸送コストが低減している。2016 年には、中国全土=欧州間で

1702 列車が運行され、輸送に要する時間は当初の 16~20 日から 13 日程度へと短縮、輸送

コストは 1TEU(標準コンテナ)当たり 9000 米ドルから 6000~7000 米ドルに低下した。こ

れは海運の場合の 2 倍程度だが、空運の 3 分の 1 である。海運がほぼ 40 日、空運が 2 日程

度を要するので、時間と費用の見合いで競合可能な水準になっていると考えられる。なお、

本稿執筆時点の報道によると、2017年には 2800列車が運行され、25万TEUが運送された。

海上輸送部分はさらに先行している。それは、「構想」に先行して進められてきたもの

である。すでに全世界の10大コンテナ港のうち6港が中国大陸部と香港に位置するが、

これらと欧州・中東・アフリカを結ぶ航路上において中国の港湾投資が実施されてきた。

その全体像はなかなか把握できないが、イギリスの研究機関と Financial Times の共同研究

によると、2010 年以来、中国企業・香港企業が関与し、あるいは関与を公表している港湾

プロジェクトは少なくとも 40 あり、総投資額は 456 億ドルに達している。この結果、全世

界の海上コンテナ輸送の 67%が、中国が所有ないし出資している港湾を経由していると見

られる 3 。

図 1-5 「構想」の陸上・海上ルート概念図

出所:アジア経済研究所企画課山口理恵(作成当時)と筆者作成 3 英国《金融时报》:中国的海上超级大国之路 (http://www.guancha.cn/strategy/2017_01_25_391299_s.shtml)

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第 2 には、新たな国際金融機関の創設でインフラ建設の資金手当てが可能となることで

ある。AIIB(資金規模 1000 億ドル見込み)は無論だが、これに先行して新開発銀行(同

500 億ドル、2022 年には 1000 億ドル)が設立されており、さらには銀行ではないが、中国

独自の基金であるシルクロード基金(同 553 億ドル)がある。これらを合計すると、WB

(同 2830 億ドル)、ADB(1635 億ドル)に比肩する(表 1-4)

表 1-4 国際金融機関の比較

国際通貨基金

(IMF)

世界銀行 アジア開発銀行 BRICS 銀行 アジアインフ

ラ投資銀行

(AIIB)

設立年 1944 1944 1966 2015 以降 2015

所在地 ワシントン ワシントン マニラ 上海 北京

代表者 ラガルド専務理

事(仏)

キム総裁(米) 中尾総裁(日本) 総裁(印) 総裁(中予定)

加盟国

188 188 67 国・地域 5+ 57

主要出

資国

米・日・独・英・

米・日・中・独 日・米・中・印 中・印・伯・露 中・印・尼・泰

資金規

出資割当 3680

億$

資本金 2830

億$

資本金 1635 億

500 億$(7 年

で 1000 億

$へ)

1000 億$

業務内

マクロ経済安

定、金融危機

対応

経済発展、貧

困削減

経済発展、貧困

削減

A・AF・LA など

途上国のイン

フラ開発

域内のインフ

ラ開発

出所:筆者作成

第 3 には、「構想」関係国域内に新たな産業集積が創出されることである。この効果は

第 1 の輸送効率向上によってももたらされ得るが、現段階では、新規輸送・物流ルート上

にはこうした集積はまだ観察されておらず、中国版工業団地である「域外経済貿易合作区」

の設立に伴って起きている。商務部の統計によると同区は 2016 年末時点で 36 ヵ国、77 ヵ

所設立されており、約 242 億ドルの投資を吸収している。うち、「構想」関係国は 20 ヵ国、

56 ヵ所、投資企業 1082 社、約 186 億ドルを占めている 4。投資業種の統計はないが、報道

4 中国企业在 36个国家在建境外经贸合作区 77个

(http://news.cctv.com/2017/04/13/ARTIALEsx0nmFb0owZMAqeng170413.shtml)

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

10

によれば、①中国が比較優位を有する軽工業、家電、繊維、アパレルを中心に②中国で生

産能力過剰となっている鉄鋼、電解アルミ、セメント、厚板ガラスなどの業種も進出して

いる。

第 4 には、自由貿易試験区措置との統合運用による効果である。16 年 9 月から「構想」

の中国=欧州直通列車のチャイナランドブリッジ起点都市のうち5つ(鄭州、西安、武漢、

重慶、成都)と大連、舟山に自由貿易試験区が設立されており、内外企業は試験区の規制

緩和措置を享受しつつ「構想」のもたらすメリットを享受できる。こうして「構想」が対

象とする域内において経済関係が深化拡大し、人民元の流通が盛んになれば、いずれ人民

元通貨圏が成立する基礎となろう。

本節の最後に、中国の海外直接投資の現状を確認しておこう。中国の海外直接投資額は

16 年のフロー額(1961.5 億ドル)で世界2位、16 年末の累積投資額(1 兆 3537.9 億ドル)

で世界第6位となっているが、その投資先別構成は図 1-6 の通りである。アジア向けが圧

倒的に見えるが、うち 58.2%は香港向けであり、同地から第三国に再投資されていると見

られるが、最終投資先は不明である点に注意が必要だ。

図 1-6 中国の対外投資累積額構成(2016 年末、%)

出所:中华人民共和国商务部・国家统计局・国家外汇管理局 2016 より筆者作成

さらに図 1-7 に「「構想」」対象国向け投資の動向を示した。「構想」対象国(アジア、ア

フリカ、EU に含まれる)への投資は、16 年に 145 億ドルと全投資額の約 7.4%であった。

すでに一定の割合を占めており、かつ 09 年以降の伸び率は他地域向けに比べて早く、今後

アジア67.0%

アフリカ2.9%

EU6.4%

ラ米15.3%

北米5.6%大洋州2.8%

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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そのシェアは拡大していくと予想される。

図 1-7 中国の「構想」対象国向け直接投資の動向

出所:国務院発展研究中心整理データおよび(中华人民共和国商务部•国家统计局•国家外

汇管理局 2017)より筆者作成。

第3節 「構想」の課題と日中経済関係への示唆

以上で、「構想」の実施方針、狙いとその実施効果についてみてきた。本節では、まず、

「構想」提起以来の経緯の中で明らかになってきたその課題について述べる。第 1 は、中

国と関係国の思惑の食い違いである。「構想」を二国間レベルでみると、通常は中国が資金

等の出し手であり、関係国はそれを受け入れる立場にある。「構想」は外交政策との関連性

が強いので、往々にして両者の思惑が食い違うことは避けがたい。具体的ケースについて

は、たとえば、本報告書の第7章、第8章を参照されたい。

第 2 は、既存の多国間枠組みとの関係調整である。たとえば、中央アジアにはロシアが

構築してきた経済上、安全保障上の多国間機構が存在する。前者の代表は EAEU(ユーラ

シア経済連合;ロシア、ベラルーシ、カザフスタン、アルメニア、キルギス。候補国タジ

キスタン)、後者の代表は CSTO(集団安全保障条約機構;ロシア、アルメニア、ベラルー

シ、カザフスタン、キルギス、タジキスタン)である。中国はロシアを含む SCO(上海協

力機構;ロシア、中国、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン、イン

ド、パキスタン)を重視してきたが、「構想」はその範囲を大きく超えるものであり、かつ

経済関係の緊密化を含んでいる。各機構の加盟国、特にロシアとの関係調整が必要だが、

41.34 45.28

77.43

99.29

133.22 126.34

136.56 148.20 145.00

(10.0)

0.0

10.0

20.0

30.0

40.0

50.0

60.0

70.0

80.0

0.00

20.00

40.00

60.00

80.00

100.00

120.00

140.00

160.00

2008 2009 2010 2011 2012 2013 2014 2015 2016

投資額(億$) 対前年比増減率%

対前年比増減率%

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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これは容易ではない。

第 3 は、第 2 と関連するが、「構想」で国境(二国間、多国間)を越えたプロジェクト

を建設・実施する場合の調整機構が不在であることだ。

中国自身、これらの課題を自覚しており、外交努力を開始している。たとえば、習国家

主席がロシアを訪問した際(2017 年 7 月)の共同声明において、「一帯一路とユーラシア

経済連合との連携」が謳われている 5。とはいえ、連携の実現には、数年を要すると見込

まれる。中国の外交力が改めて問われよう。

次に、「構想」が日中経済関係に対して有する示唆について考えてみたい。第1に協力

の枠組みであるが、日本の側にも「構想」に相当する大型インフラ計画「アジア総合開発

計画」がある。これは、09 年の東アジアサミットで日本が策定を提案したもので、地域ご

との具体的プロジェクトリストは約 700 に及ぶ。同計画の多くはまだ研究段階にとどまっ

ているが、その一つで実施段階にある「ASEAN連結性マスタープラン」は域内の連結

性向上を目指すもので「構想」との補完・協力が考えられる。たとえば、図にあるメコン

総合開発の地域で、中国は南北方向の鉄道・高速道路建設を計画しており、日本等が東西

方向をつなぐ建設計画を立てれば補完できる可能性がある。図 1-8 に経済産業省の HP に

掲載された上記のプロジェクトの概念図を示す。

図 1-8 アジア総合開発計画のインフラ建設構想

出所:経済産業省 HP http://www.meti.go.jp/committee/summary/0003410/013_01_02pdf

第2に資金支援の枠組みとしては、AIIB 等の中国主導の融資に対し、ADB 等の融資、

円借款等で協調できる。事実、本稿執筆時点において報道ベースで判明している AIIB の

5 中华人民共和国和俄罗斯联邦联合声明(全文)http://www.fmpro.gov.cn/web/ziliao_674904/1179_674909/t1375315.shtml

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融資案件 24 件(融資額 42 億ドル)中 18 件(26.7 億ドル)は ADB、世界銀行、欧州復興

開発銀行等との協調融資となっている 6。また AIIB に対しては、資金面だけでなく、融資

の審査・実施のノウハウ等の面での支援も想定できよう。

なお、特筆しておくべきは、17 年 12 月に、日本政府の内閣官房、外務省、財務省、経

産省、国交省が共同で「構想」に関し「第三国における日中民間経済協力」の推進を表明

する国内説明会を開催したことである 7。そこで示された協力の例示としては、①第三国

における省エネ・環境協力の推進、②第三国における産業高度化、③アジア・欧州横断で

の物流活用、が挙げられた。①には、既に存在する「日中省エネ・環境フォーラム」等を

活用しての協力が、②には、タイなど東南アジアでの工業団地高度化、電力基盤高度化(高

効率ガス・石炭火力発電等)が、③には、既に説明した中国=欧州直通貨物輸送ルートの

活用が該当しよう。

これらを踏まえて第3に具体的プロジェクトを検討していくというプロセスが想定で

きる。すでにみたように「構想」対象国に対する中国企業の直接投資は本格化しており、

対象国で日中企業が提携するケースも出てくるであろう(第6章参照)。海外投資において

日本企業は多くの経験を積んでいる。また、両国企業が有する優位性には相互補完的な点

がある。「高品質、工程管理、運営ノウハウ」に優位を持つ日本と「安価な部材、新興国市

場での経験」に優位を持つ中国、といった具合である。「構想」の進展が日本企業にも新た

なビジネスチャンスをもたらすことが期待される。

おわりに

本章では、様々なレベルのソースを用いて「構想」の現状把握を試みてきた。すでに「構

想」は自由貿易試験区と並んで、中国の対外経済政策の重要な二本柱を形成しており、第

2期の基盤を固めた習近平政権によって今後10年単位の期間にわたって両政策が継続され

ることになると予想できる。そして、本報告書の他の章の分析を踏まえてその将来を展望

すると、関係国間の貿易・投資の増加によって次第に中国を中心とする経済圏(人民元圏)

が形成されていく可能性が強い。アメリカが TPP 離脱を宣言するなど、国際経済環境の先

行きは不透明さを増しているが、中国による経済圏形成の動きは止まることはないであろ

う。日本としても、それを前提として対中国経済政策のみならず、「構想」関係国への政策

を構築していく必要があるように思われる。

2018 年度も継続予定の本研究会においては、「構想」関連のプロジェクトがどのように

実施され、そこに日本政府、日本企業がどのように関与していくのかについて、その行方

6 “2年 24个项目 42亿美元 84个成员 亚投行的成绩单揭秘(附项目列表)

(https://mp.weixin.qq.com/s/sY6pFdjs3ixj0NAP8R6kTQ) 7 日経電子版 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO24279790V01C17A2PP8000/

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を注視していきたいと考える。

〔参考文献〕

(日本語文献)

大西康雄編 2016「特集 中国の自由貿易試験区‐現状と展望」(『アジ研ワールドトレン

ド』16 年 7 月号) アジア経済研究所

伊藤亜聖 2015 「中国 『一帯一路』の「構想」と実態‐グランドデザインか寄せ集め

か?」(『東亜』15 年9月号) 霞山会

JETRO アジア経済研究所・上海社会科学院共編『「一帯一路」構想と中国経済』

http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Download/Seisaku/2016_a03.html

(中国語文献)

推进“一带一路”建设领导小组办公室 2016 「中欧班列建設発展規劃(2016-2020 年)」

王永中、李曦晨 2015《中国对“一带一路”沿线国家投资的特征与风险》

http://www.cssn.cn/jjx/jjx_gzf/201511/W020151130796447771290.pdf

中华人民共和国国家发改委、外交部、商务部 2015 「推动共建丝绸之路经济带和 21 世纪海

上丝绸之路的愿景与行动」http://news.xinhuanet.com/gangao/2015-06/08/c_127890670.htm

中华人民共和国国家统计局 各年 『中国统计年鉴』 北京 中国统计出版社

中华人民共和国商务部•国家统计局•国家外汇管理局 2017 『2016 年度中国对外直接投资

统计公报』

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第2章

「一帯一路」構想と沿線諸国における自由貿易区建設

沈 玉良

はじめに

本章は、一帯一路構想の現状と将来について貿易協定の視点から分析しようとするもの

である。第 1節では、世界の特恵貿易協定(PTA)の現状について概観し、中国の FTAの特

徴を整理する。第 2節では、中国と一帯一路沿線諸国との貿易発展の現状を確認する。第

3 節では、これら諸国と中国および他国との間の FTA の実態を概観し、第 4 節では、以上

の分析に基づいて、中国が今後展開すべき一帯一路沿線諸国との自由貿易協定(FTA)締結の

理論的根拠、考え方の提示を試みる。

第1節 国際貿易の新ルール及びその動向

1.国際貿易ルールの現状

21 世紀に入って以来、多国間貿易ルール交渉の進展は緩慢だったが、アメリカと EU が

主導する二国間、複数国間、地域貿易協定(特恵貿易協定、Preferential Trade Agreements、

PTAsと総称)交渉は加速化しており、多国間貿易ルールとは異なる、自由化度がより高い

国際貿易の新ルールが次々に形成されている。中国の物品貿易は世界第 1位となっており、

国際貿易の新ルール制定に参画し、さらには牽引することは、理論面、実務面で重要な任

務であり、一帯一路構想の提唱においても、関連国との二国間・地域・複数国間の貿易協

定の締結を通じ、貿易の自由化と円滑化を推進すべきである。

最初に PTA について研究したのは、ヘンリック・ホーン等の研究者であり、彼らは EU

とアメリカが締結した 28件の PTAsにある 52の政策分野を、「WTOプラス条項」(計 14)と

「WTO-X 条項」(計 38)に分類した。WTOプラス条項は、既存の WTO紀律と約定をもとに、

市場アクセス障壁及び差別的措置を一段と排除した自由化条項である。WTO-X 条項には、

WTOレベルで合意に達していない紀律と約定が含まれている。

研究によると、EUとアメリカが締結したPTAsには、いずれも多数のWTOプラス及びWTO-X

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条項が含まれているが、採用する具体的な方策は異なる(後に HMSモデルと称される)こ

とが分かった。WTOが発表した「World Trade Report 2011」では、上述の研究がさらに深

められ、96 件の PTA をサンプルとして選んだ。これには EU とアメリカが締結した協 定

だけでなく、アセアン、南米南部共同市場(メルコスール)、中国、インド等が締結した協

定も含まれる。

研究によると、関税自由化といった既存の WTO プラス 条項も多数存在するほか、知的

財産等の更新された WTOプラス条項、及び投資、競争、資本移動等の WTO-X 条項も同様に

多数存在することが分かった。私たちは 363の FTAの中から 100協定(1948年 1月~2016

年 6月)を選び、これらの協定に関する WTOプラス条項と WTO-X条項について整理と比較

を行い、現在の PTAにおける、国際貿易の新ルールの世界的な変化動向と基本的特徴を示

した(表 2-1)。WTOプラスが最も多い(WTOプラスに 10条項は、工業関税、農業関税、税

関管理、反ダンピング、補助金相殺関税、輸出税、TBT(貿易の技術的障害に関する協定)、

GATS(サービス貿易に関する一般協定)、TRIPS(知的所有権の貿易関連の側面に関する協

定)、国家援助である。WTO-X が最も多い 10 条項は、競争政策、知的財産、投資、資本移

動、環境法、農業、研究・技術、地域協力、教育訓練、エネルギー等である。また、WTO

プラス条項はそのほとんどが法的効力を有すが、大多数のPTAsにおけるWTO-X条項のうち、

法的効力を持つのは、競争政策、知的財産、投資、資本移動等の 4条項のみである。

表 2-1 100 の代表的 PTA 協定における WTO プラス、WTO-X 条項の推移

年 PTA 協定締結国の組

み合わせ

代表的

PTA の数

WTOプ

ラス

WTO-X WTO プラ

ス (法的

拘束力あ

り)

WTO-X

(法的拘

束力なし)

1999 年ま

先進国間 7 6.1 4 5.9 3.4

先進国-発展途上国間 9 9.9 8.8 8.8 3.1

発展途上国間 11 5.5 5.2 5 2.1

全部 27 7.1 6.1 6.5 2.8

2000-2009

先進国間 4 10.3 5.3 10 3.8

先進国-発展途上国間 37 11.4 11.1 10.6 4.7

発展途上国間 15 8.7 4.9 7.8 2.7

全部 56 10.6 9 9.8 4.1

2010-2016

年 6 月

先進国間 0 - - - -

先進国-発展途上国間 12 8.9 3.2 8.2 2.5

発展途上国間 5 11.6 7.6 10.8 3.4

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全部 17 9.7 4.5 8.9 2.8

合計/平均 全ての組み合わせ 100 9.5 7.5 8.8 3.5

注:2011 年までの代表的 PTA は、WTO(2011)の報告に基づき選択した(88件)。2012 年以

降の代表的 PTAは、WTO公式サイトで発表された最新の PTAリストから選択した。

出所:筆者作成

このような国際貿易投資の新ルールの変化過程において、アメリカモデルと EU モデル

そのものに大きな違いが存在する。アメリカが主導する PTAは、主に投資条項、資本移動

条項、知的財産条項及び情報通信技術の開発に関連した電子商取引条項が含まれるに対し、

EUが主導する協定には主に競争政策が含まれており、これが国際貿易の新ルールにおいて

のそれぞれの具体的な態度となっている。このことから、近年 WTO-X条項の分野は拡大を

続けているが、主に EU が PTA の発展を主導した結果であり、EU が結んだ多くの貿易協定

の WTO-X 条項には法的拘束力はない。しかし、最近締結された TPP 協定は米国が求めた

WTO-X 分野の拡大を反映し、従来に比べて制限条項が多くの分野に拡大され、しかも法的

拘束力を持つ。この点はヨーロッパ型の FTAと明らかに異なる。

現在、中国は 14 の FTA を締結している(表 2-2)。これら協定の文面骨組みを見ると、

初期には関税削減・撤廃及び原産地規則といったわずかな WTOプラス条項分野に限られて

いたが、物品を含めた内国民待遇及び市場アクセス、原産地規則、SPS(衛生植物検疫措置

の適用に関する協定)、TBT、税関管理及び貿易円滑化、貿易救済といった幅広い WTOプラ

ス条項へと、徐々に拡大している。最近締結された中-韓、中-豪 FTAの WTOプラス条項は

6つに達し、TPPにおける WTOプラス条項骨組みに大変近く、TPP協定との差は、政府調達

条項のみとなっている。WTO プラス条項の内容の充実度を見ると、中国が締結した FTA の

条項の内容は、TPP協定ほど詳細ではないものの、WTOプラス条項そのものの充実度を見る

と、両者の差はさほど大きくない。

2.中国の FTAと欧米の PTA

中国が締結した FTA と、欧米主導の PTA 文面の主な差は、WTO-X 条項分野にある。分野

の広さを見ると、中国が 2005年までに締結した FTAには、WTO-X条項は全く含まれておら

ず、2005 年に締結した中国-チリ FTA になってはじめて、環境政策及び労働政策という 2

つの WTO-X条項が登場した。その後に締結した FTAの WTO-X条項は増加傾向がみられず、

2015 年に締結した中-韓 FTA になって、電子商取引、金融、電気通信、知的財産等の新た

な条項が登場し、WTO-X条項数は 8個となった。

WTO-X 条項の充実度からみると、中国が締結した FTA とアメリカ式の PTA とは明らかに

差があり、主に法的拘束力の有無に表れている。中-韓 FTA(目下、中国の FTAの中で最高

水準)を例にとると、投資及び越境サービス関連条項は、ポジティブリストを用いた管理

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モデルと採っているが、アメリカ式 PTAは、ネガティブリストを用いたモデル(1993年北

米 FTAからスタート)である。競争政策、環境、知的財産といった他の WTO-X条項をみる

と、中-韓 FTAの条項には、ほぼ法的拘束力がないが、アメリカ式 PTAの対応条項には、法

的拘束力と実行可能性がある。

続いて、中国の FTAと TPP協定とを比較し、中国の FTA分野との違いを見てみる。表 2-3

は、中国の FTAにおける WTO-X条項と、対応する TPP条項との差や主な相違点を比較した

ものである。TPPには WTO-X条項が 13項目あり、中国の FTAには 10項目ある。含まれて

いないのは、監督管理の一致性、透明性と腐敗行為の防止、国有企業と指定独占のわずか

3項目である。当然ながらこの 10項目の充実度は、TPPと比べるとまだ大きな差がある。

表 2-2 中国が締結した FTAの主な枠組みと内容(PTAを含む)

No. 協定名称 締結時期 サービス内容

WTO プラス条項 WTO-X 条項

貿易の円滑化 そ の

WTO

プ ラ

ス(項

目)

投資 サービス その他 WTO-X

条項

1 内地と香港

のより緊密な

経済貿易関

係の構築に

関する手配

2002/2015 特別規則なし 3 特別規

則なし

ネガティブ

リスト

2 内地とマカ

オのより緊密

な経済貿易

関係の構築

に関する手

2003/2015 特別規則なし 3 特別規

則なし

ネガティブ

リスト

3 中国-アセア

ン全面経済

協力枠組協

2002/2007/

2008

特別規則なし 3 投資協

ポジティブ

リスト

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4 中 国 - チ リ

FTA

2005 特別規則なし 5 特別規

則なし

ポジティブ

リスト

環境*、労働*

5 中国-パキス

タン FTA

2006 特別規則なし 5 特別規

則形式

ポジティブ

リスト

6 中国-ニュー

ジ ーラ ンド

FTA

2008 特別規則形式 5 特別規

則形式

ポジティブ

リスト

環境、労働政策

7 中国-シンガ

ポール FTA

2008 特別規則形式 5 特別規

則形式

ポジティブ

リスト

競争政策

8 中国 -ペル

ーFTA

2010 特別規則形式 5 特別規

則形式

ポジティブ

リスト

競争政策*、環

境*、資本移動、

労働政策

9 海峡両岸経

済協力枠組

協議

2010 特別規則なし 2 特別規

則なし

ポジティブ

リスト

10 中国-コスタ

リカ FTA

2010 特別規則形式 5 混合特

別規則

ポジティブ

リスト

11 中国-スイス

FTA

2014 特別規則形式 5 特別規

則形式

ポジティブ

リスト

労働政策*、環

境政策

12 中国-アイス

ランド FTA

2014 特別規則形式 3 特別規

則形式

ポジティブ

リスト

労働政策*、環

境政策*

13 中国-オース

トラリア自由

貿易区

2015 特別規則形式 5 特別規

則形式

ポジティブ

リスト

電子商取引*

14 中国 -韓国

FTA

2015 特別規則形式 5 特別規

則形式

ポジティブ

リスト

競争政策、環境

政策、金融、電

気通信、電子商

取引*、知的財

- TPP 協定 2015 第五章 税関

管理と貿易の

円滑化

6 ネガテ

ィブリス

ネガティブ

リスト

電子商取引*、

競争政策*、知

的財産*、労働

*、環境*、金融

*、電気通信*、

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中小企業*、腐

敗行為の防止

*、監督管理の

一致性*等

注:商務部の中国自由貿易区サービスネットで発表された中国と各経済体との FTAの内容

を整理したもの。「*」のある WTO-X条項は、協定に登場するが、法的拘束力のない条項。

その他は法的拘束力のある条項である。

出所:筆者作成

文面をみると、近々交渉に盛り込むことのできる WTO-X条項のうち、監督管理の一致性、

透明性、腐敗行為の防止の 3条項は、国内の監督管理制度に抵触するため盛り込めないが、

他の条項は交渉に盛り込むことで、ルールの充実、法的拘束力の強化を図ることができ、

留保措置、例外条項の設定等の形で交渉に提示できるものである。

表 2-3 WTO-X条項分野に関する中国の FTAと TPPとの比較

No. TPP における WTO-X

条項

既存の

FTA に

ある

主要な内容の違い 近々交渉に盛

り込まれるか

1 投資 Yes P2G、資本移転等 ✓

2 越境サービス貿易 Yes ポジティブリスト/ネガティブリス

ト(適合しない措置)

3 金融サービス Yes 適合しない措置/新金融サー

ビス等

4 電気通信 Yes ナンバーポータビリティ、ナン

バー取得、主導的通信事業者

待遇等

5 電子商取引 Yes 施設の位置計算、個人データ

保護

6 競争政策 Yes 私人の訴訟権、消費者保護等 ✓

7 国有企業と指定独占 No 非差別待遇及び補助金紀律

8 知的財産 Yes 透明性、紛争の解決等 ✓

9 労働 Yes 核心的労働公約に対する理解 ✓

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10 環境 Yes 環境保護条項の内容及び紛争

解決メカニズム

11 ビジネス関係者の一

時的な入国

Yes 一時的な入国許可等 ✓

12 監督管理の一致性 No 国内の監督管理制度に関わる

もの

o

13 透明性と腐敗行為の

防止

No 国内の監督管理制度に関わる

もの

o

注:2011 年までの代表的 PTA は、WTO(2011)の報告に基づき選択した(88件)。2012 年以

降の代表的 PTAは、WTO公式サイトで発表された最新の PTAリストから選択した。うち「✓」

が付いているものは、交渉に盛り込める条項であり、「o」が付いているものは目下のとこ

ろ交渉に盛り込めない条項。

出所:筆者作成

3.中国の FTAと TPPの比較

次に、物品、サービス、投資、電気通信、金融、電子商取引、国有企業等の重要分野か

ら、TPP協定と中国の既存 FTAの約定、譲許分野での差を分析する。

(1)物品貿易の関税の譲許・約定

近年中国が締結した FTAと TPPには比較的大きな差がある。TPP附属書の約定によると、

アメリカ、オーストラリア、カナダ、ブルネイ、チリの 5 カ国の 90%以上の関税は、TPP

発効一年以内にゼロに削減(シンガポールの既存関税はすでにほぼゼロ)される。日本、

マレーシア、ペルーの 3 カ国のゼロ関税割合も 80%以上にしていく。メキシコとベトナム

の割合は最も小さいが、それぞれ 76.99%と 64.22%にしていく。このような関税削減は、ま

ず貿易移転と地域内の貿易集積をもたらす。

それに比べ、中国が近年締結した協定の関税削減度は明らかに弱い。中-韓 FTA を例に

とる(表 2-4)。中国-韓国 FTA 附属書にある韓国と中国の減税約定によると、韓国側が 5

年以内にゼロ関税を実施する HS関税コードは約 60.3%にすぎず、中国のそれも 41.7%にす

ぎない。これは TPP で約定レベルが最も低い加盟国のベトナムが、1 年以内にゼロ関税を

実施する製品割合よりも低い。

表 2-4 中国-韓国 FTA における中国・韓国の関税削減計画

No. 削減モデル 韓国側の関税削減 中国側の関税削減

1 0 48.70% 21.51%

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

22

2 5 12.59% 20.20%

3 10 18.64% 31.22%

4 15 8.75% 12.21%

5 20 4.23% 5.59%

6 10-A 0.02% 0.01%

7 15-A 0.02% 0.01%

8 E 6.52% 7.83%

9 その他 0.53% 1.42%

注:中国-韓国 FTA 文書附属書 2-A の韓国側関税譲許表に基づき整理し、HS10 桁関税コー

ドを統計した。うち「0」は、協定発効日からの関税免除(元々ゼロ関税のものも含む)を

表す。「5」は発効日から 5 年以内の同比率譲許を表し、このカテゴリの物品は 5年目の 1

月 1日から免除する。「10」は発効日から 10年以内の同比率譲許を表し、このカテゴリの

物品は 10年目の 1月 1日から免除する。「15」は発効日から 15年以内の同比率譲許を表し、

このカテゴリの物品は 15年目の 1月 1日から免除する。「20」は発効日から 20年以内の同

比率譲許を表し、このカテゴリの物品は 20年目の 1月 1日から免除する。「10-A」は 1年

目から 8年目にかけて基準税率を保持し、9年目の 1月 1日から 2年以内に同比率削減し、

このカテゴリの物品は 10年目の 1月 1日から免除する。「E」は基準税率の保持を表す。「そ

の他」の減税モデルは、PR-10、PR-15、PR-20、PR-30、PR-35、PR-50、PR-8等を含む。

出所:筆者作成

その他の貿易自由化及び貿易円滑化分野において、TPP 協定はサプライチェーン貿易の観

点からルール設計がされており、全体の枠組みから、市場アクセス、物品販売、再製造、メンテ

ナンス、サービス等多くの段階において貿易自由化と円滑化が反映されている(表 2-5)。具体的

内容をみると、アメリカ多国籍企業の核心的利益(あるいは競争優位性)に関わる製品は非常に

細かな規定がある。例えば先進バイオテクノロジー製品の貿易、医薬品、医療設備等には詳細

な貿易円滑化制度がある。また監督管理の一致性も、TPPの物品貿易円滑化分野で体現されて

おり、調和及び見直しの手続きまたは仕組み(第 25.4 条)、規制に関する中核的な良い慣行の

実施(第 25.5 条)における理念も、貿易円滑化条項に登場する。

表 2-5 TPP 協定における物品貿易自由化及び貿易円滑化制度

TPP 分野 TPP の下位分野 中韓自由貿易区の

下位分野

中韓自由貿易区の分

内国民待遇

及び市場アク

修理あるいは改

変後再入国する

無 内国民待遇及び物品

市場アクセス

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23

セス(第 2 章) 物品(2.6条)

価値を無視できる

商 業 サ ン プ ル

(2.7 条)

商業価値のない広告品あるいは商品

サンプルの免税入国(2.7)

物品の一時的な

入国(2.8条)

物品の一時輸入許可(2.6条)

再製造物品(2.12

条)�

現代型バイオテク

ノロジー製品の貿

易(2.29条)

原産地規則 原産地規則及び

原産地手順

原産地規則及び原産地実施手順(第 3

章)

原産地規則

(第 3 章)

繊維品及びア

パレル

繊維品及びアパ

レル

無 無

(第 4 章)

税関管理及

び貿易円滑

化(第 5章)

事前教示(第 5.3

条)

事前教示(第 4.10条) 税関手順及び貿易円

滑化(第四章)

自動化(第 5.6

条)

自動化(第 4.12条)

急送貨物(第 5.7

条)

急行便(第 4.15条)

処罰(第 5.8 条) 処罰(第 4.11 条)

リスク管理(第 5.9

条)

リスク管理(第 4.13条)

物品リリース(第

5.10 条)

物品リリース(第 4.14条)

衛生植物検

疫措置(第 7

章)

科学及びリスク分

析第 7.9条

技術協力(第 5.4条) 衛生及び植物衛生検

査(第 5 章)

輸入検査

第 7.11条

貿易の技術的 ぶどう萄酒及び蒸 附属書なし 貿易の技術的障害に

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24

障害 留 酒 ( 附 属 書

8-A)

関する協定(第 6章)

(第 8 章) 情報及び通信技

術製品(附属書

8-B)

医薬品(附属書

8-C)

化粧品(附属書

8-D)

医療設備(附属書

8-E)

競争力及びビ

ジネス円滑化

(第 22 章)

サプライチェーン

(第 22.3条)

監督管理の一

致性

調整及び見直し

の手続きまたは仕

組み(第 25.4条)

(第 25 章) 規制に関する中

核的な良い慣行

の実施(第 25.5

条)

注:・本条項において、修理または改変は次の操作または加工を含まない。(a)物品の基

本特性を消去する、あるいは新しいまたは商業上異なる物品を生成する。あるいは(b)半

成品を完成品に変化させる。・価値を無視できる商業サンプルとは、商業または貿易サンプ

ルを指し、積み込み・輸送時に単独または全体の価値が米ドルまたは他の締約側の等価通

貨において 1ドルを超えない、あるいは表示、破壊、穴あけまたはその他の処理により、

商業サンプルとして以外は販売または使用に適しないようにしたもの。・締約者は、次の物

品について、原産地がどこであっても、一時的に免税での入国を許可しなくてはならない。

(a)専門設備。輸入締約者の法律に基づき、一時的な入国資格を持つ人員が、業務、貿易

または専門活動を実施するうえで必要なもの。具体的には、ニュースメディア、テレビ設

備、ソフトウェア・ラジオ及び映画設備等(b)展示あるいは実演に必要な物品(c)商業

サンプル、広告フィルム及び録音、及び(d)スポーツを目的として入国を許可される物品。

・再製造物品とは、協調制度の第 84章から第 90章あるいは 9402品目に属す物品を指す。

8418、8509、8510、8516及び 8703品目あるいは 841451、845011、845012、850811及び 851711

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25

の下部品目に属する物品は含まない。当該物品の全てまたは一部は、リサイクル材料で構

成されており、かつ(a)完全に新しい物品に類似した寿命、または同じまたは類似した性

能を持ち、かつ(b)完全に新しい製品に適用される工場保証書に類似した工場保証書を有

する。⑤本協定に別途規定がある場合を除き、いかなる締約者も、もう一方の締約者への

いかなる物品の輸入、あるいはもう一方の締約者の領土への輸出または輸出のためのいか

なる物品の販売に対してもいかなる禁止または制限措置も採用または維持してはならない。

これには「1994 年関税及び貿易総協定」第 11 条及びその解釈性注釈に合致するものを除

く。このため、「1994年関税及び貿易総協定」第 11条及びその解釈性注釈は、必要な修正

を経た上で本協定に盛り込まれ、本協定の一部分となる。⑥本条項において、低レベルの

混雑の発生とは、植物または植物製品について(薬物または医薬品に属す植物、あるいは

植物製品を除く)、輸送過程において生じた、故意ではない遺伝子組み換え作物成分の低レ

ベルの混雑を指す。この遺伝子組み換え作物成分は、少なくとも 1つの国で使用が承認さ

れているが、輸入国では承認されていないものである。食用が承認されている場合、食品

安全性評価は、コーデックス委員会「組換え DNA植物由来食品の安全性評価ガイドライン」

を基礎とする。

出所:筆者作成

(2)越境サービス貿易分野

TPP 協定は、アメリカ式 FTA の手法を踏襲している。即ち WTO における越境取引、国外

消費、自然人の移動を越境サービス貿易分野に盛り込み、かつ附属書の形で具体的な留保

表を示している。また、金融サービス及び電気通信サービスを単独の章節にしている。

TPP 協定の附属書1は、越境サービス貿易及び国際投資の留保表に関するもので、これ

について整理したものが表 2-6である。

表 2-6 TPP越境貿易留保表

関係する部

関係する業務 越 境

サービ

ス貿易

投 資

と 貿

易 部

うち全

産業に

関わる

もの

内国民

待遇

最 恵

国 待

現地

に お

け る

拠点

パ フ

ォ ー

マ ン

ス 要

市 場

アクセ

経 営

幹 部

及 び

取 締

役会

アメリカ 7 1 7 4 6 1 0 2 5 2

日本 41 0 11 3 31 1 39 4 34 7

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26

カナダ 16 2 9 3 14 2 0 2 11 5

メキシコ 32 2 28 7 20 3 3 3 16 16

チリ 20 1 19 9 14 2 0 6 12 8

マレー

シア

17 0 16 0 12 2 4 5 3 14

シ ン ガ

ポール

25 2 12 2 14 1 15 1 13 12

オース

トラリア

8 1 5 2 6 1 0 1 3 5

ニ ュ ー

ジ ー ラ

ンド

4 1 3 1 1 2 0 1 1 3

ペルー 22 1 18 2 10 2 0 3 13 9

ベ ト ナ

5 0 4 0 1 0 0 0 1 4

ブルネ

20 0 18 0 13 8 12 9 3 17

12 加盟

国の平

18 1 13 3 12 2 6 3 10 9

出所:筆者が TPP協定留保表をもとに整理したもの。

表について説明する。まず 1点目は留保表の長さであり、すでに大変短く、最も短いも

のはわずか 4項、最も長くてもわずか 41項、平均すると 18項の「適合しない措置」しか

ない。しかし注意すべきなのは、留保表は標準的な産業分類に基づいたリストではないた

め、加盟国によっては、提示した具体的な業務が、全産業に適用される場合もある。よっ

て日本の留保表がベトナムのそれより長いからといって、日本の開放度はベトナムより低

いとは言えない。2 点目に、留保表で示された義務をみると、既存の内国民待遇のほか、

現地における拠点、経営幹部及び取締役会、パフォーマンス要求、市場アクセス等の多方

面の適合しない措置が含まれる。最も多いのは内国民待遇で計 13項目あり、次が現地にお

ける拠点で計 12項目あり、この種の留保方式は、国の安全に関する要素を暗に含むため、

ネガティブリストでは輸出入貿易における通関手続き人員の制限、輸送サービス及び電気

通信サービスにおける管理人員の制限等に集中して現れている。その一方で、越境取引に

関する産業規制も暗に含み、即ち投資形式を採る必要があり、越境情報の提供とデータ伝

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27

送方式は許可されない。しかし情報通信技術の発展に伴い、これらの業務はいずれもオン

ライン提供が可能になった。例えば教育訓練、ヘルスケア等の分野がそうである。3 点目

に、TPP 協定の各加盟国間で、越境サービス貿易に関する差はやはり大きい。アメリカ、

オーストラリア、ニュージーランドは、越境サービス貿易の開放度が最も高い。注目すべ

きなのは、ベトナムも越境サービス貿易における開放度がかなり高いことだ。とりわけ電

気通信サービス、視聴サービス、教育サービス、ヘルスケアサービス、輸送サービスとい

った中国がかなりセンシティブにとらえる分野で顕著である。

中国は締結済みの FTA のうち、越境サービス貿易分野はいずれも GATS のポジティブリ

スト方式を踏襲し、越境サービス貿易 3方式のうち、主に越境取引を採用している。そこ

で中国の WTO加盟及び中-韓、中-豪、中-スイス自由貿易区の越境取引分野での約定を比較

してみた。そこで分かったのは、第一に、中国の WTO加盟時の約定においても、直近に締

結された地域貿易協定においても、基本的な約定はほぼ一致することである。即ち教育と

ヘルスケアといった分野は開放を約定せず、専門サービス、通信サービス、建築・関連エ

ンジニアリングサービス、配送サービス、金融サービス、観光・旅行関連サービス、娯楽、

文化・スポーツサービス及び輸送サービスは、部分開放を約定している。これらの協定の

基本約定については、表 2-7を参照のこと。

表 2-7 中国の WTO加盟及び主な地域貿易協定における越境取引約定のまとめ

市場アクセス 市場アクセス 内国民待遇

サービス部門 制限なし 制限あり 約定せず 制限なし 制限あり 約定せず

中国の WTO 加

104 40 50 14 82 2 20

100.00% 38.46% 48.08% 13.46% 78.85% 1.92% 19.23%

中韓自由貿易区 107 39 49 20 63 24 21

(中国側) 100% 36% 46% 19% 59% 22% 20%

中韓自由貿易区 120 58 19 43 76 7 37

(韓国側) 100.00% 48.33% 15.83% 35.83% 63.33% 5.83% 30.83%

中豪自由貿易区 115 42 49 25 65 25 26

(中国側) 100.00% 36.52% 42.61% 21.74% 56.52% 21.74% 22.61%

中-スイス自由貿

易区(中国側)

111 39 49 23 62 24 25

100.00% 35.14% 44.14% 20.72% 55.86% 21.62% 22.52%

中-スイス自由貿 132 91 1 39 84 6 42

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易区(スイス側) 100.00% 68.94% 0.76% 29.55% 63.64% 4.55% 31.82%

出所:中国の WTO加盟議定書及び関連地域貿易協定本文を整理したもの。

市場アクセス分野では、制限なしは 35%から 38%の間で、制限ありの部門は約 42%、約定

せずは約 20%を占める。これは中韓、中豪、中-スイスの 3自由貿易区における中国側の約

定(90%以上)及び、中国の WTO加盟時の約定における越境取引の留保と一致する(表 2-7)。

通信サービス、教育サービス、環境サービス、金融サービス、観光・旅行関連サービス、

輸送サービスは完全に一致するが、専門サービスと配送サービスでは比較的小さな変化に

とどまる。2 点目に、中国の WTO 加盟時の約定では越境取引について、国の安全や核心的

価値観等を考慮した要素を除き、技術的に可能な越境取引部門ほぼ全てに市場アクセスを

許可し、内国民待遇を与えている。当時はデジタル技術が未発達であり、多くの部門は当

時、越境取引によるサービス貿易は行えなかっただろうが、現在は可能である。例えば、

法律サービス及びヘルスケアサービスは、今では多くの法律サービスの関連サービスが、

越境取引方式で実現できる。多くのサービス部門はセンシティブな分野に関わる可能性が

あり、越境取引方式の開放を約定する際、いくつかの条件が加わった。例えば、中-スイス

FTA におけるスイス側の約定では、いくつかの部門に対し、支部機関を持つことを前提と

して求めている。3 点目に、地域貿易協定における越境取引の違いについてである。中豪

FTA において、オーストラリア側の約定はネガティブリスト方式が採用されている。これ

は中国が締結した中で、ネガティブリスト方式を採用した初めての FTAである。ネガティ

ブリストをみると、適合しない措置に関わるのは、通信サービス、R&D サービス、娯楽文

化・スポーツサービス、金融サービス、教育サービス及びカジノ・宝くじ産業であり、ポ

ジティブリストに比べ、オーストラリアの越境サービスにおける開放度はかなり高い。

全体的にみて、中国の FTAと TPP協定における越境サービス貿易の開放度の違いは次の

通り。第 1 に、TPP 協定のネガティブリストは全てのサービス貿易分野を含み、適合しな

い措置はかなり制限されている。しかし中国の今の FTAは、世界貿易機関(WTO)のサービ

ス部門が正式に約定する 12カテゴリのうち、2部門がまだ開放されていない。第 2に、TPP

協定のネガティブリストは具体的な国内法を根拠としているため、適合しない措置につい

ても対応した記述がある。しかし中国のポジティブリストは制限なし、制限あり、制限の

3 種類を列挙するだけで、大分類産業下の中分類約定であるため、制限に関する記述がな

い。第 3 に、TPP 協定の適合しない措置義務は多岐にわたり、その根拠は国の安全等であ

る。しかし中国の FTAにおける制限措置義務は、基本的に市場アクセスあるいは内国民待

遇に限られる。

(3)国際投資分野

TPP 協定の国際投資分野は、アメリカの BIT 文書を基礎としている。アメリカの BIT 文

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

29

書は最初から次の 4大基本条項を含む。①最低待遇標準条項。外資が投資受入国で享受す

る公正かつ衡平な待遇と、内国民待遇、最恵国待遇等についての定め。②補償・収用条項。

投資受入国による外資への補償・収用行為について若干の条件が設定されており、かつ速

やか、十分で有効な補償の提供を求めている。③資金の自由移転に関する条項。投資関連

資金の自由の保障、及び投資受入国への遅延のない振込あるいは投資受入国からの遅延の

ない振り出しの保証。④紛争解決条項。外国投資者が投資をめぐる投資受入国との紛争に

ついて、中立の国際仲裁機構に訴えることができるよう保証。その他、アメリカの BIT文

書に頻出する条項として、パフォーマンス要求の禁止条項、経営幹部及び取締役会条項、

透明性条項等がある。1982BIT 文書から 2012BIT 文書にかけて、アメリカの BIT ルールに

は大きな変化が生じている。過去においては投資の保護と促進を主目的としていたが、現

在は投資自由化の重要性を一層強調するようになっている。アメリカの 2012BIT文書は、

透明性、環境保護、労働基準、国有企業等の面で新たな規定を追加した。アメリカの対外

投資に十分な保障と高度な保護を提供しただけでなく、投資移動に影響する人為障害ある

いは貿易障壁の排除も目的としている。このことはアメリカが投資自由化を大いに推進す

る中での、ハイレベルルールの動向を反映している。

TPP 協定の国際投資分野における留保表の基本原則は、越境サービス貿易のそれと基本

的に一致し、2012BIT 文書の基本理念も体現している。即ち投資自由化と国内投資ルール

に対する強い制約である。しかし具体的な留保表をみると、各加盟国間の差も大きい。ベ

トナムの留保表は長く、さらに企業支配力について多く触れている。法的階層は相対的に

低く、適合しない措置は全 35項目ある中で、行政措置に関わるものは 21項目に達し、21

項目が持ち株比率制限に関わるもので、投資自由化度は相対的に低い(表 2-8)。

表 2-8 TPP国際投資留保表(附属書1)

関係する部門 関係する業務 投資 投 資 と

貿易 部

う ち 全

産業に

関係す

るもの

内 国 民

待遇

最恵国

待遇

現地に

おける

拠点

パフォ

ーマン

ス要求

市 場 ア

クセス

経 営

幹 部

及 び

取 締

役会

アメリカ 8 3 8 5 2 1 0 2 6 2

日本 22 0 22 5 2 1 6 7 15 7

カナダ 14 4 12 4 5 2 0 4 9 5

メキシコ 31 4 28 5 10 4 4 3 14 17

チリ 12 1 12 7 5 4 0 6 4 8

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30

マレーシ

20 1 15 0 11 2 6 5 3 17

シンガポ

ール

15 3 14 3 2 1 7 2 3 12

オーストラ

リア

11 2 9 1 4 2 0 6 6 5

ニュージ

ーランド

8 3 7 0 1 3 0 6 6 2

ペルー 13 2 13 2 6 2 0 3 1 12

ベトナム 35 2 34 3 0 3 0 2 31 4

ブルネイ 27 1 22 0 11 13 12 10 10 17

12 加盟国

平均

18 2 16 3 5 3 3 5 9 9

出所:筆者が TPP協定附属書に基づき整理

中国の FTA においてネガティブリストを一部採用しているのは、「内地と香港のより緊

密な経済貿易関係の構築に関する手配」(CEPA)のみである(表 2-9)。2015年 11月 27日、

中国商務部と中国香港特別行政区政府は、CEPAを正式に締結した。うち商業拠点モデルの

サービス貿易については、ネガティブリストによる管理モデル(留保制限性措置)を採用

し、「サービス貿易協定」附属書1の表 1に記述している。越境サービスに対する開放措置

についても、ポジティブリストによる管理モデルを踏襲し、「サービス貿易協定」附属書1

の表 2に記述している。同時に電気通信サービスに対する開放措置も挙げて、当該部門下

では、商業拠点、越境サービス方式ともに、ポジティブリストによる管理モデルを採用し、

「サービス貿易協定」附属書1の表 3に記述している。その他の文化分野のサービス開放

措置についても挙げ、当該部門下では、商業拠点、越境サービス方式ともに、ポジティブ

リストによる管理モデルを採用し、「サービス貿易協定」附属書1の表 4に記述している。

表 2-9 CEPAサービス貿易協定における開放モデル 8

No. 分野/貿易モデル 管理モデル 対応する章・節

1 サービス貿易協定本文(総合) —— 協定本文

2 商業拠点 ネガティブリスト 附属書1表 1

8 CEPA サービス貿易協定における部門分類は、世界貿易機関の「サービス貿易総協定」

サービス部門分類 (GNS/W/120)を使用しており、部門の内容は対応する国連暫定中央

生産物分類(CPC、United Nations Provisional Central Product Classification)を参考とした。

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31

3 越境サービス ポジティブリスト 附属書1表 2

4 電気通信サービス(商業拠点

及び越境サービス)

ポジティブリスト 附属書1表 3

5 文化サービス(商業拠点及び

越境サービス)

ポジティブリスト 附属書1表 4

出所:「内地と香港のより緊密な経済貿易関係の構築に関する手配」サービス貿易協定本文

及び附属書の内容に基づき筆者整理

商業拠点のネガティブリストをみると、基本的に 2方面の規定に属することが分かる。

1点目は資格認定であり、従業員の資格認定と法人の資格認証がある。2点目は関連政府部

門による許可である。前者の関与面は広く、後者はまだ様々な行政許可の規制問題が存在

する。このような状況は、TPP協定留保表の記述と全く異なるため、厳密に言って本来あ

るべき留保表とは言えない。

第2節 中国と一帯一路沿線諸国との貿易の変化

FTAの充実度は、貿易総量や構造の変化度合いと相関関係がある。ここでは、1995年か

ら 2015年のデータを用い、中国と一帯一路沿線諸国との貿易総量及び構造の変化について

分析した。

1.中国と一帯一路沿線諸国との貿易の変化及び地位

全体的にみて、1995~2015年にかけ、中国と一帯一路沿線諸国間の輸出入額は上昇を続

け、中国の物品貿易に占める割合も上昇を続けている(図 2-1と図 2-2を参照)。

中国から一帯一路沿線諸国への輸出貿易をみると、1995 年の輸出額は 96 億ドルで、全

体の 13.51%を占めていた。2015 年には輸出額が 3,796 億ドルに達し、全体の 27.02%を占

めるまでになり、14ポイントの伸びとなった。これは、これまでアメリカ、EU、日本を中

心としてきた輸出貿易が、徐々に発展途上国へと移り変わっていることを示す。輸入貿易

を見ると、中国の一帯一路沿線諸国からの輸入額は、1995年は 183億ドルで、全体の 13.51%

だったが、2015年には 2,844億ドル、全体の 22.83%となり、9.32ポイント伸びた。

輸出貿易と輸入貿易を比較すると、1995 年当時、中国と一帯一路沿線諸国との関係は、

輸入が輸出より多く、87億ドルの輸入超過であった。1995年から 2008年にかけて、中国

と一帯一路沿線諸国との関係はずっと輸入超過であったが、その後逆転が起き、2013年以

降は輸出超過が続き、さらに拡大傾向にある。2015年時点で、輸出超過額は 952億ドルに

達する。

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

32

図 2-1 中国と一帯一路沿線諸国との輸出入比率の推移(1995-2015) .1

.15

.2.2

5.3

1995 2000 2005 2010 2015year

中国对一带一路国家进口份额 中国对一带一路国家出口份额

中国对一带一路的进出口概况

出所:筆者作成

中国と一帯一路沿線との貿易地位の変化からみると、1995 年から 2007 年にかけて、中

国とこれらの国々との貿易地位は比較的低い。輸入シェア、輸出シェア共に低く、25%以下

に留まる。しかし 2012年以降、中国と一帯一路沿線諸国との貿易地位は大きな変化が生じ、

一帯一路沿線諸国への輸出が中国の輸出貿易全体に占める割合が上昇し、輸入割合は相対

的に減少した。

2.一帯一路沿線諸国における中国の貿易地域分布

一帯一路沿線諸国における、中国の物品貿易の地域分布差は大きい。輸出貿易をみると、

中国の輸出貿易は、主に東南アジアと西アジアの 2地域に集中しており、この 2地域への

輸出割合は比較的急速に上昇している。1995年時点で、中国から東南アジアへの輸出割合

は 7.04%だったが、2015年には 12.23%に達し、5.19ポイント上昇した。同様に、西アジア

も 1995年の 2.28%から 2015年には 5.72%へ上昇した。その次は南アジア地域であり、1995

年の 1.67%から 2015年には 4.12%へと上昇した。一帯一路沿線地域との輸入貿易も同様の

傾向がみられ、東南アジアと西アジアが主である。うち、東南アジアの割合が最も大きく、

11.64%である(図 2-2、表 2-10、表 2-11)。

中国と一帯一路沿線諸国との輸出入比率

中国の一帯一路沿線からの輸入比率 中国から一帯一路沿線への輸出比率

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

33

図 2-2 中国から一帯一路沿線地域への輸出割合の変化(1995~2015)

出所:筆者作成

表 2-10 中国における一帯一路沿線主要地域からの輸入状況(1995~2015)

1995 2000 2005 2010 2011 2012 2013 2014 2015

世界 1321 2251 6602 13939 17414 18173 19493 19631 16018

東南アジ

99 222 750 1543 1925 1957 1989 2081 1864

割合 7.5 9.85 11.36 11.07 11.05 10.77 10.2 10.6 11.64

南アジア 7 19 107 230 261 226 211 202 170

割合 0.51 0.84 1.63 1.65 1.5 1.25 1.08 1.03 1.06

中央アジ

5 11 35 135 210 240 270 209 151

割合 0.41 0.47 0.53 0.97 1.21 1.32 1.38 1.07 0.94

西アジア 23 101 318 898 1374 1490 1602 1654 1048

割合 1.7 4.49 4.82 6.44 7.89 8.2 8.22 8.43 6.54

中央・東

ヨーロッ

5 5 22 93 128 133 146 165 141

東南ア 南ア 中央ア 西ア

中東欧 ロシア等

その他

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34

割合 0.37 0.2 0.33 0.67 0.73 0.73 0.75 0.84 0.88

独立国

家共同

44 63 172 285 429 476 434 458 377

割合 3.31 2.8 2.6 2.04 2.46 2.62 2.23 2.33 2.36

その他

の 2国間

1 3 8 34 52 53 54 62 47

割合 0.08 0.14 0.11 0.25 0.3 0.29 0.27 0.32 0.29

一帯一

路合計

割合

13.51 18.59 21.05 22.42 24.41 24.45 23.38 23.78 22.83

出所:world trade atlasデータベースから筆者整理

表 2-11 中国から一帯一路沿線主要地域への輸出状況(1995~2015)

1995 2000 2005 2010 2011 2012 2013 2014 2015

世界 1487 2492 7623 15784 18993 20501 22107 23432 22805

東南アジ

105 173 555 1383 1699 2040 2439 2718 2790

割合 7.04 6.95 7.28 8.76 8.95 9.95 11.03 11.6 12.23

南アジア 25 38 159 574 710 701 749 855 940

割合 1.67 1.52 2.09 3.64 3.74 3.42 3.39 3.65 4.12

中央アジ

3 8 53 166 188 218 236 245 179

割合 0.19 0.32 0.69 1.05 0.99 1.06 1.07 1.04 0.79

西アジア 34 73 267 759 972 1031 1169 1386 1304

割合 2.28 2.91 3.5 4.81 5.12 5.03 5.29 5.91 5.72

中央・東ヨ

ーロッパ

12 27 108 346 402 388 405 437 422

割合 0.81 1.08 1.42 2.19 2.11 1.89 1.83 1.87 1.85

独立国家

共同体

17 24 158 360 468 524 584 600 392

割合 1.18 0.97 2.08 2.28 2.47 2.56 2.64 2.56 1.72

その他の

2 国間

5 9 23 75 100 109 108 127 135

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35

割合 0.34 0.37 0.3 0.47 0.53 0.53 0.49 0.54 0.59

一帯一路

合計割合

13.51 14.12 17.36 23.2 23.91 24.44 25.74 27.17 27.02

出所:world trade atlasデータベースから筆者整理

一帯一路沿線諸国との貿易分布をみると、大きな違いが見られる。1995年以降の輸出

分布をみると、1995年時点では、中国から一帯一路沿線諸国への輸出が多い国々は、シン

ガポール、タイ、ロシア、インドネシア、マレーシアであった。2011年になると、インド、

ロシアがシンガポールを抜き、その後にシンガポール、インドネシア、ベトナムが続くよ

うになった。2015年になると、この順位にやや変化が生じ、ベトナム、インド、シンガポ

ール、マレーシア、タイといった国々が、上位に並ぶようになった。

現在、中国からの輸入依存度が高いのはカザフスタン、イラン、フィリピン、マレーシ

ア、インドネシアで、うち上位 3国の中国からの輸入比率は 40%以上にも達している。

輸入分布からみると、1995年時点で、中国の主な輸入相手先となっている一帯一路沿線

諸国は、ロシア、シンガポール、マレーシア、インドネシア、タイであるが、2011年時点

ではマレーシア、サウジアラビア、ロシア、タイ、インドネシアとなり、2015年時点では

マレーシア、タイ、ロシア、サウジアラビア、シンガポールとなっている。これらの国々

は長年にわたり、中国の主な輸入相手先となっている一帯一路沿線諸国である。マレーシ

アとタイの順位は上がっているが、シンガポールからの輸入は減っている。

一帯一路沿線諸国からの輸出に関し、これらの国々から中国への輸出比率が最も高いの

は、イラン、フィリピン、マレーシア、タイ、カザフスタンである。うち、イランの中国

に対する輸出依存度は最も高く、50%近くに達する。

第3節 一帯一路沿線諸国の PTA

一帯一路沿線の地域内や地域間で締結した FTAは、複雑かつ多様である。一帯一路沿線

地域は、経済大国が争奪しあう重要な地域である。大国が主導する FTAには、経済発展段

階及び開放度、歴史や文化等が異なるため、一帯一路沿線の FTAには様々な制度の差が生

じている。

1.一帯一路沿線 FTAの分布

表 3-1において一帯一路沿線の自由貿易区の基本的な分布状況を整理した。表で分かる

のはまず、一帯一路沿線内部で締結された FTA数と、一帯一路沿線諸国と非一帯一路沿線

諸国・地域との間で締結された FTA数がほぼ同じで、一帯一路沿線内部で締結された FTA

は 134件あり、その他の地域とで締結した協定は 99件ある。次に、一帯一路沿線地域の

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36

FTA分布をみると、一帯一路沿線内部の FTAは、主に中央・東ヨーロッパと西アジアに集

中している。中央・東ヨーロッパ国家内部と一帯一路沿線諸国との間で締結された FTAは

計 85件ある。一帯一路沿線諸国以外の国と締結した FTAは、主に中央・東ヨーロッパ、東

南アジア、西アジアの国々に集中しており、締結された FTA数はそれぞれ 41件、24件、

26件となっている。

表 2-12 一帯一路沿線の FTAの分布 単位:件、%

件数

地域

件数 割合 件数

地域

件数 割合

一帯一路沿線内部

で締結

134 57.50% 一帯一路沿線諸国以外

と締結

99 42.50%

東南アジア 13 9.70% 東南アジア 24 24.20%

中央アジア 20 14.90% 中央アジア 3 3.00%

西アジア 45 33.60% 西アジア 26 26.30%

南アジア 16 11.90% 南アジア 5 5.10%

中央・東ヨーロッパ 85 63.40% 中央・東ヨーロッパ 41 41.40%

その他 9 6.70% その他 14 14.10%

注:その他の国あるいは地域には、中国、モンゴル、エジプトが含まれる。

出所:筆者作成

最後に、一帯一路沿線諸国の締結時期をみると、2000年までに締結された FTAは 109件

あり、2001~2010年の間に締結された協定は 88件、2011年以降は 36件であった。2000

年までに締結された FTA数と、2001年以降に締結された FTA数はほぼ同じである。海上シ

ルクロード沿線で締結された FTAは、2001年以降のものがやや多く、中央・東ヨーロッパ

地域は逆に 2000年までに集中している。

表 2-13 一帯一路沿線の FTA締結時期の比較 単位:件、%

件数

地 域

2000 年以前 2001-2010 2011 年以降

件数 割合 件数 割合 件数 割合

東南アジア 4 3.60% 25 28.40% 8 22.20%

中央アジア 16 14.70% 2 2.30% 5 13.90%

西アジア 42 38.50% 18 20.50% 11 30.60%

南アジア 6 5.50% 12 13.60% 3 8.30%

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37

中央・東ヨーロッ

77 70.60% 36 40.90% 12 33.30%

その他 1 0.90% 8 9.10% 10 27.80%

一帯一路合計 109 133.80% 88 114.80% 36 136.10%

出所:WTO及び世界銀行の FTAデータベースを筆者整理

2.主要経済体と一帯一路沿線とで締結された FTA

アメリカが一帯一路諸国と締結した FTAは、主に東南アジアと西アジアの 2地域に集中

している。東南アジアにおけるアメリカの FTAは、2001年のアメリカ・ベトナム FTA及び

2003年のアメリカ・シンガポール FTAである。このことは、アメリカの多国籍企業の利益

が東南アジアへ拡大し、実際に TPP協定もアメリカがアジア太平洋地域におけるサプライ

チェーン貿易での利益を得ていることを示している。西アジア地域におけるアメリカの主

な取り組みは、イスラエルをはじめとする西アジア3か国(ヨルダン、オマーン、バーレ

ーン)であり、アメリカの中東での利益を示している。イスラエルはアメリカの古くから

の盟友であり、他の 3国は主に原油等での利益を示している。

表 2-14 アメリカと EUが一帯一路沿線諸国と締結した FTA

アメリカと締結した

FTA

件数 割合 EU と締結した

FTA

件数 割合

東南アジア 2 33.30% 東南アジア 0 0

中央アジア 0 0 中央アジア 0 0

西アジア 4 66.70% 西アジア 5 23.80%

南アジア 0 0 南アジア 0 0

中央・東ヨーロッパ 0 0 中央・東ヨーロッ

15 71.40%

その他 0 0 その他 1 4.80%

合計 6 100% 合計 21 100%

出所:WTO及び世界銀行の FTAデータベースを筆者整理

EUが一帯一路沿線諸国と締結した FTAは、主に西アジアと中央・東ヨーロッパ地域に集

中している。とりわけ中央・東ヨーロッパ地域では、ほぼ全ての中央・東ヨーロッパ国家

と FTAを締結している。次が西アジア地域であり、EUとイスラエルも古くからの盟友であ

るほか、ヨルダン等の国も同様である。EUは東南アジア及び中央アジア地域との間には、

いかなる FTAも締結していない。

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38

ロシアが一帯一路沿線諸国と締結した FTAは、主に中央アジア及び西アジアの 2地域に

集中している。ソ連に 1990年代以降大きな変革が起こったことと、ロシアが経済のグロー

バル化を急速に進展させられなかったことから、これらの国々との FTA数は限定的である。

主に中央アジア地域、西アジア、中央・東ヨーロッパ地域に分布し、且つこれらの地域と

締結した協定は物品貿易分野に集中している。

表 2-15 ロシアが一帯一路沿線諸国と締結した FTA

件数

地域

件数 割合

東南アジア 0 0

中央アジア 1 25%

西アジア 2 50%

南アジア 0 0

中央・東ヨーロッパ 1 25%

その他 0 0

合計 4 100%

出所:WTO及び世界銀行の FTAデータベースを筆者整理

よって、これらの分析から分かるのは、一帯一路沿線諸国との FTAのうち、相対的にハ

イレベルな FTAは、主に欧米と一帯一路沿線諸国とで締結された FTAである。例えばアメ

リカとシンガポール、アメリカとヨルダン等や、EUと中央・東ヨーロッパ地域との FTAで

ある。また、アメリカ型 FTAとヨーロッパ型 FTAが、一帯一路沿線諸国の中で締結された

FTAにも存在することが見て取れる。

3.中国が一帯一路沿線諸国と締結した FTA

中国が現在、一帯一路沿線諸国と締結している FTAのうち、海上シルクロードでは主に

中国とアセアン、中国とシンガポールとの FTAが挙げられる。締結時期が比較的古いため、

この FTAの自由化水準は、中国とオーストラリア、中国と韓国、中国とスウェーデンとの

FTAより低い。現在交渉中の FTAは計 9件で、うち 5件は一帯一路沿線諸国との協定であ

る。分類でいうと主に 3種類ある。1種類目は地域貿易協定(RTA)であり、主に「東アジ

ア地域包括的経済連携(RCEP) 」及び中国と GCC(湾岸協力理事会)の FTAが含まれる。

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39

表 2-16 中国が締結済み、または交渉中、または検討中の FTA

締結済みの FTA 一帯一

路沿線

諸国か

交渉中の FTA 一帯一

路沿線

諸国か

検討中の FTA 一帯一

路沿線

諸国か

中国-オーストラリア No 「東アジア地域

包括的経済連

携」(RCEP)

Yes 中国-インド Yes

中国-韓国 No 中国-GCC

Yes 中国-コロンビ

No

中国-スイス No 中日韓

No 中国-モルドバ Yes

中国-アイスランド No 中国-スリランカ

Yes 中国-フィジー No

中国-コスタリカ No 中国-パキスタ

ン FTA 交渉(第

二段階)

Yes 中国-ネパー

Yes

中国-ペルー No 中国-モルディ

Yes 中国-モーリシ

ャス

No

中国-シンガポール Yes 中国-グルジア

Yes

中国-ニュージーラン

No 中国-イスラエ

Yes

中国-チリ No 中国-ノルウェー

No

中国-パキスタン Yes

中国-アセアン Yes

内地と香港マカオのより

緊密な経済貿易関係の

構築に関する手配

Yes

中国-アセアン

(「10+1」)アップグレー

Yes

注:この統計方法は、表 1-2の統計方法とやや異なる

出所:中国自由貿易区サービス網、http://fta.mofcom.gov.cn/。

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40

2種類目は FTAのより詳細な交渉であり、主に中国-パキスタンの FTAにおける第二段階

の交渉である。現在、「中華人民共和国政府及びパキスタン・イスラム共和国政府自由貿易

区サービス貿易協定銀行業サービス議定書」が締結されているが、その他の分野について

はまだ交渉中である。3種類目は、一帯一路沿線諸国との二国間 FTA交渉であり、主に中

国とイスラエル及び中国とスリランカが挙げられる。アメリカとイスラエル、EUとイスラ

エルはそれぞれ二国間 FTAを締結しているため、中国とイスラエルの協定は、一帯一路沿

線の二国間 FTAにおいてもハイレベルな FTAとなる。

第4節 一帯一路沿線 FTAの基本的な考え方

中国共産党中央と国務院の「開放型経済新体制の構築に関する若干の意見」、及び国務

院の「自由貿易区政策の加速化実施に関する若干の意見」、及び 2013年 5月中国国務院が

委任を受け発表した国家発展改革委員会・外交部・商務部の「シルクロード経済ベルトと 21

世紀海上シルクロードの共同建設推進のビジョンと行動」に基づき、中国の一帯一路沿線

FTAの基本原則及び考え方は、「自由貿易区政策の加速化実施に関する若干の意見」の全体

枠組みのもとで構築されている。以下で見ておこう。

1.中国のハイレベル自由貿易区建設に関する基本原則

第1に世界のバリューチェーン指向の原則。中国は改革開放以降、とりわけ WTO加盟以

降、世界のバリューチェーンに全面的に組み込まれており、一部の分野(一部地域、一部

産業)において、とりわけ一帯一路の沿線地域は世界のバリューチェーンのけん引役とな

っている。よって中国が世界のハイレベル自由貿易区ネットワークを志向するには、企業

のニーズを指針とし、各自由貿易区における企業の比較利益を反映させ、世界のバリュー

チェーンの飛躍に貢献しなくてはならない。ハイレベルな自由貿易区の建設にあたっては、

基準は高ければ良いわけではなく、各地域における中国国内企業のニーズに合っているか

を考慮する必要がある。FTA交渉の対象国が世界のバリューチェーンでどのような位置に

あるか、対象国がアメリカ等他国と締結した FTAにおいて、どのような国際貿易投資ルー

ルを採用したかを考慮しなくてはならない。

第2に点から面への展開原則。異なる地域で、貿易投資を行う双方に最適な協力パート

ナーを探し、企業の地域発展に制度を提供する。世界における PTAの数と質が絶えず高ま

る中、各国間でクロスする FTAを活用し、中国が他の地域・国とで FTAを形成することで、

地域または関連市場の連動した発展をもたらす。例えば中国とアセアン FTA及びその後に

続くアップグレード版の交渉を通じ、海上シルクロードの重要なサポート点を形成し、点

で面を動かし、FTAの相乗効果を形成することができる。

第3に差別化原則。国や地域によって、経済発展の段階、先天的な要素、ビジネス環境

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41

等の面での差は大きく、中国も欧米の先進国と比べ違いがある。欧米の先進国市場及び関

連市場では、主に欧米の多国籍企業がその地域のバリューチェーンを主導している。しか

し多くの発展途上国では、欧米の多国籍企業は相対的に浅い進出にとどまり、これらの地

域は、中国が世界のバリューチェーンを主導あるいはリードする上でチャンスとなってい

る。よって、地域・国家ごとの異なるニーズに基づき、差異性のある FTAを形成する。ま

ず、中国の一帯一路沿線の各地域に求めるニーズは異なる。同じシルクロード経済帯であ

っても、地域ごとに制度や企業ニーズに大きな差があることを、一帯一路 FTAを制定する

際に重点的に考慮すべきである。

第4に議題の法的拘束力の原則。現在、FTAは物品、サービス、投資及びこれら三者に

関連する新しい議題を網羅している。中国の FTAは、世界のハイレベル FTAにおける発展

の趨勢を反映したルールを参考にし、これらのルールを中国の FTAに盛り込むと同時に、

中国が長年の改革開放で形成してきた多くの素晴らしい発展制度、例えば経済協力、越境

Eコマース等の議題も参考にしなくてはならない。これらの要素は WTOのルールを完全に

超えたものとして、FTAに盛り込むことができる。また文書の構造からみても、中国が直

近に締結した FTAは、世界のハイレベル協定のテキスト構成と似ている。しかし、WTO-X

条項分野は基本的に法的拘束力がない。テキスト構成のポイントは、量の多さにあるので

はなく、各議題が FTAの効果を最大限に実現しているかにあるのだと考える。

第5に国家ガバナンス能力との整合原則。いかなる FTAにも国家間の比較優位が存在す

るが、同時にリスクも存在する。現在、FTAが複雑で多様化するなか、各種の利益集団に

よる FTAの利用を排除しなければ、国の利益に対する様々な不利益が生じ、国にリスクが

生じる。よってハイレベルな FTAを構築し、国のリスク抑制能力と関連付ける必要がある。

2.一帯一路沿線自由貿易区ネットワークの推進に関する考え方

上記の一帯一路沿線自由貿易区建設政策の基本原則に基づく、今後の中国の自由貿易試

験区ネットワークの配置の基本的な考え方は、次のようになろう。すなわち、一帯一路沿

線諸国との既存の FTAをベースに、「一帯一路」の提唱及び世界の地域発展を新たな特徴と

して、新たな FTAを配置し、世界に向けたハイレベル自由貿易区ネットワーク体系を形成

していくというものである。

第1に、「東アジア地域包括的経済連携」(RCEP)を重点として海上シルクロード建設を

推進する。TPP協定に不確定要素がある状況下で、RCEP協定は現在中国がアジア太平洋地

域における交渉で推進する主要なプラットフォームである。RCEP協定内部の各加盟国の間

には、極めて複雑な経済的、政治的関係があるが、この協定は中国にとって非常に重要で

あることは疑いなく、現在の交渉のポイントと問題点からみると、中国はより開放的な態

度が必要である。とりわけサービス貿易、投資等分野において、より開放的な留保約定の

提起が必要である。また一方で、段階的な実施も可能である。まず加盟国とコンセンサス

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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のある分野の交渉を行い、貿易自由化度が相対的に低いバージョンを形成し、その後分野

ごとの交渉を行うという形である。とりわけサービス、投資分野の留保表交渉がそれに当

たる。RECP協定の交渉は、第 16ラウンドへ進んでおり、いくつかの章節では合意に達し

ている。

第2に、二国間及び地域の FTAのアップグレード版、及び主な一帯一路沿線地域市場に

おける空白スポットの二国間 FTAを推進の重点とし、投資、サービス貿易分野における企

業ニーズに対し、制度面での支援を提供する。中国とパキスタンの FTAは 2009年に締結

され、2015年から中国・パキスタン自由貿易区交渉の第 2段階がスタートした。2015年

11月 11日には「中華人民共和国政府及びパキスタン・イスラム共和国政府自由貿易区サ

ービス貿易協定銀行業サービス議定書」が成立し、その他の分野でも交渉が進んでいる。

中国とパキスタンは、シルクロード経済帯において非常に重要な役割を果たしている。

中国-湾岸協力理事会(GCC)自由貿易区に関する中国・GCCの FTA交渉は 2004年からス

タートした。これは中国にとって、アセアンに続く自由貿易区交渉の 2つ目の地域組織で

ある。湾岸アラブ諸国協力会議(湾岸協力理事会、GCC)は 1981年 5月に設立され、本部

はサウジアラビアの首都リャドにあり、加盟国はアラブ首長国連邦、オマーン、バーレー

ン、カタール、クウェート、サウジアラビアの 6カ国である。2015年における中国・GCC

貿易額は 1,368億ドルで、中国・UAE貿易総額の 70%を占める。中国が GCC諸国から輸入す

る原油総量は 1億 1,000万トンに達し、中国がアラブ諸国から輸入する原油の 75%近くに

なる。2015年末時点で、中国・GCCが締結した請負労務契約額は 1,028億ドルに達し、双

方の非金融カテゴリの相互投資額は 86億ドルとなった。 2016年 1月 19日、習近平主席

がサウジアラビアを公式訪問した際、中国・GCC双方は 6年の長きにわたり中断していた

中国・GCC自由貿易区交渉の再開を宣言し、現在 9ラウンド目の交渉中である。2016年 12

月 19日から 21日にかけて 9ラウンド目の交渉が行われ、この時点で双方は 15ある交渉議

題のうち 9つの交渉を完了させ、貿易の技術的障害に関する協定(TBT)、法律条項、電子

商取引といった 3つの章節の内容でほぼ合意に達したほか、鍵となる物品、サービス等の

分野でも積極的な進展がみられた。中国と GCCの FTAは全面的で、ハイレベルで、互恵互

利の FTAとなり、物品貿易、サービス貿易、投資分野、貿易円滑化等をカバーする見込み

である。9

第3に、既存の国際組織を活用し、貿易及び投資の円滑化協定を形成する。例えば、既

存の上海協力機構を活用し、貿易及び投資の円滑化協力を形成する。2001年 9月 14日に

は「上海協力機構加盟国政府間の地域経済協力の基本目標・方向及び貿易・投資円滑化プ

ロセスの開始に関する覚書」を締結した。 2002年 5月 28から 29日にかけ、上海協力機

9 中国-GCC 自由貿易区がラストスパート、年内に合意に達する見込みか、21 世紀経済網

http://fta.mofcom.gov.cn/article/chinahaihehui/haihehuigfguandian/201612/33898_1.html。

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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構経済貿易部長会合は共同声明を通じ、同会合機構の正式な設立を発表した。

この会合機構の任務は、貿易・投資円滑化プロセスのキックオフであり、専門ワーキン

ググループを設置した。このワーキンググループは、経済貿易協力の現状について総合的

な分析を行い、経済貿易及び投資協力の障害となる要素を探し、貿易投資の円滑化に対し

可能な対策について提案し、輸送、エネルギー、電気通信、環境保護等分野の協力につい

て検討する。力を結集し、具体的な投資プロジェクトを実施する。102015年 9月時点で、

上海協力機構加盟国経済貿易部長会合はほぼ年 1回のペースで計 14回開催されている。投

資・貿易円滑化の推進を図るとともに、品質検査、税関、電子商取引、投資促進、交通輸

送、エネルギー、電気通信の 7つの専門ワーキンググループを設置し、関連分野での協力

に関する検討と調整を担当している。

おわりに

経済のグローバル化は、世界のバリューチェーンを絶えず深化させており、変化は製造

業からサービス業へと広がっている。こうしたことを背景に欧米主導のハイレベル FTAが

生まれたが、21世紀に入って多国間貿易交渉は停滞し、以前ほど顕著に増えていない。一

方で相対的に言って、中国が締結した FTAは、同時期の欧米 FTAと比べ、貿易の自由化の

幅と充実度においてまだ開きがある。

世界の FTAはその半数以上が、一帯一路沿線の国と地域に関連したものである。一帯一

路沿線諸国は経済の発展段階、地政条件等が異なるため、これらの FTAは文面においても、

貿易の自由化度においても大きな開きがある。しかしアメリカ、EU、ロシア等は様々な経

済協力地域を探し求めており、ハイレベルな FTAを制定している。

中国が世界の国や地域と締結した FTAは、スタートこそ遅かったが、進展は速く、すでに

形成された一帯一路沿線の二国間・地域貿易協定及び交渉中の FTAは、中国が形成する FTA

ネットワークにおいて重要な構成部分となるだろう。一帯一路における中国のハイレベル

自由貿易区の建設は、水準が高いほど良いわけではなく、欧米式の自由貿易区を完全に追

随することを意味するわけでもない。中国の開放型経済新体制の構築という新たなニーズ

に合わせ、世界のバリューチェーンでの地位向上を目標とし、二国間・地域の経済発展段

階の反映を特徴とするハイレベルの自由貿易区ネットワークを構築する必要がある。構築

に際しての基本原則は、既に述べたように、「世界のバリューチェーン指向原則、点から面

への展開原則、差別化原則、議題の法的拘束力原則及び国家ガバナンス能力原則」であり、

具体的な推進の考え方は、「多様な二国間、地域及び複数国間の自由貿易区ネットワーク体

系の建設」である。

10 資料出典:中華人民共和国商務部公共商務サービス情報網。http://www.sco-ec.gov.cn/crweb/scoc/info/Article.jsp?a_no=570&col_no=51

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第3章

「一帯一路」構想を背景とした融資協力モデル

孫 立行

はじめに

「一帯一路」構想の核心は、地域インフラの連係である。しかし、「一帯一路」沿線の

国々はほとんどが発展途上国であり、インフラ建設が相対的に遅れており、且つ融資も充

分に受けられないという問題に直面している。「一帯一路」のインフラ連係を進めるには、

金融支援が不可欠である。この金融支援は国際的な金融面での交流と協力に新しい局面を

生み、アジアの金融協力強化の好機を創り出すことになる。本章では、構想提唱後に構想

関係地域内であり得べき金融協力モデルについて考察する。

第1節 「一帯一路」が融資協力の新しいモデルを創る

アジア経済は世界経済全体の三分の一を占め、そこに世界人口の半分近くが居住してい

る。アジアは今、世界で最も経済の活力と成長のポテンシャルに満ちた地域である。しか

し、資金が限られているため、アジアの多くの発展途上国ではインフラ建設が進まず、鉄

道、道路、橋梁、港湾、空港お通信施設の不足が深刻で、一部の貧困地域では生活照明の

電源さえ解決されておらず、アジア経済の発展に深刻な制約をもたらしている。アジア開

発銀行(以下「ADB」という)の 2015 年の研究レポートによれば、アジアには現在電気を使

用できない人が約 14 億人、円滑な交通手段のない人が 12 億人、きれいな水と基本的な衛

生施設を使用できない人が 10 億人近くいる。ADBの試算によれば、今後十年間で、アジア

経済にはエネルギー、交通、通信、水利および衛生施設への投資が 8万億ドル余り、即ち

年平均で 7,000 億~8,000 億ドル必要である。このうちの三分の二以上はインフラ新設資

金、残りは既存インフラの維持・修理資金である。

現在、世界銀行と ADBのアジア向けインフラ投資は年間 300億ドル前後しかなく、この

貸付能力と膨大な資金需要の間には、大きな隔たりがある。従って、二つの国際開発金融

機関だけに頼っていては、アジアで日々増大するインフラ投資需要を満たすことができな

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い。このような背景のもと、新しく地域の国際金融機関を設立し、開発向け融資モデルで

アジアのインフラ投資を推進するために、中国はアジアインフラ投資銀行設立を提唱した。

大部分のインフラ投資は收益率が低く、コストを回収するのに 15~25 年かかり、単純な

市場原理にたよっていては、インフラ建設資金の融資問題は解決できない。その上、イン

フラ投資は收益が少なく、リスクが大きい。特に地政上および各国の政治情勢不安定の安

全リスクが存在し、民間で多額のインフラ投資が行われる可能性は低い。有力な政府や国

際組織が推進しなければ、個人資本をこの分野の投資に引き入れるのは難しい。

このような背景のもと、中国の提唱で地域的な多国間開発銀行、即ちアジアインフラ投

資銀行を設立し、アジア地域内外の国々、特に特に新興経済体のインフラ建設を促進する

ための融資プラットフォームが提供された。この出現により、アジアのインフラ建設に不

足していた融資をある程度補い、より多くの資金を動員して、アジアのインフラ建設とそ

の連係を支援できるようになった。アジアインフラ投資銀行はアジア経済の成長にとって

恒久的な原動力になるだろう。

第2節 アジアインフラ投資銀行とアジア開発銀行の相互発展を実現する

アジアインフラ投資銀行の今後の発展のための重要課題は、既存の国際金融機関、特に

世界銀行やアジア開発銀行との関係を調整することである。アジア開発銀行とのイノベー

ションや協力関係は、アジアインフラ投資銀行の今後の発展にとって非常に重要であるだ

けでなく、アジア開発銀行の発展を推し進める助けにもなる。なぜなら、アジア開発銀行

のサポートがなければ、アジアインフラ投資銀行の発展余地は大きく制約される。その一

方で、アジア開発銀行は長年世界経済の発展に大きく貢献してきたが、サービス面で偏重

があり、深い次元での協力と交流が不足し、サービスの機能において一定の欠陥があり、

サービスの範囲に大きな制限を受けている。

1.アジアインフラ投資銀行とアジア開発銀行の比較

(1)発展状况

現在国際的な影響力を持つ国際銀行は世界銀行とアジア開発銀行である。世界銀行と

IMFはともに所謂「ブレトン・ウッズ体制」の枠組みの中で生まれた組織である。1944年

7月、44の国または政府の経済特使が米国ニューハンプシャー州ブレトン・ウッズに集ま

り、二次大戦後の国際貿易体制について協議した。会議で「国際通貨基金協定」が結ばれ、

国際復興開発銀行(後の世界銀行)と国際通貨基金(IMF)の創設が決まった。1945年 12月

27日に世界銀行と IMFが正式に創設され、為替の自由化、資本の自由化、貿易の自由化と

いうグローバルな三本柱に基づき、ドルを基軸通貨とする「ブレトン・ウッズ体制」が正

式に形成された。これにより米国は国際金融秩序の覇権的地位を確立した。

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アジア開発銀行は 1966 年に創設され、本部はフィリピンのマニラにある。2015 年 7 月

の時点で、67 の国と地域が加入しており、このうち 48 の国と地域がアジア太平洋地域で

ある。アジア開発銀行は日本が初めて主要な出資国となった国際組織である。日本は国際

組織において初めて重要な管理の役割果たし、アジア地域の体制構築における主導的立場

に立った。アジア開発銀行は日本がアジア太平洋地域で地域の公共財を提供する重要なプ

ラットフォームになった。

(2)株主権構成

アジア開発銀行は創設当初に、引受済資本金額に応じて投票権を決めた。米国と日本は

ADBの引受済資本金がそれぞれ 15.65%で、筆頭株主であった。三番目の中国は僅か 6.46%、

四番目のインドの持分は 6.35%で、中印両国の持分を合わせても、単独の米国或いは日本

にも及ばない。日米両国は各々12.8%の投票権を有しているが、中国は僅か 5.47%と、日

米両国の半分にもならない。このため、アジア開発銀行の意思決定において米国と日本は

簡単に「僅かな元手で最大の効果を上げる」ことができるが、中国の影響力は反対に小さ

なものである。米国はほぼ無条件で日本を支持したため、開業以来アジア開発銀行の歴代

の総裁はすべて日本人が就任し、アジア開発銀行は事実上アジアの日本銀行である。

アジアインフラ投資銀行の状況は全く逆である。中国は設立の発起国として、また最大

の出資国として、アジアインフラ投資領域での「中国の優位」は誰の目にも明らかである。

中国がインフラ事業国際標準の制定メンバーとなったことは、人民元の「信用」の引き上

げに一役買った。今年 10月に人民元は正式に IMFの特別引き出し権(SDR)構成通貨とな

った。人民元はインフラ開発プロジェクトにおいて正真正銘の安定した通貨となるに違い

ない。「中国の強み」と「中国の信用」が重なり合いアジアインフラ投資銀行の双翼となり、

「一帯一路」の提唱のもとで、地域経済の一体化が進むだろう。

(3)機能の位置づけ

アジア開発銀行の貸付は援助の性質が強く、被援助国に返済圧力がかかることなく、有

効に被援助国のプロジェクト融資の苦境を緩和できる。ただし、借款プロジェクトは、厳

格な要件と審査があり、資金が必要な国のプロジェクトの合格率は低い。その上、手順が

複雑で、申請してから資金の獲得まで、長いプロセスを経なければならない。アジア諸国

の経済発展の初期であれば、このような形式は資金が極めて乏しい国々の経済建設に役立

つだろうが、現在の状況下では各国の資金不足はますます増大し、貸付金利が低いことか

らアジア開発銀行の貸付能力は急速に低下しており、すでに拡大する投資資金の不足に速

やかに対応できなくなっている。

統計によれば、今後十年間でアジア地域のインフラ融資の需要はますます大きくなり、

一つの金融機関ではそれを満たすことができない。アジアインフラ投資銀行の設立は、ア

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ジア地域内外を動員して多くの急な資金を助け、アジア経済体が直面している融資という

ボトルネックを緩和し、アジア経済の持続的安定成長を推進するだろう。このように、資

金供給の面から見て、アジアインフラ投資銀行とアジア開発銀行には一種の相互補完関係

がある。アジアインフラ投資銀行とアジア開発銀行の位置づけは同じではなく、アジア開

発銀行が貧困の削減を主な目標としているのに対し、アジアインフラ投資銀行は商業イン

フラへの投資を通してアジア地域の連係を促している。

(4)発展原則

アジアインフラ投資銀行は複数の国が参加する国際機関である。一部先進国が加入して

いるが、アジアインフラ投資銀行の五大株主は、ドイツを除けばすべて新興経済体であり、

アジアインフラ投資銀行は事実上中国が中心となって新興経済体を主導する「南南協力」

の国際組織である。「南南協力」の指導理念、援助条件および借款基準は、主要先進経済体

が主導する「南北協力」とは大きな異なり、相反することさえある。

アジアインフラ投資銀行は開放、寛容、イノベーション、互恵の精神を継承し、既存の

世界金融組織を排斥せず、既存の国際金融組織を凌駕する意図もない。逆にアジアインフ

ラ投資銀行の設立の目的は、各国際金融組織間の協力を強化する「架け橋」となることに

ある。既存の国際金融機関とは異なり、中国はアジアインフラ投資銀行において平等の原

則を求め、国の大小、経済力の強弱によりわけ隔てをせず、相互に尊重し合い、協議によ

り問題に対処する協力モデルを実施する。このため、中国はアジアインフラ投資銀行の一

票の否決権を放棄した。これは米国がしっかりと世界銀行と IMFの否決権を握っているの

と異なり、アジアインフラ投資銀行の持つ改革とイノベーションの精神を充分に表し、中

国という大国の寛容さを示している。

表 3-1 アジアインフラ投資銀行、世界銀行、アジア開発銀行の比較

アジアインフラ投資銀行 世界銀行 アジア開発銀行

設立年 2015 年末 1945 年 1966 年

現頭取/総裁 金立群 ジム・ヨン・キム 中尾武彦

(中国) (米国籍) (日本国籍)

主導国 中国 米国 日本

本部所在地 北京 ワシントン マニラ

資本額 1,000 億ドル 2231 億ドル 1,650 億ドル

最大出資国 中国(50%超) 日本、米国(各 15.65%)

メンバー 57 187 67

出所:筆者作成

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2.アジアインフラ投資銀行とアジア開発銀行の協力

アジアインフラ投資銀行とアジア開発銀行には新旧機関の避けられない競争があるが、

これにうまく対処しなければならない。両者の間に適度の市場競争があるのは悪いことで

はない。アジアインフラ投資銀行とアジア開発銀行は対立しておらず、アジアインフラ投

資銀行がアジア開発銀行に取って代わるわけではない。両者は共生でき、協力と駆け引き

の過程で共に発展することができる。

(1)経験を参考に

アジアインフラ投資銀行は援助プロジェクトの開発、管理、維持の経験が不足している。

世界銀行、アジア開発銀行等の既存の国際開発組織は世界で数十年運営され、幅広い国際

ネットワーク、成熟した人材、管理体制を備え、相対的に良質なプロジェクト資源を保有

している。このため、アジアインフラ投資銀行はアジア開発銀行のやり方を学習し、参考

にして、既存機関と具体的なプロジェクト協力を行い、管理経験を積んで、実践において

模索を続ける必要がある。特に組織の持続可能な発展の実現方法、貸付基準、融資審査能

力、市場化運営メカニズム等の面で、アジアインフラ投資銀行は重い任務を担い長い道の

り多くの課題に直面するだろう。アジア開発銀行も 1960年代に創設されてから半世紀近く

の発展の歩みの間に、いくつもの挫折を味わい、何度も回り道をしてきた。アジア開発銀

行は現在も官民連携の PPP融資モデルを模索している。

アジアインフラ投資銀行は既存の国際開発銀行が経てきた経験と対策を参考にし、同様

の回り道を避けるだけでなく、幅広い新興経済体と協力して、プロジェクトの基準、手順、

運営方式を協議し、改善を続けなければならない。同時に、一部の後発発展途上国やリス

クの高い国に対し、リスクを特定し、回避して、運営が成熟した国際金融組織から更に学

ぶ必要がある。このような協力によって新しい国際機関と既存機関の交流と理解が深まり、

新しい機関は挑戦者ではなく国際秩序の改善者として、グローバル統治の進展に調和して

いくだろう。

(2)協力のポテンシャル

アジアインフラ投資銀行とアジア開発銀行の投資エリアは基本的に重なっており、投資

方向も一部重複している。アジア開発銀行を主導する米国と日本が懸念するのは当然で、

理解できる。しかし、中国が主導するアジアインフラ投資銀行が規範通りに透明化運営で

きるか、被投資国の社会や環境への影響を充分に考慮できるか等の主観的憶測を理由に、

米国が他の国にアジアインフラ投資銀行への参加を止めるよう忠告するのは、全く道理に

合わない。このような行為は、まぎれもなく米国がアジアインフラ投資銀行の運営によっ

て自らの影響力が低下するのではないかという漠然とした恐怖を反映したものであり、実

際にはそのような心配は無用である。アジアインフラ投資銀行とアジア開発銀行は投資の

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重点が完全には一致してはおらず、両者には大きな協力の余地があり、よしんば両者に適

度な競争があったとしても、それぞれの効率を更に上げることになるだけである。

総合的に見れば、アジアインフラ投資銀行はアジア開発銀行等の国際開発金融機関と、

システム運営、資本構造、プロジェクト投融資等の諸方面で協力を強化し、発展途上国の

インフラ投資サービスという効果の長いメカニズムを共に構築し、新旧国際機関の協調発

展を実現できる。このことは、アジアインフラ投資銀行が運営管理、プロジェクト収益、

リスク管理、情報開示等の分野でアジア開発銀行との格差を縮小するのに役立つ。

機能はアジアインフラ投資銀行とよく似ているが、アジア開発銀行はインフラプロジェ

クトを重視する意外に、環境、地域協力と一体化、金融業の発展と教育という四大領域へ

の投資借款にも力を入れている。アジアインフラ投資銀行の初代頭取である金立群は「ア

ジアインフラ投資銀行はプロジェクトの協調融資について、常に世界銀行やアジア開発銀

行等の国際開発機関と緊密に連絡をとっている」と述べている。アジアインフラ投資銀行

は 2016年の期中に初回貸付を承認したが、これには自らが独自に評価して融資したプロジ

ェクトもあれば、世界銀行や他の国際開発銀行等と協調融資したプロジェクトでもある。

また、中国はアジア開発銀行の主要な株主として、これまで通り既存の国際開発銀行をサ

ポートして世界の貧困を減らし、発展させる事業を進めていく。

(3)イノベーション

アジアインフラ投資銀行は世界で最も優れたルールに則って運営されているが、何を以

て世界で最も優れたルールとするかは一様ではない。金立群頭取は「世界で最も優れたル

ールが、ここ 30数年の発展途上国の経験を吸収せず、中国の発展経験を受入れないのなら、

真の世界で最も優れたルールとは言えない」と考えている。世界銀行とアジア開発銀行の

現行制度が最も優れた実践の手本であるとは限らない。グローバル金融管理の実践から見

て、一致して認められた最高のモデルはまだない。中尾武彦アジア開発銀行総裁は「ここ

50年の ADBの運営から見ても、情勢の変化に応じて改革し続ける必要である」と述べてい

る。アジアインフラ投資銀行の制度設計は既存の基準とルールをそのままコピーするので

はなく、国際開発機関の経験を吸収し、発展途上国のインフラ投資のニーズを考慮してイ

ノベーションを進め、より実態に則した基準とルールを制定しなければならない。アジア

インフラ投資銀行の創設自体がグローバル金融管理システムを更に合理化するための新た

な実践を提供するものである。

管理システムの面で、アジア開発銀行は決して最良の実践の手本ではなく、いくつか改

革とイノベーションを必要とする問題点を抱えている。例えば、アジア開発銀行には常任

理事会が設けられているが、事務效率に影響を及ぼしているだけでなく、巨大な国際官僚

機構が形成されており、腐敗が発生しやすいという問題がある。このため、アジアインフ

ラ投資銀行は簡素化、清廉、高効率を機構の発展のよりどころとし、国際慣例となってい

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るやり方を取りやめた。金立群頭取は、非常任理事会を設立して、銀行の発展戦略、借款

政策、基準等の重大事項に対し責任を負わせ、経営陣は既定のルールに従ってプロジェク

トを承認し、越権または規則違反の行為があれば、規定に照らして関係した経営陣を解任

することとし、株主国と借入国が最大の利益を得るようにした。

貸付承認においては、世界銀行で行われている方法を踏襲し、一般貸付プロジェクトの

事前準備に 2年をかける。これには「国別援助計画」の策定、プロジェクトの識別、プロ

ジェクトの準備、プロジェクトの評価、プロジェクトの交渉および理事会の承認等の手順

が含まれる。設備調達の承認手続きは、国内手続きと世界銀行の手続きの二つの手続きを

経なければならず、承認手続きが煩雑で、プロジェクトの進展に影響することが多い。現

在、世界銀行を含む国際開発銀行はその貸付方針における、あまりに煩雑で、現実にそぐ

わない、業務との関連性が低いいくつかのやり方を改善中である。このため、アジアイン

フラ投資銀行は今後柔軟で、効率の良い貸付原則を採用し、運営コストの引き下げと承認

効率の引き上げのためのイノベーションを模索し、発展途上国の「より柔軟な」資金調達

と高い承認基準の間で最良のバランスを見つけていく。同時に、人権、政治、環境保護、

労働者等の国際基準をそのまま踏襲して発展途上国の貸付申請を否決するのではなく、貸

付のルール、基準を調整し刷新して、アジア地域、特に発後発展途上国の実情に合わせる。

即ち、アジアインフラ投資銀行は各国と協議し、共に既存ルールをどのように改善するか

検討し、新しい基準を定めて、その地域の発展ニーズと特徴に合わせていく。これはアジ

アインフラ投資銀行がアジア開発銀行と根本的に異なる重要な点である。

第3節 アジア債券市場の建設を急ぐ

今後アジアのインフラ建設プロジェクトの融資は、債券市場を充分に利用し、プロジェ

クト投資期間に見合った長期資本を獲得すべきである。近年、アジアの債券市場は発展が

速く、アジア債券市場の域内通貨債券の規模(日本を含まない)は 2000年の 4,154億 6,000

万ドルから 2014年末には 8兆 1,803億 6,000万ドルに増加し、年間成長率は 23.7%に達し

ている。しかしながら、アジア地域の金融市場の構造にはまだ明らかに不合理なところが

あり、全ての債券市場で依然として政府保証債が主導的地位を占めている。アジアの投融

資メカニズムはまだマッチングしておらず、アジアの外貨準備規模は世界の三分の二を占

めているが、大量の米国債によって構成されている。米ドルで主導される国際通貨システ

ム、アジア地域の経済構造等の客観的要素がアジア資金をドル資産に向かわせている。金

融市場規模に限度があることで、大量の資金の投資ルートが限定される。実際に、アジア

地域の巨大な富が限度ある規模金融市場に供給されることで制約が生じており、アジア地

域の投融資システムはスムーズに機能していない。

地域性の高いアジア債券市場は、域内の貯蓄を域内企業の投資や生産、サービスに転換

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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でき、アジアの実体経済の発展に利するだけでなく、アジア地域の金融市場構造の改善に

もプラスであり、域内金融市場の金融ショックに対応する力を強化できる。従って、国の

「一帯一路」構想の面から見ても、アジア地域への直接融資比率の拡大、アジア地域の金

融構造の最適化、アジア投融資システムの建設と改善の面から見ても、アジア債券市場の

建設が必要なのは明らかである。このような背景の下、アジア債券市場の育成を急ぎ、積

極的にアジア債券市場の建設を推進して国内債券市場の発展を促し、両者が互いに良い影

響を与え合う状況を作る必要がある。具体的には、以下の六つの面から着手できる。

第一に、アジア・ボンド・ファンドの規模を拡大し、各国の自国通貨建て債券市場の建

設を進め、東アジア地域にアジア投資銀行を設立して、アジア債券市場を統合させる。ア

ジアの自国通貨建て債券市場建設の推進は、東アジア地域が高度に米ドル依存している現

状を早急に転換し、世界金融危機の衝撃を減少させ、アジア経済の安定した回復を確保す

るために、極めて重要なことである。アジア諸国の外貨準備高が数兆米ドルであることを

考えれば、アジア・ボンド・ファンドの規模が数十億米ドルというのは小さすぎる。この

ことから、アジア・ボンド・ファンドの規模を拡大し、各国の自国通貨建て債券に投資す

れば、自国通貨建て債券市場を推進させるというアジア・ボンド・ファンドの役割を確実

に発揮することができる。加えて、東アジア地域の場合は、アジア開発銀行に属するアジ

ア債券市場建設管理チームの指導のもと、各経済体の政府が出資し、個人資本が参加する

アジア投資銀行を設立して、専門に東アジア地域の各経済体の債券商品の開発、債券の受

託販売、債券の建値通貨の選択および為替レートの確定、投資ポートフォリオの作成等を

行わせて、両者の存在における重大な隔たりを解消し、アジア・ボンド・ファンドと共同

で自国通貨建て債券投資を推進し、アジア債券市場の統合を加速させる。この過程で、中

国は専門の債権市場作業チームを発足させ、アジア債券市場の建設と国際債券市場の発展

が互いに良い影響を与え合う状況をどのように形成するかを研究し、実施していく。

第二に、アジア各国が互いの債券市場間で債券を発行し投資し合い、我が国は債券市場

の対外開放を進める。先ず債券市場の構造の違いが比較的小さい東アジア新興経済体から

試験的に提携取引プラットフォームを設立し、国境を跨いだ債券の発行と投資取引を行い、

徐々にアジア地域全体に債券市場を広げていく。具体的には、各経済体が多国間枠組みの

指導の下に二国間債券市場を優先的に発展させ、当該国の債券市場に提携国または地域の

発行主体を組み入れて、二者間で自国通貨建て債券の発行を検討する。中国債券市場開放

の最終目標は、アジア地域の各債券市場と統一し連係することである。現在、中国の資本

市場の対外開放にはまだ多くの制約があることを考慮し、現段階では優先的に中国にある

海外の金融機関とグローバル企業が国内で人民元建て債券を発行することを検討し、徐々

に国外のすべての基準を満たした発行主体が国内で「パンダ債」を発行できるように開放

して、中国の対外融資、ドル安リスクの回避、人民元の国際化の三つを結び付ける。また

それとは別に、中国にある海外の金融機関とグローバル企業が先ず香港で人民元建て債券

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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を発行することを許可し、発行規模を拡大し、発行頻度を速めて、次第に人民元建て債券

の発行、流通範囲を拡大し、貴重な経験を蓄積する。更に、中国政府は期限の異なる国債

を香港で発行することを検討するべきである。国債の発行は、香港オフショア人民元建て

債券市場で取引される他の製品のためにベンチマークイールドカーブを作成する助けにな

る。

第三に、中日韓三国の信用格付け会社の協力を中心として、アジア地域の信用格付け会

社を組織し、統一した評価基準を作り、国際基準と整合させることに注力し、国内格付け

業界の標準化を促す。アジアの信用格付け会社の提携は、域内債券市場発展の前提条件で

あり、アジア債券市場の環境を改善する重要事項である。現在、すでにスタンダード&プ

アーズ、ムーディーズ、フィッチは世界の格付け市場で 90%以上のシェアに達しており、

独占的地位にある。しかし、国際的に著名な格付け会社はアジア地域の経済と社会の状況

を必ずしも熟知しておらず、地元債券の本当の価値を反映できない。また、前回の金融危

機でこの三大格付け会社の信用問題が露見した。従って、既存の三大格付け会社が独占す

る局面を打破し、世界の信用格付けシステムを再構築し、アジア地域の信用格付け会社の

発展に力を入れることは、金融危機以降考えなければならない課題となっている。このた

め、先ず中日韓三国が各自の格付け会社の協力を強化し、手を携えてアジアの現地格付け

システムを発展させなければならない。アジア地域の格付け会社を設立し、統一された信

用格付け基準を策定して、アジア債券市場の発展のために、公平で、公正で、公開された

国際投資環境を作り出す。中国の信用格付け産業はまだ脆弱であり、アジア債券市場の助

けを借りてアジアの格付けを発展させると同時に、中国は国際的信頼性を有する本土の格

付け会社の設立を早急に推進する必要がある。また、アジアの格付け会社は、相応の内部

統制システムと外部評価懲罰システムの構築と改善に注力しなければならない。

第四に、二国間の決済システムの連携を徐々にインターラクティブな多国間の決済ネッ

トワークに移行し、最終的に統一されたアジア決済センターを設立する。国境を越えた決

済システムの構築は、債券発行と取引決済の方法に関係するだけでなく、アジア債券市場

今後の構造を決定し、アジアの金融協力の枠組みの行方にまで関係する。このため、アジ

アの現状に照らして、国際協力の枠組みのもとで、先ず二国間の決済システム協力を展開

し、効率の良い二国間決済システムを構築して、債券の決済と資金の決済を迅速に関連付

けることを強化し、リスクを低減しなければならない。これをもとに、徐々にインターラ

クティブな多国間決済ネットワークを作り、最終的にヨーロッパの決済システムのような

統一されたアジア決済センターを建設する。この方法は、大きな格差のあるアジア地域が

徐々に金融協力を行い、着実に進める特徴にマッチしている。このほか、決済システムの

連係を進めれば、アジアの預託決済機関の連係を実現でき、これを原動力にして各国の市

場、政策、金融監督の協調を推進する。現段階で、中国は中国香港の制度と技術の強み (マ

ーケットメイク制度、預託システムおよび支払い、取引、決済システム等) を利用し、人

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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民元建て債券市場の発展を支援して、香港を人民元建て債券の本土外オフショアセンター

にして、同時に、今後は徐々に国内外の支払システム、決済システムおよび預託システム

等の金融インフラの連係を立ち上げ、資金と金融商品が国内外の金融システム間で自由に

移動できるよう促し、資金の流通效率を引き上げていく。

第五に、東アジア新興経済体の各メンバー国が域内に投資保証機関を設立して、商業化

方式に基づいて運営と管理を行い、当該地域の債券発行主体の信用格付けを向上させる。

アジア地域では長い間、信用不足のために債券市場の発展がひどく制限されてきた。信用

不安が低減し、信用格付けが強化されなければ、債券市場を効果的に発展させることはで

きない。このため、アジア各国は既存の保証システムを有效に利用し、アジア投資銀行や

各域内経済体の政府に対し、アジアの債券を保証するよう推奨しなければならない。例え

ば、日本の国際協力銀行はインドネシア政府とフィリピン政府が日本で発行する「サムラ

イ債」に保証を提供した。同時に、更に各経済体の政府が中心となり、一部の個人が参加

して、域内投資保証機関を設立し、目下の保証機関不足を補う必要がある。また、できる

だけ早く域内中小企業の債券の信用保証システムを構築して、東アジア新興経済体の中小

企業の資金調達能力を引き上げなければならない。

第六に、アジア各国および域内の金融監督を強化すると同時に、統一された域内監督体

制を形成する。

世界の金融自由化が進むにつれて、デリバティブ市場が勃興し、金融グローバル化の原

動力の一となった。国際資本の流動において個人資本が徐々に主導的地位を占めるように

なり、世界のホットマネーの規模は日増しに膨張している。このため各国の開かれた金融

システムに大きなリスクが生じ、金融リスクが国境を越えて猛烈な速さで広範囲に伝播す

るようになり、各国に与える衝撃が更に大きくなった。このため、アジア地域は早急に権

威ある地域監督機構を構築し、デリバティブに対する監督協力を強化し、ヘッジファンド

に対する国境を越えた監督を改善し、アジア地域内で統一された債務統合監督制度を構築

する等して、アジア地域の金融監督の調和と協力を進めなければならない。国境を越えた

有效な監督協調がなければ、アジア債券市場が長期間安定して健全に発展することは難し

い。また、投資家が必ずしもアジア地域の多くの企業を理解していないため、情報開示サ

イトを作り、情報交流を強化し、市場参加者が情報を得られるようにする必要がある。

第4節 「一帯一路」構想の提唱の下での金融協力には大きな将来性がある

中国の「第十九回党大会」で提唱された「一帯一路」における国際協力は、中日および

東アジアの金融協力の発展に向けて、新たなきっかけを提供するものである。2017年は日

中国交正常化 45周年に当たり、2018年には中日平和友好条約締結 40周年を迎える。中日

両国はこれを契機に、両国関係の改善を積極的に追求している。習近平主席はベトナムの

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APEC首脳会議で、李克強総理はフィリピンの東アジアサミットで、安倍首相と会談を行っ

た。李克強総理はさらに北京で、250 名にのぼる日本の実業家で構成された経済訪中団と

会見した。日本の経済界は、「一帯一路」沿線への投資分野で、両国の重複度が高いことを

十分認識しており、双方が協力を強化しなければ過当競争が回避できないため、中国と「一

帯一路」枠組みにおけるインフラ建設および製造業分野での第三者協力を実施し、共に「パ

イ」を拡大する意思を明確に示した。安倍首相も公的な場において、中国が提唱する「一

帯一路」の国際協力に参加する意思を表明した。このような背景の下、将来、中日両国が

「一帯一路」沿線における生産能力面での協力および金融協力を行うポテンシャルは非常

に大きい。

中国と日本は、生産能力体系において高度な相互補完関係がある。中国の持つ設備製造

の集積および高い建設能力という優位性と、日本の持つハイテク技術と行き届いた社会サ

ービス体系という優位性を融合し、周辺国の発展ニーズに対応し、インフラ建設、建設機

械、建材、電力等の分野の生産能力に関する協力を重点的に強化し、「中日協力の新ブラン

ド」を構築していくならば、両国の経済発展が大きく促進されるだけでなく、中日の全面

的な協力に大きな広がりを創り出すことになるだろう。

一方で、金融協力は、生産能力面での協力に対し重要な支えとなる。両国の金融分野で

の協力は、これまでも経済貿易協力のハイライトとなってきた。両国の指導者は北京で

2011年末に、二国間の金融協力の強化についてコンセンサスに達した。2012年 3月には、

日本が 650億元分の中国国債を購入することを中国は承認した。同年 6月 1日から、人民

元と日本円は東京と上海の両国の市場で直接取引ができるようになった。日本円はドルに

続く2番目の、人民元と直接取引ができる主要先進国通貨となった。三菱東京 UFJ銀行は、

2015年 6月に初めて東京で機関投資家向けの人民元債券を発行した。発行額は 3億 5,000

万元で、期間は 2年である。しかし近年、中日の政治関係の緊張の影響で、両国の金融協

力は長期にわたり停滞状態にある。中日の経済貿易関係の改善に伴い、両国は金融協力の

推進をスピードアップさせ、シンジケートローン、通貨スワップおよび直接取引、人民元

の債券発行や相互購入等での二国間協力を深化させるべきである。また資本市場での協力

を強化し、両国の債券市場インフラの相互接続を重点的に研究、推進していく。さらには

「一帯一路」枠組み内で、日本の国際協力銀行と中国の国家開発銀行との協力を積極的に

推進すべきである。日本政府がアジアのインフラ建設に対する 1,100億ドル規模の投資計

画を発表したことを考えると、今後、両国の金融機関には、巨大なアジアインフラ分野の

融資ニーズを満たす上で、幅広い協力の場が開かれている。

現在、世界経済の回復は力強さに欠け、貿易の保護主義が台頭し、地政上も安全への脅

威が高まっている。また、連邦準備制度理事会(FRB)の利上げや「バランスシート縮小」

といった通貨政策の影響を受け、世界で緩和されていた通貨の流動環境に変化が生じてお

り、東アジア地域に流入する国際資本の規模は大幅に減少し、流出傾向が生じ、東アジア

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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の金融市場の安定に新たな脅威となっている。このため、東アジア各国は金融協力の強化

をさらに進め、地域の金融セーフティーネットを構築し、20年前の東アジア金融危機の二

の舞を避けなくてはならない。

まずはエリア内の貿易往来を通じ、エリア内金融市場の発展を図る。その一方で、貿易

決済において、アジアの国々がエリア内通貨を決済通貨とするよう奨励する。アジア地域

の貿易、投資、金融取引におけるエリア内通貨のニーズを徐々に拡大し、ドルへの依存を

おおもとから解消し、地域内通貨による金融市場の発展を推進し、地域の金融一体化度を

高める。一方で、アジアの金融市場の相互開放を推進しなくてはならない。各国の債券市

場の発展を加速化し、地域内の債券市場の相互接続を促進し、アジアの債券市場を構築し、

さらには当地域のファンドの相互承認範囲を一層広げ、クロスボーダー証券投資を促進し

ていく。

図 3-1 2015 年、16 年のアジア地域における外国直接投資流入量と流出量(単位 10 億$)

<資金流入額>

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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<資金流出額>

出所:UNCTAD2017 年世界投資報告より筆者作成

次に、アジア金融協力協会の機能を活用し、アジアの金融協力を推進する。アジア金融

協力協会(AFCA、略称は「亜金協」)は、2017年 7月 24日に北京で正式に設立された。中

国が提唱者・発起者となった機関であり、アジアに立脚し、開放的かつ包摂的で、アジア

地域内外の多様な金融機関が集結した初の民間金融協力機関として、銀行、証券、保険、

基金、資産管理および金融サービス等の様々な金融分野をカバーしている。AFCAはアジア

の金融における民間協力プラットフォームであり、アジアの金融発展が細片化、分散化、

辺境化する現状に対し、地域の金融機関の交流と、金融リソースの統合を強化し、民間の

資本力を活性化し、アジア経済の発展を促進し、地域の金融の安定維持に積極な役割を果

たすだけでなく、AFCAのプラットフォームを活用し、アジアの金融の実力と需要を一層ア

ピールし、世界の金融ガバナンスに対するアジア金融の影響力や発言力を強化している。

第三に、アジア各国は金融面での安全協力を強化し、安定的で、持続可能で、リスク抑

制が可能な金融保障体系を構築し、情報を交換させ、利益を共有し、リスクを分かち合う

協力メカニズムおよび穏健な国際信用体系を作り上げ、リスク抑制能力を高め、金融詐欺

防止・金融リスク防止メカニズムを共に構築し、地域におけるシステムの重大金融リスク

状況・事件を厳しく処罰・予知・警戒していかなければならない。

最後に、中日両国は共にアジアの経済大国であり、長所の相互補完、互恵互利の実現、

発展への協力という新たな関係をいっそう発揮すべきである。これは東アジアの経済貿易

秩序および地域の金融安定の維持、世界的な試練への共同対応において大変重要な意味が

ある。中日両国は「一帯一路」の枠組みにおいて、二国間の経済貿易関係を強化し、東ア

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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ジア金融協力の深化における牽引力、模範力を積極的に発揮すべきである。また、東アジ

ア金融協力の発展により、「一帯一路」沿線の地域経済貿易協力の範囲を拡大し、東アジア

経済共同体の構築推進を加速していかなくてはならない。

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第4章

「一帯一路」中小企業の海外進出に対する金融支援策

劉 亮

はじめに

「一帯一路」構想はグローバル経済の振興を促し、中華民族の偉大な復興を実現する重

要な戦略であり、経済の血液とも言える金融は「一帯一路」の重要な柱である。「一帯一路」

建設において中小企業の役割がますます重要になっており、中小企業が「一帯一路」戦略

によって海外進出の機会を捉え、国内および国際市場の様々な資源の強みを充分に活かし

て、自らの革新的発展能力と国際競争力を向上させれば、自らの付加価値を高めるチャン

スが広がる。従って、「一帯一路」に安定した、持続可能な、リスク管理ができる中小企業

向け金融保障システムを構築し、ファイナンシャル・インクルージョンを発展させて、金

融サービス網を改善することは、「一帯一路」建設の重要事項の一つである。

第1節 近年の「一帯一路」金融支援構想

2013 年に習近平総書記が初めて「一帯一路」戦略構想を打ち出してから、「一帯一路」

に対する金融支援について、様々な専門家や学者が見識の高い意見と提案を出した。この

ような研究は主に以下の分野で行われた。

1.「一帯一路」建設を支える金融支援体制の研究

中国人民銀行鄭州培訓学院の課題チーム(2015)は七つの方面から「一帯一路」の国際

金融支援について戦略構想を提案した。王石錕(2015)は「一帯一路」の政策性銀行、多

国間金融機関、大手商業銀行および民間資本の四層からなる立体的な金融サービス体制の

構築を提案した。林川等(2015)は政策金融、インターネット金融、資本市場、保険、ア

ジアインフラ投資銀行およびシルクロード基金の六層の金融体制を提案した。楊枝煌

(2015)は「一帯一路」「金融+」戦略のコンセプトを提案し、「一帯一路」を契機に中国の

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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特色ある新型国際金融新秩序を構築する戦略目標を打ち出した。黃梅波と劉斯潤(2016)

は「一帯一路」に必要な金融の種類を総合的に研究して、金融市場、金融機関、金融商品

の三つの方面から金融イノベーション構想を提案した。このほか、賈儒楠と韋娜(2016)、

劉国斌(2016)、張紅力(2015)等も関連研究を行った。

2.「一帯一路」建設における金融業界または金融機関自身の発展戦略の研究

巴曙松と王志峰(2015)は「一帯一路」沿線の 65 ヵ国の経済基盤と金融業発展状況等

を細かく評価し、中国の銀行業界が迎えている五つのチャンス、強みと弱み等を分析して、

対策と戦略の道筋を示した。朱蘇栄(2015)は下位地域の越境協力理論に基づいて、国際

金融協力体制建設の全体構想を提案した。耿明英(2016)は中-欧金融協力を契機として域

内多国間金融市場システムを構築するロジックとスキームを研究した。唐世輝と陳勇は

(2016)「一帯一路」を背景に中国と周辺諸国の貿易金融業務が発展するためのチャンスと

試練について分析した。

3.「一帯一路」における金融リスクの研究と対策の提案

馬博雅(2016)は「一帯一路」投融資における六つのリスクを指摘し、関連対策を示し

た。王敏等(2015)は「一帯一路」への資金投入が「援助資金として入り、腐敗の温床と

なる」リスクを指摘した。保建雲(2017)は中国の「一帯一路」戦略が国際金融市場に与

える影響、国際金融市場から受ける制約、「敵意の的となるリスク」を検討し、対策を提案

した。閆衍(2015)はマクロ面から中国の「一帯一路」建設に対する金融支援の現狀を分

析し、潛在リスクに着目して金融支援を強化して、「一帯一路」発展を支援する構想を提案

した。翁東玲(2016)は「一帯一路」建設における四つのリスクを研究して関連対策を提

案した。

4.実証の視点から見た「一帯一路」に対する金融支援の效果の研究

羅煜等(2017)は「一帯一路」沿線の発展途上国 46ヵ国の 2002~2013年における 2,485

の官民資本協力(PPP)インフラ事業のデータに基づいて、投資対象国の制度と国際金融機

関の関与度がどのように PPP事業の成果に影響するかについて研究し、これをもとに対策

を提案した。

上記の研究は異なる視点から「一帯一路」建設における金融支援問題を研究し、金融リ

スクとリスク回避についても一連の具体的な研究を行っており、多くの啓発を与え、熟考

へと導いてくれるが、「一帯一路」の中小企業向け金融サービス体制の建設に関する専門研

究は少ない。このため、本章では中小企業の「海外進出」に必要な資金調達の角度から、

中小企業の資金調達需要を満たす「一帯一路」融資体制構築の問題について体系的に検討

する。

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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第2節 「一帯一路」建設における中小企業の資金調達需要

中国の「一帯一路」戦略が進むにつれて「一帯一路」建設に対する金融支援は強化され、

国際的な金融協力と支援が徐々に浸透しているが、中小企業は様々な理由から資金調達の

面で本質的な問題を抱えている。「一帯一路」建設において、中小企業には大きな資金調達

需要が存在するが、国内の「国有大手優先」構想のもとで、国際融資によって中小企業の

需要を満たすのは難しい。従って、「一帯一路」建設における中小企業の資金調達需要を詳

細に分析して、関連対策を提案することは非常に重要で、価値がある。我々は「一帯一路」

戦略における中小企業の資金調達需要を以下にまとめた。

1.「一帯一路」建設における投資資金

中小企業は海外進出のプロセスにおいて資金面で以下の二つの制約を受ける。まず、中

小企業は国内金融機関から融資を受ける能力が限られ、「国内で資金を調達して海外へ進出

する」のは難しい。中小企業は資金調達ルートが単一で、情報の非対称性や自らの欠陥等

の問題から、往々にして国内の伝統的金融機関から資金を調達しにくい。例えば、深圳市

の 2013 年の報告書によれば、2013 年に深圳全市の中小企業の資金調達需要の総額は約 1

万 4,500億元だったが、中小企業が様々な直接または間接的方法で実現した資金調達額は

8,363億 8,000万元で 6,136億 2,000万元不足した。不足分は需要総額の 43%1に達した。

また、中国中小企業上場サービス聯盟と洞見資本研究院が合同で発表した「2017中小企業

融資拡大白書」によれば、2016年に 98%の中小企業に資金調達難と資金調達コスト高の問

題 2が存在していた。この他、中小企業の対外投資は往々にして一定の為替制約を受ける

ため、「国内で資金を調達して海外へ進出する」のは非常に難しい。

次に、中小企業は「一帯一路」沿線諸国から資金を調達しにくい。一つ目の理由、「一

帯一路」沿線諸国自身が資金不足に陥っているためである。「一帯一路」沿線諸国の多くは

開発途上国であり、このような国は発展途上にあり多額の資金不足に陥っている。IMF の

試算では、今後 5年間の「一帯一路」沿線諸国のインフラ建設に必要な資金は 3兆ドルを

越えており、このうちアジア地区のインフラ投資の資金不足だけでも毎年 1兆ドル 3 を越

える。更に、アジア開発銀行の試算によれば、2010~2020年のアジア

・太平洋沿岸のインフラに必要な資金は合計 11 兆 8,948 億ドルである。このうち、エ

ネルギー(電力)の新設・増設および維持に必要な資金は 4兆 886億ドル、運輸に必要な

1 データ出所:中小企業への融資は 6,000 億余り不足 広州日報 2013 年 12 月 25 日 2 データ出所:レポートによれば、中小企業の資金調達は依然として難しくコストが高い

ことが大きな問題 証券時報 2017 年 4 月 27 日 3 データ出所:「一帯一路」の資金需要は大きく、融資体制の多元化が必要 中国証券報

2017 年 8 月 1 日

Page 65: 中国「一帯一路」構想の展開と日本 - IDE · 2018-12-11 · 2017_1_10_001 中国「一帯一路」構想の展開と日本 『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会

『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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資金は 2兆 4,661億ドル、道路に必要な資金は 2兆 3,405億ドルで、このほか通信、携帯

電話、固定電話、公共衛生と飲用水の改善、港湾、鉄道、空港等の建設にも多額の資金が

必要である 4。二つ目の理由は、国内から「海外進出」している金融機関は従来型金融機

関が主で、民間資本の参加比率が小さいことである。2016年末時点で、計 9社の中国資本

の銀行が「一帯一路」沿線諸国 26 ヵ国に 62 の一級機関を設立しているが(子会社銀行 18

社、銀行支店 35 社、駐在員事務所 9 箇所 5)、これらは主にアジアインフラ投資銀行、国

家開発銀行、中国輸出入銀行、シルクロード基金等、国際的な、または中国の政策性金融

機関である。例えば、国家開発銀行は「一帯一路」周辺諸国 29ヵ国に累計で 1,200億ドル

を越える資金を貸し付けており、輸出入銀行の「一帯一路」沿線諸国に対する貸付残高は

2,000 億人民元を越えているが、これらの事業は主にインフラ建設、ハイテク製品、大型

プラント、電機製品の輸出や、農林水産・畜産、鉱産開発等の分野と関係し、国内の民営

金融機関と民間資金の参与が明らかに不足している。三つ目の理由は、「一帯一路」沿線の

主な投資事業は今も地元の重大インフラ投資が主で、中小企業はこの方面の能力に欠ける

ため、参与の程度が低く、資金調達能力も弱いためである。アメリカンエンタープライズ

公共政策研究所(AEI)のデータによれば、中国の「一帯一路」諸国に対する投資のうち半

分以上をエネルギー投資が占め(57.8%)、次いで金属(10.5%)、交通運輸(7.6%)、不動産

(6%)等である 6。アジア開発銀行の試算でも基本的に上記の見方が支持されている。こ

れらの業界は往々にして先行投資が大きく、リスクが高く、投資サイクルが長いため、中

小企業投資には向いていない。

2.資金リスク回避の必要性

周知の通り、リスクの視点から見て、対外直接投資のリスクは国内投資のリスクより高

く、全体として、中小企業が海外進出する過程で直面する不確定リスクは大手国有企業よ

り遙かに大きいと考えている。政治、心理、文化の差等、非経済的要素からもたらされる

リスクの他、為替変動、経済変動、法律、税務等の経済要素によるリスクも含まれる。具

体的には以下のようなものがある。

第一に、グローバルマクロ経済の「バランスシート縮小」リスクが世界経済を揺るがす

可能性がある。2017 年 3 月から FRB はバランスシート縮小を検討し始めた。これは 2015

年 12月に FRBが金利を引上げて以降初めての「バランスシート縮小」検討の表明だった。

その後 9月 21日に、FRBはフェデラル・ファンドの金利幅(1%-1.25%)を維持して 10月

4 データ出所:融資を突破口として「一帯一路」地域内の金融協力を推進 金融時報 2017年 6 月 12 日 5 データ出所:中国と「一帯一路」沿線諸国との金融協力のチャンスと試練 澎湃新聞 2017年 9 月 22 日 6 データ出所:一帯一路投資構造の完全解析 民生証券研報、2017 年 5 月 17 日

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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から数兆ドルのバランスシート縮小を開始し、但し 2017年に 1回、2018年に更に 3回金

利を引上げると表明した。業界筋の予測によれば、アメリカのバランスシート縮小は 2020

~2023年まで続く可能性があり、そのとき FRBのバランスシート規模は約 3兆 3,000億ド

ルとなる。この規模は現在より小さいが危機前の水準より大きい。「バランスシート縮小」

は直接アメリカ国債の需給関係に影響し、アメリカ国債の利回りは上昇する。アメリカ国

債の利回りは世界の資産価格を決める重要な要素の一つであるため、ドルの流動性が逼迫

してドルに値上がり圧力が生じ、人民元を含む新興市場は、大幅な自国通貨の値下がりと

資金流出の試練に直面するだろう。また、世界の金融市場が衝撃を受け、一部の国で債務

危機が発生する潜在リスクが増大する。このほか、世界の中央銀行、例えば欧州中央銀行、

カナダ、イギリス、日本等の中央銀行も緊縮政策を実施し、世界中で流動性に圧力がかか

るだろう。これらの要素はすべてグローバル経済の不安定リスクを増大させる。このほか、

各国の経済発展の基礎が異なることによるリスクも軽視できない。例えば鉄道の軌間、港

湾、通信ネットワーク、電力エネルギー、工業施設等はすべて企業投資に影響を与える可

能性がある。

第二は、「一帯一路」沿線諸国の政治の不安定リスクである。中国の海外投資失敗事例

の多くは投資先の政局変動と関係している。Center for China and Globalization(CCG)

の統計によれば、2005年 1月 1日~2014年 6月 30日の対外直接投資事案のうち、中国企

業の海外投資の 25%が政治要因で失敗している。内訳は被投資国の政治派閥抗争による失

敗が 8%、被投資国の政治動乱、指導者の更迭等による経営損失が 17%である。海外の政治

リスクは企業の海外投資の自信に影響するだけでなく、国外企業の建設仮勘定の人件費と

資金コストを増大させる 7。実際に、「一帯一路」沿線諸国の政治体制と中国国内の体制に

は大きな違いがあり、過去の歴史と現実に基づけば、投資対象国の政治情勢は繰り返すこ

とが多く、不確定要素が存在している。政治の安定は経済発展の基礎であり、政治リスク

を軽視することはできない。この他、社員の身の安全、「国の安全」、外貨管理、法律およ

び税務等のリスクは、すべて中小企業が直面し考慮しなければならない現実のリスクであ

る。

第三は、戦略構想が明確でない等の、中小企業自身の能力不足による資金調達リスクで

ある。中小企業が明確な発展構想がないまま拡大と強化を急ぎ、対外投資の目的を明確に

せず充分な準備をせずに盲目的に未知の領域に参入することは少なくない。また、中小企

業には充分な国際資源と専門的経験がなく、投資先の状況を実地調査できないことも多い。

デューデリジェンスを実施する能力が明らかに不足し、投資銀行等の仲介者が提供する情

報に過度に依存し、リスク回避の意識と手段が十分でなく、海外進出のための海外進出に

7 データ出所:企業国際化白書:中国企業のグローバル化リポート(2016) 社科文献出

版社 2016

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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陥りやすい。また、中小企業には国際ブランド、コア技術、コア製品等、「海外進出戦略」

における核心的競争力が欠けており、リスク回避能力が劣り、国外の各方面の資源を統合

する能力も不足している。このほか、中小企業は現地化して被投資国に溶け込む能力が弱

い。業界の現状を把握し、現地の状況を理解するには、言語、風俗、人情に精通しなけれ

ばならない。

企業の「一帯一路」建設への参加には上記のリスクが影を落としており、中小企業に各

種リスク分散、リスク移転、リスク補償等が可能な金融システムを提供する必要がある。

またそれ以上に、被投資国の市場の特徴、産業の特徴、投資主体の具体的な状況を熟知し、

各々の対外投資企業が実施する投資事業の保険需要を満たした新型のリスク管理商品を開

発する必要である。

3.資金流通、決済サービスの必要性

中小企業の海外投資には、ファイナンシングに関するサービスが必要であり、それは主

に以下の二つである。

先ず、中小企業には安全で有効な資金輸送、移転、決済等のサービスシステムが必要で

ある。健全で有効な資金決済システムは、企業が対外直接投資事業の実現可能性を評価し、

投資戦略を決定する上で重要な要素である。中国の「一帯一路」地域への投資には被投資

国への多額の資金流入が伴い、また、海外の投資企業が被投資国で企業運営を行えば、必

ず資金の再投入、収益のリターン等が必要である。中国と一帯一路諸国の取引が頻繁にな

れば資金決済のニーズも増す。二国間の経済貿易活動をスムーズに展開するためには、資

金決済システムを構築する必要がある。

また、「一帯一路」諸国が多額の資金取引を行うようになると、人民元を決済通貨とし、

人民元を国際通貨に引上げる必要性が高まる。人民元を決済通貨にすれば、為替変動リス

クを有効に回避でき、中国企業が対外に直接投資する資産価値の安定と安全をある程度担

保できる。更に、「一帯一路」貿易における通貨決済の不統一によって生じる問題を解決す

るために、人民元を速やかに地域の主要な国際通貨に引上げ、沿線諸国との貿易の公平性、

迅速性、收益性、及び広範なニーズを確保する。実際に 2008年以降、中国人民銀行とシル

クロード沿線の多くの国の中央銀行は二国間通貨スワップ協定と二国間貿易通貨決済合意

書を締結した。韓国、マレーシア、アルゼンチン、タイ、カザフスタン、ウズベキスタン、

トルコ、ニュージーランド、ロシア等を含む 36の国または地域の通貨当局が通貨スワップ

協定を締結し、総額は 3兆 510億元に達している(更新されなった協定を除く)8。中央ア

ジア諸国におけるクロスボーダー決済業務で人民元は良好な基礎を築いている。これは、

8 データ出所:中国とスイスは二国間通貨スワップ協定を延長 規模は 1,500 億元を維持

中国金融信息網 2017 年 7 月 27 日

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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中国と「一帯一路」沿線諸国の企業および個人の兌換コストを引き下げ、為替リスクを回

避するのに役立ち、中国と「一帯一路」沿線諸国の経済貿易取引の促進にプラスの作用を

及ぼす。2017年にグローバル取引と支払決済に占める人民元の割合は第九位から六位にラ

ンクアップしたが、まだ 1.78%にすぎない。中国企業の貿易取引額のうち支払いの 16%しか

人民元で決済されておらず、人民元にはまだ大きく上昇する余地がある 9。

第3節 中小企業の「一帯一路」建設に対する金融支援戦略

上記で分析から、中小企業の「一帯一路」 建設参加を推し進める過程では、投資対象

国の金融システムに過度に依存した資金調達をせず、国内の金融システムによって中小企

業の「海外進出」を積極的に支え、国の「一帯一路」建設における各種戦略プランを実現

できるように、体系の整った金融発展体制を構築して中小企業の「海外進出」の歩みを保

証し、サービスを提供し、支援して、中小企業の発展と市場拡大のプロセスで生じる各種

金融ニーズを満さなければならないと考える。具体的に以下に示す。

1.政策性金融機関の積極的活用、金融サプライチェーン整備

政策性銀行は国の信用を享受していることから、資本力が強大で、資金調達コストが比

較的安く、大型で長期の戦略性基幹事業を支えるのに適しているが、これらの事業は社会

的便益や戦略的効果が大きく、リスクが比較的大きく、契約履行能力が弱く、リターン収

益が少ないため、中小企業の投資と回収ニーズにはあまり合っていない。従って、政策性

銀行が担うべきは先頭に立って融資する役割である。政策性銀行は自らの「一帯一路」諸

国における影響力を充分に利用し、中小企業が関連事業の資金調達を行う為の堅固な基礎

を作り、市場の空白を補えるように、中小企業の発展プロセスに存在する資金配分の矛盾

を緩和して、資金調達問題を解消しなければならない。

更に、大手国有企業事業の投融資過程における誘導作用を積極的に活かす必要がある。

大手国有企業事業の金融サプライチェーンを重点的に改善する。大手国有企業、特に国の

「一帯一路」戦略の主要な実施主体である中央企業には、中小企業の海外進出を率先して

促し、手本を示すという逃れられない責任がある。このため、大手企業が請負った事業の

うち一定比率の中小企業請負割当額を明確にして、市場競争の方法で大手国有企業に事業

を実施させると同時に、市場開拓の機能を引き受けさせ、大手国有企業の駐沿線諸国事務

所または工事部のサービス機能を利用して、これらすべての事務機構を上海の中小企業の

アンテナやサービスカウンターにする。また、これを基礎として、事業建設チェーンにお

9 データ出所:世界の取引と支払決裁に占める人民元の割合は 1.78%で世界六位 中国財

経時報 2017 年 5 月 24 日

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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ける中小企業の資金需要に対して積極的に金融サプライチェーン業務を展開し、大手国有

企業が中小企業の資金調達のために保証を提供する等の金融サービスを通じて、中小企業

の資金調達リスクを回避し、中小企業が「一帯一路」建設に参加するための資金不足問題

を解決する。

2.金融市場体制の改善、中小企業向けサービス・チャネルの開拓

現在中国は「一帯一路」沿線の国および地域との金融市場協力を強化している。例えば

「滬港通(上海証券取引所と香港証券取引所で相互に取引を可能にする構想)」、「深港通(深

圳と香港、以下同じ)」、「滬倫通(上海とロンドン、以下同じ)」等の新型提携モデルが打ち

出されたのは金融市場のイノベーションだが、これらはまだ資本市場の提携に留まってお

り、「一帯一路」建設企業への支援は相対的に少ない。実際に、「一帯一路」建設と中国資

本市場の発展は非常に密切に関係している。「一帯一路」建設は資本市場に長期投資の題材

と豊富な投資機会を提供し、資本市場内の企業が長期安定成長をするのに役立つ。また一

方で国内資本市場に、積極的に国際資本市場建設に参加し、市場の範囲と影響力を拡大す

るチャンスを与える。「一帯一路」自体が投資、銀行、証券、基金、保険等の金融分野を内

包する巨大な潛在金融市場である。このため、全地域で全面的で立体的な金融市場体制を

構築し、「一帯一路」沿線企業、特に国内の中小企業がうまく一帯一路に参加できるように、

資金調達ニーズの視点から、積極的に関連する市場業務を拡大しなければならない。

「一帯一路」建設の資金需要は対外直接投資に属するため、この種の資金は国内の資金

需要と比べて金額が大きく、リスクが高く、投資回収期間が長い。このため、資本市場で

株式を発行して資金を調達するのは難しい。特に中国の既存の多層型の資本市場体制は完

全でない。既存の株式、債券等の資本市場が主に大中型企業の向けの資金調達を目的とし

ている状況において、一般の中小企業が資金を調達するのは非常に難しい。このことも中

国の中小企業が対外直接投資をして国際競争力を形成するのを阻害している。このため、

「一帯一路」における具体的な投資事業が直接資金を調達する市場を作り、この種の資本

市場で債券による資金調達サービスを展開することを考えても良い。このほか、債券市場

は証券市場と比べてリスクが小さい特徴があり、優先的に「一帯一路」債券市場を発展さ

せ、国外の機関が国内金融市場で人民元建て債券を発行できるよう支援して、アジア債券

の発行、取引、流通プラットフォームを構築し、域内の事業融資、産業投資等の内容に着

目して、関連金融商品の設計や市場取引等を積極的に展開することも考えても良い。

また、「一帯一路」建設における資金決済ニーズに着目し、国際通貨の支払いと決裁、

スワップ、国家間金融監督協力等を含めた金融市場のインフラ建設を進め、速やかに上海

を国際的人民元建て商品の創出、取引、プライシング、決済センターにする必要がある。

例えば 2016年 6月 30日の時点で、人民元業務の決済銀行は 20行に拡大しており、このう

ち 7行は「一帯一路」沿線の国と地域にあり、中国と「一帯一路」沿線諸国の日常的な越

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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境人民元決済額は 2兆 6,300億元を超えている。従って、様々なレベルの流動性支援メカ

ニズムを改善し、世界のオフショア市場が金利のリスクヘッジ、金利スワップ、変動金利

金融商品を開発できるように、より安定した金利ベースを提供し、重点的に人民元建ての

関連デリバティブを開発しなければならない。越境ネット通販の越境ネット金融決済シス

テムの構築を加速し、完全でグローバルな人民元決済システムの構築を急いで、上海自由

貿易区内で越境人民元資金投資の銀行間債権市場を推進して、上海精算所が人民元建ての

店頭フレイト・デリバティブやコモディティ・デリバティブを開発して、自由貿易区のコ

モディティー現物取引センターに差金決済サービスを提供するよう促し、「一帯一路」にお

ける取引資金の決済を便利にする。

3.新型金融モデルの開拓

ビッグデータ、クラウドコンピューティング、AI、ブロックチェーン、モバイルインタ

ーネット等の新技術が急速に発展するにともない、フィンテックの発展も著しい。融資、

資産管理とファンド販売、持分投資、リテールバンキング、ネット保険、取引および支払

い決済、ネットバンキング等の金融領域でも積極的な研究と応用が始まっており、このよ

うな技術は今後の金融業の発展の主流となっていくだろう。現在、フィンテックはすでに

グローバル投資の注目ポイントとなっており、シティーグループの研究報告によれば、世

界のフィンテック分野への投資は 2010年の 18億ドルから 2015年には 191億ドルとなり、

5年間で 10倍に増加して、累積投資額は 497 億ドルに達している。しかも、この方面への

投資は中国が最もホットで、KPMGと CB Insightsが発表した季刊報「フィンテック業界の

脈動」によれば、世界のフィンテック投資のうち中国が半分近くを占めている 10。中国国

内でフィンテックとこれに関連するネット金融業務が急速に拡大しているのは、国内の金

融環境に金融サービスが不足しているためである。フィンテックをネット上に応用すると

監督管理のボトルネックがある程度解消され、「管理裁定取引」が形成される。国内のフィ

ンテック企業が果たしているのは海外市場とは全く異なる役割である。海外、特に欧米諸

国では従来の金融システムが成熟しているため、フィンテックは「補完」の役割をつとめ、

従来の金融サービスがカバーしている顧客や市場の隙間を補っている。しかし、国内のフ

ィンテック企業は中小企業融資の主力である。アリババデータ研究院のデータによれば、

中小企業の資金需要の多くは 100万以下で、調達需要が 50万元以下の企業が約 55.3%、100

万元以下が約 87.3%を占めている。これらは従来型の融資の死角であり、フィンテック企

業によるモデルイノベーションとファイナンシャル・インクルージョンは、多くの中小企

業にとって非常に重要なものになっている。実際に、現在一部のモバイル決済に代表され

る中国のフィンテックは、成熟した技術輸出モデルになっている。例えば螞蟻金融服務集

10 上記データ出所 「フィンテックの発展動向と研究の現状」、http://news.p2peye.com/article-485874-1.html

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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団はセキュリティー管理、データ分析等のモバイル決済の基礎技術の輸出で、インド、タ

イ、フィリピン、インドネシア等のパートナーと相次いで戦略的提携を結び、合同で現地

版アリペイを作った。このように、情報技術と技術革新を利用して投融資分野で電子化情

報プラットフォームの建設を強化し、共に連携事業を建設する過程でサプライチェーンの

川上・川下企業の金融サービスプラットフォームを構築すれば、国内フィンテックの発展

と応用を推進できるだけでなく、有効にサプライチェーンの全企業に対外投資を促して、

中小企業の「海外進出」の資金調達問題を解決できる。

4.金融機関のイノベーション加速、中小金融機関の参加奨励

大手金融機関に比べて、中小金融機関は情報や監督等の面で強みを持っているため、中

小企業に金融サービスを提供する傾向があることが、早くから研究によって指摘されてい

た(例:林毅夫、李永軍、2001)。先進国のハイテク中小企業の発展を支える金融機関の発

展体制に、上記の特徴が現れている。例えばアメリカのシリコンバレー銀行はそのターゲ

ット市場をハイテク中小企業に定め、特許技術を担保に、株式や債券等の様々な方法で創

立当初の技術潜在力を持つ企業に初期資金を提供して、銀行とハイテク企業の共栄を実現

した。従って、金融機関の市場化を加速すると同時に、中小型金融機関、新型金融機関ま

たはノンバンクが金融市場の建設に参加するよう奨励して、中小企業の「海外進出」プロ

セスにおける資金問題解決することは、非常に重要な意義を持つ。特に、成長潜在力を持

つが、大手商業銀行や政策性銀行の貸付枠から外れた中小民営企業の海外投資事業に融資

するのは、「一帯一路」戦略を実現するための実行可能な方法である。

5.中小企業のニーズに関する基礎研究の強化

「一帯一路」建設への参加過程で、中小企業は国際市場の様々なリスクに対し手を焼く

ことが多い。特に中国企業の海外進出は今「三つの段階が交錯した」特殊な時期 11にあり 、

中国企業を奨励し誘導して中国企業の状況に適した方式で海外に進出させる必要がある。

海外持分投資等のソフトタッチ式の投資や M&A、全インダストリアルチェーンを統合する

方式での団体海外進出、海外経済貿易協力区方式での海外進出、企業の国際競争力向上を

目的とした世界のインダストリアルチェーン、バリューチェーン、サプライチェーン、イ

ノベーションチェーンへの参加、国際生産能力協力とインフラ投資を突破口とした「一帯

11 商務部対外投資・経済協力司の周振成副司長は 2015年に中国企業「海外進出」戦略フ

ォーラムで、「三つの段階が交錯」した中国企業の「海外進出」の特徴について述べた。三

つの段階とは即ち、初期発展段階、急速成長段階、レベルアップ段階のことであり、彼は

中国企業の「海外進出」が、発展レベルで見るとまだ初級段階にあって先進国との格差が

大きく、発展速度で見ると比較的速く、発展内容で見るとレベルアップ段階にあって次第

に対外投資大国から対外投資強国に転換している、と考えている。

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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一路」の提唱等が例として挙げられる。そのためにはやはり、政府が中小企業のニーズに

ついて様々な基礎研究を行い、企業と金融機関が様々な潛在金融リスクを回避できるよう

に支援する必要がある。その研究には以下が含まれる。

・ 被投資国の投資ルールや政策の先行研究(例:ヒューマンファクターやコミュニティ

ー建設等を重視した国際投資ルール)。

・ 企業の充分なデューデリジェンス(例: 被投資国と外商投資の法規、被投資国の入札

参加外資に対する政策、被投資国の労働者雇用および物流管理の規定、証明可能な

有効性と期間延長または收回の規定、会社が非公開にできる補償または賠償合意書、

所有権帰属登記の瑕疵等)。

・ 関係国別の法律、タックスプランニング、国際仲裁ルール等の研究強化。

・ 「一帯一路」上の主要国家と世界の主要国家の通貨政策動向の研究強化。

この他、「一帯一路」沿線諸国の金融センターと金融協力協議を進めることを検討し模

索して、決済、信用保証、リスク分担等での協力等を研究し、企業の海外投資に国際的な

保証を提供しなければならない。

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杨枝煌 2015 快全面建立“一带一路”金融+战略机制、国际经济合作、2015年第 6期

张红力 2015 金融引领与“一带一路”、金融论坛、2015年第 4期.

中国人民银行郑州培训学院课题组 2015 “一带一路”战略实施与国际金融支持战略构想、

国际贸易、2015年第 4期

朱苏荣 2015 “一带一路”战略国际金融合作体系的路径分析、金融发展评论、2015年第 3

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第5章

「一帯一路」沿線ノード都市の特徴と発展 1

蘇 寧 楊 伝開

はじめに

中国政府は 2015年 3月に正式に「シルクロード経済ベルトと 21世紀海上シルクロード

の共同建設推進のビジョンと行動」を発布し、沿線諸国の賛同を得て「一帯一路」構想を

迅速に進めている。「一帯一路」沿線諸国の重要な発展ノードとなる沿線の重要都市は、「一

帯一路」構想の実施と推進において間違いなく重要な基盤の役割を果たす。また、世界都

市ネットワークの視点から見て、これらの都市は長い間軽視されてきた都市セクターであ

り、重要な発展ポテンシャルを持つ新興都市群でもある。このため、一帯一路沿線「シル

クロード都市」の概念、発展動向および主要な特徴を分析し研究すれば、これらの都市の

関連地域開発における役割と方向性を理解し、引いては沿線都市協力促進における中国の

都市の地位と任務を理解することができる。

第1節 「シルクロード都市」の概念と意義

1.「一帯一路」沿線都市の研究

「一帯一路」構想が出された頃から、沿線都市の開発における役割と地位は学界の関心

を集めていた。国内の学者は地域経済学の視点から「一帯一路」沿線都市の意義と役割を

研究した。衛玲、戴江偉(2014)、崔林濤(2001)等の学者は沿線中心都市の地域経済にお

ける波及効果と先行効果を分析した。白永秀、王頌吉(2014)、李興江、馬亜妮(2011)等

の学者は、シルクロード経済ベルトの経済発展において沿線都市群が果たす中核都市の役

割について研究を行った。都市ネットワークの相互補完モデルは、沿線都市開発を研究す

る上で重要な視点である。一帯一路構想が出されてからの研究期間は短く、データは少な

かったが、一部の学者は「一帯一路」の都市ネットワークについて斬新な研究を行った。

1 この文献は国家社会科学基金重大プロジェクト:「一帯一路 沿線都市ネットワークと中

国の戦略的要衝の配置」(認可番号:16ZDA016)の研究成果である。

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例えば、王姣娥、王涵、焦敬娟(2015)、呉楽、霍麗(2015)、高新才、楊芳(2015)等の

学者は urban flow intensityモデル、都市機能測定モデル、断片化指数等の測定ツールを

用いて、シルクロード経済ベルトに関連する中国内省区の重要都市についてその集積作用

とフロー状況を分析した。

「一帯一路」沿線都市をテーマとした研究に対する国際学界の関心は相対的に限られて

いる。その研究対象は主に経済における世界都市体系や世界都市ネットワークの領域であ

る。2000年代の初めに、一部の学者が経済のグローバル化が世界都市ネットワークの構造

に与える影響を認識し、世界都市ネットワークおける世界都市の位置づけを見直し始めた

(Beaverstock、Smith and Taylor、1999;Hall、1998)。スコットとホール(Scott、2001;

Hall、2006)は世界都市の概念を押し広げて、1970年代末から巨大な「都市-地域群島」

が形成されつつあり、これが新しいグローバルシステムの空間基盤の機能を持ち、従来の

「中核と周縁」からなるグローバル空間組織体系の枠を越えたと考えた。英国のピーター・

テーラー(Peter Taylor)教授を初めとする研究グループ「グローバリゼーションと世界

都市研究ネットワーク」(GaWC)は世界都市ネットワークの形成と進化のメカニズム、ネッ

トワーク構造と経済グローバリゼーションの相互関係に着目して、製造サービス業の企業

本部と支部機構で構成されるネットワークの視点から、世界都市ネットワークを研究した

(Taylor、2004)。この研究はすでに世界都市ネットワーク研究の主流となっている。しか

し、企業ネットワークの視点から世界都市ネットワークを考察する際にまず注目したのが

トップレベルの世界都市だったため、世界都市ネットワークの研究は欧米中心論の特徴を

呈しており、多くの発展途上国の都市や欧米の二流都市は周縁都市と見なされたと、ある

学者の指摘している(Robinson、2002)。マンス(Mans、2014)は世界都市ネットワークに

おける末端都市に着目し、インドの都市が世界都市ネットワークに入っていく過程を重点

的に調査した。

全体として、国内および国際学界は「一帯一路」沿線都市の役割、地位、ネットワーク

の相互補完状況について一連の高度な研究を行い、沿線都市発展の特徴を認識するための

視点を複数提供した。但し、沿線都市研究全体の状況、特に沿線の主要ノード都市の発展

の特徴を総合的に集約し概念を定義したものは少ない。

2.「シルクロード都市」の概念の認知と発展の背景

「シルクロード都市」の概念の定義は、今も模索階段にある。ユネスコは 2015 年に歴

史的視点から、自らが提示したシルクロード沿線都市(Cities alongside the Silk Roads)

の概念について、「シルクロードに位置する重要な貿易と交易の要衝」と説明した。これら

の都市は「学者、教師、理論家、哲学家等を引き付け、文化と思想の交流の中心となり、

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歴史上の文明が栄えた地域の発展に貢献した」。2 拙文にいう現代の「シルクロード都市」

(Silk Road Cities)とは、「一帯一路」沿線の国と地域に位置し、所在する国と地域の重

要な経済、社会、文化、対外経済交流において戦略的地位と影響力を持つ中枢都市のこと

を指す。これらの都市の大部分は所在国の要素が流動するノードと成長極であり、所在国

の発展を支える柱の役割を果たしている。

「シルクロード都市」の概念は、世界の地縁経済の構造変化を背景に据えて認識すべき

である。経済のグローバル化が世界中に広がり、金融危機以降に世界経済の構造が変化す

るにつれて、従来の米、欧、日の「大三角形」を中心とする国際投資、貿易モデル、並び

に要素流動モデルに基づいた世界経済「中核-周縁」構造は次第に変化した。「一帯一路」

構想が出された意義は、この種の新しいグローバルシフト(Global Shift)3に順応した新し

い地縁経済構造の形成を促すことにある。近年の国際経済新メカニズムの構築と発展によ

って、このような地縁経済の構造変化の動向はより顕著になった。大西洋、太平洋沿岸の

先進国と新興地域が、TTIP、TiSAに代表される新貿易投資ルールの影響と制約に直面して

いる一方で、長い間軽視されてきたユーラシア大陸「世界島」の内陸地域は、「一帯一路」

構想等の新しいインフラ投資と生産能力協力の影響により、グローバルな要素が流動する

新しい地域になった。

このような新構造の特徴は次の二つの面に表れている。その一つ目は国際資本流動を促

進する主体が多様化し、経済先進国も中国を代表とする経済新興国も参加できたことであ

る。二つ目は資本、技術、製品、役務等の要素の空間フロー方向が多様化し、国際貿易、

投資の流れが新しい方向に拡大して、次第に「一帯一路」沿線のユーラシア大陸内陸地域

にまで入り込んできたことである。

先に述べた地縁経済の変化動向は当然のことながら、経済のグローバル化に基づいて運

営されている世界都市ネットワーク体系にも影響を与える。「太平洋、大西洋」沿線地域の

世界都市間の経済連係は新しい貿易投資ルールの影響を受け、都市ネットワーク間の連係

強度と要素の流れに変化が起きるだろう。同時に、ユーラシア大陸内陸地域の新しい発展

チャンスは、この地域の都市とグローバル経済の相互補完レベルと発展水準を引上げるだ

ろう。この新しい都市発展動向は、世界都市ネットワークセクターの構築を助け、世界都

市ネットワークの網羅範囲と影響力に変化をもたらすだろう。

この国際地縁経済の新しい構造変化を背景とした「シルクロード都市」の戦略的役割と

発展チャンスは、新しいグローバル要素の流れを受け止め、拡大して、世界経済の新興地

域の中枢ノードとなり、世界都市ネットワークの重要なノードに成長することにある。従

2 UNESCO.Cities alongside the Silk Roads, http://en.unesco.org/silkroad/silk-road-themes/cities-alongside-silk-roads,2015-11-1. 3 Peter Dicken. Global Shift: Mapping the Changing Contours of the World Economy, The Guilford Press, 2007.

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って、「シルクロード都市」の主な特徴と識別基準は、次の二つの面から認識する必要があ

る。一つ目は、「シルクロード都市」が所在地域の「ゲートウェイ都市」であること、二つ

目は「シルクロード都市」が所在地域の「通商都市」であることである。「ゲートウェイ都

市」の機能は、主にシルクロード都市がグローバルな経済要素の流れを受け止める能力と

地位で示され、その核心的評価指標は関連都市の資金、人員、技術、商品等の流量規模で

ある。「通商都市」の機能はシルクロード都市のグローバルな要素の配置で示され、主な評

価基準は貿易、投資、金融規模、インフラ発展水準、並びに文化、社会、政治、安全等の

附帯条件である。

3.「シルクロード都市」の主な特性

空間で見ると、「シルクロード都市」は「一帯一路」構想沿線地域に位置し、主な空間

セクターには東アジア、東南アジア、中央アジア、南アジア、西アジア、北アフリカ、中

東ヨーロッパの主要地域が含まれる。このうち東南アジア、中央アジア、南アジア、西ア

ジアは空間セクターの主体であり、これらの地域都市は基本的に勃興階段にある。

空間関係で見ると、「シルクロード都市」は一般に地理的優位性を持ち、所在地域の中

枢ノードを構成し、国際および国内要素を集めて波及効果を発揮し、地域内外の様々な階

層とランクの都市と頻繁な往来がある。

戦略的役割で見ると、「シルクロード都市」は内向きと外向きの二重の機能を持つ。「シ

ルクロード都市」は所在国の主要な発展ノードや「中心地」であり、国内においては地域

内部の発展に重要な「支柱」の役割を果たす。また、「シルクロード都市」は所在地域と外

部を結び、経済と貿易の相互補完のゲートウェイ、中枢地域として、自らと外部の貿易、

投資、金融、交通輸送等の連係ネットワークを通じて地域の国際化を促進する。

発展の拠り所から見ると、「シルクロード都市」の発展の成否は、概ね沿線の地域や都

市との相互補完関係や生産能力協力によって決まる。即ち、「シルクロード都市」が今後発

展するための鍵は、沿線都市間のネットワークを構築し、ネットワークによる相互補完の

特徴と持続可能な発展の特性を活かした運営と開発を行うことである。

発展ポテンシャルから見て、「シルクロード都市」の数量と機能レベルは徐々に拡大す

る傾向にある。「一帯一路」沿線地域の多くの中枢都市の発展レベルはまだ相対的に低く、

その対外貿易による相互補完作用も初級階段にある。このため、シルクロード都市群には

比較的大きな成長余地がある。シルクロード都市群の成長は、国際投資と貿易の流れが一

帯一路地域に向き、拡大するにつれて加速するだろう。

4.「シルクロード都市」群のダイナミックな発展

総合的に見て、「シルクロード都市」は実際に成長を続けている都市群であり、これは

「一帯一路」戦略の協力対象が拡大を続けていることによる。「一帯一路」の潜在的な協力

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対象はアジア、アフリカ、オセアニア、ヨーロッパ、南北アメリカを網羅している。都市

の発展にともなってゲートウェイ都市、通商都市の機能を担えるシルクロード都市も持続

的に増加する。このため、全体規模から見ても、個体の能力レベルから見ても、連係レベ

ル等から見ても、「シルクロード都市」の発展はダイナミックである。

マクロな尺度で見ると、「一帯一路」沿線はユーラシア大陸、アフリカ大陸および附近

の海域を網羅し、関連する都市の数は千に上る。国連経済社会局が一帯一路建設に積極的

に参加している 65 ヵ国に対して行った統計によれば、人口 30 万以上の都市が 974、人口

100 万以上の大都市が 274 存在している。4 また、国際ゲートウェイ機能で世界都市ネッ

トワークを測定する方法による評価では、「一帯一路」沿線の南アジア、中央アジア、北ア

フリカ、東ヨーロッパ等の地域に世界都市ネットワークに入る都市の数はまだ少なく、ネ

ットワークに入った都市も階層が相対的に低いが、都市の数は明らかに増加している。

GaWC(グローバリゼーションと世界都市)研究ネットワークのランキングによれば、今

世紀になると「一帯一路」沿線地域の 60ヵ国の都市のうち、世界都市ランキングに入る都

市の数は急増し、2000年の 49都市から 2016年には 81都市となった(表 5-1)。これらの

都市は「シルクロード都市」の主要都市と見なすことができる。其のうち、世界都市ラン

キングの最上階層に入った都市の数は、2000年の 10都市から 12都市に増加した。このよ

うな都市には、ドバイ、ムンバイ、イスタンブール、クアラルンプール、ジャカルタ、バ

ンコク、ワルシャワ、リヤド等の地域内の国際往来中枢都市が含まれており、「シルクロー

ド都市」群の中核都市と見なすことができる。そのほかの低次階層の中心都市は、「シルク

ロード都市」群の重要なノード都市を構成している。

表 5-1 「一帯一路」沿線 60 ヵ国の世界都市の変遷(2000~2016 年)

ランク 合

世界

都市

ランク 1 ランク 2 ランク 3 準世界都市

世界都市 世界都市 世界都市

等級 α++ α

+

α α- β+ β β- γ+ γ γ- 高度

自足

中央

アジア

2000

1 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 0

2016

3 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 1 2

4 Department of Economic and Social Affairs of the United Nations. World Urbanization Prospects: The 2014 Revision.2014.

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西アジア 2000

15 0 0 0 0 1 1 1 0 4 3 2 3

2016

26 0 1 1 2 0 5 3 2 3 0 3 6

南アジア 2000

11 0 0 0 1 0 1 0 2 2 0 4 1

2016

19 0 0 1 1 1 1 6 1 2 0 0 6

東南

アジア

2000

9 0 1 0 3 1 0 0 0 1 0 2 1

2016

14 0 1 2 2 1 1 0 0 0 1 2 4

ヨーロッパ

2000

10 0 0 0 1 3 1 0 1 0 3 1 0

2016

16 0 0 2 0 4 2 0 1 1 1 2 3

北アフリカ 2000

3 0 0 0 0 0 1 0 0 0 1 1 0

2016

3 0 0 0 0 1 1 1 0 0 0 0 0

データ出所:Globalization and World Cities Research Network. The World According to GaWC

2000 [OB/EL]. http://www.lboro.ac.uk/gawc/world2000t.html ; Globalization and World Cities

Research Network. The World According to GaWC 2016,

[OB/EL],http://www.lboro.ac.uk/gawc/world2016t.html

また、「一帯一路」重点プロジェクトの推進と沿線地域の発展にともない、沿線の重要

空間の中枢地域に位置し、重大な戦略的ポテンシャルを備えているが、一般の中心都市水

準に達していない重要ルート上のノード都市の一部が、急速な都市化によって一般港湾等

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の中枢地域とは異なる発展の特徴を形成し、沿線地域の「新興発展ノード」(Emerging

Development Pivot)都市に成長する可能性がある。これらの「新興発展ノード」都市の分

布は、沿線発展ルートの分布と密切に関係している。その空間分布は、主に発展ルートの

種類と分布を主な識別の根拠としている。当面の建設動向から見ると、「一帯一路」沿線の

新興発展ノード都市の分布は主に六本の「一帯一路」国際経済協力ベルト上に分布してお

り、その数は約 20都市である。分布状況は表 5-2を参照。これらの新興発展ノード都市の

成長、発展と相互連係は、国際経済協力発展ベルト(Development Corridor)の形成に役

立つだけでなく、今後「シルクロード都市」を補完し、充分に「シルクロード都市」群の

ダイナミックな発展の特徴を体現するだろう。こうして、「シルクロード都市」群は「中核

都市」-「重要ノード都市」-「新興発展ノード都市」の三層構造を形成するようになるだ

ろう。

表 5-2 「一帯一路」新興発展ノード都市の分布状況

発展ルート 沿線主要諸国 新興発展ノード

中国-モンゴル-ロシア 中国、モンゴル、ロシア 中国:エレンホト、満州

モンゴル:ウルギー、ザミンウ

ード、

中国-中央アジア-西

アジア

中国、カザフスタン、ウズベキ

スタン、イラン、サウジアラビ

ア、エジプト、パキスタン等

中国:コルガス

ウズベキスタン:アングレン、パ

タジキスタン:ヴァフダード、イ

ヴォン

イラン:ゴム、チャーバハール

パキスタン:グワダル港

エジプト:ポートサイード

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新ユーラシアランドブリッ

中国、カザフスタン、ウクライ

ナ、ロシア、白ロシア、ポーラ

ンド、ドイツ、ギリシャ、オラン

ダ等

ウクライナ:ムィコラーイウ

ギリシャ:ピレウス

中国-パキスタン 中国、パキスタン パキスタン:カラチ、ラホール

バングラデシュ-中国-イ

ンド-ミャンマー

中国、インド、バングラデシ

ュ、ミャンマー

ミャンマー:チャウピュー

バングラデシュ:チッタゴン

スリランカ:ハンバントタ

中国-インドシナ半島 中国、ベトナム、シンガポー

ル、ラオス、マレーシア、イン

ドネシア

中国:瑞麗

ラオス:モーハン

マレーシア:マラッカ、クアン

タン

インドネシア:カリマンタン、ス

マトラ

出所:筆者作成

4.「シルクロード都市」の概念と世界都市ネットワーク理論

理論上、「シルクロード都市」と世界都市ネットワーク(World City Network)の理論

には共通部分がある。両者はともに経済グローバル化による都市階層分布と密切に関係し

ているが、但し両者の間には一定の違いがある。世界都市ネットワークの概念は主に、1980

年代以降の、経済のグローバル化条件下の国際労働分業の発展に基づいている。ジョン·

フリードマン(John Friedmann)の世界都市の概念に関する七つの著名な論断と仮説は、

新しい国際的な労働地域分業に立脚している。5 このため、世界都市ネットワークは、多

国籍企業の生産体制をグローバルに配置することを核心とする国際分業体制を拠り所とし

ている。しかし、「シルクロード都市」の概念の焦点は、関連都市の世界経済に対する制御

力に置いただけでなく、グローバルな要素や、都市所在地域との連係と相互補完にまで拡

5 John Friedmann.The world city hypothesis,Development and Change,1986,17:69—83.

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大している。

都市の数で見ると、「シルクロード都市」には確かに沿線の国または地域内の異なる等

級の世界都市が含まれているが、その規模は従来の世界都市の等級体系または世界都市ネ

ットワークに入る都市でなくてもよい。所在国が果たす要素中枢作用や国際貿易機能、お

よび上記の作用と機能の発展ポテンシャルを備えた都市は、「シルクロード都市」と見なす

べきである。このように見てくると、「シルクロード都市」の概念提示自体が、世界都市ネ

ットワーク理論の修正と補足である。

第2節 「シルクロード都市」発展の意義

1.世界都市ネットワークの新セクター

「シルクロード都市」を認識するには、その都市群の世界都市ネットワークにおける地

位と役割を理解する必要がある。長い間、世界都市の発展の基本は先進国を主体とする「北

方」世界と全面的につながることだった。都市の発展水準とネットワークによる相互補完

のレベルから見て、ユーラシア大陸内陸「南方」地域の都市ネットワークは今も不完善で、

そのグローバル化の浸透度はまだ限定的であり、様々な要素を投入して新しい発展の原動

力を形成する必要がある。アジア-アフリカ-ヨーロッパをつなぐ「一帯一路」構想の提唱

は正に、これらのセクターをつなぐ新しい地縁戦略を拡大できるものであり、その影響力

は今後数十年間で徐々に強まっていく。

前述の世界都市学界は主流の「世界都市ネットワーク」研究の立場に立っており、6各世

界都市の影響力の範囲と強度に基づいて都市を区分している。世界都市の勃興、成長は集

中的に同心円状の波及範囲の拡大に現われるため、「世界の中心地帯-半周縁地帯-周縁地

帯」か、または「世界-大陸-地域-国際」の等級に分けられる。最上階層の世界都市(「グ

ローバル都市」とも呼ばれる 7)の競争では、世界規模の影響力と「世界の中心地帯」(ま

たは世界経済の重心の移動)をコントロールする力に焦点があてられる。そしてグローバ

ル化が進展し、人類の発展目標が前進するにつれて、新しい世界都市の発展動向には当然、

他を包み込む発展が追加され、「周縁」の発展途上地域は「非周縁化」が進んでグローバル

化発展の中に溶け込む。これこそ、いわゆる「周縁地域」に位置する「シルクロード都市」

6 2000年代の初めから現在まで、ラフバラ大学のピーター·テーラー(P.J. Taylor)教授

とベーヴァーストック教授(J.V. Beaverstock)を初めとする研究グループ「グローバリ

ゼーションと世界都市研究ネットワーク」(GaWC Study Group and Network)は、世界都市

とグローバル都市の静的分析をベースにして、城市間の関係とネットワークの特徴につい

て論じ、「世界都市ネットワーク」(world city network)即ち、中枢層、ノード層、補完

ノード層の都市が相互につながった都市ネットワーク構造の概念を打ち出し、世界都市を

このネットワーク体系における「グローバルサービスの中心」であるとした。 7 Saskia Sassen, Global City: New Yok, London, Tokyo, 1991

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の勃興と発展が、世界都市ネットワークの進化とバージョンアップにもたらす成果である。

2.沿線諸国の主な成長極

ローカル機能(Local Function)で見ると、「シルクロード都市」群は所在国の「成長

極」として支柱の役割を果たしている。関連都市は所在国の経済発展の「高地」であり、

対内および対外の要素を配置する機能を持っている。同時に、これらの都市の成長に向け

た需要とポテンシャルは、周辺地域と所在国の発展に必要な貿易、イノベーション、雇用、

人材開発等の重要な原動力と拡大空間を提供する。

一帯一路沿線諸国の発展状況から見ると、都市は間違いなくその経済、社会、文化、環

境を発展させる重要な空間媒体である。同時に、都市化自体が沿線諸国の成長に新しい原

動力と需要をもたらす。「シルクロード都市」は自らの所在国のゲートウェイ機能と通商機

能により、一方では所在国の成長に必要な外部要素と資源を集め、また一方では周縁地域

の成長を先導して、所在国全体の都市化水準を引上げることができる。

3.地縁経済発展の新興地域

地縁経済の視点から見て、「シルクロード都市」の発展は、従来の「太平洋-大西洋」

沿岸発展セクターの重要な補完である。1980年代以降、経済のグローバル化が急速に進み、

太平洋、大西洋沿海の国と地域が急成長した。世界都市ネットワークの分布と高階層都市

群は、基本的に「太平洋、大西洋」沿海地域に広がり、グローバル経済の発展が各大陸セ

クターの「内陸」(hinterland)地域へ与えた影響は終始限定的だった。

しかし、中国と多くの経済新興国が勃興するにつれて、国際的な経済要素の流れが静か

に変り出し、次第に地縁経済発展の重心にも調整と流れが出現しだした。中国の「一帯一

路」構想の提唱は、沿線地域が新しい国際投資と経済要素の行先になることの後押しをし

た。このような背景のもと、「シルクロード都市」の発展によってユーラシア大陸「世界島」

の中核地域に新しい成長点と発展ネットワークが形成され、新しい開発地域とセクターが

形成されて、グローバル経済の発展に「海から陸へ」という新しい均衡が生まれた。

第3節 「シルクロード都市」の役割と試練

1.「シルクロード都市」の重要な役割

(1)発展を先導する役割

「シルクロード都市」の建設と成長には所在国の長期にわたる持続可能な発展を先導す

るという重要な役割がある。シルクロード都市は所在国の重要な中枢都市であり、国また

は地域のなかで比較的発達しているノード都市に属する。これらの都市の経済水準の向上、

域内能力レベルの向上、インフラの改善、環境資源の合理的開発は、一方で所在国の資源

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の合理的配置、社会と文化の融合、経済と貿易の繁栄にとって重要なプラスの作用があり、

また一方では、理性的な開発成長モデルを形成し、模範となって他の地域を先導する作用

がある。

「シルクロード都市」の発展の特徴の一つは、後発の強みを持ち、都市化の「飛躍的」

発展を実現できることである。「シルクロード都市」の建設と成長は、世界の都市化が急速

に進み、世界経済の構造に重大な変化が起こりつつある中で進行している。このような状

況において、「シルクロード都市」は多くの世界都市の発展経験を参考にして、これまでに

起こった世界都市の発展における諸問題とリスクを回避できるだけでなく、グローバル化、

情報化および世界都市ネットワーク等の既存の資源に充分に頼って自らの発展を推し進め、

急成長した従来の道を越えることができる。

(2)ネットワークを構築する役割

「シルクロード都市」の発展は、一つの都市の勃興ではなく、都市間ネットワークの構

築によってなされる。歴史上のシルクロード都市の発展は、主に沿線における商品の中継

輸送や異なる地域間の貿易需要に依存していた。そして現在のシルクロード都市の発展も、

自らの多階層都市ネットワークの連係に依存している。シルクロード都市のネットワーク

化の特徴と需要は、シルクロード都市自身および周縁地域の急速な国際化を後押しし、同

時に所在する地域や国家がグローバリゼーションに参加していくための重要な推進力とな

る。

重要な空間ノード都市および沿線都市の主要な経済中枢である「シルクロード都市」が

層の厚い相互補完を実現すれば、「一帯一路」沿線諸国発展の骨格となる地域を形成する後

押しとなる。シルクロード都市群はその双方向ネットワークによる相互作用で「一帯一路」

沿線内の発展の「支柱」を相互に結び、ネットワークを基盤として周縁地域に同心円状に

影響範囲を拡大し、最終的に「点」-「網」-「面」による発展ベルトを形成する。

(3)地域の中枢としての役割

「シルクロード都市」の各都市間には大きく異なる要素条件と発展条件が存在する。第

二次、第三次産業が比較的発達した新興都市もあれば、資源が豊富だが開発力に限界のあ

る開発途上の都市もある。このような要素構成の多様性は、関連都市間の生産能力、要素

間需給協力に有利な条件を与え、「一帯一路」の各地域間に様々なレベルでの相互補完の必

要性と空間が生じる。シルクロード都市の経済と貿易のネットワークは、グローバルな要

素を流動させる機能を担うだけでなく、「一帯一路」沿線都市間の要素の流動を担い、更に

は一帯一路沿線の国と地域の需給バランスのために、重要なプラットフォームと支柱の役

割を果たす。

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(4)グローバル統治の役割

「シルクロード都市」は地域経済の相互補完の役割を果たすだけでなく、グローバルな

議題を形にする力と影響力を持っている。シルクロード都市のネットワークが所在する地

域は、戦略地政学上の地位が高く、巨大な発展ポテンシャルを持っている。このような地

理的優位性と発展ポテンシャルは、「シルクロード都市」を国際的な枠組みに参加する重要

な中枢空間に押し上げた。同時に、シルクロード都市自身の発展モデルは、世界の持続可

能な発展に対して重要な影響力を持つようになった。このため、「世界島」の中核に位置す

るシルクロード都市は、世界の安全、環境、社会等の国際統治分野において、軽視できな

い行動主体であり、独特な影響力と重要な行動力を持っている。シルクロード都市群の都

市組織と連合体は、世界的な国際組織とは異なる、発展途上諸国の行動主体として独自の

働きかけを発揮して、グローバル統治に参加し、統治を推し進める重要なグループの役割

をなすことができる。

3.「シルクロード都市」の発展に生じている問題

(1)都市の歴史的地位と現実の役割のギャップ

「シルクロード都市」群には、歴史的に有名な都市が数多く含まれており、これらの都

市は過去に重要な中枢や創造の源泉の役割を果たし、文明の発展を支えてきた。これらの

都市の国際交流における地位と歴史はすでに時代の検証を経ている。しかし、経済のグロ

ーバル化による地域の不均衡や関連要素の制約から、これらの都市の発展状況はその歴史

上の地位や役割と釣り合っていない。このようなギャップは世界経済の発展が不均衡なた

めに生じており、このギャップこそが「シルクロード都市」の発展方向を理解する重要な

出発点である。

(2)規模と機能の面での地位のギャップ

全体として「シルクロード都市」の規模は一定水準に達しており、人口が 1,000万人を

越える特大都市や巨大都市も少なくない。これらの都市は、人口が密集し、都市空間の規

模が相対的に大きく、重要な中枢地域であることが多く、重要な戦略的地位とポテンシャ

ルを有している。しかし、一方で、これらの都市の規模は往々にしてその都市機能や世界

都市ランキングでの優位性をもたらさず、そのグローバルな経済流量の制御と配置の能力

は、その規模と釣り合っていない。これらの「シルクロード都市」の発展の現状は、「大き

いが強くない」という言葉で形容できる。このため、この種の都市には都市能力の向上や

対外影響力の放出等での成果が必要である。

(3)地域内の役割とネットワーク内の役割のギャップ

歴史上の「シルクロード都市」は主に商業貿易ネットワークでつながっていた。しかし

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近代以降、このような従来のネットワークは徐々に断裂し、関連都市は既存の国際分業体

制によって自国の発展を実現するようになった。「都市競争力」等の理論に影響され、都市

の相互協力と伝統的ネットワークに対する関心は、自国強化の競争戦略にとってかわられ

た。地域セクターから見て、現在東アジア、西アジア、中央アジア、南アジア地域の「シ

ルクロード都市」間の相互補完は比較的少ない。各地域の内部にも都市間の協力とネット

ワークは結ばれているが、より高次階層の西側都市との関係と比べれば限定的である。

(4)対外中枢機能と内部統治能力のギャップ

「シルクロード都市」群のうち、すでに一部の都市はグローバル化を担う力をつけて比

較的速く発展し、国際要素の流れの中枢としての地位が明確になっている。このような国

際化レベルの高い「シルクロード都市」は世界都市ネットワークにおける地位をすでに確

立し、国際的な機能の迅速な拡大によって都市の対外影響力を高め、規模も集中し膨脹し

て、世界経済の中枢となり、特大都市に成長している。しかし、これらの都市の発展の多

くは外部要素と外部需要に依存しており、対外的な経済機能の向上速度と都市自身の統治

能力の成長が釣り合わず、都市の発展に様々な不調和が生まれている。このような不調和

は、経済構造が単一、インフラが重負荷に耐えられない、分配が不公平、環境資源の過度

の消耗など様々な方面で現われてきている。対外および対内機能のバランスをとり調整し

なければ、「シルクロード都市」は自らの持続可能な発展を実現できないだけでなく、グロ

ーバルな要素の現地化を進められない。

(5)一つの都市が過剰に発展する問題

「一帯一路」沿線国の、ある都市が過剰に発展し、複数の要素が「一都市に集中」する

のは決して珍しいことではない。このような状況は、シルクロード都市の重要な特徴であ

り、様々な問題をもたらす。例えば、バンコクのような一極集中は、東南アジアのみなら

ず発展途上国や世界全体でも珍しい。統計によれば、バンコクの人口がタイの都市の総人

口に占める割合は、1960年が 65%、1980年が 69%、1990年が 57%だった。1970年のバンコ

クの人口はタイの二番目に大きい都市チェンマイの 33倍だったが、1980年には 50倍にな

った。1950~1990年にバンコクの人口は 4.3倍になり 716万人に達したが、第 2位~5位

の 4つの都市の人口を合計してもバンコクの十分の一にも満たない。このような一極集中

型の発展状況は、一方では特大都市が一帯一路沿線地域において経済の中心の地位にある

ことを示しており、また一方では所在国の産業分布が合理的でなく、地域の都市化水準の

格差が大きすぎることを示している。

(6)都市インフラ問題

発展階段や所在国の公共サービスの能力に限界があるため、多くのシルクロード都市に

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おけるインフラ建設水準は概ね低い。同時に、メンテナンスや資金等の要因に制約され、

既存のインフラは老朽化や供給不足という異常な状態にある。例えば、カザフスタンの都

市は 2009 年の時点で 73%の電力網、63%の暖房設備、54%のガス管を修理または交換す

る必要があり、施設の老朽化による熱エネルギー損失は 17.5%に達していた。カザフスタ

ンの小都市のインフラの状態は更に劣り、約 60%~95%のセントラルヒーティング、水道、

下水道網が摩耗していた。このようなインフラ面の欠陥は、シルクロード都市の急速な発

展を制約するが、その一方でこの分野に巨大な需要を生み、シルクロード都市の間で生産

能力協力が拡大する空間が生まれた。

第4節 中国の都市と「シルクロード都市」の相互補完発展の方向と道筋

「一帯一路」構想提唱国の重要な振興主体である中国の都市は「シルクロード都市」群

の重要なメンバーであり、「シルクロード都市」の相互補完発展を進める重要な立役者であ

る。このような相互補完発展をスムーズに推進できるかどうかは、「シルクロード都市」自

身の発展のニーズに応じて中国の都市の役目と役割を正確に位置づけられるかどうかにか

かっている。

1.「シルクロード都市」の発展のニーズ

(1)都市管理体制

当面の発展狀況から見て、シルクロード都市の発展に切迫して必要なのは、インフラの

改造や産業への投資だけでなく、都市開発ルールや都市管理経験面のサポートである。都

市に行政能力があれば、スムーズに都市化を進めることができる。「一帯一路」沿線都市の

行政執行者はおしなべて新世代の役人で構成されているが、行政の効率の悪さが、政府の

解決すべき重要な問題となっている。管理、監督し、責任を追及する体制に改善して、都

市管理が官僚体制のマイナス面の影響を受けないようにする必要がある。多くのシルクロ

ード都市の今後の発展の成否は、都市管理の形式と管理手段をイノベーションし、バージ

ョンアップして、都市の秩序ある持続可能な運営を制度面で保障できるかどうかに大きく

関係している。

(2)都市の危機対応能力

危機対応能力は都市開発の重要な保障であり、都市の成熟度の表れである。しかし、こ

の能力はまさしくシルクロード都市がレベルアップするべき重要課題になっている。アジ

ア開発銀行の予測によれば、2100年までに東南アジア地区では気候変動の影響だけで域内

GDPの 6.7%の損失が生じるという。しかし、世界の気候変動の影響による損失は GDPの 2.6%

である。シルクロード都市はインフラの計画と建設を強化し改善して、様々な危機に対応

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するメカニズムを作り、短期災害と長期的な気候変動の影響に充分に適応し、復興する能

力を持たなければならない。

(3)都市の新技術応用能力

技術の進歩を充分に利用すれば、迅速に都市の総合競争力を高めることになる。大多数

のシルクロード都市は開発技術の基礎が脆弱で、開発の出発点、資金、市場等の様々な要

素の影響を受け、都市の建設と管理に新技術を応用する力が概して弱い。そして当面の都

市開発や、世界都市との競争では、新技術の応用が鍵となる。従って、どの新技術を、ど

のように取り入れ、どのように応用するかは、「シルクロード都市」を効果的に発展させる

ために考慮すべき重要な問題である。

(4)都市建設資金

資金不足は、一帯一路沿線都市開発を制約する重要な問題である。資金源が安定し、条

件が妥当な都市開発資金を調達することは、シルクロード都市開発の重要な前提条件であ

る。この問題を解決するには、都市主体と既存の国際金融システムとの高次元の相互作用

を実現して、既存の体制下でより多くの資金援助を受ける必要がある。また、目的を特化

した新型金融機関を設立して、都市建設の追加資金を獲得する必要がある。この方面で、

2015年末に設立されたアジアインフラ投資銀行は、関連都市の建設資金問題に新しい選択

肢を提供した。

2.中国の都市が「シルクロード都市」との相互補完発展で果たすべき役目と役割

(1)中国の都市はシルクロード都市の核心的力と発展モデルの探求者

規模から見ても経済的影響力から見ても、中国の都市はシルクロード都市群におけるリ

ーダーである。中国の都市は安定した急速な発展を 40年間経験しており、シルクロード都

市の総合的発展と影響力の向上に重要な基礎と経験を提供してきた。同時に、中国の都市

はイノベーションによる発展、持続可能な発展等の分野に関心を持ち実践しており、一帯

一路沿線地域の都市の勃興のために、都市開発モデルの重要な見本と手本を提供できる。

(2)国内都市はシルクロード都市の発展にトータル・ソリューション・プランを提供で

きる

中国の都市、特に沿海開放都市の発展はすでに成熟階段に入っており、発展途上の国と

地域の開放条件下で急速に都市化を推進する「中国モデル」が徐々に形成されてきた。こ

のような背景のもとで、中国の都市の政府、企業、銀行、学界が全面的に参加するシルク

ロード都市の建設、開発協力は、今後「一帯一路」構想提唱を都市で実行する上で重要に

なってくるだろう。そして、このような協力は全方位型、即ち中国の都市開発資金、技術、

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管理や、開発が不足した地域の都市化、都市全体のバージョンアップを「ひとまとめにし

た」トータル・ソリューション・プランがよい。

(3)中国の都市の発展がシルクロード都市群の世界都市ネットワークにおける地位向上

を後押しする

中国の国際的地位や経済影響力が高まるにつれて、中国の主要中心都市はすでに世界都

市ネットワークの重要なノードとなり、グローバルな要素が配置される地域になった。「シ

ルクロード都市」は中国の都市との相互補完によって、充分にグローバルな要素を配置す

るノードの機能やゲートウェイの役割を果たして、先進国と層の厚い相互補完体制を構築

できる。また、中国の都市は「シルクロード都市」等の新興都市群を要素の相互補完ノー

ドとしながら、グローバルな範囲でより完全な都市の相互補完ネットワークを形成するこ

とを重視すべきである。

(4)中国の都市は持続可能な発展でシルクロード都市に「エコロジー開発」の手本を示

すことができる

都市の持続可能な発展は、すべての「シルクロード都市」が直面する問題である。中国

の都市は急速な発展期を経験した後に、低炭素でエコな持続可能理念を、重要な都市開発

の原則とした。中国の都市は「エコロジー都市」、「低炭素都市」の理念の追求と実践、並

びに技術、資金、人材、インフラ、制度の建設、統治手段を持続的に探求し推進しており、

「シルクロード都市」および「一帯一路」沿線諸国に持続可能な発展の典型的な見本を示

すことができる。同時に、中国の都市が模索している新興都市の「エコロジー発展」も、

グローバルな気候変動や環境への対処に役立てることができるため、広範囲で長期的な意

義を持っている。

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第6章

「一帯一路」における日中連携の現状と展望

丁 可

はじめに

周知のように、中国政府が提唱する一帯一路構想および関連するアジアインフラ投資銀

行の創設について、日本政府は長い間、積極的に参加する意思を見せてこなかった。しか

し、日中両国はもとより経済連携が緊密に行われている隣国である。一帯一路構想が進展

していけば、政府間の合意の有無にかかわらず、これまで中国本土を中心に形成された日

本と中国のビジネス関係は、一帯一路の沿線国へ広がる可能性が考えられる。そこで本章

の課題は、一帯一路構想の推進に伴って、日中連携がどこまで進行しているかを明らかに

し、その将来の方向性を展望することである。以下、第 1 節では、一帯一路におけるイン

フラ整備と利用、第 2 節では、一帯一路の沿線国における貿易と投資活動を中心に、日中

連携の実態を解明し、その可能性を探る。そして、「おわりに」では、2017 年以降の一帯

一路をめぐる日中関係の最新の変化を追跡しながら、日中連携の今後を展望する。

第1節 インフラ整備と利用に関する日中連携の現状と可能性

1.インフラ建設をめぐる日中連携の現状と可能性

一帯一路のインフラ建設に関して、日本と中国は相互補完性が強く、連携するメリット

が大きい。日本は技術、管理および経験の面で比較優位を有している。例えば、日本の鉄

道システムは省エネ性能が優れているだけでなく、車両は気密性が高く、トンネルや高架

などを小規模に設計でき、工事費を抑えることが可能である。また、鉄道を管理するシス

テムそのものは安全で、運行スケジュールも信頼できる 1。さらに、高速鉄道に関してい

うと、日本の新幹線は 1964 年の東京オリンピック以来、50 年以上にわたって安全運転を

1 http://www.meti.go.jp/main/60sec/2016/20160531001.html、2017 年 11 月 20 日アクセス。

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続けてきた。

一方で中国は、資金、コストおよび一部の特殊領域における技術に関して、比較優位を

有している。資金についていうと、中国は筆頭株主としてアジアインフラ投資銀行(AIIB)

に 297.8 億ドルを拠出したことは周知の事実である。また、中国はまだ中所得国に仲間入

りして間もないため、インフラ建設のコストも、諸先進国と比較して低水準にある。さら

に、中国は国土面積が広く、複雑な地理的条件を抱えているため、特殊環境におけるイン

フラ整備の技術もかなり蓄積してきた。例えば、『中国交通運輸発展白書』は、中国のイン

フラ建設に関する優位性について次のように記述している 2。

高原凍土、膨張土、砂漠など特殊地理的環境における鉄道と道路の建設に関して、世界

的な難題を克服した。……世界最大級の橋梁とトンネルを立て続けに建造し、超大型橋梁

とトンネルの建造技術は世界最先端を達成した。オフショア深水港の建設に関するコア技

術、大型河川の整備技術、長距離河川システムのガバナンス技術、および大型飛行場プロ

ジェクトの建設技術はいずれも世界をリードしている。

表 6-1 一帯一路における AIIB と ADB の提携プロジェクト

国 プロジェクト名 融資総額

(百万$)

AIIB 融資額

(百万$)

ADB 融資額

(百万$)

インド 送電システム強化プロジ

ェクト (Tamil Nadu)

303.47 100 50

ジョー

ジア

Batumiバイパス道路プロ

ジェクト

315.2 114 114 (ADB 主導)

バング

ラデシ

天然ガスインフラおよび

効率改善プロジェクト

453 60 167(ADB 主導)

パキス

タン

全 国 高 速 道 路 M-4

(Shorkot-Khanewal セ ク

ション)プロジェクト

273 ― ADB 共同主導

ミャン

マー

ミャンマーMyingyan 225

MW コンバインドサイク

ルガスタービン(CCGT)

発電所プロジェクト

― 20 ―

2 http://www.scio.gov.cn/zxbd/wz/Document/1537413/1537413.htm、2017年 11月 20日アクセ

ス。

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出所:AIIB ホームページの情報をもとに筆者整理

現段階において、一帯一路のインフラ建設をめぐる日中連携は、主に中国が主導する

AIIB と日本が主導する ADB(アジア開発銀行)が共同融資する形で進められている。AIIB

が 2016 年に発足して以来、合計 24 の融資プロジェクト(2018 年 1 月時点)を立ち上げた。

その大多数は他の国際金融機関との共同融資の形をとっている。うち、世界銀行(その傘

下の国際金融公社を含む)との共同融資のプロジェクトは 11 件あり最も多い。これに続い

て、ADB との共同融資のプロジェクトは 5 件あり第 2 位となる。表 6-1 のとおり、5 件の

うち、4 件は 21 世紀海のシルクロード沿線に集中している。また、5 件のうちの 3 件は ADB

が Lead Financer として主導している。AIIB はこういった共同融資を通じて、先行する国

際金融機関から学習している模様である。ただ、日本企業による一帯一路のインフラプロ

ジェクトへの直接参加は確認できていない。

2.インフラの利用をめぐる日中連携

インフラ建設に加えて、一帯一路のインフラの利用に関しても日本と中国は緊密に連携

していくことのメリットが大きい。中国としては、極力、多くの国に一帯一路のインフラ

を活用してもらいたい。このことによって、インフラの利用頻度を高め、運営コストを引

き下げ、補助金を減らし、投資を早期に回収することが狙いである。一方で、日本企業も

一帯一路のインフラを利用することによって、コストを引き下げ、効率を上げ、競争力を

強化していく必要性に迫られている。以下では、中欧鉄道の事例を中心に、インフラの利

用をめぐる日中連携の現状を検討しておきたい。

中国は 2020 年までに中国とヨーロッパ―の主要都市の間で 50 本の中欧鉄道を建設する

予定である。最終的には年間 5000 便を走らせ、一日当たり走行距離 1300 キロ、国際鉄道

コンテナ輸送量全体の 80%という比率の達成を目指している 3。現段階で、中欧鉄道の大

多数は地方政府からの補助金で運行されており、経済的に赤字の状況が続いている。その

なかで、重慶とドイツのデュイスブルグをつなぐ渝新欧鉄道は政府からの補助金なしでも

黒字経営が実現している。その背景には、産業集積を形成させることによって、鉄道の利

用頻度を上げ、輸送費を低減させた、という規模の経済が働いている。

具体的にみると、この鉄道は、当初、重慶市政府がノートパソコンメーカーであるヒュ

ーレットパッカード社(HP 社)を誘致した際に、その要請を受けて開通したものである。

重慶で製造されたノートPCをヨーロッパへ輸送していくことがそもそもの目的であった。

HP 社の進出に伴って、台湾の受託生産メーカーも重慶に進出するようになり、さらに関

3 以下、本節の中欧鉄道と渝新欧鉄道に関する情報は、とくに断らない限り、拙稿(丁 2017)

から引用している。

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連する部品サプライヤーも重慶へ進出するようになった。2016 年時点で重慶では、HP 社

をはじめとする 5 社のノート PC メーカー、フォクスコンをはじめとする 6 社の受託生産

メーカー、さらに 860 社の部品サプライヤーが集積している。その生産量は、世界のノー

ト PC の三分の一、中国の約 5 割を占めるまでになっていると指摘される。

ノート PC の産業集積は、渝新欧の輸送量を大幅に増やした。発着回数をみると、2011

年当初では、行きの 17 便のみだったが、2015 年には 257 便、そして 2016 年には 420 便に

まで増えている 4。運営会社の経営努力によって、輸送期間も当初の 16~20 日から 13 日へ

短縮されるようになった。そのプロセスで、輸送費は 9000 ドル/コンテナ(40 フィート)

から 6~7000 ドルへ次第に低下していった。当初、地元政府は同鉄道の利用に補助金を支

給していたが、現在、これも必要なくなった。渝新欧の輸送費は海運(3~4000 ドル)と

比べると依然として高いものの、輸送期間は海運の約三分の一に相当するので、リードタ

イムが求められるノート PC 産業にとっては、十分に魅力的である。

輸送期間の短縮と輸送費の低下は、ノート PC 以外の業種による渝新欧鉄道の利用をも

促し、日本企業に新たなビジネスチャンスをもたらした。例えば、重慶ではコーヒー取引

センターが設立されており、2016 年 6 月から 2017 年 9 月までの間に、100 億元の取引高を

達成している。重慶ではコーヒー豆を栽培していないが、その周辺地域の中国雲南省、ベ

トナム、ラオス、およびインドネシアで出荷するコーヒーは世界全体の三分の一を占めて

いる。重慶コーヒー取引センターは、一帯一路で整備されつつある東南アジアと中国をつ

なぐ鉄道や高速道路を利用して、コーヒーを重慶まで輸送し、その後、渝新欧鉄道を利用

してコーヒーの主要市場であるヨーロッパへ輸送していく 5。同センターは、日本の伊藤

忠商事と戦略的パートナシップを締結しており、サプライチェーン取引、コーヒーの貯蔵、

物流、コーヒードリンクの開発などの面で提携していく計画である。6

中欧鉄道を運営する地方政府は、日本企業に対して大きな期待を抱いている。筆者が成

都と重慶で現地調査した際に、中国側からは三つの面における中欧鉄道の活用の提案が出

された。

第一の提案は、ヨーロッパ製の時計や高級車などの高付加価値製品を中欧鉄道を通して

中国まで運び、その後、陸運や海運など複数のモーダルチェンジを通じて日本へ輸送、と

いうことである。

第二の提案は、日本製の電器、自動車、部品などを寧波、上海などの港を経由して中欧

鉄道の起点都市へ運び、その先、中欧鉄道を通じて、ヨーロッパや中央アジアまで輸送、

ということである。

4 news.xinhuanet.com/2017-01/16/c_1120322847.htm、2018 年 1 月 18 日アクセス。 5 http://www.chinanews.com/cj/2017/09-28/8343074.shtml、2017 年 11 月 20 日アクセス。 6 http://www.cqce.com/html/jujiaojiaoyizhongxin/20170223/174.html、2017年 11月 20日アクセ

ス。

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第三の提案は、東南アジアの日系企業で製造した製品を陸運で中国まで運び、さらに中

欧鉄道を利用して、ヨーロッパへ輸送、ということである。

一方で日本企業も、競争力を強化するために、中欧鉄道の活用方法を積極的に模索し始

めている。例えば、筆者が 2017 年 9 月にスリランカへ出張した際に、現地の日本企業がカ

ザフスタンへ中欧鉄道の視察に出かけたとの情報を入手した。自社のライバルが同鉄道の

活用を通じてリードタイムを大幅に短縮しただけでなく、ドイツ政府から補助金(鉄道は

水運より環境にやさしいため)ももらっているためである。このように、中欧鉄道は、沿

線国に立地する日本企業に対しても大きなインパクトを与えるようになっている。

第2節 一帯一路における貿易、投資分野での日中連携の現状と可能性

香港貿易発展局研究部は、2016 年に広東省に立地する企業と広西南寧で開催された中国

アセアン博覧会に出展した企業を対象に、一帯一路をめぐるビジネスチャンスについてア

ンケート調査を行った。最終的に 241 社のサンプル(貿易会社、製造業者およびサービス

業者を含む)を入手したが、広東および広西に立地した会社は 8 割を超えており、残りは

沿海部のその他地域に立地している。241 社のうち、80.5%に相当する 194 社は、今後 1 年

から 3 年の間に、「一帯一路」沿線国でビジネスチャンスの発掘を検討していると回答した。

以下では、この 194 社の回答をもとに、中国企業の一帯一路沿線国への進出に対する考え

方と関連する日中連携のビジネスチャンスを検討したい。

まず表 6-2 は、中国企業が最も興味を持つ一帯一路地域を示している。広東省に立地す

る企業や、東南アジアに関心を示す企業を主体に調査を行ったため、バイアスがかかって

いる結果になったことは否めないが、中国企業の海外進出の最重要拠点として、東南アジ

アが注目されている事実に変わりはない。一方で、表 6-3 は日本企業の一帯一路沿線にお

ける直接投資の残高を示しており、明らかに一帯一路の沿線において、日本企業の直接投

資も東南アジアに集中している。このように、中国企業と日本企業はいずれも東南アジア

を一帯一路におけるビジネス上の最も重要な地域として位置付けている。

表 6-2 中国企業が最も興味を持つ一帯一路地域

地域 シェア

東南アジア 83%

南アジア 26.80%

中,東欧 23.70%

中東,アフリカ 22.70%

中央アジア,西アジア 19.60%

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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注:複数回答、サンプル数 194 社。

出所:香港貿易発展局[2016]

表 6-3 日本企業による一帯一路沿線での直接投資の概况(2013 年末残高,億円)

国・地域 直接投資残高

アセアン 6 カ国 142,948

香港 20,884

インド 14,476

アフリカ 12,726

台湾 12,442

中東 5,582

ロシア 2,633

注:アセアン 6 カ国とは、タイ、マレーシア、インドネシア、フィリピン、ベトナム、シ

ンガポール

出所:https://www.boj.or.jp/statistics/br/bop/index.htm、 2017 年 11 月 16 日アクセス

また、表 6-4 が示しているように、現時点で大多数の中国企業は一帯一路沿線国を自社

製品や関連するサービスの販売先として位置付けている。ただ、製造拠点として直接投資

を行う予定のある企業も一定の割合をしめている。商務部が公布した数字によると、近年、

中国の「一帯一路」関係国への直接投資は急上昇している。2004 年の中国による「一帯一

路」関係国への投資はわずか 4 億ドルに過ぎなかったが、2015 年に同投資額は 45 倍増の

189 億ドルにまで膨れ上がり、年平均成長率 43%という驚異的な数字を達成している。同

期間中、一帯一路関係国への投資の中国対外直接投資に占める割合も、7%から 13%へ 2

倍近く伸びている(香港貿易発展局 2016)。

表 6-4 中国企業が興味を持つ一帯一路のビジネスチャンス

ビジネスチャンス シェア

「一帯一路」沿線国により多くの工業製品、技術、サービスを販売 61.90%

「一帯一路」沿線国により多くの軽工業製品を販売 51%

低賃金や天然資源を利用するため、「一帯一路」沿線国で直接投資

を行い、工場を開設

28.90%

科学研究や技術面の優位性を利用するため、「一帯一路」沿線国で

直接投資を行い、工場を開設

25.30%

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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中国生産で使用する原材料を「一帯一路」沿線国で調達 27.80%

中国で販売する消費財、食品を「一帯一路」沿線国で調達 23.70%

国際物流の効率を上げるべく、「一帯一路」沿線国で物流倉庫を設

21.60%

その他 9.80%

注:複数回答、サンプル数 194 社。

出所:香港貿易発展局[2016]

日中両国企業の東南アジアにおける直接投資は、いずれも主に自国企業が運営する工業

団地に入居する形で展開している(表 6-5)。日本は東南アジアへの進出が早かったため、

全体的により多くの工業団地を建設しているが、マレーシア、ミャンマーおよびカンボジ

アに関しては、中国の工業団地数が日本と肩を並べており、インドネシアでもかなり接近

している。そして、工業化が始まって間もないラオスでは、中国の工業団地のみが運営さ

れている。

中国の工業団地は、主に域外経済貿易合作区の形で運営されている。商務部の統計によ

ると、2016 年末までに、中国企業は 36 か国で 77 の合作区を創設した。うち、「一帯一路」

沿線においては 20 か国で 56 の合作区を創設し、合計 185.5 億ドルを投資した。入居企業

数は 1082 社であるが、これらの企業による総生産高は 506.9 億ドルに達している。進出先

国に対しては 10.7億ドルの税金を納めており、17.7万人の雇用を創出したと報告される(上

海社会科学院[2017])。

表 6-5 東南アジアにおける日系と中国系工業団地の状況

進出国 日系工業団地の数 中国系工業団地の数

タイ 6 1

インドネシア 8 6

ベトナム 12 2

マレーシア 1 1

ミャンマー 1 1

フィリピン 4 0

カンボジア 2 2

ラオス 0 1

出所:日系工業団地のデータ:

https://www.jetro.go.jp/theme/fdi/industrial-park/developer-material.html(2017 年 11 月 16 日アク

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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セス)および日本貿易会[2017];中国系工業団地のデータ:上海社会科学院[2017]。

中国の域外経済貿易合作区と日本の工業団地の機能は非常に類似している。いずれもイ

ンフラの整備と工場の家屋を提供するとともに、直接投資を支えるワンストップサービス

も提供している。進出に先立ってのフィージビリティ調査から、企業登録に関連する手続

きの遂行、さらに労働力の確保や物流などの日常業務にいたるまで、工業団地の管理者側

は全面的なサポートを行っている。

両国の工業団地において、企業レベルの日中連携も徐々に表れ始めている。中国がイン

ドネシアで開設した初めての域外経済貿易合作区、すなわち「中国・インドネシア経済貿

易合作区」は、その典型事例である。同合作区は 2007 年 11 月に商務部から承認されたも

ので、広西農墾集団によって建設、運営されている。同合作区はジャカルタから 37 キロ離

れたグリーンランインターナショナル工業センター(GIIC 団地)のなかに立地しているが、

この GIIC 団地は実は日本の総合商社である双日が手掛けた人工都市デルタマスシティー

の一部である。

GIIC 団地の優れたインフラ整備は、中国・インドネシア経済貿易合作区の企業誘致の一

つのセールスポイントになっている。同社のホームページでは、GIIC 団地のなかで、「県

の行政センター、給水所、汚水処理工場、テレコムセンター、15 万ワット国家変電所、高

級住宅団地、商業センター、バンドン理工大学」などのインフラ施設が揃っていることが

合作区のメリットの一つとして、明確に記されている。また、同合作区に進出することに

よって、日本の車メーカーであるトヨタやホンダ、重機メーカーである小松製作所などか

ら受注できる、という産業集積のメリットも強調されている 7。実際に、同合作区には 34

社が入居しているが、そのうち少なくとも 3 社は日系企業である。

ベトナムロンジャン工業団地も日中連携の可能性を示唆した域外経済貿易合作区の一

つである 8。同団地には、現在 36 社が入居を決めており、うち 34 社は営業許可を取得し

ている。入居企業による投資総額は 11.58 億ドルに達しており、1 社あたり合計 12000 人が

雇用されている。団地の生産高は 2014 年の 1.2 億ドルから 2016 年には 4.7 億ドル(うち輸

出 3.5 億ドル)へ増えている。営業許可が下りた 34 社の内訳をみると、中国系企業は 26

社(うち香港 5 社、台湾 5 社)、外国企業は 8 社(うち日本 2 社)となっている。ロンジャ

ン工業団地はベトナム語、中国語、英語以外に、日系企業向けの誘致活動を強化するため

に、日本語のホームページも立ち上げている。ホームページでは、ベトナムの投資、貿易、

労働などに関する詳細な情報が公開されている。

一方でスリランカのコロンボに立地するポートシティは、中国交通建設株式会社が主導

7 http://www.kitic.net、2017 年 11 月 17 日アクセス。 8 ロンジャン工業団地の情報は上海社会科学院[2017]および同団地のホームページ

(www.ljip.vn/)による。

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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する商業を中心とする域外経済貿易合作区である 9。同社はマスターディベロッパーとし

てポートシティの開発に 14億ドルを投資するが、総面積 5.6平方キロメートルの敷地内で、

ホテル、ショッピングモール、マンション、ヨットヤード、医療施設、学校などの建設を

予定しており、さらに 130 億ドルの後続投資が必要である。このプロジェクトに対して、

日本の大手商社および不動産会社の数社は、高い関心を示しており、中国側と商談を行っ

ていると指摘されている 10。

日本と中国の製造業企業の提携関係は東南アジアを中心に、今後、強化していく可能性

が大きい。表 6-6 が示すように、東南アジアに進出した日系企業はアセアンと日本以外に、

中国を部品や中間財の重要な調達先として位置付けている。2010 年から 2016 年までの間

に、中国からの調達比率だけは東南アジア 5 カ国のすべてにおいて伸び続けた。その大部

分は日系企業の中国子会社からの調達だが、ローカルサプライヤーからの調達も一定の割

合を占めていると思われる。いまやこれらのローカルサプライヤーは、一帯一路構想の進

展に伴って、徐々に製造拠点を東南アジアへ移転し、日系企業と第三国で提携関係を継続

している。

表 6-6 東南アジアにおける日系企業の主要国調達先の内訳の推移(10 年調査と 16 年調査

の比較)

現地 日本 ASEAN 中国 その他

2010 2016 2010 2016 2010 2016 2010 2016 2010 2016 タイ 56.1 57.1 31 28.9 4.7 3 3.2 5.3 5 5.7 インドネシ

42.9 40.5 33.3 34.1 15.8 10.8 2.5 5.3 5.5 9.3

マレーシア 45.9 36.6 29.1 32.8 12.5 12.9 5.5 5.6 7 12.1

ベトナム 22.4 34.2 42.5 35.6 16.6 12 10.2 10.5 8.3 7.7 フィリピン 27.2 31.6 50 39 13.2 8.1 4.4 8.7 5.2 12.6

出所:ジェトロ[2017]

このことを裏付ける事実を一つ取り上げよう。ジェトロ・ハノイ事務所は、ベトナム北

部に進出する日系企業に外注先の情報を提供するために、2015 年から機械、金属加工を中

心に展開する外資系サプライヤーのリストを公開している(ジェトロ・ハノイ事務所

[2017])。2017 年 9 月に刊行した同リストの第 3 版をみると、合計 92 社のうち、中国大陸

9 http://www.portcitycolombo.lk(2017 年 11 月 18 日アクセス)および上海社会科学院[2017]。 10 日系企業との商談に関する情報は、筆者が 2017 年 9 月にコロンボ・ポートシティで行

ったヒヤリングによる。

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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から進出した企業が 11 社を占めている。これらの企業はいずれも現地の日系企業から受注

する明確な意欲を示している。11 社の主要顧客の情報を確認すると、そのうちの 3 社はい

ずれも同一の日系の大企業から受注している。同大企業が中国で育てたサプライヤーは、

当社のベトナム進出に伴って、そのまま追随してきたことが推測される。

繊維、アパレルのような労働集約産業でも、日本から受託生産していた中国系衣料品メ

ーカーの多くは、目下、低賃金を求めて東南アジアに移転しつつある。当然ながら日系企

業との提携関係もそのまま同地域へシフトするようになる。例えば、無錫の大手企業であ

る紅豆集団のアパレル部門は、日本の伊藤忠商事やユニクロなどからの受託生産を行って

いた。同社は、カンボジアのシハヌーク港経済特区で域外経済貿易合作区を運営するとと

もに、2011 年に合作区のなかで 6000 平米の工場を立ち上げた。当初は自主ブランドの製

品を生産していたが、2015 年から輸出業務に重点を移すようになり、日本とフランス向け

の受託生産を始めた。2016 年時点で生産高は 2500 万元となっており、月にズボンを 3 万

枚、スーツを 4 万 5 千枚製造している 11。

表 6-7 中国企業が一帯一路での進出支援とビジネスチャンスの獲得に関して、最も関心

を持つ地域

国・地域 シェア 国・地域 シェア

中国大陸 59.80% その他アジア諸国 11.30% 香港 50% 韩国 8.20% シンガポール 25.80% イギリス 5.70% 米国 17.50% その他欧州 5.20%

台湾 15.50% その他 4.10% 日本 14.90% フランス 3.60% ドイツ 14.90%

注:複数回答、サンプル数 194 社

出所:香港貿易発展局[2016]

中国企業が一帯一路の沿線国へ大規模で進出するにつれ、進出支援ビジネスの面におい

ても日本企業と連携するチャンスが増えている。まず、中国企業は、一帯一路に関連する

進出支援とビジネスチャンス獲得のために、日本と提携する明確な意欲を示している。表

7 が示しているように、中国企業は、進出支援に関して中国語圏の中国大陸、香港および

シンガポール、台湾に最も関心を寄せているが、それ以外の国や地域の中で、日本はアメ

リカ(17.5%)に次ぐ第 2 位(14.9%)となっている。しかも、これは日本政府が一帯一路

11上海社会科学院[2017]およびその他インターネット情報による。

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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への協力の意思を表明した 2017 年 12 月以前に行ったアンケートの数字である。

次に、中国企業が必要としている進出支援サービスは、実は日本企業の得意分野である

場合が多い。表 6-8 のとおり、中国企業は各種サービスのなかでもとくに市場開拓に関す

るサービスを強く求めている。このことと関連して、日本の場合、海外進出企業は、商社・

卸業者の活用を通じて、市場開拓に関連する諸費用の約 6 割以上も節約しているとの調査

結果がある(表 6-9)。このように、日本の商社が蓄積してきた第三国での市場開拓に関す

るノウハウは、間違いなく中国企業向けのビジネスでも活用できるのである。

表 6-8 中国企業が一帯一路のビジネスチャンスをつかむために最も必要とする進出支援

サービス

サービス名 シェア

新業務、新市場(一帯一路を含む)を開拓するために

必要なマーケティング戦略

55.20%

海外、とくに「一帯一路」市場とマッチングするため

の営業活動

38.10%

製品開発と設計 32.50%

ブランド設計および営業戦略サービス 28.40%

関連する金融サービス(銀行、融資、プロジェクト評

20.60%

海外、とくに「一帯一路」沿線国の投資環境を把握す

るためのコンサルティング

17.50%

サプライチェーンマネージメントサービス(材料、製

品の在庫管理および物流管理)

16.50%

法律、会計などの専門サービス(知財、デューデリジ

ェンスなど)

16.50%

省エネ、環境技術 16.00%

品質管理、検査測定、生産技術 12.40%

その他 1.50%

注:複数回答、サンプル数 194 社

出所:香港貿易発展局[2016]

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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表 6-9 海外進出日系企業が商社・卸売業者を活用することにより節約できた費用

ほとんど節約できた かなり節約できた あまり節約でき

なかった

現地法令・規制や商慣行

などの情報収集に伴う

経費

33% 29% 19%

現地での販売促進など

の経費

29% 30% 23%

現地販売サービス拠点

の設置経費

33% 26% 22%

製品輸出に伴う経費 24% 29% 33%

製品のアフターサービ

スに伴う経費

18% 30% 30%

注:サンプル数 400 社

出所:日本貿易会[2017]のデータをもとに筆者作成

日本企業の海外進出を支援する主体は、総合商社以外に、日本貿易振興機構(ジェトロ)

をはじめとする政府関係機構、企業の融資を主導するメガバンク、そして工場の建設から

物流、法律、コンサルティングにいたるまで、さまざまな専門分野で企業支援を行う民間

企業が含まれている。これらの経済主体は、長年の企業支援のノウハウを有しているだけ

でなく、中国本土から一帯一路沿線国に跨る国際的なネットワークも有している。例えば、

日系三大銀行の東南アジア主要国でのネットワークは表 6-10 の通りである。そして、ジェ

トロも東南アジアにおいてタイ、ラオス、マレーシア、シンガポール、インドネシア、フ

ィリピン、ベトナム、ミャンマー、カンボジアに事務所を設置している。一帯一路をめぐ

る両国企業の協力が本格的に始動すれば、日本側のもつ経験やネットワークから、必ずや

大きなビジネスチャンスを生みだすに違いない。

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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表 6-10 ASEAN における日系主要銀行((現地法人、支店、出張所、駐在員事務所))の

ネットワーク

国 三菱東京 UFJ みずほ 三井住友

タイ 655 2 2

ラオス 1 0 0

マレーシア 4 3 3

シンガポール 1 1 1

インドネシア 11 1 1

フィリピン 1 1 1

ベトナム 2 2 2

ミャンマー 1 1 1

カンボジア 1 1 1

現法・支店・出張所

(除タイ子会社)

22 11 12

駐在員事務所 1 1 2

出所:三菱東京 UFJ 銀行[2016]

おわりに

以上のように、これまで一帯一路をめぐる日中連携は、両国間で全面的な協力体制が存

在しない中でも、それなりに進展してきた。企業間連携は、市場の原理に基づいて自然発

生的に進められてきた。政府間協力も、AIIB と ADB という 2 つの国際金融機構を中心に

推進されてきた。しかし、最も大きなビジネスチャンスを抱えるインフラ建設の分野にお

いて、日本企業による直接的な参加は見たらなかった。

こうした状況のなかで、2017 年に入ってから両国政府は、一帯一路での提携をめぐって

急接近している 12。具体的にみると、まず 2017 年 5 月 14~15 日に北京で開催された「一

帯一路国際協力サミット」に日本から自民党の二階俊博幹事長を団長とする訪中団が参加

12 以下の一帯一路をめぐる両国政府の動きは、特に断らない限り、日本の各種メディア報

道と外務省ホームページをもとに整理したものである。

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

101

した。続いて、6 月 5 日の第 23 回国際交流会議「アジアの未来」(日本経済新聞社主催)

の晩餐会で安倍首相が演説し、①インフラ整備は万人が利用できるよう開かれ、透明で公

正な調達がされる、②プロジェクトに経済性がある、③借り入れ国が債務を返済可能で財

政の健全化が損なわれない、という三つの条件をつけながらも、「一帯一路」について「協

力をしていきたい」との姿勢を示した。

その後の 7 月 8 日、安倍首相はドイツ・ハンブルクで中国の習近平国家主席と会談し、

中国が主導する一帯一路構想に協力する立場を正式に伝えた。11 月 11 日、ベトナムのダ

ナンで開催された APEC 首脳会議においても、両首脳は改めて会談を行い、一帯一路に関

して、①民間企業間のビジネスを促進し、第三国でも日中のビジネスを展開していくこと

が両国のみならず対象国の発展にとっても有益である;②双方は、「一帯一路」を含め、日

中両国が地域や世界の安定と繁栄にどのように貢献していくか共に議論していく、という

2 つの点で一致した 。直後の 11 月 14 日、安倍首相は李克強総理とフィリピンマニラで会

談し、「双方が経済対話を強化し、一帯一路の枠組でのコネクティビティ強化を探る」と表

明した。また 11 月 18 日、河野太郎外相は、神奈川県で講演し、一帯一路が世界の利益に

なる可能性に言及した。

一帯一路における日中連携について、2018 年 1 月に実質的な進展が見られた。日経新聞

の報道(1 月 3 日)によると、日本政府は、一帯一路構想のプロジェクトに参加する日本

企業に対して支援を行う方針を決定したとされる。具体的には、1)環境と省エネ、2)第

三国における産業高度化、3)物流という 3 つの領域を中心に、日本国際協力銀行(JBIC)

および日本貿易保険(NEXI)を通じて金融支援を行う。ただ、支援対象の選別は、案件ご

とに個別に判断する。また、AIIB には参加しないことも明らかになった。このような支援

体制が構築されていけば、日本企業は一帯一路構想からより多くの恩恵を受けることが期

待される。そして、このことはインフラ整備が直接投資を促し、直接投資がインフラ整備

を加速するという好循環を生み出し、一帯一路の沿線国の経済発展と工業化に寄与してい

くことと思われる。

〔参考文献〕

(中国語文献)

上海社会科学院.2017.「中国境外経済貿易合作区調査報告」

香港貿易発展局 .2016.「中国企業発掘『一帯一路』商機:華南地区問巻調査結果」

(www.economists-pick-research.hktdc.com、2017 年 11 月 18 日アクセス。)

(日本語文献)

丁可.2017.「一帯一路構想における交通インフラ整備と産業集積形成」アジア経済研究所・

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

102

上海社会科学院共編『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』アジア経済研究所

日本貿易会.2017.『商社ハンドブック 2017』.

(http://www.jftc.or.jp/research/handbook/pdf/201704.pdf、2017 年 11 月 20 日アクセス)

ジェトロ.2017.『2016 年度 アジア・オセアニア進出日系企業実態調査』

ジェトロ・ハノイ事務所.2017.『ベトナム北部・外資サプライヤーリスト』

三菱東京 UFJ 銀行.2016.「ASEAN における日系企業の動向」

(https://www.mof.go.jp/about_mof/councils/customs_foreign_exchange/sub-foreign_exchange/pr

oceedings/material/gai20160302/04.pdf、2017 年 11 月 28 日アクセス)。

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

103

第7章

スリランカと「一帯一路」 ― ハンバントタ総合開発事業の進展状況

荒井 悦代

はじめに 中国の一帯一路構想のあり方については様々な議論がある。一つの明らかな目標がある

とか、論理的なフレームワークがあるというよりも、中国が各国で行う事業をまとめ上げ

た結果のものである、といった方が適切なようだ。ならば各事業についての観察が必要に

なるが、沿線諸国における中国プロジェクトは数多く全てを詳細に観察するのは困難であ

る。 しかしその中でも継続して注目してゆくべきプロジェクトがある。スリランカにあるハ

ンバントタ港はその一つである。理由としては、ハンバントタ港が国際海洋航路上にある

こと、インド洋上の重要地点にあり、「中国が債務と引き換えに長期貸与を得た」として国

際的に注目されていること、スリランカ国内政治にも多大な影響を及ぼしていること等を

挙げることが出来る。 本章ではハンバントタ事業の 2017 年の進展を中心に論じていく。2017 年 10 月には埋

め立てが半分まで終了するなど 1コロンボ・ポートシティ・プロジェクト(PCP)事業は順調

に進んだ一方で、ハンバントタ総合開発については、紆余曲折があった。2016 年の主要な

課題は、主にスリランカ政府と中国政府間の債務の扱いをめぐる動きだったが、2017 年は

スリランカ政府内部における動きが主要な焦点となった。一帯一路構想を進めるに当たり、

当該国の法律や内政と調整を行う必要があり、そのためには遠回りや議論のための時間が

必要である、との認識は中国国内でも認識されているようだが、スリランカに関してはそ

れが顕著である。

1 http://www.dailymirror.lk/article/Port-City-completes-land-reclamation-139180.html

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第1節 これまでの経緯 1.バランス外交から中国回帰へ 2015 年 1 月の大統領選挙によって、中国との関係を重視していたマヒンダ・ラージャパ

クサ大統領が失脚し、新たに就任したマイトリパーラ・シリセーナ大統領とラニル・ウィ

クレマシンハ首相はバランス外交に舵を切った。その結果、2014 年 9 月に始まったコロン

ボ・ポートシティ・プロジェクト(PCP2)工事は一旦停止された。 しかし、バランス外交は長続きしなかった。マクロ経済指標の悪化、対外債務、特に対

中債務の返済に窮したスリランカは、早々に方針を転換せざるを得なかった。 2016 年 4 月には首相が訪中した。目的は PCP の再開、ハンバントタ工業地区の建設、

新規投資誘致、および中国に対する債務の株式化への転換(Debt Equity Swap, DES)交渉で

あり、最も重要なのはハンバントタ建設債務にかんする DES であった。PCP については

再開で合意し、ハンバントタ総合開発はこの時点では DES 交渉は不調に終わったものの

官民パートナーシップ(Public Private Partnership, PPP)で開発が行われ、新工業団地地区

として 1000 エーカーが中国企業に 99 年貸与 3される交渉がなされた。 2016 年 4 月の首相訪中・交渉を経て、8 月 12 日にはスリランカ政府機関と中国企業間

でコロンボ国際金融シティの調印がなされた。調印直後に首相は再び訪中し、ハンバント

タ総合開発プロジェクトの合意に調印した。ここでもスリランカの求めていた DES を中

国側は拒否し、借金の返済を求めた。調印内容として注目すべきは工業団地の面積で、中

国によって 1 万 5000 エーカーが開発されることになった。 しかし、2016 年 10 月に調印内容が見直され、DES で合意し、スリランカ政府は、ハン

バントタ港運営会社の株式の 80%を 11 億 2000 万ドルで中国企業に売却することになっ

た。この手続きによって対中債務は 80 億ドルから 68 億ドルに圧縮された。株主の中国企

業は工業団地についても開発することになった。 2016 年 12 月 8 日には中国招商局港口(China Merchants Port Holidings Co. Ltd. :CMPORT)の間で官民連携による枠組み合意が締結された。 2.危うい中国回帰 スリランカと中国はコロンボとハンバントタという二つの港を含む開発を共同で行うこ

ととなり、再び中国との関係が強まるかと思われた。しかし、2016 年 10 月から 11 月に

2 コロンボ港の南側に約 14 億ドルをかけ、269 ヘクタールを埋め立てるプロジェクト。正

式名称はコロンボ国際金融シティ(Colombo International Financial City,CIFC)。主な施工主は

中国交通建設(China Communications Construction Company, CCCC)の系列企業の中国港湾行

程(China Harbour Engineering Company, CHEC) 3 http://www.dailymirror.lk/108098/Port-City-to-resume-as-Spl-Financial-and-Business-Centre

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かけて財務大臣のラヴィ・カルナナヤケと在スリランカ中国大使易先良の間で、ハンバン

トタ港の DES 取引を巡り激しい言葉の応酬があった 4。 2016 年 12 月にはハンバントタ港で雇用の不安を覚えた港湾労働者や土地の接収を恐れ

た農民らがデモを開始した 5。この鎮圧にはスリランカ海軍が動員された 6。 国有資産の 99 年貸与という重大な決定について、情報が公開されていないことに対し

て、国会議員の間からも不満が表明された。公企業委員会(Committee on Public Enterprises: COPE)議長のスニル・ハンドゥネッティ国会議員(人民解放戦線、JVP)も 12月 27 日に大統領に対してハンバントタ港という国の資産の引き渡しに関する合意の調印

前に、少なくとも国会に合意文書を提出するよう求めた 7。さらに政府自体も 2017 年 1月に入り、ハンバントタ県から 9000 エーカー、モナラガラ県から 6000 エーカーで合計 1万 5000 エーカーの工業団地を想定していたが、この規模の土地を準備することが困難で

あると発表した 8。政権内部でも特に強い反対を表明したのは、港湾・船舶大臣のアルジ

ュナ・ラナトゥンガであった。アルジュナ大臣の懸念は、スリランカ港湾局(SLPA)に 15年間収入が発生しなくなること、ハンバントタ港の 100 キロ圏内でのいかなる港の開発も

認めないという条項 9であった。 JO(反対派グループ)10も 2017 年 1 月 2 日に大統領に宛てた書簡 11で、ハンバントタ港を

4 カルナナヤケ財務大臣は、ハンバントタ港の DES 取引を「割高な海外融資」を返済する

ため、と述べた。それに対して中国大使は、「途上国には固定の2%の利子率を適用してい

る。(中略)もしこの融資が不本意なら、どうしてスリランカは新たな融資を中国に求める。

のか」と返答した。 5 この騒動に日本川崎汽船の自動車運搬船も巻き込まれ、一時出航できなくなっていた。 6 労働者の抗議活動は過激ではなくなったものの、雇用継続を求めて抗議活動を続けた。

それに対して港湾大臣のアルジュナ・ラナトゥンガは、抗議中の労働者の 90%はラージャ

パクサ前大統領時代に人材派遣会社を通じて雇用され、現在ハンバントタ港を管理する政

府側の機関である SLPA とは関係がないと明言し、再雇用の可能性を否定した。しかしそ

の後、首相が 2017 年 1 月 7 日にすべての労働者を中国企業が吸収すると発言。 7 http://www.dailymirror.lk/121295/Don-t-proceed-with-H-tota-lease-Handunnetti-tells-MS 8 http://www.dailymirror.lk/121525/Govt-finds-it-impossible-to-acquire-acres-from-H-tota-at-once-for-Chinese-investment 9 ハンバントタの 100 キロ圏内では、ハンバントタ港と競合するようなコンテナ港・ターミ

ナルの開発を行わない。漁港、クルーズ船用のマリーナ、およびゴールとオルヴィルのカ

ーゴターミナルの開発は除く 10 大統領率いる与党スリランカ自由党(SLFP)にありながら、大統領と首相に対して対立

的にふるまうグループ。前大統領のマヒンダ・ラージャパクサを中心とする。 11 JO リーダーの Dinesh Gunawardena、Vasudeva Nanayakkara、Bandula Gunawardane、Udaya

Gammanpila、Keheliya Rambukwella、Sisira Jayakoddy、Prasanna Ranaweera、Geetha

Kumarasingheが署名。

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巡る合意がスリランカに不利である点を指摘した 12。ラージャパクサ政権時に SLPA と

China Merchant Port Holdings (International) Company Ltd.および中国港湾行程(China Harbour Engineering Company, CHEC)は 35 年の SOT(Supply Operate Transfer)方式で

合意した。しかし、2015 年 1 月のラージャパクサ失脚により合意は破棄された。その後 2社はシリセーナ/ラニル政権に対し別々に提案を提示した。CHEC は 7 億 3000 万ドル、

50 年、使用料(Royalty)が発生しスリランカの受取額は総額 15億、一方でCMは 10億 8000万ドル、99 年(99 年延長あり)を提示し、後者が選ばれた。閣内交渉委員会(Cabinet Appointed Negotiating Committee:CANC)で協議がなされたといわれるが、十分な時間

が与えられなかった。ハンバントタ港の価値についても建設コストのみで見積もられたた

め、低い額になっている。 このような批判がなされるなか、スリランカ国内メディアは、ハンバントタ港貸与に関

する最終合意が政権発足 2 周年に合わせて 2017 年 1 月 7 日に行われると報道した。1 月 4日 13内閣報道官を兼ねたラージタ・セナラトネ保健大臣も、1 月 7 日に CMPORT とスリ

ランカ港湾局の間で最終合意を締結すると会見を行った。 3.首相と大統領の亀裂と国内の反対運動

しかしその翌日の 2017 年 1 月 5 日に開発戦略・国際貿易大臣のマリク・サマラヴィッ

クラマは、ハンバントタ港の貸与に関する合意について署名を、1 月 7 日に行わないと発

表した。ほかにも合意しなければならない点があり、最終合意は 1 月下旬になると見込ん

だ。最終合意に向けてサラット・アムヌガマ国会議員を長とする閣内小委員会 14が設置さ

れ、内容やプロセスについて監督することになった。一方で工業地帯に関しては閣議に提

出されており、1 月 7 日に開所式を行うと明言した。 翌 6 日には大統領報道官でもあるラクシマン・ヤーパ・アベグナワルダナが 15が未だに

ハンバントタの工業地区の合意について国会で承認し、それを法務長官に回付し閣議で承

認を得るべきだとした。大統領までもがハンバントタ港および工業地区に関する合意が、

法務長官、閣議や国会に提示されるべきであり、こうした合意は透明性をもってなされな

12 http://www.ft.lk/article/588880/JO-writes-to-President-on-alleged-national--financial-consequences-from-new-Hambantota-Port-deal 13 http://www.ft.lk/article/589496/Govt--firm-on-new-Chinese-deal-for-Hambantota 14 United National Party (UNP) からはマリク・サマラヴィックラマ(Samarawickrama)、ラヴ

ィ・カルナナヤケ(Ravi Karunanayake)、サガラ・ラトナヤケ( Sagala Ratnayake)、ニマル・

シリパーラ・シルバ(Nimal Sriplala Silva)、サラット・アムヌガマ(Sarath Amunugama)、アル

ジュナ・ラナトゥンガ(Arjuna Ranatunga) 15 http://www.island.lk/index.php?page_cat=article-details&page=article-details&code_title=158522 および http://newsfirst.lk/english/2017/01/158967-2/158967

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ければならないと指摘し政権内部で意思決定に混乱している様子が認められた 16。同日に

はSLPAの JVP系の労組がハンバントタ港の株式引き渡しに反対して黒旗を掲げてコロン

ボの SLPA 前でデモを行った 17。 前日にラクシマン・ヤーパ・アベグナワルダナの会見があったにもかかわらず 18、2017

年 1 月 7 日、ルフヌ 19開発プロジェクトにおけるスリランカ中国物流・工業ゾーン(Sri Lanka-China Logistics and Industrial Zone:SLCLIZ)の起工式がミリッジャヴィラ 20で開

催され首相が出席した。その際中国に割りあてられた土地面積は 1235 エーカーであると

首相は明らかにした 21。 首相は、この先の 2-3 年間で中国がスリランカに 50 億ドル投資してくれ、それによっ

て雇用の機会が増え、人々の生活スタイルも改善するだろうと語り、中国への期待を表明

した。また、工業地区は前政権時代の 2014 年に設置の合意がなされたと述べ、この事業

に対する JO らの批判が不当であるとにじませた。同時に DES 取引については、本来なら

ばスリランカの持ち分を 40-51%にしたかったが、そのためには付加価値税(VAT)をより

高くする必要があった。2017 年だけで 10 億ルピー以上の債務を返済しなければならない

とも明らかにした 22。首相は別の機会にはハンバントタ港にこれまで 470 億ルピーを支出

しており、これがなければよりよい保健・教育サービスを提供できたとして、ハンバント

タプロジェクトによる負債の解消がスリランカの経済のためになることを繰り返し主張し

ている 23。 中国大使の易先良も中国の投資家は常にスリランカを優先する、中国とスリランカの二

国間関係は、すべての二国間関係の手本となると友好ムードをアピールした 24。 しかしこの起工式に際して JO 議員や僧侶などからなる抗議集団に向かって警察が催涙

ガスと水砲を浴びせた。これによって警備員 3 人を含む 21 人が負傷した 25。この抗議活

動は、裁判所により事前に停止命令が発出されていたにもかかわらず行われたことから 52人が逮捕された 26。 16 http://www.dailymirror.lk/121757/No-agreement-on-Hambantota-Harbour-President 17 http://www.colombopage.com/archive_17A/Jan06_1483723521CH.php 18 http://www.island.lk/index.php?page_cat=article-details&page=article-details&code_title=158522 19 ルフヌとは、スリランカの南部地方を意味するシンハラ語。ルフナとも。 20 南部植物園付近 21 http://www.island.lk/index.php?page_cat=article-details&page=article-details&code_title=158522 22 http://www.dailymirror.lk/121848/H-tota-IPZ-was-former-regime-s-plan-Ranil 23 http://www.dailymirror.lk/133791/Nat-l-Unity-govt-allies-should-not-turn-on-each-other-PM 24 http://www.dailymirror.lk/121838/China-to-invest-US-billion-in-Sri-Lanka-Ranil 25 http://www.asianmirror.lk/news/item/21694-twenty-one-injured-in-hambantota-protest-against-privatization 26 http://www.sundayobserver.lk/2017/01/08/news/protesters-clash-police-mirijjawila

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このような国内における反発やプロセスに対する疑念が提示されたため、ハンバントタ

港の貸与に関する最終合意文書の署名は 1 月中に行われることはなかった。契約内容につ

いてもさらに検討された。

4.マヒンダ・ラージャパクサ政権時の取引内容 合意内容の再検討の際には、マヒンダ前大統領がインタビュー(2017 年 1 月 10 日リリー

ス)で述べた点も考慮されたに違いない。内容は1月 2 日に JO が発表した内容と重複する

が、紹介しておく。 前政権は CHEC および CMPORT と交渉し、両者にコンテナターミナルを SOT 方式で

40 年 27港を経営してもらいその間 SLPA は 1 億 9600 万ドルの収入 28を得る、との考えだ

った。これによって十分な収入を得られ、融資も返済可能であると見込まれた。しかし現

政権は、ハンバントタを白い象(巨大なのに役に立たない)と批判し、DES による民営化を

してその資金で対外債務の返済に充てることとした。現政権は、SLPA が CHEC の提案 29

を推奨していたにもかかわらず、CMPORT の不利な条件を選択した、と述べた 30。後者

の提案では SLPA に 15 年間収入がもたらされない。15 年後より 20%の株式相当の配当が

もたらされるのみである。この契約は 99 年後にさらに 99 年延長が可能となっている。港

の建設には 14 億ドルのコストがかかったが、(民営化するために売るのなら)戦略的なロケ

ーションであることのプレミアム、99 年貸与という長期プレミアム、港の土地、石油タン

ク、なども価値として含めてもっと高く売るべきだったと主張した。コロンボ港で行って

いるように、港は SLPA がコントロールし、港の経営は民間企業に任せる方式が良いとし

た。工業地区については、BOI の投資促進区を合計しても 2000 エーカーに届かない 31の

に、ハンバントタ工業地区の 1 万 5000 エーカーは国の経済規模に対して不釣り合いだと

批判した。前政権の取り決めでは、工業地帯の工場には環境上の配慮から LNG のみの使

用を許可しようとしていた点も強調した。 面積や規模がスリランカの経済にとって不釣り合いという点に関しては、スリランカの

労働環境からするとラージャパクサの指摘は合理的である。なぜなら、失業率(全体)はこ

の数年4%台で推移しておりスリランカにとっては自然失業率に近い。男性の失業率に関

しては、内戦終結以降2%台後半から3%台前半という低い水準にある。既存の工場など

でも労働者を確保することの困難さが指摘されている 32。そのため既存の工場でも賃金は

上昇傾向にあり、ハンバントタで労働者を集めるためには高い賃金を提供する必要がある

27 JO の書簡の内容と一部異なる部分がある。 28 このほか使用料としてコンテナの積み卸しごとに 2.5 ドルなど。 29 CHEC が株式比率 65:35 で、50 年間リースで、7 億 5000 万ドルを支払うというもの。 30 http://www.dailymirror.lk/121983/H-tota-deal-not-the-best-for-SL-MR 31さらに言えば、その多くも有効に利用されていない。 32 https://www.jetro.go.jp/ext_images/jfile/report/07001519/07001519A.pdf

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だろう。賃金だけでなく、労働者にとって良好な労働環境を整備する必要もある 33。 そもそもシリセーナ/ラニル政権は、前政権の汚職や経済非効率性を批判して政権交代に

成功した。ところがこの記事が出たことによって、99 年もの間ハンバントタ港と工業団地

(土地)を貸与する取引がスリランカ国民と経済にとって最適であったか、疑問が生じる事

態となった。すなわちシリセーナ/ラニル政権は、11 億ドルでの 80%の株式引き渡しより

もスリランカにとって良い条件を求めざるを得なくなったといえる。 以下では、2017 年 8 月末に最終的な合意に至るまでの経緯を観察する。ラージャパクサ

一族のトップダウン形式の意思決定過が批判され政権交代に至ったが、その政策実行の進

捗は速かった。これに対し現政権は、二大政党による国民政府という性格上致し方ないと

はいえ、紆余曲折を経た。スリランカのこれまでの展開からすれば、後者のほうが一般的

といえるにしても、今回のハンバントタ総合開発事業を巡る過程は混乱を極めた。たとえ

当該プロジェクトが中国の一帯一路構想の重要な部分であるにしても、スリランカ内政面

での駆け引きが行われることにかわりはなかった。むしろ重要なプロジェクトと認識され

ているからこそ、駆け引きの材料にされたと見ることができるだろう。

第2節 中国のいらだち

2017 年 2 月に入って、カルナナヤケ蔵相が合意の発表は今日明日中にも行うと発表しな

がらも、政府から正式な発表はないままであった。さらには国会議員のバスデヴァ・ナー

ナヤッカラが最高裁判所に基本権訴訟を起こし、2016年12月8日の枠組み合意は無効で、

国会の承認を得る必要があると主張した 34。 進展の遅れや閣僚らの矛盾した発言や説明不足な発言に対し 2017 年 2 月半ばに中国大

使易先良は、中国サイドからの見方を明らかにした 35。株式の持ち分について中国側は注

文を出していない、決めるのは、スリランカ側である、中国側としては、80%だろうが 60%だろうが構わない、中国企業は少なくとも 51%所有すべきと主張した。 カルナナヤケ蔵相は国際入札を行わなかった理由として政府と政府の関係の方が望ま

33 医療や教育はもとより、買い物やエンターテイメント環境も備えなければならない。ス

リランカの地方に単身赴任している役人や公務員は、週末ごとに 5 時間以上かけて実家に

戻っている例が数多く見られる。今後、ハンバントタと各地を結ぶ交通網が整備される見

込みだが、ハンバントタは労働者にとって魅力的な地域とは言いがたい。スリランカの低

い失業率は大量の海外労働者を送り出していることで実現している。国内に適当な職がな

いため、あるいは少しでも高額な給与を求めて海外に出て行く労働者に対して、ハンバン

トタ工業地区での雇用が海外で稼ぎよりも魅力的かどうかは疑問が残る。 34 http://dailynews.lk/2017/02/03/law-order/106657/fr-against-hambantota-framework-agreement-fixed-support 35 http://www.dailymirror.lk/123944/H-tota-port-sale-China-is-flexible-says-envoy

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しかったから、と返答したが 36、それは CMPORT も CHEC も中国の国営企業であるか

ら必要なかったと釈明した。中国という国としか取引の可能性はなかったということだろ

うか。 スリランカは、CMPORT と CHEC のどちらかと取引することになったのだが、スリラ

ンカは前者を選んだ。その理由として中国大使は、ラージャパクサが政権を維持していれ

ば、後者を選択していたはずで、そのようなラージャパクサと違う相手をあえて選択をし

たという解釈を披露した。 またマリクの、中国は工業地区を得なくても港に投資を行うだろうという 2017 年 1 月 5

日の発言に対しては、否定している。すなわち「港と土地は 2 つのイシューではない。工

業地区がなければ、港の経営は難しい」。 中国大使は、閣僚らの発言のぶれや曖昧さ、内部調整の不足に対していらだちを見せ、

中国企業から事業の遅れについて問い合わせを受けている、とプレッシャーをかけた。そ

の一方で土地の所有者らから無理矢理土地を接収することもないし、ナーナヤッカラ国会

議員の基本権訴訟が終わるまで待つなどスリランカの法律に従う意向も示した。 続いて 2 月 20 日には外務次官補の孔鉉佑率いる代表団が来訪し、スリランカ政府と協議

を行った 37。 中国に急かされる中で、スリランカ政府は 2017 年 2-3 月にかけて合意文書を起草した

とみられる。これによって最終合意に至るかと期待されたが、またしても実現には至らな

った。今回反対に回ったのは、野党勢力だけでなく大統領を中心とする与党議員(SLFPおよび UPFA)らであった。さらにはもう一つの与党である統一国民党(UNP)内部から

も強硬な反対が表明され、ハンバントタ港および工業地区にかんする最終合意達成の困難

さが一層明らかになった。 たとえば 2017 年 3 月 6 日に UPFA の幹事長であるマヒンダ・アマラウィーラが、港湾・

船舶大臣のラナトゥンガがすでに指摘しているように、スリランカの利益にならない条項

38を削除する必要がある、SLFP も大統領も 80%の株式売却を容認できないと述べた。

SLPA の持ち分は 35%まで引き上げられるべきで、99 年の貸与期間は短縮されるべき、

港の治安維持に関しての条項が含まれるべき、また、ハンバントタ港の価値が 14 億ドル

と見積もられているが、もっと高いと指摘した。 一方、反対派グループの一角をなす PHU の幹事長であるウダヤ・ガマンピラは、最終

合意草案は法務長官がすでに承認しており、閣議承認を待っている段階だと明らかにした

36 http://www.dailymirror.lk/123228/Govt-expects-to-finish-off-H-tota-Port-sale-deal-this-week 37 http://www.dailymirror.lk/article/High-level-Chinese-delegation-in-marathon-talks-with-SL-124233.html 38具体的には、合弁会社にハンバントタ港を運営する権限を与え、使用料の決定や 50 キロ

圏内での開発を実行する唯一の主体とする。

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39ものの中国に有利な内容となっており、この背後で何者かが手数料を得ているという疑

念があるとして、大統領任命の委員会を立ち上げるべきだと主張した。2013 年に国内ガス

会社のラーフスガスに 12 ヘクタールすることになったが、一ヘクタール当たりの賃料は

年間 750 万ルピーである。一方、中国への貸与料は 98 万 8000 ルピーに過ぎない。港は無

償で中国に与えられるが、取り戻すためには市場価格を支払わなければならない点もスリ

ランカにとって不利である。 これらの反対意見を汲んで、2017 年 3 月 17 日に閣議に勧告案が提出された 40。 2017 年 3 月 19 日には中国国防大臣の常万全が来訪した。この訪問にはハンバントタに

関する最終合意を迅速に行うようにプレッシャーをかける目的があったとされる。またア

メリカの太平洋艦隊フォールリバー(3 月 6 日にハンバントタ港に入港)や日本・オースト

ラリアが参加したパシフィック・パートナーシップ(~18 日)がスリランカで初開催される

など、スリランカが欧米諸国と接近していることを牽制する目的があったとされる 41。 その後、17 日に提案された内容について 3 月 21 日、大統領と首相が同席する場で協議が

行われ 42、閣議において提案された内容でハンバントタ港プロジェクトについて進めるこ

とで決定した。3 月末に、契約について精査し、迅速化するための政府内部で契約に関し

て協議するトップレベルの委員会 43を立ち上げた。ここですでに指摘のあった SLPA 法改

正について認識 44され、評価がなされていなかった港施設の土地 700 エーカーの存在が明

らかになるなど、最終合意に向けて手続きが進むかに見えた。4 月に予定されていた中国

要人が来訪する機会に最終合意にこぎつけるとみられた。 2017 年 3 月 22 日の国会で首相は、2015 年末の段階でスリランカの負債総額は 720 億

ドル、対外債務は 328 億ドルあるとしてスリランカの直面している状況の深刻さを明らか

にし、理解を求めた。首相は、別の機会でこの合意に達成することができなければ、

VAT(Value Added Tax:付加価値税)をあげる必要があると繰り返しており、スリランカに

とってハンバントタの港と土地の引き渡しのほうがスリランカの経済にとって VAT 引き

39 http://www.dailymirror.lk/124969/Appoint-SPC-to-probe-H-tota-Port-deal-Gammanpila 40 http://www.dailymirror.lk/article/Govt-amends-H-tota-Port-Project-Agreement-125713.html 41 http://www.newindianexpress.com/world/2017/mar/19/colombos-pro-west-tilt-brings-chinese-defence-minister-post-haste-to-sri-lanka-1582987.html 42 http://www.dailymirror.lk/article/Hambantota-Port-Project-Govt-given-go-ahead-for-joint-venture-125913.html 43 サラット・アムヌガマ、マヒンダ・アマラウィーラ(Mahinda Amaraweera)、マリク・サ

マラヴィックラマ(Malik Samarawickrama)、ラヴィ・カルナナヤケ(Ravi Karunanayake)、サ

ガラ・ラトナヤケ(Sagala Ratnayake)、スシル・プレマジャヤンタ(Susil Premajayantha)、チ

ャンピカ・ラナヴァカ(Patali Champika Ranawaka)など 9 人。 44 認識されたものの、その後法律的な助言を得た結果、改正は必要なく、閣議で決定が可

能であり、国会での承認も必要ないとの判断がなされた。

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上げよりも有効であると判断したようだ。 しかし、今度は法務大臣のウジェダーサ・ラージャパクサ 45がハンバントタの土地問題に

関して声を上げ始めた 46。すなわち、政府は経済的な問題を解決するために土地を与える

しかないと判断したが、現実的になるべきで、土地は将来的に希少になるだろうし、99 年

も貸与されるということは、3 世代後である、と警告を発した。合意に関する協議委員の

ラナヴァカ大臣も国有財産の売却による債務の返済に疑義を唱えて委員を辞任した 47。 兪 正声来訪の直前に国会で JO メンバーから、合意文書を国会に提出しないのかとの質

問に答えた首相が、ハンバントタ港に関するCMORTとの合意文書がまだなく、CMPORTと合意にも至っていないことを明らかにした。合意がなされると報道されながら直前に延

期になるパータンは 2017 年 1 月と同様であった。10 年後にスリランカ側が取得できる株

式を増やすことで交渉するつもりとした 48。JO メンバーは、港湾大臣が閣議でプロジェク

トを承認していないにも関わらず、内閣スポークスマンが閣議で了承したと語るなど国民

が混乱していることに苦言を呈した。 国内的な調整がつかなかったことが明らかになり、4 月中国要人来訪時の署名の可能性も

消えた。中国側としては、スリランカ側が所有割合を 20%からいくらか引き上げようとも

中国側の持ち分が 51%を超えていれば、問題なかったとみられた。したがって、この時点

で署名することも可能だったのだろうが、中国はスリランカの国内世論がおさまるまで待

つことを選択したようだ。 最終合意の署名までに時間を与えられた形となったスリランカでは、貸与期間の 50 年

までの短縮、海軍が港の治安維持を行う、スリランカ側の持ち分を 40%まで増やすことな

どが俎上に上がり始めた 49。 スリランカで議論が行われるさなか、首相の訪日(2017年4月10~16日)、訪印(4月末)、モディ首相の来訪(5 月 11 日)などがあり、スリランカが、インド洋開発における日本やイ

ンドの役割に期待を表明する機会が多くあった。中国はモディ来訪にタイミングを合わせ

るように潜水艦の寄港を要求した。中国は、かつて 2014 年 9 月の安倍首相のスリランカ

訪問時にコロンボ港に潜水艦を寄港させたが、これがインドの逆鱗に触れたとされている。

その後潜水艦の寄港に関しては、スリランカ政府に事前に許可を得れば可能としていたが、

インド首相来訪時の寄港は、スリランカにプレッシャーを与えるものとなった。またこの

直後に首相は一帯一路サミット出席を控えており、遅れているハンバントタ交渉にたいす

る中国の無言のプレッシャーとなったに違いない。

45 マヒンダ・ラージャパクサ前大統領の一族ではない。 46 http://www.dailymirror.lk/126120/Wijeyadasa-blasts-int-l-community 47 https://newsin.asia/signing-sino-lankan-agreement-hambantota-port-put-off-indefinitely/ 48 http://www.dailymirror.lk/article/MR-will-have-to-weep-by-Vesak-next-year-PM-126737.html 49 http://www.dailymirror.lk/article/H-tota-Port-deal-amended-again-127081.html

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第3節 首相訪中以降

1.人事異動や法的障害をクリアし一気に加速 首相の一帯一路サミット出席のための訪中とほぼ同時期にようやく、閣議覚書が提出さ

れた 50。港とその周辺の工業地区用の土地について、治安・南部開発省と SLPA が共同で

精査し、土地の妥当な評価額を割り出すこと。14 億ドルという評価額について、現状のハ

ンバントタの経済活動レベルやスリランカの経済活動からして、投資を呼び込むためには

妥当な額との判断がなされた。人工島およびフェーズ 3 のプロジェクトについては、SLPAの資産として新たに評価すること。Magampura Harbour Management Company(人材派遣

会社)の被雇用者に関しては、合弁会社が判断するよう勧告した。 2017 年 5 月下旬には内閣改造が行われ、港湾・船舶大臣には反対の立場をとっていたラ

ナトゥンガ大臣に代わり 51マヒンダ・サマラシンハが就任した。ラナトゥンガは UNP 所

属 52、サマラシンハは SLFP 所属であり、改造によって閣内に UNP 議員が減ることにな

るが首相としては自身の所属する UNP の大臣を解任してもこの取引を前進させたかった。

サマラシンハは、ハンバントタ港に関して中国企業と株式交換をすることは、スリランカ

の債務負担を軽減するために必須であると、首相と同様の認識を示しつつも、双方両得(ウィンウィン)な取引を行うと SLFP の会見で明らかにした。そのうえで株式比率について改

めて見直すと語った 53。また、1 万 5000 エーカーの土地に関しては、売却も貸与も行わな

いと述べた。 サマラシンハは、この後も主に経済面の利益について強調している。すなわち、この取

引が最大の FDI になり、外貨準備も増えて、ルピーも安定し、生活費も安定するとした 54。

スリランカと中国が開設する工業地区にはすべての国々の投資家を歓迎する。手続きにつ

いては透明性を確保するために、国会に合意文書を提出する予定であることを明らかにし

た。これまで繰り返されてきた手続きの不備や行き違いによるトラブルは減った。 手続きを促進する人事異動としては、スリランカ側の合意の主体である SLPA チェアマ

ンは 2017 年 6 月 1 日にダンミカ・ラナトゥンガ 55に代わりパラクラマ・ディサナヤケが

50 http://www.dailymirror.lk/article/SLPA-Industrial-Zones-Survey-to-demarcate-properties-and-premises-128850.html 51 http://www.island.lk/index.php?page_cat=article-details&page=article-details&code_title=165540 52 アルジュナは、SLFP メンバーであったが、2015 年 8 月の国会議員選挙時にガンパハ県

で UNP から立候補した。 53 http://www.dailymirror.lk/129898/H-tota-Port-Project-to-be-re-negotiated-Minister 54 http://usa.chinadaily.com.cn/business/2017-07/04/content_29987095.htm 55 前港湾大臣のアルジュナ・ラナトゥンガの弟で元クリケット選手。SLPA 退任後はセイ

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就任した 56。ラナトゥンガは前港湾大臣のアルジュナと兄弟であり、アルジュナと同様に

ハンバントタ合意に反対していた。一方でディサナヤケは港湾運営のプロであり、2001-4年に SLPA チェアマンを務めただけでなく、民間企業の役員も務めるなど、経験が豊富で

ある。 2017 年 6 月末には、最高裁がナーナヤッカラ議員の基本権訴訟を、「取り決めがなされ

た 2012-13 年に原告は閣僚ポストにあり、知らされており、反対することもできた」と訴

え棄却した 57ことで、法律的な関門を一つ通過することになった。 その後、2017 年 7 月末にも最終合意に至るとの報道がなされた 58。7 月 24 日より、セ

イロン石油公社(CPC)がトリンコマリーの石油タンクのインドへの引き渡しとハンバン

トタ港の中国への引き渡しの取り消しを求めて大規模なストライキを決行したものの、25日に閣議はハンバントタ港の CMPORT への貸与を承認した。その後 26 日に国会に上程

され、28 日に議論される予定だが、投票は行わないと港湾・船舶大臣が発表した。しかし、

28 日の国会は開催されなかった 59。国会での議論がないまま 29 日に港湾・船舶省で首相

立会いの下 SLPA と CMPORTが調印した。 2.調印内容 (1)2 つの合弁会社を設立―株式比率と役割 港の貸与期間は 99 年。CMPORT と SLPA が合弁会社を 2 社設立する。一つはハンバン

トタ国際港サービス(Hambantota International Port Services Co. Ltd. ;HIPS)で業務内容

は、保安、ナビゲーション・サービス、水先案内、錨地、ナビゲーション補助、浚渫、拡張、

緊急対応、環境対策その他。この会社の持ち株比率はSLPAが50.7%、CMPORTが49.3%、

資本金は 6 億 600 万ドル。 もう一つは、ハンバントタ国際港グループ(Hambantota International Port Group

Ltd.,;HIPG)で、資本額は 7 億 9400 万ドル。業務内容は港湾資産の管理、ハンバントタ

港およびインフラのさらなる発展、貨物取扱の商業化および関連する業務。持ち株比率は

SLPA が 15%で CMPORT が 85%である。ハンバントタ港のすべての資産は、HIPS と

HIPG によって所有される。 以上を整理すると、港全体の株式の持ち分の比率は CMPORT が 69.55%、SLPA が

ロン石油公社(CPC)のチェアマンに就任。 56 http://www.sundaytimes.lk/170611/business-times/ports-veteran-parakrama-dissanayake-takes-over-as-slpa-chairman-244461.html 57 http://www.dailymirror.lk/131960/SC-dismisses-Vasu-s-FR-petition 58 http://www.dailymirror.lk/article/Hambantota-Port-deal-signing-next-month-132901.html 59 燃料供給を必須サービスに関する官報に関するセッションで議員らが口論になり、議長

が閉会を命じたため。http://www.dailymirror.lk/133712/Parliament-adjourned-due-to-tense-situ

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30.45%であり、80:20 ではない。11 億 2000 万ドルが枠組み合意で示された額であるが、

スリランカ側が受け取るのは 9億 7300万ドルで残りの 1億 4600万ドルはハンバントタ港

に投資される。9 億 7300 万ドルのうち 10%は合意後ただちに支払われ、30%は 3 か月以

内に、残りの 60%はさらにその 6 か月以内に支払われる。 サマラシンハ港湾・船舶大臣就任後の交渉によって、SLPA は使用料支払いと合弁会社の

配当を得る。指摘されていた SLPA 法は改正しないことで合意 60した。 (2)労働者の雇用その他 488 人の労働者はそのまま新会社に引き継がれるが、6 か月後に雇用を継続するかどう

かについて新会社から評価を受ける 61。 スリランカの港湾・船舶大臣は港湾監督者を任命する権利を保持し続ける。したがって

港湾の保安、関税業務、出入国管理は、スリランカ側によってなされてスリランカ人職員

を配置する等の首相発言 62においても、土地管理や保安にかんする業務はスリランカ側が

行うと明言している。 合意より 15 年間はスリランカ政府や SLPA は、ハンバントタ港から 100 キロ以内にお

いて第三者を港経営(港やターミナルの開発)に参入させない。 10 年したら、SLPA は株式を 20%買い増すことができる。70 年たったら、すべての株

式を買い戻すことができる。

第4節 調印後の動向 1.続く国内論議とインドの参入 調印後すぐに大統領が閣議にハンバントタ港開発プロジェクトに関して再提案を提出

した 63。同意の破棄や条項の追加に関して修正が可能であることが明記された。調印後で

はあったが最終的に承認される前だったので修正は追加された 64。大統領らは手続きの透

明性の重要性を主張してきた。いくら手続き的に問題ないとはいえ、このようなタイミン

グでの修正の要求は内容を精査していないのではないかと懸念され、再びこのような要求

60 ハードルが高すぎるとの説明 61 もし契約が更新できないとなれば、「自発的早期退職スキーム」が適用される。このよ

うな条項が合意に含まれるのは、スリランカでは初めてのケースである。 62 http://www.dailymirror.lk/article/H-tota-Port-agreement-to-be-signed-tomorrow-PM-133715.html 63 http://www.dailymirror.lk/article/General-elections-only-in-President-133921.html 64 http://www.dailymirror.lk/article/H-tota-Port-Project-Cabinet-approves-agreement-again-133963.html

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が政府要人から提出される可能性は捨てきれず、投資家らにとって警戒すべき点として認

識されかねない。 最終的な合意の後、法務大臣のウジェダーサがハンバントタ港の売却は間違っていた、

国民のために取り返すと断言した。積み替えのためにコロンボに寄港している船はわざわ

ざコロンボに来なくなる、ハンバントタ港が栄えるとコロンボ港はスイミングプールにな

ると警告した 65。 すでに述べたようにウジェダーサは 2017 年 3 月にもハンバントタ合意に反対意見を表

明しているが、今回は最終的な合意の後ということで、重要視され党の作業部会で協議さ

れ、ウジェダーサが UNP の作業部会の決定に従わなかったこと、閣僚としての共同責任

を果たすことなく政府批判をしていることから、UNP 執行部は大統領に対してウジェダ

ーサを閣僚ポストから解任するよう要請することを決定した 66。大統領は UNP からの要

請を受け 8 月 23 日に法務大臣を解任した。 国有資産の売却については、SLFP の大臣からも批判がだされた。しかし、UNP が解任

を求めたのは UNP の法務大臣であった。UNP としては、なんとしてもハンバントタ総合

事業を進捗させたく、そのためにはこの政策に対する党内からの批判は厳しく対応する必

要があったとみられる。 閣僚らの批判のほかには、労働者のデモや JO 議員らの主導する最終合意に反対するデ

モが報告されている。例えば、2017 年 10 月 6 日には再びナーマル・ラージャパクサらが

港と空港の貸与に反対してハンバントタのインド領事館前でデモ 67を行った。前日に裁判

所が停止命令 68を発出していたにもかかわらず行われたデモであったこともあり、26 人が

逮捕された。 一方で関係を強化しようとする動きもみられる。2017 年 8 月にスリランカの国会議員

15 人が災害管理にかんするプログラムで訪中すると報じられた 69。国会議長によればこれ

までに 100 人以上の国会議員が中国を訪問しているという。中国側は、以前ラージャパク

サ一族との関係を強化したあまり、2015 年の政権交代後にスリランカの政治家とのコネク

65 http://www.dailymirror.lk/article/I-will-return-ownership-of-H-tota-Port-to-the-people-Wijeyadasa-134476.html 66 http://www.lankabusinessonline.com/unp-calls-president-to-remove-wijedasa-from-all-cabinet-posts/ 67 http://www.dailymirror.lk/article/JO-protest-tear-gassed-137950.html 68 http://www.dailymirror.lk/article/Hambantota-protest-Restraining-order-on-Namal-D-V-Upul-137866.html 69 http://www.catchnews.com/world-news/sri-lankan-parliamentarians-to-visit-china-next-week-76136.html

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ションを失った過去から学んだようだ。 港に関する調印から間もない 2017年 8月上旬にインドへのマッタラ空港 40年貸与が閣

議で承認された。空港も中国の融資を受けて中国企業が建設し、2013 年にオープンしてい

たものの、閑古鳥が鳴いていた。港に続いて中国が引き取るものとみられていたのが一転

してインドが引き取ることになった 70。中国への 99 年貸与が最終決定した翌週の決定であ

ることから、インドの動きはスリランカでのバランス保持や監視が目的であることは明ら

かである 71。 東南アジアでの一帯一路交通インフラプロジェクトの多くは、各地の接続性を高めると

期待されながら各国の連携がとれず、期待通りの成果を上げていない例も見受けられる。

そのような場合、インドの反対や消極的姿勢が障害となっていることが多い。 ところが、ハンバントタ空港の場合、スリランカにおける中国の活動に対する監視のた

めの行動とはいえ、インドは中国が中心的な役割を果たそうとする場にプロジェクトの運

営者として乗り込んできた 72。これまでにない事例といえる。港と空港までの直通道路の

建設も進んでおり 73、インドと中国の連携という珍しいケースになるかもしれない。 2.その後の具体的な動き

2017 年 9 月に入り、ハンバントタ港に石油精製所建設(年間 500 万トン生産)で中国企業

2 社が 30 億ドル投資する件で政府と話し合いしたと報じられた 74。だが、政府は精製した

石油を国内で販売することに許可を与えなかった 75。 CMPORT 幹部が 2017 年 9 月にセイロン商工会議所で語ったところによれば 76、同社

はハンバントタ港を主要なハブにすることを目的としており、それはスリランカの国のビ

ジョンでもあり、オペレーターとしてのミッションでもあると意気込みを語った。そして、

スリランカの船舶関連業者を前に、港にリンクしている投資地区に重大な投資を誘致する

と語った。現在のところ、セメント、LNG、LPG、石油精製などが検討されているという。

70 http://www.dailymirror.lk/134463/Mattala-Airport-to-be-leased-to-Indian-company 71 インドはマッタラ空港において自国の空港の混雑緩和や航空スクールを運営すること

などを考慮中という報道がある。 72 インドが参入すると表明するまで、スリランカのメディアはマッタラ空港に関しても当

然のように中国が運営権を得ると想定していた。 73 2017 年 12 月時点。 74 https://www.reuters.com/article/us-sri-lanka-china-refinery/sri-lanka-in-talks-with-two-chinese-firms-for-3-billion-refinery-idUSKCN1BX2C5 75 https://www.reuters.com/article/us-sri-lanka-china-refinery-exclusive/exclusive-sri-lanka-rejects-chinese-request-for-local-fuel-sales-idUSKCN1C9178 76 http://www.ft.lk/top-story/CM-Port-steams-ahead-with-Hambantota-opportunity/26-640300

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CMPORT が考えているのは、グローバル企業と提携して、ハンバントタのバンカリング

施設に供給し、現地の小売業者と協力することである。 11 月 4 日に「スリランカ・中国物流・工業ゾーン:SLCLIZ」のオフィスがオープンした

77。工業地区は 1 万 5000 エーカー。首相の演説では、このゾーンはスリランカを物流ハブ

に変えるテコとなる。スリランカには巨額の投資が集まってくるとし、石油精製、LNG 火

力発電所、鉄鋼・セメント工場、造船所、観光施設などをあげた 78。 ハンバントタの地域行政官は、ハンバントタは農業や水産業が盛んであった、しかし、

同時に気候に左右されることもあった、工業化することで安定的になることが期待され、

若年労働力も呼び寄せたいと表明した。 中国大使は、毎週少なくとも 2-3 社から問い合わせがある、5 年間の間に少なくとも 50

億ドルの投資を得る、中国の投資家たちはスリランカの法律、環境、文化を守ると明言し

た。 2017 年 12 月 8 日には国会で 2 つの合弁企業に税金のコンセッションが与えられること

になった 79。翌 12 月 9 日には、スリランカ国会で(HIPG と HIPS に港湾運営権が引き渡

された 80。12 月末には 2 億 9210 万ドルがスリランカ政府に支払われた。

おわりに

2016 年末に枠組み合意がなされたハンバントタ総合開発は、2017 年にスリランカ国内

でのめまぐるしい紆余曲折を経て最終合意に至り、港湾は 99 年間中国に貸与されること

になった。日本、インドおよび国際社会はハンバントタ港および隣接する工業地区の運営

が実質的に中国企業によってなされることから、スリランカにおける中国の影響力の定着

だけでなく、ハンバントタ港が中国によって軍事利用され、それが太平洋のパワーバラン

スを脅かすと危惧している。 一方、中国とスリランカは、折に触れて中国がハンバントタ港を軍事利用することはな

い、中国に軍事利用させないと繰り返し発信している 81。 彼らが主張するように中国がスリランカや国際社会の反対を押し切ってハンバントタを

77 https://newsin.asia/sri-lanka-opens-vital-sl-china-zone-office-begin-15000-acre-industrial-zone/ 78 http://www.colombopage.com/archive_17B/Nov05_1509863873CH.php 79 http://www.dailymirror.lk/141878/Hambantota-Port-Two-Gazettes-to-grant-tax-concessions-passed 80 http://www.dailymirror.lk/article/SL-formally-hands-over-H-tota-port-to-China-141897.html 81 2017 年 1 月 19 日、首相発言として、スリランカ国防省と海軍がハンバントタの保護に

責任を持つ。治安の問題に関しては、スリランカが担当するとして、全てに解放しており、

商業的な投資を歓迎すると述べた。同様の発言は 2 月 4 日・駐中国スリランカ大使、4 月

11 日・首相(安倍首相と会談時) 、8 月 5 日・中国大使、合意後 8 月 9 日・首相など。

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すぐに軍事利用することはないだろう。ならば経済利用ということになるがこちらも難か

しい。その理由としては、中国側もスリランカ側もいまだにハンバントタの利用にかんし

て明確なイメージがつかめていないからである。首相や地元政治家らは雇用の創出を開発

の利点として期待させるような発言をしている。しかし、その一方で具体的な産業として

政治家らや SLPA、中国大使があげるのは労働集約型の産業というよりもセメント、ガス

などの資本集約型の産業である。コロンボ・ポートシティと比べると具体的な将来像は描

けていない。現在のままでは中国が、経済的に利用が難かしいことを理由に、港の利活用

を理由にさまざまに活動を広げてゆく可能性が残されているといえ、今後とも注視してい

く必要がある。

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第8章

バングラデシュ・中国関係と「一帯一路」

村山 真弓

はじめに

バングラデシュにとって、中国はきわめて重要な外交相手の 1 つである。ただし対中関

係の特徴は、時代により程度の差はあれ、常にインドを意識して関係構築が進められてい

ることにある。その理由は、第 1 に、バンググラデシュにとって、4,156 kmの国境(国境

全体の 94%、残りはミャンマーとの国境)を接する隣国インドは、最も重要な外交相手で

ある。歴史、民族、文化を共有するインドとの間には、様々な懸案事項に裏打ちされた感

情的な対立も存在する。第 2 に、バングラデシュにとっては、中国もまた地理的に近い大

国である。バングラデシュの首都ダカ (Dhaka)から昆明までの距離は、ダカからインドの

首都ニューデリーまでよりも短い。第 3 に、インドと中国の関係は、「アンビバレントな関

係」とも評される協調と対立をはらんだ微妙なものである(堀本 2015)。これらが、イン

ド要因抜きには考えられないバングラデシュ・中国関係の構造を規定する要件となってい

る。本稿は、バングラデシュ側からみた二国間関係と「一帯一路」構想の位置づけを紹介

するものである。

第1節 バングラデシュと中国の歴史的関係

在バングラデシュ中国大使館が、外交関係樹立 35 周年を記念して書かれた「History and

Legend of Sino-Bangla Contacts(中国とベンガルの接触に関する歴史と伝説)」と題する論

考を、ウェブサイトに掲載している。中国が、両国の歴史的関係をどのような語りで主張

しようとしているかを示していると思われるので、やや長くなるが紹介したい(Zhang 2010)。

かつて、中国とインド亜大陸を結ぶ 3 つのシルクロードがあった。一つは、マルコ・ポ

ーロも通った、中国西北部とインド亜大陸を通ってヨーロッパを結ぶ北部シルクロードで

ある。二つ目は、海のシルクロードで、ベンガルにも立ち寄った 4 世紀の東晋時代の僧、

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法顕はこれら二つのシルクロードを利用した。中国明代の武将鄭和はインド洋の航海を 7

回行い、ベンガルを 2 回訪れている。

バングラデシュと密接に関係しているのが 3 番目の南部シルクロードである。南部シル

クロードは最も古く、2400 年以上前から存在していた。このルートについて最初に言及し

たのは司馬遷の『史記』で、現在のアフガニスタン北方にあったバクトリア国から戻った

前漢時代の外交官・政治家である張騫は、紀元前 122 年に皇帝にこう進言した。「バクトリ

アにいた時に邛崍山脈(現在の四川省)の名産である竹の杖と蜀(現在の四川省)製の布

を見ました。地元の人にどこでそれらを入手したのかを尋ねると、彼らの商人が身毒(イ

ンドのこと)の市場で買ってくると述べました。バクトリアから青海省・チベットを通っ

て中国に行くは高度が高く危険を伴うため、蜀―インド―バクトリアが最適なルートで

す。」張騫の進言に従って、皇帝は、久しく失われていたこの南部シルクロードの再建を決

めた。

歴史書によれば、秦と漢の時代の南部シルクロードは、今日の成都から始まり、雲南省

の昆明、大理、保山、瑞麗を通りミャンマーとインドに入る道だった。唐と宋の時代には、

このルートを通る貿易や人々の交流はより活発になり、さらにいくつかのルートが誕生し

た。一つはミャンマーでチンドウィン川、ナガ高原を超えてインド・アッサム州に入る。

もう一つは、ミャンマーのマンダレーからピイ、アラカン・ヨマを超えたのち、北上して

インドのマニプル州に通じる道である。すべての道は、インドの平地部に至る前に、ブラ

フマプトラ川岸にある Pundravardhana(ベンガル語でプンドロボルドン、サンスクリット

語でプンドラヴァルダナ)に到達する。この王国は現在のバングラデシュのロングプル

(Rangpur)かパブナ(Pabna)当たりに位置していたと考えられる 1。

養蚕や製紙の技術は四川省や雲南省で誕生し、シルクロードを通じてインド亜大陸に伝

播した。他方、瓜、ニガウリ、茄子、サトウキビ、インゲン豆はインド亜大陸から中国に

伝わった植物である。インド亜大陸で生まれた仏教は、中国の文化に最も大きく深い影響

を与えた。またこの南部シルクロードは民族移動の道でもあった。バングラデシュやイン

ドの北東地域に住む少数民族の先祖は、この道を通って四川、雲南、チベット、モンゴル

から移住してきた。

バングラデシュの友人たちは、しばしば著名な中国人・バングラデシュ人僧侶の名前を

口にする 2。法顕は、2 年間ベンガルに滞在した。また唐代の玄奘三蔵は、現インド・ビハ

1 バングラデシュ側の資料によれば、Pundravardhana の中心地は、現在のボグラ(Bogra)県のマハスタンゴル (Mahasthangarh)にあった(Ray 2006)。 2 現バングラデシュの国民の 99%近くは民族的にはベンガル人で、また宗教的には 9 割が

イスラーム教徒である。仏教徒の占める割合はキリスト教徒と合わせても1%に過ぎない。

しかしかつては中国の高僧らが仏教の学びのためにこの地域に来たように、ベンガル人の

中からも非常に有力な僧侶が現れた。

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ール州のナーランダ僧院で経典を学んだが、彼の著書『大唐西域記』に登場する国家のう

ち 3 つ、Pundravardhana 奔那伐弾那、Samatata 三摩呾吒国、Kajangala 羯朱嗢祇羅国は、現

在のバングラデシュ領土に存在していたと専門家はみている 3。

ベンガル出身の僧侶 Atish Dipankar(アティーシャ、燃灯吉祥智)は、チベット西部のグ

ゲ国王の要請に応じて 1038 年にチベットに赴いた。アティーシャはチベット仏教の中興の

祖と呼ばれ、同地で亡くなるまでの 17 年間に 200 以上の本を書き、医学を広め、貯水池を

作った。1963 年、バングラデシュが東パキスタンと呼ばれていた頃、中国を訪問した仏教

徒使節団は、アティーシャの遺灰の一部の祖国返還を求めた。周恩来は即座にそれを了承

し、1978 年 6 月にダカの僧院に返還された。

元の時代には、航海技術の飛躍的な向上がみられ、ベンガルでもショナルガオン

(Sonargaon)、バゲルハット(Bagerhat)、チッタゴン(Chittagong)が造船業の中心地であっ

た 4。海洋交通の発達によって、中国とバングラデシュ間の接触は増えた。元代の航海家、

汪大渊の著書の中には、その時代のベンガルで、既に貨幣の名称として「タカ」が使用さ

れていたことが紹介されている。

中国・ベンガルの接触は、明代にはさらに増加した。ベンガル地方を納めていたスルタ

ン、ギヤスッディン(Ghiyasuddin)は明との外交関係を樹立し、デリーのスルタンとの対

立解消に関して、明の仲裁を仰ぐこともあった。

明代の武将鄭和による 7 回のインド洋大航海は、航海史において前人未到の偉業である。

ベンガルには、少なくとも 2 回、1421 年と 1431 年に立ち寄り、随員らが著した書物のな

かに、ベンガルへの航海や、スルタンの宮殿、歓迎会の様子、ベンガルの慣習、人々の勤

勉さ、都市の商い、農産物の種類、法と処罰などが詳らかにされている。

中国とベンガルの接触は、17 世紀以後は減少し、英国による植民地化とともに停止した。

現代における二国間関係の始まりは、東パキスタン時代の 1950 年代から 1960 年代におい

て、周恩来による東パキスタン訪問(1956 年)と、のちにバングラデシュ初代首相となる

ムジブル・ラフマン(ムジブ)による訪中(1952 年と 1957 年)に遡る 5。両国指導者によ

る緊密な友好関係が、1975 年にバングラデシュと中国の外交関係が樹立した時の堅牢な土

台となった。

3 Kajangala については、現インドの西ベンガル州にあたる地域に存在したとの説もある。 4 すべて現バングラデシュの都市。特にチッタゴンはダカに次ぐ第 2 の都市であり、同国

最大の港を擁する。 5ムジブル・ラフマンの自伝ロホマン(2015)には、1952 年に中国が開催した「アジア太

平洋地域平和会議」にパキスタンの代表団の一人として訪中した際の所感がある。ムジブ

は、中国の政府も国民もインドが大好きで、中国と友好関係を結びたいとするパキスタン

の強い意向を伝える努力をしたと記している。もともとベンガル語で書かれた同書は、2015年に日本語訳、2016 年に中国語訳が出版されている。ムジブは、1957 年にも東パキスタン

州政府の閣僚として、議員団を率いて訪中した。

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中国とバングラデシュは隣国であり、ともに輝かしい長い歴史の文明をもつ。2500 年前

に両国がコミュニケーションを持つようになったのは自然な成り行きであった。二国間関

係の歴史を振り返ることは、その将来への自信と新な期待をもたらしてくれる。中国とバ

ングラデシュが手を取り合い、新たなシルクロードの建設に向けて前進することを願おう。

第2節 「シルクロード」から「国交正常化」へ

第 1 節で紹介した中国の元バングラデシュ大使が強調した二国間関係の中心的モチーフ

は、シルクロードによる結びつきである。2010 年時点で書かれた論考が、当時「真珠の首

飾り」構想と、国際社会で評されていた中国の動きと無関係であったとは思われない。た

だし、「シルクロード」から「真珠の首飾り」を経て「一帯一路」に至る中国の対バングラ

デシュ外交が、一直線に進展したわけではない。

1971 年 3 月末から 12 月まで続いたバングラデシュの独立戦争の際には、中国はパキス

タンの統一を支持する立場を取った。過去に遡ると、パキスタンは、1950 年 1 月にイスラ

ーム諸国のなかでは最初に中華人民共和国を承認した国であった。1947 年のインド・パキ

スタン分離独立以後、パキスタンは経済的、軍事的に米国への傾斜を強めていたものの、

中国との関係を阻害しないよう配慮を払い、また中国側もパキスタンを公然と非難するこ

とは避けるなど、両国は慎重に関係改善を進めていた。それは 1956 年 10 月、当時のパキ

スタン首相であったアワミ連盟(同党は、のちにバングラデシュ独立闘争を主導。2009 年

から現在まで与党の座にある)総裁の H. S. スフラワルディの訪中によって、二国間の友

好条約締結として結実した。同年 12 月には周恩来がパキスタンを訪問した。1962 年の中

印国境紛争の際には、パキスタンは中国の立場を支持し、また翌年の 1963 年には、パキス

タンはシャクスガム丘陵(Shaksgam Tract)を中国に割譲して、二国間の国境問題を解決し

た。一方、ソ連とのイデオロギー対立が激しくなっていた中国にとって、インドとソ連の

協力関係も、パキスタンの重要性を増す要因となっていた。国境問題解決の後、貿易協定

や中国による対パキスタン経済援助が続いた。

Ghosh (1994)によれば、東パキスタンにおいては、プロジェクト関係で多数の中国人が

駐在し、軍に対しては対ゲリラ作戦の訓練を実施し、県レベルまでパキスタン・中国友好

協会が設立されるなど、中国は、パキスタンの東翼に特別な関心を持っていた 6。1965 年

の第 2 次印パ戦争時には、パキスタン当局は「もしインドが東パキスタンを攻撃したら、

中国が報復していただろう」と主張している。ただし、これはインドに圧力をかける目的

6 Raghavan (2013:186)によれば、ベンガル人の知識人や政治家は、中国・パキスタンの協力

関係の最も積極的な支持者だった。

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でなされた、パキスタンの戦術の一環であり、実際中国にそうした意図があったかどうか

は疑わしい。そのことは、1971 年のバングラデシュ独立戦争時の中国の姿勢からもうかが

われる。

言語も民族も異なる東西のパキスタンの亀裂は、1947 年にパキスタンが誕生した時から

始まっていたともいわれる。しかし亀裂が分裂に変わる分岐点は、1970 年末の国会選挙で

ムジブを代表に掲げるアワミ連盟が過半数を獲得し第 1 党となったにもかかわらず、当時

の最高権力者ヤヒヤ・カーン大統領・陸軍総参謀長が、1971 年 3 月 1 日、国会召集の無期

限延期を発表したことにある。3 月 25 日深夜、軍による独立支持勢力の弾圧「オペレーシ

ョン・サーチライト」作戦が決行され、ムジブは同日夜逮捕された。学生や市民らの多く

が、正規軍からの脱走兵とともに解放軍を結成し、インドの支援を受けて、全国で西パキ

スタン軍に抵抗を続けた。隣国インドには 1000 万人ともいわれる難民が押し寄せていたが、

12 月 3 日、インドは正式に参戦し、1947 年、1965 年に次ぐ第 3 次印パ戦争に発展した。

12 月 16 日、パキスタン軍は全面降伏した。

1971 年 3 月 26 日にバングラデシュが独立を宣言し全面的な戦闘状態が始まったあと、

中国は 4 月 6 日に初めて声明を出し、パキスタンの国内事情に対するインドの介入を批判

した。その後も、バングラデシュを支援するインドとソ連への批判は続いた。パキスタン

を支持したのは中国だけではなく米国も同様である。とりわけ、当時のニクソン政権は、

パキスタンを介して中国との国交正常化を図っていた。このように、バングラデシュの独

立闘争は、国際的な冷戦構造と南アジアの印パ対立の構造を重ね合わせた展開となった。

ただし、中国のパキスタン支持のスタンスはあくまで声明発出にとどまり、パキスタンが

求めた中国の参戦はおろか、戦争勃発以後、中国はパキスタンへの武器輸出すら行ってい

ない。その背景には、1962 年の国境紛争で冷却化した中印関係を改善する動きが、1968

年頃から両国間で徐々に進んでいたためである。中国としては、その動きに逆行し、イン

ドをさらにソ連寄りにさせることは望んでいなかった。一方、インドのインディラ・ガン

ディー首相も、印ソの関係強化によって中国を孤立化させることは避けたいと思っていた

(Raghavan 2013)。また中国は、抑圧されてきた東パキスタン人民の権利や要求を全面的

に否定していたわけではない(Chowdhury 1974)。

バングラデシュ独立後 1972 年には、中国は、パキスタンの戦争捕虜の帰国問題が解決し

ていないとの理由で、バングラデシュの国連加盟に対して拒否権を発動した。中国がバン

グラデシュを正式に承認したのは、1974 年 2 月にバングラデシュとパキスタンの相互承認

が実現した後の 1975 年 8 月 31 日のことである。その直前の 8 月 15 日にはムジブが軍のク

ーデターで暗殺され、反インド的姿勢を強めた政権が誕生している。ただし、中国はバン

グラデシュの政権が変わる以前から、バングラデシュを承認する準備を進めていたといわ

れる(Ghosh 1994, Rashid 2004)。

1976 年 1 月には在外公館が開設された。1975 年以後 1990 年まで、ジアウル・ラフマン

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(ジア)そして H.M.エルシャドと続いた軍事政権にとって、中国との関係強化は、前政権

の政策の否定および経済的、軍事的支援要請という両面から最適の政治的選択肢となった。

ジアは、1977 年と 1980 年に中国を訪問、エルシャドは 1982 年から 1990 年までの任期中

に5回も訪中している(表 8-1)。中国からの国家首脳の訪問は、相対的に少ないものの、

様々なレベルの往来が今日に至るまで密に行われている。

その後の中国とバングラデシュの「急速な関係正常化」に理由について、インド人研究

者は、インドに対する小さな隣国という心理があり、インドに対抗するため、および依存

相手の多様化をはかるという動機が、バングラデシュを中国との親密な関係構築に駆り立

てたという点を第一に掲げている(Ghosh 1994: 298)。この理由にはうなずける点があるも

のの、対中国関係には、対印関係を切り離した、より自律的な利点もある。バングラデシ

ュ側の先行研究では、中国について、約束を守る国であることを高く評価(Harun 2004:275)、

バングラデシュの政権が変わっても中国は政策を変えないことが特徴(Uddin and Bhuiyan

2011)といった点が指摘されている。また、2013 年の論考であるが、中印関係の深化によ

り、バングラデシュも中国およびインドに対して、よりバランスの取れた、独自の外交政

策を追求するようになったという見方もある(Ahmed 2013)。

表 8-1 中国およびインド間における国家首脳訪問

中国からの 訪問

バングラデシュからの訪問

年 政権 バングラデシュからの訪問

インドからの訪問

1971 ムジブ AL

1972 2月 ムジブ首相

3月 インディラ・ガンデ

ィー首相

11月 A..S.チョードリ大統領

1973

1974 5月 ムジブ

首相

6月 V.V.ギ

リ大統領

国交樹立 1975 ジア BNP

1976

1月 ジア戒厳令総司令官

1977 12月 ジア大統領

3月 李先念 1978

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副総理 1979 4月 デサイ

首相

7月 ジア大統領

1980 1月 ジア大統領

6月 趙紫陽総理

1981

11月 エルシャド大統領

1982 エルシャド JP

10月 エルシャド大統領

1983

1984 11月 エル

シャド大統領

7月 エルシャド大統領

1985 12月 ラジブ・ガンディー首相

3月 李先念国家主席

1986 7月 エルシャド大統領

7月 エルシャド大統領

1987

11月 エルシャド大統領

1988

11月 李鵬総理

1989

6月 エルシャド大統領

1990

6月 カレダ・ジア首相

1991 カレダ・ジアBNP

5月 チャンドラ シェカル首相

1992 5月 カレダ・ジア首相

1993 4月 ラオ首相

2月 钱其琛副総理・外相

1994

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1995 5月 カレダ・ジア首相

9月 ハシナ首相

1996 ハシナ AL 12月 ハシナ首相

1997 1月 ゴウダ首相

1998 6月 ハシナ首相

1月 グジュラール首相

1999 1月 ハシナ首相(コルカタ)

6月 ヴァジュペイー首相

2000

2001 カレダ・ジアBNP

1月 朱镕基総理

12月 カレダ・ジア首相

2002

2003

2004

4月 温家宝総理

8月 カレダ・ジア首相

2005 11月 マンモハン・シン首相

2006 3月 カレダ・ジア首相

2007 非政党選管内閣

2008

2009 ハシナ AL

3月 ハシナ首相

2010 1月 ハシナ首相

1月 ハシナ首相(コルカタ 葬儀)

2011 10月 ハシナ首相(飛び

9月 マンモハン・シン首

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地訪問) 相

2012 1月 ハシナ首相(トリプラ)

2013 3月 ムカルジー大統領

6月 ハシナ首相

2014 ハシナ AL 12月 ハミド大統領

2015 8月 ハシナ首相(葬儀)

6月 モディ首相

10月習近平国家主席

2016 10月 ハシナ首相(ゴア

BIMSTEC)

2017 4月 ハシナ首相

(注)AL(Awam Leagueアワミ連盟)、BNP(Bangladesh Nationalist Party バングラデシュ民

族主義党)、JP(Jatiya Party 国民党)

出所:筆者作成

第3節 「トランジット問題」から「コネクティビティ問題」へ

バングラデシュにとって、中国は最大の輸入相手国であり、中国にとってバングラデシ

ュは、南アジアにおける 3 番目の貿易相手国ならびに投資先である。また、軍事・防衛協

力でも、中国はバングラデシュにとって最も強力なパートナーである。バングラデシュが

持つ軍備の 8 割は中国から調達されたといわれる。毎年ハイレベルな軍関係者の相互訪問

があり、過去 40 年、中国はバングラデシュ軍に対する訓練を行っている。2016 年 11 月に

は、中国から潜水艦 2 機を購入した。

他方、対中関係においてコネクティビティ(接続性)の側面が大きく取り上げるように

なったのは、2010 年からである。その年、アワミ連盟政権のシェイク・ハシナ首相は、1

月にインドを、その 2 か月後の 3 月には中国を公式訪問している。

バングラデシュにとって、インドは、歴史と文化を共有し、かつ独立を支援してくれた、

国境を接する大国であることから、最も重要な国と認識されている。他方で、隣国の大国

であるがゆえに、国民の間には反印感情も小さくなくない(村山 2012)。

今日のインドにおいて、バングラデシュと言えば、インドへの大量な違法移民の源泉、

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イスラーム原理主義者、テロリストの発信地の一つ、そしてそれらの背後に広がる深刻な

貧困というイメージがある。また、かつてはインドの一部だったという、インドの人々が

しばしば口にする一言は、共有する歴史、文化、民族等を尊重したものというよりは、バ

ングラデシュ独自のアイデンティティや歴史的軌跡、経験を軽視する尊大な態度として、

バングラデシュ側には響く。インドの場合、反バ感情というよりは、バングラデシュへの

無関心や無理解が、対バ感情の中心であると思われる。それに対して、バングラデシュの

対印感情には、政治的立場と結びついた反印感情が明らかに存在する。 印バ関係の問題の根に深い相互不信があるとはよく言われるが、それは互いへの期待が

すれ違っていることに起因している。インド中央政府にとって、バングラデシュへの関心

は第一義的に安全保障にある。中国によるバングラデシュへの関与も、インドにとっては

この観点からの懸念が大きい。具体的な懸念の対象は、バングラデシュ領内に基地を置い

ているとインド政府が見ている反インド組織(インド北東地域 7の独立、自治権拡大等を

掲げる武装組織、パキスタン情報部、イスラーム過激派)とインドへの不法移民である。

それに対して、バングラデシュによる対インド観は、域内の大国である以上、小さな隣国

へは、それを配慮して開発、発展を支援すべきであるにもかかわらず、河川、領土等、バ

ングラデシュに所有権があるべき資源、資産をインドが奪っているというものである。従

って、インドから受け取る、取り戻すという意識が全面に立つ。少なくともインドは、も

っと譲許的な対応をすべきであるという意識は根強い。こうした相互認識は、ジア政権以

後、政治問題化され強化されてきた。

このような二国間関係に大きな変化が生じたのは、2009 年にハシナ政権(アワミ連盟)

が 1990 年代後半の 5 年間に次いで 2 度目の政権の座についてからである。アワミ連盟は独

立時の関係およびムジブの暗殺の時の経緯(一族が虐殺された際、外国にいた娘ハシナと

その妹のみが難を逃れ、その後インドがハシナ一家を庇護していた)から、親インド的と

みられていたが、それは国内にある強い反印感情の前に諸刃の剣として作用していた。と

ころが、2009 年以後のハシナ政権は、これまで以上にインドとの関係改善を積極的に進め

た。背景としては、第 1 に、国会で 3 分の 2 以上の過半数議席を獲得して安定した国会運

営が可能であったこと、第 2 にインド側も独立戦争を支援したインド国民会議派がマンモ

ハン・シン首相を掲げて政権についており、意思疎通が容易であったこと、また第 3 に、

ハシナ政権が認識する喫緊の課題とその対策と、インドのそれとの間に親和性が高まった

ことである。とりわけテロ問題についてインドとの協力を全面的に打ち出したことは、こ

7 インドの北東地域とは、アルナーチャル・プラデーシュ州、アッサム州、マニプル州、

メガラヤ州、ミゾラム州、ナガランド州、シッキム州、トリプラ州の 8 州を指すが、その

うち、トランジット問題に関連するのは、1975 年にインドに併合されたシッキム(シッキ

ム王国は、併合以前は、英国その後はインドの被保護国であった)を除く 7 州、通称「セ

ブン・シスターズ」である。

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れまでのバングラデシュによる対印姿勢には見られなかった点である。ハシナ政権は、バ

ングラデシュ国内にあった反インド組織の基地を徹底的に摘発した。

こうした環境改善を踏まえて行われた 2010 年 1 月のハシナ首相のインド公式訪問は、バ

ングラデシュ・インド関係史上において画期的な意味をもった。具体的には、1990 年代半

ば以来二国間交渉における焦点となっていたトランジット(互いの領土を通過して物資輸

送を行うこと)問題が解決の方向へ転じたことが重要である。

1947 年まで一つの経済圏であった英領インドは、インド・パキスタンの分離独立によっ

て姿を変えた。最も大きな影響を被ったのがインド北東地域である。インドの北東地域は、

わずか幅 20 数キロメートルの細い領土(西ベンガル州のシリグリ回廊、別名チキン・ネッ

ク)によってインド本土と結ばれる地域となった。分離独立後しばらくは、外国となった

東パキスタンを通過して、西ベンガル州の州都カルカッタ(現在のコルカタ)と北東地域

間での物資が輸送されていた。しかし 1965 年の第 2 次印パ戦争によって、東パキスタンを

通る交易は全面的に停止した。バングラデシュ側は、特にアワミ連盟に対抗するジア大統

領が創設したバングラデシュ民族主義党(Bangladesh Nationalist Party: BNP)は、安全保障

上の脅威や国家主権の侵害などさまざまな理由をあげ、このトランジット再開に強く反対

していた 8。ところがハシナ首相のインド訪問で、バングラデシュ側はインド、とくにイ

ンド北東地域諸州の要求であったチッタゴン港とモングラ港の使用を認め、他方インドも

バングラデシュに対し、ブータン、ネパールとの通商におけるトランジットを認めること

に原則合意した。

BNP は、インド製品がバングラデシュ市場を席巻するとの懸念を挙げ、ハシナ政権を批

判した。これに対しハシナ首相は、今日の世界では、戸口を閉ざして生きることはできな

い、トランジットの問題は、コネクティビティにおける地域協力の文脈(すなわちインド

だけでなく、ネパールやブータンへも港の利用を許す)でみるべきだと説明した。バング

ラデシュにおいて、「トランジット問題」として印バの二国間の物資通行の問題に限定され

てきた問題が、「コネクティビティ」という、より広域で多様な接続性の問題と可能性に置

き換えられるようになったのは、この訪問からであると言ってよい。

インド訪問から 2 カ月後のハシナ首相訪中の意義もこの延長線上にある。2010 年 3 月

17 日から 21 日まで、ハシナ首相は中国(北京と昆明)を公式訪問した。この訪問につい

てバングラデシュの有力英字紙の社説は、「首相は既にインドに対して大胆なイニシアティ

ブを取った。他の近隣大国と素早く良好な関係を固めることはまさに正しいことである。

域内の両大国と友好的で相互を利する関係を持つことのみが、我々に大きな配当をもたら

し、両国の間に位置するという我々の戦略的位置から恩恵を受けることができる」と述べ

8 インド北東地域とのトランジット問題の詳細については村山(2017)を参照。

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『「一帯一路」構想とその中国経済への影響評価』研究会報告書 アジア経済研究所 2018 年

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た 9。 訪問のタイミングからして、バングラデシュ政府がインドと中国のバランスを意識

していたことは間違いないだろう。この訪問により、中バ両国は、「より緊密な包括的協力

パートナーシップ」樹立を決定した。ハシナ政権にとって、この訪中の最重要アジェンダ

の一つは、やはりコネクティビティであった。 ハシナ首相は、中国首脳および経済界に対

して、チッタゴンと昆明を結ぶ道路、鉄道、チッタゴン(ソナディア島)の深水港建設へ

の支援と、これらのファシリティを中国が利用するよう求めた。共同声明の中では、道路、

鉄道のリンクについては継続討議が決定されたと言及されたにすぎないが、帰国後の記者

会見で当時のモニ外相は、中国は鉄道と港の建設および利用に乗り気だったと報告した。

なお、ハシナ首相の招きに応じて、中国からは同年 6 月に習近平国家副主席(当時)が、8

月には雲南省の秦光荣知事がバングラデシュを訪問している。中国の素早い互恵的姿勢は

バングラデシュで高く評価された。チッタゴンの深水港およびチッタゴン=昆明間の道

路・鉄道建設については、中国側が既に約束したとバングラデシュのメディアでは報道さ

れた。

第4節 「一帯一路」構想への対応

2005 年の温家宝首相によるバングラデシュ訪問では、昆明からミャンマーを通りチッタ

ゴンに至る「南部シルクロード」の復活が、新たな二国間協力のアジェンダとして象徴的

に取り上げられた。その後、2010 年のハシナ首相の訪中前後の、中国がソナディア港建設

に関心を示しているということについては、「真珠の首飾り」の一環としてとらえる論調が

多かった。さらに、2013 年 9 月に発表された「一帯一路」構想がバングラデシュにおいて

言及されるようになったのは、2015 年頃からである 10。

2016 年 10 月 14 日~15 日の習近平国家主席のバングラデシュ訪問は、1986 年の李先念

国家主席以来 30 年ぶりの国家主席訪問であった。バングラデシュは、最大級の歓迎ぶりで、

習主席を迎えた。新華社のインタビューに対して、ハシナ首相は、二国間関係は平和的共

存の 5 原則に裏付けられており、また中国が主張する「一つの中国原則」や国家の主権と

領土保全に関する中核的国家利益と努力について中国を支持すると述べた。また中国を「夢

を実現するための信頼できるパートナー」と呼んだ。さらに「一帯一路」構想を称賛しつ

つ次のように語った。「現在バングラデシュは、国内の成長センターを南アジアの他の地域

と結び、南アジアと東南アジアの間に単一の経済的近接性を創り出すために努力している。

これによって東アジアとの統合が拡大し、南にある我々の港(複数)を通じて三つのエコ

システム(著者注:南アジア、東南アジア、東アジアのこと)と世界のその他の地域とを

9 The Daily Star. 2010 年 3 月 18 日 10 例えば ‘Bangladesh's prospect as regional transport hub bright: ICCB’, The Daily Star 2015 年

7 月 15 日。

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結びつけるだろう 11。」

一方、習主席は、バングラデシュの新聞に寄せたコラムの中で、第 1 節で紹介した古代

からの南部シルクロードと海上シルクロードを通じた友好と通商について、また周恩来と

ムジブがそれぞれ 2 度、互いの国を訪問していたことに触れ、国交樹立以前から友好の種

が、政治リーダーによって蒔かれていたこと、それが今や大きな木となって豊かな実をつ

けていると論じた 12。習主席が言及した中国によるプロジェクトには、国内最大の肥料工

場シャージャラル(Shahjalal)肥料工場、国際会議センター、ポッダ(Padma、パドマ)橋が含

まれる。「一帯一路」構想に関しては、こう述べた。「二国間のウィンウィン協力の新たな

機会を告げるものである。地理的に有利で、人口が多く、市場潜在力と協力のスペースの

大きなバングラデシュは、南アジアとインド洋地域において、中国が「一帯一路」構想と

生産能力拡大の協力を推進していくうえでかけがえのないパートナーである。」「両国の

人々は中国では雅鲁藏布江(Yarlung Zangbo)、バングラデシュではジョムナ(Jamuna)と

呼ばれる同じ川(ブラフマプトラ川)の水を飲んでいる」として、友好の絆と近接性を強

調した。

国内のコネクティビティ改善における中国の関与例をいくつかあげよう。ガンジス川に

かかるポッダ橋は、当初世界銀行、アジア開発銀行、日本、イスラーム開発銀行が借款を

出す予定であったが、2012 年不正疑惑を理由にそれらのドナーが支援を撤回した経緯があ

る。その後ハシナ政権は、自己資金で建設をするとした。全長 6.15 キロメートル、完成す

ればバングラデシュ最大の橋梁となるポッダ橋は、国の東部と北部を南西部につなぐ同国

のメガ・プロジェクトの一つである。2014 年には、中国が、15.5 億ドルの契約を勝ち取っ

た。習主席訪問の直前には、バングラデシュの Power Grid Company(送電網会社)と

江苏永鼎股份有限公司(Jiangsu Etern Company Limited)の間で、全国の電力網の拡張、再

建、改善のための 11 億ドルの事業について調印された。中国の同社によれば、これが「一

帯一路」の新たなプロジェクトとして数えられるとのことである。

習主席の訪問で、両国関係は「より緊密な包括的協力パートナーシップ」から「戦略的

協力パートナーシップ」に格上げされた。また、バングラデシュは正式に「一帯一路」構

想への参加を決めた。23 段落からなる共同声明の 6 段落では、「一帯一路」構想について

次のように述べている。「バングラデシュは中国の『一帯一路』構想について、それが 2021

年までに中所得国、2041 年までに先進国になるというバングラデシュの目標達成に資する

ことを信じ、このイニシアティブに感謝する。両者は、両国の持続可能な開発と共通の繁

栄を実現するために、開発戦略の調整を強化し、様々な分野での協力の可能性を最大限に

活かし、『一帯一路』構想に取り組むことで合意した。」 11 ‘China a Trusted Friend’, The Daily Star, 2016 年 10 月 14 日。 12 Xi Jinping, ‘China-Bangladesh Cooperation will Bear Golden Fruits’, The Daily Star, 2016 年 10月 14 日。

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首脳会談後の記者会見では、習主席は、両国はともに「一帯一路」の推進に取り組むこ

とで合意したと述べた。習主席の関心が第一義的に「一帯一路」構想にあることは明白で

あった 13。またハシナ首相の記者会見の報道の中には「一帯一路」という言葉は出てこな

いのに対して、中国側の報道ぶりとしてバングラデシュで取り上げられたものに、同構想

の推進に焦点を当てていることが目立った。中国側は、34 のプロジェクトに対して 244.5

億ドルの支援を約束した。また 13 の合弁プロジェクト(総額 136 億ドル)契約を調印した。

中国側はインフラ、電力、鉄道、経済特別区などに投資する。それらの事業に参加するの

は、中国側は 11 社が公企業であるのに対し、バングラデシュ側は 11 社が民間企業である。

中バ関係が戦略的パートナーシップと格上げされたことについて、習主席訪バの直後か

ら、これが対印関係にどのような影響を及ぼすかはバングラデシュのなかでも大きな議論

になった。それらの議論を紹介すると、インドのなかには、中バ関係の緊密化に懸念を持

つものもいるが、バングラデシュがきちんと実際的に物事に対処できれば、中国による投

資は三国にとってウィンウィンの状況を生み出すといった意見や、インドも中国の経済支

援を受けているのであるから、中バ関係の変化について懸念を持つ必要はない、ただしバ

ングラデシュはどちらの国との関係も阻害しないよう均衡を維持する必要があるといった

意見が出された 14。他方、インド側は、両国の接近を、インドを封じ込める目的があるも

のと強い懸念をもって受け止めた 15。

2017 年 4 月のハシナ首相のインド公式訪問は、インドにとっては、バングラデシュ対し

てインドとの絆を再確認させる意図があった。共同声明では両国関係を「戦略的パートナ

ーシップをはるかに超えた、友愛の絆に基づき、主権、平等、信頼と理解に基づくすべて

を含むパートナーシップに基づく関係」と位置付けた。この長い定義が、中バ関係の定義

を意識したものあるといっても間違いではあるまい。

バングラデシュにとって、インドとの関係は中国との関係で代替できるものではない。

それ故に、「一帯一路」構想への対応も、必然的にインドの思惑を意識したものにならざる

を得ない。2017 年 5 月に開催された「一帯一路国際協力サミットフォーラム」には、中国

とパキスタンが進める経済回廊(China-Pakistan Economic Corridor: CPEC)が、インドが領有

権を主張するカシミールを通るとして、インドは参加を拒否した。ある報道によれば、イ

13 BNP のカレダ・ジア総裁が習主席への表明訪問で、同党は民主主義の復活への闘争を継

続すると述べたところ、同主席の答えは「平和なバングラデシュと平和な世界を見たい」

と述べるにとどまり、専ら「一帯一路」構想について語ったとのことである。 (‘Important, Genuine Friend’, The Daily Star, 2016 年 10 月 15 日) 14 Rezaul Karim ‘Need is Policy of Balance, The Daily Star,2016 年 10 月 16 日。 15 Pinak Ranjan Chakravarty ‘China-Bangladesh Bonhomie: India Needs to Restrategise as the Dragon Woos This Neighbour’ (http://www.catchnews.com/international-news/china-bangladesh-bonhomie-india-needs-to-restrategise-as-the-dragon-woos-this-neighbour-1476463892.html).

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ンドの決定を勘案し、バングラデシュも当初は参加を躊躇していた 16。結果的に、バング

ラデシュはハシナ首相ではなく閣僚級を派遣した。

インドの対中感情は、もう一つの経済回廊構想の進展も阻んでいる。

中国とのコネクティビティの関連で「一帯一路」構想と同様に言及されていたのが

BCIM(バングラデシュ・中国・インド・ミャンマー)経済回廊の推進である。習主席来訪時

の共同声明の 18 段落は次のように表明している。「両国は、BCIM 経済回廊諸国家間の実

際的な協力推進および地域全体の開発におけるBCIM経済回廊の重要な役割に価値を置く。

両国は、同回廊設立にむけてコミュニケーションと調整を強化する用意がある。早期にア

ーリーハーベスト・プログラムを開始することができるように、共同研究報告書(Joint Study

Report)に関する早期のコンセンサス形成を推し進めることと 4 カ国間で政府間の協力枠

組みを作ることで合意した。」

BCIM は、1999 年に雲南省社会科学院の呼びかけで「昆明イニシアティブ」として始ま

ったトラック2外交の枠組みであった。その後 12 回の会合が行われているが、2013 年の

李克強首相の訪印で、初めてインド側が政府レベルで公式に同枠組みに同意した。同年 10

月のマンモハン・シン首相の訪中時に、両国は、コネクティビティ強化と BCIM 経済回廊

の開発を進めるための共同研究グループ(Joint Study Group: JSG)設置に合意した。JSG は第

3 回の会合を 2017 年 4 月に開催した。現在は、4 カ国のトラック 1.5 のメンバーであるシ

ンクタンクや政府機関が作成した報告書を統合する作業を行っている。次回の会合は、初

めての国家レベル会合になることが期待されている。なお、中国側の代表は、雲南省から

中央政府に代わっている。

BCIM は、南アジアを舞台とする地域枠組みのうちでは、唯一中国とインドの両方が参

加した枠組みである。しかしそれ故に、積極的に事を進めようとする中国側に対して、イ

ンド側の関心は、CPEC への反発もあって、ますます薄くなっている。バングラデシュ、

ミャンマーは、同枠組みの推進については非常に前向きであるが、2017 年半ばに勃発した

ロヒンギャ難民の問題は、ミャンマーを通る BCIM の将来をさらに不透明にしている。

バングラデシュとっての最大の関心は、印中両方の均衡を取りながら、自国の経済開発、

インフラ整備のための援助と投資を両国から引き出すことである。そのためには投資案件

等については慎重に進めることが必須となる。その案件の一例が、深水港である 17。既存

のチッタゴンおよびモングラの両港が能力超過で多大な問題を抱えているなか、新たな港

の獲得はバングラデシュにとっての悲願である。

外務省筋によれば、ソナディア港建設については、2014 年のハシナ首相訪中時に、推定

費用 140 億ドルの深水港建設に関する枠組み協定を調印することで両国は合意していたが、

最後になってバングラデシュが応じなかった。さらに習主席訪問時でもバングラデシュ側

16 ‘One Belt, One Road a Golden Opportunity: Analysts’, The Daily Star, 2017 年 6 月 12 日. 17 Wade Shepard, ‘Bangladesh’s Deep Sea Port Problem’, The Diplomat, June 7, 2016.

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が議題に含めないことを希望したといわれる。バングラデシュ側は地政学的な理由から、

外国の援助でその港を作ることに乗り気ではないと見方があった 18。インドおよび米国か

らの反対があったとも、日本が建設予定のマタルバリ(Matarbari)港と 25 キロメートルしか

離れていないことも理由になったとも報じられている 19。

ソナディア港に代わって注目されているのがポトゥアアリ(Patuakhali)県のパイラ

(Payra)港である。バングラデシュ第 3 の港として総工費 160 億ドルで建設予定の同港に

ついては、2016 年 12 月に中国とインド両方の企業が契約を受注した。中国側は、中国港

湾工程(China Harbour Engineering Company)が核となる港のインフラ建設、中国建築股份有

限公司(China State Construction Engineering Corporation)が、河岸工事および住宅、教育・医

療施設等の建設を行う。インド企業は 1000 メートルの多目的ターミナル建設を担当するこ

とになっている。

おわりに

バングラデシュ人に対中国認識について尋ねると、プラスとマイナス両方が混ざったも

のだという。マイナスのボトムラインは、独立戦争の時にパキスタンを支持したことであ

る。インドのある論考は、習主席の訪問の成果について「バングラデシュは今日、1971 年

解放戦争における中国の役割を許し、インドに対抗するために、二国間のより緊密な関係

を求めた。」と評した 20。現在のバングラデシュには、インドに対して持っている、愛憎半

ばする感情的しこりは、中国に対しては、ほぼない。では、インド要因は別として、中バ

関係、特に中国の支援によるインフラ建設に問題はないのだろうか。

習主席の華々しい訪バ後、1 年を過ぎてから、中国が約束したプロジェクトが進展して

いないことを指摘する報道がバングラデシュで出始めた 21。その原因は、中国側の官僚的

手続きにあるとみられている。また 2018 年 1 月には、習主席訪問時に合意したプロジェク

トの一つであるダカ=シレット間の 4 レーン・ハイウェイ建設の受注企業、中国港湾工程

がバングラデシュ政府高官に賄賂を贈ったことが発覚し、バングラデシュのムヒト財務大

臣が、同企業を今後受注の対象から外すと発表するという事件も起きた。実際に、その措

置が取られたかは不明である。しかし同社の贈賄は今に始まったことではないといわれ、

この時期にバングラデシュが問題を公表したことには、中国側に何らかの圧力をかけるね

らいがあったとも考えられる。事件との関係は定かでないが、2 月末、中国国務院は、バ

18 Rejaul Karim Byron, ‘Chinese President’s Visit: Sonadia Deep-sea Port may not be on Table’, The Daily Star, 2016 年 10 月 11 日。 19 注 16 と同じ。 20 注 14 と同じ。 21 The Daily Star, 2017 年 10 月 14 日、15 日、16 日。2018 年 1 月 14 日.

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ングラデシュが強く求めていたポッダ橋鉄道建設への 31.4 億ドルの借款供与に合意した。

ハシナ首相は、2018 年 2 月末、バングラデシュを訪問中のインド人ジャーナリスト達に

対して、バングラデシュの成長を手助けしてくれるどの国とも協力する用意がある、イン

ドは、バングラデシュ・中国関係について心配する必要はない、インド、中国、日本また

中東の国々ですらバングラデシュに協力のためにやって来ている、と述べた。

中国の「一帯一路」構想は、インフラ開発等に利用できる援助の幅を広げたことで、バ

ングラデシュの経済成長の選択肢を拡大したといえよう。他方で、日本を含む従来からの

援助国・機関および、2010 年からコネクティビティ関連の援助を大幅に増やしているイン

ドなど、これらの国々との付き合い方にも大きな影響を及ぼしつつある。ハシナ首相の父、

ムジブル・ラフマン首相が掲げた外交方針「すべての国との友好関係、どの国に対しても

悪意は持たない」を現実化するための真の意味での挑戦は、これからである。

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