「ネットワーク符号化の基礎」 サンプルページii まえがき...

30

Upload: others

Post on 28-Jan-2020

0 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Page 1: 「ネットワーク符号化の基礎」 サンプルページii まえがき では,次世代ネットワーク関連技術の講義として,展開し始めている.しかしながら,ネットワーク符号化理論が提案されてからすでに10数年以上経った今でも,国内で
Page 2: 「ネットワーク符号化の基礎」 サンプルページii まえがき では,次世代ネットワーク関連技術の講義として,展開し始めている.しかしながら,ネットワーク符号化理論が提案されてからすでに10数年以上経った今でも,国内で

「ネットワーク符号化の基礎」

サンプルページ

この本の定価・判型などは,以下の URL からご覧いただけます.

http://www.morikita.co.jp/books/mid/085241

※このサンプルページの内容は,初版 1刷発行時のものです.

Page 3: 「ネットワーク符号化の基礎」 サンプルページii まえがき では,次世代ネットワーク関連技術の講義として,展開し始めている.しかしながら,ネットワーク符号化理論が提案されてからすでに10数年以上経った今でも,国内で
Page 4: 「ネットワーク符号化の基礎」 サンプルページii まえがき では,次世代ネットワーク関連技術の講義として,展開し始めている.しかしながら,ネットワーク符号化理論が提案されてからすでに10数年以上経った今でも,国内で

まえがき

今から 60年程前の 1956 年に,情報理論の創始者として有名なシャノン (C. E.

Shannon)は論文 “A Note on the Maximum Flow Through a Network”の中で,通信ネットワーク上の任意の 2つの端点間での最大情報フローが,そのネットワークの有向グラフモデルの最小カット容量により決定されると指摘していた [1].しかしながら,今までルータなどのネットワークデバイスに採用されてきた蓄積-転送方式では,マルチキャスト,またはブロードキャスト通信におけるこの最大容量の実現はできなかった.シャノンのこの最大情報フローの理論的上限は,長い間机上論であった.2000年に R. Ahlswedeらが彼らの著名な論文 “Network Information Flow”の中でネットワーク符号化という新しい概念を示し,シャノンの情報フローの概念をネットワークルータなどの中継デバイスと融合させた,斬新なネットワークアーキテクチャを提案した.これにより,シャノンの最大情報フローの上限が実現できることが世間に知られ,瞬く間にネットワークアーキテクチャの研究領域に新しい研究への機運が高まった.ネットワーク符号化理論において,従来,品種流として扱われてきた情報ビットは中継装置において処理(圧縮,混合など)できない,という古典的な考えを覆し,情報フローが圧縮できることを示したのは画期的であった.さらに,2003

年,S. Y. R. Liらが “Linear Network Coding”という論文を発表して,線形ネットワーク符号化でマルチキャストの理論的フロー上限が達成できることを示した.以来,ネットワーク符号化は画期的な情報伝達方式として世界中で注目され,様々な方面からの研究が行われるようになった.現在,ネットワーク符号化理論は,古典的な情報理論,符号化理論の研究領域に新風を吹き込み,ネットワーク情報理論の中で新しい研究領域として一席を勝ち取っている.これは,従来の端点間の情報源符号化やチャネル符号化と異なり,ネットワークの中継装置も符号化に寄与するのである.ネットワーク符号化を採用すれば,端点だけではなく,ネットワークの中継装置において,従来の蓄積-転送処理方式に対して,蓄積-符号化処理-転送という新しい枠組みを取り入れることにより,ネットワークフローの上限をシャノンの最大情報フローまで引き上げられる.日本国内でも,ネットワーク符号化に関する研究は 2004年あたりから徐々に増え続け,国内会議における研究発表も年々増え続けている.一部の大学,または大学院

Page 5: 「ネットワーク符号化の基礎」 サンプルページii まえがき では,次世代ネットワーク関連技術の講義として,展開し始めている.しかしながら,ネットワーク符号化理論が提案されてからすでに10数年以上経った今でも,国内で

ii まえがき

では,次世代ネットワーク関連技術の講義として,展開し始めている.しかしながら,ネットワーク符号化理論が提案されてからすでに 10数年以上経った今でも,国内では,関連する書籍がほとんど存在していない.学生達がこの新しい分野で勉強,研究を行うためには,一部の解説論文や原著論文の解読からスタートしなければならない.本書は,ネットワーク符号化理論を基礎から学びたい学生への入門書として,できるだけ理論の一貫性を重視して,原理をわかりやすく説明することを意識しながら,簡単な事柄をできるだけ単純明快に説明することを心がけてまとめてきた.さらに,各種の抽象的な定義や定理,アルゴリズムを理解してもらうために,豊富な例題を用意している.本書は以下のように構成されている.第 1章はネットワーク符号化理論の基本概念,そのネットワーク情報理論における位置づけ,従来の符号化処理との違いを説明し,ネットワーク符号化の本質を明らかにする.第 2章はネットワーク符号化理論を勉強するうえで必要最小限の基礎準備を行う.ここでは,有限体の基本定義から演算まで,ネットワークの多品種流問題の一般表現,最大流最小カットの定理を紹介する.ここでまとめた基礎知識について,しっかり理解してもらうために,読者諸氏には巻末の参考文献などを参照していただくことを強くお勧めする.第 3章では,無閉路有向ネットワークにおける線形ネットワーク符号化,および,復号原理を紹介する.そして,線形ネットワーク符号化の最大流制限と各種ネットワーク符号の特徴と性質を紹介する.第 4章では,第 3章で紹介した各種線形ネットワーク符号の構築アルゴリズムを紹介する.ここでは,ジャギ-サンダース法を中心に,マルチキャスト符号,ブロードキャスト符号,拡散符号,汎用符号の構築方法を紹介する.第 5章では,有閉路有向ネットワークにおける線形ネットワーク符号化を紹介する.主に,畳み込みネットワーク符号化の符号化原理,復号原理を紹介し,単位遅延つきネットワークにおけるネットワーク符号の一般定義を与え,リンク閉路,フロー閉路における各種符号の構築方法を紹介する.第 6章では,ネットワークトポロジーに依存しない,耐障害性の高い静的なネットワーク符号化の基本原理とランダムネットワーク符号化の基本原理を紹介する.最後にランダムネットワーク符号の実装について,その基本要件を紹介する.第 7章では,ネットワーク符号化における主要技術の,ネットワーク階層モデルの各階層への応用について概説し,最新の研究動向を紹介する.付録部には,有閉路有向ネットワークにおける線形ネットワーク符号の構築法の中

Page 6: 「ネットワーク符号化の基礎」 サンプルページii まえがき では,次世代ネットワーク関連技術の講義として,展開し始めている.しかしながら,ネットワーク符号化理論が提案されてからすでに10数年以上経った今でも,国内で

まえがき iii

で利用されるシグナルフローグラフ,およびメイソンの公式の基本知識をまとめている.本書は主に有向ネットワーク上での線形ネットワーク符号化の基礎理論と応用についてまとめているが,非線形ネットワーク符号化や,無向ネットワークでのネットワーク符号化などについては,現在,理論体系および応用技術が確立されていないため触れていない.本書は,線形代数の基礎知識,グラフ理論の基礎知識をもち,情報通信ネットワーク技術を勉強する大学 3年生以上の学部学生や,大学院生,また,ネットワーク符号化理論をこれから本格的に勉強しようとする研究者などを対象にしている.また,本書はネットワーク工学関連授業の教材としても利用できる.最後に,本書の執筆にあたり,様々なディスカション,実験検証を手伝ってくれた関東学院大学理工学部大規模並列分散システム研究室の大学院生の皆様,ならびに,本書の出版・編集にあたり,多大なご尽力をいただいた森北出版株式会社の皆様に厚く御礼申し上げる.

  2015年 春著 者 

Page 7: 「ネットワーク符号化の基礎」 サンプルページii まえがき では,次世代ネットワーク関連技術の講義として,展開し始めている.しかしながら,ネットワーク符号化理論が提案されてからすでに10数年以上経った今でも,国内で

目 次

第 1章 概 説 1

1.1 ネットワーク符号化の基礎 ............................................................ 1

1.2 ネットワーク符号化と従来の符号化処理 .......................................... 4

1.3 ネットワーク符号化のメリットとデメリット .................................... 4

1.3.1 ネットワーク符号化のメリット .............................................. 4

1.3.2 ネットワーク符号化のデメリット ........................................... 9

1.4 ネットワーク符号化の本質 ........................................................... 11

1.4.1 従来のルーティング方式 ...................................................... 11

1.4.2 ネットワーク符号化方式 ...................................................... 13

第 2章 基礎知識 14

2.1 有限体,有限体上の計算 .............................................................. 14

2.1.1 体 .................................................................................... 14

2.1.2 p 元体 ............................................................................. 15

2.1.3 有限体 .............................................................................. 15

2.1.4 2 元体 ............................................................................. 17

2.1.5 ガロア拡大体上での加算 ...................................................... 18

2.1.6 ガロア拡大体上での乗算 ...................................................... 19

2.2 ネットワークの多品種流問題 ........................................................ 21

2.2.1 ネットワークの最大流問題 ................................................... 21

2.2.2 最大流を求める基本アルゴリズム フォード-ファルカーソン法 26

第 3章 無閉路有向ネットワークにおける線形ネットワーク符号化 31

3.1 線形ネットワーク符号化の符号化原理 ............................................ 33

3.2 線形ネットワーク符号化の復号原理 ............................................... 42

3.3 線形ネットワーク符号の種類とその性質 ......................................... 44

3.3.1 線形ネットワーク符号化の最大流制限 .................................... 45

Page 8: 「ネットワーク符号化の基礎」 サンプルページii まえがき では,次世代ネットワーク関連技術の講義として,展開し始めている.しかしながら,ネットワーク符号化理論が提案されてからすでに10数年以上経った今でも,国内で

目 次 v

3.3.2 線形マルチキャスト符号 ...................................................... 46

3.3.3 線形ブロードキャスト符号 ................................................... 48

3.3.4 線形拡散符号 ..................................................................... 49

3.3.5 汎用線形ネットワーク符号 ................................................... 52

3.4 線形ネットワーク符号の存在性定理 ............................................... 56

第 4章 線形ネットワーク符号の構築 59

4.1 線形マルチキャスト符号の構築 ..................................................... 59

4.2 線形ブロードキャスト符号の構築 .................................................. 73

4.3 線形拡散符号の構築 .................................................................... 78

4.4 汎用線形ネットワーク符号の構築 .................................................. 81

第 5章 有閉路有向ネットワークにおける線形ネットワーク符号化 84

5.1 畳み込みネットワーク符号化の符号化原理 ...................................... 84

5.1.1 有閉路有向ネットワークの固有問題 ....................................... 85

5.1.2 単位遅延つき畳み込みネットワーク符号化 .............................. 87

5.2 畳み込みネットワーク符号化の復号原理 ....................................... 102

5.3 畳み込みネットワーク符号の種類とその性質 ................................. 106

5.4 畳み込みネットワーク符号の構築 ................................................ 108

5.4.1 基本要件の定義 ................................................................ 109

5.4.2 リンク閉路つきネットワークのマルチキャスト符号の構築 ....... 112

5.4.3 単純フロー閉路つきネットワークのマルチキャスト符号の構築 . 120

5.4.4 結び目フロー閉路つきネットワークのマルチキャスト符号の構築 128

第 6章 ロバストネットワーク符号化 150

6.1 静的ネットワーク符号化の基本原理 ............................................. 150

6.2 ランダムネットワーク符号化の基本原理 ....................................... 155

6.3 ランダムネットワーク符号化の実装 ............................................. 157

6.3.1 パケット表現 ................................................................... 158

6.3.2 バッファモデル ................................................................ 159

第 7章 ネットワーク符号化技術の応用 165

7.1 物理層のネットワーク符号化技術 ................................................ 165

Page 9: 「ネットワーク符号化の基礎」 サンプルページii まえがき では,次世代ネットワーク関連技術の講義として,展開し始めている.しかしながら,ネットワーク符号化理論が提案されてからすでに10数年以上経った今でも,国内で

vi 目 次

7.1.1 物理層ネットワーク符号化技術の基本原理 ............................ 166

7.1.2 複素数有限体のネットワーク符号化 ..................................... 168

7.1.3 アナログネットワーク符号化 .............................................. 170

7.2 データリンク層のネットワーク符号化技術 .................................... 172

7.3 ネットワーク層のネットワーク符号化技術 .................................... 175

7.3.1 ルーティング対象プロトコルでのネットワーク符号化 ............. 176

7.3.2 ルーティングプロトコルでのネットワーク符号化 ................... 177

7.4 トランスポート層のネットワーク符号化技術 ................................. 181

7.5 アプリケーション層のネットワーク符号化技術 .............................. 187

7.5.1 ビザンチン攻撃に対するネットワーク符号化 ......................... 187

7.5.2 P2Pネットワークでのネットワーク符号化 ........................... 193

付録 A シグナルフローグラフとメイソンの公式 196

A.1 シグナルフローグラフの基本構成 ................................................ 196

A.1.1 シグナルフローグラフの表現 ............................................. 196

A.1.2 シグナルフローグラフの変換 ............................................. 199

A.1.3 トランスミッタンスの計算方法 .......................................... 201

A.2 メイソンの公式 ........................................................................ 202

参 考 文 献 205

索 引 210

Page 10: 「ネットワーク符号化の基礎」 サンプルページii まえがき では,次世代ネットワーク関連技術の講義として,展開し始めている.しかしながら,ネットワーク符号化理論が提案されてからすでに10数年以上経った今でも,国内で

記法一覧 vii

記法一覧

GF,F 有限体 (ガロア体)

GF (p),Fp p -元有限体,p -元体GF (2ω) 2ω-元をもつ拡大体mod(p) 法 pの剰余⊕ 排他的論理和 (XOR)演算| · | 集合または空間の要素数G(V,A) ノードの集合 V,リンクの集合 Aで構成されるネットワーク (有向)

G(V,E) ノードの集合 V,リンクの集合 E で構成されるネットワーク (無向)

(vi, vj) ノード vi, vj 間のリンクf(vi, vj),fij ノード vi, vj 間のフロー,流量 (flow)

c(vi, vj),cij リンク (vi, vj)の容量 (capacity)

(Vc, Vc) ネットワークグラフのカット集合c(Vc, Vc) カット集合 (Vc, Vc)のカット容量f(Vc, Vc) カット (Vc, Vc)を横切るフローS,Si ソースノードR,Rj シンクノードkd,e ノード vの線形ネットワーク符号化の局所符号Kv ノード vの線形ネットワーク符号化の局所符号化行列fd リンク dの線形ネットワーク符号化の大域符号化ベクトル[fe

]e∈I(v)

ノード vの線形ネットワーク符号化の大域符号化行列

I(v) ノード vの入力リンク集合O(v) ノード vの出力リンク集合< · > ベクトルの集合より生成されるベクトル空間Φv ノード vの入力リンクの大域符号化ベクトル空間maxflow(v) ノード vへの最大フロー (最大流量)

dim(·) ベクトル空間の次元数det(·) 行列の行列式x ソースノードで生成されるデータベクトルme リンク e上で転送されるデータDv ノード vの線形ネットワーク符号化の復号行列Kv(z) ノード vの畳み込み局所符号化行列[fe(z)

]e∈I(v)

畳み込み大域符号化行列

Page 11: 「ネットワーク符号化の基礎」 サンプルページii まえがき では,次世代ネットワーク関連技術の講義として,展開し始めている.しかしながら,ネットワーク符号化理論が提案されてからすでに10数年以上経った今でも,国内で

viii 記法一覧

Dv(z) ノード vの畳み込みネットワーク符号化の復号行列x(z) ソースノードで生成されるデータベクトルの時系列me(z) リンク e上で転送されるデータの時系列LMC 線形マルチキャスト符号 (Linear Multicast Code)

LBC 線形ブロードキャスト符号 (Linear Broadcast Code)

LDC 線形拡散符号 (Linear Dispersion Code)

GLNC 汎用線形ネットワーク符号 (Generic Linear Network Code)

� 右辺で左辺を定義する

Page 12: 「ネットワーク符号化の基礎」 サンプルページii まえがき では,次世代ネットワーク関連技術の講義として,展開し始めている.しかしながら,ネットワーク符号化理論が提案されてからすでに10数年以上経った今でも,国内で

第1章

概 説

この章では,まず,ネットワーク符号化の基本概念を定性的に概説する.次に,簡単な例を用いて,従来の転送方式と比べながら,ネットワーク符号化の有効性を示す.最後に,ネットワーク符号化の本質を明らかにする.ネットワーク符号化 (Network Coding)の基本概念を初めて正式に示したのは,R.

Ahlswedeらの以下の論文であった [2].R. Ahlswede, et al., “Network Information Flow”, IEEE Transactions on

Information Theory, Vol. 46, No. 4, pp.1204-1216, Jul. 2000.

ネットワーク符号化の基本概念はとても簡単で,中継ノードに符号化機能を付加しただけである.しかしながら,この簡単な概念こそがネットワーク研究に新しい領域を切り拓いたのである.

■ 1.1 ネットワーク符号化の基礎

ここでは,まず,ネットワーク符号化を採用したデータ転送方式と,従来のルーティング転送方式とを比較してみる.従来方式では,中継ノード (ルータ) の役割は経路決定と蓄積-転送 (store and

forward)であった.つまり,中継ノードにおいて,到着したパケットに対して,そのあて先への最適経路を決め,入力パケットを送出すべきインタフェースに送り出すだけであった.ネットワーク符号化を採用する中継ノードでは,この処理方式に符号化機能を付加して,蓄積-符号化-転送方式を採用する.ネットワーク符号化の利点を示すのに,バタフライネットワーク (butterfly network)

トポロジーがよく使われる.このトポロジーは,図 1.1 に示す無閉路有向グラフ(directed acyclic graph)で表現される.ここでは,同図 (a)のバタフライネットワークの各リンクの容量を 1単位 1),遅延

1) ネットワーク符号化の研究で扱うデータの単位とは,1タイムスロットで確実に転送できるデータの量のことである.これは,回線速度や,パケットサイズなどに依存する.

Page 13: 「ネットワーク符号化の基礎」 サンプルページii まえがき では,次世代ネットワーク関連技術の講義として,展開し始めている.しかしながら,ネットワーク符号化理論が提案されてからすでに10数年以上経った今でも,国内で

2 第 1 章 概 説

図 1.1 バタフライネットワークでの比較

なしとし,ノード S を送信元 (ソースノード),R1, R2をあて先 (シンクノード)とする.この場合,送信元から各あて先へのマルチキャスト通信を行い,各あて先において,Sから送信されるデータ aと b (それぞれ 1単位とする)を同時に受信することができるかどうかを考察する.同図 (b)では,従来のルーティング方式を採用した場合の,中継ノード (U)でのデータ転送の様子を示している.このトポロジーでは,ノード U,V 間のリンク (U, V )

がデータ転送のボトルネックリンクとなる.(U, V )ではデータ aまたは bを転送することができるが,同じ時刻に 2つを同時に転送することができない.bを転送すれば,あて先 R1 で aと bを同時受信できるが,この場合,あて先 R2 では bを重複受信する.以上の理由により,各あて先での平均スループットは 3単位 (a,bと b)/2 (ノード)=1.5単位/sとなる.一方,ネットワーク符号化方式を採用した場合,同図 (c)に示したとおり,リンク

(U, V )上では,データ aと bを符号化した a⊕ bを転送する 1).そうすると,あて先R1 においては,受信した aと a ⊕ bを利用して,b = a ⊕ (a⊕ b)で bを復号することができる.同じように,あて先 R2 においては,受信した bと a ⊕ bを利用して,a = b⊕ (a⊕ b)で aを復号することができる.各あて先が同時に aと bを受け取ることができるので,平均スループットは 2+2単位/2 (ノード)=2単位/sとなる.以上の例でわかるように,ネットワーク符号化方式を採用すれば,従来のルーティング方式より,平均スループットの改善が期待できる.このバタフライネットワーク上でのマルチキャスト通信の例では,ネットワーク符号化方式の新しい機能,つまり,

1) ⊕は XOR,論理演算の排他的論理和を表す.

Page 14: 「ネットワーク符号化の基礎」 サンプルページii まえがき では,次世代ネットワーク関連技術の講義として,展開し始めている.しかしながら,ネットワーク符号化理論が提案されてからすでに10数年以上経った今でも,国内で

1.1 ネットワーク符号化の基礎 3

中継ノードにおける符号化は,ネットワーク全体の平均スループット性能を改善できることを示している.一般的に,ネットワーク符号化方式の効率はネットワークのトポロジーに直接左右される.バタフライネットワークは特例であり,ネットワーク符号化方式の平均スループットは従来のルーティング方式より,厳密には大きくなるが,一般のトポロジーの場合,ネットワーク符号化方式の平均スループットは従来のルーティング方式以上 ( � )になるとだけいえる.ここで,中継ノード U での出力を入力リンク (A,U)と (B,U)から流れてくるデータの関数として捉えるのは,ネットワーク符号化でいう符号化処理となる.この処理は複数の入力データと事前に用意したベクトル,つまり,ネットワーク符号 (network

code)との論理結合演算に対応する.上記の例では,リンク (A,U)と (B,U)から流れてくるデータ aと bをベクトル

x = [a b]で表し,ネットワーク符号を c = [1 1]T とすれば,出力リンク (U, V )に出力されるデータを論理ベクトル演算 a⊕ b = x · cで決めることができる (図 1.2(a)

参照).

図 1.2 ネットワーク符号化方式での符号化処理

これにより,従来のルーティング方式の処理はネットワーク符号化処理方式に含まれる.図 1.2(b),(c)に示しているとおり,ネットワークコード c = [0 1]T とc = [1 0]T を用意すれば,ネットワーク符号化処理を取り入れた中継ノードの機能は従来のルータノードと同じになる.伝統的な情報理論においては,多品種フロー (commodity flow)問題において,品種フローを圧縮することでは,スループット性能の改善を期待することはできないとさ

Page 15: 「ネットワーク符号化の基礎」 サンプルページii まえがき では,次世代ネットワーク関連技術の講義として,展開し始めている.しかしながら,ネットワーク符号化理論が提案されてからすでに10数年以上経った今でも,国内で

4 第 1 章 概 説

れてきたが,ネットワーク符号化は,情報フローの中継ノードにおける符号化 (圧縮)

処理ができ,ネットワーク全体の平均スループット性能を改善できることを示している.これにより,ネットワーク符号化理論はネットワーク情報フロー理論 (network

information flow theory)とよばれるようになってきている [2][3].現在,ネットワーク符号化理論はネットワーク情報理論の一分野として注目され,その研究成果は重要な意義をもち,次世代ネットワークアーキテクチャに革新的な影響をおよぼす可能性があることを示しつつある.

■ 1.2 ネットワーク符号化と従来の符号化処理

伝統的な情報理論で使われる符号化処理は,主に情報源符号化 (source coding)と通信路符号化 (channel coding)の 2つに分類されるが,ネットワーク符号化はこれらの符号化処理とは本質的に異なる [3][4].まず,ネットワーク通信に関与するノードからみると,情報源符号化と通信路符号化は終端ノード (送信元とあて先)だけでの符号化・復号処理を対象にするが,ネットワーク符号化は,これらのほかに,中継ノードでの符号化処理をも対象にする必要がある.したがって,ネットワーク符号化理論は情報源符号化理論,および通信路符号化理論とは本質的に異なる新しい理論といえる.次に,ネットワークの性能評価指標からみると,情報源符号化は送出する情報の冗長性を抑えることにより,通信システムの性能を向上しようとしている.一方,通信路符号化は通信路における情報の冗長性 (誤り検出・訂正符号等)を増やすことにより,通信システムの信頼性の向上を主目的としている.ネットワーク符号化は通信システムの平均スループット性能を改善することができるので,この点では,情報源符号化の目的と一致している.したがって,応用面では,ネットワーク符号化と情報源符号化処理とを併用することが多くみられる.

■ 1.3 ネットワーク符号化のメリットとデメリット

ネットワークの平均スループット性能を引き上げられることは,ネットワーク符号化のもっとも大きなメリットの 1つである.具体的には,マルチキャスト通信だけでなく,ブロードキャスト通信とユニキャスト通信についても,スループットの改善を期待できる.第 1.1節ではマルチキャスト通信時の例を紹介したが,ここでは,ブロードキャスト通信とユニキャスト通信時のデータの動きから,ネットワーク符号化のメリットとデメリットをみてみよう.

Page 16: 「ネットワーク符号化の基礎」 サンプルページii まえがき では,次世代ネットワーク関連技術の講義として,展開し始めている.しかしながら,ネットワーク符号化理論が提案されてからすでに10数年以上経った今でも,国内で
Page 17: 「ネットワーク符号化の基礎」 サンプルページii まえがき では,次世代ネットワーク関連技術の講義として,展開し始めている.しかしながら,ネットワーク符号化理論が提案されてからすでに10数年以上経った今でも,国内で

第5章

有閉路有向ネットワークにおける線形ネットワーク符号化

第 4章までは無閉路有向ネットワークにおける線形ネットワーク符号化について述べてきた.いままでにとくに強調していなかったが,各リンク上での遅延を無視してきたことに注意されたい.今までみたとおり,無閉路有向ネットワークの場合,ソースノードからシンクノードまでのダウンストリーム順序集合のサイズは有限で,大域符号化ベクトルもダウンストリーム順序の方向で反復的に構成することができる.一方,有向ネットワーク中に閉路が存在すると,ダウンストリーム順序集合のサイズが理論的に無限大となり,従来の上下流関係が崩れてしまう.つまり,閉路の存在により,あるリンクにおいて,過去に転送したデータが現在転送するデータの上に畳み込まれ,重ね合わされてしまうので,矛盾が生じる可能性がある.実際のネットワークの中では閉路の存在が避けらない.さらに,閉路の存在により発生する転送遅延を考慮しなければならない.ネットワーク符号化を実用化するためには,有閉路遅延つきネットワークにおける符号化手法を確立する必要がある.本章では,その対策の 1つである畳み込みネットワーク符号化を述べる.

■ 5.1 畳み込みネットワーク符号化の符号化原理

無閉路有向ネットワークにおける線形ネットワーク符号化では,局所符号化行列と大域符号化ベクトルとは一対一の依存関係にある.つまり,局所符号化行列が定まれば,大域符号化ベクトルを一意に決定することができる.閉路が存在する場合,遅延要素を考慮しないと,たとえ局所符号化行列が定まっても,大域符号化ベクトルを一意に決定できないことがある.遅延要素を考慮すると,両者の関係を一対一に戻すことが可能であるが,解析は大変複雑になる.

Page 18: 「ネットワーク符号化の基礎」 サンプルページii まえがき では,次世代ネットワーク関連技術の講義として,展開し始めている.しかしながら,ネットワーク符号化理論が提案されてからすでに10数年以上経った今でも,国内で

5.1 畳み込みネットワーク符号化の符号化原理 85

■■ 5.1.1 有閉路有向ネットワークの固有問題図 5.1(a)について考える.このネットワークではノード A,B,C 間のリンクで閉路が構成されている.各リンクに転送遅延なしと仮定する.ここで,有閉路有向ネットワークの固有問題である,ダウンストリーム順序が定まらない問題からの影響を考察してみる.ケース 1: 図 5.1(b)に示すように,局所符号化行列を以下のように定めておけば,各リンク上の大域符号化ベクトルを一意に決定できる.

KS =

[1 0

0 1

], KA =

[1

0

], KB =

[1

1

], KC =

[1]

このときの大域符号化ベクトルは以下のようになる.

図 5.1 有閉路有向ネットワークでの大域符号化ベクトルの決定の例

Page 19: 「ネットワーク符号化の基礎」 サンプルページii まえがき では,次世代ネットワーク関連技術の講義として,展開し始めている.しかしながら,ネットワーク符号化理論が提案されてからすでに10数年以上経った今でも,国内で

86 第 5 章 有閉路有向ネットワークにおける線形ネットワーク符号化

fSA =

[1

0

], fSB =

[0

1

], fAB =

[1

0

], fBC =

[1

1

],

fCA =

[1

1

]

ケース 2: 図 5.1(c)に示すように,ケース 1に対して,ノード Aの局所符号化行列だけを,

KA =

[1

1

]

に変え,ほかは変わらないようにする.この場合,fSA,fSB はケース 1と変わらないが,ほかのリンクの大域符号化ベクトルが以下のように表現される.

fAB =

[1

0

]+ fCA, fBC =

[0

1

]+ fAB , fCA = fBC

この 3つの式を連立して,両側を足し合わすと,[0

0

]=

[1

0

]+

[0

1

]

となり,結果が矛盾する.よって,この場合,閉路上のリンク AB,BC,CAの大域符号化ベクトルは存在しない.

ケース 3: 図 5.1(d)に示すように,ケース 2に対して,ノード S の局所符号化行列を以下のように変更する.

KS =

[1 1

0 0

]

この場合,

fSA =

[1

0

], fSB =

[1

0

]

となる.次に,ダウンストリーム順序集合を {S,A,B,C}で考える場合,リンクABを先に計算するので,以下の結果が全部大域符号化ベクトルの定義を満たす.

fAB =

[0

0

], fBC = fCA =

[1

0

]

fAB =

[0

1

], fBC = fCA =

[1

1

]

Page 20: 「ネットワーク符号化の基礎」 サンプルページii まえがき では,次世代ネットワーク関連技術の講義として,展開し始めている.しかしながら,ネットワーク符号化理論が提案されてからすでに10数年以上経った今でも,国内で

5.1 畳み込みネットワーク符号化の符号化原理 87

fAB =

[1

0

], fBC = fCA =

[0

0

]

fAB =

[1

1

], fBC = fCA =

[0

1

]

つまり,この場合,複数の解が存在する.このように,有閉路有向ネットワーク上でネットワーク符号化を行う場合,リンク遅延で表す時系列を考慮しないと,大域符号化ベクトルが定まらない場合がある.

■■ 5.1.2 単位遅延つき畳み込みネットワーク符号化閉路つきネットワーク上でのネットワーク符号化方式として,畳み込みネットワーク符号化 (convolutional network coding)が提案され,研究されている [3][4].ここで,単位遅延ネットワーク (unit-delay network)[9] について考える.この場合,各リンクの遅延がそれぞれ 1単位,つまり 1単位の信号を転送するのに 1単位の時間がかかるとする [3][4].逆に考えると,1単位時間において,各リンクは 1単位の信号を転送することになる.このようにモデル化されたネットワークでは,有向閉路が存在しても,展開後のデータ転送が時分割されるため,トポロジー上の閉路が存在しなくなる.一般的に,単位遅延ネットワークを時間軸上,無閉路のトレリスネットワーク (trellis network)に展開できる.

■ 定義 5.1

有閉路有向ネットワーク G = (V,A)を時間軸上において,以下のように展開させたネットワーク Gt = (Vt, At)をトレリスネットワークとよぶ.

(1) 任意のノード v ∈ V を時間軸上でのノード vt = {v0, v1, · · · , vt, · · · }に展開する.

Vt = {vt|∀v ∈ V }(2) 任意のリンク e ∈ Aを時間軸上でのリンク et = {e0, e1, · · · , et, · · · }に展

開する.At = {et|∀e ∈ A}

ただし,隣接リンクペア (d, e)上に 1単位の遅延が存在する.

例 5.1: 図 5.1の単位遅延ネットワークをトレリスネットワークに展開してみる.仮に,ソースノードから at, bt (t = 0, 1, 2, · · · )の単位データを各時刻において送出す

Page 21: 「ネットワーク符号化の基礎」 サンプルページii まえがき では,次世代ネットワーク関連技術の講義として,展開し始めている.しかしながら,ネットワーク符号化理論が提案されてからすでに10数年以上経った今でも,国内で
Page 22: 「ネットワーク符号化の基礎」 サンプルページii まえがき では,次世代ネットワーク関連技術の講義として,展開し始めている.しかしながら,ネットワーク符号化理論が提案されてからすでに10数年以上経った今でも,国内で

第7章

ネットワーク符号化技術の応用

現在,ネットワーク符号化技術,とくに実装技術に関する研究は盛んに行われ,様々な符号化手法が提案されている.本章では,代表的ないくつかの技術の概要を,OSI

参照モデルの階層順に紹介する.

■ 7.1 物理層のネットワーク符号化技術

物理層ネットワーク符号化 (physical layer network coding, PNC)は,マルチホップ無線ネットワーク環境下のスループットを改善するために,無線電波の特性を生かして提案された符号化技術である [35][36][37].物理層のネットワーク符号化は,有限体ネットワーク符号化と無限体ネットワーク符号化に分類されるが,ここでは,有限体ネットワーク符号化について紹介する.第 1章の図 1.4では,ネットワーク符号化を利用すれば,無線系のブロードキャスト環境におけるスループット性能が改善できることを示したが,物理層のネットワーク符号化を利用すれば,従来の上位層ネットワーク符号化に比べ,スループット性能をさらに改善することが期待できる.図 7.1に,2つの無線端末ノード S1, S2が中継ノードDを介して,互いにデータを交換する例を示している.

図 7.1 物理層ネットワーク符号化の有効性

Page 23: 「ネットワーク符号化の基礎」 サンプルページii まえがき では,次世代ネットワーク関連技術の講義として,展開し始めている.しかしながら,ネットワーク符号化理論が提案されてからすでに10数年以上経った今でも,国内で

166 第 7 章 ネットワーク符号化技術の応用

従来の上位層ネットワーク符号化では,中継ノードにおける符号化でブロードキャストの回数を 3回までに抑えることができたが (図 7.1(a)参照),中継ノードDにおいて,S1 からのデータを受信している間,S2 からのデータは上位層の CSMA/CA

などの衝突回避プロトコルなどによる制御のため受信することができなかった.つまり,S1, S2 から同時に着信した電波は衝突電波として,受け入れることができなかった.物理層ネットワーク符号化はこの点に着目して,同時に着信した電波を受け入れることにより,ブロードキャストの回数を 2回に抑えることができるようにしたわけである (図 7.1(b)参照).同時に着信した無線電波は電磁波の重ね合わせが発生するが,うまく変調・復調すればネットワーク符号化の有限体上での演算に対応させることができる.ネットワーク層のネットワーク符号化の線形結合演算を省けることが,物理層ネットワーク符号化の重要なポイントとなる.

■■ 7.1.1 物理層ネットワーク符号化技術の基本原理物理層ネットワーク符号化では,電波の変調方式として,QPSK(Quadrature Phase

Shift Keying,四位相偏移)変調を利用する.QPSK変調方式は位相偏移変調方式の一種であり,搬送波にデジタル情報を付加できる.搬送波の位相の変化に 4つの値をもたせ,搬送波の波形のパターンによって 0や 1などの情報を表し,搬送波の位相を任意にずらすことによってデータをもたせている.QPSK変調では波形パターンを 4

種類に分け,1回の変調でM = {00, 01, 10, 11}の 4値の情報 (2ビット)を伝送することが可能となっている.QPSK信号を 2つの直交するBPSK(Binary Phase Shift Keying,二位相偏移)成分により合成できるので,中継ノードDで受信する混合信号は以下のようになる.

yD(t) = s1(t) + s2(t) = (a1 + a2) cosωt+ (b1 + b2) sinωt

= yID(t) cosωt+ yQD(t) sinωt (7.1)

ただし,s1, s2はバンドパス信号 (bandpass signal)であり,a1 + a2はBPSK変調の同相成分,b1 + b2 は BPSKの直交成分である.そして,ωは搬送波周波数 (carrier

frequency)である.また,

yID(t) = a1 + a2 (7.2)

yQD(t) = b1 + b2 (7.3)

である.

Page 24: 「ネットワーク符号化の基礎」 サンプルページii まえがき では,次世代ネットワーク関連技術の講義として,展開し始めている.しかしながら,ネットワーク符号化理論が提案されてからすでに10数年以上経った今でも,国内で

7.1 物理層のネットワーク符号化技術 167

yID のビット集合はM = {0, 1}で,信号の値域 E = {−1, 1}に変調され,ai = 1

をビット 0,ai = −1をビット 1に対応させている.これにより,論理演算の XOR

演算は算術演算の乗算に対応し,a1 ⊕ a2 = a1a2, b1 ⊕ b2 = b1b2 となる.各信号成分 a1,a2,b1,b2 がわからないため,中継ノード Dでは,受信した混合データから S1, S2 のデータを抽出することができない.しかしながら,中継ノードDにおいては,この 4つの成分全部を知る必要はなく,a1 ⊕ a2, b1 ⊕ b2 を知っていれば十分である.この 2つのデータを知っていれば,ブロードキャストするデータsD = a1 ⊕ a2 + j(b1 ⊕ b2)

�= aD + jbD を構成することができる.a1 ⊕ a2, b1 ⊕ b2

は式 (7.2)と式 (7.3)から取得できるので,これにより,中継ノード Dの出力は写像f(·)により,sD = f

(yID(t), yQD(t)

)で表現することができる.

ここで,成分 aD について考える.完全同期方式の場合,電波の重ね合わせは単に振幅の重ね合わせで表現される.

QPSK変調方式において,aD = a1a2 は,a1 �= a2 の場合 −1,a1 = a2 の場合 1となるので,yID(t)の値域は E = {−2, 0, 2}になる.よって,

aD =

{1 (yD(t) = 0)

−1 (yD(t) = −1 or yD(t) = 2)(7.4)

になる.同様にして成分 bD も取得できる.物理層ネットワーク符号化,つまり,ソースノードでの変調写像と中継ノードでの復調写像 (aD 成分)の例を表 7.1に示す.

表 7.1 S1, S2 での変調写像と Dでの復調写像 (aD 成分)

Dの復調写像 (h(e))

S1, S2 の変調写像 (f(mi), i = 1, 2) 入力 出力

Dの変調写像 (f(m))

入力 出力 入力 出力

m1 m2 e1 e2 e m aD

1 1 1 1 2 0 -1

0 1 -1 1 0 1 1

1 0 1 -1 0 1 1

0 0 -1 -1 -2 0 -1

表 7.1により,ソースノードからノード Dに送られるデータが同時に到着した場合,QPSK変調の各成分は,ちょうど 2つのソースノードのデータビットのXORと同じ結果になることがわかる.そこで,物理層から上位層への写像機構 (復調機構)さ

Page 25: 「ネットワーク符号化の基礎」 サンプルページii まえがき では,次世代ネットワーク関連技術の講義として,展開し始めている.しかしながら,ネットワーク符号化理論が提案されてからすでに10数年以上経った今でも,国内で

168 第 7 章 ネットワーク符号化技術の応用

図 7.2 物理層ネットワーク符号化の写像機構

え用意することができれば,従来,衝突信号として扱われてきた混合信号から線形結合信号が得られ,ブロードキャストの回数を 1回分省くことができるようになる.図7.2には写像機構の概略を示している.式 (7.4) からわかるように,写像 f(·) : M → E は 1 対 1 の写像 (one to one

mapping)であるが,その逆写像 (inverse mapping) h(·) : E → M は多対 1の写像になる.ここで,e = e1 ⊗ e2 は 2つの信号の振幅重ね合わせを表す.図 7.2に示しているように,写像 h(·)を見つければ,物理層で重ね合わされた 2つの信号をネットワーク層の XOR演算に写像することができ,ネットワーク層でのネットワーク符号化を実現することができる.物理層ネットワーク符号化が提案されるまで,ネットワーク符号化の実装技術の研究はほとんどネットワーク層での実装研究に集中していた.現在,物理層からネットワーク層,物理層からトランスポート層,さらに上位層をまたぐネットワーク符号化(cross layer network coding)技術の研究が多くみられるようになっている [38].

■■ 7.1.2 複素数有限体のネットワーク符号化複素数有限体のネットワーク符号化 (complex field network coding)は,無線系マルチホップネットワークのスループット性能をさらに改善するために提案された符号化技術である [39][40].図 7.3では,ソースノード S1, S2 からノード Rにデータ X1, X2 を転送する様子を示している.ルーティング方式では 4タイムスロット (図 7.3(a)参照)が必要である.ここで,X1, X2 はそれぞれ,中継ノードDより受信したX1, X2 の推定データである.従来のネットワーク符号化を採用した場合,上位層の衝突回避機構のはたらきで,

Page 26: 「ネットワーク符号化の基礎」 サンプルページii まえがき では,次世代ネットワーク関連技術の講義として,展開し始めている.しかしながら,ネットワーク符号化理論が提案されてからすでに10数年以上経った今でも,国内で
Page 27: 「ネットワーク符号化の基礎」 サンプルページii まえがき では,次世代ネットワーク関連技術の講義として,展開し始めている.しかしながら,ネットワーク符号化理論が提案されてからすでに10数年以上経った今でも,国内で

索 引

英数字

λ-ネットワーク 151

2 元体 17

adjacent pair 32

augment path 26

Basic Convolutional Network Code

108

butterfly network 1

capacity constraint 22

channel coding 4

Convolutional Broadcast Code 107

Convolutional Dispersion Code 108

Convolutional Multicast Code 107

convolutional network coding 87

downstream order 32

finite field 9, 16

flow conservation 22

Ford Fulkerson method 26

formal power series 89

Galois field 16

Gaussian Elimination 9

Generic Linear Network Code 53

global coding vector 33

imaginary link 32

information flow 13

Jaggi Sanders method 59

LIFE*アルゴリズム 130

LIFE-CYCLEアルゴリズム 121

LIFEアルゴリズム 113

Linear Broadcast Code 48

Linear Dispersion Code 49

Linear Multicast Code 46

Linear Network Coding 31

local coding matrix 33

max-flow min-cut theorem 25

minimum cut 24

network code 3

network information flow 13

p field 15

p 元体 15

residual network 26

simple path 26

skew symmetry 22

source coding 4

trellis network 87

unit-delay network 87

upstream order 32

あ 行

アップストリーム順序 32

アナログネットワーク符号化 170

一貫的半順序関係 109

イノベイティブパケット 162

インターリブ長 164

か 行

ガウス消去法 9

拡張型ジャギ-サンダース法- I 75

拡張型ジャギ-サンダース法- II 79

可視 182

仮想ノード 73, 78

下流ノード 61

Page 28: 「ネットワーク符号化の基礎」 サンプルページii まえがき では,次世代ネットワーク関連技術の講義として,展開し始めている.しかしながら,ネットワーク符号化理論が提案されてからすでに10数年以上経った今でも,国内で

索 引 211

ガロア体 16

疑似リンク 32

基本畳み込みネットワーク符号 108

局所符号 33

局所符号化行列 33, 88

グラフデターミナント 202

形式的べき級数 89

経路トランスミッタンス 198, 202

経路ラベル 61

限定盗聴モデル 191

後継 109

さ 行

最小カット 24

最大流・最小カットの定理 25

残余ネットワーク 26

シグナルフローグラフ 134, 196

ジャギ-サンダース法 59

自由度 182

冗長パラメータ 184

衝突グラフ 175

情報源符号化 4

情報フロー 4, 13

上流ノード 61

スーパーリンク 124

静的線形拡散符号 153

静的線形ブロードキャスト符号 152

静的ネットワーク符号化 150

静的汎用線形符号 153

静的線形マルチキャスト符号 152

世代 160

世代サイズ 160

世代番号 160

前駆 109

線形遅延オペレータ 130

線形ネットワーク符号化 31

線形ネットワーク符号化の最大流制限45

線形ブロードキャスト符号 48

線形拡散符号 49

線形マルチキャスト符号 46

増加経路 26

た 行

大域符号化行列 40

大域符号化ベクトル 33, 89

ダウンストリーム順序 32

ダウンストリーム順序集合 61

畳み込み拡散符号 108

畳み込み大域符号化行列 100

畳み込みネットワーク符号化 87

畳み込みブロードキャスト符号 107

畳み込みマルチキャスト符号 107

単純経路 26

単純フロー閉路 111

単位遅延ネットワーク 87

通信路符号化 4

トランスミッタンス 196

トレリスネットワーク 87

な 行

ネットワーク情報フロー 13

ネットワーク情報フロー理論 4

ネットワークの最大流問題 21

ネットワークの配置 151

ネットワーク符号 3

は 行

バタフライネットワーク 1

半順序関係 109

万能攻撃者モデル 190

汎用線形ネットワーク符号 52

非一貫的半順序関係 109

ビザンチン攻撃問題 187

秘密共有モデル 190

品種フロー 3

ファンアウト分割法 174

フォード-ファルカーソン法 26

Page 29: 「ネットワーク符号化の基礎」 サンプルページii まえがき では,次世代ネットワーク関連技術の講義として,展開し始めている.しかしながら,ネットワーク符号化理論が提案されてからすでに10数年以上経った今でも,国内で

212 索 引

復号行列 43

複素数有限体のネットワーク符号化168

物理層のネットワーク符号化 165

フロー経路 109

フローの保存則 22

フローの流量 22

フロー閉路 111

閉路トランスミッタンス 199

ま 行

前向き経路ゲイン 202

前向き経路デターミナント 202

結び目フロー閉路 111

メイソンの公式 134, 202

や 行

有限体 9, 16

容量制限 22

ら 行

ランダムネットワーク符号化 155

リンクインデックス 61

リンク閉路 111

隣接リンクペア 32

わ 行

歪対称性 22

Page 30: 「ネットワーク符号化の基礎」 サンプルページii まえがき では,次世代ネットワーク関連技術の講義として,展開し始めている.しかしながら,ネットワーク符号化理論が提案されてからすでに10数年以上経った今でも,国内で

ネットワーク符号化の基礎 ─初歩から学ぶネットワークコーディング─ © 銭 飛 2015

2015 年 5 月 15 日 第 1 版第 1 刷発行 【本書の無断転載を禁ず】

著  者 銭 飛発 行 者 森北博巳発 行 所 森北出版株式会社

東京都千代田区富士見 1-4-11(〒 102-0071)電話 03-3265-8341 / FAX 03-3264-8709http://www.morikita.co.jp/日本書籍出版協会・自然科学書協会 会員 <(社)出版者著作権管理機構 委託出版物>

落丁・乱丁本はお取替えいたします.

Printed in Japan/ ISBN978-4-627-85241-9

   著 者 略 歴銭 飛(せん・ひ) 1991 年 千葉大学大学院自然科学研究科生産工学専攻博士課程修了(Ph.D.) 2000 年 広島国際学院大学工学部教授 2004 年 関東学院大学工学部教授 2013 年 関東学院大学理工学部教授 現在に至る 関連著書  「NS2 によるネットワークシミュレーション -実験で学ぶQoS ネットワーク技術-」(森北出版,2006 年) 「NS3 によるネットワークシミュレーション」(森北出版,2014 年)

編集担当 大橋貞夫,小林巧次郎(森北出版)編集責任 富井 晃(森北出版)組  版 アベリー印  刷 日本制作センター製  本     同