「がけ」と擁壁(後編)2013.5 国民生活 30 相談現場に役立つ情報...
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2013.5国民生活
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弁護士。住宅問題に加え、日弁連コンピュータ研究委員会委員長を歴任するなど、技術をめぐる法律問題に長く取り組んでいる。
木村 孝 Kimura Takashi
丸ビル綜合法律事務所住宅に関する相談事例を考える
相談現場に役立つ情報
第 回10
「がけ」と擁壁(後編)
前回の『国民生活』4月号(以下、前号)に引
き続き、「がけ」の崩壊による被害を防ぐため
の擁よう
壁へき
について、種類や注意点を説明します。
擁壁の種類
擁壁には、「がけ」の上の土やその上の建物
によって「がけ」に加わる土圧、水圧および自
重などの圧力(以下、土圧等)を支え続けるこ
とが必要です。それを実現する方法は、大きく
分けて2種類あります。
1つは、重力式と呼ばれるコンクリート製で
断面が台形状のものや、自然の石やコンクリー
ト製ブロックを積み上げて裏側をコンクリート
で固めたもので、簡単にいえば、擁壁自体の重
さで土圧等を支えるタイプです【図1】。もう1
つは、鉄筋コンクリート造擁壁という断面がL
字型のもので、てこの原理を使って土圧等自体
を押し返したり、重石の役割をさせたりして、
自らの圧力を支えさせるタイプです【図2】。ど
ちらも原理に違いはありますが、適切に設計・
施工されていれば、ブックエンドのように土圧
等を支えることができます。
擁壁に必要な性能 「強さ」と「安定性」
長期間にわたって土圧等を支え続けるために
は、以下のような性能が必要です【図3】。
①擁壁が破壊されないこと
②擁壁が転倒しないこと
③擁壁の基礎が滑らないこと
④擁壁が沈下しないこと
内側の土の荷重で押し出される
基礎
摩擦力
土の荷重
擁壁の自重で内側からの土の荷重に抵抗する
(例)ブックエンド
本 本 本
摩擦力
内側からの荷重で押し出される
倒れようとする力
底版
土の荷重
土の荷重
(例)ブックエンド
本 本 本
図1 擁壁の原理(重力式擁壁) 図2 擁壁の原理(鉄筋コンクリート造擁壁 −L字型−)
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擁壁が土圧等によって壊れてしまっては、当
然、土を支えることができません。また、擁壁は
壊れなくても、土圧等に、いわば「負けて」倒
れてしまったり、押し出されて「ずれ」てしま
ったりするようでは土圧等を支えているとはい
えません。さらに、擁壁自体の重さや擁壁に加
わる土圧等にその下の地盤が「負けて」沈んで
しまったりする場合も同様です。ひと言でいえ
ば、擁壁は土圧等によって「動かない」、安定性
のあるものである必要があって、【図3】の①か
ら④のどれか1つが欠けても安全な擁壁とはい
えません。
この4つの条件は、建築基準法(以下、建基
法)で直接定められているわけではありません。
いわば「基本原則」ともいえる建基法19条4項
では、「建築物ががけ崩れ等による被害を受け
るおそれのある場合においては、擁壁の設置そ
の他安全上適当な措置を講じなければならない」
と抽象的に規定されているだけです。
また、建基法6条から7条で定められた建築
確認・完了検査手続が必要な、高さ2mを超え
る擁壁*1についても、構造計算は、宅地造成等
規制法(以下、宅造法)所定の方法によるべきも
のとしています*2。したがって、宅造法が擁壁
に関する基本ルールということになります。先
の4つの条件は宅地造成等規制法施行令(以下、
宅造令)に定められているのです*3。
宅地造制等規制法上の擁壁
主として大都市近郊に指定されている宅地造
成工事規制区域(宅造法3条1項)で宅地造成
(宅造法2条2項)を行う場合には、同法に基づ
く技術的基準(宅造令4条から15条)に従って
擁壁などが設計され、また実際に工事を行う前
に都道府県知事の許可を得る必要があります。
そして、擁壁の技術基準は、宅造法6条1項
に基づく宅造令6条以下に規定されていますが、
建物に比べれば、擁壁の原理は力学的に単純な
ので、土の質(砂分の多い土か、より粒子の細
かい粘土分の多い土か)と高さ、そして擁壁の
上に加わる建物の荷重が決まれば、擁壁の構造
や寸法は自ら決まるといってもよく*4(ただし、
前述の④については別の問題で、地盤調査とそ
の結果に基づいて杭を打つなど地盤の補強が必
要になることもあります)、高さと土の質に応じ
た擁壁の構造・寸法について「標準図」という
図面集にまとめられて、インターネットでも数
多く見ることができます*5。こういった標準図
に比べ、薄い、底の部分が狭い、鉄筋の量(比
率)が少ないといった擁壁は要注意といえます。
注意しなければいけない擁壁
擁壁は、宅造法その他の技術基準に従って適
切に設計・施工され、完成後も当初の前提に従
って利用されるのであれば大きな問題は起こら
ないはずなのですが、宅地造成規制区域外で高
さ2m以下の擁壁には、確認申請手続も構造計
算も義務づけられていないことから、ずさんな
設計や施工の擁壁が数多く見られます。また、
築造時に想定していなかった事態によって危険
な擁壁になってしまったものもあります。
そこで、これから、注意しなければならない
擁壁の実例を、いくつか紹介します。
⑴ブロック積みなど「強さ」が不足している擁壁
豪雨の際に壊れてしまった擁壁が【写真1】で
壊れやすい部分
①壊れない
地盤の支持力④沈まない
土+擁壁の荷重
③滑らない
土圧
土圧
②倒れない
土圧
図3 安全な擁壁とは=強度+安定性
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す。これは、鉄筋入りのコンクリートブロック
積みですが、擁壁が高さ2m以下で構造計算や
建築確認手続きなどが不要だったうえ、建物の
基礎が「深ふか
基き
礎そ
」*6で、擁壁に建物の荷重が加
わらないので、それだけに「いい加減な設計」を
していたと考えられるケースです。
設計者は、この擁壁が支えなければならない
のは、建物と擁壁の間の幅約50㎝、深さ約2m
部分の土の重さだけだと考えてしまったような
のですが(【図4】Ⓐ)*7、そこに大きな「見落
とし」があったのです。たしかに、擁壁に接し
て建物がある部分では、おそらく、その「想定
内」だったのでしょうが、実は、この擁壁は、
1棟だけではなく隣接する2棟の建物の敷地を
支えていたのです。
2棟の建物があるということは、建物と建物
の間の「土だけ」の部分については、前号でご
説明した「地盤の高さの差×安息角から上」の
部分の土圧等が加わっていたうえ(【図4】Ⓑ)、
図面にはあった水抜穴がないので、豪雨によっ
て地盤にしみ込んだ水の重さがさらに加わった
結果、このような想定以上の荷重に耐えきれず、
倒れてしまったと考えられます。
⑵増積み擁壁
これは、造成後数十年が経過した住宅地で数
多くみられるケースで、【写真2】がその典型
例です。この例では、造成時に造られたコンク
リート製の重力式擁壁の上端からコンクリート
ブロックによる擁壁をさらに積み上げて、中に
盛土をしています。
このように擁壁の上にさらに擁壁を積み上げ
る「増積み擁壁」が行われる要因は、かつては、
3340470
2200
1,000
1,000
650 2200×√3=3810
水抜きパイプ
400
180
120
600
600
鉄筋
300
Ⓐ設計時には、おそらくここの土の重さしか考えていなかった
Ⓑ実際には、家と家の隙間では、この部分の土と水の重さも加わっていた
深基礎
図4 [写真1]の擁壁に加わっていた土と水の荷重写真1 コンクリートブロック積み擁壁の崩壊
写真2 増積み擁壁の実例
①造成時に作られた擁壁
②後から積み上げ、中に盛土をされて作られた擁壁
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少しでも擁壁を低くして造成費用を節減するた
めに、擁壁近くの地面を【図5】のように傾斜
させることが比較的多く行われていたことにあ
ります。
しかし、この擁壁は、その造成の際には、宅
地がそのままの状態で使われることを前提とし
て設計されているので、擁壁はその状態での土
圧等に耐えられるようにしか設計されていない
のが通常です。
そのような擁壁の上に擁壁を継ぎ足し、しか
も、その内側に土を盛ってしまうと、当初の擁
壁の土圧等(【図5】Ⓐ)に、設計時に前提として
いなかった土圧等が新たにかかり(【図5】Ⓑ)、
崩れてしまいます(【図5】Ⓒ)。当然、転倒(②)
や滑り(③)の面で問題が生じますし、特に、既
存の擁壁や十全を期するのが難しい新旧の擁壁
の継目には、強さ(①)の問題が生じかねませ
ん。現に、兵庫県南部地震(阪神淡路大震災)
や新潟県中越地震の際には、この種の擁壁には
被害が多数発生しています*8。
⑶「水抜穴」のない擁壁
建築基準法施行令(以下、建基令)142条3
号では、擁壁には「水抜穴を設け」なければな
らず、宅造令10条により、この水抜穴は、少な
くとも擁壁の面積3㎡ごとに内径7.5㎝以上の
ものとしなければならないことになっています。
通常、擁壁はこれに加わる内側の土とこれに
自然に含まれる水分による荷重を前提に設計さ
れているので、水抜穴がない(【図6】Ⓐ)と、
豪雨時などに水の荷重が想定外に加わるため
(【図6】Ⓑ)、⑴のように、擁壁が壊れたり(①)、
倒れたり(②)、滑って外側に押し出されたり
(③)する危険があります。
⑷亀裂など変状のある擁壁
宅造法10条に基づき、都道府県知事の許可を
得て築造された擁壁であっても、亀裂などが生
ずることがあります*9。
材料や施工に問題のある場合も多いのですが、
中には、亀裂などの状況からみて想定外の地盤
沈下や擁壁の内側の土の変形によって生じてい
ることが疑われる場合もあります。しかし、建
物に比べて、擁壁の場合はそういった変状の原
因を究明することが難しいことが多いうえ、仮
に原因がわかったとしても、地盤沈下が隣地で
生じていたり、擁壁が隣地の所有者に帰属して
いる場合には、適切な対処をすることが困難な
こともままあります。
そのようなリスクを避けるためにも、前述の
ような変状のある擁壁に接している土地は避け
るほうが安全です。
水の荷重
土の荷重
底版
土の荷重
Ⓐ本来あるはずの 水抜穴がない
Ⓑ土の荷重だけでなく 水の荷重がかかる
当初の盛土
後の盛土
Ⓐ当初の土圧
Ⓑ後の盛土により、 Ⓐに新たな土圧等 がかかる
Ⓒ前提としていなかった 土圧等がかかり崩れる
後の盛土の荷
重 当初の盛土の荷重
傾斜
図6 水抜穴のない擁壁図5 コンクリートブロック積擁壁の崩壊
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*7 �なお、この擁壁は、敷地境界線に接して設置されていたため、民法218条との関係(ウェブ版『国民生活』2013年3月号「住宅に関する相談事例から考える」第8回「屋根をめぐる「現代的」な課題」参照)からか、後述の水抜き穴も設けられていなかった。
*8 �『2007年版 建築物の構造関係技術基準解説書』(国土交通省住宅局建築指導課ほか・監修)2008年�42ページ参照。
*9 �擁壁に生じることの多い変状とその危険度については、国土交通省「宅地擁壁老朽化判定マニュアル(案)」�(http://www.mlit.go.jp/crd/city/plan/kaihatu_kyoka/takuchi_gaiyo/02_hantei.htm)参照
【参考文献】
1 �『2007年版�建築物の構造関係技術基準解説書』(国土交通省住宅局建築指導課ほか・監修�2008年)特に41から42ページ、210から211ページ。
2 �『新版�土と建築基礎の問答』(鈴木三郎�2001年)特に196から228ページ。
3 �『小規模建築物基礎設計指針』(日本建築学会�2008年)198から203ページ。なお、227ページ以下に擁壁標準図がある。
4 �『建築基礎構造設計指針』(日本建築学会�2001年)353から372ページ。
*1 �建基法88条1項、建築基準法施行令138条1項5号
*2 �建築基準法施行令142条柱書き、建設省告示第1449号(平成12年5月31日)「第3」参照。
*3 �建物と同様に、構造計算や建築確認手続きが義務づけられていないからといっても、どう作ってもよいわけではない。前号で説明したように「土が崩れる」原理が比較的単純なのに対応して、「土を崩さないための擁壁」の原理も比較的単純なので、それを具体化している宅造法の考え方を大きく外れているため本文①〜④のどれかの条件を満たさないものは、建基法19条の「安全上適当な措置」が講じられていない(=違法)ということになる。
*4 �計算方法については、例えば神奈川県ホームページ中の「擁壁の取扱い」�(http://www.pref.kanagawa.jp/uploaded/attachment/426760.pdf)など参照。
*5 �例えば、横浜市「宅地造成の手引き」第5編資料編中第1章(http://www.city.yokohama.lg.jp/kenchiku/guid/takuchi/takuzo/tebiki/)�神戸市「宅地造成工事許可申請の手引」技術基準編4、9、10章�(http://www.city.kobe.lg.jp/business/regulation/construction/enterprise/development/takuchitebiki.html)
*6 �ウェブ版『国民生活』2013年4月号「住宅に関する相談事例から考える」第9回「がけと擁壁(前編)」参照。
今回は建物の大きさや高さに対する制約につ
いて解説します。
▶ 建物の大きさ・高さ都市計画法(以下、計画法)において、市街化
区域では原則として、また、他の区域でも必要
に応じて、それぞれの地域の状況に応じて、建
ぺい率や、商業専用地域を除いては容積率が定
められています。単純に考えてしまうと、面積
100㎡の敷地で、建ぺい率50%、容積率150%
であれば、建築面積50㎡の3階建ての建物が建
てられるように思いがちですが、実際には、そ
れ以外のさまざまな規制の関係によって、その
とおりにはいかないことが多いのです。
そのような、いわば建物の「大きさ」を決め
る規制には、主要なものだけでも下記の条文
(表)のようなものがあります。
これらの指定のある地域では、建物の高さに
ついて、一般的な地域以上に規制を受けるため、
建てることのできる建物の大きさに大きな制約
を受けることになりますが、このような地域は
意外に多いのです。
結局、ある敷地に建てられる建物の最大の大
きさや配置は、これらの規制の中で最も厳しい
ものによって制約されることになります。
次回は建物の構造に対する制約について解説
します。
土地が建物を規定する〈中編〉
◦�建物の高さ(低層住居専用地域の場合)�建基法55条1項、建基令130条の10、�計画法8条3項2号ロ
◦�建築物の外壁などから敷地境界線までの距離�(低層住居専用地域と高度利用地区の場合)�建基法54条、計画法8条3項2号ロ、ト
◦�日影規制�建基法56条の2
◦�道路斜線�建基法56条1項1号、�建基令130条の11から135条の4
◦�隣地斜線�建基法56条1項2号、建基令135条の3
◦�北側斜線�建基法56条1項3号、建基令135条の4
◦�高度地域�計画法8条3項2号ト、9条17項