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Title 分子気体力学に基づく気液界面での境界条件を導入し た膜状凝縮の数値計算に関する研究 Author(s) 大島, 翼 Citation Issue Date Text Version ETD URL https://doi.org/10.18910/50538 DOI 10.18910/50538 rights Note Osaka University Knowledge Archive : OUKA Osaka University Knowledge Archive : OUKA https://ir.library.osaka-u.ac.jp/ Osaka University

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  • Title 分子気体力学に基づく気液界面での境界条件を導入した膜状凝縮の数値計算に関する研究

    Author(s) 大島, 翼

    Citation

    Issue Date

    Text Version ETD

    URL https://doi.org/10.18910/50538

    DOI 10.18910/50538

    rights

    Note

    Osaka University Knowledge Archive : OUKAOsaka University Knowledge Archive : OUKA

    https://ir.library.osaka-u.ac.jp/

    Osaka University

  • 博士学位論文

    分子気体力学に基づく

    気液界面での境界条件を導入した

    膜状凝縮の数値計算に関する研究

    大島 翼

    2014年 6月

    大阪大学大学院工学研究科

    機械工学専攻

  • i

    目次

    第 1章 緒言 1

    1.1 相変化を伴う流れの概要 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 1

    1.2 蒸発や凝縮を伴う流れに関する数値計算の研究例 . . . . . . . . . . . . . 2

    1.2.1 気液界面を考慮した二相流解法 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 2

    1.2.2 相変化モデル . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 5

    1.3 分子気体力学と相変化現象 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 11

    1.3.1 分子気体力学の概要 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 11

    1.3.2 気液界面でナビエ・ストークス方程式系に与えられる境界条件 . . 12

    1.3.3 凝縮係数に関する既往研究 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 16

    1.4 本研究の目的と概要 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 17

    第 2章 数値計算法 20

    2.1 基礎方程式 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 20

    2.2 VOF/PLICによる気液界面の移流 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 22

    2.3 相変化による伝熱量・各相の質量変化量を表すソース項の基礎方程式へ

    の反映 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 23

    2.4 計算スキームの概要 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 24

    第 3章 相変化のための物理モデルと計算スキーム 26

    3.1 分子論的な境界条件と VOF 法の直接カップリングによる相変化のため

    の計算スキーム構築の試み . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 26

    3.2 分子論的な境界条件とエネルギーバランス式に組み合わせた相変化のた

    めの計算スキーム . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 29

  • 目次 ii

    第 4章 計算スキームの検証 -自然対流場における単一円柱周りの膜状凝縮- 32

    4.1 計算領域および計算条件の設定 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 32

    4.2 計算結果 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 35

    4.2.1 流れ場の時間変化と体積保存性 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 35

    4.2.2 ヌッセルト理論との比較 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 40

    4.2.3 従来の相変化モデルから得られた結果との比較 . . . . . . . . . . . 44

    4.2.4 界面における気液の温度差の影響 . . . . . . . . . . . . . . . . . . 46

    4.3 本章のまとめ . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 47

    第 5章 結言 48

    付録 A 流体力学方程式および境界条件と数値解法の関係 51

    A.1 流体力学の支配方程式 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 51

    A.2 流体力学の支配方程式が満たす境界条件 . . . . . . . . . . . . . . . . . . 53

    A.2.1 気液境界における境界条件 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 53

    A.2.2 固液境界における境界条件 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 54

    A.3 流体力学方程式と VOF法の関係 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 54

    A.3.1 VOF法の概念の説明 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 54

    A.3.2 VOF法を用いた場合の境界条件の扱い . . . . . . . . . . . . . . . 57

    付録 B 界面再構成手法の説明 60

    B.1 界面の方程式と流体体積率の解析的関係 . . . . . . . . . . . . . . . . . . 60

    B.1.1 界面の方程式が切り取る面積 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 60

    B.1.2 切片の導出 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 62

    B.2 移流方法 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 62

    付録 C 解像度が温度境界層に与える影響の事前検討 65

    参考文献 68

    関 連 発 表 文 献 76

    謝辞 78

  • 1

    第 1章

    緒言

    1.1 相変化を伴う流れの概要

    相変化現象とは,固体・液体・気体という巨視的に見て一様な物質の状態 (相)が,温度

    や圧力を変えることによって別の相に変化することをいう [1].このような現象は,気象

    等の自然現象として観察される他,工学上も極めて重要である.

    熱・流体分野においては,流れの中でのエネルギー輸送過程として蒸発 (沸騰)・凝縮と

    いう形態で相変化現象を扱うことが多い.火力・原子力発電に用いられる蒸気タービンの

    作動流体の相変化は,発電プロセス上極めて重要である [2].火力発電プロセスにおける

    LNG気化器にも相変化現象が応用されている.ヒートパイプも作動媒体の相変化により

    効率的な熱輸送を実現する装置である [3].蒸発法による海水淡水化プラントでは,海水

    を蒸発させ,その蒸気を凝縮させて淡水を生成する蒸留プロセスとして相変化現象を利用

    する [4].その他,電子・電力機器の冷却技術 [5],マイクロスケールの熱流体デバイス [6]

    等にも応用される.

    本研究では,一般的な熱交換器や海水淡水化プラント内で観察される凝縮を伴う流れに

    注目する.凝縮形態としては滴状凝縮と膜状凝縮が知られているが,滴状凝縮は時間とと

    もに膜状凝縮に遷移する場合が多く,膜状凝縮の方が実質的に利用される頻度が高い [7].

    そのため,本研究では膜状凝縮を伴う流れを扱う.

    膜状凝縮に関する研究は,層流状態における自然対流凝縮熱伝達を扱ったヌッセルトの

    水膜理論 [8]を基礎として発展してきた.その後,液膜および周囲の蒸気流の非定常性,

    蒸気成分および状態,凝縮相の性質,伝熱面の姿勢や形状,および伝熱面温度や熱流束と

    いった熱的条件等の影響についての実験的な研究,および気液二相流の境界層方程式を解

  • 第 1章 緒言 2

    析的に解いて熱伝達を予測する研究が行われており,それらの理論解や実験式については

    藤井 [7, 9]や Tanasawa [10]の文献に詳しくまとめられている.

    エネルギー輸送過程で蒸発や凝縮を利用する工業装置の設計を行う際,装置の構成要素

    の一部に注目した理論解や実験結果から伝熱性能を予測して,装置の要求仕様を満たすよ

    うに伝熱面積を決定することがある.しかし,工業装置は一般的に複雑な形状を有してい

    る点や複合的な物理現象が観察されることから,一部の構成要素を対象とした理論解や実

    験結果を装置設計のための技術検討に適用することの可否を判断できない場合が多い.具

    体的な例として,管群から構成される熱交換器の設計を考える.この場合,管群の構成要

    素である単一の伝熱管に着目した伝熱性能予測式を用いて得られた熱伝達係数を,装置内

    の全ての伝熱管に適用して伝熱面積を決定することがある.しかし,実際には伝熱管の位

    置によって,伝熱管温度や周囲の流体の速度や温度といった局所的な条件が異なるため,

    熱伝達予測式に適用する条件が必ずしも適切ではない場合もある.

    実験的に局所的な影響を含めて装置全体の性能を評価をすることも原理的には可能では

    あるが,計測の可否や精度,および実験装置の寸法・コスト等の問題から現実的ではない

    ことが多い.そのため,装置設計の観点からも詳細な設計データを取得できる数値計算へ

    の期待は大きい.

    1.2 蒸発や凝縮を伴う流れに関する数値計算の研究例

    これまでに蒸発 (沸騰)や凝縮を伴う流れの数値計算に関する研究は数多く行われてき

    た.その多くは,気液界面を考慮した二相流解法を基礎とし,流れ場の情報から相変化に

    よる伝熱量や各相の質量変化量を決定するものである.以下で,それらの数値計算法につ

    いて概説する.

    1.2.1 気液界面を考慮した二相流解法

    蒸発や凝縮を伴う流れの計算に用いられる気液界面を考慮した二相流解法として,界面

    変形に対して計算格子をラグランジュ的に追跡させる方法,およびオイラー的な固定格子

    を用いる方法が主に用いられてきた.なお,気液二相流解法についてはこれまでに多くの

    手法が提案されている [11, 12]が,ここでは網羅的に示すことはせず,蒸発や凝縮を伴う

    流れの計算に用いられてきた手法を中心に述べる.

  • 第 1章 緒言 3

    計算格子をラグランジュ的に追跡させる方法

    Welchら [13]や Sonら [14]は,蒸発を伴う流れの界面の変形に対して,計算格子をラ

    グランジュ的に追跡させる方法を用いた.この方法は,有限体積法に基づく非構造格子を

    界面変形に追従させることで格子境界を界面として直接的に表現できる特長を有し,気泡

    の運動の計算等に用いられている.しかし,界面の変形に伴い格子の再構成を必要とす

    る [15].また,界面の複雑な変形に対する計算格子のひずみが計算精度や数値計算の安定

    性に与える影響を緩和できない場合がある.

    オイラー的な固定格子を用いる方法

    前節で示したラグランジュ的な格子を用いる方法に対して,密度関数と呼ばれる界面と

    関連付けて定義される関数の値の変化によって界面を陰的に表現するオイラー的な方法が

    知られている.この方法では,界面の変形に対して格子を追従させるのではなく,関数の

    値の変化により界面を陰的に表現する.一般に界面は格子境界と一致せず,界面の形状が

    不正確になることがあり,また,気液界面における境界条件の導入には工夫を要すること

    もあるが,複雑な界面の形状を有する流れを安定的に計算するためには有効な手段であ

    る.ここでは,固定格子を用いる方法の中でさらに,固定格子上で界面をラグランジュ的

    に追跡する方法と,固定格子内の界面の移動を界面と関連付けて定義される関数の値の変

    化によって表現する方法 (界面捕獲法) [16]に分類する.

    固定格子上で界面をラグランジュ的に追跡する手法として,Front-Tracking法 [17]が

    知られている.この手法では,セルが満たす相を識別するための指標として 0から 1の値

    を取りうる関数 I を導入し,その I に関するポアソン方程式を解くことにより界面の位

    置を陽的に求める.この指標関数に基づいて流体の物性を求めることにより,界面上の物

    質輸送やそれによる表面張力変化の影響等を高精度に表現することができる.一方,密度

    変化や相変化が生じない場合に満たされるべき体積保存性に対する配慮,界面変形に伴う

    マーカーの追加・削除,およびマーカーの再構成が必要となる [18].

    これに対して,固定格子内での界面の移動を界面と関連付けて定義される関数の値の

    変化によって表現する界面捕獲法は,計算格子の極端なひずみによる計算精度の低下

    や計算の破綻を回避して界面の大変形を伴う二相流を扱うことができる.界面捕獲法

    として,VOF 法 (Volume-of-Fluid) [19],Level- Set 法 [20, 21],CCUP 法 (CIP and

    Combined,Unified Procedure Method) [22]等が知られている.

  • 第 1章 緒言 4

    VOF法は各計算セルに流体体積率 F を定義して,流体体積率の移流方程式

    ∂F

    ∂t+ u · ∇F = 0, (1.1)

    を解くことにより界面運動を考慮して気液二相流を表現する手法である.しかし,移流方

    程式を数値的に解くと,数値拡散等により界面捕獲の解像度が低下する問題がある.その

    対策の 1 つとして Donor-Acceptor 法 [19]と呼ばれる移流法が用いられているが,界面

    勾配を考慮していないため,時間進行に伴い界面形状が不正確になる問題がある.高い

    体積保存性を有し,かつ界面勾配を考慮できる体積率輸送手法として,界面を一次方程

    式により表現する PLIC法 (Piecewise Linear Interface Construction method) [23,24],

    MARS法 (Multi-interface Advection and Reconstruction Solver method) [25],EI-LE

    法 (combined Eulerian-Implicit Lagrangian-Explicit scheme) [26,27]等が提案されてお

    り,より正確な界面の捕獲が可能になっている.

    Level-Set 法は,界面からの垂直距離を表す関数 (Level-Set 関数)φ を各計算セルに定

    義して界面を表現する手法である.Level-Set法では,連続関数である距離関数を用いる

    ことにより界面での法線ベクトルを高精度に求めることが可能であり,その結果として曲

    率も精度よく計算できる.Level-Set関数の時間発展は,以下の移流方程式を解くことに

    よって実現される.∂φ

    ∂t+ u · ∇φ = 0. (1.2)

    しかし,Level-Set 関数は時間進行とともに距離関数としての誤差が増加することが多い

    ため,関数の再初期化が必要となり計算負荷が増大する.また,体積保存性を満足させる

    ための補正も必要となる.

    界面の識別に例えば Level-Set 関数を用いて,別の流体の領域に仮想流体を定義する

    Ghost-Fluid 法 [28]も提案されている.この手法では,気液界面で与えられる境界条件

    を満足する解となるように 2つの単相流の支配方程式を解くことにより二相流の計算を行

    う.界面における数値振動を抑えるための格子間隔程度の界面厚さを必要としないことか

    ら,界面で不連続となる量を鋭く捕えられる特長がある [29].その一方で,水-空気系の

    ように一方の流体の物性が他方と大きく異なる場合は,界面において数値振動が発生しや

    すいことが指摘されている [30].

    CCUP法は各相を密度関数で判別し,支配方程式の移流項を CIP 法 (Cubic Interpo-

    lated Propagation method)で離散化する解法である.固気液を統一的に扱うことができ

    る特長を持ち,三相流の数値計算に適している.しかし,体積保存性が保証されない可

  • 第 1章 緒言 5

    能性が指摘されており [31],体積保存を満足するように密度関数を補正しなければなら

    ない.

    1.2.2 相変化モデル

    ここでは,相変化を伴う流れの数値計算に関する従来の研究において気液二相流解法と

    ともに用いられる,蒸発や凝縮による伝熱量や各相の質量変化量を決定する相変化モデル

    について概説する.一般的な相変化の計算手順としては,流れ場の温度・圧力等の情報か

    ら相変化による伝熱量や質量の変化量を求めておき,それらを基礎方程式に反映すること

    で流れの計算を行う.相変化モデルの分類として,界面におけるエネルギーバランス,温

    度回復法,および分子気体力学に基づく条件式から相変化量を決定する方法の 3つについ

    て説明する.

    界面におけるエネルギーバランスから相変化量を決定する方法

    n

    ql

    qv

    ΔA

    ΔV

    Interface

    Liquid Vapor

    Fig. 1.1: Heat flux at the interface with phase change.

    ここでは従来の研究で主に用いられている方法として,1) 相変化に関するソース項を

    基礎方程式に加える場合と,2) 界面の移動速度を算出して相変化に伴う界面の移動を表

    現する場合の 2通りについて述べる.

    1) 相変化に関するソース項を基礎方程式に加える場合

    図 1.1に示すような蒸発もしくは凝縮が生じている界面を考える.体積 ΔV の検査体

    積をとり,その内部の界面の表面積をΔAとする.界面でのエネルギーバランスは,界面

  • 第 1章 緒言 6

    の液相側の熱流束 ql,気相側の熱流束 qv,相変化質量流束を ṁ,潜熱を L,界面におけ

    る気相側を向いた単位法線ベクトル nとすると

    ṁL = (ql − qv) · n, (1.3)

    となる [32].検査体積内で,単位体積・単位時間あたりの相変化に使われる熱量 Qph は

    Qph =(ql − qv) · n

    ρlL

    ΔA

    ΔV, (1.4)

    と表すことができる [32].以上より,各計算セルにおいて相変化に伴う体積率 F の時間

    変化率 Ωは

    Ω =QphρlL

    , (1.5)

    となる [32].このように求められた相変化に伴う熱・物質移動量を基礎方程式に反映させ

    ることにより蒸発や凝縮を考慮した計算を行う.

    白川ら [32]は,気液界面解法に VOF法を用いて,ソース項 Ωと Qph を基礎方程式に

    加えることにより,気液の密度比を 8と設定した過熱液中の気泡成長の計算を行った.気

    液界面解法とともに用いる移流法には Donor-Acceptor法を採用し,任意の界面位置にお

    いて式 (1.4)により相変化量を計算した.

    中野ら [33]は,SOLA-VOF法 [34]を用いて加熱面から飽和水への膜沸騰の計算を行っ

    た.液相は飽和状態であると仮定し,式 (1.4)の液相側の熱流束は小さいものとして無視

    し,気相側の熱流束のみを考慮して相変化量を算出している.白川らと同様に,Ωを体積

    率の移流方程式に,Qph をエネルギー式のソース項として加えている.

    Yuanら [35]は,VOF法とともに界面再構成手法 PLICを用いて自然対流場,および

    強制対流場における膜状蒸発の計算を行った.基礎方程式は一般座標系で定式化されてお

    り,質量移動に関するソース項 Ωを連続の式に加え,Qph をエネルギー式に考慮してい

    る.熱伝達係数について,結果を実験データと比較し,良好に一致することを報告して

    いる.

    Jeonら [36]は,VOF法をベースとし,基礎方程式にソース項を考慮して凝縮を伴う蒸

    気泡の計算を行った.相変化速度の算出段階で式 (1.4)における液相側の熱流束のみを考

    慮している.

    2) 界面の移動速度を算出する場合

    界面の移動速度 uint,界面近傍の気相速度 uv,液相速度 ul,界面の単位法線ベクトル

  • 第 1章 緒言 7

    nとすると相変化質量流束 ṁは

    ṁ = ρv(uv − uint) · n = ρl(ul − uint) · n, (1.6)

    と表される.そのため,ṁが既知の場合は以下のように界面の移動速度を求めることがで

    きる.

    uint · n = uv · n− ṁρv

    = ul · n− ṁρl. (1.7)

    気液二相流解法として Level-Set法を用いる場合,界面を含むセルにおいては以下のよう

    に uint を Level-Set 関数 φの移流方程式において,界面の移流速度として用いることに

    より相変化による界面の移動を表現できる.

    ∂φ

    ∂t+ uint · ∇φ = 0. (1.8)

    Son ら [37] は,上記のような Level-Set 法に基づく手法を用いて膜沸騰の計算を行っ

    た.沸騰量は式 (1.4)を基に算出している.温度場に関しては,気相領域ではエネルギー

    方程式を解くことにより求め,以下の気体論に基づく気液界面での境界条件より温度ジャ

    ンプを導入して界面における液相側の温度を求めている.

    Tv = Tl +q

    hev. (1.9)

    ここで,q は界面での熱流束,hev は蒸発係数であり,界面における気相側の温度は飽和

    温度であると仮定されている.

    Tanguy ら [38] は,Level-Set 法と Ghost Fluid 法をベースにして蒸発を伴う気泡の

    計算を行った.式 (1.7) から界面移流速度を求め,式 (1.8) のように界面セルにおける

    Level-Set関数の移流速度として用いた.界面での熱量は式 (1.4)に基づき算出している.

    蒸発量の算出方法については,以下に示す Level-Set法を基礎とする手法においても同様

    である.Tanguyらの手法では,Ghost-Fluid法を採用することにより気液界面における

    境界条件を直接的に埋め込むことを可能にしている.さらに,界面温度を Level-Set関数

    と周囲の実流体および仮想流体の温度から予測する手法も導入している.

    Sonら [39, 40]も Level-Set法と Ghost-Fluid法を用いて沸騰現象の計算を行った.こ

    の手法は人工的な界面厚みの影響を受けないことから,Sharp-Interface-Model (SIM) と

    呼ばれている [41].得られた熱流束を実験結果と比較して±25%の範囲で一致することを示している [40].界面における液相の温度はいずれも飽和温度と仮定されている.大西

    ら [41]も,同様の手法を用いて沸騰時の気泡挙動解析を行った.ここでも,界面における

    気相側の温度は飽和温度であると仮定されている.

  • 第 1章 緒言 8

    Tomarら [42]は Leve Set 法と VOF 法のハイブリッド法である CLSVOF 法 [43]を

    ベースとして膜沸騰の計算を行った.CLSVOF 法では,Level-Set 関数は界面の曲率や

    法線ベクトルの計算のみに用いられ,流体の移流は VOF法によって計算される.沸騰の

    計算には式 (1.7)を基にした計算を行い,温度場に関しては液相領域と界面では飽和温度

    で一定と仮定されている.気液の密度比は最大で約 50倍と設定している.

    Juric ら [44] は,Front Tracking 法を基礎とし,その中で導入される指標関数の移動

    速度として式 (1.7)から得られる界面速度を用いることにより,相変化を伴う界面運動を

    計算した.また,界面での温度ジャンプを考慮するために,界面における液相側の温度

    Tint と飽和温度 Tsat の差は,後ほど記述する分子気体力学を考慮した Hertz-Knudsen-

    Schrageの式 [45]を基にして求められる.その温度差を基に,界面での沸騰による熱量を

    計算し,エネルギー方程式のソース項として扱われる.また,界面における気相側および

    液相側の温度は,いずれも飽和温度と仮定されている.Tryggvasonら [46]も,Juric ら

    と同様の手法を用いて上昇気泡,および水平管からの膜沸騰の計算を行った.

    温度回復法

    Tsl T Tsv

    Fig. 1.2: State diagram of temperature and enthalpy for temperature recovery

    method [48, 49].

    温度回復法 [47]は,相変化を考慮しない温度場を計算し,この結果に潜熱に相当する

    温度分の相変化が生じると仮定して相変化を扱う手法である.温度回復法では,相変化量

    をセルを満たす流体の体積率として直接的に算出できるため,体積率を扱う気液二相流解

  • 第 1章 緒言 9

    法の VOF法やMARS法 [25]とともに用いられている [48–50].これらの研究において,

    相変化に伴う伝熱量や各相の質量変化量は基礎方程式にソース項として考慮される.以下

    に温度回復法を用いた相変化を伴う気液二相流の計算法を述べる.

    図 1.2に,蒸発および凝縮が生じる場合のそれぞれの,温度回復法に関する界面でのエ

    ンタルピーと温度の状態図を示す.ここで,Tsl,Tsv は,それぞれ蒸発,凝縮が生じる場

    合の飽和温度である.以下,計算の手続きを示す [47–49].

    1. エネルギー式より相変化がない状態の温度分布を求める.

    2. 1時間ステップ内において,図 1.2に示す飽和温度からの温度変化ΔT = Tsv−T (凝縮の場合),ΔT = Tsl − T (蒸発の場合)を求める.

    3. 相変化を伴うセルの温度は,凝縮の場合 Tsv,蒸発の場合 Tsl に回復する.した

    がって,放出もしくは吸収する潜熱は次式で求められる.

    Qs = ρcpWΔT. (1.10)

    ここでW はセルの体積である.

    4. 体積率の変化量 ΔF が次式により得られる

    ΔF = cpΔT

    LT. (1.11)

    ここで Lは潜熱,cp は比熱である.

    5. 液体体積率を以下の式より更新して基礎方程式に相変化量を考慮する.

    F = F +ΔF. (1.12)

    斎藤ら [49]は,気泡成長の計算に対して温度回復法を採用した.気液二相流解法とし

    てはMARS法を用いている.Takaseら [48]は,MARS法をベースとした直接接触凝縮

    の計算に温度回復法を用い,計算結果と可視化実験結果を比較し良好に一致していること

    を報告している.田口ら [50]は,CCUP法を熱力学的解釈に基づき熱流動解析に適した

    形へと再構築した TCUP法 [51]を基礎とし,相変化の計算に温度回復法を用いて二次元

    沸騰流の計算を行った.

    温度回復法では,飽和温度からの温度変化に対応して相変化量が決定され,相変化を伴

    うセルの温度は飽和温度に回復するものとして扱われる.Badillo [52]は,温度回復法を

    用いた場合,時間に依存する量である相変化量が界面温度と飽和温度との差に対応して決

    定されるため,時間スケールについては人為的であることを指摘している.

  • 第 1章 緒言 10

    分子気体力学に基づく条件式から相変化量を決定する方法

    最近では,相変化量の計算に対して分子気体力学から得られる関係式を導入した研究例

    も見られる.これらの手法では,第 1.3.2節で述べるように,ボルツマン方程式を解くこ

    となく得られた気液界面の条件式が用いられている.なお,分子気体力学の概要,および

    相変化量の決定式については第 1.3節に記述する.

    Kalataら [53]は,VOF 法を用いてノズルからの噴流に関する滴状凝縮の計算を行っ

    た.この研究の中で,相変化量は Hertz-Knudsen-Langmuir の式 [45] から決定されてい

    る.凝縮を伴う噴流現象を良好に再現し,凝縮率の上昇とともにノズルからの噴射角が減

    少することを見出している.

    Cuiら [54]は,VOF法をベースとして,相変化量の決定式には,分子気体力学に基づ

    く Hertz-Knudsen-Schrage の式 [45]を用いて,平板上の膜状蒸発および凝縮の計算を行

    い,液膜の発達および波立ちを再現している.界面では気液平衡状態が仮定されており,

    界面の温度は飽和温度と仮定されている.この方法の中では,相変化による質量流束を体

    積率の移流方程式に,熱量をエネルギー方程式に,ソース項として加えている.液相の

    シャーウッド数に関して,計算結果と物質移動に関する理論値を比較し,定性的に妥当な

    傾向が得られていることを報告している.気相のシャーウッド数は,従来の経験則から得

    られる結果と良好に一致している.

    Strotosら [55]も Cuiらと同様に VOF法と Hertz-Knudsen-Schrage の式を用いて気

    泡の蒸発の計算を行った.計算から得られた気泡の蒸発速度は,20% 以内の精度で実際

    の状況と一致することを示している.

    Liu ら [56] は VOF 法および界面再構成手法 PLIC を採用して垂直平板上の凝縮液

    膜の発達課程の計算を行った.彼らも,Cui らと同様にソース項を基礎方程式に考慮

    し,相変化量の計算には Hertz-Knudsen-Schrageの式を用いている.気液界面の温度は,

    飽和温度であると仮定されている.界面におけるエネルギーバランス式 (1.4),および

    Hertz-Knudsen-Schrage 方程式から相変化量を計算した結果を比較し,両者の間に有意

    な差はないことを報告している.また,気相の速度の上昇により凝縮熱伝達が増加するこ

    とも指摘している.

  • 第 1章 緒言 11

    1.3 分子気体力学と相変化現象

    1.3.1 分子気体力学の概要

    我々の周囲にある気体の流れに関する現象の多くは,流体力学に基づき説明される.気

    体が局所的熱平衡状態にあることが流体力学を適用できる必要条件であり [57],この状態

    は気体分子同士の衝突が頻繁に生じているときに実現する [57].気体の高真空を利用する

    半導体薄膜製造装置内部等で見られる低圧気体 (希薄気体) [58]であったり,マイクロ・

    ナノデバイス近傍のような極めて小さいスケールの流れ [58]では,気体が局所的平衡状

    態にはない場合も多く,流体力学を直接的に適用できないことがある.このような非平衡

    状態にある気体の振る舞いを記述するためには,巨視的な変数のみの取扱いでは不十分で

    あり,微視的な分子気体力学に基づく扱いを必要とする [59].

    気体の非平衡の度合いの定量的な指標としてはクヌッセン数が知られており,気体分

    子の平均自由行程 (1 個の気体分子が他の分子と衝突することなく移動できる距離の平均

    値)l と系の代表長さ Lの比 l/L [57]と定義され,l が Lに比べて無視できるときは局所

    的熱平衡状態に相当する.

    分子気体力学は,空間と分子速度の体積要素中に含まれる分子の数を表す速度分布関

    数,およびその時間発展を支配するボルツマン方程式を基礎として気体の運動を分子集団

    の運動として微視的に記述する立場にある.いま,考えている座標系をX,分子速度を

    ξ とする.このとき,分子の質量mとすると,六次元空間 dXdξ 中に含まれる分子の数

    dN は以下のように表される.

    dN =1

    mf(X, ξ, t)dXdξ. (1.13)

    ここで,x, ξおよび tの関数である,f が速度分布関数である.速度分布関数を未知変数

    とするボルツマン方程式は以下のように書ける.

    ∂f

    ∂t+ ξi

    ∂f

    ∂Xi+

    ∂Fif

    ∂ξi= J(f, f). (1.14)

    ここで,Fi は分子に作用する単位質量当たりの外力,J は分子同士の衝突による影響を

    表す衝突項である.平衡状態で Fi = 0のとき,衝突項 J に関するモーメントの対称関係

    式 [59]および衝突和が不変であること [59]を考慮すると,ボルツマン方程式の解 fe は以

  • 第 1章 緒言 12

    下のマクスウェル分布になる.

    fe =ρ

    (2πRT )3/2

    exp

    {−(ξi − ui)

    2

    2RT

    }. (1.15)

    ここで,ρは気体の密度,Rはガス定数,T は温度,ui は流速を表す.

    ボルツマン方程式 (1.14)には右辺に衝突項が含まれており,一般的には複雑な積分項

    で表されるため取扱いは困難である.そのため,衝突項の本質を残したまま簡単化する

    試みが行われている [59].衝突項を簡単化したボルツマン方程式はモデル方程式とよば

    れており,その中でよく知られているのが次式で表される Boltzmann-Krook-Welander

    (BKW) 方程式 [60, 61]である.

    ∂f

    ∂t+ ξi

    ∂f

    ∂Xi+

    ∂Fif

    ∂ξi= Acρfe − Acρf. (1.16)

    ここで,Ac は定数,fe は局所マクスウェル分布である.式 (1.16)の右辺の第 1項は衝突

    項のうち発生項に対応し,第 2項は消滅項に対応する.非平衡流に対して,式 (1.16)は本

    質的な振る舞いをよく表すといわれている [59].

    1.3.2 気液界面でナビエ・ストークス方程式系に与えられる境界条件

    ボルツマン方程式の解として得られる境界条件

    相変化現象は物質に熱を加えたときや取り去ったときの分子間の相互作用により,分子

    配置が大きく変化する現象である [1].図 1.3に示す蒸発・凝縮が生じている気液界面に

    Fig. 1.3: The space of liquid and vapor phase on the both side of the interface.

    The space consists of the bulk liquid phase, the transition layer, the liquid-vapor

    interface, the non-equilibrium region, and the local equilibrium region in turn

    from the left-hand side [62].

  • 第 1章 緒言 13

    おいては,流体の密度や圧力が分子サイズ程度のスケールで大きく変化しており,その界

    面近傍の気体中に分子の平均自由行程程度のスケールで変化する非平衡領域があり,さら

    に界面から遠ざかると諸量の変化のスケールが平均自由行程より極めて大きい流体力学的

    領域が存在する [62].このような本来分子スケールである相変化現象については分子気体

    力学に基づいて研究が行われてきた [63, 64].クヌッセン数が極めて小さい場合でも,蒸

    発・凝縮が起こっている界面において気体は非平衡状態にあるため,巨視的な流体力学の

    立場のみから流体の運動を知ることはできない.

    Liquid

    Vapor

    y

    f if rf∗(ρ∗, Tint, ξ)

    Fig. 1.4: The kinetic model of velocity distribution functions at a liquid-vapor

    interface in a non-equilibrium state [65].

    工学的に重要な,界面を通過する質量流束, 運動量流束, エネルギー流束を知るために

    は,界面両側の状態を明らかにする必要がある.相界面で蒸発・凝縮が生じている場合

    は,図 1.3に示されるように,界面近傍の気相領域に非平衡領域が発達する.図 1.3に示

    されるバルク液相領域および気相の局所的熱平衡領域の流体の運動はナビエ・ストークス

    方程式系で記述できるが,非平衡領域では分子気体力学の立場から運動を記述する必要が

    ある.

    図 1.4に,気相の非平衡領域における,界面に向かう分子および界面から離れる分子の

    速度分布関数を模式的に示す.界面から離れる分子については,2つのグループに分かれ

    る [65].1つは界面から自然に蒸発する分子で構成されるグループであり f∗ の速度分布

    を持つ.通常,f∗ は界面における液相側の温度 Tint および飽和蒸気密度 ρ∗ によるマク

  • 第 1章 緒言 14

    スウェル分布となる.もう 1つは,速度分布 f i で蒸気相から入射した分子が界面で拡散

    反射したグループで,未知の速度分布 f r を有する.界面から離れる分子の速度分布関数

    f は,2つのグループの速度分布の和として以下のように与えられる [66].

    f(y = 0, ξy > 0) = ζf∗ + (1− ζ)f r. (1.17)

    ここで,ξy は分子速度の y 方向成分,ζ は凝縮係数である.凝縮係数に関する既往研究に

    ついては,第 1.3.3節で記述する.

    式 (1.17)に基づき,Sone ら [59, 66, 67]は,ボルツマン方程式の系統的な漸近解析よ

    り,流体力学のナビエ・ストークス方程式系に与えられる気液界面における境界条件を以

    下の通り導いた.

    pv − psatPsat

    =

    (C4

    ∗ − 2√π 1− ζζ

    )u√

    2RTint,  (1.18)

    Tv − TintTint

    = d4∗ u√

    2RTint. (1.19)

    ここで,pv は界面に接する蒸気の圧力,Tint は界面における液相側の温度,psat は Tint

    における飽和蒸気圧,Tv は界面における気相側の温度,R はガス定数,uは界面におけ

    る蒸気速度,また C4∗, d4∗ はそれぞれ定数である.単純な剛体球分子のボルツマン方程

    式に対してはC4

    ∗ = −2.1412, d4∗ = −0.4457, (1.20)

    となる [66,68].Boltzmann-Krook-Welander (BKW) モデルのボルツマン方程式の場合

    C4∗ = −2.13204, d4∗ = −0.44675, (1.21)

    である [66, 68].BKWモデルは非平衡の気体の本質的な振る舞いをよく表す [59]といわ

    れている.式 (1.18)は分子の拡散反射を考慮した一般化された境界条件であり,右辺括

    弧内第二項が蒸気分子の拡散反射を表す項である.ζ = 1の場合は入射分子の全てが凝縮

    する完全凝縮条件に相当する.式 (1.18),(1.19)は界面における圧力・温度の跳びにより

    界面の移動速度が与えられるため,相変化の時間スケールについても考慮されている.ま

    た,式 (1.18),(1.19)は,静止飽和平衡状態からのずれが小さい弱い凝縮の条件の下で導

    出されたものである.このとき,物理量の変化はクヌッセン数と同程度になることから式

    (1.18),(1.19)には以下のような制約が課されることになる [66].

    |u|√2RTint

    � 1,∣∣∣∣pv − psatpsat

    ∣∣∣∣ � 1,∣∣∣∣Tv − TintTint

    ∣∣∣∣ � 1. (1.22)

  • 第 1章 緒言 15

    ボルツマン方程式を解くことなく得られる界面の条件式

    前述の相界面において流体力学方程式が満たす境界条件 (1.18),(1.19)は,ボルツマン

    方程式の系統的な漸近解析の結果として得られたものである.しかし,ボルツマン方程式

    を解くことなく得られた条件式が流体力学方程式の境界条件として用いられる場合があ

    ると指摘されている [62].その例の 1つが以下の Hertz-Knudsen-Langmuir の式 [45]で

    ある.

    ṁ =1√2πR

    (ζe

    psatTint

    − ζc pT

    ). (1.23)

    ここで,ṁ は相変化質量流束,ζe が蒸発係数,ζc が凝縮係数である (ここでは,蒸発

    係数と凝縮係数に別の添字をつけて明示的に異なることを示している).式 (1.23) では

    ζe = ζc = ζ として用いられることもある.また,以下の Hertz-Knudsen-Schrage の

    式 [45]も用いられる.

    ṁ =ζ

    (2− ζ)√2πR

    (psatTint

    − pT

    ). (1.24)

    これらの式は,界面における質量バランスの式

    ṁ = (ζeρ∗ − ζcρw)

    √RTint2π

    . (1.25)

    における飽和密度 ρ∗ を,圧力と温度の関係式によって置き換えることにより求められて

    いるが,その置き換えに関する根拠は明確でないと指摘されている [62].

  • 第 1章 緒言 16

    1.3.3 凝縮係数に関する既往研究

    式 (1.18)に含まれるパラメーター ζ は凝縮係数とよばれており,液面に衝突する分子

    のうち実際に凝縮する分子の割合として定義される [69].原理的には凝縮係数の値が決ま

    れば,式 (1.18)に基づいて凝縮量を決定できる.しかし,凝縮係数は分子気体力学のみの

    立場から理論的に求めることができない [70].そのため,実験,および分子動力学シミュ

    レーションにより凝縮係数を決定する研究が行われている.以下でそれらの研究について

    概説する.

    これまでに実験で測定された凝縮係数の値については,Marek ら [71] や Fujikawa

    ら [62]の文献にまとめられている.これらの実験結果は,実験方法や測定温度,および凝

    縮形態が異なり,0 < ζ ≤ 1の範囲で幅広く分布する.その中でも,滴状凝縮や直接接触凝縮の実験から得られた結果は ζ ≤ 0.1となる傾向があり,膜状凝縮に関しては比較的大きな ζ が得られる傾向にある [71].

    幡宮らの水を用いた滴状凝縮の凝縮係数に関する実験的研究 [72]では,ζ = 0.2 ∼ 0.6が得られている.Berman [73] の水平円管を用いた水の膜状凝縮の実験では,ζ = 1 が

    得られており,Nabavian [74] らの溝付き水平円管に関する水の膜状凝縮の実験からは,

    ζ = 0.4 ∼ 1と報告されている.Fujikawa らの研究グループは,衝撃波管管端に形成される凝縮液膜の膜厚変化に注目

    することで凝縮係数を適切に決定できるものと予測し [75],メタノールを用いて凝縮係数

    を決定する実験 [65, 69, 76, 77]を行ってきた.その一連の研究において,蒸気の非平衡性

    が小さい場合に凝縮係数は 1に近くなり,非平衡性が強くなるに従い 1より小さくなるこ

    とを報告している [65].

    また,分子動力学シミュレーションから凝縮係数を求める研究も行われている.Mat-

    sumotoら [78, 79] は,分子動力学の結果と藤川ら [77]の衝撃波管によるメタノール蒸気

    を用いた実験結果を比較し,良好に一致することを報告している.鶴田ら [80]は,水の凝

    縮係数は 390[K]以下では 1に近く,それ以上の温度領域では次第に低下することを報告

    している.

  • 第 1章 緒言 17

    1.4 本研究の目的と概要

    Fig. 1.5: Liquid film formed on a cylinder.

    Fig. 1.6: Film condenstion formed on horizontally arranged heat exchanger tubes [81, 82].

    本研究の目的は,伝熱管上の膜状凝縮に代表されるような流れに対して,分子気体力

    学に基づく境界条件を考慮して,熱流体現象を適切に予測できる手法を確立することで

    ある.

    本研究では,自然対流場の中におかれた単一円柱周りに生じる膜状凝縮を計算対象とす

  • 第 1章 緒言 18

    る.このような流れが観察される代表例として,熱交換器内の伝熱管周りに形成される凝

    縮液膜が挙げられる.具体的には,図 1.5および図 1.6に示すような,蒸発法を用いた海

    水淡水化装置内部や一般的な伝熱管群から構成される熱交換器内等の一構成要素である.

    そのため,単一円柱周りの膜状凝縮を伴う流れは実機設計への応用を考える上で重要で

    ある.

    本研究では,単一円柱周りの膜状凝縮を伴う熱流体現象を扱うために,相変化速度を

    決定する相変化モデルを,気液界面を考慮した二相流解法に組み合わせる.図 1.5 や図

    1.6 に示すような流れ場においては,近接する伝熱管からの凝縮液の滴り (イナンデー

    ション),液膜および周囲の蒸気流との相互作用,および蒸発や凝縮の影響を受けて,気

    液界面は大きく変形する.そのため,相変化を伴う数値計算を行う場合,液相自体や周

    囲の流体との相互作用により大きく移動・変形する気液界面運動を再現し,かつ適切に

    相変化速度を決定するモデルを組み込む必要がある.本研究では気液界面解法として

    Volume-of-Fluid (VOF)法を用いる.VOF 法は,界面の大変形やトポロジー変化に対し

    て柔軟な対応が可能であり,三次元への拡張も直接的である.さらに,高精度な体積保存

    性を満たしつつ正確な界面輸送を実現するために,VOF 法とともに界面勾配を考慮した

    界面再構成手法を用いる.

    相変化速度を決定する相変化モデルに関して,本論文ではまず,分子気体力学に基づく

    境界条件 [59, 66, 67]を,VOF法に直接的にカップリングさせることを考える.そして,

    直接的にカップリングする上での定式化に関する妥当性についての知見を示す.

    上記の知見を踏まえて,本研究では,分子気体力学に基づく境界条件 [59,66,67]を界面

    でのエネルギーバランスを表す式に組み込んだ,相変化を伴う流れの計算スキームを提案

    する.相変化を伴う流れの数値計算に関する従来の研究では,界面でのエネルギーバラン

    ス式により相変化速度を算出するモデルが広く用いられてきた [32,33,35,41,83].このモ

    デルの中で,相変化速度を計算する際の界面における熱流束は,界面の直近の温度勾配に

    基づいて決定されている [32,41,83].しかし,膜状凝縮を考える場合,界面近傍の気相側

    では大きな温度変化が生じるため,熱流束を界面直近の温度勾配から決定することによっ

    て実現象との差異が発生することが懸念される.そこで,本研究で提案するスキームで

    は,エネルギーバランス式から相変化速度を計算する際に,界面に接する気相の温度を分

    子気体力学に基づく境界条件により求める.これにより,従来の計算手法に対して,分子

    気体力学に基づく温度ジャンプ条件を新たに考慮することができる.

    本研究は,密度差によって流れが駆動される自然対流場における単一円柱周りの液膜表

    面への膜状凝縮を対象としており,円柱表面に一様な液膜が形成された仮想的な状態を初

  • 第 1章 緒言 19

    期条件として計算を行う.本論文では,VOF法を単一円柱周りの膜状凝縮に適用するこ

    との妥当性を検証し,また,計算スキームの有効性を検証するために,伝熱の指標となる

    ヌッセルト数に関して理論値との比較を行い,凝縮量の妥当性を確認する.そして,エネ

    ルギーバランス式に分子気体力学に基づく境界条件を導入した効果を確認するために,従

    来から用いられている,分子論的な境界条件を導入していない相変化モデルから得られた

    結果と比較する.

    本論文の各章の構成は以下の通りである.第 2章で基礎となる数値計算法を説明する.

    第 3 章では,相変化の物理モデルを含む相変化速度の決定方法について記述する.分子

    気体力学に基づく境界条件を直接的に VOF法に組み込む相変化の計算スキーム構築の試

    み,および本研究で提案する,分子気体力学に基づく境界条件を界面でのエネルギーバラ

    ンスを表す式に組み込んだ計算スキームについて説明する.第 4章では,自然対流場にお

    ける膜状凝縮の計算結果を示す.流れ場の再現性を検証して,ヌッセルト理論や従来から

    用いられている手法から得られる結果と比較を行いながら,提案した計算スキームで膜状

    凝縮を扱う妥当性を議論する.

  • 20

    第 2章

    数値計算法

    本章では,膜状凝縮を伴う流れを計算する上での基礎方程式とそれに関する計算スキー

    ムを説明する.気液界面解法には,界面捕獲法である VOF 法を用いる.相変化速度は,

    ソース項として基礎方程式に反映させる.相変化速度の決定ついては第 3章に記載する.

    また,本研究では自然対流場中に置かれた単一円柱周りに生じる膜状凝縮を計算対象とし

    ているため,計算対象とする流れ場の形状を考慮して,基礎方程式は二次元円柱座標系で

    記述される.

    2.1 基礎方程式

    本研究では気液二相流の計算に対して,固定された計算格子を用い,密度関数と呼ば

    れるスカラー関数を導入して密度関数の値の変化から界面を捕獲する手法を採用する.

    VOF法はこの界面捕獲法の一種であり,セル内に存在する相の体積比率を密度関数と考

    えることに相当する [16].VOF法では各計算セルに液相体積率 F (0 ≤ F ≤ 1)が定義されており,F = 1 の場合はセル内がすべて液相で満たされるているものとし,F = 0 の

    場合は気相で満たされているものとする.各セルにおいて各相の存在率で体積平均された

    均質流体の物性は,F を用いて以下のように与えられる.

    ρ = Fρl + (1− F )ρv, (2.1)c = Fcl + (1− F )cv, (2.2)1

    μ=

    F

    μl+

    1− Fμv

    , (2.3)

  • 第 2章 数値計算法 21

    ここで ρ は密度,μ は粘度, c は比熱を表す.添字 l と v はそれぞれ液相と気相を表す.

    本計算で用いられる液相または気相の物性値は定数として扱われる.非圧縮を仮定した

    ニュートン流体の基礎方程式は二次元円柱座標系において以下のように表される.

    連続の式1

    r

    ∂(rur)

    ∂r+

    1

    r

    ∂uθ∂θ

    = Ω, (2.4)

    ナビエ・ストークス方程式

    DurDt

    +1

    ρ

    ∂p

    ∂r− uθ

    2

    r− 1

    ρ

    [2∂

    ∂r

    (μ∂ur∂r

    )+

    1

    r

    ∂θ

    (1

    r

    ∂ur∂θ

    +∂uθ∂r

    )}

    +21

    (∂ur∂r

    − 1r

    ∂uθ∂θ

    − urr

    )]− ρ− ρv

    ρlg sin θ − 1

    ρfr = 0, (2.5)

    DuθDt

    +1

    ρ

    1

    r

    ∂p

    ∂θ+

    uruθr

    − 1ρ

    [∂

    ∂r

    (1

    r

    ∂ur∂θ

    +∂uθ∂r

    )}+

    1

    r

    ∂θ

    (1

    r

    ∂ur∂θ

    +urr

    )}

    +21

    (1

    r

    ∂ur∂θ

    +∂uθ∂r

    )]− ρ− ρv

    ρlg cos θ − 1

    ρfθ = 0, (2.6)

    内部エネルギーの方程式

    ρD(cT )

    Dt=

    1

    r

    ∂r(rqr) +

    1

    r

    ∂qθ∂θ

    +Π, (2.7)

    ここで g は重力加速度,f = (fr, fθ)は後述する CSFモデル [84]により体積力に置き換

    えられた表面張力の寄与を表す項,q = (qr, qθ)は熱流束である.後述のように,q には

    界面の方向を考慮した熱伝導率を適用するために,式 (2.7)は q にフーリエの法則の適用

    前の形式で記述している.式 (2.7)において,粘性摩擦による発熱を表す項は無視されて

    いる.ソース項 Ωと Πは,それぞれ相変化による質量および内部エネルギーの変化を表

    している.

    界面を含むセルにおいては,CSFモデル [84]により f は以下の式で与えられる.

    f = −σκn̂. (2.8)

    ここで σ は表面張力係数,n̂は気相側を向いた界面の単位法線ベクトルであり,

    n̂ = − ∇F|∇F | , (2.9)

  • 第 2章 数値計算法 22

    から算出される.κは次式で与えられる界面の曲率である.

    κ =1

    |n|{(

    n

    |n| · ∇)|n| − (∇ · n)

    }. (2.10)

    ここで nは気相側を向いた界面の法線ベクトルである.

    気液界面を含むセルにおける熱流束については,界面の方向を考慮して実効的な熱伝導

    率を用いて q を以下のように評価する [85].

    q = kn(−∇T ) · n̂n̂+ kt(−∇T ) · (I − n̂n̂). (2.11)

    ここで kn と kt は,それぞれ界面の法線および接線方向の実効的な熱伝導率,I は単位テ

    ンソルである.式 (2.11)の熱伝導率 kn と kt には,それぞれ以下の式で表される体積率

    を用いた調和平均および算術平均値が用いられる [85].

    1

    kn=

    F

    kl+

    1− Fkv

    , kt = Fkl + (1− F )kv. (2.12)

    これにより,界面の方向にしたがって各相が直列または並列に配置された場合の熱流束

    を,調和平均または算術平均を考慮して適切に決定することができる [85, 86].また,式

    (2.11)中の温度勾配 ∇T の計算には,セル中心に定義された温度 T が用いられる.

    2.2 VOF/PLICによる気液界面の移流

    二次元円柱座標系 VOF法における体積率 F の移流方程式を以下に示す.

    ∂F

    ∂t+

    1

    r

    ∂(rFur)

    ∂r+

    1

    r

    ∂(Fuθ)

    ∂θ= Γ. (2.13)

    ここでソース項 Γは相変化による体積率の変化率を表す.本計算では,界面勾配を考慮し

    た界面再構成手法 Piecewise Linear Interface Construction (PLIC) [23, 24]を VOF 法

    とともに用いる.PLICでは,界面は以下の一次方程式で近似される.

    mξξ +mηη = α. (2.14)

    ここで m = (mξ, mη) は計算空間における界面の法線ベクトル,(ξ, η) はセル間隔

    Δξ = Δη = 1のデカルト座標系における一様な計算空間,αは式 (2.14)の切片である.

    物理空間において計算格子は矩形ではないが,図 2.1 に示すように座標変換後の計算空

    間では Δξ = Δη = 1 の一様な正方形になるため PLIC が適用可能である.界面の法線

    ベクトルはMixed Young-Centered (MYC)法 [26]より求める.体積率の移流には Split

    Lagrangian-Explicit法を用いる [26].

  • 第 2章 数値計算法 23

    y

    xr

    θ

    η

    ξ

    Equation (2.14)

    Computational cell incomputational space

    α/mξ

    α/mη

    Δη

    Δξ

    Fig. 2.1: Physical space and computational space used in this simulation.

    2.3 相変化による伝熱量・各相の質量変化量を表すソース項

    の基礎方程式への反映

    相変化による単位時間・単位面積当たりの質量の変化 ṁは,ソース項として基礎方程

    式に考慮される.本節ではソース項の導出について記述する.なお,相変化速度 ṁの決

    定方法については,第 3章で記述する.

    相変化による,液相と気相の単位面積・単位時間当たりの体積変化 V̇l, V̇l はそれぞれ以

    下の式で表すことができる.

    V̇l = γṁ

    ρl, (2.15)

    V̇v = −γ ṁρv

    . (2.16)

    式 (2.15), (2.16)中の γ はセル体積に対するに界面の表面積の割合であり,γ = S/V と表

    される.ここで V はセル体積であり S はセル内の界面の表面積である.本計算において,

    S は図 2.1に示される計算空間における平面の面積として近似され,図 2.1に示すように

    界面を表す方程式 (2.14)とセル境界の交点の座標値より求められる.式 (2.15), (2.16)よ

    り,相変化による単位時間当たりの体積変化率は以下のように与えられる.

    V̇l + V̇v = γ

    (1

    ρl− 1

    ρv

    )ṁ. (2.17)

  • 第 2章 数値計算法 24

    そのため,連続の式に対するソース項 Ωは ṁを用いて以下のように表される.

    Ω = γ

    (1

    ρl− 1

    ρv

    )ṁ. (2.18)

    エネルギー方程式 (2.7)のソース項は,気液のエンタルピー差を用いて以下のように与

    えられる.Π = γ(hv − hl)ṁ. (2.19)

    気液の体積存在率で平均された均質流体に関する連続の式は以下のように表される.

    ∂ρ

    ∂t+

    1

    r

    ∂(rρur)

    ∂r+

    1

    r

    ∂(ρuθ)

    ∂θ= 0. (2.20)

    非圧縮流体の仮定 Dρ/Dt = 0 と,非圧縮流体の連続の式 (2.4),および式 (2.1) を式

    (2.20)に考慮すると以下の関係式が得られる.

    (ρl − ρv){∂F

    ∂t+

    1

    r

    ∂(rFur)

    ∂r+

    1

    r

    ∂(Fuθ)

    ∂θ

    }= 0. (2.21)

    ソース項 (2.18)を考慮した式 (2.4)を,式 (2.21)に適用すると,体積率の移流方程式に対

    するソース項 Γが以下のように導かれる.

    Γ = γρ

    ρlρvṁ. (2.22)

    以上のように,ṁを決定できれば,ソース項 Ω, Π, Γ としてそれぞれの基礎方程式に相

    変化による伝熱量・質量変化量を反映させることができる.

    2.4 計算スキームの概要

    空間微分にはスタガード格子を用いた二次精度中心差分を採用した.運動方程式の

    時間積分に関しては,対流項と粘性項には三次の Adams-Bashforth 法,速度と圧力の

    カップリングには SMAC 法 [87] を用いた.エネルギー方程式の時間積分には二次の

    Adams-Bashforth法を用いた.時刻 tn から次の時間ステップ tn+1 = tn +Δt へ 1時間

    ステップ時間進行させる際の計算スキームの概要を以下に示す.ここで n は時間ステッ

    プ数,Δtは時間刻みを表す.

    1. 式 (2.5)と (2.6)中の対流項と粘性項の和 Ar,Aθ を,現在と過去の時間ステップ

    (tn, tn−1, tn−2)の速度場と流体の物性を用いて計算する.

  • 第 2章 数値計算法 25

    2. 式 (2.7)中の対流項と拡散項の和 B を,現在と過去の時間ステップ (tn, tn−1)の速

    度場と温度場および流体の物性を用いて計算する.

    3. 第 3章で説明する計算方法により ṁを決定する.

    4. 体積率 F を式 (2.13)に基づいて移流させる.

    5. 次ステップの各セルを占める流体の物性を式 (2.1)∼(2.3), (2.12)より決定する.6. SMAC法に基づく予測・修正ステップにより速度場の時間進行計算を行うために,

    式 (2.5), (2.6)に対して次のように次ステップの速度の予測値 urp,uθp を求める.

    urp = ur

    n +Δt

    (−1ρ

    ∂pn

    ∂r+

    23Arn − 16Arn−1 + 5Arn−2

    12+Xr

    ), (2.23)

    uθp = uθ

    n +Δt

    (−1ρ

    1

    r

    ∂pn

    ∂θ+

    23Aθn − 16Aθn−1 + 5Aθn−2

    12+Xθ

    ). (2.24)

    ここで,Xr とXθ は,それぞれ式 (2.5), (2.6)中の重力項と表面張力項の和である.

    7. 圧力の時間変化に対応するスカラーポテンシャル φに関するポアソン方程式

    1

    r

    ∂r

    (1

    ρr∂φ

    ∂r

    )+

    1

    r

    ∂θ

    (1

    ρ

    1

    r

    ∂φ

    ∂θ

    )=

    1

    Δt

    {1

    r

    ∂(rurp)

    ∂r+

    1

    r

    ∂uθp

    ∂θ

    }+

    1

    Δt

    (1

    ρl− 1

    ρv

    )ṁ

    }, (2.25)

    を安定化双共約勾配法 (Bi-CGSTAB) [88]を用いて解いて,圧力を更新する.

    pn+1 = pn + φ. (2.26)

    8. 速度を φで修正する.

    urn+1 = ur

    p −Δt1ρ

    ∂φ

    ∂r, (2.27)

    uθn+1 = uθ

    p −Δt1ρ

    1

    r

    ∂φ

    ∂θ. (2.28)

    9. 式 (2.7)の対流項と拡散項に二次の Adams-Bashforth式を適用して温度場を更新

    する.

    (cT )n+1 = (cT )n +Δt

    (3Bn −Bn−1

    2+ Π

    ), (2.29)

    Tn+1 = (cT )n+1/cn+1. (2.30)

  • 26

    第 3章

    相変化のための物理モデルと計算スキーム

    本章では,相変化速度 ṁを与える物理モデルと,その計算スキームについて説明する.

    本章で記述する方法に従って算出された ṁは,第 2章で示したようにソース項として基

    礎方程式に反映させることによって相変化を考慮した計算を行う.

    本章ではまず,相変化の計算方法として,分子気体力学に基づく境界条件を直接的に

    VOF法に組み込むための定式化の試みについて記述する.そして,本研究において提案

    する,分子気体力学に基づく境界条件を界面におけるエネルギーバランスの関係式に組み

    込んだ計算スキームについて説明する.

    3.1 分子論的な境界条件と VOF法の直接カップリングによ

    る相変化のための計算スキーム構築の試み

    本節では,分子気体力学に基づく境界条件を直接的に VOF法に組み込むための定式化

    について記述する.

    相変化を伴う界面においてナビエ・ストークス方程式系に与えられる一般的な境界条件

    は,ボルツマン方程式の系統的な漸近解析により以下のように導かれる [59, 66].

    pv − psatpsat

    =

    (C4

    ∗ − 2√π 1− ζζ

    )(uv − uint) · n̂√

    2RTint, (3.1)

    Tv − TintTint

    = d4∗ (uv − uint) · n̂√

    2RTint. (3.2)

  • 第 3章 相変化のための物理モデルと計算スキーム 27

    ρv, pv, Tv

    ρl, pl, Tl

    Liquid phase

    Δξ

    Δη

    Vapor phase

    Fig. 3.1: Fluid properties in the computational cell including the interface.

    ここで pv は界面に接する気相の圧力,Tv は界面における気相側の温度,Tint は界面

    における液相側の温度,psat は Tint における飽和圧力,uv は気相の速度,uint は界

    面の速度,n̂ は気相側を向いた界面の単位法線ベクトル,および R はガス定数である.

    Boltzmann-Krook-Welander (BKW)モデルのボルツマン方程式に対しては,

    C4∗ = −2.13204, d4∗ = −0.44675, (3.3)

    である [59,66].ζ (0 < ζ ≤ 1)は凝縮係数で,気相分子の凝縮相への付着割合を表す.式(3.1)の 1つ目の括弧内の第二項は,界面における分子の反射を表す.界面近傍の気相と

    液相の条件によって,ζ は 0 < ζ ≤ 1の値を取り得る.凝縮を伴う界面を含むセルにおける変数を図 3.1に示す.

    VOF法を含む一般的な気液二相流の数値計算では,温度場を扱う場合,エネルギー方

    程式 (2.7)を解くことにより界面セルにおける均質流体の温度が与えられる.そのため,

    界面セルにおける各相の温度は陽には求められない.つまり,VOF法の枠組みに式 (3.2)

    を直接的に適用することを考えると,界面の気相温度を必ずしも妥当に決めることができ

    ない.そのため,相変化速度の計算に対しては,式 (3.1)を用いることを考える.

    相変化による単位時間・単位面積当たりの質量の変化 ṁは,蒸気と界面の相対速度を

    用いて以下の式で与えられる.

    ṁ = −ρv(uv − uint) · n̂. (3.4)

    この式により,相変化速度 ṁを決定するためには,式 (3.1)の変数を適切に決定できれば

  • 第 3章 相変化のための物理モデルと計算スキーム 28

    よい.界面における液相の温度 Tint は,液相側の界面以外のセルから外挿して求めるこ

    とができる.また,飽和圧力 psat は以下の Clausius-Clapeyronの式から決定することが

    できる.

    psat = p0 exp

    {LcR

    (1

    Tb− 1

    Tint

    )}. (3.5)

    ここで p0 は参照温度 Tb における飽和圧力である.そのため,あとは pv を決定すること

    ができればよい.しかし,本計算で用いた非圧縮性流れ解法では,圧力 pとして求められ

    るスカラー変数には連続の式や速度境界条件と整合させるためのポテンシャルが含まれる

    ため,圧力方程式の解として得られる圧力をそのまま熱力学的関係式に適用することは妥

    当ではない.また,原理的には界面における気相側の温度も外挿により求めて,式 (3.2)

    により相変化速度を計算することも可能ではある.しかし,外挿値は数値計算上の推測に

    過ぎず,相変化に大きく寄与する分子スケールにおける界面のジャンプ条件に関して,界

    面の気相側および液相側の両側からの外挿値を適用した場合,実現象との差異が大きくな

    ると考え,そのような方法は採用していない.

    そこで,相変化速度を求める方程式系を閉じるために,pv と psat の関係を与えるWard

    ら [89, 90]が気液平衡状態を仮定した場合の界面における化学ポテンシャルのバランスか

    ら導出した,気液の圧力条件の式を導入することを考える.

    pv = psat exp

    {VsatRTint

    (pint − psat)}. (3.6)

    ここで Vsat は水のモル体積である.この式に Young-Laplace の式 pint − pv = σκを導入すると,以下の関係式が得られる [89, 90].

    pint = psat exp

    {VsatRTint

    (pint − psat)}+ σκ. (3.7)

    式 (3.7)を例えば Newton-Raphson 法を用いて繰り返し解くことによって pint と pv を

    求めることができる [91].

    ここで,相変化が生じない静止平衡状態を考える.このとき,式 (3.1)の右辺は 0にな

    るので,pv = psat の関係が成り立つ.Young-Laplaceの式によると pv − pint = σκの関係が成り立っているので,相変化が生じない場合は psat − pint = σκでなければならない.一方,式 (3.6)において,pint = psat のときに pv = psat となる.しかし,このこと

    は,相変化が生じない場合の Young-Laplaceの式 psat − pint = σκを満たさない.つまり,本章で説明した相変化モデルは静止平衡状態を許さないことになる.

  • 第 3章 相変化のための物理モデルと計算スキーム 29

    そのため,VOF法に式 (3.1),(3.2)を,静止平衡状態を含めて数値計算上のアルゴリズ

    ムとも整合するように方程式系が閉じる形で適切に導入するためには,他の新たな仮定

    の導入かモデルの切り換えが必要であり,現状では適切な相変化モデルの構築が困難で

    ある.

    3.2 分子論的な境界条件とエネルギーバランス式に組み合わ

    せた相変化のための計算スキーム

    本節では,本研究で提案する相変化のための計算スキームを説明する.このスキームで

    は,分子気体力学に基づく境界条件を界面でのエネルギーバランスの関係式に組み込んで

    いる.また,本計算スキームの特徴を明確にするための比較対象として用いる,分子論的

    な境界条件を考慮しないでエネルギーバランスの関係式から相変化速度を決定するモデル

    についても本章で説明する.

    界面でのエネルギーバランスを考慮すると,単位時間・単位面積当たりの相変化速度 ṁ

    (凝縮の場合を正と定義している)は,連続体スケールで以下のように与えられる.

    ṁ =(kl∇Tl − kv∇Tv) · n̂

    hv − hl . (3.8)

    ここで,hl と hv はそれぞれ液相と気相の比エンタルピーである.従来から,相変化を伴

    う流れの数値計算に関する研究では,式 (3.8) は相変化速度を決定するために広く用いら

    れてきた [32,33,35,41,83].これらの研究において,界面での熱流束は,直近の温度勾配

    から与えられる [32, 41, 83].

    しかし,相変化を伴う界面近傍の気相側では,大きな温度変化が生じることが予測され

    る.そのため,界面に最も近い 2 点に定義された気相側の温度から算出された温度勾配

    により界面の熱流束を決定すると,実際の界面における熱流束との差異が生じることが懸

    念される.本研究では,この差異を緩和して,より相変化を伴う界面の本質的な性質であ

    る温度ジャンプを考慮するべく,式 (3.8)を用いて相変化速度を計算する過程において,

    分子気体力学に基づく温度ジャンプ条件 (3.2)を導入したスキームを提案する.つまり,

    式 (3.8)の温度勾配を計算する際の界面における気相側の温度 Tv は,温度ジャンプ条件

    (3.2)より与えられる.式 (3.2)は,式 (3.4)を用いると以下のように書き換えられる.

    Tv − TintTint

    = −d4∗ ṁρv√2RTint

    . (3.9)

    このように書き換えることで,式 (3.2) に現れる相対速度に関する項 uv と uint を明示

  • 第 3章 相変化のための物理モデルと計算スキーム 30

    Tj+2Tj+2

    Tj+1Tj+1

    Tj−1Tj−1

    Tj−2Tj−2

    TjTj

    TintTint

    TvTv

    by Eq.(3.8)

    point forextrapolation

    extrapolation

    Vapor phase

    rLiquid phase

    interfaceinterface

    CASE A CASE B

    Fig. 3.2: Treatment of temperature in the cell including the interface.

    的に求める必要がないことがわかる.本論文では,この計算スキームを使用した場合を

    CASE Aと呼ぶことにする.

    界面における液相側の温度 Tint は,線形外挿により推定値として与えられる.しかし,

    相変化速度に有意に寄与する温度ジャンプは,式 (3.9) で決定される.式 (3.8)の温度勾

    配の計算方向については,半径方向もしくは周方向のうち,界面の法線方向により近い方

    向が選ばれる.つまり,界面を表す方程式 (2.14)の勾配に関係するmξ とmη の大小関係

    によって,mξ ≥ mη のときは半径方向,mξ < mη のときは周方向方向と決定される.界面における液相側の温度 Tint の外挿の方向も同様に決定される.

    従来から広く用いられてきた相変化モデル [32,33,35,41,83]と同様に,分子気体力学に

    基づく温度ジャンプ条件を考慮しないで,式 (3.8)から相変化速度を決定する相変化モデ

    ルを使用した場合を,本論文では CASE Bと呼ぶ.このとき,界面での熱流束の計算に

    使用される液相および気相の温度は,界面の両側からの外挿によって決定される.すなわ

    ち,界面直近の温度勾配を用いて熱流束を計算することを意味している.このモデルは,

    CASE Aと同じ数値スキーム上に統合されており,CASE Aの有効性を明確にするため

    の比較として用いられる.

    CASE Aと CASE Bの違いを明確にするために,図 3.2にそれぞれのケースの界面付

    近の温度の扱い方を示す.ここで,界面は j 番目のセルに存在しているものとし,温度を

    半径方向に外挿する場合を考える.また,気相は界面に対して半径方向の正の方向に存在

  • 第 3章 相変化のための物理モデルと計算スキーム 31

    しているものとする.

    CASE A, Bともに,Tint は Tj−1 と Tj−2 を用いて線形に外挿することにより求めら

    れ,界面における液相側の温度勾配 ∇Tl は Tj−2 と Tj−1 の勾配として計算される.界面における気相側の温度 Tv については,CASE Aでは式 (3.9)より求められるが,CASE

    Bでは Tj+1 と Tj+2 の値を用いて外挿される.界面における気相側の温度勾配∇Tv については,CASE A, Bともに,Tv と Tj+1 の勾配として計算される.すなわち,CASE B

    では Tj+1 と Tj+2 の勾配として扱われることになる.

  • 32

    第 4章

    計算スキームの検証 -自然対流場における単一円柱周りの膜状凝縮-

    本章では,第 3.2 節で提案した計算スキームにより得られた計算結果を示す.まず

    VOF/PLICで膜状凝縮を扱うことの妥当性を示し,凝縮量に関する定量的な検証を行う

    ために,計算結果をヌッセルト理論から得られた理論値と比較する.また,提案した計算

    スキームの効果を明確にするために,従来から広く用いられてきた相変化モデルにより得

    られた結果と比較する.さらに,より広範な界面の温度差の条件での適用性を検証するた

    め,界面の温度差を大きくした場合の計算結果も示す.

    4.1 計算領域および計算条件の設定

    自然対流場における単一円柱周りに生じる膜状凝縮のための計算領域,境界条件,座標

    系および計算格子の一部を図 4.1に示す.本計算では,3 通りの格子分割数 Nθ × Nr =120× 30,240× 60および 360× 120を採用する.周方向の格子間隔は一定であり,半径方向については,円柱表面に近づくほど格子間隔は小さくなる.Nθ ×Nr = 240× 60のとき,半径方向の最小格子間隔は 0.0031Dである.円柱表面には Non-Slip条件が課され

    ており,計算領域の外側の境界には Traction-Free境界条件が設定されている.円柱表面

    の温度 Tw は一定値に保たれている.

    初期条件としては,厚さ δ0 = 0.019D で一様な静止状態の液膜が円柱表面に与えられ

    る.これは,本研究の対象としている液膜への凝縮が生じ,かつ,凝縮を伴いながら液膜

    が円柱から流下しようとする,膜状凝縮現象の典型的な状況を再現するためである.液相

  • 第 4章 計算スキームの検証 -自然対流場における単一円柱周りの膜状凝縮- 33

    r

    r

    θNon-Slip B.C.

    Traction Free B.C.

    Gravity

    Φ

    Liquid film

    D/210D

    Horizontalcircular cylinder Tw

    δ0

    Tv0

    Fig. 4.1: Computational domain and boundary conditions.

    r

    T

    Tv0 = 373[K]

    Tw

    0.5D 0.519D

    0.008D

    cylinder

    initial liquid film

    Fig. 4.2: Initial condition of temperature in the vicinity of cylinder surface.

    の初期温度は,円柱表面温度 Tw と同じに設定されている.また,図 4.2に示されるよう

    に,界面からみて気相側の領域に,液相の初期温度と同じ温度になるような層が設けられ

    ている.これは,周囲から供給された熱が液膜に達する直前の状況を表しており,その温

    度分布は単純なステップ状の分布を有しているものとする.界面の温度を適切に外挿する

    ために必要なステンシルを確保することを考え,図 4.2で示される気相側の低温領域の厚

    さは,本計算で用いられる最も粗い計算格子の間隔と等しく設定している.

    図 4.1の右の図,および図 4.2中の青い線は,r = 0.519Dの位置に設定された初期状態

  • 第 4章 計算スキームの検証 -自然対流場における単一円柱周りの膜状凝縮- 34

    Table 4.1: Computational conditions

    Vapor density ρv 0.60 kg/m3

    Vapor viscosity μv 1.20× 10−5 Pa sVapor thermal conductivity kv 2.50× 10−2 J/(m K s)Vapor specific heat cv 2.05× 103 J/(kg K)Vapor specific enthalpy hv 2.68× 105 J/kggas constant of vapor R 461.7 J/kg K

    Tw = 370[K] Tw = 343[K]

    (Tv0 − Tw = 3[K]) (Tv0 − Tw = 30[K])

    Liquid density ρl 960 978 kg/m3

    Liquid viscosity μl 3.00× 10−4 4.10× 10−4 Pa sLiquid thermal conductivity kl 0.675 0.660 J/(m K s)

    Liquid specific heat cl 4.22× 103 4.19× 103 J/kg KLiquid specific enthalpy hl 4.18× 105 2.92× 105 J/kgCoefficient of surface tension σ 6.00× 10−2 6.44× 10−2 N/mDensity ratio ρl/ρv 1.60× 103 1.63× 103 -Viscosity ratio μl/μv 25.0 34.2 -

    Thermal conductivity ratio kl/kv 27.00 26.40 -

    Specific heat ratio cl/cv 2.06 2.04 -

    における気液界面形状を示している.格子分割数 Nθ ×Nr = 240× 60の場合は,初期の液膜に対し半径方向に 5点の格子が割り当てられている.同様に,Nθ ×Nr = 120× 30および 360 × 120の計算格子を用いるとき,2.5点および 10点の格子点が初期の液膜に対して割り当てられている.解像度が計算結果に与える影響を把握するため,付録 Cに,

    解像度と温度分布の関係を事前に検討した結果を示す.

    本研究で用いられた物性値と定数を表 4.1 にまとめる.代表長さ D は円柱の直径と

    し,D = 0.02[m]である.代表速度は,Tw = 370とした場合の U =√gβ(Tv0 − Tw)D

    と定義されており,この場合 U = 0.021[m/s] である.ここで,β = 7.35 × 10−4[1/K]は 370[K]における水の体積膨張係数である.時間スケールは,浮力に関係する特性時間

  • 第 4章 計算スキームの検証 -自然対流場における単一円柱周りの膜状凝縮- 35

    D/U = 0.952[s]で無次元化されており,無次元時間 t∗ は t∗ = tU/D と定義される.計

    算の時間刻みはΔt∗ = 5.0× 10−7 と設定されている.

    4.2 計算結果

    第 4.2.1節と 4.2.2節では,第 3.2節で提案した,分子論的な境界条件をエネルギーバ

    ランス式とカップリングさせたスキームを用いた場合 (CASE A) に得られた結果を示す.

    また,第 4.2.3節と 4.2.4節では,CASE Aの特長を明確にするための比較として,分子

    論的な境界条件を考慮しない相変化モデルを用いた場合 (CASE B) に得られた結果も示

    す.第 4.2.4節の結果を除いて,Tw は 370[K]で固定されている.

    4.2.1 流れ場の時間変化と体積保存性

    図 4.3に液相体積率と温度場の時間変化を示す.円柱表面で液膜として存在している液

    相は,時間とともに円柱に沿って流下する.

    図 4.4には,t∗ = 0.02 ∼ 0.06における界面セルの周方向速度 uθ∗ = uθ/U の円柱頂点からの角度 Φ方向分布の近似曲線を示す.時間とともに,uθ∗ のピークは円柱下部の方向

    にシフトすることがわかる.時刻 t∗ = 0.02における各解像度の分布を見ると,格子解像

    度の高い Nθ ×Nr = 240× 60,360× 120の 2ケースは近い分布が得られることがわかる.液膜が滴下し始める様子が観察される t∗ = 0.04以降においては,uθ∗ の分布の差は

    明確ではない.ヌッセルトの膜状凝縮の理論解析 [8]では,液膜は定常流れと仮定されて

    おり,円柱下部から滴り落ちた流量が仮想的に補給される理想的な状態を仮定している.

    本計算のように,非定常性を考慮すると液膜の速度分布は時間によって異なり,そのこと

    が理論解析によって導かれるヌッセルト数等の値に影響を及ぼす可能性が考えられる.

    提案した手法により,二相流を考慮して円柱表面上の膜状凝縮を扱うことの妥当性を確

    認するために,計算量域内の液相の初期体積に対する液相体積の時間変化率 E に関して,

    凝縮を伴わない場合と比較する.凝縮を伴わない場合の計算では,界面の熱流束の値に関

    わらず,ṁ = 0と設定している.E は以下の式で定義される.

    E =ΣJF − ΣJF0

    ΣJF0. (4.1)

  • 第 4章 計算スキームの検証 -自然対流場における単一円柱周りの膜状凝縮- 36

    t∗ = 0.01

    t∗ = 0.02

    t∗ = 0.03

    a)Profile of F b) Temperature field

    370.0 373.0

    [K]

  • 第 4章 計算スキームの検証 -自然対流場における単一円柱周りの膜状凝縮- 37

    t∗ = 0.04

    t∗ = 0.05

    t∗ = 0.06

    a)Profile of F b) Temperature field

    Fig. 4.3: Time evolution of flow and temperature field.

    370.0 373.0

    [K]

  • 第 4章 計算スキームの検証 -自然対流場における単一円柱周りの膜状凝縮- 38

    Φ[deg]

    uθ∗

    Nθ ×Nr = 120× 30Nθ ×Nr = 240× 60Nθ ×Nr = 360× 120

    a) t∗ = 0.02

    Φ[deg]

    uθ∗

    Nθ ×Nr = 120× 30Nθ ×Nr = 240× 60Nθ ×Nr = 360× 120

    b) t∗ = 0.04

  • 第 4章 計算スキームの検証 -自然対流場における単一円柱周りの膜状凝縮- 39

    Φ[deg]

    uθ∗

    Nθ ×Nr = 120× 30Nθ ×Nr = 240× 60Nθ ×Nr = 360× 120

    c) t∗ = 0.06

    Fig. 4.4: Prifiles of circumferential velocity of liquid phase at the interface cells.

    ここで,J は座標変換のヤコビアン,ΣJF0 は初期状態における液相の体積である.凝縮

    を伴わない場合,E は本計算おける液相の体積保存誤差に相当する.図 4.5に E の値の

    時間変化の比較を示す.図 4.5において,破線は凝縮を伴わない場合,実線は凝縮を伴う

    場合の結果を示す.ここでは,3通りの計算格子分割数Nθ ×Nr = 120× 30, 240× 60および 480× 120の結果を検討する.t∗ = 0.04以前において,Nθ ×Nr = 120× 30のときの凝縮を伴わない場合の E は他のケースと比較して顕著に大きくなる様子が観察できる.t∗ = 0.04以降では,円柱から

    液膜が滴り落ちることの影響を受けて E は時間に伴って不規則に増加する.一方,凝縮

    を伴う場合の E に関しては,各ケースとも単調に増加する傾向が確認できる.格子分割

    数Nθ ×Nr が 240× 60より大きい場合,体積誤差の計算量域内の液相体積に対する割合は最大でも 0.01以下である.このように液相体積の保存誤差は凝縮量と比較して十分小

    さく,本計算の条件において VOF/PLICを導入することは妥当と考えられる.

  • 第 4章 計算スキームの検証 -自然対流場における単一円柱周りの膜状凝縮- 40

    1e-08

    1e-07

    1e-06

    1e-05

    0.0001

    0.001

    0.01

    0 0.01 0.02 0.03 0.04 0.05 0.06

    t∗

    E

    1.0× 10−8

    1.0× 10−7

    1.0× 10−6

    1.0× 10−5

    1.0× 10−4

    1.0× 10−3

    1.0× 10−2

    Nθ ×Nr = 120× 30

    Nθ ×Nr = 120× 30

    Nθ ×Nr = 240× 60

    Nθ ×Nr = 240× 60

    Nθ ×Nr = 480× 120

    Nθ ×Nr = 480× 120

    with condensation

    without condensation

    Fig. 4.5: Time evolution of ratio of amount of change from the initial value in

    the liquid volume to the initial liquid volume.

    4.2.2 ヌッセルト理論との比較

    本節では,提案した計算スキームに関して,凝縮量の定量的妥当性を検証するために,

    得られた結果をヌッセルトの膜状凝縮理論 [8]と比較する.伝熱面の温度が一定の場合,

    水平伝熱管の膜状凝縮に関する管表面上の空間平均ヌッセルト数 Nut は理論的に次式で

    与えられる [7].

    Nut = 0.725

    (GaDHL

    )1/4. (4.2)

    ここで GaD は Galileo 数であり GaD = ρl2gD3/μl2, HL は凝縮数であり,HL =

    kl(Ts − Tw)/{μl(hv − hl)},Ts は飽和温度であり Ts = Tv0 と設定されている.提案した計算手法により得られた結果を理論値 (4.2)と比較するために,本計算領域全体の平均

    ヌッセルト数 Nu を定義する.界面を通して伝わった熱はすべて相変化に使われるもの

    と仮定すると,Nuは以下のように表される.

    Nu =hD

    kl=

    D

    kl

    Ṁ(hv − hl)A(Tv0 − Tw) . (4.3)

  • 第 4章 計算スキームの検証 -自然対流場における単一円柱�