p2pネットワーキング プラットフォーム ·...

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1. まえがき 近年,「ユビキタス」という言葉が非常に注目を集めてい る.ユビキタス通信環境と呼ぶ場合,「さまざまなモノが簡 単に繋がる万能の通信環境」というように,あいまいな意 味で使われることが多い.移動通信ネットワーク技術とイ ンターネット技術の急速な進展と普及の結果,従来,コン ピュータに限定されていたインターネット利用が,携帯情 報端末(PDA:Personal Digital Assistant),携帯電話へと拡 がり,誰でも携帯電話から気軽にメール交換や Web 検索な どができるモバイルインターネット環境が実現した.この ような状況を踏まえ,2010 年頃を想定した次世代の通信環 境として,ユビキタス通信環境が注目されている. 注目されている理由の第 1 に「モノのコンピュータ化」 が挙げられる.i mode に代表されるモバイルインターネ ットサービスが出現した技術要因の 1 つとして,携帯電話 のコンピュータ化が挙げられる.加えて,デジカメ,プリ ンタ,ディジタル家電,白物家電など,さまざまな「モ ノ」に,CPU(Central Processing Unit)とメモリを持った コンピュータが内蔵されるようになってきた.今後,これ らのコンピュータを内蔵した「モノ」に通信機能が搭載さ れ,モノ同士が自律分散的に通信を行うようになることが 予想される.以降,本稿では「モノ」を総称してデバイス と呼ぶ. 第2に,「ローカルなワイヤレス通信技術の進展」であ 石川 いしかわ 憲洋 のりひろ 角野 すみの 宏光 ひろみつ 加藤 かとう 剛志 たけし 小俣 おまた 栄治 えいじ ユビキタス通信環境の実現に向けて,インターネットだ けでなく,アドホックネットワーク,モバイルネットワー ク,ホームネットワークなどの間で携帯電話,情報家電, センサ,IC タグといった,あらゆるデバイスをシームレス に接続し,幾多の P2P アプリケーションを実現できること が求められている.これらの要望に応えるべく,汎用的な P2P ネットワーキング技術およびアプリケーションに関し て研究を行っている. NTT DoCoMo テクニカルジャーナル Vol. 12 No.3 17 P2P ネットワーキング プラットフォーム -ユビキタス通信環境の実現に 向けた研究開発-

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1. まえがき近年,「ユビキタス」という言葉が非常に注目を集めてい

る.ユビキタス通信環境と呼ぶ場合,「さまざまなモノが簡

単に繋がる万能の通信環境」というように,あいまいな意

味で使われることが多い.移動通信ネットワーク技術とイ

ンターネット技術の急速な進展と普及の結果,従来,コン

ピュータに限定されていたインターネット利用が,携帯情

報端末(PDA:Personal Digital Assistant),携帯電話へと拡

がり,誰でも携帯電話から気軽にメール交換やWeb検索な

どができるモバイルインターネット環境が実現した.この

ような状況を踏まえ,2010年頃を想定した次世代の通信環

境として,ユビキタス通信環境が注目されている.

注目されている理由の第1に「モノのコンピュータ化」

が挙げられる.i-modeに代表されるモバイルインターネ

ットサービスが出現した技術要因の1つとして,携帯電話

のコンピュータ化が挙げられる.加えて,デジカメ,プリ

ンタ,ディジタル家電,白物家電など,さまざまな「モ

ノ」に,CPU(Central Processing Unit)とメモリを持った

コンピュータが内蔵されるようになってきた.今後,これ

らのコンピュータを内蔵した「モノ」に通信機能が搭載さ

れ,モノ同士が自律分散的に通信を行うようになることが

予想される.以降,本稿では「モノ」を総称してデバイス

と呼ぶ.

第2に,「ローカルなワイヤレス通信技術の進展」であ

石川いしかわ

憲洋のりひろ

角野す み の

宏光ひろみつ

加藤か と う

剛志た け し

小俣お ま た

栄治え い じ

ユビキタス通信環境の実現に向けて,インターネットだ

けでなく,アドホックネットワーク,モバイルネットワー

ク,ホームネットワークなどの間で携帯電話,情報家電,

センサ,ICタグといった,あらゆるデバイスをシームレス

に接続し,幾多のP2Pアプリケーションを実現できること

が求められている.これらの要望に応えるべく,汎用的な

P2Pネットワーキング技術およびアプリケーションに関し

て研究を行っている.

NTT DoCoMoテクニカルジャーナル Vol. 12 No.3

17

P2Pネットワーキングプラットフォーム

-ユビキタス通信環境の実現に向けた研究開発-

ノート
ユビキタス通信環境の実現に向けて,インターネットだけでなく,アドホックネットワーク,モバイルネットワーク,ホームネットワークなどの間で携帯電話,情報家電,センサ,ICタグといった,あらゆるデバイスをシームレスに接続し,幾多のP2Pアプリケーションを実現できることが求められている.これらの要望に応えるべく,汎用的なP2Pネットワーキング技術およびアプリケーションに関して研究を行っている.

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る.携帯電話のリモコン化,ゲーム機間の通信,ホームネ

ットワークを介したディジタル家電間の通信など,デバイ

ス同士の通信環境を考えた場合,移動通信ネットワーク,

インターネットなどの広域通信環境に加えて,ローカルで

アドホック的な通信環境の重要性が増すことが予想され

る.そのための基盤技術として,IrDA(Infrared Data

Association),Bluetooth*1,ZigBee*2,UWB(Ultra Wide

Band)などのローカルなワイヤレス通信技術が進展する.

その結果,これらの通信技術が移動端末などに搭載される

ことが予想される.

第3に,「センサ技術の進展」である.ユビキタス通信環

境に向けたセンサ技術として,日本ではデバイスに付与さ

れた識別子としてのRFID(Radio Frequency IDentification)

タグのみが注目されているが,現在のRFIDタグはバーコ

ードの置き換え程度の機能しか持っていない.センサ技術

をより広い意味で捉えた場合,温度計,血圧などを測定す

る医療機器,防犯,交通管制のためのカメラなどは,すべ

てセンサであると考えることができる.加えて,米カリフ

ォルニア大学バークレー校で開発されたMoteなど,100円

玉程度の大きさのセンサもすでに商品化されている.これ

らのセンサ技術は,ワイヤレス通信技術を組み合わせるこ

とにより,流通,運輸,防災,医療といった,あらゆる分

野のアプリケーションで今後幅広く活用されることが期待

されている.

第4に,「仮想空間(バーチャル)と実空間(リアル)の

融合」である.インターネットは巨大な仮想空間であるが,

PC,携帯電話などを介した人間による利用が大部分であ

り,実世界のデバイスとの連携は実現されていない.上記

のローカルなワイヤレス通信技術,センサ技術などの進展

により,RFIDタグを利用した在庫管理アプリケーション,

センサ技術を応用した交通管制,防災,医療アプリケーシ

ョンなど,実世界のデータを収集するセンサノードと連携

したさまざまなアプリケーションの研究開発が期待されて

いる.

我々は上記4つのユビキタス通信環境を実現するための

新しい分散コンピューティングのパラダイムとして,ピ

ア・ツー・ピア(P2P:Peer to Peer)に着目し,種類の異

なるネットワーク環境をアプリケーション層でリンクし,

デバイス間のシームレス通信を実現するP2Pネットワーキ

ングプラットフォームの研究開発を進めている.

本稿では,提案するP2Pネットワーキングプラットフォー

ムのアーキテクチャとプロトコルについて述べた後,その有

効性を確認するために試作を進めているプロトタイプソフ

トウェアとその上のP2Pアプリケーションについて述べる.

2. ユビキタス通信環境を実現するための技術課題

前章で述べたようなユビキタス通信環境とそのアプリケ

ーションを実現するためには,さまざまな技術課題を解決

する必要がある.

そのための主な技術を以下に挙げる.

aシームレス通信技術

インターネットだけでなく,ホームネットワーク,セ

ンサネットワークなどの種類の異なる通信環境を横断的

にリンクして,デバイス間のシームレス通信を実現する

必要がある.例えば,携帯電話はもとよりビデオなどの

ディジタル家電を制御する場合,i-modeを利用して外出

先から制御する場合と同様に,家庭内でホームネットワ

ークを介して直接制御できる必要がある.

s自律分散コンピューティング技術

センサネットワークでは,数百台から数千台の分散設

置されたセンサノードが自律的に収集したデータをサー

バで集約し,リアルタイムに分析や監視を行うアプリケ

ーションなどが想定されている.このような分散アプリ

ケーションを実現するためには,クライアント・サーバ

とは異なる新しいコンピューティングパラダイムが必要

となる.自律分散コンピューティングの新しいパラダイ

ムとして,グリッドコンピューティング*3が注目を集め

ているが,グリッドコンピューティングはCPUパワーの

分散化を主な狙いとしており,センサネットワークなど

で想定されるデータ駆動型の分散アプリケーションには

必ずしも適していない.

dリソース発見技術

センサネットワークなどのローカルでアドホックな通

信環境では,デバイスが周囲のデバイスとその属性を動

的に発見するリソース発見技術が重要となる.例えば,

携帯電話の家庭内リモコン化を考えた場合,携帯電話が

ホームネットワークを利用して周囲のデバイス(TV,ビ

デオ,照明など)を動的に発見する技術が必要となる.

加えて,デバイスの種類,メーカ名,提供可能なサービ

スなどの属性情報を記述するためのメタデータ技術も重

要である.

fセキュリティ・プライバシー技術

必ずしも公開鍵暗号基盤(PKI:Public Key Infrastructure)*1 Bluetooth:米Bluetooth SIG, Inc.の登録商標.*2 ZigBee:Bluetoothと同種の技術であり,家電向けの短距離無線通信規格の1つ.*3 グリッドコンピューティング:ネットワークを介して複数のコンピュータを結ぶことで仮想的に高性能コンピュータを造りだすこと.利用者はそこから必要なだけ処理能力や記憶容量を取り出して使うことができる.

が存在しないローカルな通信環境で,アドホック的に接

続されたデバイス間の相互認証などの新しい技術課題を

解決する必要がある.さらにさまざまな方面ですでに指

摘されているように,デバイスに付与されたRFIDタグ

のトレーサビリティからプライバシーを保護する技術の

研究開発も重要となる.

3. ユニバーサルP2Pネットワーキングプラットフォーム

図1のように,提案するP2Pネットワーキングプラット

フォームは,P2P通信プロトコルミドルウェア,ミドルウ

ェアAPI(Application Programming Interface)から構成され

る.P2P通信プロトコルミドルウェアは,P2P通信に必要

なP2Pプロトコル群(後述)を実装しており,さまざまな

トランスポートネットワーク上で動作する.さらに,P2P

プロトコルスタックにアクセスするための標準APIを用意

し,P2Pネットワーキングプラットフォーム上にさまざま

なP2Pアプリケーションの実装を可能としている.提案す

るP2Pネットワーキングプラットフォームがさまざまなト

ランスポートネットワークに対応することで,ユビキタス

通信環境上にさまざまなP2Pアプリケーションを容易に実

装することが可能となる.

P2P通信は,クライアント・サーバ通信と異なり,各通

信ノードの役割が明確に区別されないことが多い.まず,

代表的なP2PアプリケーションであるGnutella*4を例にと

ってP2P通信の形態について考える.Gnutellaはインター

ネット上でユーザの保有するファイルを検索し,ユーザ間

でファイル交換を行うP2Pアプリケーションである[1].

GnutellaのようなP2P分散検索アプリケーションにおい

て,P2Pノードは3種類の役割に区分できる.1番目はコン

テンツを保持して検索結果を提供するノードであり,2番

目はコンテンツ検索の要求を行いダウンロードするノー

ド,3番目はその検索要求および応答を中継するノードで

ある.同様に,P2Pストリーミングにおいても,ストリー

ミングデータを送信するノード,中継するノード,受信す

るノードの3つに区分できる.これらの考察により,P2P

通信モデルにおけるP2PノードのRoleとして,下記の3要

素が存在することが分かる(図2).

①Producer Role:P2Pアプリケーションにおいて,デー

タやサービスを提供する役割

②Consumer Role:P2Pアプリケーションにおいて,デ

ータやサービスを要求し,それを受信する役割

③Relay Role:データやサービスの要求およびその応答

を中継する役割

Roleという概念は,プロトコル設計において,各ノード

の役割を明確にするため,P2P通信モデルに導入するもので

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NTT DoCoMoテクニカルジャーナル Vol. 12 No.3

グループウェア� 情報家電コントロール�ローカル情報PUSHサービス�

分散協調アプリケーション�

インターネット�

ホーム�ネットワーク� モバイル�

ネットワーク�

ユビキタス通信環境�

センサ�ネットワーク�

P2P�アプリ�

ケーション�

P2P�アプリ�

ケーション�

TCP/IP Bluetooth�(L2CAP)�

P2P�アプリケーション�

P2P�ネットワーキング�プラットフォーム�

トランスポート�ネットワーク�

ミドルウェアAPI

P2P通信プロトコル�ミドルウェア�

通信デバイス�携帯電話�PDA 家電�

P2Pネットワーキングプラットフォーム�

分散リソース共有�

図1 P2Pネットワーキングプラットフォーム概観

*4 Gnutella:インターネットを通じて個人間でファイルの交換を行うアプリケーションソフト.

20

ある.

P2Pアプリケーションにおいて,P2Pノードは上記の役

割をそれぞれ担うことになる.P2PノードがどのRoleとな

るかは,各P2Pアプリケーションに基づいて動的に決定さ

れる.

P2P通信形態(モード)にはProducer Roleが自発的にデ

ータをConsumer Roleに発信する場合と,Consumer Roleの

要求に応じてデータを発信する場合の2つが考えられる.

①Proactive通信モード:自発的にデータ発信を行い,送

信相手に応答を要求しない通信モードである.例え

ば,P2Pネットワーク上で,P2Pノードが自ノードの

持つ情報を広告する場合に相当する.シーケンスは広

告メッセージのみで構成される.

②Reactive通信モード:相手に応答を要求し,その要求

に応じてデータを通知する通信モードである.例え

ば,分散検索アプリケーションにおいて,P2Pノード

が検索要求をブロードキャストし,該当するノードが

応答を返す場合に当てはまる.シーケンスは要求およ

び応答メッセージから構成される.

また,基本的な通信タイプとしてユニキャスト通信,ブ

ロードキャスト通信,さらに効率的なグループ間通信を実

現するマルチキャスト通信を定義する.P2Pネットワーク

におけるマルチキャスト通信とは,ネットワーク上で,一

部のP2Pノードでサブグループを形成して,効率的なグル

ープ内通信を実現するものである.

P2Pネットワークは,P2Pノード間の隣接関係により形

成され,そのネットワーク上でP2Pメッセージの送受信が

行われる.P2Pノードは,隣接関係を確立する際,互いの

トランスポートアドレスとP2Pネットワーク上の通信識別

子であるノードIDを通知し,各ノードはアドレス解決のた

めのマッピングテーブルを生成,隣接関係を構築する.各

ノードが隣接ノードに関するトランスポートネットワーク

アドレスとノードIDのマッピングテーブルを持ち,各隣接

ノード間でアドレス解決を行うことで,特定のトランスポ

ートネットワークに依存しない通信ノードIDによる通信を

行うことができる.

P2Pルーティングの仕組みを図3に示す.まず,送信ノ

ードは,受信ノードの探索のためのメッセージをブロード

TCP/IP

C

D

P2Pメッセージ�宛先:A→B→D

アドレス解決�A B

ノードID プロトコル� アドレス�

B TCP/IP YYY.YYY.YYY.YYY

ノードAのマッピングテーブル�

アドレス解決�

ノードID プロトコル� アドレス�

A�

C�

D

TCP/IP�

Bluetooth(L2CAP)�

IEEE1394

XXX.XXX.XXX.XXX�

zz:zz:zz:zz:zz:zz�

NNNNNNNN

ノードID プロトコル� アドレス�

B Bluetooth(L2CAP)� uu:uu:uu:uu:uu:uu

ノードBのマッピングテーブル�

ノードCのマッピングテーブル�

ノードID プロトコル� アドレス�

B IEEE1394 MMMMMMMM

ノードDのマッピングテーブル�

IEEE1394

①目的ノード探索メッセージ� のブロードキャスト�

②目的ノードからの� 返信メッセージ�

③ノードIDのシーケンスに基づく� ソースルーティングによりメッ� セージを送信�

受信ノード�

送信ノード� Bluetooth

Bluetooth(

L2CAP

L2CAP)�

Bluetooth(

L2CAP)�

図3 ノードIDに基づくソースルーティング

提供,広告�P2P�ノード�

Producer

提供,広告�P2P�ノード�

Relay

Proactive通信モード�

P2P�ノード�

Consumer

応答�

P2P�ノード�

Producer応答�

要求� 要求�P2P�ノード�

Relay

Reactive通信モード�

P2P�ノード�

Consumer

図2 P2P通信モデルにおけるRoleと通信モード

21

NTT DoCoMoテクニカルジャーナル Vol. 12 No.3

キャストする(①).次に,該当する受信ノードが,そのメ

ッセージを受信すると,ユニキャストにより応答を返す

(②).最終的にその経路情報に従って,ノードIDに基づく

ソースルーティングにより通信を開始する(③).各P2Pノ

ードは,隣接するノードのノードIDとトランスポートアド

レスをマッピングするテーブルを保持している.経路情報

は,ノードIDのシーケンスにより指定し,ノードIDとト

ランスポートアドレスの解決を各隣接ノード間で行うこと

により,ノードIDに基づくソースルーティングを実現して

いる.上記のようなP2Pルーティングの仕組みにより,さ

まざまなトランスポートネットワーク上でP2P通信が可能

となる.

前節で述べたP2Pアーキテクチャの検討に基づき,プロ

トコルの設計を行った.プロトコルスタックは,図4のよ

うに2層構成となっている.P2PコアプロトコルはP2P通

信モデルに基づいた通信を実現するため,さまざまな下位

のトランスポートネットワーク上でのP2Pルーティングを

実現する.P2Pコアプロトコル上のP2Pシステムプロトコ

ル群は,P2P通信に必要な機能別に定義されたプロトコル

であり,各プロトコルはP2Pノード間の隣接関係の構築や,

P2Pマルチキャストの配信ツリーの構築などを行う機能を

持つ.P2Pアプリケーションを本プラットフォーム上に実

現する場合,P2Pコアプロトコル上にP2Pアプリケーショ

ン独自のプロトコルを定義し,ミドルウェアAPIを用いて,

P2Pアプリケーションを実装する.

提案するP2Pアーキテクチャとプロトコルに基づき,ユ

ニバーサルP2Pネットワーキングプラットフォームのソフ

トウェアを実装した.トランスポートネットワークとして

はTCP(Transmission Control Protocol)/IP(Internet

Protocol)および L2CAP( Logical Link Control and

Adaptation layer Protocol)*5に対応する.P2Pネットワーキ

ングプラットフォームソフトウェアでは,P2P通信のため

の標準ミドルウェアAPIを用意しており,アプリケーショ

ンの開発者は容易にP2Pアプリケーションを実装すること

が可能である.

4. P2Pアプリケーション携帯電話向けの新たなP2Pサービスの実現を目指し,

P2Pネットワーキングプラットフォーム上でさまざまな

P2Pアプリケーションを開発している.主なP2Pアプリケ

ーションについて説明する.

現在のホームネットワークは,さまざまな通信方式(イ

ーサネット,IEEE(Institute of Electrical and Electronics

Engineers)1394,Bluetoothなど)が混在する環境となって

いる.つまり,家庭内であっても特定のネットワークに閉

じた通信しかできないのが現実である.そこで,ホームネ

ットワークのような種類の異なる通信環境であっても,家

庭内に存在するすべてのディジタル家電が,相互に通信可

P2Pプロトコル�

:設計箇所�

P2Pアプリケーション�

ミドルウェアAPI

TCP

IP Non-IP�e.g. IEEE1394/Bluetooth(L2CAP)�

Network

P2Pコアプロトコル�

P2Pアプリケーション�

P2Pシステムプロトコル群�

P2Pベーシック�コミュニケーション�

プロトコル�

P2Pマルチキャスト�コミュニケーション�

プロトコル�

P2Pベーシック�サービス�プロトコル�

P2Pマルチキャスト�サービス�プロトコル�

P2Pコントロール�メッセージ�プロトコル�

P2P�アプリケーション�プロトコル�

P2P�アプリケーション�プロトコル�

図4 P2Pプロトコルスタック

*5 L2CAP:Bluetoothの上位プロトコルである近距離用無線データ通信技術.

22

能とするために,P2Pネットワーキングによりアプリケー

ション層でディジタル家電間をシームレスに接続する研究

開発を進めている.P2Pネットワークを用いて情報家電を

接続する.さらに,ホームネットワークにP2P技術を適用

することにより,ホームサーバなどでの集中管理を行う必

要がなくなる.ホームサーバで機器の状態を集中管理する

ため,設定が煩雑になることや障害などに弱いという問題

がある.そこで,P2Pネットワーキングを用いてディジタ

ル家電間を接続することにより,各ディジタル家電は自律

的に自己状態を管理することが可能となり,その結果,耐

障害性の向上につながる.

図5に示す情報家電アプリケーションでは,P2Pネット

ワークにより,屋外の携帯電話(i-mode端末)と家庭内の

ディジタル家電を,ホームゲートウェイを介して接続して

いる.ホームゲートウェイは,ホームネットワーク

(IEEE1394)とインターネットを接続し,家庭内のディジ

タル家電に対するプロキシ機能を持つ.ディジタル家電の

制御については,IEEE1394 Trade Associationにより策定さ

れているAV/C(Audio Video/Control)のCommand Setを

利用している.AV/C Command Setは,テレビ,ディジタ

ルBSチューナなどのIEEE1394対応ディジタル家電におい

て,標準的に利用されている制御用プロトコルである.実

装では,P2Pネットワークにより,AV/C Command Setの

メッセージを転送し,ディジタル家電を制御する方式を採

用している.

本アプリケーションでは,外出先の携帯電話とホームゲ

ートウェイノード間でP2Pネットワークにより,通信を行

う.携帯電話は,家庭内のディジタル家電に対してブロー

ドキャストメッセージを送信することにより利用可能なデ

ィジタル家電を検索する.メッセージを受信したディジタ

ル家電は,携帯電話に対して状態通知を行う.ここで発見

したディジタル家電は,携帯電話から操作することが可能

となる.例えば,発見した機器がビデオやチューナなどの

場合,録画予約やビデオ再生を行うことができ,家庭内の

カメラを発見した場合には,画像を取得することが可能と

なっている.さらに,家庭内のディジタル家電の状態が変

化した場合には,屋外の携帯電話に通知することも可能で

ある.例としては,来訪者がチャイムを押した際の通知な

どが挙げられる.

また,今後は,家庭内のディジタル家電(ビデオやカメ

ラなど)から携帯電話に対してストリーミングを行うP2P

ストリーミングアプリケーションなどの検討を進めていく

予定である.

携帯電話のマルチメディアコンテンツ利用の普及に伴

結果通知�

家電の探索と制御�

P2Pノード�(テレビ)�

P2Pノード�(防犯カメラ)�

P2Pノード�(i-mode端末)�

P2Pノード�(チューナ)�

P2Pノード�(ビデオ)�

P2Pノード�(ホームゲートウェイ)�

IEEE1394

イーサネット�

名称:照明[蛍光灯]�場所:1F居間�状況:ON��

インターネット�

図5 情報家電アプリケーション

い,今後,携帯電話に保存している写真などのマルチメデ

ィアコンテンツをユーザ間で検索し交換するサービスへの

要望が高まると予想される.そこで,P2Pネットワーキン

グプラットフォーム上で携帯電話向けマルチメディアコン

テンツの検索システムを開発した(図6).PCや携帯電話

などのさまざまな端末でP2Pネットワークを構成し,これ

らの端末で保存しているマルチメディアコンテンツをユー

ザ間で互いに検索し交換するものである.ユーザがある携

帯電話において検索を実行すると,P2Pネットワーク上の

端末間で検索要求メッセージが転送される.検索要求メッ

セージを受信した端末は端末内を検索し,検索の条件に適

合するコンテンツを結果として返す.

一般的なコンテンツ検索では,ユーザが入力したキーワ

ードとコンテンツに記述されているテキストの適合性によ

り検索を行っている.しかし,動画や音楽のようなマルチ

メディアコンテンツを検索するためには,このようなテキ

スト検索では時として困難な場合がある.そこで,メタデ

ータを利用した検索を行う.メタデータはコンテンツの属

性(コンテンツの種類,タイトル,概要など)を記述した

データのことである.メタデータを利用することで,マル

チメディアコンテンツの検索が可能となる.さらにコンテ

ンツの内容を的確にメタデータとして記述することで,ユ

ーザの意図を反映した精度の高い検索を実現できる.メタ

データ検索を実現するにあたり,まず携帯電話向けの

HTML(HyperText Markup Language)コンテンツ,Javaコ

ンテンツ,音楽コンテンツ,画像コンテンツに関してメタ

データを定義した.メタデータ形式としてはセマンティッ

クWeb の標準的なメタデータ記述形式である RDF

(Resource Description Framework)を用いた.RDF形式の

メタデータは単にコンテンツの属性を表現するだけでな

く,属性間の関連性を記述することで高度な処理が可能で

ある.例えば“ドコモの石川さんが写っている写真”のよ

うな検索条件に対しても“ドコモ”に所属する“石川さん”

という関係を理解し検索を実施することが可能である.

また,携帯電話からの検索においては,少ない入力,少

ないインタラクションで目的とするコンテンツを発見する

ことが要求される.そこで,ユーザがあいまいな検索条件

で指示を行った場合にも,ユーザの意図を反映して適切な

結果を返す方式としてファジー理論の適用についても検討

を行っている.例えば,コンテンツのサイズが“10KB程

度”や価格が“100円くらい”といったあいまいな条件に

対して最適なコンテンツをユーザに提供することが可能と

なる.このほか,メタデータの検索言語とデータベース技

術,メタデータ検索におけるP2Pネットワーク上での効率

的な検索方式など,あらゆる方向から技術の可能性を模索

し検討を行っている.これらの技術を統合した検索システ

23

NTT DoCoMoテクニカルジャーナル Vol. 12 No.3

検索要求�

検索結果�

P2Pネットワーク�

メタデータ�

マルチメディア�コンテンツ�

図6 メタデータを用いたマルチメディアコンテンツ検索システム

24

ムの実現により,携帯電話を利用するユーザに対して快適

な検索環境を提供することを目指している.

5. あとがき本稿では,携帯電話向けP2Pサービスの実現に向けて研

究開発を行っているP2Pネットワーキングプラットフォー

ムについて紹介した.P2Pネットワーキングプラットフォ

ームの研究開発では,インターネット,モバイルネットワ

ーク,センサネットワーク,IEEE1394,Bluetoothなどのネ

ットワークに対応したP2Pネットワーク構築の基盤技術の

確立を目指している.

また,携帯電話向けのP2Pアプリケーションとして本稿

で紹介したディジタル家電制御,コンテンツ検索をはじめ

として,P2Pインスタントメッセージ,センサネットワー

クアプリケーションなどの検討を進めている.携帯電話ユ

ーザにとってより魅力的なP2Pアプリケーションの提案と

その実現に向けた検討を行っていく予定である.

文 献[1] Gnutella, http://www.gnutella.com

API:Application Programming InterfaceAV/C:Audio Video/ControlCPU:Central Processing UnitHTML:HyperText Markup LanguageIEEE:Institute of Electrical and Electronics EngineersIP:Internet ProtocolIrDA:Infrared Data AssociationL2CAP:Logical Link Control and Adaptation layer ProtocolP2P:Peer to Peer(ピア・ツー・ピア)PDA:Personal Digital Assistant(携帯情報端末)PKI:Public Key Infrastructure(公開鍵暗号基盤)RDF:Resource Description FrameworkRFID:Radio Frequency IDentificationTCP:Transmission Control ProtocolUWB:Ultra Wide Band

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