"post-underground" 2011, program

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Peeping into the New Chinese Independent Film and Video. Screening events in Osaka, Japan, 2011

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悪者に変えられた梨人間、赤いネッカチーフのスーパー

マン、乳牛、失恋したゲーム名人、麦を刈り取る風俗

嬢…これらの新しいキャラクターや人物像がスクリーン

に登場するやいなや、中国の従来の「アンダーグラウン

ド映画」の既成概念は突き崩されるでしょう。作者独自

の視点とエネルギーによって、日々新しいイメージが現

れ、近年、中国のインディペンデント映画はさらに多様

に拡張し続けています。それは以前より表層的なものな

のか、それともさらに鋭い意味を暗示しているのか。皆

さんの目で作品を確かめてください。

中 国 の イ ン デ ィ ペ ン デ ン ト 映 画 の 歴 史

は、1980年代末から90年代初めに遡ることが

できます。しかし2004年から、中国の映画管

理に関する政策が次第に緩和され、また市場化

と資本の流動が深く影響したことで、これまで

「アンダーグラウンド映画」と呼ばれて、周辺

に位置づけられていたインディペンデント映画

が、次々と「地上」に現れてきました。そのた

め、2004年は中国のインディペンデント映画

の転換を象徴する一年となりました。それだけ

ではなく、近年、若く才能ある映像制作者たち

が次々と現れています。今回この上映会を開催

する目的は、この2004年を境としてここ数年

の間に製作された、アニメや短編を含む中国イ

ンディペンデント映画を日本の皆様とこれを分

かち合うことにあります。皆さんの想像する、

または皆さんがよくご存知である「中国インデ

ィペンデント映画」と比較しても、今回の作品

たちはより多元的で、素晴らしく、皆様に驚き

をもって迎えられるであろうと、我々は期待し

ております。

Chinese independent cinema has been launched since late 80s and early 90s by a new generation of filmmakers among whom Zhang Yuan, Jia Zhangke, Wang Xiaoshuai, Lou Ye and Wang Bing have garnered film awards at major world film festivals, and their film works have been highly regarded as part of the gem of international art cinema. With its evolvement over two decades, Chinese indie cinema has been continuously regenerated with young filmmakers and refreshingly new perspectives. Despite of their high visibility at international film festivals, many of these young filmmakers and their works remain little known outside of the film festival circuit. Our screening events feature a small effort in bringing some of the innovative and daring works to Kansai area. We hope through the screenings, the independent films, including animations and shorts would meet its most dedicated audience in West Japan.

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イントロダクション王珏(ワン・ジュエ)

ある日大阪の友人が言った。「中国にインディペンデント映画があるなんて知らなかった」。上映会をしようとい

う考えはわりと簡単にひらめいた。中国のインディペンデント映画の存在を証明したいと思った。

私は北京で生活をしている。――ここでは、映画をメジャーな劇場で上映するには、制作、上映の各段階で国に申請を

出し、許可を得なければならない。だがほとんどのインディペンデント映画は、制作団体に申請資格がないとか、

映画の内容が政治的もしくは文化的に政府の意向にそぐわないとかの理由で、許可を得ることができない。このた

めインディペンデント映画は「地下」の方式で存在し、「地下」の方式で上映される。――だが意外にもこうした「地

下」勢力の動きは盛んなのだ。普段からクリエイター同士の交流や接触は絶えずあるし、あなたが旅行で北京を訪

れたとしても、インディペンデント映画が上映されている場面に1、2回は遭遇できるはずだ。パブを経営しながら

そこでインディペンデント映画の上映会を催している友人は、政府はこうした活動の存在を知っているが、行き過

ぎた反政府映画を上映しない限り、政府が上映会を阻止することはなく、ただ事の成り行きを監察しているだけだ

と言う。みんなが映画を撮り、アニメーションを作り、海外の映画祭に作品を送って賞を獲る。こうしてインディ

ペンデント映画は一種黙認された存在になっている。

私たちがやりたいのは、単に関西でこうした盛り上がりを再現し、「私たちはここにいる」と大声で叫ぶことでは

ない。傷つくのを恐れて「小さなサークル」のまま留まるべきではない。「監督が自由に表現できず、市場におい

て自由かつ平等に取引されず、観客が自由に選択できない」という死の循環を何らかの方法で打開しなければなら

ない。たとえ改変する気が外部(融通のきかない政府)になくても、インディペンデント映画の内部には間違いな

くある。中国インディペンデント映画の新しい原動力を応援する――これが私たちの企画基準だ。なぜ徐童の作品を上

映するのか。それは彼が映し出す人物一人ひとりが人々を驚嘆させ、これまで取り上げられてきた娼婦や占い師、

乞食とは全く異なるから。なぜ『李献計冒険記』を上映するのか。それは正式配給されていないにも関わらず、ネ

ット上で話題となり、今では商業映画として改編されて映画館で公開されることになったアニメーションだから。

なぜ温凌の作品を上映するのか。それは世界と対話し、心を癒し傷つけもする少年が汚染されたことのない素質を

もっているから。なぜ長編も短編もストーリー映画もドキュメンタリーも無声映画も上映し、さらにはディスカッ

ションの場を設けるのか――可能性は一つだけではないからだ。

私たちが示すのは、あらゆる可能性の中の小さな一部分だけだ。すばらしい映画はまだたくさんあるが、力及ばず

上映リストに入れることができなかった。今回上映する作品はどれも作者本人より無償で上映権を提供していただ

いた。映画字幕と映画紹介文の翻訳はすべてボランティアの方々の手による。冒頭の中国インディペンデント映画

を知らないと言った友人は会場の一つを提供してくれた。映画が好きで、あるいは私たちへの愛情から各方面でお

手伝いを引き受けてくれた友人たち。理想で頭がいっぱいの主催者2人は、更なる可能性を求めてこれからも猟奇的

な旅を続けるつもりだ。

(翻訳:田邊麻里江)

Program I新世代映画作家

New Auteurs

牛乳先生/一只花奶牛/The Black And White Cow

慰問/慰问/Condolescences

Noise/热闹

収穫/麦收/Wheat Harvest

PROGRAMME II女性監督による短編映画

Female Shorts Collection

ボルヘスの窓辺の猫/博尔赫斯窗台上的猫/Cats on Borges’ Window Sill

馬糞/马粪/The Dawn Tale

PROGRAMME III自主アニメーション新勢力

Anime Power : Shorts Collection

雷磊短編アニメーション作品集/Ray Lei’s Indie Animation Shorts

李献計冒険記/李献计历险记/Lee’s Adventures

6 Fragments/短編アニメーション6作品

Elysium

54 Boy

赤いネッカチーフと宿題帳/红领巾与练习本/the Red Scarf and Exercise Book

浅い眠り/浅睡眠/Shallow Sleep

自画像/自画像/Self-Portrait

怪しき哉/怪哉/Oddly

一日一日生き延び、一日一日何かを得る

ある馬の死

「君には根がある、それは人を安堵させる」

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目録

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Program I 新世代映画作家New Auteurs

牛乳先生一只花奶牛/The Black And White Cow 監督:楊瑾(ヤン・ジン)/2004/カラー/DV/98分

山西方言/日本語字幕

【中国インディペンデント映画祭実行委員会協力】

Dir. Yang Jin/2004/Fiction/ Color/ DV/93min

Shanxi Dialect with Japanese Subtitle

[With the support from Tokyo Chinese Independent Film

Festival and Hiroki Nakayama]

(Ecumenical Jury Award, Don Quixote Prize, Fribourg

International Film Festival)

作品紹介: 楊晋生は故郷である楊家溝に戻って教師をしている。ある

日、鎮の教育局が給料を滞納したため、村長はその代わりと

して一頭の乳牛を連れ帰って来る。子供たちにとって乳牛

は物珍しく、乳牛は村の学校の宝となる。楊晋生はその乳を

売って学生たちに書物を買い、またその金で学校を新しく建

て替えようと考えるようになる。楊の学生の楊暁鳳は楊によ

くしてもらったことから、彼に恋心を抱き、その洗濯物や料

理を手伝うようになる。ある大雨の夜、楊晋生は雨漏りから

教室の机を守ろうとして、柱の下敷きになる。楊暁鳳は楊晋

生の足の上の柱を、妊娠した乳牛に引っ張らせて取り除く。

監督:楊瑾(ヤン・ジン)1982年山西生まれ。00年から山西電影学校で、04年から北

京師範大学で映画を学ぶ。本作はフリブール国際映画祭、ニ

ューデリーアジア映画展で賞を獲得。『二冬』(08)が釜

山国際映画祭で特別賞を獲り、次作がロカルノ国際映画祭か

ら資金提供を受けるなど、今注目すべき監督の一人である。

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慰問慰问/Condolescences 監督:応亮(イン・リャン)/ 2010/カラー/DV/19分

中国語標準語、四川方言/日本語字幕

【2010年ロッテルダム国際映画祭 最優秀短編作品賞】

Dir. Ying Liang/2010/fiction/ Color/ DV/19min

In Mandarin with Japanese Subtitle

[International Film Festival Rotterdam 2010 Best Short Film]

監督によるコメント: 『慰問』で扱われている自動車事故は2004年に起きまし

た。私は目撃者の一人でしたが、深く心に残っている記憶で

す。その年すぐ映像で叙述しようとしたわけではありませ

ん。というのも、そんなことをするのは、亡くなった命に敬

意を払わない軽率な行為だと思われたからです。2007年末

になって、事件の回顧・反芻をするべき時期が来たのではと

考え、この短編の脚本を書きました。それからまた長い時間

を経て、ようやく本当の意味で撮影することができて、去年

6月にカッティングを終えました(注:2009年)。

この短編は小さな記念碑とでも言うべきでしょう。私が言い

たいのは、この映画を理解できるかどうかはどうでもよいこ

とで、もっと大切なことは映画の中のあの事件だということ

です。

(2010年ロッテルダム国際映画祭ハンドブックより引用)

作品紹介:映画は19分間ワンカット、「応亮」式の雰囲気と野心が充

満した作品だ。この短編は数年前に四川省自貢で起きた悲惨

な自動車事故を背景としており、監督は事件に対する「小さ

な記念」(応亮監督自身のコメントを参照のこと)とすべく

この作品を作ったという。これを集団的悲劇に対して「健忘

症」的な傾向がある中国人の性格について自己懐疑・批判を

表明したものと見ることもできるだろう。固定されたカメラ

が映し出すのは、どわっと押し寄せたかと思うと瞬く間に消

え去る幹部、メディア、そして野次馬の群衆。皆、「慰問」

と関係がある人間たちだ。「慰問」を受ける側の人間は終始

沈黙を守り、その人がついに口を開いたときには、既に誰も

その言葉を聞く者はいなくなっていた…。(M)

作品解説:応亮は、大陸中国の若い映画監督の中でも極めて自覚的に自

分の芸術・政治概念を形成し、断固として実現に突き進む人

物だ。当初『慰問』という文字だけを目にし、まだ実際に映

像を観ていなかった私は、既に大多数の人が忘却したある事

故の「小さな記念」として制作された短編をどのように解釈

すればよいのだろうかと思っていた。2010年初頭に、ロッ

テルダム国際映画祭の上映ホールに座って世界各国から来た

観衆と一緒に作品を観たが、『慰問』は中国社会が現在抱え

ている問題に切り込んで議論を提起しており、映画祭に出品

された多くの映画が持っていた個人志向性と鮮烈な対比を成

していた。

1カットを一日かけて稽古し、一日かけて撮影する。劇作品

ではあるが、その時間的総体性の意義自体、そして国家体制

の「演劇性」に対する風刺(役人と雖も自分の職責を果たし

ているのであるから、その際には「人民に奉仕する」顔つき

でいなければいけないのだ)は、「応亮作品」の現実次元と

批判能力を定義するに至っている。(M)

監督:応亮(イン・リャン)1977年上海生まれ。北京師範大学芸術科で映画を学び、そ

の後重慶大学で映画監督を専攻。本作は『あひるを背負った

少年』、『アザーハーフ』に次ぐ長編3作目。ブリスベン国

際映画祭で国際批評家連盟賞を受賞したほか、全州国際映画

祭、 バンクーバー国際映画祭などに出品されている。

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Noise热闹監督:王我(ワン·ウォ)/ 2007/ドキュメンタリー/カラー/DV/60分 台詞なし

Dir.: Wang Wo/2007/ Documentary/Color/DV/60min

Non-dialogue

作品紹介:カメラの前で起こる出来事はまるでとりとめがなく、見慣れてしまうと少しも珍しくない。賑やか

でいながら、また暴虐で騒がしい騒音。虚しくて雑然とした画面に、簡略化した影像。見るものに

与えるのは享受でなければ思考でもないかも知れない。それは更なる混乱――。

あなたが目にするのは、ある赤ん坊の生誕一ヶ月記念の祭事、経典の促販、白日に行われる暴力、

声なき悲しみ、無邪気な大人の遊び、国を挙げて狂喜乱舞する大衆、亡霊の灯が起こす爆発は我々

を戦慄させる――まるでこの騒がしい時代を弔うように。

作品解説:黒画面にクラクションと喧噪が重なり、遅れてスタンダードサイズ画面の横幅とほぼ同じ長さを持

つマイクロバスがわれわれの視界を横切る。バスが通りすぎると車道越しに砲台のような装置が据

えられており、それが花火を発射しはじめると、このフィルムの主人公が「音」であることが爆音

とともに理解される。「声」ではない。距離をとって撮られた被写体の「声」はオンとオフの境な

く響き渡る喧噪に溶け、例えば警察と言い争いをしているらしい露天商も、われわれはその顔によ

ってしか彼女の怒りを捉えることができない――しかもその顔もフレームを横切っていく人影や車に

よってよく見えないのだ。

フレームは絶えずオフからの干渉を受け、キャメラをどこに据えても全景をおさめることはできな

い。いわば無意識から吹き上がってくる風にさらされるままになり、画面は常に外との関係を過剰

に背負った徴候としてあらわれてくるのだ。いきおいフレームの選択が画面の表情を劇的に変化さ

せるわけだが、その変わりやすさはキャメラを向けることが常に行為遂行的な賭けであることを、

そしてその賭けこそが映像を「自立」させるハードコアであることをわれわれに確信させる。

監督:王我(ワン·ウォ) 1967年に河北省邯鄲で生まれる。1984年から1991年にかけて、邯鄲で発電所作業員を務め

る。1991年に中央工芸美術学院、1998年に清華大学美術学院修士課程に入学。小学生のときから

絵を学び、中国書道や篆刻などにも造詣が深い。現在、自主制作のドキュメンタリー監督として活

躍しており、国内第一線のグラフィックデザイナーでもある。

(作品解説by佐藤雄一(さとう・ゆういち):詩人。1983年北海道札幌市出身。2007年に現代詩手

帖賞受賞。現在、詩と批評の雑誌『kader0d』に参加。)

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収穫麦收/Wheat Harvest監督:徐童(シュー・トン)/2008/ドキュメンタリ

ー/DVCAM/98分

【中国インディペンデント映画祭協力】

Dir. Xu Tong/2008/documentary/ DVCAM/98min

In Mandarin with Japanese Subtitle

[With the support from Tokyo Chinese Independent

Film Festival and Hiroki Nakayama]

作品紹介 :北京で仕事をしている長女・苗は、夏の麦の収穫期に

河北省の故郷に帰省する。農村の生活は平凡で、そこ

では野良仕事以外にすることは何もなく、父親の看病

をしたり、ご近所さんとお喋りしたり…、そして大都

市に出稼ぎしている若者が誰でもそうするように、母

親に自分の貯蓄を全部渡す。けれども彼女は普通の出

稼ぎ女性とは違って、二十歳になったばかりなのに、

北京の小さなサロンで風俗嬢(「小姐」)をしている

のだ。粗末な環境にも、貪欲な経営者にも、売春婦と

いう職業の危険性にさえ彼女はめげない。いくつかの

義侠心から発した彼女の行動に対して、尊敬の念すら

抱いてしまう。それよりも、彼氏が裏切って他の売春

婦と付き合いだしたことのほうが彼女にはショックだ

った。このような女の子は、彼女自身が耕しているあ

の幾許かの土地によく似て、吹きつける風も照りつけ

る日光も粘り強く受け止めているのだ。(J)

作品解说:『麦収』に始まって、徐童監督はこのようなゼロ距離の撮

影方法で後に「流民三部作」と命名されるドキュメンタリ

ーを作った。彼はいまだかつて傍観者であったことはな

く、高みから睥睨するような態度も取ったことはない。そ

うではなく、カメラに捉えられたことのない魂に友人と

して近づく。売春婦、出稼ぎ労働者、やり手ばばぁ、占い

師、知的障害者、乞食、亡命者…。徐童の作品の中では、

流民の世界は固有の秩序を保ち、その秩序が人々に地位を

与える。「弱者集団」とは事情をよく理解しない我々が彼

らに与えた一面的な概括に過ぎないのだ。この映画の苗は

家族の収入を支える柱であり、長女として発言権と決定権

を有する。家族の尊敬を集めるだけでなく、社会における

他の人びとの尊敬も勝ち得ている。愛情を享受し、普通の

人と同じように、恋人が奪い去られることもある。それも

売春婦という身分ゆえにではなく、同業の女に奪い去られ

るのだ。撮影対象に極端に接近するために、『麦収』は「

道徳的に極めて不適当」と見なされるかもしれない。雲

南・香港などでの上映では賛否両論が渦巻き、抗議さえ呼

び起こしたため、その後は私的な上映という形式を取って

いる(J)。

監督:徐童(シュー・トン)1965年北京生まれ。スチールカメラマンとして働く傍ら

小説を執筆。映像作品は本作が初めてながら、 雲之南記録

影像展、香港華語記録電影節で賞を獲り、シネマデジタル

ソウルでは大賞を受賞している。

(作品紹介&作品解说 翻訳:濱村仁)

PROGRAMME II 女性監督による短編映画 協力:栗憲庭映画学校

Female Shorts Collection (collaborating with Li Xianting Film School)

栗憲庭映画学校は北京の通州区宋庄小

堡村にある2009年に創立された学校

である。著名な芸術評論家である栗憲

庭(リー シィェン ティン)の名前を

冠しており、彼が学校管理と資金援助

を行っている。政府が設立した北京電

影学院(Beijing Film Academy)から

車で二時間の場所にあり、「自由の精

神、独立志向、実践能力」を掲げ、崔

子恩、応亮、馮艶、王我、王宏偉ら、

多数の中国のインディペンデント映画

と深い関わり持つ人々によって授業が

行われている。

Founded in 2009, Li Xianting Film School is named after

the renowned Chinese art critic Li Xianting who supervises

and funds not only the school but mainly the same-

titled Film Fund, with its offices, cinemas and classrooms

located at suburban Beijing. Unlike the official institute

such as Beijing Film Academy, the non-profit Film School

is organized in workshops taught by renowned Chinese

indie filmmakers. It tries to cultivate the independent spirit

through innovative ways of discovering the self and the

world. Pan Siyi and Wu Xiao are the school’s graduate of

the 5th edition.

[This Programme Is Greatly Supported By Lixianting Film

School; Special Thanks To Ying Liang and Diao Dingcheng]

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ボルヘスの窓辺の猫博尔赫斯窗台上的猫/Cats on Borges’Window Sill監督:潘思夷(パン·スー·イー) /2009/ドキュメンタリー/

カラー、白黒/DV/17分中国語/日本語字幕

Dir.: Pan Siyi/ 2009/Documentary/ Color B& W/ DV/ 17min

Mandarin with Japanese Subtitle

作品紹介 :八岐の談話、心惹かれる出会いと腹蔵なき対話。初めての撮影となる

潘思夷はこのようにリラックスしていて、私は羨ましかった。その中

の一人が李紅旗(※)だったが、彼とボルヘスはある種呼応するもの

があったのだろうか。その中の猫の一匹はいつもLXT(編者注:栗憲

庭)電影学校で講義を聴いていた。名前を「藍眼」という。(応亮)

※編者注:李紅旗は詩人、画家、自主映画監督である。2010年の作品『寒暇』

(Winter Vacation)はその年のロカルノ国際映画祭の最高賞・金豹賞を獲得した。

監督:潘思夷(パン·スー·イー)湖南省瀏陽出身。湖南電視台娯楽チャンネル、中唱華夏演出有限公

司、北京派格太和環球傳媒有限公司に勤務し、現在は無職の自由

人。2007年から自主制作に足を踏み入れ、ドキュメンタリー『三元橋

下』『東辺月亮西辺雨』、不条理ファンタジー『一個堂客們的夢』、

実験ドキュメンタリー三部作の一篇『博爾赫斯窗口台上的猫』などの

試作的な映画を撮る。

馬糞马粪/The Dawn Tale監督:呉筱(ウー·シァォ) /2009/カラー/DV/15分

中国語/日本語・英語字幕

Dir.: Wu Xiao/2009/Fiction/ Color/DV / 15min

Mandarin with Japanese Subtitle

作品紹介 :とても驚いたことに、『馬糞』はLXT電影学校が今までに出品した唯一の「テレビ映画」だ。17分

間弱で、脇台詞が視点を若干混乱させているとはいえ、意外にもさまざまな点でちゃんとした作品

だ。監督の呉筱は痩せた女性で、香港の大学で心理学を学んでいる。初めての撮影だ(応亮)。

監督:呉筱(ウー·シァォ) 【監督の自己紹介】私は高校生のとき毎週金曜日に隣の大学の電子閲覧室で映画を鑑賞し、映画に

興味を持つようになりました。自分自身で映画制作に関わるようになったのは、2009年の夏休みか

らです。『馬糞』は香港大学の学部在籍中の作品で、そのときはイギリス文学と心理学を専攻して

いました。今は、香港浸会大学電影学院の学生です。

(作品&監督绍介 翻訳:濱村仁&南真理)

14 15

Program I I I自主アニメーション新勢力Anime Power : Shorts Collection

このややもするとぎこちない筆致からは、自己表現への絶対的な忠誠という、印象的

な力強さが伝わってくる。これらの作品からある一つのテーマを探ろうとするのは無

駄だ。どのアニメーション作品も独自の視覚体系と記号を備えており、浮ついた商業

主義の中で自らを堅守しているからだ。

There has been a while that the Chinese government emphasizes the

importance of developing the “Animation Industry” and “Creative Industry”,

whereas some recently-made mainstream animations are considered much too

superficial and naïve. The problem is not totally with the techniques, given the

fact that there exist lots of excellent animation professionals in the PRC. What

we are presenting here just features some of those unusual, non-mainstream

animation works by a young generation of innovators; and their works have

helped to redefine what it is meant by “independent animation” in China.

Their visions of the world are refreshing and touching, and we believe the hope

lies with their brave exploration of the possibilities of expression.

雷磊短編アニメーション作品集Ray Lei’s Indie Animation Shorts 監督:雷磊(レイ·レイ)/2008-2010/カラー/アニメーション

ある部分中国語・英語字幕

6 animation shorts made between 2008 to 2010 by Ray Lei

[Melbourne International Animation Festival; Fantasia International Animation Festival;Ottawa

International Animation Festival]

Partly with Chinese/English Subtitles

これが愛だ/This is LOVE/2010/2:38Hululu Honglonglong Hualala/2009/5:38ルービック・キューブと卓球/Magic cube and Ping-Pong/2009/4:08梨あるいは宇宙人Pear or alien/2008/4:08宇宙綿菓子/ The universe Marshmallow/2008/4:38私の、私の/Mine, mine…/2011/4:33

作品紹介 :明朗でグラデーションのばらけた赤青二色が、雷磊のトレードマークの色彩だ。その質感からして「ロマ

ンチック」「大人げない」といった多くの言葉が観客の頭に浮かぶのは尤もだろうが、雷磊の作品が子供

時代をテーマとしただけの作品、あるいは幻想に浸りたいと願っているだけの作品だと見なすべきだとは

思わない。(もし彼のインタビューを読んだことがあれば、監督が単なる夢見がちなアーティストではな

いことがお判りだろう。)作品からは、彼が「宇宙」に強い執着を抱いていることが感じ取れる。ヒーロ

ーには似つかわしくない子供が偶然世界を救い、戦争や争いは一瞬のうちに消え去る。そして、愛こそが

最高の特効薬となる。短編アニメは、雷磊が社会の現実に参与するために体得した一つの方法なのだ。彼

とヒップホップを歌ったり、音楽劇を練習したり、美術デザインに打ち込んだりするときも、常にその論

理は変わらない。彼は、僕よりも数歳若い中国のアーティストの世代の立ち位置を体現しているのだ。素

晴らしいじゃないか。(M)

監督:雷磊(レイ·レイ)在学中の2005年にデザイナー集団RAYDESIGNを立ち上げ、2007年に清華大学美術学院アニメーション

専攻を学部卒業した。2009年に清華大学美術学院アニメーション専攻の修士号を取る。彼のアニメーシ

ョン作品は国内外で多くの重要な賞を獲得している。雷磊は同世代の自主アニメーション作家の中で最も

活躍している作家だろう。彼は数多くの国際映画祭での受賞にとどまらず、マルチアニメーターとしても

活躍しており、その彼独自のスタイルは「個人経営のアニメーション製作会社」とも称されている。(M)

16 17

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by 温

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ジャ・ジャンクー以外に、どんな中国インディペンデント映画の監督を知っていますか?

@大阪

アンダーグラウンドの後でー

中国ニューインディペンデント映画の現在 

18 19

这个念头是爱雷磊

听说法国人都很浪漫

我也想当个浪漫的人

今天的路,走起来不一样

好像一只兔子,等着瞧

把鞋子脱下来,站到火车顶上

突然就见到了你,觉得格外紧张

这紧张与往日不同,想要跳舞

抽打一只陀螺,跟着它一起转

吻你之前,刚吃了糖耳朵

舌头搂在一块儿,我睁开了一只眼睛

透过你的肩膀,往下看

左脚的袜子破了一个洞

一个洞,在大拇指的位置

流出来一个念头

这个念头是什么?爱

你知道吗

法国人觉得疼的时候他们就说

爱!

愛とはこういうこと(これが愛だ)雷磊

フランス人はみなロマンチックらしい

僕もロマンチストになってみたい

今日の道は歩いてみるとなんか違う

まるで一匹のうさぎみたい 今に見てろ

靴を脱いで電車の屋根に立つ

突然きみに会ってひどく緊張する

この緊張は昔のとは違う ダンスしたくなるような緊張

こまを回して一緒に回る

きみにキスするちょっと前にかりんとうを食べた

舌がひとつに絡まる 片目を開けた

きみの肩ごしに下を見る

左足の靴下に穴が開いている

ひとつの穴 親指の場所に

そこからひとつの考えが流れ出てきた

どんな考えが出てきたのかって?愛 愛が出てきたんだ

きみは知ってる?

フランス人はチクリと感じたときに愛!って言うんだ

(翻訳:石塚洋介)

呼噜噜轰隆隆哗啦啦雷磊

呼噜噜 我的帽子飞走了

轰隆隆 快捂住耳朵

哗啦啦 我们开始跳舞吧

哎呀呀 是不是下水道堵了

哗啦啦 在彩虹上唱歌

Hululu Honglonglong Hualala雷磊

ヒュー!僕の帽子が飛んでった

ゴロゴロ!急いで耳を覆え

ざあざあ!みんなで踊ろうよ

あはは!下水道が詰まったんじゃないの

ざあざあ!虹の上で歌ってる

(翻訳:濱村仁)

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李献計冒険記李献计历险记/Lee’s Adventures監督:李陽(リー·ヤン) /2010/カラー/20分

北京方言/日本語字幕

Dir. Li Yang/ 2010 /animation/Color/ 2010/20min

Beijing Dialect/Japanese Subtitle

監督によるコメント:正直に言うと、何を紹介すべきなのか思い付きませ

ん。ストーリー自体にも大したことは含まれていませ

ん。ただ自分が好き勝手に撮ったものです。譬えるな

らば、中身に虚偽の予告編(これは完全に映画『ウォ

ンテッド』のトリビュートです)を差し込んだような

ものです。その部分は映画全体の雰囲気と全く噛み合

っていませんが、まぁ、そもそも個人制作のアニメは

自己満足のためのものなのですから。

自分ひとりで作ったものですが、僕には仕事をやめる

勇気がありません。生活もあるし、自分にとって大切

な人々に贈り物も買わなくてはならないでしょう。そ

れには全部お金がかかります。余暇の時間を使って二

年半もかかりましたが、僕がいい加減に作ったもので

すから、みなさんも気晴らしくらいに考えて、気軽に

観てほしいです。

最後に、この短編は字幕なしでは(中国人でも)

会話の15%くらいは聞き取れないんじゃないかと

思います。通常公開ですでに観た皆さんも字幕付

きでもう一度観てみてください。

作品绍介:自らを「若き優れたパイロット」と名付けた李陽

は、一人で余暇の時間を使い二年半で、インター

ネットユーザーから「2009年の最も優れた国産

アニメ」と称された本短編作品を完成させた。脚

本、監督、音声全て一人で行っている。「差時症

候群」に罹った主人公・李献計は分かれた彼女と

一緒に過ごした過去に戻るためにゲームをクリア

しようと一生懸命になっている。監督は豪快な想

像力で、当時の流行文化を手当たり次第にかき集

め、全体の喜劇性の中に、過ぎ去った切ない日々

から逃れたくても逃れられない悲劇を潜ませてい

る。本当のことを言うと、この短編についてはま

だまだ論じることができる。大手会社が狙ってい

るのも無理はない。実写版ももうすぐ公開上映さ

れる予定だ。(M).

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Elysium監督:孫欣(スン·シン)&李雲(リー·ユン)/2009/カラー 白黒/アニメーション/7分

台詞なし

Dir.: Sun & Egg (Sun Xin & Li Yun)/2009/Color /B & W/Animation/7min

Non-dialogue

作品紹介:このモノクロの色彩の中に座って時間が経つのを待っている裸体の男は多分貴方かもしれないし、

私かもしれない。人生の最も絢爛たる瞬間においてその行き先は予測困難だが、これはなんと残酷

でしかし趣深い結末だろう。SUN&EGGコンビの新作を期待したい(M)。

監督:孫欣と李雲,2003年に南京芸術学院を卒業。2005年にドイツのカッセル芸術大学ビジュアルコミュ

ニケーション専攻に入学。2007年にアニメーションの勉強を始め、SUN&EGGの名前で短編アニメ

の共同制作を開始した 。

6 Fragments/短編アニメーション6作品

54 Boy監督:温凌(ウェン·リン)/2009/カラー/アニメーション/2分

無声映画

Dir: WEN Ling/2009/Color/animation/ 2min

Silent

作品紹介:監督の温凌はマルチアーティストで、撮影、絵画、漫画の分野において実験を続けている。

『54boy』は、おそらく制作面においては最も巧いとは言えないものの、視覚的に非常に強い影響

力があり、既成概念を打ち破る力量をもっている。逆境にいる人に温かさと力を与え、これがまた

温凌のすごいところなのだが、映像制作をしている人たちをも啓発する。ん? 音がない? そ

う、このアニメーションには確かに音がない。筆者も作者に確認してみたが、故障ではない(J)。

監督:温凌,1976年北京出生、2000年に中央美術学院版画系を卒業。北京在住。

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赤いネッカチーフと宿題帳红领巾与练习本/the Red Scarf and Exercise Book監督:朱慧(ヂュ·フゥイ)/2010/カラー/アニメーション/11分

中国語/日本語字幕

Dir: ZHU Hui/2010/Color/ Animation/ 11 min

in Mandarin with Japanese Subtitles

作品紹介:長い年月が経った後でもこうした子供時代の小さな出来事で悲しくなってしまう。赤いネッカチー

フは少年先鋒隊(略称は少先隊、中国共産党の児童予備隊)の印。普通の小学生はみんな少先隊の

隊員で、学校から赤いネッカチーフを巻くように指示される。「80後」(80年代生まれの、一人っ

子政策実施以降に生まれた子供たち)の成長は、立ち遅れた教育体系によって束縛されていた経験

抜きには語れない。美しくはないけれど、こうした共通の記憶はすでに大人になった私たちの心を

温めてくれる(J)。

監督:朱慧 (象牙の塔),1985年出生、フリーの「座家」。イラスト、アニメ、漫画などの作業・創作

に携わり、2004年に広州美術学院附属中学を卒業。2009年に北京電影学院動画学院を卒業。

浅い眠り浅睡眠/Shallow Sleep監督:封零/高源(ガオ·ユェン)、狸空/岳明(ユェ·ミン)/2009/カラー/アニメーション/9分

台詞なし

Dir.: Fengling & Likong/2009/ Color/Animation/ 9min

Non-dialogue

作品紹介:彼女の世界は画面を突き破るほど豊富、めまいがするほどカラフル。なぜ彼女はそれでも孤独なの

か? モノクロの女の子が生活するカラーの世界で、孤独は美に対して人を鈍感にさせる。ただ親

友だけが人を冷静にさせ、奮い立たせ、自分を愛そうという気にさせてくれる。隠喩的な生活の中

で、このアニメーションの制作者2人はこうして手を取り合っているのだろうか? 自分は愛され

ているんだという感覚、それさえあれば一人であっても不足はないのだ(J)。

監督:封零、本名・高源。1986年に昆明で生まれ、2009年に中国伝媒大学(元・北京広播学院)動画芸

術専攻を卒業。

狸空、本名・岳明。イラスト、漫画、イーゼル絵画などに携わる。

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自画像自画像/Self-Portrait監督:于明(ユー·ミン)/2009/カラー/アニメーション/4分30秒

台詞なし

Dir. YU Ming/2009/Color/Animation/4min30

Non-dialogue

作品紹介:監督の于明は1本のアニメーションを用いて次のような問題を自分に問いかけている。「私は誰?」 

彼はディテールの隅々にこだわり、洋服の模様や小道具、作品タイトルのフォントまで、すべて細か

く計算している。華やかなテキストや覇気のあるリズムで勝負するのではなく、慎重にコントロール

をして、リズムでストーリーを語るのだ(J)。

監督:于明,中国青島に生まれる。2009年7月に山東工芸美術学院を卒業。

怪しき哉怪哉/Oddly監督:SEENスタジオ/2009/カラー/アニメーション/5分

中国語・英語・日本語字幕

Dir.: SEEN Studio; Color; 2009; Animation; 5 min

English/Chinese and Japanese subtitles

作品紹介:中国の怪談をモチーフにし、2Dと3Dのメリットを結合させ

た新しいタイプの中国アニメーション。『怪しき哉』は、

中国古代の短編小説集『聊齋志異(りょうさいしい)』の

中の一篇「白蓮教」を脚色した作品。『聊齋志異』は狐や

仙人、幽霊や妖怪などを登場させて当時の社会を隠喩した

小説集だが、『怪しき哉』に登場する夫のキャラクターは

すなわち妖術を心得た道士であり、妖術をもって罪を犯し

た弟子に報復する(J)。

監督:SEENスタジオは江南大学設計学院動画系2009期の三人の

卒業生が作った団体。この映画の中で彼らの分担は二次

元:X(曾璕/ゾン·シュン)、三次元:樟脳玩(張盛瑒/ヂ

ャン·シォンヤン)、アスピリン(黄月琳/フゥァン·ユェリ

ン)、後期:アスピリン(黄月琳)

(このセクション作品&監督绍介 翻訳:濱村仁,南真理,

田邊麻里江)

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一日一日生き延び、一日一日何かを得る 重慶インディペンデント映画祭(CIFVF)紹介

中国の他のインディペンデント映画祭と同様、重慶インディペンデント映画祭の中国語名は「重慶民間映画交流

展」という全く奇妙な名前であり、英語名であるChongqing Independent Film & Video Festival(CIFVF)こそが

このイベントそのものを的確に表している。これは中国が奇妙な環境に置かれている所以だ。政府は私たちに紅歌

(革命を謳う曲)を歌わせながら、私たちが「独立」することを望まない。テレビ局にCM放送を中止させながら(

翻訳者注:重慶テレビ局は2011年3月から商業広告を放送しないと定めた)、チケットを売らず、補助金で開催され

る映画祭に賛同することはない。

重慶インディペンデント映画祭はあまり光の当たらないアンダーグラウンド映画祭で、中国や周辺地域のインディ

ペンデント映画の紹介を行っている。「現地の観客を育て、将来の現地での創作を促進する」ことが、映画祭開催

の初志であり、今年の11月20日から26日にかけて、その第五回目を開催する。この四年の間、友人たちは「あなた

は一万元、私は五千元」と運営経費を集めてくれ、ある映画館は無料で会場を提供して我々を支援してくれた。こ

こで働く人々は、「主席」である鄭正を含め、全員がボランティアである。CIFVFには常設機関もなければ、固定し

た人間がいるわけでもない。皆が紅歌を歌い、某大テレビ局も広告を流さないようなこの都市において、こうして

活動を続けられる我々は幸運だといえるだろう。

映画が最終目標なのではなく、人と人の関係を改善し、さらに多くの人と新たな関係を築くこと、これこそがCIFVF

が重視する最終目標である。映画は重要ではない、重要なのは楽しむことだ。映画は無力だ、日々の暮らしを留め

ることはできない。だからCIFVFの核心は「映画でしかない」である。それゆえに我々は映画を上映するだけではな

く、卓球大会や料理コンテスト、「同業者同士で愚痴を言いあう会」等も行っている。また今年は作者と観客の関

係という面における新しい試みを行った。例えば、監督を招いて、製作中の作品を観客に進呈する「製作中作品上

映展」や、観客が小口の協賛金を出すことで創作に携わるという、いわゆる「連合プロデューサー制度」等である。

我々はCIFVFの第一歩はこの10年間にあると考えている。つまり、2016年の第10回目が一つの区切りとなる。しか

し、来年(2012年)は世界滅亡の年だとも言われている。。。だから、過ぎ去った一秒は変えられず、この一秒は

宿命に従い、次の一秒には希望を抱いていない。我々が行わなければならないのは、目前のこの一秒の宿命から脱

却し、一日一日生き延び、一日一日何かを得られるよう努力するということだ。

CIFVF総合プロデューサー 応亮

2011年9月6日,生命の危険を冒して乗った北京‐杭州の高速鉄道の上にて

(翻訳:南真理)

题目放久了

我都不敢写

是一匹马的死亡

不管这匹马

是红 是黑 是白 是青

不管这匹马或胖或瘦

在我的记忆中

是一匹马的死亡

或许他是白的

死亡了就变成黑的

或许他是胖的

死亡了就变成瘦的

黑色的 瘦的 死亡了的马

静静地躺在人们为他凿好的墓穴中

马 一匹好马

死亡了

是一匹马的死亡

把我的思念拉的很长

很长

摘自诗集《我问了曾祖母一个问题》

2004.10.11

杨瑾

TEXT:楊瑾(ヤン·ジン)

タイトルだけつけて放っておいた

書く勇気がなくて

それはある馬の死

この馬が

赤か、黒か、白か、青か、

痩せているのか太っているのかに関係なく

私の記憶の中で

それはある馬の死

もしかしたらそれは白色だったのが

死んで黒くなったのか

もしかしたらそれは太っていたのが

死んで痩せてしまったのか

黒い やせた 死んだ馬が

人々がそのために掘った墓穴に静かに横たわ

っている

馬、あるいい馬が

死んだ

それはある馬の死

私を長く考えさせる

長く

(詩集名『ひいおばあさんに尋ねた』)

2004.10.11

(翻訳:南真理)

是一匹马的死亡 ある馬の死

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TEXT:王小魯

インディペンデント(独立)映画の重要性は

ずっと過小評価されてきた。「独立」という

言葉の本質に遡る時、中国で探求されてきた

現代的な意味の「独立」は、清代末期にすで

に始まっていたことに気づく。梁啓超(訳

注:清末・民国の思想家、政治家)は、国家が

独立しないのは、個人が独立しておらず、「

独立の徳」が乏しいからだと認識していた。

魯迅は梁啓超の思想を大々的に広め、奴隷の

祖国が如何にして生命力と創造力をもつこと

ができるかを考えていた。独立という大業の

探求は、西洋の啓蒙主義が近代中国100年で沸

きあがったのと同程度の勢いがあり、断続的

に一種の新人の出現を求めてきたといえる。

その発展過程ではさまざまな妨げを受け、中

断されたこともあった。だが80年代になりこ

の血脈はもう一度受け継がれ、80年代の新啓

蒙主義の教育やその他の契機を経て、90年代

に中国のインディペンデント映画が生まれた

のである。

「インディペンデント映画」の「独立」と100

年前の思想家が提唱した独立は、同じ本質を

もっている。100年来探求してきた「新人」――

独立した思考をもち、権利が尊重され、内な

る個性が発揮できる人――これは、まさにインデ

ィペンデント映画作家の理想イメージだ。そ

の人は「独立の徳」に溢れている。インディ

「君には根がある、それは人を安堵させる」 「第2回北京新青年映画祭序文」より抜粋

ペンデント映画のことを作家映画と称するこ

とがあるが、その意義はここにある。

ここからインディペンデント映画の位置も見

えてくるだろう。すなわちインディペンデン

ト映画の探求は、その根源において中国人が

100年間抱いてきた探求心と同じ流れを汲んで

いるのである。実のところそれは現代的な資

源に頼っているところが大きい。ただ学者た

ちがこの一点をあまり分析しないがために、

創作者側も往々にして明晰な自覚意識が乏し

い。だが、歴史の規則性はこれまでも深刻に

存在してきた。インディペンデント映画に対

する文化的理解を、社会環境や歴史から離れ

て、純粋に芸術として分析することはできな

い。それは美学であり、文化でもあり、社会

であり、広義の上ではアリストテレスやアー

レントが分類した政治であり、当然のことな

がら歴史でもあるのだ。

こうした角度から見ていくと、インディペン

デント映画とは時代という泥の中で育ってき

た珍しい花なのだと気づく。私たちの映画祭

は珍しい花の展覧会なのだと。インディペン

デント映画には根があり、歴史という厚い土

壌と現実という土壌とによって育つのだ。こ

れは、多くの場合高価な、しかし現実感を失

った視覚芸術とは対照的である。インディペ

ンデント映画がもつ力は、時間の推移によって

表れてくる。すべては小さな流れから始まる

のだ。

インディペンデント映画は社会発展のひとつの

判断指標であり、誠意をもって作られた作品の

序列は社会発展の資料となる。インディペンデ

ント映画は社会発展の品質と各段階で経てきた

国民の心理状態を記録し、もちろん同時に作者

がどの程度自我を解放しているかということも

示すのである。

インディペンデント映画は根のある木として土

から生まれ、心の奥底から生まれる。「根があ

る」ことは、生まれた時から合法性を与えられ

ているということだ。生存の権利があり、その

力を抹殺しようとする企みはいかなるものでも

不当である。映画祭の任務は、そうしたインデ

ィペンデント映画に呼吸する空間を提供するこ

とだ。作者に対しては、上映の場を提供し、相

互交流と相互啓発の場をもたらす。特に若い監

督にとって映画祭は文化的な自覚を形成するの

に有益である。観客にとっても同様だ。またオ

ーガナイザーにとっては、インディペンデント

映画祭は社会組織の実験となるだろう。

インディペンデント映画は閉鎖的であるべきで

はない。インディペンデント映画がもつ強い

公共性は、インディペンデント映画を総体的な

芸術として成しえるべきであり、文学のように

大衆と向き合う普遍性を擁するべきだ。私はイ

ンディペンデント映画の交流がこぢんまりとサ

ークル化することは望んでいない。そうではな

く、より多くの思想をもった人々を招き入れ、

インディペンデント映画が幅広い言論を得てさ

らに広まっていくことを望んでいる。

(翻訳:田邊麻里江)

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Organizers馬然/MA Ran & 王珏/WANG Jue

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Collaborators (organizations and individuals)/ 協力者·機関栗憲庭映画学校 & 栗憲庭映画基金(Li Xianting Film School & Li Xianting Film Fund );刁丁成

(Diao Dingcheng)

中国インディペンデント映画祭実行委員会(Chinese Independent Film Festival in Tokyo) &中山

大樹(Hiroki Nakayama)

重慶民間映画交流展(Chongqing Independent Film & Video Festival ,Chongqing) [http://

www.cifvf.org] &応亮(Ying Liang)

影弟工作室( Indie Workshop) [http://www.chinaiff.org] & 張獻民&楊城(Zhang Xianmin&Yang

Cheng)

iBrand Solutions [http://ibrandchina.com]

remo (Osaka) [http://www.remo.or.jp]

Common Café(Osaka) [http://www.talkin-about.com]

Urban Research Plaza, Osaka City University

TEXT&SUBTITLE翻訳協力:南 真理/申斌/林 朋子/雨森 信/田邊 麻里江/喻丹青/李洪/Lee Cecily/滨

村 仁/石塚 洋介/笹島 秀晃

映画紹介文は、特記されたもの以外はすべて馬然(M)と王珏(J)が執筆した。

馬然(Ma Ran):香港大学比較文学哲学博士。研究テーマは中国の自主制作映画と国際映画祭のネッ

トワークについて。現在、大阪市立大学研究員を務める。

王珏(Wang Jue):北京電影学院の大学院を卒業。研究テーマは現代中国映画研究。現在はフリーの

映画評論家・作家。『南方都市報』にてコラムを執筆。

SPECIAL THANKS TO:山納 洋(common cafe) | 櫻田 和也 | Jerry Gordon | 董冰峰 | 翁泽斌 | 王小鲁 | 王姜永 日

期14:00-15:40

16:00-17:40

17:50-18:20

10月8日(土曜日)

牛乳先生(98min)

慰問(19min)

アフタートーク

With 馬然(中国語/英語,

日本語通訳)

双:女性監督による短編映画

(32min)

短編アニメーション

6作品(39min)

10月16日

(日曜日)

18:30-19:30

19:40-20:40

20:50-21:20

NOISE (60min)

短編アニメーション

6作品(39min)

アフタートーク

With 馬然(中国語/英語,

日本語通訳)

李献計冒険記(20min)

10月30日

(日曜日)

14:00-15:40

16:00-16:50

17:00-17:30

牛乳先生(98min)

雷磊短編アニメーション作品集

(25min)

アフタートーク

With 馬然(中国語/英語,

日本語通訳)

李献計冒険記(20min)

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