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Instructions for use Title 環状化RNAのRNA干渉効果および翻訳鋳型としての性質 Author(s) 阿部, 奈保子 Citation 北海道大学. 博士(薬科学) 乙第6951号 Issue Date 2015-03-25 DOI 10.14943/doctoral.r6951 Doc URL http://hdl.handle.net/2115/59261 Type theses (doctoral) File Information Naoko_Abe.pdf Hokkaido University Collection of Scholarly and Academic Papers : HUSCAP

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  • Instructions for use

    Title 環状化RNAのRNA干渉効果および翻訳鋳型としての性質

    Author(s) 阿部, 奈保子

    Citation 北海道大学. 博士(薬科学) 乙第6951号

    Issue Date 2015-03-25

    DOI 10.14943/doctoral.r6951

    Doc URL http://hdl.handle.net/2115/59261

    Type theses (doctoral)

    File Information Naoko_Abe.pdf

    Hokkaido University Collection of Scholarly and Academic Papers : HUSCAP

    https://eprints.lib.hokudai.ac.jp/dspace/about.en.jsp

  • 博士学位論文

    環状化 RNA の RNA干渉効果および翻訳鋳型としての性質

    阿部 奈保子

    北海道大学大学院生命科学院

    2015 年 3月

  • 目 次

    序論 1

    本論

    第 1章 ダンベル型 RNA の合成とその RNA干渉効果

    第 1節 ダンベル型 RNAの設計とその合成 9

    第 2節 ダンベル型 RNAの生物学的安定性の評価 13

    第 3節 ダンベル型 RNAのダイサーによる切断反応の解析 15

    第 4節 ダンベル型 RNAの RNA 干渉効果の測定 22

    第 5節 異なるループ配列を持つダンベル型 RNAの RNA 干渉効果 25

    第 6節 ループ部修飾ダンベル型 RNAの設計と合成、

    およびそれらの RNA 干渉効果 26

    第 7節 ダンベル型 RNAの RNA 干渉効果の用量反応関係の検討 30

    第 8節 第 1 章のまとめ 33

    第 2章 環状二本鎖 RNA の合成とその RNA干渉効果

    第 1節 環状二本鎖 RNAの設計と合成 34

    第 2節 環状二本鎖 RNAのヌクレアーゼおよびダイサー切断反応の解析 41

    第 3節 環状二本鎖 RNAの RNA 干渉効果 43

    第 4節 第 2 章のまとめ 46

    第 3章 大腸菌無細胞翻訳系における環状 RNAを鋳型とした翻訳反応

    第 1節 環状一本鎖 RNAの配列設計とその合成 47

    第 2節 ローリングサークル型翻訳反応に対する環サイズの影響 53

    第 3節 ローリングサークル型翻訳反応の反応効率についての検証 58

    第 4節 第 3 章のまとめ 61

    結語 62

    謝辞 63

    実験の部 64

    引用文献 78

    略語表 87

  • 1

    序 論

    核酸は直鎖状構造あるいは環状構造をと

    る(図 1)1, 2。直鎖状核酸には末端がある

    が、環状核酸には末端がない。直鎖状核酸

    のヌクレオチド配列には始めと終わりがあ

    るといえるが、環状核酸上では明確な始め

    がなく、また一度読み始めれば無限に連続

    して読むことが出来るため、終わりがない

    といえる。この両者は生物学的に異なった

    特性を示す。例えば、ヒトのメッセンジャ

    ーRNA(messenger RNA; mRNA)は直鎖状構造をもち、5ʹ 末端側から 3ʹ 末端側に向かって読み

    取られ、その配列に従ってタンパク質が合成されるが、このとき反応の開始は 5ʹ 末端依存的であ

    ることが知られている 3。他方、環状 DNA 上でポリメラーゼによる DNA 複製反応が起きると、

    環上を酵素が移動し、その結果、反復配列を持つ長い直鎖状 DNA が生成する。これはローリン

    グサークル型 DNA 複製反応と呼ばれる 4。また、核酸分解酵素にはエンドヌクレアーゼとエキソ

    ヌクレアーゼがあるが、エキソヌクレアーゼは核酸鎖を末端から分解する酵素であり、環状核酸

    を分解しない。

    核酸は、糖の違いによりデオキシリボ核酸(DNA)とリボ核酸(RNA)に分けられる。前者は

    主に遺伝情報の担い手として機能する。DNA は遺伝子の本体であり、細胞内で二本鎖を形成する

    ことで安定的に遺伝情報を保存する。後者の RNAについては、従来、セントラルドグマ aにおけ

    る媒体としての働きがもっぱら知られていた 5。つまり、RNA は DNA に含まれる遺伝情報をタ

    ンパク質に変換する過程で働く分子と考えられ、主にメッセンジャーRNA、転移 RNA(transfer

    RNA; tRNA)、リボソーム RNA(ribosomal RNA; rRNA)として存在することが明らかにされてい

    た。しかしながら、近年になり RNA のもつ新たな機能が次々に発見されてきた。触媒活性を持

    つ RNA(リボザイム)6、二本鎖 RNA による遺伝子発現抑制現象(RNA 干渉)7、細胞内に存在

    するノンコーディング RNA8、さらにはごく最近になってヒト細胞内に環状一本鎖 RNA が多量に

    含まれていることが明らかになってきた 9-16。特に、ヒト細胞内に含まれる環状 RNAの機能とし

    て、マイクロ RNAスポンジ bとして働きうることが報告されたが 10、そのものからタンパク質が

    合成される現象はいまだ報告されていない。しかしながら、従来翻訳されないと考えられていた

    ノンコーディング RNA についても、最近になり実際にはタンパク質合成の鋳型として機能しう

    ることが報告された 17。現在、細胞内の環状 RNA が翻訳鋳型として機能しうるのかどうかにつ

    いては非常に興味が持たれているところである。

    今回筆者は、このように生体内で多様な機能を果たしうる RNA 分子に着目し、構造的特性に

    よりその機能を制御しようと考えた。具体的には、一本鎖環状 RNA の持つ特性に着目し、その

    ものを新規機能性分子として利用することを考えた(図 2)。すなわち、環状 RNA を (1) RNA干

    図 1. 核酸の直鎖構造と環状構造

    直鎖状 DNA/RNA(非連続的)

    環状 DNA/RNA(連続的)

    a 遺伝情報伝達についての基本概念。DNA RNA タンパク質の順に非可逆的に伝達されるというもの。 b 内因性環状 RNAが細胞内でマイクロ RNAを結合(“吸収”)し、マイクロ RNA の機能を抑制する現象を表す。

  • 2

    渉分子として 18-20、および (2) タンパク質合成反応における鋳型として用い 21、それらの性質に

    ついて明らかにした。RNA 干渉を引き起こしうる環状 RNA 分子としては、異なる戦略に基づき

    二つのシステムを考案した。一つめは、ダンベル型 RNA と呼ばれる環状型一本鎖 RNA 分子で、

    RNA 鎖の末端をなくすことでエキソヌクレアーゼによる分解を防ぎ、RNA の生体内安定性を高

    めることを目指した 18, 19, 22, 23。2つめは環状二本鎖 RNAと名付けたデザインである。この環状二

    本鎖 RNA は、細胞内に導入した際に一本鎖領域でヌクレアーゼにより分解を受け、その結果

    siRNA 分子を放出することを期待して設計した 20, 23。これら新規 RNA 干渉分子についての実験

    結果は、それぞれ第 1 章、第 2 章に記述する。また、環状 RNA をタンパク質合成反応の鋳型と

    して用い、環状 RNA 上の連続的(ローリングサークル型)翻訳反応が増幅性を持つことについ

    て証明する実験について、第 3章に記述する 21。

    1. RNA干渉法とより高効果な RNA 干渉分子の開発に関する研究背景

    RNA干渉(RNA interference; RNAi)とは、1998 年に FireとMelloが線虫の一種 Caenorhabditis

    elegans を用いた系で発見し報告した現象で、二本鎖 RNA(dsRNA)を細胞内に導入したとき、

    そのものと相補的な配列をもつ mRNA が分解され、その遺伝子発現が抑制される現象である(図

    3)7。線虫などの下等生物では長鎖二本鎖 RNA が細胞内に導入されると、RNase III ファミリー

    に属するエンドリボヌクレアーゼであるダイサー(Dicer)により切断され、3 末に 2塩基の突出

    をもつ 2124塩基長の短鎖二本鎖 RNA を生ずる。生じた短鎖二本鎖 RNA が RNA 誘導サイレン

    シング複合体(RNA-induced silencing complex; RISC)を形成する結果、RNAiを引き起こす 24, 25。

    しかしながら、哺乳動物細胞に 30塩基対(bp)以上の長鎖 dsRNAを導入すると配列非特異的に

    強い免疫応答が引き起され、翻訳系の全般的な阻害に繋がることが知られていた 26。ところが、

    2001年 Tuschlらは低分子干渉 RNA(small interfering RNA; siRNA)と呼ばれる約 21塩基長から

    なる短い二本鎖 RNA が、哺乳動物細胞において RNAi を引き起こしうることを報告した(図 3)

    27。この siRNA分子とは 3 末端側に 2塩基の突出末端をもつ約 21-nt長の二本鎖 RNA で、dsRNA

    のダイサーによる切断反応生成物に等しい構造を持つ。siRNA がヒト細胞内に導入されると、そ

    の 5 末がキナーゼによりリン酸化されたのち、RISC に取り込まれる。その後、二本鎖のうちの

    一方の鎖(パッセンジャー鎖)が除去され、もう片方の鎖(ガイド鎖)のみが Argonaute 2 タンパ

    図 2. 環状 RNAの RNA干渉法・タンパク合成反応への適用

  • 3

    ク質 cに結合した状態となり活性型 RISC を形成する 28-31。その活性型 RISC がガイド鎖に対して

    相補的なmRNAを結合し、mRNAを切断する結果、その遺伝子発現が抑制される。2001年の Tuschl

    らの報告 27 は、短鎖二本鎖 RNA の医療応用可能性を示すものであり、これ以降より高効果な

    siRNA 分子の開発を目指して数多くの研究がなされてきた 32, 33。特に、siRNA 分子の核酸分解酵

    素による分解を防ぎその生体内安定性を向上させることが出来れば、より低容量での投与、siRNA

    の長期効果にもつながると考えられ、より生物学的に安定な種々の化学修飾 siRNA が開発されて

    きた(図 4)34-36。例えば、リボヌクレオチドの糖部 2 位の水酸基をメチル化した 2-O-メチルア

    ナログ 37、糖部 4 位の酸素原子を硫黄原子で置換した 4-チオアナログ 38、糖部 2 位酸素原子と

    4 位炭素原子をメチレン基で架橋した BNA(LNA)アナログを導入した化学修飾 siRNA 分子 39

    が開発され、その高い生体内安定性と RNAi活性が報告されている。

    ところで、最初に報告され広く用いられる siRNA の構造、すなわち 3 側に 2 塩基の突出末端

    をもつ 21-23 bpの二本鎖 RNAとは異なる、さまざまな構造をもつ分子の RNA 干渉効果も報告さ

    れている(図 5)34, 40-51。例えば、ヘアピン型 RNA(short hairpin RNA; shRNA)47、平滑末端含有

    dsRNA(blunt-ended dsRNA)48、およびダイサー基質 dsRNA(Dicer-substrate dsRNA; dsiRNA)49 は

    細胞内でダイサーにより切断を受け siRNA と同様の構造に変換される結果、強い RNA 活性を示

    すと報告されている。Rossiらは、ダイサーによって切断される鎖長・構造を持つ RNA 分子(ダ

    図 4. 種々の化学修飾 siRNA 図 3. 線虫における RNA干渉のメカニズム

    c RNAi 経路において RISCの主要コンポーネントとして同定されたエンドヌクレアーゼ活性をもつタンパク質。

  • 4

    イサー基質)は切断された後に RISC 複合体に

    取り込まれやすく、そのためより強力な RNA

    干渉分子として作用しうると報告した 48, 49, 52, 53。

    しかしながら、Salomon らはダイサーによって

    切断されない化学修飾 25-bp dsRNA が強い

    RNA干渉効果を示すことを報告し、このダイサ

    ーによる切断反応は RISC への取り込みや強い

    RNA 干渉効果に必須ではないと述べている 54。

    このように、ダイサー切断反応の RNAi 効果に

    対する影響については諸説あるのが現状である

    52。また、異なる設計理論に基づいたデザイン

    として、センス鎖中央に切れ目を持ち合計 3本

    の RNA 鎖で構成される低分子内部セグメント

    化干渉RNA(small internally segmented interfering

    RNA; sisiRNA)42、15 ntの短いセンス鎖を持つ

    非対称干渉 RNA(asymmetric interfering RNA;

    aiRNA)43, 44 などが報告されている。これらは

    短いセンス鎖を持つことで、センス鎖由来のオ

    フターゲット効果 d を回避しうると考えられて

    いる。また、一本鎖の RNA 鎖(single-stranded

    siRNA)が RNA干渉を引き起こしうることも報

    告されている 50, 51, 55-57。

    短鎖の二本鎖核酸を熱的、生物学的に安定化

    するための方法論の一つとして、そのもののダ

    ンベル型構造化がある。ダンベル型構造とは、

    二本鎖の末端どうしが一本鎖核酸のループで連

    結された環状構造で、二本鎖を形成するステム

    部分と一本鎖核酸からなる 2つのループ部位か

    らなる(図 6)。ダンベル型 DNA の合成研究から、このものが対応する二本鎖 DNA よりも高い

    熱的安定性 58, 59、高いエキソヌクレアーゼ抵抗性を示すことが明らかにされた 60。これらの特長

    から、その後、ダンベル型核酸は分子おとりとしてのデコイ法、遺伝子発現を配列特異的に抑制

    するアンチセンス法などにて用いられその有用性が明らかにされてきた 61-70。例えば、高久らは、

    核内因子κB(NF-κB)の結合配列をステム部位に持つダンベル型DNAを合成し、そのものをNF-κB

    のデコイ分子として用い、このダンベル型 DNAがヒト由来細胞内において対照の二本鎖 DNAよ

    りも高い NF-κB 活性阻害効果を示すことを報告している 64。

    今回筆者は、ダンベル型構造を持つ RNAを RNA干渉分子として用いることが出来ないかと考

    図 6. 核酸のダンベル型構造。線が一本鎖核

    酸をあらわし、破線は二本の鎖間で形成され

    た水素結合を表す。

    図 5. 非典型的構造をもつ RNA干渉分子。灰

    色太線がセンス鎖(パッセンジャー鎖)、黒色

    線がアンチセンス鎖(ガイド鎖)を表す。

    d 標的以外の遺伝子の発現を抑制してしまう効果

  • 5

    えた(図 7)。すなわち、しばしば二

    本鎖 siRNA分子のRNAi活性低下を

    招き、生体内投与時の副作用も懸念

    されうる化学修飾ヌクレオチドを導

    入することなく、天然のリボヌクレ

    オチド鎖のみで構成される RNA 分

    子を生体内安定化させ、新規な RNA

    干渉分子として用いることを考えた。

    ダンベル型構造にすることで RNA

    分子の生物学的安定性が向上するこ

    とは期待出来たものの、細胞内でダ

    ンベル型 RNA がダイサーにより切

    断されうるかどうか、さらには RNA 干渉効果を示しうるかどうかについてはまったくの未知で

    あった。ダンベル型 RNAが RNAi活性を示すためには細胞内でダイサーにより切断され、二本鎖

    siRNA 様分子を生成する必要があると考えられる 47, 48。しかしながら、ダイサーの切断メカニズ

    ムとして、基質である dsRNA の末端部位を認識し、その末端から 2123 塩基対程度離れた部位

    で切断することが知られており 24, 71、末端を持たないダンベル型 RNA がダイサーにより切断さ

    れうるかどうかが本研究計画における鍵であると考えた。

    そこで、第 1 章にて、ステム長の異なるダンベル型 RNA を合成し、ステム長のダイサー切断

    反応への影響とそれらの RNA 干渉効果について検討した結果を記述する。加えて、ダンベル型

    RNA の構造最適化について記述する。具体的には、ループ部位の RNA 配列・鎖長を変化させ、

    RNAi 活性に対する影響を調べた。ループ部位の分解抵抗性を高めるため、ループ部位のリボヌ

    クレオチドを生体親和性の高いヘキサエチレングリコール鎖や 2-デオキシリボヌクレオチドで

    置換した修飾型ダンベル型 RNA を設計・合成し、これらの生物学的安定性、RNA 干渉効果を調

    べた。

    続いて第 2章では、2つまたは 3つの二本鎖 siRNA 分子(21-nt)により構成される環状二本鎖

    RNA(circular double-stranded RNA, CDR)分子を設計・合成し、その RNA干渉効果について調べ

    た実験結果について記述する(図 8)。先に行ったダンベル型 RNA についての研究から、ダンベ

    ル型 RNA は血清中で一本鎖ループ部位が二本鎖のステム部位に先んじて分解を受けることが示

    唆された。このことから、複数の

    二本鎖 siRNA 分子を連結し、それ

    らの間に一本鎖部位を導入すれば、

    生体内で一本鎖部位がヌクレアー

    ゼにより選択的に分解され、二本

    鎖 siRNA 分子をリリースするシ

    ステムとなりえると考え、本デザ

    インを考案した。

    図 8. RNA干渉分子としての環状二本鎖 RNA。

    図 7. RNA干渉分子としてのダンベル型 RNA。

  • 6

    2. 環状メッセンジャーRNAを鋳型とした原核生物翻訳系におけるタンパク質合成反応に関する

    研究背景

    環状核酸を鋳型とする酵素反応の一つに、ローリングサークル型複製反応が挙げられる。この

    反応は、生物学的にはプラスミドやウイルス、バクテリオファージ遺伝子等の複製時に一般的に

    見られ、環状 DNA を鋳型にして DNAポリメラーゼが連続的に反応を進行させる結果、多数の繰

    り返し単位を持つ複製生成物が生ずる(図 9)4, 5, 72, 73。このプラスミド等を鋳型とするローリン

    グサークル複製反応では、一般に鋳型は数千塩基からなる大きな環状 DNA である。他方、1990

    年代半ば、Fireらおよび Koolらは、30塩基程度からなる非常に小さな環状一本鎖 DNAを鋳型と

    した場合にも、ローリングサークル型の複製反応が起こること、またこの反応が非常に効率的で

    あることを報告した 74, 75。同時期に、RNA合成反応においても小さな環状一本鎖 DNAを鋳型と

    した同様のローリングサークル型反応が起こりうることも明らかにされた 76, 77。これらの反応に

    おいては、鋳型が環状 DNA の場合、対照の直鎖状 DNA を用いたときに比較して、非常に効率的

    に生成物が生ずるが、そのメカニズムは次のように説明されている(図 10)74, 75。まず、鋳型・

    プライマー配列複合体に酵素が結

    合した後、プライマー配列の伸長

    反応が起こる。直鎖状 DNA が鋳

    型の場合、このポリメラーゼ反応

    は鋳型 DNA の末端まで進行する

    と一度終結する。この酵素は鋳

    型・プライマー由来鎖複合体から

    乖離し、次の鋳型・プライマー配

    列複合体に結合し次の反応サイク

    ルを開始しなければならない。こ

    れに対し、小さな環状一本鎖 DNA

    を鋳型とした場合、鋳型 DNA・プ

    ライマー配列複合体に結合した酵

    素は、一旦反応を開始すると、環

    上を回転しながらポリメラーゼ反

    応を行い続けることができ、酵素

    が一回転した後にも、鋳型上を回

    図 9. ローリングサークル型 DNA複製反応の反応機構

    図 10. ポリメラーゼのローリングサークル反応における

    効率性・増幅機構

  • 7

    転しながら酵素反応を行い続けることができる。この反応では、DNA ポリメラーゼの鎖置換活性

    eが必ずしも必要とされないことが大きな特徴で、鎖置換活性が低いポリメラーゼ fを用いた場合

    でも連続的な酵素反応が起こりうることがわかっている 74, 77。その要因として、鋳型の環状 DNA

    のサイズが小さいために生成した二本鎖 DNA の構造のひずみが非常に大きく 78、反応点で二本

    鎖が乖離するためであると考えられている 2, 74, 75。

    Fireらおよび Koolらによる報告を端緒として、このローリングサークル型増幅反応を検出法と

    して利用する試みが次々に報告された 79-81。例えば、Lizardiらは錠型(padlock)プローブと名付

    けた一本鎖 DNA のライゲーション反応が鋳型との相補性でオン・オフ可能なことを利用し、標

    的鋳型中の一塩基多型を判別する方法を開発し報告している 82。彼らは、一本鎖環状 DNA を鋳

    型としたローリングサークル複製反応をシグナル増幅法として利用した。

    ところで、mRNA にコードされた遺伝情報からタンパク質が合成される過程を翻訳反応と呼ぶ。

    翻訳反応は鋳型の mRNA、リボソーム、tRNA、アミノ酸、その他多くのタンパク質因子が関与

    する複雑な一連の反応であるが、一般に、開始・伸長・終結の三段階に分けて考えることが出来

    る g, 83。原核生物の翻訳系において、それぞれの段階は以下のように進行する。(1:開始)リボ

    ソームが mRNA に結合し、mRNA 上の開始コドンに対応する tRNA がリボソーム上で mRNA と

    水素結合を形成する。(2:伸長)mRNAのコドンに対応するアミノ酸が次々にペプチド結合を形

    成する。(3:終結)停止コドンに至り、翻訳反応が終結する。翻訳終結因子と呼ばれるタンパク

    質が作用し、ポリペプチド鎖がリボソームから乖離する。一般に、三段階のうち開始段階が律速

    で、翻訳反応全体の効率を調節していると考えられている 83。原核生物の mRNAは、開始コドン

    の上流にシャイン・ダルガノ(Shine-Dalgarno; SD)配列とよばれる共通配列を含む 84。この SD

    配列はリボソーム結合配列であり、16S リボソーム RNAの 3ʹ 末配列がこの mRNA 上の SD配列

    に結合し翻訳反応の開始が促進される。また、真核生物の mRNAがモノシストロン性 hな性質を

    持つのに対し、原核生物の mRNA はポリシストロン性 iで一本の mRNA 分子上から複数のタンパ

    ク質が合成されうる。

    環状 RNA を鋳型として用いた場合

    の特異的なタンパク質合成法が 1998

    年に報告されている。85, 86。Perriman

    と Ares は、795-nt の環状一本鎖 RNA

    を用い、大腸菌内で非常に長い反復タ

    ンパク質が合成可能なことを示した

    (図 11)。図 11 aに示す環状 mRNA は

    停止コドンを含まず 3 の倍数の塩基数

    で構成されるため、翻訳領域(open 図 11. 既報の長鎖多量体タンパク質合成システム 85, 86

    e ポリメラーゼの持つヘリカーゼ様活性で、合成反応中に鋳型鎖に結合する相補鎖をはがす能力。 f T7 DNA ポリメラーゼ, T4 DNA ポリメラーゼ、大腸菌 DNA ポリメラーゼ Iなど。 g 終結の次段階にリボソームリサイクルを加え四段階と考える場合もある。 h 一本の mRNA鎖に一つのタンパク質のみをコードする。 i 一本の mRNA鎖に複数のタンパク質をコードする。

  • 8

    reading frame; ORF)が連続的となる。そのため、一度翻訳反応が開始されると、リボソームが

    mRNA上を移動しながらタンパク質を合成する。その結果、反復配列を持つ長鎖タンパク質が生

    ずるはずである。当該論文では、この緑色蛍光タンパク質(green fluorescent protein; GFP)をコー

    ドする連続的 ORF含有環状 RNA(図 11a)から分子量 300 kDa以上のタンパク質が生成したこと

    を報告している。しかし、生成物が蛍光性を示さなかった事を報告している j。彼らの実験系では、

    大腸菌にプラスミド DNAを導入し、そのものから転写された RNA 配列がグループ Iイントロン

    配列に由来する反応で自動的にスプライシングおよび環化する。このようにして生じた環状 RNA

    が鋳型となりタンパク質合成反応が起こる。彼らはこの連続的タンパク質合成反応では SD 配列

    を 16S rRNA と結合しない配列に置換しても長鎖タンパク質が生成しうることを示した 85。しか

    しながら、この実験系の複雑さは、反応産物の生成量の直接比較を困難にしており、特にローリ

    ングサークル反応という観点からのタンパク質の生成効率については全く検討されていなかった。

    以上述べた背景から、今回筆者は、環状

    RNA を鋳型とする連続的なタンパク質合

    成反応、すなわちローリングサークル型タ

    ンパク質合成反応においても、小さな一本

    鎖環状 DNA を鋳型とするローリングサー

    クル型ポリメラーゼ反応の場合と同様に、

    反応生成物の生成効率に増幅性があるので

    はないかと考えた(図 12)。本仮説を証明

    する目的で種々の環状一本鎖 RNA を設

    計・合成し、大腸菌系無細胞翻訳液中での

    翻訳反応を解析した。これらの実験結果に

    ついて、第 3章で詳述する。

    図 12. ローリングサークル型タンパク質合成反応に

    おける反応生成物増幅機構(仮説)

    j 著者らは GFP リピートタンパク質が蛍光を示さなかった理由について、タンパク質の適正な フォールディングがなされなかったためではないかと考察している。

  • 9

    本 論

    第 1章 ダンベル型 RNAの合成とその RNA干渉効果

    第 1節 ダンベル型 RNAの合成

    ホタルルシフェラーゼ遺伝子を

    標的としたダンベル型 RNA を設

    計・合成し、それらの哺乳動物細

    胞中における RNA 干渉効果をデ

    ュアルルシフェラーゼアッセイ法

    により測定することとした 27。ダ

    イサーとの反応性、および RNA

    干渉効果に対するステム長の影響

    を調べるために、図 13 に示すよう

    に、ステム長の異なる 5つのダン

    ベル型 RNA を設計した。2箇所の

    一本鎖ループ配列には、ショート

    ヘアピン型 RNA のループ部位に

    用いられる 9ヌクレオチドの配列

    5ʹ- UUCAAGAGA -3ʹ を用いるこ

    ととした 87, 88。ダンベル型 RNA

    の対照に、siRNA-1 と名付けた 3

    側に2塩基の突出を持つ21塩基長

    の二本鎖 siRNAを設定した。ステ

    ム長が 15-bp と短いダンベル型

    RNA(Db-15)以外のダンベル型

    RNAでは、二本鎖 siRNA(siRNA-1)

    中の 19-bp の二本鎖形成部分をそ

    れぞれのステム中央部分に含む。

    Db-19 が、siRNA-1 そのものを含

    む最小のダンベル型RNAである。

    ステム長が 23, 27, 31-bpのダンベ

    ル型 RNA(Db-23, Db-27, Db-31)

    については、それぞれのステム配

    列中で標的のホタルルシフェラーゼ mRNA 相補配列を延長した(図 13)。

    これらダンベル型 RNAは、図 14に示す以下の手順で合成した(図 14)。ダンベル型 RNAを 2

    つのループ配列の中央位置(5ʹ- UUCAA↓GAGA -3ʹ)で 2本の鎖に分け、それぞれの鎖を核酸自

    図 13. 設計したダンベル型 RNA の配列。ホタルルシフェラー

    ゼ mRNA(開始コドン最初の塩基から数えて 849−869番領域)

    に対する相補配列を青色の太字で表す。二本鎖 siRNA (siRNA-1,

    a) 中の二本鎖形成 19塩基対部分を囲み、ダンベル型 RNA (Db,

    b) 中での共通部分を同様に囲んで示す(Db-15 は 19 塩基対の

    うちの 15塩基対分のみを含む)。

  • 10

    動合成機により化学合成した 89。その際、5ʹ 末端は合成機上で市販の化学リン酸化試薬を用いて

    リン酸化した 90。合成した RNA オリゴヌクレオチドは、脱保護した後、変性ポリアクリルアミ

    ド電気泳(PAGE)を用いて精製した。その後、2本の鎖をアニーリングし T4 RNA リガーゼを加

    えて酵素的に連結した。反応生成物であるダンベル型 RNA は変性 PAGE にて単離・精製して以

    降の実験に用いた(単離収率 10−25%)。

    なお、この手順でダンベル型 RNAを酵素的に合成する際には反応点が 2箇所存在する。2箇所

    とも同時に連結反応が進行したものが目的のダンベル型 RNA である。反応液を変性 PAGE で分

    析した際に、新たに生じたバンドが 2箇所の両方ともに連結された生成物由来であるかどうかは

    以下のように確認した。各ダンベル型 RNA の合成条件検討時に、添加するリガーゼ量を変化さ

    せ、過剰の酵素量を添加した際にも他のバンドを生じることなく当該バンドに生成物が収束する

    ことを確認した(図 14b)。また、図 15 に示す対照実験を行い、一箇所のみで連結反応が起きた

    際に生ずるヘアピン型 RNA を化学合成し、そのものとダンベル型 RNA の変性 PAGE中の泳動位

    置が異なることを確認した。

    合成したダンベル型 RNA Db-23について、その構造と熱的安定性を原料の二本鎖 RNA L-23と

    比較した。円二色性(CD)スペクトルの測定結果は両者でほぼ一致し、260 nm 付近に強い正の

    バンドを示した(図 16a)。CDスペクトルはどちらも同様な A型らせん構造を取っていることを

    示唆しており 91、ループ部位を連結してもステム部位の二本鎖構造は変化しなかったことを示唆

    する。しかしながら、熱安定性解析の結果から、L-23の融解温度(Tm)は 71 °C、Db-23では約

    90 °Cであった(図 16)。この結果から、Db-23 は L-23よりも熱的に安定な二本鎖構造を形成し

    ていることが分かった 58。

    また、図 17aには、ダンベル型 RNA Db-23の原子間力顕微鏡(Atomic Force Microscoy; AFM)

    による観察結果を示す 92, 93。Db-23が棒状構造を持つことが分かり、これは図 17bに示した Db-23

    の分子モデリングの結果と良く一致する。また、Db-23 の分子長は 32.8 ± 6.6 nm と観測され、こ

    の値は計算値 25 nm にほぼ一致することが分かった。

  • 11

    図 15. ヘアピン型 RNAを原料としたダンベル型 RNA合成。(a) 用いた RNAの配列。ダンベル型 RNA

    合成のための2種類の原料 A, B と、生成物 C。(b) A, B 2種類の異なる原料を用いて Cを生ずる反応

    のスキーム。(c) T4 RNA リガーゼを用いた酵素反応の 10%変性 PAGE分析(7 M 尿素, 25% ホルム

    アミド)。Stains-All染色により可視化。

    図 14. ダンベル型 RNA(図 13)の合成法。(a) ダンベル型 RNA (Db-15 ~ Db-31) 合成方法の模式図。

    5ʹ 末をリン酸化した二本の化学合成 RNA鎖を原料とし、二本鎖を形成させたのち、T4 RNA リガーゼ

    を加え 2箇所で連結した。(b) ダンベル型RNA Db-23合成反応の 10%変性 PAGE分析 (7 M 尿素, 25%

    ホルムアミド)。Stains-All 染色により可視化。反応液(2 M dsRNA, 0 – 0.1 units/L T4 RNA ligase, 25%

    PEG6000, 0.006% BSA, 50 mM Tris-HCl, pH 7.5, 10 mM MgCl2, 10 mM DTT, 1 mM ATP)を室温、オ

    ーバーナイトでインキュベートした。

  • 12

    図 16. ダンベル型 RNA Db-23とその合成前駆体二本鎖 RNA L-23の構造・熱安定性の比較。(a) 円

    二色性スペクトル。0.5 M RNA, 10 mMリン酸ナトリウム (pH 7.0), 100 mM NaCl, 1 mM EDTA。

    温度 20 ˚C. (b) RNAの融解曲線。260 nm における吸光度変化を温度に対してプロットした。0.5 M

    RNA, 10 mMリン酸ナトリウム (pH 7.0), 1 mM EDTA.

    1 mM EDTA.

    図 17. ダンベル型 RNA Db-23の三次元構造。(a) Db-23観察時に得

    られた典型的な AFM像。図パネルのサイズは 500 nm × 500 nm。挿

    入した拡大図パネルのサイズは 50 nm × 50 nm。(b) MacroModelソフ

    トウェアを用いて作成したモデル図。

  • 13

    第 2節 ダンベル型 RNAの生物学的安定性の評価

    本章第 1 節でその合成について述べた、ステム長 23-bpのダンベル型 RNA Db-23を用いて、ダ

    ンベル型 RNA の生物学的安定性を調べた。ダンベル型 RNA を RNA 干渉分子として臨床で使用

    する場合、生体内に導入後標的部位に到達するまで安定に存在しなければならない 33。そのため

    には、RNA 干渉分子が核酸分解酵素による分解反応を免れることが非常に重要である 35。本研究

    では、まず初めに 3 エキソヌクレアーゼであるヘビ毒ホスホジエステラーゼ(SVPD)に対する

    ダンベル型 RNA(Db-23)の安定性を、二本鎖 siRNA(siRNA-1)および合成原料の二本鎖 RNA

    (L-23)と比較した(図 18a, b)。RNAと SVPD を緩衝液中で混合後 37 Cでインキュベートし、

    0.5, 1, 2, 4時間後に一部を採取した。これらのサンプル中に含まれる RNAを未変性 PAGEにより

    解析した。ゲル中の RNAは市販の SYBR Green I試薬を用いて染色し可視化した。図 18bに示す

    ように、siRNA-1 は反応開始 0.5 時間後には既にメインバンドの位置が原料より若干下に移動し

    ており、これは突出末端が分解・除去されたためであると推測される。2 時間後にはほぼ完全に

    RNA のバンドが消失し、siRNA-1 は完全に分解された。L-23 も siRNA-1 とほぼ同様の挙動を示

    した(図 18b)。これに対し、ダンベル型 RNA Db-23では分解反応の進行が遅く、2時間後におい

    ても約 4割の原料 RNAが残存していた(図 18b)。このことから、ダンベル型 RNA はその環状構

    造から SVPD による分解反応を受けにくい事が示された。次に、これらの RNA のヒト血清中の

    安定性を比較した(図 18c)。SVPD を用いた場合と同様の手順にて実験を行った結果、図 18c に

    示すように、siRNA-1, L-23 と比較して Db-23 では分解反応の進行が遅いことが分かった。すな

    わち、反応開始 2 時間後には siRNA-1 は 8%しか残存していなかったのに対し、Db-23 は 25%残

    存していた。この結果から、ダンベル型 RNA はヒト血清中においても二本鎖 siRNA よりも安定

    に存在しうることが分かった。

  • 14

    図 18. ダンベル型 RNAの生物学的安定性評価。15% 未変性 PAGEによる解析。SYBR Green I染色

    により可視化。(a) 用いた RNAの構造と配列。(b) ヘビ毒ホスホジエステラーゼによる RNA分解反応。

    RNA (2 M) を 2 10-4 units/L の Phosphodiesterase I from Crotalus adamanteus venom を含む緩衝

    液中 37 °Cでインキュベートした。 (c) ヒト血清中での RNA分解反応。RNA (2 M) を 20% (v/v) の

    ヒト血清を含む緩衝液中 37 °Cでインキュベートした。

  • 15

    第 3節 ダンベル型 RNAのダイサーによる切断反応の解析

    合成したステム長の異なるダンベル型 RNA(Db-15 ~ Db-31, 図 13)とエンドリボヌクレアー

    ゼであるダイサー25の反応性を調べた(図 19)。RNA とヒト型組み換えダイサーを緩衝液中で混

    合、37 C でインキュベートし 1, 6, 20時間後に一部を採取し、それらを未変性 PAGEにより解析

    した。その結果、最短のステム長をもつ Db-15以外の全てのダンベル型 RNA から、20-bp付近に

    切断産物由来のバンドが観察された(図 19a)。このとき、ステム長が長いダンベル型 RNA ほど

    原料のバンドの消失が早く、ダイサーにより分解されやすいことが分かった。対照実験として、

    ダンベル型 RNA 前駆体である二本鎖 RNA (L-15 ~ L-31, 図 14)のダイサー切断反応を解析した

    ところ、これらの切断反応はダンベル型 RNA の場合よりも早いことが分かった(図 19b)。ステ

    ム長が 19-bp以上の前駆体 dsRNA(L-19 ~ L-31)では反応開始 1時間後にはすでに原料のバンド

    が消失し 20-bpほどのサイズの dsRNAに変換された。

    図 19. ダイサーによるダンベル型 RNA (a、図 13), ダンベル型 RNAの前駆体 dsRNA (b、図 14a) およ

    び二本鎖 siRNA (c, 図 13) 切断反応の 15% 未変性 PAGE分析(SYBR Green I 染色)。RNA(2.5 M)

    をヒト型組み換えダイサー(0.1 units/L、ColdShock-DICER、タカラバイオ社製)と緩衝液中(20 mM

    Tris-HCl, pH 8.5, 150 mM NaCl, 2.5 mM MgCl2)、37 Cでインキュベートした。

  • 16

    続いて、ステム長 23-bpのダンベル型 RNA Db-23について、切断反応により生じた配列を同定

    するため、マトリックス支援レーザー脱離イオン化飛行時間型質量分析法(matrix assisted laser

    desorption/ionization time-of-flight mass spectrometry; MALDI-TOF MS)により切断産物の分子量を

    測定した(図 20, 21)。対照実験として L-23や他の関連配列の切断生成物についても同様に測定

    した(図 22, 23, 24)。

    図 20. ダンベル型 RNA Db-23のダイサー切断反応生成物の MALDI-TOF MS 解析。(a) 測定に用

    いた、精製した切断反応生成物(Band_A, B, C)の 10%未変性 PAGE分析(SYBR Green I 染色

    により可視化)。(b) 未反応(原料)の Db-23 および Band_A の分子量スペクトル。(c) Band_B

    および Band_Cの分子量スペクトル。

  • 17

    図 21. Db-23のダイサー切断生成物として MALDI-TOF MS解析で推定された RNA配列。図 20a

    に示した Band_B (a), Band_C (b) の MALDI-TOF MSスペクトル、およびそれぞれで同定された

    RNA断片の配列を赤または青文字で表す。5’末端のリン酸基を pで示す。

  • 18

    図 23. 様々な構造をもつ RNAのダイサー切断反応の比較。RNAの配列と構造 (a)、および反応の 10%

    未変性 PAGE分析(SYBR Green I 染色により可視化)(b)。(b) RNA(2.5 M)をヒト型組み換えダイ

    サー(0.1 units/L)と緩衝液中 37 Cでインキュベートした。

    図 22. L-23 のダイサー切断生成物の MALDI-TOF MS 解析結果。分子量から推定された生成物の RNA

    配列を赤文字で表す。5’末端のリン酸基を pで示す。

  • 19

    図 24. 二本鎖 25-nt RNA(si25; 図 23aの RNA_b)(a) およびヘアピン型 55-nt RNA(Sh-55; 図

    23a の RNA_f)(b) のダイサー切断産物の MALDI-TOF MS 解析結果。分子量から推定された生成

    物の RNA配列を赤文字で表す。5’末端のリン酸基を pで示す。

  • 20

    まず、Db-23(1.25 nmol)の切断生成物については、2.5 Mで 0.1 units/L のダイサーと 37 °C

    にて 16 時間インキュベートした後、反応液中の RNA を 10% 未変性 PAGE で分離し、UV 吸収

    に基づいて 3 箇所のバンドを切り出した(図 20a)。原料付近のバンドを Band_A、20-bp 付近の

    バンドを Band_B、20-bp付近より下のバンドを Band _C とした。それぞれのバンドを切り出し、

    ゲルに含まれるRNAを抽出してMALDI-TOF MSにより解析した 94(図20 b, c)。その結果、Band_A

    に含まれる RNAの m/z値は 21,002.8であり Db-23の測定値 (20,822.4) とほぼ一致した k。このこ

    とから、Band-Aを未反応原料の Db-23と同定した(図 20 b)。Band_B からは主に二十数塩基長

    の RNA 断片の分子量に相当する、6000から 8000の m/z値をもつピークが検出された (図 20c)。

    これらピークの m/z 値から同定した RNA 配列を図 21a に示した。これらの配列はほぼ全てがル

    ープ配列の領域に一方の末端を持つ 21 ~ 23-ntであり、Db-23がダイサーに 2回切断された結果

    生じた配列と考えられる。これらの相補配列についてもピークを同定しようと試みたが、ナトリ

    ウム付加体(MNa+)由来のピークも混在し非常にスペクトルが複雑なため、同定することは出来

    なかった。しかしながら、ダイサーの切断反応生成物の構造的特性を考えると、Db-23 の切断産

    物で Band-Bに含まれる RNAとしては、3ʹ 側に 2-ntの突出末端を持つ 21-nt および 22-ntの二本

    鎖 RNA が推定される。切断反応の中間体、一度目の切断反応で生ずると推測される RNAは未変

    性 PAGEで検出されず、また、Band_B の解析結果でも m/z値 14,000 – 16,000付近にピークは観

    察されなかった(図 20c、Band_B)。このことから、一度目の切断反応が起きた後の二度目の切

    断反応はすみやかに起きたことが示唆された。

    なお、Band_C からは主に 9000から 12000の m/z値をもつピークが検出された(図 20c)。これ

    らは三十数塩基長の RNA 断片に由来する分子量であり、かつその電気泳動での泳動位置から、

    ヘアピン型構造をもつRNA由来のピークであると推測した。実際にピークのm/z値から推定した、

    ヘアピン型構造をもつ RNA 配列を図 21b に示す。これらヘアピン構造を持つ切断産物は、その

    ステム長が短すぎるために RNAi活性を持ち得ないことが推測される。

    図 23には、さまざまな構造的特徴をもつ二本鎖 RNA のダイサー切断反応性を比較した結果を

    示す。3ʹ 末端に 2-nt の突出塩基をもつ 25-nt の dsRNA(si25)は、ダイサーと混合後 1 時間で切

    断反応が完結したことが分かる(図 23b, (b))。これに対し、平滑末端を持つ 25-nt の dsRNAでは

    切断反応が遅く、反応時間 18時間でも原料が残存した(図 23b, (c))。また、一方にループ配列を

    含み他方に 2-ntの突出末端をもつ 55-ntのヘアピン型 RNA Sh-55は si25 と同様、切断されやすい

    ことが分かった(図 23b, (f))。これらを比較すると、ダイサーの切断反応には末端構造が大きく

    影響を与えることが分かる 95。これら関連構造を持つ RNA と比較しても Db-23 は最も切断を受

    けにくく(図 23b, (e))、ダンベル型 RNA Db-23 が試験管内ではダイサーにより切断を受けにくい

    ことが分かった。

    図 22 には、対照実験として行った、L-23 の切断産物の MALDI-TOF MS 解析結果を示した。

    L-23由来の生成物も、Db-23 由来の生成物とほぼ同様の特徴を示し、生成物はループ領域に一方

    の末端が含まれる 21 ~ 23-nt の RNA配列と推定された。対照実験として行った、3 末端に 2塩

    基の突出構造をもつ 25-nt dsRNA si25 およびヘアピン型 RNA Sh-55の切断反応の結果を図 24に

    k Db-23 に関して MH+イオン分子量の計算値と測定値に差が大きい理由は、測定された m/z値が複数の Na イオン含有ピークの加重平均値であるためと考えている。RNAが長くなると MH+由来のピークと Naイオン含有ピークの分離が困難であった。

  • 21

    示す。これらを基質とした反応では生成物の分子量スペクトルは相対的に単純であり、生成物は

    末端から 21 および 22-nt の距離で切断された配列にほぼ限定されていた(図 24)。これに対し

    L-23からの生成物は、Db-23の場合と同様に、2 回の切断反応を受けて生じたことが分かる。L-23

    が最適な末端構造を持たないため、2 度目の切断を受けたことが推測される 95。また、末端構造

    の切断効率への寄与は大きく、3 末端に 2塩基の突出構造を持つ場合では平滑末端を持つ場合よ

    りも切断反応が早く完結することが分かった(図 23bの(b), (c) の比較)94。

    試験管内で Db-23 にダイサーを作用させた今回の実験では、Band_C の領域に含まれる短いヘ

    アピン型 RNA が、Band_B に含まれる二十数塩基の二本鎖 RNA より多量に生じたように見えた

    (図 19a)。しかしながら、細胞内にはダイサー以外の種々の核酸分解酵素が存在する。ダンベル

    型 RNA は一本鎖のループ部位から分解されやすいことが推測される。そのため Db-23 が生体内

    に導入された後、ループ部位に分解を受け、末端を生じた後にダイサーにより切断されるならば、

    二十数塩基の二本鎖 RNAをより豊富に生じうることも推測される。

  • 22

    第 4節 ダンベル型 RNAの RNA干渉効果の測定

    本章第 1節でその合成について記述した、ステム長の異なるダンベル型 RNAの RNA干渉効果

    をマウス由来 NIH 3T3 細胞を用いデュアルルシフェラーゼアッセイ法により評価した 27。RNAと

    2種類のルシフェラーゼレポーターベクター(ホタルルシフェラーゼコード pGL3-Control ベクタ

    ーとウミシイタケルシフェラーゼコード pRL-TK ベクター)をリポフェクション法により細胞内

    に導入した。1 日、および 3 日間培養した後に細胞を溶解し、溶解液中に含まれるルシフェラー

    ゼ量を測定し、これにより導入した RNA のホタルルシフェラーゼ発現抑制活性を評価した。図

    25aに示す様に、ステム長 15-bpのダンベル型 RNA Db-15は RNAi活性を示さなかったが、ステ

    ム長 23-bp以上のダンベル型 RNAは同程度に強い RNAi活性を示した。比較のため、ダンベル型

    RNAの合成前駆体である二本鎖 RNAの RNAi活性を同様に測定した(図 25a)。やはりステム長

    15-bp の L-15 は全く RNAi 活性を示さなかったが、ステム長 19、23、27-bp では中程度の RNAi

    活性を示した。この実験から、ステム長 23、27-bpの場合、合成前駆体二本鎖 RNA をダンベル型

    構造化することで活性が増強されることが確認された。一般に、オフターゲット効果や免疫刺激

    効果などの副作用の点を考慮すると、RNA干渉分子は鎖長が短いほど望ましい 96。この点を考慮

    図 25. ダンベル型 RNA(図 13)の RNA 干渉効果の測定。NIH 3T3 細胞に RNA (25 nM) 及び

    pGL3-Control ベクター (2 ng/L), pRL-TK ベクター (2 ng/L) を GeneSilencer トランスフェクシ

    ョン試薬により導入した。一定期間培養後、細胞を溶解しルシフェラーゼ発現量を測定した。RNA

    干渉効果はホタルルシフェラーゼ発現量をウミホタルルシフェラーゼ発現量で補正した値として示

    す。(a) ダンベル型 RNA (Db) とその合成前駆体 dsRNA (L) 導入後 1日および 3日後の活性。6回

    の実験の平均値 ± 標準偏差を示す。(b) Db-23または siRNA-1導入後、1, 2, 3, 4日後の活性。4回

    (day 2) または 5回 (day 2以外) の実験の平均値 ± 標準偏差を示す。* P < 0.02, ** P < 0.00001,

    Db-23 対 siRNA-1。

  • 23

    し、ステム長 27、31-bp ではなく 23-bp のダンベル型 RNA が RNA 干渉分子としてより適当であ

    ると考え、以降の実験で用いた。

    続いて、ダンベル型 RNA(Db-23)と二本鎖 siRNA(siRNA-1)の RNAi 活性を比較した(図

    25b)。先の実験と同様の方法で Db-23および siRNA-1を NIH 3T3細胞に導入し、導入後 1、2、3、

    4日後にそれぞれの RNA干渉効果を測定した。図 25bに示したように、細胞に導入後 1日後には

    両者は同程度の RNAi 活性を示したが、導入後 2、3、4 日後にはいずれも Db-23 の示した RNAi

    活性のほうが有意に高かった。本実験から、Db-23 は siRNA-1 と比較し、より持続的に RNA 干

    渉効果を示すことが分かった。なお、Db-23 が siRNA-1 に比較しより持続的な RNA 干渉効果を

    示すことは、本章第 7 節に示すホタルルシフェラーゼ安定発現 HeLa 細胞を用いた実験によって

    も示されている(図 33)。

    図 26. 異なる部位を標的としたダンベル型 RNA の RNA 干渉効果。(a) 二本鎖 siRNA (uGL3) お

    よびステム長の異なる 3つのダンベル型 RNA (Db-19N, Db-23N, Db-27N) の構造と配列。ホタルル

    シフェラーゼ mRNA(開始コドン最初の塩基から数えて 153−173 番領域)に対する相補配列を太

    字で表す。二本鎖 siRNA (uGL3) 中の二本鎖形成 19塩基対部分を囲み、ダンベル型 RNA中での共

    通部分を同様に囲んで示す。図 14aに示した方法に従い合成した。(b) NIH 3T3 細胞を用いたダン

    ベル型 RNAの RNA干渉効果の測定。RNA (25 nM) 及び pGL3-Control ベクター (2 ng/L), pRL-TK

    ベクター (2 ng/L) を GeneSilencer トランスフェクション試薬により導入し 3 日間培養後、細胞

    を溶解しルシフェラーゼ発現量を測定した。RNA干渉効果はホタルルシフェラーゼ発現量をウミホ

    タルルシフェラーゼ発現量で補正した値として示す。4回の実験の平均値 ± 標準偏差を示す。

  • 24

    次に、ステム長と RNAi 活性の相関性について異なる配列で確認するため、ホタルルシフェラ

    ーゼ遺伝子の異なる部位を標的にしたダンベル型 RNA を合成し、その活性を測定した(図 26)。

    その結果、やはりステム長 23-bp、27-bpの場合に効果が高かった(図 26)。21-bpのステム長を持

    つダンベル型 RNAを設計・合成し、その RNA 干渉効果についても測定したが、活性はステム長

    23-bp のものに及ばないことが分かった(図 27)。これら一連の実験から、この 9ヌクレオチド長

    のループ配列 5ʹ- UUCAAGAGA -3ʹ を用いる場合の最適なステム長を 23-bp と決定した(図 27)。

    図 27. ステム長が 21塩基対のダンベル型 RNAの RNA干渉効果。(a) ダンベル型 RNAの構造と

    配列。Db-21, Db-21Nの標的部位は、それぞれホタルルシフェラーゼ mRNAの開始コドン最初の

    塩基から数えて 849-869番領域、153−173番領域。図 14aに示した方法に従い合成した。(b) NIH

    3T3細胞を用いたダンベル型 RNAの RNA干渉効果の測定。RNA (25 nM) 及び pGL3-Control ベ

    クター (2 ng/L), pRL-TK ベクター (2 ng/L) を GeneSilencer トランスフェクション試薬により

    導入し 3日間培養後細胞を溶解しルシフェラーゼ発現量を測定した。Db-19, Db-23 の構造と配列

    は図 13に示した。Db-19N, Db-23N の構造と配列は図 25に示した。RNA干渉効果はホタルルシ

    フェラーゼ発現量をウミホタルルシフェラーゼ発現量で補正した値として示す。4回の実験の平均

    値 ± 標準偏差を示す。

  • 25

    第 5節 異なるループ配列を持つダンベル型 RNAの RNA干渉効果

    前節で、ループ部位が 9-ntの配列 5ʹ- UUCAAGAGA -3ʹ で構成されるダンベル型 RNAは、ス

    テム長 23-bpで最も高い RNA干渉効果を持つことを述べた。そこでステム長をこの 23-bpに固定

    し、ループ部位の配列を 4-nt の RNA 配列 5ʹ - UUCG -3ʹ 97、11-nt の RNA 配列 5ʹ -

    GUGUGCUGUCC -3ʹ 88, 98に置換し、その RNA 干渉効果に対する影響を調べた(図 28)。その結

    果、9-nt のループ配列を持つ Db-23 と比較し、4-nt のループ配列を持つ Db-23S では細胞導入 1

    日後には Db-23と同等の活性を示したが、11-ntのループ配列を持つ Db-23Gでは活性の低下がみ

    られた。活性に多少の変化は見られたものの、本実験から、ループ配列を変化させてもダンベル

    型 RNAが RNA 干渉効果を示すことを確認した。ループ配列を変化させると最適なステム長も変

    わる可能性が高く、それぞれのループ配列に対して最適なステム長を調べる必要があると考えら

    れる。

    図 28. 異なるループ配列をもつダンベル型 RNA の RNA 干渉効果。(a) ダンベル型 RNA の構造

    と配列。標的部位はホタルルシフェラーゼ mRNAの開始コドン最初の塩基から数えて 849-869番

    領域。全ての分子に共通な 19-bp の二本鎖形成部位を実線で囲んだ。ダンベル型 RNA で共通な

    23-bp の二本鎖形成部位部分を波線で囲んだ。図 14a に示した方法に準じて合成した。その際、

    Db-23S, Db-23G はそれぞれのループ配列 5ʹ - UU CG -3ʹ、5ʹ - GUGUGC UGUCC -3ʹ の矢印

    ()で示した部位にて連結した。(b) NIH 3T3細胞を用いたダンベル型 RNAの RNA干渉効果の

    測定。RNA (25 nM) 及び pGL3-Control ベクター (2 ng/L), pRL-TK ベクター (2 ng/L) を

    GeneSilencer トランスフェクション試薬により導入した。1 日または 3 日間培養後、細胞を溶解

    しルシフェラーゼ発現量を測定した。RNA 干渉効果はホタルルシフェラーゼ発現量をウミホタル

    ルシフェラーゼ発現量で補正した値として示す。4回の実験の平均値 ± 標準偏差を示す。

  • 26

    第 6節 ループ部修飾ダンベル型 RNAの設計と合成、およびそれらの RNA干渉効果

    前節までは、リボヌクレオチドのみからなるダンベル型 RNAの合成とその RNA 干渉効果の測

    定結果について記述した。本節では、ダンベル型 RNA の細胞内安定性をさらに向上させること

    が出来れば、よりその RNA 干渉作用を高められるのではないかとの考えに基づき設計した修飾

    ダンベル型 RNA の合成と、その RNA 干渉活性について記述する。

    ダンベル型 DNA に関する研究から、血清中においては一本鎖ループ部位から先に分解される

    ことが報告されている 60。また、ダンベル型 DNAで、一本鎖 DNAからなるループ部位を非ヌク

    レオチド鎖等で置換するとその生体内安定性が向上することが報告されている 67。そこで本研究

    においても、本章第 1 節でその設計・合成について述べ、第 4 節でその細胞内での高い RNA 干

    渉効果が明らかにされたダンベル型 RNA Db-23について、その一本鎖 RNAからなるループ領域

    を生体親和性が高く分解抵抗性の構造で置換することととした。図 29に設計した修飾型ダンベル

    型 RNA の構造と配列を示す。まず、一つめのデザインとして、ループ内のリボヌクレオチドを

    2ʹ-デオキシリボヌクレオチドで置換することとした。すなわち、ループを構成するリボヌクレオ

    チドを 3、5、7 塩基分の 2ʹ-デオキシリボヌクレオチドで置換したダンベル型 RNA(Db-23D3,

    Db-23D5, Db-23D7)を設計した(図 29a)。二つめのデザインとして、ループ部位を非核酸鎖のヘ

    キサエチレングリコール鎖(hexaethylene glycol; HEG)で置換することとした 67, 99-102。Db-23の

    9-nt からなるループ配列のうち、一本鎖を形成する 7-nt 部分を HEG で置換した Db-23HEG、お

    よび HEG と UU ジヌクレオチドで置換した Db-23HEGuu の 2 分子を設計した(図 29b)102。こ

    れらのループ部修飾ダンベル型 RNA は、第 1節で示した未修飾ダンベル型 RNAと同様の方法で

    合成した。すなわち、一本鎖からなる環状ダンベル型 RNA分子を 2本の RNA 鎖に分け、それぞ

    れの鎖を化学的に合成した後、T4 RNA リガーゼを用いて連結した(図 14)22。図 30a に化学合

    成した一対の RNA オリゴマー配列をそれぞれ示し、連結反応の変性 PAGE 分析結果を図 30b に

    図 29. 設計したループ部修飾型ダンベル型 RNAの配列と構造。

  • 27

    示した。連結部位は T4 RNA リガーゼの特性を考慮して設定した 103。T4 RNA リガーゼはオリゴ

    ヌクレオチドの 5ʹ リン酸化末端と、オリゴヌクレオチドの 3ʹ 水酸化末端を結合させる酵素

    である。一本鎖形成部位での反応が好まれ、二本鎖形成部位での連結反応は遅くなることが

    知られている 103。そのために連結部位はループ配列中の一本鎖領域に設定することを第一

    選択とし、それが不可能な場合にステム部位に設定した(なお、RNA の二本鎖形成部位に

    図 30. ループ部修飾型ダンベル型 RNA の T4 RNA リガーゼを用いた合成方法。 (a) 合成原料の二

    本の RNAオリゴマー配列。形成する二本鎖構造として表す。連結反応部位を両矢印で示す。(b) リガ

    ーゼ反応の 10% PAGE分析 (7 M 尿素, 25% ホルムアミド)。Stains-All染色により可視化。生成物の

    ダンベル型 RNAのバンドを矢印で示す。反応液(2 M dsRNA, 0.050.4 units/L T4 RNAリガーゼ,

    25% PEG6000, 0.006% BSA, 50 mM Tris-HCl, pH 7.5, 10 mM MgCl2, 10 mM DTT, 1 mM ATP)を室温、

    オーバーナイトでインキュベートした。

  • 28

    連結部位を設定する場合には、二本鎖 RNA 特異的リガーゼである T4 RNA リガーゼ 2 を用

    いると効率よく連結反応が進行する 104, 105)。5ʹ 末端に 2ʹ-デオキシリボヌクレオチドを導入し

    ても連結反応は進行するが、3ʹ 末端にこれを導入すると連結反応が進行しなかった。その

    ため、Db-23D3, Db-23D5 の原料 RNA オリゴマーは 3 ʹ末端がリボヌクレオチドとなるよう

    連結部位を設定した。T4 RNA リガーゼによる連結反応で得られたダンベル型 RNA は変性

    PAGE により分取・精製し、以降の実験に用いた。

    次に、合成したループ部修飾ダンベル型 RNA の生物学的安定性について調べた(図 31)。

    ウシ血清中での安定性を調べたところ、未修飾の Db-23 と比較し Db-23D7, Db-23HEGuu,

    Db-23HEG の 3 つで安定性が大きく向上し、特に Db-23HEG が非常に安定なことが分かっ

    た(図 31a)。次にヒト由来の培養細胞 HL60 株の細胞溶解液中での RNA 安定性を調べた(図

    31b)106。未修飾の Db-23 に比較し、2ʹ-デオキシリボヌクレオチド導入数が増すごとに RNA

    分子が安定化されること、および Db-23D7, Db-23HEG が非常に安定であることが分かった。

    これら 2 つの結果から、非核酸の HEG をループ部位に持つダンベル型 RNA Db-23HEG が非

    常に分解されにくいことが示された。HEG と 2 つのウリジンヌクレオチドでループ部位が

    構成された Db-23HEGuu ではその安定性が低下することから、やはり一本鎖 RNA をループ

    領域に含むとその部位で分解されやすいことが示唆された。一本鎖ループ領域内のリボヌク

    図 31. ループ部修飾型ダンベル型 RNAの生体内安定性評価。RNAをウシ血清中 (a) またはヒト

    由来 HL60細胞溶解液中 (b) でインキュベートした。一定時間後に反応液をサンプリングし、15%

    未変性 PAGEにより分析した (SYBR Green I 染色により可視化)。残存の原料 RNAのバンド強度

    を定量し折れ線グラフとして下に示す。

  • 29

    レオチドを 2ʹ-デオキシリボヌクレオチドで置換するデザインでは、その導入数を多くした時

    に安定化効果を確認することが出来た。

    合成した修飾ダンベル型RNAの細胞内におけるRNA干渉効果をデュアルルシフェラーゼ法に

    より測定した 27。25 nMの RNA およびホタルルシフェラーゼコードベクター、ウミホタルルシフ

    ェラーゼコードベクターを、同時にトランスフェクション試薬を用いて NIH 3T3 細胞に導入し、

    2日後に細胞を溶解し、ルシフェラーゼ発現量を測定し RNAのホタルルシフェラーゼ発現抑制効

    果を決定した(図 32)。未修飾のダンベル型 RNA Db-23 と比較し、HEG をループ部位に含む

    Db-23HEGuu と Db-23HEGでは大きく RNAi活性が減弱した。2ʹ-デオキシリボヌクレオチドをル

    ープ部に含むダンベル型 RNA については、その活性は少し Db-23 より低下したもののその低下

    の度合いは小さく、依然として二本鎖 siRNA よりも強い RNA 干渉効果を示したことから、この

    デザインの有効性が明らかになった。

    図 32. ループ部修飾ダンベル型 RNA(図

    13, 29)の RNA 干渉効果の測定。NIH 3T3

    細胞に RNA (25 nM) 及び pGL3-Control ベ

    クター (2 ng/L), pRL-TK ベクター (2

    ng/L) を GeneSilencer トランスフェクシ

    ョン試薬により導入した。2日間培養後、細

    胞を溶解しルシフェラーゼ発現量を測定し

    た。RNA 干渉効果はホタルルシフェラーゼ

    発現量をウミホタルルシフェラーゼ発現量

    で補正した値として示す。4回の実験の平均

    値 ± 標準偏差を示す。

  • 30

    第 7節 ダンベル型 RNAの RNA干渉効果の用量反応関係の検討

    前節までに記述したものとは異なるアッセイ系を用いて、さらに詳細に二本鎖 siRNA、ダンベ

    ル型 RNAおよび 2ʹ-デオキシリボヌクレオチド修飾型ダンベル型 RNAの RNA干渉効果を比較し

    た。ホタルルシフェラーゼ安定発現 HeLa細胞(HeLa-Luc)107 に対し、多機能性エンベロープ型

    ナノ構造体(multifunctional envelope-type nano device; MEND)l, 108を形成させることで RNAを細

    胞内へ導入し、そのホタルルシフェラーゼ遺伝子発現抑制効果を測定した(図 33)。RNAを 40 nM

    図 33. ループ部修飾ダンベル型 RNA(図 13, 29)の RNA 干渉効果の測定。ホタルルシフェラー

    ゼ安定発現 HeLa 細胞に MEND 法を用いて RNA を導入し、そのルシフェラーゼ発現抑制効果を測

    定した。(a) 40 nMの濃度で RNAを導入し、RNAi活性の経時変化を調べた。RNA導入後 48時間

    以降は、細胞を 2日に 1回の頻度で継代した。(b) RNA導入 24時間後の用量−効果曲線。(c) RNA

    導入 144時間後の用量−効果曲線。RNA干渉効果は Silencing effect (%) = [1 – (TEanti-Luc/TEnon)]

    100 として求め、3回の実験の平均値 ± 標準偏差で示す (TEanti-Luc, TEnon はそれぞれ RNA含

    有、非含有の MEND を細胞に導入した後の細胞内ルシフェラーゼ発現量)。*P < 0.05, **P < 0.01, ダ

    ンベル型 RNA 対 siRNA-1。

    l エンベロープ/コア構造を基本にした人工のデリバリーシステム。ナノ粒子化された核酸コアが、様々な機能付加が可能な脂質エンベロープ膜(リポソーム膜)によって包み込まれた構造をもつ。

  • 31

    の同濃度で細胞に導入し、RNA 干渉効果の経時変化を調べた。その結果、二本鎖 siRNA 分子

    siRNA-1と比較して全てのダンベル型 RNA (Db-23, Db-23D3, Db-23D5, Db-23D7)がより長期間

    にわたり RNA干渉効果を示すことが分かった(図 33a)。また、図 33b, c に示した用量効果曲線

    から、二本鎖 siRNAと比較しダンベル型RNAはより低濃度で高いRNA干渉効果を示しうること、

    またこの効果は細胞内に導入後時間が経つとより顕著になることが明らかになった。図 33bは細

    胞導入 24時間後の用量-効果曲線であるが、この曲線から得られたおおよその 50% 阻害濃度(IC50)

    は、siRNA-1で 15 nM、ダンベル型 RNA(Db-23, Db-23D3, Db-23D5, Db-23D7)で 2.5 nMであっ

    た。これら図 33 に示した実験では、ループ部位を 2ʹ-デオキシリボヌクレオチドで置換したダン

    ベル型 RNA(Db-23D3, Db-23D5, Db-23D7)は未修飾ダンベル型 RNA(Db-23)とほぼ同様の活

    性を示しており、2ʹ-デオキシリボヌクレオチドによる置換はその RNA 干渉効果にほとんど影響

    を及ぼさないということが示された。この結果からは、その生体内安定性の高さと強い RNA 干

    渉効果を示す、Db-23D7の有効性が導かれた。

    最後に、ループ部修飾ダンベル型 RNA のダイサーとの反応を調べた結果について述べる。こ

    れらループ部修飾ダンベル型 RNA をダイサーとインキュベートし、反応液を未変性 PAGE によ

    り分析した(図 34)。その結果、ループ部修飾ダンベル型 RNA は未修飾のものと比較しダイサー

    により切断されにくくなっていることが分かった。原料バンドの残存量から判断すると、ループ

    部位への 2ʹ-デオキシリボヌクレオチド導入量が増すにつれてより分解されにくくなっているこ

    とが分かる。Db-23D3 以外の修飾ダンベル型 RNA からは 20-bp 付近に生成物のバンドが確認さ

    れず、より泳動度の大きな分解産物のみが観察された。図 32に結果を示す実験では、ループ部位

    に導入した 2ʹ-デオキシリボヌクレオチドの数が増すにつれ RNA 干渉効果が若干ずつ低下した。

    この活性低下をダイサーの基質認識性の低下で説明することは可能である。ただし、本節図 33

    に示した結果からは、Db-23と Db-23D5, Db-23D7の RNA 干渉効果に有意な差は観察されなかっ

    た。この結果は、試験管内でダイサーにより 20-bp程度の二本鎖 RNA を生じ得ない RNA分子で

    も、細胞内では強い RNA 干渉効果を示しうることを示している。実際に、2-水酸基をメチル基

    により修飾することでダイサー によって切断されなくなった 25 bpの二本鎖 RNAが、細胞内

    でも切断されずその鎖長のまま RISCに取り込まれ、強い RNA干渉効果を示すことが報告されて

    いる 54。現段階では、ダンベル型 RNAが強い RNA 干渉効果を示す理由は、そのものがゆっくり

    と細胞内で分解を受け、二本鎖 siRNA様分子を徐放的に生ずるためと考えている。しかしながら、

    ダンベル型 RNA が実際に細胞内でどのような分解過程を経るかについては不明である。ダンベ

    ル型 RNA分子がそのままの構造で RISC に取り込まれるとは考え難い。しかしながら、どのよう

    な分解過程を受けて RISC に取り込まれるかについて、現時点では不明である。これらダンベル

    型 RNA の細胞内挙動を明らかにすることは今後の課題である。

    2013 年、Wei らは二本鎖 RNA(27-bp)の両末端をクロスリンク反応によりキャップすること

    で(チオール基とマレイミド基のマイケル付加反応に基づいて)ダンベル型構造を持つ RNA を

    合成し、その RNA干渉効果について調べた 109。彼らの報告によると、このダンベル型 RNA 分子

    は対照の二本鎖 RNA よりも高い生体内安定性を示し、かつほぼ同程度の強い RNAi活性を示した

  • 32

    (それぞれの IC50値;キャップ構造含有ダンベル型 RNA, 69 pM;3 に 2塩基のオーバーハング

    を持つ 21-ntの siRNA, 33 pM;キャップ構造を持たない 27-bp二本鎖 RNA, 98 pM)。彼らはこの

    キャップ構造含有ダンベル型 RNAがダイサーにより切断を受け、25-bp 程度のバンドが生ずるこ

    とも示している。二本鎖 RNA の両末端をこのような非核酸リンカーにより連結することで生ず

    るダンベル型 RNAが強力な RNA 干渉効果を示した事には興味が持たれる。

    図 34. ループ部修飾ダンベル型 RNA のダイサー切断反応 15% 未変性 PAGE

    分析 (SYBR Green I 染色により可視化)。RNA (2.5 M) を緩衝液中 (20 mM

    Tris-HCl, pH 8.5, 150 mM NaCl, 2.5 mM MgCl2)、ヒト型組み換えダイサー (0.1

    units/L) と 37 C でインキュベートした。

  • 33

    第 8節 第 1章のまとめ

    ・ 種々の配列・構造を持つダンベル型 RNA を合成し、その RNA 干渉効果について評価した。

    ・ 9 ヌクレオチドの RNA 配列 5ʹ- UUCAAGAGA -3ʹ をループ配列に用いた場合のダンベル型

    RNA のステム部位の最適鎖長について調べた。その結果、強い RNA 干渉効果を示すのに必

    要な最短のステム長が 23塩基対であることを明らかにした。

    ・ 二本鎖 siRNA 分子と比較しダンベル型 RNA がエキソヌクレアーゼにより分解されにくく、

    血清中でもより安定であることを明らかにした。

    ・ 試験管内の反応で、ダンベル型 RNA がダイサーにより切断され、20 塩基対程度の鎖長をも

    つ二本鎖 RNAに変換されることを明らかにした。

    ・ 哺乳動物細胞内で、ダンベル型 RNA が二本鎖 siRNA に比べより持続的な RNA 干渉効果を示

    すことを明らかにした。

    ・ 一本鎖ループ部位を 2ʹ-デオキシリボヌクレオチドで置換すると、そのヌクレアーゼ分解抵抗

    性が向上し、かつ高い RNA 干渉効果を示すことを明らかにした。

  • 34

    第 2章 環状二本鎖 RNAの合成とその RNA干渉効果

    第1節 環状二本鎖 RNAの設計と合成

    一本鎖状態の核酸は構造的にフレキシブルで、最小で二塩基からなる環状構造を形成しうる 110。

    相対的に二本鎖核酸は剛直であり 111、二本鎖DNAがひずむことなく環状構造を取るためには 300

    塩基対(bp)以上の長さが必要であることが報告されている 78。この剛直性は主に二重らせん内

    側で水素結合を形成した塩基対どうしの重なり合いによりもたらされる強いスタッキング相互作

    用に起因する 111。現在までに 42-bpからなる小さな環状二本鎖DNAの合成が報告されているが、

    その塩基対形成状態や分子構造に関しての詳細は不明である 112。

    図 35. 構造化 RNAの設計。二本鎖環状 RNA (CDR; c, d) および直鎖状二本鎖 RNA (LDR; e)。(a,

    GL3 siRNA) はホタルルシフェラーゼ遺伝子を標的とする二本鎖 siRNA。(b) は(a)を基にして設計

    した二本鎖 RNAで、(c)-(e)の構築単位 (BU)。(c), (e) は 2単位の、(d) は 3単位の(b)を設計上含む。

    (a), (b) の共通部分 19-bpを囲んで示す。(b)-(e)を構成する配列のうち、対をなす塩基を持たず一本

    鎖領域を形成すると予想される塩基は下線を持つ太字で表す。(c), (d) で二本の環状一本鎖はカテナ

    ン構造を形成する。

  • 35

    二本鎖 RNA はその鎖長が長いほど、細胞内で配列非特異的に免疫応答を引き起こすことが知

    られている 96。そのため、一般に RNA 干渉分子は可能な限り小さいことが望ましい。今回、RNA

    干渉分子として環状二本鎖 RNA(circular double-stranded RNA; CDR)を設計し、この構造化 RNA

    のRNA干渉効果を調べることを計画した(図35)。可能な限り小さな環状構造を形成させるため、

    2 または 3 分子の二本鎖 siRNA 分子を含む環化体を設計した。先に行ったダンベル型 RNA につ

    いての研究で、ダンベル型 RNA は血清中で一本鎖ループ部位が二本鎖のステム部位に先んじて

    分解を受けることが示唆された。このことから、複数の二本鎖 siRNA分子を連結し、それらの間

    に一本鎖部位を導入すれば、生体内で一本鎖部位がヌクレアーゼにより選択的に分解され、二本

    鎖 siRNA 分子をリリースするシステムとなりえると考えた。これら CDR分子は T4 RNAリガー

    ゼを用いた酵素反応によって構築することとした。まず片側の鎖を環状化し、次いでそれを鋳型

    として相補鎖を結合させ、そのものの一本鎖末端同士を連結し環状化させることとした。

    図 35に設計した構造化 RNA の配列と構造を示す。CDR2、CDR3は 21-ntの二本鎖 siRNA(GL3

    siRNA)27をもとにした構築単位(building unit; BU)の 2つまたは 3つから成り立つ。CDR分子

    を構成する二つの環状鎖は分子内でカテナン構造 mを形成する 113, 114。そのため、二本の鎖は変性

    PAGE 中で分離し得ない 114。この性質を利用して変性 PAGE により CDR2、CDR3 の生成を確認

    することとした。また、CDR2 と異なる構造、一本の環状鎖からなる同分子量の分子 LDR2(linear

    double-stranded RNA)を対照配列として設計した。

    表 1. 構造化 RNA合成に用いた基質一本鎖 RNAの配列

    RNA名* ヌクレオチド配列 (5 から 3)**

    L21s pUUCUUACGCUGAGUACUUCGA

    L42s pUUCUUACGCUGAGUACUUCGA-UUCUUACGCUGAGUACUUCGA

    C42s L42sの環化体

    L63s pUUCUUACGCUGAGUACUUCGA-UUCUUACGCUGAGUACUUCGA-

    UUCUUACGCUGAGUACUUCGA

    C63s L63sの環化体

    L25as pUCUCGAAGUACUCAGCGUAAGUGAA

    C50as -UCUCGAAGUACUCAGCGUAAGUGAA-UCUCGAAGUACUCAGCGUAAGUGAA-,

    L25asの二分子環化体

    * 標記 Lはそのものが直鎖状(Linear)であること、標記 Cは環状(Circular)であることを表す。続

    く 2桁の番号はヌクレオチド長を表す。続く標記 sはルシフェラーゼ mRNAに対してセンス鎖である

    こと、標記 as はアンチセンス鎖であることを表す。** 標記 p はその 5末がリン酸化されていること

    を示す。下線はそのヌクレオチドが相補鎖中でワトソン・クリック型の塩基対を形成しないか、また

    は一本鎖状態を取る(相補鎖を持たない)ことを示す。センス鎖を構成するヌクレオチドを灰色文字、

    アンチセンス鎖を構成するヌクレオチドを青文字であらわす。

    m 複数の環が鎖のように、共有結合を介さずに繋がった分子集合体の構造。

  • 36

    これらの構造化 RNA分子を酵素合成する際に基質として用いた一本鎖 RNAの配列を表 1に示

    した。これらの直鎖状一本鎖 RNA は市販のアミダイト試薬を用い、核酸自動合成機により化学

    合成した 89, 90。合成後、RNA 鎖を脱保護し変性 PAGEを用いて精製した。構造化 RNA分子の合

    成方法のスキームを図 36に示した。環状二本鎖 RNAは二段階の酵素反応で合成することとした。

    すなわち、まず 42-ntまたは 63-ntの環状一本鎖 RNA を合成し、相補的配列を含む 25-ntの一本鎖

    RNAをアニール後、T4 RNA リガーゼを加えて突出部位間で連結することで目的の二本鎖構造を

    含む環状 RNAを得ることとした。

    CDR2を合成するために、まず、42-ntの一本鎖環状 RNA(C42s)を調製した。C42sは、42-nt

    の直鎖状配列 L42sを化学合成し、分子内環化することで得られる。変性 PAGE解析により、L42s

    に T4 RNA リガーゼを加えると変性 PAGEでの泳動位置が変化し、新しく生じたバンドを環化体

    C42s由来と推定した(図 37a)。L42sは 21-ntの配列 L21sの 2回繰り返し配列である。そのため、

    もし L21sが 2分子で連結・環化するのであれば等しく C42sが得られる。この反応を検討したと

    ころ、鋳型等を添加することなく L21s から C42s が効率良く得られることが分かった(図 37a;

    単離収率 50%)。この 2 分子による環化反応の効率が良い理由として、L21s が二分子間で安定な

    ダイマー構造を形成し反応点が立体的に近接するためであると考えている(図 37b)。精製後の

    L42s、C42sを 10% 未変性 PAGEで分析し、両者が異なる泳動位置を示すことを確認した(図 37d)。

    加えて L21sを原料として合成した C42sについてMALDI-TOF MS 解析を行い、その分子量が計

    算値にほぼ一致することを確かめた [MH+ calcd for L42s, 13,364.9; found 13,365.0 (+0.1). MH+

    calcd for C42s, 13,346.8; found 13,337.7 (-9.1).]。

    CDR3 を合成するために必要な 63-nt 環状一本鎖 RNA C63s は、その直鎖状体 L63s の分子内

    環化反応によって調製した。L63sに T4 RNA リガーゼを加え、反応を変性 PAGEで分析したとこ

    ろ、原料のバンドから泳動度が変化したバンドの出現を確認できなかった。しかし、未変性 PAGE

    により反応液を分析すると、リガーゼ添加後に原料と泳動度の異なる位置にバンドが確認され、

    これを目的物の環化体 C63sであると推定した(図 38)。反応液から生成物の C63sを PAGE 精製

    せずに次の反応の鋳型として用いた。

    次に、2 段階目の環化反応について検討し環状二本鎖 RNA 分子 CDR2 および CDR3 が合成し

    うるかどうかについて検討した。CDR2 では C42s、CDR3 では C63s を鋳型とし、相補配列を含

    む 25-nt 直鎖状 RNA L25as をこれら環状 RNA にアニールし、T4 RNAリガーゼを加え 2または

    3分子の L25asを連結して環状構造を形成させうるかどうか調べた(図 36a, c)。LDR2を合成す

    るためには L42s を鋳型として 2 分子の L25as をアニール後 T4 RNA リガーゼにより連結し環状

    一本鎖 RNA である目的物が得られると考えた(図 36b)。CDR2、CDR3 合成反応においては、

    L25asの連結反応が計画通りに起こると、生じた環状鎖と鋳型環状 RNA(C42s, C63s)間で乖離

    不能なカテナン構造(図 39d)が形成される。これらが変性条件下でも乖離し得ない性質を利用

    して変性 PAGE により目的物の形成の有無を調べた(図 39)。CDR2 合成については、図 39a に

    示すとおり、C42sと L25asをアニール後 T4 RNAリガーゼを加えた結果、C42sより低い泳動度

    を示す生成物のバンドが観察された。このものを目的物の CDR2と考え、変性 PAGEにより単離・

    精製した。CDR3 についても、CDR2 と同様の方法、すなわち L25as の 3単位分の相補配列を含

    むC63sに対してL25asをアニールし、T4 RNAリガーゼを加えてライゲーション反応を行った(図

  • 37

    36c, 39c)。生成物のバンドを変性 PAGE から切り出し、含まれる RNA をゲルから抽出し、これ

    を CDR3とした(単離収率は CDR2 で 28%、CDR3 で 6%)。

    LDR2 については、直鎖状鋳型 L42sに対して L25asをアニールし、T4 RNA リガーゼを加えて

    ライゲーション反応を行い、生成物を単離した(図 39b;単離収率 8%)。

    得られた CDR2 が目的どおりの構造を持つ分子であるかどうかを確認するために、CDR2 とそ

    の関連構造 RNA の未変性 PAGE における泳動位置を比較した(図 40)。図 40a に示す form_ii は

    それぞれ別途合成した 2 つの環状一本鎖 RNA をアニーリングしたもので、相補配列間で塩基対

    を形成し部分的に二本鎖構造を形成すると考えられる。これら二本の環状鎖がカテナン構造形成

    により連結した状態の分子が CDR2 であり、form_i と表す。未変性 PAGE 中で form_i と form_ii

    は近い位置にバンドを与えることが分かった。また、C42sと L25asが水素結合により形成する複

    合体(form_iii)も、form_ii とほぼ同一の泳動位置を示すことが分かった(図 40b, c)。これらの

    結果を合わせると、L25asが C42sを鋳型にして形成した環状鎖は L25asを 2分子含むこと、すな

    わち CDR2 が設計通りに合成できたことが示唆された。

    続いて、合成した構造化 RNAを原子間力顕微鏡(Atomic force microscopy; AFM)により観察し

    た 92, 93。予想と一致し、CDR2、CDR3 は全体的に球状体として観察され、LDR2 は棒状体として

    観察された(図 41a−c)。RNAの高さは 1.0 ± 0.55 nmであり、既報に一致した 92, 93。 CDR2 と

    CDR3 の分子径はそれぞれ 9.5 ± 2.1 nmと 13.1 ± 4.1 nm、LDR2の分子長が 18.3 ± 6.8 nmと計測

    された。これらの計測値はそれぞれの計算値、7 nm(CDR2)、10 nm(CDR3)、14.6 nm(LDR2)

    とほぼ一致した。CDR2では 2つの突出部位が観察された(図 41a)。この突出部位は図 35cでル

    ープとして示した部位に一致すると考えられる。CDR3 で突出構造が観察されなかった理由とし

    て、CDR3 は CDR2よりも大きくそのため二本鎖構造がより安定で一本鎖領域が少なくなり突出

    部位が小さかったためであると考えている。

  • 38

    図 36. 3つの構造化RNA分

    子 CDR2 (a), LDR2 (b),

    CDR3 (c) の合成方法の模式

    図。表 1 に示した RNA 鎖を

    基質とし T4 RNA リガーゼ

    を用いて 2段階 (a, c)または

    1 段階 (b) の反応にて構築

    する。CDR2, CDR3 は 2 本

    の一本鎖環状 RNA がカテナ

    ン構造を形成することで成

    り立つ、二本鎖環状 RNA で

    ある。LDR2は 1本の一本鎖

    環状 RNAから成り立つ。

    図 37. 42-nt 一本鎖環状 RNA C42s の合成。 (a) T4 RNA リガーゼを用いた連結反応の 10%変性

    PAGE分析 (SYBR Green II 染色により可視化)。(b), (c) 基質 RNAが取りうる推定構造。塩基対間の

    実線は二本の鎖間で形成されるワトソン・クリック型水素結合を表す。両矢印は T4 RNA リガーゼに

    よる連結反応部位を示す。(d) 精製後の直鎖状および環状 42-nt RNA (L42s , C42s) の 10% 未変性

    PAGE分析(SYBR Green I 染色により可視化)。

  • 39

    図 38. 63-nt 一本鎖環状

    RNA C63s の合成。T4

    RNA リガーゼを用いた連

    結 反 応の 10% 未 変 性

    PAGE分析 (SYBR Green

    I染色により可視化)。

    図 39. 構造化 RNA, CDR2 (a), LDR2 (b) および CDR3 (c) の合成反応。T4 RNA リガーゼを用い

    た連結反応の 10% 変性 PAGEによる分析(SYBR Green II染色により可視化)。(d) 二本の一本鎖

    環状 RNAが形成する[2]カテナン構造を表すモデル図。

  • 40

    図 41. 構造化RNAのAFM観察結果 (a−c) と分子モデリング図 (d−f)。CDR2 (a, d)、LDR2 (b, e)、

    および CDR3 (c, f)。a−