rrsによって変わる安全文化と 気づきのトレーニング...

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41 患者安全推進ジャーナル 2013 No.34 [実践報告]状況認識力を磨くプラクティス④ RRSによって変わる安全文化と 気づきのトレーニングによる 状況認識力の向上 藤谷 茂樹 東京ベイ・浦安市川医療センター・センター長 聖マリアンナ医科大学・臨床教授 POINT RRS は、院内心停止になる前に、バイタルサイン の異常や何らかの懸念で起動されるシステムであ る。 米国ではJCにより、RRSを院内に設置すること が義務づけられており、日本でも同様な動きとな ることが予想される。 RRSを成功させるための4つのコンポーネントと して、①気づき、② RRT/MET、③データ収集・フィー ドバック、④管理部門からのサポートがある。 状況認識力を磨くためには、座学では限界があり、 シミュレーショントレーニングを組み入れると有 効的に教育ができる。 効率的なフィードバックを行ううえでデータ収集 は必須であり、現在RRSオンラインレジストリ を医療安全全国共同行動の行動目標6のコアメン バーで作成している。 コードブルーは、広く日本の医療施設に普及して きた。しかし、院内心停止による生存退院率は、18 ~ 22%と依然として低値である 1, 2) 。RRS(rapidre- sponse system)は、院内心停止になる前に早期に患 者の異変に気づき、心停止になる前に介入することで、 予後を改善するシステムである。米国では 2005 年に 10万人の命を救うキャンペーンが開催され、その翌 年には500万人の命を救うキャンペーンが全米で展 開されている。 わが国でも2008年5月より「医療安全全国共同行 動;いのちをまもるパートナーズ」の行動目標6「急変 時の迅速対応」 3) としてRRS普及の対策が進められて いる。現在では、米国の医療機能評価機構に相当する The Joint Commission(JC)が、米国の医療機関に RRSを設置することを義務づけており、今後わが国 でも同様な動きが生じることが予想される。 1. RRS とは RRSというシステムは大きく、看護師やコメディ カルを中心としたRRT(rapid response team)、重 症患者管理に慣れている医師を中心としたMET (medical emergency team)の 2 つのチームからな る。 各施設、規模やマンパワーによりチーム形態が異 なるが、RRSを成功させるためには、①気づき、② RRT もしくは MET、③データ収集・フィードバック、 ④管理部門からのサポート、の 4 つのコンポーネント が重要な鍵となる(表1)。 2. 気づきの重要性 今回の特集のキーワード「状況認識力」と関連して、 表 1 RRS を成功させるための 4 つのコンポーネント 1. 気づき:患者のバイタルサイン等の異常に気づく。 主に看護師が主役 2. RRTもしくはMET:急変に対応できるチームであり、 事前にトレーニングが必要 3. データ収集・フィードバック:医療安全対策室での データの取りまとめとフィードバック 4. 管理部門からのサポート:病院全体としてデータや 採算面からのサポート *RRS(rapid response system):院内心停止になる前 に早期介入することで、予後を改善するシステム

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41患者安全推進ジャーナル 2013 No.34

特集

状況認識力――チームで育むノンテクニカルスキル

[実践報告]状況認識力を磨くプラクティス④

RRSによって変わる安全文化と気づきのトレーニングによる状況認識力の向上

藤谷 茂樹東京ベイ・浦安市川医療センター・センター長

聖マリアンナ医科大学・臨床教授

POINT●RRSは、院内心停止になる前に、バイタルサインの異常や何らかの懸念で起動されるシステムである。

●米国ではJCにより、RRSを院内に設置することが義務づけられており、日本でも同様な動きとなることが予想される。

●RRSを成功させるための4つのコンポーネントとして、①気づき、②RRT/MET、③データ収集・フィードバック、④管理部門からのサポートがある。

●状況認識力を磨くためには、座学では限界があり、シミュレーショントレーニングを組み入れると有効的に教育ができる。

●効率的なフィードバックを行ううえでデータ収集は必須であり、現在RRSオンラインレジストリを医療安全全国共同行動の行動目標6のコアメンバーで作成している。

 コードブルーは、広く日本の医療施設に普及してきた。しかし、院内心停止による生存退院率は、18~22%と依然として低値である1,2)。RRS(rapidre-sponsesystem)は、院内心停止になる前に早期に患者の異変に気づき、心停止になる前に介入することで、予後を改善するシステムである。米国では2005年に10万人の命を救うキャンペーンが開催され、その翌年には500万人の命を救うキャンペーンが全米で展開されている。 わが国でも2008年5月より「医療安全全国共同行動;いのちをまもるパートナーズ」の行動目標6「急変

時の迅速対応」3)としてRRS普及の対策が進められている。現在では、米国の医療機能評価機構に相当するTheJointCommission(JC)が、米国の医療機関にRRSを設置することを義務づけており、今後わが国でも同様な動きが生じることが予想される。

1. RRSとは RRSというシステムは大きく、看護師やコメディカルを中心としたRRT(rapidresponseteam)、重症患者管理に慣れている医師を中心としたMET(medicalemergencyteam)の2つのチームからなる。 各施設、規模やマンパワーによりチーム形態が異なるが、RRSを成功させるためには、①気づき、②RRTもしくはMET、③データ収集・フィードバック、④管理部門からのサポート、の4つのコンポーネントが重要な鍵となる(表1)。

2. 気づきの重要性 今回の特集のキーワード「状況認識力」と関連して、

表1 RRSを成功させるための4つのコンポーネント

1.気づき:患者のバイタルサイン等の異常に気づく。主に看護師が主役

2. RRTもしくはMET:急変に対応できるチームであり、事前にトレーニングが必要

3.データ収集・フィードバック:医療安全対策室でのデータの取りまとめとフィードバック

4.管理部門からのサポート:病院全体としてデータや採算面からのサポート

*RRS(rapid responsesystem):院内心停止になる前に早期介入することで、予後を改善するシステム

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特集

状況認識力――チームで育むノンテクニカルスキル

藤谷 茂樹(ふじたに・しげき)東京ベイ・浦安市川医療センター・センター長/聖マリアンナ医科大学・臨床教授1990年に自治医科大学を卒業し、現在は、東京ベイ・浦安市川医療センター・センター長として、JointCommissionInternationalを目指して医療安全に取り組んでいる。

ここでは「気づき」について焦点を当てて解説する。 重篤な有害事象や院内の予期せぬ死亡は突然発生するのではなく、66~95%の症例では心停止の6~8時間前に急変の前兆(呼吸、循環、意識の異常・悪化のSOSサイン)が認められている4)。この事実から、入院患者の「呼吸」「循環」「意識」の変化を見逃すと、数時間後には心停止に陥る場合が多いということ、早期の急変対応により、予期せぬ死亡を未然に防ぐことは可能であるということが、容易に想像できる。 以上から多くの施設では、バイタルサインの異常がRRSの起動基準になっている。表2にピッツバーグ大学の起動基準をもとに改変した基準を示す。 起動基準は小児を除き、院内で統一すべきである。その理由として、医療従事者は配属の変更が多く、また、病棟には複数科が混在していることがあり、統一されていないと混乱を生じるからである。 バイタルサインの異常は客観的な指標となるが、患者と比較的多くの時間を費やしている看護師の「勘」は鋭いものがあり、この「勘」は看護師の状況認識力の1つの武器になるといえるだろう。実際に主観的指標(何らかの懸念)で起動された事例が全体の29%にのぼり、そのうち51%で、生命に直結するABCDの異常に関連していたという報告もある5)。

3. FCCSコース 米国集中治療学会が開発したFCCS(fundamentalcriticalcaresupport)コースは、1994年米国集中治

療医学会(SCCM:SocietyofCriticalCareMedi-cine)の教育プログラムから始まったもので、現在世界中で開催されている。FCCSコースは、「患者の重症化をいち早く認知して評価し、集中治療専門医に引き継ぐ」までの教育コースで、非集中治療医のみでなく看護師やコメディカルスタッフ(PT、CEなど)まで幅広く対象としている。 Version5で は、新たに「RecognitionandAs-sessment」という項目がスキルステーションに新たに追加され、例えば、「意識障害患者でどのような異常なバイタルサインが隠れているか」を、高次機能シミュレータを使用して指導することになっている。意識レベルの低下症例では、GCS(GlasgowComeScale)・瞳孔サイズ・対光反射、経皮低血圧動脈酸素飽和度、誤嚥による下肺野のラ音、皮膚所見などを観察させる。そして最後に、この患者のさらなるバックグラウンドを説明する。 さらに、蘇生のA(エアウェイ)、B(呼吸)、C(循環)、D(中枢神経異常)、E(環境、衣服脱衣)の項目について、「見て、聴いて、感じて」、いろいろなバイタルサインの異常を自分で探してもらい、その異常な所見でどのような病態が説明できるかというトレーニングを行っている。 このスキルステーションは医師のみならず、看護師やコメディカルスタッフにも非常に好評である。

4. シミュレーショントレーニング 「気づき」の主役である看護師やコメディカルスタッフのトレーニングは、定期的に開催しなければならない。これは、看護師やコメディカルスタッフでは、勤務病棟の移動や、外部からの新入職者が多いことが理由である。 コンセプトを理解してもらうために、各フロアで人数を限定して、シミュレーショントレーニングを行っている。座学では、「起動基準によりRRSをコールする」ということは理解できたとしても、実際にどの

表2 RRS起動基準(聖マリアンナ医科大学)

項目 内容 指標 コード

全般事項 患者に関する何らかの懸念 Ga

呼吸器系 新たな自発呼吸回数の変化

8回/分以下または28回/分以上

Ra

新たな酸素飽和度の低下

SpO290%未満 Rb

循環器系 新たな収縮期血圧の変化

90mmHg未満 Ca

新たな心拍数の変化

40拍/分以下または130拍/分以上

Cb

尿路系 新たな尿量の低下 50mL/4時間以下 Ua

神経系 新たな意識レベルの変化 Na

医療安全全国共同行動・行動目標6による

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特集

状況認識力――チームで育むノンテクニカルスキル

ようなタイミングでRRSにかかわりをもてばよいか、具体的な内容がなかなか理解してもらえないのが実状である。

5. The first 5 minutes Thefirst5minutes(表3)とは、「MET/RRTが現場に到着する前にすべき最初の5分間」という意味のプロトコルである。患者の異常な状況を把握して、RRSを起動してから実際にチームが到着するまでの5分間に行われるべきことが、簡潔に示されている。これも、覚えやすいようにABCDEという頭文字で表記されている。

表3 Thefirst5minutesの例

AIRWAY 気道 気道確保Assistance アシスタンスへの連絡 病棟スタッフへの連絡、ナースコールActivatecodeteam コードチームの要請 1・2階:PHS112、小児:115、3階以上:119、ICU・HCU・手術室・

カテ室:117、コードブルー:111Annunciate 情報 危機または心停止(脈なし)か

成人または小児か(14歳未満、体重40kg未満)場所:○○病棟の○号室

Acquiredata カルテ 患者のコードサマリーの確認Attendpatient ベッドサイドにとどまる。 RRSチームが到着するまで患者に付き添う。Access ライン 必要ならば静脈ラインの準備Assist 患者介助 チームリーダーの指示に従い、チームを手伝う。

BREATHING 呼吸 酸素投与、もしくはBVMによる補助呼吸Bed ベッド ベッドを壁から離し、頭部の柵を外す。Backboard バックボード 脈拍がなければ背中にバックボードを敷く。

Bloodglucose 血糖 意識障害の場合は血糖測定の準備

CIRCULATION 循環 脈拍、血圧の確認CPR 心肺蘇生 脈が触れない場合、直ちに心肺蘇生30:2で開始Crashcart カートを運ぶ。 救急カートの搬送Connect 輸液 静脈ラインの準備、必要な薬剤の準備Cleartheroom 部屋の整理 障害物の除去、人員の整理、同室患者の移動Communicate 報告 コードチームに状況や背景を報告

DEFIBRILLATE 除細動 除細動パッド装着、Vf・脈なしVTなら除細動の準備Document 記録 RRSを要請したときのバイタルサイン・経過を所定の用紙に記録

EXPLAIN(S-BAR) SBAR RRSチームリーダーに簡潔に報告S:Situation S:患者の状況 報告者はどこの誰か?B:Background B:患者の臨床評価 患者はどのような状況か?A:Assessment,Action A:状況評価の結論 報告者のアセスメントは?R:Recommend,Report R:提言・要望・要請 勧めること、してほしいこと

ピッツバーグ大学メディカルセンターTheFirst5Minutesコース改定東京ベイ・浦安市川医療センター IPSG医療安全委員会Ver.2

 この内容についても、実際にシミュレーショントレーニングを行うことが必要である。

6. データ収集に関して 医療安全に対して素晴らしい活動をした証として、院内には積極的にアピールすることを勧める。具体的なクリニカル・インディケーターがなければ、病院全体としてどこに重点的にサポートを行うべきかが判断できない。 そこで、医療安全全国共同行動の行動目標6のコアメンバーで、オンラインレジストリの作成(図1)を行っており、今後、国内の多くの施設に参加してもら

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特集

状況認識力――チームで育むノンテクニカルスキル

図1 RRSオンラインレジストリの記録用紙

えるよう活動をしている。このデータをもとに、気づきの主役である看護師やコメディカルにフィードバックできることを望んでいる。 なお、RRSオンラインレジストリやCPAオンラインレジストリ(予定)のアクセスは、http://rrsweb.jp/(図2)から施設申し込みができるようになっている6)。

* RRSを導入することで、気づき(状況認識)のトレー

ニング、MET/RRTのトレーニング、データ収集が積極的に行われるようになるとともに、管理部門からのサポートも受けられるようになる。 これにより、病院内の医療安全に対する意識は明らかに高くなり、医療安全に対する新たな院内文化が醸成されるようになる。

コードブルー

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特集

状況認識力――チームで育むノンテクニカルスキル

文献1) GirotraS,NallamothuBK,SpertusJA,LiY,KrumholzHM,ChanPS,etal:Trends insurvivalafter in-hos-pitalcardiacarrest.NEnglJMed.2012;367:1912-1920.

2) EhlenbachWJ,BarnatoAE,Curtis JR,KreuterW,KoepsellTD,DeyoRA,etal.:Epidemiologicstudyofin-hospitalcardiopulmonaryresuscitation in theel-derly.NEnglJMed.2009;361:22-31.

3) 医療安全全国共同行動. http://kyodokodo.jp/doc/6_slide_shiryou080521.pdf.(2013年11月22日閲覧)

4) VanVoorhisKT,WillisTS:Implementingapediatricrapidresponsesystemtoimprovequalityandpatientsafety.PediatrClinNorthAm.2009;56:919-933.

5) SantianoN,YoungL,HillmanK,ParrM,JayasingheS,BaramyLS,etal:Analysisofmedicalemergencyteamcallscomparingsubjective to“objective”callcriteria.Resuscitation.2009;80:44-49.

6) RRS 院内急変への対応. http://rrsweb.jp/(2013年11月22日閲覧)

図2 現在開発中のRRSホームページ