satoshi hayakawa - 2018/7/23 · 2021. 1. 14. · 伊藤の公式 早川知志 2018/7/23 1...

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伊藤の公式 早川 知志 2018/7/23 1 確率積分 F = {F t } t0 をフィルトレーション, B = B(t, ω) F -Brown 運動とする. 定義 1.1 局所 2 乗可積分過程の集合 L 2 = L 2 (F ) L 2 := { Y : [0, ) × R Y F -発展的可測かつ t 0 Y s (ω) 2 ds < , t 0, a.s. } で定め, この部分集合として次の 2 つを定める. L 2 = L 2 (F ) := { Y L 2 E [∫ t 0 Y 2 s ds ] < , t 0 } , S = S (F ) := { Y L 2 0= t 0 <t 1 < ···→∞ なる t i があって Y (t, ω)= Y (t i-1 ) L 2 (Ω,P ), t [t i-1 ,t i ) } . 1.1 S L 2 L 2 であり, これらはすべて実線形空間. また L 2 はセミノルムの列 Y n := E [∫ n 0 Y 2 t dt ] 1/2 = ( [0,n]×Y (t, ω) 2 dt × dP (ω) ) 1/2 , n =1, 2, .... に関して完備な線形位相空間. あるいは d(Y,Z )= n=1 2 -n (1 ∧∥Y - Z n ) が完備距離になるといってもよい. 命題 1.1 上の距離 d に関して, S (F ) L 2 (F ) の稠密な部分集合となる. 証明: Y L 2 をとる. Y (m) t := Y t 1 [-m,m] (Y t ) とすると Y (m) t L 2 は明らかで, 優収束定理より各 n について Y (m) - Y ∥→ 0(m →∞) がわかる. これは d(Y (m) ,Y ) 0 を意味する. 次に Y (m,ℓ) t := t t-1/ℓ Y (m) s ds とすると Y (m,ℓ) は有界連続過程となり L 2 に属し, ω について Y (m,ℓ) t (ω) Y (m) t (ω), a.e.t(→∞) Lebesgue の微分定理から従う. よって有界収束定理によりまた d(Y (m,ℓ) ,Y (m) ) 0 (→∞) が成り立つ. 最後に Y (m,ℓ,k) t = Y ( [kt] k ) とおくと, Y (m,ℓ,k) S , 連続性より任意の (t, ω) [0, ) × に対して Y (m,ℓ,k) t (ω) Y (m,ℓ) t (ω)(k →∞) となる. したがってまた有界収束定理により d(Y (m,ℓ,k) ,Y (m,ℓ) ) 0 となる. 1

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  • 伊藤の公式

    早川 知志

    2018/7/23

    1 確率積分

    F = {Ft}t≥0 をフィルトレーション, B = B(t, ω)をF -Brown運動とする.

    定義 1.1 局所 2乗可積分過程の集合L 2 = L 2(F )を

    L 2 :=

    {Y : [0,∞)× Ω → R

    ∣∣∣∣ Y はF -発展的可測かつ∫ t0

    Ys(ω)2 ds < ∞, ∀t ≥ 0, a.s.

    }で定め, この部分集合として次の 2つを定める.

    L2 = L2(F ) :=

    {Y ∈ L 2

    ∣∣∣∣ E [∫ t0

    Y 2s ds

    ]< ∞, ∀t ≥ 0

    },

    S = S (F ) :={Y ∈ L 2

    ∣∣ 0 = t0 < t1 < · · · → ∞なる tiがあって Y (t, ω) = Y (ti−1, ω) ∈ L2(Ω, P ), ∀t ∈ [ti−1, ti)} .注 1.1 S ⊂ L2 ⊂ L 2 であり, これらはすべて実線形空間. また L2 はセミノルムの列

    ∥Y ∥n := E[∫ n

    0

    Y 2t dt

    ]1/2=

    (∫[0,n]×Ω

    Y (t, ω)2 dt× dP (ω)

    )1/2, n = 1, 2, . . . .

    に関して完備な線形位相空間. あるいは d(Y, Z) =∞∑

    n=1

    2−n(1 ∧ ∥Y − Z∥n)が完備距離になるといってもよい.� �命題 1.1 上の距離 dに関して, S (F )は L2(F )の稠密な部分集合となる.� �

    証明: Y ∈ L2 をとる. Y (m)t := Yt1[−m,m](Yt) とすると Y(m)t ∈ L2 は明らかで, 優収束定理より各 n について

    ∥Y (m) − Y ∥ → 0 (m → ∞)がわかる. これは d(Y (m), Y ) → 0を意味する.

    次に Y (m,ℓ)t := ℓ∫ tt−1/ℓ

    Y (m)s dsとすると Y(m,ℓ) は有界連続過程となり L2 に属し, ∀ω ∈ Ωについて Y (m,ℓ)t (ω) →

    Y(m)t (ω), a.e.t (ℓ → ∞) が Lebesgue の微分定理から従う. よって有界収束定理によりまた d(Y (m,ℓ), Y (m)) → 0

    (ℓ → ∞)が成り立つ.

    最後に Y (m,ℓ,k)t = Y

    ([kt]

    k, ω

    )とおくと, Y (m,ℓ,k) ∈ S で, 連続性より任意の (t, ω) ∈ [0,∞) × Ω に対して

    Y(m,ℓ,k)t (ω) → Y

    (m,ℓ)t (ω) (k → ∞)となる. したがってまた有界収束定理により d(Y (m,ℓ,k), Y (m,ℓ)) → 0となる. ■

    1

  • 定義 1.2 Y ∈ S が Y (t, ω) = Y (ti−1, ω), ∀t ∈ [ti−1, ti)をみたすとき,

    It(Y ) :=

    ∞∑i=1

    Y (t ∧ ti−1)(B(t ∧ ti)−B(t ∧ ti−1))

    を Y の B による確率積分という.

    注 1.2 Y の表し方 (時区間の分割) が複数通りある場合も, それらの共通の細分を考えることで It(Y )が Y の表示

    に依存しないことがわかる. また細分を考えれば It : S → L2(Ω, P )が線形なのもよい.� �命題 1.2 Y ∈ S (F )に対して

    ∥It(Y )∥2 = ∥Y ∥2t(:= E

    [∫ t0

    Y 2s ds

    ])が成り立つ.� �

    証明: 時間の分割をとり直すことである nについて t = tn としてよい. Xi = Y (ti), Zi = B(ti) − B(ti−1)とするとこれらはいずれも Fti 可測であり

    ∥It(Y )∥2 = E

    ( n∑i=1

    Xi−1Zi

    )2 = n∑i=1

    E[X2i−1Z

    2i

    ]+ 2

    ∑1≤i

  • 証明: 2 乗可積分性は明らか. Y ∈ S のときは Brown 運動の性質から明らかである. Y ∈ L2 に対して近似列Y (m) ∈ S をとると, It(Y (m)) → It(Y ) in L2 よりこれは Ft 可測となる. また t > sのとき, 任意の A ∈ Fs に対して

    E [It(Y )− Is(Y ), A] = limm→∞

    E[It(Y

    (m))− Is(Y (m)), A]= 0

    が成り立つのでよい. ■

    注 1.4 It(Y )には P -零集合上での自由度があるので, 近似列をうまくとることで各点収束先がいい性質をみたすこ

    とがある.� �命題 1.5 任意の Y ∈ L2(F )に対し, {Y (m)}∞m=1 ⊂ S (F )であって次をみたすものが存在する.

    (1) d(Y (m), Y ) → 0 (m → ∞),(2) 確率 1で I·(Y

    (m))は連続過程に広義一様収束する.� �証明: Y ∈ L2 に対して Y (m) ∈ S を ∥Y (m) − Y ∥m ≤ 2−(2m+1) となるようにとる. 各 nに対して, m ≥ nなら

    ∥Y (m+1) − Y (m)∥n ≤ ∥Y (m+1) − Y ∥n + ∥Y (m) − Y ∥n≤ ∥Y (m+1) − Y ∥m+1 + ∥Y (m) − Y ∥m ≤ 2−2m

    となり, Doobの不等式より

    P

    (sup

    0≤t≤n|It(Y (m+1) − Y (m))| ≥ 2−m

    )≤ 22m∥In(Y (m+1) − Y (m))∥2 = 22m∥Y (m+1) − Y (m)∥2n < 2−2m

    となる. したがって Borel-Cantelliの補題より {It(Y (m))}∞m=1 は t ∈ [0, n]において確率 1で一様収束する. この事

    象を Ωn として, Ω∞ =∞∩

    n=1

    Ωn 上で考えればよい. ■

    定義 1.3 命題 1.5によって a.s.で保証される連続過程 I·(Y )を Y の確率積分と呼び, It(Y ) =∫ t0

    Ys dB(s)とかく.� �定理 1.1 Y ∈ L2(F )に対する確率積分 It(Y ) =

    ∫ t0

    Ys dB(s)は次の性質をみたす.

    (1) 確率積分は tに関して連続, Y に関して a.s.線形で, 二乗可積分なF -マルチンゲールとなる.

    (2) Z ∈ L2(F )について, E [It(Y )It(Z)] = E[∫ t

    0

    YsZs ds

    ]であり, 特に ∥It(Y )∥L2(Ω,P ) = ∥Y ∥t.

    (3) Ỹ ∈ L2(F )と t ≥ 0に対し, A ={Ys = Ỹs, ∀s ∈ [0, t]

    }とすると P

    (A ∩

    {It(Y ) ̸= It(Ỹ )

    })= 0.� �

    証明: (1)は既に示した. (2)の後半も既に示されているが, It は L2 の時間を [0, t]に制限してできる Hilbert空間か

    ら L2(Ω, P )への等長写像とみなせるので, 内積も保つ. したがって前半の式も出る.

    (3) を示す. 命題 1.1 の証明で出てくる近似 Y (mℓ,k), Ỹ (m,ℓ,k) ∈ S を考えると, これらの作り方から A 上ではIt

    (Y (m,ℓ,k)

    )= It

    (Ỹ (m,ℓ,k)

    )a.s.が成り立つ. うまく (m, ℓ, k)の組の列をとることでこれらを It(Y )と It(Ỹ )に概

    収束させられるので, A上では It(Y ) = It(Ỹ ) a.s.が成り立つ. ■

    3

  • 注 1.5 上の性質は時間を平行移動することで Is,t(Y ) =∫ ts

    Yrd B(r)の話に一般化できる.� �命題 1.6 B1, B2 を独立なF -Brown運動, f, g ∈ L2(F ), Xt =

    ∫ t0

    fs dBi(s), Yt =

    ∫ t0

    gs dBj(s)とするとき,

    Mt = XtYt − δij∫ t0

    fsgs ds (i, j ∈ {1, 2})

    は連続なF -マルチンゲール. 特に f, g が [0, t]× Ω上で有界な場合はMt は 2乗可積分となる.� �証明: 0 ≤ s < tとする. まず f, g ∈ L2 の可測性より

    E

    [∫ t0

    frgr dr

    ∣∣∣∣ Fs] = E [∫ ts

    frgr dr

    ∣∣∣∣ Fs]である. また X,Y のマルチンゲール性より E [Xt −Xs | Fs] = E [Yt − Ys | Fs] = 0であるので,

    E [XtYt | Fs] = E [((Xt −Xs) +Xs) ((Yt − Ys) + Ys) | Fs]= E [(Xt −Xs)(Yt − Ys) | Fs] +XsE [Yt − Ys | Fs] + YsE [Xt −Xs | Fs] +XsYs= E [(Xt −Xs)(Yt − Ys) | Fs] +XsYs

    となる. ただし途中で Xs, Xt, Ys, Yt ∈ L2(Ω, P )であることを用いた. したがって,

    E [(Xt −Xs)(Yt − Ys) | Fs] = δijE[∫ t

    s

    frgr dr

    ∣∣∣∣ Fs]を示せばよい.

    まず i ̸= j のとき, 右辺は 0なので左辺も 0になることを示せばよい. このとき, まず f, g ∈ S と仮定して示そう.[s, t]の分割 s = t0 < t1 < · · · < tn = tを考えて, fr = ftk−1 , gr = gtk−1 (tk−1 ≤ r < tk)とかける. このとき, 各1 ≤ k, ℓ ≤ nに対して E

    [ftk−1

    (Bi(tk)−Bi(tk−1)

    )gtℓ−1

    (Bj(tℓ)−Bj(tℓ−1)

    ) ∣∣ Fs] = 0を示せばよいが, この左辺は k ≤ ℓと仮定して,

    E[ftk−1gtℓ−1E

    [(Bi(tk)−Bi(tk−1)

    ) (Bj(tℓ)−Bj(tℓ−1)

    ) ∣∣ Ftℓ−1] ∣∣ Fs]となるが, この中身の条件付き期待値は Bj(tℓ) − Bj(tℓ−1)と Ftℓ−1 , Bj(tℓ) − Bj(tℓ−1)の独立性より 0となる. 一般には f, g ∈ L2 を S の元でそのまま近似すれば, その確率積分たちは Xt, Yt に L2(Ω, P )の意味で収束する. したがって, (Xt −Xs)(Yt − Ys)を L1 近似できることになり, 任意の A ∈ Fs 上での積分が 0となることがわかるのでよい.

    最後に i = j のとき, B = Bi = Bj とする. A ∈ Fs を任意にとって考える. 定理 1.1(3)より, [s, t]での確率積分を考える上では

    1A

    ∫ ts

    fr dB(r) =

    ∫ ts

    1Afr dB(r), 1A

    ∫ ts

    gr dB(r) =

    ∫ ts

    1Agr dB(r) a.s.

    が成り立つ (A ∈ Fs なので f, g の発展的可測性が保たれている). したがって, 定理 1.1(2)より,

    E [(Xt −Xs)(Yt − Ys), A] = E[(∫ t

    s

    1Afr dB(r)

    )(∫ ts

    1Agr dB(r)

    )]= E

    [∫ ts

    1Afrgr dr

    ]= E

    [∫ ts

    frgr dr,A

    ]となり示された. ■

    4

  • 定義 1.4 Y ∈ L 2(F )に対して Y (n)t = Yt1[0,n](∫ t

    0

    Y 2s ds

    )で定まる Y (n) ∈ L2(F ) を考え,

    ∫ t0

    Ys dB(s) := limn→∞

    ∫ t0

    Y (n)s dB(s) a.s.

    で Y の確率積分を定める.

    注 1.6∫ t0

    Ys dB(s)が well-definedであることを示しておく. 定理 1.1(3)よりm ≥ nのとき,

    ∫ t0

    Y 2s ds ≤ n =⇒∫ t0

    Y (m)s dB(s) =

    ∫ t0

    Y (n)s dB(s) a.s.

    が成り立つ. したがって Y の局所 2乗可積分性より∫ t0

    Y (n)s dB(s)は概収束する.� �定理 1.2 Y ∈ L 2(F )に対する確率積分 It(Y ) =

    ∫ t0

    Ys dB(s)は次の性質をみたす.

    (1) 確率積分は tに関して連続, Y に関して a.s.線形である.

    (2) 任意の {Y (n)}∞n=1 ⊂ L 2(F )と t ≥ 0に対し,∫ t0

    (Y (n)s

    )2ds → 0 i.p. =⇒ sup

    0≤s≤t|Is(Y (n))| → 0 i.p.

    が成り立つ.

    (3) Ỹ ∈ L 2(F )と t ≥ 0に対し, A ={Ys = Ỹs, ∀s ∈ [0, t]

    }とすると P

    (A ∩

    {It(Y ) ̸= It(Ỹ )

    })= 0.� �

    証明: (1), (3)は既に示されているので, (2)を示す. ε > 0に対して

    Y (n,ε)s = Y(n)s 1[0,ε]

    (∫ t0

    (Y (n)r

    )2dr

    )とおくと, これは L2 に属する. また仮定より十分大きい整数 N(ε)に対して

    n ≥ N(ε) =⇒ P(Y (n,ε)s ̸= Y (n)s , ∃s ∈ [0, t]

    )< ε

    となる. ここで Doobの不等式より

    P

    (sup

    0≤s≤t

    ∣∣∣Is (Y (n,ε))∣∣∣ > ε1/3) ≤ ε−2/3E [∫ t0

    (Y (n,ε)s

    )2]≤ ε1/3

    であるから,

    n ≥ N(ε) =⇒ P(

    sup0≤s≤t

    ∣∣∣Is (Y (n))∣∣∣ > ε1/3) ≤ ε+ ε1/3 =⇒ E [1 ∧ sup0≤s≤t

    ∣∣∣Is (Y (n))∣∣∣] ≤ ε+ 2ε1/3となり, したがってこれは 0へ確率収束する. ■

    5

  • 2 伊藤過程

    F = {Ft}t≥0 をフィルトレーション, B1, B2, . . . , Bn を独立なF -Brown運動とする. また単に B と書いたときはこれらのうち任意のいずれかを指すものとする.

    定義 2.1 B = B(F ) :={Y ∈ L 2(F )

    ∣∣ Y (·, ω)は ω ごとに局所有界} とし,Q = Q(F ) :=

    X : [0,∞)× Ω → R∣∣∣∣∣∣∣

    Xt = X0 +

    n∑i=1

    ∫ t0

    fi(s) dBi(s) +

    ∫ t0

    f0(s) ds, ∀t ≥ 0 a.s.,

    X0 は F0 可測, f0, f1, . . . , fn ∈ B(F )

    とする. Qに属する確率過程を伊藤過程という.また B(F )の部分集合として B∞ = B∞(F ) :=

    {Y ∈ B

    ∣∣∣∣ supt≥0, ω∈ω

    |Y (t, ω)| < ∞}を定め,

    Q∞ = Q∞(F ) :=

    X :∈ Q(F )∣∣∣∣∣∣∣

    Xt = X0 +

    n∑i=1

    ∫ t0

    fi(s) dBi(s) +

    ∫ t0

    f0(s) ds, ∀t ≥ 0 a.s.,

    X0 は有界かつ F0 可測, f0, f1, . . . , fn ∈ B∞(F )

    としておく.

    定義 2.2 Z ∈ B(F )と X ∈ Q(F )に対して, X による Z の確率積分を∫ t0

    Zs dX(s) :=

    n∑i=1

    ∫ t0

    Zsfi(s) dBi(s) +

    ∫ t0

    Zsf0(s) ds

    で定める. これも Q(F )に属する. ただし f0, f1, . . . , fn は X の定義に使われる B(F )の元とする.

    注 2.1 t ≥ 0を固定すると, [0, t]においては Bの元は B∞ の元によって任意の確率 1− εで近似可能 (近似先と異なる ω の測度を ε以下にできる. たとえば X ∈ Qに対してM > 0をとって X ∧M ∈ Q∞ を考え, M を大きくすればよい) であるから, Qの元も [0, t]において Q∞ の元で近似可能であることに注意しておく. これにより, たとえばX ∈ Qに対して {X(n)} ⊂ Q∞ をとって X(n)s を Xs に (一様に) 確率収束させることが可能である. したがって, 当分の間は Q∞ の性質を調べることにする.� �命題 2.1 Y ∈ B∞(F )が sup

    t≥0, ω∈Ω|Y (t, ω)| ≤ M をみたすとき, 任意の 0 ≤ s ≤ tについて

    E

    [(∫ ts

    Yr dB(r)

    )4]≤ 9M4(t− s)2

    が成り立つ.� �証明: まず B∞ ⊂ L2 より, 命題 1.5と Fatouの補題から, Y ∈ S ∩ B∞ について示せばよい (正確には, 命題 1.5の近似列をM でバウンドされるように取り直せばよい).

    時区間の分割を s = t0 < t1 < · · · < tk = tとして, Yr = ηj−1 (tj−1 ≤ r < tj)とする. ただしここで ηj は Ftj 可測で |ηj | ≤ M をみたす. このとき ∫ t

    s

    Yr dB(r) =

    k∑j=1

    ηj−1(Btj −Btj−1

    )6

  • であるから, Zj = ηj−1 (B(tj)−B(tj−1))とすると

    E

    [(∫ ts

    Yr dB(r)

    )4]= E

    k∑

    j=1

    Zj

    4 = k∑

    j1,j2,j3,j4=1

    E [Zj1Zj2Zj3Zj4 ]

    をみたす. ここで j1, j2, j3 < j4 のとき,

    E [Zj1Zj2Zj3Zj4 ] = E[Zj1Zj2Zj3ηj4−1E

    [Btj4 −Btj4−1

    ∣∣ Ftj4−1]] = 0.であり, j1 < j2 = j3 = j4 の場合も同様なので, j1, j2, j3, j4 のうち最大のものが 2つまたは 4つである場合のみ残

    る. したがって,

    E

    [(∫ ts

    YrdB(r)

    )4]=

    k∑j=1

    E[Z4j]+ 6

    k∑j=2

    j−1∑i1,i2=1

    E[Zi1Zi2Z

    2j

    ]

    =

    k∑j=1

    E[Z4j]+ 6

    k∑j=2

    E

    (j−1∑i=1

    Zi

    )2Z2j

    となる. このときまず 1項目は

    k∑j=1

    E[Z4j]≤ M4

    k∑j=1

    E[(Btj −Btj−1

    )4]= M4

    k∑j=1

    3(tj − tj−1)2 ≤ 3M4(t− s)2

    となり, あとは 2項目を評価すればよい. 今までと同様の議論により

    E

    (j−1∑i=1

    Zi

    )2 = j−1∑i=1

    E[Z2i]≤ M2

    j−1∑i=1

    (ti − ti−1) ≤ M2(t− s)

    が成り立つことに注意しておく. 各 j に対して

    (j−1∑i=1

    Zi

    )2η2j−1 は Ftj−1 可測なので,

    k∑j=2

    E

    (j−1∑i=1

    Zi

    )2Z2j

    = k∑j=2

    E

    (j−1∑i=1

    Zi

    )2η2j−1E

    [(Btj −Btj−1

    )2 ∣∣∣ Ftj−1]

    ≤k∑

    j=2

    M2(tj − tj−1)E

    (j−1∑i=1

    Zi

    )2 ≤ k∑j=2

    M4(tj − tj−1)(t− s) ≤ M4(t− s)2

    となり示された. ■

    定義 2.3 有界連続過程の集合 B∞c = B∞c (F ) := {Y ∈ B∞(F ) | ∀ω ∈ Ω に対して Y (·, ω) は連続 } を定義する. ま

    た Z ∈ B∞c (F )に対してその離散化を DmZ (t) := Z(k − 1m

    ) (k − 1m

    ≤ t < km

    )で定める.

    注 2.2 上の状況で ∫ t0

    DmZ (s) dX(s) =

    ∞∑k=1

    Z

    (k − 1m

    )(X

    (t ∧ k

    m

    )−X

    (t ∧ k − 1

    m

    ))とかけることに注意. これは直感的には明らかだが, 厳密に示すには確率積分のS (F )の元での定式化に戻るとよい.

    7

  • � �命題 2.2 X ∈ Q∞(F ), Z ∈ B∞c (F )と任意の t ≥ 0に対して∫ t

    0

    DmZ (s) dX(s) →∫ t0

    Zs dX(s) in L2(Ω, P ) (m → ∞)

    が成り立つ.� �証明:X の定義に出てくる各積分について示せばよい. まず Z の連続性よりDmZ (s)f0(s) → Zsf0(s)が各点で成り立

    つので,あとは Z と f0の有界性よりこの差は 2乗可積分で,優収束定理を使うと∫ t0

    DmZ (s)f0(s)ds →∫ t0

    Zsf0(s)ds

    が L2 の意味で従う.

    あとは各 i = 1, . . . , nについて, 再び有界性と Z の連続性より

    E

    [(∫ t0

    DmZ (s)fi(s) dBi(s)−

    ∫ t0

    Zsfi(s) dBi(s)

    )2]= E

    [∫ t0

    (DmZ (s)− Zs)2fi(s)2 ds]→ 0

    がわかるのでよい. ■

    定義 2.4 X,Y ∈ Q(F )に対して, X と Y の二次変分 ⟨X,Y ⟩ ∈ Q(F )を

    ⟨X,Y ⟩t =n∑

    i=1

    ∫ t0

    fi(s)gi(s) dBi(s)

    で定める. ただし X,Y は次で定まるとする.

    Xt = X0 +

    n∑i=1

    ∫ t0

    fi(s) dBi(s) +

    ∫ t0

    f0(s) ds, Yt = Y0 +

    n∑i=1

    ∫ t0

    gi(s) dBi(s) +

    ∫ t0

    g0(s) ds.

    � �命題 2.3 X,Y ∈ Q∞(F ), Z ∈ B∞c (F )と任意の t ≥ 0に対して, m → ∞で

    ∞∑k=1

    Z

    (k − 1m

    )(X

    (t ∧ k

    m

    )−X

    (t ∧ k − 1

    m

    ))(Y

    (t ∧ k

    m

    )− Y

    (t ∧ k − 1

    m

    ))→∫ t0

    Zs d ⟨X,Y ⟩ (s)

    が L2(Ω, P )の意味で成り立つ.� �証明: B0(s) = sとする. 両辺の X,Y についての双線形性と X0, Y0 への非依存性より, i, j = 0, 1, . . . , nについて

    Xt =

    ∫ t0

    fs dBi(s), Yt =

    ∫ t0

    gs dBj(s)

    として示せばよい. 与式の左辺を Im(t)としておく.

    Case 1. i = 0または j = 0のとき.

    このとき ⟨X,Y ⟩ ≡ 0であることに注意. 対称性より i = 0としてよい. M = supt≥0, ω∈Ω

    |Z(t, ω)| < ∞とすると,

    |Im(t)| ≤ M∞∑k=1

    ∫ t∧ kmt∧ k−1m

    |f(s)| ds∣∣∣∣Y (t ∧ km

    )− Y

    (t ∧ k − 1

    m

    )∣∣∣∣≤ M

    (∫ t0

    |fs|ds)sup

    {|Y (s)− Y (r)|

    ∣∣∣∣ r, s ∈ [0, t], |s− r| ≤ 1m}

    8

  • となるが, j = 0のときは g が有界なのでよい. j ̸= 0のとき, r, s ∈ [0, t]に対して Doobの不等式より

    E

    [sup

    |s−r|≤1/m|Y (s)− Y (r)|2

    ]≤ 4E

    [sup

    s∈[0,t]Y (s)2

    ]≤ 16E

    [Y (t)2

    ]となるので右辺は 2乗可積分で, Y の局所一様連続性とあわせると優収束定理により Im(t)はm → ∞で 0に収束することがわかる.

    Case 2. i, j ̸= 0のとき.

    命題 1.6の証明から (Xt −Xs)(Yt − Ys)− δij∫ ts

    frgr drは二乗可積分で, Fs で条件付き期待値をとると 0になり,

    ∆m,k(t) =

    (X

    (t ∧ k

    m

    )−X

    (t ∧ k − 1

    m

    ))(Y

    (t ∧ k

    m

    )−X

    (t ∧ k − 1

    m

    ))− δij

    ∫ t∧ kmt∧ k−1m

    fsgs ds

    とするとこれは Fk/m 可測かつ E[∆m,k(t)

    ∣∣ F(k−1)/m] = 0となる. このとき注 2.2よりIm(t)−

    ∫ t0

    DmZ (s)d ⟨X,Y ⟩ (s) =∞∑k=1

    Z

    (k − 1m

    )∆m,k(t)

    となる. この右辺は有限和になることに注意. 再び可測性の議論から

    E

    ( ∞∑k=1

    Z

    (k − 1m

    )∆m,k(t)

    )2 = ∞∑k=1

    E

    [(Z

    (k − 1m

    )∆m,k(t)

    )2]≤ M2

    ∞∑k=1

    E[∆m,k(t)

    2]

    となる. ただしM は Case 1で定めた定数. ここで相加相乗平均の不等式より

    ∆m,k(t)2 ≤ 2

    (X

    (t ∧ k

    m

    )−X

    (t ∧ k − 1

    m

    ))2(Y

    (t ∧ k

    m

    )−X

    (t ∧ k − 1

    m

    ))2+ 2

    (∫ t∧ kmt∧ k−1m

    fsgsds

    )2となるが, N を |f(s, ω)|, |g(s, ω)| ≤ N なる定数として

    E

    [(X

    (t ∧ k

    m

    )−X

    (t ∧ k − 1

    m

    ))2(Y

    (t ∧ k

    m

    )−X

    (t ∧ k − 1

    m

    ))2]

    ≤ E

    [(X

    (t ∧ k

    m

    )−X

    (t ∧ k − 1

    m

    ))4]1/2E

    [(Y

    (t ∧ k

    m

    )− Y

    (t ∧ k − 1

    m

    ))4]1/2

    ≤ 9N4(t ∧ k

    m− t ∧ k − 1

    m

    )2≤ 9N

    4

    m

    (t ∧ k

    m− t ∧ k − 1

    m

    )である (Cauchy-Schwarzと命題 2.1を用いた). もう片方はそのまま(∫ t∧ km

    t∧ k−1mfsgs ds

    )2≤ N4

    (t ∧ k

    m− t ∧ k − 1

    m

    )2≤ N

    4

    m

    (t ∧ k

    m− t ∧ k − 1

    m

    )と抑えられるので,

    ∞∑k=1

    E[∆m,k(t)

    2]≤ 10N

    4

    m

    ∞∑k=1

    (t ∧ k

    m− t ∧ k − 1

    m

    )=

    10N4t

    m→ 0 (m → ∞)

    となる. よって L2(Ω, P )において Im(t)−∫ t0

    DmZ (s)d ⟨X,Y ⟩ (s) → 0 であり, 命題 2.2より∫ t0

    DmZ (s)d ⟨X,Y ⟩ (s)

    は∫ t0

    Zs d ⟨X,Y ⟩ (s)に収束するので, 以上より Im(t) →∫ t0

    Zs d ⟨X,Y ⟩ (s)が従う. ■

    9

  • � �命題 2.4 X ∈ Q∞(F )に対し,

    E

    [ ∞∑k=1

    ∣∣∣∣X (t ∧ km)−X

    (t ∧ k − 1

    m

    )∣∣∣∣3]→ 0 (m → ∞)

    が成り立つ.� �証明: 相加相乗平均の不等式より, X を定義する各積分ごとに評価すればよいことがわかる.

    Xt = X0 +

    n∑i=1

    ∫ t0

    fi(s) dBi(s) +

    ∫ t0

    f0(s) ds

    とし, M ≥ |f0(s, ω)|, |f1(s, ω)|, . . . , |fn(s, ω)|なる定数をとる.dsによる積分の項は ω に依存せず

    ∞∑k=1

    ∣∣∣∣∣∫ t∧ kmt∧ k−1m

    f0(s) ds

    ∣∣∣∣∣3

    ≤ M3

    m2

    ∞∑k=1

    (t ∧ k

    m− t ∧ k − 1

    m

    )=

    M3t

    m2→ 0

    なのでよい.

    残りの項については, Cauchy-Schwarzと命題 2.1より

    E

    ∣∣∣∣∣∫ t∧ kmt∧ k−1m

    fi(s) ds

    ∣∣∣∣∣3 ≤ E

    ∣∣∣∣∣∫ t∧ kmt∧ k−1m

    fi(s) dBi(s)

    ∣∣∣∣∣41/2 E

    ∣∣∣∣∣∫ t∧ kmt∧ k−1m

    fi(s) dBi(s)

    ∣∣∣∣∣21/2

    ≤ 3M2(t ∧ k

    m− t ∧ k − 1

    m

    )E

    ∣∣∣∣∣∫ t∧ kmt∧ k−1m

    fi(s) dBi(s)

    ∣∣∣∣∣21/2

    となるので, Ys =∫ s0

    fi(s) dBi(s)とするとあとは命題 2.3の Case 1 における j ̸= 0の場合の証明と同様になる. ■

    注 2.3 命題 2.2, 2.3, 2.4についての主張はQ∞ の元についての命題であったが, 注 2.1で言及した内容から, Qの元についても任意の ε > 0に対して確率 1− ε以上の集合上で成り立つ. L2 または L1 収束すれば確率収束もするので,したがって全体として命題で述べられた収束は確率収束の意味で成り立つことになる.

    3 伊藤の公式の証明� �補題 3.1 X1, X2, . . . , XN ∈ Q(F ), f ∈ C3b (RN )とするとき, f(X) ∈ Q(F )であり, 任意の t ≥ 0に対して

    f(Xt) = f(X0) +

    N∑i=1

    ∫ t0

    ∂f

    ∂xi(Xs) dX

    i(s) +

    N∑i,j=1

    ∫ t0

    ∂2f

    ∂xi∂xj(Xs) d

    ⟨Xi, Xj

    ⟩(s) a.s.

    が成り立つ. ただし, X =(X1, X2, . . . , XN

    )とする.� �

    証明: g ∈ Cr(R)に対する Taylorの公式 (定理 D.1)

    g(t) =

    r−1∑k=0

    g(k)(0)

    k!tk +

    ∫ t0

    g(r)(s)

    (r − 1)!(t− s)r−1 ds

    10

  • を用いる. 特に, 与えられた f について a, b ∈ RN に対して c = b− aとして g(t) := f(a+ tc)を考えると,

    f(b)− f(a) =N∑i=1

    ci∂f

    ∂xi(a) +

    1

    2

    N∑i,j=1

    cicj∂2f

    ∂xi∂xj(a) +R(a, b)

    とかける. ただし

    R(a, b) =

    ∫ 10

    1

    2

    N∑i,j,k=1

    cicjck∂3f

    ∂xi∂xj∂xk(a+ sc)

    dsであるが, 相加相乗平均の不等式と f の 3階導関数の有界性から定数 C > 0が存在して

    |R(a, b)| ≤ CN∑i=1

    |ci|3 = CN∑i=1

    |bi − ai|3

    をみたす.

    ここで, f(Xt)− f(X0) =∞∑k=1

    {f

    (X

    (t ∧ k

    m

    ))− f

    (X

    (t ∧ k − 1

    m

    ))}が成り立つ (有限和である). これに

    上で導出された式を用いてシグマの交換を行うと,

    f(Xt)− f(X0)

    =

    N∑i=1

    ∞∑k=1

    ∂f

    ∂xi

    (X

    (k − 1m

    ))(Xi(t ∧ k

    m

    )−Xi

    (t ∧ k − 1

    m

    ))

    +1

    2

    N∑i,j=1

    ∞∑k=1

    ∂f

    ∂xi∂xj

    (X

    (k − 1m

    ))(Xi(t ∧ k

    m

    )−Xi

    (t ∧ k − 1

    m

    ))(Xj(t ∧ k

    m

    )−Xj

    (t ∧ k − 1

    m

    ))

    +

    ∞∑k=1

    R

    (X

    (k − 1m

    ),X

    (k

    m

    ))が得られる. ここでm → ∞とする際に注 2.3を考えると, R(a, b)の評価と合わせると右辺の最後の項は 0に確率収束し, 残りの 2項はそれぞれ

    N∑i=1

    ∫ t0

    ∂f

    ∂xi(Xs) dX(s),

    N∑i,j=1

    ∫ t0

    ∂2f

    ∂xi∂xj(Xs) d

    ⟨Xi, Xj

    ⟩(s)

    に確率収束する. したがってmについて適当な部分列をとると概収束し, 特に上の式の左辺 f(Xt)− f(X0)はmに依存しないので与式は成立する. 特に, 与式が成立すれば f(X) ∈ Q(F )は明らか. ■

    � �定理 3.1 (伊藤の公式) X1, X2, . . . , XN ∈ Q(F ), f ∈ C2(RN ) とするとき, f(X) ∈ Q(F ) であり, 任意のt ≥ 0に対して

    f(Xt) = f(X0) +

    N∑i=1

    ∫ t0

    ∂f

    ∂xi(Xs) dX

    i(s) +

    N∑i,j=1

    ∫ t0

    ∂2f

    ∂xi∂xj(Xs) d

    ⟨Xi, Xj

    ⟩(s) a.s.

    が成り立つ. ただし, X =(X1, X2, . . . , XN

    )とする.� �

    証明: f ∈ C2(RN )のとき, まず ϕ : RN → [0, 1]を ϕ(x) = 1 (|x| ≤ 1), ϕ(x) = 0, (|x| ≥ 2) をみたす C∞ 級関数

    とする (注 D.2). このとき fm := ϕ

    (1

    mx

    )f(x)とすると fm ∈ C2b (RN )であり, |x| < mにおいて f と fm は 2次

    11

  • の導関数まで含めて一致する. 特に, sup0≤s≤t

    |Xs| < mとなる事象においては fm に対して伊藤の公式が示されれば十

    分である. その場合m → ∞とすれば結論を得るので, f ∈ C2b (RN )に対して示せば十分である.f ∈ C2b (RN )とするとき, fm := h1/m ∗ f を考えるとこれは命題 D.1, D.2より特に C3b (RN )に属し, m → ∞で

    2 次の導関数まで含めて f に収束する. あとは有界性より X1, X2, . . . , XN ∈ Q∞ の場合には有界収束定理が使えて各 Brown運動による確率積分が m → ∞で L2 収束, その他の積分は概収束するので適当な部分列をとればよい.X1, X2, . . . , XN ∈ Qの場合にはこれを 2.3に従って制限して議論すればよい. ■

    12

  • A 予備知識と記法について

    A.1 予備知識

    - 測度論の基本的な収束定理と Fubiniの定理, Hilbert空間論あるいは関数解析のごく初歩, 確率論の基礎概念

    を仮定している.

    - σ 加法族に対する条件付き期待値を用いている.

    確率空間 (Ω,F , P )上の (非負または可積分な) 確率変数 X と F の部分 σ 加法族 G に対して, 確率変数 Y がX の G による条件付き期待値であるとは,(1) Y は G 可測である.

    (2) 任意の A ∈ G に対して∫A

    X dP (ω) =

    ∫A

    Y dP (ω)をみたす.

    をみたすことをいう. このような Y は a.s.で一意に存在し, E[X | G]で表す.- 上以外で仮定したものは基本的に付録に記載している.

    A.2 記法と約束事

    - a ∧ bで min{a, b}を表す.- Aを X の部分集合としたとき, 1A で関数 X → Rであって

    1A(x) =

    {1 (x ∈ A)0 (x ̸∈ A)

    なるものを表す. 本文中で登場する場合は X は Ωまたはユークリッド空間を指すことが多い.

    - Cnb (Rd) で n 階連続微分可能で n 階までの各導関数が有界となるような Rd → R の関数全体を表す. また

    C∞(Rd) :=∞∩

    n=1

    Cnb (Rd)とする.

    - 本文中では常に確率空間 (Ω,F , P )が固定されているとする.

    - 確率変数 X について, A ∈ F についての期待値∫A

    X(ω) dP (ω)を E[X,A]と表記している.

    - 確率測度は有限測度なので優収束定理の優関数として定数を取れることがあるが, その場合は有界収束定理と

    呼称している.

    B 離散時間マルチンゲール

    B.1 基本事項

    定義 B.1 確率空間 (Ω,F , P )において, F = {Fn}∞n=0 がフィルトレーション (または増大情報系) であるとは, 次をみたすことをいう.

    (1) 各 Fn は F の部分 σ 加法族.(2) Fn は単調増加, すなわち F0 ⊂ F1 ⊂ F2 ⊂ · · · が成り立つ.(3) N := {N ∈ F | P (N) = 0} ⊂ F0.

    定義 B.2 確率変数列 (Xn)n=0,1,... がフィルトレーション F に適合している (F -adaptedともいう) とは, 任意の

    13

  • n ∈ Z≥0 について Xn が Fn 可測であることをいう.

    注 B.1 これ以降では, 確率空間とフィルトレーションを合わせた (Ω,F , P,F ) が与えられているとする.

    B.2 停止時刻

    定義 B.3 τ : Ω → Z≥0 ∪ {∞}が (Fn)-停止時刻 (stopping time) であるとは,

    {τ ≤ n} ∈ Fn, ∀n ∈ Z≥0

    が成り立つことをいう.

    注 B.2 上の条件は n = 0, 1, . . .について {τ = n} ∈ Fn が成り立つことと同値である. これはフィルトレーションの F1 ⊂ F2 ⊂ · · · の条件よりわかる.

    注 B.3 停止時刻 τ , σ に対して τ ∧ σ, τ + σ も停止時刻である.

    B.3 離散時間マルチンゲール

    定義 B.4 確率変数列 X = {Xn}∞n=1 がF -マルチンゲールであるとは, 次が成り立つことをいう.

    (1) 各 Xn はF -adaptedである.

    (2) 各 Xn は可積分である.

    (3) 各 n ∈ Z≥0 について E[Xn+1 | Fn] = Xn a.s..

    また (3)の等号を ≥に置き換えたものを劣マルチンゲールという.

    注 B.4 X がマルチンゲールであることは X と −X がいずれも劣マルチンゲールであることと同値なので, 劣マルチンゲール性のみを確認すればよいことが多い.

    注 B.5 X = {Xn}∞n=0 がマルチンゲールのとき, m > nなら E[Xm | Fn] = Xn a.s.が帰納的にわかる.

    定義 B.5 停止時刻 τ に対して, σ 加法族 Fτ を

    Fτ = {A ∈ F | A ∩ {τ ≤ n} ∈ Fn, n = 0, 1, . . .}

    で定める (この定義は A ∩ {τ = n}に変更しても同値).

    注 B.6 Xτ は Fτ 可測である. 実際, r ∈ Rに対して

    {Xτ ≤ r} ∩ {τ = n} = {Xn ≤ r} ∩ {τ = n} ∈ Fn

    なのでよい. また σ ≤ τ のとき Fσ ⊂ Fτ である. これも定義からすぐわかる.� �定理 B.1 (任意抽出定理) X が劣マルチンゲールで停止時刻 σ,τ が σ ≤ τ ≤ N a.s.を満たしているとき,

    E [Xτ | Fσ] ≥ Xσ a.s.

    が成り立つ. 特に, X がマルチンゲールなら等号が成り立つ.� �証明:N ⊂ F0 より, σ ≤ τ ≤ N が常に成り立っているとして考えればよい. 上の注よりXσ は Fσ 可測なので, 示すべきことは E[|Xτ |] < ∞と, 任意の A ∈ Fτ に対して E[Xτ , A] ≥ E[Xσ, A]が成り立つことである. 前者は σ ≤ N

    14

  • より E[|Xτ |] ≤ E[|X0|] + · · ·+ E[|XN |] < ∞なのでよい. 後者について, まず τ = σ または σ + 1のときに示す.

    E [Xτ , A]− E [Xσ, A] = E [Xσ+1 −Xσ, A ∩ {τ = σ + 1}]

    =

    N−1∑k=0

    E [Xk+1 −Xk, A ∩ {τ = σ + 1} ∩ {σ = k}]

    であるが, {τ = σ + 1} = {τ = σ}c なので,

    A ∩ {τ = σ + 1} ∩ {σ = k} = A ∩ {τ = σ}c ∩ {σ = k} = A ∩ {τ = k}c ∩ {σ = k} ∈ Fk.

    したがって各 E [Xk+1 −Xk, A ∩ {τ = σ + 1} ∩ {σ = k}]は非負. よって τ = σ または σ + 1の場合はよい.一般の場合には, τn = (σ + n) ∧ τ とすると τ0 = σ, τN = τ であり, τn+1 = τn または τn + 1が成り立っているので, これらに繰り返し上の結果を適用すればよい. ■

    注 B.7 X がマルチンゲールのとき, |X|は劣マルチンゲールである. 実際, A ∈ Fn に対して, Jensenの不等式より

    E [|Xn|, A] = E [Xn, A ∩ {Xn > 0}]− E [Xn, A ∩ {Xn ≤ 0}]= E [Xn+1, A ∩ {Xn > 0}]− E [Xn+1, A ∩ {Xn ≤ 0}]≤ |E [Xn+1, A ∩ {Xn > 0}] |+ |E [Xn+1, A ∩ {Xn ≤ 0}] | ≤ [|Xn+1|, A]

    である.� �定理 B.2 (Doobの不等式) X がマルチンゲールのとき, 任意の a > 0に対して

    P

    (max

    0≤k≤n|Xk| > a

    )≤ 1

    aE

    [|Xn|,

    {max

    0≤k≤n|Xk| > a

    }], n ∈ Z≥0

    が成り立つ. さらに, p > 1に対して E [|Xn|p] < ∞ (∀n ∈ Z≥0)であるとき,

    E

    [max

    0≤k≤n|Xk|p

    ]≤(

    p

    p− 1

    )pE [|Xn|p]

    が成り立つ.� �証明: τ を次のように定義する:

    τ =

    {k (|Xk|が初めて aを超えるとき)n (∀k ≤ n について |Xk| ≤ aのとき)

    まずこれが停止時刻になることを示す. k < nについては

    {τ = k} =

    (∩l a} ∈ Fk

    なのでよく, {τ = n}は上のものの和の補集合なので Fn−1 に入っている. このとき

    {|Xτ | > a} ={

    max0≤k≤n

    |Xk| > a}

    であるから, Markovの不等式より,

    P

    (max

    0≤k≤n|Xk| > a

    )= P (|Xτ | > a) ≤

    1

    aE [|Xτ |, |Xτ | > a]

    15

  • である. 最後に任意抽出定理を τ と nについて用いると, {Xτ > a} ∈ Fτ から,

    E [|Xτ |, |Xτ | > a] ≤ E [|Xn|, |Xτ | > a]

    がわかる. したがって 1つ目の式は示された.

    次に, E [|Xn|p] < ∞ (∀n ∈ Z≥0)のとき, Y = max0≤k≤n

    |Xk|とおく. E [Y p]を評価したい. Fubiniの定理より,

    E [Y p] =

    ∫Ω

    Y pP (dω)

    = p

    ∫Ω

    ∫ ∞0

    xp−11{Y >x}dxP (dω)

    = p

    ∫ ∞0

    xp−1P (Y > x)dx

    ≤ p∫ ∞0

    xp−2E [|Xn|, Y > x] dx

    = p

    ∫ ∞0

    ∫Ω

    |Xn| · xp−21{Y >x}P (dω)dx

    =p

    p− 1E[|Xn|Y p−1

    ]がわかる. ここで q =

    p

    p− 1とすると Hölderの不等式より

    E[|Xn|Y p−1

    ]= E

    [(|Xn|p)1/p(Y p)1/q

    ]≤ (E [|Xn|p])1/p (E [Y p])1/q

    よって,

    E [Y p] ≤ pp− 1

    (E [|Xn|p])1/p (E [Y p])1/q

    であり, これを整理すれば所望の式が得られる. ■

    C 連続時間確率過程

    C.1 基本事項と可測性

    定義 C.1 確率空間 (Ω,F , P )において, 写像 X : [0,∞) × Ω → Rであって各 X(t, ·)が確率変数になっているものを確率過程という. また X(t, ω)を省略して X(t)や Xt と表記することがある.

    定義 C.2 確率空間 (Ω,F , P )において, F = {Ft}t∈[0,∞) がフィルトレーションであるとは, 次をみたすことをいう.

    (1) 各 Ft は F の部分 σ 加法族.(2) Ft は単調増加, すなわち s < tに対して Fs ⊂ Ft が成り立つ.(3) N := {N ∈ F | P (N) = 0} ⊂ F0.

    定義 C.3 確率過程 X がフィルトレーションF に適合している (F -adaptedともいう) とは, 各 Xt が Ft 可測であることをいう. また, X がF -発展的可測であるとは, 任意の t ≥ 0に対して X|[0,t]×Ω が [0, t]× Ft のなす直積 σ 加法族に対して可測であることをいう.

    注 C.1 ここでは示さないが, 右連続かつF -適合ならばF -発展的可測となる.

    16

  • C.2 マルチンゲールと Doobの不等式

    定義 C.4 確率過程 X がF -マルチンゲールであるとは, 次が成り立つことをいう.

    (1) 各 Xt はF -adaptedである.

    (2) 各 Xt は可積分である.

    (3) 各 s < tについて E[Xt | Fs] = Xs a.s..

    また (3)の等号を ≥に置き換えたものを劣マルチンゲールという.

    注 C.2 上の定義は, 任意の時間の離散化とそれに対応するフィルトレーションに対してマルチンゲールとなるとい

    うことを意味する. これにより, 次の定理が成り立つ.� �定理 C.1 (Doobの不等式) X が各 X(·, ω)の連続なマルチンゲールのとき, 任意の a > 0に対して

    P

    (sup

    0≤s≤t|Xs| > a

    )≤ 1

    aE

    [|Xt|,

    {sup

    0≤s≤t|Xs| > a

    }], ∀t ∈ [0,∞)

    が成り立つ. さらに, p > 1に対して E [|Xs|p] < ∞ (∀s ∈ [0, t])であるとき,

    E

    [sup

    0≤s≤t|Xs|

    ]≤(

    p

    p− 1

    )pE [|Xt|p]

    が成り立つ.� �証明: 各mについて時間の離散化を tm,k =

    kt

    2mとして離散時間の Doobの不等式を用い, あとは両辺に単調収束定

    理を適用すると X の連続性より 1つ目の結果が従う. 後半は定理 B.2の証明と全く同様である. ■

    注 C.3 特に, 上の定理で p = 2とした式

    E

    [max

    0≤k≤n|Xk|2

    ]≤ 4E

    [|Xn|2

    ]がよく使われる.

    定義 C.5 フィルトレーションF が与えられたとき, 確率過程 B がF -Brown運動であるとは, 次をみたすことを

    いう.

    (1) B0 ≡ 0である.(2) 任意の ω ∈ Ωに対して B(·, ω)は連続である.(3) B はF -adaptedである.

    (4) 0 ≤ s < tに対して Bt −Bs は平均 0, 分散 t− sの正規分布に従い, Fs と独立である.

    注 C.4 (適当なフィルトレーションに対する) Brown運動が存在することが知られているが, この存在証明は省略す

    る. 再生核 Hilbert空間を用いた証明が [1]に載っている.

    17

  • D 実解析の補足

    D.1 Taylorの公式� �定理 D.1 (Taylorの公式) f ∈ Cn(R)について,

    f(t) =

    n−1∑k=0

    tk

    k!f (k)(0) +

    ∫ t0

    (t− s)n−1

    (n− 1)!f (n)(s) ds

    が成り立つ.� �証明: nについての帰納法で示す. n = 1のときは, f(t) = f(0) +

    ∫ t0

    f ′(s) dsとなり明らか. n = mのときを仮定

    して n = m+ 1のときを示す. 仮定より

    f(t) =m−1∑k=0

    tk

    k!f (k)(0) +

    ∫ t0

    (t− s)m−1

    (m− 1)!f (m)(s) ds

    であるが, 部分積分により∫ t0

    (t− s)m−1

    (m− 1)!f (m)(s) ds =

    [− (t− s)

    m

    m!f (m)(s)

    ]t0

    +

    ∫ t0

    (t− s)m

    m!f (m+1)(s) ds

    となり, 右辺第一項を計算するとtm

    m!f (m)(0)となるのでよい. ■

    D.2 コンパクト台を持つ滑らかな関数

    定義 D.1 f : Rd → Rに対して,supp f := {x ∈ Rd | f(x) ̸= 0}

    を f の台 (support)という.

    定義 D.2 コンパクト台を持つ関数の空間を C0(Rd), Cr0(Rd) = C0(Rd) ∩ Cr(Rd)とする. またコンパクト台を持つ滑らかな関数の空間を

    C∞0 (Rd) :={f ∈ C∞(Rd) | supp f はコンパクト

    }で定める.

    注 D.1 文献によっては C0(Rd)を Cc(Rd)と表記する場合もある. Cr0(Rd) ⊂ Crb (Rd)は明らかである.� �補題 D.1 実数 a < bについて, fa,b ∈ C∞(R)であって

    fa,b(x) = 0 (x ≤ a), fa,b(x) = 1 (x ≥ b), |f | ≤ 1

    をみたすものが存在する.� �証明: まず次の関数 f を考える.

    f(x) =

    {0 (x ≤ 0)e−1/x (x > 0)

    18

  • このとき,

    f ′(x) =

    0 (x ≤ 0)1x2

    e−1/x (x > 0)

    となる. 一般に f の高階微分についても帰納的に

    f (n)(x) =

    {0 (x ≤ 0)(1/xの多項式) · e−1/x (x > 0)

    が得られ, これは C∞(R)の元であることがわかる. 次に

    g(x) =f(x)

    f(x) + f(1− x)

    と定めれば分母は 0にはならず, f0,1 = g とすればよい. 一般の a < bについては, fa,b(x) = f0,1

    (x− ab− a

    )と定めれ

    ば所望の性質をみたす. ■

    注 D.2 f(x) = f−2,−1(x)f−2,−1(−x)を考えると f : R → [0, 1]は f ||x|≤1 = 1, f ||x|≥2 = 0をみたしており, これは C∞0 (Rd)の元を具体的に作るときの基本的な例となる.

    D.3 微分と積分の交換� �定理 D.2 (順序交換定理) f : R × Rd → R; (t, x) 7→ f(t, x) は t を固定すると x について可積分であるとし,また各点で t について偏微分可能であるとする. このとき, 任意の t0 ∈ R に対して, ある δ > 0 と可積分関数g : Rd → Rが存在して

    supt∈[t0−δ,t0+δ]

    ∣∣∣∣∂f∂t (t, x)∣∣∣∣ ≤ g(x), ∀x ∈ Rd

    をみたすとき, F (t) :=∫Rd

    f(t, x) dxは t = t0 で微分可能で, F′(t0) =

    ∫Rd

    ∂f

    ∂t(t0, x) dx をみたす.� �

    証明: {hn}∞n=1 を 0に収束する (0をとらない) 任意の実数列とする.

    F (t0 + hn)− F (t0)hn

    →∫Rd

    ∂f

    ∂t(t0, x) dx (n → ∞)

    を示せばよい. 十分先で |hn| < δ となるので, この範囲で平均値の定理より∣∣∣∣f(t0 + hn, x)− f(t0, x)hn∣∣∣∣ = ∣∣∣∣∂f∂t (t0 + θhn, x)

    ∣∣∣∣ ≤ supt∈[t0−δ,t0+δ]

    ∣∣∣∣∂f∂t (t, x)∣∣∣∣

    となる. ただし θ は (0, 1)内の適当な実数. したがって, 優収束定理より,

    F (t0 + hn)− F (t0)hn

    =

    ∫Rd

    f(t0 + hn, x)− f(t0, x)hn

    dx →∫Rd

    ∂f

    ∂t(t0, x) dx (n → ∞)

    となるので示された. ■

    注 D.3 高階導関数に対しても, 同様の仮定があれば上の定理は成り立つ.

    19

  • D.4 滑らかな関数による近似

    定義 D.3 h, f : Rd → Rを共に Lebesgue可測関数とするとき, a.e. xで∫ ∞0

    |h(x− y)f(y)| dy < ∞が成り立つな

    らば,

    (h ∗ f)(x) :=∫Rd

    h(x− y)f(y) dy

    を hと f の畳み込みという.

    注 D.4 h(x− y)f(y)ならびに h ∗ f の可測性は明らかではないがここでは省略する.

    定義 D.4 x ∈ Rd について, ht(x) =1

    (2πt)d/2exp

    (−|x|

    2

    2t

    )をGauss核という.

    注 D.5 ht(x) ∈ C∞b (Rd)であり, また∫Rd

    ht(x) dx = 1である (Gauss積分と呼ばれる).� �命題 D.1 f : Rd → Rを有界連続関数とするとき, Gauss核 ht との畳み込み ht ∗ f は xについて C∞b に属し,

    limt↘0

    (ht ∗ f)(x) = f(x), x ∈ Rd

    をみたす.� �証明: tを定数とみれば, (

    ∂x1

    )α1· · ·(

    ∂xd

    )αdht(x) = (xの多項式) · exp

    (−|x|

    2

    2t

    )となることは α1 + · · ·+ αd に関する帰納法によりわかる. 今 α = (α1, . . . , αd)を固定して, この多項式を Pα(x)とする. このときあるM > 0が存在して

    Pα(x) =∑

    a1+···+ad≤M

    Ca1,...,ad(x1)a1 · · · (xd)ad

    とかけるが, うまく C > 0を選ぶことでQα(x) = C

    (1 + |x|2dM

    )が |Pα| ≤ Qα をみたすようにできる (相加相乗平均を繰り返し使えばよい). また |z| ≤ 1とすると, 三角不等式より

    Rα(x) = C(1 + (1 + |x|)2dM

    )≥ Qα(x+ z)

    であり, また 2|x+ z|2 + 2 ≥ 2|x+ z|2 + 2|z|2 ≥ (|x+ z|+ |z|)2 ≥ |x|2 なので,

    exp

    (−|x+ z|

    2

    2t

    )≤ exp

    (−

    12 |x|

    2 − 12t

    )= exp

    (1

    2t

    )exp

    (−|x|

    2

    4t

    )よって, x0, y ∈ Rd について,

    sup|x−x0|≤1

    ∣∣∣∣( ∂∂x1)α1

    · · ·(

    ∂xd

    )αdht(x− y)

    ∣∣∣∣ ≤ Rα(y − x0) exp( 12t)exp

    (−|y − x0|

    2

    4t

    )となる. この右辺は各 α で y ∈ Rd について可積分であることに注意すると, 定理 D.2が繰り返し使えて, ht ∗ f はC∞b (Rd)の元である (f が有界であったことに注意).

    20

  • あとは収束を示せばよい. tn → 0とする. |x− y|ならば |f(x)− f(y)| ≤ εとなる δ > 0をとると, htn(x)∣∣∣∣f(x)− ∫Rd

    htn(x− y)f(y) dy∣∣∣∣ ≤ ∫

    |x−y|≤δhtn(x− y)|f(x)− f(y)| dy +

    ∫|x−y|>δ

    htn(x− y)|f(x)− f(y)| dy

    ≤ ε+ 2 supx∈Rd

    |f(x)|∫|x−y|>δ

    htn(x− y) dy → ε, n → ∞

    となるのでよい. 最後の極限は置換積分で示せる. ■� �命題 D.2 f ∈ Crb (Rd)であるとき, α1 + · · ·+ αd ≤ r について,

    limt↘0

    (∂

    ∂x1

    )α1· · ·(

    ∂xd

    )αd(ht ∗ f)(x) =

    (∂

    ∂x1

    )α1· · ·(

    ∂xd

    )αdf(x)

    が成り立つ.� �証明: f ∈ C1b (Rd)のときに

    ∂xi(ht ∗ f) = ht ∗

    (∂f

    ∂xi

    )を示せば十分. これは畳み込みが z = x− yの変換によって

    次のように表せることから従う.

    (ht ∗ f)(x) =∫Rd

    ht(x− y)f(y) dy =∫Rd

    ht(z)f(x− z) dz

    実際, f ∈ C1b (Rd)より偏導関数∂f

    ∂xi(x− z)は有界なので, 定理 D.2が適用可能 (δ は任意でよい) なので,

    ∂(ht ∗ f)∂xi

    (x) =

    ∫Rd

    ht(z)∂f

    ∂xi(x− z) dz =

    (ht ∗

    (∂f

    ∂xi

    ))(x)

    となる. したがってあとは前命題を繰り返し使うことで従う. ■

    注 D.6 Gauss核以外にも同様の性質をもつ関数はいくつかあり, それらを総称して軟化子という. 軟化子の定義は

    文献により多少の差異があり, 関数の台にコンパクト性を要求する場合もある.

    21

  • 参考文献

    [1] 伊藤清, 確率論, 岩波書店, 1991.

    [2] 舟木直久, 確率微分方程式, 岩波書店, 1997.

    [3] 谷口説男, 確率微分方程式, 共立出版, 2016.

    [4] 黒田成俊, 関数解析, 共立出版, 1980.

    [5] 吉田伸生, ルベーグ積分入門, 遊星社, 2006.

    [6] 新井仁之, 新・フーリエ解析と関数解析学, 培風館, 2010.

    確率積分のところは概ね [1]に従った. 伊藤の公式の証明は東京大学工学部で学部 3, 4年向けに開講されている「数

    理手法 VI」の講義内容に従いつつ, 確率過程や関数のクラスの一般化を図った. [2], [3]は各所で参考にしたが証明の

    流れなどは異なるものが多い. [4], [5], [6]は主に付録 D執筆時に参照した.

    確率論を扱った前半 3つの内容について少しコメントしておく. [1]は読みにくいが豊富な内容をカバーしており,

    入門には難しいが測度論を学んだ後読むのによく適している. 特に 5章からは難易度と内容の深さが跳ね上がり, 省

    略も増える. 伊藤の公式自体も証明は略されている. [2]は物理的イメージを大切にして記述が明解であるが, ところ

    どころ証明を省略した箇所がある. [3]は [2]の流れを守りつつ行間をなくしたような印象を受けるが, 添え字がかな

    り多く読みづらい部分もある. 1章の「確率論の基本概念」は復習用としてよくまとまっている.

    22