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八王子南部の谷戸水田におけるトンボ目成虫の種多様性の季節変化 Seasonal changes in species diversity of adult Odonata in the paddy of valley area in southern Hachioji –city 福原 佳奈,指導教員 岩見 徳雄,研究協力者 田口 正男 明星大学 理工学部 総合理工学科 環境科学系 生態工学研究室 キーワード:トンボ目成虫,種多様性,季節変化,谷戸水田,八王子市南部 1.はじめに 里地里山の生態系は、農林業をとおした人と自 然の相互作用により築かれてきた。ところが過疎 化や高齢化により人々の働きかけが減少したため 農地や森林の荒廃が進み里地里山の多くが失われ た。農地のなかでも水田は甲殻類、魚類、昆虫類、 両生類、爬虫類、鳥類など多様な生物の生息が可能 な場である。荒廃農地や森林のいくつかは、もとあ った生態系の再生に向け自然公園化やビオトープ 化の事業が進められている。しかしながら、生息さ せるべき生物種や築こうとする生態系のビジョン が曖昧のままに行われた事業は少なくない。それ は、もとあった生態系の構成種に関するバックグ ラウンドデータがあまりにも少ないことが理由の 一つである。 本調査研究では、昭和初期から水田耕作を続け ている八王子市南部の谷戸水田を対象に、数ある 生物種の中からアンブレラ種であるトンボ目成虫 に着目し、その個体群動態を調査することとした。 その調査結果からトンボ目成虫の種多様性の季節 変化のパターンを解析し、谷戸水田におけるトン ボ目成虫のバックグラウンドデータを提供するこ とを目的とした。 2.調査と解析 2.1 調査サイト 調査対象の谷戸水田は八王子市鑓水地区に位置 する。水田の周囲は雑木林と数件の古民家があり, 6m道路を挟んでビオトープが隣接している。水田 の総面積は約 1,600 ㎡で大小 6 つに区画(水田Ⅰ ~Ⅵ)されている(図 1) 2.2 調査方法 トンボ目成虫の個体数調査は、標識再捕法を採 用し、飛翔の活発な晴れの日に行った。その手順 は、成虫を昆虫網で捕獲し、後翅の裏面に油性フエ ルトペンで任意の個体識別番号を記し、記録表に 種名、雌雄(♀, ♂)、捕獲地点の水田番号(図1 参照)、捕獲時刻、備考(連結,死亡,未成熟等) を記入した後、その個体を放逐するという工程で ある。また、識別番号を記された個体を再捕獲した 場合には、再捕獲個体としてデータ表に記録し、再 びその個体を放逐した。調査は雨天を除き、時間帯 は日出後の午前、1 頭目を捕獲した時間から 90 分 間とした。 2.3 多様度の解析 採取された種と個体数データを Shannon Index 1) のうちの平均多様度指数 H(式(a))として算出し、 その変化とトンボ目成虫の季節変化を解析するこ ととした。 H’ −∑ 2 =1 ・・・・・(a) H’:平均多様度指数 P ii/N m:種数 N:総個体数 N i:種 i の個体数 3.結果および考察 3.1 トンボ目成虫個体群の季節変化 今年は 5 月上旬から調査を開始し 10 月 5 日ま で 13 回実施できた。その経過を図 2 に示した。 今年の調査では、10 月 5 日までに 15 種類 335 調査地点 明星大学 多摩センター 直線距離で約7㎞ 中央大学 ビオトープ 谷戸水田 鑓水公会堂 10m 道路6m幅) 民家 民家 図1 調査対象とした鑓水谷戸水田の位置 図2 捕獲されたトンボ目成虫の調査日ごとの総個体数と 総個体数中の各種の割合(再捕獲個体も含む)_2020 年

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  • 八王子南部の谷戸水田におけるトンボ目成虫の種多様性の季節変化

    Seasonal changes in species diversity of adult Odonata in the paddy of valley area in southern

    Hachioji –city

    福原 佳奈,指導教員 岩見 徳雄,研究協力者 田口 正男

    明星大学 理工学部 総合理工学科 環境科学系 生態工学研究室

    キーワード:トンボ目成虫,種多様性,季節変化,谷戸水田,八王子市南部

    1.はじめに 里地里山の生態系は、農林業をとおした人と自

    然の相互作用により築かれてきた。ところが過疎化や高齢化により人々の働きかけが減少したため農地や森林の荒廃が進み里地里山の多くが失われた。農地のなかでも水田は甲殻類、魚類、昆虫類、両生類、爬虫類、鳥類など多様な生物の生息が可能な場である。荒廃農地や森林のいくつかは、もとあった生態系の再生に向け自然公園化やビオトープ化の事業が進められている。しかしながら、生息させるべき生物種や築こうとする生態系のビジョンが曖昧のままに行われた事業は少なくない。それは、もとあった生態系の構成種に関するバックグラウンドデータがあまりにも少ないことが理由の一つである。 本調査研究では、昭和初期から水田耕作を続けている八王子市南部の谷戸水田を対象に、数ある生物種の中からアンブレラ種であるトンボ目成虫に着目し、その個体群動態を調査することとした。その調査結果からトンボ目成虫の種多様性の季節変化のパターンを解析し、谷戸水田におけるトンボ目成虫のバックグラウンドデータを提供することを目的とした。 2.調査と解析 2.1 調査サイト

    調査対象の谷戸水田は八王子市鑓水地区に位置する。水田の周囲は雑木林と数件の古民家があり,6m道路を挟んでビオトープが隣接している。水田の総面積は約 1,600 ㎡で大小 6 つに区画(水田Ⅰ~Ⅵ)されている(図 1)

    2.2 調査方法 トンボ目成虫の個体数調査は、標識再捕法を採用し、飛翔の活発な晴れの日に行った。その手順は、成虫を昆虫網で捕獲し、後翅の裏面に油性フエルトペンで任意の個体識別番号を記し、記録表に種名、雌雄(♀, ♂)、捕獲地点の水田番号(図1参照)、捕獲時刻、備考(連結,死亡,未成熟等)を記入した後、その個体を放逐するという工程である。また、識別番号を記された個体を再捕獲した場合には、再捕獲個体としてデータ表に記録し、再びその個体を放逐した。調査は雨天を除き、時間帯は日出後の午前、1 頭目を捕獲した時間から 90 分間とした。 2.3 多様度の解析 採取された種と個体数データを Shannon Index1)

    のうちの平均多様度指数 H’(式(a))として算出し、その変化とトンボ目成虫の季節変化を解析することとした。

    H’=−∑ 𝑃𝑖𝑙𝑜𝑔2𝑃𝑖𝑚𝑖=1 ・・・・・(a)

    H’:平均多様度指数 Pi:Ni/N m:種数

    N:総個体数 Ni:種 i の個体数

    3.結果および考察 3.1 トンボ目成虫個体群の季節変化 今年は 5 月上旬から調査を開始し 10 月 5 日まで 13 回実施できた。その経過を図 2 に示した。

    今年の調査では、10 月 5 日までに 15 種類 335

    調査地点

    明星大学

    多摩センター

    直線距離で約7㎞

    中央大学

    ビオトープ

    谷戸水田

    鑓水公会堂 →10m

    道路→(6m幅)

    民家

    民家

    ⅠⅡ

    図 1 調査対象とした鑓水谷戸水田の位置 図 2 捕獲されたトンボ目成虫の調査日ごとの総個体数と

    総個体数中の各種の割合(再捕獲個体も含む)_2020 年

  • 頭のトンボ目成虫が捕獲された。なお,図の上側にある赤と灰色のラインは,調査日の天候を示している。赤は晴れ、灰色は雨または曇りである。

    4 月下旬には、トンボ目成虫は全く確認されなかったが、5 月に入ると、シオカラトンボとシオヤトンボが出現した。調査期間中(5 月 2 日~9 月 2 日)の種の変遷として、調査開始時は、シオカラトンボが優勢であったが、5 月下旬には、シオカラトンボが一時減少し、ショウジョウトンボも加わり、シオヤトンボが全体割合の約半数を占めることとなった。また、6 月上旬にはシオヤトンボが姿を消し、一方のシオカラトンボは再び増加した。この時期からオオシオカラトンボが出現し、9 月中旬までの約 3 か月間シオカラトンボとオオシオカラトンボの 2 種が常に存在した。9 月下旬にはシオカラトンボとオオシオカラトンボは激減し、代わってアキアカネとナツアカネが出現した。10 月上旬にはナツアカネがやや優勢となった。

    2017~2019 年度のトンボ目成虫の種と個体数変化を図 3 に示した。

    図 2 と図 3 を比較すると、種の遷移は過去 3 年間の様相を呈した。 3.2 トンボ目成虫の多様度の季節変化 調査日ごとにトンボ目成虫の平均多様度指数

    (H’)を求め図 4 にプロットした。 図 4 より、5 月初旬に優占化していたシオカラ

    トンボが減少した 5 月 27 日に、ショウジョウトンボおよびシオヤトンボ、オオイトトンボが増加

    し、H’のピークが認められた。これは、シオカラトンボは採餌や交尾、産卵のための縄張りを占有する獰猛な習性があり(他種のトンボ目成虫を捕食することがある)、その個体数が減少した隙に同じニッチをもつ他種が侵入したためと考えられた。しかしながら、6 月上旬からはシオカラトンボが種間の争奪競争に勝ち、再びニッチを獲得したと考えられた。ところが、同時期(6 月 10日)にはシオカラトンボと同様に縄張り行動をとるオオシオカラトンボが出現し、以降、この 2 種の棲み分けによって徐々に H’を上げる結果になったとみている。

    9 月下旬のシオカラトンボ、オオシオカラトンボからアキアカネ、ナツアカネへ種が交代する時期にも複数種のトンボ目成虫の出現が確認された。これも、5 月 27 日と同様に、同じニッチをめぐる種間競争が一時的に緩和されたものとみている。

    4.まとめ

    1)10 月 5 日までに 15 種類 335 頭のトンボ目成虫

    が捕獲・確認された。

    2)今年は、5 月上旬から 5 月下旬まではシオヤト

    ンボとシオカラトンボ、6 月上旬から 6 月中旬

    まではシオカラトンボ、9 月中旬まではシオカラ

    トンボとオオシオカラトンボ、9 月下旬からアキ

    アカネ、ナツアカネへと変遷し、過去 3 年間

    (2017~2019 年)の様相を呈した。 3)トンボ目成虫の優占種が交代する時期に平均多

    様度指数(H’)が高くなる傾向が今年も認めら

    れた。

    参考文献

    1) C. E. SHANNON: A Mathematical Theory of

    Communication , Reprinted with corrections

    from The Bell System Technical Journal, 27,

    379–423, 1948.

    9

    24 22

    1015

    410 13

    24

    16 1724

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    100%

    4月29日

    5月2日

    5月12日

    5月16日

    5月26日

    5月30日

    6月9日

    6月27日

    7月4日

    7月11日

    7月18日

    8月1日

    8月10日

    8月16日

    8月22日

    8月29日

    9月5日

    9月16日

    9月22日

    9月28日

    10月6日

    10月10日

    10月13日

    10月20日

    10月27日

    11月8日

    11月15日

    11月26日

    12月3日

    総捕獲個体数(N)

    捕獲個体の種割合

    0 24 6

    15 14

    5

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    4月30日

    5月3日

    5月5日

    5月8日

    5月22日

    6月3日

    6月10日

    6月17日

    6月24日

    7月3日

    7月12日

    7月24日

    8月4日

    8月19日

    8月20日

    9月3日

    9月15日

    9月22日

    9月30日

    10月8日

    10月18日

    10月27日

    11月1日

    11月4日

    11月19日

    総捕獲個体数(N)

    捕獲個体の種割合

    0

    10

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    2522

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    4月

    22日

    5月

    6日

    5月

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    5月

    22日

    6月

    2日

    6月

    5日

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    6月

    26日

    7月

    13日

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    7月

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    3日

    8月

    10日

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    7日

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    14日

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    21日

    9月

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    9月

    29日

    10月

    10日

    10月

    23日

    11月

    2日

    11月

    9日

    総捕獲個体数

    (N)

    捕獲個体の種割合

    2017年

    2018年

    2019年

    晴れ 曇り

    シオヤトンボ シオカラトンボ オオシオカラトンボ ウスバキトンボ

    ナツアカネ アキアカネ ダビドサナエ ショウジョウトンボ

    ミヤマアカネ オオイトトンボ クロイトトンボ ホソミイトトンボ

    コオニヤンマ ヒメアカネ ハラビロトンボ ハネビロトンボ

    マユタテアカネ 捕獲総個体数

    田植え 稲刈り

    田植え

    田植え

    稲刈り

    稲刈り

    図 4 トンボ目成虫の平均多様度指数(H’)の季節変化

    図 3 捕獲されたトンボ目成虫の調査日ごとの総個体数と

    総個体数中の各種の割合_2017~2019 年