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3回生「金属材料学」 凝固に伴う組織形成
2012 年度 担当:辻
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第2章 凝固に伴う組織形成 2.1. 現実の凝固組織
この章では、図1.3に示したような一般的なバルク金属材料の製造工程において最初に行
われる鋳造プロセスに伴い生じる凝固組織を考える。凝固(solidification)とは、液体金属が
固体になる相変態(phase transformation)のことであり、当然それに伴い固体の材料組織が形
成される。また、後に述べるように凝固組織中には種々の不均一や欠陥がしばしば形成され
る。こうした欠陥を含む初期凝固組織が、後々の材料特性にまで影響することがある。
図2.1に、Fe-19%Cr合金(フェライト系ステンレス鋼)連続鋳造片の横断面マクロ組織を
示す。鋳型の四辺から凝固が開始し、中心の最終凝固位置に向かって、熱流方向に沿った粗
大な凝固柱状晶組織が形成されている。立方晶金属の場合には、凝固柱状晶(columnar crystals)
の成長方向は結晶学的な<100>方向に一致し、柱状晶の部分は強い{001}凝固集合組織を有す
る。
図2.1 Fe-19%Cr合金(フェライト系ステンレス鋼)連続鋳造片の横断面マクロ組織
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2.2. 古典的核生成理論
2.2.1. 核生成
ここで、融液中から固体の凝固核が生じる過程を熱力学的に考える。母相の中に非常に小
さな新相の粒子が核(nucleus)として生じる現象を,核生成(nucleation)という。液体中でも固体中でも、原子は温度に応じて熱振動している.こうした状態下,種々の大きさの微
小な新相の種(エンブリヨ:embryo)(新相の組成と構造を有する微小体積)が、熱的揺らぎ(thermal fluctuation)によってある確率で生じると考える. 2.2.2. 均一核生成
ここではまず、もっとも単純な純金属の凝固反応(液相-固相変態) L → β (2.1) を例にとって,母相(液相 L)中に均一に固相(β)の核が生じる均一核生成(homogeneous nucleation)を考える.図2.2に示すように、母相(液相)中に半径 r の球状のエンブリヨが熱的揺らぎによって生じるとする.以下の議論は、気相や液相からの結晶成長を念頭に置
いたもので、古典的核生成理論(classical nucleation theory)と呼ぶ。
図2.2
母相(液相)と新相の単位体積あたりの自由エネルギーをそれぞれ GL, Gβとする。いま、凝固点 Tm以下の温度 Tにおける過冷状態では、新相が生じた方が系の自由エネルギーが低下するから,GL >Gβである。両者の差、ΔGV(=Gβ—GL(<0))を、核生成の駆動力(driving force)という。このとき、系の自由エネルギーは,
€
43π r3 ΔGV
だけ低下する.一方,新相が生じると,母相(液相)との間に異相界面(固液界面)が形成
される.異相界面では原子の配列が乱れているから,それに伴って自由エネルギーが増加す
る.異相界面の形成による自由エネルギーの増加分は,
€
4 π r2 σ
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である(σは単位体積あたりの界面エネルギー)から、上記のエンブリヨが生じることによ
る自由エネルギー変化の収支は,
€
ΔG =43π r3 ΔGV + 4 π r2 σ
(2.2)
となる。これを rの関数として示したものが,図2.3である。
free
ener
gy 4 π r σ2
Δg
r*
4 π r ΔG / 33
Δg*
図2.3 核(エンブリヨ)の半径と自由エネルギー変化の関係 自由エネルギー変化はある半径 r*で極大値を持ち,
€
r ∗ = −2 σΔGV (2.3)
€
Δg* =16 π σ 3
3ΔGV2
(2.4) である。この r*を、成長可能な臨界核半径(critical radius of nuclei)と呼ぶ.すなわち、r*以下の大きさのエンブリヨが生じたとして,これに原子が1個さらにくっつくと、自由エネルギーは増加してしまう.したがって、r*以下の大きさのエンブリヨは収縮して消滅しようとする.一方,r*以上の大きさのエンブリヨが生じた場合には,これにさらに原子がくっつき半径が大きくなることによって、自由エネルギーは増加する。すなわち、臨界核半径 r*以上の大きさのエンブリヨは,成長することができる.(2.3)式より,r*は核生成の駆動力が大きいほど小さくなる.Δg*を、核生成のためのバリアと呼ぶ. 凝固の場合、駆動力ΔGVは温度の関数である。凝固点 Tmでは駆動力はゼロであり、そこから温度が下がり液相が過冷(supercooling)されるほど、ΔGVの値は負に大きくなる。こ
こでΔGVは、以下のような式で表すことができる。
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€
ΔGV =L Tm − T( )
Tm (2.5)
ここで Lは、凝固潜熱(latent heat of solidification)である。(2.5)式を(2.3), (2.4)式に代入すると、
€
r * = −2σ TmΔHf
⎛
⎝ ⎜
⎞
⎠ ⎟
1Tm − T⎛
⎝ ⎜
⎞
⎠ ⎟ (2.6)
€
Δg* =16 π σ 3 Tm
2
3ΔHf2
⎛
⎝ ⎜
⎞
⎠ ⎟
1Tm − T( )2
(2.7)
これらより、臨界核サイズ r*と、核生成のバリアΔg*の両方が、温度 Tの低下とともに減少することがわかる。その様子を、図2.4に示す。冷却速度を増大させるなどによって母相を過冷し、駆動力を大きくするほど、微細な新相を核生成させることができる.
図2.4 ここで示した核生成の考え方は、後に議論する相変態の速度論にも関係してくる。
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2.2.3. 不均一核生成 新相の核生成は、多くの場合は均一核生成ではなく、融液からの場合は鋳型との界面、表
面、介在物との界面等、固体母相中では表面、粒界や転位といった格子欠陥上で生じる。こ
れを不均一核生成(heterogeneous nucleation)と呼ぶ。ここではまず例として、固体中の粒界上の不均一核生成を図2.5に模式的に示す。このように核生成することによって、母相αの粒界が一定面積消失することが分かる。粒界など格子欠陥はもともと自由エネルギーの
高い場所であるから、この分だけ自由エネルギー的に有利となる。
図2.5 粒界上の不均一核生成
凝固の場合の、鋳型壁における不均一核生成の様子を図2.6に示す。ここで、液相、固相
の両方が、鋳型壁に対して十分“ぬれ性”がよいものとする。この場合、固液界面エネルギ
ー(γSL)よりも、固体の表面エネルギー(γSI)の方が低ければ、不均一核生成は有利であ
る。これらエネルギーと、液体の表面エネルギー(γIL)とのバランスにより、ぬれ角(θ)
が決まる。
€
γ IL = γSI + γSL cosθ (2.8)
図2.6 鋳型壁における不均一核生成
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2.3. 種々の状態図の合金において形成される凝固組織
二元系状態図には、図2.7に示すような4種類の基本的な形、すなわち、全率固溶型、 共
晶型、包晶型、偏晶型がある。共析型、包析型、偏析型は、これらの高温相が固体になった
ものである。
図2.7 二元系状態図における4種類の基本形
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2.3.1. 全率固溶型合金における平衡凝固と非平衡凝固
まずはじめに、全率固溶型合金における平衡凝固を考える。この型の状態図を示す現実の
合金として、例えば図2.8に示すCu-Ni系がある。
図2.8 Cu-Ni系平衡状態図
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まず、図2.9に示すような一般的な全率固溶型状態図(A-B系)を考える。平均組成 XB0
の合金を無限にゆっくり冷却した場合の平衡凝固に伴う組織変化を、やはり図2.9に模式的
に示す。
図2.9 全率固溶型合金A-B系の平衡状態図と、平衡凝固に伴う組織形成の模式図
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同様の組織変化を、Cu-35wt%Ni合金に対して示したものが、図2.10である。
図2.10 Cu-35wt%Ni合金の平衡凝固に伴う組織形成と状態図との対応
図2.9や図2.10に示したような平衡凝固では、最終的には平均組成 XB0 またはCu-35%Ni
を有する均一な固相が生成する。しかし、凝固途中では、状態図からわかるように初期には B
(Ni)濃度の高い(B(Ni)-rich な)固相が生成し、一方で液相の B (Ni)濃度は平均濃度よ
り低くなる。温度が低下するに従って、液相中のB(Ni)濃度は液相線(liquidus line)に沿っ
て減少し、固相中の B (Ni)濃度は固相線(solidus line)に沿って減少して、最終的には平
均組成の固相となる。この濃度変化は、液相および固相中の拡散(diffusion)により生じるが、
現実の凝固は有限の冷却速度下で生じるため、特に固相中の拡散が追いつかず、図2.11に示
すような平衡状態図からのずれと、最終組織における濃度不均一を生じる。最終組織の濃度
不均一を図2.12に模式的に示す。これを凝固編析(segregation)という。 偏析は、材料の均
一性を損なうという意味で嫌われる。これを取り除くためには、高温で長時間保持する均一
化処理(homogenization)が行われる。拡散を活発化するために、塑性加工を組み合わせるこ
ともよく行われる。
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図2.11 Cu-35wt%Ni合金の非平衡凝固に伴う組織形成と状態図との対応
図2.12 A-B合金の凝固偏析により形成される組成プロファイル