tblt を取り入れた教材開発と実践¦ 旨...

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要 旨 本稿は、タスクを中心とした教授法である“Task-Based Language TeachingTBLT)を取り入れた「初中級日本語学習者のための教材の開発と実践」につい て報告するものである。 今般の教材開発に当たっては、対象とする学習者を「初級の既習者」とし、学 習者のニーズを基に、限られた授業時間内で、 日本での日常生活や大学での学習に適切な日本語運用力の向上を図る 学習者が興味を持っていることを基本的な日本語力で発信できる力を習得する ことを目標とした。また、実践の結果、大半の学習者から「日本語力の向上に役立っ た。」との感想を得たが、教材の内容、授業の進め方などについての問題点や改善 点も明らかとなった。 キーワード 日本語 教材開発 Task-Based Language TeachingTBLT) F on F タスク  第二言語習得 1 はじめに 本稿は、同志社大学日本語・日本文化教育センター(以下、日文センター)Ⅲレ ベルの総合クラス(Ⅲ 1 ~Ⅲ 10)において、初級文法の復習(再確認)学習のなか で、基本的な運用力の向上を目的とする“Task-Based Language Teaching”(以下、 TBLT)を取り入れた教材を開発し、その教材を用い授業で実践した報告である。この TBLT とは「タスク中心の教授法」であり、タスクを遂行する過程で日本語の言語形 式と意味・機能のマッピングを進め、正確さ、流暢さ、言語的複雑さを伴った伝達能 力の習得を目指す(小柳;2008)ものである。日文センターⅢレベルの総合クラスでは、 これまで文法シラバスによる文法積み上げ方式で言語形式に重点を置いた教材を用い ていたが、学習者が日本での日常生活や大学での学習に適切な日本語の運用力を限ら れた授業時間内で向上させることには限界があり、新たな教材の開発は喫緊の課題と なっていた。 TBLT を取り入れた教材開発と実践 Task-Based Language Teaching Material Development and Practice 築山 さおり 127 『同志社大学 日本語・日本文化研究』 第14号  pp. 127 - 147(2016. 3)

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Page 1: TBLT を取り入れた教材開発と実践¦ 旨 本稿は、タスクを中心とした教授法である“ Task-Based Language Teaching” (TBLT)を取り入れた「初中級日本語学習者のための教材の開発と実践」につい

要 旨 本稿は、タスクを中心とした教授法である“Task-Based Language Teaching”

(TBLT)を取り入れた「初中級日本語学習者のための教材の開発と実践」につい

て報告するものである。

 今般の教材開発に当たっては、対象とする学習者を「初級の既習者」とし、学

習者のニーズを基に、限られた授業時間内で、

① 日本での日常生活や大学での学習に適切な日本語運用力の向上を図る

② 学習者が興味を持っていることを基本的な日本語力で発信できる力を習得する

ことを目標とした。また、実践の結果、大半の学習者から「日本語力の向上に役立っ

た。」との感想を得たが、教材の内容、授業の進め方などについての問題点や改善

点も明らかとなった。

キーワード日本語 教材開発 Task-Based Language Teaching(TBLT) F on F  タスク 

第二言語習得

1 はじめに 本稿は、同志社大学日本語・日本文化教育センター(以下、日文センター)Ⅲレベルの総合クラス(Ⅲ 1 ~Ⅲ 10)において、初級文法の復習(再確認)学習のなかで、基本的な運用力の向上を目的とする“Task-Based Language Teaching”(以下、TBLT)を取り入れた教材を開発し、その教材を用い授業で実践した報告である。このTBLTとは「タスク中心の教授法」であり、タスクを遂行する過程で日本語の言語形式と意味・機能のマッピングを進め、正確さ、流暢さ、言語的複雑さを伴った伝達能力の習得を目指す(小柳;2008)ものである。日文センターⅢレベルの総合クラスでは、これまで文法シラバスによる文法積み上げ方式で言語形式に重点を置いた教材を用いていたが、学習者が日本での日常生活や大学での学習に適切な日本語の運用力を限られた授業時間内で向上させることには限界があり、新たな教材の開発は喫緊の課題となっていた。

TBLTを取り入れた教材開発と実践

Task-Based Language Teaching Material Development and Practice

築山 さおり

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『同志社大学 日本語・日本文化研究』 第 14 号  pp. 127 - 147(2016. 3)

Page 2: TBLT を取り入れた教材開発と実践¦ 旨 本稿は、タスクを中心とした教授法である“ Task-Based Language Teaching” (TBLT)を取り入れた「初中級日本語学習者のための教材の開発と実践」につい

 本稿では、教材開発の背景や目的、その基となる理論、教材の概要、授業実践、実践の分析と今後の課題について報告する。

2 教材開発の背景と目的 日文センターの初中級レベルは、自国で初級文法を履修済みであるが言語知識が不正確であったり、その運用に少なからず誤りが見られる初級レベル上位から中級レベル下位の学習レベルの学習者を対象としているため、授業時間の最初の約 1ヶ月間を初級文法の復習学習に費やしてきた。また、その学習方法は、教師が文法積み上げ式のテキストを用いてその日に学ぶ項目を導入し(Presentation)、次に項目を定着させたり、口慣らしをするためにオーディオ・リンガル・メソッド(以下、ALM)のドリルやパターンプラクティス(Practice)を行い、最後に学習した項目を使って様々な場面で適切に使えるよう作文を書かせるなどの産出活動(Produce)を行う、「PPP」と呼ばれるものであった。 このような教授法は、文法シラバスに基づき、学習者が学習した項目を一つひとつ組み合わせて正しい文を作ることを期待される統合的アプローチであるが、これは下記の F on FSに当たり、小柳(1998)では、「学習者の認知面の束縛があって、教えられた通りには習得は進まず、短期記憶によって積み上げられた知識はすぐに失われるので非生産的である。」と指摘している。日文センターⅢレベルでも運用力を伸ばすためのコミュニケーション活動が取り入れられてきたものの、実際のところ、学習者が日本での日常生活や大学での学習に適切な運用力を養うには不十分であった。また、練習が機械的で単調なこともあり、習熟度は別にして、学習者は「知っている」「分かっている」という思いを抱くため、自らの中間言語の再構築につながる「気づき」が起こりにくい状況にあった。 このような現状を踏まえ、当該教材開発は以下の点を重視して行うこととした。

①正確さ、流暢さを向上させる。②学習者に自分の日本語運用力について「気づき」を起こさせる。③ 70 時間程度で初級の文法項目の復習が終えられる。④その言語形式に対するクラスの習得具合によって時間の配分がコントロールできる。⑤学習者が初級の言語形式を駆使し、日本での日常生活や大学での学習に必要な基本的なコミュニケーション能力を身につけることができる。

 そこで、当該教材を開発する上で取り入れたのが“Task-Based Language Teaching”(TBLT)である。以下ではその概要について説明する。

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『同志社大学 日本語・日本文化研究』 第 14 号

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3 Task-Based Language Teaching (TBLT)と Focus on Form(F on F) Task-Based Language Teaching (TBLT)とは、F on F(focus on form)を組み込んだ教授法である。外国語習得における指導法には、以下のようなものがある。

F on M(Focus on Meaning)  … ナチュラル・アプローチやイマージョンなど意味重視の指導法 1。F on Fs(Focus on Forms)  … 言語形式に焦点を当てるオーディオ・リンガルや文法訳読法を用いた指導法。

小柳(2008)では、「これらの指導法では正確さが身につくように見えるが持続せず、流暢さが身につかないという問題点がある。」とし、「教室でも文法的正確さがなかなか安定しないのに、教室の外で、複数の習った文法項目を統合して正確に流暢に使うというのは学習者にとってそれほど簡単なことではない。」と述べている。

F on F(Focus on Form)  … 意味のある活動を行うことを前提とし、必要に応じて教師が言語形式に焦点

を当てる工夫を行うことで正確さと流暢さを向上させる指導法。(詳細は後述する)

 F on Fとは Long(1991)によって提唱された指導法を表す概念であるが、小柳(2008)では、「言語形式と意味/機能を同時に処理するモードのことであり、まとまりのある自然発話に近いインプットが与えられ、学習者が自らの認知能力を駆使して、帰納的に小さい単位に分析して言語形式と意味/機能のマッピングを進めていくもの」として言語処理モードを表す語と捉えている。また、「言語処理とは、言語の理解と産出から成る言語運用を脳の情報処理の一つととらえて認知的に表現した用語である。また、認知的に見ると、習得とは、心理的な抽象レベルの知識構造である心的表象において、言語形式と意味/機能のマッピング(結びつき)が起き、さらにその結びつきが強化され、より分析的な表象が形成されていることである。」とし、小柳(2004)では習得過程のプロセスを Gass & Selinker(2001)に基づき「インプット→気づき→理解→インテイク・仮説検証・認知比較→統合→アウトプット」とした。 このような F on Fを教室活動として具体化させた教授法が TBLTである。TBLTでは F on Mや F on Fsに関連する教授法とは違い、タスクがシラバスの中心となっている。ここでいう「タスク」とは「自分、または他人のために、もしくは自由意思で、またはある報酬のために行われる仕事のこと」(Long,1985,p.89,小柳 2004,p.136 訳)であり、その例として「飛行機の切符を予約する」や「図書館の本を借りる」など実生活で行う具体的な課題を挙げている。TBLTでは学習者のニーズに合わせた到達目標としての「目標タスク」と、その「目標タスク」に到達するための練習に必要な「教育タスク」を設定する必要があり、それらによって明示的な説明を行わずに学習者に「気づき」を促す点が重要である。

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TBLTを取り入れた教材開発と実践(築山 さおり)

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4 教材開発4.1 教材設計について

 TBLTを取り入れた教材を開発するにあたり、小柳(2008)では「学習者のニーズに基づいた目標タスクの設定、タスク・ベースの分析的シラバスと認知的難易度を基準として配列した教育的タスクを提供すること」が必要だとしている。著者が日文センターⅢレベルで 2013 年度に行った教材開発に関するニーズ調査で、「日本の文化・事情を理解する」「日本語でのコミュニケーション能力を高める」ことを本学での学習目的とする学習者が大半を占め、学習者の興味も日本の文学、食べ物、アニメ・マンガ、ドラマ・映画、環境など多岐に渡っていたことから、タスクに用いるトピックには、日本での日常生活や大学生活に関するものの他に、日本の文化・事情に関するもの、学習者が興味を持っていることに関するものを主とし、学習者の予備知識の有無や身近さなどを考慮して配列した。

4.2 教材の構成と授業の進め方

 この教材は全 33 課からなり、課によってロールプレイ、読解、作文などのタスクがある。以下では、ロールプレイのみで構成されているタスクについて説明する。

4.2.1 1 課の構成

 各課は、「予習シート(ロールカード 1)」「モデル会話」「会話の順番」「文法練習」「会話表現」「よく使うことば」「もう一度挑戦しよう(ロールカード 2)」で構成している。また、これらの他にモデル会話の音声が収録されている CD、漢字シートがある。以下、特徴について順に述べるが、直接 TBLTに関わりの無い漢字シートについては触れない。

1.「予習シート」 …… 左ページにロールカード 1、右ページに会話作成のための余白が

ある。(参考資料 1を参照)

2.「モデル会話」 …… ロールカード 1を元にしたモデル会話。(参考資料 2を参照)

3.「会話の順番」 …… モデル会話の流れが書いてある。(参考資料 2を参照)

4.「文法練習」 …… モデル会話で使われている文法の練習問題。(参考資料 3を参照)

5.「会話表現」 …… 日常会話でよく使われる会話表現で、モデル会話に出てくるもの

を挙げている。(参考資料 4を参照)

6.「よく使うことば」 …… ロールカード 1で示された会話場面でよく用いられる言葉で、初

中級レベルの語彙を中心にあげた。学習者が各自で必要だと思う

言葉を参考にする。(参考資料 4を参照)

7.「もう一度挑戦しよう(ロールカード 2)」……ロールプレイ 1の類題。(参考資料 5を参照)

8.CD「モデル会話」の音声を収録したもの…… 学習者全員に配布。

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『同志社大学 日本語・日本文化研究』 第 14 号

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9.「文法練習問題解答集」…… 「文法練習問題」の解答。学習者が自宅学習できるよう、学

習者に配布。

4.2.2 1 課の流れについて

 TBLTを取り入れた授業では、一般的にタスクやその導入は授業時に初めて行なうが、日文センターⅢレベル総合の授業では、・初級復習期間が約 1ヶ月と限られており初級文法全ての項目の復習が優先されること・対象とする学習者は初級文法を自国で学習済みであること・タスクを授業時に初めて行う場合、学習者によって理解度が違うことで授業の開始までに時間がかかると予想されること

などから、授業の中で初めてタスクを行うのではなく、予習として課すことで授業でのタスクの内容に対する学習者間の理解度にあまり差が出ないようにした。また、既に初級の学習を終えている学習者を対象としていることから、学習者の「気づき」が生じやすいよう、タスク先行型ロールプレイを多く取り入れた。なお、授業では時間の関係上、⑤、⑥以外を中心に行った。

学習項目 学習活動の内容 学習活動の意図・目的 習得過程①タスク 1 「予習シート」 (ロールカード 1)

授業の前に学習者が各自でタスクに挑戦し、会話を作成してくる(先行型タスク)。会話作成の際に必要な未習語彙や既習でも忘れていた語彙や文法を調べる。

学習者がその時点での中間言語でできることと、できないことに気付く。

強要アウトプット

②導入 各課のトピックについて話し、タスクについて分からない点などを確認する。

タスクの正確な理解。既存知識を活性化する。

トピックの意識化

③「モデル会話」 「会話の流れ」

目標タスクであるモデル会話を聞く。

タスクのゴールや会話の流れを理解する。

インプット、理解、気づき

④「文法練習問題」 モデル会話で使用されている文法の説明と練習。学習者全員が運用できている文法項目は、授業内での扱いを軽くしたり、練習を宿題とする。

モデル会話の内容を確認しながら言語形式の意味 /機能を理解し、必要に応じて自分の「理解」を「修正」する。

気づき、理解、インテイク

⑤「会話表現」 モデル会話中に使用されている会話表現を見て、意味/機能を説明する。

未習である場合は、意味/機能を理解し、既習の場合の場合は適宜、学習者が「理解」の「修正」を行う。

気づき、理解、(インテイク)

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TBLTを取り入れた教材開発と実践(築山 さおり)

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⑥「よく使うことば」 日常会話でよく使い、モデル会話中に出てきた語彙を見て、意味 /機能を説明する。

未習である場合は、意味 /機能を理解し、既習の場合の場合は適宜、学習者が「理解」の「修正」を行う。

気づき、理解、(インテイク)

⑦「予習シート」 「モデル会話」

モデル会話と事前に作成した会話を比較し、修正する。

誤用があれば、修正して、記憶をし直す。

インテイク、統合

⑧「モデル会話」 モデル会話の聴解 これまでの学習内容を確認し、記憶を整理する。

統合

⑨「シャドーイング」 モデル会話のシャドーイングをする。

これまでの学習内容の確認し、知識への自動化を促進する。

統合

⑩タスク 2(ロールカード 2)

ロールカード 1の類似問題学習者はペアになって、会話を行う。

⑨までの学習項目を駆使して発話する。

アウトプット、統合

 今回作成した教材では、学習者が「友達を歌舞伎に誘う」や「電気屋でパソコンを買う」などのタスクを通して「意味のある言語活動」を行うことを前提とし、学習者には適宜、言語形式に焦点を当てた練習やシャドーイング、タスク 2を行わせ、正確さや流暢さを伸ばすことを目標とした。

5 実践の概要 2015 年度同志社大学日本語・日本文化教育センターで学ぶ学習者は、ⅠからⅨレベルに分かれて日本語を学習している。同センターでは、Ⅰ~Ⅱを初級、Ⅲを初中級、Ⅳ・Ⅴレベルを中級、Ⅵを中上級、Ⅶ・Ⅷレベルを上級、Ⅸレベルを超上級と位置付け、そのうちⅢレベルは、Ⅱレベルまでで基礎語彙 2000 語、基礎漢字 500 字程度を習得している、もしくは、自国でⅡレベル終了相当の学習者が対象となる。このレベルは、学習者のほとんどが同センターにおける新入生であることも特徴である。 本研究ではⅢレベルの学習者を対象としたのであるが、このⅢレベルの 1学期間の学習における到達目標は、初級文法の定着と運用力の向上、中級文型 50 の理解と運用力の養成、「読む」・「聞く」・「話す」・「書く」の 4技能を伸ばすこと、また、基礎語彙3000語、基礎漢字600~750字程度の習得である。そのため、学期の初めの約1カ月間は、「総合」の授業で初級文法の定着と運用力を養成するために初級文法の復習を行い、その後中級の学習に入る。時間の都合上、授業科目としての会話や作文、読解は中級の学習に入ってからとなる。

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< 2015 年度春学期Ⅲレベル>クラス A クラス B

レベル 初中級レベル(旧日本語能力試験 3級相当またはそれ以上)

授業時間回  数

毎週月曜日~金曜日90 分× 2コマ5週(75 時間)

毎週月曜日 ~金曜日90 分× 2コマ5週(75 時間)

人 数 12 人 12 人

国 籍アメリカ(5人)・韓国(2人)中国・台湾・オーストラリア・ニュージーランド(各 1人)

中国(4人)・アメリカ(3人)台湾(2人)・タイ・ミャンマー(各 1人)

6 アンケートの結果の分析と考察6.1 学生アンケートの結果分析と考察

 初級文法復習期間終了時にアンケートを実施し、教材、教授法について分析と考察を行った。アンケートでは、タスクに対する興味・関心度、教材全体および各活動に対する有用性について評価またはコメントを記入してもらった 2。

6.1.1 タスク(ロールカード)に対する興味・関心度について

 ロールカード、作文に対する興味・関心度については下表の通りである。とても興味が持てた 少し持てた ふつう あまり持て

なかった全然持てなかった

教科書に出てくる会話の内容 9 10 4 1 0作文 7 8 9 0 0

 ロールカードや作文で扱ったトピックについて、半数以上の学習者が興味・関心を持てたことが分かる。その理由について、ロールカードについては以下のような記述があり、学習者にとっては日常生活、大学生活で必要なトピックであったことが興味や関心度を高めた要因であったと推測できる。・教科書に出てくる会話は一般な生活に使うのでいいと思います。・ 予習シートのモデル会話がいちばん好きです。いろいろ状況に使われるので、本当の状況について会話を興味が持てたです。・普段留学生の話でしたので役に立ちました。

6.1.2 教材全体の効果について

 教材全体の日本語力向上に対する効果と、伸びたと思う能力については以下の通りである。

とても伸びた 少し伸びた ふつう あまり伸び

なかった全然伸びなかった

初級文法を復習した期間で、日本語力が伸びたかどうか。 11 10 3 0 0

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TBLTを取り入れた教材開発と実践(築山 さおり)

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聞く力 話す力 書く力 読む力どの力が伸びたと思うか。

(複数回答可) 17 13 14 14

 ほとんどの学習者がこの教材による学習で日本語力の伸びを実感していることが分かる。能力別に見た場合、「聞く力」と回答した学習者が一番多かったが、他の能力に比べ「聞く力」の伸びが自覚し易いと言えるのかもしれない。しかし、学習者のコメントを見ると、

・ もっとロールプレイをして、週に 1回くらい自分の好きなことをクラスで 3分、5分くら

い発表してみたいです。

・クラスであまり話す機会がないと思います。

・日本人とか先生とか会話をする練習みたいな勉強がしたいです。

など、授業中に「話す」機会が少ないと感じた学習者が少なからず居たことは、授業の進め方について以下のような改善点があることを考えさせる。

・ロールプレイ 1を予習として課していた。

・ ロールプレイ 2が学習期間の後半ではモデル会話を見ながらの代入練習のようにしていた

学習者がおり、会話練習となり得なかった。

・文法練習に時間が多く割かれた。

・時間の都合上、作文のタスクも発表させる時間が持てなかった。

6.1.3 教材全体について

 教材全体についての肯定的な意見としては、「教材の全てが良い」という意見の他に、使用頻度の高い会話を用いたことに対するものや、学習者が自分の言語知識の不足面について「気づき」、文法説明、練習によって「理解」できたとするもの、日本語力を総合的に伸ばすことができる教材として評価したコメント(自由記述)などが見られた。

①タスクに対する評価・ この教材の良いところは、いろいろな状況が入ります その状況のどき、とうやって話す

ればいいのかなとわからないどき、教材を見たら、すぐ使います。真剣に勉強なら、どん

どん日本人ぽいなります。

②文法の復習について・もう一度文法を復習すること

③教材の構成について

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・ とてもいいと思います。いろいろな話題の作文、会話、文法などを一緒に勉強できるのは

本当に良かったです。

④その他・会話表現、よく使うことば、文法の例文が良かった。

一方では、以下のような改善を求めるコメントも見られた。

・同じような文法はいっしょに勉強されたほうがいいと思います。

・「ときどきやさしすぎる漢字がありました。」

・しょうりゃく表現があまりない。

・関西弁のシートがほしい。

 授業で文法説明を行った際、学習者から類似表現についての質問を受けることが少なからずあり、類似表現についてまとまった学習ができるような工夫が必要であろう。省略表現があまりないことについては、モデル会話を作成する際できるだけ自然な会話を目指したが、正確さの向上を優先したため、敢えて省略表現にしなかった箇所もある。この点についても今後の課題としたい。

6.1.4 各活動によって日本語力が伸びたかどうかとても伸びた

少し伸びた ふつう あまり伸びなかった

全然伸びなかった

ロールカード1の会話を作る宿題 7 12 4 1 0シャドーイング学習 10 9 2 2 1文法の練習問題 13 8 2 1 0

 各活動の効果についてのアンケート結果は上表の通りであるが、「とても伸びた」「少し伸びた」を合わせると、文法の練習問題に効果があったと感じる学習者が一番多く、次いでシャドーイング練習、最後に会話作成となっている。各活動については下記のようなコメント(自由記述)が見られた。

(1)文法練習問題について・文法の使う方法がわかります。

・たくさん文法の練習したあと、文法を覚えました。

・忘れた文法とまだ勉強しなかった文法です。

・ちょっとだけ勉強しなかった文法を復習してよかったと思います。

・いろいろな文法をよく分かりました。

・分からない文法をよく分かりました。特に助詞のことをよく分かりました。

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TBLTを取り入れた教材開発と実践(築山 さおり)

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・日本語の勉強は久しぶりですから、文法ふくしゅうはよかったと思っています。

・「文法はいつもわすれていました。文法の練習でよく覚えられます。」

・分からない文法をならいますから。

 このように、学習者は文法の説明、練習によって不確かであったり、未習の文法項目についての意味・機能を学習できたことで日本語力が向上したと実感している。また、コメントに「習っていない文法」とあるように、自国で初級を学習した学習者でもテキストが異なるために学習していない項目がある学習者に対しても今回の文法説明、練習を取り入れたことが有効であったと言える。 (2)シャドーイング練習について シャドーイングの学習効果については、下記のような肯定的な意見が多かった。特に「聞く力」「話す力」「イントネーション」の向上を実感する学習者が目立った。

・話すようになりました。

・いいイントネーションの練習です。

・ただしい発音を聞けて、スピードを練習できました。

・シャドーイングをして聞く力と話す力がすごく伸びましたと思います。

・文法を覚えます。

 ただし、CDや教室内での練習については以下のような記述があった。

・ちょっと速くて時々聞きにくいです。

・とても速いです。

・みんなのこえはうるさすぎるので、オーディオが聞こえません。

・自分で考えることばがない。

 モデル会話を収録した CDは通常のスピード(若干遅いが)でしか収録されていないため、CDの速さについていくのが困難な学習者にとっては、シャドーイングの効果を実感しにくかったようである。また、シャドーイング練習を主に教室活動として行ったため、CDの音声が聞き取りにくいといった問題が生じた。今後は CDの再生スピードを「ゆっくり」と「普通」の 2パターンにしたり、シャドーイング練習を宿題とするなどの変更が必要であろう。

(3)ロールカード 1の会話作成について ロールカード 1の会話作成については、下記のようなコメントが見られた。

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・自分で会話を考えるところ、ちょっと難しい。

・ 「モデル会話を見る前に、自分で書くのは難しかったと思います。どんな作文を使ったほ

うがいいかも分からなかったから。」

 自分で会話を考えるのが難しいのは、ロールカード 1で示した状況やタスクが分かりにくく、会話を想像するのが困難なものがあった可能性が考えられる。また、タスクはできるだけ使用できる文法が限られるように作成したが、そうでないものもあり、この点についても改善が必要であろう。

6.1.5 各活動に対する有用性

 それぞれの教室活動に対する有用性については、下表の通りである。 ロールカード 2以外の活動は、クラスの半数以上が「とても役に立った」と有用性が高い結果となった。それぞれの活動についての学習者のコメントを分析し、考察する。

とても役に立った

少し役に立った ふつう あまり役に立

たなかった全然役に立たなかった

ロールカード1で作った会話と、モデル会話との比較 12 6 5 1 0

各課の最後にしたロールカード2の会話学習 3 15 6 0 0

作文 12 7 4 1 0漢字シート 13 7 3 1 0

(1)ロールカード 1で作った会話と、モデル会話との比較について 役に立った理由としてコメントがあったのは下記の通りであった。

・2つを比べていろいろな場面に使う表現が分かりました。

・モデル会話のほうが難しくて、文法も多くて使います。

・モデル会話にはいろいろ文法があります。

・ 自分で考えて書いました。先生は確認してくれたあと、自分の間違えることを分かりました。

・ 「自分で会話を作ったときは同じような文法だけを使いました。でもモデル会話を見てい

ろいろな文法が分かりました。」

・モデル会話を見たら、正しい文法を習いました。

・自分でいろいろな言葉を考えるとこるは役に立った。

・正しいことばと文法を見られるのは役に立ちました。

・私の会話にあやまりが多いでした。モデル会話を比べながら、習います。

 これらの記述から、単なる機械的な練習ではなく意味のある伝達活動として自分で考えることを有用だと感じているコメント、文法の誤りに対する気づきに関するコメ

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TBLTを取り入れた教材開発と実践(築山 さおり)

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ント、学習者が使用している表現より適切な表現があることに対する気づきについてのコメントが見られた。その一方で下記のようなコメントも見られた。

・作文と先生の作文(モデル作文)を比べると、同じところがあまりない

・私はいつもほかの文法を使いましたから。

 これらの学習者が作成した会話や作文に使用している文法は、初級の中でも基本的な文法が多く、より適切な文法を使用することの重要性を認識させられなかったと考えられる。

(2)ロールカード 2の会話学習について この項目についてはコメントを取らなかったため、「とても役に立った」と捉えている学習者が少ないことの理由は推測でしかないが、復習期間の半ばあたりになると、ロールカード 2を学習者がペアで行う際、準備時間が長くかかったり、モデル会話を見ながらのロールプレイになってしまっている時があった。このような状況は特にタスクの難易度が高い場合やモデル会話が長い場合、扱った文法項目や学習者にとって難しい文法が多い場合などに見られた。また、このような場合には、授業で学習した後すぐにそれらを用いて会話をすることが難しく、ロールプレイ 2の効果が得にくい結果になったのではないかと思われる。タスクの難易度の見直しや 1課で扱う文法項目の数の調整、ロールプレイ 2を次回の授業で行うなどの改善が必要であろう。

(3)漢字シートについて 漢字シートでは、モデル会話に出てくる漢字とその関連語彙が学習できるようになっている。学習者のコメントには以下のようなものがあった。

・基本的な漢字を勉強したことが役に立ちました。

・以前学んだけど、いい復習です。

・たくさん習います。

・ 正しいの読音(音読み)と言音(訓読み)を習うことができますし、単語もいっぱい覚い

ました。

・新しいことばを勉強できます。

・漢字カードはとても便利です。

・漢字の読み方と言葉が一つのところにいって勉強しやすいです。

 非漢字圏の学習者には、未習・既習に関わらず、漢字シートで学習する漢字語彙は大いに役立ったようである。また、漢字語彙の読みについてコメントしていたのは漢

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『同志社大学 日本語・日本文化研究』 第 14 号

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字圏の学習者で、漢字圏の学習者にとっては正しい読み方を学習できたことが特に有益であったことが分かる。一方で、少数ではあるが以下のようなコメントがあった。

・漢字は少しかんたんだったと思います。

・95%勉強した漢字はもう勉強しました。

6.1.6 学生アンケートの分析と考察のまとめ

 以上の分析と考察から明らかとなった課題から、授業内での活動およびタスクについて以下のような改善方法が考えられる。

1. 授業内での活動について・ 作文やロールカード 1の発表を授業中に複数回させてみたり、文法練習でも会話を取り入れるなど、学習者同士が意味のある伝達活動をする機会を増やす。・ 授業で学習した後すぐにロールカード2を行うのではなく、次回の授業で行うなど、学習者に復習する時間を与えた上で行う。・ シャドーイングは学習内容の定着やロールカード 2をスムーズに行うための練習であるため、次回までの宿題とする。

2. タスクについて・ ロールカードのタスクの記述をできるだけ簡潔にし、学習者に運用を期待する文法項目が分かりやすくなるよう工夫する。・タスクの難易度が高すぎる場合は、タスクを細分化する。3. その他(CDについて) 音声のスピードをゆっくりと普通の 2パターンで収録する。

6.2 教師アンケートの結果の分析と考察

 初級復習期間終了後、授業を担当した教員にアンケートを実施し、その結果の分析と考察を行い問題点(改善点)を明らかにする。 なお、アンケートは授業の進め方、教材についてそれぞれの「良かった点」「問題点(改善点)」について質問し、回答は自由記述とした。(教師の回答は原文のまま記載した。)

6.2.1 授業の進め方について

<良かった点>・ まず自分で考えて、問題意識を高めた上で、会話に必要な様々な要素と自身の運用能力に気づき、最後に類題で会話に挑戦できる点。・ 授業の一連の流れを通して、自分に足りない表現や語彙に気付くことができる。・ モデル会話内容を理解した上でシャドーイングができた。

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TBLTを取り入れた教材開発と実践(築山 さおり)

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<問題点(改善点)>・ 文法や会話表現にもっと注意をうながす形ですすめるべきだった。・ 授業の初期は、授業方式の新鮮さから学生も積極的に取り組んでいたが、中期~後期になるとマンネリ化してしまった。・ 会話の作成よりも舞台設定の詳細の方に焦点が向かってしまう学生が数名おり、そのような学生の場合、モデル会話以降の練習が自身のシナリオで必要な会話表現/文法練習と連動しにくい学習時間となってしまい、学習者の問題意識とクラスでの活動との間で気持ち/集中力が引き裂かれているように見えた。

6.2.2 教材について

(1)予習シートについて<良かった点>・ 学生がそれぞれの場面で会話されるであろうことを自分の頭でイメージしながら会話を作成し、それを授業で自分が知っている表現でよかったのか、またさらにいい表現があるということを学んだりしながら、場面に応じた表現や語彙を確認していける点は良かったと思います。

<問題点(改善点)>・ 会話全部を書いてくるということについて積極的な学生たちが多かったので、良かったと思いますが、ロールカードを読み取れていない学生の添削は真っ赤になることがあったので、自由度という点ではこのままのほうがいいのかどうかについて少し考えてしまいました。・ ロールカード 1に「モデル会話」での会話の流れの段階(いくつのステップかくらい/具体的に)ヒントとして提示しておく。・ シンプルすぎるという印象。ロールカード部分はもっとイラスト等を入れ、場面が想像できる工夫が必要。・ 予習は学生にゆだねる部分が大きいので、学生によって予習シートの活用度が違う。・ 学生の知っている文法で書くとどうしても簡単な文法を使ってしまい、こちらが期待するような文法を使ってくれない傾向にある。文法や語彙等を指定するか、括弧埋めなども使い、予習にもバリエーションがあってもいい。

(2)ロールカード 1について<良かった点>・ 場面設定が明確であったので、その場面で使われる表現や語彙もフレーズとして一緒に学べて、実生活にもすぐに使えそうな場面が多かったので、よかったと思います。・ 「あなた、状況、すること」と分かれていて、指示がわかりやすい。

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<問題点(改善点)>・ 友達同士の会話、寮の管理人と学生の会話、先輩後輩の会話、店員と客など相手によって丁寧体であったり普通体であったりするのですが、初めは丁寧体で書いていたのですが、途中で普通体が出てきてからは、予習シートの会話の中で普通体と丁寧体が混同している会話文も結構見られたので、もう少しスタイルについて気を付けてもらえるような感じになればより良いと思いました。・ Aさん、Bさんではなく実在する名前を使ったほうがより自然に感じる。・ 使わせたい文法につながるように、もう少し状況を分かりやすく書くべきだった。

(3)モデル会話について<良かった点>・ 場面に応じて使われる語彙や表現が紹介されていたので、学生も理解しやすかったのではないかと思います。・ 日常に即した会話で作られていて、覚えればすぐに使える。<問題点(改善点)>・ AさんとBさんの上下関係がはっきりわからない時がある。学生が普通形を使ったり、丁寧形を使ったりする場合があった。・ 授業中に「会話の順番」がうまく活用できない。学生にとっては難しい言葉もあるし、実際にこれに則って会話が行われることがない。ランダムに配置して順番どおりに並び替えさせるような問題も可能?・長すぎたものが多かった。

(4)文法練習問題<良かった点>・ モデル会話にしたがって、文法項目が学べるようになっていたのは、とてもよかったと思います。・ 適宜、書かせたり、口頭ですぐに答えてもらったり、自習にまわしたり、自由度の高い運用ができた点。・ 答えを配り、自律学習をうながせた。<問題点(改善点)>・ 類似表現や助詞など学生が間違いやすい項目についての質問が多かったので、練習問題を増やしたほうがよい。

(5)会話表現について<良かった点>・ 初級のテキストでは扱われていないけれど、実は日常よく使われる会話表現が紹

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介されていたので、初級から中級への架け橋の位置づけとしてもよかったと思います。

<問題点(改善点)>・ 意味の説明に加えて、実際の使用例も載せるとわかりやすい。・あまり活用できなかった。

(6)よく使うことばについて<良かった点>・ いろいろ場面に応じて使われる言葉の紹介がされていたので、時間があるときに確認すると、話題が広がることもあり、よかったと思います。・ 該当課をトピックとして話をする時にとても役に立つ。<問題点(改善点)>・ 時間がないときは、触れないこともあったので、できれば授業で少し触れたほうがいいかなと思いました。・ 学生達が実際に意味を調べてくることはあまりなく、授業中の説明で結構時間をとられる。・ 調べるだけで、実際に学生達が使うのを確かめられない。予習シートにキーワードとして載せておいたほうがいいかもしれない。

(7)ロールカード 2について<良かった点>・ ロールカード 1に則して作られているため、覚えた表現がそのまま使える。・ ロールカード1に近い設定・会話の流れを、思いも新たに挑戦し、また、フィードバックできる点。

<問題点(改善点)>・ 録音する場面で、ロールカード 2をモデル会話に直接置き換えている学生が多々見られた。・ 自分で作るというよりは読み上げに近かった。・ 「会話の順番」をこの時配布して、これとロールカードを見ながら会話を作らせればより実践的な練習になったかもしれない。

6.3.3 教員アンケートの分析と考察のまとめ

 アンケート結果から、次の 2点は学生アンケートの結果とも重なる点であり、今回開発した教材、授業方法で評価できる点であると言えよう。・ タスクを予習にしたことで、学習者が自身の中間言語について把握し、できることとできないこととのギャップに気づくことができる。

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・ 学習者にとって身近なトピックであること、また、それに関連する会話表現、語彙が教室外ですぐに使えるものであるため学習者にとって有益である。

 一方、以下のような、タスク、授業方法、構成に関する課題が明らかとなった。

1. タスクに関する課題・ タスクの難易度が高くなるにしたがい、学習者の内容理解が難しくなるため、イラストを入れるなどタスクの理解を助ける工夫が必要。・ タスクの難易度によっては、会話の流れや使用する文法、表現、語彙などをヒントとして与えることも必要。・会話の流れやスタイルの違いに気づかせるようなタスクが必要。・ 学習者がより現実に近い場面を想像できるよう、タスクの設定人物をAさん・Bさんではなく、「あなた」や教材の中で一貫したキャラクターを使用するなどの工夫が必要。・ 今回の開発では、明示的な練習として文法練習問題を行ったが、より気づきの機会を増やすためのインプットを増やす教育タスクの作成が必要である。・ 「会話表現」は意味と例文を挙げるのみで、授業でも扱う機会が少なかったため、習得に結びついたとは言いがたい。文法項目とともに穴埋め問題などの教育タスクを作成し、改善する必要がある。

2. 授業方法に関する課題・ 予習である会話作成をしてきていない学習者や、モデル会話との比較に消極的な学習者が見受けられたことから、学習の意図を分からせる必要がある。・ ロールカード 2がモデル会話の代入練習と化し、意味のある伝達活動となっていなかった。ロールカード 2を翌日の授業で行うなどして、学習者が意味のある伝達活動を行うタスクにしなければならない。

 3. 教材の構成に関する課題・ 今回の教材では、学習者が予習で会話を作成する際には「よく使う言葉」を見ることができない構成となっており、授業でも時間の関係上取り上げることができないことが多く、活用できたとは言えない。予習シートに挙げるなどして学習者が使用する機会を増やす工夫が必要である。

7 おわりに 今回、「既に初級を学習した学習者」を対象とし、学習者のニーズを基に、限られた授業時間内で、

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TBLTを取り入れた教材開発と実践(築山 さおり)

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 ①日本での日常生活や大学での学習に適切な日本語運用力の向上を図る ② 学習者が興味を持っていることを基本的な日本語力で発信できる力を習得することを目標として教材開発を行い、実践した。

 多くの学習者が今回の授業方法に対して日本語力の向上に有用であると感じたようであるが、今回開発した教材や実践には課題も多く残されている。その主たるものがタスクである。学習者が作成した会話や作文から目標タスクの難易度について分析し、より学習者にとって適切な認知的負荷を与え、同時に「気づき」や「インプット」を増やすための教育タスクの作成が必要である。 今回報告した TBLTを取り入れた教材、授業は、日文センターⅢレベルに学ぶ学習者のレベルやカリキュラムに合わせて開発、実践したものであるが、学習者の日本語運用力にどのような効果をもたらしたのか継続的・実証的に考察し、当該レベルの学習者により適した、効果的な教材、授業方法への改善を今後も続ける必要がある。

謝辞 今回の教材開発、実施には、松本秀輔先生、米澤昌子先生、佐藤紀美子先生、石田裕子先生、梶原雄先生、高田充清先生、山本和恵先生にご協力いただきました。感謝申し上げます。

注 1 Swain, M (1991) では、カナダのイマージョン・プログラムについて、理解可能なイ

ンプットを受けても文法的正確さは、ネイティブレベルとはかけ離れていたと報告し

ている。

2 学生アンケートの記述は、理解しやすい程度に筆者が日本語を一部変更した場合は「 」

で示した。( )は筆者による補足である。

参考文献小柳かおる(1998)「条件文習得におけるインストラクションの効果」,『第二言語としての

日本語習得研究』2号,pp.1-26.

―――― (2002)「[展望論文]Focus on Form と日本語習得研究」,『第二言語としての日本

語習得研究』5号,pp.62-96.

――――(2004)『日本語教師のための新しい言語習得概説』,スリーエーネットワーク .

――――(2008)「第二言語習得から見た日本語教授法・教材-研究の知見を教育現場に生

かす-」,『第二言語としての日本語習得研究』11 号,pp.23-41.

Gass, S.M. & Selinker, L.(2001) Second language acquisition : an introductory course. 2nd

ed. Mahwah, N.J. : Lawrence Erlbaum Associates.

Long,M.(1985) A role for instruction in second language acquisition: Task - based

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『同志社大学 日本語・日本文化研究』 第 14 号

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language teaching, Modeling and assessing second language acquisition. In K.

Hyltenstam & M. Pienemann(Eds.),Multilingual Matters,pp.77-99.

――――(1991)Focus in form: A design feature in language teaching methodology. In K.

de Bot,D. Coste, C. Kramsh & R. Ginsberg (Eds.),Foreign language research in cross-

cultural perspective,Amsterdam/Philadelphia: J. Benjamins,pp.39-52.

Swain, M (1991) French immersion and its offshoots: Getting two for one. In. B.

Freed(Ed), Foreign language acquisition research and the classroom,pp.91-103.

参考資料 1(予習シート)【 ロールカード 1 】※分からない言葉は自分で調べよう!

あなた :Aさん状況  :あなたは、友だちから歌

舞ぶ

伎き

のチケットを 2枚まい

もらいました。すること:曜日と時間を決めて、Bさんを誘

さそ

ってください。

あなた :Bさん状況  :Aさんがあなたを歌

舞ぶ

伎き

に誘さそ

います。すること: Aさんの誘

さそ

いを、理由を考えて断ことわ

ってください。

参考資料 2(モデル会話・会話の順番)<モデル会話> <会話の順

じゅん

番ばん

A1:Bさん、今度の土曜日に歌か

舞ぶ

伎き

を見に行きませんか。B1:歌舞伎ですか?どうしたんですか。A2:友達からチケットをもらったんです。B2:そうなんですか。何時からですか。A3:2 時から 5時までです。B3:ごめんなさい。3時からアルバイトがあるんです。A4:そうですか。残

ざん

念ねん

だけど、じゃ、また今こん

度ど

。B4:はい。また誘

さそ

ってください。

誘さそ

チケット、時間や場

所について話す

断ことわ

る・理り

由ゆう

を言う

残ざん

念ねん

な気持ちを言う

会話終わり

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参考資料 3(文法練習*一部抜粋)<文法練習>

Ⅰ. ~に 行きます

 【 Vます 】に行きます

1 文を作ってください。

例 1)学校へ行きます・友だちに会います … (学校へ友だちに会いに行きます。)例 2)コンビニへ行きます・買い物します … (コンビニへ買い物に行きます。)1)木

屋や

町まち

へ行きます・お酒を飲みます … (               )2)図書館へ行きます・本を返します … (               )3)図書館へ行きます・勉強します … (               )

2 絵を見て文を作ってください。

例)郵ゆう

便びん

局きょく

へ何をしに行きましたか。

(ティナさんは荷に

物もつ

を出しに行きました)(マットさんははがきを買いに行きました)

1)四しじょうかわらまち

条河原町へ何をしに行きましたか。

参考資料 4(会話表現・よく使うことば)Ⅲ.<会話 表

ひょう

現げん

1.「また誘さそ

ってください。」 ・ 次つぎ

にチャンスがあれば、誘さそ

ってほしいときに言います。

2.「また今こん

度ど

」 ・ 「いつか分からないけれど、次つぎ

のチャンスに~しましょう」と言いたいときに使います。

3.「残ざん

念ねん

だけど(ですが)・・・」 ・残ざん

念ねん

な気き

持も

ちを相あい

手て

に言うときに使います。

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Ⅳ.よく使つか

うことば 

7 課か

の場ば

面めん

、トピックでよく使うことばです。知し

らないものは、調しら

べてみましょう!

・歌か

舞ぶ

伎き

/演えん

劇げき

/映えい

画が

/コンサート/(テニス/サッカーの)試し

合あい

・・・ を見る・チケットを買う・都

合ごう

が いい⇔悪い / 用よう

事じ

が ある⇔ない / 急きゅう

用よう

ができる・暇

ひま

(な)

参考資料 5(ロールカード 2)<もう一

いち

度ど

挑ちょう

戦せん

しよう!>

【ロールカード 2】

あなた :Aさん状況  :来週、日本人の友だちと京都ホテルのケーキ食べ放

ほう

題だい

に行きます。すること:クラスメートの Bさんを誘

さそ

ってください。

あなた :Bさん状況  :Aさんがあなたをケーキ食べ放題に誘

さそ

います。すること:Aさんの誘

さそ

いを、理由を考えて断ことわ

ってください。

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