three aspects of the wages and salaries account in...

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137 Three Aspects of the wages and salaries account in Nicklischs theory and his way of thinking that objectives change in the course of double entry bookkeeping Tsukasa NISHIDATE In Nicklischs theory, the wages and salaries account has three aspects, that is, the inflow of realgoodstoentity,theoutflowof cashfromentityandthevalueof servicethatemployees have given. These aspects are able to be considered a set, if the way of thinking that objectives change in the course of double entry bookkeeping is taken. and salaries account, Inflow of real goods, Value of service, Outflow of cash 3-1 3-2 3-2-1 3-2-2 3-2-3 3-3

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愛知学院大学 『経営管理研究所紀要』第 20 号 2013 年 12 月 137

ニックリッシュ学説にみる給料勘定の三面a性と目的変化の思考

Three Aspects of the wages and salaries account in Nicklisch’s theory and his way of thinking that objectives change in the course of double entry bookkeeping

西舘 司Tsukasa NISHIDATE

和文要旨:

ニックリッシュ理論の給料勘定には 3 つの側面がある。すなわち実物財の入,貨幣の出および従

業員が提供したサービスの価値である。これら 3 つの側面は,簿記一巡のプロセスにおいて目的が

変化するという考え方をとることによって, 1 つのまとまりとして見ることができる。

英文要旨:

In Nicklisch’s theory, the wages and salaries account has three aspects, that is, the inflow of

real goods to entity, the outflow of cash from entity and the value of service that employees

have given. These aspects are able to be considered a set, if the way of thinking that objectives

change in the course of double entry bookkeeping is taken.

和文キーワード:給料勘定,実物財の入,提供価値,貨幣の出

英文キーワード: Wages and salaries account, Inflow of real goods, Value of service,

Outflow of cash

目次

1. 問題意識

2. 貸借対照表観

3. 給料勘定の三側面

3-1 入としての側面

3-2 提供価値としての側面

3-2-1 価値循環の一翼を担う存在としての企業

3-2-2 労資共同体としての企業

3-2-3 経営給付と経営成果の対比

3-3 出としての側面

4. 目的変化の思考ーまとめに代えて

138 『経営管理研究所紀要』 第 20 号 2013 年 12 月

1. 問題意識

本稿は,ドイツ経営学の代表者の一人である l

ニックリッシュ(H., Nicklisch)の会計学説を

取り上げ,彼の給料勘定に 3 つの側面があるこ

とを指摘した上で,その三側面の関係を整理す

るための視点について考察を加えようとするも

のである 。

こんにち給料勘定は,支払い,すなわち「出J

に関する勘定として説明されることが多いよう

に思われる。 しかし,それは給料の l つの側面

を捉えたものにすぎず, たとえば, 労働サービ

スの受け入れ,すなわち「入」に関する勘定と

して説明することも可能で、ある 。 さらにいえば,

この説明は取引を企業の視点で捉えた場合のも

のであるが,従業員の視点で捉えた場合には,

自身への収入すなわち「入」を表すものとして,

あるいは自身が提供した労働サービスの価値す

なわち「出」を表すものとして説明することも

できる 。

これに関して,ニックリッシュの理論では,

企業目線での出および入, ならびに従業員目線

での出の,計 3 つの側面が確認できる。 筆者の

問題意識は, そのような個別バラバラに見える

3 つの側面が,ニックリッシュの理論において,

どのように束ねられているかにある 。 換言する

と,どのような視点に立てば, それら 3 つの側

面を l つのまとまりあるものとして理解できる

か,ということにある 。

この問題に取り組むにあたっては,次の間い

に対する答えを探る方向で議論を進めていくの

がよいと思われる 。 すなわち, 上記 3 つの側面

が,ニッ ク リッシュ理論の構成上,どのような

理由から必要とされているのか,また,その必

要性は,簿記一巡のプロセスにおいて,どのタ

イミングで発動するものなのか, という問いが

それである。 これが明らかとなれば,三側面の

結合関係が明らかとなり,ひいてはそれらを束

ねる視点が見えてくるものと考えられる 。

そこで,以下では, 簿記一巡のプロセスに沿っ

て, 給料勘定の三側面が必要とされる理由を検

討していく 。 検討の素材は,彼の後期 2 の主著

『経営経済.l 3 とする 。

なお,予め述べておくと,ニックリッシュ理

論には,説明理論としての側面がある一方で,

規範論として側面もあり,彼独自の価値観(ベ

き論)が色濃く反映されている。

2. 貸借対照表観

ニックリッシュは,簿記の一巡を,貸借対照

表に始まり貸借対照表に終わるものとして説明

している 4。 そこで,まずは,彼の貸借対照表

観を理解することから始めよう 。

図 l に示したように,ニックリッシュは,貸

借対照表を,借方の財産在高と貸方の資本在高

の 2 つの勘定系統から成るものとして捉えてい

る 50

図 1 二ックリッシュの貸借対照表観

貸借対照表

匪二E 量三百(1) 実物財,現金・債権|全体経済から調達した(2)右記資本の具現形態|貨幣額であり,資本提

供者の請求権

財産とは「独立した経営を通じて単一体にま

とめられている経済的な財そのもの」6 である

とされる。 また財産は,財産目録の作成によっ

ても把握されるものであるとされる 7。ここか

ら判断すると,財産とは,実物財(モノ),現

金および債権であるということができる(図 l

の (1 )) 。

しかしそれだけではない。 ニックリッシュ

は,資本との関係において,次のようにも述べ

ている 。 「資本は,財産を調達する能力を経営

に与える 0 ・- -。 財産は, 資本を具現化したも

のである(Das Verrni:igen verki:irpert das

Kap ital)。この関係は,資本の総額が財産の総

額に等しいということを含んでいるf。つまり,

財産とは,資本の具現形態とされている(図 l

の(2)) 。

次に , 資本について見てみよう 。 「個々の経

営において行われる簿記およびその貸借対照表

の資本勘定おいて, 資本持分(資本筆者)は,

全体経済から受け取ったものとして記録され

る 。 そして, その資本持分は, それが表す具体

的な価値総額(財産一筆者)と対置される」 90

また, 「資本とは出資資本または信用資本とし

ニッ ク リッシュ学説にみる給料勘定の三菌性と目的変化の思考 139

て,経営の意のままになる貨幣額の合計である。

そこでは,それが個別のケースにおいてどのよ

うな貨幣形態で存在しているか,すなわち現金

であるか,債権であるか,あるいは実物財であ

るかは問題ではない」100 さら に「経営の資本は,

提供され未だ返還されていない貨幣額につい

て,その所有者が経営に対して有する請求権の

額であるJ 11 という。

要するに, 資本とは,企業(彼の言葉でいうと,経営)から見れば,全体経済から調達した

貨幣額であり,また,貨幣提供者から見れば,

企業に対する請求権の金額を表すということで

ある(図 l の右側)。 財産と資本がつねに金額

的に等しいのは,財産が資本の具現形態だから

である。

なお,この段階では,事業主や従業員などの

特定の主体に注目する ことな く,中立的な視点

で財産と資本が理解されていることに注意を

すムっておきたい。

3. 給料勘定の三側面

3-1 入としての側面

『経営経済』では,一連の勘定記録を具体的

に表した数値例が示されている。 ニックリッ

シュ理論を理解する上で,これを使わない手は

ない。次頁の数値例 12 がそれである。それに

続く 頁には,数値例の流れが理解できるよう,

仕訳を示しておいた。以後,この数値例を追い

ながら,給料勘定の 3 つの側面を見ていく 。な

お, この仕訳は, ニックリッシュの数値例と記

述から,筆者が推定したものである。

まず,開始記入についてだが,期首時点の財

産および資本の在高が,期首貸借対照表から太

枠の両側に位置する各勘定に振り分け られる。

なお,太枠内は,労働過程(生産過程)を表し

ている。

次に,期中記録について。 この局面で注目す

べきは,次に掲げる引用文中に見られるよ うに,

実物財の動きを捕捉する という役割が簿記に期

待されているという点である。 「勘定の形成に

とって重要なことは,ある経営から別の経営へ,

ある工場から別の工場へ,ある事務所から別の

事務所へ,ある作業場から別の作業場へと,経

営の価値運動を,物量 (Menge)と価値(Werte)

の流入流出記録に もとづいて, 計算上, 表現す

るこ とができ るというこ とである。しかも , 流

入と流出は, 入ってきた対象ないし出て行った

対象,あるいはこれから入ってくる対象ないし

出て行く対象を通じて, 相互に関連付けること

ができる。そのため,対象が前面に出てくるの

であり, ゆえに勘定は, 必然的に,在高勘定と

して形成されるJヘ

ここで\我々が問題としている給料勘定につ

いて見てみると,「給料勘定,賃金勘定,一般

費勘定(雑費勘定)は,在高勘定としては一般

に認められていない。しかし,それらについて

も同様に,在高に関する計算が行われる。 たと

え,具体的な価値,すなわち物質的なものが問

題にならないとしても, 一-そのような場合に

は, 給付価値(サー ビス 筆者)の在高が問題

にされるのである」 14 と述べられている。つま

り,この局面での給料勘定は,受け入れた労働

サービスの価値を記録する勘定として,言い換

えれば,実物財の「入」を記録する勘定として,

具体的な財産勘定と同一視されている。

ニ ックリッ シュが,こうした物質的な姿を持

たないサービスまでをも財産概念の範障に含め

ているのは,生産手段として役立つ内面的な力

に財産の本質を見出しているからであろう。

以上の理解にもとづいて行った仕訳が①~⑦

である。ただし, ⑤と⑦については少し説明が

必要で、あろう。

仕訳⑤については,売上勘定への貸記を財産

(実物財ないし製品)の出として説明する点が

問題になる。ニ ック リ ッシュの数値例において,

売上勘定が太枠の左側すなわち財産概念の範障

に含められている点からすれば,このような説

明を行う以外に方法はないように思われる。 と

いうのも,これを収益の発生として説明してし

ま うと,いわゆる費用を財産の入として説明 し

たことと矛盾が生じてしまうからである。収益

や費用は,それ単独では何ら意味を成さず,両

者が相倹って初めて利益計算要素としての意味

を持つはずで、あるο このように考える と , この

局面での売上勘定への貸記は,⑤のように解釈

せざるを得ないよ うに思う。

仕訳⑦は,貨幣利用サービスを受けたのと同

時に,調達された貨幣資本が増加したことを表

している。ニック リ ッシュは,利子の支払いを,

140 『経営管理研究所紀要j 第 20 号 2013 年 12 月

財産在f

現金

5而子日面給付 3.0CO

一般費 1.000

期末町5 1.0CO

材料

開首BIS 3扇町市荘村 25.000間末日 5 10,000

35,000

補助材料

土地

期首日三~蔽BIS~

売 上

軽営成果三亘~克函金~

売掛金

売上~王BIS~旦

「財産在高=資本在高j

~E 労働給付(賃金給料)

現金 3.0C 日|経営結付 3,000

(内5日前払)

3.000

5,口口日

労働過程にある材料〈過程材〉

材料 25』co I 結北原価 25.COO (内5000仕掛)

25.000

労働過程にある補助材料〈過程補材)

補助材科 5』∞|創,,,恒 5 cco (内日別仕掛)

5 000

一般費

25.COO 1,000

減価償却

2.500 I 枯甘原画 2.500

(内500仕掛)

2,500

資本利用

問lOOflk扇面 1.250

経営結付 3,750

(内600仕掛)

5,000

ι

7在高企業家資本(資本金)

104.410

債権者資本(買掛金)

期末BIS 26.250 I 期首BS 25,000

利子 1.250

26,250

置権者資本

損益

29,410

ヨ函豆]一→ 過程材{ 過程補材

!給付総言十一一一川 一般費| 誠価世却

ヨ豆亙]ー→ 賢本利用

給付原価

一一経営成果 34.750 キ:L 34.750

苦闘結it

資本利用

経営成果

給付原価 34.750 充 上桂営結付 6,750 苦闘結it

損益 25.66c 過程材過程補材

一般費

誠価世却資本利用

6.750

67.160

現金

材料補助材料

機械装置

土地

売掛金

仕掛品

m閃

一ω一

川町純一ぬ一

本本ノ/

表一資資//←

照一家者//一

対一業権

4

借一企債

貸TIll

--

鶴一醐側側削

沫一Lm一旦払

ニックリッシュ学説にみる給料勘定の三面性と目的変化の思考 141

IA 実物財の出入を捕捉する局面|

① 労働給付3,000円を取得した。

(借)労働給付 3,000 (貸)現 金 3,000

一財産の入一 一財産の出一

② 一般費(例えば消耗品) 1,000円を取得した。

(借)ー 般 費 1,000 (貸)現 j車へ 1,000

一財産の入一 一財産の出一

③材料25,000円を出庫し労働過程に移した。

(借)労働過程にある 25,000 (貸)材 キヰ 25,000

キt 料

一財産の入一 一財産の出一

④補助材料5,000円を出庫し労働過程に移した。

(借)労働過程にある 5,000 (貸)補助材料 5,000

補助材料

一財産の入一 一財産の出一

⑤ 製品60,000円を掛けで販売した。

(借)売 甚卜 ノ豆\r. 60,000 (貸)売 上 60,000

一財産の入一 一財産の出一

⑥機械装置の費消量は2,500円であった。

(借)減価(賞却 2,500 (貸)機 械 2,500

一財産の入一 一財産の出一

⑦ 資本利用(財産利用)により受け取ったサービスの費消額5,000円,ならびにその未払対価(利子)を

認識する。

(借)資本利用 5,000 (貸)利 子 5,000

一財産の入一 一資本の入一

113 経A官給イすと経営成果の対比を行う局面|

③ 労働過程における費消分を経営給付(自ら提供した価値)と給付原価(他者から入手した価値)に分

類する。

(借)経営給付 6,750 (貸)労働給付 3,000

資本利用 3,750

(借)給付原価 34,750 (貸)労働過程にある 25,000

材 キ+

労働過程にある 5,000

補助材料

般 費 1,000

減価償却 2,500

資本利用 1,250

142 『経営管理研究所紀要J 第 20 号 2013 年 12 月

⑨ 経営成果(経営給付の対価)を計算するために,そのプラス要素(収益収入)として,売上60,000円

を経営成果に振り替える。また,経営成果のマイナス要素(費用支出)として,給付原価34,750円を経

営成果の借方に振り替える。さらに,労働過程にあるもの(仕掛品) 7,160円を次期の経営に販売したも

のとみなし経営成果勘定の貸方にみなし売上収入を加算するとともに,期末貸借対照表の借方に擬制

在高(仕掛品)を計上する。これにより,経営成果が32,410円と計算される(収益収入67,160円 費用支

出34,750円=経営成果32,410円)。

(借)売 上 60,000 (貸)経営成果的,000

一収入の振替 一

(借)経営成果 34,750 (貸)給付原価 34,750

一支出の振替ー

(借)残高 7,160

一財産の増加一

(貸)経営成果 7,160

ーみなし売上収入一

⑩経営給付6,750円を経営成果の借方に振り替える 。 これにより,提供した労働および資本利用の総計

6,750円(経営給付)とその対価32,410円(経営成果)が対比させられる。

(借)経営成果 6,750 (貸)経営給付 6,750

一提供価値の振替ー

le 分配額および未分配額を計算する局面!⑪経営成果勘定において,成果収入32,410円から,提供価値に見合う 6,750円が分配(支出)されると,

収入余剰として25,660円が計算される。この余剰額は,企業家に帰属するので,損益勘定の貸方に振り

替えられる 。

(借)経営成果 25,660 (貸)損 益 25,660

⑫ 資本提供の割合に応じて,資本利用の未払対価(利子)のうち, 75%は企業家資本(損益) , 25%は債

権者資本とされる。

(借)利子 5,000 (貸)損益 3,750

債権者資本 1,250

ー資本の振替 ー

⑬ 損益勘定で計算された正味利益額29,410円を企業家資本に振り替えて,企業家の期末資本額104,410円

を計算する。

(借)損 益 29,410 (貸)企業家資本 29,410

ID 期末時点における未分配額(資本)とその具体的な姿(財産)正吾扇面云ぜる局面|

⑭ 費消されず、に残っている財産とそれに対応する資本を,残高勘定(貸借対照表)に振り替える。

(借)残高 123,500 (貸)現金 1,000

(借)企業家資本 104,410 員国 長十 豆ノ\乙\ 26,250

材料 10,000

補助材料 5,000

機械装置 22,500

土 地 25,000

売 長十 ノ耳、 60,000

(貸)残 高 130,660

ニッ ク リッシュ学説にみる給料勘定の三面性と目的変化の思考

貨幣を使用することの対価と考えている。

3-2 提供価値としての側面

3-2-1 価値循環の一翼を担う存在としての

企業

つづく③の仕訳は,太枠内の労働過程(生産

過程)で捕捉された実物財の費消額が,経営給

付と給付原価の 2 つの勘定に分類・集計される

ことを表している。 ここで,経営給付と給付原

価は, ニ ック リッシュ固有の概念である。これ

を理解するためには,まず,彼の企業観を明ら

かにする必要がある。

ニックリ ッシュによれば,経営の本質は価値

の循環にあるとされる 15。 この価値循環は,本

源的・閉鎖的家計経済においては,おおよそ図

2 のようなサイ ク ルで行われるという 160

図 2 閉鎖的家計経済における価値循環

労働の提供 司 消費財の産出

、 じク財消費による

労働の再生産

ニ ック リ ッシュ理論の下で、の企業は,分業経

済への移行により,この閉鎖的家計経済におけ

る価値循環の一部が独立したものとして理解さ

れる。 彼は,家計を 「本源的経営」,企業を 「派

生的経営」と呼んで、いるが 17,その基礎には,

こうした企業観が横たわっているのである。

今日の分業経済では,閉鎖的家計の一部機能

が独立し企業として価値循環に加わっている。

それは図 3 のように示される 180 この図 3 か ら,

ニ ック リ ッシュ理論では, 企業が, 国民経済に

おける価値循環の一翼を担う存在として理解さ

れていることが確認できょう 。

3-2-2 労資共同体としての企業

ニック リ ッシュの企業観を理解する上で,も

う l つ重要な点がある。すなわちそれは,企業

活動の主体として,労働者 (従業員)と企業家

(事業主)の共同体が考えられている という点である 190

このことは,上述の価値循環と無関係で、はな

い。分業経済における価値循環の出発点には,

143

図 3 分業経済における価値循環

家計 企業

「一一一

製品(消費財)

製品の対価

労働の対価(賃金給料)

労働

園圃園。 給付(財 ーサービス)の流れ

ー一一→貨幣の流れ

※ これにはさらに下図が力目わる。

家計 企業

三利子

工」貨幣(貯蓄)の利用

本源的経営たる家計がある。企業そのものには

主体性はなく,企業の生産活動は,家計の立場

から , 家計に製品 (消費財)を提供するため,

ならびにその製品を購入するための貨幣 (賃金

給料)を稼得するために行われる。 価値循環に

おける主役は,あくまでも家計であり,労働提

供者(従業員)および資本提供者 (企業家)な

図 4 経営給付と経営成果の対比関係

一不一

表一

ス一

口一

万ノ一一

時一消計

一釘

益一細航。

一慨州問

品口hnt

産価立

ロー、l

mノ

売上収入60.000 経営給付 6,750

一25,

三ネY ト表示すると

損益計算書(ネ ッ ト 表示)

経営給付(提供価値)6750

"1i;Jl'0~J 25.<i60 {

経営成果(提供価値の対価収入)

32,410

144 『経営管理研究所紀要J 第 20 号 2013 年 12 月

のである。

3-2-3 経営給付と経営成果の対比

ここで③の仕訳に話を戻そう。結論から述べ

ると,実物財の費消額が経営給付と給付原価に

振り分けられているのは,その費消額を,企業

の担い手すなわち労資共同体(労働者と企業家)

が自ら提供した価値(経営給付)と,外部から

調達した他者の価値とに分けた上で,提供価値

(経営給付)とその対価ないし報酬(経営成果)

を対比するためである。そこでの給付原価は,

経営成果を計算するためのマイナス要素つまり

支出としてみなされ,売上収入およびみなし売

上収入(Erl伽ersatz 収益代用)の合計から差

し引かれる初。 この関係を示したのが図 4 の損

益計算書である 。 ニックリッシュの企業観を明

らかにしなければならなかったのは,経営給付

と経営成果の対比が,労資共同体(労働者と企

業家)の主観的立場から行われるものだったか

らである 。

損益計算書の貸方において,期末仕掛品の金

額が売上収入とみなされるのは,当期経営の担

い手(労働者と資本家)が提供した価値の対価

を決めるには,販売ではなく , 生産を基準にし

なくてはならないからであろう 。 期末時点の仕

掛品にも,当期労働の成果が含まれているので

ある 。

ニックリッシュが,経営給付(提供価値)と

経営成果(提供価値に対する報酬ないし対価)

を対比させることにこだわりを見せているの

は, 家計が提供した労働サーピスや資本利用に

対して,正当・公正な対価が「1 1」の関係で

支払われるべきだとする考え方をとっているか

らである 21 0

ちなみに,彼のこのような考え方にもとづい

て数値例を見てみると,経営給付 6,750 円と経

営成果 32,410 円は「1 : 1」には程遠いことが

わかる 。 その原因は 2 つ考えられる 。 l つは,

成果に見合う十分な賃金給料・資本利子が支払

われなかったことである 。 いま l つは,提供価

値を超える対価を製品価格に上乗せし, 製品購

入者から奪ってしまったことである 220

さて,我々が問題としている給料勘定に目を

向けると,この局面では, それ以前の局面には

なかった経営主体の概念と,それに伴う給付・

成果対比の目的が発動しており,それによって

実物財の「入」 ではなく「提供価値」としての

側面が前面に押し出されていることに気づくで

あろう 。

これに加えて,以前の局面において実物財の

「出入」として解釈された他の財産勘定につい

ても, 同才乗のネ見,点から,ニック リ ッシュの5見明

に変化が生じていることに気づく 。 すなわち,

実物財の費消額は, 経営成果を計算するために,

実物財の「出」(費消)ではなく,「支出」とし

て説明されている。また,売上も,「出」では

なく,「収入」として説明されているのである。

各勘定の説明にこのような変化が生じている

のは, 期中記録の段階では見られなかった経営

主体概念とそれに基づく対比目的が,決算にお

いて発動しているからであると考えられよう 。

3-3 出としての側面

⑪から⑬の局面では, 経営成果の分配計算と

未分配額の計算が行われていると見ることがで

きる 。

まず,分配計算について。 経営成果 32,410

円のうち,分配されたのが 6,750 円であり,分

配されずに企業内に留まっているのがあ,660

円である 。 経営成果勘定に集められた経営給付

6,750 円が,経営成果 32,410 円と対比された後,

そこから差し引かれているのは, そういうこと

であろう 。

次に,未分配額 25,660 円の計算だが, これ

は法律上, 企業家(事業主)のものである。

25,660 円が,損益勘定を経由して, 企業家資本

勘定に振り替えられているのは,そういうこと

であろう(⑪と⑬) 。

ただしその一方で,ニックリッシュが, 彼

の規範的立場をさらに推し進め,この 25,660

円を「共同体持分(Gewinanteile der Mitglieder

der Gemeinschaft)」として捉える考え方を示

している点も無視できない お。 というのは,経

営給付と経営成果を対比する意味が最もよく理

解されるのは,この数値例のように,成果分配

が偏りすぎている場合だからである 。

ここで\我々が問題としている給料勘定に目

を向けると , この局面では,分配計算および未

分配額計算の観点より,分配支出つまり「出」

として説明されていることに気づくであろう 。

ニックリッシュ学説にみる給料勘定の三面性と目的変化の思考 145

4. 目的変化の思考ーまとめに代えて-

以上より,ニックリッシュ理論における給料

勘定に 3 つの側面があること,その内容および

その見方を必要とする理由が, 簿記一巡のプロ

セスに沿って明らかになったと思われる。本節

では,最後に, それら 3 つの側面を l つのまと

まりあるものとして捉えるためには,どのよう

な視点に立てばよいのかについて, これまでの

議論を踏まえて考えてみたい。

給料勘定の第 1 の側面は,実物財の「入」 と

しての側面である。 これは,期中記録において,

実物財の動きを捕捉するという目的に基づくも

のであっ た。

第 2 の側面は,従業員が提供する価値(提供

価値) と しての側面である 。 これは,決算にお

いて,経営主体である労資共同体の立場から ,

提供した価値 (経営給付)とその対価収入(経

営成果)とを対比するという目的に基づくもの

であった。

第 3 の側面は,分配支出つまり「出」として

の側面である。これは, 経営成果たる収入を誰

にいくら分配したか,分配すべきかを計算する

という目的に基づく ものであった。

これら 3 つの側面は, それぞれの目的ないし

必要性に基づいているのだが,それらの目的は,

個別バラバラに存在していると い う より も,む

しろ相互に関連 し合っている と いうべきであ

る。 すなわち,第 3 の目的を遂行する局面にお

いては,誰にい くら分配すべきかが問題となる

が,この前提には,第 2 の目的すなわち経営給

付と経営成果の対比が置かれているといえる。

また,第 2 の 目的を遂行するためには, 実物財

の出入や費消についての詳細な記録が必要であ

るが,この記録を提供するのは第 1 の 目的であ

る。

ここにおいて, 3 つの側面を l つのまとまり

あるものとして捉えるための考え方を学びとる

ことができる。特定の見方(側面)を要請する

目的は,簿記一巡のプロセスにおいて一様では

な く,局面ごとで変化する。しかしそのよう

に変化する 目 的は, 個別バラバラに発動するも

のではなく,前の目的を後続の目的が引 き継ぐ

形で発動するものと考え られる。 このように,

目的が簿記一巡の流れに沿って有機的に変化す

るという考え方をとるならば, 3つの側面を統

一的に捉えることができるのではないだろ う

か。

(付記)本稿は, 科学研究費補助金 ・基盤研

究A (課題番号 24243053,研究代表者 佐藤倫

正) の成果の一部である。

1 森田(2007)によれば, ニッ ク リ ッシュは 「 ド イ

ツ経営経済学の創始者と もいわれる人J とされる。

森田哲掬(2C07)「ニック リッ シュj 安藤英義 ・ 新田

忠誓伊藤邦雄-慶本敏郎編集代表『会計学大辞典〈第五版〉』 中央経済社, 1080 頁。

2 市原(1965) によ れば, 「ニックリ ッシュの経営学

は三つの発展段階を構成しているj とされ,本稿で

取 り上げるこ y ク リ アシユの著書 I経営経済j は1第三段階の代表作として位置づけられる。市原季一

(1965) 『ドイツ経営学(8 版)』森山書店, 45 頁参照。

3 Nicklisch,H. (1932), Die Betriebs山irtschαft,

Stuttgart, 7.aufl

4 Nicklisch (1932), S.681

5 Nicklisch (1932), S.679

6 Nicklisch (1932), S.322

7 Nicklisch (1932), S.323

8 Nicklisch (1932), S.374

9 Nicklisch (1932), S.49

10 Nicklisch (1932), S.372 373

11 Nicklisch (1932), S.373

12 出所は Nicklisch (1932), S.682-684

13 Nicklisch (1932), S.665

14 Nicklisch (1932), S.666.

15 Nicklisch (1932). S.163 16 Nicklisch (1932), S.61-62 17 Nicklisch (1932), S.175-176

18 この図は, ニ y クリッシュの図ならびにその解説

文を参考にして, 筆者が作成した。 Nicklisch (1932).

S.103-116

19 Nicklisch (1932). S.294-296

20 Nicklisch (1932), S.512 517, 690 691

21 この考え方は,『経営経済』では見えにくくなっている。この考え方が詳し く 論じられているのは,

後年に記された次の論文である。 Nicklisch (1937),

"Die heutige Bedeutung der Rentabilitiit for den

Unternehmer ” , Die Betrie b s山rtschαft . Jahrg.

30,Heft2 S.29-36

22 これについて,大橋 (1996)では, 「(共同体につ

いては 筆者),与える物 (給付)と受け取る物 (例えば対価)との価値維持の行われる ことを必要とす

る。これにより(共同体の一筆者) 全体について も部分についても維持の法則が貫徹され。経済性は

1CO% になる。 そ して,社会全体についても価値の維

持が行われ,価値の消失することがない」と述べら

れている。大橋昭一 (1996)「ニックリッシュ経営学

の発展と展開」大橋昭一編著・渡辺朗監訳『ニックリ y

シュの経営学』 同文舘, 27 頁。

23 Nicklisch (1932). S.700

146 [経営管理研究所紀要J 第 20 号 2013 年 12 月

参考文献

市原季一(1965)『ドイツ経営学(8 版〉』 森山書店。

大橋昭一 (1996)「ニックリッシュ経営学の発展

と展開」大橋昭一編著・渡辺朗監訳 『ニックリッ

シュの経営学j 同文舘。

森田哲粥(2007)「ニックリッシュ」安藤英義・

新田忠誓・伊藤邦雄・虞本敏郎編集代表 『会

計学大辞典〈第五版〉』中央経済社, 1080

1081 頁。

Nicklisch,H. (1932) , Die Betriebswirtschαft,

Stuttgart, 7.aufl.

一一一一一(1937),“Die heutige Bedeutung der

Rentabilitat fi.ir den Unternehmer , Die

Betriebswirtschaft. Jahrg. 30, Heft2, 8.29-36.