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Title 国際人道法ノート(5) Author(s) 樋口, 一彦 Citation 琉大法学 = Ryudai Law Review(90): 345-366 Issue Date 2013-09 URL http://hdl.handle.net/20.500.12000/27824 Rights

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Title 国際人道法ノート(5)

Author(s) 樋口, 一彦

Citation 琉大法学 = Ryudai Law Review(90): 345-366

Issue Date 2013-09

URL http://hdl.handle.net/20.500.12000/27824

Rights

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国際人道法ノート (5)

目 次

第 1章 国際人道法の歴史及び法源

<1>国際人道法の歴史的展開

<2>国際人道法の法源・名称・隣接領域

[附録 1] 戦場における合衆国軍隊の統制のための訓令(翻訳)

第 2章 国際人道法適用の基本問題

<1>国際人道法の平等適用

樋 口 一 彦

(以上、 86号)

<2> r国際的武力紛争に適用される国際人道法jと「内戦に適用される国際人道法j

<3>国際人道法適用の始期と終期

第 3章戦闘員の資格・捕虜の待遇

<1>戦闘員の資格

<2>戦闘員・捕虜の保護

[附録 2]エリトリア・エチオピア諦求縮委員会の捕虜に関する仲裁判決

第 4章 害敵手段・方法の規制および文民の保題

<1>兵器そのものの違法性

<2>軍事目標主義

l 軍事目標の定義

2 付随的損害

3 攻撃の影響に対する予防措置

-345-

(以上、 87号)

(以上、 88号)

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~大法学第 90号 2013 1Ji 9 月

4 特別な保護対象となる物

5 文民たる住民の生存に不可欠な物の保護

6 特別な保護対象となる軍事目標

7 特別の保護を受ける区域一一無防守地域、無防備地区、非武装地帯一一

8 文民保護

9 戦闘方法についてのその他の規定

<3>敵国の権力内にある文民の保護

l 領域内敵国文民の保護

2 占領地域文民の保護

8 文民保護 l

(以上、 89号)

(以上、本号)

武力紛争において文民たる住民が被る影響を少なくするために、組織的な活

動を企図することがある。このような活動組織の保護について、 1977年第一議

定書第 6章が、文民保護の表題の下に、諸規定をおいた 20 1949年文民条約第

63条2項において「重要な公益事業を維持し、救済品を分配し、及び救援事業

1 1977年追加議定番において規定される..civi1 defence" (英)、"protection civile" (仏)の公定訳として、 I文民保護jがあてられた。公定訳の出される前には、 f民間防衛J(竹本正幸 I一九七七年第一追加議定書の条文の変遷(三)j r関西大学法学論集』第 30巻第5号 128頁)、 I市民防衛J(宮崎繁樹「市民防衛(民間防衛)についてJr法律論叢』第52巻第 6号 1頁)、 f文民防衛J(藤田久一『新版国際人道法〔再増補)J(有信堂、 2003年)166、169--170頁)などと訳された。「文民保積jの訳語は仏語正文に近いが、「文民の保護(protectionof civilians)jと紛らわしい。[非軍事的対処Jとの表現のほうがより良いと思われるが、公定訳に従って、本稿でも「文民保護Jを使用する。

2我が国について、「第一追加議定書の文民保護組織としては、基本的には、国民保護法において、国民の保鑓のための措置を実施する指定行政機関、地方公共団体、指定公共機関等が該当するJ(国民保護法制研究会編『国民保護法の解説J(ぎょうせい、平成 16年)50頁)、「我が国では、武力攻撃を対象とする場合の『文民保範』を『国民保護』の名称で実施するということである。J(河木邦夫「民間防衛の史的変遷についてjr防衛大学校紀要J第百輯社会科学分冊 61頁)と解説される。国民保護法(武力攻撃事態等における国民の保護のための措置に関する法律)第 158条において、[国民の保護のための措置に係る職務を行うものJr国民の保護のための措置の実施に必要な援助について協力をする者Jr当該国民の保護のための措置に係るこれらの者が行う職務、業務若しくは協力のために使用される場所等jの識別のために 1977年第一議定書第 66条規定の特殊標章・身分証明書を使用すると明記されるのは、このことを示している。オーストラリアに関して「オーストラリアには専従の文民保纏組織はない。国家災害管理庁 (EMA)

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[&1際人道法ノート (5) (樋口一彦}

を組織化することによって文民たる住民の生活条件を確保することを目的と

して既に存在し、文は将来設立される非軍事的性質を有する特別の団体の活動

及び職員Jに言及し、その占領地域における活動継続の許容を規定していたが、

1977年第一議定書ではこの[文民保護jについて詳細な規定が置かれた。文民

保護としての任務は、第 61条で以下の通り定められる:警報の発令、避難の実

施、避難所の管理、灯火管制に係る措置の実施、救助、応急医療その他の医療

及び宗教上の援助、消火、危険地域の探知及び表示、汚染の除去及びこれに類

する防護措置の実施、緊急時の収容施設及び需品の提供、被災地域における秩

序の回復及び維持のための緊急援助、不可欠な公益事業に係る施設の緊急の修

復、死者の応急処理、生存のために重要な物の維持のための援助、および上記

の任務のいずれかを遂行するために必要な補完的な活動。

これらの列挙は、例示的ではなく網羅的である九文民保護の定義において「敵

対行為文は災害jの危険からの保護と述べられるように久人為的災害や天災へ

の対処をも含むものであるが、議定書適用の条件である武力紛争の存在が前提

となる三文民保護に含まれる任務の種類に「秩序維持jを含めるかどうかにつ

いて議論を呼んだが、「秩序の回復及び維持のための緊急援助jとして、秩序維

持を担う警察組織の保護そのものは文民保護に含まれないこととなった九

「文民保護組織jは、紛争当事者の権限のある当局によって組織され又は認め

られる団体・組織であるが、軍隊構成員・軍部隊の配属を認めるかどうかをめ

ぐって考えが分かれたに結局、「軍の文民保護組織以外の文民保護組織(civilian

civil defence organizations)J (第 62条~第 65条)と[文民保護組織に配属される

が国家レベルで文民保護の責任を果たす。jと説明される (ADDP06.4 Law of Arrned Conf1ict (2006) para.9.67. なお、このオーストラリア軍マニュアルは、"Australian De-fence Force Publication 37・Lawof Armed Conf1ici'に取って代わるものである(表紙注記入)。ドイツ、フランス、アメリカ、インド、韓国の各国について、『法律時報』第 74巻 12号 (2002年 11月号)所収の論考、スイスについては、安田寛 fスイスの民間防衛についてJWレファレンス』第 391号 (1983年 8月号)参照。

3 ICRC. Commentary on the Additional Protocols p.720. paras.2343-2344. 4第一議定書第 61条(a)5 ICRC. Commentary on the AdditionaJ Protocols p.721. para.2349. 従って、武力紛争のない時の組織の活動については、人道法は関知しない (DieterFleck (edよ Thehand-book of IHL 2nd ed. p.264.)。

6 ICRC. Commentary on the Additional Protocols p.728. para.2389. 7 ICRC. Commentary on the Additional Protocols pp.793・794.paras.2705・2707.

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続大法学第 90号 2013"'9月

軍隊の構成員及び部隊(membersof the armed forces and mi1itary units assigned to

civil defence organizations)J (第 67条)に分けて規定が置かれた。後者は自国領

域においてのみ任務を遂行することができ、敵紛争当事国の権力内に陥った軍

要員は捕虜となる。[多くの国は、武力紛争時に自国の文民たる住民の保護を組

織する様々な方策について、すでに対応済みである。このことを考慮して第一

追加議定書は、自国の文民保護をいかに組織するかについて諸国に選択させる

可能性を残した。 8J

文民保護の国際的な特殊標章として、 fオレンジ色地に背色の正三角形9Jが

定められた。

9 戦闘方法についてのその他の規定

(1)自然環境の保護

1974年に始まる追加議定書作成の外交会議のために ICRCが作成した条約

草案には、特に自然環境の保護について言及する規定はなかった。会議におい

て戦闘の方法及び手段についての基本原則のひとつとして、そして、住民の健

康・生存のために、数か国から規定を追加する提案がなされた 10。これらの提

案についての検討は、 I戦時における環境保護について明示的な規定を試みる

最初の機会J11となった 120 会議での審議の結果、 1977年第一議定書第 35条

3項および第 55条に以下の規定が入れられた。

1977年第一議定書第 35条

8 Roberta Amold and Dominik Zimmermann: Civil Defence' . in Rudiger Wolfrum (ed.). The Max Planck EncycIopedia of Public lnternational Law (Oxford University Press. 2012) Vol. 11 p.164.

9第一議定書第 66条4項 そのひな型は、附属脅 I識別に関する規則(改正)第四条第4図に示される。また、文民保護の要員の身分証明書のひな型は、同(改正)第 15条第3図に示される。(この附属書 Iの改正について、本稿(4)註 100r琉大法学J第89号90頁参照。)

10 CDDH/m/60. CDDH/m/64. CDDH/m/222. CDDH/m/238 and Add.1 (CDDH Official Records Vol.III pp.156・157.220・221.)

11 CDDH/m/275 (CDDH Ofβcial Records Vol.XV p.358.) 12なお、 f国際法上の保護法益としての『環境』は、 1970年代以降、多くの国際環境条約

によって形成されてきたjが、「これら『平時』の環境条約が、武力紛争法が適用されるような『戦時』に適用されるかどうかという問題Jについて、村瀬信也は[武力紛争が発生してそこに武力紛争法が特別法として適用される事態にあっては、それら『平時』の環境諸条約が、そうした武力紛争法を凌薦して適用されるだけの基盤は、国際社

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凶際人道法ノート (5) (樋口一彦)

f3 自然環境に対して広範、長期的かつ深刻な損害を与えることを目的とす

る文は与えることが予測される戦闘の方法及び手段を用いることは、禁止す

る。J

1977年第一議定書第 55条

f 1 戦闘においては、自然環境を広範、長期的かつ深刻な損害から保護するた

めに注意を払う。その保護には、自然環境に対してそのような損害を与え、そ

れにより住民の健康文は生存を害することを目的とする文は害することが予

測される戦闘の方法及び手段の使用の禁止を含む。j

この追加議定書規定作成とほぼ同じ時期に「環境改変技術の軍事的使用その

他の敵対的使用の禁止に関する条約 13Jが作られており、この両者の異同につ

いても条文作成者の念頭に置かれていた。 1976年に国連総会で採択されたこ

の条約の第 1条および第 2条は、以下の通りである。

「第一条

l 締約国は、破壊、損害文は傷害を引き起こす手段として広範な、長期的な

又は深刻な効果をもたらすような環境改変技術の軍事的使用その他の敵対的

使用を他の締約国に対して行わないことを約束する。

第二条

前条にいう「環境改変技術jとは、自然の作用を意図的に操作することによ

り地球(生物相、岩石圏、水聞及び気回を含む。)又は宇宙空間の構造、組成又は運

動に変更を加える技術をいう。 14J

この 1976年条約で使用される[長期的な(long-lasting)Jという語は、「数か

月あるいはだいたい一季節 15Jと了解されているが、 1977年第一議定書の「長

期的(long-term)Jは、十年以上 16、数十年単位 17、の期間が考えられている。

また、 1976年条約では「広範な、長期的な文は深刻な効果」とー要素の充足で

会には未だ殆ど整備されていないjと述べる(村瀬信也 f武力紛争における環境保護J村瀬信也、真山全編『武力紛争の国際法J(東信堂、 2004年)646-650頁)。

13藤田久ーは、この条約について f戦争法の観点からほとんど現実性をもたずまた軍縮の観点から全く無価値jと評する(藤田久一 I環境破壊兵器の法的規制Jr関西大学法学論集』第 28巻第2号48頁)。

14 r官報』号外特第 11号(昭和 57年6月9日) 2頁15第 l条に関する了解(b)(Schindler and Toman (eds.), Fourth Edition p.168.,和訳:藤

田久一、浅田正彦編『軍縮条約・資料集〔第三版)](有信堂、 2009年)220頁)rこれらの了解は本条約に組み入れられていないが、交渉記録の一部を成しており、軍縮委員

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琉大法学第 90号 2013$F 9月

足りる表現であるのに対し、 1977年第一議定書においては「広範、長期的かつ

深刻な損害Jとして、すべての要素の累加的充足が必要である 18。一見、似て

いる用語であるが、それぞれの条約について固有の範囲が定められている。

1977年第一議定書で自然環境保護について第 35条 3項および第 55条の二

か所で言及されているが、前者は自然環境の保護それ自体が目的であるのに対

して、後者は人の生存・健康の維持の手段としての自然環境の保護を目的とし

ている 19。武力紛争における戦闘行為には、必然的に、環境を破壊する要素が

含まれると思われるが、通常の戦闘行為に伴う環境破壊に関しては、これらの

条文の対象外である 200 r砲撃などによって自然環境に対して短期の破壊をも

たらす戦闘行為を禁止するものではない。 21J r通常の戦闘に附随する戦場での

破壊は、普通には、本規定によって禁止されない。 22J

兵器そのものを違法とする一般原則として、 I不必要な苦痛を与える兵器の

禁止jや「無差別的効果を与える兵器の禁止jとともに、「自然環境に対して広

範、長期的かつ深刻な損害を与えることを目的とする文は与えることが予測さ

れる兵器の禁止jが、そのひとつとして挙げられることもあるべしかし ICJ

核兵器勧告的意見は、人道法の基本原則として、無差別的兵器の禁止と不必要

会会議によって 1976年9月に国際連合総会に送られた報告書に含まれているj(Schindler and Toman (eds.). Fourth Edition p.168.)

16 CDDH/m/GT/35 (Howard S. Levie. Protection 01 War Victims: Protocol 1 to the 1949 Geneva Conventions (Oceana. 1980) Vo1.2 pp.267・268..CDDH/215/Rev.l (CDDH Olncial Records Vol.XV p.269. para.27.)

17 ICRC. Commentary on the Additional Protocols p.416. para.1452. 18 ICRC. Commentary on the AdditionaJ Protocols p.418. para.1457. 19 CDDH/m/275 (CDDH Ollicial Records Vol.XV pp.358・359.).ICRC. Commentary on

the Additional Protocols pp.410. 663 . paras.I441. 2133. 20湾岸戦争 (1990年-1991年)においてイラクはペルシャ湾への原油流出・油井破犠を

行い、これに伴う環境破壊について非難を浴びたが、アメリカ国防総省報告書においては、たとえ第一議定書が適用されてもイラクの行為はこれに違反しない、とする (I.L.M.Vo1.31. NO.3 pp.636・637.)。また、 1999年の NATOによるユーゴスラピア連邦共和国(FRY)爆撃について検討した委員会の報告書において rNATOの爆撃中に生じた環境破壊は第一追加議定書適用の敷居に逮するものではない。j と述べられた (I.L.M.Vo1.39. NO.5 p.1262. para.17.)。これらの事例について、瀬岡直「戦争法における自然環境の保護Jr同志社法学』第 292号 217-223、232-236頁参照。

21 CDDH/m/275 (CDDH OfJβcial Records Vol.XV p.359.) 22 CDDH/215/Rev.l (CDDH Ofncial Records Vol.XV p.269. para.27.) 23 UK Ministry of Defence. Manual 2004 p.I04. para.6.3.. Dieter Fleck (edよ Thehand-

book ollHL 2nd ed. p.126. para.401. (本稿本章<1>参照)

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国際人道法ノート (5) (樋口-~)

な苦痛を与える兵器の禁止を挙げる 24が、環境保護については適切に考慮さ

れるべき要素であるとし 25、基本原則としての位置づけには慎重である。外交

会議での第 35条の採択後、ドイツ連邦共和国は第 35条 1項・ 2項について慣

習法の再確認であるとしたが、 3項は国際的武力紛争時における自然環境保護

への重要な新たな貢献である、と述べた 26。イギリス代表は、第 35条 3項に

ついて、第 55条の無駄な繰り返しであり、第 35条にこの 3項を含めないほう

がよい旨の発言を残した 27e

なお、第二議定書においては、委員会採択条文 28には自然環境保護規定が含

まれていたが、最終条文では落とされた。もちろん、内戦においても紛争当事

者は自然環境保設に留意すべきであるべ

(2)背信行為による攻撃禁止と標章保鑓

戦場での戦闘において、敵に攻撃からの保讃を与える義務があると見せかけ

ることによって敵の油断を誘い、その敵を攻撃することは禁止される。すなわ

ち、背信行為による攻撃の禁止である。そのような禁止がないと、本来保護さ

れるべきものの保護が危うくなるべそして、この背信行為による攻撃禁止に

関連して、保護されるものを表示する標章の保護が、人道法上必要になる。

伝統的な 1907年ハーグ陸戦規則において、「敵国又ハ敵軍ニ属スル者ヲ背

信ノ行為ヲ以テ殺傷スルコトJおよび「軍使旗、国旗其ノ他ノ軍用ノ標章、敵

ノ制服文ハ『ジェネヴァ』条約ノ特殊徽章ヲ掴ニ使用スルコトJの禁止が定め

られていた(第 23条)0 1977年第一議定書では、背信行為について以下のよう

24 lLR. Vol.110 p.207. para.78. ICJ核兵器勧告的意見については、本稿本章<1>2参照。25 lLR. Vo1.110 p.193 para.33. 26 CDDH/SR.39. ANNEX (CDDH Otβcial Records Vol.VI p.115.) 27 lbid.. p.118. なお、イギリスは、外交会議第三委員会での本 3項の採択について、反

対票を投じていた(CDDH/m/sR.38para.46. (CDDH Ofncial Records Vol.XIV p.410.))。28竹本正幸 f一九七七年第二追加議定書の条文の変遷Jr関西大学法学論集』第 29巻第

3号 160--161頁29 r非国際的武力紛争の当事者は、国際的武力紛争を規律する規則と同じ環境保護規則を

適用することを奨励されるoJ(ICRC作成の指針 A/49/323Annex (6) p.49..ー和訳:田中則夫、薬師寺公夫、坂元茂樹編集代表『ベーシック条約集 2013年版J(東信堂、2013年) 1120頁) (上記引用は樋口訳)

30 UK Ministry of Defence. Manual 2004 p.60. para.5.9.3.

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琉大法学第90号 2013年 9月

に規定される(第 37条)。

r 1 背信行為により敵を殺傷し文は捕らえることは、禁止する。武力紛争の際

に適用される国際法の諸規則に基づく保護を受ける権利を有するか又は保護

を与える義務があると敵が信ずるように敵の信頼を誘う行為であって敵の信

頼を裏切る意図をもって行われるものは、背信行為を構成する。背信行為の例

として、次の行為がある。

(a) 休戦旗を掲げて交渉の意図を装うこと、文は投降を装うこと。

(b) 負傷文は疾病による無能力を装うこと。

(c) 文民文は非戦闘員の地位を装うこと。

(d) 国際連合文は中立国その他の紛争当事者でない国の標章文は制服を使

用して、保護されている地位を装うこと。j

この規定で示されるように、背信行為そのものが禁止されるのではなく、「背

信行為により敵を殺傷し又は捕らえることjが禁じられるのである 31。従って、

例えば、敵の攻撃を避けるために負傷・無能力を装うこと自体は、禁止されな

。。,uq

u 、a'ν

文民・非戦闘員を装うことについては、戦闘員の資格問題 33に関連して論

議を招いた。戦闘員は「攻撃文は攻撃の準備のための軍事行動を行っている問、

自己と文民たる住民とを区別する義務を負う。 34J この戦闘員の資格にリンク

した f自己と文民たる住民とを区別する義務jと I文民・非戦闘員を装つての

攻撃禁止(背信行為による攻撃禁止)Jとの聞に阻酪が生じないように、 1977年第

一議定書第 44条 3項に定める条件に合致する行為は、第 37条 l項(c)に規定

する背信行為とは認められない、との規定が置かれた 35。この戦闘員資格要件

としての「自己と文民たる住民とを区別する義務jと、背信行為による攻撃禁

止としての「文民・非戦闘員を装つての攻撃禁止jは、同じ義務内容であると

31従って、 I背信行為の禁止jという第 37条の見出しは、この条文の内容の中で理解される必要がある (ICRC.Commentary on the Additional Protocols p.432. para.1490.)。

32 ICRC. Commentary on the Additional Protocols pp.436. 438. paras.1502. 1505.. UK Ministry of Defence. Manual 2004 p.59. para.5.9.2. note 36.

33本稿第 3章<1>参照。34 1977年第一議定書第 44条3項35 1977年第一議定書第44条3項

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国際人道法ノート (5) (樋口一彦)

解すべきであるへ

背信行為による攻撃の禁止と保護標章の不正使用は、関連性を持つものの、

区別して考えなければならない。保護標章の不正使用は、敵に対する攻撃を伴

わなくても、それ自体が違法な行為となる 37。他国の旗・標章・記章・制服に

ついては、中立国のものを武力紛争において使用することは禁じられるが、敵

のものは I攻撃を行っている問、又は軍事行動を掩護し、有利にし、保護し若

しくは妨げるためjの使用禁止にとどまるべさらに、第 39条 3項の但し書

きにあるように、諜報活動における敵の制服の使用は、第 39条にもその他の国

際法規定にも違反しないへまた、この第 39条 3項でも言及されているが、伝

統的な海戦における国際法規則において、交戦国軍艦が敵国や中立国の旗を実

際の戦闘時以外で使用することは、認められていたぺ

敵を欺く行為であるけれども国際法に違反しないものは、「奇計jとして許さ

れる。その例として「偽装、 園、陽動作戦及び虚偽の情報の使用J41が挙げら

れる 420

く3> 敵国の権力内にある文民の保鑓

交戦国の権力内に存在しない敵国文民は、基本的に、前節における軍事目標

36樋口一彦「一九七七年ジュネーヴ諸条約第一追加議定書における戦闘員の資格(二・完)J r関西大学大学院法学ジャーナル』第 45号 54........55頁参照。 ICRC注釈番においてもf二重基噂は存在しない。jと説明される (ICRC.Commentary on the Additional Pro-tocols p.438.. para.1507.)。

37 1977年第一議定番第 38条、 ICRC,Commentary on the Additional Protocols p.448., para.1532.

38 1977年第一議定番第 39条 2項39 BOTHE. PARTSCH. SOLF. Commentary on the Two 1977 Protocols p.215. 40アメリカ海軍マニュアルでも、この伝統的な規則が取り入れられている (Annotated

Supplement to the Commander's Handbook of the Law of Naval Operations. Inter-national Law Studies Vo1.73 pp.511・512吋 paras.12.3.1.12.5.1ー和訳:竹本正幸他訳「米国海軍省作成の『指揮官のための海軍作戦法規便覧J(六)・完Jf関西大学法学論集1第 41巻第 2号 187頁)。

41 1977年第一議定書第 37条 2項42湾岸戦争中の 1991年 1月 29日に始まった RasAI-KhaOiの戦闘において、イラクの

戦車が砲塔を後ろ向きにして進み、多国籍軍との戦闘開始時に砲身を前に向けたことについて、背信行為による攻撃であるとの報道もあったが、これは背信行為に当たらない。後ろ向きの砲塔が投降の意思を示すものとは認識されていない (UnitedStates: De-pa此mentof Defense Report to Congress on the Conduct of the Persian Gulf War-Ap-pendix on the role of the law of war, I.L.M. Vo1.31 NO.3 p.632.)。

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疏大法学第90号 2013i手911

主義による攻撃からの保護を受けるにとどまる。しかし、その権力内にある敵

国の文民については、より具体的な保護規定が定められてきた。「敵国の権力内

にある文民jには、大別して、占領地文民と敵国領域内の文民がある。 1907年

ハーグ陸戦条約附属規則第三款は主に前者を扱い、 1949年ジュネーヴ文民条

約(第四条約)ではこの両カテゴリーの文民の保護について比較的詳細な規定

が置かれているペこの 1949年文民条約により保護されるのは「紛争当事国

文は占領国の権力内にある者でその紛争当事国文は占領国の国民でないものJ

である 44。交戦国領域内の中立国の国民、および共同交戦国 45の国民について

は、「それらの者の本国が、それらの者を権力内に有する国に通常の外交代表を

駐在させている聞は、被保護者と認められないjペまた、 1949年ジュネーヴ

第一条約・第二条約・第三条約の保護対象とされる者は、この文民条約の被保

護者ではない 47。従って、 1949年文民条約の被保護者は、原則として、 f敵国

43この両条約の関係について、 1949年文民条約は 1907年陸戦規則にとって代わるものではなく、その第二款及び第三款を補完するものとされる (1949年文民条約第 154条入文民保讃のための条約作成の必要性は、すでに第一次大戦後に認識されていたが、1929年ジュネーヴ二条約作成会議では、その外交会議の最終文書(ActeI1nal)第 6項において「会議は、両委員会の全会一致の決議を承認し、交戦国の領域内または交戦国により占領された地域に存在する敵国文民の状態および保鑓に関する国際条約締結のため、姻り下げた検討に取りかかることを希望するjにとどまった (Actesde 1a Conference dip10matiQue convoQuee par 1e Conseil federa1 suisse pour 1a revision de 1a Convention du 6 juillet 1906 pour l'amelioration du sort des b1esses et ma1ades dans Jes armees en campagne et pour 1匂1aborationd'une convention re1ative au traitement des prisonniers de guerre et reunie a Geneve du 1 er au 27 juillet 1929 (Geneve. 1930) p.732)。ようやく、 1934年に f交戦国の領域内または交戦国により占領された地域に存在する敵国文民の状態および保護に関する国際条約案J(ICRC web site http://www.icrc.org/dih.nsf/FULL/320?OpenDocument (仏語), Schindler and Toman (eds.). Fourth Edition pp.447・451.(英語訳), r第十五回赤十字国際曾議議事概要j(日本赤十字社、昭和 10年)363--370頁(日本語訳))が、第 15回赤十字国際会議(東京で開催)で採択されたが、 1940年に予定された外交会議は第二次大戦開始

のために聞かれなかった(ICRC.Commentary IV p.4.)。441949年文民条約第 4条45 ICTY Blaskie事件第一審裁判部は、クロアチアとポスニア・ヘルツヱゴピナが共同交

戦国であるのでポスニアのムスリム人犠牲者は被保護者ではないとの弁護側の主張を退け、 f中央ポスニアでの紛争において、クロアチアとポスニア・ヘルツェゴピナは、ジユネーヴ第四条約の意味での共同交戦悶ではない。Jと判断した (Prosecutorv. Blaskie (Judgment)(Case IT・95・14・T)paras.134・143..ILR Vo1.122. pp.60・62.)。

46 1949年文民条約第4条従って、占領地域内の中立国国民は、それらの者の本国と占領国の聞に通常の外交関係がある場合でも「被保護者jとなる (ICRC.Commentary IV p.48.)。

47 1949年文民条約第 4条48この敵味方の区別は基本的に国籍によるが、状況によっては国籍が基準にならないこ

とがある。その場合には、国籍に代えて実質的な敵味方の基準を使用する必要がある。

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国際人道法ノート (5) (樋口---jJ)

の文民jである 48。但し、この条約の第二編(第 13条から第 26条まで)は紛争

当事国の住民全体に適用される旨規定される 49が、その内容は、病院地帯や中

立地帯等の設定、文民病院の表示・保護、病院列車・輸送船・輸送航空機等の

表示・保護、医療品等の通過許可、戦争孤児等の保護、家族間の通信の確保・

敵散家族の再会などに限られる。 1977年第一議定書第 75条は、「紛争当事者の

権力内にある者であって諸条約文はこの議定書に基づく一層有利な待遇を受

けないものJに対する基本的な保鑓規定を定めており、保護の隙聞を埋める重

要な役割を持つ 50。

l 領域内敵国文民の保護

紛争当事国は、その領域内にある敵国文民に対して、領域主権原則に基く支

配権限を有する。領域国は敵国文民の行動に関して領域国の安全上必要な措置

をとることを認められる。他方、敵国文民が領域国によって不当に扱われるこ

とのないよう、人道法上の保護が求められる。

武力紛争の開始後に敵国文民が在留国から出国することは、「その退去がそ

の国の国家的利益に反しない限り、その領域を去る権利を有するjとされる 51。

この点について、本稿第 1章<2>3 (f琉大法学』第 86号 56.......57頁)参照。また、敵対行為の開始前に無国籍者または難民(refugees)と認められていた者については、文民条約上の被保護者となる(1977年第一議定番第 73条)。無国籍者は Iその紛争当事国文は占領国の国民でないjので文民条約の文言からも被保護者に該当するが、難民については第一議定番の規定によって文民条約上の被保護者に位置付けられることとなった(ICRC. CommentBry on the AdditionaJ ProtocoJs pp.846. 854. paras.2937. 2981.)。なお、 refugeesの公定訳について、 1949年文民条約第44条では「亡命者Jであるが、 1977年第一議定書第 73条においては I難民jとされた。

49 1949年文民条約第 13条50 1949年文民条約第5条は、被保護者の権利制限についての規定をおく。占領地域の被保

誕者に関して、明確に、通信の権利の制限に言及するが、紛争当事国領域内被保護者については I当該紛争当事国の安全を害するようなものを主張することができないjとの表現にとどまる。この点についてICRC注釈替は f本条は主にその被抑留者と外部世界との関係を対象とするものであり、この側面において明らかに制限がかけられる。Jと解説する(lCRC. Commen臼ry]Vp_56.)。従って、紛争当事国・占領国の安全を根拠とする被保雄者の権利の制限は部分的である。しかしながら、いずれにしても、このような権利の制限を受ける被保護者も第一議定書第 75条の基本的保護を受ける者の部類に属する (ICRC.Commen臼庁on的eAdditionBl ProtocoJs pp.867. 870. paras.3015. 3032.)。

51 1949年文民条約第 35条エリトリア・エチオピア諦求権委員会文民請求(エリトリアの諦求 15.16. 23 & 27・

32)仲裁判決において、戦争発生後すぐの 1998年6月にエチオピアで学んでいた約 85人のエリトリア人大学生が抑留された件について、 fその学生たち一一ーおよびその他の軍務適合年齢のエリトリア人、特に軍事訓練を受けている者一ーが、自由に出国すれ

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疏大法学第90号 2013If'9月

交戦国が敵国民を強制的に帰国させることは、国際法上許される 52。領域内に

残る被保護者について、[紛争当事国は、被保護者に関して、戦争の結果必要と

される統制及び安全の措置を執ることができJ53、領域国は、その安全上絶対

に必要な場合には、敵国文民を住居指定や抑留の措置をとることができるへ

他方、敵国文民は「原則として平時における外国人に関する規定によって引

き続き規律されJ55、特に、肉体的苦痛 56、集団に科する罰や掠奪 57、人質問

ば、エリトリアに帰国してエリトリア軍に参加するかもしれない、とエチオピアが懸念したことについて、合理性がある。それらの者の抑留はジュネーヴ第四条約第 35条 1項に合致する。jとされた(Eritrea-EthiopiaClaims Commission, Partial Award, Civil-ians Claims, Eritrea' s Claims 15, 16, 23 & 27-32, paras.115, 117. ( United Nations,

Reports of International Arbitral Awards Vol. XXVI pp.232-233, ILR Vo1.135 pp.411-412.))。

52政治的意見や信仰のために迫害を受けるおそれのある国に強制的に移送しではならない (1949年文民条約第 45条第4項)が、 Iこのような特別な状況がなければ、送還は許される。J(Dieter Fleck (edよ Thehandbook of IHL 2nd ed. pp.318・319.)、f交戦国が戦時に敵国民を追放することは、国際法上許される。J(Eritrea-Ethiopia Claims Com-mission, Partial Award, Civilians Claims, Eritrea's Claims 15, 16, 23 & 27-32,

para.92.)、I敵国民の追放についてエリトリアは交戦国の権利に基づいて行動した。しかし、その追放の条件は、ジュネーヴ第四条約第 35条・ 36条の最低限の人道的な基暗に合致するものでなければならない。また、被迫放者は、エリトリア内に有する財産・経済的利益を守るための適切な機会を与えられなければならない。J(Eritrea-Ethiopia Claims Commission, Partial Award, Civilians Claims, Ethiopia's Claim 5, paras.121-122.) (United Nations, Reports of International Arbitral Awards Vol. XXVI pp.228,

284., ILR Vo1.135 pp.406, 463.) ICRC注釈書は、この点について[しかしながら、慣行および理論上、この追放の権利は限定的である.例えば、開戦時に交戦国領域内のすべての外国人をまとめて追放することは許されないJ とする(ICRC,Commentary IV p.266.)。なお、国際法委員会 (ILC)によって採択(第 1読)されている I外国人の追放に閲する条文草案jの中の「第 10条 集合的追放の禁止Jでは、「本条文草案は、追放国の関わる武力紛争の場合に外国人の追放に適用される国際法規則には、影響を及ぼさないoJ (第4項)として、直接的な規定を避けている。 (A!67!10p.13.)

53 1949年文民条約第 27条54 1949年文民条約第 41条、 42条

「ジュネーヴ第四条約第42条に示される、強制的抑留を行いうるための高い要件水準を考えれば、数千人のエチオピア人の突然の拘束・抑留について、エリトリアはある程度十分な理由を示さなければならない。・・・ 2000年5月及びそれ以後のエチオピア人の大量抑留が自国の安全にとり『絶対的に必要』であるとのジユネーヴ第四条約第 42条の要件を満たしていることを、エリトリアは示さなかった。j(Eritrea-Ethiopia Claims Commission, Partial Award, Civilians Claims. Ethiopia's Claim 5, para.104. ( Unlted Nations. Reports of International Arbitral Awards Vol. XXVI p.280, ILR Vo1.135 p.459'))

55 1949年文民条約第 38条エリトリア・エチオピア戦争において、エリトリア政府の病院は、概して、エチオピア人に対して、国籍を理由に、治療を拒否した。これはジュネーヴ第四条約第 38条2項に違反する。 (Eritrea-EthiopiaClaims Commission. Partial Award, Civilians Claims. Ethiopia's Claim 5, paras.56-62. ( United Nations. Reports of International Arbitral Awards Vol. XXVI pp.270・271, ILR Vo1.135 pp.447-449.))

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l同際人道法ノート (5)(樋口一彦}

は禁止される。戦争のために職業を失った被保護者に対しては、在留国国民と

同じ条件で有給の職業につく機会を与えなければならないへ

1949年文民条約は、領域内敵国文民および占領地文民の両方に適用される

保護規定として、第四条約第一部共通規定(第 21条.......46条)、第四部被抑留者の

待遇に関する規則(第 19条--135条)、第五部被保護者情報局及び中央被保護者

情報局(第 136条.......141条)をおく。従って、被保護者の抑留についての規則は、

領域内敵国文民および占領地文民の両方に適用される。多くの点でそれらの規

則は捕虜の待遇についての規則的に類似するへまた、第五部の 6か条(第 136

条.......141条)も捕虜条約の対応条文(第 122条~第 124条)をもとに、必要な修正

を加えたものであるべ捕虜 63と文民被抑留者の性質上の相違から、捕虜の場

合と異なる規定として、同一家族の同一場所居住(第 82条)や労働の非強制 64

(第 95条)などがある。また、文民被抑留者は、捕虜やその他の自由を奪われて

いる者と分離して収容されなければならない(第 84条)。

2 占領地域文民の保護

戦争において戦争の目的を達するため、つまり自国の意思を敵国に強いる有

効な手段のひとつとして、敵国領土の占領がある。かつて敵国領土の占領はそ

の領域の取得をもたらすと考えられたが、 18世紀後半に変化の動きがみられ、

56 1949年文民条約第 31条、 32条51 1949年文民条約第 33条58 1949年文民条約第 34条59 1949年文民条約第 39条

「エチオピア人の公的私的職務からの広範な解雇、公的住居からの排除、全面的でなくとも広範な商用免許の停止について、エリトリアはジュネーヴ第四条約第 39条の義務に違反した。エリトリアは、この期間中、エチオピア人に対して国民と同一の条件で職業を見つける権利を確保しなかったoJ (Eritrea-Ethiopia Claims Commission. Partial Award. Civi1ians Claims. Ethiopia's Claim 5. para.52. ( United Nations. Reports of Intemational Arbitral Awards Vol. XXVI p.210, ILR Vo1.135 p.441.))

60本稿第3章<2>3 (W琉大法学』第 88号 200.......212頁)参照。61文民被抑留者の待遇に関する規則は、捕虜の待遇に関する規則をもとにして、捕虜に特

有の規定を除外し、文民に必要な条項を加えて作成された (ICRC.Commentary JV pp.310-311.)。

62 ICRC. Commentary JV p.522. 63 r捕虜jの定義について、本稿第3章<2>1 (r琉大法学』第 88号 196........198頁)参照.64なお、抑留されない被保護者については、条件付きで労働を強制されうる (1949年文

民条約第 40条、 51条、UKMinistry of Defence, Manual 2004 pp.229. 291. paras.9.30. 11.52.)。

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流大法学第90号 2013iJ'9月

19世紀中に占領に関する規則が発展し、これがハーグ陸戦規則に結実した 65。

敵国の領土の一部(あるいは全部)を事実上支配下に置くことによって、占領が

完成する 660 1907年陸戦規則第 42条 u一地方ニシテ事実上敵軍ノ権力内ニ帰シタ

ルトキハ、占領セラレタルモノトス。占領ハ右権力ヲ樹立シタル且之ヲ行使シ得ル地域ヲ

以テ限トス。J)が人道法上の占領の定義と考えられてきた。「戦闘が継続し、攻撃

軍が未だ支配を確立していない地区は、通常、 1949年ジュネーヴ諸条約上の意

味で占領されているとは考えられない。他方、敵国軍隊によってほんの数日間支

配された地区でも、戦闘が生じていない場合、占領地域に適用される法規則が適

用される。 67J 1949年ジユネーヴ諸条約共通第 2条において「ー締約国の領域

の一部文は全部が占領されたすべての場合について、その占領が武力抵抗を受

けると受けないとを問わず、適用するJとして、武力抵抗を受けない占領の場

合も含まれることが明記されたが、占領の概念そのものは陸戦規則のものを引

き継いでいるべ但し、被保護者への文民条約占領規定の適用について、当該領

域支配よりもその者に対する支配が基準となる、という有力な説があるべ

占領が事実として確立すれば、占領国としての権利が発生し、占領地域の統

65 H. Lauterpacht (ed.). InternationaJ Jaw -a treatise by L. Oppenheim. Vo1.2・disputes.war and neutrality. seventh edition (Longman.1952) pp.432-433.

66ICJコンゴ武力活動事件において、ウガンダ軍司令官が新たな rKibali-Ituri地区jを創設したこと、およびその知事を任命したことについて、彼の行動はウガンダが占領国として Ituri地区において権力を確立し行使したことの明らかな証拠となる、と裁判所は考えた(IntemationalCourt of Justlce. Reports of Judgments. Advisory Opinions and Orders. Case concerning Armed Activities on the territory of the Congo. Judgment of 19 December 2005. p.230.. paras.175-176.)o

67 Eritrea-Ethiopia Claims Commission. Partial Award. Central Front. Eritrea's Claims 2.4.6. 7. 8 & 22. para.57. ( United Nations. Reports of International Arbitral Awards Vol. XXVI 0.136. ILR Vo1.135 p.315.)

68 rジュネーヴ諸条約に『占領』の定義が存在しないので、本裁判部は、ハーグ陸戦規則の慣習法としての性質を考慮して、ハーグ陸戦規則およびその中で示される定義に依拠する。J(ICTY. Case No. IT・98・34・T.Judgement (31 March 2003) . Prosecutor v. Mladen NALETILIC and Vinko MARTINOVIC. para.215. (http://www.icty.org/x/ cases/naletilic_martinovic/tjug/en/nal-tj030331・e.pdf)) . rハーグ陸戦規則第42条の中の広く受け入れられた占領の定義について、それ以後の人道法諸条約の準備作業において起草者たちがそれを変更しようとしたことを示すものはないoJ (Tristan Ferraro. “Determining the beginning and end of an occupation under international humani-tarian law" . InternationaJ Review of the Red Cross Vo1.94. No.885. p.136.)。

69 ICTY. Case No. IT・98・34-T. ibid.. para.222.. Marco Sassoli. “A plea in defence of Pictet and the inhabitants of territories under invasion: the case for the applicability of the Fourth Geneva Convention during the invasion phase" . InternationaJ Review of the Red Cross Vo1.94. No.885. pp.42-50.

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国際人泡法ノート (5) (樋口一彦)

治権限を国際法上認められる。占領国にとって、占領ができるだけ混乱の生じ

ない形で継続することが望ましい。また、占領地域住民にとっては、敵国軍隊

の占領という事態による住民生活の影響は極力小さなものとなることが要請

される。しかし、占領軍の安全確保の要求は、確保されなければならない。占

領地域に関する国際人道法は、これらの要因を勘案して形成される。

占領地域住民への影響をできるだけ小さくする方策として、伝統的に、占領

地の現行法の尊重原則がある。リーパー・コードにも盛られる 70この原則は、

1907年ハーグ陸戦規則第 43条で「国ノ権力カ事実上占領者ノ手ニ移リタル上

ハ占領者ハ絶対的ノ支障ナキ限占領地ノ現行法律ヲ尊重シテ成ルヘク公共ノ

秩序及生活ヲ回復確保スル為施シ得ヘキ一切ノ手段ヲ尽スヘシjと規定され

る。 1949年文民条約第 64条は、この原則を引き継ぎ、「被占領国の刑罰法令は、

それらの法令が占領国の安全を脅かし、又はこの条約の適用を妨げる場合にお

いて、占領国が廃止し、又は停止するときを除く外、引き続き効力を有する。Jと

する 71。本条の中で認められているように、占領国は占領軍の保護のための刑

事規定を定めることが可能であり 72、違反者への死刑の適用も排除されない

が、その適用・執行には厳重な制約があるべ占領国は、当該占領地域の統治

者として行動することが認められ、住民に対して租税等の徴収、取立金の徴収、

現品徴発などを行なうことができる 740 但し、これらは占領地行政において必

70リーパー・コード第 6条(本稿附録 1r琉大法学』第 86号 64頁)71本条約が刑事法にのみ言及するのは、それが過去の紛争において十分に避守されてこ

なかったからである、と説明される(ICRC.Commentary IV p.335.)。72 r占領国の安全、占領軍又は占領行政機関の構成員及び財産の安全並びにそれらが使用

する施設及び通信線の安全を確保することができるようにするため必要な規定に従わせることができるoJ(1949年文民条約第 64条第 2項)

73 1949年文民条約第 68条、 75条この第 68条2項(第六十四条及び第六十五条に従って占領国が公布する刑罰規定は、被保護者が問ちょうとして行った行為、占領国の軍事施設に対して行った重大な怠業(サボタージュ)又は一人若しくは二人以上の者を死に至らしめた故意による犯罪行為のため有罪とされた場合にのみ、その被保趨者に対し死刑を科することができる。但し、占領開始前に実施されていた占領地域の法令に基いてそのような犯罪行為に死刑を科することができた場合に限る。)について、若干の国(オーストラリア、カナダ、オランダ、ニュージーランド、スリナム、イギリス、アメリカ)は、以下の旨の留保を行った。 I第68条第 2項に掲げる犯罪行為が占領開始の時の占領地域の法令に基づいて死刑を科することができるものであるかどうかを問わず、同項の規定に従って死刑を科する権利を留保する。jしかし、のちにほとんどの国(オーストラリア、カナダ、オランダ、ニュージーランド、イギリス)がこの留保を撤回している (Schindlerand Toman (edsよFourthEdition pp.651・681.)。

74 1907年陸戦規則第48条、 49条、 51条、 52条

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琉大法学第 90号 2013年9月

要とされるということが前提であり旬、占領軍の需要に応じる現品供給に対し

ては対価を支払う必要がある 76。作戦動作に使用されうる固有動産や各種の軍

需品(私人に属するものも含まれる)を押収することも許される 770 また、住民に

占領軍の需要・住民の需要のための労働を条件付きで強制することもできる。

労働者に対しては公正な賃金が支払われなければならず、また被占領国の労働

法令が適用されなければならない 78。さらに、「安全上の絶対的理由のために被

保護者に関して安全措置を執ることが必要であると認めた場合jには、住居指

定や抑留の措置をとることも認められるべしかし、被保護者を占領地域から

占領国領域・他国領域に強制移送・追放してはならない代他方、占領国は、占

領地域を支配していることから、その秩序維持・私有財産尊重・略奪防止につ

いての責任を負っているへ ICJコンゴ武力活動事件 82において、ウガンダは

Ituri地区における占領国であったので、 1907年ハーグ陸戦規則第 43条に示

される慣習法に従って、絶対的な支障のない限りコンゴ民主共和国 (DRC)の現

行法規を尊重し、出来る限り占領地域の秩序・安全を回復・確保するためにな

しうるすべての措置を取らなければならず、この占領国としての義務には、国

際人権法および国際人道法の関連規則の尊重確保、占領地住民の暴力行為から

の保諮、そして第三者によるそのような暴力を容認しないことの義務が含まれ

る、と判示された。すなわち、国際義務に違反したウガンダ軍のあらゆる行為

についてウガンダの寅任が生じるとともに、その占領地に存在する反徒等によ

75 1907年陸戦規則第 48条、 49条76 1907年陸戦規則第 52条77 1907年陸戦規則第 53条 I押収jと f徴発jの違い、および、 f軍需品jの意味につ

いて、竹本正幸『国際人道法の再確認と発展j(東信堂、 1996年)56.......77頁参照。78 1949年文民条約第 51条79 1949年文民条約第 78条80 1949年文民条約第 49条第 1項81 f2000年5月31日から(損害が評価される)2001年6月までの 12か月の聞のほぼ

9か月間、エチオピアは TseronaTownを占領した。エチオピアの軍人がこの町での略奪・建物からの装備取り外しに直媛的に関与していようといまいと、エチオピアは、占領国として、秩序維持・私有財産尊重・略奪防止について責任を負う。従って、エチオピアは、その占領期間中、その町での違法な略奪および建物からの装備取り外しを許したことについて、質任を負うJ(Eritrea-Ethiopia Claims Commission, Partial Award. Central Front. Eritrea's Claims 2, 4, 6, 7, 8 & 22, para.67. ( United Nations, Reports of Intemational Arbitral Awards Vol. XXVI pp.138・139,ILR Vo1.135 p.318.))

82樋口一彦[占領国の略奪禁止一一コンゴ領域における武力行動事件(対ウガンダ)Jr別冊ジュリスト 204号国際法判例百選[第 2版]J228.......229頁参照。

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同際人道法ノート (5) (樋口一彦)

る人権法および国際人道法違反をも防止するために必要な措置をとらなけれ

ばならない、ということであるべ人権条約の適用可能性については、条約上

の適用範囲の問題が存在するが、ヨーロッパ人権条約に関して、占領地域にお

ける占領国たる条約当事国の条約適用義務が認められている 84。また、 ICJは、

パレスチナの壁勧告的意見 85において、国際人権規約(自由権規約および社会権

規約)並びに児童の権利条約について占領地域への適用を認めたへ

国際人道法は、占領地の住民が過酷な取り扱いを占領国から受けないよう、

様々な義務を占領国に課している。しかしながら、同時に占領国の側の安全確

保の必要性にも配慮しており、その結果、占領地住民の保護規定に「占領国の

安全上・軍事上必要とされない限りでjという条件が付されることも多い。例

えば、上述の諸規定のほか、不動産・動産の破壊の禁止 (f軍事行動によって絶対

的に必要とされる場合を除く外J87)、占領地域からの住民の移送・追放の禁止 (f軍

事上の理由のため必要とされるときは、・・・実施することができるoJ f物的理由のた

めやむを得ない場合を除く外J町、など。もちろん、肉体的苦痛、集団に科する罰

や掠奪、人質などは絶対的に禁止されるべ

第二次大戦後、実質的に敵対行為が終了してから、その政府の再建・外交的

83 Intemational Court of Justice. Reports of Judgments. Advisory Opinions and Orders. Case concerning Armed Activities on the territory of the Congo. Judgment of 19 De-cember 2005. p.231., paras.178・179.

84この点について、小畑郁「ロイジドウ事件j松井芳郎編集代表『判例国際法〔第 2版H(東信堂、 2006年)326......330頁、奥脇直也「管轄の属地性と地域性 NATOのコソポ空爆によるヨーロッパ人権条約上の権利侵害に関する訴訟の受理可能性j戸波江二他編集代表『ヨーロッパ入植裁判所の判例J(信山社、 2008年)84......89頁参照。

85この意見について、後の記述参照。86 ILR Vo1.129, pp.97・100..paras.l07・113.

自由権規約委員会一般的意見 31においても、自由権規約について、領域外で行動する締約国軍隊の実効的支配下にある者にも適用される、とする (CCPR/C/21/Rev.1/ Add. 13. p.4., para.l0. )。なお、米州人権宣言について、米州人権委員会によって同様の見解が示される (Coardand Others v. United States of Amerlca (Case 10.951). Inter-Amer-ican Commission on Human Rights. 29 September 1999 ILRVol.123. p.168. para.37.)。

871949年文民条約第 53条エリトリア・エチオピア諦求権委員会は、敵国の領域支配回復時に敵国に再使用させない、という理由だけで、軍事行動に直接的に使用されるものではない財産を破壊することは、この第 53条の下で正当化されない、とした。(Eritrea-EthiopiaClaims Commis-sion, Partial Award. Central Front, Eritrea's Claims 2. 4. 6, 7. 8 & 22. para.88. ( United Nations, Reports of International Arbitral Awards Vol. XXVI p.143. ILR Vo1.135 p.323'))

881949年文民条約第 49条891949年文民条約第 31条、 32条、 33条、 34条

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流大法学第 90号 20131j!9月

独立までの問、他国の「占領下jに置かれる事例が見られる。ドイツベ日本

91、そして 2003年 4月から 2004年 6月までのイラク 92などである。他方、武

力紛争中の占領として占領法規が公式に適用される例は、あまり多くなかった

と思われる。その理由として、一つには、第二次大戦後から近年に至るまで多

く生じている内戦においては、「占領jの概念がない 93こと、がある。その他、

「占領Jが侵略や抑圧とほとんど同義語になっているとの印象を持たれること

により、諸政府が軍事占領法適用の明言をためらう 94、との指摘もある。もち

ろん、「国際法は、占領者と占領地域住民のそれぞれの義務に関して、合法的な

占領者と違法な占領者を区別しない。 95J しかし、特に当該領域の主権の帰属

について争いのある場合、この点の問題が顕在化する。ジュネーヴ条約が厳格

90ドイツ占領について、 TheodorSchweisfurth, .. Germany, Occupation after World War 11" , Encyclopedia of Public International Law Vol.3 (Use of Force • War and Neu-trality Peace Treaties--A・MXNorth-HollandPublishing Company, 1982) pp.191-198. 参照。

91日本の占領について、安藤仁介「日本の敗戦および連合国の占領と国際法Jr国際問題』1972年 6月 147号 15.......25頁参照。 I東京水交社事件jにおいて占領地域の私有財産尊重原則について争われたが、東京地裁判決は f第二次大戦における連合国の日本占領の性質がへーグ条約にいう『占領』に該当するかどうか、また・・・解散団体の国庫帰属が同条約の『没収』に該るかどうかの判断を侯つまでもなく、ポツダム宣言の降伏条項の実施に必要にして適当な措置ということができ、これは降伏文書によって最高司令官に付与された権限の範囲内に属するものとして法的根拠を有し、国際法上何ら違法な行為ではないjとして、この私有財産尊重原則の解釈について踏み込まなかった(W下級裁判所民事裁判例集第 17巻 l・2号J132頁)。

92イラク占領について、新井京「イラクにおける占領法規の適用についてJr同志社法学』第 58巻 2号(第 314号)参照。 fイラク占領は、占領状態が存在し占領法規が適用されることを前提とし、同時にイラクの国家再建のために必要となる占領法規に合致しない措置については、安保理決議による法的正当化が試みられたoJ (新井京、同論文、471頁)

93 1949年ジュネーヴ諸条約共通第 3条および 1977年第二議定書に占領に関する規定はなく、 rtCRC慣習法研究jにおいても[占領jへの言及を国際的武力紛争に適用される規則に限定している(規則41、51、129、130)0 (Jean-Marie Henckaerts and Louise Doswald-Beck wlth contributions by Carolin Alvermann, Knut Dormann and Baptiste Rolle, Customarγinternational humanitarian law Vol.I (Ru]es)(Cambridge University Press, 2005) pp.135・138,178-182,457・463.)Dlnsteinも「軍事占領法は非圏際的武力紛争に適用されないJと明言する (YoramDinstein, The International Law of Belliger-ent Occupation (Cambridge University Press, 2009) p.33. para.76.)。

94ICJコンゴ武力活動事件 Kooijmans判事個別意見ιC.J.Reports 2005, p.321, para.62.) 同様の指摘として、YoramDinstein, The International Law of Belligerent Occupation (Cambridge University Press, 2009) p.l0. para.23.

95 In re List and Others (Hostages TrlaO. United States Military Tribunal at Nuremberg. February 19, 1948. Annual Digest and Reports of Public International Law Cases,

Year 1948 p.637. なお、人道法の平等適用について、本ノート(2)r琉大法学』第 87号参照。

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国際人道法ノート (5) (樋口一彦)

に守られた 96とされるフォークランド/マルピナス紛争においても、 f法的見地

から見れば、英国とアルゼンチンとの聞の論争が第 4条約の厳正な適用につき

異なった見解を生じさせた。即ち英国人にとり諸島がアルゼンチンにより『占

領』されたことは疑いの余地がない。アルゼンチンの人の目からみれば、その

国土の切り離し得ぬ一部であるが故諸島に対するアルゼンチンの『主権』につ

いては疑問の余地はあり得ょうがない 97J。占領法規の適用が、政治的に、当該

領域について外国領域であると認めるものと受け取られることを懸念するの

であるべ領域の帰属をめぐる紛争が国際的武力紛争に発展することは、珍し

くない。この場合、占領に関する国際人道法上の適用は、当該領域の法的な帰

属問題と切り離して、武力紛争発生前の統治状況を基準にしなければならな

い。 f慣習国際人道法上、紛争勃発前に相手紛争当事国によって平和的に統治さ

れていた領域内の人や財産に対して国際的武力紛争の一方当事国が違法に生

じさせた損害は、その損害を生じさせた国が寅任を負うべき損害であり、その

ような責任は、その後両国間の境界がどこに決められるかによって影響を受け

ない。 99J r占領地域の不明確な地位によって占領法規の適用が妨げられること

はない。 100J

今日の世界において「占領地問題jとして最も有名なもののひとつが、イス

ラエルのパレスチナ占領地域である。その「占領地域Jへのジュネーヴ条約の

法的な適用可能性が、国際司法裁判所で判断されている(パレスチナの壁 ICJ勧

告的意見 101)0 1967年のヨルダン川西岸・ガザ地区「占領j以後、イスラエル

96シルピーストヤンカ・ジュノー著、日本赤十字社外事部訳『武力紛争の犠牲者の保護:フォークランドーマルピナス諸島(1982年):国際人道法と人道的活動J(1986年)12頁

97同番 34頁98 Dieter Fleck (edよThehandbook of lHL 2nd ed. p.276刊 EyalBenvenisti. • Occupation.

Belligerent' • in Rudiger Wolfrum (edよ TheMax Planck EncyclopedJa of Pub1ic ln-ternational Law (Oxford University Press. 2012) Vol.VII p.922.

99 Eritrea-Ethiopia Claims Commission. Partial Award. Central Front. Ethiopia's Claim 2. para.27. ( United Nations. Reports of International Arbitral Awards Vo1. XXVI p.169. lLR Vol.135 p.347')

100 Michael Bothe. ' Occupation. Belligerent' . in Rudolf Bemhardt (edよEncyclopediaof Public lnternational Law 4 Use of Force • War and Neutrality ・PeaceTreaties (N-Z> (North-Holland Publlshing Company. 1982) p.65.

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hlt大法学第HOり 2013年 9月

は、これらの地域に敵国の占領について規定した 1949年ジュネーヴ第四条約

について、事実上の適用を認めながら、法的な適用を認めてこなかった 102。そ

の理由の主なものは、これらの領域は第四条約締約国の領域ではない、という

ものであった 103。エジプトと 1979年に刷、ヨルダンとは 1994年に 105平和

条約を締結するなど、周囲のアラブ諸国との闘争に勝利していったイスラエル

の主な敵は、パレスチナ人のテロ活動となった。これを封じ込めるために、イ

スラエルはヨルダン川西岸地区に[分離壁Jを建設した。この壁建設の適法性

について、 ICJ勧告的意見で検討された。そして、 ICJは第四条約の占領地への

法的な適用性を認めた。その主たる理由を以下のように説明する。

「ジユネーヴ第四条約第 2条第 1項によれば、本条約は次の二つの条件が満

たされれば適用される、ということに裁判所は留意する。すなわち、武力紛争

が存在すること(戦争状態が承認されるか否かを問わない)と、その紛争が二つの

締約国聞に生じることである。これら二つの条件が満たされれば、特に、締約

国たる一カ国によってその紛争の過程で占領されたいかなる領域においても

本条約は適用される。

第 2条 2項の目的は、第 1項により示されるように、締約国たる一カ国の主

権下にない領域を適用から排除することによって本条約の適用範囲を制限す

ることではない。その紛争中に生じた占領が武力抵抗を受けない場合でも本条

約はなお適用される、ということを明らかにすることのみを目的としている。

この解釈は、占領国の権力内に陥った文民についてその状況を問わずに保護

101 Legal Consequences of the Construction of a Wall in the Occupied Palestinian Ter-ritory (Advisory Opinion) IntemationaJ Court of Justice. 9 July 2004 ILR Vo1.129. pp.40・188.この勧告的意見について、演本正太郎「パレスティナの『壁』の合法性Jr神戸法学年報』第 20号、篠原梓「パレスチナ占領地における壁建設の法的帰結Jr亜細亜大学国際関係紀要』第 15巻第 1号・第 2号、寺谷広司 f国際人道法と国際人権法の関係、占領地域における法一一パレスチナの壁事件Jr別冊ジュリスト NO.204国際法判例百選[第 2版]J(有斐閣、 2011年)、藤田久一[パレスチナ占領地域における壁構築の法的効果j松井芳郎編集代表『判例国際法〔第 2版u(東信堂、 2006年)、坂本一也「パレスチナ壁建設事件J杉原高嶺・酒井啓亘編『国際法基本判例 50J(三省堂、 2010年)参照。

102 ILR Vo1.l29. p.92.. para.93. 103 ILR Vo1.l29. p.91.. para.90. 104エジプト・イスラエル平和条約について、原正行[中東和平とキャンプ・ディピット

方式Jr国際法外交雑誌』第 80巻第4号参照。105 ILR Vo1.129. p.85.. para.76.

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l司際人道法ノート (5) (樋口一彦)

しようとするジュネーヴ第四条約起草者たちの意図を反映している。 1907年

ハーグ規則の起草者たちは、占領地住民の保護とともに、自国領域を占領され

た国家の権利を守ることを重視していたけれども、ジュネーヴ第四条約起草者

たちは、本条約第 47条に示されるように、占領地の地位に関係なく、戦時にお

ける文民保護を確実なものにしようとした。 106J

そして、結論として、 Iジュネーヴ第四条約は二以上の締約国の聞に生じる武

力紛争の場合のいずれの占領地域にも適用される。 1967年の武力紛争が生じ

た時に、イスラエルとヨルダンは本条約の当事国であった。従って、本裁判所

は、本条約がそのパレスチナ領域に適用されるjと判断する 107。補強的な理由

として世界の多くの国や ICRC108そして国連総会決議や安保理事会決議さら

にはイスラエル最高裁判所なども、「イスラエル占領地jに第四条約の適用を認

めてきたことも挙げている 109。さらにはパレスチナによる文民条約適用の宣

言にも言及されている 110。

ICJ意見は、 1967年以後にイスラエルによって占領された領域の「それまで

のその正確な地位について調べる必要はない 111Jとして、第四条約の適用を認

めた上で、その第 6条 3項の規定から、軍事行動の全般的終了後も適用される

106 ILR Vo1.129. pp.93-94.. para.95. 107 ILR Vo1.129. p.96.. para.l01. 108本 ICJ意見で引用される ICRCの見解は、次の文献に収録されている。 InternationaJ

Review of the Red Cross No.847. pp.687・691.(仏文)pp.692・695.(英文)109 ILR Vo1.129. pp.91・95..paras.91・100.110 ILR Vo1.129. pp.91・92..para.91. この ICJ意見の中で言及されている寄託国スイス

の見解の正確な文商は、以下の通りである。i1989年6月 21日にジュネーヴの国際連合事務所のパレスチナ常置オブザーバー

は、ジュネーヴにある国際諸機関のスイスの常置使節を介して、スイス連邦外務省に、1949年 8月 12日のジュネーヴ四条約及び 1977年 6月8日のその二つの追加議定書へのパレスチナの参加に関する通知を送付した。パレスチナ国家の存在不存在についての国際社会内での不随実性により、そしてこの

問題が適切なわく組の中で解決されない限り、スイス政府は、ジュネーヴ諸条約及びその追加議定番の寄託者としての資格において、この通知が諸条約及びその追加議定書の関連規定で言われる加入文書とみなされうるかどうかを判断する立場にはない。

スイス連邦外務省は、 1969年5月 23日の条約法に関するウィーン条約において法典化された寄託者の機能に関する実行に従い、ジュネーヴ諸条約の当事国政府に対し、その情報のために、本文書に付してこの通知の写しをアラビア語原文及び英語訳文で、送付する。パレスチナ解放機構によって 1982年6月7日になされたジユネーヴ四条約及び

第一追加議定書の適用の一方的宣言は、依然有効である。ベルン、 1989年9月13日J(IntemationalReview of the Red Cross No.274. pp.64-65.)

111 ILR Vo1.129. p.96.. para.l01.

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琉大法学第90号 2013年 9月

条項のみが適用可能であるとし 112、そのような規定の中で、イスラエルによる

不動産・動産の破壊の禁止(ハーグ規則第 46条および 52条、文民条約第 53条)113

や占領地域への自国民の移送の禁止(文民条約第 49条6項) 114等の違反を認定

した。

112 ILR Vo1.129. pp.104・105..para.125. 113 ILR Vo1.129. p.109.. para.132. 114 ILR Vo1.129. p.ll1.. para.134.

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