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12
Title 支那古來の限田説 Author(s) 小島, 祐馬 Citation 經濟論叢 (1920), 11(4): 481-490 Issue Date 1920-10 URL https://doi.org/10.14989/127711 Right Type Departmental Bulletin Paper Textversion publisher Kyoto University

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Title 支那古來の限田説

Author(s) 小島, 祐馬

Citation 經濟論叢 (1920), 11(4): 481-490

Issue Date 1920-10

URL https://doi.org/10.14989/127711

Right

Type Departmental Bulletin Paper

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Kyoto University

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!曾浮灘 堅鍬 國帝都京

叢:藩 鯉ほ 號 凶 夢 ヒ 巻一・+鰍

業肚倉主義論(こ……

……・……

、…

暴巻

課税㊨賜黙に就ざ℃日払軽

」LL青

蜂里.

支那古来の限田読・………

-…

のリ

アド

ε

マル

ス(一Y.・経済畢士

人格

の滋謄

ε人

籾を

二・完)…注

.時

に就

て・……。…:.・….…….….法學博士

我海運政策に封ずる國民の反省

-…諺

博士

.

三̀

の「資

」邦

…-宝

い………・-法學博士

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…租

口め

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嗜環.壕三.・舞

卜汐

…・…-…...・・…

・・…・.・経済學士

…・……-……・…

…法

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」支

.古

小.

馬.

田ごは人民

に土地

の私有

を許

し」而

も其

私有の最高限

度を定

めて之

を超過

めざ

るの謂

る。支

に於

いて始

めて限

田説

を唱

へた

るは前漢

の董仲静

であ

る。真説

に曰はく

「古老

椀レ民

不レ過・什

コ其

求易レ共

使レ民

不レ過.一三日↓其

力易足

、民財内

足二以養レ老

誼船孝

、外足ユ以事】上共τ

税、下足下身畜一.妻子

極出レ愛

、敬畏読「從レ上、至レ秦

則不燃、月

之波↓改・帝

之制一際・「井

田↓風待

一一萱買↓

富者

田達

伯↓貧者

亡=立錐

之地↓天領

川̀

之型

「山林

之饒

↓荒淫越レ制

、.喩修以相

高、邑有

一人君之

奪↓里有一一公侯

之富↓小民安得レ不レ困、ヌ

加レ月爲一「更卒↓已後爲レ正

、一歳

屯成、}歳が役

、三二十倍於

古↓田租

日賦撞鐵

之利、二・千

於言納域耕

民之

輿

見レ撹

…什

故貧民常衣'牛

之衣↓而食

…犬儒

之食↓重切二

貧暴

之吏一刑戮妄

加、晟愁レ亡レ聯

、亡二逃山林醜

…爲二盗賊一緒衣生ノ道、断獄歳

千̀萬

一激、漢興循

而中本レ改、古

#

田法錐

難二卒

行↓宣下少近レ右眼

田一以澹

レ不レ足雨霧

一升兼

之路一櫨鐵

皆蹄・私

民↓去二奴

婢↓除・「專殺

威↓薄

飲h省

一縣役↓以寛ゆ民力鴫、然後

可一一善

治】也、」〔『漢書』食貨志)

仲静

は他

の多

の學者

遭同

く周代

に於

いて井

田法

の行

れた

るこごを信ず

るも

のであ

る。

田法

εぽ當時

にあb

て殆

んざ

「の生産

手段

εも謂

べき土

地を国家

の公有

ごし、

之を

人民

に卒

支那古来の限田説

・第十一巻

(第四號

三九)

西入

[

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.

.一

Il

支那古楽の隈田説

第†一巻

(第四號

四σ)

四八二

に分配して使用版益せしむ

る制度を

いふ。董仲静に從

へば此井田法は秦に至而て商軌が土地

私有を許し、之を責買す惹を得しめπるが矯

めに忽ち崩壊し、.其結果ごして甚しき貧富の懸隔を

惹起す

に至ったεするのである軌而して彼は此祉會上の鉄階を救済す

る手段ξして、.此際井田法

の復活は獅

に望む

べからす

電離、人民をして共所有の田に制限を立てしめ、富者をして此制限に

ぎざらしむ

るごきは、貧弱の家以て足るこごを得

べしごしたのである。

暴れ即ち彼

の限田説であ危。此

の如く彼は土地の私有に制限を設けざるべからざるを説きし`

、而も未だ之を幾何に制限す

べきかを説

かす、火具方法に就

いても何等言及する所

がな

かった。

、藷伸餅の此意見は當時偶政者の顧る所

こならざりしが、前漢の哀帝の時

に至り限田説が殆んご

實際

に施行

ゼられんこしたこごがめる。それは師丹

の次の.上言

に本

つくものである、

「古之聖王、莫レ不レ設

田↓熱後治乃可レ李、孝丈皇帝承二亡周働秦兵革之後↓天下空虚、政務鋤二農桑↓帥

以・節倹↓民始充實、未レ有p井兼之害ハ故不下網民

田及奴婢一爲止レ限、今累世承平、豪富吏民、貨敷鉋萬、而貧

弱愈困、蓋君子爲レ政、貴国循一而重二改作一所一以荷下改者、將・一以救不急也、亦未レ可レ詳、宜一略

爲"限、」飴獺聖

天子共議を下すや丞相孔光ご大司馬何武ごは次の如く復奏しだ。

「諸侯王列侯皆侍名

田園中↓列侯在一長安一公室名二田縣道↓及開府侯吏員名田、皆無「過二二十頃↓諸侯

王奴娩二百人、列侯公主百人、關内供史民三十人、期誰三一年一犯者濱一「天宮ご

(同上〕.

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そこで愈實施

εいふこどにな

って~董賢丁傅

の如

き隆貴事を用ふる臣が、皆自己に不利益なるの

故を以て之を妨害した爲めに、遂に沙汰止みごな

った。此時の意見は土地私有の最高限度を「二十

(一頃

ぽ百畝)εし、三年の期限内

に此標準にひき直す

εいふのであ

った。

後漢に至りて荷幌も亦隈田の論を駕して居

る。

日はく、

「右者十

一而視、以爲・天下之中正↓今漢人田或百

一而視、可レ謂レ鮮美、然豪富強人、占旧愈多、其賦太字、

宮腹一首

一之挽八面人輸・豪

嘱太中之賦↓宮家之憲優一一於三代一豪強之暴酷・於亡秦↓是以悪木.・下連唱而威

幅分於豪人一也、春不レ正真本晒而務険

相貫

通足旦以篁

富強]也、考試皇帝塒、董伸餅箸育レ宜レ限一入占

至 哀帝時↓乃限入

古墨

不'得レ過一一三十頃八難レ直

 其制卒難施行↓然三十頃叉不レ華実、旦夫井田之制、

不動宜彪於人衆之時門田廣入寡、荷爲レ可也、然欲雫廢老

於寡(立中之於衆知土周布列在

豪強一挙而革レ之、並

存・一怨心↓則生・紛翫岨制度難レ行、由レ足競レ之、若下高祀初定一天

下一光武中興老後b入衆稀少、立院老身尖、既

来島悉備井

田老波↓宣下以.一口数一占由

、爲レ之立此限

、人得耕

種一不得

買↓以瞬貧

弱以

随一・兼丼亘

爲二制

度張本↓不二亦宜一乎、錐二古今異'制、損益随㍗時、然紀綱大略、其致

一也、」(『瓶血禽巻一引)

.

彼は叉其著「申壇」奮二)に於

いて「專地井レ古也、井田非「今也」61いひ、叉「耕而勿レ有、以侠・ 綱度一」ごも

って居る。どを要するに破風租視の軽減を以て適以て富者を利す

るに足

って、貧者を謄はす所

以に非ずごし、井

田の法を以て田廣く人寡き時に行ふ可や、當特の如く田狭く人多き塒

に宜しか

.

支郷音來の限田尻

錆十一岩

(第四磯

四一宮

四八三

1

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7

・限駄

(醤

・・v

四八・

らず

ごなし、結局今日に在りては限田の制を設けて土地

の費買を禁じ、劇て無#の弊を防ぐの外

なしεするものでめる。而して彼は其制限を三十頃εするは猶不公牛

に失す

るを難ずるも、而も

は幾

何の制限を以て通常ピ駕せるや明吉す

る所

がな

い。

'

以上は両漢時代に於ける限田読の梗概を述

べ陀のであるが.以下述

べ・ん、しす

る所の蘇洵鄭介夫

の隈田説も.畢

竟此等の思想を本εし、多少之を損益

したるものに外なら鍛。

の蘇洵の限田の説を爲すや、先づ當聴に於ける土地所有者ε農業凱働者ごの關係を述

べ、其

しき不合理を指摘して居る。

「周之時用一井

田↓井田塵、田非=耕者之所羊有、而有レ囲者不レ耕也、掛者之田、資・於

富民↓冨民之家、地大業

廣、肝阻連接、募…召浮客一分耕

具中一鞭答騒役、現場

飯僕一安坐四顧、揖摩

於其間ハ而役届之艮、夏鳥レ之

褥、秋爲レ之穫、無レ有二

人違一一其節度一以嬉r而田之所'入、己得一一其牢↓耕者得一真字↓有レ田者

一人、而耕者十

人、是以田主

日累一真

身至一手富麗↓耕者日食一.英学一端至一一干窮餓一而無レ告、」ハ『蘇老泉先生全集』岩五四制)

暴れ即ち農業勢働者を窮餓せしめて、土地所有者濁り坐して富彊

の利を食むの非理を鳴らしたも

のである。猫被は當塒の制度に在りては土地所有者に於

いても納税の負推

に就

いて不正丁あるこざ

を述

べたる後、斯く貧民は耕しで飢を免れす、富民は坐して飽き且嬉んで叉不牛を見れざるが如

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き耽食上

の弊害

は、皆井

田を屡

せし

に起因

ご断

て居

る。

されば井

田を復すれば貧民

は自ら

を有

して之を耕

し、其所得

を富

に分

つを要

せざれ

ば、以

て饑

の憂

かる

ベピ、、富民

も多く田

を所有

して貧民

を鋼す

こεを得す

、勢自

ら耕

さざ

肌ば食

を得

るに渣な

こご

\なり

、納

税上

不平なごも

一掃

され

るで

あら

ε言

って居

るQ

然らば井

田復す

べき

かご

いふ

に、蘇

そは今日到底

不可能

であ

るこ・しを力説

して居

る。彼

悦の説を引

き今日井

法を實施

せん

こせば富民

の田を奪

ひて

之を

へざ

べから

、それ

では富民が

服し

ないで働

を生す

る基

である。赦

に之を費施す

る"

は大乱

の後

上廣く

して

入稀

なる時を最便

ごす

ε

いふも

のあ

るも、

暴説憾誤

なりこし、

たεひ富

の田を奪

こごなく、

りに富

民が自

ら進

んで其

田を奉

で之を

に締し

、井

ε爲

さんここを乞ひたり

εす

るも、其

必す實施す

こεを得

ざるも

のなり

εす

るのであ

る。其

理由

こう

であ

る。

「付則井

田定例、九夫爲レ弁、共闘有レ溝、四井飾

邑、四色鳥レ丘、四丘

創.、何方

八里、帝加

爲一一成↓

成開荷レ流

、共地

百井

而方十里、四佃爲レ縣、四

縣爲レ都、四都方

八十里、労加

哨十

里一爲二

同↓同間

有潜

、某

萬井、百方百里、百里

之問、爲レ漁者

]、爲レ漁

百、爲レ講者萬、既爲二井

田↓叉必兼

備二溝漁↓溝沈

之制

、夫

有レ遂、遽

上荷レ慢、十夫有レ溝

、溝

上有レ珍

、百夫

有レ漁、池上有レ徐、千

大有

櫓、漕上荷レ道,萬大有レ川、川

有レ路、萬夫

芝地、蓋三十

二里有

年、而其間

爲レ川

爲'路者

一、爲レ愉爲レ道者九、爲レ流

爲レ除

者百、儒抑溝儒レ珍

支那古來の限田誠

,

第†一巻

(第四號

四三}

四八五

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,

¢

交響

楽の限四股

窮+暮

露四號.

四四∀

吟八六

煮干、爲レ遂爲レ郷

者萬、此

二者

非乍塞3渓整・李・澗

「夷二丘陵一破一叫墳墓

・旛

剛徒城

帆易甲張塊げ下し可レ総

包、縦使¶能番得

源廣

野↓而遂琳蹄豊

於其

中齢亦當「駆

下之

人ハ蝸・天

下之糧↓窮

百在{導昌力於此↓不

吉治一他

事嚇前後可四以望。天

之地盤

爲乱井田炉艦

爲・清

流↓日面

叉爲'民作二屋盧

於其中↓以妥一一其居↓雨後

可、

肝・、亦已汗管矢、井

田成、而民

之死、其骨

已朽尖、」(同上V

を要す

るに井

田の注、溝油

の制

の如

き瑣

細煩密

のこεは、今

の天

下の能

く爲す所

に非ず

εす

のであ

る。然ら

ば右

は如何

ε

いふに、彼

に從

へば井

田は周

の代

に至

って始

めて興

るこ

いふこピは

底出来

い。

これ恐ら

ソ・唐

虞腓代

に始

り、夏股時代

に稽

之を葺

治し・周

に至

って大

に備

つた

ので其由.つて凍

る所漸

なり

ビ考

へて居

る。..

.

夫れ此

の如一井田の制は今日に便な違

難、而も今日

に貴行す

べからす

ば、今誠に能一井

・田に近

きものを属し

て之を用

ふるこごを得

ば、亦以

て人民

を蘇

せしむ

こごが出家

るであら

う・

、こは次

に蘇洵

の考

へた所

であ

る。そ

こで彼

は此要件

に適す

るも

のごして極

めて温

和な

る限

田の制

を探ら

ざす

るも

のであ

る。彼

は董仲静

の限田

の説

が後世未

だ行

れざるは、民

に便

なら

ざる爲

めではな

い、民

の其

田を損

じて五口法

に入る

\を背

越ず

、遂

に此

に因

って愛

を駕す

こεを糶

、が

めであ

るざなし、叉吼

光何

武は吏民

の所

有田三十頃

を過ぐ

るこεなから

め、三年

の期

を設

此期を過

ぎて犯

て者

は官

に没

入す

るこして

るが、三十頃

は周

の民三十夫

の田

に當

る、ご

のみち

.

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く周制の如くす

るこごは出來な

いにしても、

一人にて三十夫の田を兼隠るこεは亦醸bに多

に過ぎ、且之を三年

に期す

るは是ヌ飴りに迫蜷にして、暴れ人情仁あちす用ひ難しζ駕して居な。

然らば如何せば可なるかεいふに、彼は曰はく、

「吾欲下少爲乏

隅一而不吉奪 其坦

嘗且過・吾限'者、但使四後之人不呂敢多占レ田以過=吾眠

耳、要乏数世吋

寝巻之.子孫、或不レ能レ保 共地一身復於欝↓而被害己過 吾限一者、散而八二於他人一尖、或者子孫出而分レ之

以無レ幾奥↓如レ此期富民所レ占者小面蝕地多、鯨地多則貧民易

以爲7業、不ド爲論人所一役騒↓各食一共地

之金利一利不レ分二旗人一面樂レ韓=於官一夫端 聖子朝廷一下令∴干天下↓不レ驚レ民、不レ動レ衆、不レ用品井田之制蝋而

獲井田之利一難二周之井貝

栂以遠過於此一哉、」西土)

此に由

うて観れば蘇洵の限臆説の特徴ごする所は其期限を盗めざる黙に在る。即ち既

に一定の制

限を超過して土地を所有す

るものは、其制限

に達するまで共起過せる部分を賣るこεを得

るも、

に土地を買

ふこごを許遇す、文典所有額が

一定の制限忙達せざるものは、且ハ制限

に届くまで土

地を買

ふこごを許す。暴れ富者をして其財産を減す

るこ`を得

るも之を増す

こぜを得ざらしめ、

貧者をして其財産を減す

る機會を少くして之を増す機會

を多

からしむるものにて、飯代を閲す

には富者の子孫或は其土地を保

つこざ能はすして散

じて他人の手

に入り、貧民取

って以て業を

し易

に至

べく、敢

て富

に奪

って貧

に施す

こεをせす

、自然

に其賑隔を去

るこごを得

支那古来の限田説.

第†一巻

(第四號

四五)

四八七

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吉來の隈護

第+霧

第四號.

四占ハ)

.四八入.

のであ

る。

れ誠

に民を驚

かさす衆

を動

さす

して

貧富

を斉

しくす

るの

妙術

なり

ごす

る一ので

る。瞠

は其

私有を許す範園

を三十頃

こす

るは多

に失す

εなし、「吾欲菖少爲二定限」こい

へるも、

然も覚ハ制限を幾

に定む.るかに就

いて何等

明言す

る所

なき

は、職論

じて鑑

罫るの戚

があ

るので

る。

.

最後

に鄭弁天

が元

の成

に上

る書

に盲

ふ所

の隈

の説

の翼然

を示

さん。

鄭介

夫も豪強兼

の弊

を制

して貧弱

をして真庭

を得

しむ

るの道

、唯井

田の

一法

めり、而

も今得

て行

べからず

εす

るこ

ε、他の限田論者

ご少

しも異

る所

はな

い。而

して共

裏黙

に曰は

く、

「今迄計豪

強卒難私川止

一惟有

田定法↓可二以制7之、酌レ古准レ今、宜レ爲・「定制蝋毎

一家無レ論二門閥貴賎

口多寡韮

以一増田十項

一婦

、有漏十項

以上一至・手

手頃

r者、盈レ令下分析

或奥兜

弟子姪

姻蜜…↓成

立レ契

典中質外

但脊二十頃

止、…:.十

以下至・…予

一献

一着

、許レ台下増買亦

至二十頃.雨止心覚

以孟

一爲レ限、如過レ限

F㌦依レ制

而田富如レ故者、除工十項

回外、並渡

官ハ然官不レ昂一於

公彷

没官

田↓召賞典一一貧民一所レ得

旧債、

一年楡

レ官、一半

給レ生

富者

亦甘

心而

無難

、不出一一十

敷年一而豪強不レ治而自

無実、此法不レ驚レ民、不ル動

レ衆、不レ用・困井

田之制市

一井

利↓使陶

公後生赤

以易レ此哉

、」(『古綿』巻三+ご

是れ私有地

の限度を

十項

亡定

め、既

に十

項以

上を所

有す

るものは、其超過

せる部分を贈與典費

.

しめ、其所有+頭蓋

・誉

して+頃量

らしむるを許す。而して五年を似て署

し、

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を過

ぎて猶制

の如く

せざ

るものば、十項を

く外之を官

に没

し、官

之を貧

に賢興

し・其費

上金

}雫

は之を官

に輸

し、

一宇は之を英主

に給す

ごい

ふのであ

る。彼

も亦

民を驚

かさす衆

を動

かさ

異るを眼目

ごし、な

べく富者

の利金を

も愈

重す

るを見

るも

、若し温和千段

εいふこごがよ

いこごでめ

るεす

みなら

ば比熱

に於

いては到

底蘇洵

の論

に及ば

いも

のであ

る。併

し其代り

に彼

に比

し効果

を繋ぐ

るこ

ごの連

なる

べきは固よ

b畜

ふま

でもな

い所

であ

る。

撤禾の林渤が

『本放置

厭の、一夫の占出奄九†題・・なし、無出の萱

游愉ボ作り者書

聖一て農に隷{しめ、土地所

の五

十畝

に除

n.る出た

しめん

こず

る説

』、亦

一種

の眼

則.説.ご見

るこε

が出

う。

支溢に於ける古來の限田説は以上述ぶる所を以て難きたりごいふには非ざるも.こ、には睡眠

日読の略如何なるものなるかを示さんこεを目的εす

るが故に、以上其代表的思想こも見

るべき

ものを列畢す

るに止むる。.

.

限風説は言ふまでもなぐ土地の公有均分の制度ざ、土地の私有を無制限に認むる制度

ぜの折衷

案にして、從

って.其理論ごして不徹底の嫌めるこ嬉は固より見れざる所でめる。但

一の政策こし

て「民を驚

かさす衆を動

かさす」卒穏無事の間に貧富懸隔の弊を制する爲めには亦

一案たるを失は

澱ご思ふ。其最温和手段を主張する蘇洵

の親

ご雌、之を彼の私有制度を無制限に認

めながら

「使丁

富民皆得レ推

息於貧員↓而貧民亦詳知甲自好面恥吉犯レ法、」(黄中堅『限田論』》以て人々をして各其所を得し

の論

支那古來の限田説.

第十一巻

(第四號

四七)

西入九

F

'

Page 12: Title 支那古來の限田説 經濟論叢 (1920), 11(4): 481-490 Issue …repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/... · Title 支那古來の限田説 Author(s) 小島,

ド「

臨..支那古楽の限旧説.

第十一巻

(第四號

西入)

四九〇

め布ごするが如き思掛…主義に比す

るならば..猶徹底せる貧富周囲の解決方法ご言

へるであらう。

然るに限曲説

につき

て吾人の最解し難きこεは、限田論者

の総

べてが井田注を以て最高の理想

巴なし其實施を希望しながら、而も勢行

ふべからすごして容易に之を抛棄す

一事であ

る。井田

注の根本精神は土地を公有ξし、之を人民

に均等

に分配してす

べての者に生活の保随を與

へる黙

に在

る。土地を井字形に分割し、或は溝血塗川を繍らすεいふが如きは抑形式の末であ

る。此等

形式を具備す

るこざの困難を理由

ざして直ちに井田注の精紳をも棄て去

るご、いふこぜは、眞

に井

田法を解す

ももの`謂

ふこごは出来な

い。且後魏の均田

にしても.膚

の班田にしても、皆井田法

の遺意である。.其久しからすして琵解したのは、井田法の精神たる公有均分の方針

のス、可なりし

が爲めではな.く、却

って公有均分の精神を徹底せしめざりしこεに其囚を有して居る。井田法の精

碑をも後世に到底貴行す

べからざるものε見

るものあらば、そは此事實を無視するもの.である。

若し夫

れ土地所有者が農業勢働.看を掠奪するこごの不合理セ認

めながら、而ぢ此不合理より脱す

る爲めに「民を驚かし衆を動

かす」こεを甚しく催

る、に至

っては、.其の何の意交るかを解するに

苦しむ

ものである。(完)

.