tmt-age: tmt analyzer for galaxies in the early …in the early universe)...
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TMT-AGE: TMT Analyzer for Galaxies in the Early universe
TMT 戦略基礎開発研究経費 (平成 24年度から平成 27年度)
による実現性検討報告書
研究代表者: 秋山 正幸 (東北大学)、大屋 真(国立天文台ハワイ/TMT推進室)
メンバー: 大野 良人、山崎 公大、高田 大樹、鈴木 元気、羽根 一博、呉 同 (東北大学)
早野 裕、尾崎 忍夫、岩田 生、高見 英樹 (国立天文台)
本原 顕太郎、北川 祐太朗(東京大学)
• 2016/04/19 : 提出版 (但し、まだ改訂が必要な部分あり)
1 概要
本報告書では平成24年度から平成27年度にかけてTMT戦略基礎開発研究経費の支援を受けて行ったTMT第
二期装置としての広視野多天体補償光学、多天体近赤外線面分光装置 (TMT-AGE:TMT Analyzer for Galaxies
in the Early universe) の実現性検討結果について取りまとめる。広視野を可能にする補償光学系として多天
体補償光学と地表層補償光学を念頭に置き、以前に行われた TMT-IRMOS の仕様よりもより広視野の実現を
念頭に置いて検討を行った。
それぞれの補償光学の概念図を図 1に示す。どちらの補償光学においても複数のレーザーガイド星と波面セ
ンサーを用いた大気揺らぎの高さ方向を分解した推定が必要である。セクション 2ではこの装置のターゲット
とする科学的目標を元に要求される基本仕様について説明する。セクション 3ではこの装置の鍵となる多天体
補償光学で予想される補償性能について、シミュレーション結果とすばる望遠鏡での多天体補償光学の実証試
験 (RAVEN)の結果に基づいて説明する。セクション 4では基本仕様を元に検討したベースラインとなる全体
構成と基礎的な光学・機械設計を説明する。セクション 5ではベースラインの全体構成から仕様を絞り、より
実現性を高めたシステムとしての提案の可能性を示す。セクション 6では広視野多天体面分光器を実現する上
で次のステップとして必要となる検討をまとめる。
一部の比較検討は Appendix に掲載した。詳細な検討結果については以下の論文においても報告しており、
一部は本文中で引用している。そちらも合わせて参照されたい。
• Ono, Y., Akiyama, M., Oya, S., Lardiere, O., Andersen, D.R., Correia, C., Jackson, K., Bradley, C.,
“Multi time-step wave-front reconstruction for tomographic Adaptive-Optics systems”, 2016, JOSA-A,
33, 726 [Ono et al. 2016]
• Akiyama, M., Oya, S., Ono, Y.H., Takami, H., Ozaki, S., Hayano, Y., Iwata, I., Hane, K., Wu, T.,
Yamamuro, T., Ikeda, Y., “TMT-AGE: wide field of regard multi-object adaptive optics for TMT”,
2014, SPIE, 9148, 14 [Akiyama et al. 2014]
• Ono, Y., Akiyama, M., Oya, S., “TMT-AGE: numerical simulation of a new tomographic reconstruc-
tion method for wide FoR MOAO”, 2014, SPIE, 9148, 6 [Ono et al. 2014]
• 大野良人博士論文 2015 年度
• 高田大樹修士論文 2015 年度
• 山崎公大修士論文 2015 年度
1
図 1: 既存の補償光学、多天体補償光学、地表層補償光学の概念図。広視野補償光学では複数のレーザーガイ
ド星と複数の波面センサーを用いて、大気揺らぎの高さ方向を分解して推定するトモグラフィー推定が必須で
ある。その推定結果に基づいて、多天体補償光学ではそれぞれの天体の方向に最適値を求め個別の可変形鏡で
補正する。地表層補償光学ではすべての天体に共通の補正を求め、共通の可変形鏡で補正する。多天体補償光
学ではトモグラフィー推定の誤差と開ループ制御の誤差が大きな誤差要因であり、地表層補償光学では補正で
きない上空の大気揺らぎが大きな誤差要因となる。
2 科学的目標
2.1 課題設定
我々は TMT の第 2 期装置として提案する広視野補償光学による多天体分光器の科学的目標として
目標 1 赤方偏移 4 程度までの宇宙にある銀河に対して静止系可視域のスペクトルで内部構造を分解した観測
を行い、現在の宇宙に見られる銀河の構造がどのように確立してきたのかを明らかにすること。
目標 2 赤方偏移 7 程度までの宇宙にある銀河に対し、その静止系紫外線波長域の連続光スペクトルの詳細な
観測を行い、銀河の誕生期における激しい星形成の物理を明らかにすること。
目標 3 赤方偏移 12 程度までの宇宙にある銀河に対し、その静止系紫外線波長域の輝線を検出し、その正体を
明らかにすること。
を設定した。目標 1では補償光学系の高空間分解能による面分光観測を想定し、目標 2、目標 3では銀河全体
を積分したスペクトルを補償光学系により開口を小さくして高い SNで得ることを想定する。銀河の統計的性
質を解明するため、広視野において 10-20 個の天体の同時観測を行う装置を想定する。
2.2 中間赤方偏移の銀河の高分解能面分光観測
目標 1 では高空間分解能での面分光観測を実現することが要求される。赤方偏移 2 および 4 にある銀河の
平均的な半光度半径は 2.5 と 1.5 kpc と測定されており、これはそれぞれ 0.3′′ と 0.2′′ の見かけの大きさに相
当する。このような大きさの銀河の内部構造を少なくとも 3 個の空間素子数で分解することを考えると、
• 50× 50mas の空間分解能を達成すること。
2
表 1: 次世代 30m 望遠鏡多天体補償光学の面分光器の高空間分解能モード 0.05′′ × 0.05′′ 開口での検出限界。
広がった天体で一定の表面輝度を持つと仮定した。検出限界は 10 時間の積分で SN=10 を達成する開口内の
連続光のフラックス密度とラインフラックスを表す。R = 3, 000 の波長分解能で装置のトータル効率は 0.22
と仮定した。Akiyama et al. 2014 より。
J(1250nm) H(1650nm) K(2200nm)
R = 3, 000 flux density (erg s−1 cm−2 Hz−1) 3.2× 10−31 2.9× 10−31 7.7× 10−31
R = 3, 000 line flux (erg s−1 cm−2) 2.5× 10−20 1.7× 10−20 3.6× 10−20
R = 500 flux density (erg s−1 cm−2 Hz−1) 1.2× 10−31 1.1× 10−31 2.7× 10−31
R = 500 line flux (erg s−1 cm−2) 5.8× 10−20 4.0× 10−20 7.0× 10−20
が求められる。
この空間分解能での観測を 30m 開口を持つ望遠鏡で行う場合の連続光のフラックス密度および輝線フラッ
クスに対する検出限界を表 1にまとめる。これらの輝線フラックスの検出限界は 0.05′′ × 0.05′′ の空間 1 素子
あたりの星形成率に直すと赤方偏移 1.5 と 2.5 において 0.002 M⊙ yr−1 と 0.01 M⊙ yr−1 にそれぞれ相当す
るものである。
ターゲットとなる銀河の数密度については今後検討が必要である。
2.3 宇宙初期の銀河の多天体分光
目標 2、3 では銀河の積分したスペクトルを出来るだけ高い S/N で得ることが要求される。図 2 にそれぞ
れの補償光学系で得られる典型的な PSFを仮定した場合の分光検出限界を開口 (空間サンプリング)の関数と
して示す。点源を仮定した左図の場合、多天体補償光学系では開口を小さくとっても十分な光が開口内に入る
ので、バックグラウンドの影響が小さくなることが効いて 50× 50masの開口の場合に最も深い検出限界が達
成される。開口を広げると良い補償を達成しているメリットがなくなり、地表層補償光学系に近い検出限界と
なる。広がった銀河を想定する場合には状況が異なる。赤方偏移 7程度の銀河の典型的なサイズとして有効半
径を 0.125′′と仮定する。この場合、多天体補償光学系でも最も深い検出限界が達成されるのは 300× 300mas
程度の広い開口を用いた場合であり、その検出限界は地表層補償光学系で 500× 500mas程度の開口を用いて
達成される検出限界より 0.25mag深い程度に留まる。つまりこのケースでは、銀河が広がっているため、多天
体補償光学系の高い補償性能のゲインは限定的であることがわかる。ただし、銀河が内部構造を持ち、いくつ
かのノット状の構造からなる場合にはこの広がりの議論はあてはまらない可能性がある。
目標 2の科学目標のターゲット数の見積もりとして現在観測されている赤方偏移 6および 7の Lyman Break
Galaxy の個数密度とそれぞれの補償光学系の検出限界や想定される視野サイズの比較を図 3に示す。多天
体分光を行う利点を十分に生かすために視野の中に検出限界よりも明るい銀河が 5個程度は存在することを
要求し、広がった銀河の検出限界を採用すると、視野としては直径 10分角程度が要求されることがわかる。
TMT-IRMOS で想定されるレーザーガイド星の数や配置を想定すると多天体補償光学系で高い補償性能が得
られる視野は直径 5分角程度に限られ、この点を考慮すると目標 2、目標 3のケースにおいては補償性能に対
する要求を下げ、広視野に重点を置いた科学要求となる。具体的には
• 有効半径 125masに広がった天体について 300× 300mas の開口の中に 50%の光が入ること。
• 視野の面積は直径 10分角よりも広いこと。
を設定する。
図 4には観測ターゲットとして想定される赤方偏移 4-12 の銀河の主な紫外線波長域の輝線と吸収線の観測
波長をまとめた。これらの輝線と吸収線を用いて、宇宙初期の銀河で起こる激しい星形成の様子を明らかにす
る。HeII 輝線の強度は初期星質量関数の大質量側のスロープを反映する。星間吸収線の強度や速度は銀河の
3
22
23
24
25
26
27
28
29 0 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25
MA
B [
ma
g]
Aperture Area [arcsec2]
J-band (1250nm), Point Source
Seeing
GLAO
MOAO
0 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25Aperture Area [arcsec
2]
J-band (1250nm), Extended Source (Re=0.1")
Seeing
GLAO
MOAO
900[s]x40[frames]=10[h]R=3000 binned to R=500SN=10Read Noise = 1.0 [e/pixel]Total throughput = 0.22
900[s]x40[frames]=10[h]R=3000 binned to R=500SN=10Read Noise = 1.0 [e/pixel]Total throughput = 0.22
Total
22
23
24
25
26
27
28
29 0 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25
MA
B [
ma
g]
Aperture Area [arcsec2]
H-band (1650nm), Point Source
Seeing
GLAO
MOAO
0 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25Aperture Area [arcsec
2]
H-band (1650nm), Extended Source (Re=0.1")
Seeing
GLAO
MOAO
0 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25Aperture Area [arcsec
2]
K-band (2200nm), Extended Source (Re=0.1")
Seeing
GLAO
MOAO
22
23
24
25
26
27
28
29 0 0.05 0.1 0.15 0.2 0.25
MA
B [
ma
g]
Aperture Area [arcsec2]
K-band (2200nm), Point Source
Seeing
GLAO
MOAO
Total
Total
図 2: 表 1 と同じ設定で、多天体補償光学系、地表層補償光学系、シーイングリミットの場合について 上から
J-band、H-band、K-band での分光検出限界 (R=500、10時間積分で SN=10)を空間サンプリング (正方形
を仮定したスリット開口のサイズ)の関数として書いたもの。R=3000程度の中分散で観測した上でビニング
したケースを想定しOH輝線の間の連続光のみ考慮している。左)点源の場合、右)有効半径 0.125′′の指数関
数則の銀河の場合。空間分解した情報を得ず、開口の中で積分したスペクトルを得ることを想定している。
周辺にある中性ガスや電離ガスの分布を反映する。これらの主な強い紫外線波長域の輝線や吸収線は観測波長
で H-band よりも短い側に現れ、この波長域での補償性能が重要になる。まとめると
• 波長域は 800nm から 2500nm 付近までをカバーすること。
が求められる。
4
-2
-1
0
24.5 25 25.5 26 26.5 27 27.5 28 28.5
-22 -21.5 -21 -20.5 -20 -19.5 -19 -18.5
log10 ( N
mub
er / s
q.arcm
in / z=5
.5-6.4
)
m (mag)
M1600 (mag)
FoV = Φ5arcmin
FoV = Φ10arcmin
FoV = Φ15arcmin
Cumulative Schechter z=5.5-6.4z = 6SN = 5Nobj = 5
-2
-1
0
24.5 25 25.5 26 26.5 27 27.5 28 28.5
-22 -21.5 -21 -20.5 -20 -19.5 -19 -18.5
log10 ( N
mub
er / s
q.arcm
in / z=6
.4-7.2
)
m (mag)
M1600 (mag)
FoV = Φ5arcmin
FoV = Φ10arcmin
FoV = Φ15arcmin
Red : MOAOBlue : GLAOGreen : SeeingPoint SourceExponentialRe=0.125"ExponentialRe=0.06125"
z = 7SN = 5Nobj = 5
Cumulative Schechter z=6.4-7.2
図 3: 現在観測されている赤方偏移 6(左)および 7(右)の Lyman Break Galaxyの候補天体の数密度と多天体
補償光学系、地表層補償光学系、シーイングリミットの分光検出限界 (丸は有効半径 125mas、三角は有効半径
62mas、四角は点源の場合)、視野サイズの比較。視野の線はそれぞれの赤方偏移の範囲の間にターゲット数密
度が 5個となるところで積分数密度の曲線と交わる。検出限界がこれよりも右側にある場合は十分な数のター
ゲットがあるが、左側にある場合は検出限界に対して視野の中に数が少ないことを示す。
図 4: 上) z ∼ 3 の Lyman Break 銀河 (Shapley et al. 2003) と z ∼ 1 の銀河 (Du et al. 2016) の平均スペク
トル。下) 銀河の紫外線波長域の輝線と吸収線の観測波長。緑の実線は観測される強い輝線、青の破線は低電
離の星間吸収線、赤の点線は高電離の星間吸収線を表す。Akiyama et al. 2014 より。
5
図 5: 古典的トモグラフィーと複タイムステップ-トモグラフィーの概念図。Ono et al. 2016 より。
3 広視野での多天体補償光学の予想性能
3.1 計算機上での性能評価
多天体補償光学の核となる技術は複数の波面センサーでの多方向の波面揺らぎの測定と、トモグラフィー推
定による大気揺らぎの高さ構造を分解した推定である。ここでは図 5 に示すような形で大気揺らぎはいくつか
の高さの大気の層で生じていると仮定して取り扱う。
我々は特に広視野での多天体補償光学の補償性能を向上させるトモグラフィー推定法として複タイムステッ
プ-トモグラフィー法を提案している (Ono et al. 2016; 大野博士論文)。この手法は図 5の右に示すように直
近のタイムステップの情報だけではなく、以前のタイムステップの測定情報を用いることで、測定値の数を実
効的に増やし、トモグラフィー推定の精度を上げようというものである。この手法では大気揺らぎの時間変化
は短い時間の間であれば、固定したパターンが各高さの風向・風速により移動していく運動で記述できるとい
うことを仮定している。実際には乱流によるパターンの変化が起こるので、このような仮定は、限られた時間
内でのみ有効である。
補償光学の補償性能を決める大きな要因の一つは波面センサーおよび可変形鏡の素子数である。今後の検討
では必要な素子数を 60×60 素子と設定している。詳細な評価は Appendix D に説明する。
古典的トモグラフィーと複タイムステップ-トモグラフィーを用いた場合の補償性能の比較結果を図 6に載
せる。左の列と右の列はガイド星の配置による違いであり、想定したレーザーガイド星の位置を一番上の行に
示す。2 段目の行は古典的トモグラフィーを用いた場合のストレル比の視野内の分布を示し、3 段目の行は複
タイムステップ-トモグラフィーを用いた場合のストレル比の視野内の分布を示す。一番下の 2 行には動径方
向に平均したストレル比と 50mas×50mas 開口のエンスクエアエネルギーの半径依存性を示す。この結果は複
タイムステップ-トモグラフィーを用いることで広視野の中でも比較的良い補償性能が実現できることを示し
ている。
注意しなければならないのは、これらのシミュレーションでは大気揺らぎの時間変動は各層の大気揺らぎの
パターンが移動していく効果のみが考慮されており、パターンが変化する効果はシミュレーションの制約もあ
り考慮されていない。パターンが変化する時間スケールやその影響については実際にオンスカイの試験観測に
より確認することが必要である。セクション 3.3 の章にすばる望遠鏡での多天体補償光学系実証装置 RAVEN
を用いた試験観測結果のまとめを載せる。詳細は Appendix A に示す。
3.2 Tip-Tilt ガイド星の必要数
前セクションの性能評価では Tip-Tilt 成分は除いて評価が行われていた。レーザーガイド星補償光学にお
いては Tip-Tilt 成分および焦点ずれ成分はレーザーガイド星を用いては測定できないため、別個に自然ガイ
ド星を測定して天体方向の Tip-Tilt 成分と焦点ずれ成分を推定する必要がある。さらに広視野の補償光学を
6
想定する場合には、視野内の方向により Tip-Tilt 成分も変動することを考慮しなくてはならない。図 7 にガ
イド星からの距離の関数として、Tip-Tilt 成分の 3σ の標準偏差を示す。この図からわかるように Tip-Tilt 成
分によるジッターを 20mas 程度に抑えるためには 2 分以内にガイド星があることが必要であり、視野を 10
分角とすると単純には自然ガイド星が 6 個必要となる。実際には視野内での Tip-Tilt 成分の連続性を仮定し
て内挿することにより必要な数は 3-4 個程度まで減らせると予想されるが、大気揺らぎモデルを用いたシミュ
レーションが必要である。
3.3 RAVEN 試験観測から多天体補償光学予想性能へのフィードバック
RAVEN を用いたすばる望遠鏡での試験観測を 2014 年度、2015 年度と行った。まず、トモグラフィー推定
に必要となる、(1) 大気揺らぎの高さ分布を推定する手法、(2) 各大気揺らぎ層の移動速度 (風速/風向)を推定
する手法を実装した。(1) は多天体補償光学系の複数の波面センサーの同時刻のデータの相互空間相関を計算
すれば求まる。例えば地表層の成分は空間的にズレのない中心位置で相関を示すのに対し、上空の成分は波面
センサーの位置関係と高さに応じて中心位置からずれた位置で相関を示す。(2) はトモグラフィーの手法で高
さ別に分解した大気揺らぎ層のデータに対して、それぞれの高さ毎に異なる時間の空間相関を計算することに
より求めた。これらの推定結果に基づいて、古典的トモグラフィーおよび複タイムステップ-トモグラフィーを
行う手法を確立し、その性能評価を行った。
実験室の補償光学の光学シミュレータである RAVEN キャリブレーションユニットを用いた試験では、複
タイムステップ-トモグラフィーの方が古典的トモグラフィーよりも良い補償が得られることを確認し、向上
の度合もシミュレーションから予想される結果とコンシステントであった。一方で、どちらの場合においても
ストレル比の結果はシミュレーションの予想よりも悪く、これは Tip-Tilt 成分や焦点ずれの効果など、エン
スクエアエネルギーには影響が小さいが、ストレル比を悪化させる要因がうまく補正できていないことを示唆
する。
実際の天体を用いた試験観測ではトモグラフィーによる補償観測はうまく実行されたが、複タイムステップ-
トモグラフィーを用いた場合でも古典的トモグラフィーを用いた場合に対して性能向上は有意には見られな
かった。これは、現在想定するタイムスケールでも frozen flow の仮定が当てはまらない可能性や、風向きに
よってパターンが移動しないドームシーイングの影響が効いている可能性が示唆される。
RAVEN では自然ガイド星を用いた波面測定を行ったため、波面のサンプリングはすばる主鏡に対して差
し渡し 10 素子でサンプリングされており、これは実スケールで 80cm に対応する。また測定の時間間隔も
100∼250Hz 程度と低かった。実際にレーザーガイド星を用いたトモグラフィー補償光学がどのような性能を
持つかはより空間/時間サンプリングを上げたシステムを用いて実証する必要がある。
7
0
0.1
0.2
0.3
0.4
0.5
0.6
0.7
0 50 100 150 200 250 300
En
squ
are
dE
ne
rgy
ina
50
ma
sb
ox
Angular s paration [arcsecond]
Single
Multi
e
e
0
0.1
0.2
0.3
0.4
0.5
0.6
0.7
0 50 100 150 200 250 300
En
sua
red
En
erg
yin
a5
0m
as
bo
x
Single
Multi
Angular s paration [arcsecond]e
e
図 6: 古典的トモグラフィーと複タイムステップ-トモグラフィーでの多天体補償光学の性能比較のシミュレー
ション結果。上から仮定したレーザーガイド星の配置、古典的トモグラフィーでのストレル比分布、複タイム
ステップトモグラフィーでのストレル比分布、動径方向に平均したストレル比の半径分布、動径方向に平均し
た 50mas×50mas のエンスクエアエネルギーを示す。左列は狭いガイド星の配置、右列は広いガイド星の配置
の場合を示す。Ono et al. 2016 より改変。
8
図 7: Tip-Tilt anisoplanatism (視野の方向による Tip-Tilt 成分のずれ) を自然ガイド星からの距離で示す。縦
軸はガイド星のもつ Tip-Tilt 成分からの散らばりの 3 σ を示す。同じ距離のところにある複数の点は異なる
シミュレーションのランの結果を示す。Akiyama et al. 2014 より。
9
4 広視野多天体補償光学装置の全体構成
4.1 ベースライン装置仕様
ベースラインとなる装置全体の構成と各部分のパラメータの仕様値を図 8 と表 2 にまとめる。面分光はイ
メージスライサーを用いて行う。多天体の同時観測を実現するため、焦点面に r-θ に駆動できるピックオフ
アームを多数配置し、天体からの光を補足する。
TMT 焦点面には視野全面に共通の揺らぎ成分を補正する地表層補償光学に相当する前置補償光学を設置す
ることを想定する。共通の揺らぎ成分を補正することで、各天体に特化して行う個別補償は相対的に小さくな
る。一方で広視野をカバーする大型の光学系を前置補償光学として設置する必要があり、設置した場合としな
い場合のトレード検討が必要である。詳細な比較は Appendix Dに示す。また補償性能を決める一番大きな要
因である波面センサーおよび可変形鏡の素子数は、60×60素子と設定する。この詳細も Appendix D に示す。
科学的目標から要求される低空間分解能モード (1スライス 0.12′′)と高空間分解能モード (1スライス 0.04′′)
を同じ装置内で実現するために、イメージスライサーの前に切り替え可能な拡大率変換光学系を置き、イメー
ジスライサー前で像の倍率を変換する。イメージスライサーは 1 天体あたり 20 スライスとし、低空間分解能
モードでは 2.4′′ × 2.4′′、高空間分解能モードでは 0.8′′ × 0.8′′ の視野とする。スライサー長手方向にも同じ視
野を確保し、各スライスは 4mm の長さとする。スライサー内部での F 変換を行い、出射スリットは各天体
あたり 56mm とする。
多天体面分光器では複数のイメージスライサーから出射されるスリットを繋ぎ合わせた長いスリットをカ
バーする分光器が必要となる。標準設定値では 4 天体を 1 台の分光器でカバーすることにし、分光器の入射
スリットは 224mm の長さとした。
検出器としては 4096×4096素子の Hawaii-4RG 検出器を想定する。ピクセルサイズは 15 µm に固定され
る。低空間分解能モードでは 0.12′′ の空間サンプリングを想定しており、TMT のナスミス焦点 F15 で 0.12′′
に相当する 0.26mm をこの 2 ピクセルの中に落とし込むためには 8.6 倍の縮小光学系、つまり F1.7 よりも
明るいカメラが要求される。F が暗いカメラしか実現できない場合には F 比が大きくなりサンプルするピク
セル数が 2 ピクセルよりも増えることになる。ベースラインの装置仕様としてはAppendix C に載せる議論に
より F2.0 と設定した。
スリット幅は製作可能性と空間サンプリングを考慮し、200µm のイメージスライサー幅とした。イメージ
スライサーへの入射光は低空間分解能モードでは F11.5、高空間分解能モードでは F34.4 とした。これ以上 F
比を明るくするとイメージスライサーの段差部分での蹴られが問題となる可能性がある。イメージスライサー
からの出射光は低空間分解能モードで F8.0、高空間分解能モードで F24.0 と設定した。より明るい F 比にす
ると明るい F 比への対応が必要になり、より暗い F 比にするとスリット長さが長くなることへの対応が必要
になり、どちらも分光器側コリメータ光学系を複雑にすることからこの F 比を採用した。この場合イメージ
スライサーから出射するスリット幅は 140µm に相当する。
分光器の波長分解能は R = 3000 を標準設定値とした。結像性能の判断基準としてはスリットの 140µm ×140µm からの光の 90% 以上が 3× 3 ピクセルの中に入ることを目安とした。
4.2 前置補償光学系
視野 10 分角の大気揺らぎの共通成分 (地表層の大気揺らぎに相当すると考えてよい) を補正する前置補償
光学では像面に十分に良い星像が形成されるだけでなく、可変形鏡が置かれる瞳像面にも十分に良い瞳像が形
成される必要がある。このような要求を満たす前置補償光学の光学設計として図 9に示すオフナー光学系を改
良した光学系をベースラインの光学系として想定する。
この光学系では焦点面上で大きな非点収差が見られるため、焦点面の各方向に特化した非点収差の補正用の
平行平板を入れて点像を評価している (そのためスポットダイアグラムで色ずれが見られる)。実際のシステム
ではこのような収差は各天体の光路に設けられた後段の補償光学系で補正することを想定する。
この光学系を用いた場合の可変形鏡部分での最大瞳ずれは瞳径に対して 6.8% となっている。特に瞳ずれの
大きくなる瞳の上端、下端、左端の光線について、視野内での瞳ずれの量をマップで示したものを図 9右に示
10
冷却デュワー内
F15
F13.5
F11.5 / F34.4
F8 / F24
F2 / F6
前置補償光学系:視野全面に共通の揺らぎ成分の補償
ピックオフ光学系:各天体の光をピックオフする可動光学系
個別補償光学系:各天体に最適化した多天体補償光学
拡大率変換光学系:高・低空間分解能の切り替え光学系
イメージスライサー:面分光用イメージスライサー
スリット分光器:面分光の長スリットをカバーする分光器
冷却瞳
TMT 焦点面
出射 F 比
低空間分解能
/ 高空間分解能
図 8: ベースラインとする装置全体の構成
す。瞳ずれは視野端で大きくなる領域があるが、ほとんどの領域では十分に小さい瞳ずれに抑えられており、
前置補償光学としての機能には問題がないと考えられる。
4.3 ピックオフアーム機構
多天体補償光学の核となる機構は焦点面に置いて多天体の像をピックオフする天体ピックオフアーム機構で
ある。リレー光学系を組み込んだピックオフアーム機構のモックアップの設計と試作を図 10の形で行った。
このピックオフアーム機構では天体の補足は r-θ の駆動で行うことを想定している。駆動に伴う光路変化を無
くすために、ピックオフアームのなかにトロンボーンミラー機構を入れ距離の変化を無くし、回転による軸ず
れを無くすために、θ 回転軸を光軸に合わせている。
4.4 個別補償光学系
ピックオフアームで切り出された 2.0′′ × 2.4′′ の視野の光はそれぞれの光路に設置された個別補償光学に導
入される。この個別補償光学の核となるのは多素子の可変形鏡である。可変形鏡は 60×60素子の MEMS に
よる 30mm 角程度の小型の可変形鏡を想定する。
視野が狭いことから、特に複雑な光学系は必要がないと考えており、色消しコリメータレンズとカメラレン
ズの組み合わせで良いと考えている。詳細な光学設計はまだ行っていない。
4.5 拡大率変換光学系
個別補償光学で補償された光は拡大率変換光学系に導入される。この光学系では像の拡大率を変換し、同じ
イメージスライサーを用いて高空間分解能モードと低空間分解能モードを実現する。拡大率変換光学系以降は
分光器内のデュワーに入れて冷却をすることを想定している。コールドストップはこの拡大率変換光学系の瞳
11
表 2: ベースラインとする装置各部の仕様値。長スリット明 F比分光器設計のための目標パラメータとして用
いた値であり、分光器のそれぞれの設計に応じてパラメータの変更が加えられている。
低空間分解能モード 高空間分解能モード コメント
ナスミス焦点 F 比 F15.0
前置補償光学系焦点面 F 比 F13.5
個別補償光学系焦点面 F 比 F13.5
拡大光学系焦点面 F 比 F11.5 F34.4
イメージスライサ幅 200µm 製作可能性
天体に対するイメージスライサ幅 0.12′′ 0.04′′
スライス数 20
イメージスライサ長 4mm 正方形
イメージスライサ出射 F 比 F8.0 F24.0
天体あたりスリット長 56mm
スリット幅 140µm
スリット長 224mm 4天体同時
分光器出射 F 比 F2.0 F6.0 目標値
検出器サンプリング 15µm Hawaii-4RG
像部分に設ける。この部分にも特に複雑な光学系は必要がないと考えており、色消しコリメータレンズとカメ
ラレンズの組み合わせで実現する。
4.6 イメージスライサー
イメージスライサーは図 11に示す形で検討している。現在の案ではイメージスライサーの内部で F 変換
を行うことを想定している。出射スリットについては分光器のフィールドレンズのサイズを小さくすることを
狙って曲率を持つことを許し、さらに出射光軸も収束するような方向を持たせる。
現在は分光器とイメージスライサーは個別に光学設計を行っているが、今後は両者を合わせた光学系として、
最適化を行うことが必要である。
イメージスライサーの製作可能性は TAO SWIMS 用の IFU ユニットの試作を通じて検証を行っている。イ
メージスライサー幅は 200µm 幅でも製造が可能であることが示された。詳細については Appendix E にまと
めた。
4.7 長スリット分光器
ベースラインの光学設計としては高波長分散を実現しやすい反射型回折格子を用いた光学設計を採用した。
透過型分散素子を用いた場合についての検討はAppendix F に掲載した。反射型回折格子を用いた場合、カメ
ラ F 比を F2.0、瞳径を 150mm とするとカメラ側はレンズ 11 枚 22 面の構成で最大で直径 381mm の CaF2
が必要になることが示された。これは初期検討で出ていたカメラ F2.00 に対してレンズ 9 枚という結果に対
して、よりレンズ枚数を要求する結果になっている。その理由は分散方向から考えると光路の折り曲げの効果
により、実効的に瞳径は 220mm の直径を持ち、実効 F1.36 の光学系になっていることによる。この結果を踏
まえて、反射型回折格子の場合には低空間分解能モードでの分光器出射 F 比を F2.5 と設定して最終的な光学
設計を依頼した。結果の光学設計とパラメータのまとめを図 12と表 3に示す。
分散素子としては 88 l mm−1 でサイズが 187.5×150mm の反射型回折格子を用いた場合が想定される。こ
の場合波長分解能は R = 3000 がスリット幅 0.14mm に対して達成される。3 次から 7 次の干渉光を用いる
ことで 800-2500nm の波長域が 4 回の観測でカバーされる。ただし、高次の成分を用いることで、それぞれ
12
1. 32゚
φ1320
6634
非点収差補正用平行平板
球面鏡φ400, R~14m
球面鏡φ4720, R~12m
8436
tweeterへの光線ピックアップ位置 φ1340
x=0 +1.25' +2.5' +3.75' +5'
y=-5'
89
-3.75'
91
90
90
-2.5'
91
91
91
90
-1.25'
91
91
90
87
+0
91
91
89
90
89
+1.25'
91
91
90
89
+2.5'
90
91
82
90
+3.75'
91
90
90
表示矩形 □330μm=150mas 白色円 Airy Disk Diam.(1.65μm)
+5'
90
波長 0.8μm(青), 1.25μm(緑), 1.65μm(橙), 2.5μm(赤) 添付数字 λ1.65μmでφ50masに含まれる割合 で界限折回]%[ 91%)
11 [mm] 10 9 8 7 6 5 4 3 2 1
図 9: オフナー・リレーを改良した視野 10 分角のリレー光学系の設計。左図は光路図。球面のみを用いて構
成しているが、面の配置を標準的なオフナー・リレーから変更した結果、全長は短くなっている。大きな非点
収差が見られるため、焦点直前に補正ガラス板を入れて構成している。実際には後段のピック・オフ光学系
の中でこの収差は補正する必要がある。中央図は焦点面のスポット・ダイアグラム。各点とも ϕ50masの中に
50%以上の光量が入っており目標性能に達している。右図は瞳収差の視野内での分布を示す。瞳収差の大きく
なる瞳の上端、右端、下端の 3 方向のについて示している。
の波長域の端での効率の低下は著しい。そのため、可能であれば反射型回折格子の交換機能を搭載し、グレー
ティングを波長域によって交換してより効率の範囲で用いるのが良い。
表の中には空間 1 要素 (スリット幅に相当)と波長 1 要素 (波長幅)をサンプルするピクセル数を載せておい
た。これらを掛け合わせた値は 10 ∼ 13 pixel となっている。
13
ピックオフミラー
トロンボーンコリメータレンズ
カメラレンズ
r 駆動
θ 駆動
図 10: ピックオフアームのモックアップ試作品。上の図に示すオレンジ線は光路を示す。
入射
出射スリット
イメージスライサー
イメージスライサー
入射
出射スリット
瞳ミラー
瞳ミラー
図 11: イメージスライサーの光学設計。ここでは視野中心と両端のスライスのみ示す。左) 横から見た図、右)
上から見た図。
14
1085
f=1200collimator
φ295
37. 3゚
2. 7゚
CaF2Fused SilicaS-TIH14
Slit Width0.14mm
197
R1833 3.0゚
1653
187
φ238
cameraf=375
F8
HAWAII-4RG
φ150
図 12: 反射型分散素子を用いた場合の分光器設計案。この設計では 295mm 直径の CaF2 が必要となっている。
表 3: 反射型回折格子を用いた場合の分光器設計値のまとめ。
低空間分解能モード 高空間分解能モード コメント
イメージスライサ幅 200µm
天体に対するイメージスライサ幅 0.12′′ 0.04′′
スライス数 17 設定値より減少
イメージスライサ長 4mm
スライサ視野 2.0′′ × 2.4′′ 0.7′′ × 0.8′′
分光器入射 F 比 F8.0 F24.0
天体あたりスリット長 48mm
スリット幅 140µm
スリット長 197mm 4天体同時
分光器出射 F 比 F2.5 F7.5 空間方向
空間 1 要素ピクセル数 2.9pixel Hawaii-4RG
波長分解能 3000 0.14mm スリット
波長方向サンプリング Y -band 800-1080nm, 0.07nm pixel−1
波長方向サンプリング J-band 1070-1430nm, 0.09nm pixel−1
波長方向サンプリング H-band 1420-1900nm, 0.14nm pixel−1
波長方向サンプリング K-band 1860-2500nm, 0.16nm pixel−1
波長 1 要素ピクセル数 Y -band 4.5pixel dλ あたり
波長 1 要素ピクセル数 J-band 4.6pixel
波長 1 要素ピクセル数 H-band 4.0pixel
波長 1 要素ピクセル数 K-band 4.5pixel
15
5 装置構成の見直し案
前セクションではベースラインとなる仕様に基づいて各部の光学設計の可能性をまとめてきたが、この結果、
低空間分解能モードと高空間分解能モードを切り替え可能として一つの装置に同居させるベースラインの装置
構成案では F 比の明るい低空間分解能の面分光機能を実現する必要性と高空間分解能モードでの長いスリッ
トの必要性から装置が巨大化してしまうことが判明した。そこで、ここでは低空間分解能モードと高空間分解
能モードを切り分け、それぞれを独立した装置として構成する案を提案する。
5.1 地表層補償光学による多天体分光器
低空間分解能モードでは多天体補償光学の機能を持たせず、視野内で共通の地表層揺らぎ成分のみを補正す
ることを考える。前置補償光学系は図 9の構成を用いる。これにより天体ピックオフアーム内に補償光学を組
み込む必要性は無くなり、光学系は単純化される。視野 10 分角の仕様値を保つが、面分光機能は縮小し、各
天体をカバーする領域は 1.0′′ × 1.0′′ とする。この場合はイメージスライサーの長さは 2mm となり、スライ
ス数は 5 枚となり、天体あたりのスリット長さは 10mm まで短縮する。アームの数をベースライン案から保
つと、スリット長さは 10/48 となり、スリット長さが短くなることで低空間分解能モードの分光器設計を簡略
化できる可能性が高い。スリット長さが許せば天体数を増やすことも選択肢に入る可能性がある。
低空間分解能モードのみに絞る場合には面分光機能を無くし、多スリット分光器とするアイデアもあり得る。
ピックオフアームまでは共通だが、その後ろにイメージスライサーではなく単純なスリットを置くものである。
前置補償光学系として、より焦点面を小さくした分光器の案もあり得る。図 13に非球面反射系を用いた地
表層補償光学の光学設計案を示す。この光学系の視野は 10 分角を持つ。この光学系の特徴は焦点面の縮小率
にあり、倍の縮小率で像面での F 比は F3.5 となっている。この像面の後ろにスリットマスクと分光器を置け
ば地表層補償光学と広視野カメラとして機能させることが出来る。補償光学系として機能するように設計され
ており、可変形鏡部分での瞳収差成分は最大部でも 3.06% まで抑えられている。この光学系の場合には可視
光および J-band、H-band のみの多天体分光に機能を絞るのであれば光ファイバーを用いて、より多くの天
体を同時に観測する機能として検討することも可能である。
5.2 多天体補償光学を生かした多天体の面分光器
高空間分解能モードに絞った案では視野を 5 分角に縮小する。この場合の前置補償光学としては図 14 のよ
うなオフナー光学系を改良した前置補償光学が可能である。この場合には図 9 に比べると焦点面に特に非点収
差の補正機構など無くても良い点像が得られる。
高空間分解能モードの仕様のみを考慮した分光器についての光学設計の結果を図 15に載せる。入射 F24、
出射 F7.5 とした場合には 2 枚 4 面のレンズのカメラ系と 5 枚 10 面のレンズのコリメータ系で十分な性能が
得られることがわかった。この場合には分光器設計が大幅に簡略化され製造が問題となる CaF2 の大型レンズ
のサイズも直径 176mm に抑えられている。
16
図 13: TMT 視野 10 分角の地表層補償光学系の光学設計案。出射 F 比は 3.5 であり、1mm あたり 2.0′′ のス
ケールとなっている。視野回転や大気分散の補正についてはまだ検討されていない。高田大樹修士論文より。
17
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図 14: オフナー・リレーを改良した視野 5 分角のリレー光学系の設計。左図は光路図。球面のみを用いて構成
しているが、面の配置を標準的なオフナー・リレーから変更した結果、全長は短くなっている。中央図は焦点
面のスポット・ダイアグラム。各点とも ϕ50masの中に 50%以上の光量が入っており目標性能に達している。
また波面収差も非点収差が主なので後段のピック・オフ光学系で補正できる可能性がある。右図は瞳収差。若
干裾野があるものの目標である瞳径の 1/60をほぼ達成している。
198
Slit Width0.14mm
35゚
77
876
F24
1681
CaF2Fused SilicaS-TIH14
φ176φ150
f=1200collimator
f=380camera
φ50
R1974 2.9゚
BaF2
図 15: 反射型分散素子を用いた場合の高空間分解能モードに特化した分光器設計案。この場合に必要となる
CaF2 のレンズのサイズは直径 176mm となっている。
18
6 現在の技術的問題点と今後の検討課題
6.1 装置仕様の絞り込みと科学的目標の見直し
セクション 5に示すように、ベースラインの装置仕様から仕様を絞り込んだ装置として検討を行う方がより
実現性の高い提案と出来る可能性が高い。科学的目標の見直しと含めて、装置仕様の絞り込みを検討する必要
がある。
6.2 広視野でのレーザートモグラフィー補償光学
すばる望遠鏡多天体補償光学実証 RAVEN プロジェクトでは 3 個の自然ガイド星を用いたトモグラフィー
補償光学を実証したが、実際の汎用の科学観測に用いる多天体補償光学ではレーザーガイド星を用いたトモグ
ラフィー補償光学を実証する必要がある。レーザーガイド星の場合にはコーン効果の影響、ガイド星高度の時
間変動の影響などがあり、それらの影響を含めた性能実証を進める必要がある。
6.3 視野分割による前置補償光学の単純化
セクション 4や 5で示したが、視野 10分角をカバーする前置補償光学を実現するには、口径 4.7m の球面
鏡または 2m クラスの非球面鏡を実現する必要がある。視野 10分角を分割してカバーすることを考えると、
このような大型の光学系の要求が緩和される可能性が高い。
6.4 光学素子冷却の必要性の評価
TMT の第 1 世代補償光学系 NFIRAOS では装置光学系からの熱放射をK-band で夜光の連続光成分に対
して 15% の強度とすることが要求されており、光学系を−30度まで冷却することが要求されている。同様の
要求を課すのであれば、前置補償光学系を含めて、この温度まで冷却する必要があり、冷却系も含めた検討が
必要である。
6.5 トモグラフィー推定の計算速度
TMT の 60×60 素子の補償光学を想定した場合、現状ではトモグラフィー推定と可変形鏡の制御に必要な
行列計算を大規模疎行列を解くための反復による共役勾配法で解く場合には十分に短い時間では計算できてい
ない。例えばグラフィックボードの計算ユニット (GPU) として NVIDIA Tesla K40 を用いて並列計算を行っ
た場合、一回の反復に 500∼800µs 程度、反復回数が 200 回程度、反復以外の計算に 1500µs 程度かかる (詳
しくは大野博士論文参照)。補償光学での補償に必要な ∼1ms で計算を行うには計算時間と反復回数がかかり
すぎている。反復計算では初期値の設定を前回の時間の計算結果とすると収束が良くなることが期待されるが
(warm start)、それでも 5 回程度の反復が必要であり、合計として 10ms 程度かかっているのが現状である。
今後の計算機技術の発展による高速化を期待する。
6.6 装置予算見積もり
ここまでの検討は予算の見積もりは特になく進めてきたが、次の段階では各部分の予算の概算に基づいて、
仕様選択を進める必要がある。
19
Appendix A すばる望遠鏡での多天体補償光学実証 RAVEN の試験観測のま
とめ
多天体補償光学の実証試験として、2014年度と 2015年度においてすばる望遠鏡に試験観測装置 RAVEN を
取り付けて、実証試験観測を 3 回にわたって行った。この実証試験において、トモグラフィー推定に必要とな
る、(1) 大気揺らぎの高さ分布を推定する手法、(2) 各大気揺らぎ層の移動速度 (風速/風向)を推定する手法を
実装し、リアルタイムでの測定結果をトモグラフィー推定に反映させる手法を確立した。(1) は多天体補償光
学系の複数の波面センサーの同時刻のデータの相互空間相関を計算すれば求まる。例えば地表層の成分は空間
的にズレのない中心位置で相関を示すのに対し、上空の成分は波面センサーの位置関係と高さに応じて中心位
置からずれた位置で相関を示す。(2) はトモグラフィーの手法で高さ別に分解した大気揺らぎ層のデータに対
して、それぞれの高さ毎に異なる時間の空間相関を計算することにより求めた。
実験室での RAVEN のキャリブレーション用補償光学シミュレータ (キャリブレーションユニットと呼ぶ)
を用いた試験では、複タイムステップ-トモグラフィーを用いた補償性能は古典的トモグラフィーを用いた場合
よりも向上することを確認した。特に 140 mas のエンスクエアエネルギーの指標ではシミュレーションで予
想される性能と性能向上がほぼ再現された。一方でストレル比はどちらのトモグラフィーを用いた場合でもシ
ミュレーションでの予測値よりも低く、この結果は、ストレル比を下げる Tip-Tilt や焦点ずれの低次の波面誤
差の成分がトモグラフィー手法ではうまく補正されていない、ことを示唆している (詳細は Ono et al. 2016)。
実際の天体の観測において、補償光学のさまざまなモードを比較した結果を図 16に示す。さまざまな r0 の
条件下で得られた 140mas × 140masのエンスクエアエネルギーの値である。この結果はターゲット自体でルー
プを閉じて補償を行う Single-Conjugate AO (SCAO) モードでは最も良く補償が効いており、可変形鏡の駆
動や波面センサーのキャリブレーションにおいて大きな問題は無いことを示す。多天体補償光学 (MOAO) や
地表層補償光学 (GLAO) モードでは補償なしに比べて補償効果は見られるが、全体に補償性能は悪化してお
り、MOAO の方が GLAO よりやや補償性能が良い傾向が見られるが、大きな差はない。このことは観測時
間帯において地表層揺らぎの成分が支配的に強い時間帯が多かったことを反映するが、MOAO で SCAO に近
い補償性能が得られなかった点はトモグラフィーのエラーが効いていると考えられ、今後さらに検討が必要で
ある。ここでの評価は 140mas × 140mas のエンスクエアエネルギーで行っており、Tip-Tilt や焦点ずれとい
う低次の成分の補償が十分でない、ということだけでは説明がつかないことにも注意が必要である。
実際の天体を用いた観測でも古典的トモグラフィーの手法だけでなく、複タイムステップ-トモグラフィー
の手法も適用した。図 17 にその結果を示す。これは試験観測で得られたデータをオフラインで解析して推定
した結果であるが、複タイムステップ-トモグラフィーを用いても古典的トモグラフィーに対して有意に性能
向上が見られない結果であった。また、大気揺らぎの各層の風速/風向の推定においても、上空で固定したパ
ターンが見られ、それによって風速/風向の推定が影響が見られる、ということが起こっており、原因として
はドーム内シーイングの固定パターンが上空のパターンの推定に影響を与えていることが示唆されている。こ
のような要因により複タイムステップ-トモグラフィーを用いても性能向上が見られなかったと推定され、こ
のアルゴリズムについてはさらに改良が必要である。
このように RAVEN の試験観測において多天体補償光学系を実装する上での問題点も具体的に明らかになっ
た。一つは望遠鏡や装置内部のアームの振動で生じるチップチルトや焦点ずれの成分の影響が大きくあるとい
うことである。波面のチップチルトの成分は (1)大気揺らぎのチップチルト成分、(2)視野ずれ方向のトラッキ
ング誤差、(3)視野回転方向のトラッキング誤差、(4)望遠鏡全体の振動による視野ずれ方向の振動 (高周波数
のトラッキング誤差と見ることも出来る)、(5)装置内部の振動、の影響が入る。各波面センサーの望遠鏡に対
する回転角を合わせた後で考えると、(2)(4) は各波面センサーで共通のチップチルト成分として検出されるの
で、波面センサーで測定されたチップチルト成分をターゲット方向でも補正してやれば良い。一方で、(1)(3)(5)
は各波面センサーで異なる方向、大きさのチップチルト成分として測定される。(3) については複数の波面セ
ンサーのデータを合わせることでその大きさを推定し、ターゲット方向で補正することが出来る。(1) (5) に
ついては方向により異なる成分がある ((1):チップチルトの unisoplanatism、(5):アーム毎の振動の振る舞いや
トラッキング精度の違い)のでターゲット方向の成分を見積もる必要がある。このような成分について自然ガ
イド星のチップチルトの測定値からターゲットの方向のチップチルト成分をどのように推定するのか、その残
差はどの程度と見積もられるのかは検討事項として残る。
20
0
5
10
15
20
25
30
35
40
0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5
EE [%
]
r0 [m]
NoAOSCAOGLAOMOAO
0
5
10
15
20
25
30
35
40
0 0.1 0.2 0.3 0.4 0.5
EE [%
]
r0 [m]
NoAOSCAOGLAOMOAO
図 16: RAVEN試験観測で得られた様々な条件下での補償後のエンスクエアエネルギーの比較。右側はサイエン
ス ch1、左側はサイエンス ch2の結果。白丸:補償なし、緑:ターゲット自体で古典的単層補償 (Single Conjugate
AO)、青:地表層補償、赤:多天体トモグラフィー補償での結果を示す。大野報告書より。
600610620630640650660670680
0.02 0.04 0.06 0.08 0.1 0.12 0.14 0.16 0.18 0.2
Tip-Ti
ltremoved
WFE
[nm]
∆ t [s]
Ch1, SingleCh1, MultiCh2, SingleCh2, Multi
360
380
400
420
440
460
480
0.02 0.04 0.06 0.08 0.1 0.12 0.14 0.16 0.18 0.2
Tip-Ti
ltremoved
WFE
[nm]
∆ t [s]
Ch1, SingleCh1, MultiCh2, SingleCh2, Multi
図 17: RAVEN のすばる望遠鏡での試験観測データを用いた古典的トモグラフィー (single)と複タイムステッ
プ-トモグラフィー (multi) の補償性能の比較。赤線と青線は RAVEN の ch1 と ch2 のパスを示す。複タイム
ステップ-トモグラフィーのデータの時間間隔の関数として示す。古典的トモグラフィーに比べて多少の改善
の見られるケース (左)もあったが、改善幅は小さい。右に示すように改善の見られないケースもあった。大野
博士論文より。
試験観測において明らかになったもう一つの課題は可変形鏡のリファレンス形状が長時間使用する間に変形
するといったことが起こりうるということである。特に開ループでの補償が必要となる多天体補償光学のシス
テムにおいてはこのような形状変化は補償性能にそのまま影響をする。リアルタイムで可変形鏡の形状変化を
モニターするようなシステムが必要となることが認識された。
21
焦点ずれ
緑:トモグラフィー推定残差青:測定データに基づく推定残差
非点収差 90deg 非点収差 45deg
図 18: RAVEN 試験観測時に測定された大気揺らぎの焦点ずれ、非点収差の強度を上段に示し、下段はトモグ
ラフィー推定による補償をした場合の残差 (緑)と測定データによる経験的推定による補償をした場合の残差
(青)。灰色で示した部分は経験的推定のために用いられたデータ範囲で、経験的推定ではこの部分はほぼ残差
がなくなる。この範囲外で比較すると、焦点ずれでは測定データに基づく推定の方がトモグラフィー推定より
も残差が小さく、現在のトモグラフィー推定モデルでは補正できていない成分があることがわかる。山崎修士
論文より。
22
26.5
27
27.5
28
28.5 0 5 10 15 20 25 30 35 40
De
tectio
n L
imit (
ma
g)
with
10
h 4
0fr
am
es 0
.05
ap
p R
=3
00
0
Sampling (pixels: 2x2=4pixels)
26.5
27
27.5
28
28.5 0 5 10 15 20 25 30 35 40
De
tectio
n L
imit (
ma
g)
with
10
h 4
0fr
am
es 0
.05
ap
p R
=3
00
0
Sampling (pixels: 2x2=4pixels)
26.5
27
27.5
28
28.5 0 5 10 15 20 25 30 35 40
De
tectio
n L
imit (
ma
g)
with
10
h 4
0fr
am
es 0
.05
ap
p R
=3
00
0
Sampling (pixels: 2x2=4pixels)
26.2
26.4
26.6
26.8
27
27.2 0 5 10 15 20 25 30 35 40
De
tectio
n L
imit (
ma
g)
with
10
h 4
0fr
am
es 0
.15
ap
p R
=3
00
0
Sampling (pixels: 2x2=4pixels)
26.2
26.4
26.6
26.8
27
27.2 0 5 10 15 20 25 30 35 40
De
tectio
n L
imit (
ma
g)
with
10
h 4
0fr
am
es 0
.15
ap
p R
=3
00
0
Sampling (pixels: 2x2=4pixels)
26.2
26.4
26.6
26.8
27
27.2 0 5 10 15 20 25 30 35 40
De
tectio
n L
imit (
ma
g)
with
10
h 4
0fr
am
es 0
.15
ap
p R
=3
00
0
Sampling (pixels: 2x2=4pixels)
図 19: サンプリングの検出限界への影響。右) 低空間分解能モードの開口 0.15′′ × 0.15′′ 波長方向 R=3000 相
当の光をサンプルするピクセル数を横軸として 10 時間露出 SN=10 での連続光に対する検出限界を書いたも
の。全体の効率は 0.22 と想定し、開口に入る光量に対応する等級を縦軸としている。10 時間露出を 40 フレー
ムで行っている。上から下に J-band、H-band、K-band、赤は読み出しノイズ 1e−、青は 2−、緑は 4− の場
合を表す。左) 高空間分解能 0.05′′ × 0.05′′ 開口の場合。
Appendix B 分光器での波長空間エレメントのピクセルサンプリングと検出限界
検出限界がバックグラウンドで決まっている場合(バックグラウンドリミット)にはサンプルするピクセル
数が増えてもデータをビニングすることで同じ SN 比が得られるが、実際には検出限界は読み出しノイズの
影響を受けるため、サンプルするピクセル数が増えると検出限界が浅くなることになる。図 19 にサンプリン
グするピクセル数と検出限界の関係を示す。R=3000 の分解能のスペクトルの波長エレメント dλ (dλ=λ/R)
と 0.15′′ × 0.15′′ (高空間分解能モードでは 0.05′′ × 0.05′′) の開口の中に入ってくる光を何ピクセルでサンプル
するかを横軸に取っている。バックグラウンドは OH 夜光輝線の間の連続光を仮定しており、上から下に J-,
H-, K-バンドのケースに相当する。赤実線、緑点線、青破線はそれぞれ読み出しノイズが 1e−、2e−、4e− に
相当する。
読み出しノイズを 4 e− とすると 1 波長 1 空間エレメントを 2×2 (=4) ピクセルでサンプルする場合と 9
(=3×3) でサンプルする場合で検出限界は低空間分解能モードでは 0.1 等、高空間分解能モードでは 0.2 等、
検出限界が浅くなる。一方で装置の効率とのトレードオフもあり、明るい F 比を実現するためには多数のレン
ズが必要となり、その場合には効率の低下による検出限界の悪化が懸念される。例えば、レンズ 15 枚 30 面
の場合とレンズ 9 枚 18 面の場合を比較すると、各面の反射率が 1.5% であると仮定した場合、64% と 76%
となる。この場合検出限界は読み出しノイズリミットの場合 0.19 等の差、バックグラウンドリミットの場合
0.09 等の差が生じることになる。よって、サンプリングによる検出限界の悪化とレンズ枚数の増加による検出
限界の悪化のバランスを考えて分光器の出射 F 比を設定する必要がある。
Appendix C 低空間分解能モード分光器の F 比設定
現実的に製作可能な範囲の中で、カメラの F 比をどこまで明るくすることが出来るのかがパラメータの設
定上の大きな制約条件となる。そこでまず Hawaii-4RG 検出器をカバーする大きな焦点面を持つカメラの光
学設計で F 比をどこまで明るくすることが出来るか、という点から光学設計を検討した。カメラ設計におい
ては特に屈折系にはこだわらず反射系や反射屈折 (Catadioptric)系についても検討を依頼した。この検討結果
では Hawaii-4RG 検出器を焦点面に置き、瞳直径 160mm のカメラレンズ系で波長 0.75µm から 2.3µm をカ
バーする F1.65 を達成するレンズ 15 枚 30 面の光学系が提案された。この場合、視野端でも 20µm にほぼス
23
ポットが収まっている。ただし、レンズ枚数が多く、透過効率や製造可能性の点で問題が残ったので、より大
きな F2.00 のカメラレンズ系との比較を行った。F2.00 であればレンズ 9 枚 18 面の光学系で実現可能であ
り、より良い結像性能が達成されることが分かった。前述したようにサンプリングするピクセル数を減らして
も、レンズ面数が増加した場合には検出限界の向上が相殺されることから、低空間分解能モードでは F2.0 を
標準設定値として採用した。反射系を用いた場合には反射鏡 3 面と補正レンズ 2 枚の系について F2.2∼F2.5
を出来る可能性が示されたが、光線の遮蔽や結像性能の問題があり、現状では屈折系に匹敵する結像性能を実
現することは出来ないと判断し、以降は屈折系についてのみ検討を行った。
24
個別 Woofer 共通 Woofer
視野 望遠鏡の視野を利用可能 リレー光学系により制限される
Woofer 直径 50mm程度で大ストローク 直径 300mm程度でも可
ターゲットの数だけ必要 1個で良い
開ループ制御 レーザーガイド星で閉ループも可能
Tweeter ストロークは小さい 大きなストロークが求められる
TT-ガイド星 補正なし Woofer による補正が入る
表 4: Woofer 可変鏡を個別にした場合と共通にした場合の定性的な得失。ストロークについて定量的な値は表
3にまとめる。
150
200
250
300
350
400
0 50 100 150 200 250 300
WFE
[nm
]
Distance [arcsec]
Average+Tomography vs Tmography
Average+ Tomography
6GS
8GS
10GS
Tomography
図 20: 通常のトモグラフィーの場合 (実線)と、地表層を複数波面センサの平均で推定し差し引いてからトモ
グラフィーを行った場合 (破線)の補正後の波面残差RMSの比較。視野中心からの距離の関数として示す。ガ
イド星は視野中心に 1個とそこから 240′′離れた位置に 5(赤)、7(青)、9(緑)個置いた場合を計算しており、ガ
イド星と重なる 240′′付近で補償性能が良い。大気揺らぎの強度はマウナケア山頂 50%ileの条件で天頂方向の
観測を想定している。波面センサの測定ノイズなどは入れておらず、純粋にトモグラフィーに伴う残差のみ評
価している。
Appendix D 前置補償光学系を導入した場合の利点の定量的評価
ここでは前置補償光学系で地表層を先に補正する場合の補償性能の向上と可変形鏡に要求されるストローク
について定量的な評価を行った。
まず、トモグラフィーのアルゴリズムとして複数の波面センサーでの測定の平均値として推定した地表層の
成分を差し引いたうえで、残りの高層の成分に対してトモグラフィーを適用する場合を通常のトモグラフィー
を行った場合と比較した。トモグラフィーに伴う残差の違いを図 20に示す。今回の計算結果からは特に推定
精度の向上は見られず、これは平均で差し引くという線形な過程はトモグラフィーで用いられる計算とほぼ等
値であることを示している。
次にWooferとTweeterに要求されるストロークについて個別Wooferの場合と共通Wooferの場合で比較し
た。ここでは光路差をストロークと呼び、可変形鏡の機械的ストロークはこの半分の値となる。共通Woofer
には複数の波面センサの測定の平均値を当てはめることにして評価した。図 21に結果を示す。左側が個別
Woofer で右側が共通Wooferでの結果である。上段では Tweeterに要求されるストロークの Peak-to-Valley
の値をWoofer側の素子数の関数として示している。線の違いは観測条件の違いを表す。下段では Wooferの
素子数を直径上に 20素子とし、Tweeterの隣り合う素子間の最大ストロークの値を Tweeterの素子数の関数
として表す。フィッティングエラーを十分に小さくするには Tweeter側の素子数として直径上に 60素子程度
は必要である。
得られるストロークへの要求値を表 5にまとめた。左側の値はマウナケア山頂の 50%ileのコンディションで
天頂方向を観測した場合 (図 21青線)、右側の値は 75%ileの悪コンディションで高度角 30度の方向を観測し
25
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100
13 60 276 648 1184 1876 2724 7668
Tw
ee
ter
stro
ke
(µ
m)
Number of actuators on a woofer diameter
Number of actuators in a woofer
r0=0.08m Mean
r0=0.08m Max
r0=0.156m Mean
r0=0.156m Max
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100
13 60 276 648 1184 1876 2724 7668
Tw
ee
ter
stro
ke
(µ
m)
Number of actuators on a woofer diameter
Number of actuators in a woofer
r0 = 0.08m Mean
r0 = 0.08m Max
r0 = 0.156m Mean
r0 = 0.156m Max
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100
13 60 276 648 1184 1876 2724 7668
Tw
ee
ter
inte
rac
tua
tor
ma
xim
um
str
ok
e (µ
m)
Number of actuators on a tweeteer diameter
Number of actuators in a tweeter
r0 = 0.08m
r0 = 0.156m
20 actuators on a woofer diameter
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
0 10 20 30 40 50 60 70 80 90 100
13 60 276 648 1184 1876 2724 7668
Tw
ee
ter
inte
rac
tua
tor
ma
xim
um
str
ok
e (µ
m)
Number of actuators on a tweeteer diameter
Number of actuators in a tweeter
r0 = 0.08m
r0 = 0.156m
20 actuators on a woofer diameter
図 21: 個別の woofer を採用した場合 (右)と共通の woofer を採用した場合 (左)に tweeter に要求されるス
トロークの比較。機械ストロークの値はこの値の半分。上段: woofer の素子数を変えた場合に要求されるス
トロークの PV 値。青は良い条件の天頂の観測、赤は悪い条件で高度 30度の観測。下段: woofer の素子数を
276 に固定して tweeter の素子数を変えた場合に要求される隣り合う素子の間の差の最大値。青と赤は上段と
同じ。tweeter の素子数が十分でないと補正性能が悪化することに注意。
た場合 (図 21赤線)の値である。Tweeter に要求される多素子数を見たす小型の可変形鏡は現状では Boston
Micromachines の MEMS 可変形鏡のみであり、その機械ストロークの最大値は 4 µm、光学的には 8 µm の
光路差を補償することが出来る。個別 Woofer を採用すれば十分であるが、共通 Woofer を採用した場合には
悪条件下でストロークが足りず、より大きなストロークの小型多素子可変形鏡が必要となる。
Appendix E イメージスライサーの製作手法の確立
イメージスライサーの製作手法を確立することも、面分光器開発においては重要な要素技術となる。ダイア
モンド工具を用いた超精密研削によるイメージスライサーの試作を進めてきた。ここで重要なことは研削面
の反射効率である。面分光ユニットの光学系をすべて無電解ニッケルリンめっきでコーティングされた鏡面で
構成する場合を考える。面精度が光学系のスループットに与える影響は、ミラー表面の nm オーダーの凹凸
によって、幾何光学から予想される反射角度以外の方向にも光が散乱されるという描像で理解できる。そこで
図 22 よりユニット部での光量ロスを 50% 未満におさえるためには、ユニット中の光学面が 6 面である場合、
各面の表面粗さを 8 nm r.m.s 以下 (i.e. 各面の反射率 89% 以上) で仕上げる必要があることがわかる。
TAO-SWIMS 用のイメージスライサーの試作では、スライスミラーの製作可能性を (A)シェーパー加工 (B)
エンドミル加工の 2種類の加工方法で検証した。それぞれの白色干渉計による表面粗さの測定結果を図 23に
示す。まずシェーパー加工では、アルミニウム合金 (A5052)を先端形状 R20µmの工具を用いて幅 500µmの
平面形状を創成した。Conventionalなアルミではあるが面精度は断面形状で∼5nmと良好な値が得られてい
る。ただし面全体としてみた場合に切削痕による粗さの悪化が見られた。この切削痕は形状を変えない程度の
軽負荷の研磨で消すことが期待できる。一方、エンドミル加工ではアルミニウム合金 (A5052)に無電解ニッケ
26
Woofer PV Woofer 隣の最大差 Tweeter PV Tweeter 隣の最大差
Woofer なし - - 5.5 (10.0) 2.5 (4.0)
個別 woofer 5.5 (10.0) 2.5 (4.5) 1.0 (2.0) 1.0 (1.5)
共通 woofer 5.0 (8.0) 2.5 (3.5) 3.0 (5.5) 1.0 (2.0)
表 5: Woofer (30 × 30素子と仮定) と Tweeter (60×60素子と仮定) 可変鏡に要求されるストロークのまと
め。ここでは可変形鏡に要求されるストロークの値を載せており、実際の波面の値の半分の値になっている。
マウナケアの 50%ile の条件で天頂の観測の場合の 100 回のシミュレーション結果の 2 σ 値を示す。括弧内
は 75%ile の条件で高度角 30度の観測の場合を表す。視野中心から 4分角離れた領域まで想定。単位は µm。
Akiyama et al. 2014 より改変。
図 22: Debye-Waller モデルにもとづいた,1面あたりの表面粗さ (r.m.s.) に対する面分光ユニット (6面)の
スループット。
ルリンめっきを施したものを加工した。そのため、シェーパー加工と直接、定量的な比較はできないが手法間
の特徴を抽出することは可能であるので以下にその結果を述べる。スライスミラーの幅 500umと同じ直径を
もつスクエアエンドミルを使用したので加工方向 (図の水平方向) には均一かつ良好な面粗さが得られている。
課題としては工具設置精度 (加工機のもつ軸と工具の平行ズレ)によるグルーバルな形状誤差が現れることが
わかった。解決法としてはテストカットによって補正量をあらかじめ算出しておき,工具パスにフィードバッ
クすることで相殺が可能である。現在の試作では表面粗さは 3nm r.m.s が達成されている。現在のベースライ
ンの設計ではスライスミラーが曲率を持っており、極小の先端形状によるシェーパー加工技術が必要となる。
このような手法で製作されたミラーを面分光ユニットとしてアライメントして組み上げる手法についても、
異なる光学素子どうしを一つの母材から超精密切削加工で一体加工することで部品数を減らし、それらの光学
素子群を位置決めピンでベースプレート状に配置するという手法で行う開発を進めている。
27
図 23: シェーパー加工 (左図)とエンドミル加工 (右図)の白色干渉計を用いた粗さ測定の結果。上段は 2次元
粗さマップ、下段は断面形状を表している。Saは平面で抽出した面精度、Raは与えられた断面から計算した
面精度である。
28
CaF2Fused SilicaS-TIH14
collimator
F8
f=2000
HAWAII-4RG
SlitWidth0.14mm
2.53゚
246
SlitL
ength
R2712
φ340φ303
1435
2262
Grismcameraf=500
F.Silica43degφ
250
図 24: グリズムを用いた場合の分光器設計案
Appendix F 屈折型分散素子を用いた分光器設計
低空間分解能モードを考慮した F 比の明るい分光器設計では反射型グレーティングを用いると、分散素子
の前後で光路が折りたたまれる影響で前後のレンズ径が大きくなることが判明した。この問題は屈折型分散素
子を用いることで緩和することが可能である。屈折型分散素子を用いた光学設計案についても検討を行ったの
で、こちらにまとめる。詳細は以下に載せるが、グリズムを用いた場合には、非常に大きなグリズムが必要と
なり、この点が問題として残る。回折格子を用いた場合には、効率の高い回折格子を開発できるかが問題とし
て残る。
グリズムを利用した場合には分散素子ぎりぎりまでレンズを配置することが出来る。また折り曲げによる分
散方向での瞳の引き伸ばしが起こらない。これらにより全体の光学系をコンパクトにすることが出来る。カメ
ラ側 F 比を F1.8 、瞳径を 150mm に想定した場合、レンズ 10 枚 20 面の構成で最大レンズ直径 240mm で
実現可能であることが示された。この結果を踏まえ、標準設定値 F2.0 としたまま最終的な光学設計を依頼し
た。結果の光学設計とパラメータのまとめを図 24 と表 6に示す。瞳径 200mm で F2.0 のカメラ光学系となっ
ている。分散素子として頂角が 43 度のグリズムが想定される。 48 l mm−1 のグリズムを用いればR = 3000
で 3次から 7次の回折光を利用して想定する 4 つの波長域がカバーされる。
グリズムを用いた場合には目標とする波長分解能を実現するためには頂角 43 度という非常に大きなグリズ
ムが要求され実現可能性に問題がある。そこで、透過型回折格子を分散素子に用いた場合についても光学系の
検討を依頼した。結果を図 25に示す。コリメータとカメラ光学系はグリズムの場合と同じである。分散素子
としては入射角と出射角が 12 度の回折格子を想定した。同一の回折格子を用いる場合には 65 l mm−1 の回
折格子で 3次から 7次の回折光想定する波長域をカバーすることが出来、R=3000 が達成される。
29
表 6: グリズムを用いた場合の分光器設計値のまとめ。
低空間分解能モード 高空間分解能モード コメント
イメージスライサ幅 200µm
天体に対するイメージスライサ幅 0.12′′ 0.04′′
スライス数 17 設定値より減少
イメージスライサ長 4mm
スライサ視野 2.0′′ × 2.4′′ 0.7′′ × 0.8′′
分光器入射 F 比 F8.0 F24.0
天体あたりスリット長 48mm
スリット幅 140µm
スリット長 246mm 5天体同時
分光器出射 F 比 F2.0 F6.0 空間方向
空間 1 要素ピクセル数 2.3pixel Hawaii-4RG
波長分解能 3000 0.14mm スリット
波長方向サンプリング Y -band 810-1070nm, 0.06nm pixel−1
波長方向サンプリング J-band 1050-1400nm, 0.09nm pixel−1
波長方向サンプリング H-band 1400-1860nm, 0.11nm pixel−1
波長方向サンプリング K-band 1880-2480nm, 0.15nm pixel−1
波長 1 要素ピクセル数 Y -band 5.2pixel dλ あたり
波長 1 要素ピクセル数 J-band 4.5pixel
波長 1 要素ピクセル数 H-band 4.9pixel
波長 1 要素ピクセル数 K-band 4.8pixel
2.53゚
246
SlitL
ength
R2712
2262
CaF2Fused SilicaS-TIH14
F8SlitWidth0.14mm
φ303
φ245
HAWAII-4RG
24゚
1150
Transmission Grating
φ340cameraf=500
collimatorf=2000
図 25: グレーティングを用いた場合の分光器設計案
30
表 7: 透過型回折格子を用いた場合の分光器設計値のまとめ。
低空間分解能モード 高空間分解能モード コメント
イメージスライサ幅 200µm
天体に対するイメージスライサ幅 0.12′′ 0.04′′
スライス数 17 設定値より減少
イメージスライサ長 4mm
スライサ視野 2.0′′ × 2.4′′ 0.7′′ × 0.8′′
分光器入射 F 比 F8.0 F24.0
天体あたりスリット長 48mm
スリット幅 140µm
スリット長 246mm 5天体同時
分光器出射 F 比 F2.0 F6.0 空間方向
空間 1 要素ピクセル数 2.3pixel Hawaii-4RG
波長分解能 2429 0.14mm スリット
波長方向サンプリング Y -band 800-1080nm, 0.08nm pixel−1 5th order
波長方向サンプリング J-band 1070-1430nm, 0.11nm pixel−1 4th order
波長方向サンプリング H-band 1410-1890nm, 0.14nm pixel−1 3rd order
波長方向サンプリング K-band 1860-2490nm, 0.13nm pixel−1 2nd order
波長 1 要素ピクセル数 Y -band 3.9pixel dλ あたり
波長 1 要素ピクセル数 J-band 3.8pixel
波長 1 要素ピクセル数 H-band 3.9pixel
波長 1 要素ピクセル数 K-band 5.6pixel
31