uv水なし超・高精細印刷(日本印刷学会 技術奨励賞)

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『UV水なし超高精細印刷』 清水印刷紙工株式会社 〒112-0013 東京都文京区音羽2-1-20 1.開発経緯 一般の油性インキを使用した水なし印刷は,東レ㈱により日本国内で販売が開始されてから既に長い年月が経過してい る.一方で,水なし印刷では実例の無かったUV印刷(紫外線硬化型インキによる印刷)は短納期化への対応や特殊印刷分野 の拡大により近年著しい伸長を見せており,困難であると言われていた水なし印刷との融合が期待されていた.2006年に弊 社が取り組み始めた際には既に数社で試験運用が開始されていたが,それは紙への175lpiによる通常印刷であった. そこで,弊社の取り組みとしては,先行している数社の実績を飛び越えるべく,UV印刷のメリットを最大限活用するこ とのできる特殊原反(PP・PET・ユポなどのプラスチック,アルミ蒸着紙などの特殊紙)への印刷が可能で,さらには高精 細印刷用の網点(開発当初はCreoのStaccato20=20μサイズの網点)を活用することを前提に開発に着手した.海外での先 行事例に学ぼうにも,インキメーカーや印刷機メーカーによる調査では研究・実践事例が存在せず,印刷版・インキ・印刷 機・ブランケット・諸資材(UV専用洗い油など)から有識者を集めてのプロジェクトチームを立ち上げるところから手探り でスタートせざるをえなかった. それぞれのメーカーとの協業のなかでも,高精細印刷の極小網点を形成するためのUVインキの開発が途中何度も頓挫し かけることとなった,UVインキ特有の固さからくる原反への転移不良や,柔らかくしすぎた状態で発生する印刷版の地汚れ の問題など,数々の問題に開発が妨げられてきたが,約2年の開発期間を経てようやく第一段階の高精細印刷(20μサイズ の網点)レベルで完成するに至った. 2009年中盤から,顧客からのさらなる高品位な印刷への要求の高まりを受けて,超高精細印刷を可能にする超・極少網 点(KodakのStaccato10=10μサイズの網点)への挑戦を開始した.高精細印刷で使用した20μサイズの網点の半分のサイ ズの網点を紙のみならずプラスチックなどの特殊原反にUVインキを着肉・硬化・密着させることは至難の技であったが, 2010年春に『UV水なし超高精細印刷』として印刷物を市場に送り込むことが可能となった. 現在までのところ,国内外を問わず,弊社以外で『UV水なし超高精細印刷』手法を駆使した印刷物製造が行われている ことは確認されていない. 2.システム概要 『UV水なし超高精細印刷』を構成する印刷版・インキ・印刷機・ブランケット・諸資材について以下に箇条書きにまと める. 印刷版 ¾ 東レ㈱の高精細印刷用に開発された特殊な印刷版が使用されている.10μの網点を形成するために,レーザーで 描画された網点を現像工程のブラシ洗浄で掻き取られやすくするために,表面処理に工夫が施されている. UVインキ(水なし高精細印刷専用) ¾ 最大の難関であったUVインキでは,インキの転移性を完全なものとするための材料の配合が何度も検討された. 菊半裁機によるメーカー側でのテストでは何ら問題が無いが,実際の菊全機になると転移不良が発生することの 理由が長らく把握できなかった.最終的には,ローラー間を転移する距離とその面積に大きな差異があることが わかり,転移性を上げることに注力すべくワックスの種類と配合率を何度も変更することで,最適な原反への転 移ポイントを発見することに成功した. ¾ インキの粘性も成否を分ける重要な要因であり,何回と無くその調整が行われた.インキが硬すぎるとワックス 調整後も転移不良が起こり,原反上でエッジピックを引き起こし,さらには紙粉などのゴミを引き寄せるなどの マイナス効果を発揮してしまう.このマイナス効果を軽減させるべくインキを柔らかい方向に調整すると,印刷 版の温度調整がよりシビアになり,原反上で汚れの問題を誘発することになる.印刷版の温度調整には限界があ ることから,春夏秋冬を通じたインキ粘度の調整は網点サイズが極小であることによりその最適化を困難にして いた. 印刷機 ¾ 通常の油性インキによる水なし印刷では,水の代わりにインキを弾く作用をするシリコン層(版面上部)を4℃~ 5℃以内に維持しておけば問題は無いが,『UV水なし超高精細印刷』では2℃以内のコントロールが徹底できない場 合には,印刷機自体の温度上昇が発生するロングランにおいて問題を引き起こすことになる.一般の水なし印刷では 版面を恒温状態に維持する冷却装置は二系統(インキ坪とバイブレーションローラー)であるが,『UV水なし超高精細 印刷』ではより高次元での管理が要求される.インキ坪の一系統は油性インキによる水なし印刷と同様であるが,印 刷版を冷却するためのバイブレーションローラへの冷却は印刷胴数分(10色機であれば10系統)が必要とされる. ブランケット ¾ 良好なインキ転移性と極少サイズ網点の形成を両立することが可能で,さらに浮き汚れ(前に印刷した図柄が洗 い油による洗浄後に浮き上がってくる現象)の問題を発生させないブランケットが選定された. 諸資材 ¾ 印刷関連資材の中で,特にその選定による差異が見られたのはブランケット洗浄に使用する洗い油(ブランケッ トは自動洗浄されるので洗浄布に含浸される)であった.上記ブランケットでの問題を発生させないことに加え て,ブランケットに含浸された微量の洗い油が印刷中の圧力により,直接コンタクトしているインキを弾くため の印刷版のシリコン層を傷めないことも条件に挙げられていた. 3.効果 品質側面 ¾ UV印刷によるメリットとしては,印刷直後にインキが完全硬化していることによる短納期化を実現することがで きる.印刷後に裏面印刷を実施するか,又は製本・製函などの後加工がある場合には,インキ硬化までの待機時 間を大幅に短縮することができる. ¾ 水なし印刷のメリットとしては,湿し水を全く使用しないことによりインキ濃度の低下を発生させる要因を解消 することができる.10μという極小網点サイズでの網点形成では,網点に湿し水が混じることでの濃度低下とと もに,原反への接着性の低下という深刻な問題を引き起こすことになるので,超高精細印刷においても湿し水を 排除することの必要性は重要である. ¾ 超高精細印刷によるメリットとしては,10μという極小網点サイズによる再現性の大幅な向上にある.カラー写 真の細部に至るまでの画像表現や,細線表現の向上によるジャギーなエッジの解消など,品質上の大きなメリッ トを享受できる.又,4Cプロセスカラーの掛け合わせによる色表現領域の拡大により,特有の色に濁りの問題を 回避することが可能となった. 環境側面 ¾ UV印刷のメリットとしては,揮発性有機化合物(VOC)をインキ成分に含有しないことにある.一般に使用される 油性インキに使用される樹脂は環境ホルモン問題で嫌疑を掛けられているフェノール樹脂であることも,UVイン キによる印刷が推奨される理由として考えられる. ¾ 水なし印刷のメリットとしては,印刷版の現像工程における強アルカリ廃液の排出がゼロなので,その廃棄処理 の必要性も無いということである.一般の印刷版のBOD・CODがそれぞれ6100mg/L・6800mg/Lであるのに対し,水 なし印刷版では48mg/L・98mh/Lと桁違いの負荷の違いを示している. ¾ 超高精細印刷によるメリットとしては,一般の175lpi印刷に比較してのインキ使用量の大幅削減にある.通常の カラー印刷における175lpiとの比較では約12%の削減率で,平網50%印刷部では30%の削減率を達成することを確認 した.

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Page 1: UV水なし超・高精細印刷(日本印刷学会 技術奨励賞)

『UV水なし超高精細印刷』

清水印刷紙工株式会社

〒112-0013 東京都文京区音羽2-1-20

1.開発経緯

一般の油性インキを使用した水なし印刷は,東レ㈱により日本国内で販売が開始されてから既に長い年月が経過してい

る.一方で,水なし印刷では実例の無かったUV印刷(紫外線硬化型インキによる印刷)は短納期化への対応や特殊印刷分野

の拡大により近年著しい伸長を見せており,困難であると言われていた水なし印刷との融合が期待されていた.2006年に弊

社が取り組み始めた際には既に数社で試験運用が開始されていたが,それは紙への175lpiによる通常印刷であった.

そこで,弊社の取り組みとしては,先行している数社の実績を飛び越えるべく,UV印刷のメリットを最大限活用するこ

とのできる特殊原反(PP・PET・ユポなどのプラスチック,アルミ蒸着紙などの特殊紙)への印刷が可能で,さらには高精

細印刷用の網点(開発当初はCreoのStaccato20=20μサイズの網点)を活用することを前提に開発に着手した.海外での先

行事例に学ぼうにも,インキメーカーや印刷機メーカーによる調査では研究・実践事例が存在せず,印刷版・インキ・印刷

機・ブランケット・諸資材(UV専用洗い油など)から有識者を集めてのプロジェクトチームを立ち上げるところから手探り

でスタートせざるをえなかった.

それぞれのメーカーとの協業のなかでも,高精細印刷の極小網点を形成するためのUVインキの開発が途中何度も頓挫し

かけることとなった,UVインキ特有の固さからくる原反への転移不良や,柔らかくしすぎた状態で発生する印刷版の地汚れ

の問題など,数々の問題に開発が妨げられてきたが,約2年の開発期間を経てようやく第一段階の高精細印刷(20μサイズ

の網点)レベルで完成するに至った.

2009年中盤から,顧客からのさらなる高品位な印刷への要求の高まりを受けて,超高精細印刷を可能にする超・極少網

点(KodakのStaccato10=10μサイズの網点)への挑戦を開始した.高精細印刷で使用した20μサイズの網点の半分のサイ

ズの網点を紙のみならずプラスチックなどの特殊原反にUVインキを着肉・硬化・密着させることは至難の技であったが,

2010年春に『UV水なし超高精細印刷』として印刷物を市場に送り込むことが可能となった.

現在までのところ,国内外を問わず,弊社以外で『UV水なし超高精細印刷』手法を駆使した印刷物製造が行われている

ことは確認されていない.

2.システム概要

『UV水なし超高精細印刷』を構成する印刷版・インキ・印刷機・ブランケット・諸資材について以下に箇条書きにまと

める.

印刷版

東レ㈱の高精細印刷用に開発された特殊な印刷版が使用されている.10μの網点を形成するために,レーザーで

描画された網点を現像工程のブラシ洗浄で掻き取られやすくするために,表面処理に工夫が施されている.

UVインキ(水なし高精細印刷専用)

最大の難関であったUVインキでは,インキの転移性を完全なものとするための材料の配合が何度も検討された.

菊半裁機によるメーカー側でのテストでは何ら問題が無いが,実際の菊全機になると転移不良が発生することの

理由が長らく把握できなかった.最終的には,ローラー間を転移する距離とその面積に大きな差異があることが

わかり,転移性を上げることに注力すべくワックスの種類と配合率を何度も変更することで,最適な原反への転

移ポイントを発見することに成功した.

インキの粘性も成否を分ける重要な要因であり,何回と無くその調整が行われた.インキが硬すぎるとワックス

調整後も転移不良が起こり,原反上でエッジピックを引き起こし,さらには紙粉などのゴミを引き寄せるなどの

マイナス効果を発揮してしまう.このマイナス効果を軽減させるべくインキを柔らかい方向に調整すると,印刷

版の温度調整がよりシビアになり,原反上で汚れの問題を誘発することになる.印刷版の温度調整には限界があ

ることから,春夏秋冬を通じたインキ粘度の調整は網点サイズが極小であることによりその最適化を困難にして

いた.

印刷機

通常の油性インキによる水なし印刷では,水の代わりにインキを弾く作用をするシリコン層(版面上部)を4℃~

5℃以内に維持しておけば問題は無いが,『UV水なし超高精細印刷』では2℃以内のコントロールが徹底できない場

合には,印刷機自体の温度上昇が発生するロングランにおいて問題を引き起こすことになる.一般の水なし印刷では

版面を恒温状態に維持する冷却装置は二系統(インキ坪とバイブレーションローラー)であるが,『UV水なし超高精細

印刷』ではより高次元での管理が要求される.インキ坪の一系統は油性インキによる水なし印刷と同様であるが,印

刷版を冷却するためのバイブレーションローラへの冷却は印刷胴数分(10色機であれば10系統)が必要とされる.

ブランケット

良好なインキ転移性と極少サイズ網点の形成を両立することが可能で,さらに浮き汚れ(前に印刷した図柄が洗

い油による洗浄後に浮き上がってくる現象)の問題を発生させないブランケットが選定された.

諸資材

印刷関連資材の中で,特にその選定による差異が見られたのはブランケット洗浄に使用する洗い油(ブランケッ

トは自動洗浄されるので洗浄布に含浸される)であった.上記ブランケットでの問題を発生させないことに加え

て,ブランケットに含浸された微量の洗い油が印刷中の圧力により,直接コンタクトしているインキを弾くため

の印刷版のシリコン層を傷めないことも条件に挙げられていた.

3.効果

品質側面

UV印刷によるメリットとしては,印刷直後にインキが完全硬化していることによる短納期化を実現することがで

きる.印刷後に裏面印刷を実施するか,又は製本・製函などの後加工がある場合には,インキ硬化までの待機時

間を大幅に短縮することができる.

水なし印刷のメリットとしては,湿し水を全く使用しないことによりインキ濃度の低下を発生させる要因を解消

することができる.10μという極小網点サイズでの網点形成では,網点に湿し水が混じることでの濃度低下とと

もに,原反への接着性の低下という深刻な問題を引き起こすことになるので,超高精細印刷においても湿し水を

排除することの必要性は重要である.

超高精細印刷によるメリットとしては,10μという極小網点サイズによる再現性の大幅な向上にある.カラー写

真の細部に至るまでの画像表現や,細線表現の向上によるジャギーなエッジの解消など,品質上の大きなメリッ

トを享受できる.又,4Cプロセスカラーの掛け合わせによる色表現領域の拡大により,特有の色に濁りの問題を

回避することが可能となった.

環境側面

UV印刷のメリットとしては,揮発性有機化合物(VOC)をインキ成分に含有しないことにある.一般に使用される

油性インキに使用される樹脂は環境ホルモン問題で嫌疑を掛けられているフェノール樹脂であることも,UVイン

キによる印刷が推奨される理由として考えられる.

水なし印刷のメリットとしては,印刷版の現像工程における強アルカリ廃液の排出がゼロなので,その廃棄処理

の必要性も無いということである.一般の印刷版のBOD・CODがそれぞれ6100mg/L・6800mg/Lであるのに対し,水

なし印刷版では48mg/L・98mh/Lと桁違いの負荷の違いを示している.

超高精細印刷によるメリットとしては,一般の175lpi印刷に比較してのインキ使用量の大幅削減にある.通常の

カラー印刷における175lpiとの比較では約12%の削減率で,平網50%印刷部では30%の削減率を達成することを確認

した.