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小池辰雄 日記抜粋「天鐘日記抄」(6)1985/1~1985/6「天鐘日記抄」(6)

──1985年1月~1985年6月──

読者よ、凡そ第三者に対するわが批判は之を「見て過ぎよ!」。これに関心を有つ読者 (もの)あらば、その人も亦吾れと同じく審判 (さば)かるべければなり。

1985年の日記はメモ〔註:『一日一想、一日千年』(仮題)未完成におわる〕と日記をかねる。

小池辰雄

1985年(昭和60年)〔81歳〕

1985年1月1日(火)

「元始 (はじめ)に言 (ロゴス)があった。

神とは無始無終の永遠者である。それゆえ元始にというは創造の元始ということになる。そして、

このロゴスは神と共に神に対してあった。そしてこのロゴスは神(性)であった。万物はそのロゴスによって成った。このロゴスには生命があった。この生命は人の光であった。この光は闇を照らした。闇はこの光に勝てなかった。」(ヨハネ1・1~5)

このようにヨハネ福音書の冒頭に記されてある。そしてこのロゴスは神の独子たるロゴス・キリストである。キリストは万物を創造したとあるから神と全く協力して、神意に即して天地万物を創造したというわけである。言(ロゴス)とはそのような創造の主体である。だから、行為の主体であるからゲーテの『ファウスト』の

「元始に行為ありき」

はむしろ

「元始に行為者ありき」

といった方が更に根源的であると思う。

午前10時、国旗を掲揚。10時半、朝食雑煮。11時、渕江君来訪。午後、「神の幕屋」の序歌。夜7時半~8時半、森繁久弥の思い出のテレビ。

1985年1月2日(水)

「神その像 (かたち)に人を創造 (つく)り給えり。即ち神の像に之を創造り、之を男 (おのこ)女 (めのこ)に創造り給えり」(創世記1・27)

神が「その像に」とはその像に即してということ。現行訳の如く「その像の如くに」ではない。ところで神の像とは人の想像に絶するものであって、ミケランジェロが描いたようなじいさんではない。無相の相である。だから「その像に」とは無相の相に即してということで人間の内的な相のことである。人間の霊相である。即ち本来人間は神相を宿しているのである。それが外相が男と女の二相である。神性は男性と女性の二つの性に現象している。何たる妙相ぞや。この両相をもっているのが神相である。創造の絶妙に感嘆する。だから男性は男性らしく、女性は女性らしく、しかもそれは共通の神性を宿している。

1985年1月3日(木)

「エホバ神、土の塵を以て人を造り、生気 (いのちのいき)を其の鼻に吹き入れ給えり。人即ち生霊 (いけるもの)となりぬ」(創世2・7)

これは所謂ヤーヴィスト(J)の記事であって、おとぎばなしみたいな神話です。しかし、この神話のなかにすごい真理が秘められてあります。イソップ物語といった童話がいつまでも文学のアルファとして尊重されるのは、そこに普遍的な真理がもられているからでしょう。土の塵という表現に於て地的な要素を語っています。一方、神様の生気という表現に於て神気、天的な生命が語られています。この神気が地的要素の中に入ったら、そのとき生きものに、霊的な生命体となったという。生命は神から来ている。だから、神の神気をたましいが失ったら、その体は「生ける屍」となってしまう。天地、霊肉両要素から人間は成り、天的要素が生命であることを忘れてはならない。

加藤英雄君の妻君つきじさん急死。原因は脳血栓から来ている卒倒から。通夜にゆく。三鷹。帰りは松井清志氏の妻君の運転で吉祥寺まで。午後、金谷信和君来訪。閑談。ものすごい騒音の工業の二階で事務、よくも耐えてやっているものと驚く。

1985年1月4日(金)

「これこそわが骨の骨わが肉の肉なれ」(創世2・23)

Jの神話によれば、女 (エバ)は男 (アダム)の肋骨の一つを素材として作り出された。それはおそらく心臓に近いところであろう。だから、「我の骨の骨だ肉の肉だ」といった。別な表現をすれば、「わがからだのからだ、いのちのいのち」といってよい。「二人は一体だ」と24節にある通りである。2=1という生命的数学である。

「われ汝の中に、汝わが中に」の内在関係、共在であり且つ内在である。本当の信愛関係である。

そして使徒たちの信仰はキリストに対して正にこれであった。パウロのΕΝ (エン) ΧΡΙΣΤΩ (クリストー)の告白が正にそれであった。神とイスラエル、キリストと教会(エクレシア)、夫と妻の照応関係である。信仰はこの他のものでない。そしてこの関係の成り立つ媒介者はキリストの聖霊である。聖霊臨むときこれが共通項としてこの関係をまことならしめる。

1985年1月5日(土)

「幸なる哉、汝を宿しし胎、汝の哺 (す)いし乳房は」(ルカ11・27)

キリスト・イエスをみたまによって宿したマリヤの胎、イエスの哺った乳房、これはイタリアの世界的画家ラファエルをはじめ幾人の画家が美しく描いた光景で、ゲーテがその美しさをたたえている。乳房は生命の泉の噴出するところである。乳房は母の象徴であることは漢字の母がもともと乳房から変形した象形文字であることからわかる。

「人の母たることは最大の事業である」

とワルトホイットマンが喝破した。賀川豊彦は「永遠の乳房」という詩を書いたが、そこにこういう句がある。

「乳房はしかし女体の美の美である。神の創造の傑作は女体であるが、その傑作中の傑作は美しい乳房にある。光彩陸離たるダイヤモンドの輝きよりも美しい乳房にある生命の源泉たる乳房のすがたの方が魅力がある。」

1985年1月6日(日)

「汝はわが角 (つの)を高くあげて野の牛の角の如くならしめ給えり。我は新しき膏 (あぶら)を灑 (そそ)がれたり」(詩篇92・10)

角は生命力をあらわす象徴である。野の牛の角は逞しく且つ光っている。牧 (か)われた牛はそうではない。野生の牛は自ら独力で生活しなければならない。人間でも在野で自活する人の方が一般に生活力がある。創造力がおのずから養われる。

「新しき膏」は瑞々しい膏で聖霊を意味する。「あぶらがそそがれた」とは聖霊を受けた、即ち聖霊のバプテスマにあずかったことである。み霊の受洗によって生命力があふれて来た。それで野の牛の如くされた。みたまの力の高揚となった。我々の環境がどうであれ、常に本質的には野人として自由に創造的に生きる消息をこの句は語る。角のことはサムエル前書2章のハンナの祈りを参照。

1985年1月7日(月)

Mephistopheles.

“Grau, teurer Freund, ist alle Theorie,

Und grün des Lebens goldner Baum. ”

(Goethe:Faust 2038~39)

メフィスト

「大事な友よ、すべての理論は灰色だ。

 だが、生命の黄金の木は緑色だよ。」

(ゲーテ:ファウスト 2038~39行)

生命のあふれた黄金色の果のなっている樹はその葉が青々とした緑色だ。理論は結構な理性のはたらきで、とかく理に過ぎるので本当の理法に必ずしもなっていない。哲学は灰色、生命の樹たる人間はみたまの力で緑色であれ、と励ましている。

人生は理念ではダメ、有機体的であれよ、と。それには旧約をのりこえて新約のヨハネ伝道が最も深く応じてくれる。

1985年1月8日(火)

「ヨハネは水にてバプテスマを施ししが、汝らは日ならずして聖霊にてバプテスマを施されん」(使徒1・5)

十字架にかかって万人のため贖罪を果たしたイエスは預言の如く三日目に復活して墓を蹴破って立ちあらわれた。そして四十日間自在に弟子たちに語りかけたときの言葉である。

洗礼のヨハネは人々が悔改(立ち帰り)のためヨルダンの河で浸礼を施していた。イエスもこれにあずかったが、彼は水から立ちあがるとき聖霊が鳩の形で降臨した。

悔改の要なきイエスは人々の執り成しに浸礼もうけたが同時にそれは聖霊のバプテスマとなった。

しかし、イエスは十字架・復活のあと五十日目に天から聖霊を降し給うた。だからキリストは今でも天界から聖霊を降してバプテスマし給う。私も1950年11月3日阿蘇の集会で天界のキリストからみたまのバプテスマにあずかった。二千年前も今日も同じことである。それからの私は、今までかかっていた聖書のヴェールがとれて読めるようになった。これはあきらかな事実である。十字架の信の土台にこそ聖霊はのぞむ。この十字架と聖霊の関係は絶対である。

1985年1月9日(水)

「キリスト者は万事に自主のものであって、何ぴとにも従わない。

 キリスト者は万事に奉仕する僕であって、誰にでも従う。」(ルター)

この一見矛盾する二命題はどういう関係のもので、どういう意味であろうか。

キリスト・イエスは神に絶対信頼して服従して、自由がなかった。ところが相手が絶対者であるので、おのが自由をすててかかったら、神の絶対自由に生きることになった。即ち、神の僕であるときにそれは自由であった。ルターの「奴隷意志論」はこの消息を語るものである。キリスト者が万事に自由であるとはキリストの僕に徹する信仰に於て言えることである。だから神・キリストの他に従う者はないから自主であるというのである。

ところでこの自主なるキリスト者にしてはじめてその自由を人のために奉仕する愛にはたらかしめる。即ち自由は我執から自由であるのでたのしいから、そのたのしさを人にわかつために愛への自由として誰をも助けたくある。それが愛である。この自由は愛の力をもっているからである。

二律背反の如き二命題は一つの真理の両面を語っていて離すことが出来ない一命題なのである。

1985年1月10日(木)

“Doch der den Augenblick ergreift,

 Das ist der rechte Mann.”

(Goethe:Faust 2038~39)

「だが、瞬間をつかんだ人こそ

 本当の人間だ」

(ゲーテ:ファウスト 2017~18行)

人生には再び還らぬ瞬間がある。それを幾度もつかみそこなう人は人生の敗者となる。聴くべきものを聴きそこなったり、見るべきものを見そこなったりすることを繰り返すような人は人生を生きそこなう人である。越し方を思い出してみると、忘れられないいくつかの大切な瞬間があった。瞬間といっても、それがある集会であったり、ある講演会であったり、ある町の光景であったり、いろいろある。それがたましいを震撼するような瞬間なのである。そういう瞬間をしっかりつかんで進んでゆくと確かに次元的進展をみる。

私にとって最もすばらしい瞬間は1950年11月3日の大阿蘇の集会でキリストからみたまのバプテスマにあずかった瞬間である。これは何ものにもかえられない。それから私の信仰の次元が飛躍したからである。

1985年1月11日(金)

“Das Ewig-Weibliche

Zieht uns hinan. ”

(Goethe:Faust 12110)

「永遠に女性的なるもの

我らをひきあぐ」

(ゲーテ:ファウスト 最終句(結句))

ゲーテは神・自然・女性・我の四位一体的なたましいであった。男は女にひかれる。大詩人はみなその魂をひきつける女性をもっていた。ダンテはベアトリーチェという女性単数。ゲーテは玉の緒をつらぬる珠玉の如き女性の系列にひかれた。だから複数だが一貫して永遠の女性的なるものがという体験の仕方である。しかもこの両詩人は女性を媒介として神に志向してゆく。絶対的なものにひきあげられてゆく。そこに彼らの偉大さがあった。ゲーテにとってはすべての愛は神から来ていると大乗的に体感していた。エロース、フィロス、アガペーなどと分析しない。愛は愛である神の愛のメタモルフォーゼである。女性はそのような媒介者であることを自覚して男性を助けるべきである。

アガペーからエロースの果てにいたるまでそれは愛の自由自在な変身変貌である。矛盾関係の大調和であり偉大なる混沌である。

どん底の力は棄身のアガペーにあるが、その中にもエロースがとけこんでいる。愛は愛である。愛はそのような具体的な人体そのものの中に流れている血のようなものである。愛自身が霊肉渾然たるものである。

理事長がいなくなったからいよいよもってこちらはマイナス。斎藤はよくやるが、Oはケチだ。みんな私がはらう。平凡社百科事典83,000円をおさめる。今回は何だかんだで11万円支出。みんなけちな連中だ。高橋ジムに8,000円のハムをプレゼント。委員長の自腹だが斎藤、合田と三人といって。今橋夫妻に10,000円をお年玉としておくる。昨夜は後楽園でおごる。但し大変まずかったのでもう後楽園はヤメ。今日、獨大の百年史編纂室に「天野貞祐の生涯と思想」という原稿を提出。セイセイした。夕食を斎藤、合田、新井におごる。

1985年1月12日(土)

“Grau, teurer Freund, ist alle Theorie,

Und grün des Lebens goldner Baum. ”

(Goethe:Faust 2038~39)

「大切な友よ、あらゆる理論は灰色である、

 しかし生命の黄金の樹は緑色である。」

(ゲーテ:ファウスト 2038~39行)

理論は現実の抽象化であるから生命が、血がそこにないので灰色である。しかし、黄金色の果──みかん、オレンジ──のなる生命のみなぎっている樹はみずみずしい緑色である。ゲーテは何より生命を貴んだ、愛した。生命のかよっていないことがらを虚しいとした。現実をあるがままに視、且つとらえるのがゲーテの魂であり心であった。全的に全一的にものを見且つとらえること。これが真理である。彼は詩を一行もあたまで作らない。体験にうらづけられた体験からの告白としていろいろなメタモルフォーゼを以て詩作した。詩が大自然がそのまま真実であるようにゲーテは詩に於てのみ芸術においてのみ真理の表現を信じた。

この項は1月7日とダブル。午後5時~8時、椿山荘新館4階鳳凰の間、獨協学園PTA会長児玉三郎にまねかれ、終りに天野百歳記念「わが人生」をうたった。夜11時~12時、田中一村、異端の画家のひたむきの画風にうたれた。奄美大島に仆れた。私もこれからこの態度で詩作をする。

1985年1月13日(日)

「彼の意志のあるところに

 我らの平安あり」

(ダンテ:神曲、天国篇3から)

この句の前に、

「否、我らの意志をおのずから一つにする

 聖意のうちにおのれを置くことが

 この恵まれし存在の本性である」

という句がある(7481)。即ち聖意に自分を全托したところに我らの平安(平和ではない)がある。そのようにして魂が平安になると、力も智慧も出てきて永遠の青年でありえるのである。青年はPaulus〔使徒パウロ〕を信頼しているはずである。いよいよ大胆に発言、証言して下さい。キリストの汝の意志を成らしめ給えと投身して祈ると、この平安のうちに入る。平安には力がある。平和ではない。むしろ紛争がある。しかし平安がある。キリスト自身が父の意志に投入していて本当の平安があった。

小田林君が温井夫妻ともう一人をつれて来た。竹居さんに案内した。非常によろこんで帰った。いろいろ大切なことをきいた。私もそのコツでこれから生活しよう。みたまの源があるから大丈夫。西君からグアム島のお土産(マリアとイエスの置物)をもらった。

1985年1月14日(月)

“Der Starke ist am mächtigsten allein.”

(Schiller: Wilhelm Tell)

「強者は独りあるとき最も強し」

(シラー:ウィルヘルム・テル)

強者とは誰か。おのれの外何ものにもたよらぬ人である。意志力の人である。英雄は大抵この類の人である。

しかし英雄よりも強い強者がいる。それは自己にうち勝つ人である。自己に勝つ人は無我の人である。無我無私の人はこわいものがない。彼はしかし、禅的に自己の心の奥を見性する人でもあろう。また南無阿弥陀仏か南無妙法蓮華経かどちらでもよりたのむ絶対境をもつ人である。キリスト教でいえばキリスト自身が無者であるから、絶対なる神の中に自分を投げこんだ人である。我と父とは一つなりの神人である。自ら十字架にかかった驚くべき強者である。弱さに徹すると最強になる。

このような信に生きるとこのシラーの言が体現できるようになる。もうひとに何と言われようと眼中にない。弱さに徹したものがキリストに在ると最強者になる。だからシラーの言がよく然りと云える。

1985年1月15日(火)

「人生感意気、功名誰復論」 〔人生意気に感ず、功名誰かまた論ぜん〕

──魏徴

「唐詩選」巻頭の雄篇。「述懐」の終尾の句。人生は自分を本当に知ってくれる相手の意気に感謝して、その人のためなら同じ意気で応える。その人のためなら生命すらも惜しまないと思う。功名なんかどうでもいい。これは唐の高祖の厚遇に感激した魏徴が随の末期の動乱の中でおのれを知った高祖のために身命を賭して戦に出でんとの意気を示した言。「述懐」の起句は、

「中原還逐鹿、投筆事戎軒」〔中原にまた鹿を逐い、筆を投じて戎軒 (じゅうけん)を事とす〕

このように意気に感じて互いに相手のためには生命を賭してという友か弟子の一人でももちたい。相手が女である場合には無比の恋愛となり、このような女は男に偉業をなさしめる。しかし極限はキリストという相手である。十字架の愛に感じ、棄身となる。

20才の女の子が着飾ってあちこちに見えた。利根川昇、豊子さんの地鎮式を現場でやる。好い土地がらである。陽がよくあたるところ。セイコー社の社員だから彼は大丈夫。ボーナスが6倍だという。土地が2千万円、家が1.5~6千万円かかる由。弘君はやんちゃのいたずらだが将来は人物になると見る。紀子ちゃんは女の子らしい。ららポートという超スーパーで昼食。西船橋から東西線で帰る。4時半につく。千葉慎一君が母親と待っていた。獨協大学にフランス語でうける由。大丈夫!

1985年1月16日(水)

“For the great idea,

That, O my brethren,

That is the mission of poets.”

──Walt Whitman

「そは大なる思想が、

 ああ兄弟よ、

大なる思想が詩人の天賦なり。」

──ホイットマン、内村鑑三訳

ホイットマンの「草の葉」〈The leaves of grass〉の中この詩句を内村鑑三は愛した。内村鑑三は詩魂の人であった。彼の散文は詩的である。ホイットマン的である。また「ダンテとゲーテ」論に於て、

「あだかも神天地を創造せるが如く、詩人もまた詩を天地を創造す。……神の宇宙を創造せるは無より有を出せしなり。詩人の本分またここに存せざるべからず。……彼はこの茫漠たる森羅万象、天地間のあらゆる事物を材料として支離滅裂複雑きわまりなきものに対し、その天稟の視観力をもって、それを転換し、調和し、統一し……」

と言っているが、そうではない。劇的な現実を現実としてその奥から霊を以て大観し新創造をなすなり。内村鑑三のことば、

「何故に大文学は出でざるか。大文学は吾人の誇る富士山の如きもの……天の霊来りて吾人の心霊に宿り、これを攪乱、これを熔解し、これに形を与え、ついに憂悶苦痛の中に吾人をしてこれを産出せしむ。内に大魂の動くあり、外に大気の応ずるありて、始めて大文学はうまるるなり」

内村鑑三はダンテの本質もゲーテの大きさも見そこなっている。やはり内村流の見方である。おのれを無にしないと本当のすがたが見えない。

私は無の眼でものをみる。大宇宙と人類の歴史を神の無の目でみて詩の世界を創造してみせる。

宮本武蔵、大作傑作である。奥田良一のところへ『エン・クリスト』21号の原稿をとどけにゆく。水曜はゲルマニウムは休み。

1985年1月17日(木)

「暴を以て暴に易 (か)え、その非をしらず」──伯夷、叔斉──

「史記」の中にある。

「剣をとるものは剣に亡びる」──キリスト

これを題として、上掲の句を参考句とする。世界史は戦争史であるともいえる。文化史を破る戦争史が禍をなしている。

「汝殺すなかれ」

を律法以前におかしていることは、カインとアベルの物語がしめしている。これは世の末までもつづく。そして大カタストローフがくる(黙示録)。

召団讃歌〔A38「荒野の中に」―黙示録第17~18章―1984.9.4作〕の一節を引用する。「大バビロンは亡びたり」。

〔5 大なるバビロン倒れたり

   羔の怒現われぬ

   狂える迫害つづけたる

   王者の都は滅びたり

 6 禍 (わざわい)なる哉 (かな)今世紀

   み神にそむける文明は

   羔の審判 (さばき)招くなり

   世界は今こそ危機なれや〕

7時半から4チャンネルでアメリカの大サーカスをやっていた。午前、島崎、中村両氏イスラエル北欧の旅の連絡にくる。

1985年1月18日(金)

「ある女価高き混なきナルドの香油の入りたる石膏の壺を持ち来り、この壺を毀 (こぼ)ちてイエスの首に注ぎたり」(マルコ14・3、マタイ26・6~、ルカ7・37~、ヨハネ12・1~)

純真な生命賭けの愛をキリストは百パーセントよろこんだ。そのようにこの伝道者を愛してくれる女性ありや。召団讃歌ものせる。

〔A28「ベタニヤなるある女」(1981.8.15) 〕

1 ベタニヤなるある女

  石膏壺 (アラバストロン)をうち割りて

  主の首 (こうべ)に心こめて

  ナルドの香油を注ぎけり

2 主の弟子どもはこれを見て

  勿体 (もったい)なやと憤 (いきどお)る

  「それを売りて貧者のため

  施しごとをなすべきに」

3 主は言い給う「この女

  葬りの為わがために

  涙ながら注ぎたるぞ

  我はほどなく別れ往く

4 まことに告げん全世界

  いづこなりとも福音の

  伝えらるるところにては

  憶 (おぼ)えらるべしこの女!」

1985年1月19日(土)

非詩能窮人、窮者詩乃工──蘇軾

〔詩能 (ヨ)ク人ヲ窮セシムルニ非ズ、窮スル者ニシテ詩乃 (スナワ)チ工 (タクミ)ナリ〕

詩を書くと逆境窮地におちこむのではない。人生の逆境、不遇、迫害、孤独にあって詩は光ってくるのである。その最たる例はダンテである。流浪の旅19年にしてあの偉大な『神曲』を書いた。人生と歴史は惨憺たるものである。どんなに幸福に見えても、夢の如しである。が、はかなき夢ではなく、現実する夢たらしむるものは詩である。詩は烈々として火の如く新天新地を証せずしてあるべきか。過去を生かし、現在に生き、未来を実現せしむる霊的な力をもつ詩に非ずんば空し。

1985年1月20日(日)

Child is the father of man.〔幼児 (おさなご)は成人 (おとな)の父ぞ〕

Wordsworth のRainbowの中の一句。詩句を書くこと。

〔「虹」(ウォーヅウォース)〕

わが胸は欣 (よろこ)び躍る、

大空に虹をし見れば。

人生の曙 (あけ)に然かりき、

成人の今も然かあり、老年の暮 (くれ)も然かあれ。然らずばわれ死なまほし!

幼児 (おさなご)は成人 (おとな)の父ぞ。

魂極 (たまきわ)る生涯 (いのち)の日々を

結 (むす)びてよ生来 (うまれ)の虔心 (こころ)。

幼少時代の虹の美の単純な感激、これは美しき魂に通ずる。

美を美のゆえに、真を真の故に、善を善のゆえに、単純に感激する心。これが幼児の心である。キリストが最もよろこび給うもの。そういう魂は天国的である。そういう童心を偉大な人はもっている場合が多い。虹の美は須臾に消えるが、その瞬間の美に永遠性(質的)がある。白光をうけて七彩(実は無限色)を現象している。無即無限の真理がかくされている。水が一切の味つけの素であるように。

1985年1月21日(月)

孟子。

無惻隠之心、非人也。

無羞悪之心、非人也。

無辞譲之心、非人也。

無是非之心、非人也。 ──孟子

(あわれみ痛む心のないのは人でない。

不善不義を恥じ悪 (にく)む心のないのは人でない。

辞退したり推譲る心のないのは人でない。

善行非行をみて是とし非とする心のないのは人でない。)

そして、惻隠之心は仁の端(緒)であり、羞悪の心は義の端緒であり、辞譲の心は礼の端緒であり、是非の心は智の緒であると書いてある。即ち、仁義礼智の四徳を道徳の四大項となした。これは永遠の道徳的真理である。

しかし、それがためには聖霊の降霊が必要である。十字架で徳目を問題にしない無心に入ると、聖霊がうつってこの間の解放と徳目をみたしてくれる。

1985年1月22日(火)

「仁者無敵」〔仁者に敵なし〕 ──孟子

これは孟子にでてくる言だけれども古語で、誰が言ったかわからない。謂わば2プラス2は4の如く道徳界の天理である。仁に敵するものはない。Amor omnia vincit.というラテン語と東西相応する。愛は一切に勝つ。仁を受ければ何ものもこれにはかなわない。その仁の強さはどん底に立って一切をになう心根であるからである。相手の心をよろこびへと参入させるからである。自己犠牲的な無私の心であるからである。

──テレビ──

「おんなの出船」(歌詞)

涙枯れても枯れるな恋よ/船に私は乗る、サヨナラ、女の出舟/心あげます、おんなの心、/他に何もない、あげるものなんて/沖じゃカモメが泣く/お別れ波止場、サヨナラ、女の出舟

「北の螢」(歌詞)森進一

山が泣く 風が泣く/少し遅れて 雪が泣く/女 いつ泣く 灯影 (ほかげ)が揺れて/白い躰 (からだ)がとける頃/もしも 私が死んだなら/胸の乳房をつき破り/赤い螢が翔 (と)ぶでしょう/ホーホー 螢 翔んで行け/恋しい男の胸へ行け/ホーホー 螢 翔んで行け/怨 (うら)みを忘れて 燃えて行け/

雪が舞う 鳥が舞う/一つはぐれて 夢が舞う/女 いつ舞う 思いをとげて/赤いいのちがつきる時/たとえ 遠くにはなれても/肌の匂いを追いながら/恋の蛍が翔ぶでしょう /……

1985年1月23日(水)

「天下之無道也久矣、天將以夫子爲木鐸」 ──論語

(天下の道なきや久し。天、将 (まさ)に夫子 (ふうし)を以て木鐸 (ぼくたく)と為さんとす)

〔天は孔子を木鐸(役人が人々に御触れを告げる時に人を集めるために鳴らした)として各地にお遣わしなさっているのです〕

「子曰。吾有知乎哉。無知也。有鄙夫問於我。空空如也。我叩其両端。而竭焉」

(子曰く、吾に知あらんや。知なきなり。鄙夫 (ひふ)ありて我に問うに、空空如 (こうこうじょ)たり。我は其の両端を叩いてこれを竭 (つく)すのみ。)

〔子曰く、私が智恵者だなどとは見当外れでしょう。私の知恵袋はいつもからっぽです。それに聞き方の下手な者がやってこられるのは一層こまる。私の袋からは何も出てくるものがないのだ。これこの通りと、二つの隅を叩いて振って見せるばかりだ。〕

ソクラテスと同じ心境。ゲーテの言も。

天野タマさまによばれてゆく。勇二郎君のこと。酒におぼれた人、何とかブレーキをかけてあげよう。竹居昌子さんから電話、温井のこと。彼がお礼をしないでいるから、ハッキリいってやった、当然のこと。あれは手術なくてすみ、退院したのだから大なる救、5万円でも少ないくらい。そのまま受けられよ。私に対しても本当は……、しかしもうこうなってはあとは知らん。

1985年1月24日(木)

「恵福 (さいわい)なる哉、霊の貧しき者、天国は其の人の有 (もの)なればなり」(マタイ5・3)

キリスト・イエスの山上の大告白の第一言である。この一言に福音の真髄がこもっている。イエスは一言もあたまでものを言わず全存在で語る。イエス自身が霊が貧しかった。霊が貧しいとは自分を何ものともしないということ。正に我れ無き存在であった。即ち無者であった。すると天国、神の支配し給うところ、端的には神がその人の有となった。即ち無者イエスは神を得た。神が彼を占領した。神と一如となった。これが彼の実存的告白である。

我々はそのまねは出来ない。そこで私にはこうひびいて来た、

「恵まれたる哉、汝わが十字架によりて罪が贖われ、我執なきものとされた者、無私者とされたもの、天国即ち我キリスト、みたまの我、汝のものとなれり。」

と。みたまが私を占領した。私はキリストによって絶対恩恵の無者とされ、同時にみたまのめぐみによって無限無量なるみたまの人とされた。十字架と聖霊の恩恵に圧倒された。かくて山上の大告白の第一言はあと楽によめるようになった。アーメン、ハレルヤ。

サツマリー氏を迎えて銀座のライオン店酒屋で夕食。合田、前田、柴田と私。二次会のあと、ティロール・フート〔チロリアン・ハット〕を忘れたと気がつき、合田君にどこだったかと電話できき、同じライオンの地下とわかり、とって返してみつかり、ホッとして帰る。しみずでコーヒー、帰宅。

1985年1月25日(金)

「我と父とは一つなり」(ヨハネ10・30)

キリストはこの言の前に、

「父より彼らを奪う者はいない。私は永遠の生命を与えん。彼らを我より奪う者なし」

といって、父─キリスト─キリスト者の不可離の一体を力強く語っている。そのようにキリストの愛は強い永遠の生命を与えてくれている。我らはキリストと一つ。キリストは神と一つ。もう信仰などいう必要はない。現実である。父─キリスト─我のこの一如の現実、そこに聖霊のいのちが通じている。永遠の生命のみ霊、正に四位一体である。この絶対恩寵の現実を破り得るものなし。アーメン、ハレルヤ。

ゲルマニウムへゆく。南にあう。南と昼食、うどん。中曽根さんの第二期国会施政演説をきく。

1985年1月26日(土)

「剣を執る者は剣に亡ぶ」 ──キリスト(マタイ26・52)

剣は殺意をもつ。「目には目を、生命には生命を」の如く、剣は剣をで殺せば殺される。ところが人類の歴史はそのくりかえしである。剣がものすごさの極点に来た。これで人類は剣を、原爆を宇宙にすてない限り自殺行為となる。チャップリンの風刺喜劇の如くである。何たる愚ぞや。罪はすくいがたい。キリストはその贖いの血を流した。十字架のあがないを受けとらず剣をすてなければ、羔のいかりの審判がくる。その審判の具は人類の剣そのもので、キリストは怒と嘆きである。

内村全集10万円、芥川全集2.5、露伴全集6、鏡花全集8、荷風全集4、赤彦全集2・5、左千夫全集2、白鳥3、プラトーン3、アリストテレス3、しめて44万円。しかし50万円にしよう。15万円払った、あと35万円。過去の国家公務員と私立教員としての身上申告を出す。打田君のたき子さんを訪ねる。古本屋が多くの本をもっていった。私は結局十種を買った。古本屋、桜井道夫君と生田幹夫君と知り合う。好人物とみる。あごら書店という。

1985年1月27日(日)

「私はつねに自分自身を超克し、超克せざるを得ぬものである」

──Nietzsche: Zaratstra Ⅱ.

自己を見つめ自己を乗り越える格闘をニーチェはやり、且つまた強烈な自己主張をやる矛盾構造のたましい。すごいドラマ的な実存であり哲学思索である。内外のドラマの中で彼はついに気が狂った。気が狂うのがこういう真剣なたましいのむしろ必然であろう。真理の火花が散っているがそれが大きな光とはならなかったところに彼の悲劇がある。ある意味で本当の人生は悲劇だ。しかし悲劇の中で悲劇に且つ道は唯一つ。神・キリストの中に投身すること!

水谷君から電話、教頭の左遷問題、校長は喰わせ者の由。

1985年1月28日(月)

“Das Märchen ist gleichsam der Kanon der Poesie.

Alles Poetische muß märchenhaft sein.”     ──Novalis

「童話は謂わば詩の規範である。

 詩的なものはみな童話的でなければならない」 ──ノヴァーリス

ドイツローマン派の詩人ノヴァーリスの言葉である。グリム童話が念頭にあったと思われる。グリム童話はなかなか劇的である。そこには魔女がなかなか役割を果たしている。これに対抗するのはみえざる神の力である。ところがこの魔女の魔法に勝つのが単純な美しい心の童子童女だ。神の力がその背後にあるからだ。幼児を天使が護る消息をキリストは語っておられる。聖書それ自身がドラマであり童話的な要素ももっている。

「幼児 (おさなご)の如くならずば天国に入れない」

とキリストが言われた。童話は文学のαでありωである。民謡、歌謡が音楽のαでありωであるように。

龍二兄上を4時頃訪ねる。コーヒー、こけし屋の菓子を1,500円もってゆく(モンブラントとパイ)。待晨堂でリリへのバイブルを買う。「グリムとキリスト教」の原稿大方よし。

1985年1月29日(火)

「我キリストと偕に十字架せられたり。最早我生くるに非ず、キリストわが衷に生き給うなり」(ガラテヤ2・20)

プロテスタント信仰の焦点であるが、一般には観念的に信じているだけである。これを本当に全存在で体受するならば、十字架された我はすっとんで無者である。贖罪された無者である。これ無然たる我である。キリストがわがうちにとは、キリストのみ霊がわがうちにであって、キリストの内住である。エン・クリスト〔キリストのうちに〕、エン・エモイ〔わがうちに〕である。聖霊が漲ってくる。天下無敵となる。キリストの力、光、智慧、希望の一切がわがうちで住み給う。こんなありがたいことはない。無然霊然。十字架が聖霊と不可離の事態である。

1985年1月30日(水)

“Ein Wörtlein kann ihn(Satan) fallen.” ──Luther

「一言以てサタンを仆 (たお)す」 ──ルター

浄土真宗なら南無阿弥陀仏だ。日蓮宗なら南無妙法蓮華経だ。禅宗なら喝!である。キリスト道では、南無十字架! 南無聖霊、南無キリストといった一言である。これを全身で唱えればサタンを仆す。パリサイに勝つ。そして何よりもおのれ自身に勝つ。それは何か、自我がすっとんで宇宙我、大我、梵我がそこにある。一切を包摂する。無我の我である。

「グリム童話と聖書」を書き終った。200字60枚、まえがきあとがきも。グリムを久しぶりでよみ、そのよさがわかった。聖書的要素がかなりある。

1985年1月31日(木)

「汝ら父の全きが如く全かれ」(マタイ5・48)

「汝ら父の慈悲なるが如く慈悲なれ」(ルカ6・36)

キリストの山上の大告白での最高の言である。これ以上の命令は考えられない。これは絶対に不可能である。不可能なことをなぜキリストは要求したか。彼は無責任か。然らず。彼自身を見よ。彼は無能者であった。

「われ何ごともなし能わず」

といったその人が何ごともできた。0=∞。彼は父の中に自分を投入したら、父の力が彼を通してあらわれた。その如く、我々はキリストに全的に投入する。そうするとみたまの力がさせる。質的に父の全がそこに現ずる。これをキリストは求めたのである。我に来よ、然らば全的な行為が現ずるぞ! アーメン。しかし行為の極は慈悲である。愛は律法の全きである(ロマ13・10)。全=愛である。ルカ伝にはそう書いてある。恕たれ。アーメン。

1985年2月1日(金)

“All I could never be,

All, men ignored in me,

This, I was worth to God.” ──Browning: Rabbi Ben Ezra 25節

「私があり得なかったすべて、

人が私に於て無視したすべて、

これこそ私が神に価値ありしところ」 ──ブラウニング:ラビ・ベン・エズラ

来し方80年を顧みて何と無駄が多かったか。全くあるべくしてあり得なかった。私は正直すべてに善意をもってやって来た。お人好しでバカ気たことも多くやった。そのために誤解もされ、のけものにされ、つかむべきチャンスをのがしたり、棄てられもした。何とみじめな奴だろう。しかし、この無能、無智、まぬけ、それらすべてが神様にひろわれる価値があった所以なのだろう。だから徹底的に十字架のあがないの無をいただき、みたまの力でこれから御本願を成就したい。

1985年2月2日(土)

“To see a World in a grain of sand,

And heaven in a Wild Flower,

Hold Infinity in the palm of your hand,

And Eternity in an hour.”   ──William Blake

(私訳)

「一粒の砂に世界を見、

 一つの野草の中に天を見、

 君が手の掌に永遠をつかみ、

 一時間もすれば無窮をつかまえん、

 そして永遠を一時刻の中に見んがために」 ──ウィリアム・ブレイク

マクロコスモスの構造を見れば、ああここにパラダイスがあったと。然らざるものごとはまたミクロコスモスに反映してこの詩の特色はゲーテ自身で

天野勇二郎氏来訪。うなぎを食べる。天野先生の追想集をつくらんとの提唱。ハイ! 私が編集委員長となったということ。諾した。なかなかやり手だ。500万円の予算ありとのこと。

1985年2月3日(日)

「汝ら世にあっては患難あり。然れど雄々しかれ、我既に世に勝てり」(ヨハネ16・33)

悪の世との戦には患難が必ず伴う。しかし、みたまが内住していると患難がくれば逆比例して力がでてくる。力があるところには歓喜が伴う。ペテロ前4・13~14にある通り、キリストは既にサタンの四位一体(サタン─陰府─罪─死)に勝った。そのうらづけにより我々は雄々しくあり得る。キリストの命令には実力のうらづけがある。聖霊である。そしていよいよ喜んで進む。凱旋将軍的生涯である。アーメン、栄光在主。

81才の誕生祝を幕屋の一同がひらいてくれた。感謝、アーメン、ハレルヤ。ヨハネ16・17~33「勝利と歓喜の福音」と題して語る。夕方、喜多村と樋口の三人でコーヒー店に入る。帰りに今野書店による。おばさんが福は内のオタフクマメのお菓子をくれる。

1985年2月4日(月)

「渇不飲盗泉水、熱不息悪木陰」 ──猛虎行

(渇しても盗泉の水は飲まず、熱しても悪木の陰に息 (いこ)わず)

〔のどが渇いていても盗泉(という名)の水は飲まず、のぼせても悪木(という名)の木陰では休まない〕

午前、教文館へ。Bibel Lexikon〔聖書辞典〕を買う(10,000円)。獨協医大最優秀で卒業した長谷川悟君に贈る。夕食(中華)近鉄8階で喜多村の誕生日とて偕にする(12,000円)。土井虎賢著『生成の形而上学序論』を古本屋で買う(吉祥寺)。八千代和風喫茶店で玉露を喫しつつ閑談。帰宅10時。

1985年2月5日(火)

“Seid umschlungen, Millionen!

Diesen Kuß der ganzen Welt!

Brüder,── überm Sternenzelt,

Muß ein lieber Vater wohnen!” ──Schiller: An die Freude

 〔相抱けよや千万 (ちよろず)の人々よ!  この接吻 (くちづけ)を遍く世界に!  同胞 (はらから)よ! 星の幕屋のかなたには

  愛の御父 (みちち)ぞ住み給う〕   ──シラー:歓喜に寄す

毎年暮になるとベートーヴェンの第九を奏で且つきく。しかしその第4楽章の合唱、シラーの「歓喜に寄す」のこの大コーラスの言葉はシラー、ベートーヴェンの全人類への祈りである。それを本当にうたい且つきき且つ実現しようとしていないのでは、この詩人と楽人はなげく。

接吻、愛のみが、人類に平和をもたらす。特に政治家や軍人が愛の炎に燃えない限り危ない。各国の大衆が本当にこれを叫んでうたって実行しなければ世界は危ない。

雨。嘉治真三氏2日に召天、ガン、79才。江東区清澄町の本誓寺で告別式。スタートがおくれて最終者として焼香。彼は好人物であったが、あまり話は交さなかった。何だか気の毒な人だ。御めいふくあれ! アンデルセンをよみ始める。グリムが一応すんだので。

1985年2月6日(水)

“Dem großen Künstler ahmt ihr nach.” ──Schiller : Die Künstler

「偉大なる芸術家に君らは学ぶ」 ──シラー:芸術家

偉大なる芸術家とは天地万物を創造し、いやはてに人間を創造した神を謂う。神こそは最大の芸術家である。人間界はしかし、この芸術家の作品らしくなくなっている。しかし、もう一つ考えてみると悲劇作家としての神であることを思う。最後はすごい審判を通して本当のパラダイスを現じ得る自由を与え、向背自由にしているところに神の神らしさがある。

1985年2月7日(木)

“Weiblichkeit, küsse des Dichters Harfe,

wenn er von Lebensgeheimnissen singt!”

──Andersen: Bilderbuch ohne Bilder

「詩人が人生の神秘を詠ったときには

詩人の立琴に接吻してやれよ、新婦よ!」

──アンデルセン:絵のない絵本

結婚の初夜に新郎新婦をながめた月の言。新郎はアンデルセン自身、彼は詩人である。

それは恋人同志でもおなじこと。詩人をなぐさめる力となるのは女の愛である。ダンテもゲーテもそうだった。そういう女の接吻を必要とした愛、愛の女神を!

冷たい人心。今日は本屋で誕生日だといってもまけてくれない。コーヒー店でも、いいですよとも言わない。郵便局ではこちらからサクラモチとクサモチを買って、みんなで食べて下さい、誕生日だといったら、恐縮していた。世の中はこんなものか。私がバカなのか。一方、水谷君は10万円をつかって下さいと送ってきた。藤井孝君は5万円を喫してくれた。うちの集会には億万長者がいるがいよいよケチクサクなって来た。結局、私は独りである。戦う。

1985年2月8日(金)

本来無東西〔本来東も西もなく

何処有南北 いずこにか南北あらん

迷故三界城 迷うが故に三界(欲界、色界、無色界)は城なり

悟故十方空 悟るが故に十方は空なり〕

「彼(木喰)の一生は家なく子なく財なく、更に欲なく我もなき一生であった。この世に一物もない彼は仏に於て一切を持つ彼であった。」 ──柳宗悦

地球は円い。本来、東西南北などはない。どこでもが中心であり、どこでもが端である。それぞれの特殊性をもった国民、民族がそれぞれの特性に於て自己を発揮し、互いに尊重し有無相通ずれば何もケンカはいらない。イデオロギーを絶対視するところに争いがくる。イデオロギーはそれぞれの意味と限界がある。超イデオロギーの人間という立場に於て握手をすべし。そうでない限り世界平和は来ない。終いには破滅である。畏るべし神の審判。

1985年2月9日(土)

Said Walt Whitman :

“I have self-contradictions, because I am large.

And God the largest is the most self-contradictory of all things. ”

詩人ワルト・ホイットマンが言った、

「私に矛盾がある。そは私は偉大であるから。

そして最も偉大な神こそは、すべての中で最も矛盾にみちている」

      ──内村鑑三

光と闇、義と愛、怒とゆるし、大にして小、強くして弱い、そのように両極性をもつ絶対矛盾の自己同一的な人間は偉大である。この惨憺たる現世をほったらかしておられるような神、しかも霊法は根源現実にはあるという神。羔の怒をきたらせる神。合理的にわかってたまるか。人間のあたまで理解できたら神ではない。AB型の人間はこのような矛盾型の人間が多いという。私もその一人であることを自覚している。人生は、人間はドラマである。聖書はドラマだ。神の真理は観念的ではない。

終日雨。向井みち子に著作集第六、七巻、『エン・クリスト』18、19、20号を贈る。戸隠山の印ある唐傘をさして郵便局にゆく。雨音まことによし。

1985年2月10日(日)

「空の空、空の空なる哉、都 (すべ)て空なり。……見よ陽の下に新しきものあらざるなり」(伝道之書1・1)

平家物語、方丈記、ギリシヤの哲人ヘラクレイトス、パンタ・レイ。いろはにほへど散りぬるを。人生は、世界の歴史は、何のかのいってもすべて流転しているだけ。そしてすべての終りは死であるという厳然たる事実。名がのこっても何か、その人自身は墓場ではないか。こうなってくると唯一つこの死に勝つ道がなければすべて空ということになる。ところがこの死に勝った人がある。キリスト・イエスである。彼は永遠の生命を実証した。これで空が実に変わった。日の下に新しきことが起きた。これをつかまないでは空だ。

1985年2月11日(月)

「われは復活なり生命なり」(ヨハネ11・25)

よろこびのおとずれである。この福音あって人生ははりがでて来た。十字架の死という最もいたましい死を死んで、贖罪の大業をはたし、墓を蹴やぶって出て来たキリスト。その旺んなる生命の源泉とは何か。聖霊の力である。我らにこのみ霊を賜って永遠の生命を与えて、死に勝たしめ給う。ハレルヤ! この生命は実に神の愛、キリストの愛である。これによって勝ち得てあまりあらん。アーメン、ハレルヤ。

1985年2月12日(火)

「往事渺茫として都 (すべ)て夢に似たり 〔さりし昔は果てしなく、すべては夢に似て

 舊遊零落して半 (なか)ば泉 (セン)に帰す 」  旧友落ちぶれ、半ばは黄泉 (よみ)に帰す〕

    ──白楽天

81歳にもなってみると小学校時代の旧友24人のうち、もう2、3名しかのこっていない。しかもその消息が杳 (よう)としてよくわからない。大方黄泉の人となってしまった。クラスの中で一番小さな、蒲柳の質の私がこうやってのこっているとは、人生はわからないものだ。天界のどこかで相会し、クラス会を開きたいものだが。

〔今日は〕確かK・SのGeburtstag〔誕生日〕。Kleid geschenkt, doch sie telephoniert nicht! Sie ist etwas hochmütig.〔服をプレンゼントした、でも彼女は電話してこない! ちょっと高慢チキだ〕

1985年2月13日(水)

「生計抛 (なげう)ち来 (きた)って詩これ業 (ぎょう)たり、家園忘却して酒郷 (きょう)たり」(白楽天)

〔あんたは生業 (なりわい)をうっちゃって詩を賦し楽を奏で、家も家族をも忘れて酒に沈淪して暮らしてきた〕

白楽天の妙な酒豪とちがって私は何だろう。天来の酒、みたまに酔うのが一番いい。

詩作が生活となった。1985年2月、八十一路に入ってやっと詩作が生活となった。『獨協百年史』のために一年おくれた。八十路 (やそじ)からスタートを切りたかったのだがやむを得ない。毎日百行平気で書く。大体の見出しが出来たからあとは万巻の書の大森林大深山の中にわけ入りながら、み霊の力と智慧に啓発されながら告白してゆく。第三次大戦が近づいたら山にかくれてでも書く。人類への大予言書としたいわけである。主よ、わが悲願をききあげ給え。合掌。

室井康子さんの朝子への授業終る。よくやってくれた。夜、ビフテキを一家と共に御馳走。

1985年2月14日(木)

“Gibt es Krieg, so macht Teufel die Hölle weiter.” (ドイツの俚諺)

「戦争が起れば悪魔は地獄を拡 (ひろ)める」

テレビで大方いやらしい悪鬼や怨霊のことをやっていた。チベットの鳥葬など。

いかなるのろいも、悪霊もおそるるなかれ。ただ最高の霊、HG〔聖霊〕に在って生きよ。みたまの愛の言をもて。キリストにあって勝て。天下おそるべきものなし。戦争はもろもろの悪心と悪霊のはたらきによって起る。だから悪魔が地獄をひろげている。これに勝つにはキリストのみ力によるほかない。無(我)=無量(キリスト)。En Christo〔エン・クリスト〕で勝つ。そは愛の力なり。Amor omnia vincit! Amen〔愛は一切に勝つ! アーメン〕

島崎、中村来る。旅行の団長としての趣意の原稿をわたす。獨大から会報への詩の校正刷り。すぐ直して郵便に出す。『エン・クリスト』22号のワリアテがきまる。証言4頁、水谷2、小山2、奥田3、表紙1、裏表紙1、編集2の計15頁。小池は独和1+他4の5頁。杉並郵便局の女の子がヴァレンタインをくれた。モロゾフ、とても甘い!

1985年2月15日(金)

Obseve this short and certain aphorisma:

“Forsake all, and thou shall find it.”

──Thomas a Kempis

「一切を棄てよ、さらば汝一切を見出すべし」

この簡にして確実なる金言を遵守せよ。

──トーマス・ア・ケンピス

一切を棄てるということの焦点は何処にあるか。自分自身を棄てるということが即ち我執を棄てよ、である。これが至難のわざである。これがために禅宗は身心脱落ということをいって座禅をする。

福音の世界ではキリストが十字架で、この一切を棄てきれぬ罪、我執の罪を十字架で贖罪した。だから、観念を以てではなく、おのれ自身を我執のまま、キリストの十字架の中に投げ入れる。すると汝の一切はひきうけたとのみ声をきく。我は根源現実で無我とされた。これが信即現の境地で、無一物無尽蔵に通ずる。一切を見出すとは無量の聖霊が与えるものである。

1985年2月16日(土)

“Der größte Mensch bleibt stets ein Menschenkind.” ──Goethe

「最も偉大な人物は常に童児なり」 ──ゲーテ

私がつねに思っていることをゲーテは言ってくれていた。真に偉大な人間は必ず童心をもつ。そういう全的な純真な、単純な素朴な心が人格の中心になっている。それが人の愛と信頼をよびおこす(また彼自身、人を愛し信頼する)。その最たるものは、Der allergrößte Mensch war Jesus. 〔最も偉大な人物はイエス〕であった。だからキリストは、

「幼児の如くならずば天国に入れない」

と言いなさった。

1985年2月17日(日)

「我なり」(ヨハネ18・6)

みたまの権威、勝利の一言。我をたおした。敵はサタンなり。エペソ書6・10~20参照。我々もみたまのキリストを内に宿して「我なり」が言えねばダメ。そして絶言無言のにらみで相手がたおれるに至る。無手勝流、無刀流である。そして相手が降参してこちらの弟子になって力とよろこびを共にするようになったら、これが本当の勝利!! あの茶道の師匠の如く。

Sonntagsdienst, Jon.18・1~11, “Ich bin’s”〔日曜集会はヨハネ18・1~11「我なり」〕。

A40〔召団讃歌B20〕の「イスラエルの旅」を作詞する。

〔註:参考 B20「イスラエルの旅」1985.2.17作(讃美歌512 「わが魂の慕いまつる」の曲調で)

1 イエス・キリストのみ跡したひ

  はるかなるイスラエルへ

  われら旅せん旅心は

  世界平和祈りつつ

  ゲッセマネの森ゴルゴタにて

  あがないの愛を浴び

  園の御 (み)墓よりよみがへりし

  キリストに今日も会いなむ

2 ああベツレヘムよ救主の

  生 (あ)れましし星の夜 (よる)よ

  聖子 (みこ)のみ光今日も明日 (あす)も

  旅路を照らし給へよ

  クムラン、エリコサマリヤを経 (へ)

  ガリラヤ湖に出づれば

  今もキリストのみ声聞こえん

  山上の大告白! 

3 ガリラヤのカナかの婚宴

  招かれしマリア、イエス

  饗宴 (うたげ)のさなか葡萄酒尽き

  すべもなきにキリストは

  瓶 (かめ)に満ちたる水を視 (み)つめ

  祈りにて酒 (さけ)に化す

  キリストの愛はみ力あり

  主の愛に今日も生きなむ

1985年2月18日(月)

“Was ist Wahrheit?”(Jon.18・38)

「真理とは何ぞや?」(ヨハネ18・38)

ローマの総督ピラトがキリストに発した質問。キリストの答は要するに「我は真理なり」である。これは哲学的説明も神学的解明も道徳的解説もできないものである。彼の全生涯、神を体現した実相、霊的人格そのものをからだでうけとり、彼の光、力、愛、智慧の中心は何か、焦点は何かに迫るとき、そこに神霊、聖霊という実体を体感する。そのときは認識ではなくてぶったおされる。自分がひっくりかえされる。しかもその聖霊は実は十字架の土台にあって臨んだという事実。イエスが地上にある限り、誰にも真理はつかめなかった。十字架の土台のもと聖霊が降臨してはじめて真理の実体たるキリストがつかめてくる。それで全キリストこそ真理であると知る。これは体現して真理を証するほかに真理はわからない。絶言の本もの、無量なるものというよりほかない。光でいえば日光、七色をもった虹を現ずる光源とでもいわん。

ピラトのこの問に対するキリストのかくれた答は「われなり」の一言。「われを見よ」でも可い。要するに全キリスト、

「われは道なり真理なり生命なり」

の言の無量さを思う。

1985年2月19日(火)

「一生のうち……第一の事を案じ定めて、其の外は思いすてて、一事にはげむべし」

これは兼好法師の有名な『徒然草』第一八八段第三節の句の焦点である。要するに人間は一生かかって一つのことをするのが本当の在り方。その人がこれはわが本質に即した第一のことと思い定めることが大切で、その一事に全力をそそぐべきである。その他は棄ててかかる。偉大な生き方をした人はみんなこれである。境遇や運命がこれをゆるさない場合が随分ある。そうであってもこの目的達成の一念を以てやるときに必ず展開してくる。ミルトンは失明しても『パラダイス・ロスト』を書いた。ダンテは追放されても19年の流浪で『神曲』を書いた。ベートーヴェンは聾しても音楽にうちこんだ。教育はこの本質的な在り方をのばすために特色あるメトーデを考えるべきである。

1985年2月20日(水)

Franz Grillparzer: Erinnerungen an Beethoven

Rede am Grabe Beethovens bei der Enthüllung des Denksteines. (Herbst 1827.)

“Nach Einem trachtend, um Eines sorgend, für Eines duldend, alles hingebend für Eines, so ging dieser Mann durch das Leben. – Nicht Gattin hat er gekannt, noch Kind; kaum Freude, wenig Genuß. – Ärgerte ihn ein Auge, er riß es aus und ging fort, fort, fort bis ans Ziel. ”

フランツ・グリルパルツァー:ベートーヴェンの想い出

ベートーヴェン記念碑除幕式に際しての演説(1827年秋)

「唯だ一つを追求し、唯だ一つの為に耐え忍び、一切を唯一つのために投げ棄てながらこの人は生涯を貫いた。妻なく、子なく、喜びも殆どなく、楽しみも乏しく、一方の眼が彼を躓かせれば、これを摘抉 (てきけつ)するといった気魄で彼は目的に向かって邁進 (まいしん)したのであった。」

お通の武蔵を恋い慕う一念は大変なもの。

Solche Geliebte möchte ich haben. Es gibt keine.〔そんな恋人を私は欲しいが、一人もいない〕

朝子、農大附属合格。万歳、それでいい。

1985年2月21日(木)

「詩人は生まれるもので、雄弁はできるものである」 ──シセロ

シセロは名高い雄弁家であったが努力によってだという。詩人は生まれるもの。画家、音楽家、大体芸術関係は生まれが大切な要素であろう。情動的なもの、これに反して知性や意志を主動力とするものは努力が大切だ。それにしてもどの道、努力は必要。しかし最も大切なものが他にある。それは祈りを以て天来の力を受けとることである。これがどの仕事においてもある決定的な次元の要素であって、これがなくては真に第一流或いは超特級にはなれない。

I. LilyからBrief〔手紙〕。

1985年2月22日(金)

「美は芸術の最高の原理にしてまた最高の目的なり」 ──ゲーテ

「野の花を見よ」のキリストの言を参照(マタイ6・28)。

人生に女性がなければ美はない。自然界に花がなければ美はない。女性はおのずから花を愛す。美花をもった美女は美のシンボルといってよいだろう。花を撒く美の女神こそそれである。しかし、美の世界はもっと広い。美には多様がある、多相である。そして美が美であるにはそれが真実でなければならない。いわゆる飾られた美は美でない。あるがままの相に深い美がある。大自然は美の無尽の蔵庫である。いつわりなき人は美あり、天来の愛のあるところに人間の美の最も貴いものがある。仏神の心と大自然に最高の美がある。これをあらわすのが芸術の極致である。

1985年2月23日(土)

「我はαなりωなり」

黙示録にでてくる神及びキリストの言。イザヤ書にまず預言的にでてくる。創世記は聖書のα、黙示録はそのω。創造と完成、原因と目的、これをもつものはder Ewige〔永遠なるもの〕の神。人生の生誕はα、死はω。これは血気の肉体。しかし、死は彼岸の往生、新生、復活、これはωなしのαである。

Endloses Anfang, immer Neu ── Kainos! 〔終りのない始まり、常に新しい──カイノス!〕

自己原因、自己目的の神と同質となる。Mit Gott und Christo eins〔神・キリストと一つにって〕死をみざる生そのものを。地上にあって質的に生きるには相対界即絶対界の霊的実存となるを要する。それには無的実存に徹すること。絶対界を呼吸すること!!

Mit L.I. Schwester-cafe in O. L. Zimmer besucht Hymnen gesungen. Komponierte Musiknote, A41 ausgedichtet sehr angenehm glücklich mit ihr gesprochen nach O.Bahnhof, dort in einem Cafe Abendessen geflügel.

〔L・IとOの中の姉妹コーヒー店で。Lの部屋を訪ね、讃美歌を歌って、作詞したA41〔召団讃歌A40「キリストは地に在りて」〕の楽譜を作曲。彼女と語ってとても気持よく幸せ。O駅までいってコーヒー店で夕食、鳥料理〕

1985年2月24日(日)

「ミネルバの梟 (ふくろう)は夕暮になってはじめて飛ぶ」 ──ヘーゲル(1779~1831)

『法哲学』の序言のなかに出てくる。現実の形成過程が終った頃に哲学がはじめて思想としてものを言う。現実の成熟という実在界の夕暮どきに対して知的王国の形成となる。いつも後手に、丁度夕暮にあらわれる梟の如き哲学が飛びまわる。ミネルバはギリシヤの学問の神だから、学問の王、哲学が学問の神ミネルバの使者(梟にたとえた)としてあらわれるという意。学問は現実のあとを追う。学問があって現実があるのではない。現実があって学問が整理する。理論づける。

1985年2月25日(月)

「神は智者を辱めんとて世の愚者を選び、強者を辱めんとて弱者を選び、有る者を亡ぼさんとて世の卑しき者、軽んぜられる者、即ち無き(が如き)者を選びたまえり。これ神の前に人の誇る者のなからんためなり」(第一コリント1・27~29)

智者、強者、有者(権勢、財産、地位などの有るもの)、要するに相対的に何ものかである者。愚者、弱者、卑者、被軽蔑者、要するに世の中にあってなきが如き存在。一言で対立していえば、前者は有者、後者は無者。それは神の前にetwas〔何ものか〕という有者が誇ってとんでもないから、後者、無き者をえらんで神の民としたという。ところで無者τα (タ) μη (メー) οντα (オンタ)、the thing not beingが自覚的に真に無者となることが、最も究極の願いである。神は無きが如きものをえらんで真に無者となれ、然らば真の無限無量とするという本願がかくされてある。そういう無者をパウロはここでは語っていないが、その方向にむかったおとずれである。

“Schwester” 3.30 L. die Psalmen 4 geschenkt. 〔「姉妹」3時半、Lへ第四巻『詩篇』をプレゼント〕

1985年2月26日(火)

「見よこの人!」 Ecce Homo!

人、人間であること。真の人間は愛をもつ。愛なき人は人ではない。愛は神から来ている。人間は本来神の人なのである。そのような神の体現者がキリスト・イエスであった。

見よ、この人だ、という言。ニーチェがこの言を標題として論説を書いた。見よこの人が本当の人だ、という語気。「この人を見よ」ではない。キリストと一如になって「見よこの人」と言われなければ本当でない。この人の信仰はなどと説明する世界ではない。神秘的合一体の「神の人」に我らはならなければウソだ。それを主張したのがクザーヌス、ゲーテ、タゴールである。

2月26日午後8時半、しらべが春の山から来た。「春のいのち」〔召団讃歌D1〕。作曲αω〔小池辰雄〕。

〔註:参考 召団讃歌D1「春のいのち」(1985.2.26、作曲:Tatsuo Koike))

1 雪わり草が山に萌 (も)え

  小桜草が野に笑ひ

  乳房にすがる羔 (こひつじ)の

  すがたは春のいのちかな

2 池の真中に泉湧き

  緋 (ひ)鯉真 (ま)鯉の往 (ゆ)き交 (か)へば

  歌ひて躍る若人 (わこうど)の

  すがたは春のいのちかな

3 宵闇 (よいやみ)迫る西空に

  かがやき出でぬ 星一つ

  神話伝説ゆたかなる

  すがたは愛の神秘かな

1985年2月27日(水)

「おんみは戦場の兵士に幾度も幾度も敵をゆるし、勝敗を忘れて、とり出した矢をおさめることを教えた」 ──タゴール、「印度」という詩の一句

戦場の兵士が勝敗を忘れて、敵をゆるし、矢をえびらにおさめる。とは戦争の否定である。これは現実には戦の法に反する。指揮官の命令に反する行為である。詩人のいわんとするところは非戦論、平和論の詩的表現である。何のうらみのない敵味方の個人が殺しあうとは全く背理のことだ。政治家は善意をもった話し合いで平和がむすべる。しかし、隣国を敵視している限り、戦争への可能性をもつ。人間はどうしても(宗教的な)話し合いに立ち帰らねばならない。愛が最高の力とならねばならない。

Lilie acht Seile Schwester K. Aufwiedersehen! 〔リリー 八つの綱 姉妹 K. サヨナラ!〕「雪わり草……」〔「春のいのち」の歌詞の出だし〕

1985年2月28日(木)

Er blieb einsam, weil er kein Zweites fand! ──Grillparzer

〔彼は孤独だった、第二のひとを見つけられなかったから!〕

うたをここに書いて解説とする。

召団讃歌D2「視よ此の人ぞ!」(1985.2.28、作曲:Tatsuo Koike)

1 ああベートーヴェン! 生涯の

  彼の涙を誰か知る

  「第二の我」は遂に無し

  この世は仮りの宿なりし

2 音はひびけど音の無き

  旅路を独 (ひと)り 辿 (たど)りつつ

  森と小川を眼にて聴き

  「パストーラル」を奏 (かな)でたり

3 見よ此の人ぞ!孤独なる

  音の芸術 (たくみ)の巨匠 (きょしょう)なり

  なやみ苦しみつき貫 (ぬ)けて

  世に投ぜしは「第九 (だいく)」なり

4 孤独なれどもその心

  力と愛にみなぎりて

  あらゆる人の胸をうつ

  音曲 (しらべ)の波はかぎりなし

私は涙が三滴ある。一滴は27歳で仆れた兄のため。第二滴は失明した母のため。第三はうまれつきもっている運命的な涙である。

Beethovenの歌詞と曲をつくる。「ああベートーヴェン! 生涯の……」。

召団讃歌D2「視よ此の人ぞ!」(1985.2.28、作曲:Tatsuo Koike)

1 ああベートーヴェン!生涯の

  彼の涙を誰か知る

  「第二の我」は遂に無し

  この世は仮りの宿なりし

2 音はひびけど音の無き

  旅路を独 (ひと)り  辿 (たど)りつつ

  森と小川を眼にて聴き

  「パストーラル」を  奏 (かな)でたり

3 見よ此の人ぞ!    孤独なる

  音の芸術 (たくみ)の巨匠 (きょしょう)なり

  なやみ苦しみつき貫 (ぬ)けて

  世に投ぜしは「第九 (だいく)」なり

4 孤独なれどもその心

  力と愛にみなぎりて

  あらゆる人の胸をうつ

  音曲 (しらべ)の波はかぎりなし

1985年3月1日(金)

“Seid umschlungen, Millionen!

Diesen Kuß der ganzen Welt!”

Beethoven、Schillerのこの祈りこの音の叫び、これを無視し、いたずらにイデオロギーでケンカする人類は滅亡に向かっている。天界と地獄界の相がいよいよあきらかになってきた。こちらも仕事を急がねばならぬ。ふしぎなことに曲が二つできた。Wunder!〔不思議、奇蹟〕である。もうしかし作ろうとは思わない。詩だ詩だ。

Durch Leiden Freude. 〔苦難を貫いて歓喜へ〕

彼は臨終近いときに叫んだ、

Plaudite, amici, comoedia finita est. 〔歓呼せよ、友らよ、喜劇は終った〕

ベートーヴェンの言として有名なもの。悲劇の断続であったベートーヴェンが、「友らよ歓呼せよ喜劇は終った」と叫んだ。ダンテが『神曲』を単に「喜劇」といったのと相通ずる。何たる旺なる魂か。苦難を貫いて歓喜へ。しかし苦難の中に歓喜がひそんでいる。それがやがてバクハツに。ペテロの言、聖霊にあっての苦難の中の歓喜!

2月5日とダブる。L. Ribeka (?) essen〔L. リベカ (?) 食べる〕。星野君とたのしい会話を電話でやった。

1985年3月2日(土)

「利己主義は人類の最大の災いである」 ──Wiliam E. Gladstone (1809~1898)

千葉さんとお茶の水でフランス料理。

1985年3月3日(日)

「インスピレーションと天才は一心同体なり」 ──Victor Yugo

ヨハネ18・39~19・16、「見よこの人!」と題して語る。Beethoven のこと及びグリルパルツァーを紹介。Beethovenのうた(作詞作曲)を生まれてはじめてうたう。傑作と思う。午後、おひな祭、女の人たちは茶の間で4時半までたのしくゆっくり。男たちは集会所で音楽をきく。第6パストラールがとくに!

1985年3月4日(月)

“Wer solch ein Herz an seinen Busen drückt,

Der kann für Herd und Hof mit Freuden fechten,

Und keines Königs Heermacht fürchteten.” ──Schiller:Wilhelm Tellの言

「そのような心の人(女)をおのが胸に抱きしめる者は、

家のためによろこんで戦える。

どんな王の軍勢も彼はおそれない」 ──シラー:ヴィルヘルム・テルの言

実は死をおそれない。愛は最大の力である。キリストの愛の中に投身してキリストに抱かれたら、これ最強となる。「使徒らの昔を」の讃歌参照。

金谷白蓮は要するに福音からはなれた女、もう相手にせぬ。

1985年3月5日(火)

“Ein jeder zählt nur sicher auf sich selbst.

Der Starke ist am mächtigsten allein.” ──Schiller:Wilhelm Tell

「だれでもたよりになるのは自分自身だけだ。

強者は独りのとき最も強い」 ──シラー:ヴィルヘルム・テル

自分自身だけだ。この自分自身を絶対者に投身せよ。そのとき絶対者と一つになる。そうすると本当の強者となれる。唯一人で最強だということを知る!

めずらしく胃の調子わるく、一日ボヤボヤ。

1985年3月6日(水)

“Die Liebe nur ── die Eure kann mich retten!

Und eine Freiheit macht uns alle frei!” ──Schiller:Wilhelm Tell

「愛だけが──あなたの愛が私を救うのです!

そして唯一つの自由が我々すべてを自由にするのです」

──シラー:ヴィルヘルム・テル

そんな恋人をもつ男または女は幸だ。すべてを救う自由とは何か。

キリストが我執から救ってくれた自由だけだ。この自由には力がある。聖霊の自由だからである。あなたの愛、キリストの愛、主の愛のみが救う。要するにみたまのキリストは自由であり愛である。自由と愛は一つのみたまの力である。

曇。天野先生5周年、11~12時、小集会。詩篇33篇。讃美歌「神のめぐみは」「主我を愛す」「なつかしくも浮ぶ」。天野3・6─内村3・26─ベートーヴェン3・26のはなし。天野タマ、光子、清子、勇二郎、土井夫人、出射夫人、町沢先生。『追想集』の件はなす。

牧子43才Geburststag〔誕生日〕、1万円プレゼント。

1985年3月7日(木)

「ユーレカ! ευρμκα!」

「我発見せり!」 ──アルキメデス(B.C.287~212)

古代ギリシャの数学者アルキメデスの言。

「我はあってあらしむる者なり」の発見を書く。

1985年3月8日(金)

alea iacta est.〔アーレア・ヤクタ・エスト〕

Geffalen ist der Würfel.

「賽 (さい)は投げられた」

〔註:参考 ガイウス・ユリウス・カエサルが元老院のグナエウス・ポンペイウスに背き軍を率いて南下し北イタリアのルビコン川を通過する際に言ったとして知られる言葉。当時のカエサルはガリア総督だった。現在は、「もう帰還不能限界点を越してしまったので、最後までやるしかない」という意味で使われている。 共和政ローマは当時、本土と属州ガリア・キサルピナをルビコン川で分けており、それ故にルビコン川は北の防衛線であったため、軍団を率いてルビコン川以南へ向かうことは法により禁じられていた。これに背くことはローマに対する反逆とみなされた。〕

1985年3月9日(土)

「中 (ちゅう)は天下の正道なり、庸 (よう)は天下の定理なり」

中庸の出だしの句。中とは偏ならざることである。庸とは易らざることであると書いてある。右や左に偏せず、不変なる中道を中庸という。これは中立ではない。中庸の焦点は円の中心の如き一点である。その中点に聖霊の火がもえるならば中庸の道を実証できる。テーゼ、アンティテーゼに対してジンテーゼ的な中道である。

獨協高校の37回卒業式。ドイツ大使の代りにドイツ語の優秀な生徒に本を渡した。謝恩会に出た。小野寺さんがそのあとでコーヒーに呼んでくれた。この人の方が人間らしい。金谷などは口先ばかりで本当は誠意がないことがわかった。彼女はもう集会員ではない。

1985年3月10日(日)

“Wo Kinder sind, da ist ein goldnes Zeitalter.”──Novalis

「子供らのあるところそこに黄金時代あり」──ノバーリス

子供らのあるところに天国がある。彼らは国境を知らない。どの国の子供も無邪気である。純情の世界で、判断の世界ではないからである。親に信頼している世界であるから思いわずらいがない。人間も子供たちのように神に信頼して歩くならば天国となる。キリストが言われた通りだ。ところが神をはなれ、自己中心となったところに楽園喪失となった。

Liliがお腹の調子がわるくて休会。午前2時、「十字架上の七言」〔A41〕の讃歌をつくる。8節から成る。「血潮したたる」でうたう。これを黒板にかかげた。

〔註:参考 A41「十字架上の七言」1985.3.10作(讃美歌136 「血潮したたる」)

1 あやしき雲に空は暗み

  ゴルゴタの上 (え)に立つは何ぞ

  十字架は三基 (き)何の徴 (しるし)

  罪びと左右義人真中 (まなか)

2 「汝 (な)はキリストかいざおのれと

  我らを救え」かくうそぶく

  声に応えて「我らは罪!

  汝畏 (おそ)れよ神の聖名を」

3 「主よキリストよ憶 (おぼ)えたまえ

  み国の旅に昇るときに」

  「よき告白ぞ我と共に

  汝れは今日しもパラダイスぞ!」

4 地の罪びとを執 (と)りなしてぞ

  十字架イエス叫び給う

  「道に外 (はず)れし彼らなれば

  ゆるしたまえや父よ神よ」

5 ヨハネを見詰めマリヤに言う

  「女よ見よやこれは汝 (な)が子」

  ヨハネに向かいかくはさとす

  「母のマリアは汝 (な)が母なり」

6 天地晦冥 (かいめい)午後の三時

  「わが神 み神!何ぞ我を

  見棄て給いし!」かく叫びば

  雷光雷鳴これに応 (こた)う

7 血潮したたり地に沁み入る

  「ああわれ渇く!」血の呻 (うめ)きぞ

  「事は畢 (おわ)りぬ」愛の叫び!

  あがなひの業 (わざ)ここに成りぬ

8 「わがたましひをゆだねまつる

  父よ神よ!」大音声 (おんじょう)!

  聖所の幕は震い裂けぬ

  天地 (あめつち)ともに霊に震う

1985年3月11日(月)

「読者に三種あり:一人の者は批判なしにただ楽しんでよむ。他のものはたのしみなくただ批判する。第三の者は楽しみながら批判し、批判しながらたのしむ読み方の人。この種の読者は本来、芸術作品を新たに生産する」

  ──ゲーテ

第一の読者が大方であってそれはそれでよい。第二の読者は理屈っぽい人間、愛情のかけた人、知性のみのさばっている人。第三の者は、知性と情性のバランスのとれた人。こういう人が霊感をもつと本当の創作ができる。何も芸術に限らない。創造的活動をする人であって、これが人間の在り方として最ものぞましい。文化を推進させてゆく人である。

今日は一日雪と霙と雨。中村君がイスラエル北欧の旅のパンフをもってくる。校正をする。

1985年3月12日(火)

“Dem großen Künstler ahmt ihr nach.”  ──Schiller:Die Künstler

「かの偉大な芸術家に君らは倣う」 ──シラー:芸術家

かの偉大な芸術家とは最大の芸術家、神のことである。

「ソロモンの栄華もこの花の一つに如かぬ」

とイエスは言った。イエスは神の道化の妙をみて、神を大芸術家と言いことせね見ておられた。大自然をみて神を見、その創造力にあずかってこそ、芸術は成る。ただ現象にとらわれるのでなく、見えない神と一つになって創造性をたまわってこそ、第二の自然をつくって行く。それが絵であろうと彫刻であろうと音楽であろうと、そして文学であろうと。私はその角度から作詩をする。

向田(英語主任)、飯田(こんどやめる)、青木要三(新英語の先生)三氏来訪。浦野交世から電話あり、“Ich liebe Dich sehr.”〔私はあなたをとても愛す〕と彼女は言った。AB型の水瓶座で何でも同じのよし。

1985年3月13日(水)

「仁義忠信、楽善不倦、此天爵也」

(仁義忠信、善を楽しみて倦まざるは、これ天爵なり)

〔仁・義・忠・信を大切にし、善いことを楽しんで厭きることがない、というのが天界で与えられる地位である〕

1985年3月14日(木)

「子曰、鬼神之為徳、其盛矣乎。視之而弗見、聴之而弗聞、体物而不可遺」

(子曰く、鬼神の徳たる、それ盛んなるかな。これを視れども見えず、これを聴けども聞こえず、物を体して遺すべからず)

〔孔子はおっしゃいました。鬼神の徳というのは盛大なものだな。鬼神を見ようとしても形がないので見ることができず、その声を聞こうとしても聞くことができないのだが、全ての物は鬼神によって形態を与えられておりその例外はないのだ〕

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