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戯曲 「[゚」ナwヤlヤヨW 一人間関係学概論授業記録- ( ma 天理大学人間学部人間関係学科社会福祉専攻 要旨 人間関係学科 1 年生の必修授業である人間関係学概論のチェーンレク チャーの 2 回分で木下順二作 「[゚ を使 って授 業 した。 1 週 目はキャステ aya 2 1 ィングと壇上での実演、エzL^、 週 目は 週 目の感想 を織 り込み なが ら の戯曲 「[テé の解釈を考えた。 「ツ 、 と 「^ミå、 がなぜいっしょ に暮 しは じめ、ネコハê éアニノネチスゥ、 1 人の女と 1 人の男の出会いと 別れの物語を考察 した授業の記録である。 キーワー ド 夕鶴 参加型授業 実演 出会い 別れ 知的障害者 は じめに 授業 「lèヨWwT_ は人間関係学科の臨床心理学、カUウçêU、ミï 生の必修科 目で、Cl 85名の授業である。lヤヨWwT_フヒ ç「ヘ れば、「アêワナツハ ノュW オトォスlヤノヨキ éネ 野で とらえ直す とい うことを、 (Våwlヤwフ)ウçフåvネ して、lヤヨWwネヘ、サフî{IOフ àニノ、lヤ 解決に役立っ知識や技術の教育 ・、ði゚、タHIノlヤ`ャノv 設 置 され てい る。 アフu` (lヤヨWwT_)ヘ、ワクlヤ ðSフ る人間関係学 とい うものを、 ニュノlヤヨW ノナ_ð トト、S ら考えてみ ることにす る。サê ヘlヤフ ゥネタサ-フ ð、eê アプ ローチ しよ うとす るのかを概観す ることで もある。 アフネ レヘlヤヨWw あたって、eêUナフwKði゚éîb ノ オト àç、ス 学入門的なものとして位置づけられると記 され る。 アフネ レヘN ヤ 30 回の授業を 15 の学科教員が 2 回ずつ担当す るいわゆるチェーンレクチャー方式を採っている。ヘtw 期最後の 2 週 を担 当す ることとなった。 l öニvæ 山田 ) p j uac .. - i tt saem . @ da 5 - 6 -

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戯曲 「夕鶴」で学ぶ人間関係学

一人間関係学概論授業記録-

明( ma

天理大学人間学部人間関係学科社会福祉専攻

要旨 人間関係学科 1年生の必修授業である人間関係学概論のチェーンレク

チャーの 2回分で木下順二作 「夕鶴」を使って授業した。 1週目はキャステ

・aya

2 1ィングと壇上での実演、感想記録、 週目は 週目の感想を織 り込みながら

の戯曲 「夕づる」の解釈を考えた。「つ う」と 「与ひょう」がなぜいっしょ

に暮しはじめ、なぜ別れることになったか、 1人の女と 1人の男の出会いと

別れの物語を考察した授業の記録である。

キーワー ド 夕鶴 参加型授業 実演 出会い 別れ 知的障害者

はじめに

授業 「人願関係学概論」は人間関係学科の臨床心理学、生涯教育専攻、社会福祉専攻学

生の必修科目で、履修人数 85名の授業である。人間関係学概論のねらいはシラバスによ

れば、「これまで個別に発展してきた人間に関する諸科学を、もう一度全体的 ・総合的視

野でとらえ直すということを、 (天理大学人間学部の)教育の主要な理念としている。そ

して、人間関係学科は、その基本的理念のもとに、人間に関わるさまざまな問題の直接的

解決に役立っ知識や技術の教育 ・研究を進め、実践的に人間形成に貢献することを目的に

設置されている。 この講義 (人間関係学概論)は、まず人間を全体的 ・総合的にとらえ

る人間関係学というものを、とくに人間関係に焦点をあてて、心理 ・教育 ・福祉の視点か

ら考えてみることにする。それは人間の自己実現-の援助を、各専攻の学問がどのように

アプローチしようとするのかを概観することでもある。この科目は人間関係学科で学ぶに

あたって、各専攻での学習を進める基礎にしてもらうために設けられた、いわば人間関係

学入門的なものとして位置づけられる」 と記される。この科目は年間 30回の授業を 15名

の学科教員が 2回ずつ担当するいわゆるチェーンレクチャー方式を採っている。私は春学

期最後の 2週を担当することとなった。

l 授業計画

山田 )pjuac..-ittsaem.@da

5-6-

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A テーマ :人の他者理解と人間関係一戯曲 「夕鶴」に見る女と男の出会いと別れ

B 第 1回 (7月 8日)

1)学習内容 :木下順二作、戯曲 「夕鶴」を演じ、 「つ う」と 「与ひょう」の出会いと

別れを考える。

2)展開計画 :

①木下順二 「夕鶴」の脚本 (新潮文庫版)、授業レジュメの配布

②授業の趣旨の説明 (3分)

③キャスティングの決定 (自薦、他薦方式、 1役複数人) (20分)

つ う、与ひょう、惣ど、運ず、子どもたち、ナレーター

④実演 (壇上に出る。役毎に固まり、演ずる順を役内で相談。マイクは順次使用)

(50分)

⑤謝辞 (役を演じた人たち-の拍芋) (2分)

⑥感想文の回収 (出席票に代わるものであると指示)

感想文記述用紙は、専攻を○で囲んだ後に氏名記述し、その後に、以下の 6項

目につき自由記述とする。 (授業レジュメの下半分を切 り取り線で切 り取って

提出)

1. 「つ う」はなぜ 「与ひょう」のところに来たか

2. 「与ひょう」はどんな人か

3. 「与ひょう」はなぜ 「つ う」に最後の布を織らせたのか

4. 「与ひょう」はなぜ都に行きたがったのか

5. 「与ひょう」が雪の中を 「つ う」を探しに行ったのはなぜか

6. 「つう」はなぜ 「与ひょう」の前からいなくなったのか

3)教材準備 :脚本 「夕鶴」 (新潮文庫、105-137ページ)全員分、マイク 6本 (3本

しかなかったので共同利用)

C 第 2回 (7月 15日)

1)学習内容 :前回公演感想文から以下の諸点を考える (上記⑥の 6点、再掲省略)

以上の学習内容は第 2回授業レジュメに記載する。 2)展開計画 :

①前回感想文を一部紹介 しながら 1から6の諸点について学生が考えることを引き

出す。 (70分)

②授業まとめ (10分)

③ 「夕鶴」の考察からの感想 (10分)

第 1回の感想と同じ6つの柱 (第 2回の学習内容の諸点と同じ)で感想を書き、

これを出

席票に代えることを指示する。

D 授業の留意点

1)授業-の学生の主体的参加の組織

大規模授業であり、臨床心理専攻、生涯教育専攻の学生にとっては私が授業担当にな

るのがはじめてであることから、学生の授業参加 -のモチベーションを高めることが欠

かせない。そのための方法として参加型の授業を計画した。教材 「夕鶴」は 「鶴の恩返

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し」としてほとんどの学生にとってある程度の予備知識があり、その教材を ・ r女と男の

出会いと別れ」としてテーマ設定することによって若い学生の問題意識に引きつけて提

示することでテーマや教材-の積極的関心を惹起することもねらった。さらに学生自ら

が脚本を演じ、その感想文の授業展開-の組み込みを通して学生の主体的参加を意図し

た。

2)授業による発見と展開性の明確化

この教材についての従来の理解や解釈が上述のように一般化していることから、授業

を通して新しい作品解釈を提示し、そこにある従来と異なる発見を共有することを意図し

た。ただ文学作品の解釈は幾通りも成 り立つものであり、教師が示す解釈に抵抗感をもつ

学生が現れることは予測される。これについては 1つの作品解釈だと断ることで侵襲性の

緩和をはかることとした。

授業の内容上の展開性を作るために、授業教材から考えるべき課題をあらかじめプリ

ントで示した。すなわち第 1回の感想文の項目としてレジュメで示して書かせた 6項目を

第 2回授業の展開の項目として示し、さらにその内容を授業の振り返りとしての感想文項

目に示した。同じ 6項目を繰 り返し示すことで授業の展開内容を学生に意識化させようと

したわけである。結果としてそれ以外の諸点については捨象する方法となった。

Ⅱ 第 1回授業の結果

A 授業の進行

教師の自己紹介に続けてレジュメを説明する。教材 「夕鶴」については 「知ってる」

「鶴の恩返し」などの声があがる。黒板に大きく 「天理座大公演 夕鶴」と書き、その下

にレジュメと同じ脚本上の 6役柄を書き出し、 「女優、男優、ナレーター 大募集 !!」

と板書とマイクでの呼びかけをする。想定外の呼びかけに学生の驚いたような反応があり、

右左の学生同士で何やら話し始める様子はうかがえたが、自薦、他薦で名乗 り出る者はい

ない。想定内のことで、あちこち友人と話し始めているグループのところに軽足で近づき、

「どう、 ○○やらない?やってみると結構楽しいよ」とノリを意識しながら誘い歩く。「主

人公は 『つう』だけどやってみない?」と 「つ う」から決めにかかる。その間に配った脚

本に急いで目を通している学生が 1割くらいか。子どもたちを引き受けてくれる男女のグ

ループ 6人がまず決まり、 「ナレーターならやる」と声を上げてくれる学生が現れ、半ば

強引なキャスティング・セールスの結果、 「つう」は 2名、 「与ひょう」は 2名、 「惣ど」

1名、 「運ず」2名、 「子どもたち」6名、ナレーター 1名が決まる。ここで 30分が経

過する。

「さあ、わが天理座の役者たちに大きな拍手を ! 役者の皆さんは壇上に上がってく

ださい」と座長気取りで私は呼びかける。拍手が起こり、1 4人の学生が前に出てくる。椅

子と教壇を利用して 6役、1 4人が前に集まると、 「ではただ今から、わが天理座の初公演

夕鶴を開漬します」と宣言し、静かに観てくれるようお願いした。

ナレーターの一声から始まり、子供たち、与ひょう、つう、とごくスムーズに口頭劇

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は始まった。 1つの役に 2人の役者があるところはだいたい 1回ごとに交代で声を入れ、

よどみなく劇は流れた。70人ほどの観客はとても良いマナーで舞台に集中し、かつ脚本を

見ながらス トーリーを追った。時に自分の番を忘れてぼんやりしていて促され、笑いを呼

ぶ場面も数回あった。なごやかな雰囲気が流れつつ、脚本通りに劇が展開した。感情移入

たっぷりの口演があり、淡々とした口演があり、与ひょう役のとぼけた感じが身に迫る場

面なりと、それぞれの台本解釈に添って声が入れられ、感情が表現された。

最後は、座長役の私が促すまでもなく拍手が起こり、壇上の役者たちもうれしさと満

足感が感 じられる表情で立っていた。ぶっつけ本番の初公演は大成功であった。

残 り時間は 15分弱で、役者たち-の感謝と拍手、脚本は来週も使 うから忘れないよう

に、そして感想文を書いて出して帰るようにとの私の話しで、全体授業は終わった。後は

それぞれ感想文をおしゃべりしながら書き、帰っていった。脚本を忘れていった学生はな

かった。

B 感想文に見る学生のテキス ト理解

1 「つう」はなぜ「与ひょう」のところに来たのか

85人の感想文を内容で分けると、A;「助けてくれた恩返し」などの恩返し説、B;「与

ひょうが優 しいから」「何のむくいも求めないで助けてくれた与ひょうに惹かれたから」

などの与ひょうの態度様式説、C;「好きになった」「会いたくなった」などの好意感情説、

D;「泊めてもらいに来た」「ご飯をつくりに」などのその他説に類別できる。重なってい

るものはダブルカウントして、Aは

63人 (74%)、Bは 11人 (13%)、Cは 10人 (12%)、Dは 13人 (15%)であった。ダ

ブルカウントの例をあげると、「与ひょうが見返 りもなく助けてくれたから恩返しをする

ために」(BA)、「矢

表 第 1回授業における 「与ひょう」の人物理解

プラス評価 マ イ ナ ス評価 混合型

とても良い人

明るい人

やさしい人

何のむくいも望まない心の優しい人

子どもみたい

昔は働き者で幸せなやつ

愚直

素朴な人

真面目な人

-途な人

ばか

ちょっとあほ

寝てばかり

まぬけ

流されやすい

′トト者、口車に

乗せられて

お金に目が

くらんでし

まう

単純で自分の要求に素直で賢くない

優 しくてだまされやすい

つうが好きだが、だんだんお金に目がくらむ

昔は働き者だつたが、今は寝てばかり

つうのことが好きだけど、金もうけに走る

心のやさしい人、人に流されやすい人

やさしい人だけどすぐ金に目がくらむ

金はほしいけど使い道を知らない

素直で良い人だが流されやすい

少 しバカだが根はいい人

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優しい人でお金をためている ちを理 解 されやすい

優しくてつうが好き で きず に 良くも悪くもバカ、お人よしで周りにすぐ染

優しくてお金に執着がなく心の美し お金 を求 まる

い人 める人 優しい人、金ができてから怠惰になった

欲のない清い心を持った人 欲 に負 けて バカだけどいい人、つうのことをとても思っ

単純で純粋な人 つ うの 素 てる

優しくて金欲のない美しい心の持ち 直 な気 持 純粋な人だがいろいろなことを知らないた

主 ち を受 け めにだまされやすい人

欲を知らない人 とれ な か まじめな人だがお金の使い方をわからない

自給自足の生活を送っている人 ったかわい 金の使い道もわからない人だが、つうを誰よ

清い愛情を持っている人 そうな男 りも好きになった人

つうが大好きな人 鈍感な人、物 元々はお金に欲がない人だが、周りに流され

純粋で陽気な人 分 りの 悪 やすい

いい人、純粋、すなおでバカ い人、純粋 つうが大好きだが周囲の人に流されて欲深

正直者、純粋は人 な人 い考えになってしまった

正直、単純で働き者、金もうけにも興 つうのことが大好きだけどお金もうけのこ

味をもつ とを考えてしまう

無知で純粋 バカで素直で、すぐそそのかされる

のお礼と、与ひょうの心にひかれて」( AC)、「何のむくいも望まず矢を抜いてくれたこと

が本当に

うれ しかったから」( BC)、「他の人間とちが う、好きになった」(BC)などである。

4分の 3は恩返 しとして理解 したが、 B、C合わせた 4分の 1はつ うが与ひょうの性格

や態度に共感や好感をもち、好意的感情をもってやってきたと理解 した。実際に脚本を読

み、舞台で演 じられた 「夕鶴」を見て、鶴の恩返 し話のレベルにとどまらない内容をもっ

たものとして受け止め始めていることがわかる。

2 「与ひょう」はどんな人か

この設問に対する学生の回答記述を、便宜上プラス評価 とマイナス評価、その混合型に

分けて前ページの表に示す。

鶴の恩返 し話では与ひょうにあたる男の人物像は表面に出てこない。 しか し木下順二作

「夕鶴」ではかなり特徴的な人物 として与ひょうが設定される。この脚本を読んだことの

ない学生には初めて見る与ひょう像であるはずだ。上述の授業進行の通 り、私はス トー リ

ーや登場人物についてまったくコメン トをしていない段階でのこの設問 -の回答が表 1で

ある。

この回答記述の全体像からは与ひょうを 「バカ」「あほ」「まぬけ」「子 どもみたい」とい

う、精神発達遅滞を連想させる特徴で捉え、もう一方で 「優 しい人」「純粋な人」「清い心

の持ち主」などとい うヒューマンな人間として理解 している。 と同時に 「優 しくてだまさ

れやすい」「つ うのことが好きだけど金もうけに走る」「元々はお金に欲がない人だが、周

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りに流されやすい」などのヒューマンながら非社会的行動をしてしまう側面が多く指摘さ

れた。いずれも脚本や公演からの与ひょう理解であろう。

3 「与ひょう」はなぜ 「つう」に最後の布を織らせたのか

この設問-の回答は類似した表現が多い。 1つの共通タイプは A;金もうけ説である。

「お金を稼ぎたかったから」「前の 2枚分も 3枚分もの金で売れるから」「都に行き、金も

うけをしたかったから」「惣どと運ずにそそのかされたから」などがそれである。「お金が

入るとつうも喜ぶと思ったから」という回答もとりあえず金もうけ説の亜形としておこう。

またそこにはこのや りとりの中でつうの態度に反発したという B;反発説もある。「怒った

勢いで」「都に行きたかったのと、つうの言い方が痛にさわったので」はその例である。こ

れは金もうけ説の助長要素と解することができよう。さらに C;都見物説がある。「都に行

きたかったから」「つうと都に行きたかったから」「(つ うと)一緒に都に行くため」「ただ

単純につうと都見物に行ってみたかったから」などがそれである。 Aが 6割を占めるが、

Cも3割近くになる。脚本では金もうけと都見物の 2つの底流が書き込まれており、惣ど

と運ずは金もうけを強く勧め、都見物は話しの流れで付随的に出てきたもので、与ひょう

が都の話しにやや強く反応したテキス トだった。

4 「与ひよう」はなぜ都に行きたかったのか

3.の設問に連なる問いかけである。この設問の意図は都に行きたい理由を考えるよう誘

導することにある。 A;与ひょうがお金もうけに連なる要素で都見物を希望したのか、B;

つうと一緒に行きたいというつうとの共同経験志向で希望したのかを明確にするテキス ト

理解を私は求めたのである。

A類型では 「お金を稼ぎたかったから」「布を売って金もうけをするため」などが 64%

と一番多く、ついで B類型では 「つうの話を聞いていたから、つうと二人で見物してつう

を喜ばせたかったから」「つうに都の話を聞いていたから」「つうの話す都を自分も見てみ

たかったから」「つ うが話してくれたから」「つうが話す都にあこがれがあった」「つうの話

を聞いて行きたくなったから」「都が美しいと聞いたから」「つうに教えらてすごく良い所

だと思っているので、大好きなっうと一緒に行って幸せに暮らしたかったから」「つうとす

てきな都を見たかったから」などで、 26%であった。「都-の好奇心、」など、つうの話に

言及していない都見物まで含めると B類型は 35%に及ぶ。この数は私の想定を越えるも

ので、学生のテキス ト理解力に感心させられた。

5 「与ひよう」が雪の中を 「つう」を探しに行ったのはなぜか

布を織ることを決心して承諾したっうは、前と同様に織ってるところを絶対に覗き見し

ないことを与ひょうに求め、与ひょうは見ないと約束する。いつもの倍の 1日半がたって

もつ うは機織の部屋から出てこない。惣どや運ずが与ひょうの制止を振り切って機屋を覗

き、鶴がいるがつうはいないと言って立ち去る。つうがいないという言葉で心配になった

与ひょうは機屋の前から中のつうに呼びかけるが返事がない。さらに不安を募らせた与ひ

ょうは速巡しながら中を覗く。やはりつうはおらず、鶴がいるだけだった。そこで与ひょ

うは雪の野原につうを探してさまよい出る。設問はこの探しに出たのはなぜかを問うてい

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る。与ひょうはなぜ約束を破って機屋を覗いたのかを問うことも考えたが、物語のクライ

マックスの 1つと思われがちなこの場面での設問をあえて外すことで、紋切 り型の回答を

避けて、自分の頭と完成で考える方向を要求することとした。

「つ うがいなくなったから」「つ うのことを愛 していたから」「つうのことが心配だった

から」「つ うと一緒に都に行きたかったから」「布を織っていたのがつ うでなかったから」

「鶴がつ うだとわからず外-つ うを探しに行った」「布を織っているはずのつ うがいなくて、

鶴がいて、それがつうだと気づくことができなかったから」「つ うが外に出て行ったと思っ

たから」「つ うを連れ返すため」と、この設問に対する回答はほぼ全員が機屋からいなくな

ったっ うを探しに外に行ったと答え、その捜索行動がつうが好きだからという理解もほぼ

共通している。

6 「つ う」はなぜ 「与ひよう」の前からいなくなったのか

脚本の最後の場面でつ うは与ひょうに何も告げず一人空に帰っていく。その別れの理由

を尋ねたものである。

「本当の姿を見られてしまったから」「与ひょうが約束を破ってつ うの正休をみてしまっ

たから」というA;正体露見説が 73%と圧倒的に多い。「やつれて人間の姿をしていられ

ないから」という B;変身不能説が 8%ある。これは正体露見説の亜形とも解することも

できようか。これとは別に 「優 しい与ひょうがいなくなったから」「変わっていく与ひょう

が悲しくて」「与ひょうの人が変わってしまって、かつての与ひょうでなくなったから」「与

ひょうがどんどん欲深い人間になっていくから」 「与ひょうと想いが通じ合わないと感 じ

て悲しくなったから」というC;与ひょう変節説が 8% ある。

Ⅱ 第 2回授業の結果

A 授業の展開

1 「つ う」はなぜ「与ひょう」のところに来たのか

まず恩返し説についてとりあげた。つ うが与ひょうのところに来たというのはどうい

う意味かを発間した。同棲や結婚に類することで、いっしょにご飯を食べ、語らい、いっ

しょに寝ることであり、その場合は同会関係すなわち同じ布団で寝ること、男女として抱

き合 うことも含まれることだと確認する。次に恩返しで女が男の所に行って同棲、同会関

係になるのだろうかと発間する。机間巡回しながら何組かの女性グループに 「どう?」と

尋ねると、いずれも 「しな-い」「行かない」という返答だった。そうだよね、恩返しだけ

でつ うが与ひょうのところに行ったんでなく、もっと別の要素があるんじゃないだろうか、

もう 1回脚本を見てみようと、テキス トの読み返しを促す。

しばらく間をおき、テキス ト 117ページのつうの語 りを読み直すことを促す。つ うは

なぜ与ひょうのところに来たと言ってる?と発間する。「何のむくいも望まないで矢を抜

いてくれた。それがほんとに嬉 しかったから、あんたのところに来たのよ」と該当部分を

答える学生。そうだね、この部分を先週の感想に書いてる人もいたよ。でももうちょっと

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先まで、つうのこの部分の語 り全体から考えてみよう、と私はさらに促す。

「あんたはほかの人と違 う人。あたしの世界の人」と指摘する学生。そうだね、そこだ

ね。つうはここであたしの世界の人とあたしとは別な世界の人、という2つの世界を言っ

てるね。矢で射る恐ろしい人たちと、何のむくいも望まないで助けてくれる人の 2種類

だね。鶴のような弱い動物にとって人間のほとんどはこわい人だけど、与ひょうはめずら

しく、弱い動物、傷ついた動物にもやさしい人間だったんだね。嬉しかった中身がこれだ

け深いんだね。学生の中には私の話にやや身を乗 り出してくれる人もいる。つうは与ひょ

うを少し好きになったからやってきたんじゃないかな。どう、自分に親切にしてくれるう

えに、自分と同じ考え方で好ましい人だったら、その人に近づきたいと思わない?と聞く

と、「そうだね」とうなずく学生もいた。

好意関係が成立する 3つの条件というのがあるんだよ、と切り出しながら、好意関係成

立の 3条件と板書し、その下に 1、 2、 3と番号を書く。そして 1は接触頻度、 2は利

益関係、3は態度様式の類似性と書き、簡単に説明した。矢を抜いてくれたのは利益関係、

あたしの世界の人は態度様式の類似性、やってきたのは接触頻度で説明できるね、とこの

話はしめくくった。

2 「与ひょう」はどんな人か

劇の始まり部分の子ども達と与ひょうの遊び方から与ひょうはどんな人と描かれて

る?と発問する。「子どもみたい」「子どもからバカにされてる」。そうだね、それで子ど

も達は与ひょうが嫌いなの? 「好き」。そうだね、子ども達に好かれてるね。次につうが

帰ってきてからのつうと与ひょうの関係はどう? 「子どもみたい」「ご飯の時間だのにつ

うと外で遊びたがっている」。そう、大人のはずなのに子どものような幼稚さをもってる。

「でも悪い人にそそのかされてお金に目がくらんでしまう」。 うーん、そういうところも

あるんだろうかね、そこは先に考えるとして与ひょうが軽い知的 障害者のような人物だ

と確認 しておこうね。

3 「与ひょう」はなぜ 「っう」に最後の布を織らせたのか

惣どや運ずの働きかけで与ひようはつうにもう織らないと約束していた布をもう 1枚

織らせることになるんだけど、なぜ織らせることになったんだろうか。先週の公演で観

たようにここがこの話の最初の大きなターニングポイン トだよね。しっかりテキス トを

読み込んで考えてみよう。惣どと運ずが与ひょうをだまして乗せようと盛んに働きかけ

る。それに対する与ひょうの反応の変化を読み取ることがここでは鍵になるね。テキス

ト114ページからじっくり読んでみよう。

家に戻ってきた与ひょうに惣どと運ずが働きかけ始める。「あの布さえ持ってくればいく

らでも儲けさしてやるわ」という運ずに対して、「もうあれでおしまいだとつうがいうだ

もん」と与ひょうはそっけない返事をしている。よりつよく働きかけようと 「何百両と

儲けさせてやるが」と金額のつり上げを提示する (115ページ)。これに対して与ひょう

は 「何だ、何百両?」と応え、さらに 「ほう、何百両 - ・」と応えている。演ずるに

あたってこの 2つの台詞にどういう声を乗せるかが問われるところだ。与ひょう役の A

さん、Bさん、ここをもう一度声を入れてみて、と私は 2人に再演をお願いする。二人

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は確信をもった強い声でなく、あやふやなフニヤフニヤした声で演じてくれた。そうだ

よね、その声だよね。テキス トがよく読めてるね。与ひょうの心はこの段階では布を織

らせる気持にはなっていないんだね。

劇はつうの、与ひょうの変心を悲しむ長いつぶやきが入った後、再び惣どと運ずが与

ひょうをだまそうとする場面に戻る(118ページ)。惣どが「どうでも織らんちゅうたら、

出て行ってしまうぞちゅうておどしてやるんだぞ」と強引な入れ知恵をする。 しかし与

ひょうはそれにまったく反応せず、「え--。あの布、美しい布だろうが?つうが織った

んだで」とつうを自慢する気持ちでいる。惣どたちはさらに何百両、前の二枚分三枚分

でと、金額のつり上げを再度提示する。これに対する与ひょうの反応は 「前の二枚分も

三枚分もので金で売ってやるだな?」とリピー トし、「な、何百両だな?」とリピー トす

るが、結局は 「うふん。んでも、つうはもう織らんちゆうたで」と最初の答えと同じと

ころに与ひょうの心があることを示している。

悪知恵のはたらく惣どは 「うんと儲けりや、女房も喜こぶにきまっとるが」とつうが大

好きな与ひょうを突き動かすポイン トにつうが喜ぶというカー ドを出してきた。「うん・・」

と与ひょうは応え、心が少し動きだす。惣どは続けて 「都見物までさしてやるだぞ」と今

までにない、与ひょうの都見物というカー ドを付け加えてきた。運ずの 「(都は)立派な

もんだ」という言葉に与ひょうは思わず 「都は立派なもんだろのう」と応じている。Aさ

んBさん、ここはどんな声を入れた?と与ひょう役の学生に演じてもらう。「都は立派な

もんだろのう」とBさんがしみじみした声を入れてくれる。そう、声、発声というのは相

手に向かって発する場合と、自分に向って発する場合、その両方が混ざっている場合があ

って、このグラデーションのうち自分に向かっているほどつぶやき声になるんだね。Bさ

んの声は与ひょうが半ば自分に向って言った言葉で、だからしみじみしてるんだね。惣ど

と運ずがあれやこれやで与ひょうの心を動かそうとして結局動かせなかったのが、ここで

はじめて与ひょうの心が動いたんだね。ここがターニングポイン トなんだね。ではなぜ与

ひょうの心が都見物で動いたのか、それは後で考えることにして、もうちょっとテキス ト

を追ってみよう。

この与ひょうの心の変化を読んだ惣どはは 「それとも都-なんぞ行きとうはないか?」

と逆説論理を使ってだめ押しにかかってくる。与ひょうはこれに乗って 「そらァ、行きた

いでよ、おら」と自分の意思を 「おら」という人称語をはじめて使ってはっきり表現して

いる。運ずが 「金もほしらろが ?」とたたみかけると 「うん、金もほしいでよ」と応 じる。

では、この都見物と金とどちらが与ひょうの心の中で大きい位置を占めているんだろう?

ここは挙手でたずねようかな。都が大きい人 ?-30人余 りの手が挙がる。お金が大きい

人?120人くらいの手が挙がる.両方同じくらいの人 ?-10人くらいの手が挙がるO う

ん、これも後で考えてみようね。

この後、つうと与ひょうの夕飯時の語らいの場面に移る。食欲のない与ひょう。心配す

るつう。「これからはあたしと二人っきりで、楽しく暮らして行こうね」と語るつうに、与

ひょうは 「うん、あらっうが好きだ」と応える。間があって、与ひょうは言えなかったこ

とをつうに思い切って言お うとする。「つうはええことしたなあ、何べんも都さ行って」、

与ひょうが言った言葉は都の話であり、つう-のうらやましさだった。口ごもり、つうに

うながされてやっと言うべきことが言える。「うん ・・・あのなあ ・・・おら・・・都さ行

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きたいんだけんど」。これをつうは受け止められずに 「え?」としか返せない。与ひょうは

「都さ行ってどっさり金儲けて来るだ。そんで、え--、おら、またあの布が欲しいんだ

けんど・・・」と言ってしまう。驚いたっうの反対意見の前で与ひょうは 「つうと-しょ

に都さ行くだ」とも言う。つうはこの与ひょうの言うことが理解できず、与ひょうの決定

的な変心と受け取り、混乱し、雪の積もった外にうずくまってしまう。心配した与ひょう

がそのつうの身体を抱き、家の中に抱えるようにして連れ帰り、囲炉裏の火につうをあて

る。

前と変わらない与ひょうの愛情を感じながらつうは 「そんなにあんた ・・・都- ・・・

行きたいのね・・」と心を和らげ、それに応じて与ひょうは 「そら、おめえ、え-- ・・・」

と応じ、間をおきながらつうが語ってくれた都の話をし、「つう、よう話してくれたなあ -」

と言いながら眠ってしまう。その後、つうがお金による与ひょうの心変りをなげきながら

「ほかにあんたをひきとめる手だてはなくなってしまった」としてもう 1枚布を織る決心

をする。そして目が覚めた与ひょうに布をもう 1枚織ってあげると伝える。いつものよう

に織っているところをけっして覗かないという約束も確認される。

このプロセスにある与ひょうの気持ちとつうの決心、ここにある心のすれちがい、誤解、

ディスコミュニケーションを考える課題が残っているが、それは最後に考えることにして、

最後の布を織らせるところに、二人の間の大きな溝が発生していることを確認しておきま

しょう。

4 「与ひょう」はなぜ都に行きたかったのか

与ひょうの都に行きたい気持ちが布を織らせることになった。ではなぜそれほどに与

ひょうは都に行きたかったのか。つうを雪の中から連れ帰った囲炉裏端での語らいにある

ように、与ひょうはつうが都の話をしてくれたから都に行きたかった。そしてつうが大好

きという気持ちはますます大きくなりこそすれ、つうの心から離れることなどまったく考

えていないこともその言葉から確認できる。都に行けるなど考えてもいなかった与ひょう

が惣どの言葉から都に行けるという希望をもちはじめ、つうとのやりとりの中でつうとい

っしょに都見物に行けるかもしれないとの夢ももちはじめている。なぜ都に行きたいのか。

できればいっしょに行きたい、それはなぜか。

みなさんに大好きな異性がいて、その人がフランスに行った話をいろいろしてくれる。

きれいな風景、おいしい食事、楽しいショッピング、そしたら同じ体験をしたい、できた

ら今度は二人で行きたいと思うことはないだろうか。愛とはまず喜びを共有することであ

り、共通のうれしさを二人で作り出すことだよね。いっしょにご飯を食べることも、しっ

かり抱き合うことも、二人が一致すること、一つになる世界を作り育てることだね。与ひ

ょうはつうとの世界にまったく違和感を感じていないし、つうにたいして疑念はまったく

もっていない。つう-の愛情はますます育ってきているのであって、すきま風は存在して

いない。つうを愛し、いっそう一つになりたいから都に行きたかったということだね。

5 「与ひょう」が雪の中を 「つう」を探しに行ったのはなぜか

なぜだろう。どうして雪野原につうを探しに出たのか。どう考える?と学生に近づいて

マイクを差し出して意見を求める。「つうが機屋にいなかったから」。そうだね、与ひょう

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は機屋で布を織っている鶴は見たけど、それがつうだとはみじんも考えていない。つうと

鶴はまったく別の存在として考えている。自分が助けた鶴とつうをつなげて考える発想は

与ひょうにはないんだね。とすると、けっして覗かないで、というつうの言葉は本当は意

味はないということになるね。だのになぜつうはそれにこだわるんだろう?どう?と学生

に尋ねる。「鶴だと知られたらいっしょに暮せなくなるから」。そうだね、つうは秘密を隠

してるんだね。そしてそれがばれるのを恐れているね。だけどどうだろう、与ひょうに秘

密にする必要があるんだろうか。鶴だと知ったら与ひょうはつ うから離れてしまうんだろ

うか。離れてしまうと思う人?数人の手が挙がる。離れないと思う人?多くの手が挙がる。

与ひょうは死にかかるわけだけど、そこまでしてもつうを大事にしよう、つ うとの愛

情生活を続けようとしている。それをつうがどこまでわかっているかどうか。金儲けの方

に目をとられてしまって、与ひょうの深い愛情をキャッチできなくなっているつうがいそ

うだね。

6 「つう」はなぜ 「与ひょう」の前からいなくなったのか

いよいよ最後の場面だね。布を与ひょうに託し、つうは与ひょうに 「与ひょう、あたし

を忘れないでね。あたしもあんたを忘れない」と別れの言葉を告げる。去って行こうとす

るつうに与ひょうは驚き、「つう・・・どこさ行くだ ・・・」と言い、「待てちゅうに、お

らも行くだ」といっしょに行こうとする。つうが見えなくなってしまい、うろうろと、あ

るいはおろおろと外に出る与ひょう。そして最後、「つう・・・つう・・・」と言いなが

ら立ちつくす与ひょう。

なぜこんな悲しい別れにならなければいけなかったのか。与ひょうはこの後どうやって

いきていけばよいのか。なぜこんな残酷な別れ方をするのか。つうはなぜ与ひょうの前か

らいなくならなければいけないのか。

この授業のテーマを私は 「人の他者理解と人間関係一戯曲 「夕鶴」に見る女と男の出会

いと別れ」としました。男と女でなく、女と男としたわけです。女が突然男の前にやって

きて、やがて二人は深く愛しあう。男は女との一致感を高めるためにミッシング・リンク

だった都見物を思いがけず実現できそうになって喜んでいた、その矢先に女が突然自分に

別れを告げ、その意味を理解する間もなく忽然と姿を消してしまった。要するに男はこう

して捨てられたわけです。

なぜこうなったのか。一言でいえばそれは誤解です。ディスコミュニケーションです。

その表面上の理由、トリガー (ひきがね)は布を売ることで手に入ったお金だが、つうに

はそれが与ひょうの心変わりと映 り、与ひょうの心が 「あたしとは別の世界」に行ってし

まったと映った。しかし与ひょうは何も変わっていなかったし、ますますつうを愛し、つ

うを切実に必要とするようなっていた。人間関係には誤解がつきものです。表面的に見て

いればそれだけそこにできたすきまは拡大し、やがて二人の心を決定的に隔ててしまう。

しかし表面でない、その奥にある本心を見つめようとし続けないといけない。コミュニケ

ーションあるいは理解には 3つのレベルがある。だい 1レベルは相手が何を言ってるか、

何をしているかがわかること、第 2レベルは相手が何を言おうとしているか、何をしよう

としているかがわかること、第 3レベルは相手が言えてないことがわかり、まだしてな

いがやりたいこともわかるというものです。与ひょうとつうはこの第 2レベルに入れな

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いままに与ひょうの表面的な行動につ うの人間理解がついていかないまま別れることに

なってしまったということでしょうか。

この 2週間の授業で人が他者の言動をより深いレベルで理解することの大切さを考え

ていただきました。天理座の 14人の役者たちが私たちの人間理解の手助けをしてくれた

ことにみんなで拍手を送って感謝します。 (拍手)では感想文を書いて出していってくだ

さい。

B 感想文に見る学生のテキス ト理解の変化

1 「つう」はなぜ「与ひょう」のところに来たのか

1回目授業の感想文と比較すると、「自分に似たところがあるから」「他の人間と違 うか

ら」「自分に合 うと思ったから」などの態度様式の類似性をあげる者が増え、「与ひょうを

好きになった」「与ひょうの人柄にひかれた」などの好意感情説もふえ、恩返し説が減少し

た。

2 「与ひょう」はどんな人か

「やさしくてよい人」「子どもにやさしくて、つうのことが大好きな人」などのプラス評

価が増加 した。一方で 「素直でバカな人」「純粋であるがだまされやすい」などのマイナス

評価がプラス評価に付随してあげられるO第 1回授業ほどは混合型を記入した人は少ない0

3 「与ひょう」はなぜ 「つう」に最後の布を織らせたのか 1.2.は第 1回に比して簡単に記述する傾向が見られたが、 3)以降は詳しく記述した

感想文が多くなっている。授業の力点がこちらに移行 したことと関係 しているであろう。

記述量が多い人はだいたい授業の内容に沿った記述になっている。「大好きなっうが話して

くれた都に行くために布が必要だから」「つ うが体験した都を与ひょうも体験したかったか

ら」「都に行きたかったから」「つうの言 う都を見たかったから」「布があれば都に行けるか

ら」などがそれである。一方で無記入も増え、あるいは 「だまされたから」などの消極的

理由を簡単に記述している感想文もめだっ。

4 「与ひょう」はなぜ都に行きたかったのか

「つうとの共通の思い出を作るため」「好きなっうが行ったことのあるところで、自分も

行ってみたいと思ったから」などの授業内容で確認した内容を自分なりの言葉で書いたも

のが多い。ただ 「お金儲けのため」などの記述も 3分の 1くらいある。

5 「与ひょう」が雪の中を 「つう」を探しに行ったのはなぜか

「つうが部屋にいなくて心配で探しに行った」「つうのことを愛していて心配だったから」

など、つうと鶴が別との認識はほぼ共有できている。

6 「つう」はなぜ 「与ひょう」の前からいなくなったのか

「与ひょうを理解できなくなったため」「与ひょうの気持ちをわかっていなかったから」

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「自分が鶴だと与ひょうが嫌いになると思ったから」「つうは与ひょうのことが理解 しきれ

ず、自分が鶴だとばれたら嫌われると思ったから」「与ひょうを信じられなくなったため」

「自分の正体がばれたら与ひょうに嫌われると思った。つうは自分のものさしで与ひょう

を見ていた」「与ひょうの想いを理解しきれずに、鶴である姿を見られたことで、もうダメ

だと思ったから」などの授業内容理解を見ることができる.その一方で 「本当の姿を知ら

れてしまったから」「鶴だとばれてしまったから」という与ひょうの感情に言及しない記逮

も 4分の 1くらいあった。

Ⅳ 学生の 2回の授業への総合評価

A l回目感想文用紙の余白記入

1回目の感想文には 6つの設問項目-の記述以外に、余白に感想を書き加えたものがい

くつかあった。「与ひょうとつうの目指すこと、「幸せ」は同じだが、相手の気持ちがわか

らないためにすれ違ってしまう」「人は怖い。鶴はいいヤツ。お金が変える」「つうが与ひ

ょうを思う気持ちにすごく感動した」「感動するラブス トーリーだった。与ひょうもかわい

そうだったけど、つうも辛かったと思 う」「鶴の姿を見られたから元の世界に帰らないとい

けないつうはかわいそうだと思った。つうが与ひょうと離れたくないという気持ちはすご

く伝わってきて、それでも都に行くという与ひょうが最低に思えた。でも仕方ないことな

のかもしれない」「今日はいい授業ができました。ありがとうございま す」。授業にしっ

かり踏み込んできている姿が私にはうれしい。

展開と発見については、 6割の受講生授業に食いついてきて教師が設定し投げかける展

開にしっかり乗ってこれたようだ。2割くらいの受講生は感想文から見る限りでは十分つ

いてこれず、鶴の恩返し話レベルでの感想文を書いている。この中間の 2割程度は半ば付

いてきているが、半ば付いてこれていない状態のようだ。

B 2回目感想文の総合評価

2回目の感想文には 7番目の設問として 「先週の公演・今週の討論-の感想」を求めた。

「好きな人のためにここまで尽くし、尽くしてもらえるのは良いことだなと思いました。

お互いがどれだけ思っているかが伝わってきました」「先週の公演の感じ方が変わり、(今

週の)討論の方が深く知れてよかった」「つうと与ひょうの複雑にすれ違 う気持ちや感情が

感 じられた。この話は少しは知っていたが、より深く知れた」「深い話でした」「劇にして

みて、わかりやすかった」「(公演は)みんな聞きやすかった。自分で読むより聞いた方が

いい感じですね」「公演がよかった (ハー トマーク)」「人物の気持ちについて考えることが

できた」「講義よりこういった物語の方が自分ではよかった」「公演はそこそこ面白かった

が、今週の討論で自分の考えがまだ浅かったことを知った」「こんなに切ない話だとは思わ

なかった。つうに勘違いされていることに気づかないから、それを訂正することもできな

い与ひょうが切なかった。言葉の裏にある本当の気持ちを読み取るのが重要だと思った」

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「じっくり読んでいくと奥が深い話だとわかった」「文章を深く読むことが大切だというこ

とがわかった」「先週と今週では 「夕鶴」を全然違う目線で見ることができた」「知的障害

者の気持ちを読み取るむずかしさを実感した」「そこまで深読みできるとは思わなかった」

「深く読んでみるのも面白いと思った」「お互いの勘違いがすごく大変な結果を招くんだな

と思った」「山田先生の授業だから何かウラがあるんだろうなと初回から考えながら聞いて

いたが、今回の討論のような読みはできなかった。他者理解の難しさ、大事さに気づかさ

れました」「授業らしい授業でした」「人というのはとてもむつかしく大変だと思いました。

大切なことは相手を思いやる心だと思いました」「興味深かった」「国語の授業みたいだっ

た」「やってることと社会福祉との関係がわからなかった」「言葉を使わずに気持ちを理解

するのはむずかしい。先週はただの恋愛話だと思っていたが、今日で変わった。人間関係

の話だった」「単純な昔話だと思って先週は効いていたが、今週では印象がガラリと変わっ

た。そして涙が出そうになった。人と人の関係はむずかしいと思った。人の気持ちがくみ

取れるような人になりたい。言葉はすべてでなく、言われていない部分の多いことがわか

った。たしかに胸に手を当ててみると心当たりがある。それは他人にも共通したことなん

だなと分かった。相互理解はむずかしい」「切なかった」「自分と他者のすれ違った理解が

ある可能性があることがわかった。ああいう公演形式の授業は見ていて面白く学べるから

よいと思う」「男女のすれ違い、自分のものさしだけでは分かりえないこともあるのだと思

った」「悲しい話だった」「なんか切ないス トーリーですが、いい作品を教えてくださって

ありがとうございます」「初めての試み」「ユニークな授業だと思った」「とても考えさせら

れる話だった」「昔話って、ここまで読み解いたら本当に楽しいものなんだと思いました」

「行間を読むことが大切」「ナレーターしたのおもしろかったです」「与えひょうの本当の

気持ちや、つうが与ひょうの本心を理解 しきれなかったことがわかって、人の気持ちを理

解するのはむずかしいなとい思いました」「つうが与ひょうを思う気持ちと、与ひょうがつ

うを思う気持ちがすれ違ってしまうのが悲しいと思った」「つうと与ひょうのような良い夫

婦になりたい。つうのような一途な女の人が現れてほしい」「こういった話から人の心を読

み解くのはとてもおもしろいと思った」

ほぼ全員が新しい発見を手にして、人間関係のありかたについて考えた内容だった。

∨ あとがき

教育実践としての授業には参加、展開、発見という基本原則と、それに見合 う適切な教

材が不可欠である。教材の探索とすぐれた教材との出会い、さらにその教材のブラッシュ

アップとしての授業経験とその振 り返り、こんな手順を何回か繰 り返してきた教員生活だ

った。この教材 「夕鶴」は大規模授業時の私の定番メニューの 1つであり、授業記録や教

材解釈を文章化するのは 2度目である (拙稿 「木下順二 「夕鶴」における愛の関係性」『共

栄児童学研究』1号、1994)。ご意見を、ご批正をいただけますと幸いです。また授業の

実際をできるだけ再現することをねらったので、授業中の私の話した口調のまま書いてい

るところがある。読み物 としては見苦 しい点であろ うが、お赦 しいただきたい。 (20. .009ll3)

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