平成 31 入試験問題 - 東京都市大学 等々力中学校・ …...平成 31年度...
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平成31年度 帰国生入学試験問題
国 語
(50分)
受験番号
氏 名
東京都市大学等々力中学校
1
この問題用紙は、試験開始の合図で開くこと。
2 �問題用紙および解答用紙に受験番号・氏名を記入す
ること。
3
答えはすべて解答用紙に記入すること。
4
�
字数制限のある場合は、特別な指示がない限り、す
べて句読点や「
」(
)などの記号を含んだ字数
として解答すること。
5
印刷がわからない場合は申し出ること。
6
試験終了の合図でやめること。
注
意
― 1 ―
次の 線の漢字はひらがなに、カタカナは漢字に直して答えなさい。
1、試合の大勢が決まる。
2、余興で歌に合わせておどる。
3、彼の策略を看破する。
4、組織に新たに加わる。
5、鮮やかな色が目に留まる。
6、家と学校をオウフクする。
7、キカイ体操の大会に出る。
8、成長のカテイを記録する。
9、チョウが花のみつをスう。
10、遠くはなれた的をイる。
次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。
中学二年生の後藤明あき
良ら
は、自分がキャプテンを務めるバスケットボール部で部員たちとの意識の違いに悩んでいた。明良は、自分にはキャプテ
ンの資格がないと自信をなくし、強化練習の後半を休んでしまった。
今日が後半の強化練習がはじまる日だということはわかっていた。お昼近くに、携帯が何度も鳴っていることにも気づいていた。
だけど明良は、朝からずっと、茶の間で寝転がってテレビを見ていた。玄関のチャイムが鳴って、台所で片付けをしていた兄ちゃんがあたふた
と玄関へとびだしていく。
「おい、友だちだぞ」
明良は兄ちゃんにそういわれても、心も身体も動かなかった。
一二
― 2 ―
「真ま
野の
だってさ。玄関で待ってるぞ」
「うーん……」
明良はだるい身体を起こして立ち上がると、
A
玄関に向かった。
開け放たれた玄関から、気持ちのいい風がはいってくるのを感じると同時に、真野の姿を見つける。真野は玄関に置いてある、兄ちゃんが漬け
ている梅ジュースのボトルをしゃがんでのぞきこんでいた。
「真野」
明良が声をかけると、真野はゆっくりと立ち上がって、さわやかな笑顔を見せた。
「どうしたの?
今日」
「べつに、どうもしないよ」
明良は玄関のた(
注1)たきに座って、寝ぐせだらけの頭を
B
かいた。
「もう、オレ、バスケやめると思うから、キャプテンたのむよ」
「なんで……?」
真野が心配そうな声をだす。
「オレの小三のときの作文、インターハイとか医者になるっていうの、忘れてよ。もう、そういう目標、今は持ってないから」
「どうしたんだよ、なんかあったの?」
やさしい真野のことだ。簡単にあきらめないだろうことは予測がついた。だから明良は大きくため息をつくと、覚悟を決めた。ちゃんと真野が
自分をあきらめたくなるような真実を話そうと思った。
「白状するけど、吉(注2)田がキレたあのとき、オレ、キャプテンとして小(注3)杉と話したわけじゃないんだ」
もうバスケもキャプテンもやめるのだ。本当のことを知られたってかまわない。
「オレ、コーチにひいきされて、小杉とコンビプレイさせてもらって、本当はよろこんでたんだよ。だからあのとき、これからもコンビを強化さ
せようって、ふたりでこっそり自主トレしようって、誘ったんだよ。まあ……きっぱりと断られたけどね」
だけど、真野はちっともおどろかずにうなずいた。
「小杉がきてよろこんでいたのは、わかってたよ」
①明良は言葉を失った。
「ほかのヤツらも気づいてたと思う」
― 3 ―
そんな失敗は、したつもりがなかった。
「だって、おまえ、小杉がきてから、スゲー生き生きと練習してたもん」
みんなのグチに積極的に参加したし、コーチを揶や
揄ゆ
したり、小杉をつき放そうとしてきた。浮かれる気持ちはしっかりかくしてきたはずなの
に……。
「あんな後藤を見るの、新入生のころ以来だったよ」
明良は大きく息を吐きながら、頭を抱えた。自分にあきれて言葉もでない。
「だから、小杉の捻ねん
挫ざ
がウソだったのがわかったとき、あんなに怒ってたんだろ?」
完全に、見透かされている。
「ねぇ、バスケ続けなよ。お父さんの跡を継がなくても、後藤はバスケを続けたほうがいいよ」
それでもなお、真野は嫌味のない明るい声でいった。
「おまえ、オレをゆるせるわけ」
「ゆるすもなにも、後藤は初めから悪いことなんてなにもしてないじゃん」
一生懸命に、明良をフ(注5)ォローしているその姿は、まるでテレビドラマの熱血教師みたいだった。
「バスケを本気でやりたかったら、小杉みたいなチームメイトができて舞い上がるのは当然だし、コーチにひいきされたら、うれしいに決まって
る。それでも、オレたちにあわせてくれてたじゃん」
「でも、②裏切ってた」
明良は真野の情熱に水を
1
つもりでいった。
「でも、チームを見限らないでいてくれた」
真野も、負けない。
「あのさぁ」
明良は大きく息を吐いた。
「小杉にしても、オレにしても、どうしてそこまでひきとめようとするわけ?」
すると、真野は今までのさわやかな笑顔を少しくもらせていった。
「……恩、がある」
急に目をふせて、いいにくそうに続ける。
(注4)
― 4 ―
「うちのチームには、恩があるんだ」
「なんの?」
少なくとも、明良は真野に恩など売った覚えはなかった。
「おまえ、一年のとき、オレが一時期幽霊部員になってたの覚えてない?」
真野は立っているのが辛くなったのか、明良が座っている玄関のたたきに腰をおろした。
「そうだっけ……」
明良のとなりに座った真野に、さっきのさわやかさはもうなかった。
「入部して、一ヶ月くらいのころかな」
「へぇ」
明良がおどろけないのも無理はなかった。いちいちだれが、なんて覚えてられないくらいに、頻ひん
繁ぱん
に消えていくのが、男子バスケ部だ。
「オレ、中学受験失敗して、まだふてくされてた時期だったし、こんな弱小チームでやってられるかって、すぐに見限ったんだ」
そんな理由でやめていくのも、めずらしいことじゃない。
「だけど、ほかにはいりたい部活もなかったし、とりあえず幽霊部員のままでいたんだ」
真野は背中をまるめて
C
話し続けていた。
「だけど、毎日退屈でさ。居場所はないし、やりたいことはないしで、スゲーきつかったよ」
そのころを思いだしているのか、首を倒してうなだれている。
「そんなときにさ。後藤が声をかけてくれたんだよ」
「オレ?」
また
2
に覚えのないことをいわれて、明良はすっとんきょうな声をあげた。
「スゲー無邪気な笑顔を見せて『今日、練習こないの?』ってさ」
明良は必死で自分の記憶の回路をさぐったけれど、まったく思いだせない。
「返事に困って口ごもってたら『最近一年でもゲーム形式の練習に参加させてくれるんだよ。面白いからきたほうがいいよ』って誘ってくれてさ」
「……覚えてない」
明良の言葉に真野は「やっぱりね」と笑った。
「でも、オレは声をかけてもらえたのが、スゲーうれしくてさ」
― 5 ―
真野は照れているのをかくすように、両手で顔をこすって汗をふいている。
「それで何気ない顔して、体育館にいったらさ。まず、吉田や谷口がオレのこと見て『おかえり!』っていってくれたよ」
明良はそんな真野をじっと見つめた。
「久野が『さびしかったわよぉ』って、抱きついてくれて、和田が『大丈夫、オレたち全然上達してないから』って、肩組んできたよ」
指先でおでこを
D
かいて、照れまくっているその様子は、さわやかで、やさしくて、おおらかないつもの真野らしくなかった。
「そして、おまえは夢中になって練習してたよ。スゲー楽しそうに、ボールを追ってたよ」
新入生のころ……。
シュート以外の練習ができるのが楽しくて、パスを受けとるだけで、ドリブルでコートをかけぬけるだけで、爽そう
快かい
だった。愉快だった。興奮し
ていた。
それで将来、プロの選手になりたいという夢を抱くようになったのだ。N(注6)BAで活躍するような選手になるのだと、③心に誓ったのだ。
「なんか、ここ、いいじゃんって思ったよ。いいヤツらが集まってるじゃんってさ」
弱小チームのくせにはりきって練習する明良のことを、笑うヤツはひとりもいなかった。三年生の引退試合のときは、親切な先輩が「やってみ
るか?」と試合に出場させてくれたほどだった。そんなひいきは、弱小だから、試合に勝つつもりなんかないチームだからこそ、可能だったの
だ。そんな明良を、メンバーはひがむことなく応援してくれた。
「ここにいたいって思ったよ」
そんなチームに、不満を持つようになったのはいつからだろう。
「ここを自分の居場所にするんだって、この居心地のよさを自分が守っていこうって思ったよ」
このチームに失望するようになったのは……。
「男子バスケ部は、いいチームだよ」
初めて出場したその試合でボロ負けして、早々と試合会場を去らなければならなかったあのときだ。むなしかった。くやしかった。もっと試合
がしたかった。でも、負けたらそれでおしまい。もう試合はさせてもらえない。
バスケを楽しみたかったら、勝たなきゃ意味がないと思った。それなのに、うちのチームはこんなに簡単に負けてしまう。しかも負けたことを
ちっともくやしがっていない。
④メンバーと自分の意識のギャップに、愕がく
然ぜん
とした。中学時代をこんなのんきな部活ですごして、今、すでに地区大会で優勝するようなヤツら
に、追いつけるのだろうかと、不安になった。
― 6 ―
急に心配になったあのときから、チームに不満を持ちはじめた。このノリにそまるわけにはいかないと思った。そして、おばあちゃんの家での
シュート練習にくわえて、夜のトレーニングをはじめた。勝つチームにいるヤツらに少しでも追いつくように。里中高に入学したときにはすでに
手遅れでしたということになっていないように。
「男子バスケ部は弱いけど、いいヤツらが集まってる」
だけど、バスケを楽しいと思わせてくれたのは、ほかでもないこのチームだったからだ。
夢中になっている明良のことを、だれもバカにしなかった。なにがんばっちゃってんの的な邪魔は、一度もされたことがない。だから、練習に
こないヤツに「面白いよ」と声をかけてしまうほど、無邪気でいられた。のびのびと、ボールを追いかけていられた。
たとえば小杉みたいに、チームメイトとうまくいってなかったら、どうだっただろう。はたして、バスケを楽しいと思えただろうか。プロにな
りたいと思えるほど、夢中になれただろうか。
「だからこれ以上、貴重なメンバーを失いたくない。小杉だってちゃんときてるし、後藤にも、やめてほしくない」
真野はそういうと、立ち上がった。
「待ってるから」
ふり向いて、明良を見る目は、真剣そのものだった。
だけど、明良は返事ができなかった。⑤帰っていく真野を、ただだまって見送ることしかできなかった。
�
(草野�
たき「リリース」より)
(注1)「たたき」………………………�
床を張らずに、コンクリートなどで仕上げられた土間。
(注2)「吉田がキレたあのとき」……�
コーチの態度に不満や怒りを感じていた吉田や他の部員たちが、コーチにひいきされて調子に乗っている小
杉に反感を抱いた時のこと。
(注3)「小杉」…………………………�
小杉耕太。全国大会出場常連校から転校してバスケットボール部に入ったが、チームになじもうとしない。
(注4)「揶揄」…………………………�
おもしろがって人をからかうこと。
(注5)「フォロー」……………………�
人の足りない部分を補ったり助けたりすること。
(注6)「NBA」………………………�
アメリカとカナダの30チームで構成される、北アメリカのプロバスケットボールリーグ。
― 7 ―
問
一、
A
~
D
にあてはまる言葉として最も適当なものを次から選び、それぞれ記号で答えなさい。
ア、もしゃもしゃと
イ、のろのろと
ウ、ぼりぼりと
エ、ぼそぼそと
問
二、 線①「明良は言葉を失った」とありますが、このときの明良の気持ちとして最も適当なものを次から選び、記号で答えなさい。
ア、自分にはキャプテンの適性がないのに、最高のキャプテンだと言い張る真野に困惑している。
イ、自分がバスケの練習に真剣に取り組めなかったことを真野に詫わ
びて、改心しようとしている。
ウ、自分が小杉に魅了されていたことを真野に鋭く指摘されて、恥ずかしさや反発心を感じている。
エ、自分が小杉に入れ込んでいた事実を真野に見抜かれていたと知り、ショックを受けている。
問
三、 線②「裏切ってた」とありますが、どのような言動が「裏切り」にあたるのですか。「キャプテン」「まとめる」「こっそり」という
言葉を使って、五十字以内で答えなさい。
問
四、
1
にあてはまる言葉として最も適当なものを次から選び、記号で答えなさい。
ア、かける
イ、さす
ウ、ためる
エ、える
問
五、
2
にあてはまる言葉を漢字一字で答え、慣用句を完成させなさい。
問
六、 線③「心に誓った」とありますが、これと同じように明良の強い決意を表す言葉を文章中から六字で探し、抜き出して答えなさい。
問
七、 線④「メンバーと自分の意識のギャップ」とありますが、メンバーと自分の「試合」に対するとらえ方がわかる言葉を文章中から十
字以内で探し、それぞれ抜き出して答えなさい。
― 8 ―
問
八、 線⑤「帰っていく真野を、ただだまって見送ることしかできなかった」とありますが、このときの明良の気持ちとして最も適当なも
のを次から選び、記号で答えなさい。
ア、�
自分を慕した
ってくれる真野の優しさには感謝しているが、自分の目標しか頭にないので、バスケ部から抜けることを渇かつ
望ぼう
している。
イ、�
自分はチームメイトによって成長できたことに気づくが、今後はバスケにとらわれず、新たな可能性を模索しようと奮起している。
ウ、�自分を支えてくれたチームのよさを思い起こしたが、チームへの不満が消えたわけではなく、明快な答えが出せずに戸惑っている。
エ、�自分のキャプテンとしての責任感のなさを反省しているが、チームを強くする方法がわからず、行きづまりを感じていらだってい
る。
問
九、この文章の特徴として最も適当なものを次から選び、記号で答えなさい。
ア、会話文の間に明良の視点で心情を率直に語る文を織り交ぜることで、登場人物に感情移入しやすくなっている。
イ、会話文の間に語り手の詳しい状況説明の文を織り交ぜることで、主人公の心情の変化が浮き彫りにされている。
ウ、会話文の間に各人物の視点から心情や行動が語られることで、登場人物同士の関係がとらえやすくなっている。
エ、会話文の間に美しい情景描写の文を散りばめることで、主人公の複雑ではかない心情が幻想的に表されている。
― 9 ―
次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。
子ザルは母ザルや他のサルのふるまいを見て、暮らしに必要ないろいろなことを覚えます。母ザルも子ザルに教えることはなく、普段は子ザル
を見つめているだけです。子ザルが本当に小さい間は手足を持って離れていかないようにする制限行動をしますが、子ザルが自由にしっかりと動
けるようになった時には、母ザルは見つめているだけです。でも、危険が迫れば、連れ戻したり、救援したりするのも母ザルです。このような子
育ては類人猿の母でもほぼ同じです。
A
、ヒト以外の霊れい
長ちょう
類るい
の子育ては「見つめる」子育てだと、私は思っています。
ヒトの子どもでは生後5カ月頃から離乳食が始まります。日本ではとても薄いお粥かゆ
が最初の離乳食でしょうか。離乳食を作る場合でも、スー
パーで購入する場合でも、おとなが乳児に与えるものを決め、さらに、食べさせてあげます。子どもの成長に応じて、食べるものはどんどん変
わっていきますが、食べ物はおとなが準備します。ヒト以外の霊長類の子どもたちが母や他の個体が食べるのを目にしながら、そして
1
も
しながら、食べ物を覚えていくのとは大きな違いです。でも、このような違い以上に①もっと驚くべき、そして大事にすべき違いがヒトとヒト以
外の霊長類の間にあります。
それは「ほめる」ことです。ア(注1)リ釣つ
りのような難しいことをチンパンジーの子どもができるようになっても、チンパンジーの母は「できるよう
になったね、良かったね」を示すような行動をするというのを聞いたことがありません。ニホンザルの子ザルが草(注2)の根洗いをできるようになって
も、母ザルは無反応です。これだけではありません。ヒト以外の霊長類で母と子の関わりだけでなく、オトナ同士の関わりの中でも、「ほめる」
ことを見つけ出すのはとても難しいと思います。すでに紹介しましたが、ニホンザルの生後1週間ほどの赤ん坊が1~2メートル離れた母ザルに
向かってヨタヨタと歩いて何とか到達したとき、母ザルがその赤ん坊を抱き上げます。これは「頑張ったね」という意味があるかもしれませ
ん。
B
、「ほめる」ことに近い行動と言えるかもしれません。でも、これ以外に、ニホンザルの行動の中に「ほめる」行動を見つけ出すこと
が、私にはできません。
母がお粥をスプーンですくい、乳児の口元に運びます。子が口を開けて、そのお粥を口に入れ、呑の
み込んでくれた時、母はどうしているでしょ
うか。母も一緒に、ゴックンの動作をしながら、うなずいているのではないでしょうか。
C
、目元、口元が緩ゆる
んで、にっこりしているので
はないでしょうか。さらに、「ゴックンできたわね、よかったわね、いい子ね」などの言葉が口から出ているかもしれません。乳児であるわが子
がしっかりと食べてくれることは母にとっては大きな喜びだから、このような表情や動作、言葉が出てきても全く不思議はないでしょう。つま
り、食べる場面ひとつとっても頻ひん
繁ぱん
に「ほめる」のがヒトです。
それでは、このような母を見ながらゴックンした乳児の気持ちはどうでしょうか。ヒトは生まれたときから社会的な生き物です。嫌なことがあ
ればそれを泣き声で知らせます。楽しければ、声や手足の動き、表情で表現します。成長とともに、理解力も表現力も増していきます。だから、
三
― 10 ―
自分がゴックンしたときの母の反応を見て、その意味も理解できるようになるでしょう。乳児でも母の笑顔と無反応な顔の区別はつくはずで、笑
顔を好むのは当然のことです。子がゴックンしてくれてうれしくなった母の気持ちが表情や動作や言葉で発信され、子はそれを受け取っているの
です。このやり取りが次のゴックンにつながると思います。つまり、ほめてもらって、新しい行動を獲得し、さらに密接な結びつきを作っていく
のがヒトなのです。
母と乳児、幼児の関わりはすべてこのようなものだと思います。子が食べるときだけでなく、いろいろなところで、「ほめる」、「ほめられる」
関わりが母と子の間で行われています。もちろん、母だけでなく、父も、そして、子と関わる多くの人々も母と同じようにほめることをしていま
す。子がハイハイした、立ち上がった、伝い歩きした、ひとりで歩いたなど、その子が歩く動作を獲得するまでだけでも、子の動きを目にした親
や周囲のヒトたちはさまざまな「いいね」の合図を送って、ほめているのです。言葉の獲得でも同じことです。もちろん、触ってはいけないもの
を触ったり、危ないことをしたりすれば、「ダメ」の合図を送ります。さらに、ヒト以外の動物ではほとんどできない「教える」ということを、
ヒトはします。子に教えながら、子が頑張って努力したり、少しでもできたりすると、「できたね」、「すごい」などの言葉でほめているので
す。
D
、教える側からのほめる言葉がなくても、ちょっとした表情や動作が無意識のうちに出て、ほめていることが子に伝わるのです。ヒ
トは教えることが多いからこそ、ほめることも多くなるのです。だから、ヒトは誰でも「ほめる」子育てをしているのです。
テストでいい点を取って親にほめてもらうとか、大きな契約を取ってきて上司にほめてもらうなどが、「ほめる」の本来の使い方だと思います。
「ほめる」ことはこのような限定した場面だけではなく、私たち日常の暮らしの中では、いろいろなところで用いられるとてもありふれた行動だ
と私は思っています。
「ありがとう」という感謝の言葉はまさに「ほめる」ことです。「ありがとう」は相手の行為に対して感謝すると同時に、その行為を素晴らしい
ものとして賞賛するときに用いる言葉です。だから、「ありがとう」と言ってもらえると「ほめてもらえた」とも思えるのです。「ありがとう」の
言葉がなくても、ニコッと笑顔を見せるだけでも「ほめる」ことになると思います。だから、口先だけで表情の伴わない「ありがとう」は感謝を
表すことにも、ほめることにもなっていないと思います。
②「うなずく」という動作があります。賛成や同意を表す動作ですが、これも「ほめる」に通じると私は思っています。授業や講演をしていると
き、学生や聴衆の方々が首をたてに動かすことが全くなかったらとてもやりづらくなるはずです。会話の際も同じです。子どもが話していると
き、親のうなずきや「ふーん」とか「そうなの」などの相づちがなかったりすると、子どもは楽しくないはずです。
「うなずき」が無意識に行われる行動かどうかははっきりしません。話し相手を見ながら、そのヒトの言うことを聞いていて「確かに」と思う
ときには、すでにうなずいていることが多いというのが、私の実感です。だから、話し手に同意するときは、意識せずにうなずきなどの同意の動
作や表情を表出しているときもあると思います。他方、話し手は聞き手のうなずきを意識していなくても、そのうなずきに影響をされることはわ
― 11 ―
かっています。大学生に思いつく英語の名詞を次々に声に出して言う課題を出します。英語の名詞には単数形と複数形があります。複数形のとき
のみ、聞き手がうなずくのです。そうすると、③大学生は複数形を言うことが多くなります。しかも、この簡単な実験に参加した多くの大学生
は、聞き手が複数形のときだけうなずいているのに気が付いていませんでした。つまり、ヒト同士の関わりの中で頻繁に表出されているうなずき
は送り手も受け手も必ずしも意識しないでやり取りしているということです。しかも、このうなずきがヒト同士の関わりの潤じゅん
滑かつ
油ゆ
になるのです。
親と子の間ではなおさらのことだと思います。
首をたてに動かして同意を意味する行動様式は、ヒト以外の動物にはありません。ヒトだけが「うなずき」で同意を表現できるのです。私は
「うなずき」が生まれたときからヒトが持っている行動、つまり生得的行動なのか、あるいは国や地域、文化の違いに関係なく「うなずき」が肯
定や同意を示す動作であるのかは知りません。でも、「うなずき」は「ほめる」ことに通じる行動なので、親と子の間だけでなく、さまざまなヒ
ト同士の関わりを結びつけるとても大事な行動だと思っています。
「ただいま」、「お帰り」というやり取りにも、ほめる要素は含まれていると思います。「ただいま」と言って家に帰って来た子に向かって、親が
言う「お帰り」は「元気に帰ってきてくれてありがとう、良かった」の意味を含んでいるはずです。「ただいま」と言って私が帰宅したときに、
妻が言ってくれる「お帰り」には、今日もお疲れ様でしたの意味もあります。だからどちらの「お帰り」にも、プラスの意味の表情や身振りが含
まれており、「ほめる」ことに通じています。「おはよう」、「こんにちは」などのあいさつのやり取りも同じことです。先に述べた「④ありがと
う」と同じく、あいさつは言葉だけでなく、表情や手振り、身振りも一緒に表出されます。無表情の口先だけのあいさつは、本来のあいさつの意
味が伝わりません。つまり、あいさつはお互いに「ありがとう」を表現し、「ほめる」ことにつながるのです。ヒト以外の霊長類でも「あいさつ
行動」と称されるものがありますが、対等で親和的なものと言うよりは、優位、劣位の順位関係などを反映したものであり、ヒトの日常的なあい
さつ行動がもっている「ほめる」要素を含んでいないと思います。このように、ヒトの子育てだけでなく、ヒトとヒトのさまざまな関わりの中に
「ほめる」ことが含まれているのです。
本書では、ヒトとヒト以外の霊長類を比較しながらその類似性に重きを置いて話を進めてきました。例えば、ヒトだけでなく、ヒト以外の霊長
類も、物を握ったり、つまんだりします。そして、赤ん坊を抱いたり、赤ん坊が母にしがみついたりします。これらはほんのわずかな例ですが、
ヒトは他の霊長類と同じような行動をたくさんしています。だから、ヒトはヒトらしく生きていくことができるということを理解していただけた
と思います。
他方、ヒト以外の霊長類にはなくて、ヒトだけができる行動もたくさんあります。そのような行動のひとつとして、私は「ほめる」ことの大事
さをお伝えしました。私はサルを長年見続けてきましたが、最近になってやっとサル同士では「ほめる」ことがないことに気がつきました。そし
て、ヒトは他者との関わりの中で、それほど意識せずに、しかし、頻繁に「ほめる」行為をしていることに気づきました。必ずしも直接的な言葉
― 12 ―
の表現ではなくても、表情や身振り、手振り、さらには「あいさつ言葉」のように直接的にはほめ言葉ではない言葉のやり取りを通して、私たち
は「ほめる」ことを意識的に、あるいは意識しないで、日常的に行っています。これはヒトだけが持っている素晴らしい能力だと思います。だか
ら、ヒトは「ほめる」動物なのです。
�
(中道�
正之「サルの子育て
ヒトの子育て」より)
(注1)「アリ釣り」………チンパンジーが草木の茎や細い木の枝をアリ塚の穴に差し込んで、釣り上げたアリを食べるという行動。
(注2)「草の根洗い」……サルが引きぬいてきた草の根を川で洗って食べるという行動。
問
一、
A
�
~�
D
�
にあてはまる言葉として最も適当なものを次から選び、それぞれ記号で答えなさい。
ア、つまり
イ、だから
ウ、しかも
エ、そして
問
二、
1
�
にあてはまる四字熟語として最も適当なものを次から選び、記号で答えなさい。
ア、自画自賛
イ、付和雷同
ウ、疑心暗鬼
エ、試行錯誤
問
三、 線①「もっと驚くべき、そして大事にすべき違い」とは、どのようなことですか。それを説明した次の文の空欄にあてはまる言葉を
文章中から指定された字数で探し、それぞれ抜き出して答えなさい。
自分の子が難しいことができるようになったとき、ヒト以外の霊長類の母は�
1、三字
�
であるのに対し、ヒトの母は�
2、八字
�
と
いうこと。
問
四、ヒトの子育ては子にとってどのようなことを可能にしていますか。「~こと。」に続くように文章中から三十字以内で探し、最初と最後の
五字を抜き出して答えなさい。
― 13 ―
問
五、 線②「『うなずく』という動作」は何の役割を果たしていますか。文章中から十字以上十五字以内で探し、抜き出して答えなさい。
問
六、 線③「大学生は複数形を言うことが多くなります」とありますが、それはなぜですか。その理由を説明した次の文の空欄にあてはま
る言葉を文章中から指定された字数で探し、それぞれ抜き出して答えなさい。
大学生は無意識のうちに、1、三字
の
2、五字
を求めているから。
問
七、 線④「ありがとう」とは何を表す言葉だと筆者は述べていますか。文章中から二字で二つ4
4
探し、それぞれ抜き出して答えなさい。
問
八、この文章で述べられている内容として適当なものを次から二つ4
4
選び、記号で答えなさい。
ア、「あいさつ言葉」の使用は相手をほめることにつながり、ヒトだけが持っている素晴らしい能力である。
イ、「うなずく」動作は許可を示すため、安易にうなずくと危険な事態も起こり得るので、注意が必要である。
ウ、ヒト以外の霊長類は「見つめる」子育てだが、教えることが多いヒトは「おだてる」子育てを行っている。
エ、乳児へ「いい子ね」としきりに口にする母親の言葉や表情には、乳児の発達を促す効果があると考えられる。
― 14 ―
問題は次ページに続きます。
― 15 ―
次の文章を読んで、あとの問いに答えなさい。なお、文章中の
~
は形式段落の番号を示しています。
ひょっとしたら世界最古のストローは、ア(注1)シの茎だったかもしれない。そう思わせる話がス(注2)ミス著『ビールの歴史』に出てくる。古代メソポ
タミア文明の時代、醸じょう
造ぞう
されたビールの壺つぼ
を囲んで人びとが座り、アシのストローを差し込んで飲んだという。
共同体の行事のようなものかと想像すると微笑ましくもある。時は流れて、プラスチックのストローはありふれたものになった。①お店で
「ストローつけますか」と聞かれることもない。
そんな状況が問題視されている。欧(注3)州連合で、ストローなど使い捨てプラスチック製品の販売を禁止する動きが出ている。フォークや綿棒、
風船につける棒なども対象になる。プラスチック製品が流れ出して世界の海を汚している事態に歯止めを
A
ためという。
先日はタイで、死んだ鯨の胃袋から80枚のポリ袋が見つかったと報じられた。多くの生き物を危険にさらし、魚を食べた人間への害も懸け
念ねん
さ
れる。G(注4)7首脳会議では協力して対策を取ろうと新憲(注5)章がまとまったが、日本と米国は署名しなかった。他国からの遅れは拭ぬぐ
えない。
プラスチックの量は国の発展ぶりを示すのだと業界の人から聞いたことがある。量り売りされていたものが包装されてスーパーに並ぶ。ペッ
トボトル飲料も広がる。その便利さに、②私たちは逆ぎ
ゃく
襲しゅう
されているかのようだ。
古代メソポタミアに戻ると、裕福な人は身分を示すため黄金で飾ったアシを持参したそうだ。いわばマイストロー。③意外といい習慣かもし
れない。
(朝日新聞「天声人語」より)
(注1)「アシ」………………
湿地に生えるイネ科の植物の一種。
(注2)「スミス」……………
スコットランドの作家・フリージャーナリスト。ビールやウイスキーに関する著作において、最も優れた著者として
認められている。
(注3)「欧州連合」…………
ヨーロッパの経済面での統合を目指しながら、加盟国間の相互協力を強化させるために設立された機関。EUのこと。
(注4)「G7首脳会議」……
フランス、アメリカ、イギリス、ドイツ、日本、イタリア、カナダの政府の長が年に一度集まり、国際的な経済や政
治の課題について論じ合う会議。
(注5)「憲章」………………
重要で根本的なことを定めた取り決め。
四
1
6
123456
― 16 ―
問
一、 線①「お店で『ストローつけますか』と聞かれることもない」とありますが、それはなぜですか。その理由として最も適当なものを
次から選び、記号で答えなさい。
ア、ストローは、自分で取りに行ってつけるものだから。
イ、ストローがついているのが当たり前になっているから。
ウ、ストローは使わずカップに口をつけて飲むから。
エ、ストローが必要な理由は自分で考えねばならないから。
問
二、
A
にあてはまる言葉として最も適当なものを次から選び、記号で答えなさい。
ア、きかせる
イ、かませる
ウ、まわす
エ、かける
問
三、 線②「私たちは逆襲されているかのようだ」とありますが、筆者がそう感じるのはなぜですか。その理由にあたる一文を文章中から
探し、最初の五字を抜き出して答えなさい。
問
四、 線③「意外といい習慣かもしれない」とありますが、この言葉にはどのような気持ちが込められていますか。最も適当なものを次か
ら選び、記号で答えなさい。
ア、現代の人びとが自分のストローを持ち歩く習慣は、予想以上に定着や長続きが難しいのではないかという心配。
イ、現代において自分のストローを持ち歩く習慣が人びとに受け入れられ、自分の身分も証明しやすくなるという安心。
ウ、現代において自分のストローを持ち歩く習慣が人びとに広がり、海を守ることにつながればよいという希望。
エ、現代の人びとが自分のストローを持ち歩く習慣を早く身につければ、必ず環境保護も拡大するという自信。
問
五、この文章を序論・本論・結論に分けた場合、本論にあたる形式段落の番号をすべて
4
4
4
答えなさい。