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解剖と生理 腎,副腎,尿管の位置関係を図 1-1 に示します。 副 腎 adrenal gland 副腎は後腹膜腔臓器で,腎の脂肪被膜内 cap- sula adiposa にあります。右副腎は右腎上極の内 側前方に存在し,その内側前方には下大静脈が, 外側方には肝右葉があります。右副腎の横断面は, しばしば線状や三日月状を示します。左副腎は左 腎上極の内側前方に存在し,その内側前方には腹 部大動脈が,前方から外側方には膵臓が,前上方 には胃があります。左副腎の横断面は逆 Y の字型 を示します。 このような解剖学的特徴があるため,正常の副 腎は超音波断層検査で描出することは困難です (副腎腫瘍でも難しい)。CT では,上述したスラ イス像として認められます(写真 1-1)。また,核 医学検査も非常に有用です(p.50)。 副腎は,皮質 cortex と髄質 medulla で構成され, 前者は体腔上皮由来中胚葉)で,鉱質コルチコ イド(球状層),糖質コルチコイド(束状層),性 3 第1章 解剖,生理,発生 1 1 解剖,生理,発生 図1-1 腎,副腎,尿管の位置関係 右腎 左腎 尿管 (膀胱へ) 副腎 副腎 下大静脈 腹部大動脈 腹腔動脈 上腸間膜動脈 下腸間膜動脈 左下横隔動脈 左副腎 腹部大動脈 膵臓 左腎 右腎 右副腎 肝臓 下大動脈 写真1-1 正常腹部単純CT所見(副腎レベル)

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Page 1: 解剖,生理,発生 - kaibashobo.co.jp · A解剖と生理 腎,副腎,尿管の位置関係を図1-1に示します。 1 副 腎adrenal gland 副腎は後腹膜腔臓器で,腎の脂肪被膜

A 解剖と生理

腎,副腎,尿管の位置関係を図1-1に示します。

1 副 腎 adrenal gland

副腎は後腹膜腔臓器で,腎の脂肪被膜内 cap-

sula adiposaにあります。右副腎は右腎上極の内

側前方に存在し,その内側前方には下大静脈が,

外側方には肝右葉があります。右副腎の横断面は,

しばしば線状や三日月状を示します。左副腎は左

腎上極の内側前方に存在し,その内側前方には腹

部大動脈が,前方から外側方には膵臓が,前上方

には胃があります。左副腎の横断面は逆Yの字型

を示します。

このような解剖学的特徴があるため,正常の副

腎は超音波断層検査で描出することは困難です

(副腎腫瘍でも難しい)。CTでは,上述したスラ

イス像として認められます(写真 1-1)。また,核

医学検査も非常に有用です(p.50)。

副腎は,皮質cortexと髄質medullaで構成され,

前者は体腔上皮由来(中胚葉)で,鉱質コルチコ

イド(球状層),糖質コルチコイド(束状層),性

3第1章 解剖,生理,発生

第1章

第 1 章

解剖,生理,発生

図1-1 腎,副腎,尿管の位置関係

右腎

左腎

尿管 (膀胱へ)

副腎

副腎

下大静脈 腹部大動脈

腹腔動脈

上腸間膜動脈

下腸間膜動脈

左下横隔動脈

左副腎

腹部大動脈

膵臓

左腎 右腎

右副腎

肝臓

下大動脈

写真1-1 正常腹部単純CT所見(副腎レベル)

Page 2: 解剖,生理,発生 - kaibashobo.co.jp · A解剖と生理 腎,副腎,尿管の位置関係を図1-1に示します。 1 副 腎adrenal gland 副腎は後腹膜腔臓器で,腎の脂肪被膜

ステロイド(網状層)を,後者は神経堤由来で,

クロム親和細胞,交感神経節細胞からなり,カテ

コールアミンを分泌しています。

副腎の動脈系は左右同じで,下横隔動脈→上副

腎動脈,腹部大動脈→中副腎動脈,腎動脈→下副

腎動脈の3系統が存在します。

下横隔動脈は細く,副腎動脈造影を困難にする

原因となっています。

副腎の静脈系は左右で異なります。左副腎静脈

は左腎静脈を経て下大静脈へ注ぎ,右副腎静脈は

直接下大静脈へ注ぎます。

副腎のリンパ系は傍大動脈リンパ節に流入しま

す。

STEP 1

副腎の動脈系は上,中,下の3つ

左副腎静脈は左腎静脈を経て下大静脈

へ,右副腎静脈は直接下大静脈へ流入

2 腎,尿管kidney,ureter

腎は後腹膜腔臓器で,左右ともT11~L3の高さ

に位置します。ただし,右側には肝臓が存在する

ため,右腎は左腎より約1cm低位であることがほ

とんどです。

腎は,内側より線維被膜,脂肪組織,腎筋膜

(Gerotaジェロタ

筋膜)によって包まれています(図1-2)。

一番重要なのは腎筋膜で,腎のほかに副腎や尿管

も包んでいます。腎の悪性腫瘍や感染(腎膿瘍や

腎結核など)は,この膜を破らなければ腹腔内へ

進行できず,重要な防御壁となっています。

腎実質は,皮質と髄質に大別され,

g(外側)皮質:糸球体,尿細管,小葉間動静

脈以下の血管,腎柱も属する

g(内側)髄質:腎錐体,腎乳頭(集合管,

Henleヘンレ

係蹄,直尿細管)

と構成されています。

ネフロンnephronの集合管が集まって→腎錐体

およびその先端の乳頭→小腎杯minor calyx→ 10

個ほど集まって大腎杯major calyx→腎盂pelvisと

なっています。すべてを 1つの図に載せると複雑

怪奇になってしまうので,図 1-3には描いていま

せんが,糸球体からは腎単位(ネフロン)が図 1-

4のように形成されています。

糸球体で濾過される原尿は1日に約150l(ドラ

ム缶1本分)にもなります。そのうちの99%は尿

細管を流れる間に再吸収され,残りの1%(約1.5

l≒ペットボトル1本分)が尿となります。

動脈系を少し中枢からたどってみます。大動脈

は横隔膜を通過した後,下横隔動脈と腹腔動脈が

ほぼ同じレベルで分岐し,その約1cm末梢で上腸

間膜動脈が分枝しています。腎動脈は左右ともL1

~L2のレベルで腹部大動脈から直接分岐します。

その後,腹部大動脈はL2のレベルで精巣(卵巣)

動脈,L3~L4のレベルで下腸間膜動脈と分枝した

後,左右の総腸骨動脈となります。一方,腎静脈

は左右とも下大静脈へ注いでいます。

腎門部における動・静脈と尿管の前後関係は,

前方より VAU(V= vein,A= artery,U=

ureter)です。なお,肋骨に沿った動・静脈と神

経nerveの走行は上からVANです。

尿管は腎門部を出た後,大腰筋(起始はL1~L4

の椎体および横突起,停止は大腿骨小転子)の前

面,次いで総腸骨動脈前面を走行し,骨盤腔内に

入り,膀胱底部の後ろで膀胱とつながっていま

4 総論

す。尿管も副腎や腎と同様に後腹膜腔臓器です。

尿管は,上部・中部・下部が,それぞれ腎動脈,

総腸骨動脈,下膀胱動脈からの分枝により支配さ

れています。リンパ系は総腸骨動脈や傍大動脈リ

ンパ節に流入します。

日本人成人の尿管の長さは約25cmです。総腸

骨動脈との交叉部は,尿管の生理的狭窄部位の 1

つで,尿管結石が停滞しやすくなります(p.179

参照)。

STEP 2

腎の3つの被膜のうち,泌尿器科疾患の

病態を理解するうえで腎筋膜が最も重要3 膀 胱 urinary bladder

膀胱(図 1-5)は後腹膜腔臓器ですが,その頂

部から後方にかけては腹膜で覆われています。膀

5第1章 解剖,生理,発生

第1章

副腎 脂肪組織

腎筋膜 (Gerota筋膜)

線維被膜

図1-2 腎の構造

腎動脈 腎静脈

腎盂

腎乳頭

尿管

腎錐体

大腎杯

小腎杯

線維被膜

腎柱

皮質

髄質

葉間動脈

葉間静脈

弓状動脈 小葉間動脈

糸球体

輸入管

輸出管

図1-3 腎の解剖

図1-4 ネフロンと腎錐体

腎乳頭(腎杯に突出している)

集合管はこの辺りに 集まっている

集合管 糸球体

上行脚 下行脚

Henle係蹄

皮 質

髄 質

遠位尿細管

近位尿細管

図1-5 膀胱の構造

尿管

膀胱三角部 内尿道口

前立腺

尿道 尿道括約筋

尿管口

正中臍索

Page 3: 解剖,生理,発生 - kaibashobo.co.jp · A解剖と生理 腎,副腎,尿管の位置関係を図1-1に示します。 1 副 腎adrenal gland 副腎は後腹膜腔臓器で,腎の脂肪被膜

胱の前部には脂肪・結合組織で満たされた

Retziusレチウス

腔(恥骨後腔〈図1-6参照〉)があります。

膀胱は,頂部(胎生期の尿膜管の遺残で,正中

臍索がへそに向かう),底部(左右の尿管口と内

尿道口を結んだ部分で膀胱三角部 trigone of blad-

derとも呼ばれる),体部(頂部,底部以外の部分)

の 3つに大別されます。膀胱三角部は腎盂や尿管

と同じ中胚葉性の尿管芽由来ですが,膀胱頂部・

体部や尿道は内胚葉性と異なっています。また,

膀胱は横から眺めると三角形が前方にお辞儀をし

ているような形を示します。

膀胱の動脈は内腸骨動脈より分枝し,膀胱静脈

は内腸骨静脈へ注ぎます。

膀胱の平滑筋層は,内縦,中輪,外縦の3層で

構成されています。厚さは約1cmですが,尿の貯

留により引き伸ばされて3mmほどになります。

上述のように,膀胱の頂部から後面にかけては

腹膜が付着しているため,外科的に膀胱に操作を

加える際には腹膜を損傷しないよう,十分な注意

が必要です。また,浸潤性の膀胱腫瘍の場合,根

治的膀胱全摘除術を行うことになります。この場

合,男性では精餒と前立腺を含めて膀胱を全摘し

ます。ただし,膀胱腫瘍のリンパ節転移は骨盤内

所属リンパ節に起こるので,全摘除術に先立って

骨盤内リンパ節郭清術が必要となります。つまり,

外腸骨動脈,内腸骨動脈,恥骨に囲まれた部位の

リンパ節郭清を行わなければなりません。

STEP 3

膀胱の動・静脈は内腸骨動静脈に続く

膀胱三角部は中胚葉発生で,その他の部

分は内胚葉発生

4 尿 道 urethra

尿道は,図1-6のように分けられます。

“腎盂~尿管~膀胱~後部尿道のほとんど”の

粘膜は組織学的には移行上皮ですが,後部尿道の

一部から前部尿道は円柱上皮となり,さらに末梢

の亀頭部では重層J平上皮となります。

5 会陰部の筋膜

会陰部には 4つの筋膜が存在します(図 1-7)。

Denonvillierデノンビリエ

筋膜は,前立腺および精餒と直腸の間

の隔壁になっていて,泌尿器系の感染や腫瘍が直

腸に及ぶのを防いでいます。腎のGerota筋膜の役

割と同じです。

STEP 4

Denonvillier筋膜は感染や悪性腫瘍の進

展を防ぐ

6 総論

6 前立腺 prostate

前立腺は栗の実に似た形を示し,恥骨結合と直

腸の間で,膀胱頸部から後部尿道を囲むように位

置しています。前立腺の尖端部(末梢側)には外

尿道括約筋があり,底部(中枢側)には内尿道括

約筋があります。前立腺は,腺性組織と非腺性組

織(前部線維筋性間質)に分けられ,腺性組織は

さらに,中心域 central zone,尿道を取り囲む移

行域 transition zone,尿道から離れた部位である

辺縁領域peripheral zoneに分けられています(図

1-8)。辺縁領域は外側および背側に位置し,約

70%を占めています。移行域は前立腺部尿道の左

右に位置し,約 5%に過ぎません。これは前立腺

肥大や前立腺癌を理解するうえで重要です。

前立腺では,内腸骨動脈から下膀胱動脈(内陰

部動脈と中直腸動脈からも一部流入あり)に流入

します。また,Santorini静脈叢と前立腺膀胱静脈

叢は内腸骨静脈に流入します。このSantorini静

脈叢は恥骨後面に位置するため,前立腺全摘除術

を行う際には出血を起こすことがあり,その処理

には注意を要します。リンパ系では,閉鎖リンパ

節から総腸骨リンパ節に流入します。

7 精 巣 testis(睾丸)

精巣の主要な役目は,精子の形成と男性ホルモ

ン(テストステロンを主体としたアンドロゲン)

の産生です。前者は精細管内のSertoliセルトリ

細胞で行わ

れ,後者は間質にあるLeydigライディッヒ

細胞で行われていま

す。

精巣の構造(図 1-9)と形成(生殖細胞の増

殖・分化)過程をもう少し詳しく解説します。精

巣は,白膜という結合組織性の膜によって覆われ

7第1章 解剖,生理,発生

第1章

恥骨

膀胱

Retzius腔

球部

振子部

尿生殖隔膜 (外尿道括約筋)

前部尿道

後部尿道

尿道前立腺部

膜様部尿道

図1-6 尿道の側面図 図1-7 会陰部の筋膜

Scarpa筋膜

Buck筋膜 Colles筋膜

Denonvillier筋膜

恥骨 前立腺

精餒 直腸

〈断面図〉 〈右側を外から見た図〉

精管 精管 精巣上体垂

精巣上体頭部

精巣上体体部

精巣上体尾部

精巣輸出管

精巣縦隔内 精巣網

白膜

精巣垂 精巣中隔 精巣小葉

(精細管が存在)

精索血管

精巣 精巣上体垂

精巣上体

鼠径管内の部分

精索血管

図1-9 精巣の構造

尿道

尿道

膀胱

射精管

射精管 精餒

anterior fibromuscularstroma(前部線維性間質)

transition zonecentral zone

peripheral zone

前立腺(外腺)

周囲腺(内腺) 分泌腺ではない

図1-8 前立腺の解剖

Page 4: 解剖,生理,発生 - kaibashobo.co.jp · A解剖と生理 腎,副腎,尿管の位置関係を図1-1に示します。 1 副 腎adrenal gland 副腎は後腹膜腔臓器で,腎の脂肪被膜

ています。白膜は精巣内側に入り込み,精巣中隔

となって精巣実質を複数の精巣小葉に分けていま

す。精巣小葉内には多数の精細管(細長い管)が

あります。

顕微鏡で精細管内を観察すると,外側から,精

祖細胞,精母細胞,精子細胞という順にほぼ並ん

でいます。精細胞の分化もこの順に進行していて,

最終的に精子に分化し精細管内腔の最も内側に存

在することになります。これらの中心にSertoli細

胞があり,これと精細胞たちの位置関係は,あた

かも空港ターミナルビルと飛行機群のようです

(図1-10)。

多数の精細管は合流して1本の精巣上体管とな

り,精巣上体に至ります。精子は精巣上体と精管

を通過する過程で,より成熟・安定した膜構造を

もつに至ると考えられています。

卵胞刺激ホルモン(FSH)は精子形成を促進し,

黄体ホルモン(LH)は男性ホルモン分泌を促進し

ます。なお,FSHとLHは視床下部の黄体形成ホ

ルモン放出ホルモン(LH-RH)によりコントロー

ルされています。これらの異常は性分化異常に関

連してきます(p.170参照)。

動脈系は,腎動脈の分岐部よりやや末梢で,腹

部大動脈→精巣動脈と流れ込みます。

静脈系は,副腎のそれによく類似しています。

右は,(精索内)蔓つる

状静脈叢→精巣静脈→下大静

脈と流入し,左は,(精索内)蔓状静脈叢→精巣

静脈→(左)腎静脈→下大静脈と流入します。こ

れは,精索静脈瘤 varicoceleが左に多いことの解

剖学的な理由となっています(p.222参照)。

リンパ系は,直接大動脈周囲の腰リンパ節(総

腸骨動脈周囲リンパ節,腹部大動脈・下大静脈周

囲リンパ節)に流入します。これは,精巣腫瘍治

療におけるリンパ節郭清の際のポイントとなりま

す。

STEP 5

左精巣静脈は左腎静脈を経て下大静脈へ

注ぐため,精索静脈瘤は左に起こりやす

8 精巣上体(副睾丸),精餒epididymis,seminal vesicle

精巣上体は精巣の後面に位置し,精子の成熟お

よび貯蔵と射精時の輸送を担っています。精餒は

前立腺の上方左右に存在し,精餒分泌液を産生し

ます。精餒分泌液には,プロスタグランジンが含

まれ,精子の運動性を促進する働きをもつと考え

られています。なお,精液は約 20%が前立腺液

で,80%近くが精餒からの分泌液となっていて,

精巣の分泌成分は1%程度と考えられています。

精巣上体の血管系は,

g内腸骨動脈→精管動脈

g腹部大動脈→精巣動脈  精巣上体

であり,静脈系は精巣と同じです。

精巣上体のリンパ系は,内および外腸骨リンパ

節に流入します。精餒の血管系およびリンパ系は

前立腺と同じです。つまり,基本的にはどちらも

隣接する臓器の支配経路と同じです。

8 総論

9 精 管 spermatic duct

精巣上体に続く精子の通路で,精巣上体と同様

に精子の形と機能を成熟させる働きもあると考え

られています。“精子は精細管で作られる”こと

は前述しましたが,この段階では,まだその機能

などは未成熟であり,精巣上体と精管を通過する

過程で完成されます。

精管は,精餒の頸部で精餒と融合し,前立腺を

横切って射精管となり,精丘の位置で後部尿道に

開口します。なお,無精子症 azoospermiaでは,

両側精管欠損などの奇形を認めることがあります

(餒胞性線維症では特に高率)。

10 陰 茎 penis

陰茎(図1-11)には,尿道海綿体corpus spon-

giosum penisと陰茎海綿体 corpus cavernosum

penisがあり,ともにBuckバック

筋膜とCollesコーレス

筋膜に覆

われています。亀頭部海綿体は尿道海綿体の延長

部分です。陰茎の背側には陰茎海綿体があるため

に硬くなっています。また,尿道は腹側の浅部に

あるため,排尿時にこの腹側を押さえると,尿が

排出しにくくなります。

陰茎の動脈系は,内腸骨動脈から内陰部動脈を

経て陰茎背動脈,陰茎深動脈となります。静脈系

は,陰茎背静脈からSantorini静脈叢を経て内腸

骨静脈に注ぎます。

リンパ系は,皮膚は浅鼠径リンパ節,亀頭と海

綿体は深鼠径リンパ節と外腸骨リンパ節,尿道は

内腸骨リンパ節に流入します。

11 勃起と射精

a 勃 起 erection

勃起は,3本の海綿体に血液が流れ込んで充満

することにより,陰茎が硬く太くなる現象です。

大脳辺縁系からの刺激(性的刺激)が骨盤神経に

伝わり,陰茎深動脈・ラセン動脈が拡張し陰茎へ

の血流が増加します。同時に,陰茎海綿体内の平

滑筋は弛緩し海綿体洞が膨張する一方,陰茎白膜

での流出抵抗は高まるので陰茎背静脈への流出血

流が減り,硬度のある勃起が起こります。

勃起神経は骨盤神経とも呼ばれている副交感性

の内臓神経で,下位中枢S2~S4より起こり,骨

盤内臓と生殖器に至ります。勃起は精神的にリラ

ックスしているとき(副交感神経優位のとき)に

起こります。求心性線維も含まれています。陰部

神経はS2~S4より起こり陰茎の知覚を司ります。

なお,下位排尿反射中枢もS2~S4です。

また,陰茎が上に立ち上がるのは,海綿体の根

元に付着している坐骨海綿体筋や球海綿体筋が収

縮して根元を引っ張るからです。この機能に関連

するのが持続勃起症priapismと形成性陰茎硬化症

plastic induration of penis(Peyronieペイロニー

病)です。

b 射 精 ejaculation

交感神経(主に下腹神経)と体性神経(陰部神

経)を介して起こる脊髄反射であり,尿道周囲と

会陰筋群の律動的収縮で起こります。その反射中

枢は,Th12,L1,L2レベルと考えられています。

射精の際には,内尿道口が閉鎖し,精巣上体管が

リズミカルに収縮して精子が精管に押し出されま

す。精管膨大部と精餒との合流よりなる射精管か

9第1章 解剖,生理,発生

第1章

 精祖細胞が分裂して精母細胞となる。精 母細胞は減数分裂して精子細胞となる。

毛細血管

支持細胞

精子

精子細胞

精祖細胞

一次精母細胞

二次精母細胞

Sertoli細胞

Leydig細胞

図1-10 精細管内の模式図

精細管内

精細管外

図1-11 陰茎の断面図

舟状窩

尿道

尿道 海綿体

陰茎 海綿体

浅陰茎背静脈

浅陰茎背静脈 深陰茎背静脈 陰茎背動脈

Buck筋膜

陰茎深動脈

Colles筋膜

陰茎背神経 白膜

Page 5: 解剖,生理,発生 - kaibashobo.co.jp · A解剖と生理 腎,副腎,尿管の位置関係を図1-1に示します。 1 副 腎adrenal gland 副腎は後腹膜腔臓器で,腎の脂肪被膜

べる)方法です。膀胱と腎盂の 2か所にカテーテ

ルを挿入しておき,腎盂側のカテーテルから持続

ポンプでインジゴカルミン液で着色した生理食塩

水を 10ml/分で注入します。腎盂と膀胱の内圧の

差が 14cmH2O以下を正常とし,それ以上の圧較

差がある場合は尿管に抵抗がある(通過障害があ

る)と考えます。

C 泌尿器科的検査

1 検査器具と使用法

泌尿器科検査では,種々の器具(図 3-12)を外

尿道口から挿入しますが,このときに麻酔が必要

となります。導尿を目的とするカテーテル挿入の

ように,短時間で終了する検査の場合は,カテー

テルに表面麻酔薬を塗ることで施行可能です。し

かし,内視鏡検査のように長時間かかることが予

想される場合には,脊髄クモ膜下麻酔や硬膜外麻

酔が行われることもあります。幼少児では,全身

麻酔が必要となることもあります。

a カテーテル catheter

1)尿道カテーテル urethral catheter

尿道カテーテルとは,検査(排尿時膀胱尿道造

影など)や手術の際に,尿道から膀胱まで挿入す

るラテックスゴム,シリコン,ポリウレタン製の

管です。また,全身麻酔や硬膜外麻酔を用いた手

術の後には,麻酔の影響で尿が出なくなることが

あったり,また術後の尿量管理や血尿の程度を管

34 総論

理するために,カテーテル(通常はバルーンカテ

ーテル)を用いた持続導尿が必要となります。そ

のほかに,他の原因による排尿困難時の導尿,無

菌的な採尿が必要なとき,膀胱造影(後述),膀

胱への薬剤注入などにも用いられます。通常の導

尿には,F14~F16程度の太さのカテーテルが用

いられます(太さについては,p.36のフレンチサ

イズを参照)。

カテーテルをしばらく膀胱に留置したいときに

は,抜けてしまわないように膀胱内部で風船を膨

らませることができるバルーンカテーテルを用い

ます。

2)尿管カテーテル ureteral catheter

膀胱鏡下に,尿管口から尿管(腎盂)に向かっ

てカテーテルを挿入する際に利用します。腎盂ま

で挿入する管なので,尿道カテーテルより細いも

のです。分腎尿の採取,腎盂の洗浄,薬の注入,逆

行性腎盂造影のときなどに用いられます。通常は,

4F~6F程度の太さのカテーテルが用いられます。

b ブジー bougie

異物の探知や狭窄の拡張などの目的で,尿道や

その他比較的狭い体管腔に挿入する管のことで,

日本語では消息子といいます。内腔がない(すな

わち導尿できない)ところがカテーテルとの違い

です。

1)金属ブジー metallic bougie

尿道狭窄が軽度の場合に,狭窄部を拡張するの

に用いられます。金属製で,10Frくらいから 26

Frくらいまで,各サイズがそろっています。

2)糸状ブジー filiform bougie

その名のとおり細いブジーで,Le Fort法(図3-

13)の際に用いられます。Le Fort法は,かつて

は高度の尿道狭窄に対して金属ブジーを使用する

35第3章 診察・検査

第3章

尿 排尿筋

収縮している 弛緩

弛緩している

内尿道括約筋

外尿道括約筋

蓄尿期 排尿期

尿

排尿筋の収縮

図3-11 蓄尿期と排尿期(正常)

〈尿道用カテーテル〉 〈尿管用カテーテル〉

〈ブジー〉

〈尿管ピッグテール型ステント〉

ネラトンカテーテル

チーマンカテーテル

金属カテーテル

バルーンカテーテル

 図3-12 泌尿器科検査の器具 金属ブジー

金属ブジー

狭窄部

引っかかって 損傷を招く 尿道

狭窄部を通過しなかった 糸状ブジー

狭窄部を通過した 糸状ブジー

 通過した糸状ブジーの  先端に金属ブジーを取  り付ける

金属ブジー

糸状ブジーの先端は ネジ式になっている

ネジ

× ○

糸状ブジー

図3-13 Le Fort法

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際の操作法として重要でしたが,現在では内視鏡

的に切開(p.227参照)するのが一般的です。

狭窄部を広げようとして無理やり金属ブジーを

直接挿入すると尿道損傷を惹起することがありま

す。そこで,尿道に麻酔用ゼリーを注入したのち,

糸状ブジーを 4~ 5本挿入します。すると,ほと

んどは狭窄部に引っかかってしまいますが,なか

には通過するものがあります。この通過した糸状

ブジーに金属ブジーをつなぎ,先へ進めると狭窄

部を拡張できます。

3)カテーテルとブジーのサイズ

直径を表すのに 2種類の基準があります。国試

に出題されたことがあります。

・フレンチサイズ(フランス式): F1は直径

1/3mmで,1番増えるごとに1/3mmずつ太く

なる(例えば,F12では1/3×12=4mm)

・ブリティッシュサイズ(イギリス式):No.1

は直径 3/2mmで,1番増えるごとに 1/2mm

ずつ太くなる

c ステント stent

尿管や尿道に一定期間留置して,尿のドレナー

ジを確保することを目的としたカテーテルの一種

です。

1)尿管ステント ureteral stent

結石,悪性腫瘍の浸潤,尿管狭窄,放射線治療,

その他いろいろな手術の後などに起こる水腎症の

病態改善によく用いられます。腎瘻(p.232)と比

較すると,患者のQOLは良好です。一度挿入す

ると,3か月程度留置が可能ですが,交換の際に

は膀胱鏡による操作が必要です。

2)尿道ステント urethral stent

種々の病因で尿道狭窄を来しているとき,狭窄

を拡張してスムーズな排尿を確保する目的で用い

られます。半永久的に埋め込むタイプもあります。

d 内視鏡(膀胱鏡 cystoscope)

麻酔後,陰茎を垂直に把持し外尿道口から膀胱

鏡を挿入します。すると,陰茎を垂直にしている

ことから球部で抵抗が強くなり,先へ進まなくな

ります。そこで次に,陰茎を大腿側に倒したのち,

さらにゆっくりと膀胱鏡を押し込んでいくと膀胱

に到達します。ここで,膀胱内にまず灌流液を注

入して膀胱容量を測定します。次いで尿道,膀胱

粘膜を観察するのが一般的です(写真3-4)。

正常粘膜は淡黄色で血管が確認できます。粘膜

の状態,肉柱形成の有無,憩室の有無,膀胱三角

部・膀胱頸部の状態,尿管口の状態,結石や異物

の有無などを調べることができます。患者の主訴

にもよりますが,前立腺の肥大があって圧迫を受

けていないか,尿道狭窄がないか,などを知るこ

ともできます。

また,この膀胱鏡検査の基本的手技は,経尿道

的前立腺切除術や膀胱砕石術などの手術にも応用

されます。

膀胱鏡検査の禁忌として,急性膀胱炎,急性前

立腺炎,急性精巣上体炎,淋病などの炎症が高度

で活動性の場合があります。また,高度の前立腺

肥大症や尿道狭窄が存在する場合,狭くなってい

る尿道に無理やり膀胱鏡を挿入すると,前立腺か

らの大出血や尿道損傷を招くことになるため禁忌

です。特に最近では,抗凝固薬を服用している高

齢者が多いので要注意です。

最後に注意点を挙げておきましょう。ここで述

べた経尿道的操作の際には,尿路感染を避けるた

めに無菌的に行う,ということを必ず守らなくて

はいけません。また,丁寧に行わないと尿道や膀

胱を損傷したり,検査後,医原性の尿道狭窄や尿

閉の原因となります。

STEP 21

膀胱鏡検査の禁忌

下部尿路付近に高度な活動性炎症があ

る場合

高度の前立腺肥大症や尿道狭窄

36 総論 37第3章 診察・検査

第3章

右尿管口(閉じている)

膀胱三角部

膀胱ポリープ

前立腺部尿道(正常)

右尿管口(開いている)

膀胱前壁

膀胱頸部(正常)

前立腺肥大症

写真3-4 膀胱鏡所見と尿道鏡所見

正常粘膜

前立腺

膀胱頸部

閉じた尿管口

膀胱三角部

ポリープ

正常前立腺

精丘

尿管口

開いた尿管口

膀胱挿入時に入った空気

膀胱

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47第3章 診察・検査

第3章

また,外傷,針生検後,悪性腫瘍,動静脈瘻な

どでは,動静脈の短絡像が見られます。

2 骨盤動脈造影 pelvic arteriography

膀胱腫瘍の場合に,腫瘍血管の広がりから浸潤

度を調べるために用いられます。

膀胱動脈は内腸骨動脈から分枝しているので,

カテーテルの先端が内腸骨動脈まで挿入できた場

合はその位置で,挿入が無理な場合は総腸骨動脈

のレベルで造影を開始します。したがって,骨盤

腔内の動脈系がすべて撮影されています。これが

本検査名の由来です。

3 副腎血管造影 adrenal angiography

原発性アルドステロン症の局在診断のために

は,副腎動脈造影ではなく副腎静脈造影を行うこ

とがあります(p.167参照)。ただし,現在では副

腎シンチグラムや副腎静脈血中アルドステロン測

定が行われることの方が多くなっています。

参考 腎静脈造影 renal venography腎静脈内に腫瘍が疑われる場合や,奇形の検査

として用いられるほか,腎血管性高血圧症では腎

静脈血採取を目的として行われることがあります

(p.148参照)。左側に対して施行すると,精索静

脈瘤が診断できることもあります。

F CT

1)概 説

腎,副腎,骨盤内の腫瘤性病変,泌尿器科領域

の外傷の描出がよい適応です。また,後述するX

線透過性結石の検出にも有用です。造影剤を用い

ない単純CTと,ヨード造影剤を用いる造影CT

(エンハンスCTとも呼ばれる)があります。CT

で用いられる造影剤は,腎排泄性であることに加

えて,尿細管や集合管では水分の再吸収が起こる

ため,腎・尿路系の描出は一層増強され,血管組

織とのコントラストに差が生じ,実質内の腫瘍性

病変検出が容易になります(写真3-13)。

ヘリカル(スパイラル)CTは,X線管球を動

かしながら撮影を行うCTで,小さな病変部の検

出や組織の立体像も得られます(写真3-14)。

2)腎腫瘤の鑑別ポイント

CTにおける腎腫瘤の鑑別ポイントは,以下の

とおりです。

a)腎餒胞 renal cyst

餒胞の内容は水と同濃度で,造影剤によってエ

ンハンスされません(写真3-15)。

b)腎細胞癌 renal cell carcinoma(RCC)

充実性腎細胞癌の密度は正常腎実質とほぼ同じ

で,血管が豊富な場合には造影剤でエンハンスさ

れます(写真3-16)。

詳細については,各論の各項目で述べることに

します。

46 総論

新生血管

腎外発育した 腫瘍

正常腎実質

左腎下極から発生した腫瘍は腎外に発育し,同部には無数の腫瘍を栄養するための新性血管が認められる。

写真3-12 腎癌の血管造影所見

CTを三次元解析することで詳細な腎血管系が明らかとなり,手術のシミュレーションに大いに役立つ。

写真3-14 CTによる三次元解析(正常腎)

腎盂 densityの違いに注意

腎実質

大腰筋

腰方形筋

腹部大動脈

下大静脈

写真3-13 腹部造影CTによる正常像

腎餒胞

造影CT単純CT

写真3-15 腎餒胞のCT所見

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49第3章 診察・検査

第3章

G MRI

1)概 説

MRIの性能向上に伴い,血管造影に代表される

侵襲性の高い検査法は,その地位を取って代わら

れつつあります。

CTと比較した場合のMRIの最大の長所は,放

射線被曝がないことです。また,CTは形態的診

断に有用ですが,MRIは質的診断に有用です。

泌尿器科領域での適応は,CTとほぼ同様です

が,前立腺癌の検出とその病期診断には特に有用

と考えられています。

造影剤に用いられるのはガドペンテト酸ジメグ

ルミン(Gd-DTPA)で,副作用は少なく,その頻

度はヨード剤と同程度です。

MRIが禁忌となるのは,心臓ペースメーカー,

脳動脈瘤クリップ,内耳インプラントなど,金属

が体内に埋め込まれている患者です。

2)代表的な所見

腎の場合,T1強調像では,皮質は髄質より高

信号のため,正常では皮質髄質境界は明瞭ですが,

さまざまな腎機能障害により,境界は不明瞭にな

ります。T2強調像では,正常でも皮質髄質境界は

不明瞭で,ともに脂肪より高信号になります。そ

の他の部位の正常像については,写真 3-17~20を

参照して下さい。

腎細胞癌では,餒胞状を呈していたり,腫瘍内

部に出血や壊死が存在したり,一定の信号を示す

とはいえません。

水腎症や餒胞性疾患で尿路に水がたまると,そ

の水はT1強調像では低信号に,T2強調像では高

信号になります。

MRIが泌尿器科領域で最も多用されるのは膀胱

と前立腺です。膀胱癌の深達度診断(筋層浸潤や

壁外浸潤の有無)や,前立腺癌の局在診断に威力

を発揮します。

3)MRウログラフィ

MRIを用いて尿路を造影する方法です(写真3-

21)。IVUで造影されない尿路(腎機能が低下し

た水腎症など)も造影が可能です。また,経静脈

性造影剤が不要である,放射線被曝を避けられる

ことから,小児の閉塞性尿路疾患の検査に向いて

いるといえます。

48 総論

腎餒胞

造影CT単純CT右腎上極から発生した早期腎癌。単純CTでは鑑別は難しいが,造影することで癌の診断が容易になった。

写真3-16 早期腎癌のCT所見

腎癌 正常腎 腎臓

T2強調像 T1強調像 写真3-17 腹部MRI(正常横断像)

腎臓 胆餒 肝臓 胆餒 肝臓

脾臓

肝臓

腎臓

写真3-18 腹部MRI(T1強調正常冠状断像) 写真3-19 前立腺部MRI(T1強調正常横断像)

前立腺 直腸 恥骨

膀胱

矢状断像 横断像

写真3-20 膀胱の正常MRI(T2強調像)

陰茎

前立腺

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します。全身状態が安定していればKUBや IVU

を行い骨盤骨折の有無や膀胱の形,膀胱外に漏れ

た造影剤の状態などを見ます。

膀胱損傷の確定と,腹膜内損傷か腹膜外損傷か

の確定は,膀胱造影を行いますが(図12-3参照),

骨盤骨折のある場合は尿道損傷を合併しているこ

ともあり,無理やり尿道にカテーテルを入れると

損傷を拡大するおそれがあるので,注意深く行う

必要があります。カテーテルが膀胱まで挿入可能

な場合は,まず生理食塩水で膀胱洗浄を試みます。

このとき,注入した量よりも排液される量が少な

いときはますます本症が疑われます。

膀胱造影を行うと,腹膜内破裂では造影剤が腸

の周囲に錺流する(写真 12-3)ので,X線上に腸

管が描出されます。漏れた造影剤が横隔膜下に貯

留する様子が見られることもあります。

腹膜外破裂では,膀胱周囲の血腫や尿によって

圧迫され,変形した膀胱像所見(tear drop像:主

に,膀胱内圧が上がらず,造影剤の漏れが少ない

IVUで確認できる)や錺流した造影剤が膀胱周囲

に広がって火焔状陰影(主に,膀胱内圧が上がり,

造影剤が漏れる膀胱造影で確認できる)が見られ

ます(図12-3)。

●治 療

軽度の損傷,特に腹膜外膀胱損傷では,尿道カ

テーテルを7~10日留置するだけでも治癒するこ

ともありますが,臨床上は多くの損傷で手術が必

要となります。特に腹膜内膀胱損傷が疑われる場

合は積極的に開腹し,損傷部を縫合閉鎖します。

215第12章 尿路外傷

第12章

外科的あるいは産婦人科的骨盤内手術(直腸癌根

治手術,子宮頸癌根治手術やリンパ節郭清など)

や尿路の内視鏡的手術によります(つまり医原

性)。尿浸潤,尿瘻形成,尿路閉塞(水腎症,水

尿管症)が出現します。

●症 状

骨盤内手術後の側腹部・下腹部の疼痛や高熱,

創部ドレーン,腟,肛門などへの尿の漏出が認め

られます。

●検 査

手術中の場合は,インジゴカルミンを静注し,

術野に青染された排泄液が認められれば,尿管損

傷であると診断できます。

DIPでは,尿路外への尿錺流像,尿の停滞など

が見られます。逆行性腎盂造影を行うと診断がよ

り確定できます。また,造影CTによる造影剤の

尿路外錺流の確認も有用です。

●治 療

尿流を確保し,腎機能を温存することに主眼を

置きます。

損傷の程度が小さいときには,尿管ステントを

腎盂と膀胱の間に留置します。経尿道的に尿管ス

テントの留置が不可能な場合や水腎症が高度な場

合には,腎機能温存のために一次的に腎瘻を造設

することもあります。

尿路外錺流量が多いときは,損傷部にドレーン

を留置することもあります。これは,尿餒腫に感

染を起こすと致命的になることがあるからです。

上記の治療で尿錺流が持続したり,損傷部は治

癒しても逆に同部に狭窄を生じて水腎症が発生し

た場合には,修復術や尿路再建術を行うことにな

ります。

STEP 79

尿管外傷

医原性のものが最多

治療の最終目的は腎機能の温存

C 膀胱損傷 injuries to the bladder

●概 念

膀胱は恥骨上部から受ける外力に弱く,特に尿

が貯留して膀胱が拡張・伸展している状態で外力

が加わった場合には,簡単に破裂してしまいます。

泥酔して膀胱に尿がいっぱい貯留した状態で転倒

し,下腹部の強打による膀胱破裂が起こることが

あります。また,交通事故や作業中の事故といっ

た鈍的外傷による骨盤骨折に合併して発症するこ

とがあります。

尿管損傷と同じく,骨盤腔内手術・経尿道的手

術の際の不適切な操作で膀胱損傷を来すこともあ

ります。経尿道的手術の際の膀胱穿孔は,膀胱癌

を根治的に切除する際などにみられます。

●分 類

①腹膜内膀胱損傷

膀胱充満時に多いとされています。膀胱頂部や

後壁に起こりやすく,腹膜も同時に破れているた

め,尿は腹腔内に錺流します(図 12-2左)。腹膜

炎を合併しやすくなります。

②腹膜外膀胱損傷

交通事故や労働災害などによる骨盤骨折の際

に,骨片が膀胱を穿通することで発症します。こ

れは腹膜を破らないため,膀胱周囲の脂肪組織な

どに尿浸潤が起こります(図 12-2右)。感染を併

発すると骨盤内尿蜂窩織炎が起こります。

●症 状

血尿があるのに排尿困難(自排尿の消失),と

いうのがほぼ必発です。腹膜内破裂では腹膜刺激

症状や筋性防御が出現し,腹膜外破裂では下腹部

圧痛を認めます。

腹膜内破裂で感染を起こすと腹膜炎に,腹膜外

破裂では骨盤内蜂巣炎へと進展します。

●検 査

まず,尿閉との鑑別のために超音波検査で確認

214 各論

外力 恥骨

外力

直腸

腹膜

腹膜

膀胱

前立腺

骨盤骨折に伴う骨片が 膀胱を穿通

下腹部打撲による

図12-2 腹膜内膀胱損傷(左)と腹膜外膀胱損傷(右)

腹膜内に造影剤が広がっているのが確認できる。写真12-3 腹膜内膀胱損傷の膀胱造影所見

膀胱(tear drop像)

血腫

造影剤の漏れ (火焔状陰影)

図12-3 腹膜外破裂における膀胱造影所見

同時に見られるとは限らない点に注意する。

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定されているので,交通事故や高所からの落下な

ど骨盤骨折(特に恥骨骨折)を伴った損傷の際に

来しやすく,次の理由で比較的重篤となります。

g静脈叢があり,出血が膀胱の前後のスペース

に広がる。

g尿の浸潤によって壊死性蜂窩織炎となり,感

染を併発しやすい。

●症 状

受傷後,外尿道口からの出血や尿閉が出現した

り,下腹部がびまん性に痛みを伴って腫脹したり

します。また,出血性ショックに陥ることもあり

ます。

217第12章 尿路外傷

第12章

STEP 80

膀胱損傷

尿充満時に下腹部に強い外力が加わっ

たとき,交通事故などで骨盤骨折が起

こったとき,骨盤内手術や泌尿器科的

内視鏡手術時に発症しやすい

確定診断は膀胱造影で行われる

D 膀胱瘻 cystostomy

●概 念

尿瘻urinary fistulaは,尿路と隣接する臓器との

間に瘻孔を生じた状態です。膀胱にみられる尿瘻

は膀胱瘻と呼ばれます。外傷や腸管閉塞などを契

機として周囲に広がった炎症や,膀胱そのものの

炎症,悪性腫瘍の浸潤,外科・産婦人科などの手

術で誤って膀胱を傷つけてしまったとき,放射線

治療の合併症としてみられることがあります。

●種 類

膀胱が隣接するのは,前方が下腹部(皮膚),

上方が結腸,後方が腟や直腸であるため,膀胱皮

膚瘻 vesicocutaneous fistula,膀胱結腸瘻 vesi-

cointestinal fistula,膀胱直腸瘻vesicorectal fistula,

膀胱腟瘻 vesicovaginal fistulaとなります(図 12-

4)。

●症 状

腟や腹壁から尿が漏れたり(失禁),逆に腸か

ら膀胱に糞が入って尿混濁(糞尿,気尿)を起こ

したりします。

おもしろいことに,膀胱尿が腸へ流れ込んで下

痢をすることは非常に少なくなっています。

●原因・治療

原因となる疾患はいろいろあります。代表的な

ものを表12-1にまとめますが,いずれも理解可能

でしょう。

E 尿道損傷 urethral injuries

1 総 論

●概 念

尿道損傷は,外力によるものと,内視鏡やカテ

ーテルの誤操作で起こるものがあります。外力に

よるものは男性に圧倒的に多くみられます。女性

の尿道は短く可動性があるため,鈍的な外力が加

わっても影響を受けにくくなっています。

●分 類

男性では損傷部位によって,図12-5のように分

類されています。

尿道損傷では,膜様部からみて遠位の損傷(前

部尿道損傷)より近位の損傷(後部尿道損傷)の

方が危険度が高く,予後も不良です。これは,骨

盤内臓器損傷合併頻度が高いことによります。

2 膜様部(後部)尿道損傷injuries to the membranous(posterior)

urethra(図12-6)

●概 念

膜様部では,尿道は尿生殖隔膜と恥骨に強く固

216 各論

結腸

直腸

下腹部 (皮膚)

図12-4 膀胱瘻の種類

表12-1 膀胱瘻の比較

原 因

治 療

解剖学的な関係から腟高位部と膀胱底部に生じる

膀胱腟瘻

直腸瘻も含む

膀胱腸瘻

外傷による膀胱皮下破裂では瘻孔は形成しない

膀胱皮膚瘻(まれな疾患)

①炎症によるもの(最多)S状結腸憩室炎,虫垂炎,Crohn病

①医原性のもの産婦人科手術,子宮癌における放射線療法

②医原性のもの手術,放射線療法

①医原性のもの特に膀胱の手術,放射線療法

②腫瘍による浸潤子宮癌,膀胱癌

③腫瘍による浸潤結腸癌,膀胱癌

②腫瘍による浸潤膀胱癌

原則として,瘻孔閉鎖術 ①の場合は原疾患の治療を中心とする③の場合は人工肛門造設,膀胱全摘および尿路変向術など

原則として,瘻孔閉鎖術

注1)治療は,原因や瘻の程度によりいろいろと変わり得るのであまり深く考えない。注2)その他に尿瘻を生じるものとして先天性のものがある(尿膜管開存,先天性膀胱直腸瘻,膀胱外反症,尿

道直腸瘻,鎖肛など)。注3)子宮頸癌根治手術では,骨盤内リンパ節郭清を行うため,尿管を損傷すると尿管腟瘻となることがある。注4)腸や膀胱の結核も膀胱瘻の原因となる。

前立腺

膜様部損傷(後部尿道損傷)

肛門

膀胱

恥骨 球部損傷 球部損傷

振子部損傷

前部尿道損傷

図12-5 尿道損傷の部位による分類

骨盤骨折

直腸

前立腺

尿生殖隔膜

膀胱

図12-6 膜様部(後部)尿道損傷