海の森林マングローブ - 株式会社クボタ alba(マヤプシキ),sonneratia...

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海の森林マングローブ

中村武久=東京農業大学農学部助教授

熱帯の海岸海水域に,また感湖河口や河川沿いに発達する特

殊な塩生植物の森林をマングローブという.普通の陸上植物

は海水や塩分の濃い土壌では生育できないが,このマングロ

ーブを構成する植物は,その塩分の濃い中で平気で育ち,あ

るいはその塩分が含まれる水の中でなければ育たない.

この特殊な性質は,植物の栄養生理はもちろん,植物の生育

可能環境の範囲という面で,従来の植物学の常識を越えた新

しい課題を提供している.世界の熱帯海岸地帯15,429,000

ha,アジアの熱帯だけで6 , 2 4 6 , 0 0 0 h aという広大な面積を

もつマングローブの科学は,沿岸環境保全はもとより,生物

資源の育成開発に新しい分野を開くものとして,いま多方面

から熱い注目を集めている.

マングローブ林の構成種

海岸に発達するマングローブは,その森林の後背地が陸の湿性

森林につながる.従ってマングローブ林を構成している種類

といってもその範囲を決めるのはむずかしく,人によって70

種とも80種ともいうが,主たる樹木はRhizophoraceae(ヒ

ルギ科)のRhizophora apiculata,Rhizophora mucronata,

Rhizophora stylosa(ヤエヤマヒルギ),Rhizophora mangle,

Ceriops tagal,Ceriops decandra,Bruguiera gymnorrhiza

(オヒルギ),Bruguiera cylindrica,Bruguiera parviflova,

Kandelia candel(メヒルギ)などで,この他Avicennia alba,

Avicennia marina(ヒルギダマシ),Avicennia officinalis,

Lumnitzera littorea,Lumnitzera racemosa(ヒルギモドキ),

Sonneratia alba(マヤプシキ),Sonneratia caseolaris,So-

nneratia griffithii,Xylocarpus granatum,Xylocarpus mo-

luccensisなどである.

マングローブの変った生態と形態

満潮時に海水が及ぶ入江や河口の泥地に育つマングローブは,

その種類ごとに帯状分布Zonationを示している場合が多い.

タイのラノン(Ranong)に残る古いマングローブ林では,海

側前面にSonneratia albaの群落が広がり,その後方にAvic-

ennia albaやA.officinarisを混えたRhizophora apiculata の

群落,さらにその後背にBruguiera gymnorrhizaを主体とす

る群落が広がる.これが典型的なマングローブのZonation

とされ,これは本来海水の及ぶ距離と関係があることから,

塩分濃度が原因するものと考えられていた.しかし,各地の

マングローブについて,そのZonationを調べてみると,最前

面に出てくる筈のSonneratia群落が最後方に現われるケース

もあり,また伐採後の二次林としてBruguiera cylindricaや,

B.parvifloraが群落をつくる場合もある.

したがってZonationの問題は,必ずしも単に塩分濃度による

ものでなく,マングローブ植生の成立時の土壌構造と土質,

そして植生年令による土壌の還元化(硫酸還元)などを左右さ

れるものと思われる.即ち,それぞれの種が生育可能な,或

はそれに適した土壌環境が,潮の干満により,或は河口部の

汽水域で物理化学的に造られるからであろう.

Zonationができるのは,そうした理由によるものとしても,

やはりマングローブは陸の植生とは違って,海水という塩分

濃度の高い水で育ち,さらには泥地という立地環境で育って

いる.こうした環境で生育するには,それなりの特種な生理

と,その生理を行うための器官をもたなければならない.

マングローブの根の特殊な形態および繁殖のための特殊な胎

生種子は,まさに,この環境で生きていくための変った器官

といってよい.

マングローブの胎生種子

ヒルギ科の植物は,花が終って果実をつくっても,その中の

種子が種子として形成されず,胚が直接発生をはじめて,木

についたまま担根体を生じ,あたかも棒状の果実をぶらさげ

た恰好になる.これを胎生種子と呼ぶ.マングローブの主要

種であるヒルギ科の植物は,全てこれをつくるのが特徴とさ

れている.

マングローブの気根

マングローブは,以前から特殊な呼吸根をもつ植物として注

目されていたので,その形態的な研究は古くから行われてい

る.空気中に現われている根を全て気根というなら,マング

ローブの気根は,基本的に3つのタイプがある.1つはタコ

足のように幹の下の方に何本もの支持根を出すもの.第2は

泥土の表面を這う根が,ところどころ曲げた膝が立ち上るよ

うな恰好に出すもの.もう1つは,土中を横に這う根からタ

ケノコ状の別の根を地表はもちろん水面まで出して呼吸をす

るもの.以上の3型である.これらのタイプは,それぞれの

種類によって定まっている.マングローブが特殊な土壌環境

の中で育成できる秘密は,この変った根の形態と機能にある

といってよい.