マングローブのプロトプラスト培養系開発ƒ’ルギダマシと同じように海側に生育しうるマヤプシキ(sonneratia...

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発表番号 25(0317マングローブのプロトプラスト培養系開発 助成研究者:笹本浜子(横浜国大環境情報研究院) 共同研究者:中村達夫(横浜国大環境情報研究院) 海水中にも生育しうるような強い耐塩性の性質を持つマングローブ類は、これま で、細胞培養や組織培養による個体再分化系の開発は難しかった。また、増殖細胞 あるいはカルスを得ることも困難なものが多く、ロッカクヒルギや、マヤプシキで 一部成功しているにすぎない。特に細胞からさらに細胞壁を除いたプロトプラスト からの個体再生系は、今まで成功例が無い。これが確立できると、細胞融合や、細 胞選抜により、あるいは遺伝子操作による育種が可能になり、類まれな耐塩性の形 質の利用により、塩類集積土壌の改善や、緑化事業に用いる可能性が生まれる。本 研究では、マングローブプロトプラストを用いた培養系の開発を目指す。同時に、 耐塩性や高浸透圧耐性の形質は、プロトプラストや増殖細胞においても発現してい るので、これを利用して、特殊な形質を持つ植物に対する、種々の化学物質の影響 を、多穴シャーレを用いて簡単に、定量的にバイオアッセイするシステムをも構築 したい。 マヤプシキについて、これまで得られているめしべや種子由来のカルス以外に、 簡便な透明カバー平底培養管法と倒立顕微鏡観察により、子葉由来の液体培養から、 初めて継代可能な増殖細胞を得ることができた。 プロトプラスト単離について、国内海外を含めて3科、8種について、多穴シャ ーレを用いて細胞壁分解酵素の組み合わせと、浸透圧条件について探索し、論文化 した。 24 穴シャーレの方が定量性にすぐれたが、簡易性に優れる 96 穴シャーレと、 専用振とうインキュベーターを組み合わせる手法も工夫した。 ロッカクヒルギ葉由来の液体培養細胞の、 96 穴シャーレによるプロトプラスト培 養と、ウェルスキャナー付属の倒立顕微鏡観察により、4種の塩すなわち、Na, K, Mg, Ca 塩に対する反応性を、非耐塩性のバイオマス生産樹ポプラや、草本タバコの 培養細胞と比較した結果、草本、木本を通して広く用いられてきたムラシゲ・スク ーグ培地の無機塩類濃度よりも高い MgCa 塩濃度による促進効果を初めて見出し た。 これまで、増殖細胞の誘導が難しかったヒルギダマシポット苗の葉に対して、若 干の増殖を得る植物ホルモン条件と、培地無機塩類の低下による反応性は既知であ るが、本年度は、既知のナトリウム塩や、糖による促進以外に、マグネシウムとカ ルシウム塩の高濃度による促進効果を初めて見出した。 第16回助成研究発表会要旨集(平成16年7月)

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Page 1: マングローブのプロトプラスト培養系開発ƒ’ルギダマシと同じように海側に生育しうるマヤプシキ(Sonneratia alba)については、 苗育成が難しいので、沖縄西表島において、完熟種子を持つ実を採集し、種子を次亜塩素

発表番号 25(0317)

マングローブのプロトプラスト培養系開発

助成研究者:笹本浜子(横浜国大環境情報研究院)

共同研究者:中村達夫(横浜国大環境情報研究院)

海水中にも生育しうるような強い耐塩性の性質を持つマングローブ類は、これま

で、細胞培養や組織培養による個体再分化系の開発は難しかった。また、増殖細胞

あるいはカルスを得ることも困難なものが多く、ロッカクヒルギや、マヤプシキで

一部成功しているにすぎない。特に細胞からさらに細胞壁を除いたプロトプラスト

からの個体再生系は、今まで成功例が無い。これが確立できると、細胞融合や、細

胞選抜により、あるいは遺伝子操作による育種が可能になり、類まれな耐塩性の形

質の利用により、塩類集積土壌の改善や、緑化事業に用いる可能性が生まれる。本

研究では、マングローブプロトプラストを用いた培養系の開発を目指す。同時に、

耐塩性や高浸透圧耐性の形質は、プロトプラストや増殖細胞においても発現してい

るので、これを利用して、特殊な形質を持つ植物に対する、種々の化学物質の影響

を、多穴シャーレを用いて簡単に、定量的にバイオアッセイするシステムをも構築

したい。

マヤプシキについて、これまで得られているめしべや種子由来のカルス以外に、

簡便な透明カバー平底培養管法と倒立顕微鏡観察により、子葉由来の液体培養から、

初めて継代可能な増殖細胞を得ることができた。

プロトプラスト単離について、国内海外を含めて3科、8種について、多穴シャ

ーレを用いて細胞壁分解酵素の組み合わせと、浸透圧条件について探索し、論文化

した。24 穴シャーレの方が定量性にすぐれたが、簡易性に優れる 96 穴シャーレと、

専用振とうインキュベーターを組み合わせる手法も工夫した。

ロッカクヒルギ葉由来の液体培養細胞の、96 穴シャーレによるプロトプラスト培

養と、ウェルスキャナー付属の倒立顕微鏡観察により、4種の塩すなわち、Na, K,

Mg, Ca 塩に対する反応性を、非耐塩性のバイオマス生産樹ポプラや、草本タバコの

培養細胞と比較した結果、草本、木本を通して広く用いられてきたムラシゲ・スク

ーグ培地の無機塩類濃度よりも高い Mg、Ca 塩濃度による促進効果を初めて見出し

た。

これまで、増殖細胞の誘導が難しかったヒルギダマシポット苗の葉に対して、若

干の増殖を得る植物ホルモン条件と、培地無機塩類の低下による反応性は既知であ

るが、本年度は、既知のナトリウム塩や、糖による促進以外に、マグネシウムとカ

ルシウム塩の高濃度による促進効果を初めて見出した。

第16回助成研究発表会要旨集(平成16年7月)

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18 助成番号 0317

マングローブのプロトプラスト培養系開発

助成研究者:笹本浜子(横浜国大 環境情報研究院)

共同研究者:中村達夫(横浜国大 環境情報研究院)

1. 研究目的

海水中にも生育しうるような強い耐塩性の性質を持つマングローブ類は、これまで、細

胞培養や組織培養による個体再分化系の開発は難しかった。また、増殖細胞あるいはカル

スを得ることも困難なものが多く、ロッカクヒルギや、マヤプシキで一部成功しているに

すぎない。特に細胞からさらに細胞壁を除いたプロトプラストからの個体再生系は、今ま

で成功例が無い。これが確立できると、細胞融合や、細胞選抜により、あるいは遺伝子操

作による育種が可能になり、類まれな耐塩性の形質の利用により、塩類集積土壌の改善や、

緑化事業に用いる可能性が生まれる。本研究では、マングローブプロトプラストを用いた

培養系の開発を目指す。

これまで、助成研究者は、バイオマス生産樹であるが耐塩性は弱いポプラやシラカンバ

のプロトプラストからの個体再生系の確立を行い、電気細胞融合により、細胞のマイクロ

マニピュレーション選抜と、個体再生の研究実績がある。また、異種間、異属間林木の細

胞融合後の細胞からの個体再生にも成功してきた経験もあり、このような技術を活用して、

遺伝子組み換えによらぬ、細胞自身の能力を最大限に引き出す手法を追求したい。

同時に、耐塩性や高浸透圧耐性の形質は、プロトプラストや増殖細胞においても発現し

ているので、これを利用して、特殊な形質を持つ植物に対する、種々の化学物質の影響を、

多穴シャーレを用いて簡単に、定量的にバイオアッセイするシステムをも構築したい。

2. 研究方法

2.1.増殖細胞誘導と継代培養条件の検討

ヒルギダマシ(Avicennia marina)種子のポット苗の葉を材料として用いた。種子は主に

西表島において採取され、水道水に保存して用いた。発根した種子をバーミキュライトを

入れた 1/10,000 ポットに植え、水を張ったバットの中でハイポネックスを適宜与えて育成

された苗を用いた。中性洗剤で予備洗浄後、1~5%次亜塩素酸 Na 溶液、10-50 分間など

の滅菌処理後、クリーンベンチ内にて、オートクレーブ滅菌した逆浸透(R.O.)水により

3回洗浄し、無菌シャーレ内でメスにより細断した細断片を 10-50ml 平底管ビン中の

平成15年度助成研究報告集Ⅰ(平成17年3月発行)

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0.5-2ml 液体培地に入れ、オートクレーブ滅菌した透明なフィルムのカバーをして、29℃

暗所において振とう培養を行い、倒立顕微鏡観察を行った(透明カバー平底培養管法)。簡

易顕微鏡ステージを用いて、観察の効率を上げた。

ヒルギダマシと同じように海側に生育しうるマヤプシキ(Sonneratia alba)については、

苗育成が難しいので、沖縄西表島において、完熟種子を持つ実を採集し、種子を次亜塩素

酸Na滅菌して寒天0.8%のみあるいは、MS(Murashige & Skoog、1962)の基本培地の

みを含む寒天培地で育成した芽生えの子葉、胚軸などを用いた。ヒルギダマシと同じよう

に、「透明カバー平底培養管法」を用いて、不定胚形成細胞などの分化能の強い細胞を得る

ため、遊離細胞に注目して最適培地条件の検索を行った。液体培養により、基本培地とし

て、多くの草本、木本材料で用いられてきたMSの塩類、有機酸、アミノ酸、3%ショ糖

条件を用いた。植物ホルモンとして、オーキシンの2,4-ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)

0.1 µMのみ、およびN-(2-クロロ-4-ピリジル)-N’-フェニルウレア(CPPU)、0.1 µMを

加えた条件で増殖した細胞を、誘導時と同じ条件で継代培養を試みた。

2.2.プロトプラスト単離

ヒルギダマシのポット苗の葉、マヤプシキの種子から得られた無菌芽生えの子葉、胚軸、

非無菌芽生えの葉、および、メヒルギ(Kandelia candel)、オヒルギ(Bruguiera

gymnorrhiza)、協力者により入手した、外国産マングローブ種子(マルバヒルギダマシ

Avicennia alba, ウラジロヒルギダマシ A. officinalis, コヒルギ Celiops tagal, フタバナ

ヒルギ Rhizophora apiculata)材料について、ポット苗および、ペットボトルと川砂を

用いた苗育成を行い、その葉等からプロトプラストを単離する細胞壁分解酵素条件を探索

した。浸透圧調節剤としてソルビトールの 0.4M から 1.8M の濃度範囲の影響を調べた。

セルラーゼ R10、セルラーゼ RS、ヘミセルラーゼ、ドリセラーゼ 20、マセロザイム R10、

ペクトリアーゼ Y-23 を組み合わせた 24 種の条件を用い、倒立顕微鏡観察と、助成研究者

が工夫したマイクロチューブによる簡易定量法と、フルオレセイン2酢酸の蛍光検出によ

るプロトプラストの生存率測定によって、単離最適条件を判断した。酵素濃度はペクトリ

アーゼ以外は 4%などの高濃度も用いた。

これまでの 24 穴シャーレによる 0.4 ml 探索法の他に、96 穴シャーレと、専用恒温シェ

ーカーの組み合わせを用いて、少量の材料と酵素 50 µl による単離も試みた。

2.3.プロトプラスト培養

ヒルギダマシ葉や、マヤプシキ子葉のプロトプラスト培養の際に用いた方法により、メ

ヒルギ葉プロトプラストの培養条件の探索を行った。その際、ソルビトール 1.2M を含む

MS 培地を基本に、植物ホルモンの、オーキシン 2,4-D サイトカイニンとして、BA, CPPU,

Kinetin, 2-iP の他に、アブシジン酸(ABA)を用いた。

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マヤプシキ子葉のプロトプラストは、寒天培地によって育成した無菌芽生えを用いて、

培養を試みた。上記植物ホルモンの各種濃度組み合わせを用いた。

ロッカクヒルギの液体培養細胞からのプロトプラストおよび、ポプラ葉プロトプラスト、

および、草本タバコ培養細胞(BY-2)のプロトプラスト培養を多穴シャーレを用いて行い、

細胞の変形肥大やコロニー形成に対する4種の塩すなわち Na, K, Mg, Ca の影響を比較し

た。ウェルスキャナーを用い、倒立顕微鏡観察によってコロニー数を数えた。ロッカクヒ

ルギとタバコは、MS 基本培地、ポプラは、硝酸アンモニウムを除いた MS 基本培地を用

いた。浸透圧調節のためマンニトール 0.3M から 0.6M を用いた。96 穴シャーレ中 50 µl

の培地に 104-106/ml の細胞密度のプロトプラストサスペンジョンを 5 µl 分注し、28℃暗

所の炭酸ガス培養器内(炭酸ガス供給無し)の湿室で培養した。

2.4.細胞融合

電気細胞融合実験は本研究の予定には無いが、過去に行ったヒルギダマシの子葉プロト

プラスト、ロッカクヒルギプロトプラスト等の電気融合条件を、ポプラ葉プロトプラスト

の電気細胞融合条件とデータ整理によって比較を行った。

3. 結果と考察

3.1.増殖細胞の誘導継代培養

マヤプシキについて、これまで得られているめしべや種子由来のカルス以外に、以下の

ように、子葉由来の液体培養から、初めて継代可能な増殖細胞を得ることができた(未発

表)。寒天培地および、これに MS の無機塩を含む培地によって育成した、マヤプシキの

無菌の芽生えの子葉を用いて、液体振とう培養―透明カバー平底培養管法によって、倒立

顕微鏡観察により最適ホルモン条件を決定し、得られた増殖細胞を、誘導時と同じ2種類

すなわち、2,4-D、0.1µM のみおよび、2,4-D, CPPU、各 0.1µM の植物ホルモン条件にお

いて、継代培養することが初めて可能になった。この増殖細胞は、2,4-D のみの培地にお

いては、単細胞が多く、CPPU を含むと細胞塊が多い傾向があった。また、後者で、不定

根の分化が得られた 1)。

これまで、増殖細胞の誘導が難しかったヒルギダマシポット苗の葉からの誘導に対して、

若干の増殖を得る植物ホルモン条件などはわかっているので(植物ホルモンのサイトカイ

ニン高濃度要求性の他に、ジベレリン酸の分裂促進効果、培地中の、窒素、リン、カリウ

ム、カルシウム等の低濃度の影響)1)、本年度新しい要因検索を行った。すなわち塩の濃

度を低下させる実験はこれまで行ってきたが、高濃度の実験は初めて行った。これにより、

その初期分裂反応の特徴として、既知のナトリウム塩や、マンニトールなどの糖による促

進効果、および、カリウムによる阻害効果以外に、マグネシウムとカルシウム塩の高濃度

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による促進効果を初めて見出した 2)。

3.2.プロトプラスト単離

葉からのプロトプラスト単離について、国内海外を含めて3科、8種について、多穴シ

ャーレを用いて細胞壁分解酵素の組み合わせと、浸透圧条件について探索し、論文化した

3) (Fig. 1, 2)。特徴として、セルラーゼ RS が R10 に比べて効果的である点があげられる。

6 種の酵素の組み合わせと、酵素濃度、浸透圧の調節によって、すべての種において、十

分単離可能であった。Rhizophora apiculata のように、比較的低い浸透圧条件で単離され

るものもあったが、他の多くは、高い浸透圧を要求し、かつ広い浸透圧範囲濃度によって

単離された。この他、ヒルギダマシ、A. lanata の子葉 4)、マヤプシキの子葉、胚軸、など

からプロトプラストが単離できている。

6種の酵素の濃度組み合わせを用いて、定量的に実験を行うため、24 穴シャーレを用い、

マイクロチューブ、ピペットマンを用いた簡易精製定量法を確立した。

24 穴シャーレの方が定量性にすぐれたが、本年特に材料の少量化を目的とした、96 穴

シャーレを用いた単離法の改良を行った。専用振とうインキュベーターを組み合わせて用

いることにより、24 穴シャーレとの定性的反応差は無いので、多くの材料を一時に試みる

ことができること、セパレートタイプの 96 穴シャーレを用いることにより、酵素をあら

かじめ溶解分注した後、冷凍保存したものを用意しておき、必要な時に融解して用いるこ

とができること、などの利点があり、簡易性に優れる。

3.3.プロトプラスト培養

より低温の環境に強いと考えられるメヒルギの葉プロトプラストの細胞肥大には、植物

ホルモンのアブシジン酸(ABA)の高濃度が促進的であり 5)、マヤプシキ子葉のプロトプラ

ストの細胞肥大・分裂に対しても、比較的高濃度のアブシジン酸が効果的であった 6)。ABA

は、ポプラ葉プロトプラストに対して阻害的であり、一般に植物の成長に対して分裂阻害

に働くことが多いのに対し、特異な反応と言える。ヒルギダマシ葉のプロトプラスト培養

については、調べたどのホルモン条件下でも、若干の細胞肥大以外は、細胞分裂は誘起で

きなかった 7)。

ロッカクヒルギ葉由来の液体振とう培養細胞の、96 穴シャーレによるプロトプラスト培

養と、ウェルスキャナー付属の倒立顕微鏡観察により、4種の塩すなわち、Na, K, Mg, Ca

塩に対する反応性を、非耐塩性のバイオマス生産樹ポプラや、草本タバコの培養と比較し

た。その結果、草本、木本を通して広く用いられてきた MS 培地の無機塩類濃度よりも高

いマグネシウム塩、カルシウム塩濃度による促進効果を初めて見出した (Fig. 3, 4) 。 こ

れにより、ナトリウム塩ばかりでなく、マグネシウム塩、カルシウム塩に対する耐性を持

っているのが、マングローブの特徴であることが明らかになった。また、培地の pH 変化

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により、それらの塩の影響は大きく変化する (Fig. 5)。このような特徴は、マングローブ

生育域の pH の広い範囲の変化と、土壌中のマグネシウム塩やカルシウム塩の高濃度との

関係を示唆する 2)。

プロトプラスト培養では、96 穴シャーレ中の極少量の培地量での、色々な植物ホルモン

などの濃度変化の影響を調べることができるので、プロトプラスト培養の結果を参考にし

て、組織片からの増殖細胞誘導条件を絞り込むことができる。同じように、塩の影響につ

いても、ロッカクヒルギプロトプラスト培養から得られた、マグネシウム、カルシウム塩

の効果を、組織片からの他のマングローブの細胞増殖誘導に利用して、同様な促進効果が

得られた 8)(本稿3.1.)。

96 穴シャーレを用いて、プロトプラストからの細胞肥大や、分裂細胞数、コロニー数な

どを計測することにより、容易に反応を定量化でき、細胞壁のある細胞に対する影響をみ

る場合よりも定量的に評価しやすい利点がある。このように、無菌的に単離されたプロト

プラストは、微量化学物質の影響を調べる、簡易アッセイシステムにもなりうる。現在の

ところ、既知の植物ホルモン類の種々の濃度の影響や、無機塩類、糖などの効果を検討し

ているが、同じような手法で、作用が未知の物質の検定にも、用いることができると考え

られる。目的にかかげた、多穴シャーレを用いて簡単に、定量的にバイオアッセイするシ

ステムを構築することが可能になったと判断する。

3.4 細胞融合

非無菌条件でのヒルギダマシ子葉プロトプラスト内の電気融合は可能であった。また、

ロッカクヒルギのプロトプラスト内、およびロッカクヒルギとポプラ葉プロトプラスト間

(異科間)の電気融合は、他の異科間の電気融合の場合 9)と同じように、ポプラ葉同一種

内プロトプラスト電気融合 10)と同じ条件において可能であった。すなわち、2.5mMCaCl2

を含む 0.55M マンニトール中で、200V/cm の交流電圧によって、パールチェーンを作り、

2KV/cm, 100 µ 秒の直流パルス電圧を与えると効率的に融合がおき、それぞれ無菌培養も

可能であった 11)。

4.今後の課題

マヤプシキ子葉プロトプラストからの若干の分裂条件が明らかになり、一方子葉由来の

継代培養可能な培養細胞が得られたので、さらに分裂効率を上げるための条件および、再

分化条件の探索が課題である。

ヒルギダマシポット苗の葉は、一応無菌のプロトプラストは得られるようになったが、

増殖の反応性は、子葉や胚軸の方が高い。胚軸、子葉は共に、バクテリアやカビ汚染が強

く、現在のところ長期間の培養は難しいが、将来、無菌化が容易な新鮮な種子を入手する

ことが望まれる。

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細胞融合については、本年 2 月より異科間の細胞融合が遺伝子組み換えと同様な扱いと

なった。今後は、同種間の融合により、ポプラにおいて少数でのプロトプラスト培養が可

能になった例や、植物ホルモンに対する反応性が変化し、培養が容易になった利点などを

生かして、同種間同属間細胞融合を培養の効率化に用いることが考えられる。

本研究によって、いろいろなマングローブ種からプロトプラスト単離条件が明らかにな

ったので、これらを用いた培養系開発研究が可能となった。

5. 文献等

1) 笹本浜子、中村達夫、ソルトサイエンス研究財団平成14年度助成研究報告集 249-258,

2004

2) T. Fukumoto, T. Nakamura, M. Suzuki, S. Ogita, T. Mimura, H. Sasamoto, Plant

Biotechnology (accepted)

3) Y. Kawana, H. Sasamoto, Y. Mochida, K. Suzuki, Mangrove Science (accepted)

4) H. Sasamoto, Y. Wakita, S. Baba, Plant Biotechnology 14,101-104.1997

5) 川名祥史、笹本浜子、鈴木邦雄、日本マングローブ学会’03年次大会講演要旨集p2,

2003

6) 笹本浜子、福元健志、中村達夫、21 回日本植物細胞分子生物学会大会講演要旨集 p145,

2003

7) 笹本浜子 日本マングローブ学会’02年次大会講演要旨集p2, 2002

8) 川名祥史、笹本浜子、福元健志、68 回日本植物学会大会発表予定 2004

9) H. Sasamoto, T. Fukumoto, Y.Wakita, S.Yokota, N.Yoshizawa, T. Katsuki, Y. Nishiyama,

T. Yokoyama, M.Fukui 2004 World Congress on In Vitro biology Abst. P72A, 2004

10) H.Sasamoto, Y.Wakita, S.Yokota, N.Yoshizawa: J.For.Res. 5(4)265-270, 2000.

11) 笹本浜子、荻田信二郎、三村徹郎, 111回日本林学会大会学術講演集 p603 2000.

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Development of Protoplast Culture System of Recalcitrant Mangrove Trees

Hamako Sasamoto and Tatsuo Nakamura

Faculty of Environment and Information Sciences, Yokohama National University

Summary

Mangrove trees are very salt tolerant and can grow even in seawater. They have been

recalcitrant for cell and tissue culture except for a few species. No report has been

published on protoplast cultures in which cell walls are removed under osmotic

conditions and plants regenerated. Establishment of protoplast culture system of

mangrove cells will be valuable, not only for basic research of the whole process from

single cell to plant regeneration, but also for genetic engineering of unique

characteristics of mangrove trees through cell fusion and cell selection, and their

utilization for reforestation and improvement of salt-rich soil areas.

The main theme of this study is to establish a protoplast culture system from

recalcitrant mangrove trees. Another important aspect is to develop a unique bioassay

system of cell cultures to study the effects of different additives, such as plant growth

regulators and chemicals on mangrove protoplasts. This approach will shorten the

time needed to analyze their effects on the environment using a whole plant system.

We have developed an efficient surveying method using multi-well plates for the

determination of optimum enzyme combinations and osmotic conditions needed for the

isolation of leaf protoplasts from eight mangrove species of three different families.

Using multi-well culture plate method, we found stimulatory effects of high

concentrations of Mg and Ca salts at various pHs on cell divisions of a mangrove,

Bruguiera sexangula, protoplasts.

Stimulatory effects of Mg and Ca salts were also first found with leaf culture of

Avicennia marina by using a flat-bottomed tube method. Free cells and callus

formation were subsequently observed under an inverted microscope. Sustainable

liquid culture was first obtained from cotyledons of Sonneratia alba by using the above

method.

平成15年度助成研究報告集Ⅰ(平成17年3月発行)