正常ヒト皮膚におけるレチノイソ酸受容体遺伝子発...

7
日皮会誌:100 (12), 1227一1233, 1990 (平2) 正常ヒト皮膚におけるレチノイソ酸受容体遺伝子発現パターソ 正常ヒト皮膚におけるレチノイソ酸受容体(RAR) 遺伝子の発現パターンを, RAR-α,・β,-yのcDNAよ り作製したリボプローブを用い,in situhybridization 法により解析した. RAR-αおよびRAR-y遺伝子は表 皮に特異的に発現していたが, RAR-β遺伝子は表皮 にも真皮にもほとんど発現していなかった. RAR-α とRAR-y遺伝子は表皮の基底細胞層,有辣細胞層の いずれにおいても発現しており,両遺伝子の発現パ ターンに明らかな差異を見いだせなかった.さらに, RAR-αおよびRAR-y遺伝子はエクリン汗腺におい ても発現していた.以上の結果は,ヒト皮膚において 表皮ケラチノサイトおよび附属器上皮細胞がレチノイ ソ酸の標的細胞であることを示すとともに,ケラチノ サイトおよび附属器上皮細胞の分化調節に, RARの サブタイプのうちRAR-αとRAR-7が関与している ことを示唆している. ビタミソA (retinol)はその発見以来,動物の成長, 正常な視覚,生殖および上皮細胞の分化とその維持に 必須の物質であることが知られてきた1).レチノイソ 酸(retinoic acid, 以下RA)はretinolの最も重要な 代謝産物の1つであり, retinalが視覚機能を司るレチ ノイドであるのに対し,RAは上皮細胞の増殖,分化を 調節する活性レチノイドと考えられている2). 1987年に報告されたレチノイソ酸受容体(retinoic acid receptor, RAR)は,ステロイド/チロイドレセ プターファミリーに属する核内受容体で,ヒトおよび マウスにおいて,これまでにα,βおよびyの3種の complementary DNA (cDNA)がクローニソダされ ている3)~7).RAの作用機序はこれまで不明の点が多 かったが,現在,RAはリガソドとしてRARに結合 し,そのDNA結合部分を活性化し,これがRA応答 岡山大学医学部皮膚科学教室(主任 荒田次郎教授) 平成2年6月n日受付,平成2年8月17日掲載決定 特掲 別刷請求先:(〒700)岡山市鹿田町2-5-1 岡山 大学医学部皮膚科学教室 藤本 遺伝子の調節領域に特異的に結合することにより,そ の遺伝子の発現を調節すると考えられている≪. RAR 遺伝子の発現パターンは, in situ hybridization法に よりマウス胚9)1°),マウスの指骨11)マウスおよびヒト の皮膚12)で調べられており,皮膚においてはRAR遺 伝子が表皮に特異的に発現していることが証明されて いる12)しかし,ヒト皮膚における3種のRAR遺伝子 の発現パターンは,まだ報告されていない.著者は, ヒト皮膚におけるRA標的細胞の同定を行い,かつ, 3種のRAR遺伝子の発現パターンを比較するため, RAR-a, -β,-yのcDNAよりリボプローブを作製し, 正常ヒト皮膚切片を用いて,加situ hybridization法 を施行したので,その結果を報告する. 材料および方法 1.材料 3名の植皮手術患者の恵皮部(愕部)正常皮膚より, 直径3mmのDISPOPUNCH(STIEFEL)を用いて皮 膚生検を施行した. 1. In situhybridization (ISH)法 既に,野地らが報告している方法13)に従い以下の如 く施行した. 1)組織の固定,パラフィン包埋 皮膚片は,生検後ただちに4%パラフォルムアルデ ヒドを含む0.07Mリソ酸緩衝液に浸し,4℃にて3時 間固定した.固定終了後,滅菌したPBS(0.9%NaCl, lOmMリソ酸, pH 7.4)で15分間,3回洗浄後,エタ ノールにより脱水,キシレンで透徹後,パラフィソ (Tissue Prep, Fisher Scientific)に包埋した. 2)組織切片の処理 ミクロトームにて,5μm厚の連続切片を作製し, Poly-L-lysine (Sigma, P1524)でコートしたスライド ダラス上に,滅菌水を用いて42℃で伸展した.37℃で 一夜乾燥し,得られたスライドグラスは,キシレソーエ タノールのシリーズで脱パラフィンを行った.以下の ステップは,すべて滅菌した器具および溶液を使用し た。PBSで5分間洗浄し,グリシン(2mg/m1)に10分, 2回浸してクェソチし, O.IMトリェタノールアミソ 中で, 0.25% (V/V)無水酢酸処理を,室温で15分間 行った. 2XSSCで10分間,2回洗浄し,プレハイブリ

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Page 1: 正常ヒト皮膚におけるレチノイソ酸受容体遺伝子発 …drmtl.org/data/100121227.pdf日皮会誌:100 (12), 1227一1233, 1990 (平2) 正常ヒト皮膚におけるレチノイソ酸受容体遺伝子発現パターソ

日皮会誌:100 (12), 1227一1233, 1990 (平2)

正常ヒト皮膚におけるレチノイソ酸受容体遺伝子発現パターソ

藤  本

          要  旨

 正常ヒト皮膚におけるレチノイソ酸受容体(RAR)

遺伝子の発現パターンを, RAR-α,・β,-yのcDNAよ

り作製したリボプローブを用い,in situhybridization

法により解析した. RAR-αおよびRAR-y遺伝子は表

皮に特異的に発現していたが, RAR-β遺伝子は表皮

にも真皮にもほとんど発現していなかった. RAR-α

とRAR-y遺伝子は表皮の基底細胞層,有辣細胞層の

いずれにおいても発現しており,両遺伝子の発現パ

ターンに明らかな差異を見いだせなかった.さらに,

RAR-αおよびRAR-y遺伝子はエクリン汗腺におい

ても発現していた.以上の結果は,ヒト皮膚において

表皮ケラチノサイトおよび附属器上皮細胞がレチノイ

ソ酸の標的細胞であることを示すとともに,ケラチノ

サイトおよび附属器上皮細胞の分化調節に, RARの

サブタイプのうちRAR-αとRAR-7が関与している

ことを示唆している.

          緒  言

 ビタミソA (retinol)はその発見以来,動物の成長,

正常な視覚,生殖および上皮細胞の分化とその維持に

必須の物質であることが知られてきた1).レチノイソ

酸(retinoic acid, 以下RA)はretinolの最も重要な

代謝産物の1つであり, retinalが視覚機能を司るレチ

ノイドであるのに対し,RAは上皮細胞の増殖,分化を

調節する活性レチノイドと考えられている2).

 1987年に報告されたレチノイソ酸受容体(retinoic

acid receptor, RAR)は,ステロイド/チロイドレセ

プターファミリーに属する核内受容体で,ヒトおよび

マウスにおいて,これまでにα,βおよびyの3種の

complementary DNA (cDNA)がクローニソダされ

ている3)~7).RAの作用機序はこれまで不明の点が多

かったが,現在,RAはリガソドとしてRARに結合

し,そのDNA結合部分を活性化し,これがRA応答

岡山大学医学部皮膚科学教室(主任 荒田次郎教授)

平成2年6月n日受付,平成2年8月17日掲載決定

 特掲

別刷請求先:(〒700)岡山市鹿田町2-5-1 岡山

 大学医学部皮膚科学教室 藤本 亘

一旦

遺伝子の調節領域に特異的に結合することにより,そ

の遺伝子の発現を調節すると考えられている≪. RAR

遺伝子の発現パターンは, in situ hybridization法に

よりマウス胚9)1°),マウスの指骨11)マウスおよびヒト

の皮膚12)で調べられており,皮膚においてはRAR遺

伝子が表皮に特異的に発現していることが証明されて

いる12)しかし,ヒト皮膚における3種のRAR遺伝子

の発現パターンは,まだ報告されていない.著者は,

ヒト皮膚におけるRA標的細胞の同定を行い,かつ,

3種のRAR遺伝子の発現パターンを比較するため,

RAR-a, -β,-yのcDNAよりリボプローブを作製し,

正常ヒト皮膚切片を用いて,加situ hybridization法

を施行したので,その結果を報告する.

         材料および方法

 1.材料

 3名の植皮手術患者の恵皮部(愕部)正常皮膚より,

直径3mmのDISPOPUNCH(STIEFEL)を用いて皮

膚生検を施行した.

 1. In situhybridization (ISH)法

 既に,野地らが報告している方法13)に従い以下の如

く施行した.

 1)組織の固定,パラフィン包埋

 皮膚片は,生検後ただちに4%パラフォルムアルデ

ヒドを含む0.07Mリソ酸緩衝液に浸し,4℃にて3時

間固定した.固定終了後,滅菌したPBS(0.9%NaCl,

lOmMリソ酸, pH 7.4)で15分間,3回洗浄後,エタ

ノールにより脱水,キシレンで透徹後,パラフィソ

(Tissue Prep, Fisher Scientific)に包埋した.

 2)組織切片の処理

 ミクロトームにて,5μm厚の連続切片を作製し,

Poly-L-lysine (Sigma, P1524)でコートしたスライド

ダラス上に,滅菌水を用いて42℃で伸展した.37℃で

一夜乾燥し,得られたスライドグラスは,キシレソーエ

タノールのシリーズで脱パラフィンを行った.以下の

ステップは,すべて滅菌した器具および溶液を使用し

た。PBSで5分間洗浄し,グリシン(2mg/m1)に10分,

2回浸してクェソチし, O.IMトリェタノールアミソ

中で, 0.25% (V/V)無水酢酸処理を,室温で15分間

行った. 2XSSCで10分間,2回洗浄し,プレハイブリ

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藤本  亘

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レチノイン酸受容体遺伝子

ダイゼイショソ(50%フォルムアミド, 2XSSC, lOmM

DTT)を, 50 °Cで30分間行った.

 3)ハイブリダイゼイション

 組織切片上の溶液を軽く吸引したのも,リボプロー

ブ(5×104dpm/μDを含むハイブリ溶液(2XSSC, 10

mM DTT, 1μg/μltRNA, 1μg/μI超音波切断変性

DNA, 1μg/μ1牛血清アルプミソ, 10%dextran sul-

fate)を適量のせ,パラフィルム(約24×30mm)でカ

バーし,湿潤箱にいれ,50℃で16時間反応させた.反

応終了後, 50%フォルムアミド, 2XSSC, lOmM DTT

を含む溶液で,50℃,20分間,3回洗浄し, NTE(0.5

M NaCl, lOmM Tris; pH 8,lmM EDTA)中,37℃

で, RNase(20μg/mD処理を30分間行った.ついで,

O.lxSSC, lOmM DTT で20分間,3回洗浄したのち,

エタノールシリーズにて脱水,乾燥させた.

 4)オートラジオグラフィー

 スライドダラスを乳剤(Kodak NTB-2, 1:1希

釈)に浸し,乾燥後,4℃で5~10日間露光した.現

像は, D-19を用い20℃で3分間行い, Fujifixで,5分

間定着,水洗後,ヘマトキシリソ,エオシンで染色し,

暗視野,明視野にて検鏡した.

 5)リボプローブの作製

 テンプレートDNAは, RAR-α遺伝子のプp-ブ

には, human RAR-αcDNA(pTM61A)のリガソド

結合領域(E領域)を含むフラングノソトを用いた.ま

た, human RAR-α,-β,-yのアミノ酸配列は,マウ

スのRAR,すなわちmRARのそれぞれ対応するサブ

タイプのアミノ酸配列と90%以上の相同性を有する7)

Fig. 1 Exppession of retinoic acid receptor genes,

 as revealed by 加situ hybridization on the sec-

 tions of the normal human skin. (A) Section

 hybridized with hRAR-a anti-sense probe, and

 photographed under bright-field illuminationべB)

 Same section as in A, photographed under dark-

 field illumination. (C) Section hybridized with

 mRAR-β antisense probe, and photographed

 under bright-field illumination. (D) Same section

 as in C,photographed under dark-field illumina-

 tion. (E) Section hybridized with mRAR-y

 antisense probe, and photographed under bright-

 field illumination. (F) Same section as in E,

 photographed under dark一field illumination. The

 apparent signal at the tip of rete ridge is due to

 light scattering by melanin of the basal cells (see

 Fig. 2).

122‘9

ことより, RAR-β, RAR-yの遺伝子のプローブには,

mRAR-β, mRAR-r cDNA をテンプレートとして用

いた. RNA合成ベクター, pGEM7 (Promega Co.)

に目的の遺伝子を挿入し, SP6またはT7RNAポリメ

ラーゼにより35S。UTPを用いてセンスRNAおよび

アンチセンスRNAを合成した.比放射能を液体シン

チレーションカウンターで測定し,テンプレート

DNAを2UのDNaseで37℃,30分で分解後,1Mアン

モニウム酢酸,10μg tRNA を加えエタノール沈澱し

た. Coxら14)の方法で, RNAを約150bになるように

加水分解し,酢酸で中和後,一度エタノール沈澱を行

い,沈澱をlOmM DTT と1μ1のRNase阻害剤を含む

水溶液に溶かしてプローブとして使用した.

 今回使用したRAR-αmRNA検出用のリボプp-

ブは, hRAR-αcDNAのE領域を含むフラグメソト

から作製したものであり,この領域のアミノ酸配列は

hRAR・ycDNAのE領域のアミノ酸配列と84%の相

同性を有している7)が,3種のRAR間でコドソ使用頻

度が全く異なるため,プローブによる,他のRAR遺伝

子転写産物へのクロスハイブリダイゼーショソはみら

れなかった.hRAR-αcDNAおよびmRAR cDNA

は, A. Zelent博士, M. Petkovich博士およびP.

Chambon博士(CNRS, Strasbourg, France)より供

与されたものを用いた.

          結  果

 3つのRAR遺伝子サブタイプ検出用アソチセンス

リボプローブでハイブリダイゼイショソさせ,明視野,

暗視野で観察したもののうち,各プローブでの代表的

な結果の弱拡大像をまとめてFig. 1に示す.明視野に

おいてシグナル銀粒子は微細黒色穎粒としてみられ

(Fig. lA, C, E),それぞれに対応する暗視野像(Fig.

IB, D, F)では,白く見える粒子が銀粒子である.ま

ず, RAR-α検出用アソチセソスリボプローブによる

ISHの結果,感光銀粒子は主として表皮へ集積してい

るのが観察された(Fig. lA, B).次に, RAR-β検出

用アソチセソスリボプローブによるISHの結果,表

皮,真皮共に感光銀粒子の集積は乏しかった(Fig. lC,

Dλ表皮突起の先端にみえるシグナルは,強拡大像で

観察すると,基底細胞のメラニンに一致しており(Fig.

2),顕微鏡光線の散乱の結果生じたものと考えられた.

RAR-y検出用アソチセソスリボプp-ブでのISHの

結果は. RAR-α検出用アソチセソスリボプローブで

の結果とほぼ同様で,感光銀粒子の表皮への集積が観

察された(Fig. IE, F). RAR・αおよびRAR-y検出

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1230

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参.4うJ1

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Fig. 2 Expression of retinoicacid receptor genes

 as revealed by in situ hybridization with the

 mRAR-βanti-sense probe. Same section as in(C)

 of Fig. 1 at high power, photographed under

 bright-fild(A) and dark-field (B) illumination.

 The epidermis and the dermis show few specific

 signals.Arrowheads indicate light scattering by

 melanin of the basal cells.

藤本  亘

用アンチセソスリボプローブによるISHの結果,感光

銀粒子の表皮への集積は表皮の有性細胞層上層よりも

・.・・i:・・f・・・・・:i・・χ ,・y ==・==‘・・;=;・==・一一。,

  ’しl’  ・’犬l

。A

WI ・

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表皮突起の方が高いようにみえるが(Fig. lA, B, E,

F),強拡大像では,銀仁子の密度は表皮の各層におけ

る細胞の密度を反映しており,各細胞あたりの銀粒子

数には顕著な差異を認めなかった(Fig. 3).真皮のシ

グナルについては, RAR-αおよびRAR-y検出用アソ

チセンスリボプローブによるISHの結果,表皮のほか

にエクリン汗腺部にも銀粒子の集積が認められた

(Fig. 4).さらに強拡大像にて銀粒子をカウントし,

血管内皮細胞の部分とバックグラウンドの部分との平

均値の差の検討を行ったところ,有意差を認めた(p

(to)<0.05).しかし,線維芽細胞や組織球のうち銀粒

子を有するものは非常に乏しく,一部の細胞では観察

されたが,それが特異的なものか否かは,判断できな

かった.

 ネガティブコントロールとして,3種のRAR遺伝

子に対するセソスプローブで同時にハイブリダイゼイ

ショソを行ったところ, RAR-αおよびRAR-yのセソ

スプローブで,表皮および汗腺に感光銀粒子の著しい

集積を認めた.この原因は不明であるが,著者らは,

ヒト皮膚で,神経成長因子(NGF)およびエラスチン

のmRNAに対するアソチセソスプローブでは, RAR

遺伝子の発現部位と同一部位に特異的なシグナルを認

め得なかったので11)12)今回のRAR遺伝子に対する

アソチセソスプローブで得られたシグナルもRAR遺

伝子の転写産物を示しているものと考えられた.セソ

Fig. 3 Expression of the RAR-y genes in normal human skin. Adjacent section

 to (E) of Fig. 1 hybridized with the mRAR-y antisense probe. Photographed

 under bright-field(A) and dark-field(B) illumination at high power. Specific

 signal is seen both in the basal celllayer and in the squamous celllayers.

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,7

 j

・/j

レチノイン酸受容体遺伝子

Fig. 4 Expression of the RAR-y genes in eccrine sweat g】ands.Same section as

 in (E) of Fig. 1 at high power, photographed under bright-field(A)and

 dark-field(B) illumination.Strong signal is seen in the epithelialcells of an

 eccrine sweat gland.

スプp-ブによるシグナルはヒトに限らず,マウスで

のISHでも同様の結果が得られており11)12),RAR遺

伝子の2本鎖DNAの両鎖とも転写されていることを

示しているのか,セソスプローブとハイブリダイゼー

ショソする塩基配列を有する転写産物とのクロスハイ

ブリダイゼーショソの結果生じたものかは,今後充分

検討する心要があろう.

          考  察

 著者は,ヒト皮膚におけるRAの標的細胞を同定す

るとともに,3種のRARの役割を理解するための第

一歩として,加面tu hybridization法を用い,正常皮

膚でのRAR遺伝子の発現パターンを解析した.その

結果,3種のRAR遺伝子のうち, RAR-α,とRAR-y

遺伝子が表皮に特異的に発現していること,および

RAR-β遺伝子は,表皮にも真皮にもほとんど発現し

ていないことを確認した.皮膚におげるRAR遺伝子

の発現に関しては,既にNorthern blot hybridization

法により,ヒト胎児皮膚では3種のRAR RNAs全て

が,また成人皮膚ではRAR-yRNAが優位に検出され

ることが示されている7).マウスでは, Northern blot

hybridization法でmRAR-α, mRAR-yの両遺伝子の

発現が4日目および成熟マウスの皮膚で認められてい

る6).またーウス胚発生過程での, in situhybridization

の結果, 14.5日胚までにmRAR-y遺伝子の転写産物

が胎児の表皮真皮層および軟骨細胞に検出されるのに

対し, mRAR-α遺伝子の転写産物は筋,皮膚,軟骨膜

1231

などを含む多数の臓器に検出されること9)より,上皮

細胞の分化や軟骨新生には, RAR-yが重要な働きを

していると考えられている9)1o).今回の実験では,

RAR-y遺伝子転写産物のシグナル強度はRAR-α遺

伝子転写産物のそれとほぼ同等であったし,発現パ

ターンも両遺伝子間に明らかな差異を見いだせなかっ

た.従ってRAR-aもヒト正常皮膚でRARの機能を

分担している可能性が高いと考えられた.実際に,

Northern blot hybridization法で成人の皮膚に,

RAR-α遺伝子の転写産物を検出したという報告15)も

あり今回の実験結果は,その報告を支持するものであ

る.

 RAR-β遺伝子の転写産物が表皮にも真皮にもほと

んど検出されなかった点は, Northern blot hybridiza-

tionの結果7)とよく一致している.しかし, RAR-β遺

伝子の転写産物はヒトのteratocarcinoma cellや肺

臓7)に限らず,皮膚でも,ヒト胎児皮膚,培養真皮線維

芽細胞,培養ヒトケラチノサイトなど急速に増殖しつ

っある細胞では検出されることが報告されている15)

このことは,ヒト成人皮膚でも創傷治癒の開始ととも

にRAR-β遺伝子の発現が始まる可能性を示してお

り, RAR-βの皮膚での機能を解明する鍵になるかも

しれない.

 RAR-αおよびRAR-y遺伝子の転写産物は基底細

胞にも有林細胞にも検出された.培養ヒトケラチノサ

イトを用いると,終末分化を開始した細胞のサイト

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1232 藤本  亘

ソール蛋白で, retinolがRAに転換されるs)ことが証

明されており,ケラチノサイトがRAの標的細胞であ

るのみならず産生細胞でもあることが証明されつつあ

る.今後,ケラチノサイト内で, retinolをRAに転換

する酵素系が確立されれば,RAが終末分化を調節す

る機構はさらに明らかになると思われる.

 今回の実験により,ヒト皮膚においてケラチノサイ

ト以外に,エクチソ汗腺の分泌細胞や導管上皮細胞も

RAの標的細胞であることが明らかとなった.著者ら

は, hRAR・αCDNAより作製したリボプローブを用い

て,加琵tu hybridization法により,ヒト皮膚の毛嚢

や脂腺にもRAR遺伝子が発現していることを既に確

認しているので,ケラチノサイトの他に,毛嚢,脂腺,

汗腺など表皮附属器の上皮細胞もRAの標的細胞で

あるのは間違いないと思われる.13・cis retinoic acid

が緬む伽Oで脂腺細胞の分裂,脂肪生成を調節し得る

こと16)も脂腺細胞でのRARの存在を示唆している.

さらに,血管内皮細胞には非常にわずかながらも,

RAR遺伝子転写産物の存在が示唆されたので,血管

内皮細胞もRAの標的細胞である可能性は否定でき

ない17)しかし,多くの線維芽細胞,組織球などには

                           文

 1) Rotan R : Effects of vitamin A and its analogs

   (retinoids) on normal and neoplastic cells. Bio-

   chim Bioi>h\sActa,ら05: 33-91, 1980.

 2) Wolf G : Multiple functions of vitamin A,

   月'tysiol R?嗚64 : 873-937, 1984,

 3) Petkovich M, Brand NT, Krust A, Chambon P:

   A human retinoic acid receptor which belongs

   to the family of nuclear receptoT, Noture,330:

   444-450, 1987.

 4) Giguere v, Ong ES, Segui P, Evans RM:

   Identification of a receptor for the morphogen

   retinoic acid, Nature, 330: 624-629, 1987.

 5) De Th6 H, Marchio A,Tiollais 0,Deiean A:

   A novel steroid theyroid hormone receptor

   related gene inappropriately expressed in

   human hepatocellular carcinoma,Nature!,330 :

   667-670, 1987.

 6) Zelent A,Krust A,Petkovich M, Kastner P,

   Chambon P : Cloning of murine α andβ

   Γetinoic acid receptors and a novel receptor y

   predominantly expressed in skin, Naね・ire,339 :

   714-717, 1989.

 7) Krust A,Kastner P,Petkovich M, Zelent A,

   Chambon P : A third human retinoic acid rece-

   皿or, hRAR-7, Pれ)cNat!AcadSciUSA,86,

   5310-5314, 1989.

RAR遺伝子転写産物を認めがたかったので,胎生期

に真皮(線維芽細胞)に発現するRAR遺伝子9)が出生

後は発現しなくなる可能性が考えられた.すなわち,

生理的条件下では線組芽細胞はRAによる調節をう

けていないか,あるいは,ごく限られた細胞のみか調

節をうけており,ある条件下でRAR遺伝子の発現が

増強し,RAの作用を受けるようになることが推測さ

れた.

 本稿の要旨は,第15回太平洋皮膚研究学会で報告した.

 稿を終えるにあたり, RAR CDNAを分与していただい

たCNRS (France)のA. Zelent博士, M. Petkovich博

士並びにp. Chambon博士に感謝いたします.また,御校

閲,御指導下さいました荒田次郎教授,並びに,岡山大学歯

学部口腔生化学教室の谷口茂彦教授に深謝いたします.ま

た,終始直接の御指導と御鞭捷をいただいた岡山大学歯学

部口腔生化学教室の野地澄晴助手に謝意を表します.さら

に本研究の遂行にあたり,御助力,御協力をいただいた岡山

大学歯学部麻酔科学教室の小山英樹助手,川崎医科大学薬

理学教室の濃野 勉助手に心より御礼甲し上げます.この

研究は,一部,文部省科学研究費(1989, No. 01770735)

によって援助された.

  8) Saurat JH : How do retinoids work on human

   epidermis ? A breakthrough and its implica・

   tions, Clin£ゆZ)m・tol, 13, 360-364, 1988.

  9) DoUg P, Ruberte E,Kastner P,Petkovich M,

   Stoner CM, Gudas LJ, Chambon P:

   Differential expression of genes encoding α,β

   and y retinoic acid receptors and CRABP in the

   developing limbs of the mouse, Notwre, 342,

   702-705, 1989.

 10) Ruberte E, Dolle P,Krust A, Zelent A, Morriss-

   Kay G, Chambon P: Specific spatial and tem-

   poral distribution of retinoic acid receptor

   gamma transcripts during mouse em・

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Expression Pattern of Retinoic Acid Receptor Genes in Normal Human Skin

                 Wataru Fujimoto

       Department ofDermatology,Okayama UniversityMedicalSchool

       (Received June 11,1990;acceptedforpublicationAugust 17,1990)

  Expression pattern of the retinoc acid receptor (RAR) genes in normal human skin was investigated by in situ

hybridization method. Using the riboprobes from cDNAs for three subtypes of RAR, we found that the RAR-a and

the RAR-7 genes were eχpressed in the epidermis. Significant expression of the RAR-βgene was deteted neither in

the epidermis nor in the dermis. Expression of the RAR・aand ・y genes was detected both in te basal celllayer and in

the squamous cell layers. Moreover, the RAR-a and -アgenes were expressed in the eccrine sweat glands as well.

These results indicate that the target cells for retinoic acid (RA)in human skin are keratinocytes and the epithelial

cells of epidermal appendages. These findings thus demonstrate that, among three subtypes of RAR, both RAR・a

and RAR-y are essential for control of epidermal and epithelial cell differentiation in human skin。

  (Jpn J Dermatol 100: 1227~1233,1990)

Key words: retinoic acid receptor gene, hybridization in situ, epidermis, epidermal appendages, human skin