とくちょう 立山連峰の植生の特 とやまと自然 no.164 2019...

8
41の号 No.164 2019 富山市科学博物館 TOYAMA SCIENCE MUSEUM 立山連 れんぽう 峰の植生の特 とく ちょう 杉田 久志 こう ざん たい ではオオシラビソ林が みられますが樹 じゅ こう が低く疎 りん じょう その広がりは小さく、替 わりにハ ッコウダゴヨウ低木林、ササ原、 ショウジョウスゲ湿 しつ げん などの明る い景観が広がります。 高山帯では、稜 りょう せん の風 かざかみ 上側は風 ふう しょう 、風 かざしも 下側は吹 きだまりとなり、 その環 かん きょう に応 おう じた高山植物群 ぐん らく 成立します。ハイマツは地表が安 定な小 しょう とつ を中心に、風 ふう しょう や吹 きだまりを避 けて分 ぶん します。

Upload: vuonghuong

Post on 26-Jul-2019

220 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

第41巻冬の号

No.164 2019

富山市科学博物館TOYAMA SCIENCE MUSEUM

立山連れんぽう

峰の植生の特とく

徴ちょう

 

杉田 久志

 亜あ

高こう

山ざん

帯たい

ではオオシラビソ林がみられますが樹

じゅ

高こう

が低く疎そ

林りん

状じょう

でその広がりは小さく、替

わりにハッコウダゴヨウ低木林、ササ原、ショウジョウスゲ湿

しつ

原げん

などの明るい景観が広がります。

 高山帯では、稜りょう

線せん

の風かざかみ

上側は風ふう

衝しょう

地ち

、風かざしも

下側は吹ふ

きだまりとなり、その環

かん

境きょう

に応おう

じた高山植物群ぐん

落らく

が成立します。ハイマツは地表が安定な小

しょう

凸とつ

地ち

を中心に、風ふう

衝しょう

地ち

や吹ふ

きだまりを避さ

けて分ぶん

布ぷ

します。

2 とやまと自然No.164 2019

 立山連れん

峰ぽう

は北アルプス北部に位置し、3,015m

の立山 ( 大お お

汝なんじ

山 ) を最さいこうほう

高峰として剱つるぎ

岳だけ

、薬やく

師し

岳だけ

、大だいにちだけ

日岳、毛け

勝かち

三さんざん

山などの山なみが富山平野

から程ほどちか

近い位置に聳そび

え立た

っています。立山連れん

峰ぽう

の雄ゆうだい

大な景観は、それを仰あお

ぎ見み

て育った富山の

人々の郷きょう

土ど

の誇ほこ

りであり、また訪おとず

れた旅行者の

心に残る絶ぜっけい

景となっています。そこでは日本を

代表する原生的な自然が残され、ユニークな自

然環かん

境きょう

のなかで多様な植生が成立しています。

本ほんこう

稿では、立山連れん

峰ぽう

の植生について紹しよう

介かい

し、そ

の特とく

徴ちょう

、環かん

境きょう

との関係について解かいせつ

説します。

■立山の自然環かん

境きょう

は世界的にみてユニーク 植生の話に入る前に、気候、地

質しつ

、地形といっ

た自然環かん

境きょう

の話をしましょう。立山の植生の成

立にはさまざまな環かん

境きょう

要よういん

因が関かか

わっています

が、それぞれが世界的にみても厳きび

しくユニーク

なものであり、そのことが特とく

異い

な植生の成立に

結びついています。

○急きゅう

激げき

な隆りゅう

起き

と激はげ

しい侵しん

食しょく

、急きゅうしゅん

峻な山さんがく

岳地形

 立山連れん

峰ぽう

が 3,000m 級の高さをもっているの

は激はげ

しい隆りゅう

起き

が起こったからです。日本列島全

体が環かんたいへいよう

太平洋造ぞうざんたい

山帯に位置していますが、立山

を含ふく

む北アルプスは日本のなかでも最大級の隆りゅう

起き

を示しめ

しています。数百万年前以い

降こう

、とくに

150 万年前~ 80 万年前頃ころ

に急きゅう

激げき

に隆りゅう

起き

したと

考えられ、現げんざい

在でも隆りゅう

起き

を続けています。一方

で流水による激はげ

しい侵しん

食しょく

が谷を刻きざ

み、黒部 峡きょう

谷こく

をはじめとして深い峡きょう

谷こく

をつくっています。

その結果、急きゅう

斜しゃめん

面により構こうせい

成される山さんがく

岳地形が

形成され ( 図 1)、斜しゃめん

面崩ほうかい

壊や地すべり地形が

多くみられます。

○火山が形成したなだらかな高原状じょう

の地形

 立山火山 ( 弥み

陀だ

ヶ原はら

火山 ) は 22 万年前頃ころ

ら溶ようがん

岩の噴ふん

出しゅつ

を中心とする活動を始め、とくに

10 万年前頃ころ

に膨ぼうだい

大な量の火か

砕さい

流りゅう

を噴ふん

出しゅつ

して美

女平、弥み だ

陀ヶ原はら

、大日平などのなだらかな地形

をつくりました ( 図 2)。火山活動はその後も

続いて天てん

狗ぐ

平だいら

や室むろ

堂どう

平だいら

を形成し、現げんざい

在でも地じ

獄ごく

谷だに

で噴ふん

気き

活動を続けています。火山の本体は崩ほう

壊かい

・侵しん

食しょく

されて立山カルデラとなり、火か

砕さい

流りゅう

溶よう

岩がん

流りゅう

の台地も称しょうみょう

名川や真川に削けず

られて縮しゅく

小しょう

ましたが、急きゅうしゅん

峻な山さんがく

岳地形のなかに残ざんぞん

存してい

るたおやかな高原状じょう

の地形は、すばらしい景観

立山連れんぽう

峰の植生の特とくちょう

徴杉田 久志(雪森研究所)

図 1 隆りゅう

起き

と侵しん

食しょく

で形成された急きゅう

峻しゅん

な山さん

岳がく

地形(毛勝三山、   大倉山から)

図 2 火か

砕さい

流りゅう

や溶よう

岩がん

流りゅう

が形成した弥み

陀だ

ヶ原はら

の緩かん

斜しゃ

面めん

(奥おく

大だい

日にち

岳だけ

から)

著ちょ

者しゃ

紹しょう

介かい

:杉すぎ

田た

久ひさ

志し

 富山市生まれ。富山高校卒業。岩手大学農学部附ふ

属ぞく

演えん

習しゅう

林りん

を経へ

て、森林のことを幅はば

広ひろ

く研究する国立研

究開発法人森林総そう

合ごう

研究所に勤きん

務む

し、全国のさまざまな森を調ちょう

査さ

研究してこられました。現げん

在ざい

、雪国の森

のことを研究する「雪ゆきもり

森研究所」を富山市の自じ

宅たく

に開かい

設せつ

し、精せい

力りょく

的てき

に活動しておられます。

3とやまと自然No.164 2019

をつくるのみではなく、独どくとく

特の植生を成立させ

ています。

○世界一の強風地帯

 日本の上空では常じょう

時じ

西寄よ

りの風 ( 偏へん

西せい

風ふう

) が

強く吹ふ

いていますが、とくに冬季にはヒマラヤ

山脈で二手に分かれた2つの強い気流 ( ジェッ

ト気流 ) が日本上空で合流するため、極きょく

端たん

に風

速が大きくなります。その影えい

響きょう

により、東北か

ら中部の山さんがく

岳は世界一の強風地帯となっていま

す。

○日本有数の多雨雪地帯

 海に面した高い山脈に海上からの風がぶつか

ると急きゅう

激げき

な上じょうしょう

昇気流が生じ、空気中に含ふく

まれて

いた水分が雲を作って雨や雪をもたらします。

富山市の年降こう

水すい

量りょう

は約 2,300mm ですが、山さん

岳がく

地ち

域いき

では 5,000mm あるいはそれ以上になると

推すい

定てい

され、紀き

伊い

半島、四国、南九州と並なら

ぶ日本

有数の降こう

水すい

量りょう

の多い地ち

域いき

となっています。

○冬季季節風と暖だん

流りゅう

がもたらす世界一の多雪環かん

境きょう

 この地ち

域いき

では年間を通して降こう

水すい

がみられま

すが、とくに特とく

徴ちょう

的てき

なのは冬季に大量の降こう

雪せつ

があることです。西高東低の気き

圧あつ

配置になる

と、シベリアに中心を持つ大陸の高こう

気き

圧あつ

からア

リューシャン沖おき

の低てい

気き

圧あつ

に向かって北西の季節

風が吹ふ

きます。大陸の乾かわ

いた風は日本海上を吹ふ

くうちに湿しめ

ったものに変わります。日本海は対つ

馬しま

暖だん

流りゅう

が流入して海水温が高く、大量の水すい

蒸じょう

気き

を供きょう

給きゅう

するのです。その湿しめ

った強風が日本列

島にぶつかると日本海に近い山に大量の降こう

雪せつ

もたらします。一方、太平洋側の山では水分を

落として比ひ

較かく

的てき

乾かわ

いた風が吹ふ

き抜ぬ

けるため降こう

雪せつ

は少なく、日本海側から太平洋側へ移うつ

るにつれ

て積雪量が減げん

少しょう

する傾けい

向こう

がみられます。

 東アジアの中で日本は例外的に多雪な地ち

域いき

あり、地球全体でみても日本は北米太平洋岸、

ラブラドル半島、五大湖、ノルウェー、ニュー

ジーランド南島と並なら

び世界有数の多雪地ち

域いき

す。その日本の中でも、立山は日本海に最も近

く聳そび

える高山であり、世界最大級の多雪地と

言っても過か

言ごん

ではありません ( 図 3)。

■強風がもたらす不ふ

均きん

一いつ

な積雪分ぶん

布ぷ

 西寄よ

りの冬季の風がまともに当たる稜りょう

線せん

の風かざ

上かみ

側では、積もった雪が吹ふ

き払はら

われてしまうた

め、厳げん

冬とう

期き

でもほとんど雪が積もりません。一

方、吹ふ

き払はら

われた雪は稜りょう

線せん

の風かざしも

下側で吹ふ

きだ

まって膨ぼう

大だい

な積雪量となります ( 図 4)。また、

急きゅう

斜しゃ

面めん

ではなだれで崩ほう

落らく

した雪が谷を埋うめ

めま

す。このような不ふ

均きん

一いつ

な積雪分ぶん

布ぷ

はさまざまな

環かん

境きょう

条じょう

件けん

を創つく

り出だ

し、多様な植生を成立させ

ています。

 積雪がきわめて多いところでは、長年にわ

たって消えずに残る多た

年ねん

性せい

雪せっ

渓けい

( いわゆる万まん

年ねん

雪ゆき

) もみられます。立山連れん

峰ぽう

では多くの多た

年ねん

性せい

雪せっ

渓けい

がありますが、そのうち御ご

前ぜん

沢ざわ

雪せっ

渓けい

内く ら の す け

蔵助雪せっ

渓けい

( 図 11)、三ノ窓まど

雪せっ

渓けい

、小こ

窓まど

雪せっ

渓けい

図 4 風下側 ( 東側、右側 ) に雪せっ

庇ぴ

状じょう

に吹ふ

きだまった積雪 (濁

にごりだん

谷山やま

図 3 室堂の積雪断だん

面めん

(2017/04/17) 富山大学が実

じっ

施し

している積雪断だん

面めん

調ちょう

査さ

。この日の積雪深は 5.88m でした。

4 とやまと自然No.164 2019

池ノ谷雪せっ

渓けい

では氷の塊かたまり

があってゆっくり動いて

いることが確かく

認にん

され、現げん

存そん

する氷ひょう

河が

であること

が判はん

明めい

しています。日本のような中ちゅう

緯い

度ど

で氷ひょう

河が

がみられることは、世界有数の多雪地であるこ

とを裏うら

付づ

けています。

■多雪環かん

境きょう

が植物に及およ

ぼす影えい

響きょう

 以上の環かん

境きょう

要よう

因いん

の中でも、植物に及およ

ぼす影えい

響きょう

が大きく、立山を特とく

徴ちょう

づけているものは、多

雪環かん

境きょう

です。その影えい

響きょう

には、植物に恩おん

恵けい

を与あた

るものと被ひ

害がい

を及およ

ぼすものがあります。

○保ほ

護ご

効こう

果か

 積雪の中には空気が多量に含ふく

まれ、コルクや

綿わた

並な

みの優ゆう

秀しゅう

な断だん

熱ねつ

材ざい

です。積雪に埋う

もれるこ

とにより低温や乾かん

燥そう

から保ほ

護ご

され、植物の寒害

や土ど

壌じょう

凍とう

結けつ

が防ぼう

止し

されます。雪は冷たいもの、

というイメージがあると思いますが、氷点下の

低温環かん

境きょう

下では積雪はむしろ暖あたた

かい布ふ

団とん

のよ

うに植物を保ほ

護ご

するのです。

○機械的雪害

 雪が非ひ

常じょう

に重いことは、雪かきをした人なら

皆みな

実感しているでしょう。降ふ

った雪が樹じゅ

木もく

の枝えだ

葉は

に付着すると、その重みに耐た

えきれず、折れ

ることがあります ( 冠かん

雪せつ

害 )。また積もった雪

が締し

まって縮ちぢ

む時、あるいは斜しゃ

面めん

に沿そ

ってゆっ

くり動こうとする時にも強大な圧あつ

力りょく

がかかり、

幹みき

が折れたり、裂さ

けたり、根返りしたりします

( 雪せつ

圧あつ

害 )。急きゅう

斜しゃ

面めん

ではなだれが発生し、樹じゅ

体たい

が破は

壊かい

されます。

○生理的雪害

 雪の多いところでは積雪に覆おお

われている期間

が半年以上に及およ

びます。積雪下では植物は低温

にさらされ、光合成もできないので、雪ゆき

融ど

けが

遅おそ

いところでは生育できる期間が短くなってし

まいます。また傾けい

斜しゃ

の緩ゆる

いところでは、融ゆう

雪せつ

水すい

の流出が滞とどこお

るため過湿な状じょう

態たい

が長く続きます。

積雪下の温度環かん

境きょう

はほぼ 0℃に保たも

たれ、そのこ

とが植物に保ほ

護ご

効こう

果か

を与あた

えることは前に述の

べま

したが、一方では低温でも活動できる菌きん

による

病害の蔓まん

延えん

をもたらす効こう

果か

もあり、樹じゅ

木もく

の更こう

新しん

を阻そ

害がい

する要よう

因いん

となります。以上のような生理

的な雪害は、見た目は地味ですが、植生の成立

を規き

定てい

する重大な要よう

因いん

となっています。

■植生の垂すい

直ちょく

分ぶん

布ぷ

帯 前

ぜん

段だん

が長くなりましたが、これから立山連れん

峰ぽう

の植生の紹しょう

介かい

に入ります。この山さん

域いき

は標高の幅はば

が広く、標高によって植生が推すい

移い

すること ( 垂すい

直ちょく

分ぶん

布ぷ

帯 ) がみとめられます。教科書的には、

標高 1,600m 以下がブナなどの落葉広こう

葉よう

樹じゅ

が優ゆう

勢せい

な山地帯、1,600 ~ 2,500m がオオシラビソ

などの常じょう

緑りょく

針しん

葉よう

樹じゅ

が優ゆう

勢せい

な亜あ

高こう

山ざん

帯たい

、2,500m

付近が森林限げん

界かい

で、それより高い標高域いき

がハイ

マツの優ゆう

勢せい

な高山帯となります。しかし、実じっ

際さい

の植生はこのような単たん

純じゅん

なものではなく、図 5

に示しめ

すように多様な植物群ぐん

落らく

があり、複ふく

雑ざつ

な植

生分ぶん

布ぷ

がみられます。

■高山帯でモザイク状じょう

の植生分ぶん

布ぷ

 高山帯ではハイマツ低木林が広がります ( 図

6) が、森林限げん

界かい

以上の全ぜん

域いき

を被おお

っているわけ

ではなく、各種の草本・矮わい

低てい

木ぼく

群ぐん

落らく

( いわゆる

高山植物群ぐん

落らく

) がみられ、モザイク状じょう

の植生分ぶん

図 5 立山連れん

峰ぽう

の植生分ぶん

布ぷ

模も

式しき

図ず

図 6 ハイマツ低木林

5とやまと自然No.164 2019

布ぷ

がみられます。ハイマツは、地表が安定し、

積雪が多過ぎも少な過ぎもしない一番いい場所

を占し

めています ( 図 7)。西寄よ

りの冬季の風が

まともに当たる稜りょう

線せん

の風上側の積雪の少ないと

ころでは、厳げん

冬とう

季き

には土ど

壌じょう

が凍とう

結けつ

し、また雪が

消えた後は凍とう

結けつ

・融ゆう

解かい

が繰く

り返かえ

されるなかで地

表の砂さ

礫れき

が攪かく

拌はん

され移い

動どう

するため、植物の定着

には過か

酷こく

な環かん

境きょう

になります。そこではコメバツ

ガザクラ、ミネズオウ、ガンコウランなどの背せ

の低い風ふう

衝しょう

植しょく

物ぶつ

群ぐん

落らく

( 図 8) や強風砂さ

礫れき

地がみ

られます ( 図 9)。一方、風下側の積雪が極きょく

端たん

に多いところでは雪ゆき

融ど

けが遅おそ

く、越えつ

年ねん

する場合

もあります。生育期間が十分に確かく

保ほ

できないま

ま秋を迎むか

えたり、雪ゆき

融ど

け水による過か

湿しつ

条じょう

件けん

続いたりなど、植物の生育や結実に不ふ

適てき

な環かん

境きょう

となります。そこではアオノツガザクラや

ショウジョウスゲなどの雪田植生がみられ

( 図 10)、最も雪ゆき

融ど

けが遅おそ

いところでは残ざん

雪せつ

砂さ

礫れき

地となります ( 図 11)。風上側と風下側とは

まったく質しつ

が違ちが

うけれども、ともに過か

酷こく

な環かん

境きょう

のもとにそれぞれ独どく

特とく

の植生が成立しているの

です。このような現げん

象しょう

は、冬季の強い風が不ふ

均きん

一いつ

な積雪条じょう

件けん

をつくるために起こるので、「季き

節せつ

風ふう

効こう

果か

」とよばれています。多雪な山では一いっ

般ぱん

的てき

にみられるものですが、立山では高山帯の

主稜りょう

線せん

で典型的にみることができます。

■亜あ

高こう

山ざんたい

帯で針しんようじゅ

葉樹林の発達が悪い 亜

高こう

山ざんたい

帯は針しんようじゅ

葉樹が優ゆうせい

勢であることが特とく

徴ちょう

図 7 ハイマツ低木林の分ぶん

布ぷ

(雷らい

鳥ちょう

坂ざか

付近)

図 8 風ふう

衝しょう

矮わい

低てい

木ぼく

群ぐん

落らく

(浄じょう

土ど

山さん

)   コメバツガザクラ、ウラシマツツジなど

図 10 雪せつ

田でん

群ぐん

落らく

(浄じょう

土ど

山さん

) アオノツガザクラなど

図 9 真ま さ ご

砂岳だけ

付近の稜りょう

線せん

の風上側(西側)   強風砂

礫れき

地、強風草原、背せ

の低いハイマツ群ぐん

落らく

図 11 真ま さ ご

砂岳だけ

付近の稜りょう

線せん

の風下側(東側)2018/09/06    残雪砂

礫れき

地、残雪 ( 氷ひょう

河が

) が残る(内く ら の す け

蔵助雪せっけい

渓)

6 とやまと自然No.164 2019

的てき

な植生帯です。本州ではモミ属ぞく

のシラビソ、

オオシラビソ、ツガ属ぞく

のコメツガ、トウヒ属ぞく

トウヒが混こんこう

交した針しんようじゅ

葉樹林が広がり、積雪が少

ない山ではシラビソとコメツガが、多雪な山で

はオオシラビソが優ゆうせい

勢になります。立山連れん

峰ぽう

針しんようじゅ

葉樹林では、岩いわ

尾お ね

根にコメツガ林がみられる

のを除のぞ

けば、オオシラビソが圧あっ

倒とう

的てき

に優ゆう

勢せい

です。

しかしながら、樹じゅ

高こう

10m を越こ

える発達したオ

オシラビソ林は適てき

度ど

の傾けい

斜しゃ

のあるところにわず

かにみられるのみ ( 図 12,13) で、ほとんど

は 5m 程てい

度ど

の疎そ

林りん

になっています ( 図 14)。主しゅ

幹かん

が損そん

傷しょう

して軸じく

を替か

えて伸の

びている樹じゅ

形けい

は、風

雪に痛いた

めつけられながら逞たくま

しく生きていること

を示しめ

しています。そのような貧ひん

相そう

な林を含ふく

めて

も、オオシラビソ林が亜あ

高こう

山ざん

帯たい

域いき

のなかで占し

る広がりはあまり大きくなく、ダケカンバ林や

低木林、ササ原、草原が広がっています。亜あ

高こう

山ざん

帯たい

域いき

が低木林・草原の明るい景観となってい

る山は各地で知られており、とくに多雪な山に

多いことが指し

摘てき

され、見た目では高山帯に似に

いるので、ニセモノの高山帯、「偽ぎ

高こう

山ざん

帯たい

」と

よばれています。

■緩かん

斜しゃめん

面で低木林、湿しつげん

原群ぐんらく

落が発達 亜

高こう

山ざん

帯たい

の標高であるにもかかわらず低木

林、ササ原、草原の明るい景観が広がる現げん

象しょう

弥み

陀だ

ヶ原はら

で典型的にみることができます。弥み

陀だ

ヶ原はら

は約 10 万年前に噴ふん

出しゅつ

した火か

砕さい

流りゅう

堆たい

積せき

物ぶつ

により形成され、緩かん

斜しゃめん

面が広がっています。低

木林で優占しているのはハッコウダゴヨウです

( 図 15)。この樹じゅしゅ

種はハイマツとゴヨウマツ

の雑ざっ

種しゅ

起き

源げん

と考えられており、斜なな

めに幹みき

が伸の

びるという両りょう

樹じゅ

種しゅ

の中間的な樹じゅけい

形をしていま

す。ササ原を形成するのはオクヤマザサです

( 図 16)。草原で優占しているのはショウジョ

ウスゲ、ヌマガヤ、イワイチョウなどです ( 図

17)。この群ぐん

落らく

は、排はい

水すい

の悪い緩かん

斜しゃ

面めん

で大量の

融ゆう

雪せつ

水が供きょう

給きゅう

されて生じる過か

湿しつ

環かん

境きょう

により成立

図 12 発達したオオシラビソ・ダケカンバ林(弥み だ

陀ヶ原はら

    カルデラ展てんぼうだい

望台付近)

図 13 カルデラ展てんぼうだい

望台付近の発達したオオシラビソ林    胸

きょう

高こう

直径 70cm、樹じゅこう

高 20m に達する

図 14 樹じゅこう

高の低い疎そ

林りん

状じょう

のオオシラビソ林(弥み だ

陀ヶ原はら

図 15 ハッコウダゴヨウ低木林(弥み だ

陀ヶ原はら

7とやまと自然No.164 2019

する湿しつ

原げん

植生です。ショウジョウスゲなどの枯かれ

草くさ

は分ぶん

解かい

されるよりも供きょう

給きゅう

されるほうが多いの

で、腐くさ

りきらずにたまっていきます。その泥でい

炭たん

が水分を保ほ

持じ

するので、雪がなくなってからも

過か

湿しつ

条じょう

件けん

が続き、ササや樹じゅもく

木の侵しん

入にゅう

が抑よく

制せい

れて湿しつ

原げん

が持続します。緩かん

斜しゃめん

面には階かい

段だん

状じょう

の微び

地ち

形けい

があり、平へい

坦たん

面に水がたまって小さな池

( 池ち

塘とう

) ができて ( 図 18)、その周辺にはミズ

ゴケ湿しつ

原げん

もみられます。立山では山さん

岳がく

信しん

仰こう

と結

びついて「餓が

鬼き

の田たん

圃ぼ

」とよばれます。池ち

塘とう

青空を映うつ

す湿しつ

原げん

の景観はとても魅み

力りょく

的てき

です。

■山地帯の緩かん

斜しゃ

面めん

でスギ、ゴヨウマツが優ゆうせい

勢 雪の多い地

域いき

の山地帯ではブナ林が広がるの

が一いっ

般ぱん

的てき

です。立山地ち

域いき

でも有あり

峰みね

などでブナが

優占する森林が広くみられます。黒くろ

薙なぎ

川、片かた

貝かい

川、早はや

月つき

川、称しょう

名みょう

川などの流りゅう

域いき

では、立山の山

地帯林のもうひとつの主役、スギが多くみられ、

急きゅう

峻しゅん

な山さん

腹ぷく

の小尾根を中心にブナ、ミズナラ、

ミズメ、ウダイカンバなどと混こん

交こう

しています

( 図 19)。美女平からブナ平、下ノ子平、上ノ

小平へと続く火か

砕さい

流りゅう

台地の緩かん

斜しゃ

面めん

ではスギの巨きょ

木ぼく

が林立し ( 図 20)、富山森林管かん

理り

署しょ

の調ちょう

査さ

は幹みき

周まわり

6m 以上の巨きょ

木ぼく

が 147 本あるそうです。

 美女平から上ノ小平までの緩かん

斜しゃ

面めん

上での標高

にともなう植生の推すい

移い

をみると、美女平 (950

図20 バス道路沿えん

線せん

で最も大きなスギ巨きょぼく

木   (仙

せん

洞どうすぎ

杉:幹みきまわ

回り940cm,樹じゅこう

高21m,ブナ平)

図19  早はやつき

月川流りゅう

域いき

のスギ・広こう

葉よう

樹じゅ

混こんこう

交林

図 16 オクヤマザサのササ原(弥み だ

陀ヶ原はら

図 17 ヌマガヤ・ショウジョウスゲ湿しつげん

原(弥み だ

陀ヶ原はら

図 18 湿しつげん

原では池ち

塘とう

が点てんざい

在する(弥み だ

陀ヶ原はら

追分付近)

8 とやまと自然No.164 2019

とやまと自然 第41巻第4号〔冬の号〕〔通算164号〕平成31年1月5日発行発行所 富山市科学博物館 〒939-8084 富山市西中野町一丁目8-31TEL 076-491-2125 FAX 076-421-5950 URL http://www.tsm.toyama.toyama.jp/発行責任者 宮本博行 印刷所 中央印刷株式会社 TEL 076-432-6572

~ 1,100m) からブナ平 (1,100 ~ 1,250m) にか

けてスギとブナの混こん

交こう

林となっています ( 図

21) が、標高 1,240m 程てい

度ど

でブナがほとんど見

られなくなり、下ノ子平 (1,250 ~ 1,350m) や

上ノ小平 (1,320 ~ 1,550m) ではスギとゴヨウ

マツの混こん

交こう

林になっています ( 図 22)。ブナ坂

や刈かり

安やす

谷、桑くわ

谷沿ぞ

いの比ひ

較かく

的てき

急な斜しゃ

面めん

ではブナ

の純じゅん

林が 1,420m までみられ、スギ・ブナ混こん

交こう

林は 1,450m に達します。松まつ

尾お

峠とうげ

近くの水谷で

はブナ林が最高で 1,800m に達していることか

ら、下ノ子平や上ノ小平でブナがほとんどみら

れないのは標高が高い ( 気温が低い ) ためでは

なく、傾けい

斜しゃ

が緩ゆる

いために融ゆう

雪せつ

水の排はい

水すい

が悪いこ

とが関係していると考えられます。

■地ち

史し

的観点から植生の成立を考える 地球環

かん

境きょう

は不変ではなく、長い時間の流れの

なかで大きく変動し、とくに第四紀とよばれる

時代に入って変動が激はげ

しくなっています。最近

の 100 万年間には約 10 万年の周期で寒冷な氷ひょう

期き

と温おん

暖だん

な間かん

氷ぴょう

期き

とが交代し、現げん

在ざい

は間かん

氷ぴょう

期き

にあたります。その前の氷ひょう

期き

で最も寒かった頃ころ

( 約 2 万年前 ) には、海水面が 100m くらい低

下して対つし

馬ま

海かい

峡きょう

が狭せま

くなり、暖だん

流りゅう

が日本海に流

入しにくくなって、日本海側の地ち

域いき

でも現げん

在ざい

どは多雪でなかったと考えられています。その

後に著いちじる

しい温おん

暖だん

化か

が起こり、海水面が上じょう

昇しょう

して

日本海に暖だん

流りゅう

が入るようになって、約1万年前

に現げん

在ざい

のような温おん

暖だん

で多雪な環かん

境きょう

になったよう

です。現げん

在ざい

の植生はこのような劇げき

的てき

な環かん

境きょう

化にともなう変へん

遷せん

の結果として成立したもので

あり、そして今もなお変化の途と

上じょう

にある、とい

う地ち

史し

的観点は、植生の成立を理り

解かい

するうえで

重要です。

 一いっ

般ぱん

的てき

に植生分ぶん

布ぷ

と環かん

境きょう

との間には強い対たい

応おう

関係がみられますが、植生は現げん

在ざい

の環かん

境きょう

のみで

決まるのではなく、過か

去こ

の成り行きを引きずっ

ていることがあります。環かん

境きょう

の変化があまりに

も急きゅう

激げき

な場合には、植生の分ぶん

布ぷ

域いき

拡かく

大だい

が追いつ

かず ( タイムラグ )、植生と環かん

境きょう

とが対たい

応おう

しな

くなることもあり得ます。たとえば、弥み

陀だ

ヶ原はら

のショウジョウスゲ・ヌマガヤ湿しつ

原げん

は、かつて

は現げん

在ざい

より広い範はん

囲い

に広がっていたけれど、現げん

在ざい

はササが侵しん

入にゅう

して縮しゅく

小しょう

し、さらにそのササ原

にハッコウダゴヨウやオオシラビソが侵しん

入にゅう

する

途と

上じょう

にあるのかもしれません。美女平~上ノ子

平のブナも拡かく

大だい

途と

上じょう

かもしれません。もしそう

だとすれば、現げん

在ざい

環かん

境きょう

の変化が進行して侵しん

入にゅう

可か

能のう

になったのか、あるいは侵しん

入にゅう

可か

能のう

な環かん

境きょう

は以前から整っていたけれど分ぶん

布ぷ

拡かく

大だい

が追いつ

いていないのか、などいろいろな可か

能のう

性せい

が考え

られます。

 それを議ぎ

論ろん

するためには、現げん

生せい

の植生分ぶん

布ぷ

環かん

境きょう

との関係を明らかにするとともに、過か

去こ

植生変へん

遷せん

や環かん

境きょう

変化に関する知見が必要です。

立山地ち

域いき

でもいくつか植生・環かん

境きょう

史の研究が

行われていますが、さらに地点を増ふ

やして情じょう

報ほう

を蓄ちく

積せき

することが望まれます。現げん

生せい

の植生研究

と過か

去こ

の植生史研究が連れん

携けい

して議ぎ

論ろん

を深めるこ

とにより、植生の成立について正しく理り

解かい

する

ことが可か

能のう

になると期待されます。

図 21 スギ・ブナ混こん

交こう

林(美女平) 図 22 スギ・ゴヨウマツ混こん

交こう

林(上ノ子平)