丸紅、インドネシアの電力不足解消に貢献: チレ...

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http://www.jbic.go.jp/ja/report/reference/index.html ジャカルタ駐在員事務所 2013 5 丸紅、インドネシアの電力不足解消に貢献: チレボン石炭火力発電所が商業運転開始 はじめに インドネシアは約24000万人という世界第4位の人口を抱え、旺盛な国内需要とその豊 富な天然資源を背景としてここ数年、毎年GDP成長率6%以上の高い経済成長を続けている。 一方、今後の持続的な経済成長を維持するためにインフラの整備が必須な局面にきており、 インフラ整備の遅れが今後のさらなる経済成長のボトルネックにもなり得ることから、イ ンドネシア政府としてもインフラ整備は喫緊の課題であると認識している。特に電力需要 の増加は著しく、経済成長率より12%高い水準で毎年増加が見込まれていることから、 電力エネルギーの安定供給のための電源開発が急がれており、官民一体となった国家事業 として位置付けられている。 陸上(左)・海上(右)から見たチレボン石炭火力発電所プロジェクト概観 また、昨今の日本企業はさまざまな理由から海外への進出を余儀なくされているが、そ の範囲は海外への製造拠点の拡大のみならず、インフラ事業の海外展開にまで広がってい る。インフラ事業を興し、インフラを建設し、そしてインフラを運営することで長期にわ たり利潤を得るというパッケージ型の事業展開は日本政府としても支援すべき分野と定め、 国際協力銀行(JBIC)としても金融面からの支援を大きな業務の柱として遂行している。 今回は、インドネシアにおけるJBICの取り組みや同国の電力不足解消に貢献し、今後の 拡張案件によりさらなる貢献が期待される、丸紅出資のチレボン石炭火力発電所プロジェ クトについて紹介させていただく。 1

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http://www.jbic.go.jp/ja/report/reference/index.html

ジャカルタ駐在員事務所

2013 年 5 月

丸紅、インドネシアの電力不足解消に貢献:

チレボン石炭火力発電所が商業運転開始

はじめに

インドネシアは約2億4000万人という世界第4位の人口を抱え、旺盛な国内需要とその豊

富な天然資源を背景としてここ数年、毎年GDP成長率6%以上の高い経済成長を続けている。

一方、今後の持続的な経済成長を維持するためにインフラの整備が必須な局面にきており、

インフラ整備の遅れが今後のさらなる経済成長のボトルネックにもなり得ることから、イ

ンドネシア政府としてもインフラ整備は喫緊の課題であると認識している。特に電力需要

の増加は著しく、経済成長率より1~2%高い水準で毎年増加が見込まれていることから、

電力エネルギーの安定供給のための電源開発が急がれており、官民一体となった国家事業

として位置付けられている。

陸上(左)・海上(右)から見たチレボン石炭火力発電所プロジェクト概観

また、昨今の日本企業はさまざまな理由から海外への進出を余儀なくされているが、そ

の範囲は海外への製造拠点の拡大のみならず、インフラ事業の海外展開にまで広がってい

る。インフラ事業を興し、インフラを建設し、そしてインフラを運営することで長期にわ

たり利潤を得るというパッケージ型の事業展開は日本政府としても支援すべき分野と定め、

国際協力銀行(JBIC)としても金融面からの支援を大きな業務の柱として遂行している。

今回は、インドネシアにおけるJBICの取り組みや同国の電力不足解消に貢献し、今後の

拡張案件によりさらなる貢献が期待される、丸紅出資のチレボン石炭火力発電所プロジェ

クトについて紹介させていただく。

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http://www.jbic.go.jp/ja/report/reference/index.html

インドネシアの電力セクター事情

インドネシアは、先述のとおり電力不足に対応すべく電源開発が急がれる状況下にあり、

インドネシア政府は、電力不足の解消のため、安定的な電力供給体制を構築すべく、2006

年7月に開発容量1万MWの電源開発促進プログラム(第1次fast track program、以下「第1

次プログラム」)を、2010年1月に開発容量9500MWの第2次電源開発促進プログラム(第

2次fast track program、以下「第2次プログラム」)を策定した。脱石油と豊富な石炭資源

の利用拡大をスローガンに掲げる第1次プログラムはそのすべてが石炭火力であり、第2次

プログラムは、石炭火力のほか、地熱、水力などの再生可能エネルギーの利用拡大も目的

としたものである。第1次プログラムはそのほとんどを中国企業が受注したものの、工期の

遅延、想定した出力の未達といったさまざまな問題があり、すべての建設完工は当初予定

の2009年から2014年にずれ込む見通しとなっている。一方、過去に日本企業が受注した案

件では工期の遵守や想定出力の安定的な確保など、その確かな技術力やプロジェクトマネ

ジメント能力において高いプレゼンスを示しており、その違いがインドネシア政府関係者

にも浸透してきていることから、日本企業にとっては商機が期待されている状況となって

いる。

インドネシアにとって電源開発の促進

が喫緊の課題であることはインドネシア

政府も認識しているが、一方でその実施に

必要な膨大な費用は政府の予算だけで賄

えるものではないため、いわゆるPPP

(Public and Private Partnership:官民パ

ートナーシップ)という手法を用いて民間

資金を活用したIPP( Independent Power

Producer:独立系発電事業者)による投資

が期待されている。

実際、わが国をはじめ、外国企業が同国

でのインフラ開発投資を行う際にはさま

ざまなハードルがあり、それらを1つ1つ解

決して、あるいは解決の見込みを立てて投

資判断を行っていく必要がある。特にインフラプロジェクトにおいては、政府サポートの

有無が案件組成上重要な要素となっている。インドネシア政府は、国内における最終的な

エネルギー販売価格を抑えるために電力補助金を予算措置している。国営電力公社(PLN)

は発電単価と売電単価の間に逆ざやが生じており、この赤字分を政府からの補助金で賄う

という構造である。つまり、政府からの補助金がなくなれば、PLNの経営は破たんするこ

とになるため、外国企業が同国にてIPP事業を行う場合には、IPP案件の同国における唯一

のオフテーカーであるPLNの買電契約上の支払い義務に対する政府からの保証など、何ら

かの政府サポートが必要となるのである。

2007 年 8 月、PPA 調印式。壇上左から安倍首相、ユドヨノ大統領、

前列左から PLN 社長、丸紅・坂本副社長、5 人目 JBIC 星専務

対外債務の減少を目指すインドネシア政府は、政府自身が借入を行うことや、外国企業

が実施する発電事業における保証の供与といった偶発債務の増加につながる行為に対し、

一般論としては抑制的ではあるものの、電源開発は急務の課題であり、またその実現には

何らかの政府サポートが必要であるとも認識しており、第2次プログラムのIPP事業に対し

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ては、財務大臣令2011年第139号にて、政府サポートが行われることとされている。また、

電力案件に限らずPPPスキームで開発を進めようとする特定のインフラ案件(PPP Book掲

載案件)に対し政府サポートを供与する機関として、インドネシア政府はIIGF(Indonesia

Infrastructure Guarantee Fund)を設立している。しかしながら、IIGFの資本は現在必要

とされるインフラプロジェクトのすべてをカバーするほどの規模ではなく、今後の資本拡

充や信用補完措置が期待されるところである。

現状においては、第2次プログラムまたはPPP Book掲載案件以外のIPPを含むインフラ事

業に対して政府サポートが付与

される仕組みはなく、インフラ開

発の促進にはかかる点の改善が

必須となるだろう。インドネシア

政府においては、各政府機関がそ

れぞれの役割のもとで連携して

インフラプロジェクトを受け入

れる体制を構築している。一方、

プロジェクト組成やファイナン

スの手当などプロジェクト全体

を取りまとめていく仕組みがな

いこと、また、VGF(Viability

Gap Fund)などのプロジェクト支援の仕組みはつくりながらも具体的に運用するためのメ

カニズムが未だ完成していないことなども課題である。

2010 年3月、Finance Ceremony

インドネシアにおけるJBICの取り組み

JBICはインドネシアの電力セクターにおいて、1990年代半ばから民間企業のインフラ投

資による発電所の建設・運営を金融面から支援してきている。特に、PPPにおける“Public”、

すなわちインドネシア政府の役割について個々のプロジェクトを通じて協議を行い、民間

企業からの投資、そしてJBIC自らはもとより、民間金融機関からの融資を可能ならしめ、

インドネシアのインフラ開発につながる案件の組成に協力してきている。

プロジェクトの組成を進めるうえでは、関係者との協議を通じて、おのおのの理解を得

たうえで協力を引き出すことが必要となる。特に政府との協議においては、まず政府内に

おいて関係先が多岐にわたること、

そして、それぞれの関係先と個々に

協議を進めていかなければならな

いということもあり、ひとつの結論

を出すために多くの時間を費やす

場合が多々あるのも事実である。イ

ンドネシア政府が、インフラ開発を

国家予算のみで進めることが難し

く民間投資による開発を進めよう

とするなか、個々のプロジェクトご

との詳細な協議も必要ではあるも 2012 年 10 月、完工式。右から 2 人目丸紅宮田電力・インフラ部門長、

3 人目ジェロ大臣、4 人目バスリ長官

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のの、PPPに基づくインフラ開発共通の話題、特に、政府の役割についてのプロジェクト

の横断的な議論を進めることがインフラ開発全般の促進には必要であるということが政府

を含めて理解されてきた。

そこで、個々のプロジェクト組成に

おける協議にとどまらず、金融面での

協力によりインフラ開発全般の促進を

目的に、関係各省庁を横断的にひとつ

のテーブルで協議を行う仕組みとして、

2010年2月に「財務政策対話」のフレ

ームワークをインドネシア政府と

JBICとの間に立ち上げた。インドネシ

ア政府側の窓口は財務省が担当し、イ

ンドネシアにおけるインフラ開発の促

進を主題とするワーキングチームとマ

クロ経済、財政などについての協議を

行うワーキングチームが、それぞれ各

関係省庁および各政府関係機関との協議を重ね、年次会合の場において関係者が一堂に集

い、過去の協議の成果と今後の協議の方向性を議論するという仕組みである。

完工式後のチーム丸紅電力一同。右から4人目宮田部門長、

MCC・竹内社長、土方部門長補佐

JBICとしては今後もインドネシア政府との対話をより深化させ、そして、日本企業が参

画する具体的インフラプロジェクトの組成に資するようつなげていきたいと考えており、

今後も各ワーキンググループにおける協議やセミナー、ワークショップなどで活発な議論

を続けていく所存である。同国の電源開発が急がれるなか、先述のとおり高いパフォーマ

ンスを示している日本企業の受注した案件の中で、昨年7月に完工を迎えた丸紅が出資する

チレボン石炭火力発電所プロジェクトについてご紹介させていただく。

チレボン石炭火力発電所プロジェクト

チレボン石炭火力発電所プロジェクトは、丸紅が出資する IPP、PT. Cirebon Electric

Power(CEP)が西ジャワ州チレボンに石炭火力発電所を建設・運営するもので、2012 年

7 月に商業運転を開始している。2012 年 10 月 18 日に実施された完工式典には、エネルギ

ー鉱物資源省のジェロ・ワチック大臣、投資調整庁のハティブ・バスリ長官をはじめ、関

係各国の関係者列席のもと、盛大に行われた。発電容量は 660MW で、総事業費は約 8 億

5000 万ドル。超臨界圧技術を採用した発電所としてはインドネシアで 2 例目であり、発電

された電力は、30 年間にわたり PLN に販売し、電力不足が懸念される首都ジャカルタを中

心とした西ジャワ地区に供給される。

CEP の出資比率は、丸紅が 32.5%、韓国中部電力が 27.5%、Samtan(韓国)と Indika

Energy(インドネシア)が各 20%で、いずれも各子会社経由での出資。建設は韓国の斗山

重工業が一括で請け負った。事業費は JBIC、韓国輸出入銀行、三菱東京 UFJ 銀行、みず

ほコーポレート銀行、三井住友銀行、ING 銀行の協調融資で総額約 6 億ドルを調達した。

丸紅は、日本を含む世界 22 カ国で IPP を展開しており、チレボン発電所の稼働を含め出資

比率に応じた持ち分容量は約 9000MW(2012 年 12 月末時点)となった。日本の商社では

最大であり、世界でも有数の IPP である。

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Interview インドネシアへ貢献できるとの誇りが丸紅電力マンとしての心の支え

丸紅のインドネシアにおける電力事業開発会社である PT. Matlamat Cakera Canggih

(MCC)の竹内社長と PT. Cirebon Electric Power(CEP)の新原財務取締役のお二人に

インタビューをした。 ※文中の肩書きは取材当時のもの。

―インドネシアの電力市場をどうみるか。

高い経済成長率に伴い電力供給が追い付いていないなか、電源開発が急がれる状況にあ

る。東南アジアでも最大の人口を抱え、今後も成長が見込まれるマーケットであることは

間違いなく、丸紅としてもインドネシアは投資枠を拡大し、積極的に取り組んでいくマー

ケットである。チレボンを完工させ、地熱案件にも取り組んでおり、チレボンの拡張も含

め同国の発展に寄与していきたいと考えている。

―チレボンプロジェクトを進めるうえで、また韓国企業との共同プロジェクトという点で

の苦労した点は何か。

発電所サイトにかかる土地収用においては、土地の登記制度などが整備されているとは

いえず、発電所建設に必要な土地の購入に多大な労力を要した。また、土地所有者の特定

や売買の過程における近隣住民の対応にも非常に苦労した。これらに加えて、インドネシ

ア側の本プロジェクトの関係者との折衝においては、縦割り行政の組織体制や意思決定の

遅さなどから思うように進められないことも多く苦労した。

韓国企業と組んでのプロジェクトであったが、プロジェクトファイナンスによる資金調

達を含む IPP 事業のストラクチャーに不慣れで、開発業務に対する方針・考え方の違いも

多くあり、プロジェクトの進め方、問題が発生したときの対処方針などに時としてなかな

か折り合いがつかず、その調整に時間と労力がかかった。

―厳しい状況下で支えとなるものは何か。

チレボンプロジェクトを成功させるという責任感はもちろんのことであるが、本プロジ

ェクトを成功させることでインドネシアの電力不足の解消に貢献し、ひいては同国の人々

の生活環境の改善にもつながるとともに、発電所の建設に伴う地域経済の活性化への寄与

など、同国に対する大きな貢

献ができるという誇りが、さ

まざまな困難を乗り越える

活力となった。今後も発電プ

ロジェクトにかかわる者と

して、根底に流れるこの思い

を大切にプロジェクトに取

り組んでいきたいと思って

いる。

―インドネシアでの生活面での苦労と今後の目標。

比較的生活面は恵まれている環境ではあるものの、ひどい交通渋滞や大気汚染、基本的

2011 年 5 月、事業会社 CEP の従業員集会

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に車での移動による生活スタイルなどは苦労する点である。また医療・衛生環境も決して

よいとはいえない状況である。

昨年の商業運転開始以来、チレボンプロジェクトは順調に運営されている。今後は計画

中のチレボンの拡張案件を通じてインドネシアの電力需給逼迫緩和に貢献したい。

(国際協力銀行 ジャカルタ首席駐在員 本間 学)

※この記事は、JOI機関誌「海外投融資」の『ワールドレポート(JBIC海外駐首席が紹介する日系企業の現地での取り

組み)』コーナーに掲載されたものです。