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141 The Reeve’s Prologue & Tale にあらわれた Chaucer Provincialism の一端 * はじめに 中英語期には書かれたものはおよそ全て方言的な特徴をもっていた、と言って は言い過ぎだろうか。多くの現存する資料に地方的特色が色濃く反映されてい ることに異論を唱えるひとは恐らくいまい。14 世紀英国の詩人 Chaucer もその 一人であることも例外なく受け入れられることだろう。彼は中英語期、とくに 後期中英語期のロンドンを中心とした地域、または宮廷という特殊な場で用い られていたことばで詩作を行った。ひとつ Chaucer が他の詩人と異なる点があ る。それは彼の詩の中には物語に劇的効果を持たせるために自身の方言(すな わちロンドン方言)以外の方言を用いたことだ。有名な箇所としては『カンタ ベリー物語』The Canterbury Tales の「家扶の話」The Reeve’s Tale に登場するケン ブリッジ大学の二人の学生の会話部分だろう。学生の John Aleyn の出身は A. 4014-15 1 に見えるように北方の Strother という街であるという。 2 この二人の発 話に用いられた言語は強い北部方言的特徴に彩られている。John Trevisa の北部 方言に対する “so sharp, slytting and frotyng and unschape. . .” 云々とことばは繰り * 本論は 2007 6 月に行われた中世英文学会東支部第 24 回大会(於大東文化大学) での発表原稿に基づいて加筆および修正をほどこしたものである。司会の松田 授(流通経済大学)には大変貴重な助言をいただいた。この場をかりて感謝の意を 表したい。また質問をしてくださったフロアーの方々にもお礼を申し述べたい。こ こにあらわれる一切は筆者の責任による。 1 Of o toun were they born, that highte Strother, / Fer in the north; I kan nat telle where. 2 Strother という街に関して詳しいことは分かっていない。

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The Reeve’s Prologue & TaleにあらわれたChaucerの Provincialismの一端 *

狩 野 晃 一

はじめに

中英語期には書かれたものはおよそ全て方言的な特徴をもっていた、と言って

は言い過ぎだろうか。多くの現存する資料に地方的特色が色濃く反映されてい

ることに異論を唱えるひとは恐らくいまい。14世紀英国の詩人 Chaucer もその

一人であることも例外なく受け入れられることだろう。彼は中英語期、とくに

後期中英語期のロンドンを中心とした地域、または宮廷という特殊な場で用い

られていたことばで詩作を行った。ひとつ Chaucer が他の詩人と異なる点があ

る。それは彼の詩の中には物語に劇的効果を持たせるために自身の方言(すな

わちロンドン方言)以外の方言を用いたことだ。有名な箇所としては『カンタ

ベリー物語』The Canterbury Tales の「家扶の話」The Reeve’s Tale に登場するケン

ブリッジ大学の二人の学生の会話部分だろう。学生の John と Aleyn の出身は A.

4014-151 に見えるように北方の Strother という街であるという。2 この二人の発

話に用いられた言語は強い北部方言的特徴に彩られている。John Trevisa の北部

方言に対する “so sharp, slytting and frotyng and unschape. . .” 云々とことばは繰り

* 本論は 2007年 6月に行われた中世英文学会東支部第 24回大会(於大東文化大学)

での発表原稿に基づいて加筆および修正をほどこしたものである。司会の松田 英 教授(流通経済大学)には大変貴重な助言をいただいた。この場をかりて感謝の意を

表したい。また質問をしてくださったフロアーの方々にもお礼を申し述べたい。こ

こにあらわれる一切は筆者の責任による。

1 Of o toun were they born, that highte Strother, / Fer in the north; I kan nat telle where.2 Strother という街に関して詳しいことは分かっていない。

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返し様々なところで引用されてきたことはいうまでもない。会話部分のテクス

トを一瞥してみると、当時のロンドン(南部)の人が耳にしたならば、まさに

Trevisa のように感じたに違いスペリングや脚韻が用いられている。南部の人

にとって奇異に聞こえていたであろう北部方言に関する研究は数多くなされて

きた。代表的なものは Tolkien (1934) によるもの。これは語彙・音韻などにつ

いて 70ページに渡り詳しく述べられている。これに続いて Elliott (1974), N.

Blake (1981), Burnley (1983) らによる研究がある。

 この一方で Reeve’s Prologue & Tale を語り進めてゆく Reeve 自身についての

研究は疎かにされてはこなかったか。Reeve と出身地の Norfolk の関係を示唆

した Horobin (2002) は Reeve 自身の言語もまた無視されるべきではないと述べ

ている。3 Chacuer が General Prologue において Reeve の出身地に言及したのは

単なる記述に過ぎないのだろうか。

 本論では、まず Reeve の人物像にふれ、次に Reeve 自身の言語について概観

してゆく。音韻、特に OE y の発達に焦点をあてる。最後に Reeve’s Prologue の

最後に現れるセリフ「他人の眼の中にあるわら切れは見えても、自分の眼の中

にあるうつ梁には気付かないものだ」4 という二行に現れる語彙的な特徴を示

し、これらを合せて Reeve という人物を Chaucer は言語的な特徴を用いて意図

的に演出しているのかどうかということについて tentative な回答を与えたい。5

I.Cuaucerの Reeveに対する言及

Reeve’s Tale は酔っぱらい Miller の語った「学生に若い妻を寝取られた年寄り

3 S.C.P. Horobin (2002: 609-612)By contrast with the interest that scholars have shown in Chaucer’s characterisation of the Northern students, the attempt to depict the Norfolk dialect of the Reeve himself has been largely dismissed.4 マタイ伝第 7章 3節 “Quid autem vides festucam in oculo fratris tui, et trabem in oculo tuo non vides?” のパラフレーズ。

5 本論は Horobin (2002) の意見を基本的に支持、補強し、同時に誤謬につては修正

を加えるものである。

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The Reeve’s Prologue & Tale にあらわれた Chaucer の Provincialism の一端

の大工」というという話が引き金になり、元々は大工であった Reeve が Miller

にその仕返しをしようとしたものである。場面は Cambridge からほど近い

Trumpington に設定されている。ここに北部出身の二人の学生 John と Alayn が

Miller のところへ粉挽きに来たついでに、Miller の女房と娘を寝取り、二人の

学生に意地悪をした Miller の鼻を明かすという話である。この話をすることで

Reeve は実際に Miller への仕返しに成功することになる。

 さて Chaucer は General Prologue においてそれぞれの登場人物の容姿や特徴

について述べてゆくが、Reeve についてはどのような形容をしているのだろう

か。以下に引用する。6「この家扶は sclendre and colerik man で、云々・・・ス

コットという馬にまたがり、脇には錆び付いた剣をぶらさげていて、

Of Norfolk was this reve of which I telle,

Beside a toun men clepen baldeswelle.

(General Prologue, A 619-20)(このわたくしのお話ししております家扶はノーフォーク出身でして

ボールスウエルと呼ばれる街の近くからやって参りました。)

と大変に細かく性格や出身地について言及している。Baldeswell は Norfolk

に実在する町で Norwich から北西に約 15マイルほど行ったところにある。

Manly もその著書 Some New Light on Chaucer において指摘しているように、こ

の Reeve が管理する荘園はペンブロック家のものであろうことは十分に察しが

つく。7 Manly によればこのときはリチャード二世が、ウイリアム・ビーチャ

ム卿にその管理を任せたものであって、ビーチャム卿の保証人となった人物は

John de Beverle と Geoffrey Chaucer その人であった訳だが、このようなことか

らも The Canterbury Tales の作者である Chaucer と Norfolk (とその荘園) の関連

をいっそう強く感じる。それだけではなく Chaucer の書いたこの物語自体に、

6 引用は全て Benson 編、The Riverside Chaucer (3rd ed.) からである。

7 Manly (1926), pp 86-93.

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単なる「お話 」だけでない何かが現実味もって聴衆の耳に届いたのではないか

と思われる。

 このように Chaucer が殊に正確に出身地について言及した Reeve につい

て、Norman Davis は Reeve の言語の特徴を ‘… the very inconsistent way in which

Chaucer … represents the speech of the Reeve in his own person.’ と い い、 ま た

Riverside Chaucer の注において Douglas Gray も同じ様な意見を繰り返してい

る。8 これに対して Horobin (2002) は果たしてそうであろうか、と疑問を呈し

ている。9

 Horobin の意見は次の 2点に拠っている。すなわち人称代名詞の1人称単数

の形態 ik の使用、それから脚韻における OE y を起源に持つ語の現れ方。まず

これらの特徴について詳述し、この意見を補強するために語彙的な観点から考

察する。

II.‘Ik’の使用

Reeve による語りの部分に目を向けてみるとすぐに気付くことだであるが、

Chaucer がより一般的に用いる ‘I’ という形態とともに ‘ik’ という形態が用い

られている。10 Hengwrt 写本においては 4箇所で確認される。11 Hengwrt 写本

以降の写字生もこの ik という形態を守って写していることなどを考えると、

15世紀この作品を写した写字生にとっては ‘stylistically marked form’ であると

8 Douglas Gray in Benson (ed.) (1988: 848-49)“. . . Although Chaucer took great care with the dialect of the students inthe tale . . ., he does not consistently represents the speech of the Reeve in his own person; only a few indications of pronunciation (e.d. lemes, abegge) suggest East Anglia.”9 Horobin (2002) 参照。

10 LALME, vol. 2, pp. 306-65.この ik という形態は同時代の Norfolk 出自のテクストによくみられるものであるとHorobin (2002) は述べているが、LALME などで見てみるとどうもそうではないよう

だ。しかしもう少し北へ行くと—たとえば Lincanshire など—散見される形態であると

言える。

11 ik があらわれるのは f. 50v (3回), f. 51 (1回)。

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The Reeve’s Prologue & Tale にあらわれた Chaucer の Provincialism の一端

見なされていたという説はうなづける。12 この特別な ik という形態が Reeve’s

prologue のみに用いられたことで Chaucer が General Prologue であらかじめ特

定していた Reeve の出身地 Norfolk を聴衆に思い起こさせる結果となったに違

いない。

III.OE yの現れ方

この章では音韻的な面からアプローチをしてゆく。OE y は ME 期において、

方言に応じて 3種類に発達した。すなわち、OE y > ME i (/i/), e (/e/), u (/y/) とい

う発音である。 それぞれ、ME i は北部 - 東中部方言で、ME e は南東部 - イー

ストアングリア中部の方言区域あたりまで、そして ME u は南西部 - 西中部方

言で現れるとこになる。ここでは基本的に脚韻を用いて Reeve の言語を証明す

る。また脚韻の他にも、誰がその台詞の語り手であるのかと、ということにも

注目する。

 Chaucer は Reeve’s Prologue 及び Tale 中に OE y を起源に持つ語をあわせて

12の脚韻に用いている。そして OE y > ME i および OE y > ME e という 2種類

の発音で証明される。OE y は以下の 5つの脚韻にあらわれ、その内 4脚韻に

て OE y > ME i が証明される。

1. lite : quite (3863-64) <Narrator : Reeve>

2. sermonyng : kyng (3899-900) <Narrator>

3. Cantebrigge : brigge (3921-22) <Reeve>

4. Symkyn : kyn (3941-42) <Reeve>

5. in : kyn (4037-38) <John>

12 Horobin (2002) 参照。

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1の脚韻で、はじめの lite の発話者は Narrator (Chaucer) で、後者の requite が

Reeve Osewald による発話である。それぞれ lite は OE lyt から、requite は OF

quiter に由来する。また脚韻 2の sermonyng : kyng は Narrator (Chaucer) の述べ

た言葉の中に現れ、Reeve の発話ではない。3番目の Cantebrigge : brigge は OE

y の同 (語源)音脚韻(self-rhyme) であるから OE y > ME i の証明はできない。

Cantebrigge という語の発音については OE y > ME e で触れることにする。4と5には両脚韻とも kyn という語我が含まれている。4の Symkyn の語尾 -kyn は

deminitive を形成する接尾辞であって、フランダースやオランダで当時用いら

れていたものを取り入れたか、真似をしたもであろうと考えられている。13 こ

のセリフは Reeve によるものである。脚韻 5においては OE in(n) と脚韻をな

して ME i を証明しており、登場人物の学生 John による発話部分である。

 もう一方の OE y > ME e を示すと考えられる脚韻はあわせて 7組存在してお

り、以下に示す通りである。

6. open-ers : wers

7. melle : telle

8. legge : abegge

9. collegge: Cantebregge

10. renne : thenne

11. telle: melle

12. fest : brest

脚韻 11 telle : melle の脚韻は Reeve が語る物語中、Symkyn の娘に言わせたせ

りふにあらわれ、残りの 6から 10、そして 12の脚韻は全て Reeve の発話に見

られるものだ。脚韻 6の open-ers は「セイヨウカリン 」の意で、OE open + ærs

と OE wyrs の脚韻。7は ‘mill’ と ‘tell’ の組み合わせで、‘mill’ は OE mylan から、

13 See OED, sb. ‘-kin’

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The Reeve’s Prologue & Tale にあらわれた Chaucer の Provincialism の一端

‘tell’ は OE tellan の一人称単数現在形だ。次の脚韻 8では OE y があらわれる

語は abegge ‘pay for (it)’ (< OE abycgan)。これと韻を踏む legge は ‘lay’ という意

味でOE lecgan (inf.)から。9の collegge : Cantebregge (「大学」と「ケンブリッジ」)

は Old French 起源の collége と OE Grantebrycge との脚韻。 ‘Cambridge’ という

語は OE y > ME i の脚韻でみた Cantbrigge : brigge にもあったこと思い出して

いただきたいとおもいます。Renne : thenne という脚韻が 10にみえるが、OE y

があるのは後者の thenne でこれは OE þynne から。‘Thin’ という意味の形容詞

だ。Miller の娘の科白にあらわれる—これは A 3923-24にも同じ組み合わせが

みられる—が、‘tell’ < OE tellan と ‘mill’ < OE mylan の脚韻で ME e となる。最後

はReeveのセリフ中に現れる脚韻で、OE fystから発達した festとOE brēostの組。

OE y と OE ēo の脚韻で ME ēが証明される。

 以上が Reeve’s Prologue 及び Tale にあらわれる脚韻の音価の証明である。こ

れらの脚韻のうち、OE y > ME i の脚韻中で 1と 2は Narrator と Host のセリ

フに現れるものによっている。3はそのスペリングから ME i であった可能性

は捨てきれないが、同じ Reeve の脚韻に現れる collegge : Cantebregge の脚韻

から ME e が証明されている事実も含めて、この脚韻に用いられたスペリング

は Chaucer のものではなくて写字生によるものと考えてもよいだろう。残り

は kyn を含む 2つの脚韻で、Chaucer は彼の作品中で、The Book of Dutchess に

一度だけ ken という南東部方言形を用いているが、これ以外は脚韻および行

中においても kyn と書いている。Horobin (2002) は ‘kyn’ のほかに ‘sin’ という

語にも言及をしており、用いられかたには一定の傾向があると述べている。14

LALME を用いて ‘sin’ という語のスペリングの分布を調査した結果、興味深い

結果が得られた。15 ‘Sin’ の分布は Norfolk において圧倒的に <i> または <y> で

綴られるものが多く、反対に <e> のスペリングを持つものは西部のごく一部

の地域にその使用が限られていることを地図は伝えている。‘Kin’という語は ‘sin’

という語と OE y のおかれている環境 (y + -nd) が同じであるから、‘sin’ の地理

14 Horobin (2002)15 LALME, vol.2, pp. 306-65。

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的分布と類似した結果が得られると考えられる。

 Reeve は Norwich から少し北にある Baldeswell 出身だというのが Chaucer の

設定であったのだから、Reeve は syn ~ kyn の使用地域に属することとなる。地

図からすると kyn は OE y > ME i という発音を Reeve が口にすることは方言的

に正しいといえる。2回目の kyn が用いられる脚韻は学生 John のセリフにあ

るが、ME i は北部方言形のあらわれとも考えられる。

 このようにある発音は、たとえ同様の音をもとに持っていたとしても、必ず

しも等しく変化をこうむるものではなく、個々の語によってその変化の過程

に多少なりともずれが生じることが確認される。学生 John と Aleyn の用いる

北部方言やその独特な語彙の使用、また General Prologue における Prioress の

portrait で彼女の話すフランス語について And frenssh she spak ful faire and fetisly,

/ After the scole of stratford atte bowe, / For frenssh of parys was to hire unknowe. な

どと言及する箇所をみると、やはり Chaucer は言語に対して鋭い耳を持ってい

たことに疑いを挟む余地はなさそうである。16 彼が発音やリズムに敏感であっ

たことはまた Chaucers wordes unto Adam, his owne scriveyn という短い詩からも

SIN の分布

16 Benson (2008: 25), ll. 124-26。

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The Reeve’s Prologue & Tale にあらわれた Chaucer の Provincialism の一端

うかがい知ることができる。17

 以上のように Reeve’s Prol. & Tale に用いられた OE y の発達形が方言的に適

切に用いられていることを主張した Horobin を補強しえたと考える。

IV.Reeve’s Prologueにおける語彙選択

さて以上のことに加え、Chaucer が Reeve に Norfolk 方言話者であることを求

めた一例を Prologue の最後の部分から示してみる。

 Reeve’s Prologue は短いながらも「老い」や「(人生 ・ 時間の) 循環 」 とい

った時間的な流れのイメージや聖書的、格言的なことばで満たされており、

Miller’s Tale と Reeve’s Tale をつなぐ重要な架け橋の役割を果たしている。こ

の回転や循環といったイメージは Tale の中の川の流れ、粉引き小屋の wheel、

Miller の家族構成などとともに物語の中で増幅して見事な効果を生んでいるこ

とはいうまでもない。「老人どもにはもうろくのほか何もねぇや」といってみ

たりする Reeve は大変にひがみ深く、General Prologue で示された彼の胆汁質

的性格を見事に現している。18 たびたび繰り返される威厳に満ちた Reeve の教

訓的言説に老いの悲しみを含み、抗うことのできない時間の流れに対する苦し

みが見られる (また後に続く単純に卑猥なファブリオーと対比をなして面白い

ところなのだが)。Reeve’s Prologue は Mller’s Tale と Reeve’s Tale という二つの

ファブリオーの表面的にして実のテーマである「しっぺ返し 」にとって大切な

役割を担い、そしてそれは 2つの物語の底に流れる循環というイメージと明

17 Chaucers wordes unto Adam, his owne scriveynAdam scriveyn, if evere it thee bifalleBoece or Troylus for to wryten newe,Under thy long lokkes thou most have the scalle,But after my makyng thow wryte more trewe;So ofte adaye I mot thy werk renewe,It to correcte and eke to rubbe and scrape,And al is thorugh thy negligence and rape.

18 General Prologue には “The Reue was a sclendre coleryk man” という記述が見られる。

(イタリック体は筆者による)

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らかに結びついている。その「しっぺ返し」を始める前にマタイ伝から引用さ

れた一節を Reeve に言わせるのである。劇的効果は抜群だ。

He kan wel in myn eye seen a stalke,

But in his owene he kan nat seen a balke.

(人の目の中の藁切れは見えるのに、

自分の眼の中にあるうつ梁にはとんと気がつかぬものだ。)

(Reeve’s Prologue, ll. 3919-920)

この様な言い回しは昔から存在していたようで、ペトロニウスが書いた『サテ

ュリコン』の中にも「他人のしらみは見えても自分のダニは分からんものさ」

というように書かれている。19

 恐らく、当時、知らぬ者はなかったであろうマタイ伝の一節で締めくくられ

る Prologue の後に続く話に聴衆の期待は高まったに違いない。

 脚韻部分に現れる 2つの語 stalk と balk に焦点を当てる。Stalk は藁きれとい

ういみであり、また balk は、現在一般的に言うところの妨害 ・ 邪魔という意

味ではなく、ここでは「梁 (うつ梁)」をあらわしている。これは現代英語で

言えば beam にあたる。Chaucer は beam という語も知っており、Nun’s Priest’s

Tale などで用いている。

 なぜ Chaucer はここに ‘balk’ を用いたのだろうか。結論から言えば、この

balk という語に方言的用法を見るのだが、以下にその理由を述べる。

 14-15世紀に、後期中英語期ですが、この時期において balk という語はどの

よう分布をしていたのでしょうか。MED、OED、Middle English Compendium

などを用いて得られた情報を地図に反映した。「梁」という意味で用いられて

いるもののみを地図上に示している。北東部地域に多く現れていることがみて

とれる。一方で beam という語の分布はいかなるものであったのか。同様に地

19 Petronius, p. 120. “In alio peduclum vides, in te ricinum non vides. (You can see a louse on others, but not the big tick on yourself.)”

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The Reeve’s Prologue & Tale にあらわれた Chaucer の Provincialism の一端

図上にあらわした。

 このなかには幾つもマタイ伝のパラフレーズが見出せる。実際に Chaucer の

同時代人はどのような英語に置き換えたのだろうか。Wycliffi te Bible の Early

Version (c. 1382) には「梁」に対して beam が使われている。West Midland 方言

を主体にして書かれている (しかしながら、大部分はロンドンで作成されたと

考えられる) Langland の Piers Plowman にはやはり beem が見られる。Chaucer

の追従者であった Lydgate も beem を「梁 」に当てている。一般的な場合に(聖

書以外でも)beam が用いられたのは地図からロンドン周辺、及び South-West

Midland 地域に偏在していることは明らかだ。

 この beam という語は OE bēam にさかのぼりる。Ælfric Glossary (Worcester

Cathedral MS F. 174) に見られるグロス Trabes : beam は Norfolk で書かれた

Promptorium Parvulorum の記述と比較すると興味深い。

 ところで「梁 (L: trabes)」と対比される「藁切れ (L: festuca (m))」について

はどのような英語で言い表されているのだろう。Chaucerは stalkeを用いている。

Maps (based on LALME)

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先ほど言及した Wycliffi te Bible の当該箇所では litil mote、Piers Plowman, 10, 263も mote となっている。Piers Plowman の mote は mode と頭韻を踏ませるためも

あるのかもしれない。Lydgate は a smal mote、Speculum Christiani の Norfolk でか

かれた写本にも存在が確認される。また「梁 」に balk を用いていた Benedictine

Rules や Alphabet of Tales でも「藁切れ 」には litil mote, litel mote を使っている。

Charles of Orlean の詩にも kan ye suche motis pijk が、そして John Mirk の Festial

(LALME: LP 193, 717)―これは Staffordshire のテクストであろうが―a mote を

確認することができる。Stalk をマタイ伝 (またはルカ伝) のパラフレーズに「藁

切れ 」という意味で用いているのは Chaucer を除いて他にはいない。Chaucer は

他の作品でも ‘a shoot of a vine’ というふうに特別な意味を持たせてこの語を用

いている。Norfolk で書かれたとされている羅英辞典 Promptorium Parvulorum,

472には Stalke : Calamus とあるからこの地方では葦 (蘆) とか (植物の細い) 茎

という意味であったことが分かる。では stalk はどのような分布を見せるのか。

Wycliffe Bible (MS. Bodl. 959), Gen 41.5 (Midland 方言)、Trevisa, Bartholomaeus’s

De Proprietatibus Rerum などにあらわ

れる。地図から判断して Midland 全域

に広がっていたものと考えられる。

 Joseph Wright は English Dialect

Dictionary (1905; 以下 EDD と省略)

において 19世紀末までに「梁 」 の意

味で balk が使用されていた地域を報

告している。Yorkshire や East Anglia

地方などに (つまり北部、東北部に)

その意味の残存が確認される。先に挙

げたおよそ 4~5世紀前の地図と比較

するとその分布の類似点が浮かび上

がる。

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The Reeve’s Prologue & Tale にあらわれた Chaucer の Provincialism の一端

 また Robert Forby は The Vocabulary of East Anglia (1830) の中で、この語つい

て言及している。20 定義の 3で “A beam in a building, supporting an upper fl oor or

roof; . . .etc. と述べて、語源も AS (=OE) balc, lignum (ラテン語で木、木材)と

付け加えている。「梁」の意味での balk は Old Norse から借入を受けたものと

考えるのが意味的な変遷を見ても妥当だ。元来 OE 期には ridge (隆起 ・ 畝) と

か mound (土手 ・塚)といった意味合いであったのが ON bolkr の影響で徐々に

その語義を変化させた。Balk の出現する、または 19世紀まで残存していた地

域をあらためて観察すると、「梁 」 という意味が保持されていたのは ON の影

響が強く及んでいたいわゆる Dane-Law 地区とほぼ一致し、その後も古い ON

の流れを伝えていることを示してくれる。EDD は Norfolk のみならず北部方

面の方言にも balk という語が用いられていると報告しているが、これは Forby

(1830)の「East Anglia のみに特有の語彙ではないかもしれないけれども …」

といったことと重なる。

V.まとめ

 OE y > ME e への変化が現れる北限と、「梁 」 ‘balk’ が用いられていた地域を

重ねあわせると、Reeve の出身地である Norfolk (East Anglia) 地方がこの 2つの

条件に当てはまる。

 当時ロンドンには East Anglia 地方からの移住者が続々と流入していたこ

とは Ekwall も指摘している。Garbaty (1973) はその “Satire and Regionalism:

The Reeve and His Tale” という論文の中で、地方または外国からの新興移住者

に対するロンドン市民のまなざしについて言及し、「Reeve のような fi nancial

activity をするものはロンドン市民にとっては ‘aliens’ であった。逆に Wife of

Bath、Shipman、the Prioress、the Clerk のような ‘safe’ とみなされるロンドンへ

の訪問者は歓迎されただろう。Norfolk 出身者は偏見に満ちた目で見られてい

20 Forby (1830), p. 13.

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たことだろう 」 と述べている。21 また Reeve が巡礼一行の一番後ろに位置して

いることもこの事と関係があるともいっている。このよう中央からみた地方と

いうイメージは既に存在していた。

 The Canterbury Tales の Narrator としての Chaucer の声、Chaucer が語る巡礼

者としての Reeve の声、Reeve の語る物語の登場人物の声。こうした 2重 3重の枠組みが The Canterbury Tales にはあり、つねに Chaucer の影がどの語り手や

物語の背後にも見え隠れする。

 Chaucer がこの物語に求めたのは「笑い 」 ではなかったか。物語においてそ

の野卑な内容で笑わせるのと同時に、Reeve の出身 ・ 立場を利用して可笑し

さをかもし出した。その言語を Reeve 自身の声として調査した結果、Chaucer

が Reeve に用いた言語は General Prologue での記述と重なり、Norfolk (East

Anglia) 地方のそれに近似していたことになる。ゆえに Chaucer は Reeve の

Provincialism を意図していたであろうと考える。

Bibliography

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21 Garbaty (1973) 参照。

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