米国を中心とした諸外国の睡眠時無呼吸症候群 uestion (sleep apnea...
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126 睡眠医療 Vol.8 No.1 2014
米国SAS診療システムの変遷
米国における SASの診療は,①検査技師監視下 PSGによる診断,②検査技師監視下 PSGでのCPAPタイトレーション,③タイトレーション結果に基づき設定した CPAP圧処方にて終了するというのがゴールドスタンダードとされてきました.診療側には,CPAP療法のコンプライアンスという概念は,近年までありませんでした.SAS診療の広がりとともに,PSGが多くのパラメーターから睡眠を観察する本来の意図を離れ,無呼吸低呼吸指数(apnea hypopnea index:AHI)を算出するための手段とされたこともあり,膨大な PSG
が行われるようになりました(図 1 ). この状況に対し SASの潜在的な患者数の多さ,検査に関わる高額の費用などの問題により,近年,大きな医療保険改革が行われました.2008年からは「 2時間以上の睡眠脳波検査が必要」というルールを廃止し,高度な検査設備を持たない,また睡眠に特化しない施設においても用いることができる携帯装置〔ポータブル・モニター(PM),日本では通称,簡易検査〕による在宅検査診断を認可したのです.しかしながら,PMによる診断で
は睡眠検査技師が行い,睡眠専門医が判読するPSGに比較して,検査パラメーターが少なく,また小児や呼吸障害,循環器疾患などを合併する患者など不適応もしくはデータ解釈に注意の必要な症例への対応が問題となってきます.そのため,在宅検査を Out of Center Sleep Testing(OCST)として位置づけ,診療の質の担保として,睡眠認定医制度の設立や,2011年からは,保険適応に際して医師による SAS検査前の診察と検査結果の判読が義務化され,CPAP処方後の12週間のアドヒアランスのチェックも求められています(http://www.
aasmnet.org/ocststandards.aspx).CPAP 装置も,アドヒアランス評価機能が重要視されるように
なってきています. このように米国では,従来の診断に重きを置くアプローチから,治療法選択や CPAP機器管理,患者教育により比重を置いたシステムへの大きな転換期を迎えています.
日本のSAS診療システム
日本では,1998年に国民皆保険制度下に米国のSAS診療のゴールドスタンダードを踏襲しつつ,アドヒアランスおよびインセンティブの拡大を抑
睡眠医療 8:126-130,2014Q&A第29回
徳永呼吸睡眠クリニック内科・呼吸器科徳永 豊
米国を中心とした諸外国の睡眠時無呼吸症候群(sleep apnea syndrome:SAS)診療システムは,日本とはどういった点が異なるのでしょうか? それぞれの問題点,目指すべき方向などを教えてください.
Question
米国では SAS 診断や持続陽圧呼吸(continuous positive airway pressure:CPAP)処方のためのポリソムノグラフィ検査(polysomnography:PSG)に重点を置いた診療システムが構築されてきましたが,近年患者ケアに比重を置いたスタイルに変遷してきています. 一方,日本では,CPAP 療法の保険適応開始時より CPAP 管理が義務化され,アドヒアランスを重視したシステムが構築・運用されています.
Answer
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制する概念から,毎月の CPAP管理を義務化した,世界でも独自の医療システムを構築し,運営してきています.アドヒアランス重視のコンセプトにおいては欧米に先んじていたといえます.毎月の受診と指導管理が義務化されていることは,CPAPのアドヒアランス向上への寄与にとどまらず,患者の病状の変化に応じた設定や機種の変更,合併症の管理や生活習慣の指導を経時的に行うことができます. また,日本では2004年より SASの口腔内装置(oral appliance:OA)治療が保険適応され,CPAP
の適応とはならない軽症から中等症までの SAS
に導入されています.OAは,CPAP不耐患者への代替療法のほか,CPAP との併用療法や,CPAP離脱療法への選択も可能です.欧米ではOAが保険適応されていなかったり,適応があっても制限が厳しかったりするため,1,500~2,000米ドルともいわれる高額な治療費がかかります1).日本の SAS診療システムは,医療サービスの受給者にとっては,大変手厚いシステムといえます.
米国と日本のSAS診療システムの違い
米国ではメディケア,メディケイドといった低所得者向けの健康保険を除き公的保険制度をもたないため,保険制度により医療システムを一律にコントロールすることができません.米国では一般に,患者は民間の保険会社が提供する健康保険に加入していますが,健康保険にも様々なグレー
ドがあるため,患者は自身が加入した保険に応じて受診可能な医師が制限されたり,保険が適応される疾患や治療法も規定されるなど,患者の価値観や経済状況に応じて提供される医療が異なります.つまり,日本の国民皆保険制度のようなフリーアクセスの概念がないため,認定医制度を用いて診療に従事する医師を限定し,医療の質を担保する方策をとることができます(http://www.
mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_
iryou/iryouhoken/iryouhoken01/index.html).すなわち,保険料の削減や質の維持を検討する際,メディケアや保険会社が認定している医師を受診した場合でないと保険料を支払わないといった方法を用いて,医療費に制限をかけることができるわけです. 一方,日本の場合は,皆保険制度を行っているため,制度が変われば一律に適応ルールが変更になるため強制力が弱く,より医療者の自主性に根ざしたシステムといえます.
診療システムに変化を及ぼした CPAP機器の進化
在宅検査による診断および CPAP処方が可能となった背景には,CPAP機器のテクノロジーの進化があったことも欠かせません.CPAPは,今から30年前,サリバンが SAS患者への気管切開療法の代替治療として開発したもので,鼻マスクから圧縮空気をかけ,上気道を開大する装置(com-
図 1 Polysomnography growth (Medicare)診断PSG(649ドル,2011年),CPAPタイトレーション(749ドル,2011年)
600,000
500,000
400,000
300,000
200,000
100,000
0
1999 2001 2002 2003 2004 2008
(件数)
(年)
診断PSGCPAPタイトレーション
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pressor)です.しかし,現在の CPAPは,設定した圧レベルを維持するために自発呼吸に伴う吸気流量と呼気流量を厳密にコントロールする送風流量装置(flow generator)で,装置の概念が大きく異なります2). CPAP装置下では,自発呼吸に応じて吸気圧,呼気圧がスイングします.この現象は,CPAP療
法を根本的に理解する重要なポイントです3)(図 2 ).設定圧を保持するためには,吸気時には気道内の吸気圧が減少するために吸気流量を増加する必要があります.呼気時には,気道内の呼気圧が増加するために呼気流量を減少させる必要があります.同じ流量が続いている場合は,CPAPは,自発呼吸をしていない状態「無呼吸」と判定します.
図 2 CPAP の呼吸に伴う気道内圧変化(文献 3より改変引用)Continuous PAP(CPAP) IPAP<EPAP 自発呼吸,換気補助機能なし
Time
CPAP設定圧
EPAP
IPAP
Airwaypressure
10
図 3 最新型 Auto CPAP の終夜流量波形記録(47歳,男性.Auto CPAP,最低 4 cm,最高10cm) CPAP開始圧 4 cm.寝入りばなから,しばらくして流量波形が消失し,無呼吸出現.0.5cm 刻みでCPAP圧が増大している.流量波形から,いびき,低呼吸が推測できる.次第に圧が 8 cm まで増大,流量波形が回復している.1時間後には 6 cm まで減少している.連日使用,平均使用時間 6時間.残存 AHI(AHI flow)2.6,平均圧8.6cm,90%圧 9.9cm,平均ラージリーク時間54秒.記録をもとに眠前には飲酒しないように指導.
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さらに最新の装置では,気道内に信号を送り,「無呼吸」を閉塞性か,中枢性か判別し,吸気流量の波形解析から,「いびき」,「低呼吸」を予測しています.流量波形を終夜で連続記録し,CPAPによりどのような自発呼吸が行われているかを時系列に評価することが可能となっています. さらに,CPAP使用中の流量評価による無呼吸,低呼吸などの呼吸イベントに対して,一定のロジックをもとに,自動的に流量を増大させ,設定圧を上昇させて,呼吸イベントを改善させる機能を有するのが Auto CPAPです4).現在のところ,CPAP使用記録についてはメーカー間でイベントの定義や様式が標準化されていないため課題も多く残っていますが,「アドヒアランス」,「残存呼吸イベント」,「マスクリーク」の記録はほとんどの機種において記録されています.2013年,American Thoracic Societyからは,少なくとも過大,過小な残存イベント(AHI flow)やマスクリー
クは,睡眠時無呼吸患者の長期管理のために臨床上有用な指標であるとし,CPAPレポート結果に基づく管理アルゴリズムの提案を行っています4)
(図 3 ).特に日本においては毎月のレポート確認が可能な環境であるため,患者の訴えとレポート結果に基づき,より的確な管理が可能となります.また CPAP機器の中には使用中のフローデータを記録できるものがあり,より詳しい使用状況,CPAP使用時の患者の呼吸状態の把握が可能になってきているため,レポートの有用性はこれから一層増していくものと考えられます(図 4 )5).
まとめ
医療の社会制度的要求の変化や CPAP機器の技術革新により,SAS診療システムは転換期を迎えています.SASは生命予後に大きな影響を与える疾患であり,有病率も高く,専門医だけで管理するのは不可能な疾患といえます.PSG検査を用
図 4 CPAP アドヒアランス記録システム (文献 5より改変引用)
CPAPアドヒアランス記録システム
アドヒアランス良好
>70%/夜> 4時間/夜
<70%/夜< 4時間/夜
アドヒアランス不良
AHI/AI>20
治療効果不十分
AHI/AI<10
治療効果あり
アドヒアランスデータ
残存イベントの確認AHI flow
AHI/AI10~20
臨床症状との関連性をチェック
マスクリークをチェックマスクリーク小
<ラージリーク 1時間(フィリップス社)<毎分24L(レスメド社鼻マスク)<毎分60L(F&P社)
>ラージリーク 1時間(フィリップス社)>毎分24L(レスメド社鼻マスク)>毎分60L(F&P社)
定期フォロー マスク交換を検討
マスクリーク大
アドヒアランス向上のための指導
CPAP圧の増加とマスクリークのチェック
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いなければ診断・治療が困難な症例と,患者負担の少ない在宅検査や Auto CPAPの併用により対応できる症例が適切に判断されることが重要になってくるものと考えられます. 今後は,SASについての知識が一般臨床にも広く認知され,医療連携をしながら管理を行うシステム構築が求められると考えられます.
文 献1 )White DP:Continuous positive airway pressure
versus the mandibular advancing splint:are they equally effective in obstructive sleep apnea
management? Am J Respir Crit Care Med 2013;187:795-797.
2 )徳永 豊:医療機器としての CPAPとその仕組み.睡眠医療 2011;5:83-89.
3 )Cairo JM:Pilbeam’s Mechanical Ventilation:Physiological and Clinical Application,5th ed, Mosby, St. Louis, 2012;pp40-41.
4 ) 徳永 豊:CPAP 療法の最新事情.睡眠医療 2011;5:468-475.
5 )Schwab RJ et al:An Official American Thoracic Society Statement:continuous positive airway pressure adherence tracking systems. The optimal monitoring strategies and outcome measures in adults. Am J Respir Crit Care Med 2013;188:613-620.