中心ポテンシャル中の電子の状態...

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量子力学 II 9回目 中心ポテンシャル中の電子の状態 (磁場の中の電子) C 山﨑篤志 2011-2016 1 これまでに見てきたように,中心ポテンシャル中の粒子の波動関数      は,3 つの物理量     の同時固有関数であった.このなかでエネルギー に関しては, 動径方向の方程式にのみ現れ,主量子数 軌道量子数方位量子数) によって決め られる. 話を水素原子に戻すと,水素原子における電子のエネルギー準位は によってのみ決ま ることを知った. これはクーロン場ではエネルギー は に依存せずに縮退している事を意味する. しかし,複数の電子を持つ   以上の原子では注目する電子よりも内側もしくは同じ 軌道を占有する電子によって原子核の電荷は遮蔽され,見かけの原子番号(有効原子番 号)は原子核からの距離 に依存してくる.こうなるとポテンシャルは単に  の関数 ではなくなり, に関する縮退は解ける. このような状況でも磁気量子数 に関する縮退は残っている.以下では,この  の縮 退がどのように解けるのかを見てゆく. E n E n = - 13.6 n 2 (eV) (n =1, 2, 3, ··· ) E r 1/r m ϕ nm (r, θ, φ) E, l 2 , z n m Z =2 2 一様な磁場中を運動する電子について考察する. この場合の電子のハミルトニアンがどのようになっているかを調べるために,まず古典的な 運動についてみる.ベクトルポテンシャルを  ,スカラーポテンシャルを  ,荷電粒子の 電荷を  とすると,この粒子の運動に対するラグラジアン  は, と書かれる.(注意)ここでは,粒子の質量を磁気量子数 と区別するために と書いた. この をラグランジュ方程式        ( ,も同様)に代入することで,古典的な 運動方程式 ( , もまとめると,             )が得られることから,この  正しさが示される. 次に,正準運動量とハミルトニアンを求める. A φ q(> 0) m μ y z y z μ d 2 r dt 2 = q ( E (r )+ ˙ r × B(r ) ) μ d 2 x dt 2 = q ( E x + ˙ r × B(r ) x ) d dt L ˙ x - L x =0 L = μ 2 | ˙ r | 2 + q ˙ r · A - qφ L L L H = p · ˙ r - L =(μ˙ r + qA) · ˙ r - μ 2 | ˙ r | 2 + q ˙ r · A - qφ = 1 2μ (μ˙ r ) 2 + qφ = 1 2μ (p - qA) 2 + qφ p x = L ˙ x = μ ˙ x + qA x ,p y = L ˙ y = μ ˙ y + qA y ,p z = L ˙ z = μ ˙ z + qA z p = μ · ˙ r + qA 3 と置き換えると,固有関数を  として電子に対する磁場中でのSchrödinger方程式 が得られる.(注意) 式  SI単位系での式であり,CGS単位系では  は  と書かれる. 簡単のため, 軸方向正の向きの一様な磁場      中に水素原子が置かれている場合 を考える.このためには,ベクトルポテンシャル  なので, などであればよい.この場合には式  は, となる.       であることを思い出し,  を含む項が無視できるくらい弱い磁場 であるとすると, なので,書き直すと, z B = (0, 0,B) A B = ∇× A A = - 1 2 By, 1 2 Bx, 0 ··· (1) (1) q = -e u(r ) 1 2μ (p + eA) 2 u(r ) - eφ(r )u(r )= Eu(r ) (1) eA e c A 1 2μ (p 2 x + p 2 y + p 2 z )+ eB 2μ (xp y - yp x )+ e 2 B 2 8μ (x 2 + y 2 ) - eφ(x, y, z) u(x, y, z)= Eu(x, y, z) z = xp y - yp x B 2 1 2μ (p 2 x + p 2 y + p 2 z )+ e 2μ B z - eφ(x, y, z) u(x, y, z)= Eu(x, y, z) ··· (2) p = -i, =( x , y , z ) - 2 2μ 2 + e 2μ B · - eφ(r ) u(r )= Eu(r ) 4

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量子力学 II9回目

中心ポテンシャル中の電子の状態(磁場の中の電子)

C 山﨑篤志 2011-20161

これまでに見てきたように,中心ポテンシャル中の粒子の波動関数      は,3つの物理量     の同時固有関数であった.このなかでエネルギー に関しては,動径方向の方程式にのみ現れ,主量子数 と軌道量子数(方位量子数) によって決められる.

話を水素原子に戻すと,水素原子における電子のエネルギー準位は によってのみ決まることを知った.

これはクーロン場ではエネルギー は に依存せずに縮退している事を意味する.

しかし,複数の電子を持つ   以上の原子では注目する電子よりも内側もしくは同じ軌道を占有する電子によって原子核の電荷は遮蔽され,見かけの原子番号(有効原子番号)は原子核からの距離 に依存してくる.こうなるとポテンシャルは単に  の関数ではなくなり, に関する縮退は解ける.

このような状況でも磁気量子数  に関する縮退は残っている.以下では,この  の縮退がどのように解けるのかを見てゆく.

E

n

En = �13.6n2

(eV) (n = 1, 2, 3, · · · )

E �

r 1/r

m

�n�m(r, �,�)

E, l2, �z

n �

m

Z = 2

2

一様な磁場中を運動する電子について考察する.この場合の電子のハミルトニアンがどのようになっているかを調べるために,まず古典的な運動についてみる.ベクトルポテンシャルを  ,スカラーポテンシャルを  ,荷電粒子の電荷を    とすると,この粒子の運動に対するラグラジアン  は,

と書かれる.(注意)ここでは,粒子の質量を磁気量子数 と区別するために と書いた.

この をラグランジュ方程式        ( ,も同様)に代入することで,古典的な

運動方程式                

( , もまとめると,             )が得られることから,この  の正しさが示される.次に,正準運動量とハミルトニアンを求める.

A �

q(> 0)

m µ

y z

y z µd2r

dt2= q

�E(r) + r �B(r)

µd2x

dt2= q

�Ex +

�r �B(r)

�x

d

dt

�L�x

� �L�x

= 0

L =µ

2|r |2 + qr · A� q�

L

L

L

H = p · r � L = (µr + qA) · r ��

µ

2|r |2 + qr ·A� q�

=12µ

(µr)2 + q� =12µ

(p � qA)2 + q�

px =�L�x

= µx + qAx, py =�L�y

= µy + qAy, pz =�L�z

= µz + qAz � p = µ · r + qA

3

    と置き換えると,固有関数を  として電子に対する磁場中でのSchrödinger方程式

が得られる.(注意) 式  はSI単位系での式であり,CGS単位系では  は  と書かれる.簡単のため, 軸方向正の向きの一様な磁場      中に水素原子が置かれている場合を考える.このためには,ベクトルポテンシャル  は      なので,

           などであればよい.この場合には式  は,

となる.       であることを思い出し,  を含む項が無視できるくらい弱い磁場であるとすると,

            なので,書き直すと,

z B = (0, 0, B)

A B = ��A

A =�� 1

2By,

12Bx, 0

· · · (1)

(1)

q = �e u(r)

12µ

(p + eA)2u(r)� e�(r)u(r) = Eu(r)

(1) eAe

cA

�12µ

(p2x + p2

y + p2z) +

eB

2µ(xpy � ypx) +

e2B2

8µ(x2 + y2)� e�(x, y, z)

�u(x, y, z) = Eu(x, y, z)

�z = xpy � ypx B2

�12µ

(p2x + p2

y + p2z) +

e

2µB�z � e�(x, y, z)

�u(x, y, z) = Eu(x, y, z)

· · · (2)

p = �i��, � = (�x, �y, �z)�� �2

2µ�2 +

e

2µB · �� e�(r)

�u(r) = Eu(r)

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磁場がない場合のSchrödinger方程式                と比較する

と,    の項が磁場を印加することによって新たに出現していることがわかる.こ

の項は,ゼーマンエネルギー項と呼ばれ,古典的な磁場 の中の磁気モーメント のエ

ネルギー    と対応付けることが出来る.つまり      .また,いまのよう

に 軸方向に磁場がある場合には,

                      (    を使った)

となる. の固有値  に出てくる磁気量子数  はとびとびの値                しか取ることが出来ないため, の固有値もとびとびの値を持つ.いま式  の固有関数として水素原子の固有関数                を選んで左から掛けて積分すると,    

�� �2

2µ�2 � e�(r)

�u(r) = Eu(r)

B µ

�µ · B

e

2µB · �

z

e

2µB�z �� �µzB

µz = � e

2µ�z = �e�m

2µ�z = �m

�z �m m

m = ��,�� + 1, · · · , 0, · · · , �� 1, � µz

(2)

un�m(r, �,�) = Rn�(r)��m(�)�m(�)�

u�n�m(r)�� �2

2µ�2 � e�(r)

�un�m(r)dr

+e

2µB

�r2|Rn�|2dr

�sin �|�(�)|2d�

���

m(�)�z�m(�)d� = E

�|un�m(r)|2dr

= En

= 1 = 1 = 1= �m

µ = � e

2µ�

5

したがって,                 つまり,        

となる.ここで,    をボーア磁子という.

式  は水素原子の   重に縮退していた電子のエネルギー準位が,磁場中では   個のエネルギー準位に等間隔(間隔   )で分裂することを示している.これを正常ゼーマン効果という.

En + me�2µ

B = E E = En + mµBB

µB =e�2µ

· · · (3)

(3) 2� + 1 2� + 1

m = 0

m = 10

�1

µBB

µBB

�2

0�1

1m = 2

µBB

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量子力学の基礎概念(導入部)

7

物理量と演算子

(以後,物理量と演算子を区別することを目的として,演算子には“ ”(ハット) を付ける.例:位置    位置演算子 )

量子力学では,「物理量は任意の波動関数に作用して,この波動関数を同時刻の“一般には”別の波動関数に変換する演算子で表される.」ことを要請する.(“一般には”という言い方をしたのは,例外がある.その例外が,演算子の固有関数を波動関数とする場合である.この場合には,演算子が作用しても,波動関数は変化しない.)

関数の集合  と  を用意して,             となる写像を定義する.このような  を演算子という.

{�} {�}

x�� x

ˆ

A� = � (� � {�}, � � {�})

A

8

波動関数の統計的解釈と期待値粒子の波動関数を   とすると,ある という場所に粒子を見いだす確率    は,

で与えられる.位置 の近傍の微小体積空間     にこの粒子を見いだす確率は,

である.全空間においてこの粒子を見いだす確率は1であるので,

となる.この関係を満たす波動関数は「規格化されている」という.たとえば,この粒子に対して物理量  を測定したときに観測される観測値を  , が観測される確率を  とすると,物理量 の観測値の平均値  は,

となる.これを任意の波動関数を用いて書く場合を以下に示す.任意の波動関数    は,演算子  の固有値方程式         を満たす固有関数の集合    で展開できるものとする.つまり,            

r�(r , t) P (r , t)

P (r , t) = ��(r , t)�(r , t) = |�(r , t)|2

r �x�y�z

P (x, y, z, t)�x�y�z = |�(x, y, z, t)|2�x�y�z

� �

��dx

� �

��dy

� �

��dzP (x, y, z, t) =

� �

��dx

� �

��dy

� �

��dz|�(x, y, z, t)|2 = 1

A ai ai

Pi A �A�

�A� =�

i

aiPi

�(x, t)

A A�ai(x) = ai�ai(x) {�ai(x)}

�(x, t) =�

i

cai(t)�ai(x) · · · (1)

9

このとき,係数    は             である. 

      式に左側から   を掛けて積分する.

        の場合のみ        は1になる(規格直交条件)ので,

                        

             をもとの            に代入してみると,

cai(t) =�

��ai

(x)�(x, t)dxcai(t)

(1) ��aj

(x)

i = j

���

aj(x)�ai(x)dx

�(x, t) =�

i

cai(t)�ai(x)

���

aj(x)�(x, t)dx =

i

cai(t)�

��aj

(x)�ai(x)dx

caj (t) =�

��aj

(x)�(x, t)dx

j � i cai(t) =�

��ai

(x)�(x, t)dxに書き直して              が得られる.

�(x, t) =�

i

cai(t)�ai(x)cai(t) =�

��ai

(x)�(x, t)dx

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ここから得られる          の関係を完備性という.

(注意)関数の集合がコーシー列(          を満たす)であり,           関数が定義されている空間である場合に使う「完備である」    と同じ.一方,もとの波動関数    の規格化条件から,�(x, t)

�(x, t) =�

i

� ���

ai(x�)�(x�, t)dx�

��ai(x)

=�

�(x�, t)� �

i

��ai

(x�)�ai(x)�

dx�

=

���

��

�(x, t) (x = x�)��

i ��ai

(x�)�ai(x) = 1

0 (x �= x�)��

i ��ai

(x�)�ai(x) = 0

limi��

�ai = �a �

limi,j��

|�ai � �aj | = 0

�|�(x, t)|2dx =

� � �

i

c�ai(t)��

ai(x)

�� �

j

caj (t)�aj (x)�

dx

=�

i

j

c�ai(t)caj (t)

���

ai(x)�aj (x)dx =

i

j

c�ai(t)caj (t)�ij

=�

i

|cai(t)|2 = 1

i

��ai

(x)�ai(x) = 1

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得られた       は,確率の総和が1であること,     を示している.

すなわち,展開係数   も規格化されており,この確率    は物理量  の測定の際に測定値  が得られる確率を表している.つまり,時間 だけ経過したときの平均値を   とすると,

                      となる.

また,         を計算すると,

となることから,              が得られる.

このような  (通常, は省いて  と書くことが多い)を演算子  の期待値という.

i

Pi = 1

cai(t) |cai(t)|2

i

|cai(t)|2 = 1

A

ai

�A� =�

i

aiPi

�A�t =�

i

ai|cai(t)|2

�A�t

t

���(x, t)A�(x, t)dx

�A�t =�

��(x, t)A�(x, t)dx

�A�t �A� At

���(x, t)A�(x, t)dx =

� � �

i

c�ai(t)��

ai(x)

�A

� �

j

caj (t)�aj (x)�

dx

=�

i

j

c�ai(t)caj (t)

���

ai(x)A�aj (x)dx =

i

j

c�ai(t)caj (t)aj�ij

=�

i

ai|cai(t)|2 = �A�t A�ai(x) = ai�ai(x)

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量子力学での原則

(1)演算子  の固有値  ,固有関数   で表される状態の粒子に対して物理量  を測定すると測定値は確実に固有値  である.つまり,        .

(2)波動関数   が           で表される状態の粒子に対して物理量  を時刻 に測定すると,測定値は演算子  の固有値       のどれかであり,測定値 

が得られる確率   は    である.ある1回の測定でどの固有値が測定値になるかは予言できない. しかし,いったん,測定で測定値  が得られると,その後引き続き測定を行ったときに測定値  が得られる確率は1である.これは「測定」という外部からなされた行為によって,波動関数が   から   へと収縮したものと理解されている.波動関数は,系の状態を表しているため,これを状態の収縮ともいう.

 が連続固有値を持ち,波動関数が           と展開される場合には,  と    との間の測定値が得られる確率は,    である.

A ai A

ai A�ai(x) = ai�ai(x)

�ai(x)

�(x, t) �(x, t) =�

i

cai(t)�ai(x) A

t A a1, a2, a3, · · · ai

Pi(t) |cai(t)|2

ai

ai

�(x, t) �ai(x)

A �(x, t) =�

ca(t)�a(x)da a

a + �a |ca(t)|2�a

13

これからよく出てくる用語(の一部)波動関数の集合    を用意する.

基底:    が一次独立な波動関数の組で,これらの線形結合で任意の波動関数を   作れる場合には,           を基底という.

直交性:2つの波動関数が直交関係にあること.

正規直交系: 互いはすべて直交関係にあり,各々は規格化されているような波動関数の       組からなる集合    のこと.

正規直交基底:正規直交系からなる基底のこと.

完全性:         を満たすこと.

     その結果,任意の波動関数が,(無限個の)正規直交基底の一次結合によって                のように展開できる.

完全正規直交系:完全性を持った正規直交基底からなる集合    のこと. 

{�n(x)}

� �

����m(x)�n(x)dx = 0

{�n(x)}�1(x), �2(x), �3(x), · · ·

{�n(x)}

{�n(x)}

i

��ai

(x)�ai(x) = 1

� �

����m(x)�n(x)dx = �mn

完備性または,

�(x, t) =�

i

cai(t)�ai(x)

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