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2019.11 Laser Focus World Japan 12 バイオセンサは、疾患の診断、多剤 耐性菌の同定、伝染病拡大の初期の検 出、食品や飲料水中における低濃度の 毒素や病原体の検出など、生物医学や 公衆衛生上の幅広い問題に対処するツ ールとして最も期待されているものと 考えられている。事実、これらの応用 事例のすべてが、現在の研究課題の目 標である。 しかし、これらの課題に取り組む科 学者や工学者は、数多くの困難に直面 している。例えば、医療診断の信頼性 と効率性を向上するために開発されて いるバイオセンサは、血液やその他の 体液に含まれる病原体の最小量も検出 できる感受性が十分でなければならな い。同時に、できるだけ早く治療を展 開できるように、診断が困難な疾患を リアルタイムに同定できなければなら ない。 これら両方の目標を達成することは、 現在開発されている技術の範囲を超え ているというのが、プロジェクト・バイ オセンシング(Project Bio Sensing) の科学者の見解だ。このプロジェクト は、独フラウンホーファー研究機構 (Fraunhofer)の2つの研究所と蘭ライ デン大(Leiden University)の物理学 研究所の共同研究であり、量子技術を 採用することで近年のバイオセンサの 限界を克服するために立ち上げられた。 プロジェクト・バイオセンシングは、 DNA 安 定 化 金 属 量 子 ク ラ ス タ( QC- DNA)とよばれる、蛍光の生物的ナノ マテリアルの新しい分野に注目してい る。QC-DNAは「量子バイオセンサ」 として機能する。最もシンプルな形状 では、これらバイオセンサは、6 ~ 15 個の金属原子の集団(金属クラスタ)を 包含する短いDNA配列から構成され る。DNA配列の選択によって、どの 疾患を検出できるかなど、センサの性 質が決定される。特定の生体分子を付 与することで、量子バイオセンサの基 本的な構造を拡張でき、選択されたバ イオマーカーを検出できる。金属クラ スタの蛍光特性による報告が可能にな る。すなわち、目標を検出すると、金 属クラスタによる光が放射されて波長 がシフトする。本技術の大きな利点は、 低コスト製品であることだ。 未来への基礎 プロジェクト・バイオセンシングは、 フラウンホーファーの国際協力・ネット ワーキング( ICON )プログラムから資 金提供を受けている。このプログラム は、国際的な中核的研究拠点と協働す る研究をサポートするもので、基礎研 究の成果を実用に移行する機会を設け る。ライデン大の量子光学・量子情報 学教授のディルク・バウミースター氏 (Dirk Bouwmeester)の助言と、彼の より優れたバイオセンサを期待させる 量子技術 バイオセンサ world news 図1 蛍光特性をもつ生物的ナノ素 材であるDNA安定化金属量子クラス タにより、迅速で信頼性のあるバイオ センサの実現が期待される。 ®

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Page 1: 012 biown biosensors 4th nyuko - e.x.pressex-press.jp/.../uploads/2019/11/012_biown_biosensors.pdf12 2019.11 Laser Focus World Japan バイオセンサは、疾患の診断、多剤

2019.11 Laser Focus World Japan12

 バイオセンサは、疾患の診断、多剤耐性菌の同定、伝染病拡大の初期の検出、食品や飲料水中における低濃度の毒素や病原体の検出など、生物医学や公衆衛生上の幅広い問題に対処するツールとして最も期待されているものと考えられている。事実、これらの応用事例のすべてが、現在の研究課題の目標である。 しかし、これらの課題に取り組む科学者や工学者は、数多くの困難に直面している。例えば、医療診断の信頼性と効率性を向上するために開発されているバイオセンサは、血液やその他の体液に含まれる病原体の最小量も検出できる感受性が十分でなければならない。同時に、できるだけ早く治療を展開できるように、診断が困難な疾患をリアルタイムに同定できなければならない。 これら両方の目標を達成することは、

現在開発されている技術の範囲を超えているというのが、プロジェクト・バイオセンシング(Project Bio Sensing)の科学者の見解だ。このプロジェクトは、独フラウンホーファー研究機構

(Fraunhofer)の2つの研究所と蘭ライデン大(Leiden University)の物理学研究所の共同研究であり、量子技術を採用することで近年のバイオセンサの限界を克服するために立ち上げられた。 プロジェクト・バイオセンシングは、DNA安定化金属量子クラスタ(QC-DNA)とよばれる、蛍光の生物的ナノマテリアルの新しい分野に注目している。QC-DNAは「量子バイオセンサ」として機能する。最もシンプルな形状では、これらバイオセンサは、6 ~ 15個の金属原子の集団(金属クラスタ)を包含する短いDNA配列から構成される。DNA配列の選択によって、どの疾患を検出できるかなど、センサの性

質が決定される。特定の生体分子を付与することで、量子バイオセンサの基本的な構造を拡張でき、選択されたバイオマーカーを検出できる。金属クラスタの蛍光特性による報告が可能になる。すなわち、目標を検出すると、金属クラスタによる光が放射されて波長がシフトする。本技術の大きな利点は、低コスト製品であることだ。

未来への基礎 プロジェクト・バイオセンシングは、フラウンホーファーの国際協力・ネットワーキング(ICON)プログラムから資金提供を受けている。このプログラムは、国際的な中核的研究拠点と協働する研究をサポートするもので、基礎研究の成果を実用に移行する機会を設ける。ライデン大の量子光学・量子情報学教授のディルク・バウミースター氏

(Dirk Bouwmeester)の助言と、彼の

より優れたバイオセンサを期待させる量子技術

バイオセンサworld news

図1 蛍光特性をもつ生物的ナノ素材であるDNA安定化金属量子クラスタにより、迅速で信頼性のあるバイオセンサの実現が期待される。

®

Page 2: 012 biown biosensors 4th nyuko - e.x.pressex-press.jp/.../uploads/2019/11/012_biown_biosensors.pdf12 2019.11 Laser Focus World Japan バイオセンサは、疾患の診断、多剤

Laser Focus World Japan 2019.11 13

参考文献(1)�D. de Bruin et al., J. Nanobiotechnol., 16,

37 (2018).(2)�N. Bossert et al., Sci Rep., 7 , 4 5 8 8 2

(2017).(3)��S. Achtsnicht et al., PLoS One, 14 , 7 ,

e0219356 (2019).

QC-DNAへの強い関心が利点だ(1)。彼のQC-DNAの研究は、これらの素材における量子物理学との関連性や、バイオセンサの精度を向上させる方法に関する見識をもたらすと期待されている(図1)。バウミースター氏の実験の中には、2つの状態を同時にとり得るナノミラーの開発がある。 フラウンホーファー研究所のケイ酸塩研究所(ISC)は、量子バイオセンサの設計と製造に向けて、化学合成と素材の特性評価、バイオ素材の開発における実験に貢献している。ライデン大の生物物理学教授であるドリス・ハインリッヒ氏(Doris Heinrich)と彼女のナノセルグループは、量子バイオセンサの合成と、出発原料と合成工程条件

の関係を調べることで研究を進めている(2)。また、診断向けのマイクロ流体のラボオンチップシステムも開発している。 フラウンホーファー研究所の分子生物学・応用生態学に所属するグレタ・ネルケ氏(Greta Nolke)と彼女のチームは、組換えタンパク質と抗体技術、バイオ分子の機能化、病原体や毒素の検出アッセイの技術開発において専門知識を提供している(3)。さらなる研究には、生物学のマーカーにおける高スループットな顕微鏡法と毒性評価(ナノマテリアルなど)に向けた細胞ベースのアッセイも含まれる。 QC-DNAは生物系に対する高感度センサの開発に適しており、高度かつ

詳細で安価な治療を期待させる。プロジェクトのパートナーは多くの量子バイオセンサを設計しており、大学病院における実現可能性の研究に向けたスケールアップと準備を計画している。プロジェクトのその後では、高感度でコスト効率が良く、さまざまな病原体や毒素、がん細胞を迅速かつ高い信頼度で検出するポータブルな読み出しデバイスの開発を予定している。

(Barbara Gefvert)

LFWJ