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0G3-04 高等学校地理歴史(世界史) 高等学校地理歴史科(世界史)における資料を活用した思考の深まりに関する一考察 岡山県立鴨方高等学校 教諭 研究の概要 高等学校世界史における適切な主題を設定して追究する学習には,生徒の思考力・判断力・表現 力の育成が必要である。本研究では生徒の思考力の育成に着目し,思考を深めるために「資料を活 用した思考過程の設定」という視点を明確にしたワークシート構成の工夫を行い,その有効性を検 証した。その結果,生徒の思考が深まることが確かめられた。 キーワード 世界史,資料の活用,思考過程,ワークシート 主題設定の理由 『高等学校学習指導要領解説地理歴史編』(2009,文部科学省)の世界史Bでは,「地図,年表, 資料などを活用し,諸地域の地理的条件や日本の歴史との関連に留意しながら,世界の歴史の大き な枠組みと流れを理解させ,文化の多様性・複合性に関する認識を深めさせるとともに,適切な主 題を設定して追究する学習を一層重視して,世界史の学び方や歴史的思考力を培うようにする」 1) と示されており,その基盤の一つとして,思考力・判断力・表現力等の育成が必要であると考えら れる。 本研究に先立って,本校の生徒に質問紙による調査を行った結果,思考・判断・表現をする学習 に自ら進んで取り組んだ経験が少ないことが分かり,授業改善が必要であると考えた。 そこで,「資料を活用した思考過程の設定」という視点を明確にしたワークシート構成の工夫を 行うことで,思考を深めることができるのではないかと考え,本主題を設定した。 研究の目的 本研究では,高等学校世界史において思考を深める方法として,「資料を活用した思考過程の設 定」という視点を明確にしたワークシート構成の工夫を行い,その有効性を検証する。 研究の内容 ワークシート構成の工夫点 資料を活用した思考力の育成については,磯谷ほか(2007)は,「発問に対する回答を,段階 的にプリントにまとめさせることにより,生徒に,常に問題意識をもたせて授業を進めることが でき,自分の考えを深化させることが可能」 2) であり,また,「表・グラフの読み取りの学習活 動や多面的に解釈する資料の提示により,多面的・多角的に考察させることで,『思考力・判断 力』を高めることができる」 3) としている。 本研究では,基礎的な事項や資料から読み取った情報を関連付けたり,多面的,多角的に考察 したりしながら思考を段階的に深める構造(以下「思考の構造」という。)を設定する。その際, 教師は経済的視点といった「思考上の軸となる視点」を設定し,この視点を意識させるとともに, 「資料の活用」によって「思考上の軸となる視点」以外の様々な視点を生徒自身に気付かせるこ とで,複数の視点から考察させる。このように,「資料を活用した思考過程の設定」という視点 を明確にした上で,読み取った情報を整理し,思考・判断・表現につなげる「思考過程の手順」 を吟味し,ワークシート構成の工夫を行った。

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0G3-04 高等学校地理歴史(世界史)

高等学校地理歴史科(世界史)における資料を活用した思考の深まりに関する一考察

岡山県立鴨方高等学校 教諭

中 本 大 輔

研究の概要

高等学校世界史における適切な主題を設定して追究する学習には,生徒の思考力・判断力・表現

力の育成が必要である。本研究では生徒の思考力の育成に着目し,思考を深めるために「資料を活

用した思考過程の設定」という視点を明確にしたワークシート構成の工夫を行い,その有効性を検

証した。その結果,生徒の思考が深まることが確かめられた。

キーワード 世界史,資料の活用,思考過程,ワークシート

Ⅰ 主題設定の理由

『高等学校学習指導要領解説地理歴史編』(2009,文部科学省)の世界史Bでは,「地図,年表,

資料などを活用し,諸地域の地理的条件や日本の歴史との関連に留意しながら,世界の歴史の大き

な枠組みと流れを理解させ,文化の多様性・複合性に関する認識を深めさせるとともに,適切な主

題を設定して追究する学習を一層重視して,世界史の学び方や歴史的思考力を培うようにする」1)

と示されており,その基盤の一つとして,思考力・判断力・表現力等の育成が必要であると考えら

れる。

本研究に先立って,本校の生徒に質問紙による調査を行った結果,思考・判断・表現をする学習

に自ら進んで取り組んだ経験が少ないことが分かり,授業改善が必要であると考えた。

そこで,「資料を活用した思考過程の設定」という視点を明確にしたワークシート構成の工夫を

行うことで,思考を深めることができるのではないかと考え,本主題を設定した。

Ⅱ 研究の目的

本研究では,高等学校世界史において思考を深める方法として,「資料を活用した思考過程の設

定」という視点を明確にしたワークシート構成の工夫を行い,その有効性を検証する。

Ⅲ 研究の内容

1 ワークシート構成の工夫点

資料を活用した思考力の育成については,磯谷ほか(2007)は,「発問に対する回答を,段階

的にプリントにまとめさせることにより,生徒に,常に問題意識をもたせて授業を進めることが

でき,自分の考えを深化させることが可能」2)であり,また,「表・グラフの読み取りの学習活

動や多面的に解釈する資料の提示により,多面的・多角的に考察させることで,『思考力・判断

力』を高めることができる」3)としている。

本研究では,基礎的な事項や資料から読み取った情報を関連付けたり,多面的,多角的に考察

したりしながら思考を段階的に深める構造(以下「思考の構造」という。)を設定する。その際,

教師は経済的視点といった「思考上の軸となる視点」を設定し,この視点を意識させるとともに,

「資料の活用」によって「思考上の軸となる視点」以外の様々な視点を生徒自身に気付かせるこ

とで,複数の視点から考察させる。このように,「資料を活用した思考過程の設定」という視点

を明確にした上で,読み取った情報を整理し,思考・判断・表現につなげる「思考過程の手順」

を吟味し,ワークシート構成の工夫を行った。

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図1 生徒Aのワークシートの記述内容の変容の例

(波線部:筆者)

【事前調査】課題:年表の語句(狩猟や農耕など)を使って「暦や日時計」が当時の人々にどのように役立ったかを説明する。

・暦は人々が生きていく上での道しるべと,生きてきた証になり,明日までに何をしようと決め,それが実行され何百年後くら

いに「数百年前はね」と人の生活してきた証がこと細かく刻まれ,未来や過去・現在の人々に役立ってきたと思う。

【第1時】課題:資料を利用して「時間を知りたい」という人間の欲求は,どのような思いから生まれたかを説明する。

・動物が動き出す時間(活動時間)や,植物の収穫時期を知るなど生きていく上で,時間を知っておいたら衣食住での生活が安

定する。

以下,表1に示すように,「思考の構造」については「事前調査及び第1時」「第2時及び第

3時」「第4,5時及び第6,7時」の3段階で段階的に思考を深め,単元の目標(思考・判断

・表現)を達成させるようにした。また,「思考過程の手順」については,「事前調査及び第1

時」「第2時及び第3時」は,基礎的な事項の学習内容や資料から読み取った情報を思考・判断

・表現の材料として整理させ,経済的視点や政治的視点に基づいて考察させるようにした。「第

4,5時及び第6,7時」は,「多面的,多角的に考察する」ために,基礎的な事項の学習内容

や資料から読み取った情報を思考・判断・表現の材料を図式化して整理し,経済的視点を軸にし

ながらも複数の視点に基づいて考察させるようにした。

科目名 世界文化史(学校設定科目) 単元名 科学技術と社会

対象 世界文化史選択者23名(第3年次)単元の目標

(思考・判断・表現)

・科学技術と時代背景や社会などを関連付けて考察したり,時代の変

化の要因などを多面的,多角的に考察できる。

授業実践Ⅰ(平成24年6,7月) 授業実践Ⅱ(平成24年11,12月)

時 事前調査 第1時 第2時 第3時 第4,5時 第6,7時

内容暦・日時計と

歴史

人類の誕生と時

計古代エジプトと時計

中世ヨーロッパと

時計大航海時代と科学技術の発展 産業革命と科学技術の発展

・時代背景から読み取った情報

に基づいて,科学技術と生活

や産業などを関連付けて考察

する。

・時代背景から読み取った情報に基づい

て,科学技術と社会構造や社会条件な

どを関連付けて考察する。

・時代背景から読み取った情報に基づいて,時代の変化の要因

などを多面的,多角的に考察する。

経済的視点経済的視点

政治的視点経済的視点 経済的視点

・年表・イラスト

・模型・写真

・絵画

・模型

・写真

・航海記録

・年表

・絵画

・ポスター

・写真

2 検証の方法

本研究において,思考が深まった状態とは,科学技術の歴史を学ぶことを通して,科学技術と

時代背景や社会などとを関連付けて考察したり,時代の変化の要因を多面的,多角的に考察でき

るようになったりする状態と考える。そこで,本研究では,生徒の思考の深まりを見取るために,

ワークシートへの記述(関連付けによる考察や多面的,多角的な考察に関する記述)を分析する

方法を用いる。

3 授業実践の概要

(1) 事前調査及び第1時

事前調査では,年表の語句(狩猟や農耕など)を利用して,「暦や日時計」が当時の人々にど

のように役立ったのかを記述させた。しかし,時代背景から読み取った情報に基づいて,生活

や産業などと関連付けて考察する記述はほとんど見られなかった(図1【事前調査】)。

思考の

構造

思考上の軸

となる視点

資料の活用

(思考・判断

・表現の材料

となる資料)

思考過程

の手順 整理

・基礎的な事項の学習内容

・資料から読み取った情報

記述

経済的視点や政治的

視点に基づいて考察思考・判断・表現の材料

図式化して整理

・基礎的な事項の学習内容

・資料から読み取った情報

記述思考・判断・表現の材料

経済的視点に加え,

複数の視点に基づ

いて考察

表1 授業実践の要旨

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資料からの情報

図2 第1時のワークシート構成

基礎的な事項の学習

資料からの情報

思考・判断・表現

基礎的な事項の学習

思考・判断・表現の

材料の整理

図3 日時計の模型

図4 イラスト

図5 第2時のワークシート構成

資料からの情報

資料からの情報

図7 壁画思考・判断・表現

思考・判断・表現の

(経済的視点の材料)材料の整理

基礎的な事項の学習

思考・判断・表現の

(政治的視点の材料)材料の整理

図6 水時計

そこで,第1時の実践では,図2に示すワークシートを用いて,「思考過程の手順」を明確に

した。まず,基礎的な事項の学習を行い,次に資料から情報を読み取り,思考・判断・表現の材

料として整理させた。最後にこの材料に基づいて考察させた。

人類の登場の歴史を基礎的な事項の学習とし,図3の日時計の模型を用いて暦や時計といった

科学技術の利用方法や,図4のようなイラストを用いて,狩猟,採集,漁労,農耕,牧畜などの

当時の人々の生活や産業を読み取らせ,科学技術と生活や産業などと関連付けて考察させた。

ワークシート構成の工夫を行った結果,図1の波線部のように,暦や時計などの時間を知る手

段と狩猟や採集といった生活とを関連付けて考察した記述が多くの生徒に見られ,「おおむね満

足できる」状況(B)と判断した生徒(以下「B評価」という。)の割合が,90.9%となった。

(2) 第2時及び第3時

第2時の実践では,生徒の視点を増やす試みとして「思考上の軸となる視点」を,暦や時計と

いった科学技術を支配者層による科学技術の独占などと関連付けて考察するための政治的視点及

び農業生産の向上などと関連付けて考察するための経済的視点の二つとした。

そこで,図5に示すワークシートを用いて,資料から情報を読み取り,思考・判断・表現の材

料を政治的視点と経済的視点の2か所に分けて整理させ,これらの材料に基づいて記述させた。

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古代エジプトの歴史や社会を基礎的な事項の学習とし,エジプトで使用された太陽暦及び中国

で使用された水時計(図6)を用いて,暦や時計などが高度な科学技術であったことを読み取ら

せた。また,身分制社会の説明で,支配者層による暦などの科学技術の独占や,図7のような壁

画を用いて,生活の基盤が農業生産にあったことを読み取らせ,科学技術と社会構造や社会条件

などを関連付けて考察させた。

ワークシートの記述内容から,政治的視点による記述が見られず,経済的視点による考察のみ

であった(表2)。その理由としては,社会構造の理解が難しく,政治的視点に気付きにくかっ

たため,経済的視点の材料のみに注目した考察となってしまったのではないかと考えた。そこで,

第3時の実践では,生徒に確実に視点を気付かせるため,「思考上の軸となる視点」を経済的視

点の一つに絞って考察させた。

(3) 第4,5時及び第6,7時

第4,5時の実践では,図8

に示すワークシートを用いて,

大航海時代以降のアジアとヨー

ロッパの関係がどのように変化

していくのかを多面的,多角的に考察させようと試みた。そこで当時の世界の勢力図や年表から

読み取った情報に基づいて,当時のアジアとヨーロッパの関係を中心に,図9や図10のように図

式化して整理させた。

表2 第2時のワークシートの記述内容の例

*課題:古代エジプトの支配者たちが暦や時計を持っていた理由を説明する。

・暦があれば種まきに適した季節に植えることができる。

・農作業にはその作物ごとに良い収穫時期や栽培時期があり,それを知ることにより

生活が安定し,暮らしていけるためと考えられる。

・収穫にふさわしい時期を知り,効率良く作業を進めるため。

図9 図式化した部分の拡大(1) 図 10 図式化した部分の拡大(2)

図8 第4,5時のワークシートの構成

基礎的な事項の学習

思考・判断・表現

思考・判断・表現の材料

の図式化と整理

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表3 第4,5時のワークシートの記述内容の例

*課題:大航海時代以降,アジアとヨーロッパの関係はどのように変化していくのか。

・大航海以前はアジアにお金もあり,いろいろな技術力もあったので満足し,新しい道を開こ

うとはしなかったが,ヨーロッパが新しい道を開いていき,宗教が広まり,植民地が増えるな

どどんどん拡大していき,大航海以降はアジアよりヨーロッパが強くなったと思う。

・アジアから様々なものを知ったヨーロッパ。布教が始まったキリスト教が No.1 になった。

・ヨーロッパは逆にアジアに輸出をはじめ,ヨーロッパとアジアの関係は逆になった。

ワークシート構成の

工夫の結果,表3のよ

うに貿易を中心とした

経済的視点の他に,そ

の後のヨーロッパ勢力

による植民地支配,キ

リスト教の拡大に関する記述も見られるなど多面的,多角的な思考をしていることがうかがわれ

た。

第6,7時の実践では,産業革命以降の農業社会から工業社会への移行に伴う人々の生活の変

化を多面的,多角的に考察させようと試みた。そこで,図11に示すワークシートを用いて,様々

な資料から身近な科学技術の発展や,労働運動のポスター(図12)及び和時計の写真(図13)か

ら不定時法や定時法などの時間の概念を読み取らせ,図式化して整理させた。

ワークシート構成の工夫の結果,生活が豊かになった一方で,物資の生産過剰,資本家と労働

者の摩擦,環境破壊,交通事故の増加,貧富の差の拡大,科学技術への依存,時間による束縛,

夜型の生活のリズムの発生,過剰労働や過労死の増加といった様々な記述があり,多面的,多角

的な考察をしていることがうかがえた。その結果,B評価以上の生徒の割合が 92.9%となった。

これは,生徒にとって身近な問題であったことや,思考・判断・表現する材料を図式化して整理

させたことで,前時で「努力を要する」状況(C)と判断した生徒にとって,ワークシートのど

の部分を見れば,思考・判断・表現の材料となるかが分かりやすくなったためであると考えられ

る。また,教師にとっても授業中に個別の指導が行いやすくなったことも考えられる。

Ⅳ 成果と課題

上記の授業実践の結果から,思考を深めるには,生徒自身が様々な視点をもち,考察することが

必要であることが分かった。そのためには,次の3点が有効であると考える。

第一に,「思考上の軸となる視点」を意識させながら,考察させることである。事前調査では,

経済的視点に基づく課題を設定したが,記述内容には経済的視点がほとんど見られなかった。そこ

で,経済的視点を「思考上の軸となる視点」とし,視点をもって考察することが重要であることを

図 11 第6,7時のワークシート構成

図 12 ポスター

資料からの情報図 13 和時計

資料からの情報

思考・判断・表現の材料

の図式化と整理

基礎的な事項の学習

思考・判断・表現

基礎的な事項の学習

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図 14 生徒Bのワークシートの記述内容の変容の例

【事前調査】課題:年表の語句(狩猟や農業など)を使って「暦や日時計」が当時の人々にどのように役立ったかを説明する。

・日時計はどこにいても(晴れの日に限る)時間が分かるため,東西南北さえ分かっていれば,漁師が船で沖に出たときでも,

山道を歩いているときでも正確にではないかもしれないが,時間を知ることができ,生活の役に立っていたと思う。

【第6,7時】課題:産業革命以降,人々の生活はどのように変わったのかを考える。

・細かい時間が分かり,夜でも活動できるようになったが,夜遅くまで活動することが増え健康状態に影響が出てきた。また,

自動車や航空機の登場で,事故の可能性も増えた。さらに,科学技術が発展していけば,それが当たり前になりすぎて,も

し,科学技術がなくなったときに,人間は今の生活に対応できなくなってしまう。

意識させた。その結果,多くの生徒の記述内容に経済的視点に基づいた記述が見られるようになっ

た。

第二に,「資料の活用」によって「思考上の軸となる視点」以外の様々な視点を生徒自身に気付

かせることである。第6,7時の実践を例に挙げると,教師は労働運動のポスターの中に描かれた

資本家と労働者を読み取らせ,資本主義社会を考察させた。しかし,生徒は資本家と労働者以外の

部分にも注目し,ポスターの中に描かれた時計を見て「8時に意味があるのではないか」「時計が

示している8時は始業のことなのではないか」「8時間という長さの可能性もあるのではないか」

という複数の意見を出し,生徒自身が労働時間の問題に気付くことができた。このように,「資料

の活用」によって「思考上の軸となる視点」以外の視点を生徒自身に気付かせることで,主体的に

思考させることができると考えられる。

第三に,ワークシート上に「思考過程の手順」を示し,様々な視点を整理することである。その

ためには,基礎的な事項や資料から読み取った情報を図式化して整理することが有効である。第4,

5時や第6,7時で複数の視点による記述がうかがえたのは,図式化することで,生徒が気付いた

視点を整理できたためであると考えられる。また,情報を図式化してまとめることで,何を材料に

して思考・判断・表現をしていいのか分からない生徒に対しては,ワークシート上の思考・判断・

表現の材料の部分を指し示すことで,適切な助言や指導が行えた。

徐々にではあるが,関連付けや多面的,多角的な考察による記述も見られるようになり(図14),

先に定義した「例えば,科学技術の歴史において,科学技術と時代背景や社会とを関連付けて考察

したり,時代の変化の要因を多面的,多角的に考察できるようになったりする状態」に近付いたと

いえる。

しかし,本研究では,ワークシート構成に当たって,基礎的な事項の学習,思考・判断・表現の

材料の図式化と整理,思考・判断・表現を記述する部分の配置がワークシートごとに異なっていた

ため,授業の流れが分かりづらかったと考える。今後の課題としては,ワークシートの構成を統一

感のある「思考過程の手順」を示すように改善し,思考過程をより分かりやすいものにしていきた

いと考える。

○引用文献

1) 文部科学省(2009)『高等学校学習指導要領解説地理歴史編』教育出版,p.3

2) 磯谷正行ほか(2007)「地理歴史科,公民科における「思考力・判断力」を育成する学習指導と評価の在り方に関

する研究」『愛知県総合教育センター研究紀要』,p.28

3) 前掲書2),p.28

○参考文献

・ 福井芳男ほか(1984)『カラーイラスト 世界の生活史1 人間の遠い先祖たち』東京書籍

・ 佐藤次高ほか(1999)『地域の世界史6 ときの地域史』山川出版社

・ 国立教育政策研究所教育課程研究センター(2007)『特定の課題に関する調査(社会)』

・ 鳥山孟郎(2008)『授業が変わる 世界史教育法』青木書店

・ 文部科学省(2009)『高等学校学習指導要領』

・ 福井憲彦ほか(2012)『歴史的思考力を伸ばす世界史授業デザイン -思考力・判断力・表現力の育て方-』明治

図書出版