110331 cbテキスト実践編

44
Advanced Textbook of CommunityBusiness コミュニティビジネス テキスト 実践編

Upload: sutojun

Post on 28-Jul-2015

110 views

Category:

Documents


0 download

TRANSCRIPT

Advanced Textbook of CommunityBusiness

コミュニティビジネス

テキスト 実践編

コミュニティビジネス

テキスト 実践編

特定非営利活動法人 NPO 推進青森会議

コミュニティビジネスにおけるマネジメントの大切さ①マネジメントって何? 02②マネジメントの作法 04③コミュニティビジネスに必要なもう一つのマネジメント 06④コミュニティビジネスのマネジメントのポイント 09

コミュニティビジネス的経営戦略①経営戦略とは何か 14②経営戦略を作るプロセス 15③二股思考経営戦略―地域社会的価値と経済価値の両立 22

コミュニティビジネス実践における財務管理の方法①コミュニティビジネスと財務管理の関係 26②財務管理とは 26③実践における財務管理と会計 27

コミュニティビジネス的マーケティング①マーケティングとは 38②マーケティングの基本的考え方 39③実際に進める手順 42

コミュニティビジネスに必要なデザイン的思考①デザイン的思考の大切さ 52②地域と事業のデザイン=部分最適ではなく、全体最適 53③コンセプトづくりから始めよう 54④ストーリー作りがキーポイント 55

リーダーシップ①リーダーシップとは 58②リーダーシップの役割 62

コミュニティビジネスの成果①コミュニティビジネスに期待されていること 68②コミュニティビジネスの成果をあげるために大切な 4要素 70③コミュニティビジネスの評価指標 73

コミュニティビジネス(以下、CBとする)で地域の課題を解決しようとするとき、一人で取り組むよりも仲間と一緒に組織として取り組むことでより大きな成果を生む場合が多い。しかし、自分以外の人と一緒に協働するということは、同時に多くの調整作業が必要になる。CBの実践においても、営利企業と同様に、その継続的な事業の運営にはマネジメントの視点が欠かせない 1。マネジメントの視点がなくては継続的な運営はもちろん、目指すべき成果、すなわち、地域課題の解決を効果的に果たすことが難しくなる。マネジメントは、「事業をより良く運営すること」とされる。この “より良く ” というところがポイントである。事業を行うということは、社会的に必要とされるサービスや商品を提供することになる。そのためには、ヒト・モノ・カネ・情報という経営資源をうまく組み合わせ、少ない資源で最大限の成果を上げるためのマネジメントが必要となる。

では、CBにおけるマネジメントは一般のビジネスのマネジメントと同じだろうか。確かに、事業を効率的に運営するという目的には大きな違いはない。むしろ、利益を生みにくい領域でのビジネスということであれば、一般のビジネス以上に効率性を追求せざるを得ない面もあるだろう。しかし、CBと一般のビジネスの最大の違いは、目的が利益追求ではないということである。また、その利益自体も特定の個人や団体の自己利益ではないということが特徴といえる。地域の中で、多くの住民がより良い生活を送るために必要なサービスや商品を提供し、そのことで地域が活性化し、多くの人が幸せになることがCBの目的になる。その目的を達成するためのマネジメントだということを理解しなければならない。つまりそれは、ただ単に一般のビジネスで使われているマネジメントの手法を応用するのではなく、そのマネジメントの手法を活用することで自分たちが目的とする事業の効果がどのように改善され、より良い効果が生まれるのかをしっかりと理解しておくことが必要になる。

1管理 (management) とは、組織の維持や発展を図るための職能とされ、経営の手段として

理解され、組織の諸機能 ( 財務や製造、人事など ) の維持・発展を対象とする。それに対し

て経営 (administration) とは、企業や組織の活動全体を視野に入れて事業目的を効率的に達

成することと理解される。本テキストでは、それらを包括してマネジメントとして表現して

いる。

①マネジメントって何?

02 03

マネジメントは、計画づくり (Plan) →実践 (Do) →振り返りと修正 (See) の一連のサイクル (PDS サイクル ) で行われる。CBも同様に、この一連の流れを繰り返し進めていくことが大切となる。

計画の段階では、どういう地域の課題をどのように解決し、それによってどんな地域を目指すのかを明らかにしなければならない。そして、その目的を達成するためにどのような具体的な活動を行うのかといった、活動の道筋を整理することが重要となる。大切なことは、何のために、誰のためのCBなのかを具体的に落としこみ、目指すべきミッションとゴールを明確にメンバーと共有しておくことである。そうすることで、しっかりとした計画策定ができ、状況の変化への対応がスムーズになるばかりではなく、地域の人や支援者への説明も容易となり、多くの賛同者や協力者を得やすくもなる。しかし、CBのように言葉にしにくい社会的な意義や地域性を含んだ計画を、最初から完璧に作ることは難しい。そのようなときはまず、自分たちが描く目標を一つの物語にしてみることが役に立つ。実際にどんな人にどんなサービスを提供し、

そのサービスを利用した人はどんな想いを持ち、どう変化していくのか。それを物語にすることで自分たちが目指している目標がより明確にされる。そして、目標が明確化された後は、それを具体的に実現するための道筋を描いていく。現在の自分たちのおかれた状況や、これからどうなりたいのかを考えながら、5W2Hを意識して整理をしてみることも大事になる。

その中でも特に重要なのは、ターゲットの選定である。つまり、どういったお客様を想定するのかである。CBを始める場合、顧客をより具体的で確実な利用が見込める層を想定することが大切になる。そして、その顧客にどのようなサービス・商品をどのような提供方法で、いくらで提供するのかを整理することが必要になる。また、コストや人・組織についても計画をしなくてはならない。利益を獲得することが主目的ではないCBではあるが、だからと言って赤字でいいわけではない。持続的に事業を行い、活動を広げるには黒字を目指さなくてはならない。そのためには、原材料の調達コストや人件費をうまく削減し、低コストでの運営を行うことが求められる。そしてCBで最も大切なのが、人と組織の存在である。そのため、

②マネジメントの作法

04 05

一緒に働くメンバーの役割分担とルール作りが大切になる。特に難しいのはCBの持つボランタリーな側面である。CBの多くは有償のスタッフだけでなく、ボランティア、そして、そのサービスを利用するお客さんの協力などにより運営されている。そのため、そういった多様な人が関わる場を運営するルールと役割を明確にしなければならない。ここまで計画ができれば、次は実践である。計画に基づいて実際に事業を行うことになる。しかし、日々の事業に取り組んでいくと、その日その日の仕事に追われ、最初の計画が置き去りになることが多々ある。そこで、振り返りと修正の段階では、計画に基づいて行われた実践が当初の思惑通りの成果を出しているのかを振り返る機会を持つことが求められる。うまくいっている点はもちろん、うまくいっていない点、改善したほうがいい点をメンバーだけでなく日々協力してくれる支援者や利用してくれるお客さんと一緒に対話をしながら事業全体を見直し、より良い事業へとつなげていくことがマネジメントの重要な役割となる。

CBは、事業やコスト、そこで一緒に活動する人、組織のマネジメントだけではなく、活動を実施する地域コミュニティや協力者のマネジメントも必要となる。地域との関係や協力者との関係は、CBにとっては最も重要な資源である。WIN-WIN の関係を構築し、それぞれが地域に対する想いや信念を実現し、互いに補完し合いながらも相乗効果が生まれるようにマネジメントを行わなければならない。それは、CBが地域内外の共感と信頼に支えられたものであるた

めである。地域からの支えや応援のないCBは持続性を生み出しにくい。共感が生まれ、それが信頼につながり、そして支援につながるという好循環を生み出す工夫が必要だ。その好循環を生み出すには、コミュニティという「場」をマネジメントすることが求められる。うまくいっている地域活性化の取り組みには「場」の存在が確認できる。「場」とは、「情報的相互作用と心理的相互作用の容れもの」(伊丹 ,2005) とされる。つまり、そこに参加する人々がコミュニケーションや相互の働きかけを行い、相互に理解し合う空間、そして機会を指す。CBは、地域の課題という共通の状況に対して、コミュニケーションを通じて信頼関係を醸成し、協働しながら事業を行う。つまり、CBを行う地域経営人材 ( 一人の場合もあれば複数の場合もある ) は、この「場」を創り出し、かつ、「場」の持つ可能性を引き出すためにリーダーシップを発揮しながら地域住民それぞれと地域自体の自律性や主体性を尊重したマネジメントを行う必要がある。

③コミュニティビジネスに必要なもう一つの

マネジメント

06 07

それは、「場」に参加する人々を刺激し、方向付け、束ねるというプロセスを辿る ( 伊丹 ,2005)。地域経営人材は、このプロセスを意図的に創り出し、調整していくことが大きな役割となる。 では最後に、CBにおけるマネジメントのポイントをいくつか紹

介しよう。

●「自分がやる」という覚悟と意志を立てることから始まるまずは何よりも人任せにするのではなく、自分自身が最後までやり遂げるという覚悟と意志が大切。状況が悪いとか誰が悪い、どこが悪いと周りや環境のせいにしないで自分自身が主体的に動くことがすべての始まりになる。

●現場で汗をかき、活動を通して信頼関係をつくる口先だけできれいな言葉を並べるのではなく、やはり現場で地域のみんなと一緒に汗をかきながら同じ時間と空間、苦労を共有することから信頼関係が生まれる。

●想いを形にする小さな成功体験をコツコツ積み上げるCBはすぐに成果が現れるものではない。一つ一つの小さな成功体験を地道に積み上げ、実践者はもちろん、その周りにいる地域住民や応援したいと思っている人も自信をもって関わることができるよう、関わる人の想いを形にするマネジメントも必要である。

●大きなビジネスモデルを考えるのではなく、目の前の小さなことを丁寧にやる大言壮語なことを掲げるのではなく、まずは目の前の一つ一つの課題の解決を丁寧に行うことが大切となる。みんなから応援される事業を目指すことがCBでは何よりも大事である。

④コミュニティビジネスのマネジメントの

ポイント

08 09

CBの核となる。それを忘れてはいけない。

●みんなで一緒にではなく、やる気のある人・組織と一緒に行う地域住民や地域の企業・組織全てが力を合わせて一緒に取り組むことよりも、口だけではなく本気で汗をかくことのできるやる気のある人や組織でまず事業に着手し、成果を上げることを目指すことが重要である。ただし、情報提供・発信だけはできるだけ多くの人へ行い、活動をしていることをオープンにし、邪魔されない環境をつくるように心がける。

●受けた恩は必ず返すCBの多くは、ボランティアなど非金銭的な協力や関係が内在する。たとえ金銭的な対価を支払えないとしても、必ず何かしらのお返しはすること。恩を受け続けているばかりでは持続的な関係を構築できない。関わる多くの人がそれぞれにメリットを享受できるよう配慮が必要となる。

●何をやらないかを見定めるいざ始めるとやることはたくさんある。そのため、知らず知らずのうちに目的が見えなくなったり、忙しさに翻弄されて体調を崩すことも多い。CBに取り組むには、すべてに全力投球するのではなく、選択と集中が大切である。

●利益を上げることは悪ではない地域では地域住民が利益を上げることに対してネガティブな評価をすることがある。しかし、真っ当な仕事をして利益を上げることは当たり前のことである。利益は将来への投資の原資と考えられる。

●まずは実践・チャレンジが大切迷いや心配があってもまずは実践が大事。考えて行動することも大事だが、行動しながら考えることも大事。実践している中で見えてくるものもある。

●成功・失敗は考える必要はないCBに取り組むにあたって成功、失敗を考えるのはあまり意味がない。成功、失敗は周りが決めることではなく、自分が決めること。あきらめずに続ければ失敗にはならない。

●プロとしての自覚を持つビジネスとして取り組むからにはプロとしての自覚が大事。商品やサービスを提供して対価を得るということはそこにすべての責任を持つということにもなる。

●譲れない想いを大切にすること利益か想いのどちらを優先するのか悩んだときには、譲れない想いをまずは大切にすること。収益以上に譲れない想いがあることが

【参考文献】伊丹敬之 (2005)『場の論理とマネジメント』東洋経済 .片岡信之・佐々木恒男・高橋由明・渡辺峻 (2010)『アドバンスト経営学――理論と現実――』中央経済社 .

10 11

①経営戦略とは何か

経営戦略という言葉を耳にすることは大変多いと思われる。しかし、その言葉を使う人に意味を問うと、人それぞれの答えが返ってくる。経営学者の間でも、多くの定義が存在する。非営利事業であっても、組織を運営していく上で経営戦略が必要だという意識は誰にでもある。しかし、いざ経営戦略を作ろうということになると難しいと感じる人が多いのは、この定義の多様性にも原因があるだろう。ここでは、経営戦略とは「成功にいたるための道筋」(土屋 ,1984)という簡単な定義を提案したい。成功の姿だけでなく、そこに至る道筋を明確にするものが経営戦略である、ということである。世の中には、自分達の組織が将来なりたい姿を掲げただけ、あるいは中長期の計画数字を掲げただけで経営戦略と呼んでいる組織が数多くある。しかしこれは正確な意味での経営戦略ではない。経営戦略には、「成功の姿」とそこに至る「道筋」の二つの要素があることをはっきりと意識しなくてはならない。これは、CBであろうが、一般的な営利組織であろうが、あるいは公共組織であろうが、共通する普遍的な定義である。

●成功の姿経営戦略の第一の要素、「成功の姿」について考えてみよう。組織にはそれぞれ目的がある。営利企業であればこの目的は比較的簡単である。一言で言えば「競争に勝ち、持続的な利益をあげる」ということになるだろう。これをさらに具体化していけば、その成功の姿は明確になる。しかし、CBとなるとそう簡単ではない。CBのポジションが、後述するように、単なる経済的価値だけにあるわけではないからである。「将来の姿」とは、自分達の組織の目的とは何かが明確になって

いないと描くことはできない。組織を形成して複数の人たちが協働して、いったい何を実現しようとしているのか。このことを明確にするということと同義である。将来、自分達が願う姿になっているということが、成功ということだろう。「成功の姿」とは目的が実現された状態ということができる。さらに言葉を換えれば、CBも基本はビジネスであるため、顧客があり、顧客があれば必ず競合がある。したがって、顧客によって評価され選ばれるものがあり、それが競合相手より優れたものでなければCBは継続できない。何を提供して、いかにして優れたものとして選ばれ、結局自分達はどのような形で社会の中に存在しようとしているのか。これは一回作ったらおしまいということではなく、組織メンバーの中で総意としてゆるぎないものとするために、常に議論しながら確認すべきことであるが、まずもってこのことを明確に語れるようにしておくことが大切だろう。

●道筋「成功の姿」が明らかになったら、次はそこにいたる道筋を考えなければならない。道筋には、大筋と詳細な手順と、その間にいくつかのレベルがある。経営戦略で必要なのは「大筋」に属する事柄である。大きな環境変化は別として、日常的な環境変化によって、日々変更するような道筋ではない。むしろ、目まぐるしい日常の変化に対しては変更しないことが、経営戦略における道筋の大事なことである。もし、この日常の変化にさえ変更しなければいけないような道筋であったならば、それはここで言う「大筋」ではないし、経営戦略に必要な「道

②経営戦略を作るプロセス

14 15

筋」でもない 2。「大筋」の「道筋」で大事なことは、日常的に変化する事業環境、業務環境の中で、その道筋が頭に入っていれば、組織のメンバーが迷うことなく、判断や行動できるようなものでなければならない。この道筋を考えるのに必要な要件を、順を追って述べていきたい。

● CB のポジション―経済的価値と社会的価値営利企業は経済的価値の実現を主目的としている。もちろん、営利企業と言っても、社会の中の存在であるから社会的価値の実現から無縁ではありえない。今日様々な局面で企業の社会的責任(CSR)が大きく取り上げられていることからも、このことはよく理解できるだろう。しかし、営利企業は、究極の選択として社会的価値と経済的価値のどちらを選ぶかと問われれば、後者をまず選ばなければならない存在である。後者を実現するためにも、前者を実現しなければならないという論理的な関係となっている。公共団体であれば、この究極の選択を問われれば、逆に社会的責任を選ぶことになるのは当然である。

●二つの価値の同時的実現CBの場合は、営利企業や公共団体のように単純でないところに特徴がある。CBの中にも色々な形態があり、営利企業そのものの形態をとるケースもあれば、公共団体に近い形態をとるものもあるだろう。その営利か公共というどちらか一方に位置しているCBのポジションは明快である。営利企業として、あるいは公共団体として、それぞれの目的に従って経済的価値か、社会的価値かの実現を目指せばよいからである。しかし、CBの多くは、社会的な価値も経済的価値も両方を実現したいという考え方に立っている。さらにいえば、コミュニティの再生、コミュニティの様々な社会的な問題の解決、そのほか多様な社会的価値の実現を考えていることだろう。CBにとって大切なことは、自分達の組織が社会的価値と経済的価値の間のどこにそのポジションをおくのかを明確にすることである。そして、多くのCBのように、両者の同時的実現を目指す場合は、経済的価値は、社会的価値を実現する手段として重要であることを再認識することである。これらのポジションを明確にすることは、先に述べた「成功の姿」の一部を明確にすることでもある。また、CBの社会的価値と経済的価値の同時実現という中間的な2これは戦略と区別して戦術と呼ぶレベルの事柄となる。

16 17

ポジションというのは、「二兎を追う」形でもあり、本来、事業や組織の運営がとても難しいものであることも認識すべきである。この難しさゆえに経営戦略、「成功の姿」と「道筋」をきちんと描くことが重要だということにもつながる。

●「誰に何を」、そして「違い」を作る―ドメインの明確化何をする組織かということを明確にする考え方に、前述のポジションと並んで、ドメインという考え方がある。日本語に翻訳すると生存領域ということになる。組織が活動する場所を明確にしようという考え方である。この定義の仕方に、市場(誰に)と製品(何を)で明確にするのが伝統的な方法となる。顧客ターゲット(市場)に何(製品)を提供することで組織は生きていくのかということである。ここで製品といっているものは、単なるハードだけではなく、ソフトやサービスも含めて理解していただきたい。自分達の働きかける対象は誰なのだろうか。営利企業ではこれを顧客、あるいは市場と呼ぶ。CBもその価値の実現のために働きかける対象を、顧客と呼び、市場と呼んでよいだろう。ドメインを明確にするというのは、誰をターゲットとしているのか、そのために何を提供するのかということに尽きる。この両者が具体的に表現できなければ、生存領域、ドメインが明確であるとはいえない。また、そこには自分達の価値観、哲学、つまり「何をもっとも大事なものと考えるのか」が反映されていなければならない。

●「違い」を作るドメインが決まっただけでは、まだ入口に立ったに過ぎない。なぜなら同じようなドメインを持った組織が多数存在しているからである。換言すれば、多数の組織との競争に勝って顧客に選ばれなければ、生存領域であっても生存することができない。これは営利企業では特別の関心を持って努力が払われる事柄である。トヨタの車と同じような価値しかなければ、ホンダの車は売れない。どちらもすばらしい車かもしれないが、他に無い特別の価値を開発し、顧客に伝えようと努力している。その価値が理解され選ばれて初めて、それぞれの自動車メーカーは生存領域が築けるのである。青森の食材はすばらしい。それは紛れもない事実だが、同じように宮崎の、そして富山の、さらには高知の食材もすばらしいのである。ただすばらしいというだけでは不十分なのだ。どのように他とは異なっていてすばらしいのかが明確でなければならない。それは単に「美味しい」「新鮮」というだけでは不十分である。他のものとはどう異なって美味しく、新鮮なのかがはっきり伝えられなければならない。これは「差別化」という概念であるが、要するに他にはない「違い」、特別の価値を持っているということである。

18 19

● VRIO という考え方違いを作り、それを顧客に伝えるためには、「VRIO」という概念が有効である。これは以下の四つの頭文字をとったものである。(バーニー ,2003)

◇ Value:価値。何よりも顧客に対して価値を提供している必要がある。価値の提供とは、つまり顧客に喜ばれている状態と言い換えてよいだろう。◇Rarity:希少性。そしてその価値はどこにでもあるものではなく、稀なもの、希少なものでなければならない。◇ Inimitability:模倣困難性。その稀な価値の提供を模倣するには多くのコストがかかる。◇ Organization:組織。価値や希少性が常に確認され再生産できる組織体制である。

このことを一言で言うと、「顧客が喜ぶ価値を提供し、他にそれを提供できるところが少なく、またその提供を模倣することがとても難しい状態を組織的に作っている」ということである。常に自分達が、VRIO を持っているのかを確認し続けることが必要であるといえる。

●模倣の難しさを創る価値を提供するところまでたどり着いても、その価値がどこにでもある状態では無意味である。前述した「違い」ができていないということでしかなく、顧客に選ばれる保証はない。さらに「違い」を作ることができても、ある程度模倣できるものであるならば、その「違い」も長続きしない。真似されてしまえば「違い」は違いでなくなるのである。そうなると、模倣が難しいということがとても大切な条件だといえる。門外不出のレシピ、他では手に入らない特別な材料、誰にも想像のつかない加工方法など、いずれも模倣が難しいものだろうが、先述の通り、日本各地を見渡してみればなかなかこれだけでは模倣を排除することはできない。また、CBの領域で特許を取るということも容易ではないだろう。模倣の困難性は、価値の提供と表裏の関係にあるが、提供する価値そのものに「特別なストーリー」が付随しているということが大切な条件である。特別なストーリーは、ある種の「社会的な複雑性」3

を加味するということである。複数の地域や人の連携がその価値の形成に大きく関与していれば、そこに社会的な複雑性が生まれる。そうなれば、模倣は難しくなる。また、その価値の形成やストーリーに歴史的な時間の流れがあるとすると、そこには経路依存性が生じる。それは同じ体験をしなければ真似することができないということを意味し、他者が同じビジネスモデルで事業に取り組もうとしてもうまくはいかない。特別な価値、そこには模倣できない仕掛けがあるということを強く意識して、CBの事業を展開するかどうかで結果が大きく異なってくるだろう。実はCBは、地域社会や人の連携性、歴史などが背後に色濃くあるはずで、価値も高く模倣もしにくいはずである。しかし、提供し

3多くの社会事象や、多数の人の関与が長期にわたって存在し、外から成功の因果関係が一目では見えない状態。20 21

ている側が、その模倣困難な価値に無自覚であるために、顧客にそれが伝わらず、結局「違い」の分からない製品やサービスとして世に出るためにその価値をうまく伝えきれていない場合が多いといえる。

営利企業の場合、経済的価値の実現がその中心にあると述べた。しかし、その場合でもすべての事業、製品で儲けを、つまり経済的価値を出しているわけではない。中には赤字で、資金を飲み込み続けているような事業がある。複数の事業の中で、儲けを重視するもの、成長を重視するものなど、各事業にはさまざまな役割分担をさせているからである。成長を重視する事業(将来の稼ぎ手)には、現在赤字だからという理由だけでその事業への資金の供給を止めることはない。逆に、もはや成長しない事業だからといって、利益を生み出している限りは、その事業を休止することもない。CBにおいても、これに類似した考え方が求められる。それは営利企業と少し異なり、社会的価値の実現に、経済的価値の実現を手段とするという、CBならではの考え方にその背景がある。社会的価値の実現と経済的な価値の実現が同時にひとつの製品で達成できるのであれば問題にはならないが、そのようなことは稀だろう。また、同時にすべての事業が社会的価値は実現できているのに、経済的価値では破綻しているということでは、組織自体が存続できない。ただ、社会的価値の実現は経済的価値の実現と両立しにくいものが多数を占める。放っておけば経済的破綻は稀なことではない。そこで、社会的価値の実現事業と経済的価値の実現事業を明確に分けるという、二股をかける考え方が求められる。各事業の損益が相殺されて若干でも利益が出る状態というのが現実的な姿だろう。一度、自分達の製品や事業をその役割を明確にして位置づけなおし

③二股思考経営戦略―地域社会的価値と経済価

値の両立

てみることが大切である。そしてそこにバランスが崩れていたら、つまり経済的価値の実現事業が不足していたら、二股がけの事業構造を頭に入れて、事業の整理をすることが必要だろう。

多くのCBは社会的価値の実現をその任務としているものだろうが、その実現だけでは経済的に破綻をきたし、事業や組織の継続が困難となる。もともとCBのポジションが困難なポジションであるということがその要因である。それを避けるためには、営利企業と同様に、いやそれ以上に明確な経営戦略を持つことが不可欠である。そこでは、「成功の姿とそこへの道筋」が明快に描かれていることが必要である。そして道筋では、まず自分たちの「違い」に着目しよう。そしてその「違い」のある価値を、持続的に提供しながら(模倣の排除)、社会的価値の実現事業(持ち出し事業)、経済的価値の実現事業(収益事業)の二股のバランスをうまくマネジメントすることが求められるのである。【参考文献】土屋守章 (1984)『企業と戦略-事業展開の論理』日本リクルートセンター出版部 .ジェイ・B・バーニー (2003)『企業戦略論 上 ・中 ・下』ダイヤモンド社 .

22 23

①コミュニティビジネスと財務管理の関係

CBとは、地域(コミュニティ)の課題を解決するために、地域住民自らが「ビジネスの手法」を利用して行う活動のことをいう。地域の課題を解決するために、なぜ「ビジネスの手法」を用いるのか。その理由は、地域課題解決の「活動を継続」して行っていくうえでその手法が有効だからである。すなわち、ここでいう「ビジネスの手法」とは、「活動の継続性」を可能にする手法であり、継続的に活動していくうえで不可欠な要素となるのが「財務的な継続可能性」である。この「財務的な継続可能性」を実現するための方法が「財務管理」である。以下、「財務管理」とはどういう内容であるかを概説していく。

財務管理は、大きく分けて、「資金調達」と「資金運用」からなるが、資金調達と資金運用の前提として、貨幣額を伴う「活動計画」が必要である。すなわち、基本的には、「活動計画」→「資金調達」→「資金運用」という流れのなかで貨幣的管理を行うのが財務管理である。この流れをビジネス活動と対比して説明してみる。ビジネス活動は、単純に表現すれば「G(貨幣)→W(商品)

→G’(G+ g、すなわち当初貨幣額を上回る貨幣額)」と表現できる。例えば、100 円の貨幣(G)で、100 円の商品(W)を買い、110円(100円 +10円)で売る。これによって、ビジネス活動は継続可能となる。この活動のうち、最初の貨幣G、100 円を調達する段階が、「資金調達」であり、集めた資金を使って活動に際してのコストをまかなっていくのが「資金運用」となる。そして、「活動を継続」させていくためには、少なくても活動に要するとして調

②財務管理とは

達した資金額以上の資金を獲得しなければならない。この過程においては貨幣額の記録を担う「会計」が不可欠な要素となる。そこで、以下、具体例を用いながら「財務管理」と「会計」について説明する。

CBもビジネスであることに変わりはないので、単純な例を用いて、「財務管理」と「会計」の役割と必要性について説明する。財務管理は、「活動計画」→「資金調達」→「資金運用」という流れのなかで貨幣的管理を行なうものなので、まず「活動計画」、次いで「資金調達」、そのうえで「資金運用」という順にみていく。さらに、その流れの中で、どのように会計が利用されるかも合わせてみていく。

この例では「活動計画」として、「100円でリンゴを買って 120円で売る」ということのみを定めたとする。このとき、必要となる資金は最初にリンゴを買うための 100円であり、「資金調達」として考えなければならないのは、この 100 円をどのように調達するか、である。ここでは、自己資金、すなわち自分のお金を出資することにしたとする。「資金運用」としては、リンゴを買うということになる。ここで実際に以下の活動を行ったとする。

③実践における財務管理と会計

26 27

このとき、実際に行った活動が、当初の「活動計画」どおりであったか否かを把握するために会計記録が必要となり、その活動を財務面で管理するのが財務管理ということになる。この例は、単純な例なので、4月中の活動を見ただけで「活動計画」どおりか否かすぐに把握できるが、複雑になると会計記録と計算が必要となる。いずれ会計記録と計算が必要になるので、この簡単な例を使って会計記録と計算を練習してみよう(以下、複式簿記の知識があることを前提に説明するので、複式簿記の知識がない場合は、まず複式簿記の学習に取り組んでいただきたい)。

4月中の会計記録は、以下のようになる。

ここで 4月中の活動を把握するために、月次の貸借対照表と損益計算書を作成する。まず、4/1 時点での貸借対照表(B/S)を作成する。

次いで、4月、1ヶ月間の損益計算書(P/L)を作成する。

最後に、4月末時点の貸借対照表(B/S)を作成する。

28 29

以上のように会計記録を行い、貸借対照表(B/S)と損益計算書(P/L)を作成することにより、4月中の活動の財務的記録と活動結果の財務的成果(この例の場合は利益 20円)が明らかとなる。複式簿記の特徴は、収益-費用と期首と期末の貸借対照表の比較の二面から利益計算を行い、両者一致を確認するところにある。次に少し複雑な例を使ってみる。例 1では、暮らしていけないと思われるので、次の例 2では、給料 200,000 円を自分に払うこととする。

この例 2のような場合、「活動計画」としては、「100 円でリンゴを買って 120円で売る」ことにより「給料 200,000 円を支払う」ためには、リンゴを何個売る必要があるのかを事前に考える必要がある。それを考えるための財務データ作成の方法として、CVP分析(損益分岐点分析)がある。CVP分析では、以下のような簡単なグラフを書くことにより、必要販売量を求めることができる。

このグラフは、縦軸を売上高、横軸を販売量とする。グラフ作成の手順は、まず、売上高の線を書く。この例の場合は、個数が 1個増えるごとに 120 円ずつ増加する。次に固定費の線を書く。固定費は、何個売れるかに関わらず固定的に発生するので水平となる。この例の場合は、給料の 200,000 円が固定費となる。そのうえで、変動費の線を記入する。変動費は、販売個数に比例して増加する費用である。この例の場合は、個数が 1個増えるごとに 100円ずつ増加する。ここまでの記入が終わったところで、売上高の線と変動費の線が交わる点が、ちょうど収益と費用が同額となる損益分岐点である。これを数式で示せば、

となる。このときの販売量は、販売量をXとして次のような式で求められる。

この式を解くと、X= 10,000 個となる。このようにCVP分析を行うことで、何個売り上げが必要かわかる。この例の場合は、10,000 個の販売量が必要となり、このデータをもとにさらに活動計画を策定することになる。例えば、単価を上げる、仕入れ価格を下げる努力をする等、実際には、様々な活動環境を考慮しつつ活動計画を策定することになる。ここでは、仕入単価、販売単価はそのままで、1度に 4,000 個販売可能とする。それゆえ、活動開始時に 400,000 円を用意できれば、ちょうど4,000個のリンゴを仕入れることができるため、「資金調達」として、自己資金400,000円を出資することにしたとする。この資金の「資金運用」としては、リンゴを買うということになる。

30 31

ここで実際に活動を開始する前に、以下のような「活動計画」を立てたとする。

この「活動計画」のもとで、先ほどと同様に 4月中の活動を把握するために、月次の貸借対照表と損益計算書を作成する。そのために、まず、取引を会計記録の形式に整理(仕訳)する。

4月中の会計記録(仕訳)は、以下のようになる。

この会計データをもとに、月次の貸借対照表と損益計算書を作成する。まずは、4/1 時点での貸借対照表(B/S)を作成する。

次いで、4月、1ヶ月間の損益計算書(P/L)を作成する。

最後に、4月末時点の貸借対照表(B/S)を作成する。

32 33

以上のように会計記録を行い、貸借対照表(B/S)と損益計算書(P/L)を作成することにより、「活動計画」に基づいた仮定の 4月末時点の財政状態と活動結果の財務的成果(この例の場合は利益40,000 円)が予測できる。この例の場合、結果として利益 40,000 円が獲得でき、ビジネス活動として継続可能であるように見える。しかし、念のため日付順にもう少し詳しく見ていこう。日付順に見ていくと、まず気づくのが、一度売買が終了すると利用可能資金は 80,000 円ずつ増えることがわかる。その結果、次の仕入れ時にお金が余る。このことから、最初の出資額は最低限いくら必要か計算して求めることが可能となる。あるいは、一度の取引で 4,000 個売れなくても、最低何個売れれば良いのかも計算できる。さらに言えば、いくらぐらい値引きして良いかも計算できる。このように経営に関わる様々な情報を簿記・会計は提供する。次に、給料日のことである。給料支払い時に現金は 160,000 円しかなく、他はリンゴになっている。給料をリンゴで支払うわけにはいかないので、給料支払いに備えて、現金を確保しておく必要があることに気づく。これが、損益計算とは別に、現金の資金繰り計算が必要となる理由の一例である。この他にも、何点か気づくことがあると思われる。それらを踏まえて、皆さん自身で、「活動計画」を修正する必要がある。必ず改善すべき致命的な欠陥は、給料日に現金 200,000 円を残しておくようにすることのみである。また、この例の場合、途中で余剰資金が生じているので、その「資金運用」についても考えてみていただきたい。例 2の条件を満たす「活動計画」は、ほぼ無限に存在することが想像できると思う。ただ、ここで一つだけ注意して欲しいのは、給料支払いのために借り入れをするということは、できるだけ避けた方がよいということである。現実には、様々な事情でやむをえないこともあるとは思われるが。

以上のように、簿記・会計は、お金の出入りを帳簿に残すという役割だけではなく、組織の財政状態や経営成績を把握するために必要であり、さらに、組織の目的の達成のための将来の「活動計画」を策定する際にも不可欠な情報を与えてくれるものである。ここでは、初歩的な例のみを使ったが、現実には、非常に複雑な活動環境の中で、様々な意思決定を行い、「活動計画」を策定することになる。さらに、実際に活動していく過程で、当初は予想できなかった事態が生じることも少なくない。その都度、状況の変化に対応しつつ、より良い活動を行っていくことが、活動の継続可能性を高め、CBとして、安定的に地域に資することにつながっていくことになる。先に見たとおり、財務管理を学ぶためには、簿記・会計の知識は不可欠であり、その知識を有しており、かつ、当該地域に対する愛情あふれる人材を確保することがCBの成功の鍵を握ると言えるだろう。

34 35

第4章コミュニティビジネス的マーケティング

memo

「マーケティング」が発祥したのは 1900年代初頭のアメリカで、日本では戦後導入され 1950 年代以降より概念が浸透し始め発展してきた。近年、日本におけるビジネス・組織活動において、マーケティングは欠くことのできない市場創造活動として位置づけられており、今日のマーケティングは、企業活動において中心的役割を果たすに至っている。営利企業のみならず、自治体、大学、病院等、公共組織・非営利組織においても、マーケティングの必要性が唱えられる時代となっている。CBは、地域資源を活用して、地域の課題をビジネスの手法で解決しようとするもので、顕在化している地域の課題をニーズとするビジネスであるので、最初からいくらかの需要が見込まれてはいるが、ビジネスの持続的発展を望むのであれば、マーケティング的思考が重要となる。

私たち人間は、日常生活の中で、様々なニーズ(何らかの満たされない欲求がある状態)やウォンツ(ニーズを満たすための具体的欲求)が発生し、それらのニーズやウォンツを満たすために、モノを創造したり、商品や価値を交換したりする。このプロセスがマーケティングといわれるものである。多くの人は、生まれてまもなくから意識せずにこのマーケティングを実践しているともいえる。お菓子の交換やおもちゃの交換、その際に自分自身の満足度が最大化するよう交渉し交換する。友達がチョコレートを持っていて、そのチョコレートを食べたいという欲求を感じたとき、自分の手持ちのお菓子と何とかして交換できないものかと考える。そして、なるべく自分のお菓子を減らすことなく、

①マーケティングとは

でも、できる限り多くのチョコレートと交換できるようにして自分の満足最大化のために交渉し、お菓子を交換、価値を交換するのである。このようなことは誰しもが経験していることと思うが、この交渉・交換プロセスこそがまさにマーケティングなのである。マーケティングを簡潔に定義すると「企業目的を達成する交換を創造するために行われるプロセス」ということができるが、しばしば企業の中で見受けられるマーケティングの多くは真のマーケティング機能の一部分のみを「マーケティング」と勘違いしているものがある。まず、「マーケティング」イコール「調査」と誤解していたりするケースが一般的に多く見受けられる。市場のニーズを掴んだり分析したりするのは、確かにマーケティングの重要な役割ではあるが、調査だけがマーケティングのすべてではない。また、「マーケティング」イコール「広告・宣伝・PR」活動と捉えられている場合も多い。何をどこで、どうやって、いくらで売るのか。消費者にいかにその存在と特徴を効果的に伝えられるかなど、マーケティングが関係することはたくさんある。

「マーケティングの考え方」をマーケティング・コンセプトという。これは、時代とともに絶えず変化するもので、これまで市場への合理的活動を続けてきた結果、企業の事業展開の志向も時代とともに変遷してきており、大きく次の 5つの志向に区分される。

②マーケティングの基本的考え方

38 39

A) 生産志向消費者は価格の安い製品を好むという前提で、価格の安い製品を生産することに、焦点を合わせている考え方である。安く、大量に製品を作ることが、消費者に満足を与えるという志向で、消費者の需要がメーカーの供給をはるかに上回っていたモノ不足の古典的な志向の時代である。

B) 製造志向 = プロダクト志向 プロダクト志向ともいい、消費者は品質の良いモノさえ作れば、満足してくれるという前提で、「始めに製品ありき」の考え方である。製品が売れたか、売れなかったかが最大の関心事で、そこにあるモノにだけ心を奪われた時代である。結果的に、顧客の真のニーズを見落としがちになる危険性がある。今やマーケティングといえば必ず挙げられる「4P」の理論が導入された時代である。

C) 販売志向売り手がかなり販売促進努力をしなければ、消費者は買わないだ

ろうという考え方である。「生産志向」や「製品志向」で作られた製品を営業部門が売り込んでいくという販売の志向の時代。多くの企業で見受けられる「売ってなんぼ」という世界であり、顧客を訪問したり、利益を省みずにディスカウントの末に商品を売り込むといった姿が見受けられた時代である。

D) マーケティング志向=顧客志向顧客志向ともいわれ、消費者の欲求を把握し、消費者が望むものを競争相手よりも効果的かつ効率的に提供することが企業目的を達成できるという考え方である。生産者や製造業者の視点から消費者の視点に基づき、市場にアプローチしていくこと。販売志向が「売る」行為に焦点を合わせているのに対し、マーケティング志向は、長期的に「売れる」仕組みをつくることに主眼をおいた考え方である。そのため何よりも不可欠なのは、顧客のニーズからの発想と顧客の満足による長期的かつ良好な関係の構築である。

E) 社会志向企業が果たすべき社会的責任、社会貢献までマーケティングとして捉える、よき市民としての企業をいかに確立し、知らしめるかを考慮した考え方である。この背景には、環境破壊、人口増加などの地球環境問題がある。企業は本当に社会の長期的な利益にマッチした経済活動を行っているか、という疑問から生まれた概念。消費者のニーズを満たすだけではなく、社会全体の利益にも反しない製品・サービスを提供することが求められる。

このように、マーケティングが「売ること」、「販売」と同義だった時代から、「4P」などのマーケティング理論が導入され、顧客満足を最大化する長期的関係構築の時代を経て、企業が顧客とともに製品・サービスを創造する「顧客との共創」の時代へ進み、企業が

40 41

果たすべき社会的責任、社会貢献までマーケティングとして捉えるという時代へ突入している。マーケティング活動を進めていくには、まずは、企業内外の環境を分析する必要がある。そして、(1) 環境分析結果を踏まえ、マーケティング目標を策定するために、(2) マーケティング対象を細分化し、(3) ターゲットを定め、(4) 市場における自社のポジショニングを把握し、(5) マーケティング戦略を策定し実行するという手順が一般的である。その結果、悪ければ、また目標設定にもどり戦略を策定しなおすということになる。

(1) 環境分析内外の環境については、① PEST分析、② 5F分析、③ 3C分析、

④ SWOT分析といったフレームワークを使うことで、おおよそ把握することができる。また、事業については、⑤PPM分析を使うと、各事業の市場での位置付けを確認することができ、大きな事業戦略の方向性を見出すことができる。このような環境分析については、CBでは必要ないのではと思われがちであるが、特に “まち ” や “ 地域 ” に密接に関わっているビジネスであるCBにおいて、地域課題のさらなる掘り起こし(市場機会の発見)と、事業として目指すべき社会貢献(目標)を確認するためにも、環境分析・自社分析は必須であり、マーケティング目標決定のために非常に重要なことなのである。

● PEST 分析(ペスト分析)事業を取り巻く環境=マクロ環境を対象として、今現在、将来の企業活動に影響を及ぼす可能性のある要因を把握するためにPESTフレームワークというものを使って、外部環境の洗い出しを行い、

③実際に進める手順

その影響度や変化を分析する手法が PEST分析である。PESTとは、政治的(P= political)、経済的(E= economic)、社会的(社会文化的)(S= social)、技術的(T= technological)の頭文字を取って名づけられた分析手法で、経営戦略や事業計画の策定、市場調査におけるマクロ環境分析の基本ツールとして使われている。この分析では、4つの視点で外部環境に潜んでいる自社にとってプラス・マイナスの影響を与えると思われる要因を把握し、その影響度を評価していくものである。

● 5F 分析(5 Forces Analysis )事業を取り巻く業界構造の把握のための手法で、マイケル・E・ポーターが提唱したものである。業界内の競争に影響を与える要因を 5つに分類し、それぞれの力の強さや関係性を分析することで、業界構造の特徴を明らかにするものである。

42 43

● 3C 分析事業を取り巻く環境を分析する際に用いられるフレームワークで、企業戦略=成長戦略策定の環境分析の際によく用いられる手法。3Cはそれぞれ、顧客(Customer)、自社(Company)、競合(Competitor)のことを指す。実際の流れとしては、まず顧客の動向を念頭に市場と競合を分析し、各事業での成功要因を導き出すことから始まる。そしてその成功要因と自社の経営資源や企業活動について現状の弱みや強みなどを分析する。3C分析は、単にこれらの事実を整理するためのフレームワークであり、現状分析から実際のアクションにつなげることを目的としたものである。すなわち、自社が各事業の成功要因を保持しているかどうかを把握し、その上で、新たな成功要因の獲得可能性や、現在ある要因の継続保持可能性について分析するなどし、今後の自社の戦略を策定していくための手法である。

● SWOT 分析目標達成のために意思決定を必要としている組織や個人が、内外環境の現状把握を行うために使用する手法。5F分析や 3C分析などを使用して抽出された関連事項につき、内部環境に関わるものはS:(Strengths =強み)やW:(Weaknesses =弱み)として整理して、外部環境に関わるものはO:(Opportunities =機会)やT:(Threats =脅威)として分類して現状把握を行う。「機会」に対して「強み」が活かせられると考えられる場合には有望な事業機会となり、「弱み」に対して「脅威」が重なる場合には、撤退を含めたリスク管理が必要となる。一般に多くの企業で用いられている分析手法である。

44 45

● PPM 分析(プロダクト・ポートフォリオ・マネジメント分析)PPM分析は、コンサルティング会社であるボストン・コンサルティング・グループが考案した事業ポートフォリオを考えるフレームワークで、成長性と競争力から製品構成を戦略的に決定する手法である。横軸に「市場における自社の相対的市場シェア」( →資金の流入 )、縦軸に「市場の成長率」( →資金の流出 )をとる。この中に自社商品・事業をプロットして、現状の利益の柱はどれか、今後利益の中心とすべき事業・商品は何かを分析し、次期の経営資源投資戦略などを検討するものである。PPM分析におけるポジションには、「金のなる木」、「花形製品」、「問題児」、「負け犬」の4つがある。

◇金のなる木シェアが高いために、資金がかからず収益率の高い製品。成長率が低いので過度な投資を控え、収益を他の製品へ回す、重要な資金源となる。成熟事業。FCF( フリー・キャッシュ・フロー ) はプラスが継続する。

◇花形製品(スター)マーケットシェアを維持するために資金はかかるが、収益率は高い。シェアが維持できれば、市場成長率の鈍化に連れて 「金のなる木」 になるが、失敗すれば 「問題児」 に転落する。成長・成熟製品。

◇問題児成長率は高いがマーケットシェアが低いため資金の流出が多い。将来の成長が見込める製品なので 「花形製品」 にするための戦略が必要で、資金投入を継続する必要がある。ただし、花形への成長可能性の見極めが難しい。FCFは当面マイナス。

◇負け犬資金の流出・流入のいずれも低い。投入する資金以上の収益が見込めなければ、撤退・売却・縮小のどれかをとる必要がある。衰退事業。

46 47

(2) セグメンテーション=分類マーケティング対象を類似の購買行動を持った集団に細分化することをセグメンテーションという。万人向けの商品を万人に対して売りこむことはビジネスとして効率的でないため、世代的な特性や地理的な特性に応じた各戦略を組み立てていくことが一般的である。セグメンテーションにより、マーケティング目標を達成するのに、最も適したセグメントを発見していくのである。

(3) ターゲッティングセグメンテーションの結果から、標的市場=ターゲットを定めることである。ここで、ニッチな市場をターゲットとするのか、競合がひしめき合っている競合市場をターゲットにするのかは、環境分析に基づいた判断によるところとなる。

(4) ポジショニング標的市場において、自社商品と競合商品を差別化して、優位な地位を築くための手法をポジショニングという。ポジショニングの策定では、一般的に 2つの軸を選び、ポジショニングマップを作成し、自社製品と競合製品の位置付けを明確にし、自社製品を顧客に魅力的に見せる方法を考える。まず、ポジショニングを決定した上で、そのポジショニングを確立するための具体的な施策であるマーケティング・ミックスを立案していくこととなる。

(5) マーケティング・ミックスマーケティング・ミックスとは、マーケティング管理のフレームワークであり、マーケティング活動の基本要素であるマーケティングの 4P(ジェローム・マッカーシー提唱)、すなわち、製品= Product、価格= Price、流通= Place、プロモーション=Promotion の4つからなる。

①製品:製品導入、改良、廃番、追加、パッケージ、デザインなどに関する政策②価格:市場セグメントにおける当該製品グループの価格付けに関する政策③流通:チャネルとサービス・レベルなど流通一般に関する政策④プロモーション:広告、セールス、プロモーション、ダイレクトメールなど顧客などのコミュニケーションに関する政策

目指すポジショニングを実現するためにマーケティングの 4Pが計画・実行されるが、重要なのは、4Pの各要素をそれぞれどのように展開させるのかということではなく、4Pをマーケティング活動として、どのように適切に組み合わせるか=マーケティング・ミックスということが重要となるのである。

48 49

第5章コミュニティビジネスに必要なデザイン的思考

memo

商品パッケージだけではなく、地域のデザイン、事業のデザイン、そして、想いのデザインなど、CBでは、デザイン的な思考が大切となる。ここでは、デザイン的思考について理解し、そのポイントを学ぶことにする。

「CBとデザイン」と言ってもなかなかイメージがわきにくいかもしれない。しかし、CBに取り組むのにデザイン的思考は欠かせないものといえる。一般的にサービスや商品は、「機能的価値」と「意味的価値(情

緒的価値)」で成り立っているといわれる。機能的価値とは、その商品やサービス自体が直接もたらす価値で、機能や性能を指す。たとえば、自動車であれば、移動手段、燃費、安全性などがそれに当たる。意味的価値(情緒的価値)とは、その商品やサービスを使うことによって得られる心理的な満足感や商品やサービスの背景にあるストーリーなどが持つ価値を指す。たとえば、地域のおばちゃんが造るお味噌であれば、味噌という調味料を買っているのではなく、それを丹精込めて作っているおばちゃんの姿や安心安全な材料で作っているという安心感などがそれに当たる。大企業と違い、CBの事業者は大きな設備や豊富な資金があるわけではない。そのため、機能的な価値だけを追い求めていては到底、大きな資本を持つ企業には太刀打ちできないことは明らかである。大量に安定的な商品を提供し続けるには、大きな設備やそれを作る労働力などが必要になるので、そういった側面でCB事業者が大企業と競争することは難しい。CBは、地域課題の解決を地域住民が

①デザイン的思考の大切さ

行うという基本的なコンセプトがあり、地域性や付加価値がどれだけ商品やサービスに加味されているかが大切なポイントになる。その際、重要になるのは意味的な価値をいかにして作り上げるかということである。そして、その時に大事になるのが「デザイン的思考」なのである。機能的価値を伝えるには、正確な情報をわかりやすく伝わる形にすることが大切だが、意味的価値を伝えるには、消費者に感動を与え、共感を得られるような身体に響く伝え方が重要となる。しかし、意味的価値を伝えることはとても困難なことである。なぜならば、本当に大切なことはなかなか言葉にするのが難しく、目には見えない。そして、形にすることも容易ではないため、簡単には表現しきれないことが多いからである。形にはならない地域の想いや願いを事業にするCBでは、この意味的価値を意識した事業化が求められ、商品やサービスだけではなく、その地域、仲間といった全体的な関係性や位置づけをトータルにデザインしていくことがとても大切なことになる。

デザインと言えば、目に見える形態や構造、パッケージなどを創造する人が多いと思われる。しかし、デザインとはそういったハードのものだけではなく、目には見えないソフト面もある。CBでは、きれいなビジネスモデルを作ることが目的ではない。ビジネスモデルは、その背景にある文脈や活動を映し出しているものと考えることができる。そのため、地域との関係だけに力を入れたり、事業にだけ焦点を当ててしまうことは部分的な最適化を図ることになり、経済的価値と社会的価値の実現が難しくなる。CBは、地域全体の最もいい状

②地域と事業のデザイン=部分最適ではなく、

全体最適

52 53

態を目指すことが目的となるため、地域全体のデザインと事業のデザインの両方を視野に入れ、その関係性に常に着目しながら取り組みを進めていくことが必要となる。

では具体的にはどういうプロセスで進めていくことになるのか。まずは、コンセプトをしっかりと作ることが大切になる。コンセプトとは、「自分たちの強み、売りは何で、消費者や協力者に何を提供するのかを明確かつシンプルにしたもの」といえる。それは、CBを始めるに当たっての基本理念であり、何か迷いや混乱が生じたときに立ち返る原点ともなるべきものである。より噛み砕いて言えば、「自分たちは何屋さんなのか?」ということに対する答えでもある。自分たちが大切にしている夢や想い、目指すべき方向性を含んでいるとても大切なものと位置づけられる。どんな事業や取り組みでもこのコンセプトが揺らいでいるとなかなか活動が前に進まず、協力者も集まりにくくなる。しかし、想いや夢といった言葉にしにくいものを言葉にすることはとても難しい。その意味では、コンセプト作りは、言葉にならないものを言葉にする努力といえる。一緒にやる仲間や自分自身が、すっと腑に落ちる、納得できるものを時間がかかっても構わないので作ることが大事である。ここが曖昧になると、その後の活動の設計や取り組みにぶれが生じることになりかねないので注意が必要といえる。

③コンセプトづくりから始めよう

コンセプトができた後は、ストーリー作りに入る。ストーリー作りのもたらすメリットとしては次のようなものがあげられる(菅原,2010)。

ストーリーを作ることは、自分たちの想いや考えを多くの人に伝えるためにとても有効なものだといえる。形あるものだけではなく、想いや考え、イメージをデザインし、それをストーリーとして伝えることが大切になる。

④ストーリー作りがキーポイント

【参考文献】菅原美千子(2010)『「共感」で人を動かす話し方』日本実業出版社 .ダニエル・ピンク(2006)『ハイコンセプト「新しいこと」を考え出す人の時代』株式会社三笠書房 .ジェームス・W・ヤング(1988)『アイデアのつくり方』阪急コミュニケーションズ .

54 55

第6章リーダーシップ

memo

①リーダーシップとは

CBに求められるリーダーシップとはどのようなものだろうか。CBを立ち上げるときには熱い情熱を持って、みんなを引っ張っていくタイプのいわゆるカリスマ的なリーダーシップを必要とする場面もある。しかし、常にそれでは組織が立ち上がって成長していく上で弊害となることもある。なぜなら、強いリーダーシップに基づく場合には、自ら事業の計画や方向性を決め、メンバーにその目標を達成させるよう細かな指示命令を出すが、これではメンバーは自ら考えることをやめ、やらされ感で仕事をするようになる。いわゆるアメとムチといった成果報酬主義では逆に視野が狭くなり、自由な発想を阻むようになるのである。せっかく地域の課題解決といった壮大なミッションを掲げ活動をしているのに、義務感で仕事をするようになれば、メンバーが離れていき、最悪の場合に組織が崩壊することもあるだろう。それではどういうリーダーシップがよいメンバー、ひいては組織を作り上げるのであろうか。トップダウン式のリーダーシップによって、三角形の頂点に立つトップが常に底辺のメンバーに指示を出す組織では、コミュニケーションも一方的になりがちで、リーダーは決して底辺にいるメンバーの気持ちや悩みを理解することはなく、同様にメンバーもリーダーに意見を言うこともないであろう。これに対し、逆三角形で頂点を下にすると、リーダーがメンバーを下から支えるようになり、リーダーはメンバーが欲しているものを察して支援し、大きな目標を達成できるように奉仕する理想の組織となる。「サーバント・リーダーシップ」と呼ばれるこのリーダーシップのあり方は、ロバート・グリーンリーフ氏によって提唱され、1977年同名の著書が出版されたことで有名となった。目標、ビジョンを明らかにした上で、メンバーがその目標に向かってゴールでき

るように導くのがサーバント・リーダーシップの役割である。サーバント・リーダーシップの下では、メンバーが、相互に信頼し、尊重し、愛し合うことで、自律的で、より向上したいという気持ちを持ち、大きな目標に向かって自ら活動するようになるのである。いわゆる成果報酬主義といった外発的な動機で動かされているのではなく、内発的動機により自主的な取り組みができるようになるのである。

58 59

60 61

CBは、様々な人が関わっている。有給で働くスタッフや、ボランティアで活動を支援する人、サービスの利用者、資金的な協力をする支援者、専門的な知識をアドバイスする専門家、そして行政や助成団体などが集まることではじめてCBは成り立つといっても過言ではない。CBのリーダーは自分たちの組織の中だけを見ていればいいわけではなく、こうした関係する人や団体すべてに目を配りうまく調整することが求められている。まさに「サーバント・リーダーシップ」として、関わる人たちが何を求めているのか、どうすれば事業の目的が達成できるのかを常に考え、調整し、決断しなくてはならない。この際、リーダーは意見を聞いてばかりではいけない。ミッション達成のためには決断し、道がずれそうになれば早めに修正することが必要である。

CBに求められるリーダーシップ像が明らかになったところで、それでは具体的にどういう役割が求められているのかを見てみる。まず大切なのは、「傾聴」である。リーダーは人の話がきちんと聞けなくてはならない。自分の夢や成功体験を押し付けていては、組織として最大限の成長は得られない。押し付けではなく、メンバーに「気づき」を与えることが重要である。メンバーは一人ひとり優れた知見や経験を持っている。リーダーは、メンバーがその能力を最大限引き出せるように「気づき」を与えるのである。また、リーダーは組織の目標をしっかりと「概念化」し、メンバーに示すことが必要である。それは決して支配的ではなく、「説得力」を持って事業の目標、ミッションを訴えなくてはならない。そしてメンバーに奉仕することを通じ、メンバーをゴールに導きたいという気持ちになるからこそ、相手もまた一緒にゴールを達成しようと

②リーダーシップの役割

お互いを支えあう関係が構築できるのである。リーダーは常にメンバーに自分たちの活動が地域でどういう意味をもっているのか、どういう成果を上げているのかをわかりやすく伝え、ストーリーで語ることでメンバーの「共感」を得ることができる。「共感」することで、メンバーはリーダーに指示されなくても自律的に、自由に活動し、ゴールを達成しようとするのである。リーダーはまた、「先見力」がなくてはならない。メンバーや組

織が誤った方向に行きそうになるときには、過去の教訓に照らし合わせ将来を予測し、早めに軌道修正しなくてはならない。最後に、リーダーは自由闊達に意見が言える「風土」を作る役割がある。そのためには関わる人たちの間にお互いを信頼、尊重する関係ができていなくてはならない。以上のサーバント・リーダーシップの役割は、実は、「権威は部

下の個人にある」と看破したバーナードの「経営者の役割」におけるリーダーシップのあり方とも符合する。メンバーの潜在的能力を信じ、責任をもった人々からなる協働を効果的に行い、パフォーマンスを上げていくために、高い志を持てるようお互いを鼓舞し、共感しあえる場を設定しつつ、専門的能力を発揮できるよう支え合い、戦略的に組織能力を高めていくのである。そして、CBを行っていく場合、地域社会やグローバルに展開する市場経済のニーズを的確に把握し、将来を見越したサービスや事業展開が求められる。ある意味で、コミュニティに軸足を置きながら、世界を視野にいれてビジネスを展開することが、グローバル時代のCBの特徴である。つまり、社会的イノベーションを常に意識し、既存の狭い考え方を乗り越え、世界中のキーパーソンをネットワーキングできる広がりのあるリーダーシップが求められる。このように、サーバント・リーダーシップのエッセンスを持ち、イノベーターとして果敢にネットワーキングを行い、新しいコミュニティを構築していこうという志の高いリーダーシップのあり方

62 63

を、キーパーソンシップということがある。歴史をひも解いてみると、明治維新の立役者の一人、坂本龍馬は、そのようなキーパーソンシップを発揮し、新しい時代を担った一人といえよう。それは、「高い志の下(スピリチュアルな思いを持ち)、人々や理念のために尽くす」というサーバント的なリーダーシップを発揮し、周りの人たちの志の高さや、意欲、能力のレベルに応じて、お互いに高めあい、グローバルにネットワーキングしつつ、組織としてのパフォーマンスを高めていくというものである。グローバルな変化の激しい社会経済の中で、CBを立ち上げ、効果的に組織をマネジメントしていく上で、社会的イノベーションを意識し、当初は異端児であってもその能力を発見し、育て、仲間にし、お互いに高めあうことのできるリーダーシップの役割は重要なのである。むしろ古い考え方を打破し、新しい社会を創造していく上で、多様性(ダイバーシティ)を尊重し、多様性の中から創造するバイタリティと柔軟性が大切であるという意味では、キーパーソンシップという考え方と行動は、非常に重要な視点といえるのである。

【参考文献】池田守男・金井壽宏(2007)『サーバント・リーダーシップ入門』かんき出版 .金井壽宏(2005)『リーダーシップ入門』日経文庫 .野田智義・金井壽宏(2007)『リーダーシップの旅』光文社新書 .P.ハーシー&K.H.ブランチャード(1978)『行動科学の展開』生産性出版 .ダニエル・ピンク(2010)『モチベーション 3.0 持続する「やる気」をいかに引き出すか』講談社 .菅原美千子(2009)『ロジックだけでは思いは伝わらない!「共感」で人を動かす話し方』日本実業出版社 .ロバート・K・グリーンリーフ(2008)『サーバントリーダーシップ』英治出版 .C・I・バーナード(1956)『新訳 経営者の役割』ダイヤモンド社 .田近秀敏(2003)『実践 ビジネスコーチング』PHP研究所 .Endo,TetsuyaandPaulesMichael.(2010).”InternationalComparativeStudyofKeyPersonsonLocalGovernmentOrganizations:ConceptualandPracticalAnalysisofLeadershipDevelopmentthroughStrategicHumanResourceTraining inLocalGovernmentAdministration toMeet theDemandsof theFutureBorderlessGlobal Economy,”Proceedingsof2010 InternationalConferenceOnPublicAdministration(6th)(VolumeⅢ ). UESTCPress.

CB を行っていく上でリーダーは、メンバーの個性的な能力を見極め、信頼を醸成し、コミュニケーションをとりながら、効果的に組織化を行っていくために、メンバーのキーパーソンシップに考慮しつつ、日々サーバント的なリーダーシップの役割を発揮していくことが大切である。

64 65

第7章コミュニティビジネスの成果

memo

①コミュニティビジネスに期待されていること

CBの目的は、地域の課題を市民が主体となってビジネスの手法で解決することであり、必要なサービスや商品を提供するなかで地域の経済や人の交流が活性化し、誰もが安心・安全でより幸せに暮らせる地域社会をつくることである。少子高齢化、失業問題、地域経済の低迷、環境問題などさまざまな社会課題の解決のためには、地域らしさや生活者の視点を大切に、地域に軸足を置きながら顔の見える事業活動を行なっていくこと。これにより結果として地域の社会・経済全体、ひいては広域での好循環をももたらすという考え方にある。ここではこのようなCBの成果が評価され、さらに多くの仲間や応援者を得ていくために、CB事業者へ期待されていることを改めて整理してみよう。

(1) 活動の継続・発展と地域づくりこれまで地域の困りごとの解決やまちづくりは、地元行政と町会・自治会、地縁組織や非営利団体(広義のNPO)によるがボランティア型の活動に支えられてきた。しかし、これらの活動も高齢化が進み、中心となる一部の活動者への負担が大きくなるなか、活動に閉塞感が出てしまい、新たな発展が困難なケースは少なくない。ボランティアに依存するのではなく事業として行なうことで活動を「継続・発展」できるしくみ・体制をつくることはCBに求められる大切な要素である。ビジネスの手法を取り入れて活動を活性化させることで、より多くの市民の地域づくりへの参画を促すことも可能となる。事業を通じて顔が見える新たな地域コミュニティを実現することで、その成果を高めることができるという考え方にある。また、市民ならではのネットワークを活かし、行政区や活動分野にとどまらず、人と人とが有機的、横断的、流動的につながること

による面としての地域全体の活性化の成果が期待されている。

(2) 新しい公共、協働行政や関連団体では予算削減や組織縮小等の厳しい状況において、これまで行政が担っていた公共サービスを民間が知恵とノウハウを活かして実践していく民営化の流れがある。CBでは一般企業と異なり、行政や企業の協働事業のパートナーとして、地域の利用者目線や市民ならではのさまざまなネットワークを活かしながら、新たな公共づくりに参画できる事業型NPO等のCB事業者の活躍が求められている。この約 10年の間、各分野で活動するNPOの事業化が求められ、一部の先駆的な「事業型NPO」が成長して実績を積んできた。行政等とのパートナーシップにより規模を拡大して基盤を構築し、現在では次のステップアップのため事業や組織体制の見直しの時期にきているといえる。最近では中小企業経営者や起業家、専門家など多様な人材の関心が高まっており、新しい風として、多分野の担い手による新たなビジネスとしてのCB起業にも期待されるところである。また官民だけでなくNPOと企業の新たな連携や新しい発想による革新的な事業スキームに期待が高まっている。

(3) 経済振興、商店街活性化、雇用創出地域内の労働従事者の高齢化や人口減少に加え、経済不況下での企業の業績悪化、労働者の賃金低下や失業率の増加、消費の低迷など、地域経済崩壊へ危機感はさらに高まっている。雇用問題は地方部ではより深刻だが、CBに求められる成果は、地場産業の振興と共に、何より新たな仕事を生み出していく受け皿となることである。社会的起業やCSRの認知度が高まる時代の流れのなかで、地域では従来から課題とされる商店街の空き店舗対策ばかりでなく、新規創業、事業者の第二創業、事業転換、新規事業構築等の新たな手

68 69

法としてもCBに期待がされている。すでにある地域資源(人・モノ・カネ・情報)を発掘、有効活用しながら、持続可能な地域経済のしくみにつながるビジネスモデルを地道に構築して進めていくことが、経済振興、雇用創出のために求められているといえる。

(4) 新しい働き方・暮らし方、生きがい創出高度成長期からバブル崩壊を経て、心の豊かさを求める時代へとシフトしてきたが、この不況の時代に「ワークライフバランス」という言葉も広く使われるようになってきた。仕事とプライベートのバランスの中に、家庭や趣味だけでなく、ライフワークの一部として社会活動に参加する人も増えている。CBでは職住接近で仕事と生活を両立できる環境がつくりやすい。働き続けたい女性が出産・育児をあきらめず、また介護を理由に仕事を辞めることなく、あるいは障がい者や高齢者、就職が定まらない若者が引きこもることなく、人生のいろいろな場面や個々のスタンスで「生きがい」を持って流動的な働き方ができる場づくりが期待されている。そして今まで地域活動には無縁だった層にも、CBでの活躍の場が提供されることによって、地域への愛着が生まれることにもつながる。今後はさらに、新たな担い手による新規ビジネス、あるいは本業との両立の中での「プロボノ」など、専業ではなくCBへ関わる人たちの役割も高まっていくだろう。

熱い想いや信念で立ち上がったさまざまなCB実践者が、事業を本来の「地域のため、社会のため、市民(地域住民)を主体として」、というミッションに忠実に、継続・発展的に展開していくためには、共通して下記の 4つの要素が大切といえる。

②コミュニティビジネスの成果をあげるために

大切な 4 要素

(1) 自己満足度(喜び・楽しさ、充実感・生きがい)=主体的参画、自己実現性何事も義務感、使命感だけでは長続きしない。CBでは関心分野のなかでも、自身の得意や好き、個性を活かし、自身の原体験をもとに「なぜ自分がやりたいのか」という思いや、課題解決のテーマがクリアである内容に注力することが望ましい。もし、周りの状況が変化したとしても主体的に関わっていきたいものか。組織の中心メンバー同士、この部分を共有できていることが必須である。そして、メンバーの特徴を活かし、うまく役割分担をすること。主婦が特技を活かして家事支援サービス、高齢者が経験を活かして子育て支援、定年者がキャリアを活かして IT 教室など、一般の就職活動では資格や年齢で制限されてしまう部分も、最大限に強み(スキル)として活かすことである。趣味的な「楽しい・やりたい」だけでなく、CBゆえのお金を介す責任を果たすことでさらに「生きがい」や「充実感」を持って主体的に働くことができる。これはCBのスタートに不可欠な要素である。従来の地域活動とは異なり「仕事」とすることで、熱意ある若者の活躍など、継続的な発展を望むこともできるようになるという考え方である。

(2) 経済自立度(ビジネス・自立、雇用創出、経済効果)=継続・発展思考、事業性CBでは「ミッション(想い)と事業性(ビジネス思考)のバランス」が、その根幹となる。ビジネス思考とは、お金などの「対価」を媒介として、人をつなげ商品・サービスを提供し、互いのギブ・アンド・テイクの関係のなかで展開することで活動資金を獲得し、取り組みを無理なく継続していくという考え方である。取引関係は個々の「信頼関係」のもとに成り立つが、人間的な信頼感に加え、趣味ではなく仕事としてできる見込みを示す事業計画

70 71

が必要となる。CBにおいても通常のビジネス起業と同様、専門性を高めプロフェッショナルとして一定の収益源と採算性を持ち、人を雇用できる規模の売上計画が前提となる。雇用を生み、公的サービスとして事業を発展させ、より多くの受益者を生むこと。これによりモノと人の流れが生まれ、地域経済の活性化につながり、結果として地域と住民がいきいきと元気になることが、CBに求められる最大の成果である。

(3) 社会貢献度(社会課題解決、高い住民顧客の満足)=地域サービス充実、社会貢献性「地域にこんなサービスがあったら・・・」、「目の前で困っている人を助けたい」、「地域資源を活用して社会問題を解決したい」などの想いから出発したミッションが、実際にどの程度の社会貢献の成果を上げていけるのか、という部分である。自分自身が「やりたい」というだけでなく、地域の「誰が喜ぶ、何のための活動か」、「どの程度の課題解決を目標としているか」などを具体的にイメージできていることが大切である。中長期的な達成目標に対し、段階的に課題を解決しミッションを果たしていこうとする事業体制を明らかにしていくことが、共感者を獲得して成果を上げていくためにも必要な要素である。

(4) 地域連携度(支え合い、横のネットワーク)= WIN-WIN 思考、地域還元性CBの求める「地域のため」を実現するためには、地域全体にとってのメリットを視野に活動する必要がある。個々の事業が「点」として存在するなか、地域内外のネットワークを活かしていかにより多くの主体、多様なセクターを巻き込み、「面」としての成果をどのように実現するかということになる。市民活動は、普及・啓発、制度・政策の改革等により社会へのイ

ンパクトや流れを生み出すことであるが、CBにおいては、その先に具体的な「仕事」や「取引関係」が求められる。共感する、仲がいいだけではなく、組織相互、また顧客のニーズを充分に把握し、互いにメリットを享受できる「WIN-WIN」の協力関係を追及することが必要である。どのような「しくみ」でそれぞれが無理なく前向きに協力していくことができるのか、新しい発想で役割分担を明確化したビジネスモデルが求められる。

コミュニティビジネスに期待されていること、その本来の成果を目指す実践者に必要な 4要素について整理してきたが、具体的な成果は、どのように計ることができるだろうか。実際には下記の指標を参考にしながら、事業者ごとに各項目について優先順位をつけて「達成目標値」を明確化していくことが必要である。

③コミュニティビジネスの評価指標

72 73

(1) 雇用創出・人材育成●事業として成立し、地域で新しい働き場を創造できているか【自己実現性+事業性=生きがいを持って働ける新たな仕事の創造】

(2) 地域資源活用、コミュニティ活性化●地域の課題解決と波及効果を生み出しているか【社会貢献性+事業性=地域資源を活かし課題を解決する事業の実現】

(3) ネットワーキング、地域経済活性化●地域の連携推進と経済波及効果を実現しているか【地域還元性+事業性=地域全体を活性化する交流ビジネスモデル】

CBは人とまちを元気にする。顔の見える関係や人を大切にするサービスを重視することもあり、個々の取り組みについては中小・零細規模のコミュニティ単位が多く、その直接的なインパクトの大きさは評価されにくい。しかし、CBを切り口に積極的な情報共有、啓発、人材交流がされることにより、市民の人材育成、地域の PR、交流人口の増加などの波及効果を生み、地域全体として活気が生まれている成功事例も増えている。担い手の増加と各事業の発展と共に、広く「生きがい創出」や「経済効果」に大きな役割を果たす動きとしてその成果に期待されているところである。

74 75

memo 【執筆者】工藤順( くどう じゅん )( 監修、第 1章、第 5章執筆担当 ) NPO法人NPO推進青森会議 事業統括マネージャー、青森公立大学大学院博士 後期課程在学中

井上隆一郎( いのうえ りゅういちろう )( 第 2章執筆担当 ) 東京都市大学 教授 

池田享誉( いけだ ゆきたか )( 第 3章執筆担当 ) 青森公立大学 准教授、あおもりコミュニティビジネスプラットホーム 会長 

堤静子( つつみ しずこ )( 第 4章執筆担当 ) 有限会社オフィスエスティ 代表取締役、NPO法人NPO推進青森会議 理事 

遠藤哲哉 (えんどう てつや )( 第 6章執筆担当 ) 青森公立大学 教授 

中森まどか( なかもり まどか )( 第 7章執筆担当 ) NPO法人コミュニティビジネスサポートセンター 事務局長 

【編集スタッフ】菊池昌子 (きくち まさこ ) NPO法人NPO推進青森会議 人材育成チーム須藤育実 (すとう いくみ ) NPO法人NPO推進青森会議 人材育成チーム、コミュニティビジネスマイスター (CBS認定 )齋藤拓也 (さいとう たくや ) NPO法人NPO推進青森会議 特別研究員、青森公立大学大学院博士前期課程 在学中、コミュニティビジネスマイスター (CBS認定 )工藤典子 (くどう のりこ ) NPO法人NPO推進青森会議 特別研究員

学習計画を立てるのに活用しましょう。

重要な部分が赤文字になっています。