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121. 樹状細胞活性化サイトカイン TSLP による粘膜免疫制御機構の解明 渡部 則彦 Key words:thymic stromal lymphopoietin,樹状細 胞,T 細胞分化,粘膜免疫制御 京都大学 大学院医学研究科 消化器 内科学 樹状細胞 (dendritic cell; DC) は, 免疫応答の導入過程において重要な役割を果たしており, 感染防御, 腫瘍免疫, 移植 免疫の成立, アレルギーや自己免疫疾患の病態といった多くの免疫現象に深く関わっている. DC の活性化において, 上皮細胞 が分泌するサイトカインは重要な役割を担っているが, thymic stromal lymphopoietin (TSLP) は, 粘膜上皮から分泌され, DC に対してその成熟と T 細胞分化誘導能をもたらすサイトカインである. 1, 2) TSLP は, DC 活性化を介して, 炎症性 T helper (Th)2 型 T 細胞分化を誘導し, アレルギー性疾患で発現が増強することから, アトピー性皮膚炎や喘息といったアレルギー疾患 の病態に関与していることが示唆されている. 1, 2) TSLP は消化管粘膜にも発現し, 粘膜免疫の制御とその破綻による病態形成 機構に関与している可能性があることから, 本研究では, TSLP の新たな機能解析を行なうとともに, 消化管粘膜上皮での TSLP 発現調節機構と, TSLP による DC の活性化を介した疾患の病態形成機構について検討した. ヒト消化管上皮細胞株を, Toll 様受容体 (TLR) リガンド, サイトカイン, またはバクテリアの存在下で培養し, Real-time RT- PCR を用いた RNA レベルでの TSLP 発現解析と, 培養上澄を用いた ELISA による TSLP 蛋白の定量解析を行った. また, in vivo での TSLP 発現をみるために, 各種消化管粘膜組織を採取し, RNA レベルでの TSLP 発現解析と特異的抗 TSLP 抗体による免疫組織染色を行なった. またヒト末梢血から精製した樹状細胞を, TSLP を発現誘導させた上皮細胞にて刺激し, CD4T 細胞を加えた共培養系にて, 粘膜局所での TSLP 発現により誘導される樹状細胞-T 細胞相互作用を in vitro で再現 し, 誘導される T 細胞分化について解析した. さらに, 疾患モデルとしてヘリコバクター胃炎について, TSLP と樹状細胞の病態 形成における役割について解析した. 1. 消化管上皮細胞株を用いた TSLP の発現調節機構の解析 消化管上皮細胞において, バクテリアとの直接的な接触によって TSLP の発現誘導が生じた. その TSLP の発現誘導は, 樹 状細胞を粘膜局所に誘導するケモカイン macrophage inflammatory protein-3α の分泌誘導も伴っていた. 腸管上皮細胞 においては, さらに, TNF-α 刺激にて TSLP 発現が誘導され, Th2 サイトカインである interleukin (IL)-4 を TNF-α に添加 することにより, その TSLP 発現誘導が増強されることが明らかとなった. TNF-α 刺激による TSLP 発現誘導の増強は Th1 サイ トカインである interferon(IFN)-γ では生じず, IL-8 等の他の炎症性サイトカインとは異なる制御機構が働いていることが示唆 された. また, TNF-α + IL-4 刺激による上皮からの TSLP 発現誘導は, 感染に対する自然免疫での役割が示唆されている TLR3 リガンド刺激にて, さらに増強された. TLR3 は DC にも発現しており, TLR3 リガンドと TSLP にて共刺激にて活性化した 樹状細胞からは IL-23 の産生が誘導され, この樹状細胞との共培養にて同種 naïve CD4T 細胞は炎症性 Th2 細胞のみなら ず Th17 細胞へも分化誘導された(論文投稿中). 2. 疾患モデルとしてのヘリコバクター胃炎での解析 まず, ヘリコバクター感染モデルマウスでの解析から, その慢性胃炎の形成に, 自己免疫性胃炎の発症機序とは異なり, ヘリコ バクター抗原を効率的に取り込むことが可能な小腸のパイエル板の存在が必須であることを見いだした. そして, パイエル板で 上原記念生命科学財団研究報告集, 22(2008) 1

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Page 1: 121.樹状細胞活性化サイトカインTSLPによる粘膜 … gastritis. Int. Immunol., 19 : 435-446, 2007. 4)Watanabe N, Kiriya K & Chiba T. : Small intestine Peyer’s patches

121. 樹状細胞活性化サイトカイン TSLP による粘膜免疫制御機構の解明

渡部 則彦

Key words:thymic stromal lymphopoietin,樹状細胞,T細胞分化,粘膜免疫制御

京都大学 大学院医学研究科 消化器内科学

緒 言

 樹状細胞 (dendritic cell; DC) は, 免疫応答の導入過程において重要な役割を果たしており, 感染防御, 腫瘍免疫, 移植免疫の成立, アレルギーや自己免疫疾患の病態といった多くの免疫現象に深く関わっている. DC の活性化において, 上皮細胞が分泌するサイトカインは重要な役割を担っているが, thymic stromal lymphopoietin (TSLP) は, 粘膜上皮から分泌され,DC に対してその成熟と T細胞分化誘導能をもたらすサイトカインである. 1, 2) TSLP は, DC活性化を介して, 炎症性T helper(Th)2 型 T 細胞分化を誘導し, アレルギー性疾患で発現が増強することから, アトピー性皮膚炎や喘息といったアレルギー疾患の病態に関与していることが示唆されている. 1, 2) TSLP は消化管粘膜にも発現し, 粘膜免疫の制御とその破綻による病態形成機構に関与している可能性があることから, 本研究では, TSLPの新たな機能解析を行なうとともに, 消化管粘膜上皮での TSLP発現調節機構と, TSLP による DC の活性化を介した疾患の病態形成機構について検討した.

方 法

 ヒト消化管上皮細胞株を, Toll 様受容体 (TLR) リガンド, サイトカイン, またはバクテリアの存在下で培養し, Real-time RT-PCR を用いた RNA レベルでの TSLP 発現解析と, 培養上澄を用いた ELISA による TSLP 蛋白の定量解析を行った. また,in vivo での TSLP 発現をみるために, 各種消化管粘膜組織を採取し, RNA レベルでの TSLP 発現解析と特異的抗 TSLP抗体による免疫組織染色を行なった. またヒト末梢血から精製した樹状細胞を, TSLP を発現誘導させた上皮細胞にて刺激し,CD4T 細胞を加えた共培養系にて, 粘膜局所での TSLP 発現により誘導される樹状細胞-T細胞相互作用を in vitro で再現し, 誘導される T 細胞分化について解析した. さらに, 疾患モデルとしてヘリコバクター胃炎について, TSLP と樹状細胞の病態形成における役割について解析した.

結 果

1. 消化管上皮細胞株を用いた TSLP の発現調節機構の解析 消化管上皮細胞において, バクテリアとの直接的な接触によって TSLP の発現誘導が生じた. その TSLP の発現誘導は, 樹状細胞を粘膜局所に誘導するケモカイン macrophage inflammatory protein-3α の分泌誘導も伴っていた. 腸管上皮細胞においては, さらに, TNF-α 刺激にてTSLP発現が誘導され, Th2 サイトカインである interleukin (IL)-4 を TNF-α に添加することにより, その TSLP発現誘導が増強されることが明らかとなった. TNF-α 刺激による TSLP発現誘導の増強はTh1 サイトカインである interferon(IFN)-γ では生じず, IL-8 等の他の炎症性サイトカインとは異なる制御機構が働いていることが示唆された. また, TNF-α + IL-4 刺激による上皮からの TSLP 発現誘導は, 感染に対する自然免疫での役割が示唆されているTLR3 リガンド刺激にて, さらに増強された. TLR3 は DC にも発現しており, TLR3 リガンドと TSLP にて共刺激にて活性化した樹状細胞からは IL-23 の産生が誘導され, この樹状細胞との共培養にて同種 naïve CD4T 細胞は炎症性 Th2 細胞のみならず Th17 細胞へも分化誘導された(論文投稿中).2. 疾患モデルとしてのヘリコバクター胃炎での解析 まず, ヘリコバクター感染モデルマウスでの解析から, その慢性胃炎の形成に, 自己免疫性胃炎の発症機序とは異なり, ヘリコバクター抗原を効率的に取り込むことが可能な小腸のパイエル板の存在が必須であることを見いだした. そして, パイエル板で

 上原記念生命科学財団研究報告集, 22(2008)

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Page 2: 121.樹状細胞活性化サイトカインTSLPによる粘膜 … gastritis. Int. Immunol., 19 : 435-446, 2007. 4)Watanabe N, Kiriya K & Chiba T. : Small intestine Peyer’s patches

は, ヘリコバクター抗原による DC の活性化誘導が重要であることが示唆された.3-5) 上皮細胞株を用いた解析では, ヘリコバクターとの直接的な接触によって, 上皮細胞に TSLP の発現誘導が生じた. TSLP の発現が誘導された上皮細胞の培養上清を用いて, 樹状細胞に T 細胞活性化誘導に重要な共刺激分子 CD80 の発現増強が誘導された. さらに, この樹状細胞との共培養にて同種 naïveCD4T細胞の炎症性Th2 サイトカイン産生細胞への分化が誘導された(論文投稿中).3. TSLP の新たな機能解析  TSLP の新たな機能として, TSLP に対する機能的な受容体が樹状細胞のみならず, T 細胞受容体刺激にて活性化したCD4T細胞, CD8T 細胞にも発現誘導され, TSLP が直接的に T細胞の増殖誘導にも関与しうることを見いだした. 6, 7) 

 Fig. 1. TSLP-mediated mucosal immune responses.  

考 察

 本研究から, 細菌感染などの刺激が加わると, 消化管上皮細胞では TSLP の発現誘導が生じ, 炎症性Th2 サイトカイン産生細胞分化が誘導され, 誘導される炎症性 Th2 サイトカインはさらなる TSLP の発現増強を惹起する可能性が示唆された. TSLPは, 慢性炎症の場で上皮に強く発現することから, DC活性化を介して T細胞の炎症性Th2 型サイトカイン産生細胞分化に関与している可能性が考えられた(Fig. 1). また, ウイルス感染などによる TLR リガンド刺激が加わると, 炎症性 Th2 細胞のみならず Th17 細胞への分化も誘導され, IL-23 を介した IL-17 産生細胞の分化誘導が関与している炎症性腸疾患の病態形成などにも関与しうる可能性が示唆された(Fig. 1). 消化管の感染症を代表するヘリコバクター感染による慢性胃炎では, Th1 型細胞障害性CD4T細胞の浸潤を特徴とする萎縮性胃炎が形成される一方で, Th2 型免疫応答に依存したリンパ濾胞が特徴的な瀘胞性胃炎も形成される. その胃炎形成過程において, 胃粘膜ではなく小腸パイエル板においてヘリコバクターが DC に取り込まれ, パイエル板での DC 活性化を介した Th1 型 CD4T 細胞の分化誘導が必要であることが示唆された. さらに TSLP は,ヘリコバクター感染において, 消化管上皮から分泌誘導され, DC 活性化を介して, 炎症性 Th2 サイトカイン産生細胞への分化

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Page 3: 121.樹状細胞活性化サイトカインTSLPによる粘膜 … gastritis. Int. Immunol., 19 : 435-446, 2007. 4)Watanabe N, Kiriya K & Chiba T. : Small intestine Peyer’s patches

を誘導しうることが示唆された. また, 粘膜上皮から分泌される TSLP は DC 活性化のみならず, T 細胞の増殖を直接誘導し,慢性炎症病変の形成に関わっている可能性が新たに明らかとなった.  本稿を終えるにあたり, 本研究をご支援いただいた上原記念生命科学財団に深謝申し上げます. 

文 献

1) Liu YJ, Soumeils V, Watanabe N, Ito T, Wang YH, de Wall Malefyt R, Omori M, Zhou B & ZieglerSF. : TSLP: an epithelial cell-cytokine that regulates T cell differentiation by conditioning dendriticcell maturation. Annu. Rev. Immunol., 25 : 193-219, 2007.

2) Watanabe N, Soumelis V & Liu YJ. : Human thymic stromal lymphopoietin triggers dendritic cell-mediated allergic inflammation and CD4+ T cell homeostatic expansion. Adv. Exp. Med. Biol., 560 :69-75, 2005.

3) Kiriya K, Watanabe N, Nishio A, Okazaki K, Kido M, Saga K, Tanaka J, Akamatsu T, Ohashi S,Asada M, Fukui T & Chiba T. : Essential role of Peyer’s patches in the development ofHelicobacter-induced gastritis. Int. Immunol., 19 : 435-446, 2007.

4) Watanabe N, Kiriya K & Chiba T. : Small intestine Peyer’s patches are major induction sites of theHelicobacter-induced host immune responses. Gastroenterology., 134 : 642-643, 2008.

5) Kido M, Watanabe N, Okazaki T, Akamatsu T, Tanaka J, Saga K, Nishio A, Honjo T & Chiba T. :Fatal autoimmune hepatitis induced by concurrent loss of naturally arising regulatory T cells andPD-1-mediated signaling. Gastroenterology., DOI: 10.1053/j.gastro.2008.06.042, 2008.

6) Rochman I, Watanabe N, Arima K, Liu YJ & Leonard WJ. : Direct action of thymic stromallymphopoietin on activated human CD4+ T cells. J. Immunol., 178 : 6720-6724, 2007.

7) Akamatsu T, Watanabe N, Kido M, Saga K, Tanaka J, Kuzushima K, Nishio A & Chiba T. : HumanTSLP directly enhances expansion of CD8+ T cells. Clin. Exp. Immunol., 154: 98-106, 2008.

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